「軍事法廷」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 軍事法廷とは

2017-05-22

石破茂総理大臣を求める民間人有志の会

このまま安倍総理改憲案が実現すれば日本国防死ぬことになる。今後百年は憲法九条に手を付けることができなくなる。安倍総理改憲案は壊れたおもちゃピストルを修理するようなものである!本物のピストルに変えなければ何の役にも立たないのだ。

綺麗なおもちゃピストルのままでは、集団的自衛権の全面行使軍事法廷もできず、「ポジティブリスト方式」に縛られたままだろう。

これは自衛隊隊員の命を危険晒す由々しき問題である

安倍総理は速やかに退陣し石破総理を待望する。

みなさんも協力していただきたい!

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170118095349

南京事件論争 - Wikipedia

事件犠牲者数については30万人説からゼロまで諸説あり、その背景として、「虐殺」の定義地域・期間、埋葬記録、人口統計など資料検証の相違がある。

日本では肯定派でも30万人説を支持していないが、

いわゆるネトウヨは「全ての肯定派は30万人説を支持している」と批判する、

というズレがある。

2016-12-04

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツ・グルッペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類を連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

総統意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツ占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツ占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験は1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊パイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿の中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝病患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰の苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2014-06-16

集団的自衛権ダメでしょう

尖閣諸島の問題が一番なのであろうけど、自国領土自分たちで守るのは当たり前。

そんなことを、アメリカ抑止力に頼っていては、絶対に守れない。

抑止のための集団的自衛権でしょ。いらないんじゃない?

日本の周辺で、何処かの戦艦がやられそうなら、敵対する国じゃなければ普通に助ければいい。

集団的自衛権は、自衛隊のすることではない。

あれは、軍隊がすることだ。

軍事法廷も無ければ、まともな交戦権もない自衛隊に、他国の軍と集団を組めと?

まずは、憲法を改正して、自国軍を持って、それから集団的自衛権行使はいのか。

自衛隊他国海域にとどまらせ、シーレーンを守らせるとかおかしと思う。

自国エネルギーのためというのなら、日本タンカー自衛隊が随行すればいい。

まずは、自衛隊法をしっかり改定して、離島を守れるようにする。

そのあと、集団的自衛権がやりたいなら、憲法を改正。

しっかり軍隊を作ってそれからだ。

2013-09-12

よくあるはなし

わりとブラック職場で、ガマンしながら必死に働いてたんだけど、やっぱストレス半端ないんスよ。それで、ツレと二人で、ちょっと職場でヤンチャしたわけ。何をしたかはここでは言わないけど。あんまりおおっぴらにやるとマズいかな、とも思わないでもなかったけど、まあちょっとした冒険気分?

で、その話がとあるメディアに流れたのね。したら、これが意外と身内に受けてさ。武勇伝ってやつですよ。一躍人気者よ、俺たち。

そうなるとこっちも調子乗るよね。第二弾とかやっちゃったりして。俺達のマネする奴らも出たみたい。

ところがこれが、ある時期を境に、急に…炎上っていうんですかね。手のひら返したみたいに、ひどく責められるようになって。もう死ぬしかないって感じ。

というか実際、死刑になったんですけど、俺たち。南京軍事法廷ってとこで。

百人斬り競争したなんて、吹かなきゃ良かった。

2013-07-17

http://anond.hatelabo.jp/20130717171131

気を付けて物を言っているときに、なかなか死刑なんて単語は出てこないよなあ、普通は。

抗命罪で死刑なんてよっぽどでないと無いんだから

簡単に「軍になったら軍事法廷を設けるよ」で済ませばいいのに、

そこで長々と語ってしまゲルオタク気質というか。

素直に読んだら、軍隊というものに何かを投影しているようにしか見えんよ。

帝国憲法を参考にする的なことも言っちゃってるし。

石破茂が言ったとされる「戦争に行かない人は、死刑にする」うんぬん

いろいろ騒がれてるけど一番悪質なのがこのブログでしょうか

velvetmorning blog: 自民党の石破幹事長が、「戦争に行かない人は、死刑にする」と発言(東京新聞

http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904448

タイトルからしてさも東京新聞が件のタイトルで記事を書いたかのようにミスリードしてますね。

ソース元の東京新聞記事

東京新聞:平和憲法に真っ向背反 石破幹事長の「軍法会議設置」発言:特報(TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013071602000128.html

velvetmorning blogタイトルから内容も前提無視/拡大解釈が続く記事なのですが

知人などがこれを元に番組での発言を確認もせずに騒いでいる事に苛立ちを覚えたので

動画の開始から05:10くらいまでの要点となる部分を仕事サボって書き起こしてみました。

長い説明なので、石破茂本人の見解を述べているのか、権力を行使する側の発言を例えているのか

また「死刑にされる」とされている(死刑にすると言っているのは件のブログ主や反射的に騒いでいる人)

自衛隊員国民の発言を例えているのか、発言主があいまいな部分については少し補足してみました。

自分脱原発は強く勧めるべきだと考えているけど、未だにどの党に投票するか迷っていて

自民党信者でも石破信者でもないが、安倍首相が自身の見解に合わない主張をする人や

原発推進TPPの方針に反対する人を「左翼」と決め付けて攻撃している様を見て

一国の首相としてみっともないなという感想を持っていました。

また一方この件について「言った」と決め付けて思考停止している人も

本質的には安倍首相のそれとなんら変わらないと思って軽蔑しています

ここで石破茂が説明している事は現実的に

戦争が起こってしまった場合、誰がその責任を持ち、判断し、問題を解決できるのか」

「それを明確にする為の法改正」についてであって

問うべきはその事の是非についてであり、「言った言わない」ではない。

なし崩し的に原発推進TPPが推し進められ自民党に対して苛立つ気持ちは自分にもあります

こんな言葉尻をとった記事に踊らされていないで、まず自分想像力を働かせて

考えて判断してほしいと思います自民党を攻めるポイントはここじゃないはず。


前置きが長くなりましたが動画と書き起こしです。

あとは読んだ皆さんが反証/検証して判断してみてください。

できればPART1から全部見て判断してみてください。

あとはじめての増田なので書き方がおかしかったり

読みづらいところがあると思いますが、あしからず



石破幹事長 憲法改正について語る PART3

http://www.youtube.com/watch?v=m2BXY8684cg


「石破幹事長 憲法改正について語る PART3 」書き起こし 05:10まで

[石破]

自衛隊について)国の独立を守る組織が、国家基本法に書いていないというのはどういうことなのですか、ということがまずございます

で、そして書いていないから、九条は決して自衛の為の組織を保有する事を禁じたものではない、なぞという裏読みをしてですね、ずっと答弁をしてきているわけですよ。

強く解釈をやっているわけですよ。じゃあこのそ(ちょい噛み)、なんで、国の独立を守る組織憲法に書いてありませんか、そしてその組織は誰が指揮するのですか、

というようなその議論に対して、あるいは自衛権の行使についてもっと国家の基本的な物事の定めが憲法のどこを探してもないと言うのは一体どういうことなのですか、

で、「いいでしょ今あるんだから、合憲なんだし(自衛隊について言及しているものと思われる)」と言う方がおられるけれど、それって国家のあり方としてどうなんですかね。

[コメンテーター?]

具体的に軍になった場合ですね、この組織の編成とか運用とか装備ですね、それは具体的にどう変わっていくのかとお考えですかね

[石破]

それは軍になったかならないかで変わるものではございません。それはそういうものではない。

ですから今の自衛隊法にも、「自衛隊は国の独立平和を守る」という風にきちんと定められておりますので、

憲法で義務となったからといって自衛隊の装備が変わるものではありませんが、ありませんが、あのー憲法のほかの条項にですね、

あのー軍事裁判所的なものを創設するという規定がございます自衛隊が軍でない何よりの証拠は、軍法裁判所がない事であるという説があって、うーん、それはですね、

今の自衛隊員の方々が、「私はそんな命令はききたくないのであります」、「私は今日を限りに自衛隊を辞めるのであります」、いわれたら

「あーそうですか」(権力を持つ側がそれなら上等だ、覚悟しておけという意味?)という話になるのですよ。

「私はそのような命令にはとてもではないが従えないのであります」と言ったらめいっぱいいって懲役7年、なんですね。

現行法での規律違反に対する処罰に言及しているものと思われる)

で、あのー、これは気をつけて物を言わなきゃいけないのだけど、人間ってやっぱりこう死にたくないし、怪我もしたくないし、

「これは国家独立を守るためだ!そうせよ!」と言われた時に、いや行くと死ぬかもしれないし、行きたくないなと思う人は、いないという保障はどこにもない。

からその時に「それに従え」、それに従わなければその国における最高刑である死刑がある国は死刑無期懲役なら無期懲役懲役300年なら300年、

そんな目にあうぐらいだったらば出動命令に従おうっていう。「お前は人を信じないのか」(愛国心犠牲心に対して言及していると思われる)って言われるけど、

やっぱり人間性の本質ってのから目を背けちゃいけないと思うんですね。

今の自衛官たちは、"服務の宣誓というものをして、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって職務の完遂に務め、もって国民負託にこたえる"っていう

誓いをして自衛官になってるわけですよ。でも、彼らのその誓いだけが縁(よすが - 頼るとするところ)なんですよ。ね。

本当にそれでいいですか?っていうのは問わねばならない。で、軍事法廷というのは何なのかというと、全て軍の規律を維持するためのものです。

[アナウンサー]

あのここにですねー、この憲法改正するのに国防軍審判所を置くとこうなってます

[石破]

はい

[アナウンサー]

この審判所というのはそれに当たるという事ですね?

[石破]

はい

[アナウンサー]

これはただその公開の法廷じゃないんですね?

[石破]

公開の法廷ではございません。

[アナウンサー]

ないですよね。

[石破]

はい

[アナウンサー]

そうするとそれは秘密裏に行われていくって事ですよね?

[石破]

それは最終的には、不服があれば、上告することは可能だ、ということは理論的にはありうるわけです。

[アナウンサー]

あー上訴書いてあるわけですね。

[石破]

はい

[アナウンサー]

書いてあるの。

[石破]

はい。そこはですね、そういうそのなんでもそこでやってしまうということはいしません。それは基本的人権抵触するものですから

そういう事はいしません。しかしながら、その審判所の目的はただひとつ、軍の規律を維持するという事なのであって、

そのこと(基本的人権を犯すこと)に広げることはしてはなりません。もうひとつは確かに上訴は認めてますが、そのことを審判するのに何年も何年も何年もかけてたら、

規律の維持はきわめて難しいので、そこの調整は図らなければなりません。そして当然我々が検証しなければいけないのは、

帝国憲法下の軍事法廷はどうであったのか、ということの検証はきちんとしなければならない、という事だと(聞き取れず)

[アナウンサー]

なるほど。あのー

石破茂幹事長戦争に行かない人は死刑」元テキスト

ソース増田書いたときまだ上がってた):

2013.4.21「週刊BS-TBS報道部」自民党石破幹事長憲法9条改正を語る

https://www.youtube.com/watch?v=RGOuH9g4GXA

…他の条項にですね、軍事裁判所的なものを創設する、という規定がございます自衛隊が軍でない何よりの証拠は、軍法裁判所がないことであるという説があって。

それはですね、今の自衛隊員の方々が「わたしはそんな命令は聞きたくないのであります、わたくしは今日限りで自衛隊をやめるのであります」と言われたら、「ああそうですか」という話になるわけです、「わたしはとてもではないがそのような命令には従えないのであります」といったら、めいっぱい懲役7年なんですね。

で、これは気をつけてモノを言わなければいけないんですけど、人間ってやっぱり死にたくないし、ケガもしたくない、「これは国家独立のためだ、出動せよ!」って言われたとき、「いや、行くと死ぬかもしれないし、行きたくないな……」と思う人は、いないという保証はどこにもない。だから、そのときにそれに従えと。

それに従わなければ、この国における最高刑がある。死刑があれば死刑無期懲役ならば無期懲役懲役300年なら300年。そんな目にあうくらいだったらば、命令に従うっていう。おまえは人を信じないのかって言われるけど、やっぱ人間性の本質から目を背けちゃいけないと思うんですね。いまの自衛官たちは、服務の宣誓というのをして、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民負託にこたえることを誓います」(自衛隊法第53条)を誓いをして、自衛官になっているわけですよ。

でも、彼らの誓いだけが縁(よすが)なんですよ。

ほんとうにそれでいいですかっていうのは問わねばならない。軍需法廷というのは何なのかというと、すべて、軍の規律を維持するためのものです。

国防軍審判所を置くとありますね。これは公開の法廷じゃありませんね?

公開の法廷じゃありません。

―そうすると、それは秘密裏に行なわれていくってことですね?

それは最終的には、不服があれば、上告することも可能だ、ということも理論的にはあります

―上訴権も書いてありますね。

そう。ですからそこはですね、なんでもそこで秘密でやってしまうということはいしません。それは基本的人権に触れることですから。そういうことはいしません。しかしながら、その審判所の目的はただひとつ、軍の規律を維持するということなのであって、そのことに広げることはしてはいけません。もう1つは、たしかに上訴は認めていますが、そのことを審判する何年も何年も何年もかかるとか、規律の維持はきわめて難しいので、そこの調節ははからなければなりません。

そして当然われわれが検証しなければいけないのは、帝国憲法下の軍事法廷はどうであったのかという検証はきちんとしなければならないということです。…

2009-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20090411223521

>あといろいろ、でっち上げだ、ちゅうならでっちあげの証明をお願いしますよ、ね。でっち上げなり、捏造の公式文書でもあるんでしょ?手紙日記メモなんかは信じないんでしょ?

全文タイプライターで偽造しようと思えば出来ますよね。

偽造の証拠?じゃあ日記じゃなくて、今はもう誰も信じていない事が長い間「事実」とされてきた例を見ましょう。

これも捏造と言って差し支えないですね。

・大量埋葬地からふき上がる血の間欠泉。エリー・ヴィーゼル、アドルフ・アイヒマンのような有名な証人がこれについて証言しています。さらに、西ドイツの「ナチハンター機関」ZStL長官リュッケルルも、フランクフルトでのアウシュヴィッツ裁判で見られたように、この戯言を広めてきました。

・盛り上がって、爆発する大量埋葬地(上記のバリエーション)。アイヒマンが新たに発明したものです。

・人骨を作り出すための、アウシュヴィッツの酸の風呂もしくは沸騰したお湯の風呂フィリップ・ミューラーによる。

囚人の目に注射して目の色を変えたという話。ヘルマンラングバインによる。

囚人死体からの縮んだ首の製造ニュルンベルク国際軍事法廷での話、ヘルマンラングバインの証言。

・戸外焼却壕からの煮えたぎった人間脂肪の流出。ヘス、タウバー、ミューラーが証言し、ラングバインが広めた。

・一人のSS隊員が、ユダヤ人の母子という赤の他人への同情から、最後の瞬間に自発的にガス室に忍び込んで、彼らと一緒に死のうとしたという話。オリジナルはエンミ・ボンヘーファーの話

長いので以下はhttp://revisionist.jp/lectures/450.htm参照

これらの嘘が判明しても正史派は知らんぷりです。比べてみると「ガス室」なんかも上記の嘘と変わりないような与太話としか思えないんですが滑稽ですね。

それから、誰もガス室の話なんかしてないよ?「後だしじゃんけん」とか言われたけど、あなたが先走りしすぎ

>俺は「絶滅」てどこかに書いてたかい?(今回は除く)

絶滅ガス室もないホロコーストって何ですか?

ガス室の話をつっこまれると色々アラが出るので話を避けたいんですよね?

あと、使えるものは使って、そうでないものは殺すのが「最終解決法」ならば言われているような死者数にはならないはずですね。

>そのロセル博士ちゅうのは、テレジンを視察にいったDr Maurice Rosselと違うんかいな。俺があげた資料でその時の詳細が語られてたはずだがね。

そうですよ。でも、裁判では「キャンプの外で囚人と話が出来た」とある。

>だからね、それがホントなら44年以降の話でないとイカンのよ。

裁判記録にそう書かれているんです。

さんざん、あなた方が言って来た「ツンデル裁判で、修正主義者赤十字存在しないレポートを提出し否定しようとした」という事を裁判記録をもって否定しただけなんですが。あなたのソース

http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08b03g.html#08521

存在しない資料を使ってホロコーストを否定しようとした」

と指摘されています.

しかないんでしょ。で、当のツンデル裁判記録は上記の通り。間違っているのはどっちですかね。

 
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