はてなキーワード: ディレクションとは
いま自身の肉体に関して不調を来たしている。
各現象についてネットで調べると原因は恐らく精神の不調っぽいことが分かった。
書き吐き出すことで今夜ぐっすりと眠れるかもしれないことと、現在や今後に同じような現象が発生した人の参考になるように、原因となっていそうな悩みとどのような現象が起きているかを共有する。
・31歳男
・独身
・メンタル強め
・朝はコーヒーと菓子パンやカロリーメイトなどの甘いやつか、カフェでモーニング
・昼は満遍なく食える定食が多い
・夜はスーパーで刺身とサラダ、コンビニで揚げ物とサラダ、肉が採れる弁当、鮭か鯖が採れる弁当、完全メシ、ハンバーガー、など
・たまにほぼ眠れない、または寝付くまでに長時間かかる
・寝る前に頻尿、尿をしても残尿感が残る
翌週の金曜~月曜は、0~5時の間に断片的に寝て、合計1時間ぐらいしか眠れない日が続いた。
2023年10月28日に23時半ぐらいに布団に入ったものの、3時半ぐらいまで寝付けず、8時半ぐらいに起きた。
また、上記の寝付けない間に30分~1時間おきぐらいに尿意を催して、都度排尿した。
2023年10月29日1時に布団に入り寝付けず、1時半からこれを書き始めた。
また、寝付けずこれを書いている現在は頻尿になっており、排尿しても残尿感が残るようになった。
・直近の3年は11:30~01:30の間に布団に入ることが多く、10分以内に眠れることが多かった。
・直近の3年は眠れないときは3,4か月に1回あった。
その際は寝ようとせず眠くなるまで起きて、5、6時に寝て9、10時ぐらいに起きていた。
眠れなくなる時は概ね夜更かししたときで、2時を超えてから布団に入った場合だった。
9月の初旬に友人との会話で私の主張が伝わらず、少しだけ言い合いになった。
ただし、双方声を荒げることはなく、傍から見れば単に議論をしているだけに見えるレベルだった。
ほどなくして言い合いは納まり、その日の残りを友人と楽しく過ごした。
深夜に帰宅してから、「なぜ友人が理解できなかったのか」「こう言えばよかった」などの思いが頭を延々と廻った。
前述の眠れなかった日に上階の住人のいびきに気付き、以降上階の住人が寝る前に寝なければならないとプレッシャーを感じるようになった。
ただし、私はの現在の部屋に4年住んでおり、かつ上階の住人が変わっていない可能性が非常に高いので、いびきは4年弱気付いていなかった。
無職を始める際は1年ほど無職をしようかとのんびりと考えていたが、上階のいびきを気になりだしてからは早々に就職して引っ越しをしなければならないと意識を持ち始めた。
応募したい会社が1社あり、その会社向けに応募資料を作っているが資料作りに非常に時間が掛かっており、時間が掛かっていることに危機感を持っている。
直近の仕事はWeb系のエンジニアで、2年ほど勤めていたが、エンジニアとしてのスキルアップがそのとき以上に望めないことと、プライベートで具体的なやりたいことが複数あったため退職した。
・2年ぐらい働かずに食える貯金がある
・上記の困っている企業の多くが使用している技術やツールに、私がそこそこ精通していることを示す資料があり公開している
・私が登録しているエンジニアに特化した複数の転職サイトで頻繁にいいねやスカウトをもらえる
Web系のエンジニアは現在待遇がいいので再びエンジニア職に就くのはありだと思っている一方で、AIの台頭によりエンジニア職の先行きは曇っている感じている。
ちなみに前述の応募したい会社の応募したい職種はディレクション職であり、私はディレクションの実務経験がありその職種の応募条件を満たしている。
また、私はエンジニア職やディレクション職の他に、営業職やデザイナー職などの経験がある。
以上を踏まえて以下のプロセスを踏みたいと考えている。
1. 応募したい会社に応募する
2. 受かった場合は就職して、落ちた場合はエンジニア職かそれ以外の職を検討する
ただし、応募したい会社は選考に1ヶ月ほどかかると書かれていることと、前述の通り応募書類づくりに時間が掛かっていることと、早く就職して引っ越したい、という状況が重なって心労となっていると思う。
コロナ前までは様々な友人と頻繁に遊んでいたが、コロナ以降は1ヶ月以上友人と会わない場合が増えた。
加えてコロナ以降に多くの友人が遠方へ引っ越しや結婚、出産したりと、遊びにくくなったり誘いにくくなった。
また、私はSNSをやっていないためか忘れられ、誘われることが少なくなった。
多くの友人はSNSをやっており、かつSNSで頻繁にやりとりをしており、かつ遊んでいるようだった。
ただし、友人と遊ぶ機会が減ってから3年ほどたって不眠の状態が現れるまでは、孤独であることは自覚しつつも全く悲観はしていなかった。
不眠の状態が現れてからは、孤独な状況に少し悲観し、昔はよかったと思いを馳せる刻がたまに来るようになった。
前述の退職理由に記載したやりたいことが、応募資料作りのためにできていないでいる。
やりたいことは複数あり、いずれも定期的に実行することがセオリーとされていることのため、頭の中に常に「資料作りを終わらせ応募して、やりたいことをやらねば」と渦巻いている。
基本情報に記載した通り、自分はメンタルが強いと自己評価していた。
そのため、その強いメンタルが壊れかけていることで、肉体に不調が出ている可能性を認めることは嫌だ。
しかし、現在のこの残尿感が消えない状況をググったら、「メンタルが原因で私もなったことがある」といった主旨の書き込みを見つけた。
それを見て、この一連の不調はメンタルが原因っぽいことと認める勇気が湧いたのと、俺のちんこそのものはまだ大丈夫そうだと安心できたので、眠れない今の過ごし方として諸々を書き吐き出すことにした。
書き始めてから1時間ぐらいして1分ほど眠い状況があり、今は大して眠くない。
「そのときに眠りにつくのを試みればよかった」と今は若干後悔している。
同時に「眠らずにここまで書ききってよかった」と今は大きく思っている。
みんなもお気をつけて。
主人公の少女が捕まってるときに「君のことをもっと知りたい」と弁当持ってきた少年がいて、
少年はガンダムの機能テストする生体パーツみたいなものでしかなくてガンダム作ってる企業に殺処分されます。
それで同じ顔に整形された別人が出てきて、主人公が少年に惚れていたことを利用し、無理やりキスしようとします。
同じ顔の「エラン」として登場する人物は3人いて、全員同じ顔をしているけどそのうち2人は本当は別の顔で整形されている。
あと整形や殺処分をしていた経営者は犯罪を裁かれることなくのうのうと生き延びます。追いかけるべきではないです。
ミオリネもシャディクを好きだった頃があるかもしれないという微妙な両片思いが描かれ、
しかしミオリネは別の人と結婚した…というエンディングなのかと思った。
ミオリネがシャディクと会うときだけ結婚指輪を外していて、シャディクと分かれてパートナーのもとに帰るときには指輪をはめていた。
あの、普通に最低だよこういうの。前に好きだった人、結婚はしなかった人、との関係は綺麗にしろよ。
シャディクと会うときは指輪を外しているのだから希望はある、シャディク×ミオリネは不倫関係になれる、
みたいなこと言っている奴もいて本当にどうしようもない。最後の最後に一番不快なことをやられた。
ラウダの性格が悪すぎるのに、ペトラが説明もなく突然ラウダを好きになっていて、見ていて全く理解できなかった。
兄であるグエルと比べて、弟のラウダはパイロットとしての技能・リーダーとしての人望・ビジネススキル・優しさ思いやりなどの全てが劣っていると描かれており、
彼女がいる点だけは弟が兄に勝っているかもね、という非常にしょうもない描き方がされた。
女性のトロフィー化を否定する作品ではなかったんですね。1話を見て勘違いしてしまいました。
グエルがスレッタにプロポーズし、片思いが実らないのは分かったけど、
スレッタがグエルの影響をあまりにも受けずに関係ない人のまま終わるから、丸々カットしても物語に影響がない。
主人公スレッタの物語とスレッタに片思いしているグエルの物語が、同時並行で別の場所で進むのだけど、交わらないまま最終回を迎えた。
グエルに視聴者からの人気が出たから「要らない」とは言われてないだけで、グエルが居なくても全然本筋が成り立つ。
プロポーズシーンがバズっただけで回収がなく、メインストーリーにくっつきそこなった脇道になってる。
まどマギやぼざろの百合はまだ二次創作人気含めて分かりましたが、スレッタとミオリネの関係は普通に意味がわかりませんでした。
スレッタがエランを好きになり追いかけたが、同じ顔の中身別人に差し替えられてセクハラされるようになって嫌いになり、
シャディクがミオリネのことを好きな様子だと思ってミオリネと恋バナをしたくてテンションが上がったものの、
やっぱりスレッタがミオリネを好きになるという過程が何も描かれないから何が起きたかわからない。
それぞれエランとシャディクという前の恋愛対象がいるわけだから、気持ちが移る過程こそ丁寧に描かないと、
視聴者からすると訳がわからずついていけないものになってしまうだろと思うのだけど、
最近出た文春の声優インタビューで、スレッタ役とミオリネ役の声優がそれぞれ
どうして急にスレッタがミオリネに対して重たくなったのか分からないと答えていて、声優すら分かってないのかと笑ってしまった。
演じていてディレクションを受けていても分からないのであれば、誰にも分からないのでは?
そして最も力を入れて描かれている主人公×ヒロインというメインのカップリングすらこんなに意味不明なのであれば、すべて見る価値ないのでは?
最終成立したのはスレッタ×ミオリネとラウダ×ペトラの2組だったけど、はっきり言って「どっちも意味不明」だったよ。
そして過去の恋愛とされたほうの組み合わせも、汚し方が酷かった。
ガンダムに恋愛要素なんか求めるなっていうのは正当な文句だけど、じゃあ恋愛要素以外の部分でどれか一つでも秀逸な描写があったんですかね。
差別・格差・虐待・自由・ガンダムの呪いなどいろいろテーマ出てきましたけど、どれか一つでも回収されて、
しっかりと描き切られたといえるものがあったんですかね?
とある巨大老舗企業でウェブサービスを運営してる。おそらく誰もが一度は使ったことあると思う、そんなサービス。
私自身は企画職ということで、新規サービス企画や要件定義、ディレクション、サービス運営などやってる。
その中での最近の出来事なんだけど、CS宛の問い合わせにエグい内容が定期的に届くんだ。
「燃やしてやる」「盗人が」「京アニと同じようにしてやる」「皆56しだ」とか。
普通に考えたらドエライことで脅迫行為なんだけど、長年この仕事してるせいか、感覚が麻痺ってるのか
「おやおやまたかよ」「あーこわこわ」でスルーしてしまう。仲間もそんな感覚。狂ってるなあ。
ユーザーもどういうつもりでこんな酷い文言を送ってるのだろうか。命を脅かす意図を隠そうともせず、インターネットの
向こう側にいる誰かにむけて投げ込む心情はなにか。
その文言を受け取ってるのは、あんたと同じただの人間、サラリーマンなんだよ。
誰かも知らないけど、人間の悪意に触れるとげんなりする。
ウェブ経由で問い合わせなんて、今では当たり前になった。だからこそ受け取る側も人間なんだ、ってことを1mmくらいは
理解してもらえると助かる。
まあフルリモートだし個人を特定した内容ではなく、企業体やサービスを指しての脅迫なので(たぶん)自分の身は安全と
思うけど、嫌な気持ちにはなるね。みなに幸あれ。
https://anond.hatelabo.jp/20231010034423
中国の百合厨(中国で水星の魔女は視聴できないので違法視聴している)が、
グエル役の声優やミオリネ役の声優をSNSで誹謗中傷しているので、百合豚への印象が最悪になってしまったが、
では水星の魔女のシナリオにスレミオ百合以外の新規性や特筆事項があったのかというと、何もなかったと思う。
キャラクターデザイン、メカニックデザイン、衣装デザイン、声優、YOASOBIについては非常に良い仕事をされていたと思う。
チェンソーマンのアニメを見て、「アニメ本編よりも米津玄師のほうが良い仕事をしている」と感じたのに近い。
表現で支える側が頑張っているのに、物語自体に芯が無かったと感じられるのが非常に残念だ。
スペーシアンとアーシアンの格差についての掘り下げも着地も中途半端。(こっちのラスボスはシャディクだったのだろうか?ミオリネへの片思いをイジられてばっかだったな)
GUND技術の軍事利用と医療利用についての掘り下げも着地も中途半端。(こっちのラスボスはデリングとプロスペラだったのだろうか?デリングは後半ずっと寝ていたが)
スレッタ・ミオリネ・グエルの親が毒親であることについての掘り下げも着地も中途半端。
別に特定の思想を全肯定して、もう片方を全否定しろと言っているわけではない。
キャラクターが経験を積んで考えて変化するところが見えれば、大局が何も解決しないエンディングでも全く問題なかった。
しかしスレッタ・ミオリネ・グエルの全員が何を考えているかよくわからないまま親を肯定して終わったし、
差別と技術についても「作品として何が言いたいかわからない」に加えて、
「各キャラクターがどのような姿勢を取っているかもわからない」「大きな空白を設けましたのであとは解釈にお任せします」というものになっていた。
特にシャディクガールズの浅さは何なんだ。サビーナがニカに個人的興味を持っていたこと以外、すべてが浅いまま終わった。
地球寮も描写が少なすぎる。ティルなど、何の印象もなく終わってしまった。
水星キットの出来は良かった、形部デザインのモビルスーツも評判が良かった、
モグモデザインのキャラクターや、学園・グループ社員の制服等のデザインも評判が良かった。
そうした絵的な面は過去のアナザーガンダムと比べても非常に良い仕事で、好評だったわけだが、
物語としての中身や、キャラクターの深堀りについては「空虚であった」と感じざるをえなかった。
ティルやメイジーをもっと描けというよりも、スレッタ・ミオリネ・グエル・シャディクの描写があれで終わるのはおかしいだろう。
エランについては「ペイル社」がどうなったのかすら分からず、強化人士殺人犯が逃げおおせているのは何なんだ?
「社会問題ビュッフェ」といった雰囲気で風呂敷を広げては中途半端に終わらせた水星の魔女だが、
他の作品と比べて特筆事項があるとすれば、「百合アニメ」という枠組みではない一般作品で、
最終回でスレッタとミオリネが結婚指輪をしていたことくらいだが、
発売されたばかりの文春でスレッタとミオリネの声優が「いつスレッタがミオリネを好きになったのか分からない」と発言しており、
自分も見ていてスレッタがいつエランからミオリネに乗り換えたのか感情の動きが分からなかったが、
声優も監督や脚本からディレクションを受けず、「分からない」まま演じていたのかと大変に呆れた。
「演出意図はあるが、それをどう受け取るかは観客次第」というのと、「演者が分かっていない」のは全くの別問題なのでは。
スレッタが告白を断ったうえに強力なビーム兵器でグエルを殺しかけたことにより終わったグエルとスレッタ、
シャディクが最後まで勝手に決めて引き受ける姿勢を変えずに逮捕エンドとなったシャディクとミオリネ、
最終的にそばにいられない組み合わせのほうが関係の説明がなされていた。
グエルのビジネスパートナーであるオリジナルエランとの関係は唐突に出現し、
フェルシーやカミルといった信頼置ける仲間との3年後時点での繋がりについても説明がなく、
ラウダとペトラについても双方の声優が、いつくっついたか全く分からないといった、スレミオ声優と似たような回答をしていた。
結論として、兄弟は宇宙と地球に分かれて別の道を歩むようだが、兄弟のほうが「兄が毒父毒母の代わりに弟の存在を承認した」と関係を説明できていた。
最終的に共に歩む組み合わせの描写は声優にすら説明せずぶん投げて、
「別れこそ尊い」という、感傷マゾのような趣味でもお持ちなのだろうか。
格差と差別・技術の功罪・親による支配といったテーマを風呂敷だけ広げて畳み切れず、
そちらも「別れさせるほうをやたら丁寧に描き、共に歩むほうは声優すらよくわかってない」という変な趣味を出す。
しかも「分からない」と思いながら演じた声優を表に出してイベントや雑誌で語らせながら、
物語を作った側が全く制作意図等を語らないのはどうなんだ。声優を弾除けに使っていないか?
また、SF考証には「雑だった」か、「設定はあるのに本編に出てこなかった」のか分からないが、大変失望した。
リプリチャイルドやらオルガノイドアーカイブやらガンダム消滅やら、何の説明もなく次々展開させるのは雑にも程があった。
ディレクションチームはやばそう
たとえば、「来月これやるから、ああしてこうして」ってやつを忘れるのはリマインドしない先輩と上司が悪いと思うよ。1ヶ月先ならディレクションちゃんとしろよと思うし。
でも言った直後の指示すっぽ抜けるのほんとに何?
俺今言ったじゃん。Aさんに確認してきてね、そのときにこれについても伝えておくんだよ、って。
なんでそれまるっと抜けるの?どうしたらそうなる?しかもチャットで文字に書いてあってなんで忘れる?意味がわからん。
この作業はチーム内と他部署と2回確認挟むからバッファ考えてな、戻しまで2営業日は見ろよって言ってんのになんで週末の定時内に確認だしておかないんだよ。
火曜日に確認して木曜までに戻してくださいって書いておけばいいのにそれが後手ってどういうことだ。今週の月曜が休みなの先週の時点で知ってたじゃん。特休とかじゃなかったじゃん世間も三連休だわ。
大した作業量でもないのにもう午後だし。
後輩がこの分野やこの作業は得意、ってのは知ってるよ。
けど確認作業って他人を巻き込むんだからそれくらい出来てくれないと困るんだよね、仕事だから。ちゃんとしろ。
「自分なんかが話しかけても大丈夫かなあ」じゃねえよ対面でもチャットでもいいけど話しかけて確認とるのがてめーの仕事なんだよ。
これで俺より年上っていうんだから勘弁してくれ。
メモとるなりもう1回確認する癖とかなんでつけてこなかったんだよ。
自分だけとかチーム内だけの作業ならいいけど、他所の部署に声かける時に抜け落ちてたらあとで相手も困るんだからそういうの考えて欲しいよな。
「それ聞いてないんだけど」って言われるんだぞ。
こういうの頻発しすぎて本当に鬱陶しい。こんなことで注意させないでほしい。
あーーーイライラする。
小学校5、6年の時、クラスの出し物で男子全員で光GENJIの曲に合わせて踊らされた。
振り付けや並び位置(配役)は女子のカースト上位の何人かがディレクションした。
20人弱いた男子のうち、俺はもちろん端の端で、本番の講堂の舞台では左右にある幕に隠れて見切れるような位置で、モブらしいいてもいなくてもいい踊りをしていた。
ディレクター女子ズは自分たちが配役して真ん中に据えた7人しかほぼ見てないので、踊りの下手さで怒られたりはしなかったが、
踊りたくもない踊りをさせられてどこか辱めを受けているような感覚はあったし、
女子による圧倒的なルッキズムでの男子の順位づけを目にしたし、
今でもこうして覚えてるってことは、俺にとってそれなりに心に刻まれた出来事だったんだろう。
あの時の不愉快さ、理不尽に晒されている怒りは、仕切っていた女子への憎しみは、当時はさほど強烈なものではなかったが、今でも思い出せる感覚だ。
あれは加害だったなと、今となっては思う。
【追記】
追記しとくかー
タイトルが釣りであることはすみません。でもこのタイトルじゃなかったらこんなには読まれなかったんだろうなと思う。
まぁ読めばわかる通り、幼い女子からキツいルッキズム差別をくらったってだけの話だが、
おんなじような体験した人いんじゃないかなーって思って書いてみた。
年齢をみんなが気にするのが不思議だけど48です。
人口の多い年代なんでここにもそんくらいのオッサン多いやろうと思ってたけど。
ゴリけんっていう(不細工ということにされてる)芸人が、小学生の思い出として
「好きだった光GENJIの振り付けを覚えて学校で踊ったら、『町田くん(ゴリけんの本名)は光GENJIを歌ったり踊ったりしないでください』と女子に泣かれたそうな。そんで学級会にかけられて、町田はみんなに迷惑かけたのを謝れと先生に言われた」と。
芸人なんで話は大きくなってるんやろうけど、大なり小なりこういうことってあったんだろうな。
男も女も傷つけ合うのはお互いさまなんちゃうの。
夏休みも終わりに近づいてきたし、感想文で苦戦している本人、ご家族に贈ります。
本全体の説明を書く。
その本を選んだ理由を書く。
印象的なシーンを3つ、同じテーマか、承・転・結で結ばれている内容で抜き出す。
それぞれのシーンごとに、「どう思ったか」、「自分だったらどうするか」を書く。
本全体を読んでみてどう感じたのか、今後自分はどのようにしていこうと考えているのかを書く。できれば具体的な行動で。
高学年であれば、思春期的な内容(悩み、葛藤、死生観)をほんの少しどこかに織り交ぜる。
完成!
小学生向けと書いたけど、高校生でもこういう感想文を書く人がほとんど。万能レシピです。
それでも苦労して書けないよ!という人に、裏技を2つ紹介。
・裏技1
本から感じたことから飛躍して、自分の書きたいテーマについて書く。
例えば、戦争を扱った本だったら今のウクライナのこととか書いてしまう。
本文からの引用は最低限、なんならなくてもいい。最悪読まなくてもいい。
ただし、最後の結末については、本から影響を受けた内容で締めくくる。
本の内容に関係なく、自分の言いたいことに誘導できるところが手抜きポイント。
・裏技2
本の内容について、つっこみをいれつつ現在のテクノロジーに置き換えて自分ならどうするかを書く。
例えば歴史の本だとして、過去には正しいとされていたものが今も正しいとは限らない。
そういう部分にツッコミを入れて、今のテクノロジーならこうするといった内容を自分視点で書く。
下手すると悪ふざけになるので、最後には真面目なテーマに戻ってくる。
本文に対する深い解釈は不要で、相手の関心を現在の方法論に対してミスディレクションできるのが手抜きポイント。
感想文で絶対にやってはいけないことは、その本の書評を書いてしまうこと。
書評というものは有識者がこぞって行っているもので、それをしようとすると正誤判定を受けてしまうことになる。
そこから逃れるためには、正誤判定の外に話題を持っていくことが必要。
自らの考え方や行動については、その瞬間において正解かどうかなんてものはない。
そのため、感想文の一番の攻略は、「何事も自らの視点に置き換えて考える」ということに他ならないと言える。
以上。
皆さんがんばってください。
③思いつきで設定を増やさない
④起承転結を「1~2話毎」「5~10話程度の一塊」「各章毎」「各キャラ1人ずつ」でそれぞれつける
漫画の作り方やコマ割りの仕方は真似っ子でも結構できちゃうけど、物語の構造そのものを作る技術が身についてないように思う。
まず意識して欲しいのは「この漫画がもし100話続くとしてどんな話にしたいのか」という道を最初に組み立てること。
「人権問題について扱うけど最初は軽めに段々重くしていく」とか「100話あってもシリアスなんて一回も挟まずひたすらナンセンスギャグで笑かし続けたる」とかの大筋が見えてくるだろう。
そしたら次はそのテーマの重さに合わせて世界観を作り込んでいく。
テーマが軽いのに世界観をみっちり作り込んでも読者はついていけないし、重たいテーマを扱っておきながらフニャフニャの設定を毎回書き足していくようでは読者が呆れて去っていく。
たとえばトマトイプーのリコピンなんかは100話も続いているけど未だにキュートピアが実際にどういうものなのか良くわからないし、設定が毎回好き放題に増えていくが、そのフニャフニャっぷりがあの漫画と噛み合っている。
もしもガッチリキッチリ杓子定規に設定を練り込まれてしまったら、読者の中からあの世界が持つ妙なリアリティの無さが失われてしまうだろう。
連載が長くなればギャグ漫画でもドンドン設定が増えてしまうが、そこで世界観を作り込みすぎ定期的にスクラップ・アンド・ビルドしていくのか、固まってきた設定に合わせてシリアスへと転換するのか、それを最初に決めておかないと途中で作品が空中分解してしまう。
最初に方針を決めておけば、序盤は読者から見れば何でもありの世界観に見せつつギャグをやり、中盤からは散りばめた設定を繋げていくことで世界にリアリティを持たせつつテーマをシリアスにしていくという流れもスムーズに行える。
まず100話連載できたらどうするのかを考えて欲しいと言ったが、実際には多くの漫画が20話程度で打ち切られてしまう。
そもそも「100話読み切れば面白いんです!」と言われても、相手がベテランだろうと読者はついていかない。
ひとまずは毎回ちゃんと盛り上げて欲しいし、山場の波は10話ぐらいの単位で用意して欲しい。
起承転結を作る時に、最も大きな塊、章ごとの塊、章を更に区切った塊、数話単位の塊と段階的にしていくのは絶対に必要だ。
そのためには物語の流れを作者がちゃんとコントロールする意識が必要になる。
「キャラクターが勝手に動いちゃいました」と大御所が口にすることはあるが、それでも大筋は決まった上でキャラクターの動きに逆らわないのであって、キャラクターの判断に全てを任せて鵜飼のように構えているわけではない。
場当たり的にならないように各物語をゴールから逆算しつつマイルストーンを決めて動かしていかなければいけない。
作者の脳内で作っている時はゴールが既に見えているので「最高のゴールに向かうための経過」としてどんなシーンも映ってしまうが、読者の側にその盛り上がり画は存在しないことを把握しよう。
物語をコントロールするに辺り気をつけなければいけないのは「設定を一度増やしたら戻せない」ということだ。
なぜそこを意識する必要があるかと言うと、「設定同士は相互に干渉しあうので慎重に配置しなければいけない」からである。
一度「このキャラクターには兄弟がいます」と設定したのにあとになってから「一人っ子でした」と設定を変更することは出来ない。
同じようなことをやっているように見える作品は、実際には作者の中で「一見兄弟がいるように見えるが、本当は一人っ子である」という設定が決まっていて、そこに合わせて読者にミスディレクションを仕掛けているのだ。
新人漫画家の作品は次々に設定を増やしてしまってから相互干渉に苦しめられ、無数の矛盾を解消しきれないまま勢いで誤魔化しきれずに作者が潰れてしまうパターンが多く見られる。
作品を作る時に最初に全部の設定を決めてしまうのは現実的ではないが、設定を増やす時に「これがあとになってから問題になることはないだろうか」と振り返る癖はつけた方がいい。
また、物語を描いていると絵やその後の繋がりばかり優先して「差別と黒人が大嫌いなキャラクター」のような単品で矛盾した設定が出てきてしまうこともある。
フィクションを作るということはどのようなデタラメでも描こうとしまえば描けてしまうため、その整合性は自分で取るという意識が必要だ。
先程の例でも「自分に客観性のないクズなので差別と黒人が大嫌いなキャラクター」という設定なら成立する。
漫画を描く上で重要なのは「読者が納得するかどうかが最優先」という意識だ。
読者が納得すればどんな設定も描写もセーフになるし、読者への説得力作りが足りなければ作者の自己満足で終わることも多々ある。
気をつけて欲しいのは「どんなに作品に好意的であっても、無理のある説明をすれば一発で読者は冷める」ということを忘れないことだ。
マジシャンは自分から種明かしをするまで自分には超能力があるのではないかと思わせられなければいけない。
計画外のタイミングで観客の魔法を解くことがないように最新の注意を払うのはエンタメの基本だ。
最近ジャンプラで新人に説教しても速攻でアンチ認定されて消されてしまう。
近頃は読者のメンタルも弱っているのか「僕の好きなものに文句をつけるなんてきっと悪い奴なんだ!」という感じですぐに癇癪をおこすようだ。
やれやれ。
そうやって甘やかしても漫画家は育たないぞ。
最近Twitterで「リクルートプロダクトデザイン室」とかいう広告が流れてくる。最初はリクルートが商品のデザインでも始めたのかと思ったけど、この室はリクルートの各種サービス=プロダクトを総合的にディレクションしていく=デザイン、な部署ということらしい。
あのさあ。
「プロダクトデザイン」って言葉は長い間工業デザイン(インダストリアルデザイン)という意味で用いられてきたわけですよ。工業デザインの分野で日本で一番の多摩美もずーっと「生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻」でやってきてるわけ。それを、「最近サービスのことを”プロダクト”て呼ぶのがいけてるよね → それを担当してる俺らってプロダクトデザイナーじゃね ドヤ」って感じで俺らはプロダクトデザイン室でございって言い出してるの、気持ち悪すぎるわ。学問の軽視。工業デザインの伝統への挑発。これこそ文化の盗用だと思うんだけど、まあ完全なる社会悪であるリクルートのことだからなんの罪悪感もないんでしょうね。
小林賢太郎は、コント、大喜利、脚本など幅広く仕事をしていた。その中の一つとしてラーメンズがあった。
自分とラーメンズとの出会いは、今から約10年前の高校生の時だった。友達に教えてもらって知った。
とはいえ、ラーメンズとしての公演は2009年が最後となっており、公演に行くことはできなかった。
ましてや田舎の貧乏な家庭に過ごし、いわゆる毒親の家庭に生まれた自分が、ラーメンズはおろか小林賢太郎の公演を見に行くということのハードルがあまりにも高く、「いつか見に行くんだ」という心だけを引っ提げて生きていた。DVDを何度も再生して、これを会場でみたら今の何倍面白いんだろう、なんて考えたりもした。
だがしかし、やっと自由に公演に行くことができるようになってすぐ、新型コロナウイルスの流行に伴い、様々な公演が中止。
そしてついに、小林賢太郎がパフォーマーとして立っている姿を、生で見ることはできないまま、小林賢太郎の肩書からパフォーマーが消え去った。
ラーメンズを生で見ることができないのだと思うと、心が引きちぎれそうになった。
別に深い理由は無く、いくつかのコントをみていたらYouTubeからおすすめされたのだ。
なつかしくなり、数珠つなぎで再生して、ああやっぱり面白いなあなんて思いながら、明日も会社だというのに夜を明かしてしまった。
片桐仁がテレビに出ていると、見ようと思っていた別番組のことなんて一瞬で忘れるほど見入ってしまうことが、一度や二度ではなかった。
だがそれを見ているときの感想は、ラーメンズでやっていた片桐仁というよりは、俳優の片桐仁だ。
そこで気が付いたのだ。片桐仁は小林賢太郎が作った、ラーメンズの片桐仁という役を演じている役者だったのだ、と。
「だめじゃないのにだれもやっていないことをやってみた」というようなことを小林賢太郎が言っていた。
ああそうだ。
ラーメンズは、パフォーマーを辞めた時にも解散なんて言っていない。
そして小林賢太郎は、ラーメンズの解散はありえない、と昔言っていた。
つまり、小林賢太郎が出ていなくても、小林賢太郎が作ったコントに、小林賢太郎が作ったラーメンズの片桐仁が出ていれば、それはラーメンズの公演で、ラーメンズなんだ。
2社に共通して致命的なのは、ゲーム業界ににマンガ業界の「編集」のポジションを無理にねじ込もうとして失敗しているところだと思う。
まずゲームではプラットフォームを自社で持てない(SteamやPlayStationとか他社のストアでのリリースになる)ので、自由なプロモーションをすることができない。
マンガアプリならユーザーデータとかいくらでも取れるし、プロモーションや見せ方の改善とかもできるけどそういう操作ができない。
それからゲーム開発には1本作るのに2~5年は普通にかかる。いいものができるまで忍耐が必要で、連載という概念がないのでユーザーの反応を都度見ることができない。ONIはあと2年かけて物量出せば化けた。
マンガにおける編集は、作家に対するマネジメントを短期間に複数並行でこなして1作ヒットが出れば成功、というモデルなんだろうけど、ゲーム開発は時間がかかるのでそういうサイクルが回せない。
そしてゲーム開発のディレクションには高度な技術・ゲームデザインの専門知識が必要なんだけど、そういう人材がおそらく不足してる。できたゲームの良し悪しが判断できないし、ユーザーの反応が悪かったとしてもそこから何を改善すればいいのか分からない。
マンガならアウトプットが絵とストーリーなのでまだ経験則系の知識で回せるのかもしれないけど。両社とも元ゲーム会社の人材を雇ってる様子なので、この辺は今後よくなると期待してる。
エンジニアは転職すると給料は大抵上がり、新たな場所で心機一転開発に精を出す。新たな人に出会ったり学びがあったり人生は中々にドラマティックであんまり飽きない。
………だがこんな匿名ダイアリーを綴ってるんだから闇を公開したいのださせてくれ。読んでくれた方、ありがとう。(この文章はフィクションです)
まずは説明。
運と師匠に恵まれ、わりと良いキャリアを積ませてもらってると思う。
そんな自分は縁があり、とある企業のエンジニアマネージャーのポジションについた。
当初は担当役員から「自由にやってくれ!」と言われ、「おk、じゃあ1からつよつよのチームを作ってみるわ!」と伸び伸びと働けたと思う。
コードを書くことはもちろん、採用育成をした。規約を作り、レビューをし、なんならディレクションもして仕様書も書いた。
(前置きが長い?待たせたな、そろそろ闇がくるぞ…!
だが、1年ほど経って業績評価のフィードバックの日。今年のボーナスはなんぼかなー!?とワクワクしていたら、ちよっと信じられない数字が出ていた。
もちろん上振れではなく、下振れだ。
特段大きな失敗はしてない。日頃の1on1で役員の機嫌を見る限り不興は買ってないはず。いったいなぜ?フィードバック面談にはほとんど話したことがないCTOが出てきた。
CTO「開発速度が遅い。レビューとか時間かけなくていいよ。」
(ちなみに手がけているのは中規模のアプリケーションで長期メンテを予定している)
何が言いたいかって、上司にあたる人(達)の思想やバックグラウンドはよーーーーーく入社前に確認しようね。特にそれが役員ならね!
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20230518235915
(削除後の元記事)
https://anond.hatelabo.jp/20230518235915
(魚拓)
https://web.archive.org/web/20230519152111/https://anond.hatelabo.jp/20230518235915
もう元ネタ消されてるけど、本気だか釣りだか分からない色覚異常ディス増田が話題になってたので、実際の2型色覚(赤と緑が判別しにくいけど、ぶっちゃけ日常生活への影響はほぼない、一番人数の多いタイプ)当事者
ちなみに「赤と緑が区別できない」っていっても、凝視すれば全く分からないわけではないです。赤と緑を並べて比較できれば区別はつく。でも、それぞれ単体で出されて「赤?緑?どっち?」と特定するのは難しい感じ。一番影響があるのは、Excelで作ったグラフの凡例が、どの色が何を指しているか分からなくなることかな。
結論から言えば、この増田のような差別を受けた体験なんて皆無に近いし、子供時代ですら一切からかわれたこともなかった。世の中はそんなに地獄じゃないです。友人も大体私の色覚については知ってる。
でもたった一つ、会社の関係者にだけは一度も明かしたことがないんです。それは、入社試験で色覚検査をされ、その検査を丸暗記で乗り切った経緯があるから。
私は、多くの会社が普通に入社試験で色覚検査を行っていた最後の世代に当たります。私たちの後輩からは、特定の職種を除いて入社試験時の色覚検査は禁止になったらしい。
ちなみに業種は某メディア関連で、一応「色を扱う仕事」ではあるんですね。でもデザイナーではないから、シビアな色彩センスを問われる場面なんてないわけです。そういう部分はデザイナーに依頼して、私はディレクションする立場なので。
結果として10年をはるかに超えて私はこの仕事をこなしており、色覚異常が仕事に悪影響を与えたことなんて全くありません。でも、入り口で“不正”をしてしまった関係上、なんか言い出しにくい。退職まで秘密を持っていくかもしれない。
他の人の仕事で、「この色遣いだと2型色覚には見にくいなあ」と気づくこともある。けど指摘したくても、「なぜお前にそれが分かるのか」を問われると面倒なので指摘しないままスルーしている。
カミングアウトしたらどうなるのか、少しだけ興味がある。でも、特に言い出す理由もないし、一応「試験で不正した」ことも否定できないので、少し怖さもある。まあ、今の部署じゃ低い評価がつくわけないくらい成果も出してるので、恐怖と呼ぶほどのレベルではないんだけれど。