はてなキーワード: うつ状態とは
非主張的自己表現とは、自分の意見や気持ちは言わない/言いそこなう、言っても相手に伝わりにくい自己表現です。これには、曖昧な表現や、人に無視されやすい自信なげな小さな声での話し方や消極的態度も含まれます。「自分はダメだ」とか「言っても分かってもらえない」など諦めの気持ちが潜んでいたりします。
非主張的自己表現は、相手から理解されにくいことがあります。また、相手を優先し、自分を後回しにするため、結果として相手の言いなりになってしまうこともあります。相手と意見が異なるときでも自分の意見を言わないため、理解されなかったり、無視されたり、同意したと誤解されたりします。自分としては主張を抑えて譲ったつもりでも、配慮したことは伝わらず、感謝されることもないでしょう。
非主張的自己表現をした後には、「やはり分かってもらえなかった」「自分が引いて/譲ってあげたのに」「惨めだなあ」という気持ちがどこかに残ります。心から相手を配慮し、尊重して同意したり、譲ったりした場合とは違うからです。
例えば、家庭の事情があっても残業を引き受けるおとなしくかつ有能な人、セクハラやパワハラにあってもその辛さや不快な思いを伝えられない女性や部下などは、非主張的になっています。長電話を切りたいのに言い出せない人、行きたくない誘いを断れない人なども非主張的です。
このタイプの表現をする人は反論しないために、葛藤やもめ事を回避してくれる「いい人」と思われていますが、一方で「都合のよい人」ともみなされがちです。排除されることはないのと引き換えに、本人は心理的負荷を負い、メンタルヘルス被害に陥っていくことにもなりかねません。とりわけ「攻撃的自己表現」の傾向の強い人との関係では、その危険がより高くなります。
一方、自分も相手も非主張的自己表現の傾向が強い場合はどうでしょう。話が弾まず、そのため互いに分かり合えず、苛立ちを感じながら突破口もできないまま、靴の底から足を掻いているような状態になっていくでしょう。
非主張的な自己表現の傾向が強い人は、相手を立て自分が遠慮することで、相手を不愉快にさせまいと配慮しているつもりなのでしょう。
しかし、自分をないがしろにして、相手の言いなりになってしまうため、だんだん自分でも言いたいことが分からなくなっていきます。自分で決められない、あるいは言い方が分からないと言った状態になることもあります。
幼いときから命令に従うこと、譲ること、他者の言う通りにすることを当然として育てられていたりすると、自分で判断することに慣れておらず、つい相手の言いなりになり、その結果、自信がなく引っ込み思案になっている人もいます。
非主張的自己表現の人は、自分の人権を自ら侵すようなやり取りを招くこともあります。葛藤を避けようとして相手に大事な決定を任せてしまうからです。また、考えを明確にしないことで、自分にも相手にも無責任になってしまうこともあります。
長い間にわたってこのような非主張的な自己表現を続けていると、理解してもらえないという寂しさ、自分の欲求を抑えている苦しさ、相手から大切にされていないという思いや惨めな気持ち、欲求不満などが積もっていきます。相手に対して「思いやりのない人だ」「鈍感だ」と心の中で恨みを募らせることにもなります。
その蓄積した欲求不満や怒りは、相手や、時には関係のない人に向けられ、突然暴力的になったりすることもあります。そうなると「普段は大人しくて優しい〇〇さんが、突然キレた」と言われたりします。本人にとってはそろそろ出してもいいと思っていた溜まった怒りの率直な表現のつもりでも、相手には理解されにくく、「八つ当たり」と思われることにもなります。
一方で「キレる」こともなくひたすら忍耐強く自分を抑え、他者の要求に応じ続ける人もいます。揉め事を起こさず、相手をなだめ、その場を収める責任を一定に引き受けることで、自分に「頑張れ! 頑張れ!」と言い続けるのです。周囲を立てることに必死になって、過重な負荷に耐えることにエネルギーを使い果たし、心身ともに疲れ切っていきます。
その結果、頭痛・肩こり・胃痛などの体調不良に陥ったり、あるいは不快感やストレスの原因になりそうな場面や人に近づくことを避けたりするようになります。密かに孤独に耐え、感情が固まってしまい無表情になったり、突然うつ状態や心身症になることもしばしばです。いずれの場合も自分を大切にしなかった結果、相手も大切にしないということになりかねません。
非主張的自己表現は、どのような心理と繋がっているのでしょうか。
自分の思いや考えを表現することで、相手に不愉快な思いをさせ、相手から嫌われる可能性が生じたり、相手と違った意見を言うことで葛藤やもめ事が起きたりするのを避ける心理です。
そこには、穏やかな人間関係を求める心理と同様に、他者とのやり取りに自信がなく、自己を表現することで起こるマイナスの結果を恐れ、相手に合わせることで安全を確保しようとする心理も働いています。
また、前に「自分を大切にしなかった結果、相手も大切にしないことになる」と述べましたが、相手に合わせているつもりでも、実は相手に甘え、依存している心理も働いていることがあります。
世の中で当たり前とみなされている習慣や常識に従うことによって自らの尊厳や権利を無意識に否定する、という心理が働くのです。
例えば権威や経験がある大人は立てる、先輩に逆らってはならない、といった常識や習慣は、未熟だとされている者の自己表現を制約しがちです。そのような常識や習慣を破る者は、集団や社会から罰せられ、排除される可能性もあります。そこで、思っていることや気づいたことの表現を避けることで、相手や社会に順応し、認められようとする心理が働きます。
非主張的な自己表現をしていると、自分の気持ちや能力を確かめるチャンスも、自発性や個性を発揮するチャンスも失ってしまいがちです。他者に合わせるあまり、気づかぬうちに自分を否定・否認してしまうからです。
しかし、そのような人は学校や職場にとっては、どんな存在になるでしょうか。アイデアや考え方を表現することによる貢献がないので、評価もされにくいでしょう。また、所属するグループや組織にとってもその人の存在は、「宝の持ち腐れ」になっているかもしれませんし、厳しい言い方ですが、損失をもたらすものとなってしまいます。
非主張的自己表現の傾向の強い人は、一見控えめで相手を配慮して一歩引いているように見えるので、相手は「同意してくれた」「気持ちよく譲ってくれた」と受け取るかもしれません。ところが実は、「分かってもらえていない」「感謝が十分でない」などの不満や恨みを持たれているとしたら、相手はたまったものではありません。
また、常に遠慮されたり、自分の意見を引っ込められたりするのも、相手にとっては居心地が悪いものです。フランクでない対応に、居心地の悪さだけでなく、苛立ちや優越感、時には哀れみを抱くことにもなりかねません。
お疲れ様です。私は10-20時の百貨店勤務でしたがそれでもシフトが埋まらず連勤に耐えかねて辞めてしまいました。朝までの労働、本当に想像を絶する過酷さだと思いますし、あなたの体調が心配です。
ラーメンが好きで、その一心で働かれていると思いますが、あなたがいちばん大切にすべきものはあなた自身です。
私の知っている人気ラーメン店は毎週定休日が日曜日で営業時間は10時~14時、17時~20時です。こだわりの素材でラーメンを作り、毎日行列ができているようです。
個人店だからこのような営業時間が可能なのかもしれませんが、なかにはこのようなお店もあります。
(3/17追記 もちろんあなたのチェーン店でそうしろと言ってる訳ではなく、"ラーメン店"という括りで見れば法外な営業時間で営業せずとも成り立っているお店もあるという例です。このようなお店になるのは難しいと思いますが…)
いますぐにうつ状態で起きられなくなるかもしれません。だから、早くその職場から離れてほしいです。
正直、あなたがいなくても店はまわります。何日かお休みするかもしれませんが…。
会社のひとがなんとかします。こんな不当な労働をさせたのだからあなたが罰せられることはなにもありません。
元気に健康に生きてほしいです。
心や体が完全に壊れてしまうまえに、1歩踏み出してその環境から抜けだしてほしい。
日本の飲食の営業時間はおかしい。でも、体をボロボロにしてまで働く人がいる限り経営者はそのままです。
うつ状態が重いって設定にしようかな
私と兄は3歳違いの兄妹です。あれです、入学式とか卒業式被って困る年齢差のやつです。
題名の通りなんですけど、兄の反抗期だった時について今でも消化しきれてないことがたくさんあるのでつらつらと書いておこうと思います。推敲もしてないので乱文長文です。
兄の反抗期は大体中1から高3くらいまででした。これが長いのか普通なのかはわかりませんが、この期間私は地獄でした。
もともと兄妹とても仲良し!という訳でもなかったので、まぁどこにでもいる仲が良くも悪くもない兄妹でした。
色々なことがわかり始めた年齢ですね。
兄は壁や扉を蹴りはじめ、家は穴だらけ。窓ガラスを割るという行為をし始めました。
私はなんでそんなことをするのかわからなく「やめてよ!」と言ったところ殴られて首を絞められました。
兄が家を蹴るのに飽き始めた(?)ころは言葉での攻撃にハマりだしました。
リビングにいるだけで、「死ね」「消えろ」「クズ」「ゴミ」「ブス」と言われ続けました。
私の方が先にリビングにいて、兄が入ってきたときは舌打ちされるのが普通、たまに皿やリモコンなどそこそこ硬いものを投げつけられました。
私が後からリビングに行くと「出いてけゴミ」と暴言を吐かれました。
休日母親が早朝から仕事のときは大体兄がリビングを占領していたので朝食を食べずに部活に行き、昼に帰ってきても兄が怖くて昼食もとることが出来ず体重がガンガン減っていってました。それで母親に「なんでご飯食べないの!」と怒られました。懐かしいなぁ。
そのころ私は、兄よりも頭の出来が良く兄が入れなかった高校に私が入れたのとかも反抗期がヒートアップした原因なんでしょうかね。知らんけど。
そんな感じが6年続いていたのでほとんどまともに会話したことはありません。
母に「なんで怒ってくれないの、」と泣きついても「お兄ちゃんは反抗期だから仕方ない。ほっといたら収まるから。」の一点張りでした。
父親は私が6歳の頃から県外へ単身赴任に行っていて年に2、3回会うか会わないかだったので頼りになりません。もともと仕事人間で家庭にあまり関わらず一緒に遊んだ記憶はありません。なんていうか私の感覚では「父親」という肩書きの知らない人です。
ちなみに家族旅行は小3のときの一回きり。それ以前も以降も一度も、日帰りすらありません。
話が逸れましたね。
兄に暴言を吐かれるたびに「いつか絶対にやり返してやる」と思っていましたが、母親には「人にやられて嫌なことはするな」と何度も何度も繰り返し言われたので、結局一度もやり返したことはありませんでした。
「人にやられて嫌なことはするな」
いい言葉ですね。心無い言葉、暴言、傷など私の受けてきたもの、傷付いた感情、それら全て私は一度もやり返したことが無いので、兄は一生それを感じることなく生きていくんでしょうね。羨ましいなぁ。
母親の教え「人にやられて嫌なことはするな」を遵守した結果、私の中の劣等感は未だ消えずに心の奥深くで、真っ黒で、ドロドロと粘着質に、そして確実に今も増殖しています。
なんていうか、この兄の行動、言動を「反抗期」って言葉だけで片付けてもいいんだなって思うと虚しいですね。
私は6年もの間精神的に傷つきへとへとになっていたのに、反抗期だから仕方ないんですね。私は兄から受けたこれらをいじめだと認識してたけれど、世間がこれは反抗期というなら多分ただの反抗期なんでしょうね。
それなら、兄の反抗期に振り回された、私のこの状況にも名前が欲しいです。なんだろうなぁ。「とばっちり」かな?「しょうがない」かな?それとも「みんなが通る道」とかかなぁ?
全国の妹や弟、みんなが通る道だから傷つかないとでも思ってるんでしょうかね。私は19にもなっていまだあの頃のこと思い出しては怖くて不安で惨めでぼろぼろ涙がでてくるんですけれど。これがみんなの通る道ならそんな道はやくなって欲しいです。それか全国の反抗期の奴らの道に続いて欲しいです。
でもそんな兄も大学に合格し、家を出て行きました。もうハッピーでした。兄が家にいない高校生活ほんとうにとっても楽しかったです。
まぁでも兄も全く帰ってこない訳じゃありません。長期休みになると帰ってきます。
帰ってきてびっくりしました。反抗期終わってるんです。暴言も吐かないし殴らないし私の大事にしていたものを勝手に捨てたりとか、とにかくそういうの全くしなくなったんです。漫画などでみる優しい兄でした。
とても気持ち悪かったです。私に死ねと言っていた人間が数ヶ月で「高校生活楽しい?」と笑顔で聞いてくるんです。どういう風の吹き回しなんでしょうか。あんなに暴言いってきたのに、今更普通の兄妹関係に戻れるとでも思ってるんでしょうか。
無理です。私は兄にやり返さないことだけに全力を尽くしたので、兄を許すだけの心の空きがありません。でもせっかく兄が笑顔で話しかけてくるので、機嫌を損ねないように私もなんとか笑顔で話を合わせています。殴られるのは痛いので。
もしかしたら大学でよほどいい巡り会いがあったのか、もしくは心境の変化でもあったのか、反抗期のことを悪いと思ったのかもしれません。だからせめて今からでも妹と仲良くしようなどと思ったのかもしれません。
でもそれなら、一言だけでいいから、あの頃は悪かった、と謝って欲しかった。謝ってくれたら、許せたかもしれなかったのに。
謝るのが恥ずかしいのか、それとも謝るまでもないと思ってるのか、わたしにはわからないけれど、もし後者なら、やっぱり兄とは一生分かり合えないと思います。
私は母親と折り合いがつかずに望まない進学先で精神面を壊しそこから身体も崩し短大を辞めました。精神内科の先生からは「うつ状態」と言われ薬を飲んでいましたが、精神的な薬に良い印象を持っていない母親に薬を捨てられました。ウケる。今はだいぶ回復はしましたが、それでも外に出る気力もなく、こんな意味のない文章を書き連ねています。
好き勝手に生きてきた兄は大学に進学し就職しているのに、兄の裏で沢山のことを我慢して自分の気持ちを抑圧してきた私はうつで学校を辞め今や引きこもりですよ。笑っちゃいます。
過密的な訓練期間は躁状態、それが3ヶ月以内しか持たないこと、それでその他の期間は概ねうつ状態、ということになれば躁うつ病の可能性がある。
躁うつ病(≒双極性障害)とうつ病は、似ている部分もあるし明確にわけられない場合があるものの、「治療法が異なる」という大きな違いが存在する。
いまの診断がうつ病+ADHDなのであれば、本当に躁うつ病+ADHDでないのかどうか、担当医とよく相談したほうが良い。
なお一般的な躁状態の症状は、睡眠が短くても平気、快活で爽快な気分、活動量の大幅な増加、多弁、新たな興味・感心、浪費傾向(場合によっては借金も)、血統妄想(ナポレオンの生まれ変わりだ!)、などなど。期間は数日から数ヶ月であることが多く、過密的な訓練期間とやらが3ヶ月以内で毎回終わるのなら、該当する可能性は十分ありそう。
実際に、物理の暴力も当然あるが、そうでない場合がほとんどだ。
モラハラとして暴言を受け続けて、うつになり、自分が我慢すればいいんだ。
お前は外で仕事してるだけだから、夜おなかが減って泣いている、1歳未満の赤ちゃんに、
ミルクも、母乳も与えないけど、ずっと抱っこしてなんとかしろ。
とか言われていたらしい。
また、家に帰ると当然自分のごはんはない。(妻は専業主婦)仕方がないので、ごはんがないので自分で作ったら、
ぐらいに言われる。そういう暴言や態度を日常的にやられ続け、じわじわと蝕まれるパターンだってある。
一体、相談員や相談施設がどういう認識で仕事してるのかほんとに親族としてははらわたが煮えくり返る。殺してやりたいくらいだ。
被害にあった親族にはとにかく今すぐ逃げろ!弁護士に相談しろ!と言っても、うつ状態に近く正確な判断ができず、
幸い、言われたことをすべて日記的に書き留める、録音するなどできたので最終的に離婚はできたが、
親権は向こうだし、下手したら慰謝料まで払わされる可能性があるとのこと。
でも、これが今の女→男に対するDVの場合の日本の現状なんだ。
このことがもっと、大きく認識されて、社会的によりよくなっていってほしい。
本当に切に願っている。
仕事が出来なすぎて、消えてなくなりたい。
頼まれた仕事を忘れていたり、やらなければダメだと分かっていながら手を付けられない。
結果、どうにもならなくなって周りを失望させてまう。
メールの宛先を間違えたり、内容を正しく理解してない(または、読み飛ばしている)ことも多い。
計画性がなくて、計画の見積もりが甘いからギリギリになる事も多い。
正直ギリギリ間に合えば良い方で、間に合わないことも多い。
忘れ物がひどかったり、宿題をしていなかったり。賃貸、携帯代、学費の振込みをしなかったらもした。
社会人になると困るのが自分だけでなくなることも増えきて、計画性や正確性を求められるから、
問題が多くなると、自己否定の頻度も高くなるから、なるべくしてうつ状態になり会社を休んだりした。(3年位前)
ここまでくるとまぁ自分がADHDかもって思い始めて(知って)、病院に行って検査した。()
結果、ADHDでほぼ確定ってことで、ストラテラ服用したりして生活してきた。
それで、服薬とともに生活習慣(癖?)を見直したほうが、いいだろうなぁってことで、
・メモをとる
・整理整頓
とかまぁ色々考えて、実行してみたりしたけど、上手くいかない。
これを実行している間にも、仕事上の問題は出てくる(生み出す原因は自分)し、
ここまで書いて、何か他にも書きたい事があったような気もするけど、
ちゃんと表現するのも面倒だし、なんだかか飽きてしまったので、おしまい。
消え去りたいよ、ほんとに。
他でも言われているだろうけど、経験者として。
リワークプログラム的なのをやってくれてる病院連携のカウンセリングルーム的な所探すのはマストではないけれど、かなり優先度高いと思う。
リワーク:
9時とかから12時とかぐらいまで、平日の毎日、うつ病、うつ状態の回復期にある人が集まって、単純作業(塗り絵とか)とかディスカッションとか、論理クイズとかする会。
料金を抑制するためか、医者でもカウンセラー(臨床心理士)でもない、良くわからない人が仕切って4~6人ぐらいで。
うちのところでは100マス計算とか毎日やってて、決められたノルマ達成、頭の回転のリハビリ、対人能力の復帰みたいなのがバランス良く振り分けられてた気がする。
・うつが快方に向かってないと参加すること自体がかなり負担になる。
実際に復職に向けてリワークに通い出したはいいけれど、悪化している人が結構居た。
人との接触が嫌、毎朝の起床が辛いなど理由はそれぞれっぽいけれど。(こう書くと朝起きれないダメ人間みたいだけど、動き出すのにめっちゃパワー要る)
確か、補助出て、1日1500円ぐらいだったよーな。(場所によると思うけど)
・午前と午後の落差が酷い
午前中我慢して、午後はリラックスできてる環境から復職したら、午後がきつくて死んだ。
メリット:
朝起きるって本当に大事。
それほど嫌でもない一日が想像できるときに、朝から動き出せるのは復職への希望。
・コミュニケーションが取れる
無理やりグループで話し合って結論を出さないといけない課題とかある。
・頭が回り出す
これ意外と大事。散歩、小説、ブログだけでは実務に戻ったときに思考力というか頭の回転? 落ちてるので結構ダメージ食らうと思う。
・あいつよりマシと思える
いろんな人が参加してる。時には鬱になったきっかけとか語らされる(多分、微妙にそっち方向にも答えられる議題とかで誘導してたりするんだろう。話したくなければ離さないでもよかった)
だから、あのおっさんよりはよっぽど仕事できるし、対人能力もあるなとか思えて自信に繋がる
・似たような境遇の人と知り合える
仕切る人も参加してる人もだいたい優しい。
自分だけかも知れないけれど、一時はノルマ的なものに向き合うのがとても辛かった。
散歩は体にも頭にもいいので、3時間でも5時間でも平気で歩けたけど。
なので、散歩は良い事なんだけれども、制約ではない。
読書だったら、面白いか面白くないかわからない本を絶対に何ページ読むとか、ブログも一日3記事とか(雉数は徐々に増やす、テーマはあらかじめきめとくとか)
ちなみに私は、軽度のうつ状態だったので、1か月休んで、1か月リワークに通って、医師からOKでたので復職して2か月でダメになりました。
今から思うと、朝はリワークに通って行ける気になってたけど、午後から寝るまで、ストレスフリーな環境にしてしまっていたので、復職後のブラックな環境で耐えることができませんでした。
残業はほぼほぼ無しだったけど、ノルマ的なのと先輩からのプレッシャー、納期。
復職前に、中期ってほどでもないけれど、1週間とか2週間とか気にしないといけないノルマ的なのを課してみておいたほうが良いかもしれない。
病院行っていないから何とも言えないけど、私は躁鬱のケがあるとは思う。たぶん双極性Ⅱ型。
で、躁状態の時に欲望に従っていろいろやっていいのか悩むときがあるのね。
どうなんでしょう。躁状態を楽しみすぎるとうつ状態が早く来るとかひどくなるとかなら抑えるんだけど、影響がないならこのまま突っ走りたい。
躁状態って悪いことなくない?いや、うっかり犯罪しちゃったり人間関係壊しちゃう場合もあるらしいけどさ。
そこまでではないならアクティブになるとか寝なくても平気とか素晴らしすぎるやん。
どうしたらこの躁状態を維持できるのか。せいぜい2か月くらいしか続かないのは経験で分かっているんだよ。
こんな掃きだめで相談しないで病院行くべきなんだろうか。いやー、でも行ってみて健康ですねと言われるのがめっちゃ恥ずかしいから行きたくないんだよなぁ。誰か背中押してほしい。
俺の彼女が書いたのかと思った。
俺の場合結婚7年目で飛行機の距離(海外)でお互い働いていて、会えるのは年に2から3回。
何故かここ1年で急激に仕事に行きたくなくなってしまい、やらなきゃいけないことが解っているが次々貯まるタスクを処理できなくなりうつ状態になっている。
夜眠れない、2時間ぐらいで自分の叫び声で目覚める、毎朝風呂場で叫んで声をからして泣き疲れてから出社する、死にたい、殺してくれと毎日考える、背中から肩、腰にかけて尋常じゃない肩こり、特定のタスクに取り掛かると過呼吸気味になり頭が回らなくなる、誰とも話をしたくない、自分は無能でクソで無価値で全てにおいて人から劣っていて迷惑をかけていると考える、苦しくなると増田にそれを投稿する(増田ごめん。)などの症状が出ている。机に向かって仕事をしていると、15分毎に叫びそうになる。あまりにひどいときはトイレに抜け出してそこで「クソ、死ね死ね死ね」と叫んでいる。飛び降りてしまうかもしれないので窓には近づかない。電車通勤じゃないので飛び込みはないことが幸いだが、暴漢に襲われて刺されたら設けもんだとさえ考えている。
親から度々スカイプやメールでメッセージが来るが返事ができない。すごく親に心配をかけていることはわかっている。
ごめんなさい。妻の家族とも非常に仲良くライングループもやっていたが、コメントができる気分にならなくて、ラインを消してしまった。
あなたの彼氏が、診断によって現実が改善されるわけじゃないから受信しないと考えることもよくわかる。
俺は心療内科に2度行って、メール等で先生と連絡を取ったが、結局は仕事を休め、としか言わない。
結局はそれしか解決はないのかもしれないが、心療内科を受けて休みを取らされることで、お前はダメ人間だと言うレッテルを周りから受けるのではないかという恐怖から、特に今はもう連絡を取っていない。
でも、受診歴を作っておくことに意味があるかと思ったので、行ってよかったと思っている。本当に潰れてしまったときのアリバイ作りとして。
鬱になる人は過剰にまじめな人だとよく巷で言われているが、俺はそうは思わない。
ただただ人に相談することが苦手な人だ。
人に相談することで、自分が人より劣っていると感じてしまう人、裏を返せば自分に相談してくる人を常に自分より劣った人だと内心感じて小馬鹿にしている意地の悪い人だ。いつも人を何処かで小馬鹿にしているから、自分が人から馬鹿にされると考えてしまうのだろう。
妻はあんなに立派で人から好かれていて、俺は本当に憧れているのに、こんな自分と結婚させてしまって申し訳なく思う。
でも自分はクソ無能で死んだほうがマシなくらい無価値だと思う一方、自分が死んだら俺が大好きな妻が悲しむだろうし、俺の会社は俺がいなくなっても何事もなかったかのように続いていくだろうことを考えると、死ぬのは癪だ。
先月1週間だけ妻が遊びに来た。
事前にスカイプで話したときは、俺が非常に不安定なときだったから、千恵に自分の鬱なところを見られたくないのもあり、来ないでほしいと話した。
1週間の滞在だったが俺は平日仕事だったので夜しか会えず、あっという間の時間だった。
妻が自分の職場に戻って、また鬱な状態になった。でも、本当に来てくれてよかった。短い間だったけど本当に楽しかった。
結婚して本当に良かった。さっさと仕事をやめて、もっと妻と一緒にいたいと思うようになった。
会社のため、仕事のために俺はあと40年、50年生きるんじゃなくて、妻のため、妻と自分のために行きたいと思うようになった。
妻がいてくれただけで本当に生き延びていると思う。独り身だったら自殺していた。
人に合うことが嫌になるのでどんどんふさぎ込んでいってしまう。
http://bunshun.jp/articles/-/3929
「ドラム日野ビンタのダウンタウン松本さんと爆笑問題太田さんの意見が真逆すぎた」
http://www.kansou-blog.jp/entry/2017/09/04/073456
「日野皓正児童虐待(ビンタ)事件について元ジャズミュージシャンが考えてみた」
http://k-yahata.hatenablog.com/entry/2017/08/31/日野皓正児童虐待(ビンタ)事件について元ジャ
https://www.daily.co.jp/gossip/2017/09/01/0010515517.shtml
正直、他人の出番を無視してドラムを延々と叩いてた子がビンタ食らっただけでこれだけ喧々諤々の議論が巻き起こるのはうらやましいし、近年ネットで体罰動画などが拡散され、教師が処分されている事等を考えるとネットという存在が体罰への抑止力として働いているのは確かで、ろくでもないものも多いネットのもたらした大きなメリットのひとつだと思う。
で、僕がこれからするのはそんな便利なアイテムが普及してない時代のろくでもない体罰という名の暴力の話だ。
舞台は96年の東京高田馬場にある保善高校。偏差値でいえば55前後、昔ラグビーの名門で花園に出た以外に特に語る事のないパッとしない私立高校だ。
ちなみにお隣には後年某ブラックチャイルドな有名バスケマンガのモデルになった偏差値70台のエリートな高校があり、お隣だが近所の早稲田大学への距離は全く違うと言われていた。
我々が入学する前、この高校の理事だかなんだかわからないが、お偉いさんが「このなんの特徴もない学校をお隣みたいな超進学校にしよう」等とドラゴン桜みたいな事を考えた。
目的のみをみれば「少子化を見越し、進学校としてブランド価値を持たせる」という戦略は悪いものではないのかもしれない。
だが、彼らにドラゴン桜のような「外部の優秀な講師を招いて生徒の学力をup!」という策などあるわけがなく、結果としてできあがった保善高校特進クラスは地獄になった。
「三年の間に偏差値55前後の人間を普通に早慶受かるようにしろ」そんな無茶な目標を与えられた現場の教師達は大混乱しただろう。
それはそうだ。彼ら教師のほとんどが一般的に二流と言われる大学を出てこの高校に教員として努めている人間であり(文系だった我々のクラス担任は獨協の英文科卒だった )、当然だが中堅高校の生徒をトップレベルの私大に合格させられるノウハウといったものを持っていない。
そんなこんなで上に対して自分達が頑張った事をアピールしつつ、失敗しても責任を回避できるだろうと考えた彼らがとった方策は授業時間を8限までにするという手段だった。
そして入学してからその事を聞かされた特進クラスに選ばれた我ら生徒達は当然反発する。
部活を目当てにした生徒も多かったし、そもそも強制で8限までの授業なんて受けたい人間はいない。
正直、ここまでなら大人になった今になって考えると教師達に同情の余地がないでもない。
上の無茶に対してかかる現場への圧力のつらさは、それなりの歳になり、上と現場の板ばさみになってから嫌というほど知った。
現在の自分が負担をかけてしまっている現場の人達にひたすら頭下げたり、飲料を差し入れ、それでもイラつかれるように保善高校の現場教師達には我々生徒が分かりえない上の人との板ばさみのつらさがあったのかもしれない。
だが、我々の反発を抑えるのに担任教師が使った方法は頭を下げるでも飲料を差し入れるでもなく、「嫌ならやめろ」と暴力のセットだった。
そして出来上がった授業自体も適当なやる気ないプリントを配ったりするくらいで、正直これを8限聴くくらいなら予備校の授業1限聴いた方がはるかに有益なんじゃね?となる受験にはなんの役にも立たない内容だった(事実、自分は浪人して予備校通ってた時期に英語の偏差値がグングン上がり、今までやらされていた勉強がいかに非効率かを知った)。
結果的に我々は3年間に渡り、ほぼ毎日の様に殴られ、22人いたクラスメイトの内、3人は部活も自分のやりたい事もできない状況を受け入れられずに自主退学に追い込まれ、残った19人も相当に精神を病んだ。
正確な因果関係を立証する事はできないが、卒業時の我々の精神状態を鑑みると、遺族が因果関係を否定するならともかく、当時の保善の教師達が「関係ない」等とほざく事は許さない。
ここまで読んで何人かの人は「なんで体罰に対して対策をとらなかったの?通報するなりいくらでも手があるだろうし」と思われるだろう。
今にして思えば何故自分自身、当時の自分がなんら手を打たず、3年間、殴られるままでいたのかが理解できない。
現在の30代半ばの自分で、今の時代であれば同じ状況でもいくらでも手が打てる。
「教師が生徒を殴ってるのを動画なり音声をを記録し、youtubeに放流」「動画や音声を教育委員会や区議会に送りつける」「動画や音声をもって弁護士のところへ行き、教師を退職に追い込み、学校からは金を引き出し、なおかつ現況の改善する」「逆にこちらから暴力で制圧する」等。
だが残念だが、我々の時代には便利なものはなかったし、他の手段をとる勇気もなかった。当時の時代でも打てる手はあったのかも知れないが、結局我々は何も打てる手がないままひたすら3年間を暴力に耐え続けて過ごした。
他の教師に相談しても「君達の事を思ってあえて自分でもやりたくない事をなさってくれてるんだから」と黙殺されるし、「嫌ならやめればいいだけ」と常に脱落への恐怖を感じさせられ逃げられなかった。
それが事実だ。
今の自分のみならず、多くの人達当時の自分は怠惰に写るのかもしれない。
いくらでも打てる手があるし、場合によっては金にもできたのに何故なにもしなかったのかと。
言った瞬間、発言者を糞馬鹿認定する言葉では「公共の福祉」と並ぶ「自己責任」という言葉を使いたくなる。
だが、異論=即暴力&否定という立場に置かれるのは当時の10代の子供にとっては逃げ道のない牢獄で看守に見張られているようなものなのだ。
常に暴力や脱落の恐怖に晒される状態で冷静な判断ができるかと言われれば今の自分でもこころもとない。
現在自分内最高漫画を更新し続けてる「パンプキン・シザーズ」で主人公は8巻で町ぐるみの人身売買に巻き込まれ、結果共犯者になった住人を慰める為に「人間は新しい環境に放り込まれた時にまるで即興劇に放り込まれた役者のように本能的にその舞台を壊さないよう行動する」と言っていたが、結局我々はその舞台から3年間逃げ出す事ができなかった。
昔、自分はナチス、ソビエト、クメール・ルージュだのに属して上の言うままに行動する人々を笑えたが、この保善高校の体験を通して以降、全く笑えなくなった。
さて、色々回りくどい事を言ったが、ここら辺で私怨タイムにさせて頂く。
曳地利秋、お前はガチな屑だな。お前は三年間俺達の担任教師だったわけで、その間お前を「センセイ」と呼んでたが、お前を教師だとも尊敬する人間だとも思ったことは一度もなかったよ。
平賀が自殺して少しは反省したのかと思ってたが、仕事で出会った8歳下の保善のOBの人に聞いたらお前はあの後もなんら反省せず、特進クラス以外でも生徒を殴り続けてたらしいな。
もっとも俺達以前にも暴力を奮ってたろうし、「口答えする特進クラスの生徒」というのはお前にとって殴れる大義名分を更に与えただけだったろうが。
お前は殴る相手が反抗すると「いつか社会に出れば俺に感謝する時がくる」とかいってたが残念ながらそんな時は来なかったよ。
社会を知れば知るほどわかるのはお前という人間が対等な立場では殴り合い一つできない生徒に対し、能力でも人格でも統率できず、自分が殴られない立場に甘えて一方的に生徒を殴ってた屑である事。
それだけだ。
お前は教師でもなんでもない。
お前が定年退職したかどうかは知らないが、現在、学校でも塾でもあらゆる教職に関わってない事を心から祈ってるよ。
残念ながら俺やクラスのみんなに対しての暴行への公訴時効は過ぎてるんでお前に刑罰を与える事ができず、こういう形で書いたが、お前がこれを読んで反省するとかかけらも思っちゃいない。
原国の片山、お前は俺達が曳地に毎日殴られてると度々訴えたときも「曳地先生は生徒のためを思ってるんだ。甘えてるんじゃない!」とかほざきやがったな。
お前も曳地の同類の糞虫だよ。
そして96~98年に保善高校にいた教師達(現在在籍の確認がとれるのは地歴科の近藤八朗、数学科の三河一雄、公民科のト部昌次)お前ら俺達が散々殴られて助けを求めていたのを知りながら、無視、罵倒を対応にしてたよな。曳地も含めてお前らが全員地獄に行ってくれる事を心から願ってるよ。
ここまで書いといてなんだが、「抵抗できない相手を一方的に殴るのは保善高校の教師達と同じ」という心の声が聞えたんでこっちの身分もそっちに対して分かる範囲で明かしとく。
96年~98年に在籍し、文系特進クラスで正面二番目の列にいて、その後一浪経て法政大学に進学した生徒。それが俺だ。
そこから俺の名前はgoogleでたどれるようにしてあるし、そこからくれば答えるし、名誉毀損で訴えたいならばいつでもどうぞ。
・体罰、何も伝わらなかった 「殴られた」生徒語る - 朝日新聞デジタル http://t.asahi.com/9v
【田村剛】私立保善高校(東京都新宿区)の男性教諭が、男子生徒に暴行した罪で今月4日に罰金30万円の略式命令を受けた。被害者の生徒と、その友人で「同じ教諭に殴られた」と主張するもう一人の元生徒が、朝日新聞の取材に応じた。「もっと早く周囲の大人に気付いてほしかった」と訴えた。
2人によると、1年生で同じクラスにいた2011年の1学期ごろから、空手部の顧問でもあった担任の40代の男性教諭から、校内で平手打ちなどの暴力を受け始めたという。
携帯電話を学校に持ってきた▽読書感想文の本を忘れた▽授業中のおしゃべり……。さまざまなことがきっかけとなった。この生徒(17)は「高校では暴力が当たり前なのか」と思い込んだ。他の教諭も止めに入ってくれなかったという。
2年生になって登校できなくなり、休学した。親に話すうちに普通ではないと気付き、警察に届けた。
学校側は謝罪のため生徒宅を訪れ、暴行の理由も説明した。それでも、殴られなければならないとは思えなかった。「ただ苦しかった。先生の言いたいことは何も伝わってこなかった」と振り返る。この教諭は、この生徒を複数回にわたって平手打ちをするなどしたとして、略式起訴された。
もう一人の元生徒(18)は、暴力を受けても「先生の言うことを聞きなさい」と話す親を前に、学校に行きたくないと言えなかった。「誰にも相談できず、どこにも行き場所がない感じだった」と語る。
耐えられず、昨年5月に退学。一時はうつ状態になって精神科に通った。「同じことをしたらこうなる」という周囲への見せしめが、暴力の目的だったと感じている。「次は自分ではないか」と、他の生徒がビクビクしているのが伝わってきたから。
「自分はたまたま自殺せずに済んだ。でも、親や周囲の先生にはもっと早く気付いてほしかった」。大阪市立桜宮高校の教師による体罰で生徒が自殺したことが問題になり、そう思う。
同校の青木繁副校長は取材に「教諭が何度も暴行したという認識はない。生徒らの話は過大で、学校が把握する内容と大きな違いがある」としている。教諭の暴力については「許されないことだが、2人の就学姿勢を立て直すという思いがあった」と説明する。
という記事が出てきた(元記事は既に消えてるが)。当時の自分達の気持ちをそのまま表している記事だった。お前ら、90年代にあれだけやらかしたにも関わらず、何一つ反省してなかったんだね…
正直、我々の時代に体罰という理不尽な問題を取り上げ、裁判なりで戦って「教師が生徒を殴らない」という当たり前の権利を勝ち取っていれば彼がこのような目に合う事はなかったのかもしれない。
そういう意味では我々抗議の声を上げなかった人間も彼の目からすれば保善の教師と変わらないのかもしれない。
だが我々には声を上げる知恵も勇気もなく、結局、放置し、自分と同じ、もしくはもっと酷い状況を10数年後に後輩に味あわせた。
そして偏差値は51~58と我々がいた当時と何ら変わらない状況。
「進学校にするため」という大義名分で我々に奮われた暴力は結局何の意味もなかったのだと脱力するしかない。
保善高校の理事だの教師だの糞虫ども、正直お前ら全員死ねばいいと思うよ。
お前らは教育者でもなければ、経営者としても糞だ。お前らには何一つ敬意を持てるものがないし、何一つ美しいと言えるものがない。
「質実剛健」とか本当に笑えるわ。
とりあえずこの記事呼んで保善高校への受験を辞める人が増え、一人でも保善高校の犠牲者が増えない事を元生徒として祈っている。
・追記 保善高校の13年の空手部の体罰に関してはオンラインの記事は消えているが朝日新聞2013年2月24日の日曜版38頁、2014年7月4日の社会面の記事で確認ができた。体罰を受けた生徒は除籍処分にされたらしいその後、両親と共に保善高校及び同校を運営する学校法人保隣教育財団に550万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたらしい。その後の顛末はネット上を探しても見つからないが、彼にとって良い方向に事態が動いていた事を祈っている。そして22人のうち後に退学に追い込まれた生徒3名、後に自殺した生徒1名を出し、何の成果も残さなかった保善高校初代文系特進クラスの生徒の一人として、彼がとった勇気ある行動に心から敬意を表したい。
ケーキ買ってから飲みに行く夫も誕生日当日昼間仕事中の人間にいきなりプレゼント頼む妻も、
どっちももうストレスで限界いっぱいのうつ状態で、まともな思考が成立してない夫婦の話なんだよ
多分それは病のせい。
僕が患っている病。双極性障害。
躁鬱病と書くと狂人のように激しい感情の起伏を催すように思うかもしれないが、僕の場合は双極性障害“二型”だから激しすぎる起伏は無い。
症状のほとんどはうつ状態として現れる。長い長いどんよりとしたうつ状態が続き、時々、本当に時々、些細な躁状態になることがある。そんな病。
僕もこの前までは、うつ病だと診断されていた。
でも幸いと言うべきか、ほんの少しの期間だけ発症する躁状態がたまたま出てきたおかげで躁鬱病だと正しく診断されることができた。
うつでも躁でもない、普通の状態というのがどういうものなのか。
エネルギーがなく気持ちも塞ぎ込んでいる時は「うつ状態」。それは解りやすい。
エネルギーが満ち溢れていて気持ちも前向き。これも「躁状態」だと解りやすい。
けれど、エネルギーはそこそこあるけど気持ちが塞ぎ込んでる時もある。
そしてこれは多分「軽いうつ状態」ということになる。
では、エネルギーがそこそこあって気持ちが前向きになっている時、これはなんだろう?
いやこれは「軽い躁状態」なんじゃないのか?
そう考えると「普通」って一体なんなんだろうかと思えてくるのだ。
実は人間はみんな躁鬱病で、人間の状態には「うつ」と「躁」しか無いんじゃないか?
死にたいと思うことだって、特別なことではないように思う。誰だって一度は死にたいと思ったことがあるだろう。
何が「普通」で、何が「異常」なのか?
その線引きは一体誰がどうやって決めてるんだろう。
自殺についての5つの誤解 東京都福祉保健局 - http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/smph/chusou/jouhou/jisatsu/5gokai.html
内容は分かる。でも、助けるって言っても助けようが無くない?
どんなに生きよう?生きていたら楽しいことがこんなにあるよ?っていくつか例を伝えたとしても、
聞く耳を持たない人に対して、どう対処するの?落ち着けっていってもその場限りしか落ち着かないよ?
またちょっと嫌なことがあったら死にたいって連呼するのがオチだけど、その都度聞いてるかわからないような言葉を投げかけて相手をなだめていくの?
気持ちを汲み取れって言っても、死なないでほしいよって伝えて納得する?
助けようって思っても、本人は結局そんな人達の気持ちなんか理解できないでしょ。
死にたいって言葉を聞かされる側が逆に死にたくなったら、死にたいって言ってたやつは止めてくれるの?
きっと同調してるだけでしょ。
ああいう言葉で、他人に陰鬱な感情を感染させる事自体がおかしいじゃん。
助けようにも助けらんないよ。