はてなキーワード: 政治的圧力とは
幼少期の抑圧により歪められた人格はその後も容易に治らないことはもっと広く知られてよいと思う。
子どもの頃にゲーム禁じられた、アニメ見られなかった、お菓子食べさせてもらえなかった、男女交際禁じられた、えっちなもの一切見られなかった、
このような抑圧は大人になって自立したときに必ずといっていいほど反動が起きる。
世界中のローマ・カトリック教会の聖職者たちが数千人単位の児童の性的虐待に関わっていた大事件があったけれども、もしキリスト教の教義が極度に性的な廉潔さを求めるようなものでなければ、司祭たちが抵抗のできない子どもに性的虐待を加えるなどというおぞましい行為に手を染めることはなかっただろう。
英語圏のポルノサイトを巡回していて気づくのは彼らのアナルとケモノに対する執着が東洋人よりもはるかに強いことだ。
後ろの穴も獣姦もキリスト教圏で育った人間にとっては強烈な禁忌であるがゆえに彼らはそれに一層の興奮を覚えるのだ。
それはさておき、一部のラジカルなイデオロギーをもった集団が社会から性的表現を排除しようと政治的圧力を務めているが、性表現の排除からもたらされるのは軽度の性表現にも興奮を禁じえない変態の大量生産だ。
あるいはラジカルな彼ら彼女らは幼少期より性的表現を排除されて育ったがゆえに軽度の性的表現にも異常に興奮してしまい、見るに耐えないものだから許せないと憤っているのかもしれない。
圧力かければ卒業証明書が出るなら、カイロ大学がディプロマミルであると言うことにはなるけど、知事の学歴詐称は回避できてると思うが?
そもそもこの話は「政治的圧力でディプロマミル同然になるカイロ大学など卒業した所で、その証書に価値などない」って事ではなく、そういう不正は行われない大学である前提で「卒業できていないのに卒業したと詐称している」という批判だったはずよね?
あとは「都知事がコネを使ってカイロ大学に圧力をかけたかどうか」が問題になると思うが、これは文春側にとって証明の難しい話になるだろうと思う。 都知事がコネを持つ人脈が政治的失脚などで旧悪が暴かれる、みたいな展開がないと厳しいのではないか?
平時から病院は医療崩壊寸前だから1万人増なんてとてもとても見切れない。
ということでコロナ以外の患者もさらに病院へ集中していくわけだ。
んで日本医師会へ勤務医が加入する意義薄いから、開業医による開業医のための政治的圧力団体となっているのはご存知の通り。
その日本医師会は一ヶ月前オンライン診断を猛反対して潰し、患者集中した病院の医療崩壊のうえに、さらに院内感染による医療崩壊も招いてしまった。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200412-00071759-gendaibiz-soci
ちなみにPCR検査(検査技師)増やせないのも日本医師会がいろいろ反対してた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/kankimura/status/1072492362864168960
日本人の支持率の動き等を見ても徴用工はともかく慰安婦問題はもう終了してると思う。
世界中で慰安婦像が立てまくられても日本人はもう何もアクション取らないと思うよ。
どうも世間の空気見ると、慰安婦問題に関しては諸外国からどう思われようとどうでもいい領域にまで到達したっぽいので。
もし、再度謝罪をしてしまうとか、例えば全世界が一致団結して政治的圧力かけてきたりして(貿易を止めたりとか)日本にお金を払わせる方向に進むとかなら日本人もちょろっと考えるとは思うけど。
ただそれ以外ならもう話が動くことはないかな。
ニュースでなにかちょろちょろ出るだけで何も変わらんと思うぞ。
外国からどう見られるかいつも気になってるはてサは話題にし続けるだろうけど。
そういう意味で決着ついたってことだよね。
pixiv fanboxの件。
https://togetter.com/li/1222306
https://togetter.com/li/1222309
大原則として無償配布だろうがコミケの薄い本だろうがpixiv fanboxだろうが二次創作の公表は著作権法違反に決まってるでしょ(「○○という条件を満たした場合は許諾不要」みたいなポリシー掲げてるところは除く。あと著作権者から公認されてる場合も)。
その上で、「ホソボソと同人誌作ってる連中は見逃してやるか」って思われてるだけだから。
「黙認はセーフ」ってのは、逮捕されたり裁判起こされたりしない、っていう意味であって、合法って意味じゃないから。
地元民が20キロオーバーで走るのが当たり前で普段は警察もうるさく言ってこなくても、警察が取り締まりしてる日に15キロオーバーしてたら捕まるのと同じ。違法だけど取り締まられてないだけ。
その意味で、「法的にセーフ」って言ってる擁護派はおかしい。同時に、「コミケはセーフだけどfanboxはアウト」って言ってる批判派もおかしい。
私が擁護するとしたら「fanboxがアウトならコミケの薄い本やpixivのファンアートだってアウトじゃん! 何で私たちだけ責められるの?」って言うと思うし、私が批判するなら「そもそもコミケから違法な二次創作は追放されるべきだし、pixivも違法な二次創作の掲載をやめるべきだ」という論陣を張るだろう。現行法を前提とする限り。
有償で頒布してる二次創作同人誌はOKでpixiv fanboxをNGとするのは、身内ルールに縛られているだけだ。そんなの、法的に何の根拠もないのにね。
別に、法律とは違った身内ルールを設定することそれ自体は悪くない。私が風呂掃除とゴミ出しを担当し、相方が洗濯を担当する、というのは法的根拠のない我が家の身内ルールに過ぎないが、しかし別に問題はない。このルールが拘束するのは私たち2人だけだし、私たちは法的根拠がないことを知った上で概ねこのルールに納得して合意している。
だけど二次創作界隈の身内ルールは違う。それは根拠なんてないのに、根拠があるかのように信じ込む人は後を絶たない。信じ込むだけじゃなくて、その無根拠ルールを振りかざして「ルールに背いた」とみなされる色々な人を攻撃している。
去年もそういうのあったよね。pixivで公開していた二次創作小説をURL付きで引用されて、激怒して引用した学生をタコ殴りにした事件。無許可で二次創作やってるひとたちが無許可で引用するなとか言ってた光景は私の心に深くこの界隈の理不尽さを刻んだよ(論文の批判自体は言論の自由だから悪くないけど、さんざん他人の小説を無断で引用するなだの著者に敬意を払えだの言ってきた人たちが、論文を無断で引用した挙げ句に論文書いた人相手に人格攻撃まがいの批判を垂れ流してたのはただひたすらに醜悪だった)。
けっきょく、フェアユースを認めない日本の著作権法に問題があるのにね。
非親告罪化のときも、一部の漫画家の人が積極的に運動して「二次創作には適用しない」という言質を取ってた。運動とか私にはできないことだから、それ自体は尊敬する。でもその運動が、二次創作を著作権者の告訴なく捜査しない、という戦術目標を掲げたことには違和感があった。本丸は別にあるでしょ。
私はfanboxも同人誌も支持する。そしてそれらが違法状態に置かれている現行の著作権法を批判する。
fanboxを批判する人はいずれ同人誌を焼くだろう。法的にはどちらも同じことで、それらを区別するのは一部の人が掲げる身内ルールに過ぎず、身内の中でさえ合意が取れていないのだから二次創作界隈の総意というわけでもない。とすれば、今fanboxに向けられている矛先が、コミケに向けられることはないなんてとてもじゃないけど思えない。法的・論理的には、どちらもNG、という結論しか導かれないのだから。
ほんとfanboxは著作権侵害でアウトだと本気で思ってるなら二次創作から足洗ってほしいわ。謎の身内ルール振りかざしてpixivを叩いてる連中には自分の首を絞めているという意識がないんだろうか。
kato_19 親告罪の趣旨は『身内ルール』を尊重しましょうという事なんだから・・・当事者が納得してる範囲なら問題ない。判例で利用範囲を決める米著作権法とは根本的に違う。フェアユースの代わりが日本のグレーゾーン。
親告罪によるグレーゾーンがフェアユースの代わりになる? ご冗談を。
親告罪って字面からわかるように「犯罪だけど、訴えないと捜査されない」ってことですからね。ちょっと前まで女性を強姦することやわいせつ目的で他人を誘拐することも親告罪だったけど(今は非親告罪)、被害者が泣き寝入りすればそれが犯罪じゃなくなるわけないですよね。著作権侵害も同じ。
tick2tack ダブスタは問題。/ 増田の理屈で法を厳密に適用、となると赤信号など道交法無視は全部犯罪ということになり、あげく "そしてそれらが違法状態に置かれている現行の" 道交法がおかしいのだ!となってしまわないかな?
歩行者が赤信号を無視することは犯罪であり、2万円以下の罰金または科料に値する行為ですが何か。
第一二一条 次の各号のいずれかに該当する者は、二万円以下の罰金又は科料に処する。
一 第四条(公安委員会の交通規制)第一項後段に規定する警察官の現場における指示若しくは第六条(警察官等の交通規制)第四項の規定による警察官の禁止若しくは制限に従わず、又は第七条(信号機の信号等に従う義務)若しくは第八条(通行の禁止等)第一項の規定に違反した歩行者
「犯罪ではあるが、大抵の場合処罰されない」と「犯罪ではない」の区別がつかないんですかね……
当たり前だけど、自動車を運転してて法定速度を1キロでもオーバーしたら速度超過であり違法行為ですよ。40キロ制限の道路で、円滑な交通のために日常的にほとんどのドライバーが60キロ出していたとして、それはその地域の住民がほぼ毎日のように法を犯しているっていうだけ。
で、今、65キロで走る人たちが地域住民の一部から批判を受けている。
このとき、自分たちも法を犯しているのに他人の触法行為を責めるのはおかしい、という主張と、法定速度が厳しすぎるから法定速度を引き上げるべきだ、という主張は普通に両立しますよね。
法律と現実に齟齬があり、現実にありふれていて皆が日常的に行っている営みが形式的に違法とされる状況では、法律の方がおかしい、という主張が成立する余地はあるのでは。典型的には単純賭博罪とか。
何でもかんでも現実を法律に優先させるべきとは思わないから個々の事情を酌むべきだけど、少なくとも二次創作が著作権侵害になる問題に関しては法律の方が間違ってるので変えるべきだと私は思うし、同時に自分たちが著作権を侵害していると自覚せずfanboxを叩く人は頭おかしいと思いますわ。どっちも同罪でしょうよ。
turanukimaru はて著作権はそもそも身内で頒布するのは合法だったはずだが?コミケとかサイトでの公開は身内と言うにはでかすぎるが身内の範囲は当事者で決めろってのが親告罪なわけでなんか増田のが論拠がおかしくない?
不特定の1人以上あるいは特定の50人程度以上の人数に対し頒布するのは公衆に向けた「公表」にあたりますが何か。
「公衆」とは、「不特定の人」又は「特定多数の人」を意味します。相手が「ひとりの人」であっても、「誰でも対象となる」ような場合は、「不特定の人」に当たりますので、公衆向けになります。
例えば、「上映」について言うと、1人しか入れない電話ボックス程度の大きさの箱の中でビデオを上映している場合、「1回に入れるのは1人だが、順番を待って100円払えば誰でも入れる」というときは「公衆向けに上映した」ことになります。 また、「送信」について言えば、ファックス送信などの場合、1回の送信は「1人向け」ですが、「申込みがあれば『誰にでも』送信する」というサービスを行うと「公衆向けに送信した」ことになります(これを自動的に行っているのがサーバーなどの自動公衆送信装置)。
さらに、1つしかない複製物を「譲渡」「貸与」するような場合、「特定の1人」に対して、「あなたに見て(聞いて)欲しいのです」と言って渡す場合は「公衆」向けとはなりませんが、「誰か欲しい人はいませんか?」と言って希望した人に渡した場合は、「不特定の人」=「公衆」向けということになります。
「特定多数の人」を「公衆」に含めているのは、「会員のみが対象なので、不特定の人向けではない」という脱法行為を防ぐためです。何人以上が「多数」かはケースによって異なると思われますが、一般には「50人を超えれば多数」と言われています。
「不特定」でも「特定多数」でもない人は「特定少数の人」ですが、例えば「電話で話しているときに歌を歌う」とか「子どもたちが両親の前で劇をする」といった場合がこれに当たり、こうした場合には著作権は働きません。
https://pf.bunka.go.jp/chosaku/chosakuken/naruhodo/outline/4.3.html
コミケでサークルスペースに並べた段階でどんな島中サークルでもコピ本でも「公表」ですよ、よかったですね!
(1)利用の目的・性質については、かつては商業性があるかどうかが重視され、商業性があると、裁判でフェアユースが認められない傾向がありました。しかし1990年代のパロディをめぐる裁判で、米最高裁は、商用目的であっても「変容的」であればフェアユースにあたると判断しました。
「変容的」というのは、「別の作品」になっているかどうかということです。この点、パロディは、元の作品とは別の価値を作り出しているといえるので「フェアユースにあたる」と、最高裁は認めたのです。
イラスト模写本とかは厳しいかもしれないけど、たいていの薄い本は問題ないのでは。
mohno 「フェアユース……そもそも二次創作は犯罪ではない」と認められる場合があるだけで免責が保証されているわけでも、民事裁判のおそれがないわけでもないがな。アメリカでコミケやって放置されるとでも思ってんの?
そうだとしても、無許可の二次創作には(権利者がガイドラインを定めている場合を除き)自動的に著作権侵害が成立し、権利者のお目こぼしで民事裁判に引きずり出されていないだけ、という日本法よりだいぶマシなんでは。フェアユースと認められれば著作権侵害ではなくなるわけで、デフォルトで著作権侵害になってしまう日本法より利点は多いでしょう。
また、仮に日本で導入されたら日本の裁判所が運用することになるわけで、そこも考慮すべきかなと。
私は二次創作が著作権侵害にならないような法制を支持していて、フェアユースはパロディを許容する法制ということで現行の著作権法よりマシだと思ってはいますが、フェアユースよりも二次創作の保護に適した法制があるならそっちを支持するのでぜひ教えてください。フェアユース原理主義者ではないんでいつでも棄教します。
nmcli "二次創作が著作権侵害になる問題に関しては法律の方が間違ってるので変えるべきだ" って主張は、二次創作されたくない権利者のことをきちんと想像できてないように思う。
引用されたくない著者や批判されたくないクリエイターの作品も、公表していれば引用・批判の対象としていいと著作権法に書いてあるわけだから、二次創作だけ著者の感情を尊重するのはなんか変だと思います。作品を公表した以上批判を受け引用されパロディを作られるのを許容すべきで、それが表現の自由の根幹でしょう?(もちろん、内心でふざけんなと怒るのは内心の自由の範疇だし、気に食わない批判や二次創作に言論や創作物を使って喧嘩を売るのも表現の自由で保護されるべき)
当然、これは二次創作を引用して論文とか書くのも自由であるべきだという主張を含意します。公表した著作物を引用されない権利なんてないわけですからね(論文が気に食わなかったら批判すればよいし、作品を引っ込める自由もある)。
mr_mayama 著作権法は親告罪なので著作権者が訴えるまでは合法です。前提を間違ってる人ほど勘違いで声がでかいの何とかならんのか???
なんか薄々そうじゃないかと思ったけどマジで「親告罪は訴えられるまで合法」って勘違いしてる人がけっこういるんですか……? 警察が被害者の同意なく介入するのは相応しくない犯罪(親族内での窃盗、著作権侵害など。ほんの数年前まで強姦もこの範疇だった)について、被害者が訴え出るまで捜査したり起訴したりしない、ってのが親告罪で、上に書いたように犯罪自体は成立してます。
一昔前に、強姦された女性が泣き寝入りして警察に訴え出なかったとして、「被害者が訴えるまでは合法」だと思いますか? そんなわけないでしょ常識的に考えて。
「親告罪だからセーフ!」じゃねえよ自分で犯罪者って告白してどうするんだよ……
meganeya3 身内の中で「誰かほしい人はいませんか」が公衆にあたるのかな? コミケの構図はそうなってて、結局部数の線引きと、ピンポイント政治的圧力が法律問題としてごくまれに浮き上がってくるのが現実では
著作権法でいう「私的利用」って、おとうさんとおかあさんとおねえちゃんとか、よく部室でつるんでる友達4、5人とか、そういうレベルなので……。何万人も来場するイベントで頒布してるものはどこからどう見ても公衆向けに頒布されてるものです。それが身内という理屈は、少なくとも著作権法の観点からは通じないですわ。
eirun だからといって「著作権法がおかしい」という結論こそおかしいだろ。むしろ法的に犯罪の範囲を広く取って司法が恣意的に犯罪検挙してる現在の運用のほうがおかしいわけで。
??? 法的に犯罪の範囲を広く取るのがおかしいという主張は結局「著作権法がおかしい」ということなのでは??? 何が著作権侵害なのか決めて、その罰則を定めてるのは著作権法ですよ。一緒に著作権法に文句を言いましょう。
silvermoai なし崩しの状況に対する危機感はあるけど「自衛隊は憲法違反」みたいな段階から話したいならちょっと関わりたくないです
政府解釈によって合憲との判断が示され、それに対するコンセンサスが立憲民主党など野党の多くにも共有され、自衛隊法などの法律も整備されていて建前では憲法秩序の枠内に存在していることになっている自衛隊と、当事者たちが「親告罪だから訴えられるまでセーフ」「著作権法違反の非親告罪化は同人文化を萎縮させるので反対!」と自ら違法であることを触れ回っている二次創作は同じ土俵では語れませんね。「自衛隊は違憲か否か」は高度な法律論争だけど、「無許可の二次創作の公表は違法」は論争の余地のない単なる事実なので……。
1 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイWW d465-ibbf)[] 2018/02/26(月) 15:55:37.24 ID:7211LqHx0
久田将義×吉田豪のタブーなワイドショー 2018/02/25(日) 20:00
こないだ正論大賞のパーティ行きましたよ。ヤバいっすよ。正論大賞マジヤバい。人類は一回行くべき。
多分絶対呼ばれないから言うと、フジサンケイグループは威信をかけてやってるわけです。
まずこの賞の凄いところは選考委員がいないところ。今フジサンケイグループにとって今推したい奴みたいな感じ。
最初にフジのアナウンサーが「フジサンケイグループ正論大賞パーティが始まります」と挨拶する。
そこでいきなり「平昌五輪で日本はますます活躍、しかし他方韓国はそれを政治利用し・・」と始まる。
「中韓の政治的圧力がますます強くなる中、日本の論壇はそれを恐れず正しい論を作っていく」「さて発表です」
飛ばすんですよ(笑)。とにかく最初からハッキリとしたイデオロギー性、方向性なんです。
男性は着物の奥様と一緒に入場してくる。入場の時だけかなと思ったら壇上にも行き、夫が演説してる間、
奥様は一歩下がって身動ぎもせず立ってるわけ。三浦(瑠麗)さんと同時受賞したある文芸評論家(小川栄太郎)
がいるんですが、その方の演説がこれまた凄い。この人は安倍晋三は吉田松陰に並ぶ思想家なんだみたいな本を
書いて結構売れている人らしい。最近だとモリカケ問題で朝日に訴えられてる人なんですよ。
その人がいろいろ演説する。「日本は少子化で苦しんでる、このままだと日本は滅びる」ああここまではそうだと。
「だからねぇ増えるしかないんだ。女が子供産むしかないんだ。という事言うと女性の人権とかいう人がいます。
人権?もちろん大切です。しかし!」と始まる。それを横で着物を着た女性がずっと黙って聞いてるわけですよ。
凄いよ。痺れましたよ。こんな自由な言論空間はない。自由すぎる。
安倍首相からのビデオメッセージが凄く長い。受賞者一人一人に「何々さんは何々の業績があり、これからもしっかりと日本を支え」
受賞者の挨拶を見るとみんな仮想敵が朝日新聞なんですよ。これも面白くて。首相からメッセージ貰ってるんですよ。
それなのに自分たちは言論弾圧されてるって思ってるわけ。凄い良かった(笑)
俺はすごい面白くて最前列でバシバシ写真撮ってたり喜んでたんだけど、津田(大介)さんは真っ青な顔してさ「これ許せないでしょ」。
ええ、マジレス?みたいな(笑)。そうじゃないでしょこの楽しみ方さ。さすが左翼(笑)
ハイソサエティに属したいが、属す能力も価値のない存在のことである。
男の場合は直接的な暴力や高圧的な論戦によってスポイルされて終わりだが、
共感を大事にし、表立って争わずに陰口と政治的圧力のみによって事を成す女性の場合、
著名な経営者や芸能人が、学生時代孤独だったと告白することがあるだろう。
もっとナード(コミュ障入ったオタク)と仲良くしろ、ナードが蔑ろにされるのはおかしいと。
まして、女子学生のコミュニティにおいて、孤独は登校拒否や自殺に追い込まれる危険がある。
男子学生なら耐え抜ける孤独も、女子学生にとっては致死量となる。
これは、男性コミュニティではなく、女性のコミュニティの作る圧力である。
男がそうするように、言葉で殺せ。
イヤイヤ文句言いながら結婚生活して嫁に趣味の鉄道模型捨てられたり高齢離婚する人って、
イヤイヤ文句言いながら社畜して不幸自慢してる人と、
まあ、その両方を備えた人たちがこの国のマジョリティなんですけどね。
そんで自分は前者をやや見下してるんだけど、自分の足元を見ると後者の立場なんだよね。だから働き方をマジなんとか変えないとダメだなーって。1歩踏み出さないと。踏み外して死ぬか、マイペースな道が待ってるかはわからんけど。
イヤだなーと思って働き続けることよりも、やめてフリーターになるとかフリーランスになるとかの事のほうが、この状況を変えていく抗議につながるよね。
「オタク」が一般の世界に出てきた流れが、今回の結末の根底にあると思うんだけど、それってオタク側が望んでやったことなんだっけ?それともマスメディアがネタにしたせいなんだっけ?あんまりどういう経緯で一般の世界に出てきたのかわかってないわ。
たぶん、「電車男」がドラマや映画化されたころから、この結末の世界線に入ったんだろうなあとは感じているけども。アキバにメイド喫茶ができて、増えて、こじゃれたビルが増えて、アキバを歩く一般人が増えてきたこととかも、その流れを反映して比例している感じ。
あんま調べてないけど感覚的にはこんな感じ:
メディア側 : CDが売れなくなる→TVCMが買い叩かれる→ネタに困る→あの手この手を考える→その一環でネットからもネタを持ってくるようになる
一般 : マスメディアを見る時間が減る→ケータイやネットのハードルが下がる→ネットを見る時間が増える→自然とオタクに触れるようになる
オタク : 細々やってた→なんかユーザー増えてきた→ここは商人として一山当てたい and/or オタクとして自己顕示したい→メディアと組んだりもした(利害の一致)→オタクだったものがTVに登場してうれしい→調子に乗りすぎた→ロビー活動何もしてきていないので政治的圧力に弱いヤバイ
エクセルによるバグ管理からウェブベースのBTSへの移行を試みた。
結果としては失敗したので、失敗した要因を備忘録とする。
開発メンバ以外も起票するため、エクセル台帳に起票させることにした。
しかし、こちらが提供した台帳とBTS上のフォーマットに乖離がありすぎた。
アナウンスした理由としては上長を含めた会議を、この資料をベースで行うため。
結果二重管理状態となり、メンバはBTSのメリットが理解できなくなる。
よってメンバが合理的に行動する帰結は、マスタの直接更新である。。
走りながらでもなんとかなると思っていたという見込みの甘さ。
根回しが下手くそだった
ロビー活動を行う
メンバーの興味は最初は高かったが、結果的にエクセルとの二重管理状態になり負担を増やしてしまった。
もちろん解決すべき課題も増えるので、次第にではなくエクセルのステータスを変更していくことになった。
快適な環境を準備できずに生産性を下げてしまったと認識している。
エクセルがBTSのマスタを取り返した結果、何も生み出さない管理に工数を費やした。
このような生産性を下げる工数をある程度削減することこそ、BTSに期待するものである。
今回BTSとエクセル両方の面倒を見る中で、やはりエクセルによる管理は貧弱だと感じた。
ユーティリティプレイヤーのエクセルと、専門家を比べたとき、やはり専門家は高パフォーマンスである。
エクセルが邪悪なのではなく、BTSが「そのような使い方においては」より効果的に機能するということである
エクセル方眼紙を使うことが邪悪であって、エクセル自体は…いや、やっぱ邪悪か…
それは失礼しました.
世の中,かなりの話は『程度問題』だと思うのですよね.「財政マネタイズ」という(通貨の信認とか構造改革とかと同じように)おどろおどろしい,そしてたいていの場合に空虚な言葉というのは,黒か白かはっきりするよな定義のある話ではなく.インフレ税ないしシニョリッジというのが財政に寄与するなら,実はどの国も常に「財政マネタイズ」してると言えるのかもしれない.日銀乗換は日銀引受と違うという強弁だって『程度問題』でしょう.
『程度問題』ともう一つ私が念頭に置きたいキーワードは『言葉より行動』です.人が何を言うかよりも,どう行動するかが重要.「市場関係者がこう言っている」よりも「市場がこう動いた」の方が確か.市場だってもちろん間違えるが,「メディアが取材したシジョーカンケーシャの言葉」なんてのは,ほぼノイズにすぎないですよね.
http://anomalocaris89.blog69.fc2.com/blog-entry-208.html にあるとおり中央銀行の独立性は別に金科玉条ではない.財政マネタイズも,まあ今のところは「やってはいけません.これは中央銀行にとって神聖不可侵な教義です」という振りをするのがお約束となっている,くらいの意味だと思っています.実際は100%か0%かの話ではなく,行動を見れば少しはやっていると見えなくもない.
ヘリコプター・ベンが,サマーズと組んでヘリコプターマネー政策を実施しても,さらに,購入した国債をロールオーバーし続ける(日銀乗換に当たるものを無制限に増やしていく)と発表しても米国債が暴落なんかしなかったのは「財政支出をやって,猛烈に通貨発行を増やしてますけど,財政マネタイズじゃないですよ〜」と言った言霊のオカルト効果ではなく,もっと単純な市場予測(米国債を売ると損をする可能性が高い)の結果でしょう.
で,リフレ政策で肝要な期待(expectation)ってのは,人々の気持ちとか意思とかじゃなく,まさにそういう『将来についての市場予測』のことを言っているに過ぎません.「それを財政マネタイズと呼ぶかどうか」という曖昧な話じゃなく,「政府が今後どう行動するか・その結果どう行動すると得か」について市場が予測した結果.それがリフレ派の言う期待でしょう.だから,「中央銀行の独立性」「財政規律」とかいう「意図を表すレトリック」なんかではなく,例えば「いつまでに何を買う」「いつまでにいくら支出する」と言った具体的な行動の予測に資する情報によって(のみ)市場は動く.まあ市場予測に影響する気分(センチメント)というのはあるでしょうし,それは言い方で動いたりするのかもしれませんが,それはむしろ「すぐに修正される予測のズレ」を表す言葉でしょうね.あんまり重要でない.
これも『程度問題』ですね.デフレに(少なくとも例えば賃金や企業の収益や税収にとって)はっきりした害があって,5%や10%のインフレにそれほどの大した害が知られていない.なのに,デフレを止めるための日銀への介入でさえこれほどの大騒ぎになる.
そこで,インフレを止めるような介入がそんなに容易だと市場が予測するなら問題でしょう.
すいません.誤読してたので訂正(どっちにせよ,根拠のない無茶な介入は簡単じゃないだろうと思うんですが…)
これも『程度問題』ですね.インフレ恐怖症の方々はもとより,リフレ派でさえ反対するような「引き締めを妨げるような介入」がそんなに簡単なら確かに問題でしょうが…
追記:一つの担保としては,日銀にも政府にもそう簡単に方針を変えられないような歯止めを法制化しておくことでしょう.曖昧な「日銀の独立性」という言葉が指す内容がどういうものか,例えば「中期的な望ましい物価水準は政府と日銀の合意によって定める・それを達成する手段は日銀の専管事項」という趣旨の条文を日銀法に入れるとか.え,法律なんか政府がインフレにしたくなったら簡単に変えられる? そうかなあ…程度問題ですが,法律がない場合より「簡単」ではないと思いますね.
まあ,既に書いた通り,債券市場参加者の「声」とか,割りとどうでもいいと思ってますんで…
追記: インフレ目標と,日銀の(上記のような)独立性の法制化は,ひとつの歯止めとして市場の期待を安定化するのに有用だと思います.
ぶこめにコメントいただき、ぶこめで返せる分量でないので、増田借ります。もとのブコメは次の通りで、
id:BUNTEN氏の通りリフレ政策は期待が肝だが、サージェントの通りハイパーインフレも期待が肝。財政マネタイズを否定しない者も多いリフレ派がハイパーインフレは絶対起こらないとはダブスタの極みで嗤うしかない。
いただいたコメントは次の通り。
id:torrysGalley ハイパーインフレを心配しといてインフレ目標の導入に反対するのはまさにダブスタhttp://www31.atwiki.jp/anti_deflation/pages/1.html#Q23
お答えは次の通りです。
「政治的圧力による言論弾圧に屈した悪しき事例を作ってしまった」
「権力者が気に入らない記事は載らなくなる」
といった方向から、今回の「ハシシタ」の件を捉えるのは筋違いも甚だしい。「橋下氏やその支持者は敵失で得したね」という方向からのは言わずもがな。
今回の問題はもっとそれ以前のところに問題があり、だからこそ週刊朝日の謝罪も橋下氏に対してのものではなく「不適切な記述」に対するものが主となっている。
これを権力や政治圧力の話にすり替えてしまうことは、記事の本当の問題を矮小化するに等しい低劣な行為だ(しかも、橋下氏へのネガキャンに利用するためだけにそのような矮小化をしようとする浅ましい人たちまで存在する)。
もし、今回のが権力者による政治圧力に屈したものであり、橋下氏のような権力者が相手でなかったら謝罪も連載中止もなかったとすれば、そちらの方こそ深刻である。
追記
何か勘違いブコメがあるので一言述べておくと、逆差別・利権化のために(部落)差別を利用するような行為も、今回のような橋下氏批判に利用したいがために(部落)差別の問題を政治圧力の話にすり替えるような行為も、
同根・同類で低劣かつ本当の問題を矮小化し見えにくくするものだということである。
追記2
何が問題なのかも分からないとするブコメもあってびっくり。会見やニュースでも指摘されていたはずなのだが。
追記3
『橋下氏が自らの政治活動を差別批判にすりかえていることが問題』とかいう頓馬なブコメもあるが、今回の件は週刊朝日の記事も「政治手法を検証するつもりはない」と述べており、その結果として当然のことながら、
それを受けた橋下氏側も政治活動への批判に対する応え・論点逸らしとして差別批判を持ち出しているわけではない。
追記4
『「在日が、部落が」とか言って喜んでいた人が突然人権意識に目覚めたことは素晴らしいことです(棒読み)。』というブコメがあるが、これが、私がこれまで『「在日が、部落が」とか言って喜んでいた人』だという意味であるのならば、
根拠もなくそのような侮辱的な認定・レッテル貼りを、他人に対して平気で出来る人間が存在するという事実に愕然とする。
追記5
また頓珍漢なブコメがあったが、問題のあると思われる行為に対して間違っていると指摘することは、それ自体が自説の開陳に当たるのだが。「いや、その行為は間違っていない」という反論だって可能なものだ。実際、橘玲氏などは
「血(ルーツ)」こそがひとの生き様を支配する、という人間観を持っている。佐野氏の作品が多くの読者を獲得したのは、こうした人間観が広く受け入れられているからでもある。
「日本国の首相の座を目指す公人は、父母や祖父母の代まで遡ってすべてのルーツを国民に開示すべきだ」
というのは、ひとつの思想信条として認められるべきであり、それを追求した今回の行為は間違っていないという形での反論を行なっている。
追記6
『出身地域で部落認定なんてことが実際に行われていたことを知らない、知識不足で感度の低い人は、今回のようにどこそこは部落だと書くこと自体が大きな差別問題を引き起す記事となることだに理解出来ない』蓋しごもっとも。
ニュースでも指摘されていたのでここが問題点の大きな一つであることは周知だと思っていたのだが、違うようだ。そして、出身地域による部落認定で結婚が阻害されたれたりも現実にあった。
追記7
今回の件は「橋下氏の人権が侵害された」という問題ではなく、追記6とも絡むが、橋下批判をする中で橋下氏とは関係のない人たちに対する差別助長(およびそれに伴う人権侵害)の危険性があったという問題であろう。
その点で「公人だから」「既出情報なのに」といった議論は見当違いの詭弁。もちろん橋下氏とは関係のない人たちだけではなく、今回のロジックでは、血を引き継ぐことになる橋下氏の子供たちに対しても大きな問題を孕んでいるが。
追記8
週刊朝日の「おわびします」記事においても、『同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載してしまいました』『多くの関係者を傷つける事態をまねいたことについて、深く反省』となっていて、
問題の中心が「橋下氏の人権が侵害された」ところには無いという扱い。妥当であるし、「橋下徹大阪市長の人権を侵害していない」からと今回の記事を擁護するのが如何に的を外した馬鹿げたものであるかも示している。
なお、同和地区を特定したも何もそんなのは既に衆知であろう、だから問題にはならないというのも、あの記事での同和地区の扱われ方 -橋下氏にネガティブなイメージを与えるための出汁にした- を考えれば通用しない強弁にすぎない。