2019-10-16

インターネットが普及した弊害

文明は進み、あらゆる場所からインターネット接続できるようになった。誰もがスマホを持ち歩いて、常に情報を受信したり発信したりできるようになった。そうして他人との連絡がとりやすくなって、SNSが普及して、人と人の距離が近くなって、比例して他人との垣根は低くなった。

人は他人を知り、他人価値観を知り、それを受け入れたり否定したりしているうちに、世界画一的ものへと変化していった。

今や個人思想はひらけているべきものとなり、それができないと「社会性がない」と揶揄された。男女は平等に在らねばならず、人を嫌ってはならず、ものごとを批判してはならず、差別をしてはならない。一度そのしきたりを外れると非国民揶揄され、罵られた。ときには職を失い、家族を失い、家を失った。

人々は互いの言動監視し合うようになった。一部の国民はそんな時流に見切りをつけ、電波の及ばぬ僻地へと逃げていった。彼らは去り際、「こんなもの冷戦と同じだ」と言い残してみせたが、その言葉意味理解できる者はもうほとんど残っていなかった。

そこから10年の間に、国民フラストレーションは最高潮に達していた。言葉狩り、思想狩りはその罰を苛烈にさせていった。世界は窮屈になった。

そしてあるとき、その思想から虐げられ家族を失った一人の男が、監視者への報復を行なった。

戦争は始まったのだ。

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