はてなキーワード: トップクラスとは
動画を含めたら何十回も彼を観ているが、生で見かけたのは二回である。俺は生観戦は滅多にしないからだ。
初めて見かけたとき、彼は走っていた。汗だくでジョギングして、来るべき日に備えて走っていた。練習中に声をかけるのは、少々迷惑だと思い、俺は声をかけなかった。
次に見かけたのはついさっき。餃子耳にマスクをぶら下げ、何やら沈痛な面持ちで渋谷駅に向かっていた。
恐らく前回「UFCにいこう」と口走ったところをマイクに拾われ、榊原にコッテリしぼられた事が関係しているのではないか。今度は俺が仕事中だったので声をかけられなかった。
日本人としてはトップクラスなのだが、日本人トップクラスという程度では、世界には通じない。
ボクシングもレスリングもそれなりなのだが、彼を特徴づける空手のレベルが低い事が大きな痛手だ。
離れたところからポンと飛び込んでペースを握る事を得意としてるが、離れるには相手を警戒させないといけない。相手を警戒させる手段がないので、彼はそこそこの日本人にしかなれない。
チャンスを待つ辛抱強さもあり、チャンスを与えないしつこさもある。彼に足りないのはチャンスを作る戦略性だ。
距離を取る為にただ離れるのではなく、離れたフリして襲い掛かる戦略性だ。
榊原はイベンターなので、空気を読むように言うだろう。無責任なファンたちも、堀江に空気を読むよう言うだろう。
でも堀江は読まないのではなく読めないのだから、諦めて勝ちを拾え。がんばれがんばれ。
渋谷の街を誰にも気づかれないまま歩く日々を終わりにしよう。
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大型アップデートを控えた某ネトゲに関しての、愚痴と不満と未練です。消化不良な感情の行き処が無くて、書き遺す事にしました。
現在進行形でこのネトゲを楽しんでいて大好きだという人はなるべく読まないでください。
軽く自己紹介をすると自分は機械にもゲームにも疎いです。なので知識的な事は滅茶苦茶かと思います。
人気で有名なゲームシリーズのネトゲ版らしいですが過去作という同じタイトルのテレビゲームを一つも遊んだことがありません。
そんな自分が何故そのネトゲを始めたのかというと知人から「騙されたと思ってやってみてほしい」と言われてしまってついうっかりという理由です。
未練があるなら辞めなくてもよかったのでは?その通りですね、ストレスや苦痛が未練を上回ってしまいました。未練に関しては一番最後で言い訳していますのでそれだけ気になったなら最下部へどうぞ!
トップクラスの腕前を持つ人達と知り合えても完成されたコミュに所属している人達ばかりで、自分に入り込める余地がなかった。
自分がチームを立ち上げるために募集して頼み込み走り回りもしたけれど賛同を得られず、最終的に挑戦に必要な人数を集めることも出来なかった。
立ち上げメンバーの一人が自称未成年男性とのことでしたが途中でネトゲ内の女性にハマっておかしなことに。ネトゲあるある系の笑い話かもしれなくとも食らった側としてはキツい、気持ち悪い、そして迷惑だった。
「規約」という言葉がめちゃくちゃ。特に不満を感じた部分は「アカウント共有の禁止」についてと「外部ツールの使用禁止」について。
運営と同じ会社出身、過去シリーズ作品のスタッフで、そのネトゲ自体にもシナリオ提供という形で関わっているクリエイターが家族とのアカウント共有を宣言していたというものを見かけました。
それとは別に、暴言下ネタ辺りでGMに注意されている一般ユーザーのスクショをTwitterで見かけました。「うんことかちんちんとチャットで言ったのは自分ではなく弟です」と注意されているキャラが発言していた画像だと記憶しています。それに対するGMの返答が「家族であっても他人とのアカウント共有は規約違反なので今後弟さんに操作させないようお願いします」的なものだったと思う。
モニターの向こう側にいるのが誰なのか、運営側はゲームにアクセスているIPアドレスやマシンの事くらいしかわからないだろうし。例のクリエイターの「家族と共用」なんてIPアドレスもマシンも一緒だろうからGMが自宅に伺うくらいしないと共用かどうかの判別は無理ですよね。だから「アカウント共有の禁止」という規約に関しては、なんとなく掲げているだけにしか感じられない。
本来の「アカウント共有禁止」も代行(他プレイヤーにIDとパスワードを教えて代わりにログインとクリアを依頼する行為)の事を指すのであれば「常識的に考えて違反行為だ」とも理解できる。あんな例文(後述)を出す運営だし、アカウント共有の禁止についても「ご家族ご友人であっても」という一文を追加した方が良いのでは?そして違反者をきちんと罰してほしい。家庭内共有は前述の理由で正直無理だろうけど。
ふと思い出したけど、運営チーム所属のクリエイターが「(規約上プレイ可能年齢になっていない)子供にパッド渡したらキャラ動かしてた、かわいい~」的なのもあったような。
そして、例の「アカウント共有を公言したクリエイター」は生配信の際にデスクトップを映し、ACT(ダメージ計算などができるソフト)のアイコンががっつり写っていて炎上していたことも記憶に新しいですね。「今は運営会社や開発チームに所属していない外部のゲストクリエイター。彼は関係者じゃないだろうが」という意見もあったようですが、ゲーム会社のスタッフ事情に関して無知な自分から見ても、この「家族とアカウント共有宣言してデスクトップにACTアイコンを映したクリエイター」は運営側の人だと判断してしまいます。真剣にやったコンテンツの中心キャラの年齢を自分の判断で修正した的な事を言っていた覚えもあるし、これで運営側の人間じゃないというのは流石に無理かと。
クリエイターの細かい事情に無知な自分からしたら「このネトゲに関わっているスタッフが奥様にアカウント貸したりACT使ってるんだったらぶっちゃけもう公式はそれらを黙認してるっつう事じゃん」と、感じてしまいました。こいつが許されるなら一般人でも同じ行動が許されていいだろうよと。
引退した今だからこそ言えますが自分はACTを利用していました。利用しないと「遊べない」からです。正しくは「遊べない」ではなく「自分が理想とする遊び方が出来ない」に、訂正します。「なぜ自分自身の理想のプレイングにはACTが必要なのか?」ということも考えました。規約違反(のはず)だから、必要不要の問題じゃなくて使っちゃダメだ。とも思いつつ。
まず、ACTで計測をし出力されたゲームの結果をアップロードしてランキングを組成しているコミュニティサイトがあります。次に、海外のコミュニティには「そのサイトにアップロードしたデータの提出が可能な者に当コミュの大会への参加資格がある」というものがあります。そのコミュや大会に憧れを感じていて出場したかったんです。参加者は海外のプレイヤーばかりですが、自分が挑戦したいと思った大会で優勝したのは日本のチームでした。ACTがないと参加できない。導入が必須。規約違反にはなるけど導入しないと舞台に立てない!
実はACTというソフトには「5秒後にこういう攻撃が来る!ここが安全地帯だから移動して!」と教えてくれる機能を追加する事もできたそうで。これはネトゲ側で規約に明記されている「ゲームバランスを崩す機能を持つソフト」を使っているという扱いになりますよね。裏技。チート。ずる。そう呼ばれるものですよね。ちなみに機械音痴の自分には最後までそういった使い方の設定の方法がわかりませんでした。
特定のユーザーコミュニティへ参加するには「ACTで出力されたログ」が必須だったから導入せざるを得なくて使っていました。チームメイトの誰か1人だけがACTを導入してログを提出できる環境にあればいいので、自分自身がACTを導入する必要性がないと言われたらその通りです。が、チームの誰かは必ず導入しなくてはならない。なので結局その大会に参加しているチームの時点で規約違反もくそもあるかという感想です。ついでにACTが導入できるのはそのネトゲをパソコンで遊ぶプレイヤーだけなので「PS3(PS4)お断り事件」というものも過去にあったらしいと聞きました。くだらない。
ACTを利用せずにあのネトゲを遊び楽しんでいる人達も沢山いらっしゃるかと思います。前述したランキングサイトに巻き込まれるという形で載せられたりする事から、ACTやランキングサイトに悪い印象を抱いている人達もいるかと思います。「悪い印象」という言葉だけを取り上げるなら、読み上げツールと呼ばれるチート行為(「ここの安全地帯に移動してください」等と教えてくれる拡張機能)にいい印象はもちろんありません。自分が設定できないから僻んでいるんだねwと言われたら何も言えませんが、ACT=読み上げだと思っている人達も一定数いるようで。それを使っていなかった自分と読み上げ機能を使うユーザーを一緒にされることは不服ですが、どちらも同じACTユーザーです。ACTユーザーであるだけで「ツーラー」とも言われてしまいます。VCで有名なDiscordもツールですしDiscordユーザーもツーラーでは?と思いますね。ここにツッコミを入れようとすると限が無い。余談ですが「読み上げを使わないとギミック処理ができない馬鹿」がいると言われているようですが、自分は「設定すらできない馬鹿」の方でしたw
結局、ACTは刃物のように使う人次第で印象が変わるものだとゲーム&機械音痴の自分は感じました。自分はただトップ層のプレイヤーになりたかったし、他部門で活躍するトッププレイヤーと交流してみたかった。だから必要だった。
まあもう、これ、運営が悪いじゃん。「ACTいらずのゲームシステムや設計や催し」を提供できていれば良かったわけで。運営から参加希望者に限定したランキングや大会を用意してくれていたら、トップを目指したいような人たちだけが参加するでしょうと。ACTは規約違反だから絶対に導入しないorプレステで遊んでるけどトップを目指せるなら参加してみたいという人達でもトッププレイヤーと認められるチャンスが得られる。しかも主催者が運営なら、公式に認められたトッププレイヤーになれるという事じゃないか。
冒頭で「自分は憧れの大会に出て実力を試したい、仲間になってください」とあちこちに頼み込んだりしていたと書きましたが、前向きに参加を検討してくれたフレンドに概要を伝える過程で「大会参加にはツール(=ACT)必須なんですね。それらの使用は規約違反で利用者と関わりたくないから無理です」と断られた経験もありました。その後フレンドも切られ、通報もされただろうと当時は相当ビビりました。公式がツール不要のランキングを催してくれるのであれば、その人は一緒にトップを目指してくれていたかもしれないのに…と悔やんだ思い出が蘇りました。
ある意味トドメを刺してくれたのは例の例文発表でした。「大丈夫です、理解してます。ありがとうございます。」のあれですね。初めて読んだ時の感想は「うわ…」です。奥様とアカ共有&デスクトップにACTのライターの件の時点で呆れてはいたのですが、あの例文公開で運営への不信感が限界突破しました。この通り、同じくらいのプレイヤースキルを持っていそうな「フリーの」仲間には恵まれず、自分は俗に言われる野良で遊んでばかりのプレイヤーでした。ご縁のあったトッププレイヤー達は所属や居場所があった。自分には無かったし作れなかったし入れてもらえなかった。野良参加が多い身としては、あの例文のケースを実際に目にしています。「慣れている人で周回しよう」という意図の募集に、メンバーを全滅させるミスを何度もする人。募集主はミスした人に「大丈夫ですか?」と尋ねてミスした人も「大丈夫です」とのことで「どんまい、気を取り直していこう!」からの、同じ人が同じ場所でミス。慣れている人で周回する募集なのに必ず間違えて全滅させ、時間ばかりが過ぎていく。これは迷惑行為ではないのでしょうか?30分あれば3周出来る面なので3周できるといいなーと参加したら、25分で1周も出来ず解散。毎回ミスをする人に対してですが時間返せよと感じました。「上手い人は下手な人に文句を言わない」「ゲームは時間に余裕がある人がやるべき」と言われたらその通りかもしれません。そして野良でしか遊べない人は固定を組む努力を怠っているからという言葉もあるみたいですが、自分だって一緒に上を目指してくれるメンバーを探し説得するという行動をしました。単純に自分とフレになってくれたトッププレイヤー達に遊びましょうと声を掛けてみたところで、断られる回数の方が多くそれにも疲れました。95%くらいが「〇〇時から固定だからごめんね」でした。「今日は疲れてるからやだよーwやる気ないよーw」という断り方をしてくれる人の方が納得できたというか気持ちは良かったです。そのタイプの人は後日改めて声を掛けてくれることも多かったです。
しかし運営が一度示してしまったこの方針(「理解しています、大丈夫です」のミスる人に「理解していませんよね?」と何度も言ってはいけない)が続くようであれば「不慣れな人たちがあわよくばの気持ちで進行度や腕前をごまかし募集に入ること」が増えてしまうだろうし「面の皮が厚い奴ほど得を出来るゲームシステム」という事がさらに加速しただろうなと。やってらんね、となったわけです。
過去にUOやRO等を遊びネトゲ経験値の多い叔父が親戚にいます。もちろんこのネトゲも遊んでいた時期があり、魅力的なNPCやそのNPC達とダンジョン探索ができること等を評価していたけれど運営やシステムに愛想を尽かし辞めたそうです。ついでに「例の文についてどう思いますか?」と振ったらただ一言「民度やば」と。運営はなぜあの例文を公開したんでしょうか。謎です。
少しずつ蓄積していった不満もあります。この機会なので吐き出しておきます。確かにクリエイターという存在はこのネトゲにとっては創造主・神様かもしれない。けれどこのネトゲ内で数多く存在している「開発スタッフを崇拝する独特の空気」も最後まで理解することができなかった。ACTとも無縁だった一年くらい前の話。宝探しでハズレが出たときにスタッフの名前をチャットで叫ぶ行為が多発し、由来を調べた結果、率直に気持ち悪いと感じました。「(クリエイター崇拝を)気持ち悪いと思うならこのゲームは合わない。やめたら?このゲーム。」という風潮まであるらしく。そして、アップデート予定等をユーザーに伝える公式生放送でスタッフが着ていた私服が話題になり同じ品を特定し購入したユーザー達でとても盛り上がっていた…という出来事にも気持ち悪さを感じました。これは個人の意見です。
クリエイター崇拝といえば、冒頭から何度も書いている「奥様とアカ共有&デスクトップにACTのライター」は人として大嫌いです。悪い人という印象しかありません。その人の役職が何なのかすら実はよく理解していないのですが、大嫌いになりました。作家の人間性で作品や登場人物の善し悪しを決めたくはないけど、ファンを通り越した信者が「オキニのA君がカッコイイのは〇〇様が産み出してくれたからです!ありがたや~」とキャラ以上にクリエイター本人を持ち上げている内容が目に入ってしまって、そのキャラへの印象も残念ですが下がってしまいました。具体的ですが道を開けい!のお殿様はキャラとして結構好きだった。はず、だけど、気付けば苦手になっていました。お殿様に罪はないのに…
こうして今残っているユーザー層や運営の方針に愛想を尽かし、自分の分身でもあったキャラを消し、そのネトゲ世界から遠ざかるという決断をしました。
仕事で必要になった旧ノーパソのブラウザにランキングサイトが開きっぱなしで残ってたり、バージョンアップが控えているのもあって嫌でも情報が目に入ってきてしまった。道路ど真ん中のうんち踏んだ。
そしてよ。参加する事にずっと憧れていた海外コミュの大会がよ、発表されてよ?未練ダラダラだなおいって言われたらそこまでだ、その大会の種目内容じゃあ未練デロデロにもなるわクソが!
突如開催が発表されたその大会のエントリー締切日は今日なので、この遺言を見た実力者は自分の代わりに参加してきてください。よろしくお願いいたします。
もう自分のパソコンには、そのネトゲ本体もACTもランキングサイト専用のアップローダーも無い。
成仏しなきゃ。
…というのはいささか煽りが入った言い方だけど、個人事業主がインボイス制度導入について悲鳴上げてるのに対して、給与所得者らしき人達による「払うべき税金を払ってなかっただけ」「いままで懐に入れてたのがズルい」「とっとと納めればいいのに」的な、非常にクール(笑)なコメントをあちこちで目にして、これが多くの給与所得者の感覚なんだろうな、彼らには個人事業主という働き方の本質がわかってないんだろうな、と思いました。
「自分は会社勤めで、売上や仕入の税込・税別処理は経理に丸投げしてるから、インボイス制度導入が個人事業主の業務をどれぐらい圧迫するかわからない」ということについては、まあ理解できなくもないんですよね。「これお願いしまーす」っつって伝票上げたり領収書出したりしてるだけなんだから、インボイス制度導入で今までと何が変わるのか、バックオフィスでどういう負担増が発生してくるのか、実感がない。これはまあ致し方ないことだとは思いますよ(甘ちゃんだなとは思うけどね)。
それよりずっと根深い問題は、クールなコメントをしてる方々の「労働サービスの価格決定の仕組み」に対する感度の低さ、鈍感さなんですね。
そもそも、免税事業者というのは「課税期間の基準期間における課税売上高が1,000万円以下の事業者」です。それを本業・生業にしていて、年商が1000万円以下というのは、つまり原材料の仕入があまり発生せず、主には自分自身の労働を売ってる人です。たとえば:
・開発(エンジニアなど)
みたいに、何もないところから自分自身でコンテンツやプログラムを創り出したり、原材料の加工プロセスのみに関わって、それを元請やエンドユーザーにとっての顧客価値に変えるような、「付加価値の大半を自分自身で生み出している仕事」です。それから、名前が売れているトップクラスの人達を除けば(そういう人達はそもそも年商1000万円以下ではない)、他の人といくらでも替えが効く「代替可能な労働」です。さらに基本的に「下請職種」です。このような、付加価値型・下請型・代替可能型の個人事業主のことを、以下では総称して「フリーランス」と呼びましょう。
フリーランスの仕事---「付加価値の大半を自分で生み出す、他と代替可能な下請職種」---の特徴って、何だかわかりますか? それは、その労働サービスの価格が、労働市場を通して動的に均衡・決定されるということです。もう少し簡単に言うと、売り手も買い手も自由に値付けができて、それによって業界の平均的な「相場感」が決まっている、ということです。
実はこれってフリーランスや個人事業主に限ったことじゃないんですけど、給与所得者(特に正規労働者)は、自分の労働サービスの価格が市場で動的に均衡・決定される感覚がほとんどないでしょ? 「就活」という入口で頑張って自分を売り込んで、あとはその企業の中で勝手にだんだん給与が上がっていくわけですからね(転職という機会でそれを意識する人がいるぐらいかな)。
でも、フリーランスはそうじゃないんです。自分が生活上必要な(あるいはよりよい生活のために期待する)収入を踏まえて、毎日の仕事の単価(クリエイティブなら作業時間、開発なら人日、加工・建設なら人工(にんく)という単位がある)を決めて、元請に請求するんですね。
いっぽう元請にとっては、そうした労働の大半は他のフリーランスでも代替可能なものなので、作業品質が同等なら、高単価の仕入先は避けて低単価の仕入先を選ぶことになる。こういう形で市場の均衡が起き、それぞれの業界の「相場」が形成されているわけです。
仮に、土日休+夏季冬季GW休暇あり(年間休日120日)のフリーランスを考えてみましょうか。稼働日は245日なので、1人日=4万円の値付けをしてやっと1000万円に届きます。実際には通年で4万円/日が出るような職種はほとんどないので、現状ではフリーランスのほとんどが免税事業者の枠内に収まっていることを皆さんも納得できるでしょう。
さて、フリーランスの労働単価が、その労働の需給バランスによって決定されているとき、免税事業者が請求する仮受消費税(=益税)はどういう扱いになるでしょうか。給与所得者から見ると、財やサービスの単価というのは単独で値付けされるもので、消費税の処理はその枠外で行われるものだと感じられるでしょう。だから適正な労働対価がα円なら「α円のものを売って、0.1α円の消費税を請求して、それが免税になるなら、0.1α円ぶん丸儲けじゃないか」と見える。
でも、実態はそうじゃないんですね。フリーランスは、あくまで「仕事をして得られるトータルなキャッシュイン」を元に自らの原価感や期待単価を決めるわけです。そのトータルなキャッシュインには、当然「制度的に納税を免除されている仮受消費税」も入っています。益税分があること前提での生活設計であり、単価設定なんです。
さて、同業種の全てのフリーランスがこのような方針で自らの労働単価を値付けして、元請と取引をした場合、市場価格はどうなるでしょうか? フリーランス側の実質的キャッシュインという観点からみて「α円」という単価が需給的に均衡した労働単価だとすると、「α円の値付けをして、0.1α円の消費税を請求して、0.1α円ぶん丸儲け」しているわけではなく、「0.91α円の値付けをして、0.09α円の消費税を請求して、トータルでα円の収入」に均衡するんです。「税別α円ください」と請求したら、「僕は税込α円でいいですよ」「私なら税別0.91α円でやります!」という他のフリーランスに仕事を取られちゃうから。
このような動的な価格決定のメカニズムが、毎日の自分の労働単価を意識することがない給与所得者には、ぜんぜん見えていないんですよね。そもそも給与労働者の賃金には強い「下方硬直性」(下がりにくい)がありますよね。労働基準法によって企業側が合理的事由なしの不利益変更をできないことと、制度的に「最低賃金」というラインが引かれていることが、その主たる原因です。
一方で、フリーランスの業務単価には強い「上方硬直性」(上がりにくい)があります。労働基準法も最低賃金も関係ありませんし、そもそも下請職種なので、仕入を行う元請の方が「取引上の優越的地位」にあり、言い値を通しやすいんです。元請側が「そんなに高いなら、次からはもっと安い他の人に頼みますよ」という時に、翌月のキャッシュフローを気にして暮らすフリーランス側は「へっ、そんな仕事こっちから願い下げでい!」とは言いにくい。単価が安くても、安定して仕事がもらえる元請は離したくないという心理も働きます。日々月々の売上を、自分自身の稼働によってコツコツ積み上げる不安定な業種なので、まず「売上を確保する」ということが最優先になるんです。
元請側の「取引上の優越的地位の濫用」は、建設業種では建設業法で、その他の職種では下請法で規制されています。しかし今回のインボイス制度導入に伴って、元請が免税事業者に①適格請求書発行事業者になるか、②免税事業者のまま税抜請求に切り替えるかの2択を迫ることは、取引上の優越的地位の濫用にはあたりません。なんせ国が「こうしろ」と言ってることを忠実に守ってるだけなんですから。だからフリーランスにとっては、①適格請求書発行事業者になり、益税分のキャッシュインを失い、経費処理関連のコスト(システム更新費用とか新たな経理作業とか)が嵩むことを受け入れるか、②免税事業者のままでいて、益税分のキャッシュインを失い、材料仕入や経費に伴う支払消費税はそのまま支払い続けるか、という、どのみち今よりも現金収支が1割前後目減りする2択になります。
理論的には、こうした外部環境の変化を受けてフリーランスの労働価格の再均衡が起こってもよいのですが、先にも述べたようにフリーランスの労働価格には上方硬直性があるため、そのサービス労働市場における労働単価が、益税喪失分による需給のバランス変化を反映して新たな価格で再均衡するまでには、かなりの期間がかかります。そしてその期間中に、少なからぬフリーランスがまともに生活できなくなり、廃業・転職してしまうでしょう。今まで益税分も込みでカツカツの暮らしをしていた人達(いっぱいいます)は、インボイス制度導入によって、もう「カツカツで暮らす」ことすらできなくなるからです。
特に加工・建設職種では高齢化が進み、いつ引退するか迷っていた世代の方々が多くいます。その方達は今回のインボイス制度導入を契機に、次々と引退していくでしょう。そもそも「あと何年働けるかなあ」という人達が、これまで益税で得ていたキャッシュインが目減りするのに、コストをかけて経理システムを変え、新しい税処理を覚えなければならない、という状況で仕事を続けると考えるほうがおかしいわけで。
ちなみにインボイス制度導入には6年間の段階的経過措置 https://www.nichizeiren.or.jp/wp-content/uploads/invoice/invoice15b.pdf がありますが、この経過措置はあくまで「元請側が」免税事業者との取引における消費税額を部分的に控除可能なだけです。来年10月以降の3年間は免税事業者からの仕入額の20%分の消費税を控除できなくなり(=仕入額の2%相当額が完全に手出しのコストになり)、2026年10月からは50%、2029年10月からは100%が控除不能になります。これは、今まで国が取っていなかったことで、元請とフリーランス(と最終消費者)の間で均衡的に配分されていた益税相当額の課税コストを誰がどれぐらい負担するのか、というゲームであり、このゲームにおいては、元請側が圧倒的に有利なのです。市場が再均衡しても、そのときフリーランスの実質的な業務単価は、インボイス制度導入前より確実に低くなっているでしょう。
「払うべき税金を払ってなかっただけ」「いままで懐に入れてたのがズルい」「とっとと納めればいいのに」などと言い捨てる給与所得者の方々は、自分たちがどれだけ企業雇用という枠組で収入を守られ、分業化という仕組みで雑務役務から解放され楽をできているかという自覚がないのだと思います。それはそれで、とてもめでたいことでもあるのですけど、自分とは違う働き方をしている人達が「大変だ」と声を上げているそのときに、シャーデンフロイデを浮かべながら冷徹なコメントをするのか、自分には直感的にわからない「なぜ大変なのか」という事情を相手の目線に立って考えてみるのかという態度の違いには、その人の徳が出ると思いますね。
今回の選挙を見ても杉並区の中心が阿佐ヶ谷であることは確定的に明らかであろう。
賑やかさナンバーワンの高円寺でも休日に快速が止まる荻窪でもない。
名だたる立候補者が事務所を置き、各党のトップが応援演説に来る阿佐ヶ谷こそが杉並区の中心なのである。
たしかに荻窪は休日に快速は止まるしでかい商業施設もある。でもそれだけだ。
高円寺は賑やかで華やかで若者も芸人も多いが、マスク着用率の低さは都内でもトップクラスだしやはりいろいろ浮ついた街だと思う。休日に快速止まらないし。
一方阿佐ヶ谷は駅前にでかい西友とでかくないヨークストアがあって生活にも困らない。無駄にスタバも多いしなんならコメダもある。
阿佐ヶ谷パールセンターにいけばピーコックとココスナカムラとアキダイもある。
あと最近ユニクロもできた。もう阿佐ヶ谷から出なくても大体の物は揃う。そのうえ役所関係も全部そろってる。阿佐ヶ谷はそんな街になったのだ。
なお中央線以外の街はどんな感じかしらない。
国語は旧帝二次ならともかく小学校から高校の定期テスト程度まで満点で通してないと言語能力になんらかの障害を負っていることになってしまうのだろうか。
勉強しなくても国語は満点、むしろ国語に限っては学校の勉強が役に立つって時点でガイジだと書いてる人がいた。
でも俺の公立中学時代は同学年150人ほどの規模だが3年間に満点は1人も出なかった。トップクラスで97点前後だった。
小学校から進学する時点で5%ぐらいは受験してどこかに行ってしまうが、それをそのまま上位5%と仮定しても95%はガイジということになってしまう。
公立中学の成績分布はどこの偏りなく同じような状況にあるはずだから、いわば統計学でいう標本に等しい。
さすがに「国語で満点とれない奴はガイジ」という仮定の方に無理があるのではないか。普通より一段と劣っているのだから障害者として規定する意味があるのであり、「普通より劣っている」とは量的には母集団の半数未満であるべきだろう。ガイジの人数が全人口の95%というのは量的に矛盾していると思う。
万葉集には季語は入ってないけど日本トップクラスの歌集だよね。
そんでもって季語なんてなくても季節感なんていくらでも出せる。
つまり季語って本来は必要がない癖に誰かが後付で偉そうに付けたタスポやB-CASカードみたいなゴミなわけ。
わざわざ季語なんて発明した理由ってマジでキモくて、結局の所は「俺達がマジで凄いことしてるってのアピールしやすいように縛りプレイしようぜ」っていうマジキモすぎるキモさなわけ。
聞く側の気持ちとか一切考慮せずに「俺達が身内でやってる芸がマジで最強であるってことを教えてやるために敷居高めたろ」でしかないの。
つまりは何の哲学も持たない料理人が「ヴィーガン料理名乗れば客くるし高くても売れるらしいから俺野菜縛りするわwwww」ってやるのと何も変わらねーわけよ。
マジキモくね?
俺はありえないと思うよ。
ショパンコンクールで、有望視されていた牛田さんが3次予選に進めなかったことでざわついている。
ピアノ演奏の基本的な技量がトップクラスであることは疑いようが無い演奏ができており、「なんで?」という声があがるのも当然だ。
減点要素としては、これは素人の感想だが、他のコンテスタントが自分の限界に挑戦するようなギリギリの演奏をしているのに対して、牛田さんはやや守りに入った無難な選曲に見えてしまった。それで審査員の心証を悪くしてしまい、厳しい採点になってしまったのではないかと思った。致命的だったのは英雄ポロネーズ。よく言えば個性的な演奏だったが、審査員の判断が分かれる演奏をしてしまうと、つまり一部の審査員は厳しい点になるわけで、そこが敗因になったのではないかと感じた。
なぜ牛田さんが落ちて角野さんが通るんだ、という批判は一理ある。確かに角野さんは他のコンテスタントの平均的なレベルと比較して、ミスタッチがやや多かった。しかし、それ以上に、カンのいい、スター性のある演奏が出来ていたと思う。ショパンコンクールは「次世代を担うスターピアニストの発掘・育成」も目的の1つと言われており、コンクール開催者にとって、角野さんは望ましいピアニスト像を持った人の1人に写ったのだろうと思われる。
「凱旋門賞に勝ったときこそ日本競馬が欧州競馬に並んだことになる」みたいに思ってる。
そんで何度も挑戦していちども勝ててないからムキになってる。
いちおう言っとくと、日本競馬はすでに芝の中距離では世界トップクラスと言われてるし、
実際に海外GIでも普通に勝てるようになってるので、最近の競馬ファンほど海外コンプは薄いと思う。
というか、いまでも凱旋門賞挑戦に意義があるとするなら、
それは「まったく適性の異なる日本と欧州でチャンピオンになれば凄い」という点であって、
年度代表馬ですらないのに「斤量が軽いから」とかなんとか言って毎年のように適当な馬を連れて行ってどうすんのとは思うよね。
どっかでフロック勝ちするかもしれないけど、それで勝ってもどっちらけでしょ。
欧州の競馬場は、日本みたいに馬場を人工的に作って管理しているわけではなく、
自然の草原の上に競馬場を建てているので、コースの起伏が大きく、芝生の性質も異なると言われている。
(それでもイギリスと比べればフランスの競馬場はまだ日本に近いらしいが)
レース展開なんかもかなり違うので日本馬には慣れない環境になる。
また欧州はなんだかんだ長距離血統が強いので、単純にスタミナの差もあるかもしれない。
あとは運。
条件がハマるとめちゃくちゃ強いけどそうでないと勝ちきれないという印象。
「また適当な馬を遠征させて…」と思ったけど、凱旋門賞の前哨戦・フォワ賞で勝ったので「やるやん」となった。
とはいえディープボンドがもし勝ったらめちゃくちゃ微妙な空気になるだろうな…。
日本生まれアイルランド育ちのディープ産駒ということで日本からも注目されている。
イギリスオークスで16馬身差という歴史的圧勝をして生ける伝説となり、
そこからGIを3連勝、すべて圧勝で飾ったので凱旋門賞最有力となったが、
3歳でダービーとキングジョージを制覇したのは20年ぶりだとか。
3歳馬は斤量が軽いということもあって人気を集めている。
凱旋門賞と同じロンシャン芝2400mのヴェイルメイユ賞で勝利しているのは加点要素。
アダイヤーと並んで人気を集めているけど、個人的にはそんな強いのかな?という感じ。
イギリスダービーこそアダイヤーに敗れたものの、そこからGIを3連勝、7戦6勝の戦績は安定感がある。
凱旋門賞と同じ競馬場・同じ距離のパリ大賞典で圧勝しているのもポイント。
というわけで、今年は抜けた本命がいなくて群雄割拠というところ。
イギリスの3歳勢が強い感じなのでアダイヤーやハリケーンレーンに注目。
この2つをしばらく観察していたら、面白かった。
・基本的に増田の不幸話に対して、同情なんてことはせず死体蹴りを続ける輩が多い。
・ほとんど同調しない、ほぼ反論で増田に噛み付く。同調を嫌うというよりかは馴れ合いを嫌うコミュ障が多い。
・はてブも同様。
・幸福な話をするとケチをつけてくる。ほぼ祝福してくる増田はいない。
・基本的に不幸話は同調する人が多い。ちょっとした不幸話でも同意する人が多くバズる。
・炎上すると手が負えないくらいの痛い人が凸をかましてくる。増田よりも粘着力は強め。
・幸福な話も同調する人が多い。祝福してくる人が多い。コミュ力が強い。
・増田と比べると人間味がある。増田は他人に噛み付くだけの壊れたマシーンのよう。
・性格が悪い人も多いが、こっちは良い話は良いと素直に受け止められる人が多い。
どっちもどっちなんだなと感じた。
国語は旧帝二次ならともかく小学校から高校の定期テスト程度まで満点で通してないと言語能力になんらかの障害を負っていることになってしまうのだろうか。
勉強しなくても国語は満点、むしろ国語に限っては学校の勉強が役に立つって時点でガイジだと書いてる人がいた。
でも俺の公立中学時代は同学年150人ほどの規模だが3年間に満点は1人も出なかった。トップクラスで97点前後だった。
小学校から進学する時点で5%ぐらいは受験してどこかに行ってしまうが、それをそのまま上位5%と仮定しても95%はガイジということになってしまう。
公立中学の成績分布はどこの偏りなく同じような状況にあるはずだから、いわば統計学でいう標本に等しい。
さすがに「国語で満点とれない奴はガイジ」という仮定の方に無理があるのではないか。普通より一段と劣っているのだから障害者として規定する意味があるのであり、「普通より劣っている」とは量的には母集団の半数未満であるべきだろう。ガイジの人数が全人口の95%というのは量的に矛盾していると思う。
某北海道を舞台に金塊争奪戦する闇鍋ウエスタン漫画のコメント欄などで毎回見かける山猫スナイパー推しの人、尾をネコチャン扱いしたり現状別のキャラが活躍して盛り上がってる時にも関わらずその場に居ない尾の話したりと、何とも気持ち悪さを感じる
面白い考察ならまだしも、この場に尾が参戦したら~とか、今どこにいるの~?というどうでもいいコメントしかない
参戦妄想もだいたい無双するルートしかないし(実際射撃能力作中トップクラスだから、分からんでもないけど)さして面白くない上に気持ち悪くてモヤーとする