はてなキーワード: 関羽雲長とは
斉の宰相妟子(妟嬰。春秋史上最高の名宰相妟管子の片方)に「コイツの理屈は王侯貴族にしか通じない」と称される程、
それなのに弟子の顔回があまりにも有名でその師匠曰くという所に魯の孔子が出て来るだけで、
加えてこの孔子と言う人物は中国曰く聖人君子の代表格とされるが、
呉の季札同様さして何かを成し遂げたでもないのにやたら持ち上げられる。
伝え聞いた所では……という塩梅で多少誇張された表現がこの孔子の周囲には多い。
更に孔子は当時仕官を断った妟子に対して、後に大した事がない奴だと扱き下ろしてる。
このように自分で何かを成し遂げていない上に傲慢な人間にも拘らずやたら名声だけが付いて回っている人物が
三国時代に目を向けると、劉備玄徳や関羽雲長、諸葛亮孔明が「三国志演義」の影響から史実以上に聖人君子の扱いを受けており
これまた中国では尊ばれている。
逆に孫子の兵法書を編纂し、中国大陸の三分の二を掌握して漢王朝を永らえさせた曹操孟徳に対しては近年こそ
再評価されつつあるが、それまでは悪逆非道の代名詞とまで貶されていたのだ。
そう考えると中国では創作や民話伝承の類が信じられやすい、言い換えれば単純な人間が多いために、このような誤解が
筆者が大好きな猛将魏延などの忠臣は演義のせいで墓まで荒らされて現在は鉄道が作られている始末である。
このように、中国は史実に全く目を向けず自分たちにとって都合の良い虚構にばかり信奉しているのだ。
そう思えてならない。