はてなキーワード: ATフィールドとは
【ダウナー系のオタ】
・各種コンテンツを受動的に楽しむ。基本的に「観るだけ。やるだけ。買うだけ」というスタンス。
・創作しても発表したがらない傾向あり。絵を描く場合も「見せるためじゃなく趣味として」というノリ。
・フィギュア類はアレンジの効きすぎたものより、原作のテイストを忠実に再現したものが好き。
・RPGではアイテムコンプやパラメータMAX、分岐の総チェックなどに走りがち。
・買い物、イベント、映画館などには一人、もしくは少人数で行きたい。
・友人宅で観たいDVDを見つけた場合は、借りて帰り自宅で鑑賞。
・内向的でおとなしく見えるが、実は腹の中にドス黒いものを潜ませてたりする。
・誰にも邪魔されず、「好きなものに囲まれた快適な日常」を維持してゆきたい。
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【アッパー系のオタ】
・各種コンテンツを能動的に楽しむ。アニメなどを「語る対象」ととらえ、
・創作活動への関心大。創作しない者でも「こんなのどーよ」と、思いついたネタを話したがる傾向が強い。
・フィギュア類は独自の解釈で原型師の個性を打ち出したものが好み。
トンチの効いた「俺ザク」なども好き。
・RPGでは封印プレイやタイムアタックなどに走りがち。調子に乗って、
・買い物、イベント、映画館などには、仲間を誘って大人数で行きたい。
・友人宅で観たいDVDを見つけた場合、そのまま鑑賞会に流れ込み、語り合う。
・外交的で明るく見えるが実は打たれ弱く、言動がスベったことをいつまでも気に病んでたりする。
・周囲を巻き込んで、いつまでも「終らないお祭り騒ぎ」を続けてゆきたい。
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とのこと
そしてこれにはどうやら続きがあるみたいで
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・「普通のやつとは違う自分」をアピールしたいばかりに、自室画像うpや痛車など自爆っぽい行動を取り始める。
・妙な口調で妙なキャラを演じ続けた結果、「キャラに似合わない言動」が制限され、ストレスがたまる。
・ゲームのキャラかと思うような服・小物に手を出すなど、迷走したお洒落心が悲劇を呼ぶ。全体的に痛々しい。
・人が多いとうかれまくり、わざと廃人オーラを放射。オタ談義は隣のテーブルにまで聴かせるぐらいの気持ちで。
・一般人のみならず、オタ友からさえも「テンション抑えろ」という突っ込みが入る。
・地雷アイテムへの特攻など、ウケ狙いの買い物に走る。オタであることを喧伝するためにオタをやるような有様。
・自分をさらけ出しすぎて、職場・学校・街中など、行くところ全てをアキバ化する羽目になる。
・尋常じゃないほど瞳が輝いている。
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・気力が低下してゆき、他人と接するのが苦痛になりはじめる。ひきこもりに至ることも。
・言いたいことは言えばいいのに、うまく喋れず腹に抱え込む。たまに爆発し、ネットで吼えることも。
・見た目に関して無頓着になり、服選びの基準が「洗濯してあればいい」まで低下。全体的に小汚い。
・人が集まる場では「見るな構うな放っといてくれ!」なATフィールドを展開。
・一般人のみならず、オタ友からさえも「なんか怒ってる?」と言われてしまうぐらいブスっとしている。
・オタ友がなんの気なしに言った「あれはチェックしてる?」という言葉にさえ、強制されているような反発感を抱く。
・自分の世界に閉じこもりすぎて、職場・学校・街中などでも、自室の延長であるかのように振舞いだす。
・死んだ魚の目をしている。
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らしいです
自分が気にしてない、別にコロナになって死んでも構わなくても、
突然キレてスーパーとかの透明のシートを破って怒鳴ったりする老人がいたけど、
というか、コロナのATフィールドにプラスして袋が有償とかスゲー面倒臭い
食品は構わないけど、布団のシーツを買う、ちょっと下着や服を買う、蛍光灯や電球を買う、毛布や枕を買う、
以前は手ぶらで買いに行って、袋に入れてもらって帰ってこれたのに、
今は買うものを想定して、その大きさに合わせた袋を用意していかなければならない、
もしくは、うっかり忘れてきて、有償の袋があっても以前より格段にショボい、穴が空きやすいとか、
なんで試験前ほど部屋の片付けをしたがるみたいに、
コロナになってから環境保護とかやりだすんだよ、だったらコロナの前からやってろよ、
と思うわけだけど、なんか世の中が嫌になることばかりだよなあ
昔エヴァ見たとき、ATフィールド持ってる使徒ってどうやって倒すの~~?とか、
超強力ハイパービーム出すラミエルどうやって倒すの~~?とか、
2体同時撃破しないといけないイスラフェルどうやって倒すの~~?とか、
クソデカ質量で大気圏突入してくるサハクィエルどうやって倒すの~~?とか、
レリエルのディラックの海とか意味わからんし今度こそ完全に終わったじゃん~~?とか、
そういうワクワクする戦闘がシン・エヴァ(ヱヴァ)には一切なかった。
まあ今更「ATフィールド持ちに対してどうやって倒すの~~?」とかこすられても冷めるわ冷めるんですけど、真新しい特殊戦闘はなかったっす。
最後のほうとか、デザインは洗礼されてるけど別に特殊能力とかなさそうな数の多いモブ使徒とモブエヴァが大挙してきて、アスカとマリもなんかよくわからんけどシンクロ率めちゃ高い動きしてるし、技術発達によりアンビリカルケーブルの制限もないし、超兵器あるしでスーパーロボット大戦で倒しましたって感じで、映像はよく動くけど面白みはなかった。(そういえば昔のスパロボF、初期エヴァは宇宙に出撃できなかったのが懐かしい)
俺にとってのエヴァってのは、奇抜な使徒のデザイン!そいつらが引きこす無理難題!対応するネルフ職員!立案される無茶な作戦!しかしそれを一丸となって成し遂げるエヴァとネルフ!ギミック満載の決戦要塞都市第3新東京市!そこを駆けるエヴァ!戦闘演出カッコイイ!エヴァカッコイイ!ドドドキュバッドカーン!ウオー!その裏で渦巻く陰謀!そして男の戦い!暴走するエヴァ!おぞましい!カッコイイ!使徒カッコイイ!ATフィールドギャキーン!ブワーズドドドドボワーン!カッカカッカコイイイ!!!なんだよ。
それがQとシンにはまったくなくてオレは…ガッカリした…
ところが感想を見るとアレで良かったらしい。しかも批判したらまだエヴァに捕らわれてるとか言われる不条理。アクション以外大した思い入れもないわ。スパロボでどう再現されるのか楽しみな初号機の必殺技とか見たかったんだよ。(ダブルATフィールド拳の再現楽しみです)
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・観る前は気分が乗らなかった。予告編を見た限りでは画面が赤かったから。ずっと毒々しい赤いシーンが続くのは疲れる。序破のような街や自然が観たい。でも実際に観てみると癒されるシーンが多かった。
・戦艦をピアノ線で吊ってるのは特撮っぽくて良いね。動きも完全に紐でぶら下がってる感じ。3DCGなだけでなくゲームの物理演算を使ってコンピュータで特撮やってるのかな。
・自分の母は重い認知症の祖母(母から見た義母)に幼児言葉で話しかけてたけど、自分は認知症の祖母を幼児として扱うことが出来なかった。その辺できる人とできない人がいるよね。子を持った経験があるかないかなのかな。
・日本人にとって風呂は重要なインフラだと思う。パンとサーカスより白飯と風呂。
・国内で完結する電力供給源として太陽光発電はやっぱり重要だと思う。
・一時期GUNPEYがソシャゲ化してすぐ消えた。これを機にちゃんとした続編出ないかな。
・エロい感情を抱く男キャラが一切出てこないから薄まってるけど、エロいシーン多いな。
・「あそこにいる人達はみんな元ネルフ職員のはず」という考察を見てハッとした。みんな博士号持ってるんだろうな。
・「私がなんで怒ってるか分かる?」はよくある台詞だけど、作品の外側から見ると、読解問題の答え合わせをしているような親切さがある。
・最初「このシーンのCG安っぽいな。ビルがダンボールみたいな吹っ飛び方するのおかしいだろ」と思った。
・そうだよなぁ。当時の中学生も今はもう少年に感情移入が難しいし、どっちかと言うとこっちが主人公なんだよなぁ。
・それに続けてニッポン人のケジメの付け方。
・岡田斗司夫が1stガンダムのラストシーンを熱く語っていたのを思い出した。あれが岡田斗司夫個人の解釈ではなくガイナックスで共有されてる解釈だとすれば、それに習ったケジメの付け方なのかも知れない。
・結局、ATフィールドを打ち破る力を持ってるのはオバちゃんなのかも知れない。オタク・ギャルの構図もそれに近い。でもやっぱりオバちゃんの突破能力が一番強い。これが25年かけたエヴァの答えだと思う。
ネタバレないあるよ。
ネタバレあるないよ。
「気持ち悪い」 終劇
覚えているだろうか?
知らない人もいるかも知れない。
LCLの海に染まる世界、最後に残ったエヴァパイロット、ATフィールドにより世界との融合を拒んだシンジとアスカ。
世界の全てを拒絶し続けたシンジはアスカにまたがり彼女の首を締める。
そのシンジの姿を受け入れるアスカと、そのアスカを受け入れられないシンジ。
拒絶し、拒絶し続けた二人、死による最後の拒絶を選んだシンジと、死の受け入れによる受容を選んだアスカ。
それに戸惑うシンジは手を緩め、それを受け入れがたいアスカはシンジに「気持ち悪い」と吐き捨てその場を去る。
受容されることを拒絶するシンジと、拒絶されたことを受容するアスカ、世界に残った最後のATフィールド。
それが嘗てのエヴァンゲリオンの終わり。
新しいエヴァンゲリオンはそれを乗り越える物語として費やされる。
終わりを拒絶した世界を描いた序
繰り返すを拒絶する破
変化することの報いを描くQ
終わりの受容を描くシン
破において起きた最大の事件はシンジの変化だと言われるが、それは片割れに過ぎない。
嘗ての反対に首を締められるシンジ、シンジはアスカを受け入れない。
だが拒絶もしない。
シンジは選ばない。
「気持ち悪い」
シンジはまだ変わっていない。
あの時の答え、受け入れるか、拒絶するか、殺すか、生かすか、それをシンジはまだ選ばなかった。
それは「気持ち悪い」の先をこれから描くという監督の宣言だったのだ。
そしてQ、シンと描かれるのはシンジが「選択」を始めた世界だった。
「選ぶこと」を世界は求める。
「エヴァに乗れ」
「エヴァに乗るな」
「受け入れろ」「拒絶しろ」「選べ」
ってことに気づいたの全部観たあとだったよー。
くっそー3号機のシーンなんてトウジのことばっか考えてて旧劇の再現だなんて気づかねえよ!
でも言われたらそれしかねえわ。
スタッフロール中に「うわああええええエウレカーーーーーやられたーーーーー俺気づくのおせーーーー」となったわ。
いや完全におせーよ10年おせーわ。
なんで?
気づけたじゃん?
冷静に抜き出したらバレバレやんけ!
3号機に気を取られすぎてたわ……くっそー3号機かっけーからなー色も黒いし
できてるかな・・・
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終劇
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シン・エヴァを観た。
自分はちょうど14歳のときにエヴァンゲリオンのTVシリーズを見た。エヴァ自体は存在とすごいらしいということは知っていて見るのが楽しみだった。実際すごかった。その後友達に旧劇を借りて見た。すごかった。全然意味わからなかったけど。でもすごかった。
そこからエヴァのゲームやったり二次創作創ったり読んだりとかは特にしなかった。貞本義行の漫画版は4巻まで買ってそこで止まった。
新劇序が公開されるときも偶々友達に誘われて初日に観ることになった。エンタメに寄った内容で好みだった。
破が公開されたときは初日に一人で、映画館近くの漫画喫茶に泊まって5時ころから並んだ。そこまでした理由は覚えてない。このときはまだエヴァンゲリオンというコンテンツにそこまで囚われていないと思う。破は結局劇場で3回、地上波で2回観た。
Qも一人で初日に観た。破が大好きだったのでQはどうにも刺さらなかった。乳の大きなマリはエッチだなと思う。
そこから約8年経ち公開されるかと思いきや延期され、さらに延期され、ついにシン・エヴァンゲリオンが公開された。ついに終わるということでやっぱり楽しみだった。すんんごく楽しみだった。
シン・エヴァはQの直後から始まり、Qには出てこなかったトウジケンスケ委員長が出てきた。えっ、死んでたんじゃ……?しかもトウジと委員長は結婚して子供まで?アスカはケンスケをケンケンって呼んでる。
…………。………………。
……え?え??まって?ケンケン呼び???何があったの????14年の間に何があったの??シンジくんに対するアスカは思春期を感じるのに、ケンケンの前じゃアスカはなんだか大人だし、14年の歳月を感じる関係性だ。村に居づらいっぽいアスカはなんでも屋をやっててちょっと離れたところに住んでるケンケンの家に居候している。ケンケンはアスカの裸を見ても一切動じない。父性すら感じられる。シンジくんは裸見て吐いたのに(語弊がある)。なんならアスカとケンケンはセックスしてるまである?いやケンケンの方に父性を感じたので個人的にはないかなぁと思ったけど。Twitterでそう言ってる人がいたので。あとアスカさんパンツ見せすぎですよ。えっちですね。
シンジくんたちが回収されたコア化してない村には1000人くらい住んでて他にもそんな感じの集落があるそうな。意外にしぶといな人間って思った。そこで綾波は猫を知ったり田植えしたり田植え中に転んで泥まみれになったり蕪を洗ったり絵本読んだり赤ちゃん背負ったりプラグスーツのままお風呂に入ろうとして止められたりおいしいを知ったりありがとうを言ったり握手したりして人間性を得ていくんだけど、2021年に綾波が田植えしたりする衝撃映像を観ることになるなんて思う????かわいい!!!!!!!!!!!!!!!ポカ波もかわいいけどこっちの田植え波もかわいい!!!!
凹み続けてるシンジくんを綾波が立ち上がらせてシンジくんはケンケンのお仕事を手伝うんだけど、コア化解消実験みたいなことしてるとこでミサトさんと加持さんの息子が出てくんの!!!息子の名前リョウジだってさ!14歳だって!!!!ミサトさん破のときには妊娠してんじゃん!!!!!!でも加持さんはニアサードインパクトを止めるために死亡確定だってさ!!つら!!!!!!
ネルフで調整しないと長生きできない綾波はシンジくんの目の前でLCLになって死ぬんだけど、シンジくんはこれまでのように激凹みをせず、ヴィレに戻ることを決意する。強くなったねえ。シンジくん強くなったよ。目元が赤くなってたからすごい泣いたんだろうにアスカとケンケンの前では気丈で本当に強くなった。おじさんその強さに泣いちゃったよ。代わりに泣いちゃったよ。
ヴィレに戻ってからは鈴原サクラにビンタされたり、艦隊戦やったり(燃えるぜ)、エヴァインフィニティと新(真?)弐号機と八号機が戦ったり、初号機の方から指先が2本くっついたようなキモい敵と戦ったりした後に、弐号機が十三号機に緊急停止プラグみたいのを刺そうとしたら弐号機自身が怯えてATフィールドでプラグを止められちゃったらアスカが自身を使徒化して結局プラグ刺せなくて、アスカの原型に魂持ってかれて、うんうんアスカと弐号機ってひどい目に合うのがいいよねニチャァってなった。
そんでまあミサトさんと対話したシンジくんのとこで隣の人が泣いてた。私も泣いた。色々あって十三号機にのったゲンドウと初号機のシンジくんが槍を持って特撮のセットみたいな感じの世界で戦った後にシンジくんが対話を選択するの。そこでゲンドウがどんな人間だったか、どれだけユイを好きだったか愛していたか、失ってから気付くユイによって色付けられた世界、シンジくんへの贖罪と後悔がラフな画面と共に語られる。そしてシンジくんの向こう側にどれだけ探しても見つけられなかったユイを見つけ、電車を降りるゲンドウ。ああ、彼の物語はここで終わりなのだなと思った。そしてこれまでのエヴァンゲリオンは母の物語であり、シン・エヴァンゲリオンとは父の物語なのだなとも思った。
電車を降りたゲンドウに代わり、カヲルくんが出てくる。世界を作り変える力を持つ新しい槍でシンジくん(ごめんここ適当に言ってる)はカヲルくんを救済し、アスカを救済し、レイを救済する。このときはTVシリーズ、旧劇などの要素を引っ張って本当にすべてのエヴァンゲリオンを終わらそうとする。私はこれを公式が出している旧シリーズ、新劇、漫画、ゲームだけでなく二次創作に対してもエヴァンゲリオンは終わりだよ、卒業しようって言われてるように思った。カヲルくんは加持さん(とレイ)、アスカはケンケンとカップリングだよって言われちゃった気がした。私はCP厨ではないのでみんなが笑顔だったらそれでよかった。うん、よかったんだよ。きっとみんな幸せになってくれると思う。
そして、シンジくん。シンジくんはニアサードインパクトを止めた加持さんや新しい槍を送り出してくれたミサトさんのように、自身を犠牲にして世界を作り変えようとするが、ユイが身代わりとなってシンジくんは現実へ送り出される。その後青くなった(青くなったんだよ!)海の前で座ってるシンジくんのところにマリがやってくる。10数年後、大人となったシンジくん(CV:神木隆之介)が駅のホームでマリと一緒に歩き出す。そこがカップリングになるの!?とびっくりしたところでエンドロール。
シン・エヴァンゲリオンを観て心がグチャグチャになって、観てからはふと涙が出そうになった。一度涙が出るとボロ泣きしそうだったから我慢した。そのときに思った。自分もエヴァの呪いに掛かっていたんだって。そしてそれが解呪されたこともわかった。それがわかったらグチャグチャになってた心がスーッと楽になった。エヴァンゲリオンは終わったんだって思った。そしたらなんか書きたくなった。これ書いたら自分の中のエヴァンゲリオンが終わる。終わらせられる。やっぱり呪い掛かってたんだな。そんなことないと思ってたんだけどな。
記憶が怪しいし途中で力尽きてるし文章下手でここまで読んだ人いないと思うけど駄文に時間使わせて申し訳ない。
以下思ったこと箇条書き
・ニアサードインパクトを劇中で殆どニアサーって略してて、フフッとなった
・予告に使われた映像が本編でも使われてたのがおもしろい。見たことあるやつだ!!ってなる。いや世の嘘予告いい加減にせーよw
・マリがイスカリオテのマリアって冬月先生に呼ばれてたけどなんて???
・破の「行きなさい!シンジ君!誰かのためじゃない、あなた自身の願いのために!」が劇中使われてて、いいシーンなのにちょっと笑っっちゃったの本当によくない。そしてそれは劇中で昇華されたのがよかった
わかり手さんの予想がだいたい当たっていてすごかった。
やはり日ごろからメンヘラを人間観察しているので詳しいのだろうか。むしろわかり手氏にエヴァ作ってみてほしい。
監督はTV~旧劇場版は非リア充マインドで作ったが、新劇場版はリア充マインドで作った。オーディエンスは何を見せられているのだろう。監督の心情を、人生を見せられているのかな。一言でいえば旧劇場版から新劇場版にかけて非モテがモテになれました。というサクセスストーリーだった。某キャラと某キャラが子づくりしてその子供が出てくる所もリア充感を加速させる。グッズ販売にぬり絵とか自由帳といった子供向けアイテムがあるのもそれに油を注ぐ(親子でエヴァを見に来る人がおるんやろか?)
そもそも破の時点でシンジくんが成長してしまってウジウジしておらず男らしくて置いてかれてしまった感してたがその路線の延長だった。「そうだよな!非リア充だよな!」つって拗らせたやつらが共感してファンを集めたTV~旧劇場版だったが。新劇場版では作品がわりとリア充になったのでリア充になれないオーディエンスは置いていかれたことになる。
これはつまり、ぼっち・コミュ障・非リア充芸でガチ恋営業してファンを集めた地下アイドルやVTuberが、急に恋人できて結婚して引退してファンを捨て去り置いけぼりにするような構図と重なって見える。そう、声優の「ご報告」でCDを割るやつと同じで。表では恋人いませーんムーブしておきながら水面下でちゃっかり人生を進捗させていてある日突然手のひら返しするのだ。アイドルもVTuberも声優も監督もみんな置いていくんだ。結婚したのか俺以外のヤツと・・・
今後の後世に語り継がれるエヴァンゲリオン像は、非リア充こじらせ系と、リア充系に二極化して語られていくだろう。
昔のインターネットは非リア充のすくつだったが、いまはもうリア充に占拠されてしまい、いつまでもリア充になれずに拗れている者の居場所は狭まるばかりなのか・・・。
これ、少しのネタバレを説明したうえで「こういったような(ろくろ回す)イメージのエヴァを信じて期待していた人は、こういうネタバレがあるんで、ショック受けるので見ないことを推奨する」という熱気溢れる記事を書く人が現れるだろうね。予言。キャラ愛が強すぎる人とか、二次創作するうえでのイメージ崩したくない人向けとか。
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前半、ポカポカムードが長く続いて(どうすんだこれ..)ってなった。でもなぁ。庵野監督のことだから上げて落とすの繰り返しだしなぁ虚淵みたいに。そんでまぁまぁ期待を裏切らない感ある展開であったが、なんだかあっさりとスルーされた感があり、というかそこでシンジくんが急に大人になったターニングポイントでもあるのだがもうちょっと拗れてほしかった。
途中、ここ笑うとこ?真剣なとこ??って気持ちの緩急が激しく揺さぶられてどうしたらいいのか良くわからなかった。あと戦闘シーンでBGMが急に劇画チックな特撮みたいになるのも庵野監督ぽかった。親子喧嘩シーンまるっきりウルトラマンやね。良い。
テーマのひとつに「犠牲」があるのかもしれない。色んなものが犠牲になっているし、自らを犠牲にして誰かになにか託す者もいれば、家族が犠牲になった恨みもある。非リア充にはできない、リア充の肝が据わった男らしい覚悟。明日世界が滅ぶとしてもすいかの種を植える。覚悟と達観と1日1日を大切に暮らす話。そのへんはシンゴジラからの地震や台風とか災害のイメージなのかな仮設住宅が立ち並ぶところなんかまさに。無人在来線爆弾のようなものも登場する。
虛淵をイメージしているのだろうか、セリフに「円環」って何度か出てくるのまどかマギカ意識している?オマージュ?2回目を見てあらためて終盤のシンジ君のセリフよく聴いたらまるっきりまどかだった。シンジくんはアルティメットまどか。いや逆なのかな、旧劇をオマージュしたまどマギ、それををオマージュした新劇、っていうこと?そのへんの関係よくわかんないや。
xxxもyyyも大人になったのは、つまりはエヴァの呪縛が解けたという意味だ。"人間"の"大人"になったということだ。非リア充のガキが、リア充の大人になった話だ。たとえ金太郎飴みたいにそっくりな量産型であっても、自我を持ち、成長できるのだという希望の話。就活や大学生のファッションや髪型なんかがしばしば"量産型"と揶揄されることへのオマージュ、エールかも知れない。
見ながら思ってたけどゲンドウくん喋りすぎじゃない?説明しすぎ感はあるなー。Qの反動のAなのかな。それ以外にも答え合わせ、ネタバレ、種明かしがたくさんあり、スッキリはしたけど謎が減りすぎてミステリアスさや考察や二次創作の余地やが減った気もする。そんな考察なんてしてないでエヴァの呪縛(ダブルミーニング)から解かれておまえらもリア充になれ。やめやめ。解散。おしまーいみたいなメッセージなのだろうか。そんな印象も覚えた。
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(↓以下は自分の語彙力が不足していて、なぜダメなのかがうまく明文化できていない。より語彙力の高い人がうまいこと説明してくれるのを期待)
毎度恒例の精神世界電車のゲンドウが下車した以降の早足に一人ずつ問題解決していくパートは、なんだか雑な感じを受けてしまう。 駆け足に答え合わせ、辻褄合わせされたような...
全体の映像を通して言えるのは、ミックスが未熟な音楽を聞いているような印象を受けてしまう。シーンによって映像の解像度の差が気になるというか、質感の統一感が低い箇所があるというかうまくいえない。あのリアル綾波フェイスがとくに浮いている印象がしてしまうんですが・・、斗和キセキの1000万円かけて作った生首みたいでシュールなんだ。
すごくエヴァらしい!と感動するシーンもたくさんあるんだよ、例えば前半の村でアスカがシンジにカロリーメイト(2400kcal)を無理やり食わせるシーンのカメラワークがすごい。フレーミング、ロール、レンズズームをグリグリ動かしているような映像的にすごいし、構図もエヴァらしいと思った。
ピンク髪の人、北上だっけ?全体的にあの人のセリフが空気を悪くしてズレた感じにしてしまっているのが残念だった。でも親の仇でキレるシーンは良かった。けど、納得して脱力しての引き下がる理由とか心情の変化が良くわからんかった。
あれだ、昔の人間なら電子メールでビジネス文章を書くが、ナウなヤングは仕事の連絡すらLINEだったりするのでチャラくて薄くて軽い文章しか書けない、そういうTPO違いの文章のような嫌悪感なのかも知れない。最近では仕事の会議や講演なんかもライブ映像配信なので、YouTubeのノリで「わくおつ~」とか新人がコメントしちゃうやつだ。もう俺も老害だと思うとつらい。
それ以外にも、なんだか薄ら寒いメタをちょくちょく差し込んで来るのでその度に調子が狂うというか、音ゲーでタイミング外してうまく演奏されなかった小節みたいな印象を受けてしまうま🦓。
先述のとおりシーン毎に気持ちの切り替えが追い付かないというか、いま笑うところ?シリアスなところ?という空気読みに苦労してしまう。これってアニメ艦これでもそうだったよね・・・。
わからん。睡眠不足状態で見てしまったので脳が働いてない可能性はある。
後から見なおしたり、誰かの解釈を参考にしたりすると、また違った見え方もする。
あと、ゲンドウがにゃるらさんの提唱する理想郷、twitter2のコンセプトみたいな話を早口気味でするのおもしろかった。差別も貧富の差もイジメもなんたらもかんたらもない世界みたいな。
にゃるら絵日記10話「Twitter2(だれも社会や政治の話をせず、毎日みんなでアニメを観たりゲームをしたりして1日がおわるマジで楽しいSNS)」|にゃるら|note
にゃるらさんありがとう。
「何も知らない人間がエヴァ劇場版を見るまでの葛藤お気持ち長文」。
主な情報はそれで完結してるんだけど、詳細についてあとで振り返りたいので、備忘録も兼ねて書くよ。
エヴァ映画のネタバレはありません。(何も知らない&まだ見てないので)
ここずっとすげ~話題に挙がり続けるエヴァンゲリヲン(カタカナ合ってる?)だけど、産まれてからさっぱり接点がなかったので本当に内容を知らない。
どのくらい知らないかすらわからないので知ってることを書いてみる。
どうにか絞りだしてこのくらいだった。なんか申し訳ないけどマジで何も知らない。接点無い人間が知ってることってのはマジでこんなものなんだ。すまん。
そんで興味も知識も増えないまま、ぼちぼち過ごしていたわけなんだけど、やっぱり人が集まってるところは気になってしまう。野次馬根性ってやつだな。今から追ってやろう!という気になればいいんだけど、なんか途方もなさ過ぎてやる気が出ない。Q?とか他の劇場版の流れもわからん(調べてないだけ)。この手の話題が友人の話で出てくると、「いや~見てないんよね」「エヴァなぁ・・・(遠方を見る)」で途切れてしまう。なんかすまん。いつか見ようと思ってるんだよ……(スマホを弄りながら)
なんだろう、こう、なんというか明らかに観たら/読んだら面白いんだろうな~て作品を前にしたとき、「じゃ今度でいいか…」てなる現象ないか?なんつーか面白いコンテンツで溢れすぎてて、どれに手を付けても良いんだけど裏を返すとどれにも手がつかなくなるというか……「わざわざ手を付けないでいいんじゃない?」って脳内でだれかがささやいてくるわけよ。鬼滅でだれかこの現象に遭遇してないか?
ない?……そうか。
まぁそんなことを悶々と考えてたら、過去に読んだ記事を思い出したのね。これよ
ズボラな人類はいっそのこと「鬼滅の刃」を 無限列車編 から見ちゃっていいんじゃないですか〜ミリしらで鬼滅の刃 無限列車編見てきたけどめちゃ良かった〜
原作もアニメも全く摂取してない状態でいきなり映画を見る! 多少乱暴だが……アリじゃないか!?
(中略)
天丼を頼んでいきなりエビからかぶりつくかのような快感だ。いいぞ、いいことづくめだ! 見るしかない! 周囲からは「やめろ」「めっちゃ途中だぞ」「すごいところで終わるからまずアニメを見ておくんだ」など散々言われたが、こういう「環境」に背中を押された私を止めることはできん。
無限列車編が天丼だとしたら、今度のエヴァ劇場版は何だ……?わからん。どんだけ規模デカいのか見てないから知らんけど、まぁデカいんだろう。とにかく、この「いきなり天丼」理論がエヴァにも通用するんじゃないか、と思ったわけだ。やってみる価値はあるだろうと。これを思い出した俺はとりあえず、友人とエヴァを見に行く約束をした。そいつもエヴァについては何も知らないらしい。互いに作品への期待はないけど、「なんか面白そう」で一致したんだな。わからんが勢いで見る予定ができたわけだ。
こういう態度でエヴァ劇場版を見るなって意見はわかる。ミーハー思想を焦げるまで煮詰めたような態度だからな。だから映画館が混んでる間は無理に席取ったりしない。価値がわかる人が思う存分楽しんだ、そのあとでいい。あとはまぁ、製作者側に失礼じゃないか?って意見も分かる。何も内容知らないで最終回見る感じだしな……
そうだった、上の記事だが、こういう続きがある。
今回、ミリしらで映画を見るにあたって周囲から「いや〜、そういう鑑賞の仕方は作品に対して不誠実なんじゃない?」と言われたりした。でも先述の通り、私はこれまで「1から見た方がいいのかな〜」と悩みながらその一歩を踏み出すきっかけがなくて1年半以上を鬼滅わからずで浪費してきちゃったわけ。
(中略)
どんな形でも、制作側ってのはひとりでも多く作品に触れてほしい、知ってほしいと思ってるはずなんだよ(もちろん違法試聴とかは論外だけどね)。
ここにさっき俺がモヤモヤしてたことの回答が書いてあったのよな。自分のため、製作者のためにも「1から見たほうがいい」は大正義なんだけどさ、その一歩を踏み出すのがめっちゃ辛いんだよ。鬼滅の場合は1年半だろうけど、エヴァの場合はその数十倍。いや〜~~~~~~~~辛い。なんだろうな、こういう息が長いコンテンツを短期的に摂取するのはやっぱ辛えわ……
そんなだから、おそらく、俺は今回のビックウェーブに乗らなかったらエヴァを一生見ないことになる。現時点ではそれについて全然後悔は無いんだけど、それも無知ゆえのものなのよね。むしろ作品を見て「なんで今まで見なかったんや~~」と後悔できるならしたい。俺に後悔する権利をくれ。その権利のために天丼を食べるしかないと思ってる。
あぁ、疲れた……自分がコンテンツに触れない理由なんて書くもんじゃない。何が好きかで語るべきなんだ……
とここまで見に行く理由をつらつら書いてみたが、結局いつ行くかはまだ決まってない。約束をした過去の自分と友人を信じつつ、スマホを眺めて今日も終わると思う。映画見たら何も知らないなりに感想でも書きたい。
あとは……上の記事で天丼を食う気になったのでマシーナリーとも子にはお礼を言いたい。池袋晶葉ちゃんのためにこれからも頑張ってくれ。
発禁のBLが見れなくなった。萌える、興奮する前に恥ずかしさが出てくる。何ならホットミルクとかのエロ漫画雑誌もAVも見れねぇ。自己投影おじさんになってしまう。(おばさんだけどおじさんの方が音が良いのでおじさんと言っています。)自己投影とかしなかったのによぉ!?好きなAV女優は柏木あ◯です。
世の人々どうしてるんだマジで。する前と今で違う人間になってしまったみたいで悔しい。推しに萌えたいだけなのに。腐女子やりたいよマジで。腐女子でも何でもいいが「このキャラの太ももが太いのがえっち」とかそういうこと考えてるのが一番楽しいんだよ。時間経過すれば落ち着くものなのか?シコろうにも全部その時の映像で頭が埋まる。ATフィールドってこういうことなんですかね?