はてなキーワード: 中学校とは
昨日の出来事だ。先輩と数人で三階に荷物を取りに行ったのだが、エレベーターを待たせており先輩が「早くしろ!」と急かすので廊下を猛ダッシュでエレベーターに向かったら「走るな!」と言われた。言うことが矛盾していないだろうか。荷物の場所からエレベーターまでは10m程度なので、「走るな!」と言われる頃にはエレベーターに着いていた。なお土曜日の大学なので廊下には自分以外おらず、走っても大きな危険はない状況だった。自分の通う大学では「廊下を走ってはいけない」といった掲示は見たことがない。
小学校や中学校ではよく「廊下を走ってはいけない」と言われたしそういった張り紙を多く見たが、先生は授業中職員室に物を取りに行くときなどは構わず走ったりするし、全校集会にクラス全員で並んでいくときも走っていくことがあった。どんな状況においても廊下は絶対に走ってはいけないのだろうか、それとも正当な理由があれば走ってもいいのだろうか。小中学生のうちは禁止し、大人になったら状況によって各自判断せよ、ということだろうか。ちなみに自分の通っていた高校では昨年度から生徒手帳に廊下を走ってはいけない旨が書かれるようになった。張り紙がされたわけでもないし、多くの生徒は気づいていないと思うが。ただこの高校には附属中学があり、一昨年度までは廊下を走ることが禁じられていなかったことから、中学生に対しても一概に禁じることではない、という判断だったのだろうか。
なんで女性に救ってもらわないといけないかをわかっていない女性が主にブコメに散見されるので……じっくりと解説します。
先に言っておくと私の解釈とそこから導かれる結論は男性社会の尻拭いを女性にしてもらうという話になるので、女性は「ふざけんな」という権利があります!
ただしその言葉を使うならみっともなく『命乞い』もしてください……そうしないと大変危険です。
今から私と一緒に弱者男性の一生のうち幼稚園あたりから成人になるまで俯瞰視点で見てみるとわかると思います。
あっ! あそこの幼稚園にいるのは将来KKO(キモくて金のないおっさん)になる未来が決まっているタカシ(仮)くんです!
幼稚園の頃は女の子と男の子に筋力差はさほどありませんが、タカシ(仮)くんは早生まれです。
身体の発達が遅れているため筋力は4月生まれの女の子より劣ります。
タカシ(仮)くんは容姿がキモいせいで生理的不快感があるのか(不快感を自覚していない子もいます)殴る蹴るのいじめから幼稚園の温厚な子たちに一切庇ってもらえません。
やんちゃな男の子の集団にタカシ(仮)くんは囲まれてしまいました。
おーっと! やんちゃな男の子の腹パン! タカシ(仮)くんはお腹を抱えてうずくまります。頭を上から思いっきり踏みつけられます。顔面を蹴られます。
幸いにも骨を折るなどの深刻な怪我にはなりませんでしたが……タカシ(仮)くんのココロには傷が残りました。
少し時計を進めてみましょう。
小学校低学年のタカシ(仮)くんは掃除の時間に雑巾がけを女子から押し付けられているようです。
タカシ(仮)くんはまだ女子の中にも善性を持った人間がいると信じています。
雑巾がけを代わりにやれば借りを返してくれる女子もいるかもしれないと思っています。
実際はただのパシリです。やんちゃな男子にいじめられていても先生にチクってくれる女子はいません。そもそも自分の容姿のせいで女子は庇ってくれないという真理にまだ彼は到達していません。
もし先生にチクってタカシ(仮)くんと恋愛関係にあると周囲に流布されたらチクった女子はいい迷惑です。先生がいじめられている事実を握りつぶす可能性は大です。
そんなわけでいじめによるストレスはかかり続けます。ココロという器にヒビが少しずつ入り始めます。
小学校中学年にタカシ(仮)くんはなりました。タカシ(仮)くんもいい加減誰も助けてくれないのでキレることを覚えはじめます。
キレて椅子を逆さまに持ち上げますが、いじめっ子を椅子で殴ることができません。力が足りないせいです。タカシ(仮)くんは早生まれなので力に差があるいじめっ子に椅子の脚を掴まれてそのまま膠着状態に。授業のチャイムが鳴って先生がやって来ると女子はタカシ(仮)くんが椅子を持ち上げて振り回そうとしたとチクります。現行犯なので揺るがぬ事実。タカシ(仮)くんは先生にこっぴどく叱られました。ちなみに女子は授業を妨害されるのが嫌だっただけでタカシ(仮)くんに別段悪意があったわけではありません。ただ迷惑だっただけです。しかしタカシ(仮)くんは一部の女子を憎悪するようになりました。しかしまだ気になるあの子やとくに関わっていない女子は憎んでいません。
小学校高学年になりました。女子は背が高くなり一部の男子も背が伸び始めます。
タカシ(仮)くんは背の順で並ぶと5年生の最初のうちは背が高くもなく低くもない感じで真ん中あたりでしたが、いつの間にか6年生になると最前列になってしまいました。
いじめによるストレスで身長が伸びなくなっていたのです。タカシ(仮)くんは身長を伸ばすために牛乳をがぶ飲みしました。
1日に1.5リットルくらい飲むペースです。スイミングスクールに週1で通っているだけでは太ってしまいました。早生まれでたまに勉強についていけないところがあり「バカ」と呼ばれていたのにプラスして「デブ」とも呼ばれるようになりました。
親からは中学生になれば背が伸びると言われていてそれをアテにしていました。伸びなくなっている最大の原因を取り除かないと身長を伸ばすことが不可能だったにもかかわらずです。
タカシ(仮)くんは中学生になりました。学区指定の公立の中学校に進学しました。
いじめは相変わらず継続中です。日常的にいじめを受けているので慣れてきてしまいました。
慣れてきているのは身長にはよくないのをタカシ(仮)くんは知りませんでした。もう彼は疲れていたのです。嵐が過ぎ去るのを待つように殴られても蹴られても抓られても髪を引っ張られても怒りを押し殺して机に突っ伏して堪えました。
教室でのいじめがなくなりました。いじめっ子はいじめに飽きたのでしょうか。つかの間の自由を手に入れたタカシ(仮)くんはごく普通のスクールライフを満喫しました。
友達はいないけど学校と家を往復するだけの普通の日常です。少し寂しい感じですが……。
朝の通学路で背が高いイケメンが声を掛けてきました。クラスの男子の中でも顔面偏差値が高くモテそうな……いや確実にモテる男子です。今までまるで縁がない人種でしたがタカシ(仮)くんはこのイケメンと友人になりました。罠だったことに気づいたのは1年後です。
イケメンの友人とはほぼ学校だけの付き合いでした。ですが……タカシ(仮)くんには救いでした。まともな友人関係というやつを今まで持ったことがなかったからです。
夏休みには花火をしながらイケメンとイケメンの友達と恋バナをしたりしました。あの子が好きだ! とうっかり喋ってしまうのです。
しかし夏休みが終わったある日に学校でいじめっ子の取り巻きがこんな話をしているのを聞いてしまいます。
イケメンが小学校から片思いだったあの子とキスをしていたという話を聞いてしまうのです。
イケメンはいつも通り友達面してやってきます。タカシ(仮)くんは話しかけてきたイケメンに「うるせぇ! 話しかけてくんな!」と怒鳴り付けてしまいます。イケメンはそれ以来話しかけてこなくなりました。
返答する間もなく電話は切れました。
タカシ(仮)くんは騙されていたのです。暴力型のいじめが止んだのはコミュニケーション型のいじめのプロフェッショナルにいじめの担当が移行したからだったのです。
その証拠に暴力型のいじめが翌日から始まりました。久しぶりの暴力に身体は敏感に反応します。痛かったのですが……タカシ(仮)くんは笑ってしまいました。いじめっ子が「ついに狂ったか」と言いましたが、タカシ(仮)くんはイケメンに裏切られた方がよほどキツく物理的な痛みは大したことがなかったのです。
イケメンに怒鳴り散らしたことで女子たちのタカシ(仮)くんへの目は厳しいものになっていました。いじめっ子の取り巻きに上靴を取られて女子トイレに投げ入れられます。
女子トイレには入れないので女子に取りに行ってもらいたいのですが、女子は協力してくれません。
上靴なしで授業を受ける羽目になりました。
タカシ(仮)くんは結局中学生の時に身長が1cm程度しか伸びませんでした。親からの遺伝だから身長は仕方ないと思っていましたが、後に6歳下の弟が身長が175cm程度になるので遺伝のみが原因ではないと気づきます。
高校に進学したくなくて親と揉めたのですが無理矢理進学させられました。
入試テストは大していい点数ではなかったはずですが、最悪なことに定員割れでした。
タカシ(仮)くんは精神的に不安定になっていました。中学の頃の体験が恐怖となって高校デビューに失敗しました。
もう限界でした。タカシ(仮)くんは次第に不登校になりました。
母親はタカシ(仮)くんが精神的に不安定になっているのに気がついていましたが、父親は学校になんとしてでも行かせろ中卒じゃ仕事がないと怒鳴り、母親を追い詰めました。
タカシ(仮)くんは強引に高校に行かされましたが、2週間に1回くらいの登校なので授業を受けても意味がないしわからないです。
ある日高校に行くと花の入った花瓶が机の上に置いてありました。葬式ごっこです。
その日以来高校に行くことはありませんでした。
しかし父親は頑固で精神的に不安定なのを理解せず、学校の代わりになるような塾に通わせました。
しかし合格した後から精神の状態がさらに悪化し始め、ついに他人の話していることすら把握できなくなり、好きなアニメを5分も見ていられないようになり(多動)、18時間くらいぶっ続けで寝るようになります。
もし現役で大学に行っていたら卒業していた歳になってようやく精神が安定し始めました。
精神的に非常に疲れやすく長時間労働できない為、時短勤務です。
年収は100万以下です。100万以上稼ぐと障害者年金が支給されなくなってしまうからですが、障害者年金をプラスしても年収は200万以下です。
よしんば年収があっても身長や顔面偏差値の低さから女性はタカシ(仮)くんを相手にしないでしょう。
しかし身長が伸びなくなったのは親からの遺伝が原因かと言われたら弟という反例があります。
顔面は整形でもすればいいかもしれないですが……手元にお金はない。
身長の高さと年収が比例するデータがあるそうですが、ある意味当然と言えます。ストレスがない環境にいた方が勉学は捗るし身長も伸びやすい。
タカシ(仮)くんは今まさに淘汰圧によって淘汰されている最中だと言えるでしょう。
しかしながら遺伝子は親から受け継がれるだけでなく、人生を歩んでいくうちに後天的に変化するものでもあります。
優良な遺伝子のみを求める女性の意識に多少の罪悪感を感じてほしい。
ですが、それを憎むことも自由です。
『命乞い』してくださいね。
別にまじめだというつもりはないんだけれど、いやむしろ不真面目なほうだと思うんだけど、
人に迷惑をかける悪事だと思えるようなことは絶対にしたくないと思って生きてきた。
学校で勉強をさぼるようなことはあっても、人に暴力をふるったりするようなことはしたことがない。
だらだらと惰眠をむさぼるようなことはあっても、人をだましたり物を盗んだりしたことはない。
ポリシーと言うより、そういうことが「できなかった」という感覚の方があっている気がする。
それでいろいろと損をしてきたような気もする。
最初に就職した会社で、入社後に命じられた事業は、どうしても詐欺的にしか思えなかった。
確かに法に違反はしていなかったけど、情報の非対称性を悪用して、お客さんに料金をふっかけている事業にしか思えなかった。
入社前に気付いていればよかったんだけど、罪悪感に耐えられなくて1か月で辞めた。その後、似たような理由で転職を二度した。
今務めている会社は、給料は相当安いけれど、本当に価値のある事業をしていると思える会社なので、
社会に出てからと言うもの、悪事を働く大人があまりに多いことが、未だに信じられずにいる。
小学校や中学校でいじめをするようなクラスメイトはいた。というか自分も一時期いじめられた。
でも……、子供たちの間にいじめが起こることは、まだ、理解できる気がするんだ。
気に入らないやつをいたぶりたいとかいうのは、怒りとか苛立ちとかが罪悪感を超えてしまって起こる事なんだと思う。
いじめる側は心のコントロールがうまくいってなくて、そういうことをやってしまうんだと思う。
でも、詐欺とか、転売とか、窃盗とか、脱税とか、…。もっと小さいもので言うと、信号無視とか、分別しないゴミ捨てとか……。
大人たちに、罪悪感は……ないの? 悪い事をするということへの後ろめたさ、そういう感情は、本当にないの?
どうやって折り合いをつけているの?
お金が欲しくて、それしかできなくて、手を染めてしまうのは、まだ、わかる。
食うに困って、生活が苦しくて、生きるためにやむを得ず罪悪感を押し殺してお金を盗んでしまうとかはあるのかもしれない。
そういう犯罪は本当に切なくてやりきれないと思う。
理解できないのは、そんなことしなくたって普通に働けば生活できるのに、
害を与える相手への恨みや怒りもないのに、悪いことができてしまうことの、感情。
わからない。
わからないっていうのは、批判したいわけじゃなくて、ただただ困惑しているということ。
僕は別に自分が恵まれた育ち方をしたとは思ってない。僕の家はどちらかといえば貧しい。
でも多くの同世代の人たちと同じ小説や漫画や映画を見て読んで生きてきた。
そういう風に日本で生きていれば、道徳的な感情みたいなものはみんなある程度持って育つんじゃないのか?
今でも理解しがたい。
小学校、中学校、高校…自分と同じように日本の学校の教室で過ごした少年が、
どの学年のクラスメイトだって、嫌な奴はもちろんいたけど、それでもみんな犯罪をするようなやつには見えなかったよ。
喧嘩して警察沙汰になるくらいはあるかもしれない。でも詐欺とかは違うじゃん。
罪悪感がどうしたって自分の心を阻むはずじゃないのか?
好きなアイドルやスポーツを楽しんでいるときの感情と、どうして地続きのまま罪に手を染められるんだ?
どうしてそんなに悪い事を、ずるいことを、何も思わずやっているのか? それとも思ってやっているのか?
先に結論を書く。
大学の研究力が衰退した最大の理由は「教育改革」である。予算の減少が最大の理由ではない。
もっと平易に書けば、
過去の研究成果が現代のノーベル賞受賞に結び付いている理由を端的に言えば、
「昔は教育を適当にやっていたから」であり「時間がたっぷりあったから」である。
今は、産業界からの圧力で様々な教育改革が強烈に進められている。
皮肉なことに、どんなに教育に力を入れて優秀な人材を育てても、その能力を十分に活かすだけの場所が今の産業界(とくに経団連)には存在しない。
そんなことは「退職しました」系のエントリでも読めば明らかだ。
改めて言うまでもないが、大学教員が持つリソースは有限である。
各種の統計データから明らかになった我が国の大学の研究力の凋落は、教育に力を注ぎ過ぎたためである。
今や経済界からの圧力によって、グローバル教育、実務教育、大学院改革、入試改革、成績評価の厳格化、はてはAI人材育成と、
研究以外のことにエネルギーを投じてきた結果が今の惨憺たるありさまである。
どれだけ教育改革を進めようが、そこに終わりがないことは、現在の小中学校の先生方の疲弊ぶりを見れば明らかである。
道徳教育、英語教育、プログラミング教育、その他もろもろ、際限なく要求が出され、現場が疲弊しきった今の小中学校は、文科省に振り回される国立大学の行く先を示している。
この根源となっている、助成金を餌にした教育改革の競争を文部科学省は今すぐやめるべきである。
例を挙げよう。
そのなかの1つ「平成31年度卓越大学院プログラム」の申請状況を見るといい。
https://www.jsps.go.jp/j-takuetsu-pro/data/shinsei_jyokyo_31.pdf
(東北大学)システムインテグレーションを基盤とする社会実装イノベーション卓越大学院プログラム
(山形大学)ソフトマターインダストリー創成スマートシステム卓越大学院
(筑波大学)138億年の進化・相転移に学ぶダ・ヴィンチ型人材育成プログラム
(千葉大学)アジアユーラシア・グローバルリーダー養成のための臨床人文学教育プログラム
(信州大学)ファイバー工学と異分野融合が織りなすスマート生活創造者育成プログラム
(名古屋大学)情報・生命医科学コンボリューション on グローカルアライアンス卓越大学院
(大阪大学)多様な知の協奏による先導的量子ビーム応用卓越大学院プログラム
こんな意味不明なプログラム名称を掲げて、組織や運営をいじり倒すことにどんな意味があるのか。
助成金欲しさのために、東大や京大をはじめとするが一流大学たちが教育改革ごっこを強いられているのである。
嘆かわし限りだ。
経団連の偉い人が言うように、大学はレジャーランドで構わない。
これだけ教育改革が進んだ今でもレジャーランドと言われるのだから、いっそ昔の状態に戻すのがよい。
勉強したくない学生は、授業料だけ払って遊んでいればいいのである。
そんな中で作り上げる人的ネットワークにも、自己と向き合う時間にも十分価値があるだろう。
勉強したい学生には、今の大学は十分に学べるだけの環境が整っている。
ちょっと前の話
フェイクあり。
書きなぐりだから読みづらいと思う
タイトル通りなんだけど、どうしたらいいのか。
私今年32
その友達Aも同い年で中学校からの知り合いでいわゆるマブダチ(だと思っている)
そのAと縁が切れそうで正直つらい。
私は昔、子どもができにくい体と言われた。
たしかに生理はかなりめちゃくちゃだったので、自分でも子どもができるかどうかかなり不安だった。
が、相手に恵まれたのか奇跡的に子どもができて1年ほど前に出産した。
子どもが生まれてすぐAも入ってる5~6人の仲良しグループのLINEに連絡をいれた。
でもその反応がAだけすごいそっけなくてちょっと凹んでいた。
1番仲がいいと思っていたのに、おめでとうの一言だけだった。
A、忙しいのかなと思って当時は気にしていなかった。
でもこの1年間、Aをランチに誘っても全部理由をつけられて断られているので避けられていると思った。
ウクライナ人が部落差別の存在を否定するようなこと言って侃々諤々人気だけど、少なくとも東京にいるとその手の差別を感じないというのはわかる。
自分は被差別部落ではないけど明治維新で徳川に付いた「負け組」集落の出身で、御一新で土地財産を取られたのが現代まで影響しているのか、周囲と比べてあからさまに所得も学歴も低い地域で育った。
小中学校では「あの集落の子たち」扱いで暴力を伴う虐めを受けてても教師は我関せずでいて、県中から秀才が集まる進学校に入っても「あいつの家のあたりは……」みたいなことを言いふらす人間もいた。
地元でははっきりと差別されていたと言えるけど、進学で上京するとそういうのとは無縁になった。
「当社は明治の元勲が発起人となった格式ある財閥系企業でございますので、あなたのような出自の者は雇えません」と就職差別されたり、
「うちのご先祖様は新政府のために血を流して戦ったんだ。賊軍の子孫に娘はやれん」と結婚差別されたり、
自分の出身は興信所とかで調べればすぐにわかるし、むしろ自分たちから「幕末の動乱では主君に最後まで忠義を尽くした。差別に負けずに代議士や学者や実業家を輩出した」と熱心に発信してるんだけど、東京では誰も知らないし気にしない。
それなりに勉強を頑張り、旧帝大を卒業し、そこそこ収入のいい企業に入社し、同じような相手と結婚して30歳で世帯年収も1500万円ほどある。
生活には全く困っていないし、あまり将来に不安も感じていない。
そのような環境では、真面目に勉強をしている人間はそうでない人間に迫害されがちである。自分も多分に漏れずそうであった。
確かに、そのような人間ができてしまう要因には生まれ育った環境の影響はあるのだろう。
それは十分に理解できる。
自分の主観では、自分を直接迫害してきたのはそいつなのであって、環境ではないのである。
そう簡単に「あいつが俺にああいうことをしてきたのも環境のせいなんだから仕方ないよな。あいつも生まれた環境が違えば価値観も違って、今頃いい生活ができていただろうに」なんてお利口さんな気持ちの切り替えはできないのである。
そんな感じなんだけど、俺みたいなやつ他にも結構いるのでは??
自己責任論がなくならない原因の一端だと思うんだけどどうかな。
※ネタバレ注意
トゥルーマン・ショーという映画をご存知だろうか。
私の親は映画が好きで、しかも私は人前で騒いだりしない行儀の良い子供だったので、かなり幼い頃から映画館に連れて行ってもらったものだった。
トゥルーマン・ショーも、その幼い時分に観た映画の一つだった。
この作品に出会わなければ、私はもっと違った人間になっていただろうと思わずにはいられない。
簡単にあらすじを述べると、トゥルーマンという普通な感じの男が、ある日自分の周りが全て作り物で、家族も友人も、というか暮らしている街の人間全員が演者で、生活の一部始終が番組になって世界中に放映されていることに気がつくというものだ。
幼い私はひどく衝撃を受けた。それで、自分もトゥルーマンなのではないか?と猜疑心を抱くようになった。それから20年以上経つが、未だにそう思っている。
常識的に考えれば、そのような疑いを感じさせる作品を観せるはずがないと思う。しかし、マッドなサイエンティスト的な人が、こういうことをしたらどうなるかな?と私をモルモット代わりにして反応を見ていると思うと整合性が取れている気がしてしまうのだ。中学校と高校でいじめにあってとても辛くて、こんなの放映できるわけないからやっぱりトゥルーマンじゃないかもと思いかけたが、マッドなサイエンティストを持ち出すと全てが丸く収まるのだった。
受験失敗しまくって二浪した。頭は良くない。いわゆる地頭からもう悪すぎる。2回目に大学に落ちたときには、絶望感の中で、トゥルーマンショーならここで受からないと番組的に繰り返しになってつまらないからやっぱり違うのではと思った。しかし大学に連続で落ちて追い詰められてる奴の生活を面白いという人の要望が多いのかもと考えるとありえない話ではなかった。
私は毎日同じ食べ物を食べて同じ道を通って同じ行動をすると落ち着くタイプなのだが、ときどきわざと変な電車に乗ったり、思いがけない行動をとったりしてみることがよくある。それで、周りの人の反応をこっそり伺ったりしている。見た目にはわからない。
同じ街に暮らしていても私と殆ど接点のない演者もいるわけで、イレギュラー的に私に遭遇して「テレビで見るよりブスだった」とか言ってそうだなとか思う。
そういう突発的な行動と思考の結果、今までにいくつかの県・道・都を巡った。大学では博士号をとった。人に頼まれたことはできるかぎり何でもやったし、面白そうだとちょっとでも思ったら少し無理してても追いかけた。私自身は自分で言うのも何だがとても大人しく内向的で、話す時にはまず「あっ」と言わないとしゃべることができないし、どもらない日はない。だから、今までの経歴を聞かれて驚かれることも多い(演技かもしれないけど)。
トゥルーマン・ショーが私の人生を変えたことは確かだ。いつも、お前らの思い通りにはならないぞ、と思いながら生きてきた。でも人の目を気にし続けた人生といえなくもない。
というか、めちゃくちゃ頭が悪くて不注意で、並みの悪さではなく、左右盲だし東西南北分からないし都道府県も覚えられないし方向音痴だしバスや電車を乗り間違えまくるし、時計もアナログだと読み取るのに時間かかるし暗算できないし、人の話聞いてないみたいだし、横断歩道ないのに何故か横断歩道でしかも青だと思い込んで渡ってデカめの車に轢かれるなど、なにかの障害では?という白痴具合なのに大学行けるとか変なので、やはり番組か?と思わざるを得ない。
ちなみに、私がトゥルーマンでもそうでなくても、このことを話すとやばい奴と思われそうなので、子供の頃に両親に聞いて以来人には話していない。両親には一応否定されている。
今私は地方都市で暮らしている。生まれた場所からずっと離れていて、海が近くて良いところだ。食べ物もおいしい。
時々顔を合わせる人が居て、私はその人が好きだ。気のせいかもしれないが、その人も私に多少の好意を持っているように思える。
でも、その人はよくよく考えれば絶対私が好きになっちゃうでしょ〜という感じの人で、すごい普通っぽい感じの人で髪がモサモサしてて別にかっこよくはないのだが、
声とか喋り方とか口癖とか、優しさとか、我が強くないところとか、左利きのところとか、腕にあまり毛がないところとか、うまいこと私のツボを押さえている人物なのだ。
それで私は、その土地でずっと暮らしていたその人のところに組織みたいな奴らがいきなりやってきて、今の役を頼んだか脅したか金を積んだかでとにかく了承させて、現在に至るという感じなのかなと想像してしまって、そうすると申し訳なさすぎて気持ちが沈んでしまうのだった。
私と同じように、トゥルーマン・ショー的な妄想に囚われているトゥルーマン・ショー症候群の患者は他にいるのだろうか。
自分が中学校の頃なんだけど、修学旅行先の旅館にあった露天風呂で、ちょっとした生垣の隙間から女湯が覗けるポイントがあったらしい。
で、学校の男子生徒の数人が順番にそののぞきポイントに立ち入ってて、あとからバレてちょっとした騒ぎになったことがあった。
当然女子はかなりショックを受けてたし、一時期クラス内でも微妙な対立空気があったんだけど、しばらくしてなんとなくうやむやになったまま卒業をすることになった。
考えてみれば小学校の時のスカートめくりとか、高校になってからのジャージ盗難とか、明らかに内部の犯行だってわかることが何度もあったのに結局はっきりとつるし上げや罰があったわけじゃなくうやむやなまま時間に解決させてた気がする。
今の中学校の話を聞いても、一応そういうことはいけないとは教えるらしいけど結局あまりはっきり断罪するという流れにはならないらしい。
ふと思うんだけど、もし自分が中学生の時に感覚的に「悪いこと」だと思っていてもそれをはっきり悪いと大人に言われてこなかったら、今もそれが悪いことだとは思ってないんじゃないかという気がする。
男性に生まれていればそういう「なんとなく許される悪いこと」を思春期に経験するんだろうなと思うと、そりゃ大人になっても女を自然に見下したり、男の性欲は元気の証みたいな考えになるんだろうな。
25年ほど前、私が小学校6年生のころ陰湿ないじめにあっていた。
上履きはしょっちゅう無くなり、机には毎日のようにゴミを入れられた。
体育の授業で私と組になると、嫌すぎて泣いた子もいた。
当時の私は酷いアレルギー持ちで、鼻水はずっとぐすぐすしていて、
一日中なんども鼻をかんでいた。
その噛んだ鼻紙を爆弾のようにして、投げ合い押し付け合い遊ばれていた。
当時は今よりもまだ、いじめ問題の対処がしっかりしていなくて、
親はあんたが怒るから楽しがって、またからかうんだから無視しなさいといった。
なんでこんなに酷い目に毎日合うのだろうか。
なんで、なんで、なんで。
そのうち、自分の中の自殺願望が苛めた奴らを殺してから私も死のうと
なんどもなんども殺すシミュレーションをしていた。
ある雨の日、クラスに入るところを男子に後ろから飛び蹴りをされた。
私は前にふっとび転んだ。
その瞬間、頭の中の何かがプチんと切れる音がして、
起き上がり、手に持っていたビニール傘をその蹴った男子に向けて突進した。
相手の男子を押し倒すような形で、私は馬乗りになり傘を使って滅多刺しにした。
3〜4回刺したところで回りの人に止められ、私は動けなくなった。
男子は痛い痛いと大泣きしていた。
私は職員室の隣の応接室に入れられた。
とにかく、やってやったという爽快感と
あー、このあとどうなるんだろうという漠然とした感覚だったように思う。
親が呼ばれ事態の説明をうけると、母親は真っ青な顔で泣いていた。
私が傘で刺した男子は軽傷で、数針縫ったものの後遺症も残らなかった。
新しい学校は嘘のように平和で、誰も私を汚物あつかいしなかった。
今は結婚もして中学生の娘もいて、大切な夫と仲良く過ごせている。
おそらく一生忘れることがないだろう。
19歳、浪人中の夏だった。
僕は幼い頃から空気が読めず、からかわれてばかりいた。今なら発達障害と診断がおりるかもしれない。
ヤンキーだらけの中学校で、教室の隅に転がるゴミみたいな扱いを受けながらも、成績だけは良かったことが僕の唯一の拠り所だった。だが、進学校に入学して地頭がいい連中の中に入れば、真面目さだけが取り柄の僕では敵わない。
早々と童貞を捨てたようなコミュ強や、高3の夏まで部活に打ち込んでいたクラスメイトが現役でMARCH以上に合格する中、僕の浪人が決まった。プライドばかり高い僕は、当時の2ちゃんの学歴板に毒されていたこともあって、人生に負けたと思い込んだ。
ショックを引きずったまま入った予備校では、声の大きい派手なグループが幅をきかせ、友達はできなかった。
春が過ぎ夏になっても、模試の判定は良くならない。家と予備校を往復するだけの毎日だが、世間の楽しそうな人たちが目に入らずにすむからその方が気楽だった。
通っていた予備校は駅と花火大会の会場の真ん中にあった。予備校の建物から出ると、狭い歩道は浴衣姿のカップルだらけ。露店も出ていて呼び込みの声も騒がしい。押し分けても押し分けてもはしゃいだ様子のカップルが押し寄せてきて、まったく駅に近づかない。肩がぶつかった強面の男に舌打ちされた。
惨めだった。毎日楽しいこともなく、女の裸なんてディスプレイ越しにしか見たことのない僕が、なぜこいつらに遠慮しなければならないんだ。刃物だと一人か二人しか殺せないから、マシンガンがいい。高いところから会場を埋め尽くしたカップルを打ちまくり血の海にできたらどれだけ爽快だろう。自分より幸せそうな人を殺す想像に、罪悪感はなかった。
今思えばまだ19歳。未来に絶望する歳じゃないし、花火大会なんてたった1日のことだ。でもそう思う余裕がなかった。
想像だけで済んだのは、ただただ親に恵まれていたからだと思う。浪人を快く認めてくれ、予備校から帰る時刻になると母は夕食のメニューをメールで教えてくれた。雑談をしながら家族で囲む食事が、心の支えだった。
その後、第一志望には落ち、格下だと思っていた大学に入学した。そこで気の合う友達に出会えた。卒業後、合った仕事に就くこともできた。だから当時の鬱屈はすっかり記憶の隅に追いやっていたが、川崎の事件でふと思い出した。
もしも親ガチャで爆死していたら、大学でも孤立していたら、仕事が見つからなかったら、犯人は僕だったかもしれない。そして、この先も人生に絶望するようなことがあれば、また僕はマシンガンを求めてしまうかもしれない。
小学校から中学校の五年間いじめにあい、高校でも1年目は避けられそれ以降もクラスの最下位のカーストでした
その都度何度も憎くて仕方なかったし、正直○したくなるような事も沢山あったけど、そんな事しても何も得にならないって自分自身に言いかせてきました
というか自分が産まれてきたことに失敗した。こんなこと昔からわかっていた事なのに、ずるずると生きて何の罪もない子供まで巻き込んで世の中に産まれて来させてしまった。
元々人付き合いが苦手だった。幼稚園の頃から輪に入っていくことが苦手だった。周りが難なく何となくの友達を作っているのが不思議で羨ましかった。
ある程度の顔と頭があったので中学校からはそれなりにモテた。中高は成績が良ければ先生も親も認めてくれる。楽だった。
職場は業績があれば認めてくれた。特有のコミュニケーションには最初苦労したが型を覚えればある程度こなせた。苦しい時もあるがお金をもらえるので仕方ないと納得できた。
そんな感じで勘違いしていた。世の中で生きていける真人間になれたと。
子供の論理的でない話を聞くのがしんどい。延々と続くお喋りが煩い。理不尽な怒りにつられて怒りがこみ上げる。構ってほしいという彼らには当然の感情がウザい。
そして、親に対して昔思っていた「産まれてきたくなかったのになぜ産んだんだ」という気持ちを世間の「子供を産むのは素晴らしい」という風潮に流されて忘れて、自分がされて嫌だったことを子供にしてしまったと思うとここでも自己嫌悪だ。
気づいたら友達がいなかった。原因を探るため自分の人生を振り返った。
一学年15人程度しかいない程度の田舎の公立小学校に通った。天パで吃り癖があって3月生まれで足が遅く体格で不利な癖に、本をよく読んで小難しい事を喜んで話したがる君の悪い子供だった自分はわりといじめられた。今振り返ると自分に原因があったと思う。当時の自分は周りは馬鹿だから大人になれば一番自分が金持ちなって自分が幸せになると思っていた。当時の人達の多くは恐らく高卒。現在交流なし。
一学年120人程度の公立中学校に通った。最初の中間テストで学年一位だったので頭いいキャラになった。親に学年一位だったら何でもかってあげると言われたので、当時20万円近くするノートパソコンを買ってもらった。プログラミング等に目覚める事はなく主にエロサイト閲覧に使う。部活は卓球部のインキャ。身長は150→172になるも運動神経は悪いまま。当時の人達とは現在交流なし。
東大に行く人もいるような進学校は下宿する必要があったので偏差値53の公立高校に進学。インターネットで進学校は高二で受験範囲を終わらせる事を知る。参考書を親にAmazonで買ってもらって自分で軽く勉強。そこまで長時間勉強したわけでもないが計画的に受験対策を行い、数学3物理化学2が高3の11月末に終わる劣悪な環境で地方旧帝国大の工学部に現役合格。
部活では卓球部のキャプテン。というか他のメンバーが高校中退or卒業後引きこもりor明らかな発達障害などで明らかに谷間の世代だったので消去法だったと思う。クラス、部活共に当時の人達とは連絡なし。部活は年末年始集まる仲。
工学部の機械系に進学。大学は遊ぶところだと聞いていたので全く勉強せず、授業中は寝る。単位だけは落とさないようにしたのでひたすらDをとりまくる。というかテスト前はDが取れそうだと思った時点で他の教科に切り替えていた。そのお陰でGPAは2ちょっとしかないくせに一度も単位を落とさず。その際にクラスの人に頼み込んでノート見せてもらっていたので、そういうグズな面もあってか研究室入って以降、クラスの人達とは連絡とらなくなる。サークル、バイト共に在籍時は交流があった人たちとも現在は交流なし。
ただ、大学入ってすぐはインキャだったものの、コンプレックスだった天パをうまくパーマ風に生かすことを覚え、身なりに気を遣うようになった結果、身長が180cmあって顔立ちはイケメンではないが小顔で脚も長く雰囲気で誤魔化した結果、合コン大学2年あたりからそこそこモテるようになった。
初体験こそネットで会った女性なものの、彼女と交際を通して女性とのつきあい方などのコミュニレベルをあげた結果、バイト先やサークル、居酒屋、合コン、クラブ、ネットなどで女の子をお持ち帰りできるようになった。ただ、経験人数も30人程度になりいつまでも遊んでいるわけにもいかないと思っていた時にベッドで『付き合わないのにするのは嫌』と言ってきた女性とお付き合いを始める。
旧帝大、早稲田慶応あたりの人達がマス層の大手メーカーに勤務。彼女とは就職時に遠距離を始める。同期とはたまに飲みに行く程度の仲。
社会人2年目も終わろうとしていた今年の3月に転勤が決まる。あるプロジェクトに参画する形で職場に自社のメンバーは自分だけという状況になった。一方、遠距離だった彼女とは逆に近くになり、いよいよ結婚かという期待を彼女からされた時点で彼女を振ってしまう。まだ結婚したくなかったからだ。そして自分にはもっと相応しい人がいると思ったからだ。
彼女と別れてマッチングアプリを始める。学生の時にやったとき、普通クラスなら自分でもどうにかできるが、トップレベルの女性には学生というお金も車もない身分からお近づきなれない限界のようなものを感じていた。
ところが社会人になり、彼女とのデートでたまった見栄えのいい写真に加え、高学歴、企業名こそ明かしてないものの地方の中ではそれなりの高給取り、車持ちというステータスとなった私は婚活市場の中でなかなか『強い』ようで、女の子の方からバンバンいいねが来る。明らかに自分がこれまで付き合ったレベルの女性よりハイクラスな女性からもいいねが普通に返ってくる。
これはこれで嬉しいのだが、一つ問題に気づく。正確には気づかないふりをしていた問題が顕在化したとも言えるが。
彼女と別れて自分には雑談をふれるような連絡ができる友達が一人もいないのだ。
年末年始とかに今度集まろうじゃなくて、なんとなく用事はないけど普段の近況について話す事ができる人間が全くいないのだ。
どうやったら友達ができるんだろう。というかみんな友達っているのだろうか。まぁたぶん自分の性格に問題があるんだと思う。友達がいなくて寂しいくせに、自分から連絡を取れないのがいけないんだと思う。だからネットで安易に浅く繋がって、それで自分は相手の肉体と精神を傷つけながら一時の寂しさをしのいで、深く長く関係を築くのを拒否し続けた結果が今なんだと思う。