これは今から10年くらい前、私がまだうら若き女子中学生だった頃の話。
当時私はとあるオンラインゲームにハマっていた。そこそこやり込んでいて、同じゲームをプレイしていた同年代の中では一番強い自信があった。もっとも、同年代のプレイヤーは少なかったが。
話は変わるが、そのゲームではいわゆる「相方」関係(恋人同士のようによく一緒に行動するような関係)を持っているプレイヤーが多かった。ゲーム側で規定された結婚システムのようなものは存在しなかったが、主にTwitterのプロフィールなどに相方を記載することでアピールされていた。
姫は私と同い年だったが、私よりずっと弱く、私よりもわがままで子供っぽい印象を受ける人だった。いつもTwitterでメンヘラツイートをして、そしてよく人に迷惑をかけていた。
一方騎士は当時大学生で、私と同じくらい強く、また聡明で、若干思想が左寄りではあるが、学があるように見えた。
私は姫のことが一方的に嫌いだった。そして、同い年のみっともない姫が、こんなにもしっかりとした騎士と一緒にいるのが、何故だかどうしても許せなかった。
今でこそ稚拙に見えるかもしれないが、当時の私はただの女子中学生にしては、男性と仲良くなるのが上手かった。
まず騎士がどういった人間で、どういったことに興味を持つのか分析してみた。
騎士は頭は良いが、その頭の良さを鼻にかけ他者を少し見下している傾向があり、ゲーム内で定期的に行われるユーザー主催のイベント、特に頭を使うようなクイズ大会や人狼ゲームイベントなどに興味を持つことがわかった。そしてイベント終了後に「あれはああした方がいい」「あの内容は間違っているのではないか」とイベント内容に苦言を呈すツイートをしている様子が見受けられた。
ある日行われたユーザー主催のクイズ大会イベントに、私は彼が来ると確信して、見学に向かった。
会場は人が多く、見学席にはたくさんのアバターが重なっていたが、その中に騎士と、その隣に座る姫の姿を見つけた。
その日のクイズの問題はゲームに関する内容が多く、真偽がまだ議論されている段階の問題もいくつか出されていた。
ゲーム内のダメージ計算について、問題の答えと主催者の解説が間違っているのを見た時、神は私に味方していると思った。騎士が一言、内容に苦言を呈すチャットを打ったのだ。
私は騎士を擁護しつつ、話を終わらせるような全体チャットを打ったのち、個人間の秘匿チャットで「話を遮ってしまってごめんなさい」「私も間違っていると思いましたが、あまり主催の方を刺激してはいけないと思い……」「にしても今回のクイズ大会、内容やばいですねw」とフォローを入れる形で接触を図ってみた。
結果は大成功であった。秘匿チャットでの会話は大盛り上がり、騎士は初対面の私に心を開いてウキウキと主催者ディスを繰り広げ、こんなにも話が合う人がいるなんて!とフレンド申請まで送られてきた。
そこからは早かった。
騎士は「このゲームで話していてこんなに楽しい人と会ったことがない」と、私と嬉しそうにチャットをするようになった。
強さが近かったこともあり、一緒にパーティーを組んでコンテンツに挑戦することもあった。
ユーザー主催イベントがあれば一緒に見学に行き、パーティーチャットでイベント内容について議論し、笑い合った。
その間、姫は放置されていた。
信用を得るために、普段は年齢も性別も隠してプレイしていたが、騎士にだけこっそり打ち明けた。騎士は最初私の年齢に驚き、その後「こんなに落ち着いた中学生もいるんだね」と感心していた。
姫と比較されていることは目に見えていて、私は歪んだ喜びを感じていた。
騎士はその言動から注目を集めることが多かったため、「私は注目されるのが苦手で……」と最初に伝えたところ、私と一緒に行動していることはTwitterには書かず、他のフレンドとの会話でも内緒にしてくれていた。おかげで、姫が私のことを認識することもなく、ただただ姫と騎士の距離が離れていくだけであった。
彼の人間性はともかく、「ネトゲの騎士」としての立ち回りは完璧だった。「あの日クイズ大会に行ってよかった、おかげで君に会えた」と口説かれた時には、姫を陥れるために関わっているとはいえ、年相応に照れてしまったものだ。
そして同時に、こんなに完璧な騎士をあのわがままで幼稚な姫の元に返してはいけないと、強く思うようになった。
それから少し経って、騎士のTwitterのプロフィール欄から相方の記載が消え、姫がTwitterで大暴れしている様子が見られた。
相方関係を解消したことは明白だったが、姫のツイート内容を見る限り、私の存在はバレていないようだった。
完全勝利だと思った。あとはいいタイミングで騎士を切り離せば何事もなく終わると思っていた。
数週間後、騎士は毎日ログインしていたゲームに突然ログインしなくなり、Twitterの書き込みも途絶えた。
ほぼ同時期、毎日荒れ狂ったツイートをしていた姫が、急に普段の様子に戻った。
騎士がログインしなくなって2日ほど経った頃だろうか。テレビの報道番組で、児童ポルノ所持だかなんだかの罪で、騎士と同じ県に住む騎士と同じ年齢の男子大学生が逮捕されたというニュースを見た。逮捕されたのは、ちょうど騎士がログインしなくなったその日であった。
騎士のログインが途絶えたこと。姫の様子が変わったこと。児童ポルノで逮捕された大学生のニュース。これらを結びつけずにいられるほど、私の勘は悪くなかった。
もし、姫と騎士の関係がゲーム内だけのものではなく、リアルでも会っているような仲だったら。そこで何かが行われていたとしたら。相方関係を解消されて怒り狂った姫が、それを公にしたのなら。
私は頭が真っ白になった。私が姫を陥れるために、騎士を奪わなければ、一人の青年の未来は守られていたのだろうか。私が関わったことで、彼の人生の全てが狂ってしまったのか。
怖くなった私は姫や騎士のTwitterを見るのをやめ、その逮捕についても調べることをやめた。
そして数年後、私はそのゲームをやめた。
あれから約10年、当時の騎士より少しだけ年上になった私は、当時のことをこう思う。