はてなキーワード: バブルとは
投資におけるレバレッジとは他者の資金を利用して自己資金以上の投資を行うことだ
信用取引やFX、ローンを組んだ不動産投資なんかがメジャーだが、ナスダック100指数の2倍に連動する「レバナス」と呼ばれる投資信託が最近特に人気を博していた
まあ去年までのナスダックはバブルもいいところだったので、そういうハイリスクハイリターンの投資商品が人気になるのは世の常ではあるが
もちろん「リスク高すぎだろ! 止めとけ止めとけ」という声も同時に盛り上がりを見せ、ネット上ではレバナス肯定派と否定派の激しい論争が繰り広げられていた
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ここで否定派の急先鋒だったのが のっち @nocchi0820 だ
こいつはインデックス投資激推し(というかそれ以外の投資法にいちいち喧嘩を売る)だけあって、その手の投資法でよく見られるシミュレーション結果を持ち出してきた
(1年のリターンが○%でリスクが▲%だと、30年後の平均リターンは○○%、50%の確率で××%を上回る…みたいなやつ)
ずばり、「レバレッジはリターンの平均値を上げるだけで中央値を下げるから悪!」という結果である
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平均値というのは外れ値に弱く、例えば平均年収だったら一部の金持ち連中が平均値を引上げてしまうので
一般的な年収より数字が高めに出てしまう。そこでよりよく全体を代表する数字として出てくるのが中央値であり
中央値とは全体の半分がここより下、半分がここより上という数字である
更に付け加えるなら、これは統計での説明なので投資のように確率の話であれば
中央値とは半分の確率でここより下、半分の確率でここより上という数字である
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話を戻そう。レバレッジをかけるほどそれに比例してリターンの平均値は上がるが、
これは高いリターンをあげる一部のパターンが平均値を引上げてるのであり、
レバレッジが大きすぎるとむしろ中央値が下がると確率計算で導くことができる
詳しい計算方法の説明はネットにいくらでも転がっているので、↓のようなサイトを参照されたし
【衝撃】レバレッジはリターンの中央値を下げる。3倍レバレッジが危険な理由を定量的に説明。 | 社畜がインデックス投資で資産を築く
つまりは、いくら平均値が上がっても運が良いときにやたらハイリターンになるだけで
さて、上で自分は「レバレッジが大きすぎると」と書いた。何故か?
それは適切なレバレッジはむしろリターンの中央値を向上するからだ
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レバレッジを横軸、リターンの中央値を縦軸に取るとグラフは山の形をしている
つまり、レバレッジが低いとレバレッジが高まるほどに中央値も上昇し
一定のレバレッジで中央値がピークとなり、その後はレバレッジを上げるほど中央値も下がる
というわけで、このピークの部分を目指すのであればむしろレバレッジは中央値を上げるのだ
なんだレバナスのレバレッジ2倍ってそんなに悪くないじゃん!!
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ここで問題なのは、レバレッジの最適値を求めるにはリターンとリスクの値を推定する必要があることだ
リスクはともかくリターンは時期によって違いが大きいことが知られており、
過去30年の平均リターンがそれより前の30年と違うので今後30年も推して知るべしという状況である
なので一般的な回答としては色々な推定値で検討した結果を参考にしつつ、
何だか曖昧な結論になってしまうが、自分の資産のどこまで投資するかとか
資産のうち何割を株で何割を債券に投資すべきか というような資産運用上根本的に重要な問題も昔から同様の結論である
(というか、前者はレバレッジをどれくらいにするべきか(ただしレバレッジは1倍以下)という話なので当然同じ結論になる)
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なのだが、レバレッジ否定派には「レバレッジは中央値を下げるから悪!」「リスクが取れるなら株式100%が最良!」といった論調も根強い
そもそもリスクの自乗がリターンを上回った場合の最適レバレッジは1倍以下になるので
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ちなみに証拠金取引を利用すればいくらレバレッジをかけても中央値が低下しないことも可能であり
既に↓のように話題になっている
GMOクリックのレバCFDをレバ指数ETFと比較する - FIer: 投資でセミリタイアする九条日記
この場合、含み損益が生じることでレバレッジが当初の値からずれるのが特徴であり、
件の急先鋒はこれを評して「資産に対して借金が膨らむので危険!」と否定しているのだが安心してほしい
資産に対する比率が膨らむことがあるだけで借金の総額はどうあがいても一定である
(恐らくアセットアロケーション(資産全体に対する株や債券など、種類の異なる資産の割合)が将来のリターンを決めるという
よく少子化の原因は金がないせいじゃないとかバブル時代から少子化は進んでたとか言われるけどさ
それって半分正しくて半分間違っていると思うんだよね
バブル時代(っていってもバブルだからってみんながみんな金持ちって訳じゃなかっただろうけれど)のように、金はあって
結婚しようと思えば出来る人達が敢えて結婚しない(あるいは結婚してもDINKS)っていうのは別に全く何の問題もないでしょう
問題とすべきなのは本来は結婚し子供を持ちたいけれど金がなくて(金がない結果出会いもなくて)結婚できない人々が数多くいる事でしょう?
そこを取り違えてるよ
現在の日本において問題なのは本当は結婚し子供を持ちたいにも関わらず経済的な要因によって未婚を強制されている人々が数多くいる事だ
・女性の肉体の価値は男性のそれと比べて圧倒的に高いので、同じ層の男女を横に並べても全く釣り合わない
・かつての男は肉体の価値の差を生涯賃金の差で埋め合わせることで女と釣り合ってようやく結婚ができた
・賃金の男女格差が狭まった今、男は差し出せる生涯賃金差額が殆ど無くなってしまった
・購買層が急激に(相対的に)貧乏になった結果、女体の価値はそのままなのにも関わらず大幅にディスカウントしないと交換が成立しなくなってしまった
・今まで通りの価格で買い取る業者を探す女は買い手が見つからず、「自分を(一昔前の)普通の値段で買う男がいない」とぼやく
・高値で売れた時代を忘れられない女は詐欺師の「ウチなら今まで通りの価格で買いまっせ!」の言葉に釣られ騙される
機に聡い小賢しい奴は逃げ切ったかもしれないけど、バブルに乗っかった奴は結構な割合で脱落しただろうな。
千代田区文京区中央区港区のマンションが仮想通貨億り人だらけってのもなんだかなぁな話だし、個人投機家は間引かれてもいいと思う。
これとかもそうだが未だに日教組による教育被害が云々という言説がまだ見られるんだが。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/sivaprod/status/1536206227939950592
この際ちょっとその言説の経緯をまとめておくよ。
この言説のキーマンは小林よしのりなんだがそこに至るまでを説明しないといけない。
日教組が昭和22年に結成されて昭和30年代には組織率8割以上を誇って…というのはWikiとかで勉強してくれ。
右翼による日教組批判が特に熾烈を極めるようになったのは1980年代の後半からなのである。
街宣車で大音量で日教組!日教組!と怒鳴っているので一般の人の日教組の知名度はこの辺りで上がった。そもそもノンポリの人は学校の先生の組合なんて知らんもんである。但し右翼の一般受けは悪かったので日教組の評価は下がらなかった。
また日教組が集会を開くと周囲に街宣車が多数集結して大音量で軍歌を流し音圧を競うようになった。
すると近所の会社は仕事が全くできない。電話どころか窓を閉めても耳を塞がないといけないような状態だ。
でも日教組の知名度が低く、どこで集会をやってるかも判らないので右翼の評判が下がるだけだった。
こういう極端な抗議行動が流行した背景には当時の政治的社会的状況があった。
その一つは「デタント」で、もう一つは「任侠右翼の増加」である。
右翼が何と戦っていたかというと、その最大の敵はソ連だった。これは街宣右翼だけじゃなくて神道系の右翼も統一教会も皆同じだ。
だが1985年にゴルバチョフが書記長に就任するとどうにもならないほど疲弊したソ連の改革政策、ペレストロイカを推し進める。最初は大した変化はなかったが、チェルノブイリ原発事故以後は情報公開も進め、世界を巻き込みながら怒涛のように変化していく。
それによって西側ではゴルバチョフの歓迎ムードが高まり、要するに憎むべき敵性国家で無くなっていったのである。
更にソ連共産党は活動を停止し、遂にはソ連が無くなってしまった。
これは右翼陣営勝利のはずだが、困ったのは攻撃する敵を喪失してしまった事で、自分らのアイデンティティの根幹の喪失でもあった。鈴木邦男はソ連崩壊時に「これは僕らの問題だ」と語っている。アイデンティティ喪失に苦しむのか、敵の乗り換えをしてアイデンティティを保持するかという含みがある。結局鈴木は敵の乗り換えには乗らなかった。
また、街宣車での街宣はやりすぎて体制側に対策が出来てしまった。
まず憲法違反の疑いもある静穏保持法が施行されてしまったので外国公館などの特定箇所で大音量を出すと逮捕される。
またソ連大使館前の道路は街宣車が近づくと全交通遮断される。言っておくがソ連大使館前の道は外苑東通りという都バスも走る幹線道路である。当時は街宣車のせいで道路が遮断されたりそれで周囲が交通マヒしたり運行経路が決まっているバスが20分以上立往生なんて事はザラだった。
こんな風に最大の敵であるソ連がやたら腰が低く物分かりが良くなった上にソ連大使館に街宣掛ける事も出来ない。
という事でこの時期に日教組の悪質性が増加したのではなく、ソ連の変化とデタントの為に日教組批判が熾烈となったのである。
まずそもそも右翼だが、元はヤクザとの明確な区切りは無かった。これは土建屋、鳶や水商売やテキ屋も同じだった。
戦後の右翼は、例えば児玉誉士夫など体制と癒着しそれは米国に従順という事でもあった。
1960年代末に左翼の学生運動が盛んになるとこれに対する体育会と右翼学生が組織されていった。新右翼と呼ばれる。
新右翼の特徴は反ソ反共ながらも反体制、反米である事だった。これは当時の世相や全共闘運動に影響を受けている。
ここを境に右翼系の政治結社が誕生して行く。そしてそれらは「街宣車で軍歌を流し辻説法をする」というスタイルを確立していく。
この街宣車は最初は旧軍や自衛隊の国防色(カーキと灰色:バトルシップグレイ)だったのが後述の事情で威圧感の強い黒塗りになっていく。
よく「街宣右翼」とネットの一部で言われるが、1980年頃から右翼政治結社は街宣車スタイルをみな踏襲しており、それ以外はないような状態だった。ヤクザっぽいがはじめの方の新右翼にはヤクザとの殊更の関係はない。
因みに日本会議の中央の人士らはこういう街宣ではなく、就職しないで大学に残り学生運動を続けた人たちである。
80年代になると校内暴力で学校が荒れ、ツッパリ型不良が大増殖して暴走族も大増殖した。また暴走族の右翼感染が進んだ。特攻服や旭日旗が暴走族の印となったのもこの頃だ。不良or大人への反抗=右翼ファッションだったのである。
こうして右翼≒不良≒ヤクザが緊密化したところで任侠右翼の街宣参入が増えたのだが、もっと大きい商機的な問題があった。
思想右翼の主な資金源というのは機関紙の販売である。これは志を同じくする人からの購買もある。
が、もう一つのパターンは不正や思想的に看過できない行いをした法人へ抗議街宣をして、その手打ちとして機関紙の購買を取り付けるという方法がある。
ヤクザが参入する主目的は後者の方で、民事介入暴力の支払い手段として機関紙購買を取り付ける為に政治結社を立ち上げるのである。民事介入暴力というのは殴ったり蹴ったりじゃなくて、企業の商業活動に暴力団が威圧をもって参入する事だ。
企業恐喝に街宣車を利用するのだ。国防色より威圧感がより強い黒塗りが主流になっていったのはこの為だ。
暴力的手段を行使されないようにみかじめ料として機関紙を購読する会社も多く、大変な出費になっていた。
因みに総会屋も同じことを70年代にやっており、機関紙/誌の執筆者編集者需要が高まり、学生運動で就職が困難になった学生運動家が多数その仕事に就いた。総会屋の多くは内容には口を出さなかったので社会の不正を糾弾する記事を書きまくり、総合誌ブームが起きたが、80年代初頭の商法改正で総会屋が潰されると大方廃刊。
だが技能を身に付けた者は大手メディアでフリーランスとして雇用された。リベラル/左翼ライターには総会屋の手先出身が結構居たのである。
こういう訳で街宣右翼業界は膨れ上がり、日教組の集会や8月9日の反ソデーには黒塗りのハイデッキバスが大挙して集合し爆音で軍歌を流すようになった。それまでのライトバンやタウンエースにスピーカーつけてる貧乏右翼とは大違いだ。
ハイデッキ観光型バスというのは6000万円以上する。それの座席を取っ払ってラウンジ型にしてシャンデリアやカラオケ、自動車電話、冷蔵庫とバーカウンターをつけて車検を通したら1億を超える。それに自民党や共産党のようなプロの街宣用スピーカー、アンプを搭載して、北方領土の日にはフェリーと陸路で釧路とかの空港に回送しておくのだ。組員は飛行機で向かってバスに乗り納沙布岬に向かって「露助この野郎」とかやって帰るんである。
しかも一社あたり3台とか6台とか持ってるのだ。沢山来すぎて根室は渋滞になるほどだ。当時の任侠右翼の羽振りの良さが判るだろう。
ハリウッド映画でもジャパニーズヤクザが描写されていた頃で、特に企業活動への威圧的介入は警察に問題視されていた。
そこで暴対法が施行される事になる。これは大抵の暴力団を社会的に殺す大変大きな力がある法律だった。
伊丹十三のミンボーの女には暴力団が右翼の街宣車で企業恐喝に来るシーンがある。この映画は暴対法施行直後に公開されたので同法施行で先を案じているヤクザを大いに怒らせる事になって伊丹はヤクザに襲撃されて重傷を負ってしまった。
余談だが、この時伊丹を襲撃した組は後にJR東本社前の土地を巡って殺人事件を起こした。JR東本社は道路に面しておらず、また同社は本社付近の建物を次々に押えているのだが、購入すれば都道と面して建築基準が大幅緩和されるその土地に手を付けなかった。それほどヤバい土地だったのだな。
ちょっと長くなったが、「えせ右翼は在日朝鮮人が右翼の評判を下げる為になりすましてる」とか噴飯物の事をいう人が多く居る界隈なので一応説明した。
えせ右翼とは一般には上記のように民事介入目的でヤクザが運営して構成員も被る政治結社の事だ。もっと硬い警察用語では「右翼標榜暴力団」という。
こうして
となってソ連に勝利したはずなのに右翼/保守業界というのは停滞してシュリンクしてしまう事になる。
そして当業界では超直的なそれに代わって冷戦後政治リアリズムを中心に多様性がある論説が流行するようになった。産経新聞のコラム「斜断機」が柔軟で面白くて単行本化されてしまうような時代だ。因みに吉本隆明の門下生が多く書いていた。
そんな中で反共反ソイデオロギー一本の人らには居場所が無い。ソ連無き後に残った残存敵性勢力の日教組をひたすら叩きながら閉じた業界で腐っていたのである。
当時は欧州もみな社民政権でリベラル人気で冷戦後の世界情勢にも楽観的だった時代だった。
わかる…。
寒々しいし、腹立たしいし、勝手な甲斐性やルールを押しつけてくるしで不愉快だった。それがネットで確信と加速した。
上の世代を見上げると「山一證券の倒産」「銀行の統廃合」「累積国債の増大」「少子化に歯止め掛からず」「増税に次ぐ増税」「いつまでも良くならない景気」「延々と続くデフレ」「リストラによる家族離散」「自殺者の増加」「有効な対策を打てずに一年で瓦解する政府」「不良債権問題」「半導体や家電分野で敗退」…などなど、キリがないくらいにうわぁ大人って地獄ぅと感じさせるものばかり。
とかく大人の顔色も暗くて、全体的に灰色な感じの中で、未だにメディアがバブル的なはしゃぎ方をしていた印象。まあ、日本全体が自信喪失で迷走、もとい現実逃避していたのかな??
そんな中で新興メディアになったネットは玉石混交だけれども、いろいろな考え方に触れられて興味深かったし何より面白かった。
元増田の言う通り「都合のいいだけ利用しやがって」と、メディアに若年男性を便利に消費されているような気がして反発心を覚えたよ。あのとき、ただイケとスイーツ(笑)は、非難と冷笑のモチーフだった。
確かに若気の至りな選民意識はあったことは未だに反省しているけれど「ソースは?」とその根拠を求める気質を受け継げたことは財産だな。自分で考えよう、そのために情報元を洗おうとすることは良いことだ。面倒だけれど。
給料は下がったようだけれど、私も今の方がまだましだと思う。
非モテコミュ障気味の私にとって、当時は息が詰まる。その時代、確かにいろいろな文化の勃興を身近で感じ取れたことはわくわくしたけれど、やっぱり今の方がまし。
題名の通り
ニュースはこれ
【全文公開】岸田派ホープ吉川赳・衆議院議員、18歳女子大生とパパ活飲酒 「俺、18歳に興味あるわ」「胸を見せて」高級ホテルで何があったのか
https://www.news-postseven.com/archives/20220609_1762267.html?DETAIL
なんで非難されてんの?金のやり取りの関係じゃん。取引であり商売じゃん。レンタル彼女やデリヘルや風俗とどこが違うの?やってもよくね?そもそも個人の問題で夫婦間の結婚中の風俗の利用の合意形成がどう話し合われてるかを聞くべきでしょ。
俺はずっと自民党には懐疑的な立場で、いつも国民民主党に入れている。今回は分からないが、少なくともこの問題となった吉川赳は普段の言動からして政策を任せる気にはならないので政治の場からは下がって欲しいと思っている。
しかしこれは別じゃね?
パパ活の何がいけないの?
当たり前のように避難してるがこの行為の何がいかんかが分からん。
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/kpkpkpchang あーこういう連中には庶民の苦しみなんかどうでも良いんだろうな。こんなバブル引きずったようなおじさんが若手と言われる政治にもうんざり。そりゃ日本も衰退しますわ
しかしパパ活ニュースでこんな事言われちゃとばっちりだな。家政婦を雇っただけなのに「お前は金があるだけで庶民を利用している」と言われるぐらいとばっちりじゃね。論理展開おかしくね?
/muchonovmuchonov 富士宮すごいな、2021年にスカート盗撮で市議逮捕、同年その市議のチクリで議長選贈賄で市議会議長+市議逮捕、そして2022年に吉川がこれ。豊作すぎる
同意。
糞みたいな街だな。比例制もクソだな。
筋トレ(最低限の運動)をして早く寝るのが習慣化したおかげで最近仕事が捗る。
どの映画を見るか迷うぜ。
はてブをやめたおかげでどの映画も「内容をまだ知らない面白い映画」として感じられる。
今まではブコメでネタバレされて見る前から「この映画ってこういう部分でクソなんだよねー」と知っていたので見る気が全く起きなかった。
上映中映画の一覧を前情報無しで見ると広告戦略に騙されているのかどれも面白そうに感じる。
その状態から突き落とされて「話題の映画クソすぎるだろ!」とキレたり、前情報がないことでハードルが上がりすぎず「面白すぎるだろ!」と持ち上げまくったりしてしまうのを、はてブに入り込んでいた頃は恥ずかしい情弱仕草と思っていた。
でも映画を見るってのはそういう体験も含めて買ってるんじゃねえかと今は感じる。
正常な感覚を取り戻しつつあるのだろうか。
ネットDE真実の甘い毒に踊らされながらも耐性の付ききった脳をキメ直すために世間に対して無限大の逆張りを続けていた状態から正常へと近づいているのだろうか。
それとも、世間もまた毒で満たされていて、今までチェンバーやバブルの中で守られていた所から脳が世間の常識という名のシャブに浸り始めたのだろうか。
答えはきっと誰も知らない。
俺の中での仕事ができる人って調和させる能力が高い人のことで、
自身がそれなりに業務処理能力が高いのは当たり前で、組織の中でチームメンバーのケアや配置調整ができる人のことなんだよな。
でもやっぱりクソ零細企業弊社に中途で入ってくるようなバブル育ちの人たちからすると、
「仕事ができる人」ってブラインドタッチが早い人とか、暗算が早い人とか、エクセルのVLOOKUP関数が使える人、なんだよね。
自己評価も甘い人が多くて、お釣りを間違えずに素早く出せただけでちょっとドヤ顔してくるんですよね。
個人の能力主義なので、他人に役に立つ行動ができるかどうかとかあんまり考えない人たちなんだよね。
そういう人たちに「お前の仕事ってクソだな」って言いたくても言えないんですよね。令和ボーイの僕は。
日本の文化は「マジ」と「なんちゃって」に分けられると思ってるんだけど
80年代はなんちゃってが優勢だった時代なんだよ。バブルで調子乗っててチャンネーシースーギロッポンとかふざけた時代。
テレビだったら秋元康ととんねるずの時代だよね。真面目が馬鹿にされる時代。
それが90年代はマジ優勢の時代になっていくのよ。正確にいうと91年にバブルがはじけてその残り香がなくなった94年くらいからかな。
そして00年代はまたなんちゃってに戻るみたいに繰り返してるとおもってる。秋葉系の時代と言っていいから「てへぺろ」でもいいかもしれないw
10年代はけっこう「マジ」が復活してる感あったよね。震災の影響あるのかもなぁ。
90年代は「マジ」の時代だから自分で作詞作曲しないと音楽で飯食えなくて、不遇だったのがアイドルのSMAP。
アイドルというジャンル自体が「なんちゃって」になってしまったので、活躍の場がなくアイドル冬の時代なんて言われていた。
だから開き直ってなんちゃってを始めたのがSMAPxSMAPで、なんちゃってが得意なフジテレビでコントのコーナーを取り入れたアイドル番組を始めたのが戦略的だよね。
でも音楽はマジの中心だったから、彼らは従来のジャニーズがやってた王子様的な少女漫画の世界から、リアルな青年をイメージさせたマジに寄せた青いイナズマとかSHAKEで勝負したんだよね
光ゲンジのだれかがSMAPの歌の路線をうらやましがってた話をしてたのを覚えてるよ
とはいえ中居の超絶的歌唱力でやっぱりSMAPはなんちゃって扱いだったけどねw
モーニング娘。もそのマジの時代に生まれたアイドルって感じだよね
ASAYANがそもそも「マジ」なんだけど、でも平家みちよに決まったオーディションの負け組で組まれたっていう流れがなんちゃってだし、いかにもアイドルな売り方だよね
とはいえ00年代みたいに黒髪にしろなんてこともなく、金髪の後藤真希がそうだけどマジ時代に対応したアイドルではあった
だからそのあと出てくる00年代の歌が下手で口パク上等でダンスがゴミなで、握手だのじゃんけんだので優劣を決めるAKBなんかと比べて歌とダンスは抜群にうまかったから、ハロプロオタクはそこが心のよりどころだったよね。
アイドルなのに「アイドルっぽくない」が誉め言葉という変な時代
アイドル不遇だから、芸能事務所が新人の女の子売りづらくなった。それで発明したのが女優の卵という謎のジャンル。
広末涼子が代表例で、そういう人材はしれーっと音楽も出してアイドル的な売り方もする。この手法は今でも続いてるよね。
アイドルが好きだと言ったら馬鹿にされたマジの時代に、思春期男子に「アイドルじゃねーから」といいやすく消費しやすくしたのが女優の卵だったり女子アナなんだよね。
音楽は「マジ」の中心地みたいな感じだったから作曲はできないけどせめて作詞はやらせろみたいなかんじでマジ売りを事務所におしつけられて
マジ時代に対応したよくわからんエセアーティスト売りのアーティスト増えて、歌姫なんていうジャンルが生まれたり、裸足で歌いだしたり、あの時代のマジ対応はよくわからんこと多いw
だから椎名林檎みたいなガチな人材が業界人からも勘違いされて「きみもそうなんでしょ?」みたいな扱い受けてたの笑うよね
松本人志はテレビのお笑いに「マジ」を持ち込んだ人だよね(談志とか上岡龍太郎とかもいるんだけど)
90年代はお笑い芸人が芸能界のヒエラルキーでトップになった時代といえるんだけど、間違いなくダウンタウンの影響だよね
ビートたけしは映画業界ではマジをやってたけど、テレビじゃ「なんちゃって」のキャラでコマネチコマネチってやってたからその辺が微妙だった
(余談だけど、彼がプロデュースした伝説の糞ゲーたけしの挑戦状は「こんなげーむにまじになってどうするの」なのが偶然とはいえおもしろい)
お笑い芸人は「なんちゃって」を生業にする職業で、昔はいろもんなんて言われてたが、松本人志はそれをひっくり返しマジをお笑いで商売にした人といえる
それでお笑いとアーティストの芸能界マジヒエラルキー競争が始まったんだけど
HEYHEYHEYとか、うたばんとかお笑い芸人がMCやり始めて
浜ちゃんに叩かれた!うれしい!浜ちゃんにたたかれると売れるってジンクスがあるんです~なんて言って
お笑い芸人に媚びるアーティストみたいな構図が普通になって、あれでアーティストがお笑いの下になったのを感じたよね
M-1がウケてるのは「マジ」だからだよね。あの時だけ、日本の笑いはかっこいい「マジ」が許される。
ただ初期のM-1はテツトモみたいなのも交じってたことね。それで談志に漫才じゃないとか言われてwあれってマジじゃないってことよね。
そんでM-1終わってフジテレビで始まったTHE MANZAIで審査員に秋元康がいてずっこけたねw
さすがなんちゃってのフジテレビですね。そしてTHE MANZAIが失敗するのも当然よな。
それでサブカル野郎はAKIRAとか攻殻機動隊は別腹とかいう扱いをしてたよね
メイドをコンテンツにする秋葉原はなんちゃって文化の中心と言っていいんじゃないかな
「ご主人様~、萌え萌えキュン!」なんてなんちゃってにもほどがある
そこに秋元康のようななんちゃってでメシ食ってた人間が注目してAKB48始めたのは当然だよね
セガってだせーよなとかいって自虐させたり湯川専務のように実際の専務をCMに使うなんて典型的なんちゃって戦略だけど
秋元って90年代のマジに対応できなくてさ、いつまでたっても80年代のなんちゃってな空気でスゲーダサかったイメージ
それが秋葉と00年代のネット文化で復活してしまったのは俺の中で苦々しく思うことの一つ
宝塚歌劇団がマジを提供し続けているなって思ったことあって、コナンと宝塚って結構似てるんだよね。
ジャンルは全く違うけど、マジというトーンが似てる気がするんだよね
「マジ」は「スタイリッシュ」「キザ」「見栄」「キメる」「気取る」「媚びない」でもいいよね
スーツびしっと着て、テンションがパリッと張って、キザで気取ってるのが好きなんだなって思ったよね
アニメコンテンツのなかでコナン、AKIRA、攻殻機動隊、カウボーイビバップはマジの立ち位置だったけど
秋葉系オタクはカウボーイビバップをオサレアニメって嫌ってたよね
あとブリーチに至っては、作者の久保さんまでネタにしてオサレオサレって馬鹿にしてた
00年代の秋葉のオタクたちはネットで冷笑でひろゆきみたいなキャラあこがれて、マジなものをなんでも馬鹿にしてた
秋葉がそうだったから2ちゃんねるみたいになったのか、2ちゃんねるがそうだから秋葉がそうなったのかしらないけど
とにかくマジをきらってなんちゃってでミニひろゆきみたいな他人を馬鹿にするような、中二病や黒歴史という言葉をやたら好んで他人を攻撃するやつらばかりだった
そのころアメリカはテンション張ってるものが好きだからオサレなもの、キザなものが好きでまっとうに評価してたよね、さすがハードボイルドの母国って感じ
最近アメリカで日本のシティポップが評価されてるらしいけど、あれもテンション張ってるキザでオシャレなコンテンツだからアメリカ人が好きなのは納得
アメリカ人はエルビスプレスリー、マイケルジャクソンとかブルーノマーズがそうだけど、伝統でも今でもずっとマジを真面目にやる国なんだよね。
日本人みたいに恥ずかしがってなんちゃってに逃げないし、他人をオサレとかいって馬鹿にしない。
ソニーがこの方向でそれ以前までの小学生に向けていたゲーム業界をファミ通などと組んでイメージの変革を起こそうとしていたよね
ソニー参入までは、ゲームを作る人は今でいう歌のお兄さんみたいな特集のされ方だった。「みんな新作まっててね~」みたいな感じだったけど
暗い部屋で間接照明をあてて「ゲームクリエイター」って肩書で、中高学生のあこがれの職業みたいにしていったのはソニーだよね
ソニーのゲーム事業は母体がソニーミュージックだからアーティスト的プロデュースのノウハウがあったんだろうね
マジをつかったゲームクリエイターのブランディングは見事にはまったよね。
それに対抗しようとしたセガはなぜか秋元に頼ってなんちゃってやってセガってだせーよなとかなんちゃってをやりはじめた
秋元のチェキっ子とかいうアイドル番組のスポンサーになってそらセガつぶれるわって当時思ったよ
セガって渋谷の兄ちゃんたちに愛されてたのよ。秋葉っていうよりかは渋谷系だったよね
そんなセガが秋元のなんちゃってに取り込まれ、そしてアイドルのスポンサーするとか終わってたよね
あのころのセガは方向性を見失ってて、サクラ大戦なんかもそうだけど、セガってこんなゲーム作る会社だっけ?っておもったよね
そのあとの話だけど、10年代のセガは初音ミクとか、バーチャロンととある魔術の禁書目録のコラボみたいに誰が得するんだみたいなことやり始めたり、とにかく秋葉系にすり寄っていくよね
90年代のマジなセガを知ってるから、セガサターンを白くしたり、ドリームキャストは最初から本体カラー白だし
あとゲーム業界のマジの代表格だったFFがFF10になって秋葉系オタクのなんちゃって文化に毒された結果が10-2
あれでまじでスクエニは死んだなって思ったし実際ゲームオタクからは相手にされなくなったよね。
まだバブルやってんのかよw
政治の影響はっきり受けてるけどそれが政治によるものって理解できてないもんな
今の日本がこうなることは30年以上前にバブルの時期に既に言われてたんだけど、みんなお前みたいなことを言ってたよ
昔はマジで誰でもベンツと家買えたし、大学もそんなに高くないし、女はブランドバッグ持ってるのが当たり前だったけどね
そのうち家すら買えない人が増えるって言われたけど政治を嫌ってる人ばかりで、言う通りになったけど、お前みたいな奴ばかり
今後は東南アジアみたいになるって言われてもお前は今と同じように政治の意味がわからんって言いながら、だんだん芋と米しか食えなくなってきて食事のグレードが下がっても、政治参加に意味はないって言い続けるんだろうなあ