はてなキーワード: 釣りとは
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長くなったから別個に置いたよ。
相手がどう思おうとこれからどんな風潮になろうと、自分が差別されず責められなければいい論旨だった。
(ていうか自分が生理的に無理なことで相手が悲しむとか苦しむじゃなく自分が責められるってなんなん あまつさえ責められたくないってなんなん あなたの気持ちと同じ「生理的に無理」を向けられることを可能性さえ考えてないおこがましさなんなん その非平等さや相手への鈍感さと自分は差別の非難を受けたくないしそう主張していいっていう自己肥大や自分への繊細さとのあまりに大きすぎる不釣り合いってなんなん。なんなん…)
(逆だとどうなる? たとえば、憧れる人がいるけどその憧れが忌避され否定される集団があって、そのなかで暮らしてくなかでその憧れが認められる風潮になってくる、だけど、とある一人から「あなたたちの感性は私の感性とどうしても別のものだし受け入れられない。受け入れるのは一生無理かもしれない。あなたたちを差別しない今の風潮はおめでたいし素晴らしいと思ってはいるんだけど。こういうこと言うと差別って言われるよね。受け入れる努力はゆっくりだけど怠らずにやっていきたいと思ってる、だから差別だって責めないでほしい。お願いだから、準備できるまで無理強いしないで。あなたたちが差別しないでというならこちらの嫌悪も認めてほしい。こういう人もいるんだよ。生理的にずっと拒否してしまうかもしれないけど、それをどうか認めてもらえないかな」とか?)
(私だったらしらける 誰に向かって話しているんだ)
(同性同士の肌の触れ合い勝手に想像しといてこっちの気持ち想像しとらんってことか? いやそう決まったわけでないけど)
(でも絶対私も私の気にしてないところでこういう思考やってる)
(だいたいあなたがどういう経緯でアレルギーをこじらせたのか知らないから…眉をひそめたのだろうその相手だけに向けて書いたのなら、さっき書き連ねたほどにはひどいふうに書いてなかったんだとは思う。読む人にとっては確実差別だなとは思ったけど。正直、対話がうまいこといかずに安易に非難だけされたらまあ、責められる側でしか考えないかなとも思う。わかんないけどね)
(しかしなぜ「生理的に無理」なほど同性愛が無理なのか理解しかねる。異性愛めっちゃ強いか、なんとなく同性のいちゃつく場面を想像してしまう視覚イメージ優位の人か。あと同性愛が無理なのはともかく同性愛『者』はどうなんだ? 同性愛という観念のみ無理となると、それ差別じゃなく偏見の域になるのでは)
(個人的には、同性でいちゃつく人とか思わずにいいと思うんだけど…ちょっと趣味が変わった人とか捉えていいと思ってる、もちろんその相手に初手ストレートでは言えないけど。だけどこういうこと思えるのも周りにLGBTな人ほぼいないのと自分がそれほどゴリゴリに異性愛者じゃないからなんだろうか。不思議じゃない? 男が女に/女が男に恋するって不文律が、自由に意思を持つ人間における違う個体の大多数で自然と守られていくの。男と女のキスシーンは特に問題なく見られるの。不思議じゃないのか…?)
妻の妊娠がわかった。念願の第一子。つい先日の検診で心音も確認できた。
お腹が大きくなって動きづらくなる前に、行きたいところ・コロナへの考慮込みで行けるところには今のうちに行っておきたいね、という話になった。
引越しを伴う転職を機にプロポーズし、妻には遠い地元を離れて、知り合い・親戚・友達もいない都会に身一つで来てもらっている。
住んでいるところから自分の実家は近いが、母はすでに亡くなっており、父しかいない。
基本的に子育て・家事はワンオペで母がこなしており、the 昭和の亭主関白だった。育児の面で父に頼ることを、自分もそうだし、何より妻が不安に思っている。
妻の実家は飛行機じゃないときつい距離だし、何よりコロナの事もあるしで頻繁には帰れない。
日々の育児に疲れた時、一人になれる場所があったほうがいいかな・・・と思った。
そっからの会話。
俺「近場で、貴女1人でもリフレッシュできる場所をいくつか見つけておきたいね」
妻「なんで?」
俺「育児に疲れてメンタルがどうしようもなくキツくなった時、そういう場所があったほうがいいかなって」
妻「離乳するまでは母親は付きっきりじゃないとダメでしょ?そんな暇ないし、そういう暇が無くなるっていう覚悟はできてるよ?」
俺「いざ子育てが始まって、本当にメンタルがきつくなるかもしれないじゃない?」
妻「貴女が子供の夜泣きとかで睡眠時間が削られてキツイっていうなら、私は子供連れてしばらく自分の実家に帰ればいいと思ってるよ。」
俺「それだと、俺は助かるかもしれないけど貴女の負担は変わらないじゃない?子供を俺に預けて、一人で過ごせる時間があってもいいんじゃない?」
妻「私は耐えられるし、何度も言うけど耐える覚悟だよ?じゃあ授乳期の子供が母乳ほしがったら貴男になにができるの?何もできないでしょ?」
母乳を保存しておく、という事をなんとなく聞いたことがあったので話してみたが、衛生的に大丈夫なの?一日分貯めておけるの?と聞かれ、薄い知識しかない自分は言葉に詰まった。
生半可な覚悟でこの子を産むつもりじゃない、私を舐めないでと言葉そのままに言われ、そんなつもりじゃなかったと弁明しようとしたが、もうこの話をしたくないと切り上げられてしまった。
前々からこういう会話で衝突することがあり、その度、自分が間違っている事をわからされる。
子供が産まれる前から、自分は無能な父親なのかもしれないという思いに苛まれ、自身のしょうもないプライドがいっちょ前に傷ついている。
Lúcia🌶
@madamedebamboo
返信先: @sndm___456 さん,@quzi23 さん
九州男児の知り合いは、結婚したら風呂から出て仁王立ちになっても誰も拭いてくれないんでびっくりしたって言ってました。「あ、自分で拭けば良いのか」って初めて気づいたらしい。
https://twitter.com/madamedebamboo/status/1373584472612896770?s=20
このツイは釣りなんだろうけどさすがに酷いなぁ
漠然と生きたくない
死ぬなら安らかに死にたいけど、そううまく行かないから多少は苦しんで死ななきゃ
図書館行くの好きだったけどいつ何が起こるか分からないからって借りるのやめちゃった
うーん
難しいかどうか、と問われれば、難しいでしょうね…普通ならば心理的ハードルというものがあるので
到着までに目の前のこの車いすの人が逃走したら?
警察が来てくれたとしても休憩時間後の午後の業務時間に取り調べ?
通報して捕まえてしまえばこの車いすの人の人生をめちゃくちゃにするだろう
この人、もしくはその家族が面倒くさい人ならどうする?(既に職場も名前は知られてしまっている)
すごく不快な気持ちにはなったけれど、自分が我慢すればと普通は考えるでしょうね
端的に言って、2度と当時には戻りたくないと思う。
穏やかな小学校生活が終わって、中学校に上がった。中学校は周囲のいくつかの小学校から生徒が合流し、顔ぶれは半分ぐらい変わった。
新しい同級生、新しい先輩、見知らぬ古い校舎、荒れた空気で余裕のない先生。同級生はみんな、自分の居場所がリセットされて、それを確保するのに必死だったと思う。
一部の同級生が、先輩らの影響で短ランやボンタンのような制服を着て、髪の色が明るくなり、言動が激しくなった。
それに伴って、学校は腕っぷしの強さや声の大きさ、容姿の美醜、スポーツの出来不出来、笑いが取れるかどうか、を軸とした上下関係の階層構造が強まった。
勉強のできる学校、地域ではなかったから、勉強の出来不出来や知識の豊富さはそこまで階層への影響はなかった。むしろ、真面目に勉強をしていることはダサいという空気感すらあった
当時の僕は、身長は高い方だが、容姿は下、スポーツは並、笑いは全く取れない、勉強はそれなりにできるが、トータルでは平凡な男の子だった。
ただ、良好な人間関係の作り方や上下関係のやり過ごし方などの処世術に鈍く、学校に上手く馴染めないまま過ごしていた。
プライドが高かったのだと思う。
階層トップの不良グループはクラスの場を支配していたけれど、僕は、支配されたフリをして上手く立ち回るのはイヤだった。
イジられても笑いで返せず、キレ返した。物がなくなっているなどの軽いいじめに、張本人を殴ったり同じことを仕返しした。
お前、小学校の頃は休み時間に一緒にサッカーしてたよな?僕のお父さんの車で一緒に釣りに行ったよな?何でこうなっちゃったんだよ!とずっと思っていた。だからこそ、負けたくなかった、譲れなかった。
昔は仲が良かったみんなも、自分のいる階層を保つ or 上昇させるために、グループに所属して、その勢いに流され、僕や立場の弱いグループを、気まぐれに攻撃することが、中学校のなかで当たり前になった。
そして、いつも反抗的な態度の僕は、特に標的にされ、孤立した。
カバンや筆箱が無くなっていたり、お金が盗まれていたり、パンツを脱がされたり、通りがかりに殴られたり、いろいろ。当時はよくがんばって学校に行っていたなと思う。えらい。だけど今思えば、がんばり過ぎないで欲しいなと思う。
こんな感じで、安心できる場所は学校には一切なかった。毎日心も体もかなり緊張していて、ビクビクしながら過ごしていた。
その時の身体の強張りはクセになってしまい、他人がいると男子トイレの小便器でおしっこすることが出来なくなった。おしっこをしている時はイタズラされることから逃げられないから、他に人がいると落ち着かず、どんなに頭でおしっこをしようと思っても、出てこない。
学校の中でも奥の奥にある、ほとんど誰も使わないトイレに、休み時間になると駆け込んだ。たまに先に人がいると、その周りを歩いて出てくるのを待った。
年間のなかで最も大きい大会に、中体連の県大会、といったものがあった。
うちの中学校では、この県大会の大会出場のときには、様々な部活から各種陸上競技に出演するメンバーが選ばれた。
僕はどの競技の選抜からも落ちたが、大会までの練習や当日の飲用水の用意など、陸上部としてサポート役のため駆り出された。
小学校から続けてきたが、なかなか結果は出なかった。そして、陸上部ではないみんなとの競争に勝てなかった。
知らないメンバーのために、部活だからとサポートをすることは、楽しいことではなかった。大事な大会で走れない陸上部、ということが情けなくて、恥ずかしくて、自信が持てなくなった。
陸上そのものを楽しいから続けている、という内的動機も弱くなったこともあって、部活という居場所を自分から閉じてしまった。
部活を辞めてからは、授業が終わり次第すぐ帰り、毎日自宅のPCでインターネットを利用した。
Yahoo!チャットでは、立場や背景も関係ない、見知らぬ人とフラットに会話できることがとても楽しかった。私は当時南の島に住んでいたが、その島には映画館が無いと本気で思っている人がいるなど、この嫌な地元とは切り離された人と、遠く距離を超えて繋がれることにワクワクした。
オンラインゲームでは、徐々に強くなっていくキャラと、連帯感のあるギルド(所属するチーム)でゲーム内に居場所ができた。
ただ、Yahoo! チャットでは人とのごく短い付き合いしかできなかったし、親はオンラインゲームにお金をかけることは許さなかったから、オープンβテストの期間が終わったら、ゲームはそれ以上続けられなかった。
それでも、毎日急いで家に帰って、ここではないどこかに居場所を求めた。
ここまでがだいたい中学1年生。
2年生になりクラスが変わってからも、同じような軽いいじめ、イジリがある構造は変わっていなかった。そんな中、ある事をきっかけに階層に反抗する心は折れることとなった。
小学6年生の時から好きだった女の子と、同じクラスになった(初恋だったんだと思う)。
修学旅行のはずみもあって、就寝前、端っこあたりで寝そべっていた僕にも、みんなで好きな子を暴露する順番が回された。そこで、迂闊にもその子が好きであることを話してしまった。
僕は次の日の朝、ある場所に連れ出された。女子からも男子からも人気のあったイケてるグループのメンバーが、勝手にその子を呼び出していた。
事前に、僕が彼女のことを好きだということは伝えられていたようで、女の子は戸惑った、迷惑そうな顔をしていた。
そして、ちゃんと好意を伝えることもできないまま、一方的に、僕のことを好きではないことを伝えられた。
好きではないという事実以上に、あの迷惑そうな顔に、かなり心が傷ついた。あれは、階層の中で下位グループと同じ括りにされることを嫌がる拒否反応のような、そんな表情とリアクションだった。
ひどく鼓動が早くなった。気持ちが塞がってしまい、僕の修学旅行はそこで終わった。
この女の子とも、小学生のときは、同じクラスの隣の席でよくお喋りをした。いつも落ち着いていて、知性があるような雰囲気で、スピッツが好きだった。
小学6年生の遠足の時、移動までのバスでカセットテープを流すことができた。僕は遠足の前日、スピッツの「recycle」をカセットテープに録音して、当日のバスで流した。
歌うことが大好きだったし、上手だと思っていたから、その子の近くの席でこれ見よがしに、特に好きだった「渚」か「楓」を歌っていたと思う。
小学生らしく、好きだからといって何ら関係を変えるためのアクションは取らなかったが、日々その子と話ができることが嬉しかった。
中学校に上がってからは、僕は廊下などで見かける度に意識していたけれど、クラスが違うこともあり疎遠だった。
そして、2年生に上がり同じクラスになってからも、思春期特有の自意識過剰から、まともに話すことができなかった。
そしてそのまま、拒否された。
一方的に彼女に好意を伝え、呼び出した複数人の男子グループは、彼女が嫌がるそぶりを見せたとき、「うわ、かわいそ〜」と他人事のように、少し面白がっているように話していた。
個人としてどういう人だ、と言う前に、どの階層に属するかによって、こういう風に軽んじられる存在があることを強く認識したし、軽く扱われる自分自身のことも好きじゃなくなっていった。
自信をなくして、自分のことを好きじゃなくなっていくのと並行して、上の階層である不良グループに嫌がらせをされても、ヘラヘラと笑ってその場をやり過ごせるようになった。そしてもっと、自分のことが嫌になった。
体育の授業で複数人でグループを組んだ時に、兄の影響でアニメに詳しいクラスメイトがエヴァンゲリオンの話をしているのを聞いた。
ガンダムの仲間かな、というぐらいにしか知らなかったけれど、家族でゲオに来たついでに、何気なくレンタルをしてみた。
結果、見事にハマった。
戦闘シーンやメカニクスの描写などに強い興味はなかったが、同じく14歳のシンジや他のキャラの内面の描写に、自分を重ね合わせて見ていた。
中でも人類補完計画やセカンドインパクトは、思春期の想像力と合わさって、朝起きたら本当に起きているのではないかと、期待しながら眠ることもあった。
意地悪をする同級生は、個人それぞれは悪いやつでないことは知っていた。グループや階層といった構造になると、途端に他人に攻撃できることを体験的に知った。また、僕自身にも、階層の中で下のグループを軽んじてしまう意識があることを知った。
何で人間はこんな生き物何だろう、と思った。それぞれ個人としては思いやれる人も、集団となると流されてしまう仕組みが、欠陥だと思った。
他人もそうだし、自分の暗い部分も怖いから、誰かと近づくのをやめようと思った。関係を深めることをやめようと思った。だけど、誰かと認め合いたいという矛盾した気持ちがあった。
人類補完計画のように、人々の壁がなくなってひとつになったら、人間の欠陥もなくなって、みんなが幸せになれると思っていた。本当に早く来てほしかった。
でも、当たり前だが、そんなものは来ないことも分かっていた。だから何度も何度も見直して、頭の中だけでもエヴァの世界から抜け出さないようにした。
繰り返し見る中で、分からない部分も多くあった。なぜシンジは人間がひとつになる世界をやめたのか、なぜアスカは気持ち悪いと言ったのか、結局それぞれのキャラは救われていくのか?
これらのモヤモヤと、いつまでも起きない人類補完計画への期待感は、中学3年生になって受験勉強に忙しくなったのもあって、少しずつ心の片隅に追いやられていった。心に残る形は歪なままだけれど、そのままフタをした。
その後、県内では進学校だった高校に入学し、校内の暴力的な上下関係などはなくなって、落ち着いた学校生活を送れるようになった。
大学は第一志望には落ちたけれど、都内の学校に進学でき、希望していた地元からの脱出は叶った。
だけど、その都度、人間関係の構築は必要だった。苦手意識や恐れを感じて、中学生の頃のような緊張が蘇ってきて、上手くいかないことも多かった。言葉が上手く出てこない、出てきても変なことを言ってしまう、怖くて誘えない、など。
大学1年生の終わり頃に、良い友人との出会いがあった。何かと心の距離を取りたがる僕を、何度も何度も誘ってくれて、しつこく自宅に招いてくれた。そして、人に近づく怖さがだんだんと薄れていった。
また、その友人を起点に人間関係が広がっていった。みんな優しく受け入れてくれて、少しずつ人付き合いの自信がついていった。
いつまでもどこか漠然とした孤独感や居場所のない不安はあり、心のクセになっていてなかなか取れなかった。同時に、エヴァのこともよく思い出した。
それでも、その後の学生生活はこれまでにないほど充実して終えることができた。
この時に身に付けた自信から、就職先での人間関係も何とかやり過ごすことができるようになっていた。
今は、30歳になった。それなりに忙しく働いていて、家族もある。
誰かの心の痛みがよく分かる優しい人と一緒になった。
できることが増えて、自分の人生も俯瞰で見られるようになり、生活をうまくやる自信もつけている。
日常の中で中学生当時のことと、エヴァのことを思い出すことはほとんどなくなっていた。
そして、今回の新劇場が話題になっているのを見た。これで最後ということで、とても気になった。
なぜ今さら気になるのか考えてみると、過去に集団の中で屈してしまった悔しさ、自信喪失をちゃんと受け止めて解釈して、成長することができているということを、大人になった今エヴァと対峙することで、確認したかったのだと思う。
僕はとても救われた気持ちになった。
今回の物語では、シンジ、ミサトさんを始め、みんなが過去の様々な間違いや未熟さを認めながら、前を向くことができた。
第3村のトウジとヒカリ、レイの田植えなどの描写は、日常に地に足をつけて生きていることに対して、背中を押してくれたように思う。
劇中のみんなが自分なりの希望を見つけていくのと同じように、今僕自身が生きている人生に対しても「それでいいんだ」と、認めることができたように思う。
本当に良かった。ああ、これでいいんだね。
なんで陵辱行為全般の反対側に並べるのが「財宝をかっこよく盗みたい怪盗」なの?
怪盗を並べるならもう片方も「無限の精力と触手召喚能力でかっこよく魔法少女をレイプしたい魔人」くらいにしないと釣り合わないんじゃないの?
自分で何か目標を見つけて、それに向かって努力して成長していける人は素晴らしいと思う。
その反面、意識が高い自分に酔って伊達に生きているだけの「意識高い系」の人間が死ぬほど嫌いだ。
高専で学生やってた頃にそんな人種が湧いていて辟易していたが、新卒で就職した会社の同期にもいて生理的に無理って感じになってしまった。
幸い今は身の回りにそんな人種がいない環境に来れたので平穏に暮らせているが、たまに思い出すだけで不愉快な気分になるので、ここで愚痴っておこうと思う。
それで次第にバカバカしくなって、忘れていけることを期待して。
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影響力がある人にやたらと引っ付いてくる。まさに金魚の糞。
同期で3人座っていたデスクで、目の前でリーダー的存在のAと腰巾着のBが延々と話しながら一緒に仕事してる中、自分だけ仕事も与えられずに自習させられてた地獄の期間が何ヶ月も続いて、毎日が惨めだった。仕方なく電話対応とか来客対応とかしようと頑張ってたけど、張り合うようにその仕事すらもBに取られていった。
結局、仲間外れのような状態のまま自分だけ配属され離れ離れになった。しばらく経ってAが久しぶりに同期で集まろうみたいな話をしてくれたけど、Bが自分の都合で一ヵ月も予定を引き延ばしてきて腹立たしくなって自分だけドタキャンしてしまった。
その後、一年くらい同期のLINEグループで相も変わらずAが発言するたびにBがすぐさま乗っかってくるような状況が続いて、次第に気持ちが死んでいき精神衛生を守るためにグループを抜けた。Slackも自分がチャンネル作ったのに自分で抜けた。
Aのことは憧れの存在として思ってたから、その分Bが占有するようになって、もう関わりたくもない人々に変わってしまったのが堪らなく悔しかった。
向こうからは「なんか知らないけど自滅した」とか「邪魔者が消えてよかった」としか思われてないんだろうな、きっと。その上、人を除け者にしてまで学生気分続けてきたくせに、意識高いマウントはしっかり取ってくるのな。自分本位すぎて笑っちゃうわ。
学生の時も似たような経験があって、その時は寮だったからさらに地獄だった。
いつも取り巻きみたいなのが大勢くっついていて、見ていて気持ち悪かった。生きてて恥ずかしくならなかったのかな。
意識高い系は、その薄っぺらさ故にカリスマ性など持ち合わせていないので、結局、腰巾着に徹するしかないんだろう。
にわかオタク以下のつまらない話しかできないから、便乗するしかできない。
その癖、自分が一番かであるように偉そうに振る舞うので、図々しいとしか言いようがない。
腰巾着の分際で「他にも友達たくさんいますから(笑)」とアピールしてくるのが、さらにムカつくポイント。
こちらが腰巾着が湧いたコミュニティから離れようとすると、追いかけるようにして自分が逃げた先のコミュニティに絡みに行く。
うざいったらありゃしない。自分が嫌われている自覚はあるんだろうか。
うちの母校(というかほとんどの高専で)は定期試験の過去問を先輩達からもらって試験対策するような文化があり、意識高い系の人間はその広い人脈(笑)を使って先輩方から過去問を回収して回り、それを自分を支持してくれる人に回して人権を得る。
酷いときは、この科目はちゃんと授業受けなくていいみたいな風潮をこいつらが蔓延させていたこともあった。
真面目に授業を受けて一人で勉強してると、学校生活がバカバカしくて仕方がなくなっていった。
意識高い系は多趣味(笑)アピールも酷くて、何個も部活動を掛け持ちしてくる。
当然、自分が所属していた部活にも意識高い系が湧いてきて居場所がなくなっていく気がした。
人を引っ張って行くような事はしたがらないくせに、やたらと人目に付くところに出て行きたがる。
これによる実害が自衛ができないこと。名前を見るだけで悪寒が走るので、ネットだったら即ミュートしてる。
同期の意識高い系は、会社Slackの全員が見えるチャンネルでほとんどの投稿にリアクションを残している。イントラの残業超過リストに出てきたときは、名前載せるために残業してるのかとさえ思った。存在を忘れたいので、Chrome拡張作って除名するようにしたら幾分かスッキリした。
誰も聞きたくないような自慢話を、周囲に聞こえるような音量で延々と話す。キーボードの音が異様にうるさい。ここら辺はネットでよく聞く意識高い系と同じ。
意識外に置ければ自分とは関係の無い存在として割り切れるのに、度々自己主張してくる。忘れたころに顔を出してくる。もうたくさんだ。
何かと事あるごとに張り合ってくる。本当に他人と張り合うことしか頭にない感じ。
大体、同調圧力の諸悪の根源となっていたのが意識高い系だった気がする。
何か自分の好きな事について話してても、それに対する知識マウントしかしてこない。「ニッチな俺、カッコイイ(笑)」ってか。
自分の好きな事でも、マウント取りの道具にされると一気に冷めてしまう。好きな事にのめり込もうと思っても、マウンティング野郎の顔が浮かんで嫌になってしまうのが苦しかった。
「〇〇は暗記しないとダサい」「〇〇は反則」「〇〇してる方が偉い」みたいに。
ネットで謎校則がたまに話題になるけど、意識高い系の連中は我々を「自分で何が正しいことかも考えられない、言葉で服従させられる小中学生以下の人間」だとでも思っているのだろうか。
それと、うざいほど他人の真似をしてくる。自分磨きのためだったらいいけど、明らかにマウント取りのためなのでいい迷惑でしかない。
自分が何か成し遂げて褒められると、それを多人数で集まって同じ事をして張り合ってくる。
コンテストとか大会とか、何か目標を持って真剣に取り組んでる人は素直に格好いいとは思う。でも意識高い系の連中は、必要以上に群れて馴れ合いと自己顕示を目的としているので最高にダサい。
若干自意識過剰だが、こっちが好きで一人で努力してやり遂げたことをゴミ以下の馴れ合いでこなして「ハイ、俺の勝ち~~(笑)」と虚仮にされているようで、プライドをズタズタにされるような悔しさを感じた。
昔いじめられたりした時よりも、意識高い系が存在している空間にいる時の方がよっぽど居たたまれない気持ちになった。
端から見たら勝手に逆恨みしているだけかもしれないけど、生きているだけで惨めだった時期もあった。
意識高い系は、そのまま意識たかいたかーいして他界してくれればいいのになと思う。
なんかもう誰とも比べられたくないし比べてしまいたくないし、自分らしく生きられるようになりたい。
なんだかんだで今はもう身の回りに意識高い系はいないし、今後は対等な関係でいられるような人間関係が築けるといいなと思うけど、これもなかなか難しい。少なくとも、他人を自分の思い通りにさせないと気が済まない人間とはしばらく距離を置きたい。
ここまで書いたけど、別に被害者面で誰かを否定する意図は無く、自分が感じた嫌悪感を書き連ねただけ。
見返すとあまりに支離滅裂な文章だし、読み手には書いた奴に問題があるんじゃないかと思われるのも重々承知している。
コメントは最初から見る気なかったけど、ふと思い出して確認してみたら思ってたよりは反響が出てしまったようで驚いた。
スルーされるか「キチ○イキタコレww」と大喜びで揶揄されるかとしか思ってなかったから、少しでも共感してくれた人がいたのはすごく嬉しかったし、救われた気持ちになった。ありがとうございます。
非難されるのも、自分の腐った妄執がそれで祓えればいいかなと思う。
詰まるところ「勝ち負けの概念しかなく、他人を無理やり自分の土俵に上げて殴って気持ちよくなってる人」が無理なんだけど、コメント見る限りそういう人はどこにでもいるんだなと諦めるしかなさそう。
この際だから、長文の言い訳とやらを書いてみることにする。こんなことをするのも、もうこれっきりにしたい。
タイトルのせいで釣りみたいになってしまったのは、本当に申し訳ない。造語でもでっち上げようかと思ったけど、「意識高い系」で検索してみて出てきた特徴があながち違ってなかったのでこのままにした。
端からノイローゼ気味な奴の愚痴として書くつもりだったし、それとなく断りを入れておいたつもりだった。「意識高い系」あるあるを期待されていた人はごめんなさい。
まあでもスタバでMac広げている人に対して「死ぬほど嫌い」は通り魔かよって思うし、マルチ商法で人生壊されたとか期待されていたのだろうか。そっちの実態はよくわからない。
ただ、過去のことなのにずっと頭の中でもやもやしてしまっていることを書き出して、自分の問題と環境の問題を切り分けたかった。
憂さ晴らししたいのが滲み出て過剰な表現をしてしまったのは反省している。無意識に他人を見下してる風なことも素直に書いて、それって恥ずかしいことだって思えるようになりたかった。もちろん全文恥ずかしいし、生きてる事自体恥ずかしい。
自分が正義だなんて言うつもりはないし、完全に主観で書いてる。悪口だけにならないようにこう言う書き方になったけど、上手くまとまらなかった。
例えば、人脈が広いっていうのは自分にも真似できない才能なのは認めるけど、こっちから見たら嫌いな奴がどこにでも居て逃げ場が無くなっていい迷惑って話。
何をするにしても張り合って来られると、常に競争させられてるみたいで何一つ楽しくできないし、やがて、自分のやってないことでも自慢されるだけで気疲れしてしまうようになる。
高専の闇的な話も補足すると、過去問回して勉強するのも一つの手段だとしても、仲良くても無力であるべきだと思ってる人には何も渡さずに成績を馬鹿にするだけなのが胸糞悪かったし。授業中に複数人でゲームやり続けてそれが普通みたいになってて、先生が可哀想だった。
ちなみに、自分は意識高い人は嫌いではないけど崇拝もしていないしぶっちゃけ少し苦手。「意識高い系」と「意識高い人」を区別するために、人の方を立てる言い回しをしていた。こういうと、系の方が人外みたいだけど。
できるだけマイペースに生きたかったのに、家庭の影響もあってコンプレックスの塊になってしまって、だからこそ個人的に卑怯なやり方で自尊心を満たしてるのが許せなかったのかもしれない。みんなそれぞれ頑張ってるのに、出し抜くことばっか考えてるんじゃねえよと。コンプレックスの殴り合いなんてもうしたくない。
やたらと他人の粗探ししてきて足引っ張る気満々って奴は、一緒に切磋琢磨する仲間じゃなくて意識高い系マウントマンと断定して距離を取るようにしたい。
腰巾着が湧き出したコミュニティからも離れるようにしたい。長いものに巻かれたいのが人間の性なのかもしれないけど、値踏みされるような人付き合いが嫌だった。
普通に話してても毎回途中で割り込まれて置いてきぼりにされるし、同じ環境にいて仕方なく付き合わなきゃいけなくて、こっちがいくら対等な関係を築こうとしても向こうが差を付けようとしてくるから本当に疲れる。
結局のところ、価値観が合わなかったり裏切ってきて嫌いになったりした人間と、学校や職場という長い時間一緒くたにされて拘束される環境で、執拗に自己主張され続けたらそりゃ精神的に来るよなってことだけなのかもしれない。
思い返すと、最初は全く相手にせずに気にもしなかったけど、どんどん環境が悪化して塵積で追い詰められていってダメになってしまった。
高専入ったときは、中学の荒れていた環境からようやく解放されて自分の好きな事で勉強できるんだって思ってた。でも蓋を開けたら虚栄心の塊が牛耳る環境で、馴染めなくても寮だったから逃げ場もなく過ごすしかなくてつらかった。
社会人になってから、今までの反省も踏まえて今度こそ上手くやろうと頑張って初めは仲良くできたのに、対等な関係を目指して親切にしたら図に乗って裏切られて、仕事の機会すら奪われて悲しかった。
自分が要領よく調子よく立ち回れなかったのが悪かったんだけど、自分勝手な人間が得をする環境ならそこに留まるより距離を取った方がマシだった。だけど、変なプライドと悔しさだけが誰にも話せずに残ってしまって、振り切って前に進むこともできなかった。
外堀を埋められるようなやり方をされてきたから、当時は誰も味方なんかしてくれないと思ってたし、実際マイノリティな悩みだから理解してくれる人も少なかっただろう。世の中、そんな悩みは淘汰されるしかないんだから
自称鬱病みたいに思ってたけど、今でも過敏に嫌悪感を感じてしまうなら、やっぱりちゃんとカウンセリングなり精神科なり行った方がいいのかも。
学生時代に行ってたときは、クソ親が病院の先生に成績が落ちてるから何とかしてほしいみたいなことを吹き込んだのを聞いてから嫌になって行かなくなってしまった。
大人になってから行けばまた何か違うのかもしれないけど、あそこいつもめちゃくちゃ混んでるし、今回試してみて自分の悩みを明確にして話すのもかなり労力がいるということも分かったし、何というか本当に生きるのって大変で辞めたくなる。
過去のフェミの問題発言を調べると、作ったばかりのアカウントが発信元だったり非フェミの明らかな釣りツイートだったって例が結構ある。
人と物を無理矢理集中させて地価を釣り上げて経済を嵩上げしてるから一極集中にならざるを得ないだけなのに
一極集中やめたら日本はセルフで空前の不景気になって地方では半グレが秩父事件とか士族反乱みたいなの起こしまくって
経済も悪くなって予算もない分警察も人を割けなくなって治安崩壊するだけだぜ?
ピストルやサブマシンガン持ってたって多勢に無勢じゃ敵わないしな
そうなって欲しいんならいいんだろうど
暴力もて無理を通すからこそポリコレはカルト宗教たり得るのだし、ここで筋を通すならポリコレを相手にする人はいなくなる。
件の問題だって、オリンピッグ云々は馬鹿向けの釣り餌であって、本来の告発理由はMIKIKO氏へのパワハラなんだが
馬鹿の大騒ぎによってそっちは見事に見向きもされなくなってしまっているでしょ。
いつまでも子供心でいいと信じているおっさんが多くて、中身も年齢もおっさんでも心だけ学生気分でいるから、心のレベルだと若い子と釣り合っていると思っちゃってるのかもね。
日本の男向け二次元文化は、若い女の子キャラばかりといちゃつくばかりのゲームとかの影響で、ガチで若い女の子にしか関心が持てない病気みたいな男とかいるみたいだし。
男は年収400万以上じゃないとモテないと信じてる人が40代でやっと目的の額になったから、お金があるし生涯独身でもいいから、もう高望み狙おうとかの考えかな。
口先では舐めてるとか挑発的なこと言って煽るけど、婚期ラストチャンスで初の結婚ですぐに離婚したくないだろうから、内心けっこう本気なのかもしれないね。
2019年の40代後半の男性の未婚率が25.2%となっているのに対し、男性の生涯未婚率は23.6%みたいだから、結婚できる確率は1%程度の勝算みたい。
初体験は15歳で、ネットで知り合った名前も知らない自称バンドマンの車の中だった。
会うまでの経緯とかはあんまり覚えてなくて、カラオケに行こうってことで出会ったと思う。20歳のバンドマン。学校帰りに制服のまま指定された駅に向かって、迎えに来た自称バンドマンの車に乗った。助手席に乗り込んでから顔を見ると、明らかに20歳ではなかった。"おじさん"って感じでもなかったから30歳くらいだったんじゃないかな。髪が長くて確かにバンドマンっぽくはあった。「制服かわいいね」「そうですか?」とか適当なこと話して、10分くらい車に揺られて、カラオケ行くのかと思ってたら車は人気の少ない路地に止まった。その時にいろいろと察した。
さすがに今から逃げるのは無理だろうと思って、男の言う通りにした。車の中は狭いし、男はハアハアしてるし、早く終わらないかなってずっと考えてた。
終わって、そろそろ帰らないと親に怒られますって言ったら、男はそのままさっきの駅まで送ってくれた。股に違和感があって、電車の座席に座ったときに「おお…」となった。
その男と会うことはもう二度となかったし、名前もわからなければ本当にバンドマンなのかどうかも結局わからなかった。バンドマンであろうがなかろうが最早どうでも良かったけど。
そこから少しして売春を始めた。出会い系サイトとかじゃなくて、掲示板。年齢体型プレイ内容希望額とかを書いて募集するんだけど、そのまま書くんじゃなくて独自のルールというか書き方があって、面白い場所だった。机の引き出しの中に貯めたお金はいつしか凄いことになってた。
掲示板での活動に限界を感じて、まだ見ぬ客を求め新天地を目指した。結果的に言えば、そこで稼ぎが爆発した。既にその言葉自体は存在していたのかもしれないけど、当時「パパ活」なんて誰も言ってなかったと思う。サポとか援とか、キャバ嬢風俗嬢なら裏引き直引きとか、そう言う感じだった。掲示板でのやり方に慣れていたから、新天地では探り探りのスタートだった。これで駄目だったら別の方法を試してみようって軽い気持ちで募集をしてみたら、掲示板の頃とは比べものにならないくらいの物凄い数の連絡が来た。全部見きれないくらいの量。ビビった。しかも初回の募集だけ爆発するのは分かるけど、それ以降も爆発しっぱななしで、適当な台に座ってレバー叩いたら直撃してそこからずっと継続みたいな。
一番嬉しかったのは、大量の連絡の中から客を選べるところだった。1人からしか連絡が来なかったら不安でもその人と会うしかない。でも10人から連絡が来ればその中から良いと思った人を選べる。
この「良いと思った人」ってのも、「ちゃんと待ち合わせに来てくれそうな人」「提示額より高額を支払うと言ってる人」「年齢・容姿」とか色々あるけど、最後はカン。100%は無理だけど、慣れてくると90%くらいの確率で変な人を弾ける。ただ、この人なら大丈夫だろうなって思ってた人に待ち合わせバックれられるってことは何回かあった。でもそれは仕方のないことで、怒りも悲しみも感じなかった。丁寧な釣りか、待ち合わせ場所で遠くからわたしを見て「違うな…」ってそっと帰った人だろうから。釣りに関しては100パーは見抜けないし、わたしの容姿が気に入らなかったならもうどうしようもないもん。逆にごめんって思うよ。
まあ、そんなこんなで固定客と会ったり新規と出会ったり。最後まで危険な目にあったことは一度もなかった。ホテルはわたしが選んでたし、シャワーも一緒に浴びてたから盗撮はされてないんじゃないかなーと思ってる。分かんないけど。待ち合わせ場所で遠くから写真撮られてたってのはあるかもだけどね。
キレて怒鳴ってくる人とか乱暴なプレイする人とかお金払わないってゴネる人とかいなかったのは有難いっていうか、運がいいのかなーって。
プレイ前提で会ったはずなのにご飯食べてお金くれて解散して、その後何回会っても一回も触ってくることなく一回のご飯で30万くれるような不思議な人もいた。
パパ活って言葉が流行り出して、自分より若い子がいっぱい出てきたあたりで売春は完全に辞めた。固定の人、常連さんにも連絡してすっぱり卒業。
彼氏ができたことは一度もないし、これから先できることもないだろう。なんかもう一生分のセックスしたなって思う。あんなにしたのに、もうセックスがどんな感じだったのか思い出せない。
パパ活女子のアカウントをたまに見たりするけど、感覚が全然違うなってびっくりする。確かにパパ活と売春、援交は全く違うものなのかもしれない。本心は知らないけど、パパ活を何か素晴らしいものだと演説しているパパ活女子を見てると違うと思わざるを得ない。おしゃれなアフタヌーンティーの画像やハートのスタンプで加工した札束、ブランド品、切り取って晒す気に入らない「パパ」とのライン。やってることは同じでも、こうも違うのかと驚かされる。
パパ活でも援交でも、個人による売春は危険だらけだ。当たり前だけど何かあったときに誰も助けてくれない。
売春してたとき、風俗嬢の知り合いに「どうやったらそんなに稼げるか教えてほしい。風俗は客も選べないし店に半分取られるから勿体なく感じる」みたいなことを言われたことが何回かある。やめたほうがいいと思うと最初は流してたが、あまりにもしつこいので少し話したら、それからその子は事あるごとにわたしに助言を求めてきた。
「こんなことを言われた。なんて返したらいい?」
「嘘がバレた。どうしたら誤魔化せるかな」
そんなの、自分で考えろと。わたしはその客を知らないし、万能な答えなんてないし、それで何かあったらわたしは責任取れないし。
結局その子は「本当にそれはやめた方がいい」というわたしの最後の忠告を無視して大変なことになり、風俗に戻っていった。
そもそも風俗だって危険だ。店も完璧に女の子を守ってくれるわけではないのに、誰も味方がいない個人売春なんて誰だって遅かれ早かれ危険な目に遭う。慎重だったのもあるけど、わたしの場合運が良かっただけ。
風俗よりリスクがあるから手取りが増える。当たり前すぎて忘れてしまったのだろうか。
パパ活ブームの真ん中にいるパパ活女子たちは、いま何を思うのだろう。
女として一番美しい時期を全て売春に費やして、それでもわたしはまだ生きているし、これからも死に向かって生き続けなくてはいけない。
青春は終わった。
自分でもろくでもない青春だったと思うけど、違う青春を過ごしている自分の姿を少しも想像できないのが、今となってはなんだか面白く感じる。
釣りじゃなくて?
大体お前達が想像する悪どいまとめサイトだと思ってくれて構わん。
そんなに大手じゃないから月収は大体10万いかないくらいかな。
共同管理者もいて、2人でやってるからそっちの収入は5万、要するに趣味の範疇でまとめサイトとかやってる。
そんな俺から言わせてもらうとさあ、お前ら最近なんかマジになっちゃってて怖いよ。
俺もTwitterやらはてブのアカウントは複数持ってて自演で色々盛り上げたりしてるけどさ、
別に差別がどうこうとか、黒人がどうこうとか、フェミやら男女格差がどうこうとか、ヴィーガンがどうこうとか、
そういうの全部遊びでやってるわけじゃん。
お前達は暇つぶしで他人とレスバして、俺達みたいなのが収集してまとめサイト作って、暇つぶしで俺達のまとめサイトを見るやつがいる。
そんで、こことかTwitterの広告やら、まとめサイトの広告で稼いでる人もいる。win-winじゃんね。で、俺みたいなカストリのパチ代が生まれるわけよ。
所詮、そんなもんだろ。
特に差別とフェミ案件な。フェミフェミ言って俺もちょっと煽りすぎたかもな~と自省してるわ。
煽っといてなんなんだけど、なんか最近真面目にキレている人がいるような気がしてちょっぴり本当に怖いな~というつぶやき。
あ、皆さんにいつも閲覧ありがとナス!