はてなキーワード: 普通とは
本書は、3年毎日に連載されている「これはあれだな」の中から選ばれた文章を集め、過失したエッセイです。
「これはあれだな」とはどのようなコンセプトのコラムでしょうか。
何か気になった事件や本、作品などがあったら、それについて書くのが普通ですよね。それだけじゃ面白くないので、過去に同じようなことがなかったかと探し当て、その二つを比べて何が変わって何が変わっていないかを考えるというのがコンセプトです。
つまり、例えば文学作品であれば、文学作品と何かの映画とか、100年前に同じようなことがあったとか、こういう事件があったけど、50年前に全く同じようなことがあったよね、といったことです。だから、ジャンルが違う場合もあって、例えば映画と最新作のアニメでは、これどこかで見たことあるなと思ったら、80年前のあの映画と同じことをやってない?ということです。
パッと5、6個思いついて「これならできそう」と思って始めたんですが、途中で「大変だ」ということに気づきました。少なくとも二つは見つけなければならない作業であることに10回目くらいで気づいたんです。普通は一つの話題で済むところを、必ず二つ見つける必要がある。多ければ多いほどいいんですよ。例えば今と大正と明治で同じようなことがあった、とか。
時代は変わらないね、というのは面白いんだけど、めちゃくちゃ手間がかかる。読み直しを結構確認しなければならないですからね。一応記憶に頼って「こんなことあったな」と思い出しても、記憶も曖昧になってきます。でも、本当にこれ面白いんだと。途中からは大体ストックがあって、これは似てる、逆に今のこれがあれだけど、あれから発想する場合もあるんです。昔こんなのあって、こんな面白いものって今にはないかな、と。
そうやって見ていくと、最近の若い人の旅に出た記録が1000年前の元神尚の記録に似てるとか、1500年前のものとそっくりだ、とか。そういうふうにしていくと、結構いろんな時代に似たものがある。特徴性が被るものがある。だから、時代にそういうものを生み出す必然性があるっていうことを考えると、話としては面白いんで、ただ手間がかかる。
今回本にまとめられたのも、別に今回が初めてではないです。これで3冊目です。毎週締め切りがあると憂鬱になっちゃう。まずこれを見つけるでしょ?で、あれがなきゃダメなので、どんなに面白くても「これ面白いんだけど、ペアになるものがいないよね」ってなると、できない。
そもそも、ご自身の文学作品を作るっていうのも、アイデアを出さなきゃいけない。アイデアはひねり出すんですけど、あれを見つけるっていうのはなかなか難しい。でもやっぱりコンセプトが光ってますね。やっててうまくいったときは「これ、よく見つけたな、自分でも」って思います。
あの、本書の前半では、2022年9月13日のフランスの映画監督ゴダールの死について書かれています。高橋さんにとってゴダールはなぜこれほど特別な存在なんでしょうか?
これは世代的なもので、僕の世代で芸術、音楽、映画、文学が好きな人でゴダールに影響を受けていない人はいないと思います。
当時はSNSもないし、情報だって今ほどは入ってこなかったから、例えば映画のニュースもなかった。テレビのニュースもやらないから、どこで知ったかというと、映画雑誌とか、映画芸術とか、そういうところにちょこっと載っていて、新作が出たって今だったら全部SNSでお知らせが来るんでしょうが、そういうのがなかった。だから新作が出たって言っても、日本公開がいつかはわからなかった。
僕は映画だと、アートシアターというのに入っていました。60年代、相当幼い時から、そういう会の会員になって、中学入ってすぐそういう会に入った。だから映画もクレイジーキャッツからゴダールまで一緒に見ていました。そもそもそれを分けて考えるのはダサいって感じだった。
しかも極端なことを言うと、芸術ばかり見ていると馬鹿にされるから、逆にクレイジーキャッツとかGSの映画を見ないと恥ずかしいって感じだった。そういう背景の中で、ゴダールの作品はかっこいいと思ってましたね。彼の即興スタイルが特に印象的で、シナリオを書いていかないんですよね。当日、その場でセリフを持っていく。そして基本的に編集で映画を作るというスタイル。
引用が多い。ゴダールの作品は、引用が多くて、ただ引用しているだけのものもある。それはオリジナリティに対する嫌悪なんだと思うんです。オリジナリティではなく引用で作品を作る。だから、過去の世代を否定する度合が一番強いのが彼で、その影響を受けていると思います。
最後の作品についても書かれていますが、イメージばかりが連続してくる、写真がバンバンバンと順番に来るような映画で、画質は必ずしも良くないのに、なんだか異様に綺麗な映像が印象的でした。
どうでしたか?その最終作に対する感想は?というと、ゴダールの作品が好きだなって感じですね。もういい悪いじゃなくて、好きだって感じですね。ゴダールはずっと「映画はテーマがどうとかじゃなくて、90分なら90分、じっとその映画館に座って見ていればそれでいい」と言っていて、ただ画面を見ていれば幸せ、映画ってそれでいいんだ、という考え方を持っていました。
ゴダールは、自分の映画が自殺の映画だと言っていて、主人公が死ぬ映画が多いんです。「気狂いピエロ」もそうだし、「勝手にしやがれ」もそうだし、最後に主人公が自分で目を閉じて死ぬ。あれはすごいなと思う。しかも、あれがデビュー作なんですよ。最後に自分の意思を表現する映画を撮るという意味で、彼の作品は一貫してそのテーマを持っているんです。
「映画史」という映画も撮っていますが、ゴダールという監督は、常に作品と現実の境界を取り払うことを考えていたんです。作品と現実が別々のものではなく、その境界を取っ払って、映画館で観ている観客に語りかけるという姿勢がありました。
映画の中で、主人公が観客に話しかけるというのは珍しいことではないですが、それを堂々とやったのがゴダール。アメリカでも10年くらい前に「ハウス・オブ・カード」とかで流行りましたけど、ゴダールはもっと前からそれをやっていた。それがかっこよかったんです。
また、魚くんの電気映画「魚の子」や、中村喜子の「女と刀」、植物学者牧野富太郎の「牧野富太郎自伝」などについて書かれた箇所を読むと、一つの観念や興味に取り憑かれて、非論理的であろうが、非経済的であろうが、自分の道を進む人が高橋さんの好きなタイプなのではないかと思いました。そういう方にどんな魅力を感じるのですか?
いや、面白いですよ。単純に普通に面白くないですか?ちょっと病的な感じさえありますが、頭おかしいんですよね。でも、そういう人は見ていて面白いですね。付き合いたいとは思わないけど。
でも例えば、魚くんだと、そこに書きましたけど、魚くんも面白いけど、お母さんがすごいですよね。僕も読んで「あ、そうなんだ」と思いました。魚くんの主人公はお母さんなんですよね。つまり、こういう人はいるんですよ、きっと。街を歩いても変な人はいます。変な人はいるけど、大体は困るんですよね。それが普通で、生きる人の知恵です。普通に生きてるとそうなるんですよ。
でも、時々そうは思わない人が出てくる。だから、変な人も大事なんだけど、その変な人を受け入れる人の方が自由だと思っています。お母さんがそうですね。お母さんは自分の息子だけど、そのおかしさを全面的に抱きしめる。
普通、おかしいって言っても結局排除されるか、直されちゃう。「お前、おかしいから普通にしなさい」と。でも、そのおかしさを育てるというのがすごいなと思います。それは他者とか異業のものを尊重するってことなんですよね。つまり、おかしくても存在意義がある。
これは結局、すべての人に存在意義があることにつながるんですけど、普通の人は存在意義があると認められている。でも、おかしな人とか、魚くんならいいけど、例えば身体障害者とか、知的障害者の人たちは見たくないと思うこともある。でも、それでも家族でも受け入れられない人もいる。
僕も色々調べました。障害がある子供が生まれると、受け入れられる家族と受け入れられない家族がいます。時間をかけて受け入れられるようになる家族もいます。特に父親は最初は受け入れないんですよ。でも、母親はすごいなと思います。お母さんは何でも受け入れるんですよね。
魚くんも牧野富太郎も色んな人が出てきますけど、その面白さとは別に、それを誰が受け入れたのかが重要なんです。牧野富太郎も変人だけど、奥さんが受け入れたんですよね。牧野富太郎は植物愛に没頭する変人ですが、それを受け入れるのは大変なことですよね。
でも、それを受け入れたからこそ、彼の生存が保証されたんです。だから、僕が書いた美方ククスとかも超天才だけど、あれ夫だったら困るよ。でも、受け入れた人がいたから、その生存が保証された。
でも、どうですかね。例えば、牧野さんとか魚くんとか、みんな著名になって仕事に繋がって成功しているけど、そこまでお母さんが考えていたか奥さんが考えていたかは分からないけど、魚くんになれなかった魚くんや、牧野富太郎失敗版みたいな人も絶対たくさんいたはずです。
結局、成功者の影には1000人の失敗者がいると思います。きっとそういう人たちのところにも、お母さんがいたんですよ。でも成功しなかったけど、いいんじゃない、それで。
これでも、親もすごいけど、1000人の失敗した人を見守ってた親がいて、その人たちが不幸だったかっていうと、そうでもない。そういう人たちは必要なんですよ、ということをよく考えますね。
セコさんの漫画「マダムたちのルームシェア」とか、信友直子監督の「ボケますから、よろしくお願いします」、早川知恵監督の「プラン75」など、老いと向き合った作品が多数言及されています。今、世界で最も高齢化の進む国と言われる日本で、高橋さんは何を感じていますか?
自分が年取ってきましたからね。今年で73歳です。もうやばいです。あと2年で後期高齢者です。やっぱり、身体的な衰えを感じます。確実に老いていくのがわかります。それに対して色々と体に気をつけています。
一つは、老いを新しい経験だと捉える感覚です。確かにそうですよね、経験したことないことですから、新鮮です。僕もそうですよ。ちょっと年を取ってきて体が辛くなってくると「こんなの今までなかった」と思うことがあります。
例えば、鶴見俊輔さんという哲学者の方が「限界芸術論」を書かれたんですが、90歳を過ぎて、「今日1日転ばないことを目標に生きよ」と書かれていました。「あ、そういうもんなのか」と思って、わかりました。
転びそうになるんです。僕、スクワットして足腰を鍛えているから平気だと思っていたら、筋肉じゃないんですね。バランスが悪くなっている。神経が悪くなっていて、神経は鍛えようがないから転ぶ。僕は筋力鍛えれば大丈夫だと思っていたけど、そうじゃなかったという新しい発見がありました。
そんな老いを新しい経験だと思って、余裕を持って受け入れることが大事なんです。実際、この国、これは日本だけじゃないと思いますが、68歳、70歳、72歳になると社会の窓が次々と閉まっていく。つまり、色々なことができなくなってくるんです。
例えば、家を借りようと思ってインターネットを引こうとしたら「72歳ですか、ではご家族と契約になります」と言われたんです。「70歳とインターネット契約ができないってどういうこと?」と聞いたら、「こういう決まりなので」と言われて、「おかしいでしょ」と思いました。これってちょっと差別的ですよね。
プラン75もそうですが、年寄りが不要だという考え方があるんですよね。これが寂しいです。今「シルバーデモクラシー」と言われて、年寄りが恵まれていると言われていますが、それは嘘だと思います。年を取ってみたら、社会の窓が閉じていく。シルバーデモクラシーという言い方で、年寄りが恵まれていると若い人に思わせようとしているんです。
でも実際には、全世代がそれぞれ抑圧を受けている。70代以上はこういう抑圧があるけど、20代30代も年金の支払いなど、みんなそれぞれ抑圧されているんです。だから、全世代が連帯しなきゃいけないと思うんです。分断が一番都合がいいから、それをやめるべきです。
僕は政治テーマとして、全世代が連帯すべきだと考えています。知らないかもしれませんが、70歳になったらインターネット引けないんですよ。72歳になったらローンもできないんです。なのに恵まれているなんて、ふざけているとしか思えません。
これは、土線(映画)とかでテーマになってもいい話ですよね。でもそれはなかなか声になりにくいんですよね。40代50代の時には知らなかったけど、68歳70歳72歳で新しい抑圧が出てくるんだな、と気づくんです。
社会ってさ、普通のことは知らせないようにしているんですよね。それぞれの世代とかジェンダーで、社会から抑圧されていることをお互いに調べ合って、連帯しなきゃだめです。
ジャニーズ問題と玉音放送について、高橋さんがテレビ局の幹部たちに「ジャニーズ問題を無視するのか」と質問した時のエピソードについて書かれています。昨年末にジャニーズの性加害問題が巨大なテーマになりましたが、この間、どう感じていましたか?
あそこにも書きましたけど、僕がちょうどBBCが放送した直後に番組審査員を辞めて、最後の番組で「これはダメだよ」と言ったんですが、沈黙がありました。その後、某テレビ局が漫画問題で騒ぎになって、それを良かったと思って続けました。
でも、やっぱりテレビ局は商業放送だから、視聴率が下がることが怖いんですよね。だから、視聴率が下がる可能性があることはなるべく避けたい。僕は怯えすぎだと思うんですけどね。もうそんなに怖がらなくても、普通の常識でやればいいのに、忖度している。忖度しない方が視聴者の指示を得るんじゃないかと思いますが、なかなかそうはならないんですよね。
今と昔を比較して、昔の方が保守的だったかというと、そんなことはなく、テレビ全体は進化している。ただ、メディアが動画サイトやSNSに壊れていく時にどうするかを同時に考えなきゃいけなくなっているので、やることも多いんです。
だから、僕も言ったんですが、面白い動画サイトの番組はテレビより面白いですよ。テレビのバラエティなんてやめたらいいと思います。個人で作っているものでも、ものすごくよくできた動画番組があるんです。それを見たら、テレビはお金も人もあるんだから、もっとできることがあるはずなんですよね。
Netflixのドラマなんかも面白いですよ。コンテンツの中身も含めて、やれることがあるのにやっていない。同じようなラブコメばかり作って、誰が見るんだろうって思います。
江戸川乱歩の「芋虫」を現代では取り上げることがかなり難しいということについて書かれていますが、以前、マルキ・ド・サドの作品を絶賛されていた話もあります。今の時代の言論の空気感についてどう感じていますか?
メディア、テレビ、ラジオだけじゃなくて、小説も含めて、僕がデビューした頃に比べると、だいぶ書きにくくなっています。例えば「ピエロ」って言えないじゃないですか。今では「ピエロレフ」って言われることがありますが、検索しても出てこない。
一番怖いのはこれですよね。こういう名詞ごと削除されること。ポリティカル・コレクトネスで、こういう言葉を使いなさいというのは一つの考え方としてあるかもしれませんが、元々あった言葉が使えないというのは、歴史の捏造じゃないですか。
今、「ジプシー」って言葉も使えないんです。「ロマ」とか言いますが、これは歴史の捏造であり、存在させないという方向に進んでいるんです。例えば、ゴダールの「気狂いピエロ」も、僕はそれを見ましたからね。でも、「ピエロレフ」って言われてもわからない。
ポリティカル・コレクトネスについては、理解できるところもありますが、理解できないところも多いです。多分、それを推進している人も、やっていて変だと思っているんじゃないかと思います。定義や限度が確定していないのが問題で、空気みたいなものだから。
ポリティカル・コレクトネスの一つの問題点は、日本が元々空気社会だから、空気で決めるというのはやばい。ポリティカル・コレクトネスが空気で決められるようになっているのが、日本の事情なんですよ。
上辺だけの議論が多く、社会的な不正義の問題は見ないで、言葉だけで物事を判断する。ポリティカル・コレクトネスは、社会的な問題を言葉だけで覆い隠そうとしているだけです。
その辺が、日本という国は忖度する社会だから、空気を読めということがずっと言われてきて、変わらなかった。変わるかと思ったら、ずっと空気を読んでいる。片方では多様性を唱えているけど、それは言っているだけで、実際には何も変わっていない。
大杉栄についても言及が複数見られます。思想、生き方、性格、私には高橋さんと似ている印象を受けましたが、大杉栄をどのように見ていますか?
大杉栄は、日本でも代表するアナキストですが、やっぱり感じがいいですね。友達になりたいなと思う。問題はいっぱいありますが、女癖が悪いとか、迷惑な部分も多いけど、その一方で愛すべき点がある。だから、あの人は人たらしなんです。
例えば、子育てをしていたんです。普通、政治的な人は政治活動はするけど、家のことは見ない。でも、大杉栄は、伊東のと結婚して子供が生まれたら、赤ん坊の選択をしたり、オムツを変えたりしていた。嫌じゃなくて、それが好きだったんです。
彼の中では、夫婦や男女の形は形式じゃなくて、対等であって、子供だから自分が Permalink | 記事への反応(1) | 08:25
(私もそうなので…)おそらく食後に血糖値が乱高下することによる眠気です
というか正確には低血糖による失神です
ラーメン店なら麺は半分に抑えるべきだし
物足りないならサラダを足してください
金なくてユニクロですら服買えないとかお店で眉整えてもらうとかもできないのは経済的弱者だし
発達障害で風呂に入れないとかはもう普通に障害者という弱者だし
俺なら彼女がそんだけプレイセンス無くて弱かったら絶対イライラしてめっちゃ指摘してしまうわ。
実際それで元カノとゲームやってる時に泣かしてしまった事あったけど、俺としては正しいプレイングを教えてるのに有り得ないミスや明らかに何も考えていないとしか思えない立ち回りを連発するから理由が気になってつい問い詰めてしまうんだよな。怒ってるんじゃなく、こっちは上手くなって欲しくて指摘してるんだけど、そこは理解して貰えなかったし。
それぐらい普通はイライラするような状態を2年も耐えてくれてる相手に捨てゲーかまして怒らせたり嫉妬したり、流石に性格ゴミ過ぎるって。
夢でも救われた
救われた夢というか、自分が一番見たかった夢というか、これが現実であればと空想していた夢
子供時代、転校を繰り返してていたのだが、どこいってもいじめられていた
ただ、転校後にもらった手紙に
「いじめらていた君がいなくなったから、代わりにいじめられるようになった」とか書いてあって
振り返ると、普通の遊びと、いじめとかからかいとかの区別を感じれないくらい、
小学校はまあそんな感じだったのだが、中学は完全にいじめられていた
教室の中で自分だけがからかいの対象になり、はたかれ殴られ、泣きながら家に帰ったシーンを今でも思い出す。
まあそれでも何故か不登校になるようなことはなく、中高大となんだかんだいじめとからかいを繰り返しながら卒業したのだが、
自尊心がぼろぼろなのに気づかず社会にでてしまったので、会社入ってから全くコミュニケーションがとれず完全に病んでしまった
あ、なんか自分はおかしいんだと思って、色んな本読んだり、いろんな精神科や心療内科に通った
自信なさげに周りの目を気にしてキョドってるから、会社の人にバカにされるし、
時に「生きてて楽しい?」とか言われても、侮辱されたとか怒りとか感じることができず、
当時は話のネタができたくらいにしか感じれないくらい心が病んでたと思う
それからいろいろあって、今は心は落ち着いている。
ただ、友達がいない
ドラマや漫画で学生時代の友達と会い、昔話に花を咲かせるみたいなことは、全然できない
とはいっても中高大のときの級友は友達だったか?と言われるとたぶん友達じゃない気がする
対等な関係じゃなく、たた自分を卑下して無理にくっついてた感じがあるし特に会いたいとも思わない
中高大では感じなかった、楽しいとか一緒にいて安心するとかの感情は当時確かにあった
ただ転校後のいじめやコミュ不足から自分から連絡を断ってしまった
会いたいなとか空想しても、もう一生会うことはないんだろうなと思っていたら
今日、夢に出てきた
結構な年月がたって同窓会?的なところに自分が参加してる感があった
夢の中でも、自分の事覚えてるかな?みたいな不安を覚えながら皆のところへ足を運んでいた
声を交わしたは覚えてないが、
「転校してから辛かったよな」
「いじめられて辛かったんだよ」
みたいな心のやりとりがあったと思う
一応現実は安定しているから、自分では過去のいじめとか病とかは振り切ってたつもりだったのに、
夢から覚めて
ああ、これが一番待ち望んでいたことだったんだと思ったことに、
驚いたとのもあるし安心したのもあるし、なんか救われた感じがした
何万回、何十万回と読み継がれた本があり、何万回、何十万回と読まれたページがある。
レイチェルは考える。
何百万回読まれた本の中で、何十万回しか読まれていないページとは、すなわち十回に一回は読み飛ばされているということである。もしくは、何十万回目かに突如として読まれなくなるような、そんなページである。
そんなページにはおそらく、こんなことが書いてあるのだろう。
、おばあさんは深呼吸をした。
ここを読んでも読まなくても物語にさした影響がないような文。もしくは、
であった。
とか。
他には、
Supercalifragilisticexpialidocious
など、もうすっかり覚えてしまって読む価値もないと思えるような文とか。
いずれにせよこんなページは、ある日突然書き換えられていたって誰も気付きはしないのだ。
例えばー
、おばあさんが深呼吸をすると目の前のおじいさんにドロップキックを食らわせた。
とか。
であったかのように見えたが、実際におばあさんは竹から生まれて来たのだ。
とか。
Supercauliflowerilisticexpialiboorish
とか。
修正されても読者は気づかない。
同じ本ならばいつ読んでもどれを読んでも同じことが書かれていると信じているからだ。
何百万回何千万回と読まれた本ですら、みなが同じ文字を読んだのだと期待する。
誰にも読まれないのだから、理屈なんか全く通っていなくたっていい。
レイチェルの本にはどれもこのような仕掛けが施されているのだが、未だにそれに気づいたと思われるような報告はない。
レイチェルはおおむね普通のおばあさんだった。百回に一回は普通でないおばあさんになるとしても。
おじいさんの方も、百回に一回くらいドロップキックを食らってみることはやぶさかではなかった。
おじいさん、ほら起きて。起きないなら、
おばあさんが深呼吸をすると、
自分は料理が趣味なんだけど、息子が大きくなったら、特に食べ盛りの時期に山ほどご飯を食べさせたい。
成長期の男子に「絵に描いたようなアレ」を出して喜んでほしいのである。
例えば、山盛りの唐揚げ。
そのままでもジューシーな唐揚げを山のように作って、甘酢タレとかごまだれとかチリソースとかハニーマスタードとか色々つけるソースを用意して好きなだけ食べさせたい。付け合わせは蒸し野菜がいいかな。
例えば、具沢山豚汁。
それだけでおかずになる肉も野菜もたっぷりの豚汁に、おにぎりと卵焼き。おにぎりの具もいろいろ用意したい。豚汁を食いながらおにぎりにかぶりついてほしい。
例えば、肉たくさんのおでん。
鶏手羽元やら牛串やら豚バラやら、とにかくいろんな肉が入ったおでん。カラシをつけて食べて、大人の階段をあがらせてあげたい。もちろん野菜も忘れずに。
それまでの普通の中華から一段登って、ちゃんと唐辛子から油を作ったりして本格麻婆を食べさせたい。激辛を食べられる俺、を経験させてあげたい。
普通にしてたらなかなか食べることのないタコスを普通のご家庭で出してあげたい。濃く煮込んだ豚肉(カルニタス)とタマネギ、パクチーをソースとライムで食べる。美味い。海外の料理も普通に美味しいものがたくさんあるんだよ、というのを楽しく教えてあげたい。大学生になった時に友達ともやってくれ。
カレーもいいけどビリヤニもね。中学生男子なんて味のついた米があれば大体満足できる。だからこそ世界各地の炊き込みご飯的なものを食べさせてあげたい。スパイスはいいぞ。タンドリーチキンと謎ソースのサラダもつけるぞ。
できれば友達も呼んでみんなに食べる楽しみを教えてあげたいなあ。
まあどんな子に育つか分からんし、親の押し付けはしたくないからあくまで増田に書くだけの夢だけどね。15年後を楽しみにしてるよ。
自分より頭のいいキャラを造形することはできないみたいな話は聞くけど、それで思った。
undertaleのgルート含めモンスターが人情味あるやさしさにあふれすぎてたり、うめとももの普通のくらしみたいなやさしさにあふれた世界
ああいうのを作ってる作者はよほど心がきれいだと思ってしまう。裏を返せばきれいな人にしかああいう作品は作れないのだと。
どうなんだろうね。
おかしくねえか?
不公平じゃん。
なんか断れないじゃん。
なんかお金払ってないなと思っても「まあ接待費用というのが会社にはあるらしいからなあ」ってなんとなくスルーするの普通じゃん?
CPOから「これ貰ったから。何も言わずに取っとけ」って言われたら普通に貰っちゃうじゃん?
なんでそれがアウトなんだ?
おかしくね?
不公平じゃね?
男オタはすぐ女オタも~を始めるけど、男向けのエロ依存症ぶりと男を性欲を普通の男性達がきっちり批判の声を上げてるならまだしも
たわわみたいに議員までしゃしゃって女叩きする連中が沸き上がってて、普通の男性達すら見て見ぬふりしてるから
現実の性被害に向かって女から誘惑しただの女が悪いだのと騒ぎ出すの
まさに男が現実とフィクションの区別がついていない証拠だろうが
そもそもおっさんの性欲なんてリアルで女にとって有害でしかなく
実害がありまくるからそれを誘発してるようなエンタメの在り方も問われたりしてるのを
女向けも!女オタも!と言われてもお前こそなに言ってるんだってなる
普通の高跳びなら分かるんだよ
なんで棒を持って高く飛ぼうとした?
しかもすっごく曲がる棒をわざわざ作ってさ
いや競技として楽しそうだなーとは思うんだよ
で調べたんよ
でも棒が今みたいに曲がらなくて、竹とか使ってたみたい
でも1960年代にグラスファイバー製の棒が生まれてから劇的に高く飛べるようになったらしい
歴史を紐解くと、まあ分かるかな
やっぱ特殊だよ
棒をなんで使うんだよ
棒を使って高く飛ぶ機会ってないじゃん
なんで棒なの?
棒、いる?
ただ楽しそうだなーとは思うけどさ
分からんのよ
俺は中坊の頃、朝読書でみんながハリーポッターとか読んでる時に、「ザ・街闘術」みたいな実践向けの本を読んでたんよな。
あの頃の俺は、どうしても普通の本には興味が湧かなくて、少しでも実生活に役立ちそうな知識を求めていたんだと思う。
周りの友達が魔法の世界に夢中になっている中で、俺はどこか現実的な視点を持ちたかったのかもしれない。
毎朝、教室の隅っこでその本を開いて、ページをめくるたびに新しい発見があった。
例えば、街中での危険な状況をどう切り抜けるかとか、日常で使えるちょっとした護身術なんかが載っていて、読むたびに「なるほど、こういう時はこう動けばいいのか」と納得していた。
もちろん、クラスメートたちからは「何読んでるの?」と不思議がられることもあったけど、そんな視線もどこ吹く風で、俺は自分の興味に忠実でい続けた。
あの頃の俺にとっては、まさに「実践的な魔法書」だったんだろうな。
そんな思い出を振り返ると、やっぱりあの頃の選択は間違っていたと思う。今でも、文学書は難しくて読めない。目潰しなんていつ使うんだ。
職場の飲み会の帰り道、最寄り駅が同じ男性社員2人(どちらも私の5歳上)と同じ電車に乗ってしまったのが運の尽き。
「〇〇さん胸デカかったな」から始まり、私個人にも半笑いで身体的特徴に言及してきてキツすぎた。
何様なの?どう言う立場で物言ってんの?
お前らも足の裏みたいな顔してるくせに。
思ってても言わないよ、普通。
男同士の場で話している分には構わないけど、女性のいる場で話すってデリカシーがなさすぎでは?
私は立場弱いし、反撃できないことを分かっててやってるのも最低だった。
あーーー、こんな最悪な奴らと年度末まで同じチームなの死にたい。
セクハラってその場で言われて傷つくだけじゃないんだよ。
その後の職場で過ごす中でも、この人は私のことこんな風に思ってるんだ、とか、他の男性社員と私のこと揶揄して話してるんだ、とか、気にしなくていいことが気になってしんどくなってしまう。
ずっと気分が悪い。
録音しておけばよかった。証拠にできたのに。
はやくしにたいよ。
製造装置については、半導体は工程が多いので生き残っているが、問題は多くの人が欲しいと思うようなチップ設計が出来ない状態になっている。
ネットに何でもある時代というが、半導体設計に関してはネットにないことが多い。
ブロック図のような概略は多く、検索するとそればかりで実際に設計するための情報は出てこない。
検索ワードを知れば中国語かインド訛の英語の動画は出てくるかもしれない。
書籍はない。
教育にしても、現職でも衰退時期にいた人しかいないため、カリキュラムが作れない。
普通の分野だと教科書があるだろうが、教科書がない。(半導体デバイスの教科書はある。だから材料系は保っている)
OSレイヤーも作っている人が居ないので、どういう半導体を設計すればいいか判断ができない。
あれもこれもと注力すると結局性能が出ない
団体も解散しているので、兎にも角にも俯瞰出来るような人も、情報もない。
プロジェクトの成功には、人・金・物が必要で、そこからブレイクダウンしたときに、どういうスキル・物が必要かが可視化されない。
1,2位を競っている企業が国内にあるとか、尖った技術をトライアルしているスタートアップがあるなら、賃金を高くすれば人が来るだろうが、
そもそも人が居ない。
親のせいにしてもしょうがない?そんな訳あるか。いいや、しょうがあるよ。
責任の所在は何処にあったのかをちゃんと見極める事で、自己責任論を脱して正しい方向の努力が出来るんだよ
別に親に限った話じゃなくて、まとめの例に出ている交通事故だって、「誰のせいだったのか」を正しく問う事で、初めて前に進めるんだよ
具体的には損害賠償や再発の防止。明らかに加害者が悪かったのに被害者が交通安全に気を付けようだけで済ませたら、それこそ無意味しょうがないでしょ。
加害者を糾弾する事はけして後ろ向きな行為なんかじゃない。寧ろそうする事で自分や同じような立場にある被害者も救われるし、世の中を良くしていけるのに。他責はちっとも悪い事なんかじゃないと、まず何よりも方向転換さべきなんだよ
加害者のせいにしてもしょうがないなんてのは、加害者を免責するための卑怯な理屈。
uehaj 「親のせいにするな」は①「親のせいにしてもしょうがない(問題は解決しない)」②「親のせいではない」の2通りに解釈できる。②は字面通りだが、普通は①の意味。この人は②に反論している。ただそれだけのこと
https://b.hatena.ne.jp/entry/4757531279477486976/comment/uehaj
使い方もよくわかっていませんが、どこか匿名の場所に吐き出したかったので失礼します。
そんな私は障害を言い訳に何もかも諦めて人に頼るのは嫌で、けれどどうしても苦手なことがある自分に自己嫌悪を抱いて生きてきました。
そんな時、どんなに私が嫌がっても常にそばにいてくれたのが母でした。
ずっと母のことは苦手だった私ですが、今日明確にその理由を自覚してしまい、心が折れそうになっている状況です。
いつからこんなに関係が歪んだのか、母は私の人生の最初から歪んでいたのかはわからない。けれど、ひとりごととして書かせて頂きたくこの場所を選びました。最初に言いますが、ものすごく長いです。それに特に目的もない文章であり、私視点のものの見方が多分に入った不公平な記録であり、ただの私の愚痴でしかない部分も大きいです。勢いだけで書き殴り、文章校正もろくに行っていない駄文ですが、お目汚し失礼いたします。
現在、私は18歳。生まれた時からアスペルガーとADHDであり、小学校の時に診断された(伝えられたのは中学の時)と聞いています。中学の途中からいじめで不登校(別室登校をする日も多かったですが)となり、通信高校に進学。今の法律だと成人と扱われる年齢で、あと1ヶ月もしないうちに19となります。本来は大学生か社会人になっている年齢なのですが、去年のいざこざが主で課題どころじゃなくなり、留年となってしまいました。現在は高校生活4年目を過ごしています。
また、普通のことなのかもしれませんが自立を目指しており、まず誰かに金銭的に頼らず、家事も全て一人でして、完全に自分だけで日常を完結させることを目指しています。不出来で未熟である故に、バイトは面接でずっと落とされているのですが……
母は50代。私が生まれてからの範囲だけで肩書は何度も変わったが、今は看護学校の生徒兼、土日勤務の老人介護施設職員として生活しています。
他、いわゆる面白い人で、いわゆる気弱という単語で想像する押しの弱い性格ではないけどどこか気力が弱いと感じる父と、高校生かつ彼氏もいて青春を謳歌している妹の4人が私の家族でした。父は今現在は単身赴任中ですが。
現在の家は端的に言って地獄。使った後のものを捨てられず、ゴミを撒き散らして片付けもしない私と。それに怒る母。料理した後の食器を洗わない私と、それに怒る母。調味料は出しっぱなしの私と、怒る母。部屋に籠る私と、怒る母。
正直片付けは明確に私が悪いです。昔から苦手なのに矯正しきれなかったし、最近は何をするのも面倒で悪化しているほどですから。
ですが、私視点の言い訳にしかならないのは重々承知ですが、料理関連は私としても文句があり、私はたとえば肉を焼いたフライパンも、それを乗せた皿も、食べるのに使った箸も一度に洗いたいのですが、母は私が食事をしている間フライパンが放置されるのが我慢ならない様で、リビング中に響き渡る小言を言いながら勝手に食器を洗ってくれます。そうしては
と怒るのです。単に私が先に洗えばいいのはわかっているのですが、後述するトラウマもあり食事はできるだけ早く済ませたいのと、そもそもどうしても母と顔を合わせて、大小さまざまなトラブルが発生するリビングに私は長く居るのが嫌ですから。母もいちいち怒っていては疲れるでしょう、というのは言い訳にしかなりませんが。
洗い物の量にも怒るため、例えば結構火に気を使う必要がある料理で2回バターを使うタイミングがある場合、2回目のバターを皿に取り分けるとまた皿が増えるのでバターのケースを10分程度出しっぱなしにしていると
「腐るでしょう」
先述しましたが、こんな状態でリビングにいては私も疲れてしまいます。我慢できれば良いのでしょうが、毎日こんな環境に晒されていては精神が壊れてしまいますから我慢もできなくなっていきます。なので部屋にこもって過ごすことにしたら、
「なんで歩み寄ろうとしてくれないのか」
と部屋の外から叫び出す始末(部屋の戸は勝手に開けるなときつく言ったためもう開けてこないようになりました)。
あと私が母を嫌いな理由に、会話を露骨に誘導してくることがあります。
たとえばラーメン屋に一緒に行った時。
「席どこにしようか、お座敷は嫌だよね?」
「でもママは嫌だよ?」
これはほとんど本来の会話そのままで、最初から嫌だと決めつけて聞いてくるのがまず少し私は不愉快で。だから今までははいはいと従ってきましたが、自立のために意見を言えることも大事であると多方面から言い聞かされているため反論すると母の意見に誘導しようとするのです。最初から母が嫌なだけだと言って欲しい。あと、もう法律上成人となったほどの私にいまだに一人称「ママ」なのが気持ち悪いと思ってしまうのは単に私の心が狭いだけなのでしょうか。
その後テイクアウトがあると知り、メニューを開いて会話した時も
「テイクアウトどれがいい?」
「餃子、妹が食べてるのみて美味しそうだった」
「あれは冷凍食品だよ」
「あっこれも美味しそうだよ」
「餃子にするって言ってるじゃん!!私は餃子って言ってるの!!もう変える気もないんだって!!!」
「なんでそんな畳み掛けるように言うの?壁を感じる」 と。私は数日前から妹と母がいる状況で「この餃子はどこで売ってる?」などと聞いたり、とにかくずっと前から餃子が食べたくて、食べれる機会があったら餃子と決めていたのです。なのに3度4度聞き返す。遠回しに餃子を却下しようとしていると思うのは私の捉え方がひねくれているのでしょうか。
こんな中でも私は定期的にリビングにいく必要があります。私の部屋にはキッチンも冷蔵庫もないため、食事の時は必ずいく必要があるからです。今日、日曜日の朝もそうでした。仕事か何かで母がいないことを祈りながらリビングに入ると、普通に母がいました。とりあえず食事だけ済まそうとすると、またしても「なんであれができない」「なんでこれができない」と説教の嵐。最初にも書いた通り、私は発達障害です。もちろんそれを言い訳にはしたくありません、最終的には自分の脚で立って生きていきたいのです。ですが、スタートラインが少し後ろにあるのも、『できない』ことが多いのも悲しいながら事実で、この『できない』ことにより私は自分のことが嫌いになっています。要は『できない』という言葉は、『できない子』であるというレッテルは、私の心の傷なのです。気遣えなんて言いません。私が少し自制すれば済む話でした。なので、今朝のきっかけは私だったと思います。
「できないなりに必死にやっているんだ、成長するまで少し待ってくれ」
内容としてはこんな感じでしたが、多少怒鳴るような声と顔で言ってしまったかもしれません。そこから言い合いになり、できないなら頼れという母の主張と、私は自立しようとしている、家を出ようとしているという主張の対立に話が進みます。少し頼るくらいいいじゃないか、と思われる方もいると思いますが、母は私が『できない子』であることを前提に助けの手を伸ばすのです。そして私が何かを成し遂げると
「できない子なのに頑張っててえらいね!」
といった要な意味合いの褒め方ばかりするのです。
なので、私は母に頼るのが絶対に嫌でした。意地を張っているだけです。ですが、本当に私は母が嫌いでした。
「なんで歩み寄ろうとしないの?なんで相手のことを理解しようとしないの?」
「ラーメン屋も会話を楽しみたかっただけで圧なんてかけてない、そう捉えるお前が悪い。こっちがどんな気持ちで誘っているかも知らないで」
「そう捉えるお前の性格が嫌われる原因だ」
「周りより成長が遅いのに大人になったつもりでいるな、成人だけどお前は子供でいいんだ、子供でいろ」
「今の話の何割が本当?本当によく考えて出した答え?もう一度よく考えて本当の気持ちを教えて」
「頑張って大人びないの」
「料理とかで誰かに助けを求めな?…他に探してるの?そっか、それは私じゃないんだね。じゃあ料理する場所も私のキッチンじゃないよね?」
「どうせこの話も言いくるめようとしてるって思われて終わりだ」
など、優しいようで私の行動を誘導してくる説教が延々と続きます。
極め付けに言われた言葉が私の母を母だと思う心にとどめをさしました。
「結論としてはママは(私)に子供でいてほしいんだよね、お世話したいんだよ。できないこと助けてあげたいんだよ」
母は、私がずっと『できない子』であることを求めている。そして、できない子の世話を続けることを望んでいる。母の理想の可愛がり方ができればそれでよく、そうじゃないなら要らない。そう認識した私は、ひとしきり部屋で泣いた後この文章を書き殴ることにしました。
思えば昔からずっと苦手でした。
比較的最近の出来事だと、私が留年するきっかけになった妹を119で搬送してもらった去年の話。毎朝毎晩家族喧嘩が勃発しており、私はその時はまだ事なかれといった感じで、とりあえず適当に流したり、会話を無理に遮ったりして根本的な解決を試みたり文句を言ったりしないまま毎日を過ごしていました。そんな毎日のとある朝、寝坊した私を妹が泣きそうな顔で起こしており、部屋に入るなと言っただろう、と言う前に妹はスマホの画面を見せてきました。
「声が出なくなった」
と。私もかなり気が動転し、できるだけれいせいになりながら妹のかかりつけの精神科やさまざまな外来を巡りました。ネットの知り合いで集まったサークルで聞いた話でしかありませんでしたが、声が出ないのは重大な病気の可能性もあるとのことで、私は救急車相談ダイヤルなどを一旦挟んだのちに、妹をこのまま失うのが怖すぎて、救急車を呼ぶと言う判断をしました。
結局妹はそこまで重大な病気ではなく、声も早ければ当日中に戻ると言われました。私は安心したのですが、その後駆けつけた両親からの説教の内容に私は耳を疑いました。
多少、怒られる覚悟はしていたのです。親になんで頼らなかった、と。ですが今回妹が怖がっている親に会わせるわけにはいかない、私がどうにかしないと、と思っての独断でした。説教の覚悟はしていました。
「なんで救急車を呼んだ、社会に迷惑をかけた、本当に助けが必要だった人がいたらどうするつもりなんだ」
なんでこういう説教なんでしょうか。妹がその、助けが必要な人だったら、妹はどうなっていたか。結果何もなかっただけなんです。妹は声が出ない、どんなに頑張っても出ない、という通常ありえない、明らかな何かしらの症状が出ていたのに。
リアルの知り合いに頼れる人なんていませんでした。結局またネットの友人(一応年単位の付き合いであり、毎日少しずつ親の話を聞いてもらって、ネット上という前提である程度信頼していた相手でした)に相談し、強硬手段として親を110通報したのです。 そこから私たち姉妹は叔母さんの家に保護され(結局妹が帰りたいと言い出したので5日程度で帰りました)、少なくとも2種類の緊急番号を実行した私と親の間には明確な溝が残りました。
この件で私は心身をかなり病んでしまい、最終的に精神科病棟に3ヶ月入院することになりました。それが高3の最終課題提出時期と被り、私の留年は確定しました。
この一件があまりに大きいのですが、それ以外も昔から『毒親』と言ってしまった時に怒鳴られた数日後
といったら、
と絶叫のように怒鳴りつけてきたり、小学校の頃まだサンタを信じていた妹がクリスマスにシルバニアの家が欲しいと言えば最初から
「さすがに子供っぽいよ」
と難色を示し、結局当日には全く関係ないラジコンヘリを枕元に置いて妹を泣かせたり、
私が学校の授業で2歳の頃の誕生日パーティの写真を使い、写っていたビール缶が誰のか友達に聞かれた時に母と答えたら
「なんで私が酒飲みだってバラしたの、おじいちゃんでもおじちゃんでもよかったじゃん」
と大泣きしたり、いろいろなことがありました。
こんな母でも若い頃はちやほやされて、某大手ソースメーカーのパッケージデザイン部門に勤務していた頃、専門知識もないのにその見栄えを買われて『味の専門家』なんて肩書きでテレビに出たりと、まあ中々に話題の中心にいる人物だったようです。
少なくとも、私は母に対等に人間として扱われていない、ということだけははっきりわかりました。
自立しようとすると途端に態度が冷たくなるんです。私が母と食卓を囲みたくなくて自分で料理をするようにした際も、
「私の料理が食べられないのか」
と露骨に機嫌を悪くし、会話の機会が減ればそれだけで怒鳴りつけてくるほどに苛立つ。会話を増やして結果喧嘩も増えれば、譲り合わない(=母の主張を飲まない)私が悪い。
おそらく、母にとって自立した私はどうでもいいどころか無駄に喧嘩を売ってくるうざったい存在なのでしょう。
いつまでもよしよしと可愛がることができる子供でいてくれないと、母は愛してくれないのでしょう。
そもそもきっと、最初から愛してなんていなかったのかもしれません。愛していたとして、それは人間を愛する感情より、小動物をケージの中に閉じ込めた上で餌をやり撫でる感覚に近いのだと思います。事実旅行などは向こうが一方的に決めて連れ回してきますし。
こんな私ですが、母のことはもちろん大嫌いです。と同時に、捨てきれない執着と苦しみを同時に抱いています。
私はあの人間が大嫌いですが、「母」という存在にいまだに夢をみているんだと思います。「母」に無条件で抱きしめられて、他より劣っていたとしても、逆に他より優れていたとしても、私が私であるだけで愛してくれるような存在をいまだに求めているんだと思います。
私にとっての「母」は、対等に愛してくれないあの人しかいないんです。どんなに嫌いでも、憎くても、私は愛情を求めるたびにあの人の顔が脳裏に浮かびます。
結局はこんなことを書かせてもらったとしても、最終的には私が踏ん張って逃げ切るしかないんです。なのにこんなことを書くのは、きっと肯定が欲しいからなんだと思います。
別にできない存在として、仕方ないなあと甘やかされたいわけじゃないんです。ただ、私が母に対してひねくれた見方をしているから苦しいだけで、母は普通に愛してくれているのか。それとも、私が苦しいと感じるのは別段おかしいことではないのか。その答えが欲しいだけで、こんな長文を書いているんだと思います。そして、ひねくれているだけだと言われたら余計に傷つくし、単にあなたは悪くないという肯定が欲しいだけであることも自覚してはいるんです。それでも自制ができなかった。
本当に、お目汚し失礼しました。もし最後まで全文読み切ってくれた方がいましたら、綺麗事も誇張も抜きで幸せを祈らせていただきたいです。
ネットの先の顔も性別も年齢も、書いてあることが真実かすらも不確かな相手の戯言を最後まで聞いてくれる人は、どこかで成功して本人が満足できる人生を送って欲しいですから。綺麗事にしか聞こえないとはわかっていますけれど、祈りたかったので祈らせてもらいました。ありがとうございました。