はてなキーワード: 申し立てとは
https://youtu.be/YPKbduWZf7o (9分31秒)
これで出来事はわかるのでこれを見ましょう。bogosorterとMzrapidが、女子高生(bogosorterに対して執拗に求婚しておりなりふり構わず行動していた、法には触れてない)に対し自分の尊厳が損なわれたと脅迫を繰り返しており、女子高生は車からおろしてほしいと何度も言っている。途中からスマホを奪われ配信が切れる。
証拠の録画を持って最寄りの警察署の刑事課に行きましょう。本名などはググると出てきます。刑事課に行くことが重要です。bogosorterらの行動は雑に控えめに考えても身体の自由をしっかり拘束しており、法という一線を越えています。女子高生の行動などとはレベルが違い、覚書などこの前では効力を持ちません。
追加で暇だったら東大側にも申し立てするといいかもしれませんコンプライアンス相談窓口は関係者のみですがまあこのようなものもあります
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/rules/b08_01.html
cf: http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/twwatch/1550670143/19
虚偽のDMCA通報であっても、5回通報されればアカウントが必ず凍結される。これは犯罪なのだが、ツイッタージャパンが黙認しているため、絵師をターゲットとした悪用事例が増加している。凍結させたことを自慢する輩まででてきてしツイッターは末期かもな。
異議申し立てには個人情報が必要のため、躊躇する絵師が多い。もちろん個人情報はDMCA通報した悪いやつに悪用される。
正体あらわしたね。
どうも俺氏、恒心教に目つけられたっぽいな
DMCA申告主の過去漁りした結果、ゆゆうた凍結させたのと同一人物にやられた可能性がある pic.twitter.com/ZdqC1xpZrz— ねぎしょうねん(裏垢)❁ (@VRdeH) 2019年1月22日
こんにちはー。
先日オレ的ゲーム速報JINのツイッターを
DMCAで凍結させたキンペー君です。まだ生きてます。
やはり予想通りJIN氏が異議申し立てをしてきました。
どうやら今度はオフィス?の住所で異議申し立てをしてきたようです。
やはり複数人で運営してるのは間違いなさそうですねー。 pic.twitter.com/nCW3wPaSoo— 大人気ゆるキャラ キンペーくん (@Shu32322) 2019年2月16日
龍神がDMCAを悪用して凍結させてるって噂があるけど、もしかして、年末頃にあった「龍神を許すな!」ってこれで凍結させたの?
画像は龍神がツールを悪用しているのではないかと思われるDMのスクショ。 pic.twitter.com/HMMW7ChaOI— あかがね@フォロバ100% (@dou_akagane_Cu) 2019年1月17日
私の管理してた@niconicoAIRbotがDMCA申請で凍結しました pic.twitter.com/9IRIjH1slY— 🇷🇴 ピニ 🇷🇴 (@pini56028) 2019年1月9日
嫌いなアカウントをDMCA虚偽通報で凍結し放題。創価学会を騙った明らかな虚偽通報ですら認められてる現状をツイッターはどう考えてるんだろな。DMCAの問題だって言う人もいるだろうが、Googleは適切に処理してるからね。
まず「何が書いてあるのかさっぱり分からない」
本当にこれは日本語なのか?いや言語なのかどうかも分からない。
分からないので不正解とする。すると書いた張本人の生徒から異議申し立てがくる。
「ちゃんと正解を書いたのに」と。悪びれる様子は微塵も感じられない。
むしろ「お前の眼球と脳みそは腐ってんのか?」とでも言いたげな侮蔑の視線を向けてくるので、実は何か間違っているのはこちらなのかも知れない、と段々思うようになっていき、ついには「今回はオマケで正解にするけど、今後はもっと丁寧な字を書くように心掛けて…」と呟くのが精々だったりする。
他にもテストの回答で「a」と「d」の字が全く区別できないふうに(あえて縦棒を微妙な長さで)書いてくる生徒がいて、何でそんな事をするのか不思議だっだが、どうもやってる本人にとっては大真面目(?)に「正解の可能性を僅かでも上昇させる作戦」なのだという事が判明した。
漢字の一画をわざと書いてから消しゴムでうっすらと消して書き、一画多いのが正解だった場合「ちゃんと書いている」、一画無いのが正解の場合は「ちゃんと消している」と言い張って何としても正解を奪取する作戦も流行していた。
「そのような、採点者の心証を悪くするような手段を駆使して、それで良い点が貰えると本気で思っているの?」とはっきり説教した事もある。しかし当の本人達の反応は「???」だった。本気で理解していない顔だった。
何だろう?これが「教育の敗北」という奴だろうか
画像のDLも禁止って、そもそもこの法律が作られる原因の海賊版サイト・海賊版ビジネスの存在が問題であって、音楽だの映像だの画像をDLした側を懲らしめても意味がねぇんだよ。海賊版を作るかどうかわからない人間ではなく、まずは実際に迷惑をかけている海賊版サイトとその元締めを潰すのが筋だろうがよ。
これ、大麻や銃器の単独所持を取り締まる一方でアウトローを取り締まらないのと一緒だよ。筋が通っていねぇんだよ。
スクショも禁止って、どんだけ非現実的なこと考えたんだよ。パソコンやスマホにスパイウェア潜らせるとか監視カメラのある建物以外で使わせないとかしないかぎり摘発しようがねぇじゃんか。
ところで、2012年に音楽と映像の違法DLが罰則付きで禁止されたけど、拘留所や裁判所のお世話になった人は何人いたと思う?たった1人だよ、1人。それも自首。
なぜか?権利者が怒らない(被害の申し立てをしない)とこの法律の機能が発動しないんだよ。もっというとそもそも単体では摘発できないし、違法DLといってもターゲットは海賊版だけに限らない。
簡単に言うと、ネットの知り合いの趣味動画や音楽がDLで拡散されたとして、DLされた側が怒らなければ意味がないということ。わかるか?
ネット上では、民事罰だけで対応できるとかいっているけど、激しく同意。そもそもなぜわざわざ刑事罰で処罰する意味がわからない。
「児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitterで実名発信すら行っている。
彼らの主張と、裁判所の認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。
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判 決
(第1,第2 省略)
第3 争点に対する判断
前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校に入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。
原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。
(甲4,75,原告Q1本人)
イ(ア)Q9の所属するクラスの担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったことから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。
Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分で学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。
原告らは,同月31日,本件小学校の担任教諭と保護者との間での連絡帳に,Q9から,先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言の真意の確認を求める旨の記載をした。
(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭の上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪を要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭の上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。
Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。
(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。
また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭が原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたことから原告Q2が殴った,私も人間だから感情的になると述べた。
原告Q1は,同月3日,本件小学校に架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。
(エ)Q12教諭は,同月4日,原告らから,本件小学校の教育方針等についての意見が記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭が居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。
その後,本件小学校のQ14校長,教務主任及び生徒指導主任が原告ら宅を訪れ,原告Q1から,学校で行う教育と家庭で行う教育の区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長がガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。
(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)
(2)本件一時保護に関する経緯
ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会(児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。
イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所に架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。
静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所等作成の家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事(ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告らからは,Q9が時間を守らないという理由で毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からはおもちゃのバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護が必要となる「AA」と判定された。
静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告らから殴られていることを認めたこと,本件小学校から,家庭訪問をした後も原告らからの虐待が継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護をしたことを告げた。
Q9は,同日,静岡市立静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成の診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。
静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護を委託した。
(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)
(3)本件一時保護開始後の経緯
ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰は虐待ではなく,親である原告らの意思を無視して本件一時保護を継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。
原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行が肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的な感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰は体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分の憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。
静岡市児童相談所のQ19主任主事(心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置の承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。
静岡市児童相談所のQ20所長は,上記の原告らの発言,心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力が継続される可能性が高く,Q9も帰宅を拒否していることから,児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置の承認を求める申立て(本件申立て)をした。
(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)
イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事(平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたものと判断していると説明したが,原告らは,「体罰と虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。
(甲9,10,乙ろ7の10)
ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所で面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から,虐待に及ばない体罰については容認されたものと解釈している,体罰を主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体を否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子どもに心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所からの原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。
静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記の提案として,Q9と原告らの家族再統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接を実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ちを確認し,写真やビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ちを確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望を確認し,児童相談所所員による家庭訪問を実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。
Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所で面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士が支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告を無視したものである,原告らは体罰をしているのであって虐待や暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。
Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所で面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所は原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである,静岡市児童相談所が原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。
(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)
エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。
静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。
(乙ろ1)
オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告を申し立てた旨伝えるとともに,親権を行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル,体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑
こんなんでいい? 急いでぱーっと書いたんで少し怪しいかもしれんが。
金曜日の午後11時38分、警察はウィンブルドン在住の27歳白人男性、マルコム・デイビッドソンを南瓜畑で逮捕した。デイビッドソンはわいせつ、公然わいせつ、公然の場における酩酊の各罪状で郡の裁判所に起訴される見通しである。
被疑者の供述によると、彼は南瓜畑に通りがかり、止まることにしたという。「えーと、南瓜って軟らかくって中身はぐじゅぐじゅしてるじゃないですか。それに、1マイル程の辺りには誰もいませんでした……少なくとも、私はそう思ってたんです」彼は郡裁判所の拘置所からの電話インタビューで述べた。
デイビッドソンは供述をこう続けた。彼は車を路肩に停め、彼がその目的に適切だと感じた南瓜を取って、それに穴を開け、彼が申し立てるところの「欲求」を満足させようとした。
「私はもうそれに夢中だったんです、ええ」彼は明らかに決まり悪そうにコメントした。デイビッドソンはどうやら、いつの間にか、ウィンブルドンの地方警察の車が近付いていたことにも、そして警官のブレンダ・テイラーが彼に近付いてくるまで、見られていたことにも気付かなかったらしい。
「それはありえない事態でした。はっきり言って」テイラー巡査は言った。「私はデイビッドソンのところに歩いていきましたが、彼は……ただただ南瓜相手に励んでいたんです」テイラーは、彼女がデイビッドソンに近付いたときに何が起きたかの説明を続けた。
「私は近付いて言いました。『すみませんが、あなた、御自分が今南瓜とヤってるってお分かりですか』彼は、あなたの御想像通り、無茶苦茶驚いて、そして私を目前に真っ直ぐ見て、言ったんです。『南瓜ですって? しまった……もう12時を過ぎてしまいましたか?』」
ってどれくらいいるのかな。
増田での個人への言及記事は本人が望まない限り規約違反であり、削除を申し立てれば当然その記事は削除されるし、悪質な場合は投稿者へのはてな利用停止措置もある。このことはそれなりに知られてきたんじゃないかなと思う。
規約違反のゴミ記事にどんどん削除申立てを行っていけば、将来にわたってゴミを増田から一掃できる(悪質な奴、くり返す奴は利用停止をくらうので)し、それはとりもなおさず新たな被害者の発生を防ぐということでもある。なので個人的には、言及された人にはとにかくどんどん削除を申し立ててほしいし、自分自身もどんどん削除を申し立てていくつもりでいる。
でも、普通の人は四六時中増田にはりついてるわけにもいかないので、言及されたことを把握するのはなかなか難しいんだよね。一昔前ならidコールとかで教えてくれる人もいたけど、これはもう廃止されてしまった。今でも個別のコメントページにブックマークするなどの方法で相手に通知を送るといったことはできるようだけど、やはり他人のコメントページに態々ブックマークというのは少々心理的なハードルが高い(遠慮してしまう)気がする。
別に削除申立てをするつもりがなくても、言及されたことは把握したいという人も多いと思うんだよ。そういう人も含めて、増田での言及を知りたい人同士で、言及されたことを教えあう仕組み。たとえばどこかの記事へのブックマークとか、それがまずけりゃコメント欄とかで、「自分は増田での言及を知りたい」ということを表明して、その表明者同士でさっき言ったコメントページへのブックマーク等の方法で教えあうみたいな。とにかく誰が「知りたい人」かを把握できるようにすることは欠かせないのかな。でも、具体的な手段としてはもっと良い方法がありそうな気もする。
妙案がある人、教えてください。
なお、はてな匿名ダイアリーの特性に鑑み、特定の人物への言及に対して、言及された当事者より削除の申立があった場合、原則として発信者への意見照会を経ずに削除を行います。
世相に言及する記事では、政治家、芸能人、スポーツ選手の名前が出てくる。
エンタメ作品の感想にも、その作者、スタッフの名前が出てくる。
それらの記事も、仮にそこで名前のあげられた当事者から申立があったら、削除対象にされてしまうんだろうか? それとも、ここでいう「当事者」とは、はてなユーザーに限るのだろうか?
今後、はてな匿名ダイアリーへの投稿について、「言及された当事者から削除の申し立てがあった場合、発信者への意見照会を経ずに削除を行う」というルールを設け、運用いたします*1。本ルールははてな匿名ダイアリーに限定した内容であり、はてなが提供する他のサービスには適用されません。
[中略]
はてなは、はてな匿名ダイアリーについて、投稿者が表示されず文責を問いにくいサービスであるという性質上、特定のユーザーや個人を批判・攻撃する文章を公開する目的での利用を適切とは考えておりません。特に、投稿者が表示されない状況を悪用し、言及された当事者が掲載を望まない内容を意図的に投稿する行為は、嫌がらせ、迷惑行為に該当すると判断して差し支えないものと考えます。
第一に、当事者からの申立だけを信じて、「嫌がらせ、迷惑行為」と結論するのはよくない。
もし増田が適切なやり方で批判を展開していたり、あきらかに敬意をもって引用をしている場合でも、その記事が削除対象になってしまう可能性がある。
第二に、匿名で「攻撃」することに正当性があるかどうかは、状況を見なければ判断できない。
例えばヘイトスピーチ、詐欺まがい、スパム行為をやっている悪質ブックマーカーを晒して、そいつを告発・非難するために増田を使うという場合が想定できる。このルールの下では、それもまた削除対象ということになる。
第三に、世間一般の感覚を言っておくと、はてなブックマークも、増田も、どちらも同じ匿名サービスだ。
頭のおかしい連中が匿名を盾にして暴れまわっているのは、目くそ鼻くそで大差がない。その点をわきまえずに、「俺はIDを公開しているから偉い。それに比べて増田は卑怯者だ」などと言ってみたところで、何になるだろう? そんなおかしい理屈は、はてな村の内部でしか通用しない。
「東京入管のやってきた極悪非道な行いに比べれば、落書きぐらいささいなことだ」
という書き込み一辺倒で、若干ひく。
本来であれば、行政機関が行った処分について不服があるのであれば、行政不服審査法に基づいて不服申し立てをしなければいけないけれど、
(それでも動いてくれるかどうかは、労基署の例もあるのでなんともいえないけれど)
移民当事者は日本語もろくに分からない状態で、ましてや日本の行政手続きなど知る由もない。
だけど、なんとかして自分の今の状況を訴えたい。となるとあれしかないという気持ちも分かる。
だけど入管側としては、きちんとした手続きを取っていないものは認められないという、お役所のセオリーでしか物事を考えていないわけで、
挙句の果てにあれを「落書き」呼ばわりしてしまうという、意識のすれ違いが生じている状態だと思う。
ただ、これだけネットの意見が一辺倒だと、日本のプロ市民の仕業かと思ってしまう。
日本のプロ市民があの落書きを行って、入管が構ってくれたのをいいことに一斉攻撃する。いつもの光景だ。
もしこれがアメリカ(トランプ政権)で行われていたらどうなっただろうか。
トラバがアホすぎる……話あえる時点で不幸にならないだろ。
・「自分が2人いればこうするのに」の理想と「これやれば運営が最低限回る」の最低実態は別。理想の方しかみえてないのが家庭を不幸にする女性の考え方
・文句言ってるけど、これマネジメント2人にしたら余計に揉めるやつでしょ。結局自分が2人欲しいとしか言ってないんだから。(仕事に置き換えてそれはありえない)
・家事は全体把握が重要なので、どうしたって「主たる担当者」がいるほうが効率的になるし、そこを主担当者×2にするには高度な業務定義と情報共有体制が必要。お気持ちだけでは実現できない。
必要なコミュニケーションをとることもせず相手の知らないところでストレスを貯めて、勝手なタイミングで爆発して家族全員を不幸にする生きる核地雷。
女性の側から離婚を申し立てるタイプは87%このタイプ。なお離婚が成功する割合は4割程度らしい。
(自主規制)
・ダメプロマネ感半端ねえ。自分で作業抱え込んで喚くプロマネっているよね。
・我が家では料理と洗濯は私の仕事(掃除と食器洗いは妻の仕事)なんだけど、もしどちらかかが「家事はフローだから云々」とか偉そうに言い出したら「じゃあお前が全部やれ」って話になると思うぞ。
・この手の「男はちょっと家事触った程度で知った風な顔するな」系の指摘、まあ分かるんだけど、結局「主婦は家に籠りきりだから社会の事を何も知らない」系のハラスメントのまんま裏返しでしか無いと思う。
このタイプは、人に任せられないし、人が自分よりできないことを許せないので、
ひたすら自分で仕事を抱え込んだ挙げ句、自分で仕事を取り上げたくせに夫が仕事をしないことを恨むという理不尽の塊。だいたいにして夫を見下して自尊心を傷つける。
・「「冷蔵庫の在庫把握」「メニュー決定」「買い出し」「数種類の献立思案」「冷蔵庫への格納」みたいなもの全部ひっくるめたのが家事」と「ゴルフ・飲み会・残業休出みたいなもの全部が仕事」の対戦結果が見たい
・「彼は良い夫にはまだまだ程遠い」と俺も読んでて感じたが「はいダメ、0点」と0点つけた時点でこの人も彼と同類だなと思いました。
女子校育ちや女性だけの人間関係が長すぎてそこからいきなり結婚するような女性が陥りがちなやつ。 このタイプは地雷というよりクレイモアなので、とにかく触れては駄目。反論も駄目。
夫がドMで奴隷志願者ならうまくいく可能性はある。 夫がドMであることを祈れ。
有能な妻の思考
家事ボード作ると楽だよ。マグネットで家事リスト作って、その日必要な家事だけホワイトボードに貼っておく。終わったらはがす。ボードに残ってることは手伝ってもらう。依頼の手間が減るだけでびっくりするほど楽
引き継ぎ資料 https://srdk.rakuten.jp/entry/2018/09/05/110000
イベントドリブン形式に変換 https://satoshi.blogs.com/life/2007/01/eventdriven.html
はじめに書いておくと、『日本国紀』がデタラメの塊なのはかれの書くノンフィクションがデタラメだらけなのを見ていれば容易に予想がつくことで、『日本国紀』がデタラメだというその結論に異議を申し立てるつもりは毛頭ない。あんなデタラメ本をわざわざ読み込んで批判されている識者の方々には心から敬意を表する。
だけど、ちょっと待ってほしい。参考文献がないという話だ。いや、参考文献が大事なのはわかる。研究書に参考文献がないのは論外だ。そして『日本国紀』にも参考文献が書かれていないということで、こんなん歴史書としてありえないとかさんざん言われている。『日本国紀』がクソなのはよくわかるのだが、参考文献リストがないからクソとか言われてしまうと非常に困惑する。
なぜなら、現に「参考文献が書かれてないけど、良い一般向けの歴史入門書」というものも存在しているからだ。
ぶっちゃけて言うと岩波新書で出た入門書の類である。中公新書や講談社現代新書は最近「もう選書でやれよ」と言いたくなるくらいに参考文献リストを充実させており最近だと本文中での典拠明示もバッチリやっていたりするが、岩波新書は参考文献を載せていない一般向けの歴史の本というものを継続的に現在に至るまで出し続けており、その内容がデタラメというならともかく出版から時間が経っても良質な入門書として評価され得るようなものだったりする。
百田を批判したいあまりに「参考文献がないなんてありえない!」と言われると、過去に岩波新書で出版され私を現在の研究分野に導いてくれた良書の数々が肩身の狭い思いをするので、もうちょっとこうなんというか、手心というか……。
参考文献は、当たり前だけどあった方がいいに決まっている。仮に知り合いが「これから一般書を書くんだけど、編集さんから参考文献は削ってって言われちゃった。どう思う?」って言い出したら「いや編集とバトルしてでも参考文献載せろよ」って言うだろう。だがもう出ちゃった本に対しては「良い本だけど、参考文献があればもっと良かった」としか言いようがなく、百田の本を叩きたいあまりに参考文献リストがないなんてありえないとか無価値だとかそんな言い方をされると、気持ちはわかるんですがそれはちょっと賛同できないっすね……とボソボソ呟くことしかできなくなってしまう感があり、あれだ、みんなもっと色んな本読もう……
本論とは違うが、ちょっとだけ言いたいこと。
参考文献は必要だが、「巻末参考文献リスト」はなくてもよい。あった方が便利なのは確かだが、本文中に典拠が明示されていれば、紙幅を気にして削ってしまってもよい。文系の場合、参考文献を示すのに色々な表記方法が有り得るが(MLA styleとか)、脚注に書誌情報を記すやり方もあり(具体的にはシカゴ・スタイル見てもらった方が早いか→ https://www.chicagomanualofstyle.org/tools_citationguide/citation-guide-1.html )、この方式の場合参考文献リストは「あれば便利」という位置づけに過ぎず「必須」ではない。いやもちろんあった方が便利ですよあった方が。でも脚注だけでも「典拠を示す」という最低限の役割を果たし得る以上、紙幅が足りないねじゃあどこ削るとなったときに真っ先に参考文献リストを削るだろうなと思う。別にこれは日本語圏のみのルールではなく、英文査読誌でも脚注で典拠を示させるスタイルの場合は参考文献リストをつけない場合が多いんじゃないかな(author-date方式の場合は当たり前だけど参考文献リストが絶対必要です)。たとえばこの雑誌→ https://www.tandfonline.com/action/authorSubmission?show=instructions&journalCode=fnep20 は脚注スタイルなので参考文献リストはつけません。甚だしい場合は書籍からも参考文献リストを抜くことがある。いやほんと参考文献リストをつけてほしいのだが、しかし出典表記の義務はきちんと果たしているので、問題は単に「チェックしづらい」というだけだ。なのでめんどくせーと思いながらも注を丹念に辿って出典チェックをしたものです。ちなみに日本で出た一般書の話ではなくハーバード大学出版会から出た英書の話なので誤解なきように。出典注とfurther readingはついてるけど引用文献リストはついてない、というのも見るな(MazowerのDark Continentとか)。
「巻末に参考文献リストを置いていない」ことと「いっさいの出典表示をしていない」は文系においてはまるっきり別の事柄であり、「参考文献がないのは駄目」という言説が後者の意味で言われているならいいのだが前者の意味で言われているのならそれは明白に間違いなので勉強し直してほしい。いやだって文系の研究書を乱読していれば絶対に「注で参考文献を表示しているけど、巻末に文献リストはない」本に一定数行き当たるでしょ……?(あー、社会学や文化人類学のばっかり読んでたらそういう本には当たらないかも。文学とか歴史学とかだと稀によくあるんだよなー)
あと、新書とかエンタメ路線に振った本とかで注がないのは許せるのだが、ほぼ研究書並の分厚い本を書いておいて注を省くのは本当にやめてほしい。自分の専門からは遠いから名指ししておくと最近出たやつだと『アイルランド革命1913-23』とか『ドイツ植民地研究』とかですね。新書とかは学識の折り詰めやエッセンスのようなものなので厳密な出典注を省いても別にいいというか対象読者が違うし……感もあるのだが、この厚みでこの内容で出典注ないのは勿体ないし価値を下げてしまっている。いやもちろん両方ともきちんと緻密な参考文献リストをつけてくれているのである程度は出典の見当がついたりするのだが、このボリューム、この内容で注なしは流石に……これなら、注をつけて文献リストを省いた方が100倍マシだと思う。だってどこを参照してるかわかんないじゃん……いちおう言っておくと英語圏でもこういう「なんで! この厚みで! この内容で! ちゃんと注をつけないの!」という本は存在するので日本の文系はガラパゴスだとかそういう話を始めないようにね。でも注を省いてこのお値段なら注をつけたらいったいおいくら万円になっちゃうの……? というのも一方で思ったりするので難しいところなんだよな。ただでさえ日本語でも英語でも学術書は高いのにねえ……
私がツイートしたことでバッシングのコメントがたくさんきた。私が言いたいことは、私はレイシストではない。人種差別には反対だ。もちろんすべての日本人が悪いわけではない。あんなことがあったけど、それでも私は日本を愛しているし、日本にこのまま住み続けたいと思っている。
世界のどんな国の社会でも問題は必ずある。でもその問題を改善し解決するかどうかが重要なのである。
私にとって今回の事件で一番問題だった事は、日本の警察が被害者に被害届を出させないように邪魔をしたことだ。日本は治安がいい国だといわれている。でも実は日本の警察は事件があったときに話はきいてくれるが被害届を出させないようにするし、被害届が出されないと犯罪件数にはカウントされないから日本は犯罪率が低いのだときいた。だから日本の実際の犯罪はもっと多いだろう。そのうえ警察は被害者に事件を告訴してもらいたくないと思っている。それは犯罪の申し立てがあって有罪判決が出ないと、警察署の成績が下がるからだそうだ。(※注:検挙率が警察署の成績になる)
みんなもっと困っている人にもっと手をさしのべてほしいと思う。私が痴漢を追いかけてつかまえて「痴漢です、痴漢です」と電車内で叫んだ時には、誰も助けてくれなかった。トラブルに巻き込まれたくないからだろう。私が痴漢からセクハラやストーカー的な行為を何十分も電車内で受け続けて困っていた時も、まわりの乗客は私達を見ていただけで何もしてくれなかった。
私は別の場所で別の日にも、知らない男がいきなり私の腕をつかんで私をどこかに連れて行こうとしたので「ノー、ストップ、助けて、やめて」などと日本語で叫んで助けをよんだのに、まわりの人は誰も助けてくれなかった。ただこっちを見てるだけで無視して歩き去っていったのだ。
もっと安全な国にするためには、誰かが困っていたら手をさしのべ、関わり合い、助け合うことが重要なのではないだろうか。
他の国、たとえば私の母国カナダでも、もちろん犯罪はある。犯罪はあるけど、まわりの人達がすすんで助けてくれる。もしいやがらせやセクハラ、痴漢、ハラスメント、人種差別の被害を受けている人を見たら、まわりが立ち向かって加害者に文句を言ってくれる。
日本人は無関心で対立を避けようとする人がけっこう多いと思う。でも虐待されたりハラスメントを受けている人を助けるために、かっとなったり、怒ったり、対立することは悪いことではないのだ。
多くの人は、自分には他人を助けることなんかできないと思ってるかもしれない。でもできる。あなたは人を助けることができるのだ。
そして、日本人にはたくさん親切な人がいる。私が痴漢被害にあって駅のホームで泣いていた時に、私に近づいてきてなぐさめてくれた日本人女性もいた。彼女は電車に乗ってなかったから痴漢被害については知らなかったのに。警察のうちの2人は私の言う事を信じてくれたし仕事もプロフェッショナルだった。事件についてツイートしたら、たくさんの日本人から優しいメッセージをもらった。
ただ一方で私のツイートに対してバッシングする内容のコメントも多数来ている。ヘイトや人種差別のレスをする人へ。人種差別をあおるのはやめてほしい。私は被害者なのにさらに傷つくし、それにそんなことをしても状況改善には役にたたない。レイシズムはただ人を傷つけるし有害なだけだ。