2015-06-18

犬の思い出

昨日、ひさびさに実家へ帰ったら黒のラブラドールと姪がバタバタと出迎えてくれた。

その瞬間、忘れていた記憶……幼き頃の夏の日を強烈に思い出すことになる。



もう三十年も前の話。

私が生まれ育った鹿児島田舎町ではまだ野良犬がいた。


昔は今みたいに血統書付の犬ばかりではなく、

どの家の玄関先にも茶色や白のブチの犬がいた。

そんな田舎暮らし夏休み---たぶん小学校6年生の夏

朝早くにラジオ体操を終えて家に帰ると父がいつになく険しい顔をしていた。

どうしたの?と聞くと

「野犬がでたで今から山狩りだ」と父が言う。

「やまがりって?」

「山へ逃げた犬をみなで捕まっえのよ」

父の言葉子ども心に何とも言えない恐ろしさを感じる一方

捕まえられた犬が殺されることぐらいは幼い私でも理解していた。

そして、父は身支度を整えると山へ犬を捕まえに行った。


メルモちゃんを観て、お昼になって素麺をすすっていると、父が帰ってきた。

そして犬が捕まったことを知る。

坊主、犬を見に行けっぞ」この時なんとなく嫌な予感がした。


父も素麺を食べてから公園へ行くと鉄棒に縛られたクロスケが低く唸っていた。

「あぁ、(クロスケだ)」

囚われのクロスケは口と四肢麻縄で縛られており、

敵意むき出しの顔でこっちをみていた。

坊主、殺(や)んぞ」

父には「一呼吸つく」という習慣が無い。

やることはすみやかに行う。

クロスケの首にどこから持ってきたのか、

赤い首輪をつけた後クロスケを担いで歩き出した。


「犬をいけんすっとじゃっとな?」

「ついて来い」


から歩いて5分程度の公園のすぐ横にコンクリート護岸の川が流れている。

その川にかかった手すりがない橋の真ん中にクロスケを置いた。

父は持ってきた麻縄の一端を首輪にくくり、反対側をあらかじめ用意してあったであろう

コンクリートブロックに括りつけた。


「犬を沈め」

「(!!!)」

いつになく真面目な顔で命令をする父が怖かった。

逆らったら自分が沈められそうだとも思った。


「おおおおおおおお」

私は無言で犬を放り込むことが出来なかった。

声を出し、勇気を振り絞り、犬を橋から落とし、ブロックも投げ入れた。

そしてクロスケは川底へ沈んで行った。

私はおおお、おおおおおと声を出して泣いていた。

沈みながらぎょろっとした目でこっちを見ていたクロスケが怖かったことも思い出した。


昨日……父の四十九日法要があり、この時の思い出を母に語った。

母は、

「あれは、この村の伝統行事なのよ」と言った。

みんな12歳の夏に犬を沈めるのだよ。母も父もそうしてきたんよ……と。

そして、今は野犬がいないから沈める犬を探すのに苦労しているとも。


「どうしてるん?」と聞くと、母は恥ずかしそうに笑って、

「それ用の犬を飼っているさ」と教えてくれた。

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