はてなキーワード: ロシア人とは
中途半端な知識で中途半端なこと言ったから真意が伝わってなかったな
結局どの格闘技にしても伝える人がいなきゃ次に伝わらないってことよ
あと、元増田の間違いを一つ言うなら
合気道は今でも伝わってるけど、伝わりすぎて逆に創作で使いづらくなってる。
でも実際の合気道も何やってるかわからん。手首返すとか言われても「それで?どうしてあのデカいおじさんは倒れてるんですか?」となる
地味だから恐ろしい、そういうこと。
そして、骨法は骨法を知っているオタクにも骨法自体がインチキだと思われてるので創作のネタにも出来ない。
というか普通に他の格闘技で補われる要素が多い割に、試合がペチペチしてる以外に注目できる要素がない。
みなみかわがシステマを使い出した時に「ロシア人でもないのにシステマの使い手っているんだ!」と思ったものだが
ああいうネタだったので苦笑いはしたものの内心「便利な技だなぁ」と思えた
みなみかわのYouTubeを見ると思いっきり腹をぶん殴られてるのに力を受け流して別の人間の腹を殴っていた。
恐ろしい。
骨法にはなんかそういう要素がない
なんだあの歌詞
なんだあの歌詞は
人口数について簡単に解説したけど、そのついでというかこんな話も。
ホロコーストは誤解が多いというか、そんなに簡単でも無い話なのは間違いない。日本人にありがちな多くの誤解の一つが「アウシュヴィッツがドイツにある」というものだろう。日本人に取って縁遠い話だし、義務教育の世界史でも大して詳しく教科書に書いてあるわけでも無いから仕方ないが、ドイツ本国ではそんなに沢山のユダヤ人は殺されていないだとか、強制収容所と絶滅収容所は違うだとか、ソ連でも現地虐殺部隊(映画では例えば『炎628』は有名だが、あんな風なことが実際にあったかもしれないけど、その多くはピットを使った銃殺である。現実の現地虐殺は映画にしたら正視に耐えないだろう)でたくさん殺されたとか、細かい話をし出すと訳がわからなくなるかもしれない。
そんな多くの無理解や誤解の中でも、「ヒットラー・ナチスドイツは計画的にユダヤ人を大量虐殺した」なる言葉に対する誤解があると思う。「計画的」とあるから、何やらナチスドイツはユダヤ人絶滅のために綿密なプランを策定してから絶滅計画を推し進めたかのように捉えられがちだが、実は全然違う。むしろ、最初から計画されたものではなかったと、今ではほとんどの歴史家が同意している。昔は意図派と機能派と呼ばれる歴史家グループが盛んに論争したそうだが、最初から計画的=意図的にユダヤ人絶滅を進めたという説はこの論争に敗れ去ったようである。私個人は、ナチス内部の権力争い・主導権争いがユダヤ人絶滅を引き起こした原因だと考えているが、ユダヤ人絶滅がヒトラーの夢でもある事は間違いなかったと考える。そうでなければ、親衛隊だけでなく、ナチス全体、国防軍までユダヤ人絶滅に協力するなんてあり得なかったろうからだ。
しかし、ユダヤ人絶滅は、当初は確かに単なる支配地域からのユダヤ人の排除だった。そして当初のユダヤ人排除のマスタープランであったマダガスカル作戦がバトル・オブ・ブリテンでのドイツの実質的敗北によって実行できなくなった為、ドイツ人地域を東方へ拡大するというヒトラーの目論みと共に始まったバルバロッサ作戦、すなわち独ソ不可侵条約を勝手に破ってソ連領へ進撃すると、今度はヨーロッパのユダヤ人をソ連地域へ追放するという東方移送計画が生まれる。ところが、この独ソ戦の見通しの甘さから、最初こそ快進撃だったものの、1941年末には戦線が拡大しすぎて膠着状態に陥ってしまう。
しかし、ユダヤ人のポーランド地域などにあるゲットーへの移送(要するに狭い地域に押し込めることによる排除政策)がずっと続いため、とうとうゲットーは悲鳴を上げ始めた。で、ゲットーに集めておいて、さらに移送させるなどという面倒な事はやめて、ユダヤ人を殺すべきだ!との声が実際に上がり始めたのである。現実には、共産主義と結託していたとみられたソ連地域のユダヤ人は危険と見做され、ドイツ軍の進撃とともに、現地で絶滅させられる動きが既に始まっていたからであろう。
このような流れの中、1939年頃から既に始まっていた障害者絶滅作戦であるT4作戦を、ユダヤ人絶滅に流用する形で、ガス殺による大量殺戮が実施されていくのである。だから、毒ガスの代表格であるとされる青酸ガス=チクロンBは最初は用いられず(実験的に使用されたという説もある)、T4作戦を引き継いだ形での一酸化炭素ボンベから始まったのだ。もっとも、最初はポーランド・ポズナンでの精神障害者虐殺からスタートしたものをその辺の地域のユダヤ人殺害に転用しただけのことである。そのうちに、ガスボンベ積載車で地域を移動してガス殺を行うようになり、それがガソリンエンジンの排ガスを使えば手っ取り早いということで、本格的なガス車へと移行していく。
このガス車によるユダヤ人殺害が、その近くにあったリッツマンシュタット・ゲットーでの「ユダヤ人なんか殺すべきだ!」との声に呼応する形でヘウムノ収容所で利用されるようになっていく。こうしてまず最初の絶滅収容所であるヘウムノ絶滅収容所がガス車を持ちた形で稼働し始めたのである。リッツマンシュタット・ゲットーのユダヤ人を絶滅させるために。ヘウムノは一旦1943年中に活動を終えたのちに、1944年に短期間だけ再稼働され、トータルで15万人以上のユダヤ人が虐殺されたと言われる。
これがいまいちよくわからない。ベウジェツ・ソビボル・トレブリンカはラインハルト作戦収容所として、ユダヤ人絶滅目的だけのために建設された収容所であり、かなり計画的なものであった事は間違いない。しかし、アウシュヴィッツはラインハルト作戦の収容所ではなく、そもそも一般の強制収容所・捕虜収容所であり、絶滅の機能はあとで追加されたものであった。ではどのような経緯で絶滅収容所に設定されたのか? これが司令官だったルドルフ・ヘスの証言の中にしか出てこない話で、ヘスは記憶を誤って証言したりしており、はっきりしない。最初のガス室はアウシュヴィッツの基幹収容所で始まったのであるが、最初にガスで殺されたのは、1941年当時大勢いたロシア人捕虜だった。だが、この時確かに毒ガスを、アウシュヴィッツでは他の絶滅収容所とは違ってチクロンBで行くと決めたのである(チクロンB自体はマイダネク収容所も使っていたが、マイダネクでは一酸化炭素ガスやガス車もあるようで、これについては実態が不明瞭ではっきりしない)。
そして、アウシュヴィッツ・ビルケナウで本格的なガス室によるユダヤ人大量虐殺が始まったのは、実はアウシュヴィッツ基幹収容所のガス室(観光用に公開されているガス室)でもなければ、有名なビルケナウのクレマトリウムでもなかった。ビルケナウの敷地外にある農家を改造した、日本語ではブンカーと呼称されるガス室からだったのである。このガス室は二箇所あったが、一箇所は既に影も形もなく、もう一箇所はほんの少しだけ土台を残す程度であり、おそらく一般にはあまり知られていないだろう。ここで、おそらく1942年3月頃から1943年3月頃の一年の間に15〜20万人程度のユダヤ人が虐殺されたと考えられる。なお、同時に基幹収容所の第一火葬場のガス室も使われていたようであるが、ここでは併設の火葬炉を死体処分に使っていたのだが、この火葬炉の数が少ししかなかったため、一度のガス室での殺害人数の少なさや焼却処理能力に問題があり、毎日使うなどは全く無理であり、トータルで一万人もガス殺はされていないと言われている。このガス室は1942年末で使われなくなった。
では有名な、ビルケナウのクレマトリウムはどうだったのか? 実は当初はこのビルケナウのクレマトリウムにはガス室は設定されていなかったのである。元々は純粋にビルケナウの囚人用のために設定された火葬場であり、のちにガス室となる場所はただの死体安置所であった。これが、どうしてガス室に変わったのかは、事情は複雑である。この謎については、実際にはとっくの昔にルドルフ・ヘスが自伝にその理由を書いていたのだけど、細かく解き明かしたのは、1989年に発表されたJ-C-プレサックという薬剤師(プレサックは当初はホロコーストを題材にしたSF小説を書こうとしていたのである)による『アウシュヴィッツ ガス室の操作と技術』である。
ヘスは自伝で、ブンカーのガス室殺害遺体は、最初は単に近くにピットを掘って、埋めていただけだと書く。ところが、この大量遺体の埋葬が衛生的な問題を引き起こしたので親衛隊トップのヒムラーの命令で、アウシュヴィッツを含めた各地の大量埋葬地の遺体をもう一度掘り起こして、焼却処分することになった。だがアウシュビッツでは焼却の始まる夏の終わりまでに10万体もの遺体を埋めていたため、これを焼却し切るには昼夜を問わず延々と焼却をし続ける必要があった。これが問題化する。夜でも煌々と光る焼却の炎は何キロも離れたところから見えるほど目立ち、ものすごい煙で悪臭が周辺数キロにまで漂い、地域住民は全員がアウシュヴィッツで大量殺戮を知ってしまう事態へと発展してしまう。すでにある程度はガスによる大量虐殺の情報は外部へ漏れてワルシャワの地下組織などに伝わっていたが、この焼却はなんとニューヨークタイムズで報じられるまでになってしまう。
実は、ビルケナウのクレマトリウムにガス室を併設する案は、これが原因だったのである。野外焼却をこのまま続けるのは秘匿性の観点で問題がありすぎるので、ビルケナウの焼却場で遺体焼却を行い、それなら基幹収容所のガス室同様、焼却等に併設してしまえということになったのだと考えられる。そして、ソ連やアウシュビッツ博物館の資料から大量の図面を入手していたプレサックは、クレマトリウムに重大な設計変更がなされていることを見抜く。1942年の夏頃の図面にはあったはずの地下死体安置所に死体を下ろすための死体シュートが1942年12月19日の図面から消え去っていたのだった。これはどう考えても、死体が地下へ自分の足で降りていくことを意味するとしか考えられない、とプレサックは自著に記述したのである。他にも、死体安置所の扉は内開きだったのが外開きに変更されていたり、その後の図面では外開きの一枚扉に変更されていたりと、結論としてプレサックは、やはり多くの証言どおり、図面には死体安置所としか記述されていないそこは、ガス室である事は間違いないと決定付けたのだった。なお、証拠はそれだけではないのだがややこしくなるのでここでは省く。
修正主義者達はどんなことがあっても、ガス室だけは絶対に認めない。知恵の限りを絞り尽くしてでも、ガス室を否定する論拠を導き出し、それがどんな出鱈目でも採用しようとする。有名なアルフレッド・ロイヒターなる死刑技術コンサルタント(当時彼1人しか全米にいなかった)がカナダの修正主義者、エルンスト・ツンデルの扇動罪に関する裁判で、有名なロイヒター報告を裁判に提出した(しかし裁判所から証拠採用されなかった)。曰く、アウシュヴィッツのガス室とされる場所の採取サンプルを分析すると、極めて微量のシアン化成分しか検出されず、ガス室などなかったと結論付けられると。「極めて微量」というのは、チクロンBの合法的な使用方法である害虫(疫病を媒介するシラミ)駆除をしていた害虫駆除室のサンプルと比較して、という意味である。しかし、これは分析のルール違反であった。なぜなら、害虫駆除室と殺人ガス室におけるチクロンBの使い方は同じガスを使うというだけで全く異なる使用方法であり、さらに、害虫駆除室はガス処理は二十四時間が基本(ガス殺は1日あたり一回で30分程度)、その使用状況の違いから害虫駆除室ではプルシアンブルーという極めて安定したシアン化合物を生成しており(殺人ガス室にはなく、通常の壁表面などに浸透したシアン成分は安定度が低く、水などで大半は洗い流されてしまう)、これをロイヒターはサンプルにしているのだからほとんどインチキなのである。なお、余談的ではあるが、このロイヒターのアウシュヴィッツにおけるサンプル採取は完全に違法であり、無許可である。その上、ロイヒターらは入ってはいけない施錠された部屋の施錠を勝手にぶち壊したりして入ったりもしており、無茶苦茶であった(それをあろうことかロイヒターのチームはビデオに収めて堂々と公表しているのだから呆れてしまう)。
その数年後に、ポーランドのクラクフ法医学研究所がアウシュヴィッツ博物館側の正式依頼でロイヒター報告に対する対抗調査を行なって、プルシアンブルーを除外した上で分析した結果、殺人ガス室であると断定できる濃度のシアン成分を殺人ガス室から検出している。しかし、修正主義者は、クラクフの調査方法の方がインチキであるとして全く譲る気配はなかった。ともかく、修正主義者は、ほんとに知恵の限りを絞り尽くしてでも、そこはガス室絵ではなかったという結論を無理からにでも捻り出して、断じて認める気配はない。プレサックの死体シュートの話だって、実際には設計変更が工事の進捗状況に間に合わず、死体シュートが作られてしまっていたことを理由に「死体シュートはあったのだから死体シュートは実際に使われたのである」などと、設計変更のことを無視したりしている。だが、その死体シュートが使われた証拠は何もない。
そう簡単な話でもないという事は少しは理解してほしい。もしホロコーストを勉強したいのなら、修正主義なんかから入らず、まずは普通のホロコースト関連書籍を読むべきである。どうしてユダヤ人迫害がホロコーストに発展してしまったのか、あの時代はどんなことがあったのかなど、先に歴史を学ばないと、修正主義にコロッと騙されると思う。ガス室ひとつとっても、述べたようなさまざまな経緯の中で成立したものなのであって、予断を可能な限り廃して、普通の真面目な歴史学者・研究者達の記述内容に従うべきだろう。
調べてみました!
ほとんど確実。何故なら、人口統計調査により、ユダヤ人の戦前戦後の人口差は550万人程度はあり、人口統計調査の誤差を踏まえれば600万人程度のユダヤ人が殺されたことはほぼ確実である。別々の研究機関や研究者によって何度も推定は繰り返されているが、めちゃくちゃ極端に低く見積もっても約450万人程度とされており、大差はないと考えて良いだろう。ちなみに、否認派向けに言っておくと確認できる限り、否認派できっちり人口統計調査をした人は存在しないようである。否認論が嘘であるとバレるからか?w 出典は、『ホロコースト大事典』(柏書房)、芝健介『ホロコースト ナチスのユダヤ人大量虐殺の全貌』など。
これは数字は概ね合っているが、明らかに死亡者数ではない。英語圏でいう「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」であろう。
約3世紀に及ぶ奴隷貿易で大西洋を渡ったアフリカ原住民は1500万人以上と一般には言われているが、学界では900万人-1100万人という、1969年のフィリップ・カーティンの説を基にした数字が有力である。多数の奴隷船の一次記録の調査で、輸送中の死亡率がそれまで考えられていたほど高くなかった[注釈 2]、輸出先での人口増加率が意外に高いと推定される、というのが説の根拠である。ただし、カーティンの説(彼自身は900万人強を提唱していた)には、一次記録が存在しない16世紀 - 17世紀初頭に関しての推定数が少なすぎるという批判もあるが、そうした批判を踏まえても1200万人を大きく超えることはないと考えられている[7]。
んー、これはよくわからん。以下では1000万人は正しいかのように思えるが、はっきりしない。
その犠牲者は征服前の人口はおよそ1100万人であったと推測されるが、1600年の人口調査では、先住民の人口は100万程度になっていた。スペイン人は暴虐の限りを尽くしたうえに、疫病により免疫のない先住民は短期間のうちに激減した[29]。
何故はっきりしないかというと、こんな記事を見つけたからである。
さらなる批判を浴びたのは、ラス・カサスが挙げるインディオの犠牲者数が大幅に水増しされているとの“疑惑”だ。
たとえばラス・カサスは、征服前のイスパニョーラ島(現在のハイチとドミニカ共和国)の人口を300万と記しているが、当時の複数の記録でも現代の研究者の評価でもその人口は100万を超えていない。同様にラス・カサスは、メキシコ中央部で400万、ペルー副王領でも同じく400万の生命が奪われ、1502年から42年までの40年間に2580万から2880万人のインディオが征服戦争の犠牲になったとしているが、当時の人口調査や統計では正確な数字を出すことは不可能で、「被害」の規模に確たる根拠があるとはいえない。
16世紀に新大陸で虐殺を行なったスペインが、当時もっとも「啓蒙的、人道的」だった[橘玲の世界投資見聞録] | 橘玲×ZAi ONLINE海外投資の歩き方 | ザイオンライン
何にしても一体、1000万人はどこから出てきた値なのか知識がないのでよくわからない。ここに書いてあるように、正確な統計値があるとも思えない時代の数字にどれほど信憑性があると判断すれば良いのだろうか?
んー、これも上と同じで、正確な統計があるとは思えない時代の話だし、ちょっと調べた程度ではさっぱりわからない。しかし以下のような記事を見つけた。人口がもしそうだとするなら、1000万人はあり得ない。
インカ帝国は、13~16世紀にかけて繁栄した、アンデス山脈沿いの南北4000kmに及ぶ、現在の南米ペルーを中心とした広大な大帝国であり、最盛期には人口600万を有した。有名な遺跡として、標高2500mの高地に作られたマチュピチュ都市がある。
追記;↑と思ったが、Wikipedia「インカ帝国」によると、上の記事は間違いの可能性が高いように思われる。
前身となるクスコ王国は13世紀に成立し、1438年のパチャクテク即位による国家としての再編を経て、1533年にスペイン人のコンキスタドールに滅ぼされるまで[1]約200年間続いた。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ
しかしこの記事でも、虐殺の話はまるで出ておらず、「伝染病が壊滅的な打撃」ともあり、「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」の疑いが強い印象。
英語版Wikipediaを調べた。英語版は流石にやたら詳しい。これによると、1000万人は完全な出鱈目・デマである。デマ源を突き止めたいんだけどなぁ。
2010年のアメリカ合衆国の国勢調査では、自らがアメリカインディアンまたはアラスカ先住民であると認識しているアメリカ人は293万2,248人で、アメリカ人口の約0.9%でした[50]。 2011年のカナダの国勢調査では、自らがファースト・ネーション(またはイヌイットやメティス)であると認識しているカナダ人は183万6,035人で、カナダ人口の約4.3%でした[51]。 ヨーロッパ人が到着する前にアメリカ大陸に住んでいた人の数については意見の一致を見ていませんが、広範な研究が続けられています[52][53]。 52][53]現代の推定では、ヨーロッパによる植民地化以前に北米大陸に住んでいた人々の数は210万人から1800万人とされているが[54]、アメリカ国勢調査局は1894年に、1492年の北米大陸はほとんど何もない大陸であり、インディアンの人口は「50万人をはるかに超えることはなかっただろう」と主張している[55][56]。
インディアンの数は、感染症、ヨーロッパ人との衝突、部族間の戦争、同化、カナダやメキシコへの移住、出生率の低下などにより、19世紀には50万人を下回るまでに減少したという。主な原因はヨーロッパの探検家や商人が運んできた伝染病であった[57][58] 米国国勢調査局(1894年)は1789年から1891年までの102年間の戦争による特別な死亡者の推定値を示しており、その中には「個人的な問題」で殺された8,500人のインディアンと5,000人の白人が含まれていた。
米国政府の下で行われたインディアン戦争は40回以上にも及びます。彼らは、個人的な戦闘で殺された人を含めて、約19,000人の白人男性、女性、子供の命を奪い、約30,000人のインディアンの命を奪ってきました。実際に死傷したインディアンの数は、この数字よりもはるかに多いに違いありません。5割増しというのが安全な見積もりだろう[59]。
スターリンが粛清により大量の処刑者を出したのは史実であろうが、一千万人はいくらなんでも盛り過ぎである(実際には明らかにあり得ない非現実的な無茶苦茶誇張された数字もあったくらいであるが)。これは冷戦末期以降にソ連・ロシアが情報公開をしていて、確定はしていないが、概ねの数字はわかっている。おそらく粛清で処刑されたのは90万〜120万人程度と考えられる。
ソ連政府はミハイル・ゴルバチョフの時代にNKVDの後身ソ連国家保安委員会 (KGB) が「スターリンが支配した1930年から1953年の時代に786,098人が反革命罪で処刑されたこと」を公式に認めた。さらにソ連崩壊後にはロシア連邦国立文書館 (GARF) がNKVDグラーク書記局が1953年に作成したという統計報告書を公開した。それによるとNKVDは1937年と1938年の2年間に1,575,259人の者を逮捕しており、このうち87%以上の1,372,382人に及ぶ人が反革命罪および反国家扇動罪などに問われた政治犯であった。ソ連時代の統計[16]の開示[17]や、第三者による検証[18]を経ても、粛清された人物の合計数は今もなお公式に確定していない。
ウクライナへの人工飢餓として、ジェノサイド認定をしたらしいが、ジェノサイドと言えるのかどうかは議論の余地がある。しかし、何にしても、ホロコーストのように殺戮を目的とはしておらず、これもまた「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」であろう。
飢餓による餓死者の総数に関しては未だ議論が続いており、飢饉の犠牲者数についても学説によって250万から1450万人までの幅がある[7][2]。
この飢餓の主たる原因は、広範な凶作が生じていたにもかかわらず、ソ連政府が工業化の推進に必要な外貨を獲得するために、国内の農産物を飢餓輸出したことにあった。その意味で大飢饉が人為的に引き起こされたものであることは否定できない。ウクライナのユシチェンコ政権は、これをもってウクライナ人に対する大量虐殺であったと主張し、国際的な同調を募った。一方、現代ロシアの歴史家を中心に、大規模で悲惨な飢饉があったという事実認識には同調するが、飢饉の被害はウクライナ人のみならずロシア人やカザフ人にも広く及んだと指摘して、これがウクライナ人に対する民族的なジェノサイドであることを否定する議論もあり、見解の相違は埋まっていない。
全然知らない話だが、以下を読む限り、「2000万人」は盛っていると思われる。しかもその大半は天然痘などの疫病であるようだ。しかし、相当規模の残虐行為を働いたのは事実であろう。
自由国政府は当初は象牙を、後には貴重な商品となっていったゴムなどの天然資源を開拓した。自由国の軍隊である公安軍(Force Publique)の支援を受け、その領土は複数の私的な採掘利権に分割された。英白インド・ゴム会社(英語版)はとりわけ、その領土から利益を得るために武力と残虐行為を用いた。コンゴにおけるその政権は強制労働をさせ、ゴム収集のノルマを満たしていないコンゴ先住民を殺害し切断した。何百万人ものコンゴ人がこの期間に犠牲となったが[4]、死者の多くはコンゴ川下流地域の人口の半数近くが死亡した天然痘を含む、ヨーロッパ人入植者との接触によってもたらされた新しい病気が原因だとも特定されている[5]。
自由国時代には過剰死によってコンゴ人口が急減したが、死者数の推定値にはかなりのばらつきがある。数字は推定値であるものの、この時期に死亡したコンゴ人は人口のおよそ5分の1にあたる1000万人にのぼるとされている[6][7][8][9]。最初の人口調査が実施されたのは1924年であるためこの期間の人口減少を数量化することは困難であり、ウィリアム・ルービンスタイン(英語版)のように、アダム・ホックシールドが引証した数値はほとんど証拠に基づかない推測であると主張する者らによって、これらの数字は議論されてきた[10]。
これは適当な解説サイトが見当たらないので、自分の知識だけで言うけど、これも飢餓でしょ。数値は知らないけど、これもまた「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」。
残り二つの中国のは自分で調べて。文字数制限で書けない。ともかく、人数の精度に問題あり過ぎだし、ホロコーストと同レベルで比較対象にできるものはない。ホロコーストはほんとに民族抹殺を狙った大量虐殺で、そんなものは人類史上見当たりません。かのアドルフ・アイヒマンは「欧州すべてのユダヤ人、1030万人を殺したかった」と述べたアルゼンチン逃亡中の録音記録があったりしますが、そこからもわかるようにユダヤ人絶滅は本気だったのです。
の増田に対するなんとも表現しようのない嫌悪感というか、不快感を感じて、増田に何度も記事を書こうとするのだけど、うまく言い表せなかった。はっきり言えることは、私はこういう類の主張がかなり嫌いである。
「ナチスが「絶対悪」であり、未曾有の災禍の元凶であることは、今日では常識となっている。
だがインターネット上ではむしろ、「ナチスは良いこともした」と声高に主張したがる人が増えている。」
筆者「ナチスは絶対悪である!これは今日の常識となっている!」
これは会話になってねえし、筆者の方がアホではないだろうか?
「アホなのはお前の方である」と面と向かって言ってやりたい。田野氏が一行目で言ったのは「世間の常識」のことであろうと思うし、「〜は常識だ!」と主張して人の意見を封じるかの如くの主張をしているわけではない、とすら読めない読解力のない増田はアホとしか言いようがない。現実に、欧州から遠く離れた日本ですら、ナチスドイツ親衛隊の制服を公の前で着るのはタブーだし、ハーケンクロイツなど以ての外である。実際に、ナチスが「絶対悪」であることは常識なのである。現に、はてなーの大半だってそうした親衛隊風の制服着用で問題になったニュース記事が流れると、それを実行した芸能人関係者をアホ扱い・叩くではないか。
あと、「絶対悪はイデオロギー」とか言ってるけど、実際に世間的イデオロギーがそうなのであって、はてなーの大半が忌み嫌う喫煙と同じである。
もし仮に、タバコは確かに害がありそれは認めるしかないが、タバコにも良いことがある、とでも主張しようものならば、100%総スカンを喰らうだろう。田野氏の言っている違和感はまさにそのようなことであると思うし、なぜナチスはダメと社会常識になっているにも関わらず、ナチスにも良いことがあったと認めようとするのか、なのである。上の引用で示した、田野氏の二行はそれ故に極めて「まともな人間」の書く文なのである。まともでないのは元増田であり、これを高評価しているはてなーの方であろう。
タバコの例をあげたので、タバコを具体例にしていうけれど、2000年頃までは多分、タバコの害を認めつつ、認める意見もそれなりに許された時代だった。今ではあり得ない話だが、タバコは落ち着くだとか、タバコを少し嗜む程度は許されて良いだろとか、その分税金を喫煙者は納めているだとか、タバコがダメなら排ガスを撒き散らす自動車の方がもっと悪いだとか、散々喫煙者は主張していたのである。今やそんなことをはてな界隈で言えば袋叩きだ。喫煙スペースですら許されなくなって来ている。
なのに、何故ユダヤ人を600万人も殺し(実際に細かく調べたから言うけど、600万人は概数として間違いのない数字である)、赤軍捕虜を300万人も不法殺害したり、実行に移されなかったとは言え、ロシア人を飢餓で数千万人も殺そうと計画したり、ロシア人とポーランド人を強制労働人種にしてしまおうと考えたり、ユダヤ人を殺して奪った莫大な資産を使って私服を肥やしまくったり、自分の有能な部下が殺されたからといって、村人の全員を虐殺あるいは強制収容所送りにしたり、……とまぁ枚挙にいとまがないほどの悪事を働いたナチスを、なぜ良いところもあったなどと主張しようとするのか。
勘違いしないで欲しいが、日本はドイツのように反ナチ法はないから、ナチスの良い面もあったと言うこと自体はなんら違法なことではない。だがしかし、それは差別にも良いことがあると言っているのと同じ類のことだとどうして思わないのだろうか? それとこれとは違うって? んなこたない。男女差別にも良い点がある、だなんて絶対に言えないはずである。
いや、ほんとにマジな話でさ、増田はこう言うのだけれど、
「そりゃナチスにも良い部分はあったかもしれんわ、けどそれでホロコースト免罪にはならねーから!別の話を混ぜないように!」でよくね?
論理というのは厳粛なものでね、その逆ももまた真なりなんだよね。逆っつーか入れ替えただけっつーか。つまり、
ナチスの良い点を言い出すってことは「そりゃホロコーストは悪いことだ、それは当たり前だけど、ナチスにも良いところがあったんだよ」という主張なんだよ。つまりあくまでも、後者に比重が置かれているわけ。
第184回国会(臨時会)質問主意書 質問第八号「ナチス政権の手口」についての麻生発言に関する質問主意書
ほんとに、心底思うけど、一体「歴史の重み」ってどれほど理解されてるんだろうか? と思う。そりゃぁね、何百年かそれ以上も前のことであるとか、よく知られていない遠い国の話であるとかなら話は別さ。だけど、まだ百年も経ってない近い過去の話で、人類史上、人間自身が起こした未曾有の大惨事となって普通に世界中の学校の教科書にも書いてあるナチスドイツの非道くらい、きっちり考えても良いんじゃないのかな?
なのになぜ「良い点もある」と考える人がいるのか、理解はできるけど、正直、首を捻りたくなる。
しかしま、日本って、こんなトンデモ本を普通に評価する人が結構いるのだから呆れるんだけどね。
ったく、表紙にバッチリ、ハーケンクロイツだよ? 欧米なら間違いなく発禁処分だ。しかも内容もかなり酷いそうだ。読んでないのにそんなことを言っちゃいかん、と思われるかもしれないが、あるホロコースト否認者が評価してたから間違いなくトンデモ本だw
ところで、元増田、
ヘイWikiperia
田野 大輔(たの だいすけ、1970年 - )は、日本の社会学者。
あっ…
とまぁ、見事なまでに差別主義者だったと露呈してるのは笑えた。人を属性でしか判断できないって、ナチスじゃん。心底軽蔑するわ。
前置き
文の構成がめちゃくちゃ。日本語もめちゃくちゃ。何が言いたいかを考えて読むと痛い目に遭います。
ナザレンコ・アンドリーというネトウヨアカウントを見た。彼は「ネトウヨ的言動で日本人を褒めてれば稼げます」という美味しい話、つまり「ネトウヨビジネス」に乗っかったウクライナ人だ。
ツイートの内容だけ見るとどこにでも居る極々普通のネトウヨ(日本人の代理人が投稿している可能性も極めて高いが)なのである。
どこにでもいるネトウヨ同様、理論のすり替えや屁理屈や「ネトウヨ」とは異なる言動の人をただ否定しているだけ(もちろん右派左派問わず政治教信者お得意の人格否定もある)
そんな彼がこんなに有名になれてるのは「白人」だからである。つまり、あからさまに偽フランス人の「エリック.C」や、自称ドイツ人の「しあん」や、アメリカ人の「ケント・ギルバート」と同じタイプで、「大和民族に誇りを持ってる」はずのネトウヨの白人コンプレックスを突いて有名になったのである。勿論彼の言動はロシア人差別を除いては本音などではなく、金稼ぎのための言動なのは明らか(彼らが心から嫌韓とか天皇陛下万歳とかするわけないでしょうが。)
日本人全体の白人コンプレックスは簡単に見て取れる。白人というだけでちやほやされるのだ。
私はロシア系であるが、それをネットで前面に出したことはない。日本人は白人コンプレックスを抱えているから非常に面倒くさいのである。
他のアジア人はあからさまに見下すが、白人には頭の上がらない「大和民族であることを誇りに思う普通の日本人」は「日本人は白人に近い」とか「日本人は名誉白人」みたいなことも言っているが、その時点で大和民族であることを誇りに思ってはいない。大人しく「白人になりたい」と言えばいいのだ。
白人がかっこいいというのも「西洋文化の流入によって作られた価値観」にすぎない。
西洋の文化が流入する前のアジアは「アジア人らしい美形」が美しいとされていたという。
話は変わるが、アジア人や黒人はIQが劣っているというヨーロッパの研究所が出した「発表」はデマで、むしろアジア人は全人種の中でIQが最も高い人種なのである(黒人のIQが劣ってるのは事実であるが彼らは他の人種にないような潜在的体力がある)
人種毎の能力差はあることはあるが、全ての能力が優れた人種が存在しないのである。
アジアの成長により「アジア人に政治はできない」ということがただの偏見だということが証明された
なのに、不思議とアジア人であることに誇りを思わず、白人コンプレックスを抱えている人が多い。
私は基本的に自由社会主義的な思想を持つため、人種にあまり興味がないが、右派までアジア人であることを恥てるのには目を当てがたいものがある。
クソみたいなブコメやトラバが多すぎてショックだったので長めに書く。ブコメもしたが言い足りない。
元増田の記事の『酒』を全て『アルコール』に置換すれば特に議論する点はない。アルコールは別にうまくない。
だが「アルコール ∈ 酒」だ。
そして、酒は美味い。ものがある。
うまい料理とまずい料理があり、好みの料理とそうでないものがあるのと同じだ。
まず前提を。
というわけで「うまさ」というのも一筋縄ではいかない。「原初的なうまさ」に関しては合意が取れやすいのだが、それ以外の要素が入ってくると文化や経験の差が大きく出てくる。それでも、ある程度以上共通して評価される要素があるならば「うまさ」があるのだと評価するしかないだろう。そうでないと戦争にしかならない。
なお「原初的なうまさ」なら線虫だってわかる。 https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2017/5236/
自分の経験をベースにしているが、本増田もそんなに詳しい人ではない(酔いやすい...)のでそこはご容赦願いたい。
途中で挫折したり興味がわかなくなったなら離脱しても構わないが、完走したら増田として感想をいただきたい。
買い集めるのは大変なので、カクテルやってる座り心地のよい感じの店でちょっとずつ出してもらうのがいいと思う。居心地の悪いところはやめておこう。酒飲みの友達がいるなら少し分けてもらうのもいいし、何人かで持ち寄って試すのも楽しいと思う。
酒の味は理解らなくても、漫画の面白さはわかる増田かもしれないので最初にあげておく。
薀蓄から入るという側面もあるが、味や食文化とはなにか?という点をちょっと学んでみてほしい。
元記事に本増田がブチギレかけた理由が少し伝わったらうれしい。
ここでのポイントは味そのもの以上に多様性や可能性を感じることである。
ちなみに、これらは一緒に飲むと味の傾向が違いすぎて合わないし、酔っ払って味がわからなくなるので一日一杯にしておこう。
この場合リキュールを薦めるのは定番の手かなと思う。「酒だから出せる味」を追求した酒だからだ。
飲み方(味わい方)だが、小さじ一杯程度を数回に分けて、5分くらい掛けて飲む。
味わい方も人格の一部である。ショートケーキを3口で食べてコーラで流し込むやつが人に信用されないのと同じだ。
度数が高いのが一番の特徴ではあるが、微妙な香り付けとか風味を楽しむという点で、アルコールと酒の違いを説明するにはいい題材だ。
原料から醸造したものをあまり加工せず出している酒なので、元の原料の味が発酵の過程で変化した複雑な風味が特徴となる。これらの特徴は味が複雑で繊細なことだ。
美味い・まずいも幅があり、本当に美味いものをつくるのが難しい。それゆえ酒飲みは産地や生産者ごとの違いを楽しみ美味いものには称賛を送るのであるが、本来、酒とアルコールの区別のつかないレベルの人が手を出すものではない。
わかりやすく飲みやすい日本酒も増えているので、その辺りから入るといいと思う。
家に帰ってから飲もう。
これらはもちろん美味いが、酒も美味い・美味い可能性があるのだなという辺りまでは感じられるのではないか。
長くなったが以上である。
自分は酒を美味いと思うし、酒の味がわからないのは人生を損していると思うタイプだし、酒の味に関する偏見と戦わねばならぬと感じたので、ざざっと書いてみた。
真宮寺さくら 外見:量産型大和撫子 性格:熱血系の田舎者 短評:ありがちすぎ。無個性の極み
神埼すみれ 外見:着崩し和服お嬢 性格:高飛車ツンデレ 短評:ありがちすぎ。無個性の極み
マリア・タチバナ 外見:半メカクレ金髪クールロシア人 性格:殺し屋 短評:ありがちすぎ。無個性の極み
アイリス 外見:金髪ロリ幼女 性格:幼女 短評:ペド向けすぎ。キツい。
李紅蘭 外見:ダブル三編み眼鏡そばかすチャイナ 性格:天才科学者 短評:テンプレ委員長顔にチャイナ着せてマッドサイエンティストは割と尖ってる。でも言動はギャグ系ハカセとしてありがちすぎぃ。
桐島カンナ 外見:197cm 性格:琉球空手継承者 短評:でかすぎ。
ソレッタ織姫 外見:褐色黒髪イタリア貴族 性格:楽天家 短評:サクラ大戦のキャラの癖にいい感じにまとまりすぎ。逆に浮いてる。
レニ・ミルヒシュトラーセ 外見:男装ロリ 性格:天才ボクっ娘 短評:ありがちすぎ。無個性の極み
大神 一郎 外見:熱血系主人公 性格:熱血系主人公 短評:ありがちすぎ。無個性の極み
ぅゎ。これは酷い……
よく人気出たな。
選挙前はアルツハイマーのボケ老人で中国との融和的な外交をしつつ、弱者救済的な政策をやってくのかと思えば
ガチの武闘派路線でロシア人外交官追放とか、台湾を国として認める動きまで見せ始めて
かと思えば、不法移民に来るんじゃねぇといったり、受け入れない姿勢はトランプと替わらない。
これはバイデンの皮を被ったトランプなんじゃないか?くらいタカ派なんだが、何があったのか誰か説明して。
選挙に介入したといって外交官が追放されたロシアや、多分介入しただろう中国にとっても計算違いだろね
追記)
ブコメに納得。確かにアメリカが覇権国であるために必要な戦略=国を導く大きなデザインは与野党で変わらないんでしょうね。
その辺が本当にアメリカの政治の羨ましい所で、日本の野党は新安保法案を戦争法案と呼び反対していて
テロなど準備罪を共謀罪と読んで反対して、TPPにも反対してと、現在の状況を見ていると彼らの思い通りにしていたら日本は終わってたなって思うほど。
そう考えたら日本では自由で開かれたインド太平洋戦略を唱えた自民党だけが、グランドデザインが出来ることを今の状況が証明してる。
小さな自民党の失敗は、野党のグランドデザインのなさよりは遥かにましだなと思う。語る夢もない政治家なんて魅力ないですよ。
日本のリベラルは日本を破滅に向かわせようとしてる、としか思えないのは残念だし、その点ではアメリカは政治家が国を愛してて
そこを疑う必要がないのはほんと羨ましい