はてなキーワード: 習い事とは
家賃:56,000 > 40,000
※公団とかで安いの探せばもっと下げられる
食費:43,000 > 30,000
※まあこのくらいかなあ
※時期にもよるけど、4人家族一軒家でもこのくらいだよ
※通話とメールだけでプランいろいろ使って無駄な電話やめれば月3000円以下でいける
固定電話:2,000 > 2,000
※うーん、いまどき携帯があれば、固定はなくてもいいような気もするけど
おやつ代.:7,000 > 0
※だね。どうしても食べたかったら食費削ってオヤツに回すべし。
※いらないっしょ、と思ったけどまあ冠婚葬祭くらいは必要だろうから積立とういことで
友達と飲み食い、なんかは当然0
娯楽・習い事:40,000 > 0
日用品代:37,000 > 5000
※まあこのくらいかなあ。
灯油代:4,000
※仕方がない
医療費:2,700 > 0
被服費:20,000 > 5,000
給食・教材:13,000
※まあこれは仕方がない
残り:15,380 > 0
※残った分は返金しようず
これで12万でおさまるよ!
今後の21世紀、さらに22世紀にかけ、音楽業界、J‐POPは
「黄金の1980年代・90年代」の遺産を食いつなぐだけの業界になっていく気がする。
つまり、新作の曲もアーチストもあまり輩出されず、1980年代・90年代のナンバーを
2050年も2100年も聞いている、そういう状況。
なぜそう思うのか?という理由の一つは「20代人口の長期的減少」というのがあり、
つまりはアーチストを輩出する若年人口そのものが減少するので、有能なアーチストの数も減る、という
身も蓋もない人口理論が理由であるのだが、それ以上の理由としては
子供に習いこどをさせよう、ということで、高いピアノを購入して、子供をピアノ教室に通わせた。
70年代に、幼少の時分に音楽のイロハをマスターした世代が、成長して80年代90年代の音楽シーンを支えたのである。
その意味では、J‐POPは「70年代ピアノ教室の申し子」と言えよう。
翻って現代では、確かに習い事に行く子供は以前にもまして多いが、
「役に立たない、手に職つかない」とみなされるピアノは、習い事としての地位を急速に落としている。
2010年の販売台数は、1992年の、わずか7分の1。
2011年になって、震災の影響で、ようやっと急減傾向に歯止めが掛かったそうだが、焼け石に水。
ピアノが習い事として不利な理由はほかにもあり、カネが掛かる、という以外に
「そもそも家が狭い」
「マンションで近所に騒音迷惑かけてしまう」という点で敬遠されてしまう。
70年代は戸建住まいがマソション住まいよりも多かった、70年代は郊外の広い家住まい、
結局、70年代80年代の、日本がリッチだった時代に、「子供に付けさせた教養」が、
10年後20年後にJ‐POPとして花開いた、ということで、
「日本からリッチさがなくなり、子供に教養つけさせる余裕がなくなった」時代からは、
しかしつくづく思うに、なぜ70年代80年代に、一見役に立たないピアノがブームになったのか?
一つには「花嫁修業」「娘をピアノ弾けるようにしておくと、将来いい男を捕まえられる」という
親の打算もあったと思う。
(果たして、どれだけ花嫁修業になり得たのか、いささか疑問ではあるが)
もう一つには、「豊かさのアイコン」の役目を、ピアノが果たしていたんじゃないか?と思う。
いわば「成功の象徴、ステイタス消費、記号消費」のようなもの。
そういえば、この頃(70年代)の少しリッチな家庭は、百科事典を揃えているケースもあったそうだ。
百科事典って、年に1回も使うか使わないかだし、そもそも場所を取って仕方ないが、
そういうのを購入することが、一種のステイタス消費だったんだろう。
記号消費と言えば、「課長はマークⅡ、部長はクラウン」的なところがあって、
「役職についたから、クルマをワンランク上に買い換える」のがお約束だった時代でもあった。
ピアノの購入というのも、「マイホームを建てた人のお約束」的ムードが、あったんだと思う。
結果的に、それが10~20年後にJ‐POPの隆盛につながったんだろうなあ。
童貞卒業出来たのは26歳。相当こじらせた方だと思う。自分なりの脱出論を一度書いてみたいと思いました。
一途に想い続けるというのは称賛したくなるのだが、結果として良い結果を生まないと思う。こちらの思いとは裏腹に恋愛どころか友人としても成立せずに終わってしまうのが大概のケース。返事が帰ってこないだけで意気消沈したり、いわんや相手に返信メールを強要するようなことは避けなければならない。従って、常に付き合いたいなという女性を最低でも5人程度候補として持っておくべきだ。相手を①魅力度(容姿・性格等)、②確度(付き合えそうか)の2つの軸で総合的に判断してエネルギー配分を考えること。童貞は①だけに集中してしまい、ヤリチンは②を重視するのだろう。
女性と話をしていて思うのは、タイミングとか安心できる相手かの見極めができているかとかが結構大事。だから、半年ぐらいかけて好感を少しずつ持ってもらうぐらい持久戦をしかける気概が必要だ。週に数回メール・Lineで会話して、たまに友達も連れて皆で食事をするとか。相手に最初から恋愛対象として見て欲しいと思わせる必要は無い。むしろ一緒にいて楽しい人だなと思わせる位で良いと思う。貯金をしていくイメージだ。数撃ちゃ当たる理論で述べた2つの軸のうち、特に①魅力度がとても高い相手と付き合うのは難易度高いわけで、相当な貯金をする必要がある。余り期待せずに長期戦でゆっくり仲良くなるよう進める。その間、②だけが高い女性とメールしたり食事なりしながら気分を紛らわすというのも良い手段だと思う。短期間限定で付き合うのも有りだと思う。彼氏がたとえ居たとしても、別に期待もせずに連絡だけ続けていれば1年後に彼氏と別れてチャンス到来もありえる。その間、他の女性へのアプローチもし続ける。そういうしたたかさが必要だ。
ナンパやらは全くもって現実的に実行する気にはなれない。現実的な方法を考える
合コンは手っ取り早く3,4人の女性と知り合える。ただ共通の話題がない状態から始める相手と中長期でじっくり連絡を取り合うのは至難の業だ。共通の趣味なりがないと長続きしない。逆に共通の趣味があるグループで相手を見つける方法。学生時代のサークルであったり、新たに女性が中心の習い事など。当然男が少ないコミュニティであれば有利である。ただし、そういうコミュニティに入るのは億劫だし魅力的な女性がいるとも限られる。どっちもどっちだ。2つを上手く使い分けて出会いを増やすことが大事だ。
王道の方法は無いのだから、連絡先を交換した相手と関係を絶たずこまめに連絡を取りながらチャンスを伺うことだ。
結局ダメもとで告白するのは間違っているという結論に至った。絶対付き合えるだろうという確信が持てるまで待てば良い。
色々と書いてみたが参考になると嬉しい。
http://anond.hatelabo.jp/20130122012101
公立だからって月5000円だけで済むわけないじゃん。
給食費とか教材、体操服、遠足積立てとかいろいろ掛かって毎年学校関係だけで10万数万はなくなってるはず。
習い事だって英才教育じゃない習字とか空手柔道みたいな週一のお遊びクラブですら月謝で5,6千は普通。
それに国立大狙えるような進学校に入れたいなら中学2、3年になったら塾に行かすじゃん。月謝の他に夏期講習だけで10数万だよ。
大学に入ったら自分の遊び代はバイト・奨学金で賄わすにしても、授業料60万×4年+必要な道具類+交通費、あと車の免許代とか必要。
サークルのスイーツ女性はよく(自虐風)自慢してて、ちょっとうざい時があるな、くらいに思ってた
自慢の内容は実家が小金持ちであることの自慢で、幼少時の習い事はガチ金持ちのマリンスポーツとまでは行かないけどヴァイオリンだし
実家の車はベンツを一台、中高とお嬢様系私立に通いはしたけど、ガチ金持ちのようにアメリカのボーディングスクール留学やらインターに行っていたわけでもない。
そんな小金持ちの友人は、そういう、実家に帰ったらパパのベンツでドライブ~(原文ママ)みたいなことをわざわざ関係ない文脈でねじこんできて
同性異性問わずイラッとさせる天才だったんだけど、同じサークルに明らかにただものじゃない感じのガチ金持ちがいて
この人に対抗したいのもあるのかもね、みたいな感じで、みんな無視して、特にどうするでもなかった。
最近、その友人が新しく飛び込んだ環境で、やはり同じように小金持ち自慢を関係ない文脈で自慢してたらしい。
「そういうのやめたほうがいいよ」「あなたはわがままに育てられたんだね」と言われたらしい。
わがままに育てられた、はその子にとって褒め言葉なので、パパが〇〇(自分の名前)が大好きで甘やかすから悪いんだよねーみたいな感じで
キャッキャと嬉しがってた。でも「そういうのやめたほうがいい」にはカチンときたらしい。
最近は、「あークリスマスに家族でグアム旅行行くって言っただけで不機嫌なんですけど……」だの「パパからクリプレでもらうから買わなくていいんだーって言っただけで(ry」とか愚痴りだす始末。
さらに「クリスマスにグアムって普通ですよね?妬まれてるの?」とか、「ここの皆は意識高いから安心してパパの話できるー」
など、「相談」「愚痴」の体裁を借りて、小金持ち自慢をねじ込んできやがる。もうさすがにしんどい。
もうまたさっきもskypeで「相談」が始まってうんざりした。
海外やパパのことを言わなければいいのでは?というまっとうなアドバイスは聞きたくない。私が言いたいことを理解せずひがんでる相手の意識が低い。
これが彼女の結論。
先週の水曜日、1年くらい会っていた男と別れた。身分違いだった。遊ばれていただけだが、私は確かに恋をしていた。既に2回くらい泣いて諦めてたつもりだったのに、今は「基本的な生活」ができなくて昼職をなんとか遣り過ごすのがやっと。会っていた期間・今までの生き方に対して後悔がたくさんある。
「失恋からの立ち直り方」などを読むと、失恋直後は泣いて愚痴れ美味いもの食えあとは時間が解決すると書いてあるが、いくつかの事情が重なり誰にも(カウンセラー等の秘密厳守してくれる人にしか)ありのままを話せないので、増田に吐き出すことにした。半生、風俗、恋愛が絡んだゲロなので脈絡がなかったり長すぎたりあなたのモラルやポリシーに反したりは目を瞑って欲しい。胃の上と心臓がぐるぐるして気持ち悪いままあまり食べられず、呼吸が浅くて、吐き出さないとこれがずっと続きそうで。
世の紳士たち、遊びを仕掛けて本気になられて面倒になって棄てるなら、いいタイミングを選んでください。そもそもきちんと予防線を張ってください。それが上手にできないなら風俗の場合は最初から時間内だけの遊びにしてください。野暮でも関係の確認は明確に。気まぐれな優しさは凶器です。空っぽの人形に心を植えて、外界に連れ出して置いて去るようなのはやめてください。源氏名の鎧が外骨格なこともあるんです。剥がすなら覚悟をもってください。
要は失格風俗嬢が院生に遊ばれただけの話。
企業家家系で、家柄は武士とか軍人の流れとは聞いた気がするが、家を継ぐだの良家だのとは現在は無縁。
兄弟は上と下にひとりずつ。下が障がい者(突然変異系)で心臓の手術などのため私は早い頃からあまり構って貰えなかった。父方祖父母宅に預けられた時に言われた「ジュースを欲しがるなんて図々しい」は幼心にも傷ついた。幼児だからわからないなどと侮るなかれ。迷惑をかけてはいけないと過剰に思う癖がついてこれまでもたくさんの失敗をした。
小学生の頃に両親が離婚。風俗嬢にありがちな母子家庭育ち。母が会社をやっているので経済的困窮はなかった。片親家庭の毒は、なにも経済的なことだけではないと思う。男女観は多少であろうが歪む。私の場合は自分の女性性を受け入れ「女性」になるのが遅れた。「ちゃんとした恋」の経験値が足りなかった。
上の兄弟は国立最高峰の大学を卒業直後にかなりの年上と結婚。母は子が全員成人した頃にやっと死別独身(成人子あり)のパートナーをつくって入籍せずに一緒に住んでいる。
女子中高を経て、音楽大学へ。多少はみ出してはいたが結構な真面目ちゃんだった。同級生みたいにもう少しちゃらちゃらして男を見る目を養えばよかった。大学は奨学金(自立を促すため)と親の資金で。大学の頃にはすこし恋もしたしすこし病みもした。処女喪失は20歳を越えてから当時の彼氏と。特に感動もなかった。卒業してもまず食えないので事務で零細企業に就職。稽古には現在も通っていて、欧州への留学を希望しており貯金中。
昼職の正社員で留学のため真面目に順調に貯金をしていたが当時勤めていた会社が傾き、会社自体を整理することになって放り出される形で無職になった。初めは社員の求人に応募してみたり派遣で働いてみたりしていた。しかし景気的時期的になかなか厳しく、月末月初のみの事務アルバイトをしながら、貯金の進まなさに焦りを感じ時給の高さでホステスに応募。お酒が弱くてあまり売れず。もう数年若ければキャバクラでジュースでも稼げたのだろうが、もう20代中盤に差し掛かっていたので。派遣ホステスなども数回やったしお化粧おしゃべりは多少うまくなったのだが毎晩お酒を飲んで煙草に曝される生活に1ヶ月で無理を感じた。ほんの短期間だけ肉体接触なしの愛人ごっこみたいなこともして自分には向かないことを確認した。
ある日アフターののち始発待ち早朝のネットカフェで、最高に疲れた頭で風俗店の求人を調べた。何の職種がどこまでやるのか等を調べメンズエステ(マッサージ)までが私の限界と認識。求人と営業HPとの齟齬が少ない感じのところに投げやりに応募、後日面接へ。この時の私は疲れていろんなことが麻痺していたのだと思う。貞操観念は大人になるまでは強すぎるほどだったのに。講習で服を脱いだとき、堕ちたなーと乾いた笑いが出た。私大出して貰ってさらに留学資金なんて言えない、とか思ってたけど、風俗にまで行けるならまず親に言えばいいのに。足りなければ奨学金とか片っ端から応募すればいいのに。留学はどうしてもしたかったが、親に頼ったり甘えたりするのは怖かった。失恋後に母の胸を借りて泣いた時にやっと頼っていいのかなという気になれた。
斯くして私は去年の秋に渋谷の老舗店のホテルエステ嬢になった。たまたま新人ラッシュ期で店プッシュは分散、若い子巧い子(ヘルス上がりとか)に流れて新人期間でも本当に売れなかった。新人キラー(表立って言わないだけでみんなやってるよと過剰サービスを要求したり、押さえつけて入れてしまおうなどとする)だけは初めの1ヶ月間によく付き戸惑ったが対処法を身を持って会得。入店から一度も事故ったことはない。店側も私がこんなに続く(現在勤続1年と3ヶ月くらい)と思わなかっただろう。サービス内容はオイルマッサージとトップレスでの手コキ。パンツを脱ぐことも、キスもフェラもない。トップレスも初めは抵抗があったが、とりあえず粘膜ではなく皮膚だからと考えて慣れた。売れなかったので、何か武器があればいいかとマッサージを勉強した。リンパと筋肉ほぐしとツボ。開業の予定はないがマッサージスクールのショートクラスのディプロマも取得。
風俗にもいろいろあるけど、時間貸しの菩薩と思うに至った。精神的に受け入れて貰うのを飛び越えて膣に執着する男性が理解できない。
金銭感覚と貞操観念の狂いにはとても神経質になっていて、ストッパーに今も月末月初の昼職は続けている。事務の期間以外は結構な鬼出勤かつオープンラストなどもしていた。待機時間で譜読みや勉強ができるのはメリットだった。風俗の給料はとりあえずまず奨学金を返して、留学貯金の続き。日払いなので千円札しか使わない。万札・五千円札はやむを得ない場合のみ。清算時になるべく大きいのに両替する。お給料がキリのいい数字の時は何も買えない。万札が財布に3枚以上溜まったらすぐ口座へ。数字が増えていくのが幸せ。
恋人なんて嗜好品だと思っていた。あったら幸せだけどなくても死なない。留学(希望期間が長いので)できるようになったら置いてくか待って貰うかだから現状すぐは結婚とか考えられなかった。興信所での調査が必要な良家に嫁ぐなどは片親、障がい者家族、年齢的にないと踏んでいた。むしろ風俗に入った時点で、まともな普通な結婚は9割諦めていた。自分が結構放っとかれて(習い事だけはいろいろやった)育ったからちゃんと子供を育てられる自信があまりないし、留学できて行って帰って結婚出産したら高齢出産に片足ひっかかりそうだし、子供も積極的には望んでいない。
嫁が妊娠してセックスできないからと来店した客の「ここは最後まで手でなでなでしてるだけだから後ろめたくない、やましくない」説をとって、風俗嬢だけど別にたいそうなことやってるわけじゃないと表層では思うようにしていたが世間的には賎業なのも知っていた。
自分は自分の人生を生きなきゃいけないから、何かによってブレーキがかかるならそれは天秤にかけて本当に要るか考えるべきと思っていた。ぐらつくほどの恋なんてしたことなかった。
奴が来店したのは12月の頭だった。フリー一見はインパクトがなければ正直2ヶ月くらいしか覚えていられないから、その前にも来ていたかは定かでない。うちの店はメール交換を推奨しており(トラブルの種にならないのか疑問)、新人期間が終わる頃でもっと指名を作りたかった私は客の一人としてあまり深く考えずにサブ携帯のアドレスを交換した。そう頻繁でもないペースで他愛ないメールをし(メアド蒔きすぎて客とのメール自体めんどくさくて私があまり返信しなかったから。でも奴はたくさんメールをくれたし、待ってくれたし、返信を喜んでくれた)、そう頻繁でもないペースで来店し、私が中抜け(で稽古へ)から戻るのが遅れた時に奴が40分待ってくれたこともあった。「外で会いたい」と言われた時には「出勤時間を削って会うならお小遣い貰わないと無理w」とか冗談で断ってたな。2歳サバ読んでたから奴をオッサン扱い。実際外で会う気なんてなかった。事務の期間は事務が忙しいからって断れるし。風俗関係の人は風俗の期間だけにしたいし、その風俗の期間は休みを入れてなかったし。
奴はアカポスを目指す年上の院生(D2)で、数駅のところに奴の所属する研究室はあった。別にイケメンではない。実家暮らしでスポーツ好きで男子校育ちで男性の多い専攻。風俗に来れる程度の収入は得ていた模様。結婚とかせっつかれ始めてると言っていた。結婚したい、ではなく結婚しなきゃ、のような口振りで。
やることはやってたけど(プレイの範囲で)気持ちはちょっとずつ惹かれ始めていた。女とか風俗嬢とかそういう「枠」じゃなくて「私自身」を見てくれた気がしたから。褒められ慣れてなくて、客に「かわいい」とか言われても「ありがとうございますぅー」だの「そんなことないですよぉー」だの「えへっ知ってるw」だのとしか言えず、どうせその場限りの口先だけだって知ってるからスルーできたのだが、奴に言われて嬉しくてどうしていいかわからなくて「ポーカーフェイス頑張っても口角がちょっと上がるよね」などと指摘された時なんてエンドルフィンどばーであった。喪女か。
1月の末、ラストまで勤務後に出張帰りの奴と初めて外で会った。出勤を削らなければ私は機会損失ないからと思って。「好き」だとか「付き合おう」だとか「セフレでよろしく」だとかそういう言葉は出なかった。こちらからは出せなかった。その後食事だったりプラネタリウムデートだったり映画デートだったり普通のデートもしたが、ホテルにも行った。奴が非常に疲れている時や隙間時間で会った時にはホテルだけの場合もあった。マッサージとお昼寝だけもあった。1日一緒にいても全然窮屈じゃなかった。デートの日は必ず店を休んだ。「忙しくても何日に会えるって思ったら頑張れる」と言ってくれて、私もどんな痛客相手でも中断は決してしないでプレイタイム内は頑張れた(その後はもちろんNGをかける)。会って2回目くらいで本当の年齢のことも言った。初めの頃はほんとにバカップルみたいだった。メールに書いた話題のフックは漏れなくキャッチしてくれた。遊びならちゃんとそういう感じにしてくれればいいのに、本当に大切にしてくれた。
処女じゃないし、経験人数は片手で余裕で足りるが、ちょっといい雰囲気になるくらいなら数人いた。今までのはこちらからはそんなに本気で好きじゃなかったのかもしれないと思った。好きな人とのセックスがこんなに気持ちいいものとは思わなかった。ぞくぞくして痺れて溶ける感じ。濡れにくくて苦労はしたが。本当にかたちとか大きさじゃない。店に入ってから持ち前の「興味を持ったら調べる、やってみる」気質で手技だけはあったしananの特集等でフェラチオのイメトレもできていたから、申告人数より実際はもっと経験豊富と思われたかもしれない。
4月にはD3になるし論文の準備だったり学会だったりで忙しいだろうし、あまり構って構ってとは言わなかった。2月に一度だけ「この間会ったばっかりなのにもう会いたくなってる」と言って予定を調整して貰ったくらい。あとは相手からの予定打診待ち。3月頃にメールが1ヶ月開いて、次に会った時に「自然消滅狙いだけはやめてね。すっぱり切ってくれないと待つつもりなくても待てちゃうタイプだから」と頼んだ。誕生日には奴の利用店のプリペイドカードを負担に思われない程度にチャージして贈った。
会えば優しかったしいろんなことを話した。メールが途切れたら2週間くらいしてこちらからネタメールを送った。モテ期3回が三重解だったり虚解だったりするやつとか、バストカップ別褒め方一覧とか。追撃せず、返信や会うことは求めず、相手の都合でよかった。「飽きちゃったのかと思った」「飽きないけど、将来がないからねー」とかいう会話もあった。婚活市場で優良物件すぎて以前年上の女性にギラギラされたことがあって苦手、と聞いていたからこちらからは押せなかった。エイプリルフールに「あのねあのね!だいっきらい!あと処女です!」とか、満月にかこつけて「月がきれいだよー」くらいしか言えなかった。たぶん通じてないけど。漱石だよ。
半年もするとだんだん雑談メールが減って、近況つきだが予定打診メールの率が高くなった。会うペースも下がって月に1度くらいになった。忙しいならしょうがないし全然待てた。だが徐々にキスも減った。手もこちらから繋がなければ繋がなくてそのうちに遠慮した。うざいと思われたくなくて常に半身ほど引いていたが、もし言われれば即風俗あがって付いていきたい程度には好きだった。
明確な言葉なく付き合うカップルっているとは思うが、セフレっていう関係がこの世に存在する以上は関係の定義なり宣言なりが必要だと思う。それがないってことは明確に気持ちがあるわけではない、所詮は都合のいい女だということに2回ほど泣いて「何もなくて終わるより何かあって終わった方がいいと思って外で会ったんだから」と思った。より迷惑をかけちゃいけないと思って近づけなくなった。
9月に会ってから途中で奴の多忙による予定変更を経て2ヶ月ぶりに会った。予定変更への返信に「充電は既に切れてるけどまー死なないから私のことは忘れてていいよ」と書いてから2週間後。稽古の後に奴の乗り換えの都合上いつもの新宿へ。風邪気味の奴と西口で待ち合わせアルタ裏から出て歌舞伎町のホテルまで歩いた。バリアンじゃなくてそこそこきれいで割券使えるところ。普通に入ってコートとか脱いで普通に座って。
「真剣な話があります」ひとつは奴の今後の進退に関することなど。もうひとつは「今日で最後にしましょう」。
なんとなくそんな気はしてました。「えっしてた?」
しかしなんでまた。「結婚もしないのにこういうことしてるのが負担」
そう思うに至ったきっかけとかあるの?「論文の審査とかだよね」「あとー…○歳になっちゃったし、見合いとかするかもしれないし」「他に女の人がいるとかそういうのじゃないけど」「結婚できないじゃん?」「結婚しない相手と中途半端に付き合うのはやめる」
ていうか付き合ってないじゃん?セフレとか付き合うとか関係の定義なり宣言なりをしてないし最初から中途半端だったよ。「最初から中途半端、かぁ」
……………。(言いたいこと終わり?)
「泣かそうとしてる?」泣かしたって面白くないじゃない。
「なんか女々しいな、俺…」
………………………………………。
うん。でも。それなりに楽しかったよ。「それなり?俺は」だってちゃんと好きになっちゃいけないって思ってたから。「なんか…すごいなそうやって」
ていうかそれでも結構好きだった。でも迷惑だよね、と思って。2回くらいちゃんと泣いて割り切ってたよ。「そう言われちゃうと…」
最後に、します?「男が最後にやらせてっていうのはあるけどそっちから言うんかいw」
云々、奴にとってはあっけなさ過ぎて拍子抜けだったかもしれない。セックスはしなかった。泣けず、縋れず、意思表示もできず最後まで強がってしまった。でも最後になってやっと好きって言えた。以前一緒に見た映画の前作DVDを私が持っており双方ともに途中までは見たとのことで最後の1/3くらいをベッドで(離れて)ごろごろしながらエンドロールとメイキングまで観て、「じゃあ、出ようか」。「明日の朝喉痛くならないでね」(風邪だから)。
歌舞伎町から新宿駅まで歩く。奴の左耳、好きだったけど見納めかあ。最後にぎゅーってだけしてって言えばよかったな。駅で埼京線に乗る奴に改札の手前で「友人のバーでべろんべろんになってから帰るから!」と言って別れ、ウコンとカシミヤティッシュ持参で行った友人のバーで実際べろんべろんになって泣いて数年ぶりに記憶を飛ばし、隣席のオッサンにも迷惑をかけ便器を抱えおそらくタクシーで帰宅、風呂場でもトイレでも吐きまくって喉の痛い翌朝を迎えた。翌日の昼職は体調不良で休んで、夜になって迷惑かなと思いながら奴に最後のメールをした。
風邪大丈夫?お大事にね。留学資金を結婚資金にまわしてついて行っちゃいたい程度には好きだった。元風俗嬢とか嫁にいらないだろうけど。家は成金だし躾はなってないし。
昨日は女優だったでしょ?飲んで潰れて別の意味で喉の痛い朝を迎えると思えないくらい。
私をここまでしたんだからいい嫁見つけてちゃんと偉いセンセーになってよね。楽しかった。ありがと。
もちろん返信はなし。
何をやっていても涙が勝手にぼたぼた出てくる。過呼吸にも数度なった。職場のトイレで声を出して泣いた。事務の速度が1/3くらいになった。気を張ってる何か作業中はいいが途切れた時に何度でもフラッシュバック。何をしてても奴を連想する。母の胸を借り、恋愛論・男女論を泣きながら交わした。元客だったと打ち明けた風俗の同僚にもLINEを占領して慰めて貰いながら画面がぼやけた。夢に見た。魘されて数時間ごとに目が覚めた。日付の感覚がわからない。食事がとれない。食べても吐く。食べなくても吐き気。涙で流れるから化粧は一週間できなかった。男性に優しくされても泣いた。毛の処理や洗濯や基本的な生活ができなくなった。稽古に遅刻もしたし、演奏もできなかった。デパスを調達した。
奴に会えると思うから嫌なことでも頑張れた。これから何をご褒美に生きればいいのやら。そうまでして行く留学に意味はあるのか。
時間が解決する、いつかは忘れられると言われてもその時間を過ごす自信がない。
依存してたつもりはないけど、ガソリンが切れた。
ひたすらに楽天のメルマガがうざい。iPhoneでgmailとyahooのメールも未読有で出るから。放っといて欲しい。
奴のコミュニケーションスキルに不安はないので、若くて可愛いくて心の広い良家の令嬢と結婚して子供も作って幸せな家庭を築き出世していくんだろうとは思うものの、容姿体質(体質については私は許容できるが遺伝する内容)で弾かれまくったすえにやっとした見合い結婚で失敗して即効離婚してしまえとか、学歴に寄ってきた見合い女とくっついて有期雇用っぷりに幻滅されろとか、ポスドクで長ーく放浪して嫁に愛想尽かされろとか、助教で燻って65歳を迎えろとか、とっととインポになればいいとか、早くはげろとか、奴の幸せはまだ願えない。論文全然通らなくて心が折れてすごい凋落すればいいのにと思ってしまう。私のいないところで幸せになる奴を許せない。英語もできるから海外にも行けるし給料でてるし専攻的にも研究室的にも可能性は低いだろうけど。いま学位とれそうなところでその年齢で見合いとか早くない?とも思うがそれは体のいい理由なのでしょう。直接会って別れてくれただけまだ誠実なのかもしれない。パフォーマンスの低下した状態で考えているのでまだ頭の中はぐるぐるしているけど、風俗に入らなければ奴に会わなかったが、風俗女だから奴と本気で向き合う資格がなかったという循環参照みたいなところで行き詰る。
正直未練はまだあるしまともな生活はリハビリ中だけど、今日泣きながらこれを書いていて少しだけ吹っ切れた。結局遊ばれてたんだよね、と客観的に見られた。きっと恋をして何でもできそうな浮かれた気持ちと、すごくすごく幸せだった約1年と、別れて得た絶望とは自分の演奏に活かさなくてはいけないんだと思う。燃えるよりも灼けるように好きになれる人を運命がほんの短いあいだ貸してくれたと思うよりない。間違いなく、スイッチを切り替え私を「融かして」くれたのは彼だった。ここで討ち死にしたら負け。
2月にオーディションが2部門ある。受かれば履歴書に書けて2年くらい拘束。去年は「本気で行って落ちたらベッドで慰めてあげるから楽しんでおいでー」などと言ってくれた人がもういないので、ふたつとも落ちたらすぐに欧州へ飛ぶ準備を始めようと思う。目標額到達まで単独だともうしばらくあったけど、今回母に泣きついでに留学のことを直訴したら(当然風俗のことは言えなかったがアルバイトを掛け持ちしているとは言ってある)私の貯金と同額までは用意してくれることになったので、タイミング的には来年の秋頃から。奨学金にも応募してみる。
風俗は来年春か夏までにあがる。私に刻まれた風俗嬢の過去は変わらないが欧州に行って帰って来る頃には従業員名簿も破棄されている。
言っても言わなくても結局終わるなら、好きって思ったら言ったほうがいい。
欲しいものは欲しいって言う。だめかどうか決めるのは相手。
初動は早いほうがいい。
フィクション?そうだったらいいのに。それか1年前に時間巻き戻したい。
こういうことは何度も言われたかもしれないんだけど、辛くても歯を食いしばって年を重ねて行けばいずれうまく人間関係を築けるようになると思う。
わたしは小学生のときから悩み続けて、良い人になってみたり悪い人になってみたり、引きこもってみたりあっちこっちさまよって10年以上経った今ようやく穏やかな人間関係を築けるようになった。
というか、もともと人と一緒に居ると疲れるということがわかったので、基本は一人でいて、たまーに友達と会う。
ちなみに、人間関係がうまくいかないときは何か他のことで一目置かれるのが一番楽。
部活で誰よりも練習するとか、勉強するとか、習い事でコンクールに出て賞をとるとか。
いつかうまくいくようになるよ。
まあ習い事の一環として、下の子を「お受験用幼児教室」に通わせている。
自分たちは特にお受験も考えていないので「のほほん」としているが、
他のママたちは、本気でお受験を考えてるのか、結構真剣だったりする。
お受験塾のママ達の生活ぶりを聞いていると「スーパー金持ち」が多く、
自分達なんて庶民も庶民、ド庶民なんだが、
それを見ていると
「他のママ達は、第2子を作る経済的余裕は、(少なくとも自分達よりは)あるのに、
なぜ第2子を作らないんだろう?」と思う。
「経済的余裕がなくて第2子を作らない」
のではなく
「精神的余裕がなくて第2子を作らない」
のではないか?
「全精力を一人っ子に注がなければならない」という義務感が、
「第2子なんて作ったら、第1子に割かれるエネルギーが半減してしまう、お受験に失敗してしまう」
第2子を作る経済的余裕も、肉体的条件も兼ね備えているのに、
何とも「勿体無い」ことである。
http://anond.hatelabo.jp/20120916195621
につられて、俺も書いてみる。
設備(ジム、ネット含む)と場所代。広さを考えるとコストパフォーマンスは良いが、やはり高い。
一体何がこんなに違いを生むのか...朝飯がコーヒー入れてコンビニで700円、昼食が場所柄1000円なのはでかい。
主に風呂と空調。
スマホ一個。基本料+端末分割払いの2500円、あとはテレビ関係。
接待ゴルフ用に、好きでもないレッスンを受けてます。頼む、100切れれば止められるんだ。
同じくシャンプー、洗濯洗剤、散髪。あと整体に週1回通うとかを含む。
あとはお小遣いで娯楽費とか服代に平均で6万
トータル33万〜35万での生活。
年間に180~250万少々金が余る(計算が合わない部分は全て税金で取られる)。
持ち株なんてとんでもない、そんな止められないものに手は出したくない。
こうして見ると反省点も非常に多いが(特に食費)、これで子供とかゆとりを持って養えるのか?
どう見てもカツカツにしか思えないが…。
俺、昔っからどの場所(この場合、クラスとか、研究室であるとか、習い事の教室とかそういうくくりの集まりね)にも必ず表立っていがみ合うようなヤツが出てくる。
だいたいそういうヤツの8割は嫌がらせをしてくる。そのうち3割くらいは実害を伴う嫌がらせ。しかもいわれの無い因縁をつけられる感じ。もう本当にヤになっちまう。
俺そんなに敵を作るような人じゃあないと思うんだけどな……って自分で言ってりゃ世話無いけど、そう思ってる。人を傷つけるような事はしようとも思わないし、悪口も言わないようにしている。そりゃ俺も人だから時々ムッって来る事もあるけれども、でも大抵のことは許しちゃう。もちろん実害を被ったら面と向かってブチ切れるけど尾を引かない。それはそれ、はい終わりみたいな。
でも何故か俺を憎む人がいる。
原因は大抵、嫉妬。
……って言うとまたなんかね、こうね、何かしらデキる人がなんか言ってるよケッ!みたいに思われるかもだけど、んなこたーねーわ。文章からわかるとーり俺ほんとあたま悪いの。世の中の事なんも知らんし。知らんということはいけねーと思って色々読んでるフリしてるけど、ニュースとかも見出しだけ読んでわかったつもりになってるアホ、それが俺。そもそも最近ストレスもあってか物忘れも激しい時あるし。まだ二十代なのにね。ヤになっちまう。
俺のアホさは置いておいて、それでもアホなりに頑張るから、失敗は多いけど結果は出す。最近だって精神患って仕事辞めちゃった嫁の為にさ、昇進試験頑張った。「業務できないで昇進試験のお勉強だけは立派だね」みたいな嫌みを貰っても構わず頑張って、ちゃんとつかみ取った昇進。
超嬉しい。
けどそれがさらに嫉妬に繋がるようで最近は嫌がらせや当たりが強くてホントに目眩がしそうだ。
で、そーゆー感じで俺を憎む人が俺をどう見てるのかってのを良く観察してみたら、「なんであいつが」とか「なんでこんなヤツが」って共通のワードが見えてきた。俺ってばけっこう飄々としてるって言われるから(自覚ないけど)、その相乗効果もあってさらにムカつくんだろうな。
どないせぇっちゅうねん。
そういうのが見えてくると、なんだもう気を使わないで傲慢にいこうかなとか思ったり、慇懃無礼になろうかなとか思ったり、これでもかってぐらい相手の些細なミスを責め立てようかなとか、日常会話にさりげなく皮肉を混ぜてみようとか、色々復讐心がメラメラッと沸いてくるんだけど、心のボヤはすぐ鎮火。また日常は通常運転。
ということで。
色んな集まりで、色んな集合体で、こんな感じで、かならず俺を憎む人が出てくる。
親の仇かってくれーにね。例外無く。
もちっと怒った顔したりとか、イライラ出してもいいんだよとかアドバイスを貰ったりするんだけどね。できないんだよなあんまり。性根がそういうのじゃないの。ニコニコっつうかガハハってみんなで笑っていたいのが本音。まぁ……みんなって言える程、友達それほど多くねーけど。でも大切な友達はちゃんといる。まぁ最近顔にようやく出るようになってきたらしいので「怖いから自重」って言われるんだけど。いやいやどうしろと。
ガツンと言ってやろうか、つうか言ってやれとかも言われる事もあるが、図体デカくて格闘技経験のあるような俺がガツンなんてやってもうたらアレだ、ひと騒ぎですよ。そういうガツンじゃねえか。だはは。
あぁ、なんかね、もぉ、嫌。
小学校でも、中学校でも、高校でも、大学でも、大学院でも、職場でも習い事でもさ、ずーっとこうですわ。
なんかいんの。敵。
やだねやだね。敵なんか作りたくないのにどうしてこう、1カ所に必ず1匹以上いんの?
……って人、いません?
俺だけかな?
そうそう、最初に戻って残り2割の人なんだけどさ、そういうヤツはなんかしらんが最終的に超仲良くなってマブダチになるんだよね。大抵そーゆーやつって、性格と考え方生き方が真反対。よくわからんが、あれだ、友達になってくれてよかった。
http://anond.hatelabo.jp/20120808090421
よくあれだけで見抜けたのかってくらいすごい。僕もなんとなく親とべったりしすぎなのが
おかしいと思っていて、別に変な親御さんじゃないんだけど、甘いというかべったりというか。
女の子の家庭なんてそんなものなのかなぁとか思ったんだけど、週二で親戚付き合いに顔出してたり、
習い事もお母さんとやるとか言ってて何考えてんだと思ってた。
多分彼女の心情的には
http://anond.hatelabo.jp/20120808085321
の増田の言うとおりなんだろうと思って、やっぱり僕にできることはねーなと感じてしまったので、
あと、厳しく現実言うべき人が彼女のまわりにいないから、彼女も甘えてしまうんじゃないかと思って、
とりあえず、家族旅行も習い事するのもやめた方が良い、家族と僕以外の人に就活の相談しなさい、
こちらからはもうメールとかしないから君が僕に頼りたいときだけ頼ってくれとメールしてしまった。
返信は「ごめんなさいありがとう」とだけ。
もうどうなるかはわからない。別れたく無いんだけどなぁ。
6月終わりくらいから彼女は追いつめられ出して最近は不安で夜もあんまり寝れてないらしい。
予定はスカスカだし、選考も進んでない。果ては説明会もぶっちしているらしい。
自分でも自覚はあるらしく、エントリーシートが通らないと言うから
おせっかいだと思いながらネットでこんなのあったよーなんてネットの記事見せたら、
こんなことも調べないでくだらないまとめサイトとか見てる自分が情けないとかボロボロ泣き出す。
一昨日珍しく二人でお昼にあって、飯食って買い物して六時くらいに帰りの電車乗ってたら急に不機嫌に。
どうしたの、気晴らしにならなかった?って聞いたら、疲れたし、やらなきゃいけないことあるから
こんな遅くなるつもりはなかったとか責められるように言われる。
でも今度家族で海外旅行に行くらしく、しかも9月からは新しい習い事始めるとか言ってた。
就活の話しないでいると、就活してない感じが見ててこっちが不安になる。
一旦距離おいた方がいいのかなと思うけどメールも欲しいし、デートも誘ってと言われる。
俺なんかは、子どもがいてくれるならなんでもやるし、我慢するしやりくりもするし、内職もするし、奨学金はとらすし、不自由はかけてもその分愛情はかけよう、と思える。
でもま、聞きたいことにあえて答えるなら、子どもひとりなら夫婦で400万くらいで充分問題ないと思う。
しかし、250万でも子どもがいてくれるなら幸せだと思えるし、苦労はしたけど親にはよくしてもらえた、って言ってもらえるように努力はする。
ケンカはそうとうするかもしれんがw
実際、未婚の母子家庭で、そのくらいで頑張って育てたお母さんているよね。
そうやって育てられた娘が、私なんて生まれてこれただけでもラッキーなんだから! って言ってたなあ。
そんなん親のエゴだろwww とかそんなの聞きたくないから勘弁な。
実際子どもつくる予定俺にはまだないし。
でもま、一応任期のない職についてるなら、400万なら作るかな、俺なら。
しかしさ、元増田が何を考えて、何のお金が足りないと言ってるかわからないけど、例えばこんなの?
・予備校、私立学校の授業料、そういう教育に何不自由なく育ててあげたい、奨学金とらすとか確率の低い話は期待しない
・あらゆるよいものに触れる機会なく育つのは不幸、習い事とか充分させてあげたい
・家族旅行は毎年絶対したい、子どもがいるなら嫁には家にいてもらいたい、車はこれクラス以上… 等のなんかこだわりがある
・自分の不慮の死後は…… 的な貯金の心配なら、生保に入ればおっけーだけど、生保高いよね
まあ、そういう価値観は人それぞれだから、正誤はないよね、もちろん。
いろんな人生がある。
お金はなくても公立小中高校から予備校も行かず東大行って、授業料減免と奨学金で卒業するやつもいるよね。
毎日ショーウィンドーのトランペット見てたら、裕福なおっちゃんが買ってくれて世界的な奏者に、っておとぎ話もあるよね。
そういう人たちを、しなくてよい苦労をした、って見ることもできる。
環境は整ってるに越したことはない。
スタートラインに立つことを重視するか、勝つ見込みの薄い勝負はさせない、か。
人それぞれ。
僕には来年、小学校1年になる娘がいます。いよいよ小学校はイジメ問題のスタートだと思っており、過去の自分の虐められた、虐めた経験を踏まえ、このキツイ状況に娘を落とさせないようにするにはどうしたら良いか戦略を練ってみました。
もし、これを読んでいる方に小・中学生お子さんがいて、子どものイジメを切り抜けた経験がおありの人が居たら、考え方間違えてないか教えてもらえるとありがたいです。
いろんな人(ネットでもテレビでも)が言っているように、イジメは構造的な問題だと思う。小さい社会の中に均質を要求される圧力のもと、長時間拘束されるとどこでも起こる問題であるという事。これは、大人でも動物でも同じ事らしい。しかし当たり前と思っていても、当事者になってしまった場合、いじめられる側、いじめる側どちらであっても問題を構造的に見る事が難しくなるのも事実だ。1つ目の大事なポイントは、イジメ問題が起こる前に、イジメ問題の構造的解決法を探る事であると考えている。
イジメ問題は、教師による解決はほぼ不可能だ。教師は、学校(クラスの)構造を維持することが仕事のKPIであるので「いじめられている生徒が居る」という自己の評価をおとしてしまいかねない事態は、本能的に鈍感になりがちだ。(これは自分が仕事でヤバそうと思った時に取り繕ったりすることを考えればわかるかと思う)また、会社経営のように問題ある児童を左遷させたり、クビにしたりということもできないので、本質的な解決の権限を持っていない。
イジメを結局救えるのは、子どもをその環境から逃がしたりしてあげられる家族だけであると思う。それも母親と子どもだけでは非常に母親への負担が大きく、父親だけで解決を試みても子どもは中々口を開いてくれないだろう。僕は、祖母祖父、父親、母親、兄弟全員が一丸となって、イジメ問題について固まって立ち向かうことが重要と考える。
で、ここから今、考えている解決策です。
イジメの兆候(無視されたとか、叩かれたとか、モノが無くなったとか)を娘に教え、そういう状況があった場合、真っ先に母親/父親/おじいちゃんおばあちゃんなど、家族に報告する練習をさせる。風邪や自然災害と同じように、必ず起こるものと考えて娘が「起こったことを、すぐに言えた」ことを褒める。
もちろん、イジメの時だけ報告するのは凄く難しいので、日常的に学校の話を聞き続ける。
学校という世界で悲惨な状況になった時、他の世界が救ってくれるケースが多々ある。彼女が得意なフィールドで自分がやりたいと思っている事を習い事としてさせてあげたい。ダンス、ピアノ、勉強、絵画どんなことでも良い。同年代が集まる場で得意な事を認めてもらえる感覚を持たせたい。
ネットは悪意(性欲・金銭欲)をもった大人が居る上に、言葉ベースのやりとりは口頭ベースよりも人を傷つけやすい。ある程度の防御本能を身につける前にネットのコミュニティに参加させるのは危険だ。おっさんになった自分でさえも、辛辣なコメントなどが付くと傷つく。子どもがそれに晒されることからは守る必要があると思う。
4)「絶対に子どもの味方」という軸はぶれない
モンスターペアレンツと言われようが、なんだろうが学校に乗り込む、相手の親に会いに行く、子どもを守るために転校させる。どんな手段でも構わないが、「社会からの目」とかを絶対に気にしない。そして、その事を子どもに伝える。どんな事があっても絶対に娘の味方であると。パパもママも娘の命の方が自分の命よりも大事であると。
どんな状況に起ころうとも、イジメは悪いと伝える。ウソを付いたり、親の財布からお金を盗んだりするのと同等かそれ以上に「イジメ」た側に回った場合は、厳しく怒る。そして、いじめられる側の子のシュミレーションを家族で話し合い、どれくらい罪が重い事であるのかを認識させる。
という感じです。まだ、こういうのもやっておいた方が良いよというのがあれば、ぜひ教えて下さい。
昨日、些細な事で母と喧嘩した。
それから母の機嫌は悪くなり、誰からにも相手にされなくなった。
私には友達といえる人がいない。FacebookやTwitterで「友だち」はいるけど、それは本当の友達ではない。
「友達」と呼べるのは、気兼ねなく色々と話したり、連絡したり、一緒に出かけたりできる同世代あたりだ。
「友達」が多い「友だち」はいつも楽しそうで、光り輝いているようにみえる。
なぜ私には「友だち」しかいないのか?
それは、仕事や趣味では同じ共通点はあるものの、年代も違えば立場も違う、近所にはいない存在だからだ。
また、大学の同期でも「新卒」(( 後述するが、私は新卒入社できなかった ))、「同じ趣味を持っている」(( 特に多いのがリアルタイムでアニメやマンガに触れていた人々。コミケ大好き、コスプレ大好き、声優第一の二次元オタク ))じゃないと相手にしてくれなくなっている。
私は人が怖い。相手が何を思い、何を企んでいるのかが目を通すと怖く感じる。
発端となったのは、小学生の頃に外見をからかわれたり、運動音痴なのをバカにされたりしたことだ。
一時期の担任は、教科書を使った授業というのをほとんどせず(時間割なんて無い)、天気がよければ近くの川へザリガニ釣りに行き、校庭が空いてたらキックボールをやる人だった。本を読んだりドリルを出したりする行為をすればすぐ胸ぐらや髪の毛を掴んで殴る、生徒の前で「こいつはバカだ」と堂々と引きづり回される始末。教育委員会もPTAも学校も普通だと思って何も指導や注意されなかった。(( 小学校絡みのイベントは「二度と招待状を送らないでください」と返送して以来、付き合いを持たないし持ちたくもない ))
中学は中学(( 今はFラン私立学校になっていた ))で、「仲間」に入れない時点でイジメの対象になって、つけまわされたり落書きされたりする標的にされた。シューズを捨てられたり、机に「死ね」「ウザい」「キモい」なども書かれたりした。段々エスカレートして中学3年の夏、IBSにかかって半年以上治療した。学校でのストレスとの因果関係は覚えていないが、両親は「たいしたもんじゃないよねw」と言って特に対応してくれなかった。今になってはこのことが現在、自分が苦しんでいる一番の要因かもしれない。
高校と大学は普通に過ごした。高校は自らの意思と夢に向けて走っている生徒が多いところだったから、浮いたり浮かれたりはなかったしイジメもなかった。大学ではサークルに入ったり、学部柄レポートを一緒に解いたりする人には多くであった。共に苦労し、歩んだ4年間だったが、大学を除けば単なる他人に他ならなかった。イベントに興味なく、アニメなどの深い話は全く分からない人に遊びの誘いも話もなにもありもしない。
再び悪夢が来たのは、大学3年以降の就職活動だった。中学で発生したIBSが悪化し、ストレス性適応障害に陥ってしまった。
エントリーシートを出してもダメ、筆記だけはOKでもディスカッションが通らない、1次面接まで行けるのがやっとでその後は何も起きない。しかし、周囲からは「勉強できるしまじめだからすぐ内定取れそうなのにおかしい」とか、「えー、まだ就職活動しているのm9(^Д^)プギャー」とか言う割に、「エントリーシートのこつを教えて?」や「どういう風に面接すればいいのかな?」といったアドバイスも何もしてくれなかった。就職課へアドバイスを頂いても全くダメで、また来ても同じ指導方法で試してもダメで…のループ。結局、新卒を取り逃がし、長期アルバイトの名目で週に5回働いて過ごすようになった。相手の目を見る事が怖い、周囲からどう見られているのか怖くてたまらないのに、なぜか接客のアルバイトをしていた。仕事は大変だったけど、発作やうつにならなかったのが幸いだった。
現在は、症状がまた悪化し、通院をしつつ自宅で過ごす事が多くなった。ちょうど前回の五輪の時から通っているからもう4年は経つ。
その間に精神科へ入院(( 本当は心療内科なのだが、入院先は精神科扱いだった。ただ幸いに大学病院だったこともあり、薬物やアルコール中毒者、リストカットや妄想が強い人はお断りしてた。開放型で数日過ぎれば事前申告すれば外出もOKだった。 ))したこともあった。今は担当が異動になってるが、同じ大学病院の先生に診てもらっている。治療しても中々治る気配もないし、両親も「仕方ない」の一言で病気に関して何も手を付けない。
私も、周りのようにちゃんと働いて、収入を得て、それで旅行に行ったり、自由に買い物や習い事をしたりしたかった。
しかし、大津のイジメ事件ではないけど、精神的に追いつめられて、理解してくれなくて、苦しくて、何で長く生きてしまったんだろうと悔やんでいる。
「何を言っても使えない人間は動物以下だ。赤ちゃん以下だ。パソコンよりひどい。ゴミにもならない」
この言葉は、別の所で働いていた時に上司から吐き捨てられた言葉だ。(( 研修期間があると明記はあったが、指導は一切受け付けてもらえなかった。しかも、「この企業Webと同じサイトにして」の注文以外受け入れない相手だと、大学で専攻したITに関するスキルもまったく通用しない。残業に時間外で勉強、そして家事や親のいいなりに動かされていたらたまったものじゃない。 ))この言葉通りなら、私はゴミ以下のなんにでもない。
この文章は泣きながら書いている。画面が涙ににじんで途中から何を一番言いたかったかさえ忘れてしまった。
こんな世の中をずっと過ごすのであれば、自ら命を絶つ権利をつくってほしい。
PTSDだろうがトラウマだろうか、このまま背負って生きていく自信や希望もなければ、完治するかどうかさえ分からない。世間も相手にしてくれない。
そんな人たちと普通の人が共存する社会なんて日本にはありはしない。
未来に向けて少しずつ進めていても、「友だち」や家族から理解が得られないし、「どうせ病気だから」の一言で終わってしまう。
将来に進んで、今やっていることは自分にとって有益なのか無益なのかさえ分からなくなってきた。誰からもしていることに対する評価を受けずに、悩んで苦しんでいても誰も助けももらえないこの世界に。
それがあなたが家庭の一員として承認されるために必要な手続きであるから、バレるまで続けるんでしょ?
架空の習い事はあなたが新しい家族に承認されるために必要な手続きだから、早急に済ませたいと思うのなら、習い事が実際には無いと自然に露見するように仕向ければいいと思う。それはそれで楽しい遊びじゃないだろうか。旦那さんが超鈍感ならただのストレスだろうけど。
仕事が終わったあと、週に1度習い事をしていることにしている。
本当は4回通って辞めた。それからは退社したあと外をふらふらしている。
行き先は散歩であったり、ウィンドウショッピングであったり、ヒトカラであったり、色々…。
とりあえず、浮気のような後ろ暗いことはしていない。
でも嘘をついている後ろめたさはある…。
この悪癖は小学生の頃から始まっており、課外活動に参加していると親に嘘をついてふらふらしていたり、
部活をやめたことを親にだまっていて外をふらふらしていたり…。これは後でバレてかなり怒られた。
高校でも、ありもしない補習をでっちあげて外をうろついていたりとか…。
大学生、社会人と、一人暮らししている間は嘘をついていなかったけど、結婚して再発してしまった。
疑われるようなことは、しないほうがいいよなと思いながら、やめられない。
いっそのこと探偵でもつけられて、疑いを晴らしてもらえたほうが気が楽な気もする…。