「一休宗純」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 一休宗純とは

2017-11-19

anond:20171119083537

んな物仏教や禅あたりで、よく取り上げられてますがな。

と言っても、葬式仏教徒化したお寺では教えてもらえないが、書物としてはきちんと伝わってる。

ただ、一般化と検証が取り上げられてないか欧米でも宗教担当だ。

人間とは、生きる意味は→「世の中は、起きて稼いで食って寝て、あとは死ぬのを待つばかりなり」(それ以外は些細なこと)

幸福とは→「貪瞋痴(怒り、迷い、欲望)にとらわれている時が地獄なり、それを滅した時が浄土なり」

(双方一休宗純

欧米でも神との契約と、来世がどうのこうのだろ?

あと、イノベーションが起きないのはこの30年ほどの、新自由主義による金回りと景気を悪く、設備投資をしなくなった失われた30年。

ケインズ主義時代日本では日本初のイノベーションバンバン起きていた。1980年代末は一人あたり国民総生産世界一位で、

資本主義陣営社会陣営双方から日本は最も成功した資本主義」「日本は最も成功した社会主義」と言われた時代

新自由主義で金回りを悪くしたのが悪い。

最近イノベーションごっこも、金をださんのに、発想「だけで」なにかいものを作れないという悪あがきに見えるのはそう。

実際イノベーションが起きてるアメリカ金もだいぶ動いている。

2017-11-10

anond:20171110192153

一休宗純

美人陰有水仙花

楚台応望更応攀

半夜玉床愁夢顔

花綻一茎梅樹下

凌波仙子繞腰間

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170814222506

これで相手が最低の男だったらえ?と思ったんですけど、まともそうな人でよかった。

親に決められた人生というのに不満を抱くかもしれないけど、結果オーライという言葉もありますし。

「貪瞋癡(貪り、怒り、迷い)に満たされた状態地獄である、それがない状態浄土である

「起きて稼いで食って寝て、あとは死ぬのは待つばかり(逆に言えば、それ以外の苦しみなんて些細なこと)」

一休宗純

2016-12-31

それでも年は明ける

我が家のお正月が縮小している。

実家で作られるおせち料理は、年々少なくなっている。少なくなるのが分かるたびに、この家で成長してきた年月と、経過した時間の長きこと、そしてそれらに反比例するかのように、この家族構成でいられる残り時間の少ないことを思い知ることとなり、いささか悲しいのも事実ではある。やんぬる哉。

もう戻らない時間記憶に思いを馳せるよりも、これからやってくる時間に対して思案を巡らせばいい、という人もいるにはいるが…僕にとってこれは、簡単なことではない。なぜなら、私は、確実に、未来永劫これだけは信じることが出来るという存在を持っていないからだ。こんな人は、多くはないけども、少なくもないと思う。

3.11以降、僕は、直感以外の信仰を失った。人様は皆僕に良くしてくれるという、他人に対する信仰。これからやってくる明るい未来に対する信仰原子力発電所安全安価エネルギーだという信仰日本は発展していくという信仰、そして、自分自身可能性への信仰

世間知らずの高校生が、勉強もせずに怠けているばかりで生きていけるほど、進学校は甘くはない。それまで抱いていた自分に対する多能感は完膚なきまでに打ち砕かれ、悩み苦しむそのさなかに、かの巨大地震が起こった。

日本テレビの中継で、水素爆発を起こしたフクイチの建屋が映る。親父は呟く。「これは、やべえな」と。日本はここで一度、死ぬのかもしれない。ただし当時のトレンドは、「日本死ね」ではなく「枝野寝ろ」だったり、「ポポポポーン」だったりした。

室町時代僧侶一休宗純は、元旦にはドクロを先端に付けた錫杖を手に、「御用心、御用心」と言いながら京の町を歩いたという。祝賀ムードに水を差すような行いではあるが、生と死、破壊再生は表裏一体と考えると、わずかに彼の行いの意味理解できるレベルに落ちて来よう(枝野のくだりなどはこれの逆バージョンだったのだろうか)。

大学へ進学しても無気力は変わらなかった。テストレポートを何とか切り抜け、仕送りのみで生きる生活。友人は少ない。

ひとつだけ、かねてからの夢があった。それはとにかく、海外へ行くこと。最終学年のこの年、一念発起して英語圏英語留学へ赴いた。今思い出せば、見るものすべてが面白かった。

留学へ行ったものの、日本人とも多く話していた。しかしながら、現地の日本人で、「日本は今後も変わらず発展していく」といった楽観的意見を表明した者は、誰一人としていなかった。来たるべく破壊念頭に置いて、生存もしくは自己表現の為に英語を学ぶ者も少なくなかった。友人の何人かは現地のグローバル企業インターンに参加していた。

不確実な今の世の中で信じられることは、「生き物は、いずれ死ぬ」といったことだ。このことでさえ、神隠しや行方不明、あるいは死後神になるといった思想や、高尚で極めて分かりにくい哲学的議論により、疑問符が付きうるのだ。世間がどれほど不確実なものか。

冒頭で、「これだけは確実だと信じられるものが何もない」と書いたが、「生きているうちに日本死ぬ」ということは、怪しいがあながち信じられないものでもないと思う。3.11のような巨大災害などを契機とした日本社会全体の急速な崩壊が起こる確率は、社会階層が流動せず格差けが拡大し、労働時間の増加が止まらず、社会保障費の増大によって巨大な負債が残ることで静かに日本社会が死んでいく確率よりも低いとは思うのだが、いずれにせよ、「これは、やべえな」という不安を感じざるを得ないような、今年はそんな一年だった。もちろん、フクイチのように顕在した不安を感じる現象はなく、漠然とはしているのだが。

おせち料理だって、今後もっと少なくなり、絶えてしまうか、別の料理に変わってしまうかもしれない。変わらないことは、最も安全だが、生きても死んでもいないともいえる。絶望的なまでに怠け者の自己に対して変化を望んでいる。いわんや、世の中の変化をや。

御用心、御用心。

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160721095905

一休宗純「頭が良いなら相手をやり込める返しも出来るだろ。それが出来ないのならおとなしくサレンドしておけやクソ雑魚ナメクジ

2015-04-01

anond:20150330001506

一休宗純は臨終の際に「死にとうない」と言ったという。

悟りを開いた僧でさえ死ぬことは怖いのである

から、一般衆生死ぬことを恐れるのは当然のことだ。

しろ死ぬことが怖いという自分を認めるべきではないか。

安易な救いの言葉危険だ。

2015-03-20

「同時期に生きていると思わなかった歴史上の人物2人」日本国内

「同時期に生きていると思わなかった歴史上の人物2人」海外の反応|暇は無味無臭の劇薬

一休宗純(1394-1481)と北条早雲(1456-1519)

雪舟(1420-1506)と毛利元就(1497-1571)

宇喜多秀家(1572-1655)と井原西鶴(1642-1693)

宮本武蔵(1584-1645)と松尾芭蕉(1644-1694)

十返舎一九(1765-1831)と大久保利通(1830-1878)

葛飾北斎(1760-1849)と伊藤博文(1841-1909)

2010-01-01

門松冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」一休宗純

人は誰しも死への旅を続けている。

せめて、新年を迎えられたことを喜ぼうではないか。一時の夢を見ようではないか。切ないことかもしれないが。

無事新年を迎えられたことに、生きていることに、おめでとう。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん