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2019-07-10

アトピー山田くん

幼稚園の頃同じクラスだった。

手も顔もボロボロだったのをよく覚えている。たしか眉毛ほとんどなかった。

ある月、背の順で1番前だった女の子に抜かれてしまって、前から2番目だった私が1番前になった。男子の1番前は山田くん

背の順で隣り合う男女は、散歩の時手を繋ぐことになっていて、「じゃあ出発しまーす」という先生の合図のあと、困惑しながら山田くんの手を取った。

手、繋ぎたくないなあと思いながら、それでも躊躇わずに繋がなくちゃいけないのだと、園児ながらわかっていた。

昨日は、電車の2人がけに座っていたら、効果音を声に出しながらPSPをする障がい者の人が隣に来てしまって、やっぱり嫌だった。でも、席を立つわけにはいかないしなあと思って座っていた。

中学生時代席替え、角っこの席で私の隣になった女子が「うわ最悪」と言ってるのを、「遊びに来るからー」とその子親友が慰めているのを、机に突っ伏しながら聞いてしまったのを思い出した。辛い。

2019-06-28

仲良しだけどセックスできなくなったか離婚したい

夫と離婚したい。

夫とは10年近くいっしょにいて、とても仲良し。

しかし、セックスができない。

セックスレスというと「どちらかが拒んだ」という事例ばかり出てくるが、

うちはそういうわけでもない。

お互いなんとなく言い出さなくなって、4年経つ。

別れるくらいならセックスしろよと思われるかもしれないが

できないのである。したくないのである

はいい。触るのもいい。でも兄弟セックス絶対むり。

いや兄弟じゃないけど、そんな感覚いちばん近い。

このままずっと、セックスできないふたり暮らしていくのかと思うと、めまいがする。

セックスしなくても子どもを持てるやり方はたくさんある。

子どもがいなくても楽しくやれる夫婦はある。

どうせ刺激がほしいだけじゃんね。

離婚したいと思うたび、自分で用意したありとあらゆる反論自分を責める。

でも、その反論をひととおり聞いたうえで私は、

セックスしたい相手暮らしたい。

子どもをつくろうとしてみたい。

結果できなくてもいい。でも志向したい。

誰かと未来志向したい。

誰がなんと言おうと、もはや親友と化した夫を傷つけようとも、

わたしにとって停滞は、がまんできないほどの恐怖なんだ。

なんかあれだね

ビニールハウスで適切に管理されて育った野菜

間引きしなくてもほとんど全てすくすく育つみたいな話だね

2019-06-27

anond:20190627173049

女もだいたいそう思ってるけど、「今いる人(たとえば親)以下の好きさ加減」だと結婚する意味ないしみんな親好き過ぎだから

 

だいたいAさん自身>Aさんの親>Aさんの兄弟=Aさんの親友仕事 くらいの好意度をみんなあらかじめもってるとして

「Bさん>Aさん」 はおとぎ話レベルのAさんのひとめぼれでBさんとしては考えるだろう。これが上の増田のいってる状態だろうけど

いきなりそこまで至るのってアイドルレベルでたぶんBさんは何万人にもひとめぼれサれてるから無理

 

次、「Aさん>Bさん>Aさんの親」 なら独立して家庭がいとなめるけど。

じゃあBさんがやれっていったから今から親に勘当されてくるわっていうAさんも相当人おかしい。

物語なら見てて楽しいけど現実ちょっとした地雷社会生活が一切いとなめていないメンヘラ勘違いかも。引く。

地雷じゃないけど親よりお前がいいっていうちょうどいいヒトメボレってのはBさんが一生まっててもおそらく出現しない。

 

いいとこ「Bさん=兄弟親友仕事」 レベル(それもお付き合いが長いとようやく到れるくらいの)。

そんでAさんは結婚した連れ合いのBさんに「自分(Bさん)と仕事どっちが好きなの」っていわれて離婚になったりする

 

結論

たいていは男女とも高望みです

2019-06-24

『「男」に「男」は救えるか?』の『さらざんまい』の根本的な誤読について

https://font-da.hatenablog.jp/entry/2019/06/21/190301

 タイトルからはわかりにくいが、本論はアニメさらざんまい』の感想

 が、この記事の評者は根本的に本作を誤読している。

 "ここのところ、はてな匿名ダイアリーで、(シスヘテロの)男性男性関係についての、男性書き手による記事が次々と公開されて、ブックマークを集めている。"という書き出しかゲンナリさせられるが(一生、インターネットを見るだけで終わるお前の人生)、

 「主人公少年3人がその繋がりを支えに未来に進む」という結末の解釈はごく妥当ものに思える。

 しかし、その妥当性は表面的なものだ。

 本論をざっくりまとめると「男同士が女同士のように関係を築きにくく、そのため現状、男性間では人間関係が支えになりにくい。『さらざんまい』はそれを問題提起した」というものだ。

 これはセジウィックの有名な「ホモフォビアを起点としたホモソーシャル」の議論を参考にしたものだろう。そのホモソーシャルの対極は、これまた有名なアドリエンヌ・リッチの「レズビアン連続体」だ。これは女同士だと友情恋愛境界曖昧であり、このことを利用して男に頼らない女同士の絆、連帯を育もうというものだ。

 主人公3人、一稀、燕太、悠は最終回までで簡単に言って三角関係になるのだが、最終回では悠の危機に3人の繋がりが強調されて、最終的には「友情サイコー!」という感じで3人で未来に進むことを決断するので、その読みは大きく外れてはいない。まあ要するに3カプですね、3カプ。

 だが本論が合っているのはここまでだ。

 なぜなら、第7話にも、第6話に大きな危機があり、それを克服したことで3人による友情を築いたような展開があるからだ。そして、それは三角関係によって崩壊してしまう…

 『「男」に「男」は救えるか?』の記事はこのことを自覚的にか無自覚的にか、省いている。この記事の評者は曲学阿世の徒だ。

 第7話と最終回(第11話)のあいだにどうした変化が起きたのかと言えば、主人公たち3人が自立した存在になったことだ。このことは「忘れないで。欲望をつなぐものけが未来を手にできる」という台詞で何度も作中で強調されている。

 というか、作中で「つながり」という言葉は半分くらい「欲望をつなぐ」という文章で用いられているのに、『「男」に「男」は救えるか?』の記事は、やはり自覚的にか無自覚的にか、このことを省いて、「つながり」が作中で人間関係の繋がりを指しているかのように誤導している(もちろん、そういう用法で使われていることもままある。が、もっとも肝心な最終回では「欲望をつなぐ」という文章しか用いられていない)。

 この記事の評者にとって、あらゆる問題は同性間の人間関係によってしか救われてはならないらしい。だからこの評者は曲学阿世の徒だと言ったのだ。

 さて、前述の「レズビアン連続体」、女同士の絆、連帯、いわゆるシスターフッドは20世紀に被抑圧者である女性たちが戦うために必要ものだった。では、仮に現在ブラザーフッドなるものが実現した場合、それはいかなるものになるのか。現状、多くの男たちがそうした関係小馬鹿にしている。それは評者の言うとおりだ。

 ただ、私はそうした評者の言う「弱者男性」たちがネット上で連帯し、女性叩きや中韓叩きに走ったときに、ブラザーフッドなるものを揚言していた女性が急に前言を翻す気がしてならないのだ。

 女性叩きや中韓叩きに走るという仮定を不自然に思われるかもしれないが、もともとフェミニズム運動公準は「私的もの政治的もの」であり、個人的敵愾心敷衍しないシスターフッド、ブラザーフッド存在しないし、仮に存在しても、意味がない。

 また、評者は今、「生きづらさ」を描く作品商業的に大きな成功を収めており、また、それはすべて女性対象にしたものだと言う。

 現在世界的に女性の消費に占める割合は64%だ。人口の男女比が同じとして、女性の消費性向男性より20%以上も高い。実際には男性の平均所得の方が高いから、差はより大きいものとなるだろう。そして、この差はあらゆる社会的女性差別と相関している。

 仮に「生きづらさ」を描く作品商業的に成功して、それが女性限定されたものなら、それは社会的女性差別と連関したものに他ならない。

 これは差別の原因だろうか、結果だろうか。

 男性にもそうした「生きづらさ」があると言う評者の意見に従えば、性差別特別女性に「生きづらさ」をもたらしているため、結果的にそういう作品女性対象としてのみ存在していると言うことはできないだろう。つまるところ、そうした「生きづらさ」に過敏に反応し、感情論を振りかざし、問題解決ではなく共感を求める姿勢こそが、現在女性差別の一因になっているということになる。無論、これは男性にも「生きづらさ」があるにも関わらず、なぜか男性向けではそうした作品存在しないし、女性である自分からしてみれば、そうした作品存在すべきだ、という評者の意見に従えばの話だ。言うまでもなく、私はそのような意見に従うことはできない。

 そもそも、『違国日記』が「生きづらさ」を描いたものだと言うなら、それはあまりに粗雑に過ぎ、作品を読んでいるといえるか疑問に思う。

 『違国日記』は登場人物登場人物がそれぞれ分節化されており、それは感情的連帯とは一線を画している。

 また、本作でおそらく評者が「生きづらさ」を抱えていると言いたいのは槙生だろうが、槙生は独力で生計を立てており、そのために朝に影響を与えることとなる(これが会社員、もしくは無職なら朝にとっては何の影響ももたらさない。ただ無職なら悪影響だけはもたらすかもしれないが)。そうしたエコノミーを営むことは、情緒的な「生きづらさ」とは対極のことだろう。エコノミーという語はもともと節倹、家計を指していた。無論、感情資本主義全否定するのはただの犬儒主義だが……それでも私は、「生きづらさ」を云々し、消費活動SNSの利用に人生を費やしている人々には、「一生、『凪のお暇』を読んで、夜10時台のドラマを観て、SNSお気持ち投稿してろ」と言いたくなってしまうのだ。

 一生、インターネットで男女問題を論じているだけで終わるお前の人生

 そもそも評者は幾原邦彦監督がこれまでシスターフッド的な関係を描くだけで、ブラザーフッド的な関係をとり落としてきたため、その姿勢反省したという論を展開したいようだが……

 幾原邦彦監督の『少女革命ウテナ』で、主人公ウテナシスターフッド的な関係をもっているのは親友若葉だ。若葉の劇中での扱いは……観たひとなら知ってるよね?

 何にせよ、そうした感情的連帯は、副次的な支えになりこそすれ、そのものが救済になることはない。少なくとも『さらざんまい』ではそうだ。

 例えばねとらぼ社員である青柳美帆子はこんなツイートをしている。

 「男性男性の弱さに寄り添えないというのはいろいろな本で言語化されていて、「ケア役割女性に任せていた(なので訓練されていない)」「ホモフォビアが壁になる」「弱さの吐露男性性の剥奪になるのでまず弱さを言えない」というのがあり、つまりその人個人というより社会が悪いのです。しか男性が(限定された部分ではあるけど)弱さを吐露できるし、男性同士で連帯できる空間があるんですけど、それが運動コミュニティなんですよね。「男らしさ」が担保されている空間であれば弱音を吐けるし連帯できる、けど限定的なので、まあやっぱり社会が悪い。そんな2019年エンタメの中で登場人物全員に欠陥がありコミュニケーションがうまく成立してるとはいえないけど「漏洩」という強制的な弱音共有装置により男性たちがつながっていく作品が出てきてるのはすごいことだなと思っていて、今晩最終回の「さらざんまい」というアニメなんですけど…はい…」

 「さらざんまい」という現象がそうした個人間の差異強制的にとり去る装置であることは間違いないだろう。しかし、それはあくまでそういうメタ的なシステムであって、物語を進めるための小道具であり、劇中における日常的な物事ではない。

 仮に感情的連帯を結ぶことが救済なら、やがてそのことが自己目的化するだろう。ああ、でもいますよね。一生、人間関係だけやって終わりそうな人間

 さて、ではなぜこのような誤読が生まれたのか。

 一つには「インターネット感情的なことを言うと気持ちいい」からだ。

 このことはSNSに関する無数の社会実験が明らかにしている。代表的ものだと、フェイクニュースの方が真正ニュースより圧倒的に拡散の速度がはやいということの、幾つかの統計

 前述のセジウィックは有名な『クローゼット認識論』で作品センチメンタリティ属性付与することの危険を「解釈暴力」と言っている。同人界隈のこじらせた腐女子みたいな言葉だが、まともな文芸批評用語だ。

 もう一つには……これがBL作品であるということ。竹村和子は『愛について』でユニセックスセックスレスが標準となった社会では、ゲイネス記号化して商品として流通やすくなるということを分析している。『「男」に「男」は救えるか?』の記事の評者や、上述の青柳美帆子氏が「男性同士の連帯!」ということを言うときは、まるで目をキラキラさせてショーウィンドウの中のラッパを眺める少年のようだ。そこにはユニセックスセックスレスが標準となった社会で、ゲイネス商品として心地よく楽しみたいという欲望が潜んでいる。従順で飼いならされた消費者の姿。消費活動SNSの利用に人生を費やす人々の姿……

 『さらざんまい』は女性顧客層として想定し、そのマーケティング戦略はまず成功したと言ってもいいだろう。そのことは喜ばしい。

 しかし、まさにそのためのBL作品の外観のために、作品解釈が「感情的気持ちいい」ものに歪曲されて、そうした有害無益な「解釈」が、SNS論理性を欠き「共感」だけで拡散されているとすれば、それは悲しむべきものではないかと思うのだ。理性と真実ではなく、共感幻想インターネット。図らずもそれは、『「男」に「男」は救えるか?』の記事の評者の揚言する「つながり」を体現している。

2019-06-23

ビアンなんだけどさ

今カノの親友元カノと付き合ってるって分かってて世間の狭さを感じてる。

2019-06-20

人間人間をどうやったら助けることができるのか

俺はシスヘテロの30代男で、彼女なしの独身過去に数カ月だけ付き合った人が二人いる。男友人はある程度いる。女友だちも数人いる。ただ、ほとんどが大学時代からの友人で、社会人になってから広がった交友関係ほとんどない。会社で友人は作らない。友だちが沢山いるとは言わないけれど、決して少なくはないだろう。

俺の友だちの定義は「サシで会える相手」だ。複数人で会って話せる相手も人によってはサシで全く話せなくなることも多い。そういう人には心の距離を持ってしまっていると感じる。

オタクの繋がりだからかはわからんが、男友だちの多くは独身だ。でも女友だちはこの年になると彼氏いるか結婚してる。半分は子どもができた。旦那さんとも友だちか先輩かだったりするおかげで子どもがいてもサシで(というか赤ちゃん連れて)お茶するくらいはたまにしてるけど、流石に会う頻度は昔に比べると減ってくる。相手仕事育児てんやわんやで、プライベートも減っていると聞く。あと地方に戻るとかで物理的に会えなくなる相手も増える。旦那さんが全く親しくないひとの場合は流石に気軽には呼び出せない。どうしたって「気軽に会う」回数は減る。

そうなると「会いやすい」友だちは自然と男に偏ることになる。飲みニケーションという言葉があるが、帰りに数時間酒を飲むだけならできなくはない。それにしたって既婚者や同棲相手のいる人は誘うのに少しは躊躇はしてしまう。独身相手なら急に呼び出すことのハードルは低い。交友関係の中で唯一、当日に雑に呼び出せる友人がいる。平日午後にお互いLINEで「酒」「19時以降新宿中野」「ルミネ7階」の会話だけで飲みの算段がつく。端的に親友だと思っているが、それでもやつと会うのは半年に一度くらいだ。それくらいの距離感がちょうどいい。心理的距離感と「何度でも頻繁に会いたい」という感情は必ずしも一致しない。ただこれも、どちらかが結婚したり彼女ができたりするときっと失われる距離なのだろうと考えている。

どうしたってライルスタイルの変化は人生に伴うし、それにあわせて友人との実際的なつながりは、消えはしないが薄れていく。なぜなら俺たちは友人だけど家族じゃないからだ。こころがつながってるとかそんな話はしていない。ここにあるのは「家族を持ってる人」と「家族を持ってない人」、「男性」と「女性」の間にある交友関係の勾配だ。人生と同じで人間関係は年を取るとどんどん選択肢が狭まるように感じてしまう。

そのことに俺自身それほどの不満はないし、正直彼女がほしいとか結婚したいとかもあまりない。問題は俺がよくても周りが勝手に変わっていくことで、普通に生きているだけで世界がどんどん閉じていくように感じている。少なくとも「恋愛関係を含まない女友だち」は少しずつ損なわれている。女友だちとの関係は他の交友関係代替可能ではあるけれど、決して同じものではない。男性同士・女性同士・男女間・友人関係恋愛関係家族……すべてが異なる性質のものだと俺は思っている。失われたから別のもので埋め合わせればいいという問題ではない。

「あてがって」もらう必要はない。新しい関係性が本当にほしくなったら新しい場所に飛び込んで交友関係開拓する。ただ、昔は好き勝手生きてりゃ自然とできた友だちが、今では「開拓する努力」が必要になったのかとため息混じりに思うことがある。それだって東京に住んでる以上はるかハードルは低い。

ここまで書いてて思うのは、俺は人間関係の面でどう考えたって恵まれているということだ。東京でぼちぼちの生活ができてて、日々はそれなりに充足してて、友人もそれなりにいる。彼女いたこともあれば女友達もいる。俺は自分が社交的な人間とは思わないのだが、多分社交的に分類されるんだろう。それでもふとした瞬間、それこそこの文章を書いてる深夜なんかに漠然と将来の人間関係不安を抱く。そして、俺よりもはるかに「恵まれず」、はるか不安を抱いてる人が世界には山ほどいるだろうことに愕然とする。

「女をあてがえ」という言葉は間違った欲望と感じるものの同時に悲鳴しか聞こえない。「助けてくれ」という心の叫びだ。それを聞くとひどく悲しい気持ちになる。なぜなら男である俺がどこまで同情していようと、彼らを助けることはできないからだ……そこでなぜ「友だちをあてがえ」でも「家族をあてがえ」でもなく「女をあてがえ」と言われやすいか、という問題は考えてほしいけど。

個人としての人権尊重されればされるほど、ある種の交友関係を得られない人に「あなたの考え方を変えなさい」か「あなた自分で見つけなさい」と言わざるを得なくなる、人間関係自己責任論が強まってしまうという矛盾をどう解決すればいいか、俺は知らない。

anond:20190617221819

2019-06-18

非モテダメなのはコミュ力がないから。

世の中のチビデブハゲおっさんは、結婚してたり、彼女居たり、愛人が居たりするんだよ。

お前らの何が悪いのか?

そうさ。運の無さと、コミュ力の無さだ。

一度、アドバイスをくれと頼まれたことがある。

女とのやり取りを見せてもらった。

歯茎むき出しにした笑顔写真相手にいきなり送りつけてた。

「初めまして~」もそこそこにだ。

なにしてんだコイツ……って心底思ったね。

そしてその後には「あなた写真も送ってください」「こんなボクだけど話してくれませんか?」と。

うーーーーーん。

せっかく中身から知れる機会なのに、いきなり外見ぶつけてどうすんだよ。

その後も、返信がないと5分置きくらいに追撃して「ボクの何が悪いか教えて下さい」とかその他いっぱい言ってた。

もう居ないんだなって思ったら

「お前の名前は分かったからな!警察に行って消費者センターにも駆け込むぞ!」みたいな脅しもかけてた。

何も金を使ってないのに、本当にどうした。

まず、仕事してんだから仕事を同じように接するように伝えたわ。

自分容姿批判されるのもいやだろうし、写真は仲良くなってから

時間無駄?」じゃぁ、自分顔写真相手に送り続ければ良い。勝手しろ

理由はしらんが、結婚願望がすごいようだ。

結婚するなら妥協必要だということは何故か理解していた。

とりあえず「男友達に接するような対応で良い。ただし下ネタは避けろ」とだけ言っておいた。

それから2年。今月あいつも結婚だ。

意外と可愛い彼女をゲットしてた。出会い系だと。

増田と言う親友が居て良かったよ」と言われて少しだけうるっと来た。

俺?俺は妻と一緒に結婚式に参列したぞ。

末永く、お幸せに。

2019-06-16

自分クズすぎてどうすればいいのかわかんない

去年の夏ごろに丸々3年付き合った彼女と別れた。

元カノと別れたあと、いろんな人と遊ぼうと思って手を出してきた。割とさっぱりヤるだけの関係になった人もいっぱい居たけど、一人とは一緒に居て居心地も良いし楽しいしで結構頻繁に、週2,3回は会ったりお互いの家を行き来するようになったり外に遊びに行くようになった。でも自分はどうしても、何でだかわかんないけど、その子と付き合う気になれなかった。その子から、というよりも誰であっても付き合う気になれない様な感じだった。その子、ではわかりにくいからAさんとしよう。

Aさんと遊ぶようになったのは9月10月だった気がするな。そこから結構長々と一緒にいるようになって、今年に入ってから何で彼女にしてくれないの?と言われるようになった。自分でもほんとに理由がわからない。もっといろんな人としがらみ無く遊びたいからなのかもしれない。そうじゃないのかもしれない。どうしても付き合う気になれなかった。

Aさんのことが好きか、と言われると、遊ぶ様になってからすぐの間は確かに恋愛感情みたいなのが会った気がする。でも今はあまりに一緒に居すぎて恋愛感情というよりも長く付き合ってたからこその安定感とか、情とかがあるがゆえに一緒にいる気もする。

何でだかわかんないけどこの1年くらいずっとメンタル不安定で、遊び回っても悪化する一方。むしろ遊び回ってるからこそ悪化している自覚もある。

でもどうしても腰を落ち着けられない。落ち着けようとするとすぐいろんな事が頭の中を回り始めるし、ごちゃごちゃしてくるので飲んで忘れるために友達のことを誘いまくる。いろんな子と飲みに行こうとしてしまう。

そんな中、前々から知り合いだったある子、Bさんとも飲みに行ったりするようになった。Bさんは結構男女関係には真面目な方だった。遊び回ったり、セフレになったりしないことは知っていたし、でも一緒に居て、話してて楽しいからBさんを頻繁に誘っていた。でもやっぱり飲んで、距離が近くなって、そしたらキスくらいしたくなってしまうじゃないですか。そこでキスをしてしまった。Bさんからすると好きでもない人とはキスもするものではないという価値観を持ってるから、その場でどういうつもりか聞かれた。好きか嫌いかって聞かれたらBさんのことは好きだったし、好きだと答えた。Bさんも好きだと言ってくれた。でも、僕は付き合えない。付き合う気になれないって言ったらとっても悲しそうな顔をしていた。その場ではテキトーな感じで無理なもんは無理だもんとかほんとにクズ感あることしか言えなかった。でも本音だもん。無理なもんは無理。誰とも付き合う気になれない。

そんなやり取りをしたあと、Bさんは帰っていった。

この時点で自分は、罪悪感にまみれていた。こうなることはわかってたはず。でも、距離を詰めてしまった。


一週間後、会って話そうって言われて、会ってきた。

ここまで書いて、自分お気持ちはなんにもまとまってないし、やっぱり自分クズだと思うし、どうすれば良いのかわかんないからもう書くの辞めとく。


Bさんとは付き合えない。でもほんとにほんとに誠実に考えてくれてたBさんに対する罪悪感が半端ない僕が悪い。なんでこんなまともな人に近づいてしまったんだろう。あんなに、自分が引っ掻き回して、泣いてまでくれて。でも何でBさんと付き合えないんだろう。


何でBさんと付き合えないかちょっと腰を落ち着けて考えると、Aさんを切れないって思ってしまうってのが理由の大半を占めている気がする。そうするとやっぱり、付き合うことで、縛られて、いろんな人と遊べなくなるのが嫌なんだろうか。

周りの人を大切にしないとみんなどんどん離れていっちゃう

って、Bさんに言われたけど、ほんとにそう。今までの人生親友みたいな人は居なかった気がする。今の自分の周りにいるのも、僕はその人達にとって本当に大切な存在ではないと思う。もう遊ぶのはやめたい。Bさんみたいなまともで、誠実な人と一緒に居たい。でもAさんとの関係をやめる度胸がない。

その上、僕はBさんと話してほんとに自分が悪い、申し訳ないと思った日、そのまま夜は友達と飲んで、Bさんも見てるインスタに飲みの写真をあげる様なやつだ。人の気持ちなんかミリも考えられない。


もう僕は人生どうすればいいのかわかんない。


こんな支離滅裂文章書いて、色々自分メンタルやばい気はしてる。

読んでくれてありがとう。多分こんな文章理解してくれる人は居ないと思うので、さらっと流してください

2019-06-11

社会人5年目になって久々にCLANNADリトルバスターズ!を観た

初めて増田になりました。

学生の頃にCLANNADアニメを観て、それは大層泣きました。

シナリオの都合のよさとか、主人公にキツい運命を与えすぎでは?とか、そういう理屈を超越したところにこの作品はあって、京アニは見事にこの物語演出してみせたと思う。

あの頃は家族とか友達とか人のつながりっていいな、と大まかにはそんな感想だったと思う。

しかし今の私は違う。見終わって、人はなぜこんなにも傷つきながら前を向いて生きなくてはならないのだろうと思った。

いやまあそもそも、5年目にして転職を2回しているような人生なので察してほしい。

働き続けることがこんなにもつらいのだと、布団の中で思う日々だ。

多分この日記を開いてくれた人はCLANNADリトバスをすでに履修済みだろう。よって割愛する。

私の胸を打ったのは、AFTER STORYに入って、朋也が働き始めたところだ。

卒業後にプーだったことを負い目に感じていた主人公は、自分仕事をみつけ、住む場所をみつけ、愛する人の5年目の高校生活を支える。

その18歳の岡崎朋也がなんともいじらしく、可愛く、行動してみせた自分がどこか誇らしく瞳が輝くも、あっという間に現実を突きつけられてしまうのだ。

新居に渚を迎えて浮ついた気持ち職場の先輩の芳野と初めて車で現場に向かったときに、すれ違った家族を窓越しに見送った時の未来を期待する表情。

それがもうたった一日の労働で、家に帰ったら愛する渚の話に耳を傾けられないほど疲れ切ってしまうのだ。

学生時代にはその細やかな描写に気が付かなかった、まったく印象に残っていない。

改めて視聴した今回は、汐をめぐる物語以上に、朋也が働き続ける姿が目に焼き付いて離れないのだ。

本人も作中で話してはいるが、学校生活では友人たちの悩みを解決し、手を差し伸べてよい方向へ導いてきた朋也が、

人を導くことができるという自惚れが、働き始めたことで一瞬で瓦解する。

労働とは、そりゃ楽しいこともあるかもしれないけれど、大多数は生きるために嫌々行っているものだ、

でも朋也は渚との生活を守るために必死で食らいつく。

学校が楽しくないからと不良のような生活を送っていたあの朋也が、逃げ出さずに仕事と向き合う姿は、まさしく日本という社会で生きるためには組織所属して労働しなくてはならないという現実を突きつけてくる。

古河だって流行っているパン屋ではないことから、渚や朋也の目にみえないところで重いそろばんをはじいているのだろう。

渚との生活を守るために、仕事をしている。

朋也は渚を失ってから仕事をしつづけた。本人はそれを汐からの逃避だといったが、生きるためにはお金必要で、庶民は働かないと生きていけない。

どれほど傷ついても生きることから逃れられないのなら、仕事をしたり、人とかかわって生きていかないといけない。

汐の治療のために仕事をやめた朋也は、汐が亡くなってしまったら、もう死のうと心のどこかで覚悟していたのだろう。(原作描写あったっけ…)

から生き続けるための仕事をやめて、それを察した芳野は戻ってくるようにと声をかけた。

5年目に触れたCLANNAD家族っていいなとか楽しい友達が欲しいな、とかCLANNAD人生とかそういうことも感じたけれど。

傷ついた人間もその傷が癒えずとも前を向いて生きろと、そんな空をつかむような悲しいエールを受け取ったのだ。

そして急にリトバスRefrainアニメがみたくなった。

リトバスこそ、そのような物語なのだ

いっき割愛するが、リトバス主人公親友たちを一度に失うという大きな傷を負う。

そして彼らが死ぬ運命は避けられぬのだと、その痛みを抱えてまでも生きろと言われる。

物語を通してハートが強くなった理樹は喪失をも受け止めて強く生きようとする。

まあ最終的にはうまいこと物語が展開してハッピーエンドになるのだけれども。

だーまえは何かとプレイヤーたちに強く生きてほしいと願っている気がする。

書を捨て街に出よう、じゃないけれど傷ついても現実逃避せずに真っすぐ生きてね、という応援

幸せになる番という歌なんて最もたるものだ。

ビジュアルアーツ20周年のイベントで配布された曲なのだが、わざわざイベントに来たような熱心なファンに「僕はもう大丈夫から 今度はそう、きみが幸せになる番だよ」なんて語りかけてくる。

オタクなんて大小あれども、傷ついて生きてきて、エンタメにそれを救われているような人間ばかりなのだ

そんなオタクたちに、現実に立ち向かえとスパルタ的に奮い立たせようとする。

あと多くのkey作品現実から逃げるとBADED行きなのだ、智代ルートなど非常に印象に残っている。

そこまでして、どうして生きていかねばならないのか、、、なんて思う。

俺たちは人生主人公なのだから現実から逃げずに、居心地のいい環境を作って、ささやかながら生きがいをみつけて、VAにお布施して生きろと。

才能もない、とりえもない、頭もよくない、覚えも悪い。

ぐずぐずに崩れた自尊心を取り戻す手助けをしてくれる渚や朋也、恭介や理樹、そんな存在は周囲にはいない。

そんな現実から目を背けるなということなのだろう。

久々にCLANNADを観て、そりゃあもう想像外の感想を抱いたのだ。

現実をまっとうに生きている人々が圧倒的に多い世にこんないじけた文章を残せるのなんてここしかない。

自室に引きこもっていたようにみえた恭介だって、実は虚構世界四苦八苦していた。己の失敗に落胆してはいても、決して行動をやめていたわけではない。

生きることとは行動なのだと、布団の中でスマホを触るオタク作品を通して鼓舞している。

もしもここまで読んでくれた人がいたらありがとう

サマポケ面白かったから買ってプレイしてね、プレイし終わってたらFD発売か京アニアニメ化することを一緒に願おうね。

あとVAにできることは、だーまえ後継者必死に探して育成することか、keyを畳んで新たな才能で作品を作るか、だーまえ治療費を全額出してあげてkeyブランドを守るかだ。

2019-06-07

対人関係について

自分をすごく優しいと思ったことはないけどそこそこ普通と思ってた。

友達も多いし土日遊びに行くのに困ったこともない。

忙しいくらい。

空気だって読めるし、気だって使えてる方だと思ってる。

まあそこそこだけど。

最近彼氏と別れた。

今までモテたこともないし、彼氏必要だとも思わなかったから生まれて初めてできた彼氏だった。

頭がいい人だったから興味を持って、一緒に遊ぶようになって、イブの夜にイルミネーションの前で、アクセサリーとかもらって、付き合うことになった。

その瞬間、その人がどうでもよくなった。

その日までは付き合うのもいいかもしれないなって思ってたのに。

いざ告白されて、付き合いますってなった瞬間、心底どうでもいいと思った。

必死で喜んでるふりして帰った。

触られたらどうしよう、このままホテルとか連れてかれたら絶対生理だって言おうと心に決めて、その準備だけを万全にして助手席で座ってた。

付き合った瞬間、どうやって別れようってそればっかり考えてた。

私は友達が多いし友達と遊んでる時に恋人のこととか考えたくないのに、その人はやたらと連絡してきた。

それがうざくてたまらなかった。

避けてるのは多分気づかれてて、その人は何度も会いこようとして、私はそれを何度も拒否した。

ほぼ恣意的自然消滅だったと思う。

嫌だなって思ったところを列挙するのは簡単で今も話せと言われればいくらでも話せるし、どことなく私が悪くない風に色をつけることもできる。

割と迂闊なことをよく言う人だったし、どことな学歴を鼻にかけた話し方をする人だったから、多分長くいれば、私は馬鹿にされることになったと思う。

でも多分私が悪いんだとはわかってる。

認めたくないから悪いところを必死で探すんだと思う。

私には親友がいる。

高校生の頃から友達だ。

性格が似てて感性も似てて何より彼女と話してるのは他の誰と話してるよりも楽しかったし、彼女は私の話を一番真面目に聞いてくれた。

から信頼してるし とても大好きだ。

彼女最近元気がなかった。

私はそれが心配で何度も何度も聞いたけれど体調が悪いんだと言った。

そうなんだと信じてた。

五月は彼女と遊ぶ予定がいっぱいあって楽しみにしてたけれど彼女はそのどれもに常に浮かない表情でやってきた。

私はとても心配で同時に少しつまらないと思ってしまった。

そんな風に感じるのはとても嫌だったけれど楽しみにしていた分、想定していた楽しさより半分以下の楽しさしか感じられなかったらそう感じてしまう。

でも相手は体調が悪いんだから仕方ない。

そう思ってた。

五月末くらいにまた遊んだ

の子は相変わらずだった。

どうしたんだと聞いたら最初は答えてくれなくて、けど粘ったら、体調不良じゃなくて、実は悩んでたんだと答えた。私からするとそれは割と漠然とした悩みに聞こえた。同時にとても繊細な悩みで、彼女が本当に苦しいんだということは理解できた。彼女話しながら怒っていた。ずっと怒ってた。

私は聞いて申し訳なかったと謝った。

謝って力になれることはないかと聞いた。

彼女はないと言った。

家に帰って思った。

私が彼女に無理やり聞いたのは悪かった。

でもなら、私はどうすればよかったのか。

悩んでるなら言ってくれないとわからない。

からないまま私は彼女のその暗い雰囲気とずっと一緒にいなきゃいけないんだろうか。

私が楽しみにしていた気持ちは?

話したいことを話した結果、いつもの彼女ならもっと笑ってくれたと思うのに、素っ気ない反応をされた時の私の寂しさは、彼女漠然とした不安の前ではどうでもいい贅沢な悩みなんだろうか。

それからモヤモヤして連絡できてない。

なんだか最近人間関係がうまくいかなくて私はとても冷たい人間なのではないかと思う時がある。

恋人なら連絡を煩わしいと思うべきではないし、親友から漠然とした不安にもちゃんと寄り添ってあげなきゃいけないってわかっている。

それでも優しくできない自分が嫌だ。

子供みたいなことで悩んでる自分が嫌だ。

anond:20190607132739

面白いかもしれないものを逃したくないんだ。

まぁ、マゾなのは認める。

何年か経って、親友からも再度薦められたし…・・・って見たら面白かった。

メンヘラを食ってる不倫爺へ

メンヘラ親友がまた不倫爺と付き合い始めた。

爺のSNSアカウント特定して見ていると、彼女一筋みたいなことを書いていて、いかにもラブラブだった。

育てていた偽裏垢で爺に軽くDM送ったら「どこ住み?会わない?」のお返事。またかよ。マジでクソ。

不倫するのは勝手だけど、結婚適齢期ギリギリメンヘラを引っ掛けるのはマジでやめろ。孤独につけこむな。結婚する気がないくせに空手形出すな。

どっちもどっちみたいな考えなんだろう。ほんと死んで欲しい。本気なら、奥さん子供捨ててから来い。

別れた後のケアに、どれだけ苦労してると思ってるんだ。クソが。

2人の関係に水を差す気もないし、どうせ別れるまで話聞いてくれないので、ここで毒を吐かせてもらいました。すみません

あーあ。幸せになってくれりゃいいんだけどなー。

2019-06-06

anond:20190606165907

設定やプロットなんてどうでもいい。

基本的には明るめな雰囲気ラブコメで、6,7年前なら結構人気でたけど今の時代だとちょっと使い古されすぎてて良作止まりかなって感じのベタハーレムラブコメ展開で話は進んでいって、

ただなんか謎の描写が多くて、親友キャラ性格が徐々に嫌な奴に変わっていったり、サブヒロインが何人も途中退場したりとか、とにかくいろいろと意味深台詞描写がちょこちょこある。

この部分の肉付けが一番重要で、ここが成功すればいけるし、失敗すれば無理。

話が面白くても会話が下手くそな人

仕事がらいろんな業種の人と話す機会があるんだけど、どうも盛り上がりに欠ける人がいる。

沈黙が続くわけでなくどうも「盛り上がらない」。

ずっと自分の会話力がないせいだと思ってあの手この手で広げようとしてみたけど

会話力がないのは相手の方と気づいた。

このタイプ場合、話は面白い。話は面白いけど全てが「自分エピソードトーク」でしかない。

昨日あった話、昔あった話。

エピソードとしては面白いけれども、話がすべて完結しすぎている。

特に質問したくなるようなスキもないぐらいに完成されすぎている。

最近の話でいうと

「先週、友達結婚式大阪であって当日始発の新幹線で行こうと思ったが、目が冷めたら新幹線がでる10分前だった。

急いで飛び起きて地下鉄東京駅に行き次の新幹線には乗れた。無事に結婚式も間に合った。

中学時代大事親友なので本当によかった。式もすごく雰囲気がよく終始感動的だった。特に最後の両親への挨拶が感動的だった。」

こんな感じ。

まず話が長いし結婚式がどうだったかまで感想を盛り込まれしまうと「間に合ってよかったね」ぐらいしか言葉がみつからない。

掘り下げようにも掘り下げるポイントが少なすぎる。

自分の話はいい。

ただこのタイプは当然相手の話もそういうものだと思っているか相手の話を掘り下げようとしない。

いや、本人は掘り下げているつもりだけど、相手の話のキーワードだけ拾って別の話をする。

ただの会話泥棒しかないけど、本人は相手の話を受けて話していると思っているので

感覚としてはサイコロをふって出たテーマに合わせて話しているのと同じ。

会話でなくただの報告会。

そう気づいてからはこういったタイプの人の話はすべて「へえ〜よかったね」で済ますようにしている。

2019-06-05

親友との関係が変わってきた

いろんなタイミングで今まで最高だった人たちとも合わなくなるときが来る。

その感覚に嘘をついてしがみついて良かったことは一度もない。

殴ってくる友達といて楽しい振りをしたり、話が合わなくなったことに気づかない振りをしたり、誰かが悪くても誰ひとり悪くなくても、無理に一緒にいた時間は誰も幸せにしなかった。

よく腹を割って話し合えばとかいうけど、それは何か誤解があった時の話で、単純に楽しめなくなった時はどんだけ理解しあっても無理だ。

今回は死ぬまで遊ぶ予定だった幼馴染なので少し辛いがしかたない。

また何かのタイミングで楽しくなれるかもしれないが今じゃないのでしばらくは用もなくふらりと会ったりはしないんだろうな。

親友の好きなとこ

・話が合う

・お互いにいう事を否定しない

・新しいもの想像するのが好き

アイディアを出したとして、お互いに否定しない

 ⇒「すごく良いね!こういうアイディア追加してみるのとかどう?」というスタンス

・答えの決まっている相談はしない

笑顔可愛い

・誰に対しても優しい

自分のことを親友と思ってくれている

・お互いの彼氏が似てる

2019-06-04

anond:20190604075613

その親友典型的日本人だろ

「分かってて予防しない」→竹島が実質支配されているのをわかっているのに何も予防せず見てみぬふりをする日本人

パスワードを生年月日にする怖さを教えて?

親友が、パスワードをすべて西暦にしてる。

そして、パスワードを軽々教えてきた。

私は情報系の授業を受けていたし、

パソコン系の仕事に就いているため、

パスワードはきちんと設定してる。

親友は何をいっても駄目のようだ。

「成りすましされるかも」と言えば

そいつが悪いし逮捕されて終わり」と言うし

クレカ払いのサイトとかログインされて、勝手に色々購入されたらどうする?」と言えば

「俺は支払わない。断固拒否。あと、逮捕してもらう」と。

「家の鍵が壊れぎみで簡単に開き、

 修理もしないままに泥棒に入られたら?」

「そりゃ、泥棒に入るやつが悪い」

「確かにそうだけど、危険と分かってて何も対策しないのはダメだよ」

意味わかんね」

と言われて終わった。

とかく悪いことしたヤツが全て悪いと言いたいみたいだ。

でも、「分かってて予防しない」ってのがダメだと思うんだが、どうやって伝えたら分かってくれるんだ?

2019-06-03

ADHD女性に嫌われた女の半世紀

親友だと思っていた人物から絶縁宣言を突き付けられたのが19歳。

私の何処が悪かったのかコメントを取ろうとしたが、あり過ぎて指摘出来ないし幾つか変わった所で気持ちは変わらないと言われ困惑した。

そんなにも広範囲ダメ人間なのかと落ち込んだ。自分的には平和主義で人の悪口を言わず誠意を持って人に接していたつもりだったので。離婚を突然言い渡された中年男性の気分ってこんな感じだろう。

その後も

人との間に壁を作ってると言われたりとか、ランチ仲間から除名されたりとか、

いつも上から目線だよねと敵認定されたりとか、

色々やらかしながら何とか生きてきた。

人を不快にさせる事が人生の主目的でもないので、都度ふりかえり改善などしてきたつもりだったが、どうやらハッキリとした出来事ではなく、自分普通にしている細々した些細と言えるかもしれない事で、徐々にマイナス点を積み上げていき、最終的に分水嶺を越えて、物理的にも精神的にも排除されていたということが理解出来るようにはなった。

なるほど、改善したつもりだったがそんな容易に認識できる事象だけの問題ではなかったのだ。

私は最新の情報が最重要タグをつけて上がってきてしまう脳の構造をしており、人と会話していると脳裏に浮かんだ話題衝動的にアウトプットせずにいられなくなる。これがまた最悪らしい。

人の話、特に愚痴などを傾聴することは自己開示できる友人という名のポイントコインザクザクたまるビッグチャンスだ。

なのに私のポンコツ脳はキーワードを拾って他の話題を始める事に囚われてしまう。結果、相手自分愚痴に興味が無い=価値がない、と私が認識していると受け取り、侮られたと憤る。(愚痴改善提示するのは最悪手だ。余程慎重にしないと愚痴を言って下がった相手ポジションに向かって、更に上からウンコを投げつける事になる。よくやらかした。)

持ち前の衝動から一つ所に居られず環境が変わる度、PDCAを廻し慎重に言葉を選び会話スキルを上げてきたつもりだったが、50目前になった今、疲労を感じている。

ふと、油断した隙に、相手は私に見切りをつけてしまうという恐怖と一緒に生きるのは、つらい。

自分から与えココロオープンにし求めよ、さすれば与えられん式の自己啓発書と会話術の本をブックオフに売り払い、最近おひとりさま行軍をするようになった。

楽。すっごく楽。ADHD特性ひとつリラックスしていても言葉が頭の中に渦巻いているので特に寂しくもない。何か喋りたくなったら、文章にするとまた楽しい。たまに壁打ちがわりにインターネットに向かってこうして吐き出したりしてみるのも気分転換になる。

ひとりはいい。自由だ。過去の私は孤独になる事を恐れていたんじゃなかった。人に拒絶される事を恐れていたんだ。

ひとりなら、受け入れられるでもなく拒絶されるでもない、ニュートラル立場に居られる。

稀に群れの外にいるというだけの理由攻撃してくる個体がいて困るというか、困惑するけど。精神ひきこもりが誰にも迷惑かけずに平和暮らしているのだから、ほっといて欲しいと切に願っている。あとの人生課題はどうやって綺麗に孤独死するかだな。

金への執着

一言で片付けるならケチなんだろうけど、極力金を出さない同性友達がいる。

女同士でそれは致命的で、愛想がつきて関係を断っても忘れた頃に連絡が来てまんまと誘い出されてる。

お互い未婚のまま中年なりこちらは貯めてプチリタイ状態だが向こうはその日暮らしの借金生活

からこちらが多目に出してもいいやを繰り返していたらそれが当たり前の空気になり、あなたが使った分はあなたが出してと言ったらえらい剣幕でシャットアウトされた。

利用されてない?って周りに心配されてる時にたまたまケンカっぽくなったからそれを利用して今は避けてる。

ケチは金だけじゃない。

食べ物への執着も、物欲も凄まじい。

今回も価値観の違いにくわえ何かと負担をさせられることに疲れてしまった。

縁を切っても切ってもうまいこと誘き出されての繰り返し。

頭がよい人だから、私は敵わない。

嫌なことされても忘れちゃうから絶妙タイミングでこられると連絡の取り合いが復活する。

はっきりと縁を切る、親友ではない、そう言えば引き下がってくれるだろう。

しかし、私は欠陥人間ダメなところだらけ。

それなのに相手ダメ出しするような話しは避けたい。

世の中には距離を置く、という遠回しな言葉があるのにそれが相手には通じない。

そこを突かれているのも分かってるから今は完全拒否ではなく無視に切り替えている。

全てを嫌いになれたら簡単だけど、そうじゃないから続いちゃってる。

私が悪者にならず、心が痛まず縁を切ることができたら楽なのに。

もしくは向こうが愛想つかしてくれたらいいのに。

私が破産すれば近寄ってこなくなるのかな?

2019-06-02

anond:20190602002633

自分の唯一の親友は過労で亡くなった。自分が生き永らえたのは単に運が良かったから。

一見すると悩みなどなさそうに見える人の絶望の深さを、あまり甘く見ないほうがいいと思うよ

2019-06-01

懐かしい感覚

地震で目が覚めて、しばらくぼんやりしていたら、ふと懐かしい感覚に囚われた。

自分世界の全てを知ることができる、と過去の私が目をキラキラさせる。

その頃世界には私自身と、親友と、ゲーセンしか存在していなかった。

親友は皆別々の道を歩んでいるし、好きなゲーム自分の手に負えないくらい大きくなってしまった。全てを把握できる、なんて勘違いだとしても到底言えない。

2019-05-30

生活保護実態

生活保護受けてる私が生活保護実態を書きます

精神科うつ病認定資産もないし受給開始って流れです。

受給前は手取り月13万もブラック企業勤務でした。

しかし、人間関係トラブル退職し、当然金がなくなったのですが、25歳とはいえFラン私大理系卒のコミュ症ではマトモな再就職先もありませんでした。

困り果てて知り合いに相談したところ、親身になって話を聞いてくれ、生活保護申請を手伝ってもらうことになりました。

その代わり、知り合いはボロアパート経営をしているのですが、そこに入居し、生活保護の住居費の上限(東京都なので53000円です。他室家賃の3万ぐらいからすれば、割高ですね)で契約することで話がつきました。

役所には渋られたりもしましたが、知り合いが手配してくれた弁護士さんや市の議員さんが色々と動いてくれ、スピーディー受給が決まりました。

しんぶん赤旗の月3000円は痛いですが、背に腹は代えられません。

親は裕福だったのですが、絶縁されているため扶養してもらえませんでした。

現在、週一でアルバイトをしています。多少のストレスがあったほうが長生きできるって言いますもんね

メリット

趣味時間を費やし、遊んで暮らせる!自堕落生活ができる!

週一で働いているのですが(ケースワーカの説得で仕方なく)その日以外は朝11時ぐらいまで寝ています

パソコンネットアニメスマブラSP、スプラ動画であっという間に一日が過ぎます

最近ペンタブで絵を書くことにハマっています

日中趣味に費やせるだけあって、中々上手くなってきてますし、pixivtwitterで反応があると嬉しいです。

ゲーム機押し入れに片付けておけばケースワーカー何も言いませんしね。

医療費無償

これについては説明必要もないでしょう

医療費のことを全く考えなくていいので、どこか調子が悪くなったら直ぐ医者に見てもらえます

保険内であれば全て無料なので、正社員時代なんかよりずっと健康です。

まぁ歯の自費診療が出来ないというデメリットはありますが、そんなことブラック企業勤めでも無理でしたね。

デメリット

特に無し!!強いて言うなら、あんまり社会に貢献している気がしないところですかねw

まぁ税金をしっかり使い、社会にカネを回すのも十分な社会への貢献だと考えてます

まとめ

ぶっちゃけ年金医療費健康保険税もかかんないんで、サラリーマン時代よりよっぽど裕福で、素晴らしく人間らしい生活です。

高校時代親友に、親が土地持ちでニートしてるやつがいるんですが、最近真っ昼間からそいつビール飲みながらゲームすんのがとても楽しい

サラリーマン時代、働かずにニートで遊び呆けるなんてうらやまし〜なんて思ってましたが、まさか自分もそんな暮らしができるとは思ってもなかったよ。

働いてるみなさん!今まで税金払ってくれて本当にありがとう!!

これから社畜生活楽しんでね!!!

ペットが死んだ。それだけ。

親友が死んだ。

と行っても、犬だ。

だが命の恩人で、(リアル

いいやつ?だった。

僕にとてもよくなつき、

死ぬ時間前には、僕の胸に飛び込んできた。

ただ、深夜に動物病院に行ったので、

強制的安楽死させられたのではないかと思ってしまう。

獣医最後に注入したのは、薬ではなく、毒物だったのではないかと。

いいやつだった。

悲しい。

賢く、可愛く、かっこよかった。

犬だけど。

子供の時からずっと一緒だった。

目の前で、血を吐きながら死んでいくのをみて、僕は、涙も流せない人間になってしまった。

多分、誰が死んでも、悲しいと思っても泣くことはないのだろう。

将来妻が死んでも泣く自信はないがw

まあ、彼に乾杯して、オートチェスして、今日は眠ろうと思う。

あの獣医、深夜に訪ねたからって、わざと殺したんじゃないだろうか?

いや、殺されても、殺されなくても、寿命は変わらなかっただろうな。

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