はてなキーワード: 視覚とは
実は、ウェイス3は受けた事があるんだ。当時の自分は自分に違和感を抱いて診断してもらったにも拘らず事実を受け止められず「精神論」で頑張る方向で走っていました。後悔しても遅いですが、立ち止まっていれば良かったのに…。ウェイス3によると、不得意な所は沢山所見で把握できたのだけれども、肝心の得意とする部分が解らず、今後は自分が活かせる能力は何なのか(どの様な能力を伸ばしていけば良いか)解りませんでした。※ウェイス3を診断して下さった担当の方は院時代の相談員さんで、相談所をOBは利用不可でどこで尋ねたら良いか手詰まってます…。因みに、聴覚処理能力・同時処理(劇的に弱い!)と書かれてました。もっと具体的に言うと、聞いた内容を理解する・視覚情報を手早く正確に処理する能力よりも、「聴覚情報に注意を集中し、短時間保持しながら認知的操作を加える」能力が弱い、と書かれていました。同時処理や作動記憶が弱く、前者だと一度に沢山の情報を与えられると、どう処理したら良いか解らず混乱してパニックになる事、後者だと会話意図のズレや行動上の早とちりの関連…と言った事が書かれています。弱点は解ったのですが…問題は自分の持てる能力って何?活かせる能力って何?って事が解らず途方に暮れています…。やっぱり共同作業所に通った方が良いのかしら。。
私は専門学校に行きましたが、プログラムに関しては比較的スムーズに習得できました。
PCというツールは私のような人間の短所をよくカバーしてくれますし、各自のPCを使いながら進む授業は私にとって大変理解しやすかったので、
恐らく授業を聞いて紙とペンでノートを取る、というスタイルが自分には不向きだったのだろうと今では思います。
また、情報を読み漁って知識を得たり、それをまとめたりする作業もあまり苦にならないので、マニュアルやレポートの作成も得意な方なのかもしれません。
私の場合、WAIS-Ⅲの結果から言える得意なこと(苦手でないこと)は「文章を読んで理解すること」ということになるのだと思います。
どんな分野であっても、新しい技能や知識を習得するためのインプットを行う際に、
なるべく視覚経由で、できれば言語化された情報を摂取するように心掛ける、という感じで結果を受け止めています。
去年の春ごろにWAIS-Ⅲ受けたときの結果が出てきた。
急に家から出られなくなって心療内科にかかり出して、その流れで受けたやつ。
そのうちブログでも始めたときのネタにしてみようかと思っていたけど、
めでたく復職もできたことだし、そこまでの時間を捻出できそうにないのでここに晒しておきます。
[27歳・男]
総合IQ | 120 |
言語性IQ | 116 |
言語理解 | 124 |
作動記憶 | 76 |
動作性IQ | 120 |
知覚統合 | 125 |
処理速度 | 92 |
平均は10、平均範囲は7~13、Hは有意に高い、Wは有意に低い
単語 | 17/18 | H |
類似 | 13/18 | |
知識 | 13/18 | |
理解 | 17/18 | H |
算数 | 12/18 | |
数唱 | 3/18 | W |
語音整列 | 4/18 | W |
絵画配列 | 15/18 | |
絵画完成 | 15/18 | |
積木模様 | 13/18 | |
行列推理 | 14/18 | |
符号 | 8/18 | W |
記号探し | 9/18 | |
組み合わせ | 13/18 |
個人内でできることとできないことの差が激しく、能力の凸凹がかなり大きい。
短期記憶系が弱いが、特に聴覚的情報の短期記憶が弱く、視覚的情報の方が得意。
(全体的に弱い)作動記憶の中では、算数が平均値に届いているが、問題の聞き返しがかなり多かった。
ちょっとした室外の話し声や足音で集中が阻害されたり、課題を聞き取れなくなる様子が多く見受けられた。
試験中に注意力を要する課題を課された際に、集中し始めると鼻歌やリズムを取るような動きをしていた。(本人は無自覚)
私の場合投薬も今のところしていないので、特に診断で何かが大きく変わったということはないですが、
自分が何が得意で何が苦手なのかの傾向がはっきりわかったことで、
自分の努力不足だと思って気合いや練習や他人のアドバイスとかで何とかしようとして失敗し続けてきたことに対して、
据え置きゲーの経験は、PS2が出る際に悩んだ挙句に購入せずFF9で止まっていた。 ※ソシャゲは結構プレイしてる
ただ、ずっと新しいゲームは良いなぁー面白そうだなーと思っていて、FF、DQなどの昔ながらの大作がリリースされる度に気にはなっていた。
そんな中、年末steamで900円で売っていると耳にし、時間もあるし良い機会なのでFF13をコントローラーセットで購入しプレイした。
衝撃的だった。
3Dのレンダリングや滑らかさ、戦闘シーンの迫力、音響、ムービー等、全てが過去に経験したゲームとは次元が違い感動すら覚えた。
やっぱりゲームって凄いなとワクワクしながらプレイを進めていった。
10時間ほどプレイしたが、次に受けた衝撃は、あまりのつまらなさにだった。
いや、これゲームか?月姫、Fate等のノベルゲーかと思った。(月姫、Fateは好きだよ)
戦闘は迫力は凄いけど、自由度が少なく大まかに指示して勝手に進む。
ダンジョン?も3Dとか本当に凄いんだけど、視覚的に混乱を防ぐためかわからないが、全てが単純化していると感じた。
召喚獣を仲間にする時の謎なシステムとか変なところ頑張っている印象だけど、文字通り本当に謎で誰得なのあれ?
ノベルゲーとしてはそれなりに楽しめているので、一応最後までプレイするつもり。
※あと、ライトニングかっこいいな!性格はちょっとあれだけど。。
聖書には兄ちゃんの未亡人と結婚させられて、妊娠させたくなかったから膣外射精したら神の怒りに触れて殺されて、あげくに自分の名前がオナニーの語源になったオナンさんという気の毒な男が出てくる。
医師もくる病、関節リューマチ、肺炎、慢性カタル、視覚・聴覚の衰えなどなどの原因はオナニーだといいががりをつけ、何人もの自慰をした女性の性器を焼きごてで焼却治療するなど、それ医師がすんげーサディストなだけだろみたいな恐ろしい論文もある。
植民地時代のアメリカ合衆国コネチカット州ニューヘイブンにおいて1640年代の法典では「冒涜者、同性愛者、自慰者への最高刑は死刑」と規定されている。
オナニーをさせないための貞操帯もあり、本人が誘惑にかられてぺニスでオナニーを始めると大きな警報がなり、それでも続けるとぺニスに電撃が走る徹底っぷりだ。
トラバはまだしもブクマで主旨を理解できてない理系特有のアスペが多いので反論しておく。
ファッション雑誌においてファッションの視覚的効果が対人関係においてどういう心理学的作用を及ぼすかが全く言及されてないというのを問題にしているんだ。
例えば「赤は光線のなかで最も熱量の高い光線であるがゆえに暖かみのある人間性を演出できる。ゆえにさみしがり屋の男性に効果的」という理論を無視して「ぽかぽかふんわり赤で彼氏のハートを癒しちゃお!」としか書かないバカ記者がおかしいといってるんだ。
しかもそのなんの根拠もないふざけた感想であれはダサい、これはおしゃれ、と断ずる異常性は昨今の前衛芸術並みに気違いだ
最もおかしい代表例はファッション界における「合わせ色」と呼ばれる着こなしテクニックである。帽子とブーツの色を揃えているからおしゃれ。帽子とブーツの色があってないからダサい。全く意味がわからない。
「こなれ感」も意味不明。
一番キチガイなのは「ハードすぎるレザーファッションにふんわり小物でバランス感を」である。バランスがあるからなんなんだ?バランスが大事ならそもそもハードすぎるファッションを着なければいいのでは?
なんでそんなに上から目線なんだよ。
真っ白なキャンパスを見てこれは現代社会の虚無的ニヒリズムを表象した名作であり~とか言ってるアホ前衛芸術評論家と変わらん。
口内発射だのスパンキングでイクなんてエロゲーと二次ドリの世界だけの話だろ、膣内とクリトリス、妥協しても乳首を刺激でもしなきゃ女性がアクメするなんてありえないよね、実際に業界でエロテキスト書いて飯食ってる友人知人(男性も女性もいる)もだいたいそんなことをいう。
しかし…ラピュタは本当にあるんだよ。結局性的興奮を感じるのは女性の脳であって、物理的刺激には限りがありまするが、実に無限にして無尽蔵なのは人間の想像力なのであります。信じてもらえないかもしれないけれど俺が出会った最小限の物理的刺激でイッちゃった女性のお話をしよう。以下の文章において女性のアイデンティティその他については嘘をついてる可能性があるけれど起こったことは正真正銘の事実です。
①
30歳バイオリン奏者
アイマスクで視覚を奪い、ボディストッキングだけを身に着けた女性をラブホのベッドに大の字に縛り付け、触ってと懇願する声を無視してしばらくクネクネする彼女を放置して視姦を楽しむ。おもむろに近づいとボディストッキングをあちこち破くそれだけでビクビクと体を震わせる彼女、そして仕上げとばかりに力を込めて太ももから足の指先まで一気に引き裂いたら…ヒーッヒーッと叫び声をあげて背中を反らせ10秒ほど激しく痙攣。え…もしかしてストッキング破いてるだけでイッちゃったのかよ。一人取り残された俺茫然。ほぼ肌に触れていないのに音の刺激だけでそこまで深い快感を味わうのか。音楽家の耳ってすごい(違うぞ)。
②
セーラー服姿で緊縛。後ろ手に縛って拘束したうえでアイマスクとボールギャグを装着、ソファの前に立たせる。カメラを取り出すとどこをどう写しているのか実況しながらシャッターを切る。するとAFの合焦音とシャッター音が響くたびに身体をよじらせるうえに股間には大きなシミが。おおだいぶ盛り上がってるなもうひと押ししてやるか、と連射モードに切り替えストロボの調光をプラス1段にしてより刺激を強くしたら…あれ、なんか反応が変だぞ、撮るたびに釣り上げられた魚みたいに痙攣してる。そして6回目か7回目の連射の直後、彼女はギャグにふさがれた口からくぐもった叫びをあげると足の先から頭まで激しく震わせながらソファに倒れこんだ。あの、俺触るどころか1メートル以内に近づいてすらいないんだけどな…。シャッター音とストロボの光の刺激だけでイッちまったぞ。
ええ、彼女は強烈な露出性癖持ちでAVで成功しなかったのは撮られていると思うだけで頭が真っ白になって演技もセリフも全部飛んじゃうからだそうです。監督さん、大変でしたね。
その瞬間に感じたのは性的興奮よりも人間の想像力の偉大さに対する尊敬の念とほんの少しの敗北感でした。もしかしてこの人たちには俺のちんちん、必要ないんじゃないかという、みみっちい敗北感。いちおう、どちらのケースもそのあと活用は、させていただきました、けれども。
独身で彼女無し男性なんかほとんどがポルノ依存症という病気である
ためしに2週間でいいからオナニーもセックスもやめてみたらいい、そのへんの女性に声かけたくなるし男性特有の精神的幼さみたいなものもかなり少なくなる
アダルトビデオはエロ本や二次元媒体にくらべて刺激の量が半端ではない、かなり効果的なアングルで撮られているため視覚的な興奮度で言えばセックス以上だ
現在の出生率1.4はアダルトビデオを規制すればまず間違いなく2になる
少子化だけが問題なのになぜ考えうる最大の効果があるであろうアダルトビデオ規制をしないのか。京都府警がネット配信や援助交際を摘発しているがそんなことはどうでもいいからSODやKMPなど大元を遮断するようにしてほしい
ふぅ
差別とは無関係な話として、社会の過半数が重大な不利益を受けるような政策やコストがまかないきれない政策は実行されないだろ。
たとえば、視覚障碍者や身体障碍者のことを考えればバリアフリーな社会のほうが望ましい(彼らを差別すべきではない)けれど、日本の建築物や街路のすべてがそうなってるか? と言えば現実問題そうでない場所がたくさん残ってる。すべてのコンサートやイベントに車いす対応スタッフが備えられているかというと、そうはなってない。
あそこはネットはがき職人の最高峰だと思っている。狙い続けていたが採用されたことがない。2階建てではなく別の2ちゃんまとめには何回か採用されたことがあるが満足できない。やはり2階建てに載ってみたい。
読み手ではなく書き手として一連の記事を見るとあそこに載るための競争力や発言力がものすごく高いことがわかる。何気ないように見える一つ一つの発言がめちゃくちゃレベル高い。
まず話題について後追いでなくまとめられる前にその情報キャッチして反応するというのが難易度そもそもめっちゃ高い。
その上でトップバッターになるには速報性に特化して簡潔なヘッドラインを提供しなければいけない。
情報提供するにしてもスペースを考えれば1ツイートの中にどれだけ役に立つ情報詰め込めるものが優先される。
専門家的な立場からの知見を惜しみなく提供する人たちもゴロゴロいる。
命よりも大事かもしれない金を使って壮絶な自爆芸を魅せる人もいる。これにくらべればはてなにおけるメシウマ話などGO☆MI☆KU☆ZU同然DA!
視覚的にインパクトが有ったり情報が詰まった画像をいかに切り取るかで優れたセンスもつ人がいる。
サビの部分にあたる「盛り上がる面白いツイート」をどうやってつぶやくかとか前後とうまいこと繋がるピースになれるかとかを考えて試行錯誤している人もいる。
そういう戦いを勝ち残らなければいけない。
そこまで工夫して勝ち抜いても、面白い話題が他にあって管理人の話題のチョイスそのものからそもそも外れるとアウト。
いつか当たることを狙ってアンテナを貼りまくってかつ常に面白いツイートを心がけている「株芸人」たちと
何の気になしにつぶやいたツイートが採用される「VIP」もいる。
こんなやつらに実力では勝てる気がしないが、この運の要素があるから諦めきれない。
私にできることは、まずだれともわからない管理人に認知されることだ。頻繁に採用される人の周りにいれば目にとまることも有るかもしれない。
その上で、彼らに負けないようにアンテナを貼って、記事に載りそうな話題について呟き続けるしかない。
読みてではなく芸人として考えるとあそこは本当にハイスペックな芸人しかいない修羅の国である。
市況かぶ全力二階建の載り方、知らないでしょ?10;俺らはもう知ってますよ?— にさつ (@twobooks) 2015, 12月 1
こういうのサラッと言える人ばっかりなんだよなぁ。
ブログでホッテントリしたりはてなブックマークの人気コメなら簡単にできるのにこちらでは載ることすらできないあたりにレベルの差を感じる。
株芸人枠は猛者がひしめいているので株主総会枠をお勧めする。荒れそうな総会を狙ってレポするだけで採用確率はずっと上がる。糞株、上場ゴール株は特にお勧めだ。 / “一回だけでいいから市況かぶ全力2階建に載りたい” https://t.co/JxZy76WHRS— Mc.N@休職中 (@SyncHack) 2015, 12月 2
http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20151101-00051024/
読んだ。
伊藤弁護士もそうだが、それに絡んでる人間がよりクソなのでどっちにも関わりたくない。
現行法(児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律、略して「児童買春・児童ポルノ禁止法)では児童ポルノは以下のように定義されています。
第2条3
この法律において「児童ポルノ」とは、写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態
二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの
この「三」というのがいわゆる3号ポルノと言われるもので、児童ポルノの範囲を拡大しました。しかし、現実には「着エロ」と言われるビデオが広範に流通していますが、3号ポルノに該当すると思われるのに、規制が十分ではありません。
「現実の18未満の女性」を巻き込んでいるのに規制対象にならずに流通しているビデオがある、ということですよね。
三号ポルノ問題に関しては、そもそも法の筋が悪いので全面的に変えた方がいいんじゃね?という話を別の弁護士の方がされていた気がする(という話があるのを伊藤弁護士が知らないのかちょっと気になる)
これは別途議論されなければいけないんだけれど、ここまでまじめにチェックしてる人がそもそも少数だと思う。
私は児童ポルノについてだけお話しし、「漫画やアニメの規制はどう思うか」と聞かれたので、「日弁連は規制に反対しています」ということを紹介しました。
明日、来日中の国連の児童ポルノ・児童買春に関する特別報告者とおあいする予定。この秋葉原の街は未だに、児童ポルノと児童買春にあふれています。警察はなぜあからさまな児童ポルノを野放しにしているのか疑問。国連から厳しい報告書を出してもらうよう、明日はしっかりプレゼンするつもりです♪
このツイートで伊藤和子さんが意図したのは「現実には「着エロ」と言われるビデオが広範に流通していますが、3号ポルノに該当すると思われるのに、規制が十分ではありません」という話であって、二次オタ規制の話などしてないと思うのだが。
仮に内面で伊藤和子が二次ヲタへの嫌悪を抱いていたとしても、こちらの対応としては「これは三号ポルノの話で、今回は二次元コンテンツには関係ありませんよね」と聞いて、向こうがアッハイと言えば、問題なかったと思うんだよね。
後は「三号ポルノはどのくらいの数確認されたのですか?」と聞けばよかった。そして、その数がそれほど多くなかったのであれば、「児童ポルノと児童買春にあふれています」という表現は言いすぎですよね、秋葉原に対して失礼ですよ、といえば穏やかに訂正できていたかもしれない。
だが実際には秋葉原や二次元オタの被害者意識が強すぎて話がだいぶこじれてしまった。
ブコメのコメントたちもマウンティング思考が非常に強く嫌悪感を感じる。
狐アイコンのおじさん、この手の話題以外では面白い記事を書く人だが、フェミの話題になった瞬間
毎回毎回狂ったようにフェミのひとたちを殴りに行くので家庭でDV的なことをやらかしてないかが心配になるレベル。
自分が女性だったらこの人とだけは結婚してはいけないなと思う。
言ってる事は解らないでもないんだけど、井藤氏が秋葉原を問題視する理由がよくわからない。その手のビデオは新宿でも売ってるわけで、秋葉原限定の問題ではないような
いやちゃんと摘発されてるのを「野放し」と秋葉原を名指しで言ったことが疑問なわけですよ。背景にマンガやアニメの表現規制を実施する意図があるのではないかと疑うのが当然でしょうこれは。
秋葉原在住の弁護士なんだから自分の活動拠点である秋葉原の問題にフォーカスしてついて述べているだけだと思います。
とはいっても秋葉原について言及することのデリケートさについて若干甘えがあったのは事実かなと思いますが。
まさかヤフーの記事だけで事足りると思っているのなら、臭いものに蓋をしようとしてより火に油を注いでしまっている。
冷静に話し合う気がなくて、相手をただ殴って黙らせよう殺そうとしている二次オタの方がより恐ろしいが
自分の発言に責任を持たない伊藤和子さんもあまり真剣に耳を傾ける人ではないと感じる。
どっちもクソ過ぎて近寄りたくない。
全然言いたいことが伝わってないアホが何人かブクマで喚いているのでもうちょっとだけ補足する。
まずこれだけわかりやすくどっちもどっちだと書いてるのに伊藤弁護士擁護だと思ってるやつは、自分に100%味方しないやつは敵だと思ってんのか。かんべんしてくれ。
俺はどっち側も事実ないがしろにして言葉遊びばっかりやってるのがアホらしいって書いてるんだよ。なんでわからんのかな。さすがにいらつく。
事実以外を焦点にして、相手がこういうやつだとレッテルを張り合ったり印象批判で戦い方はまったく無駄にしか感じないんだよ。
今回で言えば両者が、「三号ポルノに該当するのに規制が不十分な対象」がどれほどあるのか、という事実を核として戦うべきだろう。
ここ明らかにしないかぎりなんどでも役者を変えて同じような問題が何度でも蒸し返されるのだから、気に入らないやつをみんなで叩いてすっきり、問題解決なんてことにはならない。
ああいう発言を言った言わないだの、ましてその発言によってこいつはなんとか主義者だというレッテル貼りは「お前がそう思うんならそうなんだろうな」でしかない。
そういう無駄なことはアホと暇人がやっていればよいのであって、公に発信している人間はまじめに取り合ってはいけない。
伊藤弁護士に絡んでるやつらがそういう戦い方を知らないバカの集まりなのはまだわかる。
しかし伊藤弁護士側が、バカと戦い方をしているのは全く理解に苦しむ。なので今回の件に関してはどちらかというと伊藤弁護士側の言い分に疑いを持っている。
しかし詳細は調べるつもりもないが
某芋屋とかジュニアアイドルのソフトを専門に扱う店の存在やJKビジネスにおけるアキバでの摘発例といった“事実”を見てみぬふりして「フェミニストの捏造」にしたい人がたくさんいるってこと。 / “秋葉原における児童ポルノの問題、両陣営…” https://t.co/OEN3iQv4Yd— 董卓(不燃ごみ) (@inumash) 2015, 11月 1
こういう話があるようだ。伊藤弁護士側の人間も、叩いている人間もちょっと調べたらいかがか。
というより、この董卓さんが記事でも書けば済む話であり、アホが群がってギャーギャー騒いでいるのも、伊藤弁護士のすっとぼけた討論もどちらもクソすぎて近寄りたくない。
機械のごとく、反射的にいろんなことに言いたくないのだが、結局どこまでも人間は綺麗なものに優しくしたくて、醜いものに酷いことをいうことが分かる。
手や足を失って、義足や義手をつけることになった人間 ただし容姿の良い女性が店員の期間限定のコンセプト・バーのお話である。
これまた、ブコメを見ていると呆れた。
「かわいい! 障害のある人とか、いろいろな人が理解し合える社会になったらいいね!」みたいなコメントで溢れかえっているのだ。
この記事を読んで感動する人間や、障害について理解が深まったとかいう人間は何も考えていないに等しいだろう。
カウンターの中に入るアイドル並に愛らしい女性たちが、これまた愛らしい笑顔で出迎えてくれ……と、ちょっと待ってください。思わず見入ってしまったのが、彼女たちの手と脚。
セックスに困らなそうな容姿の足やら手がない女性2人が写った写真が掲載されている。
はたして、これが容姿の悪い男性 例えば自分のような人間だったら、どうだっただろうか。
自分が四肢のどれかがなかったと仮定する。おそらく、容姿の良い四肢のどれかがない女性のほうがずっと優しくされるだろう。
もしかしたら、四肢ある容姿の悪い自分より交友関係、恋愛、性生活などで恵まれている可能性だって十分ある。
障害などないほうがいいが、手足の欠損というのは、容姿や知能、視覚、聴覚にひびく障害に比べたらずっと世の中は優しくするのだ。容姿が良い女性ならなおさら。
あまり確証はないが手足の欠損というのは、障害のある人間の中では恵まれている。
ロクでもない会社の雇用に関わっている自分の父親は少なくともまともな片手がある程度に、手足がない人間を探している。
なぜ、探しているかというとある程度の規模の会社は法律で障害者を雇わなければいけないからだ。
父は手足がない人間にこだわる。
結局、どの企業も障害者のなかで一番「まとも」な人間を雇いたいから手足の欠損程度の障害持ちの人間を奪い合う。
同じ学部の同じ学年の四肢あるドブスよりも可愛い足がない女を企業は欲しがるだろう。ドブスより足がない可愛い女の方が格上という社会ができている。
この記事のサブタイトルは 障害は「かわいい・かっこいい」 である。
そんなことをいったら、自分の容姿が醜いのもかっこいい とか かわいい と言われるはずだ。
しかし、そうではない。
結局、大抵の人間は自分の都合のいい人間 この場合は「手足の欠損がある容姿の良い女性」というのを見て「弱者」を労る気になっているだけだ。
容姿が悪い障害持ちの人間などには、酷いことを言ったり、避けたりするのだろう。
結局、手足がない店員である女の子たちがポジティブになれたとか記事中で言っているが、それは周りにとって、「綺麗な姿」で「都合が良い障害」だから優しくされて、前向きになれただけかもしれない。
彼女が仮に視覚に障害があったとしたら、こんな風に外には簡単には出歩かないし、彼女を世の中は褒めない可能性があるということを考えないといけないのだ。
普通に容姿が醜い腎臓疾患持ちの自分よりも、足のない可愛い女の子のほうがみんな好きだ。
自分は容姿が醜いが、四肢のどれかを失って容姿が良い女性になりたいかと聞かれると一瞬だけ悩むかもしれないが、今以上に快楽を享受できたり、周りに優しくされるであろう可能性があると考えると「YES」と言うかもしれない。
訂正 四肢ですね 恥ずかしいです
まず、絵が下手でも面白いマンガがある、ということは絵の上手さは関係ない。
じゃあ、ネームっていったい何なのか、ものすごく抽象的に言えば、それはいつ、どれくらいの情報を見せるか、という技術。
マンガに限らず、面白い話には、適切な情報を伝えるための定型がある。
視線の動かし方で、読者に気持ちよさを伝えられる。単調な画面は(多くの人にとって)つまらない。
気持ちよく視線を動かし、肝心な箇所では気持ちよく情報が入ってくる。これがマンガの面白さの基本だ。
マンガでいう情報とは、キャラクターや状況・世界観の説明だったり、話の展開など。
後からいろいろな技法でこれらを装飾はできるが、まず基本のこの部分ができていないとつまらない結果にしかならない。
ネームより前の基本段階に設定とかテーマとかいろいろあるじゃん、ていうのは面倒くさいのでナシで。
あと肝心の「絵」も情報なのですが、これは複雑すぎるので省きます。
(レイアウトはどうか、ベタ・空白の割合は、線の太さ、ストロークの数は、トーンは、、、)
要するに上記の、「いつ、どれくらいの情報を見せるか」の方法がぜんぜん違う。
マンガはアニメと違って、ただ見てるだけでは話が進まない。読者自身がコマを順番に追い、ページをめくって、物語を組み立てていく必要がある。
そのためには、読者に対し、ページ内でどういう順番でコマを見ていけばよいのか、コマの中の情報はどう受け取ればいいのか、わかりやすく示す必要がある。
マンガ家は普段からこのことに心を砕いているが、アニメやゲームの作者は違う。彼らは、アニメやゲームでの情報の見せ方に心を砕いてきた人たちだ。だから違和感が出る。
マンガは視線の快楽と書いた。では読者の視線はどう動くか、どう動けば気持ちいいか。
視線がどう動くかは、基本的にコマ内のポイント、表情や台詞、擬音などの「点」を順番に見る。
ちなみに視野というものは広いので、どこか一点のポイントを見ながらも、同時に次に視線を動かす先のポイントを探している。もともと視線はスムーズに動きたがっているものなのだ。だから、これらをわかりやすく見せる必要がある。
また、視線の角度(ポイントの配置)がゆるやかだと時間を長く感じ、急だとすばやく感じる。
だからアクションシーンでは鋭角に、会話や日常シーンでは鈍角になるよう視線を誘導する。
このように視線誘導と情報の提供が一体化されることで、読者はマンガを楽しく読めるのだ。
見開きの場合、マンガのページは右ページの右上から話が始まり左下に情報が流れる。そして左ページの右上へ続き左下に流れ、ページをめくらせて同じことを繰り返す。
ページの流れと同様に、コマ内でも情報は右上から始まり左下に行く。
だから、左ページの一番最後の、ページをめくらせるためのコマは、話の次の展開が気になるコマにする。
そして右ページの一番最初のコマは前のページからの流れと、そこから展開が続くコマにしなければいけない。起承転結の「結」と「起」。
そして途中から見てもある程度内容がわかるように、最初のコマ(または複数コマ)は5W1Hが(最低限)わかるコマになる。
マンガは1ページ5~7コマが基本。1ページ5コマと仮定した場合、見開きページでは1コマ目が「結」「起」、10コマ目が「転」になるようにコマごとに情報を振り分ける。
(ここでいう起承転結とは、物語内のサブエピソードやシーン毎の小さな起承転結。これが連続して大きな起承転結になる)
ネームとは、いつどれくらいの情報を見せるか、ということだと書いた。では適切な情報量の目安は何か。
リズムのずれた音楽は聞いてもらえない。マンガも同様。他のメディアも同様。話はリズムが大切だ。
しかし、音楽や映像と違って、マンガは読者の時間を支配できない。
そこで視覚情報の多寡でリズムを作る。リズムのある文章、の絵バージョン。
そしてリズムは一定では退屈で、バランスを考えアクセントも入れる必要がある。こうして大まかな情報量の配分が決まる。そして細かく検討していく。
アクセントにする箇所は他と差別化するために、情報を増やすか、逆に情報を搾る。
大ゴマの場合、前のコマは小さくしてアクセントを引き立たせる。密度の高いコマの前は密度を少なくする。その逆もまた然り。
これらを先ほど書いたページの内容に合わせて配置する。こうしてコマ割ができる。
長々書いたが、超大雑把にこんな感じだということです。
また単純にネームの話にしても、物語情報の部分は上手くいってても、レイアウトや絵の選択を間違える、とかいろいろあります。
(「驚愕のシーンで顔のアップ」という場合、どの程度のアップか、絵の密度、キャラの視線の向き、汗の位置、台詞の有無、など)
そうなってくると、もう複雑すぎてわけわかんなくなるので、個別に作品を掘り下げていくしかないです。ただ、そういう「絵」の情報の選択の基礎になるのは、やはりネーム(何をどう伝えたいか)です。マンガ家によってもネームの扱いが違ったりもしますが。
セックスで、男性は物理的接触と視覚的刺激(女性の裸体)があれば自動的に欲情するけど(そもそも元から性欲が常備されてるし)、女性はそうではない。視覚から性的刺激を受けるのは主に男性だけだ。男性の裸体を見てもセックスしたい、とは別にならない。
では女性はなにで気持ちを盛り上げ、元からそんなに備わっていない性欲を引き出すのか。
それは好きな男性からの優しい言葉、接触。雰囲気、つまり「自分と相手の言動、行動」に欲情するしかない。
「自分と相手の」が重要なので、もちろんできるかぎり「自分の」言動を頑張らなければ、セックスをセックスとして楽しめないのが女性の性。
じゃあ自分で「今セックスしてる!気持ちいい(はず)!」という演出をしなければ、自分が盛り上がれない。だから演技する。その方が男性も喜ぶし。何なら早く終わってくれるし(女性だって長いこと演技してるのは冷めるし疲れるから短いほうが有り難い)
- 自分に言葉や社会のルール、基本的な道徳観を教えてくれのはだれか?
と考えると、遺伝因子、環境因子の両方の影響を両親から受けていたと、思うよ。
ヘレンケラー女史に、サリバン先生がいたみたいに、自分を良く理解した上で適切な方法で根気よく導いてくれる人がいるって大切なことだよね。
だけど、アスペルガーだと、人との関わりが上手くいかないし、ADHDで、感情のコントロールも苦手だったりだと、人から理解されずらいし。
なんだろう、人の助けを得ようにも、得ることが上手く出来ないから、そもそも、困っている。
『人は、支え合って生きているんだよ』という基本的なことであっても、僕も、僕の親も、知らずに育ったように、思うよ。
父親は、僕の祖父へ助けを求めることや、会社の人や学生時代の恩師に助けを求めることが出来なかった。
母親も、父親を支えきれなかった。
両親自体が、彼、彼女らの境遇を受け容れきれていなかったように思うよ。
自分自身の性格・気質・能力について、折り合いをつけることが出来ないでいた。
つまり、元増田が言うように、「頭がくらくらする」為に、どうしていいのか、わからん状態が、一生続くかと思うと、絶望してしまう。
砂に水を注いでいるようで、何も自分には蓄積していないように、感じる。
また、ある程度、落ち着いて来た時に、親は愛情を注いでくれたつもりでも、自分では素直に受け取ることが出来なかった面があったようにも、思えるようになりつつあるのかな。。。
普通の人と同じ努力をしても、報われないのだから、やる気もなくなるべ。
そもそも、僕は、自分の失敗から学ぶということが、苦手だったよ。
短期記憶の能力・認知能力が低いとか。同時並行で、処理をすると頭が固まるとかさ。
これらは、直しようがないわ。
いくら、タメになる自己啓発本(w)とかを読んでも、理解の仕方が一般の人とは異なるし、アウトプットで、いつもつまづく。
相手の立場や理解度に合わせて、表現を選んでいくと言うことが、苦手だったりするよね。
単純なペーパーテストでも、ケアレスミスがあったりで、分かっているのに、点数に結びつかずに、意味が無いってのがあるよな。
増田に何かを書いて、ブクマがついて、スターがついて、文章力が褒められるだけでも、マシになったかとも、僕の場合は、思うよ。
作家とか、プログラマー出身のブロガーとか、コンサルタント的な人の中には、どう考えても、発達障害です、ありがとうございました、
という人も、ちらりほらり、いるし。
長島茂雄の子供(一茂も三奈)なんかは、タレントとしては、空気を読める人たちに思うから、
環境によって変わることも、大きいのだろうね。
奥さんが、定型なのかな。
羽鳥慎吾、ホンジャマカの恵なんかを始めとする優秀な司会者は、定型の代表者だと思う。
多くの人の感情を読み取り、適切な言葉で表現することが、上手いから。
一方で、リアクション芸人とか、特殊な分野で一芸に秀でているタイプの人は、
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)やらADHDでも、やっぱし成功しているように思う。
極端な例になるが、
松岡修造とか、家庭生活では、イマイチな話を聞いたことがあるし。
アスペルガー症候群って今は、自閉症スペクトラムって呼び方に変わって来ているようだよね。
最近、NHK教育テレビで見て参考になったTEDがあるので、リンクを貼ります。
子供の頃に自閉症と診断されたテンプル・グランディンが、彼女の脳の働き方について話します。彼女の“絵で考える”能力が、一般的な脳が見落としがちな問題の解決に役立つと言います。世界は、自閉症の領域にあるとされる人たち-視覚型思考者、パターン型思考者、言語型思考者や全ての風変わりな天才達-を必要としていると訴えます。
http://www.ted.com/talks/temple_grandin_the_world_needs_all_kinds_of_minds?language=ja