はてなキーワード: 威圧的とは
他人に舐められないようにみんな死に物狂い。
それに伴って、隙あらば他人を舐めようとみんな死に物狂い。
気が弱そうな奴を第一印象で看破する能力と失笑しながら嘲笑するスキルは簿記1級以上に有用で重要。
「誰もお前のことなど興味ない」で相手を適宜黙らせてその裏では中傷三昧。
「お前そういうのほんとに社会人として良くないと思うよ?(迫真)」
場の空気掌握するためならどのツラ下げて言うんだ的なカマトトぶった芝居も平気でやるから開いた口が塞がらない。
たかが生涯賃金5億以下なのに悪魔に魂売った悪漢小説の主人公にでもなった気でいるバカ。
パワハラ野郎も憎いが、そんな奴を見初めた嫁やそんな奴を慕ってる子供をなぶり殺しにしたくなる。
家族はそいつに親愛抱いてるんやろうなあって思うともう頭おかしくなるくらい腹立つ。
パワハラ野郎の目の前でそいつの嫁やガキがISISにやられたパイロットみたいな死に方するとこ想像して溜飲下げてるわ。
本人には悲劇の主人公的自己陶酔モードに逃げるのも無理なくらい憔悴して欲しい。
畜生なのに家族の絆が強い奴ほんま苦しみぬいて死んで欲しいわ。
お天道様は見ている!←この格言で言われてるようなメカニズムが現実世界では機能してないことが許せない。
ややもすると暴力的で悪辣だと見なされやすい俺のこういう考え方が道徳の範疇に入るようになったら優しい世界になると思うわ。
ガキも恋人も親も一蓮托生ってなったら安全圏ってたか括ってモラハラするのも相当勇気いるだろ。
パワハラ畜生野郎が悪意とマウンティング100%の泥沼みたいな人間性丸出しの実像ならまだ筋が通ってるんだけど、状況によっては恩人愛とか特定人物への感謝をしみじみと語ったりするから腹立って仕方ない。
『どんな事情があろうと「家族はNG」』みたいな暗黙の了解はもう消えたほうが世の中にとっていいと思うんだけどなあ。
パワハラ野郎の親もとんでもない悪人で、長年の抑圧の果てに畜生っぷりが遺伝しちゃってるとかの経緯があるならまだ納得できるんだけど、ちゃんと「この前初めて親父とさしで飲んだわ♪」とかヒューメインっぽいことを照れ臭そうに言ったりする時あるからほんとに頭カーッとなるわ。
あと、『陰湿野郎が野放しなのは不条理だ!』的な不満を表明したその瞬間から、悪人本人のことは完全に放置で、もっぱらそういう嘆きや指摘をした人間の甲斐性についての猛烈な説教始まるってのが一般的なのが不思議。
「ド畜生でも嫁とガキと親は絶対安全圏」ってのが一般社会で当然なのは悪影響大きいよなあやっぱり。
もっと生まれながらに人質リスクがハンパないか、あるいは弱い立場になって欲しいわ。
少なくとも刑法に問われないことをいいことに好き勝手行われてる抑圧や暴力や侮辱は今より激減するだろなあ。最高。
嫁、ガキ、親、親友を大切に思うならモラハラやパワハラやマウンティングやめないとな。
そいつの嫁や子供にシャブを無理矢理打つとか、そいつの先祖の骨壷にウンコぶちまけるとか、もうこんな思いするくらいなら自殺する以外ありえない!ってくらいの追い込み方が事情によっては罪に問われない世の中になってほしい。
令和時代は自分が誰かを抑圧したせいで自分の嫁やガキを平気でなぶり殺しにされるというリスクが当然になる時代になって欲しい。そういう危機意識こそが善を手繰り寄せるのだから。
(とりあえず年内中に吐き出したかったので、すべて記憶に頼って書いてる。間違いがあったらすまない。)
(ネタバレ注意。)
そもそも、ep6の続きを作るなんて、本質的に無理だと思っていた。
スター・ウォーズの世界は、その全てがルーク・スカイウォーカーを活躍させるために構築されている。
ep6でルークが「あがり」をむかえ、わだかまりが解消された以上、もう「めでたしめでたし」で終わった話なのである。その先には、もう何も残されていない。
だから、正史の続きの映画シリーズが作られると聞いたとき、大丈夫なのかと心配になった。プリクエル(前日譚)でもスピンオフでもなくep6の続きを、ドラマシリーズでもアニメでもビデオゲームでもなく実写映画でなんて、完璧にやったとしても二番煎じにしかならなそうなのに、どうすんだと。
何か勝算があるのかと思った。正史の隙間を埋める二次創作しかできない部外者と違って、公式ならばどんな飛び道具でも使える。これならいけるぞというアイデアが何かあるのかなと。
そしてep9が終わってみてわかった。結局、何もなかったのだ。
全てがルーク・スカイウォーカーを活躍させるために構築されている、というのは、たとえば血統によってジェダイになったこと。
スターウォーズの世界設定では、ジェダイは世襲ではない。ジェダイの掟は恋愛や結婚を禁じている。ep1~ep3では、たくさんのジェダイがワチャワチャ出てきたが、誰の血縁だなんて話は特になかった。作品世界の歴史においてはep4~ep6の出来事が例外的なのである。
また、親父が一代にしてレジェンドになった傑物、というのも重要だ。考えてみてほしいが、ルークの家系が代々続くジェダイの家系だった、なんて設定だったら楽しくないのだ。幼いころから厳しい修行を強いられ、偉大な先祖を比較されて品定めされ……ウンザリするだけだろう。堅苦しい伝統とは無縁でありながら、血の繋がりによってスゴい能力を授かっている、というのが心地よいのだ。
ジェダイが滅ぼされたというのも重要である。同世代のライバルと競わされ選別されることはない。「あいつがいるから、おまえいらない」と言われる心配が無い。
ルークはただジェダイなのではない。歴史的にも特別なジェダイなのである。
ジェダイだのフォースだのも、ルークの活躍を支援するために存在する。
ジェダイの思想? そんなもんクソどうでもいい。ep5で、ルークは師匠の言うことに逆らってハンを助けに行く。頭の固い年寄りの言うことを従順に聞く主人公なんて魅力的ではないのだ。ジェダイの掟なんぞは、友情を引き立てるダシにしとけばいい。(余談だが、あのあとヨーダとオビワンはわりと辛辣に「あいつはダメだ」って批判してた気がする。)
ストームトルーパーも、顔が見えないので、人を殺している感じがしない。(スターウォーズを初めて見た幼少期の私は、ロボットだと思っていた。ep4のデススター侵入でアーマーを奪って着たりとか、叫び声がドロイドとは違う感じになってるとかで、「推理」することはできたが、あまり実感はなかった。直接的な描写は避けられていたように記憶している。)
反乱軍の兵士は顔出ししていて、その死は人の死として弔われるが、帝国兵はそうではない。
ライトセイバーやビームブラスターも、鉄の刃や弾丸による戦闘と違って、血が出ない。生々しい人死にの感触はいらないのだ。
このように、ルークの活躍をストレスフリーで鑑賞するための仕掛けに満ちている。
そんな、ルーク・スカイウォーカーのための世界は、ep6の後どうなるだろう。
ジェダイは、子供たちに嫌われる習い事みたいになるだろう。健康診断で素質ありとなったら、ジェダイスクールに通わされる。遊ぶ時間も奪われる。
そんな退屈な平和。映画の観客にとっては退屈だが、そこの世界で暮らす人々にとっては尊い平和。
ep6の続きが作られることになったため、平和は訪れなかった。
観客は退屈な平和なんて見たくないのだ。
カイロ・レンが生まれたのも、観客を退屈させないためだ。レイアとハンの子供が順風満帆でジェダイになるなんて話が見たいか?
みんな大好き「血統の物語」だが、前述の通り「親はポッと出」「他と比較されない」といった要素と組み合わさった場合にだけ楽しいのだ。ep4~ep6でそれは消費されてしまったため、ep7~ep9では使えない。そのせいでベン・ソロは歪んでしまった。
ベン・ソロがダークサイドに堕ちるに足る理由なんぞ、結局、何もなかった。意外性を出すためにダークサイドにしよう、と、それだけ。
無理やり悪をやらされてる感があって気の毒なのであった。だが、そのどっちつかずな感じが「何かある」という錯覚を生み、それらしい苦悩の描写と、アダム・ドライバーの熱演もあって、妙な奥深さを感じさせていた。ep8までは。
ep9で痛感した、「やっぱり無理だったか」。
マスクの扱いが象徴的である。ダースベイダーにとって、マスクは生命維持装置でもあり、必要があってかぶっていた。カイロ・レンにとっては、マスクは特に必要ない。ダースベイダーの表層的なモノマネに過ぎない。これが、「必要ないのにマスクをつけてるワナビー(なりたがりの未熟者)である」という意味をなしていた。
ep8でスノークはこれを看破して、マスクをボロクソに貶したのだろう。マスクを捨て、カイロ・レンは悪として成長を見せた。劇場で見た当時の私は、期待を込めて「ep9では完成した悪としてついに大成するであろう。ただ、その後すぐ死んでしまうだろう」などと書いていた。
ep9でカイロ・レンは再びマスクをつけた。ep8での成長を経て一体どういう心境なのだろうかと注目していたが、特に意味はなかった。
みんなep4~ep6が楽しすぎたせいで目が眩んでるのだろうが、血統の物語のオイシイところはもう使い切っちゃったし、スターウォーズは血統の物語じゃなくてもいいんだよ。
ep8で、レイは「何者でもない」としたのは、慧眼だと思った。ep1~ep3の頃のノリに戻るだけだし。だが一部のファンには不評だったようである。ep9で台無しにされた。
ep9は、ep8の良かったところを台無しにした。
ep8は野心的だがガタついてる印象がある。ベン・ソロがダークサイドに転向したきっかけとか、ワープ特攻とか、無茶すぎる。だが、フィンとローズのバディムービーっぷりとか、カイロ・レンの成長とか、レイの出自とか、レイロ(レイ/カイロ・レンのカップリング)とかは良かった。
特にレイロ。ep9の意趣返しについては、べつに好きにやったらええよアンタの映画だし、という気分だが、レイロだけは違う。ep8は最高のバトンを渡して来たんだから、他のなにもかも台無しにしてでも、そこだけはちゃんと引き継いでほしかった。
なんであの程度でカイロ・レンからベン・ソロに戻るのかと。ep7で父殺し、ep8で師匠殺しを達成して、これは過去の正史映画で誰も成しえなかったことなのに(ep6のは、ベイダーからアナキンに戻ってるので何か違うじゃないすか)。
みんな小物だとバカにしていて、実際小物な面もあるんだけど、それでもやることやってんだなあ、というところが、見るからに威圧的で尊大なふるまい一辺倒の悪役よりも「新しい」気がして感心していたのに。
ep9で大成すると期待してたのに、なんだか小さくまとまって終わっちゃって。ああ、ワナビーのままだったな、と。
カイロ・レンが締まらなかったせいで、レイもなんだか微妙な感じになってしまった。悪い意味で揺るぎねえから、自分ダークサイドに堕ちるかもしれないッス、ってシーンでも「ふーん」って感じで。ep7,ep8のカイロ・レンの方がまだ、こいつライトサイドに戻っちゃうんじゃねえのとハラハラした。
レイはシリーズを通して成長しているが、カイロ・レンもまた成長していた。極まった二人の力がぶつかり合う瞬間を楽しみにしていた。だが、二人の対決は、なんか普通のライトセイバー戦で終わってしまった。
で、キスしちゃうのな。レイロ勢に媚びた安易な燃料投下だと感じたが、まあ、対決が不発だったうえに燃料投下も無かったらマジで残念な感じになるので、ダメージコントロールとしてアリだったのかもしれない。(少なくとも、「ローグ・ワン」やep8の無意味なキスシーンよりはマシだったし。)
レイは自分のことを「レイ・スカイウォーカー」と名乗ったが、なんだか釈然としない。
ep8の頃の「何者でもない」レイだったら、納得できたかもしれない。スカイウォーカーの魂は血縁を超えて継承されていくんだなあ的な。だが、シディアスの孫とかやっちゃったのにそれは。
かといって、レイ・パルパティーンとか名乗られても、銀河に悪名高いシスの名前だからちょっと不穏すぎる。
このシーンで私は、「ハン・ソロ」でソロのファミリーネームが成り行きで決まってしまうシーンを思い出した。だがレイ・ソロって名乗るも、やっぱり違う。
書いてて気付いたのだが、母方の姓を名乗るのが無難な気がしてきた。でもそんなん名乗っても、観客としては「何?」だろう。
まあ、ぶっちゃけスターウォーズに人間ドラマにはそれほど期待してないので、レイロが微妙でもメカの出来さえよければ満足だった。私の原体験がそれだから。スターウォーズを初めて見たのは幼少期の頃で、ストーリーとかまったくわからなかったのだが、それでもメカ活劇に夢中になった。光る剣。宇宙を疾走する戦闘機や艦船。月のように大きな要塞。
ep7で、レイがスターデストロイヤーの残骸を漁ってるシーンと、カイロ・レンが焼けただれたダース・ベイダーのマスクを拝むシーンには、制作陣の「我々はこうやって偉大なる旧作の遺産を食いつぶして細々とやっていくしかないのだ」という諦めの入ったメッセージを言葉ではなく映像で叩きつけられたような気がして、ちょっとビビった。新しいものを作るんだっていう虚勢を張るもんだと思ってたら、こんな赤裸々に弱音を吐くんだ、って。
ep7~ep9のメカを振り返ってみて、旧作から続投しているものを省けば、記憶に残ったのはbb-8とカイロレンのマスクくらいだ。
ep9は特に低調だった。なんだファイナル・オーダーって。あの世界の乗り物は、製造されてるわけじゃないですか。「ローグワン」とep4でデススターの設計者・設計図を巡るドラマがあった。「ソロ」では、製造中のスターデストロイヤーを望むシーンとか、ファルコン号を巡るドラマがあった。それが、念力を込めたら地中からボコボコ出てくるとか。ただでさえスターデストロイヤーをたくさん並べただけという芸の無さがキツいのに、もうちょっと真面目にやってほしかった。
ep1では、ep4~ep6とは明らかに違ったデザイン体系のメカがでてくる(アールヌーヴォーって言うの?)。ep2,ep3と話が進むにつれてep4の体系に近づいていくというのが、帝国の勃興とメカデザインが連動していておもしろかった。
帝国という魅力的な装置はep6で使い切っちゃったので、ep7~ep9ではなんの変化もなかった。
面白い新作メカを作る余地はあったと思う。現在、「トポロジー最適化」「ジェネレーティブデザイン」といったものが登場したので、それを取り入れるとか。
あと、バトルドロイドの可能性は掘りつくしてない気がする。ep5で少し登場しただけの賞金稼ぎドロイドには妙な存在感があった。ep1でドロイデカの登場には、なるほどこれはep4~ep6制作当時のVFX技術じゃ作れなかっただろうと興奮した。ep1より後に作られた「ローグ・ワン」のk-2soといい「ハン・ソロ」のl3-37といい、キャラが濃くて面白かった。ep7~ep9で、改めてバトルドロイドを登場させたら良かったかもしれない。
だが、「こんなのスターウォーズじゃない」と不評に終わる可能性が高いだろう。それが予想できたから、きっと冒険しなかったのだろう。
16:00頃
突然、50名以上の中から
名指しで、2名だけピックアップされて
1階から
3階に連れていかれる。もうひと方は、
昨日入った方。
そこで座っているように言われるが
仕事は与えられない。
書けと今までと違う威圧的な口調で
言われる。
使うためと思われる)
連れてかれて、そこに座っている方に聞く。
「ここは何の部署ですか?」
「何もないんだよ。毎朝ここに
来て座っているだけ。追い出し部屋だよ」
「今日は、何もやってないんですか?」
「やってない。昨日も丸1日。」
こんなことやるんだね。一回でもミスるとアウト。」
ああ、よくバブル崩壊時に聞いたな。
まだこんなことやってんのか。。
にはっきり聞く。
「ここは追い出し部屋ですか?」
「追い出し....『部屋』ではないけど」
お茶を濁す回答。
たしかに密室に閉じ込められるわけではないので『部屋』ではないが、フロアの一角がそういう場所になっている。
「退職勧奨ですか?」
「かんしょう?て何?」
「勧めるってことです。」
少し焦ったのか、単に紙を二つ折りにする仕事だけ数分させられる。
帰りにも引き留めて、聞く。
「突然、ここに二人だけ連れてこられた
「…。俺も詳しいことは知らないからさあ」
(知らないはずがない)
「月曜日でもいいですよ」
連れてこられたのは、
直後。
今までノンミスでやってきたのに
まるでおかしなところに貼ってある。
昼食後で待たされて寝ぼけてたのか?
ために貼ったのではないかと思うくらいに変な箇所に貼ってある。証拠はない。
たとえ貼ったとしても、そのためのダブルチェック、トリプルチェック、管理者である。
就職前俺「社会人の世界は中高生的な陰湿さとは無縁なんだろなあ。みんな大人だし♪」→結果
他人に舐められないようにみんな死に物狂い。
それに伴って、隙あらば他人を舐めようとみんな死に物狂い。
気が弱そうな奴を第一印象で看破する能力と失笑しながら嘲笑するスキルは簿記1級以上に有用で重要。
「誰もお前のことなど興味ない」で相手を適宜黙らせてその裏では中傷三昧。
「お前そういうのほんとに社会人として良くないと思うよ?(迫真)」
場の空気掌握するためならどのツラ下げて言うんだ的なカマトトぶった芝居も平気でやるから開いた口が塞がらない。
たかが生涯賃金5億以下なのに悪魔に魂売った悪漢小説の主人公にでもなった気でいるバカ。
パワハラ野郎本人よりもまずそんな奴を見初めた嫁やそんな奴を慕ってる子供をなぶり殺しにしたくなる。
家族はそいつに親愛抱いてるんやろうなあって思うともう頭おかしくなるくらい腹立つ。
パワハラ野郎の目の前でそいつの嫁やガキがISISにやられたパイロットみたいな死に方するとこ想像して溜飲下げてるわ。
本人には悲劇の主人公的自己陶酔モードに逃げるのも無理なくらい憔悴して欲しい。
畜生なのに家族の絆が強い奴ほんま苦しみぬいて死んで欲しいわ。
お天道様は見ている!←この格言で言われてるようなメカニズムが現実世界では機能してないことが許せない。
ややもすると暴力的で悪辣だと見なされやすい俺のこういう考え方が道徳の範疇に入るようになったら優しい世界になると思うわ。
ガキも恋人も親も一蓮托生ってなったら安全圏ってたか括ってモラハラするのも相当勇気いるだろ。
パワハラ畜生野郎が悪意とマウンティング100%の泥沼みたいな人間性丸出しの実像ならまだ筋が通ってるんだけど、状況によっては恩人愛とか特定人物への感謝をしみじみと語ったりするから腹立って仕方ない。
『どんな事情があろうと「家族はNG」』みたいな暗黙の了解はもう消えたほうが世の中にとっていいと思うんだけどなあ。
パワハラ野郎の親もとんでもない悪人で、長年の抑圧の果てに畜生っぷりが遺伝しちゃってるとかの経緯があるならまだ納得できるんだけど、ちゃんと「この前初めて親父とさしで飲んだわ♪」とかヒューメインっぽいことを照れ臭そうに言ったりする時あるからほんとに頭カーッとなるわ。
あと、『陰湿野郎が野放しなのは不条理だ!』的な不満を表明したその瞬間から、悪人本人のことは完全に放置で、もっぱらそういう嘆きや指摘をした人間の甲斐性についての猛烈な説教始まるってのが一般的なのが不思議。
「ド畜生でも嫁とガキと親は絶対安全圏」ってのが一般社会で当然なのは悪影響大きいよなあやっぱり。
もっと生まれながらに人質リスクがハンパないか、あるいは弱い立場になって欲しいわ。
少なくとも刑法に問われないことをいいことに好き勝手行われてる抑圧や暴力や侮辱は今より激減するだろなあ。最高。
嫁、ガキ、親、親友を大切に思うならモラハラやパワハラやマウンティングやめないとな。
そいつの嫁や子供にシャブを無理矢理打つとか、そいつの先祖の骨壷にウンコぶちまけるとか、もうこんな思いするくらいなら自殺する以外ありえない!ってくらいの追い込み方が事情によっては罪に問われない世の中になってほしい。
たまに業種関わらずすごい威圧的な注意文書いてる店あるけど、あれは正直ちょっともったいないと思うんだよな
「一般客に不快感を与えずかつ特定の人種に機先を制する警告文」の優れた例としてもっと共有されればいいのになと思う
・「他のお客様の迷惑となる行為はご遠慮ください」(byゲイが盛ってる銭湯)
・「体格に合う水着をご着用ください」(by極小水着着たデブのゲイがうろついてるプール)
本来なら「とっとと出ていけクソホモども」ぐらい言われてもしょうがないところをここまで婉曲にできるんだよ
泳げて引き締まった体格のスイマーがブーメランパンツ履いてるわりには誰にも迷惑かけてないのに
それを見たゲイが「ここでは露出OK!」と大きな勘違いをしてだるだるの見苦しい体を晒すからプール側も注意せざるを得なくなる
話の途中に入っちゃってごめんなさい。
仕事関連の人、友人に「ネガティブすぎ」「自信なさすぎ」って言われてます。
自分もどうしても直らなくて困っているのが正直なところです。
だから参考になればと思い書きました。
自己肯定感の低さは決して全部が悪い面ではないと思っているから、
・ネガティブな部分はできるだけ会話には出さない。(普段はいくらでもネガティブでいい)
・自己肯定感がないからこそ、他人に対して変に威圧的にならなくて済むと思う
・自己肯定感スパイラルに陥った時の対処を見つける、決めておく。
そこそこな年だがその自己肯定感のなさで、ろくに新しい友人はできてない。笑
だから直すために無理をするよりも、ゆっくりと付き合っていくくらいの感覚がおすすめ。
なんかうまく言えないけど、少しでも参考になれば幸いです。
別ええやんって思ってはいるが、こう思う人もいるって事は覚えておいて損はない。
個人的にはその言葉は反射的に出る言葉で、ただのローディング画面くらい感覚なんだよ。
「そうですね」は同意の意味だから聞き返す時に使っちゃダメらしい。
「いやー」とか「えーとですね。」より良いかなと思うけど嫌いな人はいるらしい。
おうむ返しは聞き返されると否定されている気持ちになるらしい。
想定していない質問で、焦って目や声に力が入ってしまうのも悪いかもしれない。
これはなるべく気をつけないといけないなとは思う。
力が入ると威圧的になって警戒される。
昔から争い事が嫌いだった
怒りという感情をあまり持てないタイプの人間で、火種は鎮圧するものだし、それが無理なら可能な限り遠ざけるものと考えてきた
威圧的な態度を取る人たちに対しては、本当はやりたくなかったけどピエロっぽくふるまって争いに身を置かないようにしていた
大学進学後は、そういったタイプの人たちとは関わる必要がなくなったので、平穏が訪れた
だけど、最近になって、否応なくそういう世界にぶちこまれることが増えてきた
「頭おかしい」「ネトウヨが」「はてサが」「フェミが」「アベが」「韓国が」「日本死ね」
怖い
見て悲しい気持ちになる罵詈雑言や醜い争いを見たいからじゃない
僕は政治にも興味ないし
それなのにここ1〜2年だろうか
そういったカテゴリの争い事が頻繁にホッテントリに上がるようになったし
じゃあネット見るのやめろよ、とか
やっぱり楽しいことは周囲と話して盛り上がりたいし
そんな僕は
いったいどうすればいいんだろう
花森さんは女性の気持ちを理解するためにおばさん型女装を最後まで貫いてた左派っぽい婦人雑誌の編集長なのね
家電の実験で企業のタイアップをシャットアウトして公平をつらぬいてたりして惜しまれたんだけど
みんなファッションすてて実利を取ろう、靴ならもちろんぺたんこ靴にしたほうがいいよっていう人
で、「運動」はたぶん女子大生のジーンズとかと間違えてると思う
どちらにせよ2016年ごろ宮川大輔がいってQでヒール履いて走る競争のお祭りにでたときにもいってたけど
そもそもファッションに準じる意味ではボディピアスとかとおなじでけっこう過激な履物
人道的な見地を捨てている
もともと自分で歩かなくていいルイ3世時代の貴族の履物がルーツ
ただ営業用、芸能用は非人道的なくらいが丁度いいんだろうし一般化してるだけ
NYのキャリアウーマンも通勤はスニーカー、職場についてヒールに履き替えてる
ヒールを履きたいという運動があるとしたら、女性が「事務職(補助職)」から「一般職」になりたいという流れの一部だろうね
自分自身の名刺を持ちたいとかいう意味合いとおなじ、あるいは男性でいうホワイトカラーにならせてくれという意味で「ネクタイを締める仕事がしたい」というのと似ているかな 男だってネクタイの締め心地が好きでいってるわけじゃないだろう
被保護者として扱うのではなく交渉できる程度の責任をもたせろ、威圧的ファッションを身に着けてよい仕事につけろということ
未だに一般職女性公務員は人にあわないときも常にヒールってのも本末転倒
よってKOOTOOは意味がある
夫はどうも私の財布や手紙や書いたものや持っている本を盗み見ている。
以前夫の私への威圧的もしくは迷惑な言動、例えば暴言を記録していたらあるときからピタリとなくなり、かわりに子供に嫌みを言うようになった。
年単位で続いていた、迷惑な改めてくれない行動を勿論夫には未公開のつもりで記録し始めたら改めた。この事は生活し始めのときにどうして欲しいかいちどならずハッキリ伝えていた。しかし軽くでも謝るでもなくずっと無視だった。
言葉でハッキリと、どうしてほしいか具体的に伝えると改めない。もしくは増悪させる。あるいはお前は感情的になっているから話さないと怒る。そうでないなら喧嘩を売っていると怒りまるで話にならない。
しかし記録すると改める。
全く色々と想像が湧く。
先日、私にきた手紙を本に挟んでおいたら、本から抜いて読んだ形跡があった。またかと次の日、別の場所に入れてみた。台所の、夫が開けてみることもない場所に。翌日の朝確認したらどうも触ったような乱れがある。もう一度、まず触ることのありえないところに慎重に納めた。今朝確認したら納めた時と様子が違う。毎日家捜ししてるのか。
気持ち悪い。
とはいえ上記の事を誰かと一緒に確認したわけでもないから、ドクター林案件の可能性もないわけでもないだろう。
気持ち悪いわ。
下記ブログに感銘を受けたので、噂のセッションを聞いていた女性エンジニアの一人として、乱雑になるかもしれないですが意見を書かせてください。
https://anond.hatelabo.jp/20190902021257
まず、8/29当日の話をしようと思います。最初から最後まで前夜祭にいた私はセッションに散々笑ったり、内心ツッコミを入れたりしつつ、大満足で帰宅しました。
残念ながら婚活アプリにもマッチングアプリにも興味がないので、CROSS MEが何かは知らなかったのですが、『黒髪メガネ女子とマッチング』辺りで内容は普通に想像できていましたし、概ねその通りの内容でした。
概ね、と言ったのはCROSS MEの「近くにいた人と出会える」という仕組みについて、ふうん、登録した人がただひたすら延々と出てくる感じじゃないんだー、と感心しつつ、想像していたマッチングの仕組みを脳内修正したからです。
この時点で大した反感も持たず、普通にセッションを満喫していたことがわかってもらえるのではないかと思います。
また、仕事の都合で来ることができなかった友人に前夜祭の各セッションについて実況のようなものを送りつけていましたが、彼女も普通にすべて面白がり、笑い転げているスタンプを大量に送り返して来ていました。
翌日、TLに何か不穏な雰囲気が漂っていました。
何事かと思って経緯を確認して、最初に私が抱いた感想はこうです。
「何勝手に主語を大きくして人のこと哀れんでくれてるんです???」
チケットを自分で購入して、仕事の都合を付けてウキウキ参加しようとしているイベント。
前夜祭もとても面白かったし、明日も明後日も楽しみだな〜(*´ω`*)と思って、寝て、起きたら、男女の人数比が偏った場で女性ゆえの苦労をしている不遇の女性エンジニアに進化していたんです。もうわけがわからない。
感受性の高い方がセッションを聞いた結果、女性エンジニアの不遇(?)を思い出したり思いを馳せたりして号泣し、辛くなったのでブログに書いて想いを昇華しようとしたわけですが、それは何も問題ありません。何せ、それはただの個人の感想であり感情です。人の感想を制限する資格も、感情を制限する資格も、誰も持っていません。
それが、本当に全くこれっぽっちもなんでそんなことになったのかわからないのですが、セッション自体の"正しさ"だの、"ジェンダー問題"だのの議論に波及しました。
しかも、イベントに参加したら人事や営業に間違えられた、だの、マウント取られた、だの、関係のない話まで浮上していたわけです。やっぱりわけがわからない。それ、何か関係あります?
引っかかることがいくつかあるので、一つずつ取り上げさせてもらいます。
もっとスマートに反論できればいいのですが、そもそも論点が切り分けされず、いつまでもセッションとエンジニア業界の男女比と男女差別問題と運営の方針とetc……がごちゃごちゃとしているので仕方ありません。
マッチングアプリは男女の人数比がある中で発表に取り上げられることが憚られるような、男女差別に繋がるようなものでしょうか?
もちろんそんなことはありません。マッチングアプリは男性が女性を探すことができますが、逆に女性が男性を探すことも可能です。
男性しか女性をスキップすることができないのか? いいえ、女性も同様に男性をスキップすることができます。
マッチングアプリは性差別を助長するものではありません。むしろ、昔の恋愛観を考えると、女性から能動的に恋人候補を探すことができる仕組みを生み出したことである意味恋愛における男女平等を進めた、と言えるかもしれません。
そもそもマッチングアプリを取り上げた背景としては、登壇者が(少なくとも)3年ほど彼女ができないエンジニアコミュで彼女を作ろうと頑張っており、その過程でマッチングアプリのヘビーユーザーになってもいたからです。
馴染みのあるものを主題に取り上げるのは当然かな、と思います。
それがなんらかのアイコンになるのでしょうか?
そういう考えがあるとすればあらゆる黒髪メガネの女性に対して失礼なので認識を正した方がいいでしょう。
黒髪だろうが茶髪だろうが青メッシュだろうが、眼鏡だろうが、サングラスだろうが、裸眼だろうが、そんなものは数ある属性のうちの一つです。それ以上でもそれ以下でもありません。
また、黒髪とメガネという属性を持っていることは、美醜の問題とは無関係です。
これが「美人とマッチングする方法」とか「タイプじゃない女子とマッチングしない方法」とかであれば、明確に誰かを傷つけるものとして不快に感じたかもしれません。
それこそ技術の無駄遣いですが、バストアップの画像から胸のサイズを予測して女性を選ぶ、といったセクシャルな内容であればドン引きしたし、率直に言って最悪なセッションだと登壇者にフィードバックしたでしょう。
しかし、黒髪メガネはそういった類のものではありませんでした。
また、データに関して言えば、顔認識で拾える情報なんて微々たるもので、その中から髪色とメガネ有無という特徴を選んだことになんら疑問はありません。
そんなことはありません。
感想を言うこと、発表に対して良い感情を持つことも悪い感情を持つことも自由です。
そもそもご本人もセッション自体についての是非を問うものではない、という風に書かれていたかと思います。
あえて問題があるとすれば、その投稿に目をつけて拡散する人が現れ、ビルコン参加者に限らず、ビルコンになんら関係のない、その場でセッションを聞いてすらいないにも関わらずセッションなどに対して非難の声を上げる人が出始めたことです。
恐らく間違えられた人はむっとしたのでしょう。悲しいと思った人もいたのかもしれません。
例えば、ひと目で女性エンジニアだと外見から判断することはとても難しいと思います。私自身、普段の服装を考えてみても、特に人事や総務の方と一線を画するようなものは着ていないと思います。客先に行く機会も多いので、カッチリ目の服を着ている関係もあってか、営業に間違えられることは少なくありません。
服で判断はつかず、勉強会であってもスポンサー企業の広報の方なんかが訪れる可能性がゼロでない以上、目の前の女性が何者であるかなんて聞いてみないとわかりません。というか、女性である私にも見分けなんて付きませんし、間違えたこともあります。ごめんなさい。
それとも、勉強会や技術系イベントにいる女性に対しては常にエンジニアだと思って接するべきだ、という話でしょうか? それは些か乱暴ではないでしょうか。まさかとは思いますが、自分が間違えられたくないから、エンジニアの活動場所に入ってきた人事(マイノリティ)の方が間違えられればいい、それが当然だ、というのであればとても怖い話だと思います。
また、例えば私の見た目上のエンジニアの判断基準は、「このままじゃ絶対客先に行けそうにない服装」というのが一つの基準ですが(笑)、ひと目でエンジニアとわかってほしいですか? 本当に?
業界の男女比の話に絡めると、女性エンジニアが現場に一定数いる職場って案外少ないのではないかと思います。(少なくとも私は現在含め、女性エンジニア一人の職場ばかり経験しています)
とすると、「知っている女性エンジニアの服装」と一致しなかった場合、職種の誤判定するのは仕方ないと思いませんか? 今ビルコンでもいくつかのセッションで取り上げられていたAIと同じで、一定量の学習データがなければ人間も正しい見分け方が身に付くはずがありません。
これは……うーん……。正直、(相手の性別年齢に限らず)マウンティングされても全く気づいていなかったということが多い(後で他の人から大丈夫だった? とか言われて初めて気付く)私には何も言えません。
ただ、体感として、上から目線でものを言いたがる人は自分より若いと見れば言うし、自分の得意分野である特定のジャンルに話が及べば言うし、相手の知識レベルなど気にせずに言うイメージがあります。また、エンジニアの中には(全然そんな気がないのに)威圧的な言い方になってしまう単なる口下手がいれば、説明が過剰になりがちな説明下手もいます。
それが本当に"女性だから"マウンティングしてきたのかは私にはわかりません。
少なくとも議論が十分になされていない状態で、差別・倫理・品位といった単語を出して非難することは望ましくありません。
言うまでもなく、差別は悪いことであり、倫理や品位は人間として大切にすべき重要な要素です。だからこそ、非難する人が「差別を嫌う人、倫理観を持ち合わせている人、品位のある人はこれを問題にするのは当然だ」というスタンスに立ってしまうと、反論ができなく、あるいは少なくともしづらくなるなります。また、非難する側は反論に対する切り返しが非常に楽という一面もあります。
反論することで差別主義者扱いされるかもしれないし、倫理や品位に欠ける人間扱いされるかもしれないのです。それを覚悟して反論したとしても、非難する側はいくつかの魔法の呪文を唱えることでそれ以上の反論を封じることができます。
「なんて冷たい人なんだ」
「自分さえ良ければいいのか」
「傷ついてる人のことはどうでもいいのか」
正常な議論になんてなるはずがありません。
正義の彼らからすると、このセッションに疑問を抱かなかった人、セッションを普通に楽しんだ人は良識とか倫理観とか品位に欠けてるということになるかもしれません。私も女性なのに女性差別主義者なのでしょう。
論点がとっ散らかっているのが良くないのですが、そもそもセッションに対して正しい・正しくないという視点で論じること自体が誤りだと思います。好ましい・好ましくないという個人の意見であれば好きに言えばいいし、活発に議論しようと構いません。
しかし、正しさを主軸とした場合、先に相手が悪だと言った方が勝ちかねないのです。言ったもの勝ち、非難したもの勝ちの世界です。
そうなったら表現の場としておしまいです。当たり障りのない、お上品な、冒険心のない、発見もないセッションがビルコンを占めるでしょう。誰か声の大きい一人に目をつけられただけで自分の発表が悪にされる。そんな怖い舞台に誰がユニークなものを抱えて上がりたいと思うでしょうか? 安全を取るなら誰もがうんうんと頷くだけで終わる内容に留めておくのが1番だと思いはしないでしょうか?
おめでとうございます、ちょっと尖った発表を見られたかもしれないビルコンの終焉です。
……もちろんそんな風にはなってほしくありません。
ダイバーシティと絡めての意見も散見されましたが、ダイバーシティとは単なる正義の味方ではないと考えています。セッションに対して嫌な気持ちになった人もセッションを楽しんだ人もどちらも区別なく受け入れられるのが、理想のダイバーシティではありませんか?(犯罪などが絡んでいたら別ですが)
もう一度繰り返しますが、今回のセッションは面白かったし、女性エンジニアとして問題に思うことは何もありませんでした。
どのセッションも「日本最高峰の技術の無駄遣い」の名に恥じない、最高にくだらなくて、発想力に笑うしかない、すばらしいものでした。
とある政治家さんの発言は賛否あるが、NHKの問題についてはしっかり頑張っていただきたい。
とまあ同時に自分たち、つまり国民にとってはNHKを考える良い機会与えられました。
もちろん普段から考えている人もいたでしょうが、そうでない人も少し考えたことでしょう。
自分もそのうちの一人です。
政治家の方は具体的なスクランブルの方法(支払い)をしっかり提示、検討してほしい。
ネタ化しすぎているのが気になる。。
だから、このTVer参加したことでNHKが契約に関してどう行動するか、結構気になる。
悪ぐちばっかりより、みんなの具体的な意見を出していったほういいっしょ。