はてなキーワード: 根付とは
文章を書いて生計を立てている。
しかし、半年前から文章を書けなくなった。ごまかしごまかし書いているが、どうにも気持ち悪い文章になってしまう。
文章を書こうとすると、言葉が脳内に溢れて、まとまらない。てにをはを結べない。文末の言葉が見つからない。
主題を整理していないからだと指摘されそうだが、原稿を書く前には骨組みを作り、文の流れと結論は決めている。それなのに、肉付けができないのだ。
良い文章を書かなければ、というプレッシャーが私を殺す。良い文章を書かなければ、WEB原稿だからPVを稼がなくては、エッジーかつキャッチーな文で書かなければ、編集サンの気に入る文を書かなければ、リズムを意識しなければ、誤字脱はどうだろうか、構成はこれで正しいのだろうか、言葉選びは最善を尽くせているだろうか……。
WEBの進化により、誰もが「ライター」時代となった。編集プロダクションや出版社などで先輩や上司に添削された経験のない人間ですら「ライター」を名乗るようになった。はてブでも、ひどい文章で書かれた記事がホッテントリするのは決して珍しいことではない。
WEBでは、文章の上手さを求められない。だから、文章にこだわるWEBライターの単価は上がらない。
紙媒体はコネがモノをいう慣習がいまなお強く根付いている。新規参入は難しい。
金が稼げないという悩みと、文章がかけない苦しさを混同させているのは薄々理解している。理解しているんだ。でも、苦しいんだ。苦しくてたまらない。
ハッカーの間ではOSSに参加していることが一つのステータスになっていると思う。
OSSは生活の基板みたいなもんで、これなかったら生きていけないようなソフトウェアばっかりだ。
例えばvimとか。
何かを作れる、世界を良くする力を持っているって事を示すのに、OSSは最高の手段だ。
プログラマーコミュニティは、その恩恵を受けると共に、彼らに尊敬の念を払う。
大学、図書館、公民館などの教育機関を作る時に寄付がなされる。
そうやって寄付によって教育を受けた若者が、また起業家になって金を稼いで寄付をする。
健全だ。
プログラマーなら分かると思うが、OSSにケチをつけるのは大概NGだ。
というのもOSSである以上、文句があるなら自分で直せ、という殺し文句があるからだ。
実にごもっと。
そう言ってやるべきだ。
あの話を見てイジメとは全く感じなかった
私はアイマスに何の思い入れもない人間だし、さらりとエンタメのひとつとして見てる立場
みおちゃんは確かに他人から見るとライブ規模を勘違いしていて、
それはつまり自分の立ち位置などが若さ故にあまり分かっていなくて
突っ走っちゃったんだな〜って感じで
周りは誰も悪くないし、もちろんみおちゃんだって悪くない。
誰にでもあるような些細な勘違いを、イコール醜態であると感じる人は
同じような経験があるのか、
若いのか、
(例えば現実でそういう些細な勘違いを嘲笑された、揶揄された等)
と思ってしまうのかなーと思った
なぜそう思ったかというとまさに自分自身そういう面があったから
「授業中、先生からの質問意図を勘違いして、おかしな返答をして笑われた」程度の軽い勘違い
笑われたことが非常に辛く、恥ずかしい記憶、駄目駄目な自分のダサさとして心の奥に根付いていて
10年以上経ってからもずっとあの時の恥ずかしさが忘れられなかった
今振り返って考えてみれば全くもって大したことではないし
そんな勘違いをしたからといって自分自身の価値が下がったわけでもないし
人間なんだから誰でもそういうことってあるよね、程度の問題なんだけど
若かった私にとってそれは重大な問題だった
みおちゃん、人間らしくていいじゃん
勘違いなんて誰にでもあるし、そのことを馬鹿みたい、赤っ恥だなんて思わない
周りの子もそのことについて別に揶揄したりしないイイコばっかりだし
みおちゃん本人は次回、自分自身のこと「あ、突っ走っちゃった、恥ずかしいな」と思うかもしれないけど
そのことは悪いことなんかじゃないと思うよ
自治体での仕事がどんなものか知らないが、そもそもなんでWindowsServerを使ってたのだろう?Exchangeかな?
もしExchangeを使いたいって理由だけでWindowsServerを使っていたのならば、金を捨てていると思う。なぜなら私は元「省」でのインフラを構築・運用をしていた経験があるからだ。
そもそもExchange含めグループウェアを使いこなせている企業は少ない、グループウェアを使うにはITスキルの必要性もあるが、根付かせる風土を構築する必要があると思う。
そのためにはそれなりのコンサルティング料金が必要だと思っているが、その必要性を理解してもらうには至らなかった。
官公庁では上が入れているシステムが絶対なのだ、予算も通りやすいのだろう。
そもそも官公庁のシステム担当者は知識が無さ過ぎて「サーバ」「サーバ内のソフトウェア」「クライアントのソフトウェア」を理解してくれないケースが多く見られる。
そもそもなぜ自治体ではIT関連の専門職を雇用しないのだろう?
自治体は事務職が多く、それなりの規模の仕事をしているのだから元IT出身での中途採用をすればかなりの人員削減ができると思う。
日本ではこれだけSEが薄給で酷使されているのだから、インフラ構築もできてVBA程度でもプログラミングができる人間を既存事務職と同等の給与で雇用するのもたやすいのに。
岡田斗司夫氏はかねてから自分の持っているメソッドで世界の数%を幸せにすると言っていたが、それは後づけ理論であり自分の膨大な欲求を満たすための副産物であるような気がした。
※その辺、行動経済学的にもご自身でわかっていらっしゃるのではないかと思う。
もちろん岡田斗司夫氏の現在の活動や言動を否定するものではなく、人生を豊かにするような有意義なメソッドもあると思うのでそれは各自ググってください。
普通に性的欲求のある一般的なおっさんである私が岡田斗司夫氏の発言を良心的に見てもやはり病的としかいえず、
これが通常の人に近い反応だと思うので、岡田斗司夫氏とつきあっている女性も心に病を持っている人が多そうだが(実際Aさんは拒食症らしい)岡田斗司夫氏自身もたまに鬱になるときがあると語っている以上、やはり類は友を呼ぶというでっかいくくりで()してもいいような気がする。※その他の8人の人に失礼だと思いますので先に謝罪しておきます。
頭のいい岡田斗司夫氏はそういった自分のあふれでる肯定的であり病的な欲求に対して意味を見出すために(意識的か無意識的かはわからない)
あのしゃべりくりや、博学さを身につけていった可能性が高い。「自分の彼女からしか学べない」ともいっています。学びはよりよく生きていくためのツールですからね。
※岡田斗司夫氏のあふれでる病的肯定的欲求をめんどくさいので以下トシオズムと明記。
・一人の人間を大事にすることができなかった。これは最初の奥様との結婚をして気づく。
・sexボランティア:なかなか普通のメンタルでできないことは想像に難くない。ボランティアに所属と言及しているが、本当のボランティアでそんな団体に所属する人はむにゃ※〒々。。。。相手がだれであろうと拒否権がないことを許諾できるのは、トシオズムがそういう団体に所属させたとしか思えない。
・自己嫌悪はない。
・性欲ではない。
あと動画全般にみる「モテ」という表現に過敏というか、俺はもててるとかそういうのではなくて的な言い回しは岡田斗司夫氏は自分のトシオズムをわかっていて俺はこのトシオズムを満たしているだけで、結果的には「モテ状態」なんだが、だからといってみんなにトシオズムを持て!とも言えない自縄自縛状態に見えるのは私だけでしょうか。
岡田斗司夫氏のあの天才的な話術やメソッドの裏にはトシオズムが根太く根付き、膨大なトシオズムパワーから生み出される岡田斗司夫コンテンツはその効果も大きく、その分自身に返ってくるマイナスパワーもあり鬱状態にもなりながらもがいている岡田斗司夫氏を感じる。
なので結論はトシオズム対談ということでぜひ、恐山院内の南直哉さんか、小池龍之介さんと対談して仏教的観点からそのトシオズムを理解・解体・再構築し、昔はトシオズムに揺れていた宮崎哲弥氏も含めた鼎談にすると2015年最強のコンテンツになり得る可能性もあり、世界の数%を確実に救うであろう新たなメソッドが生まれる瞬間を見たいと思うので、
宮脇睦のメルマガに「転載ご自由に」と書かれているので転載します。
編集後記
かり活用していました。
を認めなければ、モータリゼーションの到来に気がつきませんし、
スマホの普及を知らなければ、「パズドラ」の売上高を信じること
はできません。
の解禁です。実際の所、いままでも「政治活動」として選挙活動は
黙認されていました。
会議員のポスターには「区政報告会」と告知がありますが、みな選
挙後の日程が刻まれ、その日時に実際に開催されるかは誰も知りま
せん。
想信条の自由から取り締まることが困難という理屈が、ポスターへ
と繋がります。
動画配信とやりたい放題。さらには「ニコ動」のイベントというリ
アルにまで党として進出しているのは各党同じ。
非難することの愚かさを知ります。昭和時代の学生が抜き打ち検査
で、校則で禁止されたグッズが摘発され、それを非難するような幼
稚さです。
き始めたようですが、不発を叫ぶのは、マスコミの不勉強に過ぎま
せん。
もうひとつの理由は、日本のネット有識者、Web業界人の傲慢さに
あります。
と政治ブログを立ち上げました。以前はこの人、「ゼゼヒヒ」なる
彼岸は「非自民政権」。彼の御尊父は社会党の偉いさんの秘書だっ
たようです。
もマイクロな。
ことはないでしょう。本家の朝日新聞の信用失墜は、致命傷になっ
たかもしれません。
ネットの専門家、オーソリティーで、仮に民主党を支持するなら、
党の内部に入り、宣伝文句を量産し、サイト運営のノウハウがある
ならこれを提供し、技術があるなら・・・あるならばですが・・・
自らソースコードをかくこと。すなわち
「自ら銃を手に取り戦う」
ことをどうしてしなのでしょうか。
「観客席からのヤジ」
党と支持する理由を表明ぐらいはしなければ。政治について何も語
らないのならそれもありですが、支持政党無しとは、言質を取られ
せんが。
より私の文章にかかる「バイアス」を読者は知ることができるから
です。
暇を取りボランティアとして陣営に参画します。銃のかわりに、マッ
クブックを片手に戦います。
あれば、すぐにサイト作り替え、時に新設します。著名人なら積極
的に賛意と支持を量産します。ファンの離反を招くとしても、リス
クを取らずに手に入れる果実がないことを、アメリカ人は知ってい
ます。
ネット選挙を語らせているので、「定着」しないと嘆いているだけ。
したより良い方向で。
(おわり)
斉の宰相妟子(妟嬰。春秋史上最高の名宰相妟管子の片方)に「コイツの理屈は王侯貴族にしか通じない」と称される程、
それなのに弟子の顔回があまりにも有名でその師匠曰くという所に魯の孔子が出て来るだけで、
加えてこの孔子と言う人物は中国曰く聖人君子の代表格とされるが、
呉の季札同様さして何かを成し遂げたでもないのにやたら持ち上げられる。
伝え聞いた所では……という塩梅で多少誇張された表現がこの孔子の周囲には多い。
更に孔子は当時仕官を断った妟子に対して、後に大した事がない奴だと扱き下ろしてる。
このように自分で何かを成し遂げていない上に傲慢な人間にも拘らずやたら名声だけが付いて回っている人物が
三国時代に目を向けると、劉備玄徳や関羽雲長、諸葛亮孔明が「三国志演義」の影響から史実以上に聖人君子の扱いを受けており
これまた中国では尊ばれている。
逆に孫子の兵法書を編纂し、中国大陸の三分の二を掌握して漢王朝を永らえさせた曹操孟徳に対しては近年こそ
再評価されつつあるが、それまでは悪逆非道の代名詞とまで貶されていたのだ。
そう考えると中国では創作や民話伝承の類が信じられやすい、言い換えれば単純な人間が多いために、このような誤解が
筆者が大好きな猛将魏延などの忠臣は演義のせいで墓まで荒らされて現在は鉄道が作られている始末である。
このように、中国は史実に全く目を向けず自分たちにとって都合の良い虚構にばかり信奉しているのだ。
そう思えてならない。
http://anond.hatelabo.jp/20141208214051
なぜ日本にはレディファーストが根付かないかについてゼミで討論した事がある。
例によって女子学生たちは日本男性批判と想像上の外国人紳士崇拝の言辞を並べていたが、30分ほどで女性教授が
静かに、だが力強い声で言い放った。
「レディーが絶滅しつつある日本ではレディーファーストを普及させようがありません」
教授は海外で教鞭を執っていた時期が長いが、茶道華道ともに師範の免許を持つ人。
その教授曰く、「優遇をあさましく求めるのは日本女性特有の醜態。
一気に悪や理不尽をやっつけるものでない「強さ」や「希望」という価値観が心に根付いた
技術が社会の形を変えるという予想に心が躍った。あと、富も暴力も「力」にすぎず、それ自体に善悪はないということで、かなり金に対する見方がフラットになった。
貧困や無力が自己責任かという事に対して、考えが大きく変わったし、自分が力を及ぼせる無学に奉仕しようという考えをいまでも根っこで支えてる。
女性の社会的地位を上げろというが、実力があれば誰でも社長になれる。
それが実力もないのに役員のイスに座らせろ、というのがフェミニストの論だから感情論以外の何物でもない。
実際、女性活躍の先進国であるノルウェーでは実力のない女性役員が増加して業績が悪化しているといった事例が報告される始末だ。
フェミニストの目は一体どこに付いているのだろうか。
不満はそれだけではない。
一種の病気でもあるが、女性専用車両に代表される女性の怠慢の象徴であるかのような税金の無駄遣いを推進し、他方レディースデーなどに反対すると排外的だからと取り合わず
自分たちの境遇を外国の例を湾曲して都合の良いように主張する。
主張が通らない時は喧しく騒ぎ立てては、まるで児戯ではないか。
女性の人権を守るべく主張するのは結構だが、社会的地位云々を主張する前に歴史的背景や当時の女性の社会的地位についてもう少し勉強してみてはいかがか?
あの当時の女性たちの境遇を現在の女性たちの境遇に重ね合わせるには無理がある。
経済とか境遇とかは今は何とでも変えられるが、逆にあの当時はああいう体でしか女性は社会的地位を得られなかったのは事実である。
また、フェミニストお得意の海外の例に目を向けると、ドイツやイタリアでは古くから公娼という市民権を与えられた特別待遇の慰安婦が存在している。
彼女らは参政権も与えられているので選挙に立候補したり投票権が与えられたりもしていた。
これは歴史背景が為せるものであって、差別されてきたとは必ずしも言えない。
ただ、日本の場合仏教伝来によって男尊女卑の思想が根付き、それはイデオロギーとなって現在までに至ったわけだから
フェミニストはそれを何とか改善すべきだと働いているのは知っているつもりだ。
しかしながら、海外の事例を基に身勝手な思想をフェミニストでない一般の人に植え付けるのはどうかと思われる。
そもそも慰安婦などというのは便宜上言われた記号でしかなく、娼婦あるいは売春婦が正式な名称だ。
歴史の何を以って強制性を語り政治的なニュアンスでこれに反対だと主張するのだろうか。
彼女たちは一体何と戦っているのだろうか。
この観念ですらも女性が女性である事を利用した証ではあるまいか。
女性の社会的地位の向上を求めるのであれば、従軍も女性は率先して積極的に志願すべきであった。
今日の女性が不遇という風潮はその昔からデモも何も行ってこなかったツケではあるまいか。
また、現在の実力制が女性の地位向上の足枷になるのであれば、それを撤廃すればいい。
女性専用車両にしても自分で自分の身を守る位の事が出来ないから痴漢されるのだ。
痴漢が嫌なら痴漢を滅多刺しにしてでも身を守れ、自己防衛が過剰防衛にならない程度にだが。
それに痴漢だと叫べばいいじゃないか。
男に守って欲しい女になろうとするな。
何でもかんでも自分の思い通りになるとは思わない事だ。
また、個人観も重視すべきだ。
★元々自分は、選挙直前のGDPショックを見て、当初は「自公は過半数は維持するものの、現有議席を減らす」と予想していた。
しかし、GDPショックでも一向に政党支持率は落ちず、直近調査では「自民300」と各紙予想している。
★つまり、国民はGDPショックがあっても、「野党側だって、経済をうまく回せる訳がない」と冷めた目で見ている、ということだろう。
「不景気は与党に不利」の法則すら、日本の選挙では通用しなくなった。
★今まで日本の選挙では、「政策次第で、日本は良くなる」という淡い夢につられて投票していた。
今回の選挙は、「もう日本の衰退は、どんな政策を講じても不可避だ」という諦観が有権者に根付いてしまった、ということではないか?
「どうあがいたって、没落は不可避、没落逃れの政策を追い求めるだけムダ」と諦観した日本の有権者は、
政権交代で無駄なエネルギー消耗を避け、消極的に与党支持に回る。緩やかな安楽死を穏やかに迎えたい。
★・・・とツイートしたら、「ワイマールドイツと同じ諦観状態。次に来るのはナチス」とのリプライが来た。
でも、ワイマールドイツと根本的に違うのは、日本の有権者平均年齢は、圧倒的に高齢化してる点。
たぶんワイマールドイツの有権者平均年齢は30代でしょう。今の日本の有権者平均年齢は50代、下手すれば60代
★結構、今回の直近世論調査の「自民の高支持率」は自分には衝撃。
経済失策に対して「怒る」元気さすら失われるくらいに、日本の有権者は高齢化してしまった。
ある程度の人口を抱えた国家の中では、日本の有権者平均年齢は、最高齢なんだろうなあ。
★ちなみにウソみたいな本当の話ですが、日本の女性の平均年齢は、「赤ちゃん・子供を含めても」50歳を越しているらしい。
思いっきりセクハラなツイートをすれば、女性機能を卒業してしまった女性が、日本女性の過半数を占めている
★民主主義という制度は、元々は「有権者の平均年齢が30代~40代」という前提で制度設計されていると思う。
だからこそ、健全な「怒り」が、民主主義を機能させるエネルギーになっていた。
今の日本のような、「有権者の平均年齢が、下手すれば60代」という状況は、民主主義の想定外では?
★これで選挙で自民党が「大勝」しても、たぶん社会に高揚感は湧かないだろう。
自分の見立てが外れて自民が「敗北」しても、たぶん社会に高揚感が湧かない。
「選挙で、政策で、社会が変えられる」と無邪気に信じることが出来なくなったのが、老人大国日本の現状
★イランとか、フィリピンとか、インドネシアとか、有権者の年齢が恐ろしく若いんですよ。下手したら平均年齢が30歳行ってないかもしれない。
上の文章を書いた後、
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蜜を塗り虫を誘き出すように酔狂なフリーク達を集め、
彼らの相互作用の樹木(共同体的文脈)から生成される文化(果実)を
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運営が組織原理として安易に規模の拡大を目指せば崩壊へと簡単に拍車がかかる。
規模の拡大は運営側がフォーマルに改造を行う事で成される為に、
水清ければ魚棲まず。
そして、門戸を大きく開放した事により、
それを得る為に評価される事を望み、
愚にもつかないクローンを量産するという、
属性主義的な人々の参入も加速していく。(例:HIKAKINクローン)
良いコンテンツを掘り出すのも一苦労。
フリーク達も嫌気がさして移り住み、
運営は過去の遺産を使い回して食い潰すしかなくなる。(例:初音ミク)
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だからこそ運営側は上手く距離を取った上で管理していく必要がある。
枝分かれ(分散化)し過ぎたり、大きくなり過ぎたりすると、
その構成組織(構成員)がネタ・ストーリー(共同体的文脈)を"追えなく"なり、
共同体意識・コミュニケーションが喪失、組織崩壊を起こして倒壊する。
支え木、整枝、他の木を育てる為に光が届くような気配りも必要だ。
そこで初めて安定的に収穫が出来る。
だから化学肥料(金)を振りまけば、木が生えるなどと甘く考えてはならない。
それは責任や拘束を伴うし、相互関係を阻害する物でもあるからだ。
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作り直さなければならないという状況に確かにニコニコは陥っている。
公式アニメや転載物という外来コンテンツがランキングを多数占める様を見れば分かる。
このままではyoutubeなどと差別化出来ず、顧客を奪われて行くだろう。
だからコンテンツを作り出すプロを呼び込もうと運営側は焦っているのかもしれない。
しかし、本当にそうならその場しのぎにしかならない事に気が付かねばならない。
それは一方的な"供給"であり益々ニコニコを「ただ見る場」にしてゆく行為に過ぎないのだから。
本当に必要なのは「集まって簡単に楽しくワイワイ何か出来る場」なのだ。
ユーザーはそういう"経験"が出来る"場"こそを求めているのだ。
そしてその場を地道に作って行くしかない。
自分にとって関わりも物語も何もない第三者のコンテンツならテレビで見られる。
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ステータスを狙って繕う事と口先だけ回す事が上手な人々が横入りして、
実際"物"を作って来た現場主義でエゴイステックな情熱馬鹿の人間を「融通が利かない」と追い出し、
組織原理に追従して先人の遺産を食いつぶし落ちぶれていく様は良くある事だ。
そして、落ちぶれて行くのに気づいて焦り、某ナルドの様に明後日の方向に疾走していく事も。
かつての空き地は、もはや無い。
しかし、かつての空き地に立つソレもまた好ましい物であってほしい。
かつての空き地の住人は昔を思ってそれを眺める。
昔から父親に虐げられて生きてきた。
食事の時に、マナーがなってないと言われてよく殴られた。食べるのが遅いと殴られて、箸の持ち方がおかしいと殴られて、茶碗の持ち方がおかしいと殴られた。
配膳の仕方がなっていない、ご飯茶碗は左で味噌汁が右、焼き魚は頭が左で海魚は腹が前・川魚は背中が前、かちゃかちゃ音を立てて食べるな、
箸は先っぽ2センチ以上濡らすな、言われたことができないと殴られた。
だから食事の時間が楽しくなかった。食事の時間=殴られる、という方程式が自分の中で確立していたし、給食の時間は友達の食べ方を見ながら、
あの子がうちの子だったら5回は殴られてるな、みたいなことを考えてしまう。
母は殴る父を止めてくれた。でもそれで一時的に殴るのを辞めても、またしばらくしたら父は手が出てしまうので全然意味がなかった。
口答えをすると殴られた。怒られて、なぜそうなったのか経緯を説明したりすると父からは詭弁だとよく言われた。何かを父から聞かれて、
すぐに答えられないとまた殴られるから、頭でよく考えずに思いついたことをすぐにいう癖がついてしまっていて、その内容が父の思った通りのものじゃなかったりするとやっぱり殴られた。
脊髄反射的に返答する癖は今も抜けない。
中学生くらいになって、うちのお父さんはほかの家のお父さんと様子が違う、と思うようになった。
私の父は私が家に友達を呼ぶのを極端に嫌がった。友達が家に来ているときはすごく人当たりのいい父親で、ケーキを買ってきたりちょくちょく話しかけてきたり、
友達からはいいお父さんだねなんて言われることもあったが、友達が帰ると正座させられ、なんで連れてきた、配慮が足りない、部屋が汚れた、掃除をしろと怒鳴られた。
気に入らないことをすると、死ね、ととにかく言われた。死ねと言われたのが悲しくて泣くと、俺は金を稼いでいるから偉い、金を稼いでいない奴は稼いでいる奴の言うことを
聞くしかないんだから何を言われてもあきらめろと言われた。何で生まれてきたんだ、とか、お前は俺の子供じゃない、とか、生まれてきたのは失敗だったんじゃないか? とか、
お前は人間のクズだな、とか、お前みたいなクズは社会にとってゴミでしかないからせいぜい人の迷惑にならないように生きろ、とか、そういう類の言葉は何回言われたかわからない。
食費光熱費学費はすべて母が払っていた。母も働いていたので払えないことはない。が、焼酎と日本酒とワインとウイスキーとビールが常備されていないと父は怒り出す人だったので、
酒をほとんど飲まない母が自分の給料でそこまで賄わなければならないのは多分相当きつかったと思う。父ももちろん働いていたが、おそらく家のローンを毎月払っていただけで、
我が家は、父以外は貧乏な暮らしをしていた。誰も好きな服や靴は買えなかったし、私はお小遣いももらっていなかったので友達と買い物に行くとか
どこかへ遊びに行くこともほとんどできなかった。
母に負担をかけてはならないと思ったのと、高校中退の父をどうしても見返したくて、高校受験は死に物狂いで頑張って、都立のそこそこ良い高校に受かった。
でもどこの高校に受かったかは父には言わなかった。父がうちの子供がこんな高校に入れたんですよ、なんて近所の人に自慢したりしたら嫌だと思ったからだ。
もうその頃には、私は父の子ではないという意識がかなり強く根付いていた。
でもどこから聞きつけたのか、父は私の高校をつきとめて、近所の人とか親戚とか、いろんな人に自慢し始めた。あんなに私を人間のクズ呼ばわりして蔑んできたくせに
何で自慢なんかしてるんだ。お前の評価を上げるための材料に私を使うな。そんな感じのことを、父に言った。やっぱり父は怒って、そんなふざけた口のきき方をするやつは
俺の子供なんかじゃない、と言った。
私は、望むところだと思った。
しばらくして、父が仕事を辞めた。経営者が変わって、衝突が絶えなかったらしい。父の収入は激減した。父はもともと家にそんなにお金を入れていなかったから
私たちの生活にはさほど影響がなかったけれど、父にとっては大打撃だったと思う。
途端に父はすり寄ってくるようになった。今まで私達が食べていたものは「豚の餌」と称して一切口にせず、食事は別にしていたのに、急に一緒のものを食べようとしだした。
たまらず、豚の餌なんだから食べないほうがいいんじゃないですか、と言うと、そんな嫌味言われるんなら食わねえよ! と言って自分の部屋に戻って行ってしまった。
そのうち、絡まれるようになった。急に「お前は人に対する口のきき方がなっていない、社会に出てもやっていけない、人間のクズだ」と言われて、咄嗟に
「俺はお前を育てた覚えはない」
「まあ、学費も出していないし、食費も出していませんもんね」
「そうだ、だってお前は生まれてきたことが失敗なんだから養う義務もない」
「でもあなたがいたから生まれてきたんですよ。人間のクズを生み出したことについて責任とか感じないんですか?」
「なんでお前の責任を俺がとるんだ。俺は俺の子供のことなんかどうでもいい」
「無責任ですね。自分の子供の責任も負えないような人だから、仕事で責任なんか負えるわけないですよね」
ここまで言ったところで、私に皿が飛んできた。すごい音がして、私の座っていた木の椅子にいくつか破片が深く刺さった。
そのあとのことはあまりよく覚えていない。
父親に人間のクズだと言われて、私は長いこと私自身を人間のクズだと思っていた。死ねと言われて、本当に死んでやろうかと何度も思った。本当に死ねば後悔するだろうか、
それともあーせいせいしたとか言われるんだろうか。せいせいされたら困る、自責の念に駆られてほしい。あんなこと言うんじゃなかったと思ってほしい。
ずっとそんなことばかり考えていた。
「24時間以内に首でもつって死んでくれ」と言われて本当に死んでしまった子のニュースを見て、他人事とは思えなくて思わず書いてしまった。長すぎて申しわけない。
でもどうしても吐き出したかった。
これのブコメ見ていたら意外と双極性の人が多くて少し救われた気分になった。
数十年突然の無気力や派手な問題行動を起こしていて、なぜ自分はこらえ性が無いのかと悩んで生活改善などに取り組んできた。
人から見て当たり前の事が出来なくて、その事に自覚的なのもつらかった。何時間掛けても着替えられない日が続き、鬱かと疑ったら双極性障害と診断された。
自分の問題に明確な名前がついて妙にほっとしたと同時に「障害者」であるという事に衝撃を受けた。
今まで特別、障害者に対して差別意識を持った覚えはなかった。せいぜい駅のホームで叫んで走り回っている、成人して力の強そうな知的障害者の人が間違って線路に落ちたりしないだろうか、なぜひとりにしているのだろうかと気をもんだりするくらいだ。でもそれも自分の中で根付いていた差別意識のひとつなのだろう。彼は電車が来たらあっさりと乗っていった。
しかしそういった社会的な考え方よりも双極性障害がどんなものなのかを理解した時、自分は身勝手にも子供の頃に「お前達が健康で生まれてきてくれた事が嬉しい」と炬燵でみかんを剥きながら話していた両親の声が急に思い出されて悲しくなっていた。嘘をついて生まれてきたような気分だった。
知的障害の伴わない精神障害者は意外と多い。見た目に現れないだけで結構いて、薬を飲みながら押さえていけば普通に暮らしている人も沢山いる。だからそんなに不安がらなくてもいい。そう教えられてもなかなか実感がわかない。
だからネット上で名前(それがIDやニックネームであっても)を出して表明している人を見ると安心する。ちゃんと読める文章を書いている。一見普通の人だし全く同じ症状ではないけれど似た悩みの人がいるんだと思える。自分はまだ友人に打ち明ける勇気も持てないのでブコメやIDコールでブラボーできたりはしないけど、ブログやブコメの文章やアイコンだけで勇気づけられる。
ちなみに共同体の維持には基本的に向いてないんだよ、男尊女卑は。むしろ破壊する。
じゃあなんで一時的にこいつが有効だったかと言うと、まさに共同体を破壊するためにあったんだよ。
人類に向いた自然な母系共同体を破壊することで、国家と言う不自然で効率的な新しいシステムを人類に受け入れさせた。
基本的に国家っていうのは、自然な共同体を無視して、文字で書かれた法律によってプログラムされるシステムによって成立する。
そのためにはいったん徹底的に、自然な共同体を破壊する必要があったわけ。
で、もう原始的な母系共同体は潰れきって、法律システムが根付き、先祖がえりする心配もなくなってくると、今度はその破壊のための無理をするのが、非効率になる。
おまけに、もともと増えすぎた人類を効率的に支えるべく革命を起こして生まれた、国家単位の社会というのも、人類がさらに増えすぎたせいで限界になって、貨幣でグローバルに繋がる社会へと更に革命を起こして生まれ変わった。
かつて自然な母系共同体と不自然な法律が置き換わったように、誰かが誰かを支配したがる本能は、金という不自然な人工物が作るシステムに置き換わった。より効率的にならないと人口を維持できなくなったから。
男尊女卑は人類史の中で、一時的に与えられていた役割を終えたんだよ。
今後は人間を支配しようとする人間は、金への欲望によって弾圧されていくだろう。っていうかすでにされてるわけだ。弾圧者はプロ市民なりなんなりと呼ばれつつ。