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はてなキーワード: 自己肯定感とは

2020-08-02

anond:20200802230819

増田が言うように人がうらやむものを元々持っていれば、ちやほやされやすいので自己肯定感が育ちやすいのはそうかもしれない

でも、自己肯定感って、

幼い頃に親にしっかり愛されていたか とか

自分が設定した目標自分で達成する経験を積んできたか とか

友人を大事にして、結果として友人から大事にされているか とか

そういう要素もあると思うし、目標達成とか、友人を大事にするとかは、心がけ次第で自分コントロール可能な要素。

持てる者がモテる

はてな清潔感が〜ファッションが〜っていうエントリ定期的にバズるけど、そういうことじゃないよなぁといつも思ってて。

結局モテるのは恵まれ環境で育った奴ってだけの話なんだよな。

もちろんセンスの良い人たちが子供の頃から周囲にいたり、いい洋服が買ってもらえたりするのはそうなんだけど、

モテる奴にあってモテないオタクにないものは自信とか自己肯定感なんだと。

親が会社経営してて〜官僚で〜医者で〜とか出身が昔から名家で〜とか、自分出自が人に言える奴は強いのよ。

自分なんて田舎出身貧乏サラリーマン家庭だったから恥ずかしい思いばっかりで、

みんなが持ってるもの持ってないしみんなが知ってること知らないし、

みんなの輪に入れなかったからずっと友達作れなかったよ。

育ちが違うから身なりも当然違うんだよね。仲間外れになるわけだ。

どうしてこんなに自分は自信が持てないんだろうと悩んだ時期もあったけど、

若いから自己肯定感高すぎなアイツらは子供の頃からみんな「持ってた」ってだけなんだって気づいた。

何もなくても顔が良かったらアイドルになったりしゃべりがうまかったら芸人になったりする人もいるんだろうけど、

子供の頃の貧乏生活から抜け出すんだ、別人になるんだっていう気持ちを抱えて頑張っている人もいるんじゃないかな。

有名になって昔の貧乏話を笑い飛ばせる人はいいけど、そうでない人も多いよね。

今だと芸能界でもいいとこの坊ちゃんちゃん高学歴な恵まれた人たちがチヤホヤされているか

貧乏人が芸能界で逆転人生狙うのも難しいかも知れないけど。

結局モテるのは家柄や学歴、勤め先、金みたいに分かりやすものを持ってる奴ってことなんだよ。

これさえ着れば誰でもモテるなんてファッションはない。

せめて貧乏人に見えないように小綺麗にしたまえというぐらいのことしかアドバイスなんてできないさ。

親への感謝度=その日の自己肯定感 という精神構造になっている

調子がいい時

 自分を形作ってくれた全てに感謝特に自分の肉体と精神構造の根幹を作った親には感謝

調子がわるい時

 自分を形づくってきた全てが悪い。この肉体と人格製造者たるものどもこそまさに呪われて叱るべきだ。

これで、いいんだよな?

田舎女子大生ピル婦人科の話

anond:20200801124003

この増田の話を受けて、自分語りしたくなったので書く。

長いうえにちょっと生々しいので閲覧注意です。

書いた人間立場環境など

はじめに、私は今30歳なので女子大生だったのは10年ぐらい前の話になる。

東北の小さな町の実家から大学に通っていた。

私自身は低用量ピルを5年程度使用していた経験があるが、アフターピル使用中絶経験はない。

どこにでもいるような女だけど、田舎社会における婦人科受診ハードルの高さについてどうしても言及しておきたかった。

初めての産婦人科

大学4年の夏に、町で唯一の産婦人科を母に付き添われて受診した。

生理痛が重いので検査に…というのが表向き(というか母向き)の事情で、私の本心としては避妊目的で低用量ピルが欲しかったのだ。

当時、半年ほど付き合っている恋人がいて、そろそろかな~という予感があった。

彼氏最初からコンドームを使うつもりでいてくれたが、就活を終えたばかりで妊娠するわけにはいかなかった私は、「コンドーム 妊娠 確率」「コンドーム 破けた」などのワードで夜な夜な検索しまくっては怯えていた。

(自室が無かったので親が寝た後に後ろを気にしながら調べていた)

そして確率の高い避妊法を求めて自然と低用量ピルに行き着いたのだが、調べる中で、保険証履歴から親に婦人科受診が伝わることは避けられないと分かった。

(避妊目的ピル処方は保険適用外だけど、最初検査などで保険証を出さなきゃいけなそうだった)

なんとかして親に言える理由婦人科受診し、合法的名目で低用量ピルをゲットしなければいけない。

毎月の生理痛はそれほど重いわけでもなかったが、1年に1,2回失神する寸前ぐらいまで痛いときがあり、これを理由に行けると思った。

そういうわけで母に婦人科受診する旨を伝えると、いい顔はされなかった。

私の真意を察していたのかもしれないし、ご近所の目を気にしたのかもしれないし、処女の身で内診を受ける私のメンタルを慮ってくれたのかもしれない。

そんなこんなで病院には付き添うと言われてしまった。

(もう22なのに過保護か?)と内心思ったが無下にするわけにもいかず、大人しく母と一緒に病院へ向かった。

内診前に看護師さんが声をひそめて「セックス経験はある?」と確認してくれたのが印象的だった。

たぶん、使う器具とか気を使ってくれたのだと思う。

問診では、母の手前「低用量ピルが欲しいんです」とはっきり主張することができず、生理痛が重いのも毎月ではないとバカ正直に伝えたので「またひどくなったら来てください」と言われるだけで帰されてしまった。

結局、ピルは手に入らなかったので、気休めとは思いつつ基礎体温を測って排卵付近を避けつつ(コンドーム有りで)行為に及んだ。

彼氏最初こそ私の心配を少し過剰に感じたらしかったが、パール指数などの数字を並べ立てて語る私の圧に押される形で、充分に協力してくれたと思う。

ただ、彼氏就職でなく院進学が決まっていて、私と同じかそれ以上に今子供ができては困るはずなのに、なんで私だけがこんなに不安なんだろう…というモヤモヤは残った。

友達高校生の頃から子宮内膜症が酷く、婦人科に通院していたが、「制服婦人科に行くとジロジロ見られて本当に嫌だった」と聞いた。

見られるだけでなく「訳アリかな…」などとヒソヒソ言われることもあったそうで、田舎学生婦人科に行くのは本当にハードモードだな、と思った。

学生の頃は女同士でも生理や性の話をすることはほとんどなかったのだけど、

アラサーになって結婚出産する人が増えてきて、少しずつ友人達とそういう話もするようになった。

仕事が忙しくなって生理が止まって病院に行ったらほとんど排卵していないことが分かったとか、

この前子宮筋腫の手術をしたとか、みんな何かと抱えてることが分かったし、

私たち10代の頃から婦人科に気軽に通えてたら、もっと違った現在があっただろうなと思った。

アフターピルと低用量ピル市販化して欲しい

そんなこともありつつ、就職で親元を離れ、いくつかの町でいくつかの婦人科受診することになったのだが、東京レディースクリニックで低用量ピルをもらったときにはあまりの気軽さに拍子抜けした。

「本当は産めるとき赤ちゃん産むのが一番ですよ」などと念押しされることもなく、問診・内診も女医さんだった。

今お世話になっているクリニックの先生男性で、女性仕事にも理解があり、嫌なところは全くないのだが、やっぱり内診のストレス女医さんのほうが断然小さかったなと思う。(頭では割り切っていても感情として…男性先生には申し訳ない)

例の地元病院で実際にピルを取り扱っていたのか定かではなく、さっき調べたら閉院していた。

どうやら現在婦人科受診するには隣町まで出る必要があるようだ。

もし自分が当時アフターピル必要とするような緊急事態に陥っていたら、と思うとぞっとする。

アフターピルについては昨年からオンライン処方が解禁されたらしく、それ自体は大きな一歩と思うけれど、まだまだ条件が厳しすぎるのと郵送のタイムラグを考えると実用的ではないと思う。

アフターピル妊娠阻止率は24時間以内の服用で95%、72時間以内で85%ということだ。

https://www.tsuzuki-ladys.com/exams/afterpill

少しでも早く服用することが本当に重要なのである

一刻を争う状況で、最優先は望まない妊娠回避することであり、その後の教育相談体制の整備は別途考えることだと私は思う。

さらに言うと、妊娠阻止率の低いアフターピルよりも低用量ピルへのアクセスを向上させたほうが良いと思っている。

反省点とかいろいろ

学生の頃のことに関しては、色々とバカだったなあと思っている。

母を騙す罪悪感が中途半端に残っていて言えなかったのだとは思う。

ただ、1年に1,2回とはいえ失神するような生理痛普通に治療対象だったと思うし(バイト初日に倒れかけた)、

低用量ピルを使い始めてからの痛みと比べると、毎月の生理も充分重い方だった。

病院先生ももっと積極的相談すれば良かった。

半年待たせたのなら1年待たせても良かっただろうし、言えば普通に待ってくれたと思う。

当時は自己肯定感が低くてセックスなしの交際申し訳なかったのと、恋愛脳のお花畑だったので「付き合った人に全部を捧げたい」みたいな気持ちもあった(捧げるってなんだ気持ち悪い)

彼氏ができる前、うっすら男性不信だった癖に、彼氏が欲しくて男性心理が知りたくて2chに入り浸っていたので、男性はみんな性欲を抑えるのが辛いし可哀そうという思い込みがあった。

実際は男女ともに個人差が大きすぎるので、目の前の相手ととことん話すしかないのにね。

低用量ピルメリットデメリット

結局学生時代の彼氏とは別の部分で考え方が合わなくなってお別れしてしまったのだけど、その後別の人と結婚して妊活を始めるまで5、6年ほど低用量ピルを服用していた。

元増田とも被るけど、私にもかなり大きな変化があったので所感を書く。ホルモン威力はすごい。

メリット

周りには言い辛いけど、最後メリット個人的にはかなり大きかった。

学生ときみたいに「私は(不安で)気乗りしないけどさせてあげる~」みたいなスタンスだったら今の結婚相手とも上手くいかなかったと思う。

当然だけど、したいからする、っていうのが健全楽しいよね。

デメリット

摂生のためか元々うっすら希死念慮があったのだけど、最初の1ヶ月だけそれがひどくなった。吐き気もあったかな。

ただ、私の場合、それが過ぎるとむしろ希死念慮がさっぱり消えて、なんで今までこんなしんどかったんだ?という心境に。

その頃仕事を始めたり実家を出たり交際相手と別れたり、変化が多すぎたのでピルが原因とは言い難いのだけれど、最近別のブコメでもそういう人を見たので、無関係ではないのかもと思って一応書いた。

妊活希望してピルを辞めたけどなかなか生理が来なくて結構焦った。普通は翌月にも妊娠できるようになるらしい。

ただ、どう考えても当時の職場ブラックだったストレスのほうが大きいので、ピル飲んでなかったらもっとやばかった気がする。

また婦人科受診して、ホルモン薬を何回かもらい、今は自然生理が来るようになりました。

私は上記メリットのほうが大きかったのでデメリットも知ったうえで服用を続けたけれど、他にも血栓症リスクなどもあるし、気軽に飲む/飲ませるような薬ではない、ということを強調するためにあえて因果関係不明な部分も含めて書きました。悪しからず。

そういえば、市販化に反対する根拠として挙げられる理由の一つに「女性ピルを飲ませれば良い、となると男性避妊しなくなるのではないか心配」という声があるけれど、そういう男性はたぶんピルがなくてもちゃん避妊しないような気がする。

そういう男性は女が全力で避ける/拒否するしかないと思う。

ちゃんとした男性は猿じゃないので性病予防の観点でのコンドーム必要性とか話せばちゃんと分かるはず。

あの頃必要だったもの・これからしたいこと

事後に病院の診察を義務付けるだけでは駄目かな?

そういう意味では薬剤師説明必要なBPC薬にするのが落としどころか。

ピルを望む時点で自分の体と妊娠に対する知識意識があるわけで、経済面さえクリアできれば女子病院に行くと思うよ…

子供とあけっぴろげにセックスの話をするのが正しい性教育なのか?何歳から?など疑問は尽きないけれど、手探りでも子供の成長と逃げずに向き合って、段階的に伝えていけたらと思っている。

anond:20200801222238

自己肯定感が低いねある意味自己価値評価他人任せにしているように見える。他者に何をされても、たとえ尊厳を踏みにじられても自分自分だ、と言い切れる強さと自信をつけられるといいですね

自己肯定感とは

自分にとって都合の悪いことを無視する能力のことである

誰だよaffirmationを「アフォーメーション」って言い始めたヤツ

ちょっと前に「featureを「フューチャー」って読むな」って書いたけど

もっとタチが悪いのを見つけた。

affirmationは直訳で「肯定」くらいの意味で、例えばアダルトチルドレンみたいな自己肯定感の低い人のメンタル改善する方法の一つだ。ポジティブ自己暗示みたいなことをやる。

で、それはいいんだけど、そのカタカナを「アフォーメーション」「アファメーション」って書く人の両方がいる。

最初よく考えずに「アフォーメーション」で検索してたら、「アファメーション」の検索結果は表示されず、後で気づいて二度手間になった。

そもそも「フォ」の発音はどこから来たんだよ…「アフィーメーション」ならまだしも…

2020-08-01

承認欲求クソデカ女、女風へ行き依存する



女風、つまり女性風俗のことである

これがまあものすごい体験だった。

なんとか消化しようと思ったのだが、話せる友人も特にいないのでここに記す。

承認欲求クソデカ女、増田体験したのは、

巷で噂の女性風俗、性感マッサージで有名なお店。

本番は規約禁止されているためなかったが、それでも大変に満たされた時間だった。


私はというと、自己肯定感はほぼ無し、

しか承認欲求と性欲だけは人一倍あるというどうしようもない女だ。



そんな女がこのサービスを利用したらどうなるか?答えは明白である


信じられないほどハマった。


まずい。これは本当にまずい。

正直今までそういうのにハマっちゃう人たちってわからんわ…こわ…とか思ってました。申し訳ございませんでした。


まず会った瞬間から会話が苦痛じゃない。

普段会話のキャッチボールどころか、1人で投げっぱなしボウリングばかりしている私が、楽しく話せている。


そして何よりめちゃくちゃに褒めてくださる。

息をするように褒めのジャブが打たれまくるのである

褒められ慣れていない私はただただその幸せを受け止め浴びることしかできず、すぐにノックアウトした。


さすがプロ…すごい。

これが諭吉の力。すごい。


このホテルまでの道のりで既にホクホクだったが、彼らの神髄はこんなものではなかった。


部屋に入ると、まずカウンセリングがある。

カウンセリングでは、マッサージして欲しい部分、して欲しくない部分、したいプレイNGプレイなどをヒアリングしてもらう。

してもらうのだが


びっくりするくらい喋ってしまった。

ギアスでも使われたのかと思った。


これからしてほしいプレイを自ら言うとか、正直めちゃくちゃ恥ずかしい。


非常に!恥ずかしいんだけれども!

喋ってしまう!何故!不思議だ!!


…と、恥ずかしい思いをしつつ、ある程度こちらの要望を伝えたところで代金を支払う。


シャワーを浴び、いざ、マッサージへ。




いや…良………



所詮マッサージとは名ばかりの、雰囲気だけのただの踏み台なんだろ?とか思っていたが普通に良かった。



そして徐々に中心部へ迫ってくる指先に嫌でも期待と熱が高まっていくが、この間にも褒め殺しジャブがめちゃくちゃ飛んでくる。



理性が飛ぶ…やめてくれ…

最中は思っていたが、これは理性を飛ばしていた方が後々もっとしかったように思う。



何より、セラピストさんに触れて悦んで貰い、(当然表面上のリップサービスなのだろうが)褒めジャブを浴びせてもらえるというのは、私を脳内麻薬バドバのスーパートリップ状態にするには十分すぎる要素だった。



こんな精神状態で、学生時代から妄想し続けてきた両手拘束目隠しで玩具責めにあう、というのを想像してみてほしい。



…無理だ。

堕ちるなと言うほうが無理だ。




自分意思関係なく責め続けられるというのは、想像を絶する快楽だった。

今よがり狂ってるのは本当に私か?と一瞬俯瞰してしまったくらい。


結局あれは何分啼かされたんだろうか。

喉は死ぬわ酸欠で頭も足もフラフラするわで、最高の気分だった。



相手仕事とはいえ、こんなに性癖さらけ出しても褒め、肯定し受け止めてくれるというのは、これは錯覚おこしても仕方ないなあ…。

というのが体験感想


めちゃくちゃに褒めて貰えるので、嘘でも

えっ、自分、生きてていいんすか!となれてしまう。


健全な心、精神をお持ちの方は正しく受け止め、割り切って満足に到れるのだろうと思うが、日々渇望している私にとっては正に麻薬だった。



お金を払っているので、心の内ではどう思われていようが、目に見える形でこちらを傷つけてくることは無いであろうという安心感

こちらが努力せずとも、事ある毎に認め、褒めてくれる充足感。

おまけに意識が飛びそうになるほどの快感もついてくるときた。





これは間違いなくまずい。

日々あんなに努力しても得られなかったものたちが、お金の力でこんなにも簡単に手に入ってしまう。


こうして人は何かに依存していくのか、と他人事のように感じている。


自覚があるだけまだマシと思っているが、依存している人間というのは「あ〜、自分依存してるな〜。」と思いながらも離れられないものなんだなあ…と、ぼんやり考えている。


あくまで、あちらは仕事としてお金を貰っているからあそこまでしてくれるのであって、私そのもの肯定しているわけではない。

私の背後の諭吉肯定しているのだ。






そこを完全に見失ってしまった時が、私の真の終わりの時だろうと思う。

妻に「悪いと思ってほしい」と言われてる

妻はとにかく、私に「悪いと思ってほしい」と言う。休日は朝寝坊していいけど、悪いと思ってほしい。一人で外出していいけど、悪いと思ってほしい。疲れていたら子どもとお散歩しなくていいけど、悪いと思ってほしい……

うん、悪いと思ってる、ごめんなさいと言い続けてきたけど、とにかくつらい。部屋に戻って、泣きながら自傷している。

私は、妻に「悪いと思ってほしい」なんて言ったことはない。専業主婦なのに料理が全くできないことも、部屋が散らかり放題なのも、少しでも気分を害するとすぐに激昂してしまうところも、それでいいよというか、どうにもならないならしょうがないという気持ちでいる。

妻にも、そのようにしてほしいと思うのは、価値観押し付け居直りのたぐいだろうか?

しかし正直、もう限界だ。せめて、その「悪いと思ってほしい」というのをやめてほしい。それは丹念に自己否定をさせて、自己肯定感根本から壊していく呪い言葉だ。

だが、正直、わかってくれる気が全くしない……。

東大行くより慶應行く方が幸せ

日本社会ってあまり尖った人を歓迎せんのよ。社会はアホの方が多いからな。構造的に仕方ないよ。東大で男ばっかのムサ苦しい空間行ってな、東大生だからって大して優遇もされない社会に出ていくよりな、やっぱ慶應くらいのちょっとアホやけど世間的には賢いとされてて女子も多い集団の方がエエよ。サークル女子の子と遊ぶ手もあるけどな、女子の子はアホやねん。東大生、それなりに女性経験あれば遊びには困らんけどな、結婚相手探しに苦労してる人多いよ。やっぱ結婚相手は賢い方がええやん。慶應くらいやったらなんとか話は通じるもんや。女子の子アカン。可愛いかしらんけど遊び止まりやわ。社会正論を求めてないんや。賢いこと言ったって理解できる人の方が少ないんよ。それより正しさなんか気にせずに迎合してく方が楽ってもんよ。慶應の奴らはその辺諦めがついてる奴が多いな。東大落ちとかで東大コンプある奴ももちろんいるけど慶應生はどっちかっていうと下を見ることで自信がある奴が多いな。東大生は自己肯定感低めな人ばっかやな。勉強ばっかしてたっていう負い目がある奴多いよ。学問で上を見ると劣等感あるしな。遊びの面では上とは言われへん、早慶マーチあたりの奴らに劣等感あるよ。まあ適度に遊んで適度に賢いとされて女子もそれなりの数いてっていう集団自己肯定感高く上を見ず優越感に浸って生きていけるんだから幸せってもんよ。

自己肯定感という嘘

自己肯定感という「ありのままあなたでいいんだよ」みたいな言説は、結局それはフェミトが男性に対して「男性から降りてもいいんだよ」といったことと何ら変わらなく、現実問題としてより能力の高い人間代替可能存在している以上、なんの責任も取らないクソ言説なのではないか?

自分肯定するための自己肯定感を持つことが、より自己を苦しめる矛盾存在論的な肯定だけではもう無理があるでしょ?

普通の人でいいのに!→私じゃん

支離滅裂なはなし。吐き出したくて書いた。

普通の人でいいのに!を読んで、完全に私だと思った。私すぎてびっくりした。

あー私って本当に面倒くさいなぁ、自分のことを面倒くさいって公言する時点でそれが面倒くさいだろうなぁ。

自分の醜い部分が露出してしまう原因は分かってて、会社でできた友達パリピだったからだ。友達は私が行かないようなところに連れてってくれて、すごく刺激的なんだけど、それと同時にコミュ障自分比較してしまう。好きだしたのしいけど、私とは違う。それがつらい。私は無理しているんだろうか?

この面倒くさい性格は確実に学生時代(小〜大)の冴えない自分を未だに引き摺ってるからだと思う。たいした青春もなく、恋愛もしてこなかった。(未だに更新中)

27歳にもなって、どんなに外見を磨いたって内側は変わらない。過去ヒエラルキーに縛られたまま。今を生きたいのに、過去を捨てられない。自分に自信を持つって相当努力しないといけないんだろうなぁ。何回も自信を持とうと思っていろいろトライしてみたけど、結局三日坊主で、それがまた自己肯定感を低くする。←そんな自分も嫌い。

この漫画を読んだとき、ちょうど自分がなんて面倒くさい女なんだ!と思ってたところだった。

好きな人がいて、パリピ友達経由だったんだけど、その人もパリピみたいな人。話せば話すほど自分とは真逆でつらかった。でも話してると楽しくて、私なんか全然釣り合わないのに好きになってつらかった。好きでいるのやめたいのにやめられなくて、これってただの執着な気もする。

最近会う約束をしようとしてて、ラインで連絡とってたんだけど、全然話噛み合わないし、日にちも決まらいから、やっぱ私と会いたくないのかなって思ってたんだけど、さすがに意味不明LINEがきて、勢いで電話しちゃって、「私の送ったやつ意味からなかった??」ってめっちゃ聞いちゃって、「転職仕事の引き継ぎが忙しくて寝ぼけてたときに送ったから…」みたいなこと言われて、そうじゃん。来月から新しい職場になるって言ってた。なのに私ときたら本当自分のことしか考えてないんだなぁと思って最悪だった。私、本当最悪だった。しか電話で嫌だったら断っていいよ!とか無理しないでいいよ!とか言ってて完全に面倒くさい女じゃん。これ電話した後に思って、もう完全に嫌われたと思いました。。

それで、私はなんて最低で面倒くさい女なんだって思ってるところでこの漫画を読んだから結構きつかったし、なんかもうわからん

まともになるにはどうすれば?どうすれば面倒くさくならずにすむんだろう。自分で考えなきゃいけないんだろうけど、難しい。

正直25歳くらいから私はこのままでいいのか?みたいな悩みをずっと継続してて、この悩みはこれからも尽くことはなさそう。

2020-07-31

幸せになれない女とミレニア

幸せ)= (現実) - (期待)

上の式が幸せを極端に単純化した方程式だ。幸せ現実と期待の差である現実 > 期待の時に正の幸せを感じるし、現実 < 期待の時には幸せは負になり不幸を感じ憂鬱になる。

最近バズってる『普通の人でいいのに』とか、少し古いところだと『東京女子図鑑』『東京タラレバ娘』とかの主人公はね、みんな同じ問題を抱えている。自分が何を欲しいか理解していないため、期待値が高くなりすぎて不幸になっている。

Generation Yとも言われるミレニアル世代と同じ問題を抱えてるんだよね。

(参考:https://waitbutwhy.com/2013/09/why-generation-y-yuppies-are-unhappy.html

小学校低学年までの頃は割と幸せな人が多かったんじゃないか大人になってくるにつれてどんどん他人自分を比べていって勝手に不幸になる人は多い。中学生高校生の時点で既にそういうメンタリティは仕上がってくる。ミレニアルやそれ以降の世代人達は、人生の良い部分だけばかりが投稿されたSNSを見て、他人人生を羨ましく思う。自分人生は良い部分だけでなく悪い部分も全て見えているが他人人生の悪い部分が見えづらくなってきているため、自分ばかり損をしている気分になる。選択バイアス観察者バイアス相互作用しあって壮大な勘違いをしでかす。その結果人生に対する期待値が膨れ上がってしまう。実際には自分が羨ましいと思っている他人も、実は自分のことを羨ましく思っていたりするものだ。結果、不幸の総量が増えやすい仕組みになっている。

普通の人でいいのに』『東京女子図鑑』『東京タラレバ娘』で描かれている女も要は同じだ。東京という大量の多様な人がいる場所では当然キラキラした人も多い。そのような人ばかりが目に入ってしまう。またマスメディアに影響された価値観を通して世の中を見ているので、人生期待値無意識なうちに爆上がりしてしまっている。田舎にいる時はマスメディア情報あくま別世界情報として切り分けられるが、東京に来たらそうではない。そこにSNS等の影響も加われば効果バツグンだ。

人間誰しも自分特別だと思い込んでいる。世間様が用意した価値観に乗っかって自分はその定規の中で真ん中よりは上だろうと思い込む。現実離れした期待値内面化してしまう。結果、他人を見下し、自分の周りに用意されたもの価値を見誤る。自分もっと価値のある人間だという思い込みによって、自分の中での現状の価値を下げていく。自己肯定感が低いくせに自己愛が強い人は世間から承認を求める。それが無いと自分価値確認できない。そのような自己中心的人物勝手価値を下げられた方は酷く傷付く。しか価値を下げた本人はそれを当然の報いだと思い込んでいるため、罪悪感すらない。自分が不幸なだけでなく、周りの人を不幸に巻き込んでいく。遂に自分の中での価値観形成され、過去切り捨てた者達の価値に気付いた頃には既に時遅し。自分の愚かさに気付き更に不幸になっていく。

こういう作品に女の主人公が多いのは女の方が人間に興味がある人が多いからだ。男はどちらかというとモノに興味がある人が多い。看護師に女が多く技術者に男が多いのはこの影響だ。人間他人に興味のある女ほどこの地獄にハマりやすい。SNSが無い時代からSNSのようなことをしてきた人々だ。あの人の旦那さんはどこどこに努めていてこれこれこういう役職だ。あの子彼氏イケメンだ。なんとかさんの子供は勉強がすごくできるのに比べてうちの子と来たら。自分のことは棚に上げて、自分が持っているものマウントを取り合う光景は昔から存在する。更に日本人コミュ障が多く他人と向き合うことが苦手だ。他人に向き合わないのに頭の中に創り上げられたインフレした価値観で周りを勝手判断するので、地獄は更にすごいものになっている。自分自分他人他人という切り分けができる賢い人にならないといつまで経っても不幸だ。

父のハンドルネームダサい

定年退職した父が、ハンドルネームを考えたから聞いてみてくれと言う。

父は公務員というお堅い職業人間だった一方で、とても詩的な人だった。

何かあるとすぐ世の無常を感じて切なくなっている。

定年後は詩人として余生を謳歌したいらしい。インターネットでの活動も予定しているとのこと。

定年退職した父が、ハンドルネームを考えたから聞いてみてくれと言う。

ハンドルネームダサい

咄嗟に思った感想は「中学生最初に考えたかっこいいハンドルネーム」「ヒプノシスマイクに出てきそうなゴテゴテ漢字の羅列」だ。

隣で話を聞いていた弟が「ダッサwww厨二病かよwww」と大爆笑。そこまでは言わないようにしていたのに火の玉ストレートだ。

私がここで父を止めても、父の身に起こることは「センス改善」ではなく「子供には全否定されてションボリ」という自己肯定感の低下だけだろう。

しかしゴーサインを出すこともできない。

世代的に仕方のない事だが、やはりインターネットには早いうちに触れておいた方が傷が浅いなと思った。

[]2020年7月30日木曜日増田

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2020-07-30

馬鹿とかアホとか頭悪いとか

他者否定しまくっているはてなぁが自己肯定感について語るとか笑える。

自己肯定感他者から与えられるもの

とオレは思っている。

酒に弱いのは受け入れられるのに、自己肯定感が低いことを受け入れられない人がいる

どっちも体質の問題なのに無駄あがきしてる人多すぎじゃね?

[] 元増田に人間は生物であるという視点がないのが非常に気になる

自己肯定感を分解する

 

自己肯定感が高い/低いと言いますが、そもそも自己肯定感ってなんでしょうか。

 

とき、不運に見舞われてしまったときに、必要以上に落ち込んでしまう。

> そんな自分が嫌になり、どんどん消極的になってしまう。

相互作用しあってどんどん不幸になっていく(書いていて嫌になってきました)。

文字通り概念に縛られている状態といえるかもしれません。

 

> 私はもともと自分自己肯定感の高い人だと思っていたのですが、最近自信がなくなってきました。

 

あなた自己肯定感の低い人間だと自分認識してしまっているとしたら、自分を嫌いになれることは素晴らしい才能で、自己愛共感力の豊かな人間であること。

 

単なる趣味から自由でいいんですけど、“人間動物である” という当たり前の視点があってもいいのではと思いました

 

増田が行いたいことが「マーケティング」や「自身の印象管理であるなら、“人間動物である” という視点不要で、

人間文化社会を眺め、ある程度 確立されている手法に従えば、プロでなくとも限定的効果は得られるとは思います

パソコンの仕組みを理解していなくてもパソコンを使えるのといっしょですね

しかし、実際的手法についてはとくに記載はされていないかったので このトラバ 以外もつけてみることにしました

 

ググれば秒でわかるかと思います日本で振り回されがちなマズローフロイトユングなど 大昔の方々 が唱えたことは

既に化石になっていたりします。一部取り入れられいることも科学的な補強が入ってます

 

たとえば脳科学とかですね

(なお、いまは局在論ではなく全体論だと思います。また脳腸相関など単一でどうこうではないです。とりあえずヤクルト飲もう)

 

自己感情がなんなのか、どこにあるかはハッキリせずとも、

ストレスを感じる状況・幸福を感じる状況に対し脳がなんらかの反応を示している点については

現在、疑いようが無いかなぁと思われる状況です

 

ところで脳を持つ動物わたしたち人間だけでしょうか?

もちろんそんなことはなくて、脊椎動物の脳や構造遺伝子を調べると、人間も含めて、共通ものがあることがわかっています

そこで 行動神経科学 (Behavioral neuroscience)、生物心理学 (biopsychology または psychobiology) なんて視点があったりしま

日本でも もちろん様々な研究をやっているので 学生さんや親御さんなら目にする機会くらいはありそうな気がしま

そのへんに転がっている科学読み物なんかでもよく出てくる視点ですね

 

さて、わたしたち人間共通点の多い動物たちなのですが、

 

彼ら(動物たち)は 親や同種から称賛を受けなければ 自分 や 行動 を肯定出来ないと考えますか?

あるいはアクション毎に自分自身のことを否定してる個体がいると考えますか?

そもそも彼らが “その瞬間、自分がしたいこと” をするのにそれらは必要になると考えますか?

 

おそらくそんなわけがないですよね

 

セックス(性別) に進化の過程で有性生殖になった以上の深〜〜い意味を寄せがちな人がなぞ過ぎる増田でも書いたのですが、

世の中には、詳細については興味が無くとも、“経験から知っている” ことってあると思うんです

 

たとえば、負の経験学習 (動物が嫌なことを避ける学習・死の危険を避ける学習) ですね

負の経験学習についてはみんな経験して知っていると思うので、実は記憶って遺伝するらしいですよとだけ補足して、

まとめたいと思います

 


  • 単なる趣味ではないと確信に至ったのであれば、負の経験学習が原因になっている可能性について考えてみてください


 

○ 関連増田

anond:20200729215624

実際には、自己に対する否定感情は、(人によりその頻度や強度は様々でしょうが)その時の環境や本人の体調に大きく作用され、瞬間的・個別的に発生するものです。

うん、だから生理的な(おそらく脳の機能的な)レベル自己否定感情が起こりにくい人=自己肯定感の高い人なの。自己肯定感に理由必要ないというのはそういうこと。んでそれはほぼ生得的な体質なので後天的な獲得は不可能だという話。

anond:20200729215624

日々の暮らし自分自己肯定感の高さを認識することは少ないはず。呼吸をするとき空気存在意識することが無いように

ネットで息をするようにこういうのばかり見るのでよく感じます

リアル不毛な争いしているのみるたびに感じます

自己肯定と何者か

※基本自分用。ついでに公開という体。

元増田の言うところの分解する手法は大変有効で、社会的事柄のみに限定すれば肯定感は高まる。だけどこの方法では社会の節目が訪れ、概念が180度変わるシーンでは無効化されると思う。例えば玉音放送前と後のショックの大きさについて数多くの証言が残されている。国家というアイデンティティ個人レベル適用していた人は自信がもろく崩れた。海外パスポートを失ったとき辻仁成は、所詮肩書など紙切れに過ぎない。遠く外国において自分は何者でもなかった、と小説の後書きに記した。

自己肯定感を至極真面目に考えると、自己定義からまり自己の発生箇所、範囲、形而上的な自己という精神について絶対に避けられなくなる。デカルトフッサールハイデガーをつらっと見てゆくと、自己とは何かがますますあやふやになってゆく。分子細胞など、SF的な見地でもいいかも知れない。自己という要素は認識意識にまで還元され細切れにされる。

相対的評価は、たとえそれが当時絶対的に見えても絶対性がまるでない。わたしというもの社会性と接続されるあらゆるものから切り離すべきで、そうでないならば、実際のところ自己評価他者評価とは単なる一社会一形態・一時代のマーヤーに過ぎないことが理解できる。自己がマーヤーであるなら他者もマーヤーであり、そこには般若心経的な世界観が広がってゆくばかりだ。空とはなにもないわけではなく、"ある" と錯覚するものが多数の変じ易い要素によって形成され、例えば社会的な成果や経験に見える、といったものらしい。自己に言い換えるなら、自己存在しているという実感は単なる各細胞社会的レッテルや成果を含む)の成り立ちに過ぎない。自己を考え、また認識することはまるで無意味だ。したがって元増田希薄さとはまた違い、自他ともに興味が消失するところに真実があるものと思う(あるというより、ないのだけど)。

じゃあなんだ、どうすればよいのか。

自己他人無頓着になり、興味のみを追えばいいと思う。これは多少齟齬を含んでいて、他者に興味を持てない状態他者に興味を持つというおかしロジックを持っている。言ってしまえば他者に "ある" ものは追いかけなくていい。社会的地位や金、恋人、そういうものではなく(仮にそういうものであったとしても)純粋動物的に欲求するということ。たとえば奇妙な話、金という働きに極度の興味があるなら金集めに奔走してもいい。ただしその場合でも金にまつわる "ある" と錯覚する自己認識を持つ必要性はない。それは自己ではないから。

anond:20200729215624

20代独身エンディングノートを買った話

人生希望を見出す能力が失われたからだ。

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地方都市大学をまあまあの成績で卒業した自分は、「顧客から先生』と呼ばれる職業」に就いた。ちなみに、学校教員ではない。

学生時代はそれなりに注目された人間で、というのも、自分には生まれつき特異な能力ひとつだけあった。それを以て、良くも悪くもほんの少しだけ特別扱いを受けて生きてきて、仕事もその能力に関わるものを選んだ。

ところがその特異な能力とやらは発達障害によってもたらされた偶然の産物であり、社会に出た瞬間に自分無能と化した。特有段取りの悪さ、睡眠障害虚弱体質、感覚過敏、これら要因により溜まったストレスを引き金とした定期的なパニック発作。それまで「生きづらさ」に自力で折り合いを付けてきた自分精神科のお世話になるまで、一年と経たなかった。

明らかに仕事の能率が落ちて、上長相談して少しずつ雇用条件を緩くしていったが、気がついたら精神障害者保健福祉手帳交付され、今では正社員を諦めて週4日の勤務。ボーナスも手当も全て消え、手取り月収は半減した。これを機に障害者雇用枠に収まって合理的配慮を受けようかと思っていた矢先に、どこぞのお偉いさんから発達障害を悪く言うメールが回ってきた。そういう訳で同僚にカミングアウトする機会を完全に失い、現在自分は「よく分からないが体調の悪い人」という扱いになっている。

それでも自分は今の仕事をやめられない。この能力を活かせる瞬間に、自己肯定感を完全に依存しているからだ。ハローワーク求職者登録をして、色々な求人を見ても、顧客の顔が頭をよぎる。転職したら自己肯定感保証してくれるものが無くなってしまう、という恐怖に、今も苛まれている。

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仕事自己肯定感依存しているということは、私生活は思い切り虚無だ。

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自分趣味と呼べるものを持っているのだが、最近はそれに興じるのが怖くなってしまった。表現に関わる趣味だったが、時が経つにつれてSNSタイムラインは、より潤沢な資金時間能力、そして社会性を持つ人ばかりの世界となり、筆と心が折れてしまった。孤独に生きている横で、仲間達は別のことで盛り上がっている。それに興味を持てるような精神力は、最早残されていない。

自分しかできない表現、なんてものも無い。これでも当初は自らの表現するもの需要があると思っていたのだが、明確にそれを覆す出来事が、つい最近あった。いや実際の所は分からない。「嫌いなのは作品ではなく、社会性に欠けたお前自身」という可能性もある。どちらにせよ活力が削がれることに変わりはないのだが。

そして、こうしたことに気付く頃には、他の趣味に没頭する気力が無くなっていた。今の自分は、余暇に何をするにも義務感を伴う。

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こんなとき、病んだ人間を救うのは家族恋人の愛というのがテンプレートだ。一応、自分には家族恋人もいる。

家族は、私が手帳持ちで正社員を辞めたことを知らない。彼らがイメージする自分は、いつだって明朗快活、何事も気合で乗り越えられる精神力を兼ね備えている優等生だ。それは一体、誰のことだろうか。

そして家族は、自分に何も喋ってくれない。気付いたら父母は事実上離婚状態だったし、気付いたら自分教育費は両親ではなく親戚が支払っていた。私の知っている一般的家族とは何か違う、謎の共同体だ。

恋人のことは心から愛しているが、その人は自分と一緒にいるときよりも、友人と語りあっているときや、趣味に入れ込んでいるときの方が余程幸せそうに見える。と言うと、「人の感情や好みを他人勝手判断しないで」「好きだと何回言ったら信じてもらえるのか」といつも怒られるのだが、それほど好きならばもっと向き合ってほしかたことが色々あった。

しかしながら今思えば、お互い身内でも何でもないのだから、これで良かったのかもしれない。これ以上他人負担をかけて生きたところで、何も楽しくないのだ。

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20代半ばにしてこんなにも空っぽなのだから、限りなく婉曲的に表現すると〝損切り〟をした方が良いと思った。

転職をして自己肯定感を得られなくなる前に。働き続けて家計が壊れる前に。恋人から「そろそろ結婚を」と言われる前に。趣味仲間が大成する前に。心がすれ違った家族最期に向き合わされる前に。

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こうして自分今日書店エンディングノートを買った。とても残念なことに、おそらくここ一ヶ月で、最も行動力に満ちあふれた瞬間だったと思う。

これ程までに精神を病んでも、まだ「立つ鳥跡を濁さず」の精神は一丁前に残されていて、使っていない銀行口座家族が見てもどうしたらいいかからない物品がそれなりにあることに負い目を感じた。なまじ責任感が強いと困るばかりである。かといって責任感が強いところで、その責任を果たすことはしないのだ。本当に社会穀潰しである

そんなわけで、私は家族恋人、知人に送る懺悔言葉を考えながら、屍のように寝台へ横たわるのである

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