はてなキーワード: ぬるま湯とは
どんな人がタイプ?って聞かれて無難なことを答えながらいつもこう思ってる。
高校生でもないのにこんなこと言うのが恥ずかしいし病気だな〜って思うんですけど、人が自分を好きになる段階が好き、なんですよね。その後は告白された瞬間冷めるか、付き合ったけど、自分を好きな相手のことが無理になって冷めるか…そんな恥ずかしい恋愛をしてきました。性的な自分とか性的な目で見られるのが無理、ってわけじゃないし、むしろ求められるのは自分に価値があるみたいで嬉しいと思えるんだけど…
だから結局おともだち、の状態が心地よくて相手に別の本命がいる、とか数人いるセフレの一人、みたいなここ数年そういうぬるま湯に浸かってきました。
でもちょっとさすがにこのままじゃまずいな〜、コロナ禍でいろんな人に会うの難しいし…そう思って真面目に恋愛しようとしてるんだけど超むずい。一回一回ふりだしに戻る、そんな感じ。
つらい気持ちを抱えたまま2ヶ月ほど経ってしまったので一旦吐き出してただ楽になりたいだけの日記です。
私は絵を描く。漫画も一応描く。趣味の範囲だし特別上手いわけではないが中規模のジャンルで仲のいいフォロワーさん達に囲まれてぬるま湯生活を送っていた。
そんなぬるま湯に浸かっている内に、コロナでイベントは潰れ、そこそこ交流のあったフォロワーの一部は人気のジャンルに流れていき少し寂しさを感じているところに、ジャンルのオンラインイベントの開催が決まった。
さて、私には好きな字書きさんがいる。そこそこ交流するし、LINEでやりとりしたりご飯に行ったりする……その程度の付き合いの字書きさんだ。今もジャンルに残ってくれているしその字書きさんの作品が大好きで惚れているといっても過言ではない。その方がオンラインイベントで新刊を出す為に原稿を頑張っている姿をTwitterで眺めていた。
その字書きさんがある日「表紙ができない・表紙か苦手だ、このままだと新刊が落ちる」と呟いているのを見掛けた。正直そこそこの絵描きの自分が字書きさんの表紙を任せてもらうなんて出過ぎた真似だとは思った。しかし自分の原稿も終わっていたし、とにかく落として欲しくない一心でDM経由で表紙を描きましょうか?と打診してみた。
返答は「気持ちは本当に嬉しい、あと3日粘ってだめだったら是非お願いします。」とのことだった。
その直後、その文字書きさんの表紙できないツイートに界隈の神絵師さん(イベントでは大体壁か誕席に配置される)がリプライを送っていた。「私で良ければ表紙を描きましょうか(意訳)」すぐにリプライがついた。
「ぜひお願いしたいです!」と。
神絵師の表紙は素晴らしかった。本の内容もとてもとても素晴らしかった。
それなのに読後いつもみたいに最高!っていう気持ちになれない。
自分は、プログラミングはホボできない。(AtCoder緑程度、CTFはシーザー暗号解いて喜ぶレベル、Vue.jsでコンポーズで苦しむレベル)
機械学習は勉強したこともない。(『はじめてのディープラーニング』は1冊大体実装しました)
しかし、AI知識ではなく、ITシステム企業に「ドメイン知識があるから」ということで、AI評価者となった。
論文化が目的なら、使えないAIでも、「似たような成功例あるし、未来への教唆って感じでいいかな〜」と思って見てます。
「kaggle勉強するぞ!『はじめてのディープラーニング』を勉強するぞ!」とAI知識や、
「AWSの構造を理解して、通信的な部分での実装に対してgithubでコミットするぞ!」とか。
「CTFやって、ハッカー攻撃とかを想定したインフラへのフィードバックするぞ!」とか。
「素数暗号や楕円関数やブロックチェーンでセキュアな情報を提供するぞ!」とか。
そういう、勉強するき満々だった。
プログラミングを勉強して、プログラマーとしてブイブイ言わせると。
なんなら、webサイト作ってマネタイズの経験を複数経験しておいた。
ドメインに無かった必要そうなwebサービスもいくつかFirebaseにあげてみたりした。
う〜ん。
世の中への貢献としてドメイン知識持って、ドメインの世界をよくしたいものとしては、この働きがベストなんだろうけど。
世の中のドメインの偉い研究者の壮大なAIファンタジーをリアルな実績に補正するための仕事みたいな。
自分のAI知識は何もないんだけど、「AIがファンタジーにならず法律にも触れず業務フローのなかでワークし市場でマネタイズできるか」をチェックする人。
なんか、生産性というか、なんだろ。
「無駄なAI研究を否定して未然に止める」ってどうやって生産性っていうんでしょ。
転職とかできるのかな。AI担当者としてコメントしてるだけとか、どうやって能力として証明するんだろ。
とりあえず、10個くらいのAIプロジェクトに関わって、研究結果とか出すんだろうけど。
論文に自分の名前はおそらく乗らない。表に自分の実績はでない。(研究計画書に名前乗るけど)
ただコメントしてただけのAI担当者(AIプログラミングはできません)って、どうなんだろう。
明らかに不合理なドメインを確実によくしてる仕事なんだけど。。。
やはり、クラウドサーバー使えたり、新しいサービスを作れるみたいな、わかりやすい技術欲しいなあ。
って意味があるのかなあ。面白いとは思うけど、ドメインへの貢献にはそれはいらなくないかと思ってしまう。
自分でもドメインへ貢献するサービス作ってるから、そちらで創業することも考えようかなあ。
脚光浴びたり、ハイブランドだ高級ホテルだの豪遊はできるほどの給料はないけど、
年に数回旅行に行けて、たまにちょっといいディナーなんか行って、程々に貯蓄もしながら楽しくやっている
こうやって定時で上がってぼーっとネットしたり、ゲームしたりもできるし
一応専門職だから会社が潰れても食いっぱぐれない安心感もあるし
けどまあ昔の知り合いなんかは、いつの間にか起業してメディアの取材受けたり、投資で一山当てて派手に暮らしたり、出世争いに勝ち上がって強そうな名前の役職持ちだったりするわけ
でそいつらにお前はいつまで燻ってんだみたいなことを言われるわけよ
だから毎回俺もそろそろ一念発起して本気でやるかあなんて思うんだけど、今のぬるま湯が居心地良すぎて結局現状維持を選んじゃう
きっとこのまま普通に結婚して子どもなんか持って、ふっつーの冴えないおっさんになっていくんだろうな
あ、もうなってるか
昔はあんなに尖ってぎらついて、無茶してたのが夢の中のよう
でも今の時代に、昭和のおっさん顔負けのこののんびりしたリーマン生活はかなり貴重じゃね?
昔の俺よ、期待に応えられなくてごめんな
でも俺は今かなり幸せだよ
ジェンダーギャップ指数が156ヵ国中120位というニュースを読んだ。
読み終わって出た言葉は、「そうだろうな」と「まぁいっか」という二言だけだった。
日々、何かに対して怒りをぶちまけている女性たちを見て、なんでこの人たちは毎日怒る事に飽きないのだろうと思っている。周りが全て敵かのように暴れ、疲れないのだろうか。
私は女に生まれ、女として育ち、今まで不自由だと感じたことがない。
それは野心や権力に興味が無く、美人でも不細工でもなく、そこそこ生きていくには丁度いい頭と身体を持って生まれたからなのだろうと最近思う。
例えば、
ストッキングに嫌悪感を感じたことはないし、ヒールがある靴に嫌気がさしたこともない。
生理用品のパッケージが花柄だろうがピンクだろうが何とも思わない。いつも同じ商品をカゴに入れてレジに持っていくだけだ。
上に立つ者が男性ばかりでも違和感はないし、専業主婦の女性に家事を押し付ける男性は普通だと思う。
心を無にしているのではなく、本当に気にならない。しかし、その考えを周りに言うこともない。わざわざ波風を立てて生きていくのは馬鹿だ。
毎月手取り20万円くらいもらって、そこそこ楽しく、独り暮らしでもそこそこ贅沢に、自由な毎日を私は生きている。繰り返される日々に危機を持たないといけないのだろうか。
ぬるま湯で育った私は、このぬるま湯から出る気などない。今のまま「そこそこ」な暮らしをしたい自分勝手な女だ。
報ステのCMに違和感を感じなかった私をどうか笑ってください。
わきまえているのではなく、ただ静かに生きていきたい女もいることをどうか分かってください。
奥さんがコストコで大量のディナーロールを買ってきたのでパンを焼けずにいるおじさんです。コストコのディナーロールって安いしいつまでたってもそれなりに柔らかいし、あれはどうなっているんだろう。でも、そのままたべるのは悔しいので、フレンチトーストとピザパンにアレンジして食べてやった。やってやった。
メロンパンを焼いてやろうと思っていたのにパンが作れない週末、みなさんならどう過ごしたのかしら。
いつも牛乳・卵・砂糖・バニラエッセンスを混ぜた卵液を作って、そこにパンを漬して焼くのだけど、先に砂糖を溶かした牛乳に漬してから、そこによく溶いた卵を混ぜると良いと聞いたのでやってみた。
ぼくは違いが判らない男として生きていこうと思う。
土曜日、おくさんがドデデデデデデと音を立てながら階段をおりてきて、これを見ろ!とスマホの画面をぼくの顔に押し付け「台湾カステラ」の存在を強く主張した。
ぼくは台湾カステラを知らなかったので、YouTube(べんりな動画サイトだよ!みんな使おう!)でどんなたべものか調べてみると、ふわふわぷるぷるしている。なるほど。
作り方はシフォンケーキとほとんど同じ。スクエア型で焼く。150℃で1時間湯煎焼きしたらちょっと焦げた。型から出したできあがりはふわふわぷるっぷるで笑ってしまった。
でも、砂糖120gってちょっとすごい量ですよ。そして大量の砂糖のわりに甘くないのでスルスル食べられてしまう危険なたべものである。怖くてあまりたべられなかったけど、おくさんがモリモリ食べていた。フォアグラ農家の気分。あんまりカステラっぽい味がしないので、別のレシピを探してみたらサラダ油の代わりにバター使うものがあった。次はこれにしてみようと思います。
台湾カステラをちょっと焦がしてしまったのでなにかやってやりたい気分の日曜日。いぜんに「強力粉とイーストあるなら中華まん」というブクマをもらっていたので、ぼくは、あんまんを作った。蒸しあがったあんまんがものすごく黄色くて慄いたけど、こんなものなのかしら。ごま餡のかおりがすごくよかったので、蒸したてのをひとつたべて口の中をやけどした。8個蒸したけど、目を離したら奥さんと子供が全部食べてた。ずるい。
おまえはカレーパンマンなのか?とおもうくらい黄色かったので、何か間違えている気がする。
(追記)
>「Saint-Exupery サラダ油 65g ごま油 15g 薄力粉 100g 牛乳 100ml 卵 6個 砂糖 120g 一個で2500kcal超えとか怖いわぁ。」
焼き上げると、18cmスクエア型から4,5cmくらい縦にはみ出るくらい膨らむので、それなりに大きいです。そびえたつカステラの壁。プリンのような、甘く焼いた卵焼きのような、スフレのような……おいしいのだけど、出来上がりが完璧じゃないと「カロリー満足度」が下がるので難しい食べ物だと思う。プロが焼いたものを食べてみたい。
最近はやっているみたいなので、大都会に住んでいるシティボーイ、シティガールは是非食べてみてほしいなあと思います。
対カロリー満足度:摂取カロリーにたいしてどれほどおいしかったのか計る指標値。カロリー高いけどすんごい美味しかったからまあ良しとしよう、という言い訳に使う。かりんとうはおいしいのでスコアが高い。おじさんは勝手な造語を使う。でも、みんな同じような言葉をもっているよね?
強力粉に目覚めてからしょっちゅうパンを焼いているくせにどのレシピを参考にして作ったのかすぐに忘れてしまってはまた検索して「どれだっけ・・・」となるのでまとめておく。
表面を湿らせて200℃で22分。
粉を振って180℃18分。
卵黄を焼く前に塗る。全卵でもよい。水で薄めて塗ってもOK。180℃18分。
(追記)
>「m_insolence 強力粉に目覚めたおじさんだ。強力粉とイーストがあるなら、中華まんを作るのもいいよ。おうちでほかほか蒸したてなの最高だよ。」
中華まん…そうかそういうのもあるのか。
毎回飲みに誘ってくる50代、60代のおじさんがいる。
新型肺炎が流行り出してから、それを口実に断って方が、いよいよ雰囲気悪くなってきたので誘いにのってみた。
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というか以前よりもパワーアップしているような感じがした。
社会に対して全体的に、パワーにもセクシャルにもハラスメントが増していて時空が歪んだ気がした。
ぬるま湯?もしくは幻想でも見てたんだと思うようになった瞬間だった。
このギャップを、このショックをもっと言葉にして行動で示して行けたらいいのにとも思ったけれど
一番いいのはもうかかわらないことだよねこの人たちと。
パワハラもセクハラもその時言われた直接的被害もすごく不愉快だと思うけれど、
聞くに看板娘は他の仕事も2, 3掛け持ちしており, ミュージカル俳優を目指しているそうな.
オタクは一般男性よりも収入・体格・身分で劣る. 三低である. 明日を見る目も視力0.01の乱視である.
臆病でプライドの高いオタクはその劣等感を見せず, しかし手を出さず踏み込まず.
そもそも手の出し方も知らぬ. オタクは童貞である. オタクは看板娘と客との関係なのである.
日々当たり障りのない会話をし, クリスマスやらバレンタインやら看板娘の誕生日やら, イベントごとがあればプレゼントを贈ったり贈られたり.
それもそうである. 看板娘はとうに30を越えている年上なのだった, 一般女性とて未婚の方が少ない.
ただ, この情報は他の客と店長らとの会話を耳に挟んだだけである.
本人との会話や発信でその存在は出ていなかったのだ.
吐きそうになって発揮したオタクのネットストーキングスキルで, 看板娘の俳優アカウントを見つけたが, そこでも匂わせるようなこともなく, 流石のプロである.
今日も今日とて看板娘は俳優アカウントに自撮りを載せるだろう.
何故か今年度は他の客とは違い, 個別でプレゼントもらって浮かれていたオタクはぬるま湯から抜け出せず, 悪夢と知って虚しい芝居を続けるだろう.
映画(女子大生は舞台)のチケットを外部の人間に売ろうとはしない。
サロンの内部の人に、「君から買いたい」と、「信用」「応援」によって購入されることを前提にしている。
もっと上の人だと、また違うのかもしれないが。
その点がマルチと違う。
マルチと違い、サロン以前に築いた人間関係を食いつぶすリスクはなさそうだ。
そのぶん、なんのためにやっているのかがよくわからない。
「隗より始めよ」で、まずはサロンの内部でキラキラすることが大事なのだろうか。
それとも、西野のサロンは彼らにとってはすばらしい場所で持続性があり、
内部でキラキラすることが、人生の目標となっているのだろうか。
女子大生周りは、「私と雑談1時間500円」などを皆が設定しており、
その枠を買って、相談に乗ったり乗られたりしている。
そういった雑談システムを使わずに相談に乗ってくれた相手には、
「一円の得にもならないのに、いつも相談に乗ってくれてありがとう!」みたいなことを言っている。
女子大生は、「西野作品の二次創作を書く」と宣言し、お題を募集する。
「評価経済学」と耳にするとき、すでに高い評価を得ている人が唱え、実践しているケースが多い。
しかし、評価がまだまだ低い人が実践しようとしたときに広がるのは、こういう風景なのか。
「商法を説明する」の増田は、プペルはBBQ型エンタメと書いていた。
BBQで得られるもの以上を期待して、人生を賭しているように思える。
(プペルとサロンはまた別かもしれない)
そのあたり、読んでいて居心地の悪さを覚えた。
こういう理不尽な被害の存在を社会にうったえかけたり、不可抗力に巻き込まれた後にどう生きるべきかっていうのは、
わりとフィクションの力が大きかったと思うんだけど、今回の新型コロナのような被害はこれまであまりパニック映画やディザスターSFで描かれてこなかった。
過去のそういったフィクションでは比較的短期間で平穏が戻ったりとか、悲劇を描くにしても大切な人を亡くし残された人の心情を描くのが定番だった。
現実はぬるま湯のような災害が1年以上も続き、身近な人を失った悲しみも多いものの、
それよりも自分の人生の大切な時間が何もしないままジリジリと削られていっていつ終わるかも見えないという恐怖が大きい。
若いときの重要な時間を奪われて人生が狂ってしまう悲劇は、ベトナム戦争の兵役をテーマにしていろいろと作品がつくられたが、
災害によって人生のイベントが起きるはずだった時間を奪われるという描き方は見たことがないように思う。
ここまで元の増田に関係ない話ばかりで申し訳ない。過去にあまり想定されていないタイプの悲劇ということを言いたかった。
特に人生の方向性を決めるくらいの若い世代にとって尋常じゃないほど理不尽で不公平な事態なのは間違いなくて、
災害をなかったことにする力は誰にもないけれど、増田のように当事者が声を上げることで共感は集まるし、
自己肯定感が低い原因として、親の育て方に問題があるみたいな話を聞くけれど、果たして本当にそうなのか。
私は、自分で言うのも何だが、とても甘やかされて育った。待望の子供だった上に、下の子は死産でそれが原因でもう子供が望めないというのもあって、それはそれは可愛がられた。
好きなもの、欲しい物、何でもとは言わないけれどたくさん買ってもらったし、我慢をあまりした覚えがない。わがままも大体は通った。そしてよく褒められた。とても過保護だったと思う。
いつからか、その褒め言葉は「親の贔屓目だな」と子供ながらに感じていた。自分は大したことは何もできていなくて、すぐ嫌なことから逃げるし、失敗が怖くて避けてばかり。
褒められるようなことや、明らかに正しいと思われる行動をし、意見を言うようにしていたので、フリーダムな状況に陥ると何をしていいのか、どう答えていいのかわからなくて途方に暮れる。
いつだって、自分は人より劣っているし、自分が一番になることなんて一生ないと思っていた。その他大勢の一人で、誰にも気づかれないちっぽけな人間だと。でも、一番になるための努力なんてしないので、ますます自分って屑だなあと負のループをぐるぐるして、そんなぬるま湯につかっていた。
大人と言われる年になって随分経って、色々経験もしたが、根本的な性格はあまり変わっていない。自己肯定感が高かったことなんてない。
ただ、自分はなぜかついていて、幸運でいろいろなことを乗り切ってきたとは、根拠もないのに信じている。何もできない自分がなんとかやっていけているのは、運のおかげだと。
温泉が好きだ。公衆浴場が好きだ。サウナが好きだ。汗を流すのが好きだ。
冬は湯船に入って温まるのが至福の一時だが、それ以上に好きなのはサウナで大量に汗を流すことだ。寒い時期は機能しなくなる汗腺を働かせて、汗をかいて体内の水分を循環させるのが快感で健康に良い(気がする)。
ただし、それは適切な水分補給をすることが前提だ。入浴前も入浴中も水分補給をしない輩が多いが、もったいないったらありゃしない。水分がなけりゃ汗腺を機能させることもできなし、汗で老廃物を流すこともできないじゃないか。温泉やサウナで汗を流して水分を補給する、というサイクルを何度も繰り返すのが温泉・銭湯の醍醐味だ。
浴場の入り口で飲用の蛇口やウォータークーラーが設置されていることがある。何も無いよりましだがあまりよくない。せっかく湯船なりサウナなりで体を温めたのに、口腔・咽頭・胃腸を中心に体内を冷ましてしまうからだ。脱衣所に自動販売機が設置されていることもあるが、ミネラルウォーターでもジュースでも牛乳でも「つめた~い」の飲料ばかりで使えない。
それに塩分補給の手段がないのもダメだ。近年では熱中症防止に水分だけでなく塩分も補給することは既に常識である。それにも拘わらず、自販機のスポーツドリンク以外に塩分補給の手段を用意している浴場はない。そのスポーツドリンクも必要以上に冷えていることは言うまでもない。できることなら、塩分はスポーツドリンクではなく水分とは別に補給できるほうが良い。必要な塩分量は、体調・発汗量・前に食事した際の塩分摂取量・食事からの経過時間などによって大きく変化するからだ。
そこで俺は温泉に出かけて半日かけて発汗を楽しもうとする際には、ぬるま湯を詰めた水筒と梅タブレットを持っていくようにしている。冷たい水がダメなのは前述したが、白湯も暑さで余計に汗を流すことになって良くないのでぬるま湯だ。梅タブレットはクエン酸が疲労回復に良い(気がする)し、酸味による唾液分泌で体内の水分を循環させることも熱中症防止になる。
ただし脱衣所が混みあっているときは悲惨だ。なんであいつは、浴場から脱衣所へ戻ってきて着替えるのかと思いきや、でかい水筒から何かを飲んで謎のタブレットを口にしてまた浴場へと戻るんだ。と奇異の目で見られることになる。