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2024-03-24

ニコウジ色素

今日夕方ツルハに寄ってコーヒーおやつ買って叔母の家の片付けに行ってその合間に食べてたときちょうどはてブでこのニュース

小林製薬 紅麹原料を約50社に供給と発表「直ちに使用中止を」”

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240324/k10014401171000.html

見てへーってなって、何気なくそのとき食べてたおやつの袋の成分表示みたらまさにあったわ、ベニコウジ色素

買ったのはプライベートブランド?みたいなやつの柿の種チョコ

ベストチョイス柿の種チョコ50グラム寺沢製菓)』ね

たぶん柿の種の表面のあのオレンジ色を出すのに使われてるのかな?

小林製薬から卸されてるものなら明日以降なんかアナウンスあったりするのかもね

色素での使用なら微量も微量だろうからこれ食べただけでどうこうとは思わないけどいやタイミング~~という話

一緒に買ったえびせんの色素はパプリカ色素とカラメル色素だったけどこういうのの選び方ってどう決めてるんだろう

単に出したい発色の問題かな

もう日曜終わり…?

金曜日にしこたま酒を飲んで、土曜の夕方に目が覚めて迎え酒して、起きたら今。しかたないので今から飲んで寝る。

酒を程々にしてパチンコにでも行くんだった。週末を無駄に過ごしてしまった。

ラムチョップカレーを食べて、本を買って、下調べって大事だなって

ビリヤニが食べたいなと思って、箱崎駅で降りた

東口から駅を出て歩いているとすでにスパイスカレー匂いがしてきた

イスラム文化センターがある影響なのかよく知らんが箱崎駅周辺はカレー屋が多いらしい

街の風景としては福岡空港近くなので、建物の背丈が低い

九大箱崎キャンパスがあったためか、古めかしいアパートが並んでいて学生街の面持ちもあるが、九大移転したので今は誰が住んでいるのだろうと思いつつ歩いた

目当ての店に入り、メニューの書かれているホワイトボードを見ると、チキンカレーラムチョップカレーの二択だった

ビリヤニが無かったので、日本人店員さんに聞くと、いつも金曜日はあるけど、三月イスラム教のラダマン断食)だからビリヤニは置いてないとのこと

自分の食欲から発した質問がこんな文化な答えで返ってくることあるんだと思って、残念だけど面白かった

ラムチョップカレーは、大き目のラムチョップが2個ドーンとさらに鎮座し、別皿でバスティライスがついてきた

スパイスの風味とラムチョップ弾力ある肉とパサパサの米が美味いなーと思って食った

ただ、食器スプーンのみであり、ラムチョップの骨についた肉をどうやってスプーンでこそげとるかという問題が発生した

先の丸いスプーンで刺そうとしても弾力のあるラムチョップはするーんとスプーンを弾き、皿とスプーンが当たってこつーんと音がする

最終的にあきらめて、ラムチョップだけ手で持って食った

骨付き肉って美味いし、手づかみで食べてて楽しいよなと手をカレーまみれに汚しながら、スパイスの影響で大量に発汗しつつ思った

ごちそうさまをして、そんな辛かったですかと店員さんに心配されつつ店を後にした

夕方箱崎の空をジャンボジェット機が飛んでいて、尾翼JALが目視できるほど近くに見えた

帰りに博多駅丸善で『その怪文書を読みましたか』や他に数冊の本を買った

『その怪文書を読みましたか』は怪文書テーマにした展示があり、それをまとめた本らしく気になっていた一冊だった

帰りに博多口の方から地下に降り、カヌレの店を右に曲がり、地下鉄博多駅の構内に入ったすぐの右手掲示板に今買った『その怪文書を読みましたか』の表紙と同じ写真文字ポスターが3枚貼ってあった

ポスターを読んだら、博多駅マルイでちょうどいま、3月末まで『その怪文書を読みましたか』の展示が行われているらしい

そのことを知らずに、自分マルイとは逆側の建物に行き、そこの本屋でこの本を買ったという事実に、阿呆という感想が浮かんだ

下調べをしていれば、今日別の店でビリヤニを食うこともでき、展示を見てから本屋に寄って、他の本を買うこともできたよなと思いつつ、まあ別にカレー美味かったし、いい一日だったなとも思った

2024-03-23

結局、一度妥協したらさらに踏み込まれるんだな…

私が騒音を出しているとしつこく大家クレームが入った結果、夜8時以降はテレビを見る時はイヤホンを使うことで妥協したのだが、

そうすると今度は夕方6時頃にもクレームが行くようになり、大家からなんとか6時にしてくれませんかねと言う話が来て、やむを得ず妥協した。

そして今日大家から再び電話があり、またクレームがあったので今後土日に家でテレビを見る際は時間に関わらずイヤホンを使ってくれと言う話になった。

結局、一度妥協すればクレーマーエスカレートするだけだ。最初から話を聞くべきじゃなかった。

2024-03-22

概要】空と青とアイツ

概要

283プロプロデューサーは、事務所倉庫内の物の配置が変わっており、アンバランスに積み上げられていることに気づいた。

所属アイドル芹沢 あさひ事情を聞くと、改造して基地にするために借りているのだと言う。

倉庫は他の人も使う場所なので専有されては困るが、あまりにも楽しそうな様子にプロデューサーは強くは言えなかった。


あさひとの地方での仕事が終わり宿泊先のホテルフロントにアメニティを取りに来たプロデューサーは、あさひが無断で外出しようとしていることに気づく。

あさひが言うには、単なる外出ではなく窓から目撃した未確認飛行物体調査だという。一人で行かせるわけにはいかずプロデューサーはあさひと一緒に外に出る。

早々に未確認飛行物体を見失ったあさひは、光る看板に惹かれて土産物屋が並ぶ通りに出る。

あさひ土産物屋で売られている「音に反応して動く花」や「本物のような100万円札」などの珍しい物を見て大喜びした。

土産物屋であさひバットを購入する。未確認飛行物体が来たらこれで打ち返すのだという。

プロデューサーは自分修学旅行等で不必要ものを買った経験があるが、帰宅したらすぐに忘れてしまものだと語る。

あさひはこのバット特別必要ものだと抗議した。


夕方事務所。空腹を覚えたプロデューサーは昼食用に用意していたコロッケを食べずに残していたことを思い出した。

すっかり冷めきっており美味しくなさそうだと食べるのを躊躇していると、あさひ事務所にやって来る。

あさひは、プロデューサーが食べないのであればコロッケを譲って欲しいと頼んだ。給食で出たコッペパンを持ち帰ってきたのでそれに挟んで食べたいのだという。

プロデューサーは自分にも1口食べさせてくれるのであればと、コロッケあさひに譲る。

夢中になって食べるあさひを見て、プロデューサーは1口食べさせてくれるという約束を忘れられているのではないか心配になるが、

あさひプロデューサーが食べる一口分のコロッケパンを作っていたのだと言って、食べ終えた残りをプロデューサーに渡した。


昼の事務所プロデューサーは事務所屋上あさひが居ることに気づいた。寝そべって写真を撮っていたので上から覗き込むと、プロデューサーの頭が大写しに撮れたと大笑いされる。

あさひはそこから見える限りの空の写真を撮っているのだという、プロデューサーは体冷やさないようにと声を掛けて、忙しそうなあさひを残して中に戻った。


プロデューサーが倉庫を訪れると、倉庫内は乱雑さを増し天井には空の写真がたくさん吊り下げられていた。

驚いていると外に面した窓からカメラを持ったあさひが入ってきて「また空を捕まえてきた」と嬉しそうに笑った。

どうやらあさひ倉庫内に空を作っているらしい。

倉庫は皆が使うものなのできちんと使って欲しいと伝えるが、あさひ飛行機が飛んで来ているから急いで撮影に戻る必要があると言って立ち去ってしまう。

プロデューサーは色々言いたいことはあるものの、この空を狭めるわけにはいかないなと呟いた。


ハンモック望遠鏡、謎の本、缶詰バット倉庫さらに物が増え基地として発展していた。

あさひが言うには、今の倉庫は「謎の無人島」という設定で、海にすごい船や魚が来ないか望遠鏡監視をしているのだと言う。

プロデューサーは、その設定にロマンがあると認めつつも、あさひを諭すために例え話をした。

「ある日島に、島の所有者のおじいさんを乗せた船が来る。おじいさんは自分の島に知らない子が基地を作っていることを知ってひどく驚く」

あさひは、島にそんな設定はないと抗議する。

プロデューサーは、あさひの大切な基地を壊したりしたくないし誰かに壊されたりもして欲しくないと伝えた。


あくる日、プロデューサーが倉庫を訪れると基地はすっかり片付けられており、代わりに「家賃」と書かれた給食の「小魚アーモンド」が残されていた。

倉庫の前を通りかかったあさひ事情を聞くと、自分の島が見つかるまで基地解散することにしたと告げてすぐに立ち去ってしまう。

あさひを見送ったプロデューサーは、倉庫の隅にバットが置き忘れられているのを見つけて微笑んだ。

人物

プロデューサー

性別男性 / 年齢:XX歳

芸能プロダクション283(ツバサプロダクションに所属

アイドルプロデュースおよびマネジメント業務を行っている。

ゲームにおいてプレイヤー操作する人物

芹沢 あさひ(せりざわ あさひ

性別女性 / 年齢:14歳 / 出身地東京都

283プロの3人組アイドルユニット「ストレイライト」のメンバー

常に面白いことを探し、じっとしていることがない、探究心の強い女の子。興味を持ったら一直線だが、飽きっぽい一面も持つ中学2年生。

紹介者コメント

プロデューサーが実質主人公とも言えるストーリーノスタルジックな味わいが印象的

各話リスト

話数サブタイトル
第1話基地、なんだろうなぁ)
第2話修学旅行みたいだ)
第3話(見えるよ)
第4話(合掌。いただきます
第5話(見つけような)

関連リンク

アイドルマスターシャイニーカラーズのコミュのあらすじ紹介

google:空と青とアイツ シャニマス

アイドルマスターシャイニーカラーズ(外部リンク)

アイドルマスター シャイニーカラーズ 攻略Wiki(外部リンク)

Spotifyプレイリスト(外部リンク)

プレバンじゃなく一般販売で!というのは半分はヨドバシなどの小売店だと割引で買えるからってのはあると思う

でも今はもう割引で買えないから俺はむしろ予約さえできれば絶対買えるプレバンの方が好き

その予約も予約数スピード感によってはその日の夕方にも2次受けしてくれたりするからわりと意外と買えることが多い

それもダメでもある程度行き渡るまで日数わけて○次予約は続いてくれるしね

店頭でじっくり眺めてこうやってるのかと発見できる喜びは少ないけど俺は今となってはプレバンがいい

彼氏内々定を出した

 最近父親の性被害を訴えた大変勇気ある方がいらっしゃった

 ただ「お父さんからまんこを触られた経験が無い人たち」は思ったかもしれない

 どうしてまた男性を愛することができるの?と

 私はお父さんから色々されたことがあるが、今彼氏と付き合っているので、増田匿名性を利用して惚気つつ自分語りさせていただこう 若々しい惚気はみんな好きだから

 私は今の彼氏のことが結構好きだ

 でも結婚したくない 性的なことも全くしたくない キスはするけれど、それ以上のことをしたくない 自分が女であることを意識したくないし、彼との関係でお父さんのことを思い出したくない

 お父さんに1時間くらい怒鳴られた後に彼と話したくなる自分も嫌だ 「お父さんで埋められない心の穴を彼で満たそうとしている自分」を自覚し、自分のことが嫌になり、文字を途中まで打ち込んでLINEをするのを辞める

 私は私が自立していて個として確立した状態で彼と対峙していたい

 でも同時に、自分は家庭が荒れていない時は彼のことが大して好きじゃない 好きだけれど、人間として好ましいとか、非常に信頼している、といった感じで、やはりエッチはしたくないし好き好き大好きという感じでは無い

 だから自分の中で彼を「理解のある彼くん」にしてしまっているんだろうな、と思って、その辺りでいつも自己嫌悪をする

 時々自分が本当に彼が好きなのか不安になって寝ている彼にキスをしてみるんだけれど、やっぱり好きかどうかよくわからない 彼と性的接触をしたいとは思えないか

 でも、彼は私が何回もキスしたせいで目が覚めてしまっても私の頭を撫でるだけで、絶対こちらに危害を加えようとしない

 そういう彼のことはとても好いている すごく安心するから

 

 だから、私は彼を理解ある彼くん、そしてお父さんの代わりにしてしまっているんだと思う

 思えば昔からパンダコパンダが好きだった

 映画では、お父さんがいないミミちゃんの家に、ある日モフモフで優しくてお仕事をしていてパイプをくわえ笹を食べる、パンダのパパがやってくる

 パチンコに負けてイライラして理由をつけて殴ってきたり、嫌なことや変なことを言ったりしたりしてこない、優しいもふもふパンダのパパがいるミミちゃんが、とても羨ましかった

 お父さんに殴られた感覚や、お父さんが殴る時にいつもする“人を殴る時特有のキマっている目”や、お父さんに「お前なんて生まれてこなければよかった」と言われたことは、今でも思い出し苦しくなる日がある

 「ちっぱい」とか「お前女になったな」と言われた時の気持ち悪さや、お父さんに「きちんと洗えていないから」と尻を出させられたり、Y字バランスをさせられたりして股間風呂で洗われたことを、忘れることはまだ難しい

 私はずっと、本当のお父さんが欲しかった 私を殴らないで、性的なことをしてこないで愛情を注いでくれるそういう人にお父さんになって欲しかった

 お父さんも優しかった時期はあった 小2で児相電話をかけたから、少なくとも小学校入学前のお父さんは優しかった

 私が幼い頃の父、まだコンタクトをする前の父は私を殴ったり、嫌なことをしてこなかったから、恋愛においてはいつもメガネの人を好きになる

 私は極度のメガネフェチ

 「メガネの人だったら優しい頃のお父さんだから大丈夫だろう」と本能認識しているので、私はメガネをした男性でないと好きにならない

 単に癖もあるとは思うけれど、私のメガネフェチはだいぶ歪んでいる

 こういうことはお父さんと離れて10年くらいすれば、治療をしていけば忘れられるものなんだろうか?自分はまだ若いので、あまりからない

 今はこういうのを日常生活において出さないようにして、平気なフリをしているだけだ

 でも、父から同じ家にいるのに電話がかかってきたり、1時間くらい理由なく怒鳴られ続ける日は今も日常的にあって、そういう日は頭が殴られる感覚フラッシュバックする ガンガン頭が殴られてキツい言葉を言われた時の感覚20、30分続くのを布団でじっと耐える 彼氏LINEをするかどうか悩んで、しないように頑張る キツい時は「なでなでして」というような気色悪いメッセージを送る

 そういう日がある

 彼はそういうのをわかっている

 私がお父さんと色々あったことも彼は分かった上で「君にそういうことは求めていないから」と言ってくれる

 でも、「ぬいペニ」という言葉の逆で、私は彼をぬいぐるみにしてしまっているのかもしれない

 彼には普通健全な性欲があるのに、彼をぬいぐるみのような性欲が無い柔らかい存在にしてしまっているかもしれない それがとても申し訳ない

 それに、私は子宮病気が2つある

 子どもは苦労する、と産婦人科で言われた

 

 20ちょいで結婚子どもについて考えるのは気が早いし、別に彼以外に男でも女でもいくらでも相手はいるんだから他を探せばいい

 というか、私が相手を探すというよりは「私」がどう考えても地雷女すぎる

 エッチはお父さんを思い出してできません、子どもを作るのに苦労する体です、結婚も厳しいです、キスはできます、お父さんに性的なイタズラを何回もされたことがあります、家庭に強烈なトラウマがいくつかあります、でもあなたのことは好きです

 誰がこんなのを受け入れるっていうの?と、冷静になるといつも思う

 だから、彼のことが結構好きなのも、私に合わせて付き合わせているのも、いつも申し訳ない

 そもそも、私は彼のことは今まで付き合ってきた人の中では一番好きっていうだけで、不満はいっぱいある  服クソダサいし、軍歌しか聞かないクソミリオタだし、私たちの会話の内容は政治宗教歴史かでロマンチックのかけらもない

 彼の家も彼の家で色々あるので、彼の母親は彼の一人暮らしの家に突然訪問して手洗い場の下の収納から私のシャンプーを見つけて発狂し、彼の生活費仕送りを止めた

 ヒスな感じの教育ママでちょうどうちの対極に位置していらっしゃる 彼はそれなのにお母様の老後は三世帯をご所望である めっちゃ嫌だ

 そもそも彼と私は中高大が全部一緒だ 私の持つ卒アルほとんどに彼がいるし、彼が中学修学旅行先生に怒られたストレスお腹を痛めて救急車搬送されたのも知っている

 同棲までしてたのに、付き合ってることに違和感がまだありまくる

 だって鼻くそ垂れてた頃から知ってる相手だぞ?

 だから、一昨日、私を御社面接官、彼を学生見立てて、2人で面接ごっこをした。

私「弊社に入ろうとした動機は?」

彼「えー...」

私「あぁ、弊社に入る、ではなくいれる、の方が適切だね」

 というような茶番を1時間やった。

私「それで君は、弊社でどんな活躍ができるんだい?」

彼「はぁ...」

私「弊社のどんなことを知っていてどこに魅力を感じているの?」

彼「えー...甘いものは好きでしょ、あと、Vtuberも好きでしょ」

私「多少なりとも調べてきているようだね。実は私はジャニオタもしていてね」

彼「へー、それは知らなかった」

私「言ってないからね。他、私の何を知ってる?」

彼「いや、なにぶん初めての業界でして...」

 ここで彼がうまいことを言いやがったので私は笑ってしまった

私「じゃあ、ウチでの展望を聞こう。君は具体的にウチで何がしたい?」

彼「いやぁ...それが無いんですよね」

私「ハッ!これだから令和の若者は。主体性が無く流されおって。これが悟り世代か」

彼「はぁ...。すんません

私「あのね、今の時代人手不足が深刻だから君みたいなパッとしない学生も雇うけれど、もっと優秀な学生が沢山集まってる年だったら君みたいな将来への具体的なプランが無い学生雇わないからね。弊社でやりたいことが無いということはつまり転職をする可能性があるということだろ。ウチより待遇のいい会社があれば君はすぐ転職するんだろ」

 この辺りでお互い爆笑した

私「これ圧迫面接酷すぎたね。ごめん」

彼「これより酷い面接今後受けること無いよ」

私「で、どうなの。君はウチに入社する気あるの?ウチでやりたいことがなくてもウチのどこかに魅力を感じたんじゃないの?」

彼「まあ、ツーと言えばカーと返ってくる。ツーと言ってツーと返す人もいるし、会話がそもそも成り立たん人もいる中でこれは稀有から

私「結局それかい!」

 まあそんなこんなで、私は色々思いつつ、内々定を出してLINE電話を切ったのであった

 自分もっと強烈にツッコミを入れて欲しかったのだが彼はどうも私のボケに対してのリアクションイマイチでヌボーっとしている 私と付き合ってて何もしたいことが無いのもちょっと許せない あんたが私と付き合ってから何かしたいって言ったのエッチ旅行くらいだったぞ

 ま、エッチはできないし、旅行もまだ行けてないんだけど

 でも、「初めての業界」は結構面白かった

 色々考えるところはあるし真剣な悩みもあるんだけれど、自分と彼はまぁまぁお似合いだと自分でも思う

 一昨日の夕方の会話を今こうやって文字起こしできる時点で、彼のことをちょっと面白く思ってて興味があるということは明白だ 私が記憶力が人より良いかもしれないのもあるんだけれど

 だからまあ、あとちょっとは仲良くしてやろうかなと思っている

 私は色んなことがあったけれど、別に私は実父から性加害を受けた女ではない それは物事の一面に過ぎないのだ

 そういう私をわかった上で、どうやら彼は私のことを多少なりとも面白く思い、付き合いを続けたいらしい

 今の時代転職が主流ですから、どうなるかわからないんですけど、保守的な彼は日本型雇用を好むようなので辞めるつもりはまだ無いそうだ

2024-03-21

[]令和5年度の振り返りと令和6年度の計画

はい、どーも。めだか日記です。

今年の冬は暖冬傾向でしたが、3月に入ってから寒いです。

令和5年度の振り返り

令和5年度の振り返りから発表します。

棚の三段化と給水管の設置は、大成功でした。特に給水管は水替え作業をほぼなくし、6月から9月の40度に迫る高気温対策として大変有効でした。

給水管は13㎜の塩ビパイプに一方コックを取り付けたオーソドックス構成です。

塩ビパイプに4.8㎜のドリルで穴を開け、5㎜のタップでネジの溝を切ります

ドリルは電動のインパクトタップは6角形のものを買い、100均の取り外し式ドライバーの柄をつけて使いました。300円くらい出すとホームセンターで上等な柄が買えます

そこへ一方コックを取り付けるのですが、指で回すと痛いです。六角形のインパクトに丸いドリルを取りけるときに使うチャックと呼ばれる部品を1300円くらいで購入し、このチャックで一方コックをつかみました。六角形の軸の部分には、先ほどの柄をつけるとさらに回しやすくなります。このままだと水平に水が飛んでしまうので、エアレーションに使うチューブを短く切ってつないでおきます

穴をあける間隔は、パイプの下に置く水槽の数を考慮して決めます真下タライが2つならば、穴は2個で十分です。さらに下のタライにバイパスして水を流すこともできますが、2つのコックから流すと流量が多くなりすぎるので、3段の棚の一番上から順に流れる方式が最終的にシンプルでよかったです。タライには、水作のL字パーツを4㎜の穴を開けて、下向きに付けると真下タライに向かって排水されるので、好都合でした。まれに詰まるときは予備に交換してしのぎました。

塩ビパイプ同士はつなぎを専用の接着剤で固着させました。方向が変わるところ、地面を這わせるところには、18mmのホースを使いホースバンドで固定しました。水道は意外と高水圧なので、接着とバンドの固定に失敗すると盛大に水浴びする羽目になります

最後に潅水タイマー。手動のものなどいろいろと試しましたが、付属システム豊富から高儀製のものを選びました。潅水タイマーの手前に3つに分岐するパーツを取り付け、通常のシャワー式のコックも使えるようにしてあります

この潅水タイマーは2つの設定が保持されるので、朝6時半と夕方4時に20分ずつ水を出すようにしました。タライの1/5くらいの水が注水されます。このおかげでめだかの出す老廃物は希釈され、午後注水では水温を下げる効果確認されました。40度近い酷暑でしたが、高水温で全滅するタライはなく、水替え作業もないため、非常に省力化できました。

昨年までにタライを置く場所などの考察しましたが、注水システムを完成させてからは、場所を選ばずに展開できる感触を得ました。

令和6年度の計画

この冬の重たい雪で最上段のタライがバランスを崩して落下してしまったところが発生しているので、給水管と棚の高さを若干調整して復旧したいと思います。隙間に背の低いNVBOX13を最上段と中段の間にはめ込んで4段化できたらベストと考えています

さらに昨年度の継続と完成できなかったエリアの給水管を作っていきたいと思います。ついでにめだかタライの排水植木鉢にかけるようにしたところ、とても育ちがよかったので、アクアポニクス風に排水を活かせたら面白そう。あまり暑くならないうちにしかけていきたいところ。

大谷大谷うるせぇよボケマスゴミ

たかスポーツ選手如きが勝ったの負けたのしょうもない事を病的な頻度で朝や夕方の貴重なニュース時間に割り込ませんな

実際に起きたことをそのまま垂れ流すだけで記者としての努力一切してないゴミ情報持ってきてはしゃぐな猿共

週刊誌取材力負けてトクオチしまくるのも当然だわ

anond:20240320194510

2028年3月21日、ワイの日記やで。

朝、娘のミラが起こしに来たんや。「パパ、起きて!朝やよ!」と言うて。ミラは、このパラダシアの言葉で「輝き」を意味するんや。彼女が生まれた時から、ワイとフェミちゃんにとって、まさに家族の輝きそのものや。

フェミちゃん朝帰りで、夜通しの狩りから戻ってきた。2年前、彼女ステージが一つ上がり、超女性になったんや。この世界でいう「ステージが上がる」とは、個人能力精神性が大きく飛躍し、その存在が周囲に対してより大きな影響を与えられるようになることを意味するんや。フェミちゃんが追い求めていた「女性が救われる世界」は、実は女性自身が自らの可能性を最大限に引き出し、超女性になれる世界のことやったんやな。

セリアタウンの市場での朝は、いつも賑やかや。フェミちゃん手をつなぎながら歩いていると、新鮮な果物野菜、珍しい香辛料が並ぶ店々が目に入る。「こんなに色々あると、毎日何を作ろうか迷うわね」とフェミちゃんが言った。「ワイはフェミちゃんが作るものなら何でも美味しく食べられるで。それに、ミラもお前の料理が大好きやし」とワイが返すと、フェミちゃんは笑って、「じゃあ、今夜はミラが好きなキラベリーパイを作ろうか」と言うてくれた。

市場での買い物を終えて家に戻ると、ゴミーが嬉しそうに迎えてくれた。ゴミーはパラダシアに来てからも、ワイたち家族の大切な一員や。ゴミーとミラは仲良しで、よく庭で一緒に遊んでる姿を見る。ミラと追いかけっこをするゴミーを見てると、家族の絆がさらに深まるような気がする。

夕方フェミちゃんともう一度会話を交わした。「この4年でほんまに色々あったけど、お前と一緒にいられることがワイの一番の力になってるで」とワイが言うと、フェミちゃんは微笑んで「ワイ、ありがとう。私も同じよ。二人で支え合いながら、これからもっと素敵なことを一緒に創り上げていこう」と答えたんや。

ワイとフェミちゃん幸せ生活はまだ始まったばかりやで。

開幕で落ち着くかと思ったら、別の角度でまたでかい話題作ったな……

好きだけどさ、流石に夕方ニュースに混じって

同じ岩手出身ディレクターが、母校へ取材に来ました。

花巻東帽子はここだけの販売だそうです。ロゴがかっこいいですね。

聖地巡礼ファンがいますね。

あ、大谷結婚だそうです。

ショックですけど応援してます……。

じゃ、ないんだよ。

昨日の夕方ネットで購入した3万円のギターがもう届くらしい

早すぎるよ

もっと遅くでいいよ

信仰心と、わたし家族戦争のはなし

父方のおばあちゃん、今も若々しくて褒められる、誰も悪く言わないし優しくて可愛い人間性100点すぎてむしろそこが弱みみたいな人で、

見た目は母方寄り性格もがめついわたしとは似てるところひとつも思いあたらなかったんだけど、今まで。

今日もお仏壇のところから豆大福持ってきてくれて、

いつもへんなとこからお菓子出してくるように感じて ちょっとおもしろいかもって思ったけどふと考えてみたら、

ちょっといろいろあるから最近まで誰のためのお仏壇なのかよく知らんかったけど、 おばあちゃんのお父さんは戦争で亡くなって、近くにあった石ころを仲間の人が持って帰ってきてくれてそれがお墓に入ってる、だけ。

おばあちゃんのお母さんは、その時代あるあるの亡くなったお父さんの弟と再婚、ご先祖もそちらの立派な仏壇にいるけど、おばあちゃんはお父さんが寂しくないように その石ころを連れてきた、らしい。もちろん遺骨とかもない、石はお墓に入れちゃってるし。

それでも毎朝 仏壇をあけてお水とお花を、お菓子があればまずそこに置いて、夕方には閉める。仏さんはいるけど宗派すら曖昧わたしも父が亡くなるまでは信仰心ほぼなし

写真しか知らないお父さんが おばあちゃんにとってどんな存在なのかは、わたしには想像できないけど、ずっと大切にしていることだけはわかる、なんかそういうところが、もしかしてわたしと似てるのかもって 初めて気が付いた

共通点

ちなみにおじいちゃんがこの話で ほぼ空気理由もあるけど割愛。おじいちゃんおばあちゃんずっと元気でいて欲しいな。

2024-03-20

飯盒炊爨AVみたいな話

子供のころに地元ローカル夕方ニュース番組を見ていたら、帰り道の高校生クイズを出して正解したらお土産くれるみたいなコーナーがあった。

問題も大抵は簡単で、その日出た問題は「サッカーGKとはどこを守るポジションでしょうか?」だった。

フリップ回答者女子高生が書いた回答は「あみもと」で、アナウンサーとかスタジオもみんな笑って「え?www何言ってんの?www」みたいな感じだった。

正解は「ゴールキーパー」だったんだけど、いや、「どこを守っているか?」の回答が「ゴールキーパーなのはおかしいだろ!仮に「ゴール」だとしても、全選手がゴールを守っている訳だから解答としてはおかしい筈だ。どう考えてもJKの方が正しかった。30年経っても思い出す。

2024-03-19

本当に千葉東京ベッドタウンでいいのか

千葉とあるターミナル駅に住んでるが、とにかく朝と夕方外人がいない

昼間歩いてるのは少しのお年寄りわずかな赤ちゃん連れだけである

夕方になれば学生さんで多少賑わうが、それまでは人がいなさすぎて本当に中核市の中心都市か?と思う

当然そんな感じだから、平日昼の客がいなさすぎて、街にあった飲食街は土地の高さに耐えられず潰れてゆく

狭い土地でなんとか商売できて回転率がいいラーメン屋けが残る

客単価をあげざるを得ないため、人が多い地域にも関わらず食べログの点数は低めな店ばかりである

それだけ人がいても、土地に金吸われてお金がないファミリー層と、古くから地主高齢者ばかりなので、賑わってるのはディスカウントスーパーサイゼリアなどの激安店のみである

なあ、本当に東京ベッドタウン目指すの正解なのか?

また駅近タワーマンションが建つらしいが建築費ペイできるだけの金額出せるやつは千葉なんかに住まねえぞ?みんな都内選ぶぞ

下手したら市も赤なんじゃねーの?

なんでターミナル駅なのに賑わいを創出する必要があるととか再開発計画に書かれてるんですかねえと思う

埼玉川口とか神奈川町田厚木の栄え方を見るとどうしてこうなった感が強い

成田闘争の影響もでかいんだろうけどさ…

大阪平野駅前には大きなスーパーがあり、広々としたマックスバリュ100均ケンタッキーニトリなどが入っていた

しか建物の持ち主の意向で昨年8月に閉館、現在では更地になっている

需要がなくて消えたわけではないため、客たちは近隣の他のスーパーへと移った

その一つが、平野駅前の業務スーパー

夕方になると混雑がひどい、品切れも多い

恐らくは時給変わらないままハードになったレジ業務をこなすバイトは大変だろう

更地にまた以前のような大型スーパーが建つだろうか

業務スーパーは好きだが、品揃えは独特のものであり新作のスイーツ菓子などはそれほど取り扱わない

そういうものが売られている大型スーパーがほしい

今更「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想

この本しんどいな。

「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想がそれだった。

土曜の夜23時、昼間参加した友人の結婚式の疲れを引きずりながら、少し暗くした部屋でベットに寝そべりダラダラと読んでいた。隣のリビングからは、夫が録画した刑事ドラマを見ている音が響いてくる。あしたは日曜で何も予定がなく、深夜までドラマを見続けるのだろう。美咲も多分、明日は午前中はダラダラと寝て過ごし、パンカップスープ適当昼ごはんを食べ、夕方なんとなく近くの駅ビルの買い物に出かけ、夕食は作るのが面倒になって外食で済ませて帰ってくるのだろう。結婚して1年近く続く何もない週末のいつもの過ごし方。

鈴木美咲1990年まれ28歳。生まれ山梨県で、大学上京するまでは地元自営業を営む両親のもとで特に大きな反抗もなく健やかに育ったと自分では思っている。勉強は小さい頃から得意で、地元進学校に進学した際には、東京に行くことが当たり前の選択肢になっていた。市内の一番偏差値が高い大学はいわゆる”駅弁”の大学で、進学校の中でも勉強のできる子は上京するのが当たり前だった。彼女の両親は東京大学を出て地元に帰ってきた人だったため自分大学上京することに特に違和感は抱かず、自然東京大学を目指した。根が真面目な彼女高校時代勉強に多くの時間を割き、国立大学不合格となったものの、無事都内私立大学合格し、18歳の春に上京した。今年で上京して10年目になる。


彼女母親時代女子が進学するといえば短大だったそうで、その時代東京の4年制大学卒業した美咲母親はそれを誇りに思っている節があり、娘にも上京を勧めた。母が20代の頃、美咲の母方は酒の卸業を営んでいた。当時はだいぶ繁盛しており経済的に余裕があったためか。美咲の母は就職活動をせず地元に帰り2-3年ほど家業を手伝い、美咲の父となる人物お見合い出会い結婚した。父は口下手で商売が上手なタイプではなかったが、家庭の中では優しい父親だった。母がよく癇癪を起こしているのに対し、父が言葉を荒げているのは美咲記憶にはない。花が癇癪を起こすのは大抵父が全く家事を手伝おうとしないからだった。母は父を一生懸命教育しようとしていたが、家事女性がやるものと思っていた父はなかなか身につかなかった。60代になりようやく自分で皿を洗うようになったと最近母が言っている。

美咲に対して、母は今後は女の人も外で働く時代なのだから一生懸命勉強しなさいと強く進めた。美咲の成績が上がると母も喜んだ。東京大学に行くことを賛成し、美咲英語が得意だとわかると英会話塾のパンフレットをたくさんもらってきては彼女能力を伸ばすことに力を注ぎ、美咲外国語大学志望だと進路希望で話すとその大学出身卒業生のエッセイなどを買ってきては彼女の夢を応援した。美咲自身は多感な年頃ならではの母親へのウザさのようなものは感じていたが、基本的には嫌いではない母親だった。


美咲地元にいた頃から一貫して共学で育ってきた。自分自身があまりまれ容姿ではなく、自分ニキビからかわれ、「ニキビ」という知性のかけらも無いそのままのあだ名をつけられてから男子が嫌いになりずっと距離を置いていたため共学ならではの彼氏ができるとか放課後一緒に男子と帰るといった甘酸っぱい青春を過ごすことはなかった。しかし、男子が身近にいることは普通だったし、2つ離れた年下の弟もいた。美咲勉強ができたが、それに対して男子比較されて何か不都合を感じたことはなかった。勉強ができる人は男女関係なく一目おかれたし、男女関係なく進路を好きなように決めたし、母のように女子短大といった時代でもなかった。ただ文系クラスの方が女子が多かった。男子があまり得意ではなかった美咲にとって、女子が半数を占める文系クラスは過ごしやす環境だった。国立に落ち第二志望で進んだ私立大学も、外国語教育に力を入れており文系がメインの大学だったため、全体的には女子の方が多い大学だった。大学の間も相変わらず彼氏はできなかったが、多摩地域のんびりしたキャンパスで4年間を過ごし、休みの間には短期海外留学経験して、語学力を向上させながらやりたかった海外分野の勉強をして過ごした。



自分女子であることに違和感のようなものを感じるようになったのは、就職してからだった。震災後に採用を抑えていた2012年就活戦線はなかなか苦戦し、50社以上のエントリーシート、20社の面接を受け、最終的に内定が出たのは2社だった。当初地元に帰ろうかなと思っていたものの、内定した会社は誰もが名前を知るIT企業メーカーで、大手企業就職が決まったことで、彼女自身家族もホッとし、東京に残ることを納得した。結局新しいことができそうなIT企業への就職を選んだ。IT業界リモートワークなどの制度を生かして女性活躍しています、と先輩社員セミナーで語っていたのも理由の一つだった。メーカーの方は男性ばかり出てきて少し古い印象を持ったことを美咲は覚えている。



美咲ソフトウェア製品営業職として2013年4月社会人生活スタートさせた。自分の同じ部門認識できる範囲には100人ほどの人がおり、女性の先輩も2割ほどいたので全くいないわけではなかったが、営業職の先輩は、みな独身か、結婚していても子供がいなかった。既婚子ありの女性の先輩は業務部門でひっそりと仕事をしている印象があり、営業職の美咲ほとんど関わりがなかった。営業部門は8割が男性で、かつ半数以上は50代だった。夜の飲み会は大抵自分以外はおじさんという状況が多く、美咲はその場ではじめて焼酎水割り・お湯割の作り方を覚えた。飲み会では大体業務部門の人たちは営業できないお荷物、という言い方をされ、美咲はただ笑って過ごすしかなかった。いずれ子供を産んだら自分もそこに行くのかな、という思いもある中、関わったことのない業務部門の人たちについて何かをかばうことも出来ないし、やり過ごすほかなかった。



その会社でのソフトウェア事業は、正直言ってメイン事業ではなく、ハードウェアのおまけのような扱いの部門であった。営業職として客先に行くには、まずは社内営業ハードウェア営業に客先の同行をお願いし、OKが取れたらやっと客先に行き、自分製品を紹介する。ある女の先輩は言っていた。「飲み会に誘ってもらえるのは女子特権なんだから若いうちの飲み会は全て断らずに参加しなさい」と。先輩のアドバイスは正しかった。美咲お酒は弱かったが、飲み会のような場は嫌いではなかったため、最初の2年ほどは結果も出せず苦労したが、もともと人と関わるのが好きな彼女は社内の飲み会にも積極的に顔を出し、仲のいい人を多く作って行くことで仕事も徐々に自分で結果が出せるようになっていった。


入社して5年目、一通りの経験をこなし、大きな案件複数経験して自信が出た美咲は、社内異動制度に応募してハードウェア部門へ異動した。ある意味傍流から本流に異動したわけで、彼女としても意気揚々の再スタートだった。前の部門でおじさんと飲むことに慣れていた美咲は、異動初日飲み会で、やはり50代の男性が多い同じチームのメンバーに対して「私はセクハラ大丈夫なんで」と笑って宣言した。意外だったのは、部門である優秀な40代マネージャーが、「そういう発言はやめたほうがいい」とはっきり言ったことだった。彼は今後役員まで上がるだろうと期待されている、社内のエースのような存在だった。えらい人からそのようにキッパリ言われたことで少し美咲ビビったが、その発言はそのほかのメンバーには笑って流された。


「82年生まれキム・ジヨン」を読んで、美咲には何かが刺さった。これまでの彼女人生の中で、キム・ジヨンのような思いをした経験が、同じ世代日本人女性なら1度や2度はあるはずだ。と、こんな風な長々した文章を書いてしまうくらい、何かを伝えなければ、声を上げなければと感じた。しかし何を言えばいいのかがわからない。何か目の前の明確な不平等を変えて欲しいわけでは無い、自分はむしろまれているほうだと思う、でもそれでも何度か自分のせいだけとは思えない壁にぶつかり、しんどい思いをした、ように思う。何が変えられるのかよくわからないが、とりあえず自分の思いを言葉にしないことには始まらない。

90年生まれで一番多い名前の、数多くの美咲に変わって、中途半端ですが、ひっそりとここに吐き出します。

今更「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想

この本しんどいな。

「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想がそれだった。

土曜の夜23時、昼間参加した友人の結婚式の疲れを引きずりながら、少し暗くした部屋でベットに寝そべりダラダラと読んでいた。隣のリビングからは、夫が録画した刑事ドラマを見ている音が響いてくる。あしたは日曜で何も予定がなく、深夜までドラマを見続けるのだろう。美咲も多分、明日は午前中はダラダラと寝て過ごし、パンカップスープ適当昼ごはんを食べ、夕方なんとなく近くの駅ビルの買い物に出かけ、夕食は作るのが面倒になって外食で済ませて帰ってくるのだろう。結婚して1年近く続く何もない週末のいつもの過ごし方。

鈴木美咲1990年まれ28歳。生まれ山梨県で、大学上京するまでは地元自営業を営む両親のもとで特に大きな反抗もなく健やかに育ったと自分では思っている。勉強は小さい頃から得意で、地元進学校に進学した際には、東京に行くことが当たり前の選択肢になっていた。市内の一番偏差値が高い大学はいわゆる”駅弁”の大学で、進学校の中でも勉強のできる子は上京するのが当たり前だった。彼女の両親は東京大学を出て地元に帰ってきた人だったため自分大学上京することに特に違和感は抱かず、自然東京大学を目指した。根が真面目な彼女高校時代勉強に多くの時間を割き、国立大学不合格となったものの、無事都内私立大学合格し、18歳の春に上京した。今年で上京して10年目になる。


彼女母親時代女子が進学するといえば短大だったそうで、その時代東京の4年制大学卒業した美咲母親はそれを誇りに思っている節があり、娘にも上京を勧めた。母が20代の頃、美咲の母方は酒の卸業を営んでいた。当時はだいぶ繁盛しており経済的に余裕があったためか。美咲の母は就職活動をせず地元に帰り2-3年ほど家業を手伝い、美咲の父となる人物お見合い出会い結婚した。父は口下手で商売が上手なタイプではなかったが、家庭の中では優しい父親だった。母がよく癇癪を起こしているのに対し、父が言葉を荒げているのは美咲記憶にはない。花が癇癪を起こすのは大抵父が全く家事を手伝おうとしないからだった。母は父を一生懸命教育しようとしていたが、家事女性がやるものと思っていた父はなかなか身につかなかった。60代になりようやく自分で皿を洗うようになったと最近母が言っている。

美咲に対して、母は今後は女の人も外で働く時代なのだから一生懸命勉強しなさいと強く進めた。美咲の成績が上がると母も喜んだ。東京大学に行くことを賛成し、美咲英語が得意だとわかると英会話塾のパンフレットをたくさんもらってきては彼女能力を伸ばすことに力を注ぎ、美咲外国語大学志望だと進路希望で話すとその大学出身卒業生のエッセイなどを買ってきては彼女の夢を応援した。美咲自身は多感な年頃ならではの母親へのウザさのようなものは感じていたが、基本的には嫌いではない母親だった。


美咲地元にいた頃から一貫して共学で育ってきた。自分自身があまりまれ容姿ではなく、自分ニキビからかわれ、「ニキビ」という知性のかけらも無いそのままのあだ名をつけられてから男子が嫌いになりずっと距離を置いていたため共学ならではの彼氏ができるとか放課後一緒に男子と帰るといった甘酸っぱい青春を過ごすことはなかった。しかし、男子が身近にいることは普通だったし、2つ離れた年下の弟もいた。美咲勉強ができたが、それに対して男子比較されて何か不都合を感じたことはなかった。勉強ができる人は男女関係なく一目おかれたし、男女関係なく進路を好きなように決めたし、母のように女子短大といった時代でもなかった。ただ文系クラスの方が女子が多かった。男子があまり得意ではなかった美咲にとって、女子が半数を占める文系クラスは過ごしやす環境だった。国立に落ち第二志望で進んだ私立大学も、外国語教育に力を入れており文系がメインの大学だったため、全体的には女子の方が多い大学だった。大学の間も相変わらず彼氏はできなかったが、多摩地域のんびりしたキャンパスで4年間を過ごし、休みの間には短期海外留学経験して、語学力を向上させながらやりたかった海外分野の勉強をして過ごした。



自分女子であることに違和感のようなものを感じるようになったのは、就職してからだった。震災後に採用を抑えていた2012年就活戦線はなかなか苦戦し、50社以上のエントリーシート、20社の面接を受け、最終的に内定が出たのは2社だった。当初地元に帰ろうかなと思っていたものの、内定した会社は誰もが名前を知るIT企業メーカーで、大手企業就職が決まったことで、彼女自身家族もホッとし、東京に残ることを納得した。結局新しいことができそうなIT企業への就職を選んだ。IT業界リモートワークなどの制度を生かして女性活躍しています、と先輩社員セミナーで語っていたのも理由の一つだった。メーカーの方は男性ばかり出てきて少し古い印象を持ったことを美咲は覚えている。



美咲ソフトウェア製品営業職として2013年4月社会人生活スタートさせた。自分の同じ部門認識できる範囲には100人ほどの人がおり、女性の先輩も2割ほどいたので全くいないわけではなかったが、営業職の先輩は、みな独身か、結婚していても子供がいなかった。既婚子ありの女性の先輩は業務部門でひっそりと仕事をしている印象があり、営業職の美咲ほとんど関わりがなかった。営業部門は8割が男性で、かつ半数以上は50代だった。夜の飲み会は大抵自分以外はおじさんという状況が多く、美咲はその場ではじめて焼酎水割り・お湯割の作り方を覚えた。飲み会では大体業務部門の人たちは営業できないお荷物、という言い方をされ、美咲はただ笑って過ごすしかなかった。いずれ子供を産んだら自分もそこに行くのかな、という思いもある中、関わったことのない業務部門の人たちについて何かをかばうことも出来ないし、やり過ごすほかなかった。



その会社でのソフトウェア事業は、正直言ってメイン事業ではなく、ハードウェアのおまけのような扱いの部門であった。営業職として客先に行くには、まずは社内営業ハードウェア営業に客先の同行をお願いし、OKが取れたらやっと客先に行き、自分製品を紹介する。ある女の先輩は言っていた。「飲み会に誘ってもらえるのは女子特権なんだから若いうちの飲み会は全て断らずに参加しなさい」と。先輩のアドバイスは正しかった。美咲お酒は弱かったが、飲み会のような場は嫌いではなかったため、最初の2年ほどは結果も出せず苦労したが、もともと人と関わるのが好きな彼女は社内の飲み会にも積極的に顔を出し、仲のいい人を多く作って行くことで仕事も徐々に自分で結果が出せるようになっていった。


入社して5年目、一通りの経験をこなし、大きな案件複数経験して自信が出た美咲は、社内異動制度に応募してハードウェア部門へ異動した。ある意味傍流から本流に異動したわけで、彼女としても意気揚々の再スタートだった。前の部門でおじさんと飲むことに慣れていた美咲は、異動初日飲み会で、やはり50代の男性が多い同じチームのメンバーに対して「私はセクハラ大丈夫なんで」と笑って宣言した。意外だったのは、部門である優秀な40代マネージャーが、「そういう発言はやめたほうがいい」とはっきり言ったことだった。彼は今後役員まで上がるだろうと期待されている、社内のエースのような存在だった。えらい人からそのようにキッパリ言われたことで少し美咲ビビったが、その発言はそのほかのメンバーには笑って流された。


「82年生まれキム・ジヨン」を読んで、美咲には何かが刺さった。これまでの彼女人生の中で、キム・ジヨンのような思いをした経験が、同じ世代日本人女性なら1度や2度はあるはずだ。と、こんな風な長々した文章を書いてしまうくらい、何かを伝えなければ、声を上げなければと感じた。しかし何を言えばいいのかがわからない。何か目の前の明確な不平等を変えて欲しいわけでは無い、自分はむしろまれているほうだと思う、でもそれでも何度か自分のせいだけとは思えない壁にぶつかり、しんどい思いをした、ように思う。何が変えられるのかよくわからないが、とりあえず自分の思いを言葉にしないことには始まらない。

90年生まれで一番多い名前の、数多くの美咲に変わって、中途半端ですが、ひっそりとここに吐き出します。

お菓子っていつ食べるの?

お土産やらでお菓子をよく頂くけど、食べるタイミングが分からなくて全然食べ切れない


家で食べる習慣もない

仕事してる夕方かに小腹が空いたらつまむことはあるけど、そこくらいしかいからもらうスピードに追いつかない


みんないつ食べてる?

お土産にはお菓子無難と思われてるんだろうけどご飯のお供とかご当地袋麺とかの方がよっぽど嬉しい

2024-03-17

少子化対策停電はどうですかね

夕方の5時くらいか電気落とそうぜ

anond:20240309184655

いつも混んでてゆっくりできないんだが

調度よいところない?

タリーズとかスタバじゃなくて、席同士の間に余裕があったり店の雰囲気ファストフード的じゃなかったりで、落ち着けるところを探しているってことだよね。

UNI COFFEE(岡野店)

ttps://maps.app.goo.gl/S8ZC1qmKLC8fbCR8A

横浜駅から徒歩8分 / 9:00~19:00

UNI COFFEE はジョイナスにもあるけど、こっちは五番街ドンキの通りを抜けた岡野交差点の方。

寒くない季節ならテイクアウトしてすぐ裏の岡野公園で過ごすのもおすすめ

PERCH

ttps://maps.app.goo.gl/bo7DwPYg5CXHcnjW9

横浜駅から徒歩7分 / 11:00~25:00

WiFiあり、コンセントあり

平沼橋そば。深夜までやっている。

僕はよく前述の UNI COFFEE を覗いてみて、無理だったらその足でこっちに流れるという道順を辿っている。

roku cafe

ttps://maps.app.goo.gl/LEfgXkou6Yq9zziz9

横浜駅から徒歩7分 / 11:30~21:00(土日 ~22:00)

WiFiあり(コンセントなし)

から少し離れていて穴場的だけど、それでもランチタイムめっちゃ混んでる。

北幸エリア時間を潰すときはここを狙って行って、満席だったらイアスのそば上島珈琲を覗いて、そこも無理だったらルノアール流れる

GRASSROOTS

ttps://maps.app.goo.gl/zuywSDDD4rdFAXC89

横浜駅から徒歩3分 / 17:00~25:00

WiFiあり、コンセントあり

鶴屋町夕方以降だったらここが一番いい。ダイニングバーだけどカフェ利用でも歓迎してくれる。

喫煙可だけど、天井が広いので非喫煙者でも気にならない。地下だからキャリアによっては電波が入りづらいけど、スタッフに言えばWiFiを教えてもらえる。

えんどう豆

ttps://maps.app.goo.gl/iyhfnrRcuzAD99C19

横浜駅から徒歩5分 / 8:00~19:00(月 13:00~、日 〜18:00)

鶴屋町エリアで GRASSROOTS が空いていなかったらそのまま奥に進んでこちらに。

カウンターに案内されると窮屈だけど、テーブル席が空いていれば◎

カフェ・ド・ティーケーピー

ttps://maps.app.goo.gl/Pb1PLcG2yUWND3yB8

横浜駅から徒歩6分 / 8:00~17:30(土日休み

WiFiあり、コンセントあり

東口側だと商業施設内以外の店舗はないと思う。ここもオフィスビルの中なんだけど、席数が多くて比較的空いている。土日休みなのと閉店が早いのが残念。

ただ金港町を抜けるならベイクォーター内のカフェワンチャンかけたほうがいい説はある。

備考 :



追記元増田トラバネカフェに関する言及があるけど、横浜駅周辺のネカフェだったら西口のパルナード通り(ドンキのある通り)にある「俺の部屋」っていうところがおすすめ。完全個室で落ち着ける。

anond:20240316203642

パックンは昔福井留学経験あったからその縁で呼ばれたんだろ

それとは別に最近の傾向だけど地方ローカル情報番組東京コメンテーターが出てくると非常にがっかりするよね

出稼ぎしてんな!って

昔はご当地有識者なりご当地リポーターなんかがやってた夕方ローカル番組は全部吉本芸人に乗っ取られてしまったし

2024-03-16

福井県民なんですけど

今日テレビのはしゃぎ具合がすごかったので記録に残しておこう。

・長時間特番してた

福井県民放2局しかないんだけど、どっちも昼と夕方生放送特番してた。Youは何しに日本へを返せ。いや番組の要旨としては似たようなもんだから別にいか

そもそも1ヶ月以上前からニュース新幹線開業カウントダウンしてた

この機に福井駅前にマクドナルドスタバができたらしくテンションの上がった女性たちがインタビューに応じていたのが印象に残っている。

東京への片思いがエグい

開業した県内の駅に行ったリポーターが「渋谷駅前の交差点を超えるほどの人出です」みたいなこと言ってた。さすがにそれはないんじゃないかなあ。

さらに勢い余って渋谷駅前で福井県知名度調査アンケートとかやってるコーナーがあった。特に印象にないですって言われてたね。切ない……

多分バイアスのかかってない知名度確認するには、特番やってる時間帯の関東圏の番組とかを一瞬映せばよかったのかも。多分福井のこと特に取り扱ってないと思う。

他にも特番内のコーナーとして、地元ラジオパーソナリティの人が東京宣材写真を撮りに行くロケとかもあった。これも切ない。

夕方特番コメンテーターパックンだった

なんで?

日中福井県とは特に関係ない人がコメンテーターだったなあ。

CM正月みたいだった

たまに挟まれ地元CM新幹線関連のやつばっかりで「お慶び申し上げます」とか言ってた。正月か。

・その後の全国版NHKニュースでも金沢敦賀間の新幹線開業について触れられてたけど

主に北陸応援割について話しており石川の様子しか放送されておらず見事な冷や水ぶりであった。

という具合で面白かったです。なんかこう、都会をそこまでありがたがらんでもと思ったり、でも金を持ってくるのは都会もんなんだろうなあとも思ったりしました。もう今なら新幹線の靴も舐めそう。

これ敦賀より更に西側新幹線あん関係ない勢はどういう気持ちで見てたんだろうなあ。

ワンコ生活

起き抜けのわんわん吠え声で

強制的に目覚める朝

ご飯時間になると

お皿ガッシリくわえて通知

夕方ハイパーモード発動

散歩コース疾走しまくり

毎日ドタバタだけど

ワンコハチャメチャぶりに

イラっとすることもある

でも癖になる愛くるしさ

飼い主の心をがっちりホールド

ストレス発散にもなるし

単調な生活に刺激与えてくれる

ワンコといるだけで充実

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