はてなキーワード: ももちとは
https://twitter.com/kanose/status/675731674844430336 このへん
小川一水 @ogawaissui「ネットで話すとわかりあえない、リアルで合えば打ち解けられる」はコミュ力の高い人側の話であって、逆に「リアルで話すと丸め込まれてしまって本意を表せないから、ネットや文書でしか話したくない」という人もおります。
加野瀬未友 @kanose https://twitter.com/ogawaissui/status/674530651433885696 交渉ごとを文書でしかできないなんてことになったら、世の中の物事の進みが非常に遅くなって、大変なことになりそう……
今日の集まりでも話していたけど、会っていた時は無口だったのに、その後ネットで「つまらなかった!」みたいなネガティブことを言い出すネット弁慶は、圧倒的に信頼されずに、呼ばれなくなるよなー
“社会はたまたま対面でのコミュ力がある人間が有利になってる。でも、テキストでのほうが上手だって人間は世の中にはたくさんいる。そういう人のためのサービスをおれたちは作ってるんだ”というはてな近藤氏の話を思い出した http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/naoya_ito/status/485745150069444608
文章の方が上手く表現できるという人がいるのはよくわかるんだけど、だから対面は嫌だ、文章でわかってくれ!というのをどの局面まで適用するのか、対面コミュニケーションをどこまで避けるつもりなんだろうか?と思ってしまう
見直すと、まるでシロクマさんみたいなことを言っている気がする……!
昔は自分も話すのが非常に苦手で、仕事で知らない人に電話をかけるのが苦手だった。焦って何を話せばいいのか混乱してしまうので、電話をかける前に話す内容を書き出すようになってから、少し落ち着いて話せるようになった
「交渉ごとを文書でしかできないなんてことになったら」って、誰がそんな話してるんですかね…? 小川一水氏の元ツイート、あくまで「ネットで話すとわかりあえない、リアルで合えば打ち解けられる」系の人に対するカウンターとしての「ネットや文書でしか話したくない」という希望の話であって、それが100%叶えられてほしいなんて誰も言ってないでしょうし、たぶん「交渉ごと」の場合なんて想定されてないでしょう。それに対して「交渉ごとを文書でしかできないなんてことになったら」なんて謎の前提を持ち出して「対面コミュニケーションをどこまで避けるつもりなんだろうか?」とか説教臭いこと言い出すの、ほんとシロクマみたいなんでやめたほうがいいですよ。
(シロクマみたいというのは、たとえばシロクマが「子供ができると考え方が変わるよ」系の人に反発して「私たちはコストパフォーマンスを考え、子供を作らない選択をしているだけだ。」と言っただけの人(しかもわざわざ「それ(子供)に価値を見いだす人がいるのももちろん理解できるけど」と断ってある)に、「人生のコスパを語りたいなら、まず人生のベネフィットを語ってみせろ」とかクソみたいな絡み方してたことを指して申し上げています。/どうでもいいですが、ネット弁慶がどうとか言ってるのはたぶん非モテオフについて - ARTIFACT@ハテナ系のkiya2014さんの件とか思い出して言ってるのかな、と思いましたけれども、何にせよ元tweetに対する反応にしては話を広げすぎです。 )
卵八個が買えるのは100円スーパー系
つまり彼のいうカップ麺一個は100円であり、小麦粉一袋ももちろん100円(最近は円安と物価上昇のあおりで700gとかになっているらしい。ファック~)、キャベツも100円(これは季節による。冬は白菜が安い)
よって
になるのだ
自動車事故の際の対応は「知ってる」「知らない」で意識が全然違うから色々正直に書く
よく言われるのが「保険会社は結局こっちに過失が無くても8:2とかにしてくる」とかいうやつ
これは、基本ありえないの。あなたの「過失」の認識が少しズレている
もちろん例外はあるけど、大原則として知っておいてほしいのは「(車が)動いていれば双方に過失がある」
過失が完全に0だと言えるのは、その車が停止していた場合(または後ろから追突されたりとか)
自動車事故が起きた時にまずやることは、二次被害を防ぐために路肩に車を移動させること。そのあと、人命救助、ケガ人への早急な対応
相手と話す。カッと怒ってしまう場合もあるけど、どちらの場合でもここで相手のケガ等を一度でも気遣っておくと後がスムーズ
相手だって起こしたくて起こしたわけじゃないんだ
保険会社は連絡を受けると、状況を詳しく聞いてくるでしょ?
あれは、事故の図解を作りながら、手元で判例集を開いているんだ
基本的にこれに沿って過失割合(どっちがどれだけ悪いのか)を決める
似たような状況で起こった過去の判例を基に、そこから「無灯火だからこっちがプラス0.5」「低速だからマイナス1」とか修正していく(「過失」のプラマイだからニュアンスとしては逆ね)
そしてそれを基に過失割合の見解を出して、あなたにそれを伝える
漠然とした認識だけど、どこか保険会社を敵と捉えている人が多い
よくよく考えて。あなたの入ってる保険会社の人は、今現在誰よりもあなたの味方であり、一応プロだ
だから、「こんな過失割合なんてひどい!」と頭に血がのぼる気持ちも分かるけど、それがどういう整理で組み立てられた答えなのかしっかり聞いてみて、そこから反論やツッコミをした方がいい
ポイントは、自動車保険は1円使おうが1000000000000億使おうがペナルティ(翌年の保険料増加)は同じということ
重要なのは「保険を使ったか」「使わないか」。使ったら、等級(無事故割引)が翌年3ランク下がる。使う金額はここには関係してこない
だから、過失割合が「8:2」で決着しても、「7:3」で決着しても、あなたの来年以降の財布の痛み具合は全く変わらない
決して、甘んじて折れろというわけじゃないんだ。でも、これを意識してゆっくり構えて事故対応をするだけで少し気が楽になると思う
事故が起こると、「自分は悪くなかった!!」という強迫観念みたいなのに襲われてしまうお客さんが多い。そこに、保険会社は判例で淡々と結果を伝える
だから、例えば、失敗して落ち込んでいる人に正論をズバズバ投げ掛けるような図式になってしまう。あなたが気を悪くするのも分かる
でもこればっかりは相手がいることだしお金が絡むし人命ももちろん関わってくることなので、「自分は悪くなかった!!」は一旦保留にして対応した方がいい
あと、最近は保険料も高くなってきて、ちょっとの自損事故(相手がいない事故)なら保険を使わない方がよかったりもする
上にも書いたように、重要なのは「保険を使ったか」「使わないか」。金額じゃない
だから、例えばガードレールにこすって修理5万、車両保険で修理だ~ となると、おそらく多くの場合で損をする
等級(無事故割引)は下がる時は必ず3ランク下がるけど、毎年1しか上がらない
だから、一度使うと元の割引率に戻るまで3年間もかかってしまう
「使わなかった場合の向こう3年間の保険料」と「使った場合の向こう3年間の保険料」の差額は、5万を超えてくる場合が多い
だから、長い目で見たら保険を使わずに手出しした方がお得だったりもする
この計算は事故担当者はすぐできるので、比較して差額を教えてくれとお願いすればいいと思う
でも、相手がいる場合(賠償)はこういう考え方をしたらだめだよ
最後に本音。事故担当者も人間だから、判例とか色々決まりはあるけど、やっぱり助けたい人を全力で助けたくなる
理由は簡単だ。
地方に行けば嫌でも感じるあの寂れ気配をしり目にあのポスターがはってあるのは違和感バリバリだ。
それで近くにはってあるあのポスターを見てももちろん違和感があるわけだが、
時々1人旅で行く寂れの最前線にある田舎であれを見た時の違和感はそんなの比べものにならないくらいのものだ。
あれを見て地方の人は殺意でも湧いてんじゃないかと他人事ながら心配になるレベルだ。
人もいない。観光客だってマスゴミは外国からの観光客でウハウハ―と煽っているがそんなのメジャーどころにしか来ないし、
外人さんなんて東京や大阪などの大都市圏観光地か世界遺産級で有名か超有名温泉とかにしか行かないのだ。
農業も厳しいしそれ以外に産業もないわけで、そんな状態であのポスターを見てもふざけんなと言う感想にしかならないだろう。
まあ、俺自身が田舎を捨てて上京して田舎に戻る気もない身だからあんまり強くも言えんし、
1人旅に人の洪水が予想されるメジャー観光地より多少外れた寂しい場所を選ぶことが多いのは事実だが、それを差し引いても「あのポスターはない」
あのポスターを見せつけられると静かなのが好きとかそういう俺の好みを超越した無常観にさいなまれ、寂れの意味を深く考えさせられる。
http://anond.hatelabo.jp/20151124230538
「アニメクラスタはゾーニングの判断を自分もすべきと考えている」?それはどうだろう。
件の人は「自分が見るの嫌だからってすぐ規制規制言うな」みたいなことを言っていたけど、人工知能学会表紙問題とかバトルガールCM問題とかロリエロ本規制問題とか、いわゆる二次元コンテンツへの規制・撤回が求められた時、アニメクラスタを含む多くの二次オタはこれと全く同じ反応をしていたように記憶している。「この程度で規制だなんて」「誰かが少しでも嫌がる表現はするなってのか」「嫌なら見るな」「このままじゃ萎縮は免れない」ってね。
(もしかしたら彼らはノイジーマイノリティだったとか、均一に見えて実はアニメクラスタだけはゾーニングに対して理解度が高かったとかかもしれないが、少なくとも自分にはそうは見えなかった)
じゃあなんでアニメクラスタが今回規制やむなし側に回ってるのかというと、状況が違うというのもそうだけど、単純に自分の興味がない分野だからどうでもいいんだろうというのが大きい気がしていて、つまりは結局どちらも「迫害された歴史を知っているせいで、自分の楽しみが邪魔されようとしているのを見ると過剰な反応が出てきがち」というだけなんだろうなと個人的には思っている(そういった個人的感情を脇に置いた上でしっかり反対できる人もいると思うけれど、そうじゃない人の方が多そうという話)。
特に件の人にとっては折しも『食人族』のDVD発売中止事件があった直後な訳で、あのルサンチマンはアニメに対するものというよりはこういった文脈で考えるのが妥当だろう。いやまあ件の人がもともと「荒れ」な人だというのももちろんあるだろうけど。
ええと、つまり何が言いたいかというと、今はおじさんおかしいと思ってる人でもおじさんの立場になったら案外そういう行動をとってしまうかもしれないし気をつけたいですねということです。
私は、エッチをしないと相手を好きになれない。
体の関係をもたないで、本気で好きになった人なんて、小学校のときに6年間好きだった男の子、中学校のときに3年間好きだった男の子、高校のときに3年間好きだった先生、大学のときに4年間好きだった先輩の4人しかいない。
デートを重ねて、相手のことを知るたびに上から目線で吟味してしまう。自分自身が「求められる性」だという自覚があるのがいけないのだと思う。
デート中、ほんのすこしの悪い部分が見えてきて、取るに足らないことなのに、どんどん好きじゃなくなっていく。
相手のいいところももちろん見つけられるんだけど、それを「好き」に繋げることができない。欠点はすぐに「嫌い」になるんだけど。
初めて会ったときにエッチさえしていれば、あばたもえくぼに見える。いくらでも好きになれるのに。
今日、私に好きだと言ってくれた人は、優しくて、真面目で、正義感が強くて、いい人なんだ。
初めて会ったときは、この人と付き合ったら楽しそうだなって思ったんだ。
でもデートするうちに、ちょっと背が低いな とか、ズボンがダサいな とか、鼻声だな とか、そんな取るに足らないことばかりに目が向いてじわじわと嫌いになっていった。
この人と付き合ったら、きっと幸せにしてくれる。
エッチしてから付き合った人は、1人を除いて全員、私に相応しい、クソみたいな男ばかりだった。
デートを重ねて、嫌いになってから、でも断れずに嫌々付き合った人は、もれなくまともだった。でも、結局好きになれなくて、すぐに別れてしまった。
ぜんぶ私が尻軽なのがいけないんだけど、抜け出せないんだ。エッチをしないと、好きになれないんだ。
○朝食:なし
○昼食:おにぎり三つ
○夕食:カップヌードル(通常)
○調子
仕事は順調。
今日も通勤時間や帰ってきたからのプライベートな時間は、心ちゃんのことを考えていた。
心ちゃんの魅力とは? みたいなことをボンヤリと考えていた。
その強さの「質」みたいなのが、凄い魅力的に感じた。
モノローグが多いから、何を考えているのかわかる、実力だけじゃなく巡り合わせみたいなものが描かれてる、
辺りが魅力的に感じた理由かなあ。
もちろん、麻雀が強いところだけじゃなくて、ビジュアルや、遥さんとの関係性や、喋り方なんかももちろん魅力的。
そして何より、シノハユ、ひいては咲の世界観とか物語自体が魅力的なんだよなあ。
明日も心ちゃんのことを考えながら、頑張りたいと思う。
今は使われていない旧校舎。この旧校舎はいわゆるいわく付きでね。
やれピアノの音が聴こえるだの人体模型が走っているだの、まあくだらないうわさ話さ。
それは生徒も教員も帰り静まり返った夜のこと。旧校舎の二階、東トイレでのうわさだ。
このトイレのことは聞いたことがあるだろう。そう花子さんのうわさのトイレだ。
しかし花子さんなどはいない。一部の怪談好きが囃し立てているだけだ。
話を戻そう。
そのトイレは旧校舎の中では一番後に増設されたトイレで、埃はたまっているが比較的きれいである。
そしてなんと水が出る。なんでもこのトイレの水は他のトイレとは違い屋上でためられた雨水を使っているらしい。
「童貞キモオタ側が自虐として面白がってた言葉」っていう面ももちろんあるんだろうけど、
俺の観測範囲では「こういうのが好きなのは童貞だけwww」って感じで「外側から」面白がってた人の方が沢山目についた(「オタサーの姫」の面白がられ方と同じような感じ)
ツイッターで交流のある人たちと、イベントで会って話すのも楽しいし同人誌を作る(中身を描く)のも楽しい。
でもイベントで「私の作ったものだから」「ツイッターで交流があるから」という理由で同人誌を買われるのが嫌だ。
二次創作の同人なのでジャンルやキャラクターの人気にあやかって読んでもらってるにすぎず、自分の作るものがつたない物であることなんて自分自身で理解しているつもり。
島中の弱小サークルだし、部数だって50部刷ってイベント2,3回かけて捌けさすようなサークルだけど、それでも自分なりに一生懸命作っている。
中身はハッピーエンドだったり、エロだけの話だったり、ギャグだったり話のジャンルはばらばらで、描きたい、と思ったものを描いて本にしてる。
だからその時々で人に響かないことがあるのも理解しているし、それは仕方がないことだと思ってもいる。
それでも私が本を作るのは「これが好きな人に響けばいい」と思って作っているからだ。
なのに、ツイッターで交流ある人たちが私の本を義理で買ってくれる。
シリアス嫌いだって言ってた人も、「私ちゃんが作った本だから」という理由で手にとってくれた。
一つのきっかけになっているのかもしれない。そう考えることもできたけれど、たぶんその人は私の本は読んでない。
そういう、義理買いが嫌だ。
私は友人の本も「苦手そうな話だな」と思うと買わない。
その人が一生懸命作ったものに対して、興味が無い私が買うのは失礼だと思っているからだ。
でもそれをすると「今回のは駄目だったかな」とか「おもしろくないかな」とか自信(?)を無くすような人もいるらしくて、お前らなんで同人誌作ってんの?と思ってしまう。
需要と供給が一致するから同人文化が成り立つわけで、自分の本を「友人」に手にとってもらえないってそんなに大事なことなのか?
興味ない、買うだけ買って読まない人間のところに自分の作ったものがいくのって悲しくないの?
私は読んで欲しいし、読んでくれる人のところへ貰われていって欲しい。
そう思う人って少数派なのか?
「在庫あまり過ぎて財布がやばいから買ってくれ!」って言われれば一冊買うぐらいは全然する。
「おぉ!やばいんだな!あんまり興味ないけどきっかけになるかもしれないし!」って前向きな気持ちで買う。買ったからには楽しもうって気持ちで読む。
でもそういうのじゃないのに、義理で買われるのって嬉しいの?逆に悲しくない?
同人誌を作るのも、人の作った同人誌を読むのも大好きだし、イベントも楽しい。
ツイッターで交流するのももちろん楽しいけど、こういう義理買いが頻繁にでてくるのがとても疲れる。
同調圧力、じゃないけど、仲がいいから本を買うっていうの女性向け界隈だけなんだろうか。
本が売れないことよりも、距離無しちゃんに絡まれるよりも、友人からの義理買いをされたり、義理買いすることをそれとなく求められるのが一番疲れた。
残業をさせない、週に2日は定時退社、コンプライアンス遵守、めっちゃ細かい社内のゴミ出しルール
みたいな職場に先日までいたんだけどさ
勤務環境ガチガチに守ってる割には妙に窮屈で居心地良くないんだよ
なんでかな、と思ったらあそこ休憩所がなかったわ
自販機スペースもあれば、休養室もあるけど
自販機スペースには椅子がないし、休養室は病気になった時以外は使えないようなもの
しかも職場の雰囲気的に、10分20分と離席したり、自席でぼんやりするってのが許されない感じだったんだよね
がっちりルールがあっても働きやすい職場ともあんまり思えなかったな
どこの企業だったか、現場に椅子がない・通路を歩く速さに何秒以内との指定がある、という話をネットで見たけどあれに近い感じ
単位時間あたりの効率を上げるって発想で、どっか単純労働者として使われてる感が出てるというか
女子高生が痴漢防止バッジを考案、というニュースに端を発したこの男女の認識のミスマッチはなぜ生まれるのか。
について考えた。
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学者さんの意見がもちろん正しいんだろうが、女性の皆さんに男性の意見の一つとして知ってほしいのでこの増田を書くことにした。
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通学、通勤と電車を利用し、いわゆる満員電車も数多く経験しているが一度も痴漢をしたことはない。
最近ではいやらしく女性を舐め回す視線も痴漢の一種であるというが、もちろんそんなことした覚えもない。
(接触と違い明確な基準がないため、勘違いされている可能性もないことにはないが、電車の中では本、スマホ、タブレットを凝視する日々を過ごしている)
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さて、僕個人の話になって申し訳ないが、痴漢に対する意見を語る男性のパーソナリティとして僕の個人情報について書かせて頂きたい。
僕は中くらいの人間だと思う。
ありがたいことに友人、恋人にも恵まれて、いろいろ悲しいこと悩むことはあったけど、大きな病気も怪我もなく実りある人生を送ってきた。
先述の痴漢以外にも、犯罪を犯し警察のお世話になった経験も一度もないし、これからも恐らく無いだろう。(ないと信じたい)
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・事故
・病気
・痴漢冤罪
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僕の人生に起こりうるリスクはこれ以外にはパッとは思いつかない。
本当に痴漢の加害者の断定が冤罪である可能性が他の犯罪に比べて多いのかすら知らないが、
映画やネットの誇張された情報、そして痴漢冤罪をでっち上げて恐喝をしていたという犯罪があるという事実。
これらが自らは積極的加害者でないと信じたい僕のような男性にとっては大きな恐怖なのだ。
女性はこの僕の文章をみて「でたよ、また冤罪冤罪って言って痴漢加害者の味方をする男が」
と考えるかも知れないが、もうちょっと我慢して続きを読んで欲しい。
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さて、僕は一度も実生活で痴漢にあった。もしくは痴漢をしたという話は聞いたことがない。
当然のことだが、だからといって僕の周りの女性に痴漢被害者が居ないと考えている訳ではない。
ひょっとすると電車を日常的に使っている女性の殆どは被害にあった経験があるのかもしれない。
痴漢に限らず、性的犯罪の被害者が「私は被害にあった」という話は他人にしたくないだろう。
僕だって自らそんな悲しい話題に踏み込んで、女性の傷口を広げるようなマネはしたくない。
きっと僕に打ち解けていないだけで、痴漢被害の女性は多く苦しんでいるのであろう。とても悲しい話だ。加害者にももちろん怒りを覚える。
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そして加害者の立場になることが多いであろう男に視点を切り替えても
やはり痴漢の関係者(この場合、加害者)になった友人は一人も居ない。
これに関しては、申し出ていないだけでなく痴漢の加害者になるようなやつなんて居ないと信じている。(信じたい。が正確なのかもしれない)
誰だって自分の友人が「ひょっとするとこいつ痴漢してるんじゃないか?」なんて疑いたくないであろう。
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ここまで長々と文章を続け、一体何を僕が言いたいのかというと、それは結局
「自分を女性に対して無害な男性だと信じたい男性にとって、痴漢はとても身近とはいえない犯罪なのである」ということである。
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結局、今のところ痴漢加害者でない男性の痴漢に関する知識はゼロに等しく
また、平和な人生を歩みたい男性にとって痴漢冤罪というリスクの脅威だけが悪戯に巷に溢れている。
故に多くの無知な男性は痴漢に対して、まるでアレルギーの様に拒否反応を持ってしまうのである。
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自らを積極的加害者でないという自負があるからこれらの男性はまた質が悪い。
もちろん冤罪を防ぐのはリスク回避として当たり前の権利であるが、その権利を過保護に守るために
女性の痴漢を防ぐという当然の権利を踏みにじるような思考、発言をすることは「消極的加害者」の行いといっても過言ではない。
のだが、「積極的加害者」ではないという自意識がある男性は、自らが「消極的加害者」と呼ばれることに我慢がならない。
自らを攻撃する前に、実際に痴漢するやつを攻撃しろよ。俺は痴漢はしてない。と、腹をたてるのだ。
だが女性からしたら、痴漢(予備軍)と無害な男性の区別がつかない。男たちがあるかもないかもわからぬ痴漢冤罪を恐れるのと同じように
痴漢が怖いのだ。当たり前だ。
つまり痴漢をしない男性は、「痴漢、自分たち痴漢をしない男性、女性」の3つのグループを見て話をしているのに
痴漢を恐れる女性は「女性、痴漢なのかそうでないのか見分けがつかない男性」の2つのグループを見て話をしているのだ。
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男性側
・自らの痴漢冤罪を防ぐという権利を守るためとはいっても、当然だが女性の痴漢を防ぐ権利を踏みにじってはいけないことを認識する。
・自らが痴漢をしてないからといって、痴漢加害を防ぐために協力する必要はない、なんてことはないと認識する。
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女性側
・ネットに蔓延る消極的被害者は無知故の暴言を行う(消極的被害者)であることを認識し、先に排除すべきなのは実際に痴漢を行う
・(勇気を出して被害を訴える等)痴漢防止に積極的に参加する。
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と僕は考える。
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皆さんはどうお考えだろうか?
ぜひご意見を頂きたい。
物心ついて、両親に褒められた記憶がない。成績は良い方だったし、運動神経も悪くはなかった。
真面目一辺倒ではなかったから、子どもながらのいたずらで叱られることもあった。ただ、褒められた記憶がない。
2番になって、どうして1番じゃないの?と冗談混じりに言われた。もしかするとその時多少は褒められていたのかもしれない。でも記憶はない。
実家を出て、大学に入り、アルバイトを始めるまで、自分の容姿を良いと思ったことは一度もなかった。人並みのコンプレックスを持っていた程度だった。実家を出たあと、初めて他人に容姿を褒められた。からかわれたと思い、強く否定した。それから何人かに褒められ、初めて容姿がそこそこ良いのだと自覚した。正直言って、他人と素直に接することができるようになった。厨二病的な卑屈さが薄まった。
アルバイトは楽しかった。仕事を覚えれば覚えるほど給料があがった。替えがきくことは理解していたけど、誰かに必要とされていることがはっきりと分かった。
就職して、それなりに壁にぶつかり、落ち込み、奮起した。職場には些細なことを褒めてくれる先輩がいた。自分が無意識だったことを拾って素直な言葉で表現してくれる。自信をなくし、何も手につかなくなっても、先輩は丁寧に事実だけを褒めてくれた。
マネジメントを勉強するようになって、承認欲求という言葉を知った。
容姿を褒められたとき、時給が上がったとき、先輩に褒められたとき、一つ一つが前を向かせてくれたことを思い出した。
そこにいていいんだ、あなたの居場所はここだと、そう言われた気がしたのは承認欲求が満たされたからだと分かった。
同時に、実家に対する居心地の悪さの原因にも気づいた。
毒親でもないし、真っ当に育ててくれたのは確かだけど、居場所のなさをずっと感じていた。
職場は給料、ポジションで自分の必要性を明示してくれる。替えがきくサラリーマンであることももちろん理解しているが。
褒められずに育った人間は、他人をきちんと真っ直ぐに褒めることができないのかもしれない。
現に自分は他人を褒めるのがとても苦手だ。なにせ褒め方がわからない。
自分を褒めてくれた人達は、事実を褒めてくれた。最初は抵抗感があったものの、嘘臭さはなく、誇らしい気持ちになるものだった。
誰かを褒めたとき、上手に気持ちを伝えられているのか不安になる。伝えそびれることも多々あり、申し訳ない気持ちになる。
意識し始めて約5年。少しは上手にできているのだろうか。部下は居心地の悪さを感じていないだろうか、友人に嫌な思いをさせていないだろうか。
次、両親に会うときは、我が子を褒めた記憶があるのか聞いてみよう。
今からでも遅くない。あの頃のことを褒めてもらえれば、自分が誰かを褒めることにもっと自信が持てそうな気がする。
さて寝よう。
なんか既にさんざん色々言われているが、渋谷と六本木のハロウィン行ってきたし、コミケにおいてはスタッフ参加・コスプレ参加・サークル参加もしたし、所属企業が企業参加もしてたんでこの件については意見をいう資格があると思って、言う。
とにかく、コミケと比較してハロウィンコスプレ連中を叩いている奴はアホだ。私は断言する。
「コスプレは自分たちが主流」という考え方もあるだろうけど、確実にあちらのほうが主流になっている。「人数が多ければメインストリームなのか!?」という意見もあるけど、人が多けりゃまぁメインストリームでしょう。さて参加者の数を正確に測定するのは日本野鳥の会を雇っても難しいんだけど、まぁコミケととなコスを合わせた数よりは多いだろうな、と言うのはチラ見でも分かると思う。
「多数がやってるからと言ってマナー違反はマナー違反だ!」という人は、自分を振り返れば分かるだろうけど、コミケ参加者だってマナー守るひともいれば守らないひとも居る。人数が多くなれば守らない人が多いような気になるものだ。
これは最大の問題なのだけれど、渋谷六本木のハロウィンは本質的には主催者がいないイベントなのだ。川崎ハロウィンはほぼ実行委員会の下にあるが、渋谷六本木については、個々のクラブイベント等の集合体に過ぎず、全体を統括する責任者だとか、共同代表だとかはいないのだ。ゆえに警察の対応も場当たり的な交通整理になるし、人の流れの動線についても責任を持つものがいない。交差点の真ん中で写メろうが、ニコ生しようがUstreamしようが、だれも止めない。警察も止める権限がない。
一応シブハロ実行委員会というのもあるが、あれもパルコとか幾つかの店舗のイベントの統括に過ぎず、渋谷のハロウィンについてなんら責任を負うものではない。
この点、コミケについてはコミケット準備会の私的なイベントであり、主催者の決めたルール(コスプレ来場・徹夜組・過剰な露出・消防動線の確保など)に従わないものはもちろん、「単に気に入らない人間だから」というだけで参加を拒否する権限すらある。一方で、その範囲内で法令違反(わいせつ物・火災・動線の失敗による転倒事故)などがあれば管理責任として、最悪は代表者や担当者が刑務所に入るリスクすらある。
また一般的な神社などのお祭りと比較する意見も見られるが、あれも神社の氏子組織とかが実行委的なものを作ってたりしますね。
ゴミ箱については、コミケのひとたちもあの巨大なコンテナゴミ箱がない状況で、ゴミをキレイに捨てられるなら言ってくださいね〜と思う。
公共担当した人ならわかるけど列移動後のゴミはどうしたって残ってるし、館内担当の人もサークル撤収後にゴミが残ってるのは何度か見てると思う。
東京都が早く、ハチ公のとことセンター街の角海老のとこあたりとかにコンテナゴミ箱設置してくれれば改善されると思う。逆にコミケだってコンテナゴミ箱を無くして「ゴミは絶対に絶対に持ち帰ってください。コンビニで買ったとかしるか!」ってやったらゴミだらけになるのではないかな。上野公園の花見だって、コンテナゴミ箱を設置するまでは恐ろしい量のゴミだらけだったし(平成元年はまだそんなだったぞ)、まぁ今も酒入って朝までやってるから多少はゴミだらけだけど、昨今はちゃんと片付ける度も高いと思うよ。
あ、あと意識高い参加者はどちらにもいて、コミケだって16時過ぎに隣サークルのゴミを拾って捨ててる人とかもいるし、渋谷も朝の…6時だっけな?ゴミ袋とトングを配ってて、路上のゴミを拾うボランティアコスプレイヤーたくさん居ましたね。素晴らしいです。
まぁ酒飲みながらコミケやるやつもあったんだけど(コミケットスペシャル)、あんまりガッツリ飲む感じじゃなかったんですよね。その点、シブハロは終電過ぎてからがメインで、クラブやバーなんかの酒を呑む店がメインだったりするのもあって、ちょっとテンションがおかしい人が増えるってのはあると思う。
「酒飲んでるからって許されるなと思うなよ」ってのはあるが、正直コミケでマナーが良いのは酒が飲めないからであって、アニソン系のダンパとか行くとわかるけどぶっ壊れっぷりはヲタ層でも昔から酷かったような・・・。
理由5:着替え場所(更衣室)の問題。または「コスプレ来場(家からコスプレ)はノーマナーなんですけど!?」問題。
更衣室が無い、そしてハロウィンメイクは化粧室を汚しやすい(血糊とかが飛んで洗面台がひどいことに)というのはある。
例えば六本木ヒルズのお手洗いについては、「ハロウィンメイク禁止」の札が貼ってあった。そうでなくとも、トイレで着替えたり仮装のためのメイクをするのは他の利用者の邪魔になる行為だ。
一般のコスプレイベントでは、これは禁止事項にあたる。コートを羽織って参加すらダメという扱いがほとんどだ(一方でメイク・つけまつげ・カラーコンタクトは許容される傾向がある)。だが、コレは必須事項だろうか?
これらは実際には、運営者側の問題であり、さらに言えば徹夜組等で苦情が来たため・・・とかじゃないだろうか。コミケは運営方針として、基本的には『禁止事項は少なく』の方向で動いている。だから禁止事項になるのは「明白な危険(あからさまな武器と判別つかないもの)」「他人の迷惑(コス着替えでの化粧室専有とか)」に限っている。
そんななかで、長年ずっと疑問だったのが「コスプレ来場禁止」のルールだ。これ禁止するくらいなら、もっと前から「エロ紙袋禁止」をするべきだった。
ただし、正直なトコロで言えばコスプレエリアトップは館内や公共・外救とかとは違うルールっぽくてよく知らない。
とにかく別に、コスプレ来場したってそれが本人に恥ずかしく無いのであればいいんじゃないか?と思う。過激な露出がある場合ならコートとか羽織ってね。
むしろコミケの更衣室はゴミゴミした大部屋に押し込められて、キャリーバッグの上に鏡置いてメイクして…ってやってらんねーんですよ。メイク終わったあとにカラコン入れ忘れたことに気がついて手を洗いたくても洗面台は無いので外に行くかそのままの手でカラコン入れるか(目が荒れるのでやってはいけない)。。。あそこで血糊コスやったら、ジュータンの上に血糊ぶっこぼすやつが毎日10組は出るね。
血糊の話は次節に、露出については次次節に譲る。
今年も去年も、電車の中で血まみれナース服の連中をダース単位で見てたし、血まみれリーマン風ゾンビさんが酒飲んでぶったおれて寝てるのはどう見てもガチでオヤジ狩り後なんじゃないかと心配になる。血まみれでもシュッと立ってスマホ見てつり革掴んでりゃ多少はマシなんだけど。
いずれにせよ、これは
扇情的な格好、という意味ではコミケやとなコスのほうがひどいのは多いと思う。なお一部クラブとかでは過激な格好をしてるところもあると聞くが、そういうのは会員制で入れなかったりするしさておく。
一般の路上で扇情的な(谷間やヘソ・下乳が出る程度の)格好をすることの是非はあるが、コミケやワンフェスでシェリル・ノームやキルラキルコスプレがたくさんいた事を考えると、路上における露出の程度は問題ではない気がする。
「公共の道路でやることが問題なんだ!」というのも、最近のコミケでは庭園エリアとかの公共エリアとほぼおなじところでやってるのはある。
はいはい盗撮で毎年逮捕者出てるコミケはおうちに帰ろうね。。。
なお警察が100人以上出動しているのは、主に交通整理の問題であって、コミケだって公共の人たち(駅の案内・信号周辺などなど)に数百人を配置してるうえに、そもそも信号がほぼ無い湾岸エリアだもん…。
「そもそも渋谷とか狭いとこでやんなよ!」と言うのは納得ではあるが、ガイジンは渋谷と六本木がやたら好きなんだよ!理由は知らん!
「コミケは外国人がたくさん参加してる!」って言うけど、少なくとも所属企業の外国人従業員30人前後のTwitterやFacebookを見る限り、コミケに行ったのは2,3人くらいだけど、ハロウィンは20人以上いってたからな。
もちろん外国人にも趣味はあるけど、初音ミクが好きすぎて日本に就職したガイジンですら、ハロウィン参加していたからな(コミケももちろん行ってたけど)。
あと、やっぱりパット見でガイジンと分かる人たち(非アジア系の外国人たち)の存在率考えても、渋谷六本木のハロウィンはコミケの10倍はガイジン密度高いと思います。
実際に歩くとガイジンばっかだなーって思いますよ。コミケじゃごくたまに見るくらいですね。
まぁコミケは既に文化となってて、日本に留学してコミケ含むオタク文化について論文書いて博士号取った人とかもいるのにくらべると、ハロウィンは文化的にまだまだーというのはありますが。
巨大レンズぶら下げて取る専なカメコは多分ハロウィンには居ない・・・か居てもかなり少ない。コミケだとカメコ率以上に高いのに比べると、みんなスマホかせいぜいコンデジ。
何十人も取り囲んでローアングラーが張り付いてスタッフがカウントするまで囲みが動かない・・・ということはない。
コレについてはよくわからない。結局のところ外部経済であるのは飲食ぐらいで、コミケだってなんだかんだでオタク同士の輪のなかでの内部経済みたいなもんじゃないのだろうか。ハロウィンの警備で警察が出て税金使ってるけど、コミケも救急車も警察も消防もキテルんだヨー。だから熱中症対策はちゃんとしようねー。
ROを経験した人間にはなかば常識ではあるが、ノーマナーという言葉は
> 「自分にとって不愉快な行為をした人間」に対して「ルール違反」的な意味合いとして、レッテルの貼り付け
として使われている。
総論:
そんなわけで、渋谷と六本木のハロウィンを綜覧して語ってみた。とは言え六本木も渋谷も、ストリートではなくてクラブの中で様々なことが行われていて、その中では新堂エルのマンガに出てくるような黒人が、新堂エルのマンガに出てくるようなことをしているのかもしれない。新堂エルのマンガに出てくるようなことをしたい。
とにかくコミケ参加者たちが自分たちが特権階級のように言っているのがムカつく。既にメインストリームはあちらに移っていて、完全に時代から取り残されつつあるのに「マスコミはダブルスタンダードだ」としか言ってないのがムカつく。時代は現在、新たなる局面へ向かいつつある!我々も表に出ていくべきときなのだ!時代は新たなオタクたちのものだ!立てよ国民!
はてなでは嫌われ者のイケダハヤトさんだが私はあれだけ結果出してるのすげーなと思ってる。
だから、批判されるような点が数多く有ったとしても、批判だけしてる人の意見はあんまり興味なくて、なんであんなに結果だしてるのかに前から興味があった。
で、今までそれについてなんだかんだ最新の現場での情報発信を続けてるからだと思ってたんだけどどうもちょっと違うらしい。
てなわけでブロガーフェスティバルで会った広告業界の人のイケダハヤトさんの評価が面白かった。
彼の評価は
「イケダハヤトは間違いなくすごい。だが彼を真似したり、ネットでフォロワーをするのは意味が無い。彼を利用したければ直接会って話をする方がいい。
本人はそれがよくわかってるから高知に避難している。賢い人間だと思う」とのことだった。
彼は広告業界の中の人からは「ファーストペンギンメソッド」あるいは「平成進化論。メソッド」と呼ばれているらしい。
未開拓の市場において、小さくても結果を出し、その結果そのものを公表し続けることでファーストペンギン、つまり先駆者としてのブランディングを築く。
こうやって作り上げた先駆者としてのイメージそのものを売り物にして稼ぐ。 そういうメソッドらしい。
うろ覚えだがこんな感じだったはずだ。
平成進化論というメルマガがあるらしい。 日本で最大のメルマガであり、読者数は30万人を超えるそうだ。全然知らんかった。
はてなブログの読者がトップでも5000、ベスト30でも1000以下というから規模がまるで違う。
そしてそのメルマガは、自己啓発的なことをコンテンツとして毎日発信しているが、そのコンテンツそのものよりも、
本人が誰それと会ってご飯を食べた。 今月はいくら稼いだ、という報告をする日記部分の方が読者にとってメインになるそうだ。
そんな成功者としてのストーリーを読みたがるは起業家ワナビーだったり、意識高い学生だったり、ビジネスでの人脈を求める人間が多い。
そういう人間を集めて、メルマガ上に「てーきゅう!」もびっくりなくらい割合で広告を掲載しする。
広告掲載料は1記事のヘッダに50万とか100万とか取り、単独記事だと150万以上というから驚きだ。 広告掲載料だけで毎日300万以上稼いでいるらしい。
その広告料で儲け、儲けているから自分だけは他の有力者と会って話をすることが出来、そうやってメルマガの著者だけがステップアップしていく。
そういう仕組らしい。 正確じゃないと思うから詳しい人がいたらツッコミ・解説をしてほしい。
そういうふうに説明されてみると、イケダハヤトさんも似たような感じに見える。
確かに彼は毎日精力的に起業関係のビジネスの情報を提供している。それはそれですごいと思うが
それだけだったら、個人レベルではなく企業がやってる似たようなサイトに圧倒的にまさるとは思えない。それ以外の強みが有るのだ。
それが、このファーストペンギンとしての地位ということなのだろう。
StartUPの梅木さんのようにサロンビジネスに手を染めている人は多いが、
イケダハヤトさんは有料メルマガを中心としたサロンビジネスにはそれほど強みを持っていないように見える。
サロンビジネスは、一般的なコンテンツ提供だけでなく個々の会員に対して実態のあるサービスを明確に要求されるため
実力と乖離した会員料金を設定できないという事情があるそうだ。
一方、ファーストペンギンメソッドの場合、強気な姿勢を打ち出し続けられる間は本人の実力以上に評価されることが可能らしい。
価格設定も自分で決定権を持つことができる。 そういえば最近執筆料の値上げしますみたいな記事を書いていた。
評価と実力の差にあまりに乖離が生じすぎるとファーストペンギンメソッドでもいっきに墜落するが、その頃には十分すぎる収益を得ることができるとか。
話を聞いていて、通称ポンツーことIR名人日本通信のことを思い浮かべたが似たようなものなのであろう。
わかるようなわからんような話だが、簡単に言うとイケダハヤトはファーストペンギンあるいはオンリーワンのブランドを築くことに成功しているからそれでくっていける。いくら記事の内容や性格の悪さや頭髪の薄さにケチをつけられても彼の利益の源泉はそのブランドだから痛くも痒くもないのがすごい。 そのかわり他の人がイケダハヤトの真似をしてもフォロワーは成功しないし、イケダハヤトのようになりたいならイケダハヤトとは別の分野で何らかのファーストペンギンを目指す必要があるよ、ということらしい。彼のフォロワーたちはそのことを本当に理解できているだろうか心配に成る、といっていた。
これが正しい話かどうかは分からないが、私は結構腑に落ちる気がした。
他にも広告業界の人間として具体的なはてなのブロガーに対してそれぞれ将来性はどうやって見ているかというような話があって面白かった。
いろんな要素を数字で見て有望かそうでないかを考えるらしい。はてなブックマークの数で言うと、
・ちょっとした煽りでも50~70ブクマくらいまでなら誰でも出せる。このあたりまでの数字しか出せない人はただのノイズ。
・まず一番大事なのはコンスタントな能力よりもMAXの実力。その人のポテンシャルの部分。「時事ネタ以外」の、つまり自分発のコンテンツで最大ブクマ数500を越える記事を書いたことがあるかが大事。100記事以上書いて200ブクマを一度も越えられないような人はライターには不向き。
・コンスタントな成果ももちろん重要。月に1度は炎上に頼らず100ブクマを越える記事をコンスタントに出せているか。読者数の伸び方はどうかなど。はてなブログは良い書き手を「出荷」できるように書き手の能力を数値で可視化しようとはしていたのに、あまりいい人は現れず逆に近視眼的に数字を追うアマチュアブロガーばかりが目立ってしまう結果になってしまって気の毒だ、とか言ってた。気の毒がられてますよ運営さん!
・他にも、PVが伸び止まる期間が長すぎる人間はNGだとか、よほど優秀でない限り文章だけで勝負する人は一生ブロガー止まりで、自分でブログデザインなどをいじる意識があるか、など色んな話を聞けて大変おもしろかった。
内容より数字で考えるあたりはいかにも広告屋さんであるなと感じた。私もブロガーとして抵抗はあるのだが長期的に見れば、確かにこのあたりのハードルを越えられないブロガーはそこそこの位置で止まってしばらくしたら目立たなくなっているように思う。
「しかし、こういう見方で人のブログを見るのって面白いのかねえ」ってちょっと皮肉言ってみたら何言ってんだ超面白いよ、って力説された。いろんな考え方があるものだなぁ。
あ、特にオチはないです。しいて言えばこの記事を真っ先にツイートしたのがfujipon先生だったので、先生イケダハヤトってワードを監視でもしてるのかとちょっとびっくりしたという話ですかね。先生ほんとにイケダハヤトのこと大好きだよね
http://anond.hatelabo.jp/20151019171654
あーうん、あなたが言うとおりだと思うよ。別にすごく新しいことだとか格好いいことを言ったつもりはないんですが。なに勝手にキレてんだろ。
こんな感じでケチつけるための文脈を一生懸命こしらえる人いるよね。
こういうのを見つづけてきた結果として、いくら上手にケチつけられてもそれにあわせて新しい情報提供できない人は、態度はでかくても大したことないってことに気づいてきた。
最初はよく騙されたもんだけど。
ダイタイアンガーとまでは言わんけど、ケチつけだけで終わる人ははてなブックマークまでにしてほしいな。
イケダハヤトさんもどうかと思うところいっぱいあるけど、こういう何のプラスも生み出さない人よりは夢振りまいてるだけ存在意義あるかなって思う。
害も大きいから気をつけないといけないけどね。