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はてなキーワード: 放送コードとは

2020-09-04

精神的に不健康作品コンテンツについて考えてみた

アブラハム・マズローの書いた『完全なる経営』(日本経済新聞出版 大川修二訳)という本を読んだ。

その中では、精神的に健康人間というものが語られている。平たく言うと、自己実現できる人のことだ。

自己実現とは、本に書いてあった内容によると、こんな感じの人だ。

・今の状況をありのままに捉え、不確実な状況でも耐えることができる

創造的やユーモアがある

自分自分に関わる人間幸福を願う

・夢中になれる物がある

自分能力を惜しげなく発揮している

この対極にあるものとして、精神的に不健康人間についても述べている。

本文の中で、精神的に健康人間と不健康人間が対比されている描写は以下の3つだ。

相当高い発達段階にいる人間は、破壊よりも創造を好むものだ。創造する喜びは破壊する喜びよりも大きい。

ただし、破壊する喜びは確かに存在するし、そのことは看過されるべきではない。とりわけ破壊から強い喜びを得るのは、発達段階の低い人間、つまり神経症患者、未熟な人間衝動コントロールできず無意識的に行動を起こす人間サイコパスなどである。 P.63

彼は予想外の事態に直面しても怖れる気配を見せない(強迫観念にとらわれた硬直した人間は、予想外のできごとを怖れる)。創造的な人間にとって、計画とは先に進む道を探すための足場以上のものではなく、それゆえ、後悔や不安をともなうことなく、やすやす放棄することができるのである。 P.319

どのレベル動機づけによって生きているかを判定するには、さまざまな方法がある。たとえば、どのようなユーモア面白いと感じるかによって判定するというのも、その一つだ。低いレベルで生きている人間は、敵意のこもった残酷ユーモア――老女が犬に噛まれる話や精神遅滞の子どもが他の子たちにいじめられる話など――を面白いと感じる傾向にある。リンカーンが示したようなユーモア――哲学的教育的なユーモア――は抱腹絶倒するような類のものではなく、むしろ微笑を誘うものであるが、これには敵意や征服といった意味合いがまったく込められていない。このようなレベルの高いユーモアは、低次の欲求レベルにとどまる人間からは、まったく理解されないものである。 P.367

この3つの中で、一番下が気になった。

精神的に不健康人間は、残酷作品が好きらしい。

それって、どんなコンテンツだろうか?自分もこれまでに楽しんだことがあるのだろうか?

気になって考えてみた。

以下は、私の主観で選んだ『精神的に不健康人間が好きなコンテンツ』だ。

あなたが好きな作品があったらごめんなさい。



漫画

1980年代後半~1990年代前半までのCLAMP作品

 この頃のCLAMPトンガっていた。今の作風からは信じられないほど『精神的に不健康コンテンツ』だったといえる。個別作品ネタバレはしないので安心してほしい。

 人間の手足が千切れる、〇〇の頭部をもぎとって〇〇に見せる、これまで信頼していた人が裏切って主人公ボコボコにして作品完結だったり、自分部族が皆殺しになるのを割と涼しい顔で眺めている〇〇がいたりと、今に比べれば殺伐とした作風だった。(※もちろん例外はある。「CLAMP学園探偵団」「20面相におねがい!!」「学園特警デュカリオン」など)

 このような作品商業誌で描くということは、当時のCLAMP精神的に不健康人間の集まりだったのか?と私は思った。

 そのとおりだと思う。

 CLAMPに関する情報を集めれば集めるほど確信を深めるようになった。どんな情報を集めたかは言わない。彼女達の名誉を傷つけるおそれがあるからだ。あの〇〇〇〇〇〇を作った奴はどこのどいつだろう。訴えられればいいのに。

 CLAMPが今のように精神的に健康コンテンツを作るようになった境は、『魔法騎士レイアース』『カードキャプターさくら』の辺りだと思う。

 この頃からCLAMP作風が急に丸くなる。魔法騎士レイアースシリアスな場面が多いが、これまでの作品に比べれば緩い。ギャグも多いし、家族同士の愛情恋愛もしっかり描いている。

 ※もちろん今でも殺伐とした物語を描くことはある。BLOOD-Cが好例だ。

 作品内容がジェノサイドな方向に行ってしまうというのは、何もCLAMPに限ったことではない。他の有名漫画家にしてもそうだ。それは雁屋哲だったり、板垣恵介だったり――眉月じゅんのような若い作家でもそうだ。

 初期の作品というのは、どうしてもそういう方向になってしまう。それは、自分がこれまでに受けた苦しみや、社会への恨みや、一発当ててやるといった決意がそうさせるのだろう。

 漫画家として食っていける人間というのは、若いうちは苦労しがちだ。サラリーマンに適合するタイプ人間ではないので、学校で仲間外れにされたり、いじめられたり、日陰の存在になりがちだ。

 そんな環境の中で作品を描く力を磨き上げた人間というのは、自分を虐げてきた社会に対する不満を創作活動を通してブチまけてしまうのかもしれない。

 あくまで推論に過ぎない。デビュー作品も、今の作品殺伐とした雰囲気が少ない作家もいる。大御所だと高橋留美子だ。あの人の作品は、初期の物も今の物も人間愛に溢れている。

 一般的には、一山当てて名前が売れたり裕福になったりすると、作品内のグロテスクな傾向は薄まっていく。

 精神的に不健康状態から精神的に健康状態になるのだ。

 名前が売れると承認欲求が満たされるし、印税が入って裕福になれば、食事旅行ファッションに、いろいろと楽しみ放題だ。

 「恒産無き者は恒心無し」という故事があるが、まさにこれを地で行くのが人間の性だと思う。

 以上は、ほとんどの創作者に当てはまる傾向だ。若い頃に殺伐辛辣ジェノサイドを描いていた人が、有名になるにつれて人間同士の繋がりを大切にした作風に変化していく。

アカメが斬る!

 ここでは個別具体的な作品を扱う。ネタバレはしないが作品の感じは伝わってしまうだろう。

 2010年から月刊誌で連載が始まった作品で、2014年アニメ化された。原作タカヒロだ。

 この物語のいったいどこが『精神的に不健康』なのかというと、

グロテスクなシーンがよくある。身体の欠損や理不尽な死は基本。

②読者に残虐なシーンを読んでもらうことを目的とした話がある。特別編の3人娘など。

グロ以外にも人権を軽んじる描写多数(特に女性田舎者に厳しい世界だ)

 こちらのタカヒロ氏は、ほかに勇者であるシリーズex結城友奈は勇者である)を手掛けている。この作品も、真面目でいたいけな少女を痛ぶることで読者や視聴者プレイヤーを楽しませることを目的ひとつとしている。

 人は、一体なにが原因でこのようなコンテンツを考えつくのか?

 ストレスにほかならない。生きていることが苦しかったり、面倒くさかったり、人が憎いと思ったり――そんな観念が繰り返し脳裏に浮かぶ度に、その邪悪な何かを外に出そうとする。あるいは、他者を自らの仲間にしようとする。

 タカヒロ氏のインタビュー記事可能な限り読ませてもらった。記事内では、常識的言葉作品をPRしているように思える。しかし、毒がある。不満であるとは言明しないものの、コンテンツに関する何かに対して、さりげなく毒を吐いている。

 さりげないから目立たないだけで、さりげなくない表現を使うとコンテンツ関係者ケンカを売っていることになる。そんなインタビューひとつ以上あった。

 精神的に不健康コンテンツを作るのは悪いことではない。それが面白いという人がいる限り、価値あるものだ。

 私も昔は、そういうコンテンツが好きだったと思う。でも、大人になるにつれて、社会で果たす責任が大きくなっていくにつれて、精神的に不健康コンテンツよりも、心を健康してくれる、浄化してくれるコンテンツが好きになっていった。(一例として、のんのんびよりニコニコ動画再生数を見てもらえれば、私の言っていることが伝わると思う。ニコ動で一番売れている有料アニメだ。あれから一時的無料期間があったので今は判然としないが、当時は少なくとも1話あたり3000再生は売れていた)

ゆっくり虐待

 精神的に不健康コンテンツの最たるものだ。

 2010年代の前半辺りが最盛期だったと思う。当時は、ふたばチャンネルニコニコ大百科pixivなどにゆ虐のイラスト漫画を上げる絵師がいたり、ゆっくり虐待小説を専門に投稿する掲示板があった。

 このコンテンツにおいて示唆されている行為は何なのか?ゆ虐の作品を何度も覗いたことのある方ならお気づきだろう。

 人間虐待だ。

 ゆっくりというのは、愚かな人間メタファーだ。そのメタファーを痛めつけたり殺したり、漫画という形で傍目から眺めることで精神的に不健康人間欲求を満たしている。

 精神的に不健康人間はこういったコンテンツを好む。一言でいえば、人権侵害をテーマにした作品や論評や意見を好む。

 同じ時代でいうと、mixiニュース引用日記だ。ニュース引用して記事を書くことができ、投稿すると下にある引用記事一覧に載る。

 今は廃れた光景だが、障がい者生活保護受給者ホームレスタクシー運転手教師公務員などを扱った内容がmixiニュースで取り上げられる度に、心無い誹謗中傷を述べた日記投稿するのを楽しみとする人たちがいた。

 障がい者事件を起こすと「殺処分せよ」、生活保護受給者不正問題になると「貧乏人は死ね」、タクシー運転手が客とトラブルになると「タクシー運転手社会の最底辺」など、差別の例としては完成され尽くした日記投稿する層が一定数いた(しかも彼らは連帯を組んでいる。反論コメント徒党を組んで煽ったり馬鹿にすることで潰す)。

 一番ひどい例だと、東日本大震災が起こった際に、携帯電話絵文字津波に流される人々をアスキーアート風に表現した日記投稿する人がいた。その人自身も、心に問題を抱えているように思える文調だった。

 mixi運営も、一定数の通報が集まるとそういう日記を削除し、ユーザーアカウントも凍結していたようだが、さほどの効果はなかった。

 こうした人権侵害を行う人に共通しているのは、「社会に恨みを持っている」ことだ。

 私が観察したところ、上記mixi日記の数名の投稿者は以下のような環境にあった。

・幼少期に親から虐待を受けている

・夢に破れて外国から帰ってサラリーマンをしている

いい大学を出ていい会社に入ったものの、嫁が公然浮気をしていて、でも子どもいるか離婚できないという葛藤を抱えている

 とにかく強いストレスに晒されている人たちだった。



アニメ

・該当する作品について

 公衆放送アニメでは該当がひとつもない。

 ※後日追記 強いていえばBLOOD-Cだが、あれはどちらかというとシュールギャグアニメなのでは・・・?という印象がある。

 なぜかといえば、公衆放送なので当たり前なのだが、人権侵害コンテンツなど流せるはずがないからだ。

 上記で挙げたアカメが斬る!についても、だいぶマイルドになっている。

 アニメ企画する会社や、アニメ制作スタッフらが自主判断グロシーンをマイルドにしたり、描写自体をなくしている。

 あの3人娘は死なない。むしろ最終回生存描写がある。この改変には痺れた。原作者が精神的に不健康人間であっても、スタッフには良心があったのだ。

 CLAMP作品もそうだ。初期の作品である『X』には、地震ビルなどが倒壊し、多くの人が犠牲になるシーンが幾つかある。グロシーンも多数だ。

 こういう描写問題になり、漫画版のXは最終回を迎える前に編集から強制ストップがかかった(もちろんCLAMPは続けたかったらしい)。

 アニメ版はだいぶマイルド描写になっている。残酷なシーンはあるが、気持ち悪さを感じるほどではない。放送コードの力は偉大だ。

 ※劇場版は見ない方がいい。比較にならないほどグロいので。

 昔のアニメだが、まだ配信されている。興味のある方はぜひ。

 今回はこれくらいで。

 需要があるようであれば続きを書きます

 小説編と、ゲーム編と、あと何かを予定している。

2020-08-09

人型ロボットエントリに対して書くの忘れてたけど

あれって人体に模したロボットからという体で

頭とか腕とかもいだり

パーツ破壊や分離の描写が堂々とできるってのもあるんだよな

エヴァとかでも顕著だけど

生身の人体でやると放送コードにきびしいことでもロボットなら表現できる

2019-06-22

anond:20190622113500

糖尿病注射ことならあるけど

注射のシーンって放送コードひっかかるんじゃなかったっけ

そんで飲み薬改変されることが多いと思う

 

あと極端な高血圧とかかね

2019-03-30

左翼ガンダムは嫌い。ボトムズが好き。

anond:20190328203817

ガンダム戦争軍人を美化して描いている

放送コードに触れなそうな部分すら汚いところを書いてない

2019-01-14

バーチャルさんはみている」への恨み節

TVアニメバーチャルさんはみている」観ました。

これをドワンゴが出してしまったのか、というのが正直な感想です。

このタイミング番組をやりたいのはわかるけど、よりによってこんな

「素材の良さの皆殺し」

「適材不適所」

VTuberの事をよく知らない奴が適当ディレクションして事故ったような番組

しか言いようのないクソコンテンツを、

バーチャルキャストニコニ立体を擁し、VRMに参画しているドワンゴが繰り出したことについて、

失望絶望を禁じ得ない。

そもそも人選が間違っている

演技に向いていないメンツを選んでいる時点で勝負は決まっているとも言える。

中身がプロ声優ならなんとかなったかもしれないが、

そうでもない素人上がりのVTuber大根演技を見せてどうしろというのか。

だいたいVTuberの人気というのは「素人臭さ」も要素の一つである

AKBを始めとした近代アイドルが「会いに行けるアイドル」「クラスで3番めぐらいに可愛い娘を集める」等、

高嶺の花・雲の上の偶像としてのアイドルではなく身近さをウリにしてウケたのもそうで、

ニコニコ放送生主ゲーム実況者、更にYoutuberVTuberと、

ネット上で人気になる人々の中には、まず素人上がりの身近さが親しみやすさとなってファンを呼べた者が多い。

よく考えてみてほしい。

タレントアニメ声優として参加すると大抵は棒演技になってしまうだろう(羽賀研二などの極端な例は別として)し、

アイドルドラマに出ると演技力の差が大きく出てしまうことも珍しくはない。

素人上がりであれば、更にテレビに出せるレベル演技力にはたどり着きづらいだろう。

そんなこと、実写やアニメだったらすぐわかる話なのにVTuberだと分からなくなってしまうのだろうか?

Youtubeならではの長所を捨てたら致命傷だったでござる

更に、VTuberによっては、放送コード権利上の制約によって長所を奪われている。

ゲーム実況がウリであるはずのゲーム部の面々や猫宮ひなたはゲーム以外のことをやらされてズタボロな内容になっているし、

下ネタが封じられたミライアカリ狂気を封じられたシロも中途半端な内容しか出来ていない。

「このVTuberそもそも何故人気になったのか」

それを理解できている人間ディレクションしていれば、こんなアホみたいな使い方は発生しない。

ドワンゴにはそれを追えている人が確実にいるはずだし、それを追えるだけのデータベースはあったはずだ。

宝の持ち腐れである

ドワンゴの連中はポプテピピックについて誤解してるんじゃないのか

シュール枠を狙っている感じといい、短編をいくつも用意して放送していくスタイルといい、

多分作ってる連中の中では「ポプテピピック」のようなイメージで作ったし観てほしい、と思ってるんだろうけど、

おこがましいにも程があるレベルだ。本気でそう思ってるやつがドワンゴ内部にいるなら自分センスの無さを自覚して業界から去ってほしい。

ポプテピピックは元々の作品シュールギャグであり、それを凄腕の連中が集まって本気でバカをやったからああなったのであって、

シュールで売ってるわけでもなく、演技もマトモにできない奴を集めて学芸会みたいな内容をやり、

背景アセットもAssetStoreで25ドルで買えるレベルのもの適当に並べ、

Unityで出力してはいおしまい、でポプテピピックを目指したとか冗談もいい加減にしておけと言いたい。

半端者がシュールギャグをやろうとしたら、真面目に真面目なものを作ったときよりず~っと痛々しいからな。

よりによってドワンゴが出しちゃだめでしょ

最後に、やはり一番ショックだったのはコレを出したのがドワンゴだったこである

お前らニコニコ歴史を一番良くわかってるだろ。

どんなコンテンツがどう人気になったとか、ニコ生の歴史とか。

それで今回のVTuberブームにも上手に乗っかってバーチャルキャストリリースしたり、

VRMフォーマットにも参画したりして良い位置を取ってるじゃん。

それなのに、どうしてこんな「よくわかってないミーハーが作ったようなゴミ番組」を作れちゃうわけ?

そもそもこういうスタイル番組VTuberで作るべきではなかった。

VTuberバーチャルキャラクターという新しい領域で展開されるコンテンツたちが増えているタイミングで、

わざわざ旧世代フォーマットダウングレードしたモノを作って、そこに上位VTuberたちを詰め込む必要がどこにあったのか。

(確かに人選を見ると大人の事情は感じるけどさ)

今となっては、キズナアイが出演しない理由もよく分かるものだ。

やはりキズナアイ運営は有能だと思うし、これがキズナアイとそれ以外との間にある超えられない差なのかもしれない。

2018-10-11

anond:20181011114758

SUITSをあっさり台無しにした日本放送コードじゃアニメだろうがドラマだろうが無理なのでは?

麻薬ばさ~~が最初の見せ場なのにあのざまだし

2018-10-08

やっと分かった

キズナアイというかずっとこの手の萌え絵話題があがる度に、なぜここまで噛み合わないのか疑問だったんだけど、単純に基準軸が違うんだな。


例えば母親風呂上がりにすっぽんぽんリビングをうろついているからといって、「うちの母親エロすぎやべぇ」なんていう男はいないと思う。そんなことに欲情していたら本当にやばい

逆にAVなんかでもよくあるような着衣のお姉さんがエッチしたくてしたくて我慢できなくて誘ってくるような、パンツの上からちんこさすってくるような時は、女に肌の露出が一切なくてもエロい。とてもエロい。

前者と後者で言えば、どっちがちんこ勃つかと聞かれたら間違いなく後者なんだけど、放送コードなどで引っかかるのは前者。

フェミ後者と地続きだからということで萌え絵いちゃもんつけるが、オタは前者とくらべて服を着てるしなにが問題なのかという立場

思春期を過ぎた大人の男ってのは、露出の多い服装水着の女をみても、自分好意を寄せてない、この女とこのあとワンちゃんいけるんじゃね?って感じがしない女にはちんこ勃たないし、性欲スイッチも入らないけど、オタ側のブコメを見る限り彼らはそうではなさそうだ。じゃなきゃブルカなんて単語は出てこないし。まぁレイプ魔よりの人間だったらちんこ勃つかもしれないけどな。

前者に関しては実際に規制があるけど、自主規制必要なのは後者


まぁ知らんけど。

2018-09-26

anond:20180923075924

ゾーニングをやろうと思ったら放送コード的な機械的処理しかいまのところ無理なんだけど、

そこをリベラルさんは人治主義で軽々と飛び越えようとするあたりすげぇなと思う。

2018-09-20

anond:20180920144119

まず、性の商品化は、性交渉を望まない人が巻き込まれ被害を被る恐れがあるから規制されないといけないという話から

悪人のせいで善人が規制される」話になり、そこで、車だの包丁かに話を逸らしたのはそちらでは?

そうだ。車だの包丁だのも同様の理由規制されうるが、実際には違う。

それぞれ「お気持ち」でもない合理的理由があるわけだが。

しかも車も包丁全面禁止はされてない。「性の商品化」だけお気持ち主義者の手による規制を受けるいわれはない。

ていうか、性表現においても、たとえば、風俗店学校の近くでは営業できないとかい条例とか法律での規制もあれば、

全年齢向けメディアには性的広告は出さないとか、いわゆる放送コードとか、そういうい業界企業自主規制もすでにある。

書籍の表紙の内容やそれを平積みにするかどうかという判断についても、出版社書店現場では、ある程度の自主規制が働いてたと思うよ。                                                        

それは「性表現」と法や条例定義されてる内容の話。

ラノベ表紙はそれらの自主規制を踏まえたうえで回避した基準しかも売り場は独立している。

その自主規制に踏み込んで来たのがお気持ち主義者



そんな上で、昨今のラノベ表紙は子ども向けであるにもかかわらず、いわば野放し、エスカレートしているという話だと思うので、規制の良し悪し、規制あるかないかって話からはすでに最初からそれてるよね。

1.ラノベは「子ども向け」ではない

2.ラノベ乳首性器露出をしないなどの自主規制範囲内で書かれており、エスカレートしていない。

3.にもかかわらず「エスカレート」と言っているのはあなた感想ですよね?

2018-09-07

エロを「よくないもの」と思うから不快感を覚える奴がいる。

もっとおおっぴらにすればいい。

放送コードモザイクもいらない。むしろなぜ「わいせつ」という主観的基準事実上検閲が行われてたのか本当に謎。

2018-09-02

anond:20180902131400

話がちょっと逸れるのだが、昭和時代海外海外というかアメリカヨーロッパ白人社会)への憧れは確かに強烈にあった。しかしそれは作られたものだったと今になって思う。多分戦後処理の一環で、白人社会キリスト教文化などに反感を持たないよう(憧れを抱くよう)操作された結果だったように思う。昭和ワイドショーなんてそれはそれは酷いものだった。白人を持ち上げて日本卑下する、そういう放送コード存在したんじゃないかと思うほど。

2018-04-27

アマプラNetflixオリジナルって『良作』止まりなんだよな

アマプラNetflixオリジナル作品には例外なく『名作』が存在しない。

凡作や良作の山だって、暇を潰せないわけではない。

でも『名作』が生まれるのはいだって大手週間連載誌や、テレビや、スクリーン上の映画の中だ。

業界のお偉いさんは言う「Netflix放送コード大衆に左右されない"尖った"作品を作ることができる。」

"尖ってない"作品はなんだかんだ優れてるってことだよなぁ。

2017-11-14

anond:20171114122731

見てないので話聞いただけだけど。HIKAKIN氏は地上波テレビ以上の放送コード自分に課して、極度に乱暴な事とか悪い言葉とかを殆ど使わないので、地上波テレビ見せるより安心だと、親から聞いた事がある。

2016-09-06

チンドン屋ちんどん屋放送禁止用語差別用語なのか?

チンドン屋」と聞くと、

「あーほ、ばーか、ちんどんや!」

っていう言葉を思い出しますよね。

これって使っちゃいけない言葉なんでしょうか?

となると、実際にチンドン屋さんを見かけた時になんと呼べばいいのでしょう?

また、放送禁止用語だという話も聞きます

よくわからなかったので、ちょっと調べてみました。

要約

1)民放連側のに職業差別条項があるのみで、NHKでは問題ない。

そのなかでも、

2)「チンドン屋さん」「ちんどん屋さん」ならば問題ない。

3)自らの職業を紹介する際に「チンドン屋」というのは問題ない。(ex.百姓)

4)「誰々はチンドン屋だ」「何々はちんどん屋みたいだ」のような表現は、職業差別的発現と捉えられるので要注意。

5)「あなた職業ちんどん屋です。」「村杉進(職業チンドン屋)」のような表現は、民放連解釈だと、職業差別に当たるとし使わないように推奨されている。

6)「チンドン」「ちんどん」は楽器現象を指すものであり、この問題とは関係がない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

1)そもそも放送禁止用語とは?

じつは法律はないのでそのもの犯罪ではありません。あるのは各放送局放送団体自主規制のために作った番組制作ガイドライン(通称放送コード)だけです。なので、日本にはNHKのものと、民放連のものと2つ存在します。これを元に放送制作している人たちが、「不適切だ」と判断した言葉が積み重なったものが、いま一般的にいわれている「放送禁止用語」のようです。そのため、この言葉ダメというのは明文化されておらず、過去経験上「不適切」と処理されることの多い言葉「ピー」事務的に消しているというのが実情のようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E9%80%81%E7%A6%81%E6%AD%A2%E7%94%A8%E8%AA%9E

2)「チンドン屋さん」「ちんどん屋さん」ならば問題ない。

チンドン屋」という表現が「不適切」と判断される場合は、それが「職業差別」的な意図がある、もしくは、そう解釈もできる場合です。

なので、手っ取り早い回避策としては、「チンドン屋さん」という表現を使うことです。これは、「チンドン屋さん」は「愛称」なので言葉のものに悪意は含まれていません。よっぽど悪意に満ちた使い方をしないかぎり(笑)

3)自らの職業を紹介する際に「チンドン屋」というのは問題ない。(ex.百姓)

また、「チンドン屋」は職業業態を指す言葉なので、使い方によっては「不適切」になります。たとえば、自分自身職業を紹介するために「私はチンドン屋です」という表現は何の問題もありません、差別にはならないので。

(私は百姓です。という言葉放送上でも、よく使用されているようです。)

4)「誰々はチンドン屋だ」「何々はちんどん屋みたいだ」のような表現は、職業差別的発現と捉えられるので要注意。

ただ、「〜〜〜は、チンドン屋だ」「〜〜〜は、ちんどん屋のようだ」のような表現には気をつけましょう。そこに悪意があれば「チンドン屋=悪いものの例」として使っていることになり、「チンドン屋に対する職業差別」が発生しますので「不適切」です。

5)「あなた職業ちんどん屋です。」「村杉進(職業チンドン屋)」のような表現は、民放連解釈だと、職業差別に当たるとし使わないように推奨されている。

問題は、「あなた職業ちんどん屋です。」「村杉進(職業チンドン屋)」などの場合です。おそらくそ表現をしている方には悪意はないのでしょうが、「チンドン屋」「八百屋」など「〜〜屋」という職業呼称歴史上、悪意を持って使っている時代があり、その悪意を受け取る側が感じる場合があるので、難しいところです。なので、その場合は「チンドン屋さん」「八百屋さん」と言葉を置き換えることによって回避しましょう。

6)「チンドン」「ちんどん」は楽器現象を指すものであり、この問題とは関係がない。

一般的には、楽器音楽現象を指す言葉や擬音として使用されるものなので、問題はありません。ただし、「チンドン屋」「ちんどん屋」の略語として使用される場合もあります。その際には「チンドン屋」「ちんどん屋」と同じ扱いを受けるので、注意が必要です。

以上、ご参考になりましたでしょうか?

とりあえず言えることは、「さん」をつければ万事OKということです。

街で見かけたら、「チンドン屋さ〜ん!」と声をかけてみるといいかもしれません、きっといい笑顔で応えてくれると思います

☆参考リンク

懐かしくて面白い2016年チンドン屋さんまとめ - NAVER まとめ

http://matome.naver.jp/odai/2145402704212314401

東京近郊チンドン屋さん出没情報

https://twitter.com/chindon_info

2015-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20151227003309

カジノ」ってのは低所得者には無縁の金持ちの娯楽だから

朝っぱらから開店前のパチンコ屋に並んでるようなのがラスベガスきらびやかカジノをうろついてる状況を想像してみ

あと西欧文化として未成年者の賭博にはめちゃくちゃ厳しい

海外ドラマなんかでも、子供ドラッグに手を出すシーンはあっても、子供ギャンブルで小銭を稼ぐシーンは殆どないだろ

あれは向こうの放送コード児童ポルノ並みに規制されてるからだよ

2009-10-28

twitterエロい女に群がっている奴らが気持ち悪い

最近、自称エロ女を語っている女性が増えてきた気がする。

わざわざ画像放送コードギリギリくらいの画像にして、男を煽っている。

ま、それは別に問題ではなく放置しておけばいいのだが…

 

そのエロ女を調子に乗らせる群がる男どもが気持ち悪い。

 

エロ会話でノリノリになるのもわかるが、(自分も好きなほうだけど)

エロチャットのをオープンでやっているのはどうかと思う。

恥ずかしくないのかな?いくら匿名性が高いって言っても…

その男性をフォローしている人は、どう思うんだろうね。

はっきり言ってウザイ/キモイって思っている人が大半なのでは?

 

エロの会話は止まらないから、どーでもいいエロチャットが延々と続いていて、

TLを埋められるのは、なんかやるせない感じ。

キャバじゃねーんだから…

 

ま、どこのコミュニティサイトでも同じ現象はおこるけどねw

2008-01-02

小島とニーチェ

諸君、私は小島よしおが嫌いである。

放送コードギリギリの挙動不審さで蠢く彼を見ていると、その無駄についてる筋肉を本物の熱湯で湯通しして、丁寧にむしり取ってどこぞの犬にでもあげたい衝動にかられる。

しかしながら、そんな私の思いとは別に、テレビで彼を見ない日はなく、「そんなの関係ねぇ」はついに流行語大賞を受賞してしまった。

世を構成する様々な「関係=リレーションシップ」を一刀両断で全否定するこの言葉は、一見切れ味が鋭く心地よい錯覚を覚えるものであるが、

その反面「神は死んだ」と高らかにニヒリズムを宣言することで19世紀という繁栄と安定の時代の終焉の到来を告げたニーチェの混乱を、

この21世紀に繰返す恐れのあるものである。

私は、この言葉の蔓延がもたらす未曾有のカタルシスに恐怖を覚え、小島本人への接触を試みた。

私「どうも。」

小島「ういー。」

私「彼方は、物事と物事の間の関係をことごとく否定して回っています。」

小「そんなの関係ねぇ。」

私「よろしい。例えば彼方が履いているその海パンですが、その海パンメーカーとあなたに関係があるのは流石に認めるところでしょう。」

小「そんなの関係ねぇ。」

私「その海パンメーカーには沢山の人が働いていて、糸一本紡ぐのに石油の精製から海パンへの縫製まで、数多の人が関わり、

  そして誰かが店舗に運んで、誰かが店舗に陳列したものを彼方が手にとって履いてる訳です。」

小「そんなの関係ねぇ

私「私は、寧ろこの世の全ての物事には何らかの関係があるのではないか、とすら思っています。」

小「そんなの関係ねぇ。」

私「そして、其れが関係のないものと思えるのなら、そう思うほうが無知なのだととも。」

小「はい、おっぱっぴー。」

私「その『おっぱっぴー』ですら、私は彼方と何らかの関係がある言葉だと思っているのです。

  例えば、何故『おっぱっぺー』ではなかったのか、『おっぱっぷー』ではいけないのか。

  もっとも、彼方は此れを「オーシャン・パシフィックピース」の略だ、としています。

小「はい、おっぱっぴー。(白目を剥きながら)」

私「此れが英語として完全に間違いだということは今更指摘をすることもないと思うのですが、

  彼方は意味のない言葉として此れを使用しています。」

小「はい、おっぱっぴー。」

私「私は残念でならない。何故、其処で『おっぱい』だと云わないのか、と。

  急場しのぎの意味不明英語で取り繕うのかと。

  森羅万象を『そんなの関係ねぇ』と言い切るのであれば、何故其れを無意味混沌である現実に耐えつつ、

  自らが現実の新しい意味であろうとする真に自由にして批判的な精神へと昇華していかないのかと。」

小「うぇーい」

私「うぇーい」

と云うことで、小島本人との接触を試みたが全く接点を持たないまま物別れに終わってしまった。

結局、関係という糸で繋いだ服は、裸の王様には見えないのであろう。

私は「イ」の字になって踊り狂う小島を残し、静かに冬の街を後にした。

 
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