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2021-04-13

雑誌映画秘宝』の記憶(48)

ロックの魂とは?】

 コメディ映画スクール・オブ・ロック』(03年)が公開された当時、この映画肯定的評価するか否か、「有りか無しか」を巡って賛否両論となったこから映画秘宝』誌面では、少しばかりの論争が起きました。

 ご存知ない方のために粗筋を説明すると「ロックバンドをクビにされた主人公が、ひょんなことから坊ちゃんお嬢ちゃんたちばかりの通う小学校にニセ教師として潜り込み、生徒たちに『ロック音楽スピリッツ』の教育を施した末に、筋が良い生徒たちをバンドメンバーに従えた主人公が再びステージに立つ」という、ファミリー層向けコメディ映画です。

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 当時の否定派の論調は「『反逆精神』が拠り所であるロックが(たとえニセ教師によるものとはいえ)、学校教育で身につくわけがねえだろ」とか「コメディとはいえ大人が『ロックは素晴らしい』と、特定価値観子供押し付けるのは正直いかがなものか」とか「ガキごときロックができてたまるか」とか、まあ大体そんな感じだったと記憶しています

 しかし「ひょんなことから『未知のカルチャー』に触れた子供若者が、その魅力に思いがけず目覚めて『カルチャー担い手』として育っていく物語」あるいは「大人側の視点で、色々な思いを抱えたり紆余曲折がありつつも『カルチャーの教え手』として年下の人間たちを育成していく物語」は、良くも悪くもありふれたものに過ぎず、そこまで腹を立てることだったのかと今でも疑問です。例えば、労働者階級の家庭に生まれ子供バレエの魅力とか宇宙ロケット打ち上げの夢に目覚めるといった物語が「有り」なのに、この映画がそんなに否定される必要はあったのでしょうか。それとも学校以外の場所舞台だったら許されたのでしょうか。こうして考えると、論争と呼ぶにも非常に掘り下げ不足であったように思えます

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 そもそも否定派の気持ちの根っこには、特定カルチャーの愛好家が陥り易い「選民思想」が有ったのではないでしょうか?何しろ「女『子供から映画を取り戻せ!」が旧体制の『映画秘宝』の合言葉だった訳ですから否定派には「『ガキ風情』しかも『裕福な部類のお坊ちゃんお嬢ちゃん』が『オレたちの』ロックに手を出すこと自体我慢ならない!」「ファミリー向け映画ロックをイジるな!」という気持ちも有ったことと思います

 もう既にお分かりのように、ここに見られるのは要するに、いい歳したオッサンたちが、いつまでも上の方に居座って「このカルチャーはオレたちだけのモノだ!」「コレは『本物』ではない!」「それが理解できん若い者たちは、まだまだオレたち(=オッサンたち)に及ばんな!」という態度をとることによって、若い世代から敬遠されてジャンル全体の衰退を招くという、非常にありふれた「『本物の✕✕』とは何か論争問題」「サブカルチャーにおける老害問題」の1バリエーションです。

 しかし、この映画が公開されて長い年月が経過しました。今や音楽活動を始める若者たちの中で「バンド形式から/ロックから始める人」が占めるパーセンテージは、昔のように多くはないだろうと思われます外国でも事情は似たようなものです。今ではおじいちゃんになってしまった外国の大物ミュージシャンたちと、日本アイドルBABYMETALが共演した際には、馬鹿にされたり嫌がられたりするのかと思いきや「孫みたいに若い子供たちが、ワシらの音楽に興味を持ってくれた!」と、むしろ喜ばれたと聞き及んでいます若者子供にとって、この映画に出てくるようなロックが既に「何だか知らないけど、お年寄りたちが聴いている懐メロ」となってしまった今日では「映画スクール・オブ・ロック』は有りか無しか論争」をしていた『映画秘宝』編集者ライターたちは、実に贅沢な悩みに基づいて議論していたと言えます

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 無論、あの頃に「ロックカルチャー担い手ファンの『高齢化』が問題になる」などと未来予測ができた人間は少なかったでしょうから現代人の立場で彼らの論争を「贅沢な悩みだった」と批判するのは酷と言われるかもしれません。

 しかし、未来予測とは違い、当時の人間でも『映画秘宝』の関係者や読者であれば、容易に気づくのが可能だったはずのことが有ります

 それは「当時の旧体制映画秘宝』と映画スクール・オブ・ロック』の主人公は、していることが『悪い意味で』五十歩百歩だった」ということです。

 旧体制の『映画秘宝』が「切り株映画は、世界真実を描いている!ヌル作品なんか観るのを止めて、切り株映画を観ろ!」とアジテーションする姿と、この映画主人公が「ロックが最高の音楽だ!ヌル音楽なんか聴くのを止めて、ロック名盤を聴け!」と生徒たちを『洗脳』する姿との間に、果たして本質的な違いが有ると言えるでしょうか?

 そうです。この映画主人公がしていることは「洗脳」です。もちろん「何らかのカルチャーの愛好家が、非・愛好家に対して自分の好きなものを紹介する」という行為は、大なり小なり「洗脳」の側面を持つものです。だから、単に「ロックは良いぞ」と他人に薦めるだけならば、何も批判される謂れは有りません。しかし、もしも「ロックを知らないのは不幸だ」とか「ロック以外のツマラナイ音楽聴くやつは馬鹿だ」とか説教をかまされたらどうでしょうか?そんなことをされたら「うるせえ」「布教するために他人価値観を踏み躙るな」と言いたくなりませんか?そもそも「『反逆精神』を拠り所にしてるくせに、上からモノを押し付けるんじゃねえよ」という話です。

 実際、この映画には、生徒たちが普段どんな音楽を聴いているのかを質問した主人公が、その回答を聞いて嘆息するという場面も出てきます。これを単に作品を彩るギャグとして軽く受け流すのか、見過ごせすに腹立たしく感じるのか、それは観る人によって受け取り方が異なるでしょう。しかし、仮に主人公批判する感性の持ち主ならば、同じことをしている旧体制の『映画秘宝』にも批判的な感情を抱くのが当然と言うか、それが「知的な誠実さ」というものではないでしょうか。仮にも批評活動生業にしている人間たちが雁首を揃えて「この描写は、自分たちみたいな(=若者世代に『本物のカルチャー』とは何かを教えたがる)オッサンのことを風刺しているのではないか?」という可能性に思い至る「内省視点」を少しも持たなかったのでしょうか。そうだとすれば『映画秘宝』関係者は「知的怠惰」と言わざるを得ません。

 まあ、可能性としては「映画主人公の行動と『映画秘宝』の行動は五十歩百歩」という事実に気づいていたけれども、センパイの機嫌を損ねるのを畏れて忖度して言わなかったというのも考えられますね。

 馬鹿なのか、忖度体質なのか、どっちにしても「批評活動を行う人間」としては「致命的な欠陥」だと思うのですが、そういう人たちでも業界デカイ顔をしていられる現状は、いかに本邦の映画ライター業界人材不足なのかを如実に物語ると言えるでしょう。

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 ちなみに映画スクール・オブ・ロック』には、主人公が「ロックの反逆精神とは何か」を生徒たちに実地に教えるために「『権威』に逆らえ!教室では教師、つまりオレが『権威』だ!オレを罵ってみろ!」と命令する場面が出てきます。すると、生徒たちは素直で良い子ばかりだから、色々と頑張った末に「デブ野郎!」という火の玉ストレートを投げてしまい、自分で反逆を命じたのに「オイお前、後でちょっと職員室に来い!」と主人公がマジ切れするというギャグ場面が出てきます。(なお、主人公を演じるのは、ぽっちゃりコメディアンのジャック・ブラックです。)これは「『反逆精神』を『教育』する」という根本的な矛盾表現した、秀逸な場面と言えます

 町山智浩高橋ヨシキてらさわホークも、一度「権威に逆らえ!オレたちを罵ってみろ!」と若手ライターたちに呼びかけて「反・権力/反・権威精神とは何か」を教えて上げたら良いのではないでしょうか。パワハラ説教マンスプレイニングかますよりも、よほど後進の育成に寄与できると思いますよ。

 まあ、センパイの機嫌を取るためにパートナーの肉体を献上する人間、それを享受して面白おかしく語る人間嘘八百解説を書いて間違いを指摘されたらそそくさと逃げる人間には、到底「権力に逆らうとは何か」を若手ライターに教えることなんて無理な話でしょうけど。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-03-11

雑誌映画秘宝』の記憶(8)

今回の内容は、一言表現するならば「論語読みの論語知らず」です。

映画秘宝』の功績の一つは、マイケル・ムーア監督及び彼の作品積極的日本に紹介したことでしょう。これは評価されて良いと思います。私のように『映画秘宝』の記事きっかけに、マイケル・ムーア作品活動を追うようになった人もいるのではないでしょうか。

しかし、マイケル・ムーア作品を紹介した『映画秘宝自身の振る舞いは、ムーア姿勢思想からは懸け離れたものでした。

既に述べましたが、現在サイズになって以降の『映画秘宝』はスプラッターホラー映画切り株映画を礼賛して「切り株映画世界真実を描いている!」と盛んにアジテーションするようになりました。その動きの中で、特に映画秘宝』が好んで取り上げたのが『悪魔のいけにえ』『食人族』『ホステル』といった「田舎に行ったら襲われた」系の作品群でした。そして、これらの作品群を誌面で紹介する際に町山智浩高橋ヨシキらが好んで書き添えたのが「非・都市部在住、非・富裕層高等教育を受けていない人間たちは『野蛮人』」と云う主張でした。

都市部に生まれ育ち、入学金や授業料が高い有名私立大学に通って高等教育を受けることも可能と云う恵まれ境遇で育った、謂わば「上級国民である町山智浩高橋ヨシキらにとって、上記のような階層に属する人間たちは、ただそれだけで「差別(しても許される)階級」でした。そして、切り株映画とは「そのような野蛮人たちは嘲笑され、差別されても仕方が無い」という理由を描いていると云うのが、町山智浩高橋ヨシキらの主張でした。

一度など『映画秘宝』が発行した切り株映画出版物が、某県において有害図書指定を受けた際には、それに対する報復行為として「某県では斯斯然然の残虐な殺人事件が起きた!だから某県の住民野蛮人!」というアジテーションを誌面で行った事もあります。このような彼らの言動は、本質的朝鮮人差別部落差別と異ならないと私個人は思います

さて話をマイケル・ムーア作品に戻しますが、『ボウリング・フォー・コロンバイン』等の作品には、全米ライフル協会ブッシュ政権米国共和党ミリシア等を批判的に取り上げる要素が有りました。しかし同時に、取材対象を少なくとも「同じ人間」「同じアメリカ人」として取り扱うという最低限の良識と理性もマイケル・ムーアには有りました。

それに対して、町山智浩ら『映画秘宝』はマイケル・ムーア作品に登場する「アメリカの非・都市部地域に暮らす人々」を指して「土人たち」呼ばわりし続けました。町山智浩高橋ヨシキらにとっては、マイケル・ムーア作品所詮切り株映画と同じく「アホでマヌケなアメリカ白人」=「被・都市部在住、非・富裕層高等教育を受けていない人間たち」を嘲笑対象として消費する格好の理由を与えてくれる、娯楽作品に過ぎなかったのです。

また『ボウリング・フォー・コロンバイン』の中では、マリリン・マンソンが「コロンバイン高校銃乱射事件を始めとする無差別銃乱射事件の頻発を引き起すような悪影響を青少年たちに与えた張本人」として槍玉に挙げられ、謂れなき糾弾を受けたという話が出てきます。その事について「君の音楽が彼らの犯行に影響を与えたという主張について、どう思うか?」とマイケル・ムーアから質問されたマリリン・マンソンが、彼自身の口で何を語ったのか。それはこの映画を観て頂くとして、少なくともマリリン・マンソンは「俺は悪くない!悪いのは他のジャンル(例えばギャングスタラップなど)だ!」とは決して言いませんでした。

それに対して『映画秘宝』はどうでしょうか。「切り株映画ファンは悪い事をしないが、美少女アニメを見るような奴らは犯罪者予備軍だからドンドンお上通報しよう!」と、他人スケープゴートにしたのでした。

マイケル・ムーアにとっては、たとえ意見思想が異なろうとも、作品取材対象である人々は「明日アメリカを共に築き上げる『同じアメリカ市民』」です。それに対して、町山智浩高橋ヨシキにとって意見思想が異なる人間とは「差別しても許される『異人』」に過ぎませんでした。

でも、ひょっとしたら、町山智浩らが心の底で考えていた事は、マイケル・ムーアにバレていたのかも知れません。そんな事を思わせるエピソードが一つ有ります

ブッシュJr.政権への批判を続けていたマイケル・ムーアが『華氏911』を製作・公開した時のことです。記者会見で、町山智浩マイケル・ムーアに次のように質問しました。

ブッシュJr.政権の座から引きずり下ろす為に、何か僕たち(=町山智浩外国人マスメディア)に出来る事は有りませんか?」

それに対するマイケル・ムーアの回答は次のようなものでした。

「有りません。これは僕たち『アメリカ人』の問題なので」

マイケル・ムーアは「アメリカ市民を『土人』呼ばわりして人間扱いしない君(=町山智浩高橋ヨシキ)のような人間に、アメリカ問題を『娯楽』として消費されたくはない」と言いたかったのではないか?この記者会見のやり取りを思い出すと私は、ついそんな想像をしてしまうのです。

恫喝DM事件が発覚した直後に『映画秘宝編集者が発した「自分たち映画を通じて『差別』や『不正』と闘う姿勢を学んできた」と云う主張は、事実とは正反対の完全な虚偽であるという事を示す話でした。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2021-03-07

憎悪クリエイターの捻り出した憎悪コンテンツ(憎悪アジテーション?)が秒で捏造だと馬脚表してるけど、

各所のコメ見てると、有害ウソつきを差し置いて嘘つきが叩こうとしたコンテンツへ何かしらひとこと言いたげなのが散見されるのがちょっと気になった。

今回は消火の方が早かったけど、こういうタイプの人の集結がもっと早かったら火付け成功!ってことだったんだろうな。

そしてこの火付けの試行はローコストローリスク何度でも繰り返せる。

おお怖い怖い。

雑誌映画秘宝』の記憶(4)

高橋ヨシキが前面に出るようになった頃から映画秘宝』は「切り株映画」を猛烈にプッシュするようになった事を先に記しました。(「切り株映画」とは「人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るようなグロテスク描写が売りのジャンル」を指す為の『映画秘宝』による造語です。しかし、こんな単語を知っていたところで何の役にも立たないので、これを読み終えられた方は忘れてもらって結構です。)

それと共に「切り株映画は『世界真実』を描いている!」と云う、何だかよく分からないアジテーションも盛んに行い始めました。切り株映画に含まれスプラッターホラー作品の事は私自身も嫌いではありませんでした(若い頃の高橋ヨシキが参加していたとされるスプラッターホラー映画情報雑誌『V-ZONE』は私も読んでいました)が、流石に「世界真実云々」と云う主張に関しては理解共感もできませんでした。また、このアジテーションと連動して「女子供から映画を取り戻せ!」というスローガンも誌面に踊るようになりました。しかし、それも変な話です。元来スプラッターも含めたホラー女性ファンが大変に多いジャンルなのに、まるでそれらが男性専用であるかのような言い草ではありませんか。

ここで私自身の若い頃の話になりますが、読書映画観賞でミステリサスペンスが人並みには好きだったこから大学入学してそこの図書館を利用できる機会を得たのを良いことに、これらのジャンルをより深く楽しめるような知識を得ると云う目的のために、書庫法医学関連の専門文献を漁って実際の事件事故記述遺体写真等に目を通しました。医学部生でもないのにそれらを漁る私は、さぞかし周囲の目には不審に感じられただろうと思います。それは兎も角、これらの情報摂取によって、一般的に「グロテスク」とされる映像描写についての耐性は、それらが苦手な他の一般人よりは私の身に付いたと思います。でもまあ、単にそれだけなのであって、別に私は「世界真実」らしきものにはアクセスできませんでした。ただ、事件事故で亡くなった方が亡くなる時に感じたであろう痛みや苦しみに思いを馳せて、何だかとても辛く悲しくなったように記憶しています。なお、そのような感情とは別の話として「生物学的・医学的な現象としての人体の破壊はこのようなプロセスを辿るものなのか。興味深い」と云う知的好奇心の充足が得られた事もまた事実です。

このような文献資料などを通じた私の経験など所詮は「借り物」ですから高橋ヨシキのような「世界真実」を見る事が可能人間の境地には、足下にも及ばないのかも知れません。

では、切り株映画ではなく現実世界仕事で「本物」と接しているような方々、例えば警察消防自衛隊医療関係者の方々の場合はどうなのでしょうか?

実は過去に『映画秘宝』的な作品が好きだという医療関係者の人に接する機会があったので、この時に『映画秘宝』の「切り株映画世界真実を描いている!」と云うノリについて、どう思うかと訊ねた事があります。さぞかし酔狂質問だと思われたことでしょうが、それでもその人は真面目に答えてくれたので、n=1のケースに過ぎない話ではありますが、ここで記憶を呼び起こしてそれを記します。

一般の人たちは、人間遺体や人体が破壊や侵襲を受ける現象に接する機会そのものが少ないから、遺体を何か『特別なモノ』として捉えてしまうような人がいても無理はない。ちょうど、映画スタンド・バイ・ミー死体探しの旅に出かけた少年たちのように。たまたま自分現在仕事選択したので、遺体にしても未だ生きている人体にしても一般の人の目から見て『グロテスク状態』とされる対象に接する機会と経験は多い。しかし結局のところ、自分仕事職業暮らし・日々の営みの一部なので、何も特別な事は無い。もしも貴方医療なり警察なりの職業に進んでいたとしたら、その時はおそらく貴方も私と同じように慣れて、貴方の『生活の一部』になっていたと思う。私個人が、その『世界真実』とやらに目覚めたという経験は私には無い」

ねこのような言葉だったと思います。要するに、最初は「非日常的」と思えた物事でも「日常化するプロセス」を経て受容する事で徐々に「普通物事」になっていくということなのでしょう。

上の対話を今を思い返して、ふと私は次のような譬え話を私なりに思いつきました。

異性の裸と性器セックス存在ぼんやりと知った子供は『この世界には何だかスゴイ事が有るらしいぞ!』と、未知の存在であるそれらへの期待が膨らみ、必要以上に興奮してしまものです。しかし、大人になって恋人が出来るなり夫婦になるなりすれば、異性の裸や性器セックスだって単なる日常生活の一コマになります。謂わば「切り株映画を見ることで世界真実を見た!」と吹き上がっている高橋ヨシキの姿は、異性の裸や性器を見た事もセックス経験も無い子供が、雑木林で拾ったエロ本を見てしまって『スゴイ!ボクは同級生が知らない世界真実を見た!』と興奮しているのに似ているのかもしれません。

また、私が思うに「日常化のプロセス」が機能するのは単純に「慣れ」だけが理由なのではなく、受容する対象を「人間扱い」することも理由の一つとして有るのはないでしょうか。上記の譬え話に則して私自身を省みると、若くて未熟で性体験が無くて性的欲求悶々としていた頃の私は、アダルトコンテンツ女性の裸体や性的行為が出ているのを見ると、只それだけで、たとえそれがレイプ描写などであっても性的に興奮していました。今となってはお恥ずかしい限りです。しかし、現実女性との交遊や結婚を経て「人間としての女性」に接するようになると、そのような描写では「人間としての女性が感じる苦痛」を思い浮かべて悲しく辛くなってしまうので、私は性的に興奮はできなくなりました。愛の営みには、やはり愛が必要なのです。

スプラッターホラー映画を含む切り株ジャンルも、決して全面的に嫌いになったという訳ではない(それが証拠に今は『チェンソーマン』にハマっています)のですが、現実悲惨殺人事件事故知識人生経験を得た為なのか、これもまた若い頃のような熱狂でのめり込んで楽しむ事は減ったような気がします。

雑誌映画秘宝』が「女子供から映画を取り戻す!」を合言葉に「男のための映画雑誌」を標榜して、雑誌内部における「ホモソーシャルな結束」が最優先されて「女性蔑視な言動」が内部で野放しにされていたことと、高橋ヨシキが前面に出て「切り株映画は『世界真実』を描いている!」というアピールをし続けてきた(することができた)こととの間には、何らかの関連性が有るように私には思えます

町山智浩の機嫌を取るために、己の身近にいる女性尊厳簡単蔑ろにした高橋ヨシキ(※その詳細を知りたい人は、吉田豪による町山智浩インタビューを読んでみて下さい)にとって、彼の主張する「切り株映画が描く『世界真実』」とやらの『世界』の中には「女性を含めた『他者』」が存在する余地は無かったのではないでしょうか。また、彼の言う『真実』も所詮自分本位、男性本位のものに過ぎなかったのではないでしょうか。

かつてのモンド映画が「深刻な問題について啓蒙の契機となるために」という口実の下に残酷映像を垂れ流し、日本を含めた「先進国」とされる地域で暮らす観客たちがそれを「外国で起きた他人事」として消費して楽しんでいた事はよく知られています。近年の町山智浩高橋ヨシキらが垂れ流していたポリコレ的な言動も、モンド映画のオープニングとエンディング申し訳程度に付け足されていた「社会を憂うポーズ」の粗悪なパロディに過ぎません。萌えコンテンツを叩いたりポリコレ的な言動に勤しんだりすることで「女性の味方」であるかのように盛んにアピールしていましたが、彼らの心の中で「女性の苦しみ」は、モンド映画の観客が残酷映像を楽しむのと同じく「他人事」に過ぎなかったのです。その「他人事感覚の露見したのが、先日発覚した真夜中のパワハラ事件です。

しかし、仮にパロディとはいえ正義喧伝する行為」によって己と意見が異なる人間を盛んに責めて追い詰めてきたのは、外ならぬ町山智浩高橋ヨシキ自身なのですから、今こそ彼らは報いを受けるべきでしょう。『映画秘宝』の信者である功夫やBazilらも言っているではありませんか。「他人を盛んに責める人間たちは、自分たちはそんなに上等な人間なのか?だったら手本を見せろ」と。彼らに手本を見せてやって下さい。

町山智浩高橋ヨシキらのような人間たちが追放された『映画秘宝』が、今後は幼稚な性欲を野放しにするようなホモソーシャル的な雰囲気偽善から脱却して、良い方向に変われば良いですね。少なくとも「切り株映画男性のもの」と言わんばかりの愚かな主張が無くなると幸いです。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2021-02-01

anond:20210201064401

無料動画なんて一方的アジテーションばかりからあんな物みないほうが正解だぞ。

あんもの政治学んだらあかん。まともなやつはもう相手にしてないだろ。

2021-01-29

アジテーション” ”ブリテーション”

1 件 (0.27 秒)

愛の説教部屋507(世界五大おいしいものシリーズ)( ゚д゚) - 5ch勢い ...

5ch-ranking.com › cacheview › newsplus

的な事を言ってたじゃん. 199 : 名無しさん@13周年. 2013/11/30(土) 04:11:40. アジテーション サバテーション ブリテーション サケテーション タラテーション.

2021-01-13

anond:20210113045733

こういう理不尽被害存在社会にうったえかけたり、不可抗力に巻き込まれた後にどう生きるべきかっていうのは、

わりとフィクションの力が大きかったと思うんだけど、今回の新型コロナのような被害はこれまであまりパニック映画やディザスターSFで描かれてこなかった。

過去のそういったフィクションでは比較短期間で平穏が戻ったりとか、悲劇を描くにしても大切な人を亡くし残された人の心情を描くのが定番だった。

現実ぬるま湯のような災害が1年以上も続き、身近な人を失った悲しみも多いものの、

それよりも自分人生の大切な時間が何もしないままジリジリと削られていっていつ終わるかも見えないという恐怖が大きい。

若いとき重要時間を奪われて人生が狂ってしま悲劇は、ベトナム戦争兵役テーマにしていろいろと作品がつくられたが、

災害によって人生イベントが起きるはずだった時間を奪われるという描き方は見たことがないように思う。

ここまで元の増田関係ない話ばかりで申し訳ない。過去にあまり想定されていないタイプ悲劇ということを言いたかった。

特に人生方向性を決めるくらいの若い世代にとって尋常じゃないほど理不尽不公平事態なのは間違いなくて、

災害をなかったことにする力は誰にもないけれど、増田のように当事者が声を上げることで共感は集まるし、

同じように困っていて道を模索している人の参考にもなる。そういう人たちを支援しようという人たちもあらわれるはず。

文章でも映像でもアジテーションでもフィクションでもなんでもいいから声を上げて表現していくしかない。

2020-11-18

ゲームの中にも

政治を持ち込む奴がいるんだね

トランプが負ければ、日本中国支配される

バイデン票は不正投票

アジテーションを繰り返してる奴がいる

まあ、オンラインゲーム民度なんてTwitter以下だからしょうがないけど

こういうアホに何か言ってこっちまで火の粉が飛んできたらイヤだから無視してるけどどうにかならんのかね

ていうかやるならリアルでやりゃあ良いじゃんって思うんだけど

2020-10-11

anond:20201011052039

そりゃ学者必要であれば政権に耳の痛いことを言うもの。無論その耳の痛いことが誤りであることもあり、その場合政権は「いや、正しいんだ」と突き進むことも必要からな。

結果的政権運営が失敗であれば、知識人批判してくる。知識人批判が気に食わないと政権虐殺に走る。

更に「あいつらが敵であり、アイツラを潰せば幸せになる!」というアジテーション国民の目くらましに有効から

ナチスドイツといい、文化大革命といい、クメール・ルージュといい。

もともと小泉からの「あいつらが敵であり、あいつら(中国韓国北朝鮮)を潰せば幸せになる」という流れに加えて、新自由主義改革が本格的に何も生み出さないどころか長期不景気産業低迷で失敗に終わりつつある末期だからな。

で、その「コイツラを潰したら幸せになる」という敵に学術界が認定されつつあるんだろう。

また新自由主義は売上がすぐに見えない金を出すのを非常に嫌う。だがそれはすぐに産業化が見えない多くの学術のものが「すぐに売上が見えない金」だからという面もある。

2020-10-02

ネット議論の質の向上、場作り・進行について

白熱レスバトル教室

日本人議論が苦手だ、とは長年言われてきた。実際どうだかは知らない。比べるほど世界を知らないかである日本では西欧に比べて議論が好まれない、と主張する文化論がある。これは実体験として概ね正しいと思える。実際にそうかはわからないが。

ともかく日本人議論もしないし苦手と言われているにも関わらず、ネット上では議論が盛んだ。ネット上で議論するようなレスオタク野郎にはリアルの居場所がないからかもしれない、が、ともかく日本人ネットでは活発に議論している様が観察できるのである

議論破綻

しかし、ここで憂慮すべき事態は、ネット上の議論ほとんど噛み合わないということである。例えばTwitter、例えば増田、5ちゃんでもYouTubeコメント欄でもいい、少しページをめくれば簡単議論ダイアログは見つかるが、見つかるものはどれも頭が痛くなるような破綻した議論である。このような破綻した議論の多くが

論点がはっきりしない、ずれている

・主張の根拠が示されていない

主観客観区別がない

複数の論がある場合反論しにくいものスルーされる

相手発言を認めない

・最終的に相手批判して終わる

のような特徴を持つ。多くの場合人がネット議論を始める動機

相手矛盾をつきたい

自分正当性を示したい

というものではないかと思う。その欲求に従って議論すると上記のような実のない議論になりやすいのだろう。また、テキストによる議論では相手の反応が窺えないためすれ違いが生じやすいと言うのも理由の一つだろう。更に、インターネットには知識の量・方向性が異なる様々なか人間がおり、背景知識の共有がなされていないというのも大きな問題の一つである

議論の場を作ること

りある議論を行うにあたって重要なことの一つが議論の場を作ることだ。議論目的を設定し、事前配布資料を用意し、進行をおき、書記をおき、発表者をおき、聴衆をおく。各々の役割分担をはっきりさせ、進行役に従って議論を続けることが望ましいだろう。

石川氏vs青識氏

インターネット上で果てしない議論を生んだ案件の一つに石川優実氏発端のkutooがある。

ジェンダーという誰にでも参加しやす議論

差別というセンセーショナル話題

・本人からレスポンスが貰いやす

と、レスバトルを発展させやすい格好の材料だったと認識している。この案件の特徴的な点は「進行役を設定してルールを決めて討論会」を開いた点である。発達バズりアカウント借金玉氏主導で、彼の友人でありネット論客自称するアカウントせいしきあろん氏(変換がめんどくさい)と石川氏がプレゼンテーターとして聴衆を招いての討論会を行った。これは今までのネット議論ではなかった画期的な試みである自分はこれに大変期待した。現地には赴かなかったものの、有志のメモツイート殆どに目を通した。

特に最終的にアジテーションに終わったと言う点から(また他の様々な理由で)この討論会には失望しかなかったが、それはともかくとして、あの討論を開こうとしたこと自体は素晴らしい行為だったと思う。最近では、ネットレスバトルをしていたもの同士がツイキャスで公開討論を行うこともあり、レスバトルに時代の風を感じる今日この頃である

ネット議論の場の現状

ネット上の議論ホットスポットといえばTwitterだろう。Twitter議論の場としては最悪である

話者にとって

・140字という制限

・横やりが入りやす

・ツリー分化議論が散漫になりやす

聴衆にとって

発言を追いにくい

・後から見返すことが難しい

という絶大なデメリットを抱えている。また、基本的議論は2者の間でしか行えない。グループ議論すること(討論)は出来ないのである。これは大きな制約である

ネット議論の場作り

インターネットで質の高いレスバトルを繰り広げるための案を考えてみた。

①進行役を設定すること

②議題を絞ること

議論目的を設定すること

議事録をつけること

⑤外部ツールを用いること

である。無論こんなに意識の高い議論などなかなか成立させられるものではないだろう。だが、少しずつなら可能だろう。クソリプがついたらすかさず「②〇〇についてわたしはこう、あなたはそう思うんですね。③あなた意見理解したいのでもう少し話してもらえませんか?××についてはどうお考えでしょうか?」と畳み掛け、議論の場に引き摺り出すのである。④はTogetterなどによって実現可能だ。①については難しいが、ツイキャス討論会を開くのと同じ程度の労力だろう。

先ほどからリプが続いておりますがこのままでは水掛け論です。進行役に@unchiburivurigogogoさんを招いて議論しましょう

とかなんとか書けば済む話である

⑤は、Twitterよりも議論に向いたSNSレスバすることだが彼に関しては適切なものを見つけられていない。Wikipedia議論のページのようにテキストでの議論のために設計されたもの必要だ。さらに、匿名アカウント開設が簡単スマホで見やすいことが最低条件だろう。さらにそこに、議長AIなどがいれば完璧である。例えるなら白熱教室マイケルサンディルのように(例えが適切か自信がないが)、話者発言趣旨を汲み出しながら議論を進めるAIがそのうちきっといつか開発される筈だ。

さいごに

ここまで書いていて思ったが、wikiの討論ページならオープンソースで誰でも開設できるじゃないか少子化、働き方、移民表現の自由、とか、その辺のセンセーショナル話題掲示板感覚ひとつ開いてみれば良いのかもしれない。

2020-09-22

いい加減有名なフェミニスト偏差値概念を導入した方がいい

https://anond.hatelabo.jp/20200921165747

↑での批判はまっとうだと思います

しかしこの指摘はやっても無駄です。指摘されてる内容は全部低偏差値フェミニストたちによるものです。

偏差値層のフェミニストは、人の批判を受ける知能を持っていません。会話が通じる人間だと思っても意味がないのです。






フェミニズムは「バッドフェミニスト教養や最低限の勉強すらしていない、ただフェミニズムにきょうみがあるだけの人であってもフェミニストを名乗ってよいのだ、むしろそういう人たちこそがフェミニストを支えるのだ」というスローガンで低偏差値思考能力カス女性をどんどんフェミニズム勧誘し続けたという過去の経緯を持っています

また「レイシストでないならフェミニストであるフェミニストでないならレイシストである」というような韓国や一部欧米セレブ流行ったむちゃくちゃな理論を用いて、フェミニストであることの敷居を徹底的に下げようとしたこともありますtogetterでなんどかそういうものを見かけた人もいるでしょう。いうなれば、大学全入時代ならぬフェミニスト全入時代というのがここ十年以上続いていたのです。そして、それは一定時期はフェミニズム勢力を拡大させるのにとても役に立ちました。







しかし、その結果何が起きたかというと、フェミニズムの平均が偏差値Fランのアジテーションけがうまい人たちに移行し今まで主流だった人は影響力をもつことができなくなり、何も思考しない、他人を殴れればなんでもよいという暴力主義者たち主導権を奪われ、集団としては制御不能暴徒化したのです。 

これはBLMについても同じ現象がおきていますキリスト教殺戮者の歴史であるように、本来のあり方が崇高であってもその教義のもとに集う人たちが優れた人間ではないというのは我々は歴史から学んでいるはずです。フェミニズムもBLMも、総体として素晴らしかったとしても構成員がだめならその活動は腐るのです。BLMは目に見える形で暴徒化した制御不能集団一般市民を襲う事例まで発生したのにそういった暴徒による暴力すら批判することができないというおかしな状況になっています







受け入れ口を広く持つことは別に悪いことではありません。ただ、そういう取り組みをしていいのは、受け入れた後はきちんと統率したり教育したりができなければいけないでしょう。

それができなかったありとあらゆる歴史的反乱は、一時的勝利を収めても崩壊していったのです。 

今日本で暴れているフェミニズトたちの群れは、秦帝国に反逆した農民反乱のような無秩序集団となっており、時々勢いよく吹き上がりこそすれどこちらもあまりガラのよろしくないアンチフェミ集団によって各個撃破されるくらいに弱体化しています。 その結果反撃してこない企業への攻撃などにシフトしているのですが、これもいまいち勢いがなくなっています。 最近はTERF問題をめぐって内ゲバも発生しており、放っておいても内部崩壊しそうな勢いです。元々フェミニズムは当初から内部での対立が激しいんですけどね。一人一派とか言ってるのはフェミニズム勉強したことない人たちだけでしょう。





今の日本においてフェミニストブランド価値は底まで堕ちきっています

考えてみてほしいのですがたとえばFラン大卒ニート男性社会問題について偉そうに語っていたり、会社経営について上から目線コメントしていたら誰一人共感などしてもらえないしバカにされて終わるだけでしょう? ところがフェミニズム世界ではまさにこういう無学で浅慮な人たちのお気持ち表明が、お気持ちであるゆえに支持され拡散され、まるでこれがフェミニストたちの総意であるかのように影響力を持ってしまうわけです。こんな情けない話がありますか?私からしたらあれらの活動は「全然からない。私たちFランニートお気持ちに従って雰囲気組織運営している」ってプラカードを背負いながら街中を歩いているようなものです。そんなのはただの羞恥プレイじゃないでしょうか。

私は大学フェミニズム勉強しましたが、フェミニストを名乗ることに抵抗を感じずにはおれません。フェミニズムを名乗るのであればなおさら質の悪いフェミニストたちを批判すべきなのにそれも許されないような空気フェミニストを名乗ってもフェミニストであることに誇りを持てません。 スラムダンクで「お前と一緒にバスケやるの息苦しいよ」という言葉がありましたがまさにそのような心境です。






こういう状況は終わりにしたいです。

全員がそうすべきだとは思いませんが、Twiterで5000以上のいいねを得ているようなフェミニストたちの発言については、それぞれのフェミニストさんたちに偏差値概念を求めたいです。それがどの程度フェミニズム文脈において妥当性を持っているのかをきちんと判定してほしいです。もうそのくらいしないと、日本フェミニズムFラン下から目線によるひがみだとか、もっとひどいものになると鎮圧すべき暴徒程度にしか認識されないでしょう。

2020-05-31

anond:20200531201059

黒人でも2m超えるような体躯に恵まれ運動神経がすごいやつとか

大衆扇動に長けたアジテーション音楽に才能あるやつには変な考え起こさせないようにしこたま$を与えて$体制側に取り込むんや

アメ公サマの資本主義社会システムはよう出来とる

鼻クソみたいな小銭で国に従ってくれるんだから安いもんやで

2020-05-18

anond:20200518092240

紋切り型アジテーションによって聴衆に考える時間を与えずに付和雷同的に群衆を動員するのが左翼の基本戦術。

知り合いか拡散依頼のツイートが来たからといって脊髄反射的にリツイートするような思慮の浅い奴らは、たとえ革命が起こったとしても、いい目を見させてもらえるわけがない。騒動に紛れて略奪行為を行うのがせいぜい。

よくわからないことはわかるまで手を出さないというのは非常に理性的な行動。

活動家扇動に乗ったらバカをみる。

2020-05-17

この数か月で左派に対しての失望がひどい

政権については褒められたところがないのは事実であるが、それと同じくらい左派に幻滅している

語弊はあるが普通に民意を捉えていれば加点しかされない絶好のタイミングが目の前にあったにも関わらず、支持率を大幅にマイナスどころか一般層と相いれない本性を垣間見せるクソムーブ

批判自体は正しいよ、ただ批判目的になってることが明確になってしまった

有事に明確なビジョン戦略すら打ち出せないのでは結局現政権と同じ穴の狢だ

こと新聞社については嬉々としてアジテーションを繰り返して世論を混乱させることに力を注ぎすぎた

個々人に関してはもっとひどく、あそこまでねじ曲がった人が多いとは思わなかった

政府に強権を求めるのはまだ道理としてわかるが、

自分たち世界しか見えてない、自分たちの水準でしか物事を考えられないことに失望した

端的に言えば彼らが示す意見にはなんというか「幸福」なビジョンがない

政権や支持者にもそれがあるとは言えないが

自由とは程遠い風紀委員的な性格があまりに強すぎる

何をしても減点でどうすればよくなるかの提示がなされないし、されても大局的な視点がかけたポジショントーク

そもそも原理原則論ばかりでハイコンテクストユーモアやわかりやすく訴求する気がまるでないからお仲間にしか届かない

頼むからもっとそこらへんにいる普通の人々を見つめてほしい

2020-03-25

anond:20200325203603

「悪意をもって炎上させる人」ってあんまいないんすよ

たまに面白がって加担する人がいるんだけど、善意大衆に負けて、見てて可哀想なくらい失速する

(だからアジテーションは専門技術なんだと思うんだけども)

真実を明らかにしようとする(素人の)大衆、皆を嘘から守ろうとする(素人の)正義の味方、そんなようなものによって炎上は続く

2019-11-22

[]2019年11月21日木曜日増田

時間記事文字数文字数平均文字数中央値
00596706113.747
0162436770.426.5
02485077105.838.5
03111537139.791
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08104820778.930.5
09148981066.345
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1111511810102.739
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1492918199.835
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2311315855140.339
1日225321240894.336

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クリスマスソング(7), ベルマーク(15), 中森明夫(5), 給湯(12), マイクロビキニ(3), オラウータン(3), ネットウォッチ(3), dokuninjin(3), 主君(3), ねぎらう(3), アジテーション(3), ビジネスクラス(3), 桜を見る会(11), 破棄(14), 自我(9), ピザ(9), TL(9), 土俵(6), 偽(6), マニュアル(8), 磨い(5), 保護者(6), 新作(9), アベ(9), 魂(8), パック(7), マクドナルド(6), RPG(6), 役員(6), 転生(10), 飼っ(7), ポジティブ(7), 野党(24), ガイジ(12), 猫(29), 専業主婦(12), フェミニズム(14), 安倍(17), 低能先生(9), 社内(9), 寿司(12), フェミニスト(22)

頻出トラックバック先 ()内の数字は被トラックバック件数

PTAのせいで仕事クビになるから金銭補償して! /20191120220832(27), ■ /20191121080807(21), ■ハーレム漫画ヒロイン自我に目覚める話 /20191121113325(15), ■死後の世界ってあると思う? /20191121123445(12), ■トイレでの歯磨き抵抗がある /20191121141017(11), ■不登校引きこもり /20191120202536(11), ■炎上したことがある人に気持ちの切り替え方を聞きたい /20191120204326(10), ■以前過激だったけど角が取れて丸くなった人 /20191121150722(10), ■性の癖の振れ幅が最近ひどい /20191121002744(9), ■今のコンテンツ作りって時間かかりすぎじゃね? /20191121135013(9), ■会社パワハラしてくる社員のインスタ見つけて息子の学校まで特定した /20191120204829(8), ■昔の漫画って軽いノリで主人公犯罪に手を染めまくってたよね /20191120185410(7), ■無職のうちにできること /20191120210035(7), ■かつ丼スプーンで食べたい /20191120212031(7), ■キムタクってこんなだっけ? /20191121124735(7), ■anond20191121141017 /20191121145515(7), ■【ゆる募】 パスタソースパスタ以外の使い道 /20191121154758(7), ■上には上がいる /20191121125409(6), (タイトル不明) /20191121142548(6), ■ネット情報だけじゃもったいないものは何? /20191121181127(6)

増田合計ブックマーク数 ()内の数字は1日の増減

6801882(3759)

2019-11-21

なぜ青識亜論は #これフェミアジテーションしたのか 補足

anond:20191121224532

補足

1. 論点①~③とは何か?

議事録と突き合わせると番号が合っておらず混乱するが、以下の②~④が論点①~③に相当するようだ。

自己紹介17:00~17:05)

②靴と#MeToo、そして#KuTooへ(17:05~17:50)

表現差別ハラスメント17:50~18:35)

④これからの「フェミニズム」(18:45~19:20

⑤まとめ(19:20~19:30)



2. 「それ、正解」発言はいつされたか

これは議事録にある「表現差別ハラスメント」「反論:青識」パートの以下の箇所のことのようだ。

石川さん:お互いの気持ち考慮されないと

→青識さん:正解。落としどころを探すようになるのだと思う。フェミニズム友達たくさんよんでオタク議論すればいい。

石川さん:でも前提を考えてほしい。女性被害を受けてきたのを知ってて宇崎ちゃんを使うか?わざわざ胸を強調した人を使うか?



3. 「まずはここに来た石川さん拍手を」を発言はいつされたか

これは議事録にない。


上記の実況ツイートとその前後を参考にすると「表現差別ハラスメント」「後攻:石川パートの以下の付近のようだ。

・モノ化とは?

→よくわかる「感覚であるが、言語化が難しい。

気持ちあるかないか

→「お気持ち」と揶揄するのがモノ化、人間なのでお気持ちがあって当たり前なのに

→(宇崎ちゃんポスターについて)公共の場広告として扱われることは女性という現状での被差別属性への配慮不足ではないのか?


4. 飲み会石川優実死ぬほど怒られたのか?

以下の件、関係者ほとんど明かさないので現状では根拠の怪しい噂レベルになってしまっている。


本件に関しては、以下の質問ツイートに対して、運営スタッフ託也@映画さんが「②について、どちらかというと怒られていたのは僕です」のように返信していたように記憶している。貴重な証言であったが現在は鍵アカになってしま自分確認できない。

なぜ青識亜論は #これフェミアジテーションしたのか

はじめに

2019年11月16日に開催された「これからフェミニズムについて考える白熱討論会 石川優実VS青識亜論」(これフェミ)のくすぶりがいまだに落ち着かない。討論内容としては青識亜論の方がしっかりとしていたようだがとにかく無駄に感じ悪いせいもあって、イベント後になって石川優実が謎の被害者ムーブをしている。いまとなってしまえば、青識亜論の煽りアジテーションさえなければ状況も大分違っていたように思うので大変残念である

自分イベントには参加していないただの外野なので、以下のエントリーやいくつかのツイートをもとに、青識亜論はなぜアジってしまったのかを読み解いてみる。(このイベントに参加された方しかからないこともあるので、間違いがあればご指摘ください)

みやもと八朔)氏の非公式議事録(以下「議事録」)

議事録感想】これからフェミニズムについて考える白熱討論会に行ってきた https://note.mu/haruki839/n/n59830d64491b

司会 九月 小保内太紀氏の感想

青識vs石川イベント 感想殴り書き https://note.mu/noteobonai/n/n87e7c9ac557d

考察

単に討論に勝ちたかったのか?

ネット上の意見としては、元来の煽り体質や、マウントをとって討論に勝とうとした、という見方が多い。だが、自分としてはそれだけではないように感じた。勝つためならば最初からやってもおかしくない。

ここでの論点①~③は後述「補足1」参照


イベント企画者としての思い

青識は、普段からツイッターなどで物議をかもす言動をしていていろいろと信頼されていないところがあるが、今回自分企画たこイベントについては最初から最後までイベント成功を目指し、来場者の満足感を第一に考えていたように見える。準備段階では、一方的な吊るし上げショーにならないように細心の注意をしていたようだ。


以下の討論会後記からもやり込めるのではなく、彼なりに対話大事にしたかった思いが伝わってくる。ただ想定する対話スタイルがあまりにも違いすぎたのは不幸だった。

討論会後記:それでもなお、寛容と対話を(青識亜論) https://dokuninjin7.hatenadiary.jp/entry/2019/11/19/201706


いつ煽ったのか、そしてそれはなぜか?

「それ、正解」「まずはここに来た石川さんに拍手を」がどういう文脈でどういうニュアンス発言されたかについては、議事録からは読み取りにくい。(後述「補足2、3」)

とはいえ、これはあまり弁護の余地はなく、普通に煽りというかナチュラルに超絶上から目線がでちゃったのかなとは思う。

登壇中、石川の話を遮って発言したのは、質問意図が伝わってなかったり、言葉足らずの説明を(その瞬間だけ進行役となって)補うつもりだったのだと思う。しかしそれは討論相手がやるのは逆効果で感じの悪い行為だったようだ。


いつアジったのか、そしてそれはなぜか?

前述の青識のツイートにあるように、論点③「これからの「フェミニズム」」で強めにアジテーションをしたようだ。議事録文字で読むと声量や抑揚が伝わらないためそれほどアジっているように見えない。込められた意味をていねいにひもとくと、以下のようなことが言いたかった(言えばよかった)のではないかと思う。

・我々オタクも傷つけられたら世間に対して怒っていい

フェミの人たちだって最初は小さな声だったが、勇気を出して #MeToo で大きな力となった。

・これを見習って我々も立ち上がって行こう

そしてこれが、多くの来場者へ勇気を与える、このイベントからの最大のメッセージとしたかったのではないだろうか。


だが、そうはならなかった。伝え方とその時点までに醸成させた空気で、会場のみんな一丸となって石川糾弾しよう、フェミに反撃しよう、というアジテーションに見えてしまった。大変残念なことである

補足

長くなって制限を超えたので補足は別エントリーにした

anond:20191121224634

オタク」が再び蔑称になったのはクールジャパンの嘘がバレたか

2000年代の一時期に「オタク」がポジティブ意味を持てたのは、岡田斗司夫による情報戦の成果で、海外ではオタク向けアニメが注目を集めている、日本コンテンツ海外に輸出できるのはオタク向けアニメだ、とアジテーションしてそれが成功たから。

ジョージ・ルーカスジェームズ・キャメロンオタク向けアニメを参考にしていて、ハリウッドにパクられているという話がまことしやかに語られた。

しかし、蓋を開けてみれば、オタク向けアニメ世界を席巻することはなく、ポケモンNARUTOなどの子ども向けアニメが売れるくらいで、オタク向けアニメは不発に終わった。

海外では尊敬されていると出羽守してデカい顔していたオタクたちは、その根拠を失ったので、また再び「気持ち悪い」と一方的攻撃される存在になってしまった。「気持ち悪い」と言われて世間反論する材料がなくなってしまったのだから。そして、「表現の自由」という最後の砦にすがるしかないほど後退してしまったのである

まり、「オタク」がポジティブになり得ていたのは、情報の不均等を利用して「なんかすごいらしい」という噂を流せたからで、それが崩れて「オタク」という言葉には何の効力もなくなり、再び「一般人には理解されない趣味」に戻ってしまったのだ。

そこからわかるのは、オタクがやるべきことはフェミとの内戦ではなくて、ほんとうにヒットするオタク向けアニメを作ることなである

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