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はてなキーワード: 冷戦とは

2020-01-06

日本冷戦時代アメリカ資本主義成功事例として優遇されて潤っていただけ

冷戦が終了してしまえば自由競争なって対等な条件で勝負するから優位は何もない

終わらない真っ向勝負があるだけでインチキできないから衰退した

2019-12-27

anond:20191227103534

冷戦」という言葉があってだな・・・

しかし今の時代、国際情勢でかつての米ソみたいに解り易いそんな関係って、なかなかないよなあ?

2019-11-24

いい加減宗教関係基本的にアレなのを認識すべき

これも日本平和からかもしれないね

当時のイスラム国の時も警戒心なかったから。

キリストもアレだが、イスラムもかなりアレなのはイスラム原理主義の方々を見れば判るだろうにね。

あの辺の宗教は大真面目に触らぬが吉だよ。

色々な意味おかしいから。

それとキリストイスラムに限らず、宗教関係は大概アレと言う認識を持っていた方が良い。

カルトに限らずね。

冗談抜きでコレ街中でナシード流して職質されるよりも遥かに危うい事をしているのだけどな。

誰も指摘しなかったのだろうな、これ。

しか漫画家アニメーターも一部増長した結果がこう言うのを招いたのかもね。

当時から規制に反対していたのはオタクで、出版漫画家アニメーターは当時規制問題に立ち向かいもしなかったのに日本の衰退が本格的になって、他業種が壊滅的状況になり、相対的漫画アニメ等の立場が上昇して、漫画家アニメ会社が権力側についた途端、文化庁コラボして、裁判の方が有効であると指摘されているにも関わらず、海賊版対策と称して、ダウンロード違法化拡大等をやらかしたり、この手の事をやらかしたりしている印象があるよ。

宇崎ちゃんみたいな難癖ならともかく、言論の自由表現の自由的にこう言う事は言いたくはないけど、この手の宗教関係場合によっては本気でやばい大きな人災を招きかねないので、もう少し状況を調べてからやる事位はすべきだと思う。

日本国内のみでの販売ならともかく海外進出をしているならね。

嫌な話だけど、直接的な危害を加えてきてもおかしくない連中だよ。

しかしこうしてみると宗教って害悪だよなと思う。

こいつらやたら他者思想押し付けたり、規制押し付けたりするし、教育科学すら、宗教思想で歪めたり、発展を遅らせたりするし、何より戦争テロの原因だったりするしねぇ…。

本当に宗教と言うのは性質が悪いよ。

大真面目に宗教と言う概念自体が衰退して無くなってしまえば良いのにと冷戦以降の宗教団体の増長具合をみていると思ったりするよ。

こいつらはこいつらで好き勝手大暴れしすぎだよ。

2019-11-21

日本人が忘れないべき事

アジアの貧国からアメリカ中国とタメを張れる先進国になったとは見事だな。しか日本よ、日本自分の力で先進国になったのではないぞ。冷戦によるアメリカ戦略のおかげだという事を忘れるな!

anond:20191121200412

明るい未来存在しなくなった今のほうごヤバイと思う。昔は公害とか冷戦とか電車クーラーがないとかヤバかったけど今は未来になんもない。

2019-11-17

日本韓国台湾先進国に仕立てたのはアメリカ目的冷戦に勝つため。

日本韓国台湾において自国敵対する人間が台頭しているのは、自身が存続や独立を勝ち取った国ではないからだ。

韓国台湾を見ればわかるが、日本経済大国としてそのような国に仕立てたのはアメリカである

今日のこの三国アメリカ建設した高速道路自動車のように驀進し続けている。昭和繁栄時代も、平成平和時代も、令和の混乱期もすべてアメリカ建設した道路であった。

2019-11-14

anond:20191114190742

もともと統一教会自民党は仲が良い

冷戦時代反共防波堤という役目が韓国にあったから、保守派議員親韓派が多かった

必然的統一教会布教にも寛容だった

そういう歴史的背景を勉強した方が良いよ

2019-11-12

1990年代映画と、現代のなろう小説に見る、若者にとっての世界必要性について

結論を言うと、現代若者世界に愛想をつかしており、救う価値が無いと思っている、ということである

一方、資本階級である老人は、この世界は皆にとって素晴らしく、救う価値があると思い続けている。

映画創作で人気が出るものは、その時代二次創作であるターミネーター北斗の拳冷戦時代の「いつか核が落ちて世界が荒廃してしまうかも」

という恐怖の二次創作として、読者は共感し、物語に入り込んだ。

どちらも来るべき運命を、救世主が救うというストーリー。当時の皆はこの世界は救う価値があるし、自分が上に立って救いたい、という救世主に憧れる思想があった。

当時は若者がそれなりに多かったし、世間の目も若者に向いていた。

しかしそういった作品も、冷戦が終わり、反戦雰囲気が醸成されていくにつれ、

そこから最終兵器彼女エヴァンゲリオンスターウォーズwp1も、ある意味セカイ系に近い。のような、「大人の事情」によって子供世界を救わされるという作品が幅を利かせてくる。いわばセカイ系と呼ばれる作品だ。

ここまでは、まだ現代舞台で、この世界は救う価値があるかはわからないが、自分英雄になって世界を救ってみたい、といわば中途半端思想だった。しかし、スターウォーズジュラシックパークが幅を利かせてきたように

「ここでないどこか」への幻想というものが生まれてきたのもこの時代なのではないかと思う。

そこから異世界系の物語ゼロ魔だとかが人気になる。千と千尋の神隠しもそうだ。「大人の事情」によって子供が「異世界を」救わされるという作品が表立ってくる。

しかしここまでは、この世界は救う価値があるかもわからないけど、戻る価値はあった。自分英雄になって世界を救いたい、という思想は残っていた。

そしてそこから不良マンガ流行った。一種パラダイムシフトなんかではないかと思う。

この世界は救う価値は無いが、少なくとも自分の周りの地域は救う価値はあるんじゃないか地域の中の英雄くらいには慣れるんじゃないか、という思想

しかしそれもすぐ終わる。不良が色々やらかしたのを見た人々は、反骨精神も、世界価値も、英雄譚的物語も、現実だとしょうもなくくだらないものに見えてしまった。

全てが虚無でダサいものになってしまった。というより、不良は伝統と化した。

特攻服を買うのは一部の金持ちのボンボンの子だけで、不良的ツッパリも逆に今の教師世代からは推奨される始末。twitter決闘の話が、守るべき貴重な青春物語として保護されるようになった。

そして現代に至る。景気は良くなってると言うけれど、肥えるのは中年資本家だけ。若者は職にはありつけるが賃金は低い。年金問題がよく語られるが、それを見て解るのは

貧しい若者の金が、さらに肥えてる中年に吸われていく絶望的な営み。消費税が上がって、年金問題解決すると喜ぶ老人たち。世の中にあふれる物語も、左翼全盛期の中年の為に用意されたポリコレばかり。

洋画シリーズ物興行収入を稼ぐものばかり。結果、なろう小説流行る。

なろう小説は「行きて帰らない物語」だ。英雄になりたいとは思っても、ニヒリズムに溢れた主人公で、人の上に立ちたいという欲望は薄い。

この世界は救う価値が無くなり、英雄にはなりたいけれども、人の上には立ちたくない。自分の周りの大切なヒロインを守ってればそれでいい。

という価値である一億総るろ剣時代だ。皆を助ける事は出来ないが、自分の周りくらいなら助けられるだろうと言う世界観。

現代を救う話は、共感できなくなってしまった。むしろ現代を壊す側の方に感情移入してしまう。

天気の子が売れたのも、そういう世相を反映してるのではないかと思う。君の名はまでは小さな地域を救う話だったが、天気の子はセカイを壊す話だ。

ゼロ年代あたりで生まれセカイ系物語に対する回答、「一人の子供ですら潰して利用する世界価値はない」という回答。

「何も知らないままで、知らないふりをしてる」豊かな人たちに「何も足さず、何も引かないでください」と訴えかける作品

ジョーカーが人気が出たのも、そういう世相を反映しているからではないか

現代を描くには否定的になり過ぎ、異世界を描くには肯定的になり過ぎる世界。この先はどうなるのだろうか。

異世界にすら絶望して、人一人、自分すら救えない話になるのだろうか。

ひょっとすると、ジョーカー一種異世界モノなのではないかと思う。兎に角世界を壊して、勝手に皆が英雄として崇め、ニヒル笑顔でそれを見つめる。

今時世界を救う話なんて流行らないんだよな。

2019-11-03

妻が風俗に行ってたことが発覚した


今はセックスレスではない。挿入はしてないという。大きく意見が衝突したことがあり一時期冷戦状態になって家庭内別居の様な状態だった。

その時に感情的にも不安定になり数回風俗を利用したという。

発覚したのは妻のカミングアウトによるもの。泣きながら謝罪された。

女性風俗を利用するのかと思った。先日独女性風俗利用がホッテントリに入っていたが、既婚者の風俗利用はグレーよりの白?黒?どちらだろうか。

どう判断すれば良いかからない。

2019-10-24

anond:20191024164920

俺は最初から共産党親派による分断工作について言及している訳だが、それと東西冷戦構造が何か大きな違いがあるのか?教えてくれ。

2019-10-16

インターネットが普及した弊害

文明は進み、あらゆる場所からインターネット接続できるようになった。誰もがスマホを持ち歩いて、常に情報を受信したり発信したりできるようになった。そうして他人との連絡がとりやすくなって、SNSが普及して、人と人の距離が近くなって、比例して他人との垣根は低くなった。

人は他人を知り、他人価値観を知り、それを受け入れたり否定したりしているうちに、世界画一的ものへと変化していった。

今や個人思想はひらけているべきものとなり、それができないと「社会性がない」と揶揄された。男女は平等に在らねばならず、人を嫌ってはならず、ものごとを批判してはならず、差別をしてはならない。一度そのしきたりを外れると非国民揶揄され、罵られた。ときには職を失い、家族を失い、家を失った。

人々は互いの言動監視し合うようになった。一部の国民はそんな時流に見切りをつけ、電波の及ばぬ僻地へと逃げていった。彼らは去り際、「こんなもの冷戦と同じだ」と言い残してみせたが、その言葉意味理解できる者はもうほとんど残っていなかった。

そこから10年の間に、国民フラストレーションは最高潮に達していた。言葉狩り、思想狩りはその罰を苛烈にさせていった。世界は窮屈になった。

そしてあるとき、その思想から虐げられ家族を失った一人の男が、監視者への報復を行なった。

戦争は始まったのだ。

2019-10-13

anond:20191013105802

カジノソシャゲと違うのは、単なる金儲けじゃなくて、外交ツールとしても使えるってことだな。アメリカ冷戦時に現代アート持ち上げて、「うちはこんな訳わからんもん好きに作れる自由文化的な国じゃー」ってやったように。

文化がなきゃ一流国じゃないと思ってる欧米エリート様を騙くらかすには最適のツール

2019-10-03

FUTURE WAR 198X年 を観た

https://ja.wikipedia.org/wiki/FUTURE_WAR_198X%E5%B9%B4

Youtubeに上がってた違法の奴だが興味があった作品だったので観てみた。

反対運動を上げられるほど過激作品でもないし、大人になり米ソ冷戦知識も持った今では、終盤のハッピーエンドのご都合がむしろ駄作にしている気がする。復活の日世界大戦争ノストラダムスの大予言みたいなバッドエンドが救いのないのも分かるけど、急に厭戦になる理由もないので理解し難い

今だと米中だろうし、ピタゴラスイッチみたいな状況にもならないだろうが、あの頃だとあり得たかも知れないと思うとリアル映画だと思う

でも、非モテ彼女殺されたから核撃っちゃうのは意味分からん

2019-09-21

anond:20190921153854

そんでもいつ核戦争が始まるか分かったもんじゃない冷戦時代に比べりゃずっと平和だよね

anond:20190921133129

政府高官議員情報源になってた、ぐらいなら冷戦時代にはあったけど。本人は友人に世間話してるだけのつもりだったとか、2重スパイ気取りだったとか、小遣い稼ぎのつもりだったとか。

忠誠誓う宣誓文出したってのは現実味なさ過ぎてあほらしい。スパイがそんな証拠残してどうすんの。

2019-09-20

丸亀製麺の何がうどん県民を憤らせるのか

うどん県民として思いを語っておきたい。

味・製法

ここは大した問題じゃない。讃岐うどんに厳密な定義なんてない。讃岐にあるうどん讃岐うどんである

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/092000706/

この記事に出てくる「本場さぬきうどん協同組合」は、讃岐うどんブランド化をちゃんとしたい派閥から定義にこだわる。確かにそういうスタンス県民はいるが、実際の店は好き勝手にやっている。

ただ、香川うどん屋は丸亀製麺よりはるかに安いので、あえて量も質もよくない丸亀製麺を選ぶ理由はない。だから香川に出店した店舗は軒並み潰れた。

っつーか市街から離れた栗林公園さらに南に店出して客が入るわけないだろ!あの出店計画マジで謎。はなまるうどんちゃん商店街とかで生き延びている。

讃岐うどんを名乗っていること

これもそんなに問題じゃない。俺たちは加ト吉冷凍うどんでもおいしく食べられる。

讃岐うどん代表ヅラしていること

こはちょっとカチンとくる。なぜなら讃岐うどん形態多種多様からだ。麺通団も言っているように、セルフけが讃岐うどんでもない。

麺通団は作る側の立場でもあるから小麦の扱いや製麺方法の違いにこだわっている。釜揚げした直後から麺の品質は下がるとか、細かな技術論は色々ある。どの店にも一家言はあるものだ。ぶっちゃけうどん県内でも冷戦状態にある。丸亀製麺はその一部に過ぎない。ターゲットが大きいから目立つだけ。

変な讃岐うどん観を広めていること

まじでやめてほしい。「お茶碗持って製麺所」とか大嘘を書き散らすのは勘弁。炎上追従するマスコミがこのあたりを全然追求しないのも残念。事実関係に関しては麺通団のほうが正確である

今回の炎上というかアンチ丸亀製麺根本ってここだと思うんだけど、麺通団もいらんことまで書くから議論錯綜してしまっている。

BLOGOS取材(というほどでもないが)でも、誤った歴史認識に答えていない。

https://blogos.com/article/405108/

取材では、あわせて

讃岐うどん歴史が間違っているとの指摘があるがどう考えるか

香川県に出店した際、「亀坂製麺」という店名にしていたにもかかわらず、その後「丸亀製麺」に戻したのはなぜか

香川県に積極的に出店しない理由は何か

といった質問も投げたが、同社側から回答を得ることはできなかった。

丸亀ブランド問題

全く許していない。前述の取材に回答しないあたりダメダメ丸亀市に店舗がないこと自体別にどうでもいい。

丸亀市は仲良くやってるじゃないかという擁護

あんまり関係ない。政治経済次元ではないから。

相容れない価値観を突きつけてくるキチガイからお金もらって喜べますか?喜ぶかどうかがスタンスの違いだと思う。

もはやうどん県全体の話であって、丸亀市だけの問題でもない。

anond:20190920010534

ミニミニ大作戦(the italian job)

ドイツミニクーパーを利用した、大胆不敵な強盗作戦映画

The Man from U.N.C.L.E.(0011 ナポレオン・ソロ)

冷戦時代舞台にしたスタイリッシュスパイ映画

クリヤキンの見た目が原型をとどめてない

特攻野郎Aチーム(特攻野郎Aチーム)

ベトナムで鳴らした俺たち特攻部隊は、

濡れ衣を着せられ当局逮捕されたが刑務所脱出し地下に潜った。

しかし、地下でくすぶっている様な俺たちじゃあない。

筋さえ通れば金次第で何でもやってのける命知らず。

不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する、

俺たち、特攻野郎Aチーム

2019-09-03

anond:20190903145535

レーニンがやろうとしたことだね。

ロシア革命宗教も家庭も全部解体して共産党のもとに一元支配しようとしたんだ。

冷戦時代SF小説にはよく使われた設定だよ。

2019-09-01

日本経済成長を原点からやり直すべき

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.newsweekjapan.jp/kaya/2019/08/post-78.php

日本が最も豊かだったとされる1980年代冷戦時代しかも、日本経済の豊かさは冷戦中のアメリカ利益にほぼすべて利用されていて、日本利益になっていない。

事実1980年代人権状況は大卒者の初任給女性社会参画状況や子供の人権レベルからしてみて目も当てられない状況だった。

はっきりいってしまえば、日本の豊かな時代というのはすべて冷戦が作り出した虚像である。実際に冷戦の起きていない時代日本不景気だった。

日本が持ち直しているのも、今冷戦状態アメリカ突入して日本が利用し始めているからであって、日本のためにもならない。冷戦が終わったら、就職氷河期なんかも再来するだろう。

日本冷戦でない状況で、かつ日本が国的に自立していて、女性障碍者社会進出が十分になされている状況で原点から高度経済成長をやり直すべきだ。

この国は先進国なんかではない。偉大なる後進国・偉大なる発展途上国である。それは社会保障や人権環境レベルの古さをみればわかる話だ。

社会保障の崩壊騒ぎや汚職騒動があるが、これも日本先進国になっていないから起きた問題である欧州先進国ではまずありえない話。

日本はもう一度高度経済成長からやり直し、本当の意味での先進国になるべきだ。

ついでに言えば、日本憲法を作り直すべきである。十分に国力が回復していない状況で作られた憲法なので、現実にあまりにも即していない。主権も国力も十分にある現在の状況で日本憲法を作り直せ。

2019-08-29

anond:20190828223131

左翼リベラル右翼歴史修正主義という分け方が古すぎる。

てか日本左翼だけ未だに昭和冷戦時代

世界的な傾向は、リベラルグロバリスト=金持ちポピュリストドメスティック庶民なんだと思う。

ドメスティックなくせにリベラルを気取っているのは、自分犠牲にしても他人を愛する真の革命草莽か、そうでなければ単なるアホ。

2019-08-27

聲の形”を見て思うこと

私は小学校の時にいじめ主犯格になった事がある。

最初に"聲の形"を見た時に重なる部分が多くて具合が悪くなった。

昨日何度目かの視聴をした。

かなり醜い話と懺悔になるが思うことを書いていく。

なんというか、人間記憶主観的だし恣意的だ。見たいものを見たいようにしか見ていない。

ファクトはあるが、どう見えているかはみんなバラバラだし、昔の事ともなるとファクト自体あやふやになる。

少しぼかして書いていることもある。

***********

私は小学生の時に学級カーストトップグループにいた。

クラスの中でも小柄だったが、テストは毎回100点、頭が切れて口喧嘩が強い、悪ガキで面白い遊びを思いつく。

何やっても要領が良い、どうするのが正解か知っていても大人に媚びるのが大嫌い。

喧嘩っ早くて体格が上だろうと年上だろうと取っ組み合いしてぶっ飛ばされたり怪我しょっちゅうしていた。

自分小学校教員であれば面倒を見たくない存在だった。

私には2つ上の兄と3つ下の弟がいる。お陰で交友関係が広かった。

そうした背景もあってか小学校に入ってからずっと、誰に対しても物怖じせずにあれこれ言ってきた。先入観をあまり持たずに人と接してきた。

男の子女の子、年上、年下、昼休みにドッチボールをする人、本が好きで静かな人、お金持ちの家の人、幼稚園上がりの人、保育園上がりの人、勉強が苦手な人、ゲーム好きな人ゲームを買ってもらえない人、野球をやっている人、サッカーをやっている人、わがままな人、音読で閊える人、発達障害っぽい人、同学年の女の子全員からキモがられていた「小1の時に教室の真ん中で***を漏らした人」とも。

カーストのどのTierの人とも話せるのが私の強みだったし、(今思えばやりすぎているが)笑わせたり弄ったりできた。

小学校5年生の時だった、私のいた小学校では各学年に4クラスあって3年生と5年生でクラス替えが行われる。

5年生のクラスメンバーには1年生の時から友達も3年生から友達も多く、割と見知った顔に囲まれ結構安心した事を覚えている。

登校班や子供会なんかが同グループだった友達が多かったこともかなり幸運だった。

いつだったか時期は詳しく覚えていないが何度目かの席替えの後、私の隣の席にはクラスの冴えない女の子がいた(以降Yさんと呼称する)

私が教科書を忘れて「見せて」と言った際だったか消しゴムを忘れて「借して」と言った際だったか、あからさまな態度と嫌味をもって拒否された。

初めて同じクラスになった私とそのYさんの間が、構築前から突如として誰にも知られずぶち壊れて険悪になった。

とにかく”きっかけ”は存在した。それは本人の属性や変えようのない部分ではなく、本人の言動のものに起因することだった。本当に瑣末な事だったが。

当時の私は、今よりもさらに「自分の損」に興味がなく、あけっぴろげの人間だったので、恥知らずわがままこそ言えど、「消しゴムが無い」と言われれば、ちぎって半分あげたし「教科書忘れた」と言われれば、そのまま貸すような人間だった。

また、奔放なぶん蛮行を働いて教師たちの御用になる事や、真面目タイプ女の子のチクリポイント稼ぎの養分にされる事も多かった。

要するにやりたい放題のガキ大将キャラだった。

クラス替えをして、全然知らない、普段かにしている、何の毒もなさそうな見た目の、ほとんど話をしたことが無いような人間からいきなり剥き出しの100%の敵意を出された事は私にとって苛立ちよりもまずはショックだった。そんなつっけんどんに拒絶されるものか?と思った。

多分Yさんも人付き合いがうまくなかったんだと今ならば思うし、人間の合う合わないはどうしようもない上に精神の未発達段階で大人対応をできるわけがない。

しかしたらどこかで知らないうちに嫌われることをしていたのかもしれない。

幼かった私は、Yさんから向けられた敵意を「あーなんか嫌われてるけどまぁいっか」とか「まぁそんなもんか」で処理することができなかった。

後にいじめと呼ばれるものになることの始まりは、あくま個人間の諍いであった。

私はYさんの剥き出しの敵意に対して意地になって目に見える形で露骨に応答した。

給食時間に同じ食器の運搬係になれば一人で給食から食器を運んだし、Yさんが牛乳係の時には自分のぶんは自分牛乳を配膳した。

大人であれば「なんやこいつ関わらんとこ」で済むような人間に対して、同じように敵意をむき出しにして徹底抗戦した。

当然相手も同じような態度を取り続けた。収束までずっと仲裁が入ることはなく、私とYさんの終わる事の無い喧嘩が始まった。

1人でやっているつもりでも教室内のピリついた空気は伝染する。

周囲が異変に気付き始める。

「何かあったの?」などと問われたことはなかった。当時の私はそう聞かれても、最初きっかけをうまく言語化できなかったと思う。ただ「あいつはわけからないけどなんか自分のことを嫌っているかこちらも戦う」という態度だけは徹底して取り続けた。私はYさんのあだ名命名した。キャッチーあだ名で、「デブ」とかの悪口では無い。まだ私はこの後大事になると微塵も思っていなかった。

しばらくしてクラス人間が真似をし始めた。地獄の始まりである

子供は愚かだ。ストッパーが無ければ増長して行動はエスカレートする。みんながやっていると善悪判断がつかないまま真似をする。

「仕掛けたのはあっちだ」とか「自分は嫌いな奴と1人で戦っていただけだ」と思っていたが、周囲がのってくると、自分もまたそれにつられて調子にのった。

「一緒にいじめよう」など口にせずとも、教室というフィールドの中で生じた歪みは波及していき、クラスメイトは不穏な空気を汲み取り同調していく。

かくしてYさんはスケープコートへと転がり落ちた。

当時意識していなかったが、不幸な事に自分にはそれだけの影響力があった。カースト上位に属するとはそういうことだった。アホアホが影響力を持つコミュニティ破滅に向かう。場面場面でお調子キャラが目立とうとして度を超えてやりすぎる事があったが、私はそれを止めなかったし、時には一緒になって参加した。「結託して集団いじめをしよう」などと言い出さなかったことだけは言えるが、言わなかっただけである。見えない鎖が教室に張り巡らされていた。

「〇〇菌」

誰が考えるのか、日本各地でいじめはなぜかいつもこの形に収束する。こうして個人間の喧嘩は、いつの間にか一見(というかどう見ても)私が主導したクラス全体のいじめ様相と化した。

ランダムペアを組むワークではYさんはいつもあぶれ、男子はおろか女子露骨に嫌がったし「Yさんの隣」や「Yさんを含む班」は席替えの度にハズレの席となった。いじられキャラは押し飛ばされてYさんとぶつけられるし、休み時間は「Y菌」で鬼ごっこが始まった。その頃には私がつけたあだ名は学年中に広まっていた。

愚かな私は、みんなが私の味方になった気がしていた。

今日今日まで喧嘩の発端(前述)すら誰にも話した事がなかった。「弱者一方的に」というつもりもなかった。私の中ではYさんが突如宣戦布告した戦争だった。

しかし結果としてやられたからやり返した「報復」という形をとって、一人の地味な女の子が得られるかもしれなかったささやか小学校時代をぶち壊した。

わたしはその頃、一度受けた傷はオーバーキル相手を倒しきるまで忘れない性格をしていた。一人で始めた戦いであって、自ら徒党を組むことはなかったが、加勢されることは私の正当性の現れな気がして拒否しなかった。その一方でこれは「いじめだ」とも頭のどこかでは認知していた。

勿論「つもり」が許されるいじめなど存在しない。

私は私の始めた喧嘩に、意図せずともクラス全体が引きずられていっておかしくなっていく事を止められるほど精神が発達していなかった。

これは言い訳も虚しいほど完全にいじめだ。物理的な暴力や器物の損壊が伴わなかっただけだ。個人間の不仲から発展した空気ムードとなって場を支配し、カーストを動かし、もはや私の手で収束できる問題ではなくなってしまった。

6年生になる。いよいよ看過できないレベルにまでいじめが広がる。

高学年にもなると知恵をつけて、その方法もより精神をえぐるものになる。

他のクラスでは直接的に集団で殴る蹴る下着を脱がされるの暴行や、給食費を盗が盗まれる物が隠されるとかの、より凶悪問題顕在化しており、6年生になってからは同学年の4クラス中2クラス学級崩壊していた。私のクラスでは、目に見えてYさんの村八分が酷くなっていた。Yさんがどれほど身の狭い思いをして修学旅行を過ごしたのか、私は想像もできない。他人事のように書いてしまっているが私の責任である自分の手を汚さないやり方を望んでいたわけではない。私は私でYさんと相変わらず徹底抗戦していたのだ。

Yさんが給食係をやれば「あいつが配ったスプーンご飯を食べたくない」という言葉が囁かれた。誰がどう見ても個人間の喧嘩では無い。

ある時、昼休みだったか総合」の時間割だったか時間に私はクラス担任から事情聴取を受けた。

あなたいじめをしているでしょう」という直球だった。

私は「していない!」と訴えた。(それはいじめというのだよ、小学生の私よ)それでもそれ以上続く言葉出てこなかった。罪への意識は十分あった。

私がYさんにやられてる以上に痛めつけてしまっていたことも理解していた。

その日の放課後ホームルームで学級裁判が起きた。

まずは「このクラスいじめがあることを認識しているか」といった主旨の質問が全員に向けて発せられた。周知の事実だったが全員がすっとぼけた。

なぜこんなことになっているのか、原因がなんなのか誰もわかっていないにも関わらず、Yさんへのいじめを知らない人間は同学年に居ない。

全員の前で「先生は(私)さんが主犯格でやっているように見えている」と担任から名指しで名前が挙げられた。

「Yさんにきちんと謝りなさい」と言われた。体がロボットのように動いたがどうやって謝ったのか覚えていない。

いじめだと内心で思ってきた事をここまできてようやく裁かれた気がした。

「手から離れた問題雪だるま式で大きくなり敗戦処理の段階になって、私はトカゲのしっぽとなって切り離された」という事実をもって。

私は確かにYさんと冷戦をして、原因も話さず、周囲が巻き込まれていくことを止めもせず、1人の小学校時代を壊滅させた。始めたのは私だ。止めなかったのも私だ。わかりやす戦犯だ。私の後に「私も加担した」と続く者はいなかった。

かに無視しろ」と命令したとか、「あいつのこと避けよう」とか私は言っていない。でも嫌悪感を態度で表して周囲はそれを忖度した。

「誰がはじめたいじめなのか」とか、「あいはいじめに加担してない」とかはどこからを言うのだろうか。教室はお通夜になった。

「むしろお前らこそいじめてただろ」とも思った。普通に考えて悪いのは私だ。理解している。

醸成された空気に異を唱える小学生はいない。我関せずすらも難しい。せめて普通に無視してあげる事が関の山だ。小学生カーストで一度つけられた烙印はなかなか消えない。玉突き事故を起こしたら自分の居場所が保てなくなる。

本来であれば穏やかに過ごせるはずだったささやか生活台無しにした。どれだけ胃が痛かったろうと思う。遠足修学旅行も楽しくないものだったろうかと勝手に思う。向こうはなぜ私と交戦状態になっているかもわかっていなかったと思う。私も当時はうまく言語化できなかった。

学級裁判の後、Yさんのいじめの件はクラス黒歴史のように禁忌となり、「聲の形」の石田くんのような転落を味わうことなく、私は卒業した。Yさんもついぞ何がきっかけで始まったのか口に出さなかったが(というか引き金を認識していなかっただろうが)一人静かにけがえのない青春の一部を失った。それは取り戻すことはできない。

その後、地元公立中学校に進学した私はスクールカーストに属する事をやめた。

自分の意地や些細な喧嘩で人を壊すと思うと恐ろしくなった。中学では勉強マシーンになり、人と仲良くなりすぎる事も辞めた。

私の進んだ中学校は私の居たA小学校と、一回り規模の小さいB小学校から進学してくる生徒でほぼ100%になる。

大規模ないじめに発展する問題を起こした人間が言うのはあまりおかしな話だが、B小学校から上がってきた人間は本当に問題児ばかりであった。母数が少ないのでA小学校出身者に舐められまいとして毎年こうなるのだと後で知った。

私は同じ中学校に進学したYさんの小学校時代の話は何も言わなかったし、Yさんとは一度だけ同じクラスになった記憶があるが直接会話もしなかった。

それでも誰かが広めたのであろう、私のつけたあだ名過去はB小学校出身者にも簡単に広がった。何が起きたのか事実も発端も知らずに面白おかしく吹聴する輩がいる。

中学1年生の時、B小学校出身の友人から話があった。英語の授業で当てられたYさんは"How many friends do you have?"という英語教師の問いに"I have many frieds."と答えたそうだ。友人は笑っていたが私はとても笑えなかった。

それでもYさんにはB小学校から来た友達が少しだけできたように見えた。私にとってそれは少しだけ救いだった。

私は中学校生活の中で、2年生から入った塾関連で話しをする人は居たが新しい友達(と言える存在)は出来なかった。

入ったバスケットボール部でも当たり障りのない会話をする人は居たし、たまに一緒にふざける人たちもいたが、順番に繰り返される暴力金銭授受の絡むいじめを見てから人間関係がわからなくなった。

どうしても同じ時間を過ごさなければいけないタイミングでは、それまでのキャラで場当たり的に属したが、残りの時間勉強を頑張る人たちや、それまでの小学校から仲良くしていた人たちと細々とつるんだ。

兄の影響で2個上の先輩達から可愛がられたが、1個上の先輩からはその反感もあってかすこぶる嫌われた。はっきりいって居場所はなかった。あれこれ「自分資格がない」と思って罰だと思って受け入れたし、居場所を作る気もなかったので当たり前だが。

私がおとなしくしている間にも悲劇は拡大・再生産されていた。問題児ばかりのB小学校出身者は次々とA小学校出身者を再起不能にして登校拒否にさせた。そんな中Yさんは大きないじめにあっていなかったように思う。あまり関わっていなかったので”多分"だが。

A小学校の時に明るかった人間クラスカーストでも最下層でもなかった人間が次々と再起不能にされていく様を見ると何か色々と惨めな気分になった。自分の愚かさにもしょげた。

そこからは影に徹してひたすら勉強ばかりした。

私はミステリアスキャラになった。B小学校の人たちからちょっかいをかけられたり、体育祭の後の打ち上げで軽くハブられて悔しい思いをしたり、順番に巡るいじめ被害にあった人間に擦り寄られたりすることもあったが、そんなことはどうでもよかった。なんだかんだで助けてくれた人はいた。とにかく適当に過ごした。気持ち悪くてダサい人間関係から離れたかった。自分黒歴史を見るようだった。

小学校時代猿山大将として過ごし、学級裁判だんじりから見事に転げ落ちた私はとにかく静かに過ごしたかった。今更許される事でもないが悪いことはもうしたくなかった。被害者ぶる事は無かった。昼休みは一人で過ごす事が多かったし放課後に誰かと遊ぶことも極端に減った。自分の中身がそっくり入れ替わった気がした。

高校に入ってからしょうもないことを言う人はいなくなった。とても楽だった。楽しかったし友達も沢山できた。

自分が変われた、受け入れられた気がした。でもそんなことを感じて良いのだろうか?被害者は忘れることはない。

大学ではもう完全にみんな大人になった。大学はもうそのまま社会だ。

アホはいるが当たり前の常識をわきまえた人間が多い。彼らの中にも私と同じような後悔を抱えていたり、するのだろうか?と思うことがある。

過去の過ちは消えないし心に負った傷や失ったものはもう取り返せない。

私は27歳になった。

人をいじったりすることは相変わらず得意だが、全然違う性格になっている。

職場で多くの人を見てきて、人に好かれる人間と人が離れていく人間について考えた。自分の悪かったところと向き合って見直せるようになった。

人に言われたことは言ってくれたことだと思えるようになった。

でも今の私がいろんな人に優しくしたり、何かを与えることでYさんには何かあるのだろうか?と思う。

これは償いか?罪滅ぼしなのか?何を?誰のために?自分が楽になりたいだけか?と思う。(申し上げにくいが今でもYさんと仲良くできるとは思わないが)

二十歳を超えてから仲良くなった人たちと話しをしていて、いじめを受けたことがある人間が多く存在することを知った。そうした話しを聞くと胸が苦しくなって呼吸がおかしくなる。都合のいい人間だ。いじめられていた人間自分の話をするかどうかで済むが、いじめをしていた人間は誰かに言い出すことができない。懺悔しかならないからだ。

いじめをうけたことのある人間は私を軽蔑するだろうか。憎むだろうか。

私は自分の身近な人や、大切な人がいじめを受けて苦しんだことに対して義憤を感じる。あまり勝手すぎる。そんなことを感じることが許されない前科者だ。

Yさんは今、何をしているだろうか?高校生の頃に制服姿のYさんを見かけた事がある。そのあとは知らない。友達はできたか大学に進学したのか。就職したのか。どこに住んでいるのか。小学校の頃の事など何処吹く風でどこかで楽しく生きているだろうか。自分に自信を持てただろうか。自己破壊けが目的人生を送らないでほしいと身勝手に思う。わたしは許されることは無いし、やったことが無かったことにもならない。だから私のことは怨み倒して構わない。

でもYさんはどこかで自己肯定して救いがあったと思える人生を送って欲しい。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないと思っている。

精神成熟していないコミュティ悲劇だ。教員のせいにすることもできない。

とんでもないくだらない理由いじめが生じる。生贄が生じる。あるものは一生消えない傷を、ある者は罪を感じて、大多数は何も覚えていない。

イニシエーションとして自分の大切な人がスケープゴートになったら?私は許せない。傷つけた人間をタダでは済まさない。

***********

今日小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。

その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された Permalink | 記事への反応(7) | 00:41

2019-08-26

anond:20190826205018

全く持ってその通りだと思います

意外とその辺の事情理解しないで中国にだとか アメリカにだとかで考えてしまうのは東西冷戦時代の考え方から抜けていない感がありますね。

2019-08-23

anond:20190822233353

あえてマジレス的に考察比較してみる(★印は主観だが、世界観点のつもり)

1899年1909年 激変度★★★

 世界帝国主義絶頂期。飛行機実用化、ドレッドノート軍艦が登場。

 国内日露戦争に勝って一流国の仲間入りした気分になる。

1909年1919年 激変度★★★★★

 世界:清・独・露・オーストリアトルコ革命帝政やめる。第一次世界大戦で陸海空の技術レベルが激変。男が兵隊に取られた分を埋めるため女性社会進出が拡大。

 国内第一次世界大戦成金が続出。余禄で商工業が発達。

1919年1929年 激変度★★

 世界基本的に2つの大戦間の平穏な時期。アメリカ大戦後の好景気で急成長。自動車産業が発達。あと各国でラジオ映画が普及して大衆文化が拡大。

 日本大正デモクラシーの時期。藩閥政治家が高齢化して影響力を失う。

1929年1939年 激変度★★★

 世界恐慌で各国経済がガタガタになる。ファシズムが台頭。

 日本満州開拓戦争景気の時代右翼テロ流行

1939年1949年 激変度★★★★★

 世界第二次世界大戦の勃発と終結冷戦体制の到来。核兵器ロケット兵器実用化。戦勝国の多くも植民地を手放す。

 日本敗戦大日本帝国は一度滅亡。新憲法が制定。社会制度は激変したが、日本人の大部分は引き続き貧乏農民で、生活風景昭和初期とそれほど変わってないはず。

1949年1959年 激変度★★

 世界戦後復興でみな忙しい。あと冷戦期。

 日本:まだみんな貧乏。でも高度経済成長が始まる。

1959年1969年 激変度★★★★

 世界冷戦体制から緊張緩和。東南アジアとかアフリカ諸国とか次々と独立カウンターカルチャーとか出てくる。新左翼運動が激化。汎用コンピュータと月ロケットが登場。

 日本高度経済成長が本格化。農家個人商店からサラリーマン世帯が激増し、家電製品自家用車が一気に普及テレビが普及してエンタメも変化

1969年1979年 激変度★★

 世界ベトナム戦争は失敗。米中が国交樹立。米ソ両陣営とも停滞。

 日本オイルショック高度経済成長が終了。新左翼運動が失速。

1979年1989年 激変度★★★

 世界:前半は停滞の冷戦体制。後半急に米ソ冷戦は雪解け、ソ連より中国のほうが危険視されるようになる。イランイラク戦争を契機にイスラム原理主義が台頭。

 日本:一億中流とかポストモダンとか言ってたおめでたい時代。後半はバブル突入

1989年1999年 激変度★★★

 世界冷戦体制終結世界アメリカ一人勝ち……と思ってたんだよこの頃は。インターネットの普及、といってもまだダイヤルアップ時代

 日本バブル崩壊。だんだんみんな貧乏になる。ネットはまだどちらかといえばオタクアイテム宮崎勤という男のせいでオタは日陰者だった黒歴史時代

1999年2009年 激変度★★★

 世界テロ戦争時代中国経済が急成長。最後のほうはリーマンショックネットの高速・常時接続化とともに電子商取引が普及。後半にスマホが登場。

 日本失われた10年だか20年だか。新自由主義構造改革活性化するつもりで失敗。宮崎駿だの押井守だの庵野秀明だのの商業成功のせいか、いつの間にか「ジャパニメーション日本が誇る文化」になった。

2009年2019年 激変度★★

 日本:引き続き、総じて先進国は少しずつ落ちてアジア新興国が伸びる。

 日本:失われた20年だか30年だか。

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