2019-06-11

社会人5年目になって久々にCLANNADリトルバスターズ!を観た

初めて増田になりました。

学生の頃にCLANNADアニメを観て、それは大層泣きました。

シナリオの都合のよさとか、主人公にキツい運命を与えすぎでは?とか、そういう理屈を超越したところにこの作品はあって、京アニは見事にこの物語演出してみせたと思う。

あの頃は家族とか友達とか人のつながりっていいな、と大まかにはそんな感想だったと思う。

しかし今の私は違う。見終わって、人はなぜこんなにも傷つきながら前を向いて生きなくてはならないのだろうと思った。

いやまあそもそも、5年目にして転職を2回しているような人生なので察してほしい。

働き続けることがこんなにもつらいのだと、布団の中で思う日々だ。

多分この日記を開いてくれた人はCLANNADリトバスをすでに履修済みだろう。よって割愛する。

私の胸を打ったのは、AFTER STORYに入って、朋也が働き始めたところだ。

卒業後にプーだったことを負い目に感じていた主人公は、自分仕事をみつけ、住む場所をみつけ、愛する人の5年目の高校生活を支える。

その18歳の岡崎朋也がなんともいじらしく、可愛く、行動してみせた自分がどこか誇らしく瞳が輝くも、あっという間に現実を突きつけられてしまうのだ。

新居に渚を迎えて浮ついた気持ち職場の先輩の芳野と初めて車で現場に向かったときに、すれ違った家族を窓越しに見送った時の未来を期待する表情。

それがもうたった一日の労働で、家に帰ったら愛する渚の話に耳を傾けられないほど疲れ切ってしまうのだ。

学生時代にはその細やかな描写に気が付かなかった、まったく印象に残っていない。

改めて視聴した今回は、汐をめぐる物語以上に、朋也が働き続ける姿が目に焼き付いて離れないのだ。

本人も作中で話してはいるが、学校生活では友人たちの悩みを解決し、手を差し伸べてよい方向へ導いてきた朋也が、

人を導くことができるという自惚れが、働き始めたことで一瞬で瓦解する。

労働とは、そりゃ楽しいこともあるかもしれないけれど、大多数は生きるために嫌々行っているものだ、

でも朋也は渚との生活を守るために必死で食らいつく。

学校が楽しくないからと不良のような生活を送っていたあの朋也が、逃げ出さずに仕事と向き合う姿は、まさしく日本という社会で生きるためには組織所属して労働しなくてはならないという現実を突きつけてくる。

古河だって流行っているパン屋ではないことから、渚や朋也の目にみえないところで重いそろばんをはじいているのだろう。

渚との生活を守るために、仕事をしている。

朋也は渚を失ってから仕事をしつづけた。本人はそれを汐からの逃避だといったが、生きるためにはお金必要で、庶民は働かないと生きていけない。

どれほど傷ついても生きることから逃れられないのなら、仕事をしたり、人とかかわって生きていかないといけない。

汐の治療のために仕事をやめた朋也は、汐が亡くなってしまったら、もう死のうと心のどこかで覚悟していたのだろう。(原作描写あったっけ…)

から生き続けるための仕事をやめて、それを察した芳野は戻ってくるようにと声をかけた。

5年目に触れたCLANNAD家族っていいなとか楽しい友達が欲しいな、とかCLANNAD人生とかそういうことも感じたけれど。

傷ついた人間もその傷が癒えずとも前を向いて生きろと、そんな空をつかむような悲しいエールを受け取ったのだ。

そして急にリトバスRefrainアニメがみたくなった。

リトバスこそ、そのような物語なのだ

いっき割愛するが、リトバス主人公親友たちを一度に失うという大きな傷を負う。

そして彼らが死ぬ運命は避けられぬのだと、その痛みを抱えてまでも生きろと言われる。

物語を通してハートが強くなった理樹は喪失をも受け止めて強く生きようとする。

まあ最終的にはうまいこと物語が展開してハッピーエンドになるのだけれども。

だーまえは何かとプレイヤーたちに強く生きてほしいと願っている気がする。

書を捨て街に出よう、じゃないけれど傷ついても現実逃避せずに真っすぐ生きてね、という応援

幸せになる番という歌なんて最もたるものだ。

ビジュアルアーツ20周年のイベントで配布された曲なのだが、わざわざイベントに来たような熱心なファンに「僕はもう大丈夫から 今度はそう、きみが幸せになる番だよ」なんて語りかけてくる。

オタクなんて大小あれども、傷ついて生きてきて、エンタメにそれを救われているような人間ばかりなのだ

そんなオタクたちに、現実に立ち向かえとスパルタ的に奮い立たせようとする。

あと多くのkey作品現実から逃げるとBADED行きなのだ、智代ルートなど非常に印象に残っている。

そこまでして、どうして生きていかねばならないのか、、、なんて思う。

俺たちは人生主人公なのだから現実から逃げずに、居心地のいい環境を作って、ささやかながら生きがいをみつけて、VAにお布施して生きろと。

才能もない、とりえもない、頭もよくない、覚えも悪い。

ぐずぐずに崩れた自尊心を取り戻す手助けをしてくれる渚や朋也、恭介や理樹、そんな存在は周囲にはいない。

そんな現実から目を背けるなということなのだろう。

久々にCLANNADを観て、そりゃあもう想像外の感想を抱いたのだ。

現実をまっとうに生きている人々が圧倒的に多い世にこんないじけた文章を残せるのなんてここしかない。

自室に引きこもっていたようにみえた恭介だって、実は虚構世界四苦八苦していた。己の失敗に落胆してはいても、決して行動をやめていたわけではない。

生きることとは行動なのだと、布団の中でスマホを触るオタク作品を通して鼓舞している。

もしもここまで読んでくれた人がいたらありがとう

サマポケ面白かったから買ってプレイしてね、プレイし終わってたらFD発売か京アニアニメ化することを一緒に願おうね。

あとVAにできることは、だーまえ後継者必死に探して育成することか、keyを畳んで新たな才能で作品を作るか、だーまえ治療費を全額出してあげてkeyブランドを守るかだ。

  • anond:20190611193354

    はじめまして増田! CLANNADは人生!

  • anond:20190611193354

    子育ての一番つらい時期をすっとばしてそれなりに分別つくようになって誰もがかわいく感じられるときになってから子育て始めたズルい男がなんだって?

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