はてなキーワード: 鉄棒とは
わからないでもないけど、
そういう外部的な要因じゃなくて、
歩くときは、
タマキンも揺れて、何かの弾みで
自分の股に挟まるということはないのかという
単純な疑問。
色々ググってもまともな答えがなく、
答えがないということは、
挟まった人がいないということなのか?
http://anond.hatelabo.jp/20151219221021
12/27
前のやつがいっぱいになって書き込めなくなったので、つづき。
12/27 18:00
達成!結構しんどかった。。。去年はこの倍以上やってたのかと思うと、自分でも信じられない。。。
12/27
まだ年末余裕あるし、ブコメについてるスターの数だけ延長戦やろうかな。
まだちんこ元気だし、限界に挑戦するため延長戦に突入。とりあえずブコメについてたスターの数(12/28 22:00現在23)を目指します。
「sabacurry お疲れ様でした。今年は100いかなくて良かったね。」いやはや、100超えはさすがにキツイです。去年なんで150も出来たのか自分でも意味わからない。
「msdbkm おつかれさまでした。トラバで更新してくださってよかったです。あのままだったら気がつかないままでしたごめんなさい。」いやいや、最後まで見てくれてありがとう。
12/29
今年もあと三日ですねー。
12/30
12/30
ぬるりと61+23射精達成!正直今年は100超えは厳しかったかな。
かんそう(12/30 23:00):今年は去年ほどペースを上げられず、この一年での精力の衰えを感じたアルね。去年の経験では50超えたあたりかたオナニーズハイに突入したので、どんどんちんこ勃ちやすくなるしどんどん気持ち良くなる予定だったのだが、今年はなぜか全然オナニーズハイが来なくて困ったよ。よくオナニーしすぎると何にも出なくなるとかいうけど、それは意外と出ます。量は少なくなるけど。一回寝るとまた出ます。むしろパッキンが緩くなるのか、我慢汁がどろどろでるようになります。ちんこ擦切れるとかもいうけど、部屋あったかくして湿度上げといたら意外と大丈夫です。むしろ右掌が筋肉痛でキツイ。ことし一番大変だったのは、途中から全勃起しなくなったので、半勃起のまま無理やりシコって射精させざるを得なかったことかな。精神的には勃起してるんだけど、肉体がもうついていかない感じだったよね。オカズ自体はまだまだストックあるので(去年より30くらいは増えてる)もっといける覚悟だったんだけどな。去年の自分は手強すぎた。
またやるよ!良いお年を!
ラスト!個人的には可愛いと思うんだけどなあ。死の章というだけあって、なかなかのハードさ。むっちりしたいいケツをしておる。1000ml浣腸とかもさることながら、極太なすび入れられたり、ゆで卵まるまる入れられたり。そのまま内視鏡つっこんで直腸観察。ケツに筆さしてアナル習字、「アナル大好き」と書かされる。このへんまではまだ元気だったんだけど、どっかのタイミングでナカが切れたのか、この辺から尋常でない痛がり方をするように。オレンジジュース入れられて絶叫wうずくまって動かなくなる。お構いなしで押さえつけて浣腸AF浣腸AFの繰り返し。いつの間にか顔面に大量のブツブツができてるwわずか弐時間の間に!。とどめにマングリ状態で押さえ付けてビネガー浣腸、絶叫しながらケツから噴射して自分の顔面で受けとめる。絶叫というよりも咆哮?この世のものとは思えない叫びw。これで終わりかと思いきや、さらに菊門吸い出しw。涙でグチャグチャ、もう叫ぶ元気もない。ドドメ色で腫れ上がった汚い肛門を強制的に引きずり出す。最後に花束をケツに突っ込んで終了。当然のことながらこの作品を最後にこの娘もお目にかかることはありませんでした。南無阿弥陀仏。
延長戦は藍山みなみから。とにかく可愛いから好きだった。もともとぽっちゃりだったけど、さすがにこの時はデブりすぎかな。全然アナルに抵抗なくて楽しそうにやってるのが良かった。アナルもタフだしね。
ジャケ写が最高だった。アナルバトルを15cmぐらい突っ込んで、「私のアナルはこのぐらいの深さです」と言わされるなど。AFシーンがたくさんあってよかった。
藍山みなみ参連戦。ごつい黒人さんとAFとか二穴とか。色白でかわいい。思ったほどハードではなかったな。これもジャケ写が最高。
大石もえ。身長170cmぐらいでケツもでかい。体はたるんでるけど、このぐらいのだらしなさが逆にいい。AFのときの獣のような喘ぎ声のシーンでごちそうさま。
つじもとさん。なんていうか拘束系?のやつ。あんま趣味ではないんだが、最後の方でしっかりアナルをバコバコやられてバックリいってるので満足。さすがアナル女優はいつでも肛門準備万端です。
またつじもとさん。なんかよくわかんない設定のやつ。アナルフックで肛門釣り上げるなど。あんまり抜きどころはないんだけど、最後の方で前後の穴にラッパみたいなの突っ込んだ状態で鼻フックして裸踊りやらされてるのが良かった。この世にこれ以上恥ずかしいことなどあるのだろうか。
水咲涼子。なんか古臭い美人って感じ。嫌がりながらもどじょうとかうなぎとかぬるぬる入れられたり。なにげにサツマイモも入る肛門。最後に連続でアナルをバコバコやられてたらゲロ吐いたので終了。根性なしだなまったく。
中野ありさ。ひたすらAF。1時間以上ケツに突っ込んだままでいられる男優さんがすげえ。ケツにちんこ入れたまま歩きまわるなど。最後に抜いた時に肛門締まらなくなってるのがいいね。
またも中野ありさ。普通にアナニーしたり、騎乗位でアナニーしたり。大量空気浣腸して強制放屁させられるやつはガチで恥ずかしがってて良い。浣腸したままアナニーして、イクときに潮ふきながら同時に浣腸液も噴射する技術はさすが手練れのアナル女優といったかんじ。
またまたありさ。おしっこ飲まされるやつ。まありんごジュースですが。小便浣腸された状態でフェラしながらケツから小便吹き出すシーンでいってらっしゃい。
中野ありさ固め打ち。中野ありさにしては珍しいSMもの。ケツに鉄棒ぶっこまれて電気ながされるなどのお芝居。最後に鞭打ちされてるのはマジでちょっと痛がっててよかった。
まだまだつづく。末期の中野ありさはフィストもやります。といってもアナルフィストというのは嘘ですが。ジャケ写も詐欺。まあパイパンが綺麗なぐらいでしょうか。さすがに射精が厳しくなってきた。
中野ありさ固め打ちラスト。こっちもフィストというのは嘘。まあ指4本ぐらい入ってるかな。抜いた後括約筋ビロビロになっててグロい。デビュー時から比べるとそうとうに肛門酷使した感じ。果たして元に戻るのかな?どうでも良いけど末期の中野ありさがずっとラリってる感じなのは薬でもやってるんでしょうか。
まりなほんとかわいい。顔パンパンだけど。男優さんに肛門拡張されながらインタビュー受けてるのが恥ずかしそうでよかった。
これも村西まりな。アナニーしろって命令されて、自分でビニ傘の柄を肛門に突っ込んでぐりぐりやるシーンがかわいい。馬鹿みたい。
泣く子も黙る大沢佑香もしくは晶エリー。なんか変な薬でラリってるところをひたすらアナル責め。白目むいてよだれ垂らしながらAF。肛門の強い女優だなあ。
東大生?という触れ込みでデビューしたひと。顔もスタイルもいいとは思うんだけど、顔でかいな。ジャケ写詐欺。まあでも父はでかい。逆さ吊りで黒人さんのちんぽなめてるところでごちそうさん。
橘れもんが唯一アナルやってる作品。ソフトにAF。騎乗位で結合部丸見えになってるやつがいいね。
再び大沢佑香。だいぶ太めのディルドで肛門広げた後にさらに太いやつで限界拡張。そのあと黒人さんにアナルを中心にバコバコやられる感じ。
肛門中毒シリーズ。肛門おばけのエマさん。バイブ日本でオナニー&アナニー。意外と淡白でした。
かわいいかわいい辻本さん。セルフアナルフィストなど。ちんこ抜いた後にばっくりアナルが開いて内臓見えてるのがいいね。
2015年ラスト!最後は来年に期待する女優さんで締めくくり。一個上のやつと女優さんは同じなんだけどなんでか名前がちょっと違う。一般的には美人ではないかもだけど、太眉・色白・パイパン・ロリという最強コンボ。口元のホクロもエロいし。早速アナルものをいくつかこなしてるので、来年はどんどんアナルを酷使して活躍してほしいと思います。頑張れ肛門負けるな直腸!
別に小学生でも逆上がりできる奴はいるんだから、腕力というよりは単純に腕を曲げて胸を鉄棒に引きつけるってところがコツなんだけど、
思うところがあって、おっさんなのにさか上がりの練習を始めた。
それで、鉄棒にぶらさがって思ったのだけど、さか上がり以前に腕力がないから体を持ち上げられない。
さか上がりの前に懸垂の訓練をすることにして、しばらくしたら2〜3回懸垂ができるようになった。
一回もできなかったのにやればできるようになるもんだと思って逆上がりに挑戦したら、それもあっさり成功。
さか上がりができないのは、運動神経とかコツの問題じゃなくて、腕力の問題だったんだと悟りを得たわ。
小学生のころ胸より高い鉄棒ではさか上がりができなくて、昼休みに居残りで練習させられたけど、腰にゴムチューブをつけて鉄棒に固定してグルグル回るって方法なのな。
あんな練習したって腕力なくて体が持ち上がらないんだから、さか上がりできるよになるわけないだろ。
教師はさか上がりできない子供を何人も見てるんだから「こいつら技術の問題じゃなくて、腕力ないからできないんじゃね?」って気づけよって感じだよな。
自慰をしようと、気分を上げる為に画像を探していた。とりあえず、という訳か今の自分と同じ状況の自慰画像を探そうと試みた。
そして自慰をする女性の画像がつらつらと並んだ画面をぼんやりと見る。すると、ページの最後に この画像を見た人はこちらの画像を見てます!と言う所謂宣伝リンクにそれは載っていた。
そこに羅列された文字には 角オナ と書かれていたもので、なんとなく興味を惹かれた私はそのページをクリックする。するとそこには、机やら椅子やらに股間を擦りつけている女性の姿が映っていたのだ。
そして眠っていた記憶が蘇った。それは幼少期から、16歳くらいになるまで私が使用していた自慰方法だったのだ。
物心がついた頃から家にある椅子に跨り、外では鉄棒やうんてい、跨げるものがあればフェンスにさえ登って跨っていた。当時は全く自慰だと言う自覚もなく、ただ跨がれば気持ちいい事に気付き恥ずかしいとも思わずいつでもどこでも、棒状の硬いものがあれば跨っていたのだ。
それが徐々に恥ずかしいと自覚した小学生頃でも、休み時間にうんていに股間を擦りつけるだけで時間を潰したりもした。とにかく今思えばサルのように自慰をしていたと思う。
そして自分で股間を触る自慰の方法を知った小学6年生の頃、試しに自分の股間に手を伸ばした。けれど決定的な快感を得られずパンツを履いてすぐさま家の椅子に跨った。
中学生に上がった頃、レディコミを読み漁り、その広告に載っていた電動歯ブラシという言葉だけを頼りに使っていなかった電動歯ブラシを陰部にあてた。自分でゴソゴソと触った時よりは気持ちよかったが、棒状のものに跨った時以上の快感は得られなかった。
こうして私はまた、棒状のものに跨る行為を辞められなくなった。昔に買ってもらったホッピングの持ち手に跨がれば太さもちょうどいい事に気付いてからは、家に誰もいない時を見計りベランダに出してあったホッピングを家に持ち入り、待ってました!とばかりに跨った。
棒状のものに跨ってから少しすると股間が熱くなり、それでも跨り続けていると更に股間がじゅわ〜っと熱くなる。そして降りずに跨っていると次の熱さが襲う。これをすれば半永久的に股間が熱くなったり、更にじゅわ〜っと熱くなったりを繰り返し、降りる事すら億劫になるくらい気持ちがいいのだ。
そして16歳を過ぎた頃初めての彼氏が出来て私はその自慰から足を洗った。
それからの自慰は自分の手で触ったり、玩具を使ったりというものに変化した。けれど、当時みたいに自慰のトリコになる事はなくなった。というより、ほとんど自慰をする事がなくなった。
今、20歳をそこそこ過ぎた私はとあるキッカケから自慰を再開した。再開した後はAmazonで購入したピンクローターに頼りっぱなしだ。けれどやっぱり昔やっていた、所謂角オナの頃よりは明らかに頻度が少なくなっている。
しかしもう一度、角オナをしようとは思えないのだ。それは快感が足りないかもしれないと言う危惧ではなく、どうにも恥ずかしさが勝ってしまうからなのだ。
昨日、ひさびさに実家へ帰ったら黒のラブラドールと姪がバタバタと出迎えてくれた。
その瞬間、忘れていた記憶……幼き頃の夏の日を強烈に思い出すことになる。
もう三十年も前の話。
昔は今みたいに血統書付の犬ばかりではなく、
朝早くにラジオ体操を終えて家に帰ると父がいつになく険しい顔をしていた。
どうしたの?と聞くと
「野犬がでたで今から山狩りだ」と父が言う。
「やまがりって?」
「山へ逃げた犬をみなで捕まっえのよ」
捕まえられた犬が殺されることぐらいは幼い私でも理解していた。
そして、父は身支度を整えると山へ犬を捕まえに行った。
メルモちゃんを観て、お昼になって素麺をすすっていると、父が帰ってきた。
そして犬が捕まったことを知る。
「坊主、犬を見に行けっぞ」この時なんとなく嫌な予感がした。
父も素麺を食べてから公園へ行くと鉄棒に縛られたクロスケが低く唸っていた。
「あぁ、(クロスケだ)」
敵意むき出しの顔でこっちをみていた。
父には「一呼吸つく」という習慣が無い。
やることはすみやかに行う。
「犬をいけんすっとじゃっとな?」
「ついて来い」
家から歩いて5分程度の公園のすぐ横にコンクリート護岸の川が流れている。
その川にかかった手すりがない橋の真ん中にクロスケを置いた。
父は持ってきた麻縄の一端を首輪にくくり、反対側をあらかじめ用意してあったであろう
「犬を沈め」
「(!!!)」
いつになく真面目な顔で命令をする父が怖かった。
逆らったら自分が沈められそうだとも思った。
「おおおおおおおお」
私は無言で犬を放り込むことが出来なかった。
声を出し、勇気を振り絞り、犬を橋から落とし、ブロックも投げ入れた。
そしてクロスケは川底へ沈んで行った。
私はおおお、おおおおおと声を出して泣いていた。
沈みながらぎょろっとした目でこっちを見ていたクロスケが怖かったことも思い出した。
昨日……父の四十九日が法要があり、この時の思い出を母に語った。
母は、
みんな12歳の夏に犬を沈めるのだよ。母も父もそうしてきたんよ……と。
そして、今は野犬がいないから沈める犬を探すのに苦労しているとも。
「どうしてるん?」と聞くと、母は恥ずかしそうに笑って、
「それ用の犬を飼っているさ」と教えてくれた。
ボッシーで借金抱えた母親のところで小学校時代毎日ボロボロの服で遊んでいた。
どの程度ボロいかっていうと、靴やパンツやTシャツに穴があいてたりする程度じゃない。
穴ではなくて、裂け目である。正面から見てすぐわかる雑巾のような布をまとって、ちぎれても着ていたんだ。
汚れやシミはすごいし、布が見るからにくたびれた雑巾まとってたの。
靴も、親指とか出てる穴あきシューズを平気で履いていた。
当時、羞恥心というものがなく、性格も暗くてひとりぼっちな遊びしかできなかったけど、何度も危ない目にあったのはいまでも覚えてる。
一回めは、小学校の廊下で頭突きされたさい、顎を打って大出血したんだよね。
今考えたらぞっとした。
ぶつかってきた相手の子は下向きで忍者みたいに走るのがクセだった子で(なぜそんな走り方いつもしてるのかわからんが)ちょうど、俺の顎に下からズンって突撃したんだよ。
口腔内に裂傷がすごく、6針縫った。
今ならCTやMRで脳の損傷まで検査するけど、当時連れて行かれたのが、近くの歯医者だったのよ。
まわりの大人も、転倒して顔から血まみれになってる俺のこと見て頭の損傷まで想像もできなかった様子なんだよね。
一応、大阪住まいだけど、30年前の教師とかもう基地ばっかだったからしょうがなかったんだろうな。
その後、脳の検査もせずになんとか生き延びて無事だった。
いまでも思い出すとぞっとする。
2つ目が、時速40kmの車道のなかに飛び込んだこと。
小3の自分には人格の形成がまるでなくて、いやなものをいやと言えないくらい心が弱っていた。
「車道に入れ!」っていじめっこらに押されて飛び込まざるを得なかった。
あの時、クラクションの音がずっと響いてたのを振り切って全力で逃げたんだよ。
轢かれはしなかったけど、家に帰ってずごい泣いたな。
親にはなんで泣いてるのか理由が言えなかった。
後日、同じ場所で、猫が轢かれて死んでるのを見たことがあって今でもトラウマ。
いじめっ子に運動器の鉄棒を掴んでまたがる練習をしろって強要されて、失敗して鉄棒に腹をおもいきり打ち付けてしまった。
帰宅しても腹が痛くて、親に腹痛を言うが、親が正露丸を出すだけでそれを泣きながら飲んでた。
あれ、今思えば内蔵を損傷してたらひどいことになってたんだなってほんとぞっとする嫌な思い出。
4つ目は、帰り道、電柱に頭をおもいきりぶつけて痛くて痛くてズキズキした頭を抱えて帰宅したこと。
俯いて走れっていじめっ子らに言われて言われた通りにすると、電柱に激突したんだよ。
小3の頃の頭ってまだ、成長期だからやわいでしょ?
だから今考えたら、よく、あれで俺、死亡しなかったなって思う。
頭ぶつけた後で急死とかよくある話、本当に・・・笑えない。
昔の死にかけた思い出は、ほんと怖くてしょうがないよ。
一生残ってるだろう。
川崎の事件の加害者もこういう類のものなんだろうなって、亡くなった子のこと考えたら・・・つらい。
おれはなんとか、生きれたけど、本当、死ぬんだよね。
貧困家庭だから、ボッシーっていつもからかわれたり、いじめっれたし。
いまはなんとか成長して、収入を得られるように働いてるけど、
周りの友達は小学1年のころから補助輪なしの自転車に乗っていたので、私は学年で1番自転車に乗れるようになったのが遅かった。
小学生の頃の遠足サイクリングは本当に地獄で、景色を楽しむ余裕などなく、友達みんなにどんどん置いていかれるのがつらかったし、周りはガンバレガンバレ言ってる先生しかいなかったし、それでお弁当も食べ遅れて遊ぶ時間もなくなってしまったし、とにかく嫌だった。これが2年も続いた。
今も上手に自転車に乗れない。
自転車乗るのに上手いも下手もないだろうとよく言われる。でも本当にうまくない。
グッとペダルを踏んで進むだけでヨロヨロして、続けて漕ぎ出すことができないときがある。
ゆっくりと漕いで移動なんてできない。細やかな動きもできない。
坂の途中で止まってしまったら平らなところに着くまでもう乗れない。手で押すしかない。
トラックが隣スレスレを通るときなんか本当にヒヤヒヤする。泣きそうになる。今まで事故ってないのが不思議なくらい。
講習期間中は予備校へ自転車通学をすると友達や親に話したら「死ぬなよ」と半分真面目に言われる。
便利な乗り物だが、乗っていると悲しくてやりきれない気持ちになる。
②泳ぐことができない。
浮くことも微妙。
水が怖かったからこれまた学年で1番出来が悪かった。2年生になるまで顔に水をつけることすら嫌でたまらなかった。
周りのみんなはどんどん級を取って、帽子にかっこいい星型のシールが輝いていく。
私は小学校を卒業するまでただ1人ダサい黄色の四角いシールが貼られていた。
とにかく息継ぎができない。
息継ぎなしのバタ足じゃ10mしか「進めない」のだ。
みんなが私のことを見て「○子ガンバレ〜!」なんて何度も言ってくる。25mプールを何度も足ついてはバタ足、息が切れては足ついてバタ足を繰り返して進むという、醜くて見てられない光景を私は作り出していた。それをみんなが一斉に見ている。応援してくれているから、終わってからありがとうと伝えたが、泣きたかった。今思い出しても虫酸が走る。
何度特訓しても息継ぎはできるようにならなかった。
中学はプールがない学校を選んだのでそれからずっとプールで泳ぐことをしていない。
③走るのが遅い
小中高と後ろの方を突っ走った。速くなる方法はググる気にすらなってない。
④校庭にある遊具がもれなく全部できない
うんていにぶら下がるのはいい。そこから何もできない。片手で棒を掴んでもう片手で次の棒を掴む、まるでチンパンジーみたいに移動していくことなんか1度もできなかった。
鉄棒は前回りが唯一できた。逆上がりとか他のやつは無理だった。
体育でこれらの遊具を使ったノルマが課され、それが終わった人から教室に戻っていいと言われたが、私はやはり一番最後まで残されていた。そのノルマをこなすための逆上がりやうんていがそもそもできないのだから。ヒョイヒョイとこなしていく皆を見て、こなしているフリをしていたが、それはすぐにバレた。先生に付き添われ、1人で泣きながら、できない逆上がりを練習させられた。先生が別の方向を向いた瞬間に「できた!!」と言ってダッシュで教室に逃げたことは忘れない。
④その他
一輪車が流行ったので一生懸命練習したが、漕ぎ出すことすらできずに1ヶ月が経ち、嫌気がさして諦めた。
跳び箱も1番低い段で飛んだ。調子乗って高い段で飛んだらバランスを崩して横に落ちて以来そうしてた。
動きがトロくさいのでバスケやサッカーはできなかったし、バドミントンも空振りばかりで話にならなかったし、バレーボールも何度も腕の構え方を教わってもできずに迷惑をかけ、腕が赤く染まるだけだった。
柔軟性はかろうじてあったため、マット運動でなんとかしていた。
運動が大嫌いです。
体育なんかとにかく嫌な思い出ばかり。
でも運動できるようになりたい。
体つきを一目見て「こいつ運動できないな」と見透かされるくらいの筋力のなさと脂肪のつき方をしているから、それを変えたい。
スタイルいい人はみんな運動できるでしょ、だから運動できるようになりたい。
スポーツの大切さは保健で習ったし、老いても自分の脚で歩くために本当に重要なことだと思う。気分転換になるのも分かる。
だけどどうしてもスポーツに恐怖を覚えて、踏み出すことができない。
何しても「運動できないねwww」「鈍臭いww」なんて言われるから何も楽しめない。下手でもやりたいことを楽しめるようなクソポジティブなんて持ち合わせてない。最初は下手だけど、じゃない。スポーツや運動関係が上達したことなんてなかったから、最初もその後も下手なままだって分かってるから、スポーツを楽しむことができない。気分転換なんかならない。自分がよくいる周りに大きく劣ることだけを思い知らされ、その差が詰められるものではないと思っているからただただ苦痛なんだ。
運動が本当に怖い。やったほうがいいのは分かるのに、嫌だ。
誰かこのどうしようもない感じをどうしようもある感じにしてほしい。
運動音痴だからなんでこんなに人生不利なんだ。こうも楽しくないんだ。クソかよ。
泣きたいもう
視界に入るもの全てが、目にとって刺激が強すぎて、というか情報過多だった。
ポスターの字やプリントの題字も、全てが意味を訴えかけてくる。
耳に入ってくる音もそうだ。人の言葉はどれも、バラバラの文法を使ってつむぐ文章であり、頭の中で適切な漢字変換までする必要がある。
学校の先生は、黒板に字を書きながら喋る。私は人の言葉と字として書かれた文章の情報を同時に処理することができなかったので、どちらかを捨てる必要があった。
私は黒板の字を選択した。自分のノートに、自分のペースで、書き写す。チョークの色を変えられたら、こっちも色を変える。筆箱の中にはチョークと同じ色のペンが揃っていた。ただ黄色は紙に書くと見えにくいので、蛍光ペンで書いてから鉛筆でなぞっていた。鉛筆で書いてから蛍光ペンを重ねると滲んでしまうのでそうしていた。
たまに、喋るのがメインで、黒板にはキーワードのみを書く先生がいた。そういうとき、私は、キーワードのみをノートに書いた。話はあまり聞いていなかった気がする。
音に関してもそうだった。全てが耳に入る、ここまではいいとして、それを頭が次々に処理しようとする。
たまたま絶対音感を持っていた私は、例えばクラシックのような音楽は聞くに耐えなかった。これは絶対音感を持っていない人には伝わりにくいのだけれど、絶対音感を持っていると、五線譜に載るようなわかりやすい音の場合、それが「ド」「レ」「ミ」といった風に、言葉として頭が処理をする。つまりクラシック音楽を聞いていると、複数の人が同時に別々の言葉を喋っているように聞こえるのだ。
「ファーミーレードー」「ミラソファー」「レドシラソファミレ」「ラファソラーファソラ」「ソシラソドレミ」こんな感じに。もう、全然落ち着かない。
それから、食事に関しての興味が大変に薄かった。というよりも、周囲の食事に対する興味と、自分の食事に対する興味のギャップがひどすぎて、これには大変に苦労した。
まず、給食の時間になると、周りの児童たちはとても楽しそうにする。献立を気にして、好きなものを多くとる。楽しそうに話をしながら食べて、おかわりまでする子もいた。
一方私は、「食事をする」という行為がそもそも、例えば注射が苦手な子供にとっての注射のように、その度に緊張して、ドキドキして、というかできれば避けたかった。
何も口にできなかったわけではないけれど、周囲がその食事に盛り上がれば盛り上がるほど、自分の食事に対する嫌悪感のようなものが浮き彫りになって、余計に辛かった。
だって、なんだかよくわからないけど食べ物として扱われているその物体を、あろうことか口の中に突っ込んで、歯で噛み砕き、それぞれの味や食感が口の中いっぱいで、それからここが大変なところなんだけれど、飲み込まなければならない。喉を異物が通るという恐怖。嚥下してしまえば、胃という体内の臓器にそれが収まっていく。気持ち悪い。もうこれを元に戻すには嘔吐するしかない。嘔吐はとても怖い。喉をいわゆる汚物が逆流するのだ。胃にこれが残っている限りはその可能性に怯え続けなければならない。なんでこんなことしなきゃいけないの?
そういう私をよそめに、学校の先生は「残さず食べましょう」なんて標語?を掲げたりする。勉強なら、できない子がいても、どうすればいいか教えてくれるのに。体育だって、跳び箱の飛び方とか、鉄棒のつかみ方とか、教えてくれるのに。なんで給食は無条件に「食べれるでしょ?なにさぼってるの?大事なことでしょ?当たり前でしょ?」みたいな顔してくるの。
家では親が「ちゃんと食べなさい」と言う。私は「おなかが痛い」と言って食事を残す。母はがっかりした顔をしたり、呆れた顔をしたりする。結局私の茶碗は、中学に入るまで、幼稚園児サイズだったし、よそわれるご飯もその半分だった。
当時、このように言葉にできたかどうかはわからない。でも、今でもあの感覚は覚えているし、こうして文章に書き起こすことができる。というか、今でもその感覚に陥ることがあるのだけれど、場合によってはなんとか自己暗示をかけて回避する、という術を身につけたので、幾分マシである。
先日ある人にこういうことをなんとなく語ったら、興味深そうにしていたから、文書化してみた。
三十路になる既婚女性だが、未だにスクールカーストのトラウマから抜けられない。
けど、人生運動だけじゃない、運動ができないのなら勉強で頑張ればいいんだよ、と親に連れられて塾に通いだした。
運動と違って、やればやるほど成績が上がる。
いつも運動ができないと馬鹿にしてくる奴が答えられない問題をスイスイ解くことができる。
それはとても快感だったし、私みたいなクズでも出来ることがあるんだ!と生きる価値を見つけることができた。
高校受験という現実が迫ってくるから、むしろきちんと学業成績を残している人が褒められるようになる。
自然といじめられることも無くなり、勉強はするのも教えるのも好きだったから、友達も増えた。
小学校の頃私のことを馬鹿にしていた運動ができる人(しか出来ない人たち)たちが、勉強教えてーとか言ってきた時の快感は何とも言えないものだった。
高校、大学と進学していく中で、運動ができなくていじめられていた小学校の頃の嫌な思い出は消えていったし、
社会人になってからはジムに通ったりプールに通ったり、出来なくても体を動かす事の楽しさを知った。
完全に克服したなぁと思っていたんだけど、
唯一ダメなことが見つかった。
そこはそろばん教室で通っていたところでもあったから、行くと懐かしいし特に抵抗を感じることはなかった。
懐かしいなあ、などと楽しそうにしている。
こっちはどんどん吐き気が強くなる。
なんでだろう?変なもん食ったかな?
昨日の刺し身が悪かったのか?いや、同じもん食った旦那はピンピンしてるし。
投票会場になっている体育館に入った瞬間、吐き気は一層強くなった。
そして、理由がはっきりとわかった。
運動会のダンス。一人だけうまく動けないからクラスメイトにも笑われる、居残りを強要され、実質残業になった教師からも不機嫌に扱われる。
大人になったからわかる、たしかにこんな不出来な子供のために残業なんて勘弁してほしい。
蒸し暑い体育館の中でひたすら怒鳴られ、練習させられ、泣かされる。
運動会だけじゃない、マット運動跳び箱鉄棒…いろんな種目で同じようなことをやらされた。
運動でいじめられて、スクールカースト最下位に追いやられた思い出は、何年経っても消えない。
幸い自分はそれなりに勉強が得意になったので、自尊心を取り戻すことができたけど、他に得意なことを見つけられなかったら、と想像するだけでゾッとする。
旦那には申し訳ないなと思いつつも、選挙が近くなると休みの日に区役所に行って期日前投票をする。
運動だけで人生は決まらない、けども、小学校の世界では勉強よりも運動が重視される。
なぜリレーやかけっこで運動能力のランキングを表にすることは許されるのに、
答案用紙が流出することの何が悪い。盗まれるのなら問題だけど、他人の運動能力と比較されていじめられることがあるのだから、
他人の点数と比較されていじめられる人がいたっていいじゃないか。
運動の呪縛とスクールカーストの呪縛は、小学校六年間という期間を人生からなかったことにしようとする大きな力となって私の中に残り続けている。
雇用機会均等法に就活した世代だし、女性学みたいのが大学で流行りだした時代に学生時代を過ごしたから、
女性差別のことには敏感だったし、当然自分はフェミニストだと思ってた。
だけど、男児の母になって見えてきたことがある。
男の子は基本ばかなので、特に小学校なんかじゃあ、圧倒的に女子の言葉の暴力にさらされる。
「せんせー、○○さんが忘れ物しました~!!」みたいな告げ口魔みたいなのとかさ。
この間は、男の子が鉄棒の練習をしてたら、わざわざ横に来て「わたし、得意~!!」とか大きな声でいって
何回もやって見せたりする。
で、練習して男の子もやっとできるようになっても「・・・・[無視]」
知らん顔して、つまらなさそうに離れていく。
男の子同士だったら「お、すげー、やったね!」みたいに単純に喜びあったりしてて微笑ましいのに、
なんなの、このいじわるな雰囲気。。。
最近の某学会のイラスト論争は、本当はもっと気高い志と、崇高な理想に基づく、頭のいい人たちが言論を戦わせてるんだろうけど、
あれにも、根底にはいじわるな女性特有の言い回しを感じたりして、
結局女の子の意地悪な性根をそのまま持ち続けて大人になったってことなんじゃ、と思ってみてた。
女性がいろんな面で差別的な立場にあるという主張はよくわかるし、性的に搾取される立場におかれている、というのも
わかる。
だけど、男の子が子どものころから女の子に散々ねちねちいじわるされて育って培われた「根っこにある女性への嫌悪感」
対立の根っこにあるのは結構そういうところだったりするかもしれない。
そんなわけで、今のわたしは学生時代のように、また独身時代のように、口が裂けても自分自身をフェミニストだとは口外しなくなったし、
むしろ、もし、今わたしが育ててるのが女の子だったら、きっと自分の中の女の嫌な部分をわが子から散々見せつけられて自己嫌悪になるだろうから
最近では、もし自分の子どもが将来ゲイになったとしても、むしろ、ああ、そう、すてきな人ができてよかったね、っていうかもしれないとも思ったりする。
ま、これは単なる女性としての同性嫌悪なのかもしれないけどさ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yomiuri.co.jp/national/news/20130808-OYT1T01677.htm
http://nueq.exblog.jp/20276833/
ここまで情けなくなった日本人
8月7日 追記
「 エスカレーター キャンペーン 」 で検索してみて下さい。
よっぽど、恐れを為したらしい。
なんとも哀れな骨抜きニッポン人 ( にほん人ではない ) の へなちょこ根性だ。
※ ニッポン と にほん については、
Japanって、どこの国よ?
を参照下さい。
先日の大阪講演会( 4月7日 )で、最近( ここ10〜15年 )ほどの間に、エスカレーターでじっとしてる人が増えて嘆かわしい限り。 エスカレーターは歩くもの!
ピンヒールや重い荷物を持ってる人、身体に問題のある人は止まってても良いが、その他の連中はエスカレーターを歩いて昇り降りすべき!!!
それを最近では、「 危険ですのでエスカレーターを歩かないで下さい。」などとアホゲたアナウンスまでするようになっている。 と、糾弾した途端、
朝日新聞に「 転倒事故多発、恐怖のエスカレーター歩き 」など云うアホな記事が。。。
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201304100691.html?ref=nmail
エスカレーターは歩く人のため片側を空けて――。
都市部では定着した習慣だが、本来は「歩かない」のがルールだという。
■ 本来は立って、ベルトつかむ
左側は乗るのを待つ人の列が…
アホ抜かせ!!!
あんなもの歩いて転倒するとは、、、、一体どんな運動神経してるのか?
どのみち、一人二人が転んだだけで、このような大げさな事になってるのだろうが。。。。
前に東名高速で飲酒が原因の居眠り運転で前の家族が乗ってた自家用車に追突し、幼い子どもが二人焼死した悲惨な事件があったか、その事件をもって飲酒運転の暴虐な取締り = 高額罰金が始まってしまった。 実は適度な飲酒は運転能力を向上させるのである。 警察発表の飲酒に依るブレーキ操作に至る反応時間の遅延はイン・ビトロ = 実験室内の閉じられた系 での反応時間の話しであって、開放系 = イン・ビボ 環境では逆に反応速度も運動神経も向上するのである。 尤も酔っ払ってしまっては逆効果になるが。
このデータを週刊プレーボーイ誌上で公表した千葉大の教授は即刻クビなると云う弾圧が行われたのである。 この高額罰金により、田舎の美味しい料理屋さんは軒並み経営不振に陥ってしまっい、「 地方の活性化 」とはまるで逆方向のベクトルが動いてしまった。
ポチ公のそのまた飼い犬のミドリムシによる駐禁取締といい、警察の2大ドル箱路線となっている。 しかもその罰金の用途は一切公表されてない! 信号や交通標識、そして国庫への編入とされているが詳細は一切公表されることなく、どのみちそのまま工作費や飲み代、退職後の保険に回されているのは明らかである。 ミドリムシ登場直前、警視庁の全パトカーがゴージャスに刷新されたことをみなさん、ご存知だろうか?
さて、エスカレーターの話題に戻すと、それにしても、いくら僕の電話やメール、講演会が公共放送になってるからって云っても、この素早い反応には驚いた!
日本人は洗脳が行き届き、頭の中が狂牛バーガー状態になってる上に、毒の素( 一般的に「 アミノ酸 」と表示されている )漬けでヘタリ牛・たれパンダの骨粗鬆症と脳内スポンジ化がかなり進行し、鉄棒から堕ちて骨折はするわ、エスカレーターで転倒はするわ( って、ホントかよ? 植草痴漢事件みたいなもんじゃないの? )と、運動神経・骨とも軟弱化があまりにもひどい状況となってしまっている。
それに、人の歩行スピードが90年代以降全然ノロくなってしまっている!
駅の階段も一段・二段飛ばしで昇降する人を最近は殆ど目にすることがなくなった。
◆ 60代以下の男女はエスカレーターを歩くべしッ !
※ 但し、身体の不自由な方、ピンヒールの女性、小さな子ども連れ以外。
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201304100691.html?ref=nmail
エスカレーターは歩く人のため片側を空けて――。
都市部では定着した習慣だが、本来は「歩かない」のがルールだという。
エスカレーターは自動車や鉄道と同じく目的地により速く着くために作られた。
従って、階段を登るスピードより遅くなるエスカレーターでの立ち止まりは本来の目的に整合しない。
「 余計なお世話 」であるばかりか、「 アホ 」としか言いようが無い!
■ 本来は立って、ベルトつかむ
だれがそんな「 本来 」を決めたのか?
左側は乗るのを待つ人の列が続くが、右側に立って乗る人はいない。
飼いならされ、何事にも疑問を持てなくされてしまった哀れな羊:日本人の姿である。
だが、日本エレベーター協会によると、エスカレーターは
本来、立ってベルトをつかんで乗る前提で安全基準が作られている。
その「 安全基準 」とは、日本エレベーター協会の責任回避のために「 作られた 」言い逃れに過ぎない。 日本人全体が「 官僚化 」し、責任の所在をとにかく自分のところには置かなくすると云う卑屈な根性の顕れである。
1段ごとの踏み面(奥行き)が階段より大きいため、歩くとつまずきやすい。
転倒すれば、周囲の人を巻き込み大事故につながりかねない。
従って高さ・奥行きもまともな運動神経を持っていれば何ら問題はない。
問題は、そんな運動神経、、、どころか身体の基本的な機能や免疫力などを奪う味の素・サントリー・ハウス・雪印・山崎製パンなどに代表される化け学物質を垂れ流す食品業界にある。 今度は狂牛肉や遺伝子組み換え食品がTPPによって大手を振って日本人の口に詰め込まれることになる。
協会の5年ごとの調査で、2008~09年の2年間に発生した事故は1200件。
その5年前の1・8倍に増えた。7割が段上や乗降口での転倒だった。
この数字は本当だろうか? と、まずは疑ってかかるのが初歩的アプローチ。
次に5年間で1.8倍に増えたとするなら、なぜ増えたのか?
5年前に比べてエスカレーターを歩く人は確実に減っている。
減っているにもかかわらず、事故が増えるのはなぜなのか?
つまり、立ち止まってるがために、注意力が散漫になるからである。
スピードを出してないので注意力が散漫になる。
一番の安全運転とは少しスリルを感じるくらいの快適なスピードで転がすことである。
少しの緊張感があるので360度全方位に注意力が隅々まで働き、前方方向に関してもより遠くまで見えるようになる。
交通法規を改悪してるのは、罰金稼ぎを増やしたい警察官僚と自分では運転しない国会議員「 先生 」たちである。
道路脇の標識に数字があるが、あれは道路事情も自動車の性能も今から比べると劣悪だった1968年の東京オリンピック当時のものであり、あの数字は「 最低時速 」を表示している。 「 最低時速 」以下で走行すると、交通のジャマになるだけでなく極めて危険でもある。
怖い思いをしている人もいる。
横に並んで支えたいが、押しのけて上がっていく人も。
「 弱い側が自分の身を守る方法を考えなければならないなんて 」
エスカレータを歩く人はたとえ急いでいても止まってる人に充分に注意し、ケアすべき人はケアしなければならない。 自動車の運転と同じようにスピードが上げれば上がる程、注意力は高まるものである。
片側を空ける習慣はいつ始まったのか。
元技術者で、エスカレーターの歴史に詳しい後藤茂さん(71)によると、
1944年、混雑解消のために役人が考えたとされる。
日本では、長いエスカレーターができ始めた70年代に広まったとみられる。
後藤さんは「歩くのは安全性からも輸送効率の点からも問題」と指摘する。
マスゴミの得意技である やらせ発言であることをまずは疑うべきである。
日立のUFOみたいな建物に登っていく長〜〜〜〜いエスカレーターは鉄腕アトム的未来技術の象徴の見えたものである。
阪急電鉄(大阪市)はかつて、「お急ぎの方のため左側をお空け下さい」
と放送を流していた。
「 右手が不自由な人もいる 」と苦情を受け、98年にやめたが、今も習慣は残る。
甘え過ぎ!
見上げたもんだ!
JR東日本など25の鉄道会社は昨夏、「手すりにつかまって」と呼びかける
キャンペーンをした。
遠回しに歩かないよう促す戦略だが、隣に階段がないところもあり、
歩行禁止までは呼びかけていない。
という事情もある」ともらす。
当たり前だ!
横浜市営地下鉄では、歩行禁止を呼びかけるポスターをはっているが、
アホもここまで極まれり。。。。
今も右側を歩く人が少なくないものの、意識は変わってきたという。
以前は右に立つ人を怒る人がいたが、
今は急ぐ側が「すみません」と声をかけている。
「5年くらいかけ、少しずつ認知された」という。
さ〜〜〜すがは、名古屋ッだぎゃァ〜〜〜〜〜ッ!
カタチと見栄を重視するナギャオならではッ!
利用者はどう考えているのだろう。
ツイッターで聞いてみると、「 片方空いてないと不便 」という声の一方
「 怖い思いをする 」「 歩くなら階段を使うべきでは 」という声も多かった。
これまた マスゴミの得意技!
少数意見・誘導意見・洗脳意見をさも大多数であるかのように見せかけるマスゴミの得意技!
「 一律禁止より、声をかけあい、譲り合う社会の方が健全では 」と提起した。
急ぐ人間がいちいち声をかけてる暇はない!
注意して登り降りすればいいだけのこと!!!
これだけの簡単なことが何故問題になるのか?
歩くことでどのくらい時間が短縮できるのか、計ってみた。
エスカレーターに立って乗ると約16秒。
流れに合わせて歩くと8秒だった。
エスカレーターが2段階であれば、合計16秒差。
閉まる電車のドアに突入するには、最後の0.3秒が問題だ!!!
16秒だの、8秒だの、気が遠くなりそうな程 長大な時間である。
暇人は、なんとも呑気なもんだ。。。。唖〜〜〜然。。。。
5年前の1・8倍に増えた。7割が段上や乗降口での転倒だった。
にある。
ここに 「 段上 」 と 「 乗降口 」 と表記されているが、「 乗降口 」とは、「 乗り口 」 と 「 降り口 」 のことである。
ならば、「 段上 」とは一体何を意味してるのだろうか?
と、すると、乗り口 〜 途中のステップ上 〜 降り口 とエスカレーター利用の全行程で起きる転倒が7割と云うことになるが、転倒以外の事故が3わりあったと云うことなのだろうか?
転倒以外の事故ってなんだろう?
まるで想像することが出来ないのだが。。。。。。。
さて、5年間で、1.8倍になった転倒事故、先にも書いたが、歩く人がこれに絡んでるのだろうか?
先にも書いたように5年間で確実に歩く人の数が減少してるにも関わらず、
と、云うことは、これはエスカレーターを歩くことが事故の原因ではない!
と、いうことを示唆してる。
と、なっている。
つまり、歩く人がいることで事故が倍増してる。 かのような印象を読者に与えるべく、歩く人への非難の声を中心に記事を捏造してるのである。
この情報操作の 「 意図 」 は、どこにあるのだろうか?
もちろん、従順な奴隷をより従順な奴隷にするための 「 洗脳 」 の一環である。
自分たちが何をしでかしてるのか、よ〜〜〜〜〜く考えてみる事だ。
朝日新聞は大東亜戦争前、日本が支那と戦争するように記事を捏造し、デッチ上げた張本人である!
そして大東亜戦争中は、「 大本営発表 」 を垂れ流して日本人の戦争指向を煽り、戦線での事実を隠蔽・歪曲・捏造した張本人でもある。
ゾルゲ事件の首班となった尾崎秀実は、朝日新聞の幹部でもあり、コミンテルン( ユダヤ世界支配の道具 )の巣窟が朝日新聞である。
まさに、第2次世界大戦突入前の大政翼賛会と朝日コミンテルン新聞の様相である。
このエスカレーター記事も戦争〜徴兵制を睨んだ 「 より従順でなんでも従う日本人 」 づくりに向けた下準備である。
「豪、河野談話見直し望まず」
豪 「そんなことは言ってない」
http://maaz2.iza.ne.jp/blog/entry/2977220/
NHK
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現在も中継中
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<参考>
「FLASH」(9.11号)
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「慰安婦問題は、日本の左翼が種を蒔き、それに韓国が乗っかって花を咲かせたのだ。
では、この問題を大きく育てた朝日新聞は『捏造批判』にどう答えるか。
『締め切りまで時間がないので回答できません』。
日韓関係をここまでめちゃくちゃにした謝罪の言葉は、いっさいなかった」
http://www.kobunsha.com/img/sys/magazine_number/cover/flash_20120828.jpg
以上!
触手にアヘアヘされる女の子のイラストを見ていたら天啓が下った
手と足とだけを絡められて宙空で犯しつくされると、肩と股間とがとても痛いんじゃないだろうか、と。宙吊りっていう体勢だから体重を関節で支えることになるわけだし、とくに股間は限界ぎりぎりまで開かれているわけで、あへっあへっと息がでるぐらい力強く体を揺すぶられるわけなのだから、その股関節にかかる加重とか考えたくもない、華奢な女の子だとしても。
言うなれば、懸垂中に無理やり引きずり降ろされそうになるけど手はガムテープで鉄棒に巻きつけられている、というような感じ、なんじゃないかな、と。
触手責めにされている女の子の想像には、女の子があへっていたりよがっていたり快楽に溺れる姿や触手を気味悪がる姿を想像できても、その姿勢が自然とつくりだす体への負荷や痛みについては想像ができない。