「ラベリング」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ラベリングとは

2016-12-17

オカン視聴者選民感は異常

オカルティック・ナイン視聴者がすごいと言うより、選民感を感じさせる作りになっているなと感じる。

シュタゲもそうだったが、まず最初キャラ造形でふるいにかける。どんな人がふるいにかけられるかというと、偏屈で器の小さい人だ。煽るような表現をして申し訳ないけど、まさしくそう思うのだから我慢して欲しい。オタクにはそういう人が多いだろうから、1話切りする人が相当いただろう。

典型的なふるいだなと思ったのが、ネットスラングを多用するキャラがいること。ネットスラング日常的に触れていて、ネタ理解できる人のうち、反応は2つに分かれる。

「あーハイハイ、クッサ、そういうのマジ勘弁」みたいに受け取る人と

「あーあるよね、そういう人もいるよねウフフ」みたいに受け取る人。

前者は、どちらかというと本当にコアなネット文化理解者というよりは、にわか感がある人に多い気がする。例えば、にわかファンがよりにわかファンを叩く光景と同じ原理が働くのだろう。つまりは、自分理解であることを自負したいから、他人理解表現することを脅威と感じたり陳腐に感じたりする。肥大した自我を守るために他者矮小化するのだ。もしくは、自分では同族と思っていないかもしれないが、同族嫌悪感情。いずれにしても、器の小さい人間のすることだ。

本当に理解が深い人は、他人表現についてもどっしり構えて心静かに観察することができて、いたずらに攻撃的になったりはしない。ネットスラングへの造詣が深かったとしても、自身現実でもネットでも一切スラングを使っておらず、おくびにも出さなタイプが多いかもしれない。要するに、理解を、自己と同一化していない。自己ステータスにしないしアピールもしない。だから自己他者を「○○を理解する人/しない人」みたいに分けてマウントするようなことがない。結果として、どんな表現フラットに受け止めやすい。創作となれば尚更だ。

中高生のころなら、そういうラベリング合戦に執心して見えない敵と戦っていた人も多かろうが、ある程度おとなになると、普通はしなくなるものだ。そう言いつつもこの文章自体ラベリング合戦同然の青臭さを帯びていることについては、見逃して欲しい。私もおとなになれなかった大きな子どもであり、自己矛盾キャラなのだ

さておき、作品全体が例に挙げたようなスラングのノリで構成されているわけではない。巨乳電波系少女を出してきて、イチゲンさんに下品萌えアニメかと思わせる部分もそうだ。結局それらは、重苦しい世界観を覆い隠すための、しかもそうである必然性が後々わかってくる類の仮面にすぎないのだ。

シリーズファンであればそのことを重々承知しているので、ああいった初見バイバイ描写に惑わされることはない。けれどそうでない人にとっては、これでもかというほど辟易させる要素が詰め込んであると映る。特にマトモぶった偏屈な人ほどそう感じ、嫌悪感を抱きやすいのではないかと思う。

主人公がウザキャラで、アフィやニート属性であることもひっかけポイントだろう。これらは、現実ではネットほど非難される対象ではない。ネットの卑しい思考回路に染まっている人ほど、これらを執拗に叩く傾向がある。経済理解している一定層以上の人間なら、アフィリエイト行為自体を叩いたり嫌悪したりはしない。やり方が悪いアフィリエイター跋扈していることは事実だとしても、アフィ自体嫌悪対象にすることはむしろ危惧すべきものだ。ニートに対しても同じ。彼らは時代産物であって、自己責任論で叩くべき存在というよりは、社会が救済すべきものだという認識が基本だ。そもそも作中の主人公は悪質なアフィリエイターでも、見放されるようなニートでもないので何も嫌悪する要素がない。むしろ可愛らしいものだ。

さらに言えば、忙しく目まぐるしいテンポ伏線を匂わせる描写密度が、一般的作品比較すると異常な域にある点もそうだ。テンポについては、ネットでは早口だと揶揄される。だが視聴していくと、この作品はむしろこのくらいのテンポが相応しいように感じられるだろう。それでも時折不自然なほど早口だと感じる部分はあって、そういう不自然さがどうしても許せない人がネットには多い。けれどインタビューによると、キャストもその部分には面食らっている。制作側もそれを理解していて、1話台本の冒頭に、どうしてこういう早口演出が多用されているか解説があったらしい。そこの部分は視聴者の我々が窺い知ることのできない所ではあるが。

ともかくネットというのは悪意的な見方人間の声が大きくなりやすい。そして、クリエイティブ制作者に対する声も含め、他者への敬意や謙虚さが微塵もない罵詈雑言が並べ立てられている。そうしたもの思考汚染され、流されてしまわないためには、実際の制作者やキャストの声を聞いて、かける思いを汲み取ることが重要だ。それはどのアニメ、どの映像作品にも言えることだが、オカン特にそれが求められる作品だと感じる。

まりにも密度が濃いので、結局大風呂敷を広げただけで伏線を回収しきれないんだろ、と馬鹿にする声も聞く。しかし10話までみてきた印象としては、かなり綿密に練られている。最新話をみるたび過去話を見返していくと、膝を打つような発見、「そういうことだったのか!」がそこかしこにある。だが、「どうせ回収できない、ご都合主義だ」と侮る声を発する人を納得させることはできないと思う。そういう見方をする時点で全てのフィクションスポイルされると思うが、それに加えてオカン特有事情がある。おそらく、アニメ単体では全ての事実は明らかにならない。コミック版は12話からアニメとは別のルートに入ったという告知がされている。アニメは2巻まで出ている原作ノベル圧縮した内容ではあるが、すでにノベルの先の展開を描いている。アニメ展開に合わせたように発売日が延長→未定となっているノベル3巻もアニメとは別のルートに入る可能性が高い。つまりメディアを律儀に追っている人ほど、全容を知れるという仕掛けになりそうだ(なんてうまい商売なんだ)。

けれども裏を返せば、そのへんの事情を知らないライト層には不完全な作品と取られる恐れもあるわけだ。そういう整合性に異常に執着するアニメファンは、爆死だなんだと言うだろう。それを見越していながら突き進むスタイルは、ある意味ロック姿勢ではある。一方でそういう側面こそある種の信者ビジネスの肝だなと冷ややかに見ることもできるが、ストーリーの内容が内容だけに、楽しむことが好きなオタクならばシャレを効かせたメタ展開だと笑って受け止めるだろう。その八福神の会だか300人委員会だか分からないが、自分もそっち側に入信して、賤民には知り得ない真実に辿り着こうではないか、なんてノリにもなるというものだ。

思うに、大ヒットする作品というのは多分にカルト的要素を含むものだ。オカンにもその素地があると感じる。ラブライブしろガルパンしろエヴァでもガンダムでもいいが、ああいった作品ファン宗教的なところがある。単に作品が魅力的だというだけではなく、作品思想が込められていて、そのメッセージ性がいわば「教義」となり、観る人を感動させ、伝播の原動力となるのだ。作品を観ることで、その教義を受け取り、コンテクストを共有する。その域までたどり着いた人はまさに信者であり、選民となる。往々にしてひねくれた演出、尖った演出の数々は、その選民感を増幅させるのに有効に働く。けれど、ついていけない人には、真逆に働く。

よく、「ノリについていけない」とか「登場人物感情移入できない」という文句を言う人がいる。そういう人はおそらく、メタ感覚作品を眺めすぎている。無意識作品の向こうに作者を透かしてみていて、そうやってみる作者のことを「こいつはダメだな、こいつの作品はいけ好かない」と思っていたりする。それで作品本体をまじめに見れなくなっており、雑念がなければ感じ取れたはずの感動を取りこぼしているのではないか原作者志倉千代丸自身もおちゃめな発言をするタイプではあるが、それも一種ペルソナを演じているだけであって、硬軟かき分ける技量がある懐の深い作家であることは原作ノベルに触れると分かる。だから仮に登場人物がイタくても、キャラ造形が古臭くても、それに引きずられて作品自体や作者をイタいと思うのは間違いだ。

感情移入ができないことを問題視するのも、そもそもおかしな話だ。感情移入ができる、というか、キャラクターの(言外にあらわれる)感情が伝わってくるから感動できる、良い、というのは分かる。しかし、それが分からない、キャラ思考回路が伝わってこないかダメだ、とはならない。異なる価値観とか多様性に対するスタンスについて説教するわけではないが、はっきり言って、そういう人は、自分と近しい環境で生き、近しい感覚・行動原理を備えた登場人物が動く作品しかまともに見れないのではないかフィクションには強烈な個性を備えたキャラがよくいるものだが、ほとんどの場合、どうしてそういう性格になったのかは察せるものだ。はじめは理解しがたい性格キャラこそ、大いに想像力を働かせながら読み進め、自分には無かった思考回路価値観にたどり着く感動が得られるものだ。萌え日常系アニメキャラならともかく、脚本があるストーリーものキャラであれば、そうやって「キャラ理解する」作業はたいてい報われる。思っているよりもずっと。そういう作業を序盤で放棄して、「こんなキャラ理解できない、受け付けない、リアルじゃない」と決めつけ、あまつさえキャラの作り込みが悪い」などと作品のせいにしている人のなんと多いことか。読書や映像鑑賞は、実は読む・観る側にも作品世界に寄り添っていく想像力積極性クリエティティが求められるものだが、「消費する側」という立場になりきって選好を重ね、消費の達人になっていけばいくほど、傲慢想像力を停止した人間になっていくものなのだろう。

難儀なものではあるが、志倉千代丸作品に限っては、さらに、彼がイケメンで曲も詞もコードも書けてオタク力も高い上に金持ち、という超人的な要素があるせいで、僻みも加わってくるのかもしれない。けれども、作品を鑑賞する時というのは、そういう作者がいけ好かないだとか制作会社がどうだとか、そういう世俗的な感覚基本的に切り離しておくべきものだと思う。そういう感覚を混ぜることで楽しめるならまだしも、雑念になるのならばそれを排除する努力を(作り手ではなく)読み手側がしなければならない。それが創作に対し敬意を払うことだと思うからだ。

どうにもオカンの話ではなくネットアニオタ批判になってしまったが、これから時代コンテンツを楽しむということは、イコールネットの俗悪な風評とは距離を置いた賢明で物静かな「選民」になることだと思う。別に私のように選民意識をちらつかせて下層の民を殴ることはしなくていいが、そういう衝突もどんどん表面化していくのだろうと思う。もっと短文で動物的な形になるとは思うけれど。不快だが避けられないネット未来。そんな未来だとしても、それでも、日本アニメは「刺さる人には刺さる」方向性で突き進むのが向いていると思う。誰もが楽しめる優等生的な作品作りはディズニーあたりのお仕事。「刺さる人には刺さる」コンテンツ作りの先端を行くオカンのような作品に触れられることを私は幸せだと思う。

2016-12-16

http://anond.hatelabo.jp/20161216001719

君みたいにラベリング好きな人一定数居るのは確か

さっきも朝鮮人認定ネトウヨ認定を同時に受けた

まぁそこらは2chと変わらんよ

匿名ネット不安だもんな、ラベリングして安心したいんだよな

ただまぁ実際の人間ラベリングされるほど単純には出来てないんだよ

2016-11-10

オタク文化=「少年漫画を読む女と少女漫画を読む男」の文化 ではない

いろいろと誤解も多いのだが、いわゆるオタ文化というのは元来「少年漫画を読む女と少女漫画を読む男」の文化である。その点においてジェンダー規範からの逸脱が気持ち悪がられ、長らく迫害対象となってきた。いまも特に女性オタクたちはその趣味を秘匿してる人たちが多い。

http://koshian.hateblo.jp/entry/2016/11/09/175602

 

なんだこれ雑だなあ。あるいは主従が逆転してる。

 

引用文における「少年漫画を読む女と少女漫画を読む男」ってのはセーラームーンを見るような少年と、キャプ翼とかスラダンとか幽白とか封神演義を見たり読んだりする少女のことを指してるんだろう。“長らく”とあるし、最近のみならずコミケ晴海でやってたような頃のことももちろん含んでるのだと思われる。確かにこういう連中はオタク扱いされた。

しかしながらそれがオタク文化イコールで結べるかというともちろん結べない。エヴァを好んで見てた連中は男だろうが女だろうが“教室”でモロにオタク扱いされたし、ときメモなんてもっとヤバかったし、シスプリなんて最悪だ。こういう連中がオタクラベリングされることから逃げるのは、90年代当時不可能だった。

 

また、「ジェンダー規範からの逸脱が気持ち悪がられ、長らく迫害対象となってきた」というのもかなり語弊があるというか端的に言って間違ってる。というのはオタク迫害されたのは社会的弱者社会一般から見て理解できない、迫害側が見たことのないアニメのような気持ち悪いものを愛好してるからだ。ドラゴンボールは許されるけど、エヴァは許されない。ジェンダー規範からの逸脱が許されないのではなく、所属するコミュニティ文化から逸脱すると攻撃されるのだ。そこに「少年漫画を読む女と少女漫画を読む男」というのは含み得るが、レイヤーは一段下がる。含み得るというだけにすぎない。

 

ところでいちばん鼻につくのは「いろいろと誤解も多いのだが」という表現。ここでいう「誤解」が何を指すのかわからないが、引用した「いわゆるオタ文化というのは~」以外のオタク文化に関する言説と理解しうるのが普通の読みだろう。しかし「ジェンダー規範からの逸脱」うんぬんはすでに述べたように低レイヤー事象拡大解釈して一般化するという誤ったものであるし、誤ったものを真のオタク文化みたいな言い方をしてしまう言説は非常に劣悪だと思う。

 

記事劇場アニメ聲の形』評であって、オタクうんぬんはその前口上にすぎないようだが、しかし『聲の形』を評するために現実を歪めて解釈することは、むしろそれがいちばん罪深いことだ。

2016-11-06

http://anond.hatelabo.jp/20161105232009

体感・失感情

体感症(アレキシソミア)・失感情症(アレキシサイミア)と書いたほうが分かりやすいかもしれない。

アスペルガーとか高機能自閉症という名称が使われなくなったので、どちらか分からないけれど多分高機能自閉症

アスペルガー症候群高機能自閉症の違いは、幼児期言語発達に遅れがあったかどうか。

高機能自閉症では幼児期言語発達に遅れがあるが、その後は言語発達が追いつくため、青年期以降はアスペルガー症候群区別がつきにくくなる。

知的能力障害を伴わない自閉スペクトラム症を高機能自閉スペクトラム症と言い、アスペルガー症候群高機能自閉症などが含まれる。

元増田が言いたかったのは、こちらの高機能自閉スペクトラム症のことだと思われる。

これも勘違いがあるけど、一般的に「コミュニケーション問題がない」と言われているのは、自閉症スペクトラムの中でもアスペルガー症候群の人である

コミュニケーション障害がなければアスペルガー症候群とは診断されないので、元増田のほうが勘違いしているものと思われる(言語IQとか動作IQというのは診断には関係ない)。

自閉症特性は治すものではないので困ってないなら病院に来なくてもいいですよ」

これはまったくその通りというか、矛盾しているというか、自閉スペクトラム症診断基準には

『その症状は、社会的職業的、または他の重要領域における現在機能に臨床的に意味のある障害引き起こしている』

とあるので、困っていない元増田は「自閉スペクトラム症の傾向がある人」であって「自閉スペクトラム症」とは診断されないはずなのだ(そもそも精神科の診断名っていうのは、困ってる人を治療のためにラベリングするためのものなので、困ってない人をラベリングする意味がない)。

元増田自閉スペクトラム症と診断した先生が謎すぎるし、そもそも、困ってないのに元増田はなぜ病院に行ったのかとも思う。

念押し的に書いておくが、診断基準的には、困っていない元増田自閉スペクトラム症ではない。

2016-10-02

女子力という言葉は消えてなくなった方がいい

自分は男なんだけど、趣味でよく料理したりおかし作ったりするわけです

それも結構凝り性なので、フォー出汁から作ったりレシピ本みながらタルト・オランデーズとか作ってみるわけです

そういう話を他人にすると、男女問わず女子力いね~」という反応が返ってきました

もちろん言ってる方に悪気はないと思うんだけど、この言葉自分は少なからず傷ついてきたので、こういう言い方はもうやめてほしいです

1.「女子力が高い」ということは「男子力が低い」と暗に言われている気がする

これは少し被害妄想が入ってるかもしれませんが、女子力が高いと言われるたびに男性的な能力が低い、と言われた気分になってしまます

もちろん女子力が高いからと言って男子力(なんだそりゃ)が必ず低いわけでもないと思いますが、なんだかそういう気分になってしまます

そしてだんだんと「自分は男なのに女性的な趣味を持っていておかしいんじゃないか」という風に自分に自信が持てなくなってきます

2.そもそも「女子力」ってなんだ?

なぜ女子力料理スキルを指すんでしょうか?

なぜ女子力掃除スキルを指すんでしょうか?

なぜ女子力容姿をきれいに整えておくスキルを指すんでしょうか?

これらのことって性別関係ないですよね

ある男性料理が好きなこともあれば、ある女性料理が嫌いなこともある

そういう本来中立的ものをひっくるめて「女子力」とラベリングするのはさすがに前近代的でしょう

自分は男だからまだいいですが、女性がこれらのスキルを持ってなくて「女子力が低い」って言われたらどれだけ自己否定につながるか、性別が違う自分でも簡単想像できます

3.おわりに

女子力でくくれるスキルなんてありません

料理がうまかったら「料理うまいね~」と素直に言ってください

よろしくおねがいしま

2016-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20160808142709

 言えてる。

キャラメル掛けとか足元に落ちてたら臭いは残るしもう最悪だよなw

 この間なんんか予告編の間中ポリポリポリポリやっててさ、お前ら砂ネズミかなんかかって思ったね。

んで静かになった時にカサカサ、シュワァーごくごくっ「え? これって前にやったのの続き?」ゲフッ「うん? あー違うよこれマットボマーじゃん、ほら、チャックに出てたやつ」ボソボソッモショッ「あー、なんかハッカーのやつ」カサカサ、ポキッ「あー、これちょっとおもしろそう」「うーん」ポリポリポリ

 そんなん15分も聞かされてるこっちの身にもなってみろっつーんだよ。

ずーっとやってれば睨むやつもいるかしんねーけどそれが微妙に要所要所は抑えて周囲見ながら暫く黙るんだよ。

それから忘れたころにまたポリポリ始めて女が話し掛ける。明るければ俺が隣の背もたれに肘掛けてちょっと目ぇ合わせるだけで黙るんだろうけど表情まで見えないんだよな。

 んでまたムカツクのが本編にかけて少しづつ声のトーンが落ちて行ってささやき声みたくなってくんだよ。

「あ、そろそろかな?」ポリ。「いや次、次もういっこ」シュワァァア

 見たのかよテメェ一度!

んで暗幕広がるだろ? そしたらこれ見よがしに気ぃ使ってますアピールか?

「あ。しー!」「うん、マナー入れた?」ポリ「当たり前じゃん」

 うっぜぇ、マジウッゼェ!!

んで後は本編でお笑いのシーンでは忍び笑い、サスペンスシーンでは息をのむ声って寸法だよ。

 もうな? 実は半年以上映画館とか行ってないから3行目から全部創作だけどこいつらは何に該当すんの? オタクじゃなくてバカップルになるの? キョロ充? テメーらほんっとーにラベリングして生贄作ってくスタイルが何時まで経っても変わりませんねクソなんですか? っとぉ。

 あーどうでもいいけど仕事クソ暇だわ今日(笑)

2016-08-02

「数式アレルギー文系なので」

novtanがずいぶん好意的解釈をしてたけど、知的向上心のなさが問題ならそう言えばいいだけで、

文章術の本で一意に捉えられるようにしろとか熱弁してたくせにやらかしてんじゃねぇかとツッコまれてもそりゃあ仕方ないよね。

数式アレルギーというだけで他の学問コミットしてる可能性は排除できない以上、知的向上心を欠く大人なっちゃダメだぞは指摘として間違いだ。

この発言問題点って、ただ単純にアレルギーというワードチョイスがどうなのかってくらいで、結城氏の批判的外れすぎる。

文系バカにするな、というのもこの文に対してはおかしい。

文系から数式アレルギーなので」に対してならば成立するが、「数式アレルギー文系なので」は数式アレルギーでない文系存在否定するものではないので成立しない。

論理解説する本を出してる人がこれでは若者に悪影響ではないだろうか?

これから時代、数式は必要からやらなければならないというプラグマティズム観点から発言をしているが、

これは逆説的に数式が必要ない人はやらなくていい、ということにもなってしまう。

さて、これから時代を生きていく人のどれくらいが数式を必要とするだろうか。

また、数式という叡智の積み重ねに~という発言に関しても疑問が浮かぶ。

なぜリスペクトする必要性があるのだろうか。したからなんだというのか。ただの自己満足ではないか

ではブコメを見てみよう。

http://b.hatena.ne.jp/entry/rentwi.textfile.org/?759297917043609600s

tockri 僕も自分不勉強で苦手なことをヘラヘラ笑いながら「よくある多数派」にラベリングしてその対象を貶める人が嫌いです。ブコメ中の的外れ率がものすごい高くてびっくりした。

上記のとおり文系を貶めてるわけではないので的外れ

hate_flag 数式がわからないなら「わたくし不勉強でこの式の意味がわからないのです」と正直に言おうよ。不勉強なのをありもしないアレルギーのせいにするのは不誠実だし数学に対して失礼だ。

しろわかりませんの後に出てくるフレーズだと思うが。むしろこれは「苦手なので費用対効果が悪くやる必要性がない」というメタメッセージにも受け取れる。

それから数学に対して失礼」などという謎フレーズ。お水にありがとう

watchcat そもそも人は日本語もきちんと読めない。ここのブコメ達が良いサンプル。大半は的外れ批判しかしてないしね。そして日本語不自由なのに数式なんて読もうとするわけがない。だから敬意なんて持たない。

okureiman スター集めてるブコメ反論レベル低すぎてわろた

典型的な匂わせ文。抽象的な言い回しだけでマウンティングを取ったコメントしか放れない人間が語る誠意とは。

後者は2ブクマしかなくて顔真っ赤にした誰かのサブ垢かと疑うレベル

gcyn えっ、なんでこれこんなにも否定的コメントつくの?って思った。悪いけど、ご自分の卑屈を他人の汚点に転化してるからではなかろかしら。

touch_my_tralala 数式が苦手でかつ怒りっぽい人ってこんなにいるのかって、ブコメみて驚いた。なんかコンプレックスでもあるのかな。結城さんの言ってることは結構まともだと思うんだけど。

ophites 「俺も昔はワルだった」「自分不器用でして」が実際は「ガリ勉より俺の方が人として上」「要領だけ良いズルい奴と俺は違う」を意味するように、卑下のふりした自慢なんだよな。できないのは仕方ないがそれを誇るなよ

で、出た~他人脳内空想決めつけ発言くりかえすやつ~

他人投影防衛機制指摘したところでおまえがそう決めつけていい世界にお住まいならおまえの意見こそが投影防衛にすぎないと決めつけていいよねと返されて負けるタイプ、許されるのは20歳までだぞ☆

t-tanaka これに限らず,知らない・できないということを特権のようにふりかざして,相手に譲歩を求める行動が世の中で通用してしまっているのか腹立たしい。

実際にしらないできない他人コストをかけさせてやらせようとするのを拒否される=俺に譲歩を求めてくるなら所詮レベルじゃないっすか~

yu173 誰にでも得意分野がーは反論にならない。不得意だろうが数式を蔑ろにするなという話でしょ。この手の話題になると理系文系区別することの害をブコメから見て取れる

なるよ。ひとつめに数式アレルギーイコール知的向上心否定にはならない、ふたつめにすべての人が必要ではない以上、コストパフォーマンスを考えて得意分野にコミットして数式を蔑ろにする選択は十分にありうる、ということで十分な反論になっている。

matarillo 《あなたがわからないのはいいよ。あなた理解したくないのはいいよ。若者にそれを推奨するなといいたい。》《大人真剣勉強しよう。》ってあるのに★ブコメは何を読み取ったんだろう。

推奨という論理飛躍や勉強していないという決めつけ、わからないのはいいと言っておきながら歴史ある知である数学リスペクトしろというテメーの価値観の押しつけを読み取ったのではないでしょうか。

unagi_dayo 「数式アレルギーなんで」「文系でして」「自分馬鹿なので」等と言って何かを理解すること・考えることを放棄する行為は不遜だし周囲の若者に悪影響を及ぼす。分からないこと、苦手なことが悪いのではなく態度の問題

数式アレルギーでも他の分野の学問理解する方にコミットしていれば何の問題もない。コストパフォーマンス問題英会話教室の入会アプローチのような強迫圧力をかけて数式を理解する必要のない若者にまで数式は理解しなければならないと押しつける方が悪影響。日頃から文系はムダと明言している理系はたくさんいるが、数式がムダは一切みとめようとしない態度はなんの問題もないのだろうか。

watapoco 数字を扱う仕事をしてる人間として無茶苦茶同意。いや、わからんはいいのよ。こういう台詞はく人できる人へのリスペクトがないの。

どこをどう飛躍させるとリスペクト云々になるのだろうか。あと誤字脱字のまま書いてもいい推敲しないで書いてもいいと思わせると若者に悪影響だぞ。みんなもっと叱れよ。

kaputte 同意しまくり。言葉をいい加減に扱う奴は信用できない。この文章は数式や漢字が読めない奴を叱るとかそんな話じゃないんだが、これを理解しない層=怒りの矛先だと思われるので、勝手に誤解するしいろいろ不毛

アレルギーというワードチョイスにはたしか問題あると思うが、これも匂わせ文。言語化せず逃げに走るのは若者にとって悪影響。「勉強不足を恥じろよ。若者自分レベルまで落とそうとするなよ。」えっ?どんな話だって

marmot1123 想像以上に批判的なブコメが多くて驚いた。自分は完全同意自分勉強しなくてわからないのはいいけど、他の奴らが勉強しない方に巻き込むなって話。難しいから逃げるんじゃなくて丁寧に読もうよって話。

巻き込まれるようなバカを殴る方向にシフトすべきだろ。そもそも勉強する必要性がない人だっているんだから

okachan_man 文系だけど、自虐じゃなく本気でそんなセリフを言う人はただのバカだと思うよ

上述のとおり、お世辞とかコスパ考えて投資する必要性がないの言い換えにすぎないとも考えられるからなぁ

おはように早くねーよ!とかお疲れ様ですに疲れてねーよ!みたいなアスペ臭が漂う。

アレルギーというワードチョイス一点突破ならここまで批判されなかったろう

satomi_hanten 結城センセっぽくないけど「大人には」って明記してあんのすら読まなかったり理解する意思を見せない人間にはなりたくないのは1000%同意

書いてあるとなんなのかまったくもって意味不明

araignet2内容以前に結城氏のこれまでの著作活動に対する全くの無知しか思えないコメントにげっそりする。

しろ今までの著作活動台無ししか思えないけど。自分文章術の本をもう一度読み返したらと思う。数学尊敬しない人に対して尊敬しろ尊敬しろ尊敬しろ尊敬しろと思っているというイメージ数学ガールたちにさよなら絶望先生久米田康治登場人物並の闇を感じさせてしまうだろう。

2016-07-17

反論できないんじゃなくて、本当にラベリングするなとか表現の自由だとか言われてもだからなんなのって感想しかないのよ

お前がDQN右寄り思想で人の命に無頓着で嘘つきなのは確かじゃん

あ、ラベリング云々の返信は要りませんから

さっきから君の〜というラベリングをするな、っていう書き込みしつこいか割愛してくれていいかな?

反論できなくなるとラベリングだとか表現の自由しか言わないしこいつマジで

最近完成されたチャットボットなんじゃねぇの?

2016-07-11

参院選の結果で野党系が日本オワタオワタみたいなことを言ってる。

なんで選挙に負けた理由考察しないんだろうなぁ

安保法制戦争法ラベリングするように、自分たちの主張が通るのを民主主義だってラベリングしているのだろうかな。

2016-06-21

追記: 高校生の時、俺はとんでもないDV野郎だった

http://anond.hatelabo.jp/20160621003527 の追記

 あの記事趣旨は、まだ気づいていない同じような加害者たちに伝えるためで、懺悔のためではなかった。だからブコメで真っ当な人たちにボコボコにされているこの反応は当然だと受け取っている。犯罪者だな、と言い捨てられるような、真っ当な人たちには理解できなくて当たり前だよ。真っ当な素養を持って生まれた人には、崖の端っこを歩いている、若しくは踏み外してしまった人間思考回路はわからないんだと思う。でも、そんな真っ当な人間ばかりじゃないんだよ。犯罪者素養という爆弾を持っていても、それを外から見つめてうまく自分コントロールして、何とか普通に社会で、胸を張って生きれるようになりたいんだよ。俺は、ボコボコにされるとわかっていながらも、こういう文章を書く。同じような過ちを犯しそうな奴らには早く気づいてもらいたい。それが俺が社会に対してできることだと思っている。じゃないと叩かれると分かってて書かない。俺の文章は、まともな人たちに向けて書いたんじゃない。俺の文章は、俺のキモい思考回路がそのまま入ってくるような、同じようなやつのために書いたものだ。なぜ俺が「皆」と、呼びかけたのか。それは、ただ「DV加害者の皆」と呼びかけても、当人たちは気付いていなわけで、一般化することで、自分のこととして考えて欲しかたからだ。それが、誰かの気を逆撫たかもしれない。

 その後、被害者側に立った話もあるけど、ずっと後の話で、俺はその人を変えられなくて、そもそも人を変えることなんて無理で、そこからは離れた。だから被害者側の気持ちも多少なりと分かるけれど、それとこれとは別の話だし、「本当の意味でお前は分かってない」と結局罵られる。だからその話はしない。一人っ子だったことだけが原因ではないことは理解してるけと、半生を語るわけにもいかいから、その話もしない。人は逸脱行為理由を、単純化抽象化して理解したがるものから、そういうものだと思っている。

 例えば「恋人貴方のやりとりは、友達にそのまま見せられるか?」と問われて気付いて、行動を変えて、それから「成長した俺、かっこいい」と思っていたとして、それはキモいことだけど、それでDVが止まれば、結果的社会にとってはいいことじゃないかなと思う。


 あの記事謝罪したところで、彼女には届かないし、あの記事で謝っても話の焦点がブレてしまうし、俺のための懺悔しかならないから、あそこでは特別に謝っていないけど、俺はあの後数年かけて彼女に謝り続けたんだよ。書かれていない背景を想像して徹底的にコメントで叩かれているけど、それは書いていなかったことだから仕方ない。もう別れていてたけど、学校という同じ空間にい続けた。言葉だけの謝罪なんて意味がなくて、自分が変わりつつあること、変わったことを示し続けることでしか、信頼を回復できないと思った。最初は口も聞いてくれなかったし、怯えた目で俺のことを見ていた。けど、数年経って、態度が柔らかくなってきて、それからはお互い恋人がいる状況でも困ったことがあれば相談してくれてそれを本気でお互い解決したりもして、お互い結婚した今は向こうから声をかけてくれるくらいのお茶友達だよ。実際心の底で許してくれてるかなんてわからないし、許して欲しいと思っていないし、許されないことをしたことは変わらないけど、それ以上どうしたらよかったんだろうか。


 「またきっかけがあればきっとやるよ」「殴る相手がいなかったから殴らなかっただけ」「サイコパス野郎」と言われても、その後同じようなタイプ大人しい子とも付き合ったけど殴らなかったし、暴言も吐かなくなったし、今は本当に大人しい奥さんだけど、同じような状況になっても殴る気持ちなんて起きない。そういう人は俺が刑務所に入れば満足するんだろうか。その人は、俺が刑務所に入っても、当人たちがもういいと言っても、俺がどんなに変わっても、きっと満足しないで、犯罪者レッテルを張り続けて、俺を社会に参加させないようにするのかもしれない。10年そういった行為をしないでいるけど、それでもお前の本質は変わらないよと言われる。俺は、どんなに更生しても一生犯罪者と呼ばれて、やり直せないのかもしれない。

 犯罪心理学ラベリング理論というものがある。非行に走る者に非行者というレッテルが貼られて、社会からつまはじきにされるせいで、非行者たちが自暴自棄になって非行を繰り返したり、非行者たちが集まって更なる非行行為に走るというものだ。おそらく貴方たちの中で俺のレッテルは、一生剥がれないのだと思う。もうそれでいい。周りが何と言おうとどう見られようと、俺は俺の意思で、もう二度と人を傷つけない道を選び続けるから、それでいい。素質や頭の中がどうであろうと、俺はもうやらないし、今目の前にいる人たちや、当時被害者だった彼女をかけがえのない友人として大事にするから、それでいい。


 何度も言うけどDV加害者加害者であると気づかないこと、密室内で行為が行われて第三者が介入できないことが深刻な社会問題だ。そして、被害者からはそこから逃れられない。手が出なくても、機嫌が悪くなったり、舌打ちや態度で威圧して、相手コントロールするだけでもそれは精神的なDVモラハラ)なんだよ。一度もそんなことをしたことがない人間っているのかな。いるのかもしれない。多分そういう人は聖人なのだと思う。そういう人が社会の大部分なんだと思う。手は出ないけど、そういう理不尽な親父とかたまにいるじゃん?それで、家族が顔色を伺って、気を使うというやつ。あれもDVで、その家族DV被害者なんだよ。そしてその家族たちも、それがDVであることに気付いていなかったりする。それ、DVから気付いてくれよ。加害者が変わんないとダメなんだよ。

 ガキのころと違って、社会に出たら自分の思い通りにいくことなんて少ないし、人の心なんてコントロールできるものではない。世界自分の思い通りになんかいかない。自分を守るために、人を傷つけるようなことはしてはいけない。15のガキだった俺に説教しても分からいかもしれない。俺はただ、とにかくこういった行為が無くなることを望む。

2016-06-14

相手批判する言葉のうち、「中二病」という単語ほど中身がないラベリングワードを他に知らない

2016-05-16

ジェンダー

年中と1歳の娘をお風呂に入れていた。

娘「男1人と女2人だー」

パ「パパはおんなだよー」

娘「パパはおとこだよー」

パ「体は男、心は女のレズビアンなの」

と、反論した。

誰が、そんなラベリングを教えてくるんだろうかと思う今日この頃です。

2016-02-15

アニメファンというカテゴリが何故無いのか

アニメは他のコンテンツと同列に見て鑑賞を楽しむ程度なのだけど、この程度でもアニオタという表現カテゴライズされるのが悲しい。アニメファン、もっと言えばただの一コンテンツ視聴者であるのだが、なぜラベリングが無くならないのだろうか。

オタク呼ばわりは心外なのだが。

2016-01-27

はてな村」は、移民の受け入れに失敗した

はてなダイアリーはてなブックマークで、なあなあと慣れ合いながら、少し排外的な「はてな村」は、崩壊を始めている。

移民の受け入れに失敗したからだ。ドイツメルケル首相を笑ってる場合ではない。

受け入れ失敗には、3つの大きな過ちがある。

新しい使い方の拒否

はてなブログを受け入れず、結果、定着した時に誤った作法が広がった。

はてなブログへの移行後も、結局、はてなダイアリー的な使い方しかせずに、新しい使い方を拒否した。

結果、ブログに対するスターコメントなどの「はてなブログ内」にコミュニティを移行できなかった。

相変わらず、はてなブログに対する一番の交流場所が「はてなブックマーク」のままというありさまだ。

そのお作法は「はてなブログ移民」にも当然伝わった。

なるほど、郷に入っては郷に従え「はてなブログ」は「はてなブックマーク」で交流するのか。

その結果、「はてなブックマーク」にはブログ作法を持った移民が大挙して訪れる事になる。

今まで幾多の移民排外的な態度でやんわりと拒否しながら

「いや、拒否はしないよ?でも、ココはこういう作法から」としてきた姿勢が、大量の移民を前に崩れ去った。

誤ったラベリング

キャッチーではあるが誤ったラベリングを受け入れ、排斥運動が「頑迷な未開人の叫び」になった。

はてなブックマークスパム」という、昔からあった長いが正しい方向性を、

はてな村互助会」と言う、キャッチーだが間違ったラベリング議論しだした。

そもそもはてなブックマークは、idを用いた慣れ合いがかなり長い間あった。

村長」や「会長」と、なんの説明も付けずに書いたとして伝わるという、身内受けするネタも数多い。

また、「スパムの売買」という認識も間違いなくあった。(はてな村奇譚20あたり参照)

その方向性が一気に変わったのがコレ→はてなブックマーク - 有名ブログですら互助会ブックマークが必要という現実

まだ、「互助会」というラベリングではなく、「ブックマークを集める手法」という承認欲求一種としての取り扱いだった。

次に、載っかたのがコレ→はてな村を汚す、はてなブックマーク互助会の暗躍

そして、決定的に定着させたのがコレ→はてなブックマーク互助会と炎上耐性 - あざなえるなわのごとし

  1. 「3ブクマをつけるスパム行為(新着に載せるスパム)」
  2. はてブ専有するに相応しくない話題

この2つを切り離して考えられなかった(考えたくなかった)のが、主な誤り。

ネット基礎知識の欠如

荒らしには関わらない。踊り子さんには手を触れない。

本当に基礎の基礎の知識だが、圧倒的にネットリテラシーが欠けていた。

もともと、「遠くからヤイヤイ言う」というはてブは、かなり最初からお行儀云々言われていた。

ネットウォッチにも、荒らしに対する反応にも、びっくりするぐらい相性が悪い。

ここで、「はてブ専有するに相応しくない話題」だと考え時に、徹底無視を貫けなかったのが、誤り。

(「他の人間ブコメしてんだから、俺がしないと大喜利にならないだろ」みたいなのが主因だと思うが)

最終的な結果

はてなブログからはてなブックマークに人が流入してきて、本来意味で「はてなブックマーク」が使われだした。

まり、「はてなブログに参入する人が、読みたい記事集合体」が、ホットエントリを占めだした。

いくら稼いだとかなら今からでもスパム扱いすりゃ良いんだけど、もう遅いんだよ。

見てみろ今のエントリー2chまとめグラビアまとめ、Twitterのまとめ。

何件アルファルファ痛ニューが入ってきてんだよ。

ぶっちゃけて言うけどさ、「しいたけアイコンが変わった」がホットエントリになるの、スパムしか見えない。

もちろん、「●●アクセスで、■■円稼いだ!」みたいなのはホットエントリには相応しくないと考える。

これをキチンと分けて考えた上で、慣れ合いを許容しつつ、はてブにふさわしい話題議論をして、

荒らしに反応するのも荒らし」とマサカリガッツリ投げあえなかったのが、敗因。

慣れ合いを村スパムと弾劾できなかった時点で、あとは自警団に期待するしか無かったんだが、

オマエだよオマエ。グラビア無言ブクマしたオマエだ。ホッテントリが壊れたのはオマエのせいだ。

会長だの村長のしいたけだのコンビニ店長だの身内向けのブコメ節操無くつけてたオマエのせいだ。

もはや「弾劾は身分保障された対象を訴追する際に使うのでこの場合断罪」とか言うはてな村は死んだ。

ホットエントリーは崩壊寸前だ。過去の人エントリーがキチンと仕分けされてて使えるからそっち使えよ。

まさかはてな運営が良い仕事してるとか言って締めるとは思わなかったよ俺も。

2016-01-10

ラベリング威力について

川谷絵音ベッキー不倫を知って、真っ先にラベリング効果のことを思い出した。

ようするにゲスの極み乙女というバンド名がいけないのだ。

自分ゲス人間だという自覚から川谷はこんなバンド名を思いついたのかもしれないが、

おかげで川谷の脳内に「俺はゲス人間→だからゲス生き方をしても構わない」という道理が生まれしまった。

 

SEKAI NO OWARIも実はラベリング効果だったりする。

彼らはバンド名に則って、この世の終わりの到来を心の奥底で理解しながら、現実逃避理想郷を歌う曲ばかり作っている。

これが例えばSEKAI NO HAJIMARIというバンド名だったら、彼らは世界未来を手にするための現実的な具体案を模索する曲を作るだろう。

 

キュウソネコカミは売れた後がやばい。売れたらキュウソではなくなるから

年収70億なのに黒人差別を受けて怒り狂ったオプラ・ウィンフリーと同じ轍を踏むことになる。

 

KEYTALKはローランドキーボードにありそうな名前

DTM連想させる語感であり、案の定彼らの音楽ボカロ系四つ打ちダンスロック。頭が悪すぎる。

 

MAN WITH A MISSIONは、イギリスダンスロックバンドMANBREAKのパクリ

おそらくソングライター幼児体験にMANBREAKがあったのだろう。バンド名も音楽無自覚トレースしている。

 

フジファブリックは、国内大型フェスで暴れたいという阿保な価値観バンド名と音楽性に現れている。

ロキノン国内大型フェスを音で表したような曲ばかり作っている。

2015-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20151204035933

お前は他人が思い通りに動かないと願い下げだとかいうところが

自己愛性人格障害っぽいな。

ラベリングというか類型論が人の雑な認識によく出てくるのはオタクに限った話ではないだろう。

極端なラベリングをして思考停止するという特徴があるからオタクという類型っぽいってお前の受けた印象もその一例だろう。

お前がオタクじゃないとしてだが。

類型ではなく特性だが、たとえばビッグファイブみたいなかなりの程度遺伝説明できる、気質に基づく性格を、

都合よく変更しろみたいなのが、

簡単に損失なく人物(キャラユニット)のタイプ複数の特徴を持つ)を変更できる種類のゲームみたいなんだよ。

まあ一時的に気に入られる風を装うことはできなくはないだろうけど、

それをずっと続けるのは大変だろう。

http://anond.hatelabo.jp/20151204035538

なんか極端にラベリングして思考停止するオタクくせえ奴だなあと思ったらやっぱりそっち系なのか。しらんけど。

2015-11-08

残業をさせない、週に2日は定時退社、コンプライアンス遵守、めっちゃかい社内のゴミ出しルール

みたいな職場に先日までいたんだけどさ

勤務環境ガチガチに守ってる割には妙に窮屈で居心地良くないんだよ

なんでかな、と思ったらあそこ休憩所がなかったわ

自販機スペースもあれば、休養室もあるけど

自販機スペースには椅子がないし、休養室は病気になった時以外は使えないようなもの

気分転換ゆっくりできる場所、ってもんがない環境だった

しか職場雰囲気的に、1020分と離席したり、自席でぼんやりするってのが許されない感じだったんだよね

客先ゆえの不自由ももちろんあるけどさ

がっちりルールがあっても働きやす職場ともあんまり思えなかったな

どこの企業だったか現場椅子がない・通路を歩く速さに何秒以内との指定がある、という話をネットで見たけどあれに近い感じ

単位時間あたりの効率を上げるって発想で、どっか単純労働者として使われてる感が出てるというか

ラベリングされたルールだけ守れば後は酷使してもいいって感じの社風だったのかな

現場の長は社員にひどい罵倒するような人間だったしさ

2015-11-03

http://anond.hatelabo.jp/20151103224634

元増田の考え方については知らないけど、横から入ってきたこいつの場合

一般的解釈における弱者を「実はこいつらは強者なのだ」とラベリングすることで心おきなく攻撃できるというライフハック実践しているみたいだよ

2015-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20150627125159

合理性」という概念について誤解してるらしきブコメがいくつかあるので追記。

合理性は個人の感情や欲求と相反するものではなく、むしろそれを前提にしている。「なぜそうするのか、そうあるべきなのか」という問いに対して、最終的に「自分感情目的しかじかだから」と答えることはまったく合理的だ。合理性にもとづけば、前提(欲求)がちがえばちがう帰結(どうあるべきか)が出てくるのは当然である。だからこそ、お互い求めるものがちがいますね、じゃあどうしましょうねという話ができる。

たとえば、伝統大事にしたい人が「伝統に即さなものを見ると自分感情を害されるから伝統大事にすべきだ」と主張するのはまったく合理的だし正当なものでもある。リベラル立場からすれば、それを認めたうえで、その個人的な欲求が、ほかの人の欲求と照らし合わせたときに押し通すことができるものなのかどうかという話になる。

しかし、保守的思考をする人は、そういうしかたで自分の主張の理由づけをしない。端的に「これが現状だから」「過去こうだったから」という説明しかしない。それではリベラルは納得しないが、保守はむしろそれで納得するのだろうという話。

あとついでにいうと、現代日本(のネット)において「保守リベラル」「右翼左翼」とラベリングされているものには関心がない。もっと根本的なレベルでの考えかたのちがいの話をしている。そして、そのちがいは、従来「保守」と「リベラル」と呼ばれてきた政治的対立根底にあるものだろうと。

保守リベラル」というラベルは、たとえば幕末期の「尊王/佐幕」とか「攘夷開国」と同じように、多様な対立軸をごっちゃにしたかたちでつかわれていて、もはや有意味な内容をもっていないかもしれない。その意味で、このラベルを持ち出したのは失敗だったかもしれない。たぶんノーランチャートのような2軸4象限あるタイプスペクトラムを持ち出したほうがよかった。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん