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2019-09-16

故郷を思い出したので自分語りしてみる。

ふと生まれ育った町の情景を夢で見て、多少思うところがあったので気持ちを書き留めようと思う。

静かな入り江からさな漁船が海の彼方へ消えゆくような、そんな夢だった。

最近よく見かける「田舎で非知識階層に囲まれて育ったけど、地元に馴染めずなんだかんだで都会に出てきて過去ホームタウンを思い返すたびに多少絶望する」という散文的な自分語りであることを先に断っておく。

ただの個人経験であり、エスノグラフィのようなものだと思って読んでもらえれば嬉しい。

この日記結論はこうだ。

かに東京人間想像することも出来ないような社会」が日本のどこかには必ずあって、学ばないことが規範と化して社会再生産されているということ。

自分東海地方の海沿いの寂れた漁師町に生まれた。

名古屋まで電車で1時間半以上、文化的施設といえば聞いたことのない演歌歌手がたまに来る小さな市民ホールと、小さな本屋が2軒あった。

2軒の本屋万引き被害額が大きすぎて自分が町を出た後に潰れた(跡地はセレモニーホールという名の葬式場になった)。

1時間に一本しか電車のこない駅から伸びるメーンストリートで今でも開いている店は、年金暮らし年寄り趣味でやっている畳屋と宝くじしか無かった。

街中でスーツ姿の人は見たことがほとんどなかったし、そもそも人が出歩いている記憶すらない。

家族母親と母方の祖母のみ。

高卒で一度も町からたことのない母親は、漁師相手にする場末スナックで働いて自分を育てた。

同じ町で漁師をしていた父親フィリピンパブ出会ったフィリピーナに入れ込んで、小学2年生くらいの頃に母親離婚した。

それより前には「キミの父親不倫をしているんだ」と小学校の同級生母親から聞かされた。

相手は近所に住んでいた太ったおばさんだったので、あんデブとなぜだろうとその時は疑問に思ったけどすぐに忘れた。

最後父親と会ったのは、父親が家を出て半年後くらいに小遣いをやるからと呼び出された紫煙で視界の悪い雀荘だったと記憶している。

その後は行方不明で、風の噂では今はマニラに住んでいるらしい。

こんな家庭環境は、東京自分が属するコミュニティでは聞かない。

なぜそんなことにわざわざ触れたかというと、自分の家庭は何も特別ではなく、周囲を見渡せば程度の差はあれどどこもそんなものだったから。

親が大卒同級生なんてクラスに1割も居たかという感じだったし、自分が通った地元中学校には200人くらい同級生が居たがそのうち大学に進んだのは20人くらい。

自分博士まで進んだが、マスターレベルですら聞いたことがない。

あとで詳しく触れるが、そもそも勉強をするとか考えること自体忌避するという一貫したスタイルがあらゆる局面通底していた。

さて、シングルマザーの家庭はクラスに3割は居たし、両親が揃っていても母親父親違いの兄弟姉妹が居るなんて話も珍しくない。

世代職業漁業水産加工町工場自動車修理で、小中学校教諭公務員の子息は格の違いを醸し出すスーパーエリートの家庭扱いだったし、家も小綺麗だった。

スーパーエリート以外は、トタンの壁が海風茶色く錆びて、汲み取り式のトイレから伸びる煙突の先がクルクル風で回っている文化住宅か、古民家カフェを思いきりボロボロにしたような都内なら廃屋だと思われるような家に住んでいた。

町工場に勤めている人たちで指が無くなったなんて話もよく聞いたし、どこそこの家が生活保護受給とかという話もよく聞いた。

クラスメートが学校を翌日休む理由が、その前に起こした暴力事件家裁に呼び出されているからとかもよくある話だった。

そんな彼らが余暇にすることといえば、スナックフィリピンパブギャンブルセックスくらいしか聞いた限り思いつかない。

かに、成人した兄がいる同級生の家に遊びに行った時には、真昼間から居間同級生の兄と派手な格好をした若い女性がセックスをしていたし、パチンコ屋には毎朝人が並んでいた。

ギャンブルパチンコ電話投票する競馬が主流だったが、甲子園の季節になると地元暴力団が元締めをする高校野球賭博流行っていた。

暴力団偽ブランド品も売りさばいていて、軽自動車スウェット姿だけど鞄は高級ブランド(偽物)という出で立ちの女性をよく見かけたものである

まぁこんな感じでつらつらと思いつくまま挙げてみたが、自分身の回りで溢れていたのは、キーワードでいえば貧困、性、暴力ギャンブルだった。

そもそも大人たちがそんなスタイルだったので、子供達も似たような社会フラクタル図形のように構成していた。

小学校の頃には駄菓子屋コンビニでの万引きが横行していて、後に刑務所に入るような子供たちはその時代からすでに盗んだタバコを吸って、やっぱり盗んだバイクに乗っていた。

暴走族(ゾク)に入って大人たちを殴ったり大怪我するほどのゾク同士の喧嘩をする中学生たちが小学生のヒーローで、ゲリ便が出る時のような音を撒き散らすバイクに皆憧れていた。

そんな時に暴力的な彼らは、異質な存在排除することが大好きで、異質とみなされた同級生は徹底的に排除された。

小学6年生のとき教室に入ったらメガネをかけている子が素っ裸で椅子に縛り付けられて頭にバケツを被らされていた。

メガネは弱いもの象徴で、勉強議論をするような人間排除対象だった。

文革かって感じ。

反対に、野球が上手いか、足が早いかケンカが強ければヒエラルキーの上部に君臨できる。

動物的に強弱を判別できることがそのままヒエラルキーの源となっていたし、意思合意感情とその時の雰囲気で決まっていた。

そして中学生になると、今度は成績が良い人が排除対象となる。

真夏に水を飲まずに走りこんで泣きながら試合に負ける部活に打ち込むことがすべてに勝り、もしくは非行に走ることがある種の中学生らしさであるというコンセンサスを伴って正当化されていた。

授業中には廊下自転車が走り、思い出した頃に校庭に暴走族野良犬があらわれる。

トイレにはタバコの吸い殻が落ちているし、たまに窓ガラスは割られていた。

教師はたまに殴られたり、殴り返したり、車を壊されたりしていた。

一方で登校している生徒にとっては、校則フーコーパノプティコンも真っ青な規律自動化させるもので、髪型男子坊主女子は肩まで。

他にも細かい校則がたくさんあって、破れば容赦無く教員から殴られる世界だったし、皆が一緒であることを望んでいたので、逸脱すれば容赦無く告げ口されていた。

校則を破らなくても、目立てば排除対象になりうるので、いつしか自分も誰かが見張っていると意識して、いかに溶け込むかを重視するようになっていた。

そして積極的に学んだり考えることが嘲笑対象であったので、そこでもやはりセックスしたことがあるかとか、バイク知識があるかとか、そういう分かりやす尺度ヒエラルキー構成されていた。

授業中に教師から指名されて小難しい答えを言ったり、発音記号通りに英単語発音しようものなら3日は真似をされてイジられるのは御多分に洩れず自分地元も同じだった。

テスト期間は早く帰れるので皆喜んで下校後に遊ぶレベル勉強に対する姿勢で、将来は男子工業高校女子商業高校に通ってそのあとのことは何も考えないのが一般的だった。

ここまでは自分ライブで触れた15歳くらいまでの環境の話で、せいぜい15年くらい前の話だ。

はっきり言えば、そのような環境はまっぴら御免だし、そんなところで自分の子供を育てたくはない。

ただ、地元の話は中々難しい問題はらんでいる。

ここからは冒頭に述べた「社会再生産」について触れたい。

さて、経緯は知らないが、自分幼稚園の頃にIQテストを受けた。

そのあとに、あなたの息子は知能指数が高いから相応の教育を受けさせてあげてくださいと園長先生から母親コメントをもらったらしい。

大学のことすらよく知らない専門学校卒の母親だったが、自分都内海外の全寮制の学校小学生のうちから預けようとした。

だが、当時の自分はこともあろうに泣き叫んで拒み、結局は地元に残ることを選んだ。

当時のことはよく覚えていて、理由友達と離れたくなかったから。

その時に知りうる限りの世界を取り上げられることに対する極端な不安が何よりも勝っていて、母親は息子の気持ちを優しくも汲み取って折れた。

ただ、結論からいえば、自分結果的に完全に故郷を捨てた。

小学校に上がった時、小1か小2くらいの頃から、本を読み始めた。その頃に三島由紀夫島崎藤村やら、古い作品から新しい作品まで縦横無尽に慣れ親しんだ。

早朝に登校して空いた時間や、ジャンケンで負けて押し付けられた図書委員時間図書室でひたすら本を読んだ。

そのうちに、自分生活する社会根本的に異なる社会、つまり学び、考えることが重要であるという社会存在することを知った。

哲学思想系の本はもちろんのこと、西洋美術画集建築写真集に心を揺さぶられたし、マーラーCDを初めて聞いた時の感動は死ぬまで忘れないと思う。

めちゃイケを好むふりをして、自分加藤周一の羊の歌に感銘を受けて、とりあえず東大に行こうと中学の頃には考えていた。

そして周囲に迎合しつつも高校に進んだ。いわゆる地方公立トップ校だった。

他にも理由はあったと思うが、中3の時には成績が良いという理由ものを隠されたり上履きにガムが入っていたこともあった。

通っていた高校地元から電車を乗り継いで1時間は掛かる。

入学から1ヶ月もしないうちに、明らかに新たな社会社会階層自分は組み込まれたと自覚した。

同級生の親の職業は、医者弁護士会計士大企業社員ばかりだった。

誕生日には名古屋デパートの上層階のレストランだったり、どこぞで伊勢海老を食べるだのとそんな話もたまに聞いた(成金的な家はあまり無かったけど)。

彼らの親は旧帝国大学出身はざらにいたし、兄が東大、今はオックスフォード留学中とかそんな話も当たり前にあった。

幼い頃からピアノバイオリン書道バレエスイミングなんかをやっているのがマジョリティだったし、週末に美術館やコンサートホールに足を運んだという話も決してレアな話ではなかった。

彼らと出会ってとかく感動したのは、好きだった本や芸術の話を初めてリアル人間とできたことだった。

そして何より彼らは、自身解釈や、見解を示してくれたし、自分のくだらない議論にも向き合ってくれた。

もちろん性やギャンブル暴力ワンピースの話もたまにはあったが、それ自体享受するだけでなく、思考対象としても話題を取り上げることががあった。

高校以来、自分は学び、思考する人しか存在しないかのように振る舞う社会に身を置き続けている。

今にして思えば、もっと早く外の世界に出た方が良かったのではと素直に思う。

ただ、当時の自分には、その選択肢はなかった。

なぜなら、受動的に与えられたその社会自分のすべてだったから。

母親母親であるように、生まれ育った社会は生まれ育った社会であって、代替がきかない。

自分たまたま自分が立っていた社会と違う社会を知りうるきっかけを子供の頃に得たから今があるのであって、その機を逃せば一生地元に居ただろう。

なぜなら、考えることや知ることを拒むことが規範となる社会では、外の世界があるということ自体を知りようがないのだから

自分は考えることも、こうして頭の整理をすることも好きだ。

パチンコ新台や、友達奥さん不倫をして旦那相手と殴り合いの喧嘩をしたとか、そういう動物的な話題を「それ自体」をただ消費する社会に少なくとも自分は興味がない。

もちろん、そういった社会自分経験したような)を否定する理由はどこにもない。

ただ、自分故郷を捨てたように、その社会に残るのは、その社会適応しきった人々である

有り体にいえば、将来の選択肢存在すら意識できないのが自分体験した社会であり、どのような選択肢があるのか獲得しようする営みそのもの封建的否定される強い構造を伴っている。

からこそ、自分田舎はいつまでも同じ姿を留めることに成功しているのだと思う。

もちろん、その社会自体が恐ろしいぬるま湯であり、外には異なる社会存在することを予期している人も稀にはいることだろう。

幼い息子を外の世界に出そうと考えた母がそうだったように、おそらくそれに気付いた時に自身好転させるにはあまりにも遅い場合が大半である自分は思う。

そして、自分は今更何があったとしても、地元の彼らと交流することはできないし、するつもりは一切ない。

それくらいに共通言語がもはや異なっている。

母はもう二度と戻ってくるな、お前の居場所はもうここにはないと電話口でことあるごとに言う。

一方で、開成筑駒から東大に進んだ都内組は何も捨てることなく、安定的自分が望んだ社会享受してその上に今も生活を営んでいる。

それは誰でもそうであるように、最後最後に拠り所となり得る自らの地域的なアイデンティティをきちんと持っているということである

自分依拠すべき地域地元)を自己実現と引き換えに失ったのであって、願わくば我が子には地元を与えるか、もしくは地元がなかったとしてもサバルタンとなり得ない思想的な土台を築いて欲しいものである

そして同時に、自らの強みは故郷がない事であり、海外に出ることも辺境の地に赴くことも、自分さえ許せば可能となり得る。

今朝の夢に現れた、小さな漁船はきっと自分自身だったのであろう。

2019-05-27

セックスした

何もかもが未知だった。未知の激痛を体験した。相手処女苦手とか言いつつも頑張ってくれたのに、こっちは途中で根を上げてしまった。本番で相手気持ちよくなれなかったのが申し訳なかった。

結局代わりに口の中に出してもらうことになった。限りなく温かいに近いぬるさで、ちょっと気持ち悪かった。

飲んだら驚かれて「どんな味?苦い?」と聞かれたけど「いや…しょっぱいかな」と答えて、そしたら独特な後味が口の中に広がった。なにかに似てるなと思って、「人体から出てるって感じの味がする。残り方が血に似てる気がする」って言ったら笑われた。

服着ながらキモオタネットスラングで喋ってたらやめろと言われ、駅まで歩きながら「精液しょっぱかったの塩分の取りすぎじゃない?」とか言って、相手が前に行った風俗の話聞いて、電車内ではほぼ無言…と色気のない終わり方したけど、照れずに今後も接していけそうだからよかったかな。

次は相手気持ちよくなれるように頑張る。

2018-12-18

36才のアラフォー彼氏と別れた

題名の通りだが、胸中を整理しないと仕事が手につかないので、初めてこうやって投稿してみることにした。何も考えずだかだかと打っていく。

敬語は省略させてもらう、何故ならひと様を気遣うリソースが今己には無い。

そして「どっちもどっちだろ」や「こういう所が悪い」や「文章から性格の悪さ感じられるわ(笑)」や「自業自得だな」や「クソどうでもいい」など、芽生えたその素直な感想申し訳ないが嚥下していただけると幸甚である

手負いのアラフォーを傷つけて良い事は何もない。ただそういった言葉を飲み込むと善行を積んだことにはなりますし、優しいぬるま湯みたいな励ましやお言葉をくださると天国に行けます

【別れた理由

些細なすれ違い。もうこれに尽きる。

主なきっかけというか私がもやもやしていたのは、

①問われた事に対して都合が悪い(確認事項含む)とLINEを返してこない、放置

こちから数日待った上で再度聞くしんどさ、お分かり頂けるだろうか)

ドタキャン遅刻について謝らない

特殊仕事なので常に了承、文句を言ったことは無い。労いの言葉もかける)

③何をするにもまず自分要望優先(こちらの都合を聞かない、考えない事が多い)

計画性が無い

(任せた旅行先で、ノープラン気持ちはわかるが飛び込みで宿に泊まりたくない)

などなど。

ちなみにデート時のお店や旅行先のプラン・予約などは、交代で行っていた。

上記の事が溜まりに溜まっていた。

ちなみに「こうしてほしい」という要望は都度伝えていた。

まり言いすぎると、「俺だって忙しいのに」「もう責めるのやめてよ」と拗ねて怒るのでやんわりと言葉に気を付けていた。

【別れの際について】

電話LINEでの話し合い。

電話相手方が無言になる時間が多い為、LINEに移行した。

残念ながら喧嘩別れのような形にはなったが、自分からはもう二度と連絡はしない。

【好きだったところ】

見た目。なかなか無いぐらいにストライクだった。イケメンだと私は思う。

業界が似通っており、彼が仕事が出来る人なのも分かっていた為、尊敬していた。

高収入。持っているものセンスがあり素敵だった。お金に余裕があるので心に余裕もあった。

家庭環境もお互い似ていて、気を遣う所が無く有難かった。

【今の気分】

仕事の合間につい考えてしまう。ついと言うか、考える合間に仕事をしている。

何を考えてしまうかと言うと、「あそこでこう言えば良かった」や「やっぱり私が悪いのでは…」や「あ~~~もうあんな人現れないのに…」など。

この後悔、および反省がぐるぐると脳内を回っては、不安感や焦燥感を煽る。色を付けるなら濃いグレー。

しかもどろっとした粘度があるので、掻き分けても掻き分けても終わりが見えない。

しんどい

辛い。LINEばっかり気にしてしまう。通知切りたい。でも切ったらまたアプリを開いたり閉じたり開いたりしてしまう。

ありがち。本当にありがちすぎるが、自分経験するとなると、また別だ。

すごいな、世の中の失恋した方々はこんな思いを抱えて生きて、克服して次を見つけているのか…?としみじみしてしまう。

ただ、私はこの年齢だ。それも更に心に重苦しく厚い暗雲を乗せる一要素になっている事は、間違いない。この年齢でこのスペック男性と別れて次があると思うか?いや無い、といった対話が常になされており、己のこれから人生を考えて更に心が重くなる。

色恋沙汰において「年齢は関係ない!」という力強い言葉はあるが、それは場合による。

どんな場合かと言うと、年下のイケメンが年上の女性に対して口説く際に使用する場合のみだ。覚えておいてくれて損はない。

話が逸れた。

だけどこうして何も考えずただただ文字にしてアウトプットをしていると、整理出来て有難い。

まり、今の気分は

反省と後悔が凄くてしんどくて辛くて嫌だ

②この年齢でこのスペック男性と別れたらもう次は無い怖さが嫌だ

という二点につきる。

分かったところで、解決方法模索していきたい。

解決方法を考えた結果】

①については、日にち薬しかないのでは??????

②については、もう真正から受け止めて「諦める」という選択肢を受け入れるしかないのでは???

どちらもなかなかきつい気がする。

できるものなのか…でもするしかない。この、LINEを気にする苦しさが永遠と続かない事を祈るし、他に気が逸れることも祈りたい。

まだ好きなのかと問われれば、好きなんだろうけれど、もうあの付き合っている間のしんどさを続ける気は無い。

お願いしても真っ向から言っても自分を変えようとしてもどうにもならなかった。致し方ない。

二年か~~。長いのかな?

旅行の時の楽しさや、プレゼントを選んでサプライズで渡してくれた時の事や、仕事がつらかった時にずっと隣で慰めてくれた時の有難さが、ふっと蘇っては苦しくなる。

でもその度に、言われて傷ついた事や、嫌いになったきっかけを上書きするようにして思い出す。

甘くてふわふわショートケーキ自分コールタールぶっかけ台無しにして、それを眺めながら「仕方ない、これが今の自分には正しかった」と己を懸命に説得している気分だ。

例えが長いな。

とりあえず昨日の今日だし、今日は早く帰って美味しいものを食べよう…

残念ながら食欲はある。

2018-10-06

anond:20181005210645

みんな虚像だと分かってるよ、多分。それでいて丁度いいぬるま湯かげんと濁り具合なんだよな〜

2018-08-13

どんどん頭が悪くなる

先日30歳を超えた

一流国立大を出たが生来メンタルの貧弱さで最初に入った会社からドロップアウト

今は特に頭も体も使わないぬる仕事をしてる

最近簡単暗算にも時間がかかるようになってきた

最後勉強したのは去年、簿記の2級を取って就活に臨み、短期間で合格したこと評価されたのだが帳簿を見ることすらない仕事に配属された

その知識も使わないのでどんどん抜けていく

文章をまともに推敲する気も起きず、Twitterはてブ字数制限をこえたら削るのもめんどくさくなって書くのを辞める

パネポンをしても連鎖を考えることができない

クイズ番組を見てても、昔は読めたはずの漢字の読みが出てこない

ちょっと込み入った新聞記事ブログ論文など理解が出来ず流し読みしてブコメを覗きなんとなくスターをつけるだけ

知的好奇心芸術への興味もなくなり、休日は昼まで寝てソファースマホを眺めているうちに終わる

このまま緩やかに退化し続け、呆けた無能として死んでゆくのか

追記

起きたらホッテントリビビるってこんな気持ちなのか…ビビりすぎて数時間見て見ぬ振りをしてました。

ブクマがついたことなんかなかったので、誰も気にしないものと思って書き殴ってしまい、あと夜中に布団からだったもので至らぬ文章なのにこんなに反応いただきありがとうございます

一流国立大ってのは「こんな人生のつもりじゃなかったのにな…」っていう悔恨というか、頭がしゃっきりしてた頃を回顧してたというか、そんなような心境で出た言葉です。明るい中で読むと恥ずかしい。

ブコメ見て、同じような感覚を持っている人が沢山いるとわかり、別に特別なことではないんだと少し安心しました。昔の友人が皆バリバリやっているように見える中、一人取り残されてる気分でつらかったので。

コメントを読ませていただきつつ色々ググると、有酸素運動がいいぞとのことなのでとりあえず盆が明けたら会社帰りに一駅歩くようにしようと思います

あと何か勉強したいなとはずっと思いつつ何も思い浮かばなかったのだけど、大学の頃やってたことを改めて学ぶってはいいなと思いました。流石にある程度は残ってるだろうし、新しいことを始めるよりはエネルギー使わなさそうだし。おさらいから始めてみようかなあ。

心療内科は昔、上で書いたドロップアウトの頃にかかってて信頼できる先生を知ってるので危ういなと思ったら行くつもりです。どん底の鬱を経験してるので、まだ大丈夫かな…と思ってしまうのがいいのか悪いのか。

まだ動揺がおさまらずわけのわからない文章になってると思いますが、あと夜と文体が違いすぎて自分でも苦笑してますが、取り急ぎお礼まで。

2018-07-03

街を囲む山々のてっぺん雪化粧ですっかり白くなっている。師走も半ばを過ぎ、世間では年末にむけて慌ただしさを増していたが、私の勤める会社のは例年になく穏やかなもので、みなのんびりと業務をこなし、そこには一年が終わりに近づくしんみりとした空気と、その前に控えたクリスマスに対する浮かれた空気が混在している。

 その日も、五時を回るころには私の業務はあらかた終わってしまい、六時の終業までの時間自分の席でもてあましていた。することがなくなるなんて、普段なら考えもよらない。たとえ休日を家で過ごすとしたってなんだかんだで忙しい。いつだって体や頭を動かしているのが当たり前で、不意に何もしていない時間が訪れると、なんだか悪いことをしているような後ろめたい気持ちを感じてしまうのだ。

 何かすることはないかな、と思い、作成した書類ファイルをもう一度点検したけれど、仕事は出てこない。

八坂さん」

 居心地悪く椅子の上に佇んでいると、同期の、そして高校時代からの知り合いでもある月島君が話しかけてきた。

コーヒーでもどう?」

 彼が差し出してくれたコーヒーを受け取る。

年末なのに暇だね。この会社潰れるのかな」

 そう言って、彼は笑った。特別整った顔立ちというわけではないけれど、逞しい体と、爽やかで人の良さそうな笑顔は、会社女の子に好感を持たれている。高校時代野球部キャプテンで、当時もそれなりに人気があった。

「そのかわり、年明けからは大変そうだけれどね」

 そう答えてから、私はコーヒーを口に含みかけ、普段とは違う香りに気が付いた。

ちょっと、これ、課長私物の、あの高いコーヒーじゃない?」

「あ、間違っちゃったかな」

 月島君はおどけてみせたが、ボタンを押すだけで出てくるコーヒーメーカーのコーヒーと、間違えようがない。

「ま、課長もたまにはこれくらい部下たちにサービスしてもいいと思うよ」

 彼は微笑しながらそう言った。

「たち?」

 辺りを見回すと、課長は丁度席を外していて、シマのみんなは一様に淹れたてのコーヒーを啜っている。部屋にはいつのまにか、コーヒーの良い香りがたちこめている。

「知らないわよ」

大丈夫だよ。課長は通ぶってるけど、違いなんかわかりゃしないんだ。こないだ、コーヒーまれインスタント持って行ったけど気が付かなかったし。ちゃん確認済み」

「用意周到なのね」

 私は遂に苦笑してしまった。

「お、いいね

「え?」

「いま笑った。やっぱり笑うとかわいいな」

気持ち悪いこと言わないでよ。びっくりするわ」

気持ち悪いっていうなよ。最近全然笑わないから、心配してたんだ」

 言葉通り、微笑を消して私をのぞき込むような目で彼は言う。

「そうなの?」

「そうさ。いつも根を詰めがちだし、ため息ばっかりついてるし。疲れてるな」

「うーん……」

「まあ、俺は笑わなくてもかわいいとは思うけど」

「もう、だからそういうのやめてって」

「なに、ただ同僚として思ったことを指摘してるだけさ」

 月島君は笑う。私は困って黙り込んでしまう。

月島さーん、仕事中に八坂さんを口説かないでください」

 向かいの席の山下さんが言うと、月島君は照れくさそうに頭をかいて、自分の席に戻って行った。

 椅子の上で、いつのまにか強ばっていた背中をほぐした。私的な会話を持ちかけられると、なんだか変に緊張してしまう。

 一人になってから課長秘蔵のブルーマウンテンを飲むと、柔らかで苦みのない味わいがコーヒー特別好きではない私にも美味しくて、ほっとため息が出た。


 仕事が終わり、買い物を済ませると、私は学校あろえを迎えにゆく。あろえと私は二人で暮らしている。何をしでかすかわからないこの妹を一人にさせるわけにもいかいから、学校が終わって、私が迎えに行くまでの時間ボランティア学生が面倒を見てくれている。

 いつも通りの時間学校に行けば、大抵あろえはすでに帰る準備をしていて、私が来るのを待っている。彼女時間にうるさくて、早すぎても遅すぎても不機嫌になる。かといって、定刻に迎えに行っても特別嬉しそうな顔をしてくれるわけでもなく、無表情に近寄って来てそっと私の手を握るだけだ。

 その日も、いつも面倒を見て貰っているその学生さんから簡単にその日の彼女についての報告を受ける。普段どおりの問題はあったけれど、特別出来事はなかったそうだ。それからいまの彼女学習状況。彼女が主に取り組んでいるのは、会話の訓練だった。

「このところ、すごい成長ですよ」

 と、その深沢という名の学生は嬉しそうに言った。

「前は、何かして欲しいものとか場所に連れて行って、触らせたりしながら単語連呼するしかなかったんですが、最近ではまず言葉だけで伝えようと試していますね。もともと彼女の中には、話したいっていう欲求自体はあるんですよ。だけれど、うまく話せないのがストレスになってたんだ。普段パニックも減ってきたんじゃないかな。なんだか全体的に大人しくなったような気がしませんか?」

 彼は去年からボランティアをしていて、私たちとの付き合いもも一年半になる。

 確かにあろえはこのところ成長していると思う。その功績の大部分は彼によるところだと、私も先生も認めざるをえない。彼はいろいろと勉強してくれているようで、新しいアイデアをたくさん出してくれる。失敗することも多いが、それ以上の成果は上げている。

 会話の進歩があまり芳しくなかったあろえに、コミュニケーションブックを導入しようと提案したのも彼だった。当初は色々と不安もあったけれど、結果としては大正解だったと思う。

「ただわからないのは、言葉自体は、結構複雑なものでも理解出来ているようなんですが、簡単なことが出来なかったりします。自分名前に反応しなかったり。いや、自分をさしてるとはわかるらしいんですが、あなた、とか、お前、みたいな言葉と同じものだと思ってるみたいで、自分から人に呼びかけるときにもたまに使ってしまます。何度教えても直らないんですよ。間違って覚えてるのかな。気をつけて呼びかければ反応してもらえるから、今のままでも実生活特別な不便はないとは思うんですけれど」

「ああ、それは……」

 気づいたのか、と思いながら、私は言葉を続けた。

「むかし、家でアロエ栽培していて、母がよく話しかけていたから、それと自分名前区別がつかないんじゃないのかしら」

「うーん、そう言うのって、あるのかな。」

「ほら、犬なんかも、そうやって名前の覚え違いするじゃないですか」

「そうですねえ……」

「でも、思い付きですから全然違う理由かもしれないですが」

 彼が考え込んでしまったので、私はそう誤魔化した。

「とにかく、調べておきます自分名前をはっきりそうと知らないなんて寂しいですからね」

「すごいぜたふびーむ、つよいぜたふびーむ、じゅうまんばりきだたふびーむ」

 歩きながら、あろえテレビコマーシャルの歌を口ずさむ。鼻歌が出るのは機嫌が良い証拠で、私も安心する。

 とても歌には聞こえないその歌に、行き交う人は露骨視線を向けてくる。私も、すっかりこんなかたちで人に注目されることに慣れてしまった。それが良いことなのか、悪いことなのか知らないけれど。

 彼女手をつなぎながら、家までの道を歩いている。あろえの足取りは、バレリーナのような独特の歩き癖が出てしまっている。つま先立ちで、ひょこひょこと頼りない。ちょっと目立ってしまうけど、別に実害はないし、私の目からするとコミカル可愛いく見える。

 歩きながら私は、深沢君に指摘されたことについて考えていた。

 あろえ自分名前を覚えていないのには、深沢君に誤魔化したのとは別の理由があると思う。

 二年前まで一緒に住んでいた母はあろえを嫌っていて、医者自閉症と診断されても何一つ学ぼうともせず、適切な教育を受けさせようともしなかった。おかしな薬を吐くほど大量に飲ませたり、狐のせいだと祈祷に連れていって棒で叩かせて、活発なあろえが二、三日大人しくなったと喜んでいたが、それはただ動けないほど弱っていただけだった。当時はそんなものかと思っていたけれど、今思うと恐ろしさにぞっとする。足を捻挫しても平気に笑っているほど痛みに鈍感なあろえが動けなくなるなんて、どれだけ殴ったのだろう。

 もちろんそれでもあろえの状況は変わらず、変わるはずもなく、すると母は絶望してしまった。自分はとんでもない不幸を背負い込んでしまったと、周囲に愚痴をこぼし自分悲劇理解させることばかりに懸命になった。

 そして暇さえあれば本人に面と向かって罵っていた。周りが咎めても、どうせ本人は馬鹿言葉なんかわかりはしないのだから、何を言ったってかまわないんだ、自分はそれくらいつらい目にあわされている、と権利を主張していた。

 そして実際、当時の彼女は今よりもずっと言葉理解していないようで、何も言ってもまるで聞こえていないように見えた。それが、母の苛立ちをいや増ししていたらしい。私が高校に通っていたころ、学校から帰ってくると、母がこんなふうに語りかけているのを聞いてしまった。

「まったく、あろえって本当に迷惑子供ね。どうしてこんな出来損ないに生まれたのかしら。お母さんは本当に、あろえのおかげでいつも恥ずかしい思いばかりするわ」

 母がにこやかな表情で口にしたその言葉意味を、あろえ理解しているようには見えなかった。彼女普段どおりの茫漠とした顔つきで、言葉を聞き流し、母がくすぐると、嬉しそうに笑い声をたてる。「ほんとに頭が悪いのね」と母を苦笑させていた。

 父親が滅多に帰らない家で、昼のほとんどをあろえと二人っきりで過ごしていた母は、こんな言葉をどれだけ語りかけたのか。とにかく、この悪意に満ちた悪戯のなか「あろえ」と言う言葉はそこにいない誰かみたいに使われて、あろえ名前自分と結びつけることが出来ないまま成長してしまったんだと思う。

 もし、その記憶がまだあろえの頭に残っているのなら、自分名前など、この先ずっと知らないでいた方が良い。調べてくれると言っていた深沢君には気の毒だし、知ったところであろえが傷つくことはないだろうけれど。

「おかえりなさい」

「ただいまでしょ」

はい

 あろえは返事をしながら自分の靴をいつもの決まった場所に慎重に置いた。それから私の脱いだブーツの場所も気に入らなかったのか、2センチほど位置を整える。

 今日晩ご飯和食きんぴらごぼうポイントだ。あろえは歯ごたえのある食べ物が好きではない。これをどうやって食べさせるか、が私の挑戦である

 テーブルに向かい合って、自分食事をしながら、彼女の食べるのを観察している。きんぴらごぼうあろえお気に入りカラフルガラス小鉢にいれてある。あろえは二度、三度、視線を投げかけるが、手にしたフォークはなかなか小鉢に伸びない。

 私は彼女小鉢からゴボウつまみ上げ、自分で食べてみせる。自分領域を侵されたあろえは、じっと私を見る。

ゴボウが美味しいよ」

 私が笑うと、あろえ小鉢視線を落とす。

「食べてみてください」

「だめです」

「あ」

 彼女はいま、ブックを開かずに自分言葉で返事が出来た。簡単言葉だけれど、私は、嬉しくなってしまって、

「よく言えました」

 思わず褒めかけて、思いとどまった。返事自体きんぴらごぼうを食べたくないというわがままな内容だったじゃない。ここで褒めてはいけない。私はしばしばあろえを甘やかしすぎると指摘されていたのを思い出した。気を引き締めて問い返す。

「なんで駄目ですか?」

「なんでだめですか」

きんぴらごぼう嫌いですか?」

ごぼうきらいですか」

 褒めた傍から反響言語が出てきてしまう。しかも、どうあってもきんぴらごぼうなど食べたくないらしい。私はがっかりして、ため息をつく。

 結局、私の試行錯誤は虚しくにんじんを半分かじっただけで彼女きんぴらには手を付けずに食事を終えてしまった。

 食後には、空になった食器を私のも含めて流しに持ってゆくのがあろえ役割だ。家のことを毎日素直に手伝うのは、同じくらいの普通の子と比べても良くできた習慣だ。難点を言えば、ときに私がまだ食べ終わって無くとも持って行ってしまうくらいだろうか。

 テーブルの上に食器がなくなると、あろえ椅子に座ってテーブルに両手の平を貼り付ける。私が食後のコーヒーを出すのを待っているのだ。どうしてだか知らないけれど、この子お菓子ジュースよりも、コーヒーブラックで飲むのが好きなのだ

 私がマグカップを並べるのが遅いと、眉間にしわをよせてブックから言葉を拾い出し、コーヒーが出てくるまでその言葉を繰り返す。

コーヒーください」

コーヒーください」

 与えると、二杯目がないことはわかっているから、時間をかけて一杯を飲み干す。

コーヒー好きなのに、ニキビとか全然出来ないね

 あろえのなめらかな肌を見ながら言ってみたが、当然のごとく反応はない。マグカップを両手で包み込むようにして、まるで試験会場の受験生のような真剣な表情でコーヒーを飲んでいる。

 寝付きが悪くなることもあるし、出来れば夜にコーヒーを与えるのは避けたいのだけれど、彼女の集中した様子を見ると、生活にそれくらいの喜びがあってもいいのかなと思ってしまう。

 こうして黙って大人しくしていると、あろえは、うらやましくなるくらい整った顔つきをしていることに気が付く。そして実際、人にもよくうらやましがられる。ただ保護者立場としては、この子にとってそれは余計な危険をまねく大きな要素になってしまっているから、手放しでは喜べない。

 これでもし健常だったら、さぞモテたろう。普通学級に通って、同級生男の子と付き合ったり別れたりしていたのかしら。そしたら私たちはどんな姉妹になれただろうか。一緒にデパートに行って流行の服をああでもないこうでもないと話しながら選んでいたかもしれない。悩み事を相談しあったり出来たかもしれない。

 他人より少し風通しの悪い世界のなかで、この子は何を考えているのだろう。いくらか話すようになったとはいえ、その内容は何が欲しいとか何がイヤだとか、そういったシンプルで具体的な事柄に限られていて、心の立ち入った部分について語られたことはない。何を考えているとか、抽象的な事柄は一度も言葉したことがない。誰も彼女の本当の気持ちはわからないし、彼女の方からからせようともしてくれない。あろえ孤独を感じないのだろうか。

 食事が終わると、入浴。あろえが湯気のたつ体をパジャマに包むのを見届けたら、次は私の番だ。お湯に肩までつかり、入浴剤の爽やかな香りを鼻腔の奥まで含み、それをため息と共にはき出すと、あろえの声が聞こえる。また、歌っているらしい。きっとテレビを見ているのだろう。

 お風呂に入っている時間が、一番癒される。この町には温泉があるのだけれど、他人が入る外風呂より、一人でリラックス出来る家のお風呂のほうが安心する。私は風邪をひきそうなくらいぬるくうめるので、外のお風呂では熱いのに我慢しなければならないのだ。

 体温に近いお湯のなかを体の力を抜いてたゆたっていると、皮膚から溶けてゆきそうだ。本当に溶けてしまったらどれだけ気持ちよいものだろうかと想像する。私であり続けることには、めんどくささが多すぎる。

 会社で、笑顔がないと言われてしまったのは少なからずショックだった。外に出ているときはそれなりに愛想良くしているつもりだったけれど、私はそんなあからさまに余裕をなくしていたのか。

 もしそうだとしたら、きっとそれは先日の母から電話が原因だと思う。

「まだ、お前はあろえの面倒を見ているの?」

 母と会話になればいつもなされる質問だ。

 父と離婚したあと、この家にはもう住みたくないと母は隣町にある実家に帰ってしまった。そして、あろえをもう育てたくないと、家を売ってそのお金でどこか施設に預けようとさえしていた。そこで、丁度大学を出て仕事をはじめていた私がここに残って引き受けることで納得させたのだ。

「当たり前じゃない。お母さんとは違うわ」

 私の返事は、つい、喧嘩を売るような口調になってしまう。

「あの子病気なのよ。あんな獣じみた子が、人間と一緒に暮らせるわけないわ」

 母は私の敵意を無視して殊更に心配感情を込めて言葉を続ける。その親らしく装った態度が一層私を苛立たせる。

病気じゃないわ、障碍よ。それに、もう暴れて血が出るほど噛みついたりすることはなくなったのよ。お母さんがいたころより、随分と良くなったんだから

「じゃあ、治るの?」

「だからあろえのは、治らないとか、るとかいものじゃないんだって……」

「やっぱり一生治らないんでしょう? お医者さんも言ってたものね。頑張るだけ無駄よ」

 そんなことない、と思うが、咄嗟に断言できないのが忌々しい。私が黙ってしまうと、母は我が意を得たりと喋り出した。

「お前は充分やったわよ。もう自分のことをやりなさい。お前はまだ若いのよ? このまま回復の目処がたたないあろえの世話をしながら、お婆ちゃんなっちゃってもいいの? 良くないでしょう? あんなのに関わって、人生台無しにすることないわよ。お前もまだ一人前になりきってないのに、良くやったわ。恥ずかしがることなんかないわよ。悪いのは私だからあなた責任を感じなくてもいいのよ。あの子はお前に感謝なんかしない。お前が死んでも泣いてはくれない。どうせ何もわからないのよ」

「そんなのは関係ない」

 私の声から張りが落ちてしまっているのが、忌々しい。 「ねえ、お母さんが悪かったわ。それはわかってるの。だから、お願いだから、お前は自分人生を……」

 母が言いかけた途中で、私は電話を切った。黙り込んだ携帯電話を見ていたら、不意に涙がこぼれて、喉からは嗚咽がもれて、止まらなかった。泣きながら、自分は何で泣いてるのだろうと思った。衝動的で自分本位な母を私は嫌いだ。その言葉に泣かされるなんて、あっていいことじゃない。

 私には、どこにも行き場なんかないし、行ってはならない。ここが私の場所なのだ。そして、それは自分で選んだことなのだ。同じ環境に生まれたのに、妹より恵まれて育ってしまった私には、妹の出来ないことをかわりにしてあげる義務がある。彼女のために私の何か割いて与えるは当たり前なんだ。そうに決まっている。私のしていることはきっと間違っていない。間違っていないはずなのに。

 自分に言い聞かせていると、くらくらと目眩がしたので、バスルームを出た。体を拭き、服を身につけ、それでもまだ不安が心を支配していて、なんだか心細く、怖い。

あろえ

 テレビを見つめるあろえの横顔に、呼びかけた。聞こえているはずなのに、反応を見せてくれない。

あろえ

 二度、三度、感情を込めて呼びかけても、やはり彼女は振り返らない。

あろえ、こっちを向いて」

 私の妹は振り返らず、上半身をゆるやかに揺らしている。

 泣きそうになった。

https://www.saibunkan.co.jp/lechocolat/soft/ka_swan/images/preswan.htm

2018-05-04

個人的にかなり効く、不安を和らげる方法

真っ暗にした湯船に向かってシャワーが降り注ぐようにシャワーヘッドを固定して、どばどばと、ちょいぬるめの湯を浴び続ける

それに加えて、防水のワイヤレスイヤホンで、お姉さんがずっとよしよししてくれるASMRを聞き続けるとやばい

2018-02-04

同人小説書きとは仲良くなりたくないってやつ(便乗)

twitterで「同人小説書きとは仲良くなりたくない(https://anond.hatelabo.jp/20170505143513)」っていうのが回ってきた。

まあ正直なところ、なるほどねーって思わなくもない。

っていうかこの人のいう「1」の人って、普通に「文神」でしょ。「小説書きの神」に絵描きがすり寄ってるだけで構図いっしょじゃないの。

閑話休題

これは便乗日記です。別の理由で、同人小説書きとはあまり仲良くなりたくないかもしれないな、と思った。なぜか。

うまいんだよ。感想うまいの。

あたりまえだ。彼らは字かきだ。感じたことを文字にするのに慣れている。文字を飾る事にも慣れている。だからTwitterみたいな文字ベース世界ではとにかく、強い。

感想をもらえるのはありがたい。とてもありがたいけど、感想を言われると言い返さないといけないかな、って気がしてしまう。

気が重い。

自分的には駄作じゃね?とおもっても、ほめてもらってしまったりする。

お世辞じゃないだろうか。気が重い。

あと天狗なっちゃいそうで、自分がだめになっちゃいそうで、ああ、この環境はいけないな、って思った。

けれどもう交流を持ってしまっている。抜け出せない。抜け出せないなあ。自然フェードアウトするしかないんだろうか。

とにかく承認欲求が強い私にとって、この「投げるとすぐ褒めてもらえる」状況、微妙に怖いのだ。欲求が満たされすぎている。心地よいぬるま湯がすぎて溶解液なんじゃないかって思えてくる。

なんとなく察してくださったと思うが、私は交流が極めて苦手だ。もうすごく苦手だ。交流過多になったがゆえにジャンルを投げたくなるくらい苦手だ。

同時に、自分作品を読んでもらうのに、手に取ってもらうのに、交流が強いのは一種アドバンテージであることも理解はしている。

なんていうのかな、同人交流コンプレックス。そう。コンプレックスを持っている。

からだろうか、閲覧者としてTwitterを眺めていた時、字かきさんたちが字かき同士で感想交流リプを飛ばしまくってるのを見て、なれ合いうぜえと嫉妬心からジャンル用垢をしめたこともある。

今考えれば「あたりまえのこと」をしてただけなんだなと思うんだけどさ。

なんかむずかしー。考えるの頭いたくなってきちゃった。

今のすごい褒めてもらえる環境が怖すぎるって話をしに来たんだよな。自慢できるほどの人数じゃないんだけど。いままでファン数1(自分)みたいなところから、いきなりファンがついちゃった人、怖かったりしなかったのだろうか。

怖くない?

自分作品殆ど肯定してくれる人。

2018-01-18

ベンチャー幹部から転職記録⑬ 二次面接が通らない

転職活動を初めて早3ヶ月。

これまでの数字は以下の通り。

エントリー 90

書類通過 19(21.1%)

一次面接通過 6/15(40.0%)

二次面接通過 1/4(25.0%)※2社は辞退した

最終面接通過 0/0 ※1社は辞退した


書類通過が20%、一次面接通過が40%というのはエージェントに言われた数字の通り。

ただ、二次面接通過は60%くらいのはずなんだけど、25%・・・

きびしい・・・

3月退職と、現職には言ってしまっているので、退路はない。

どんどんとデッドラインが近づいてくる。

聞けば4月入社求人ピークは1月2月らしい。

ここ1ヶ月が勝負

だが、先日も志望度の高いポジション見送りを食らってしまった。

本当にきびしい。

いろいろな求人を見ていると、現職は求人票上はそこまで悪くないということがわかってきた。

ただ、求人票に載らない、将来性などなどが、転職理由

ゆでガエルになるのを避けるため、居心地がいいぬるま湯から飛び出そうとしている。

辛いのは当たり前。

リスクがあるのも当たり前。

このチャレンジを、必ずモノにする。

強い気持ちで。

2017-04-20

本当に中小企業を助けたかったら

まずは中央会とかい天下り組織をなくしたらどうなんですかね

いや実際に貢献してる人、特に現場でがんばっている人はいはいるるよ?

でも実際のところこんな公営じゃないくせに予算自治体依存した組織って

今時必要ですかね?本当に役に立つ組織ならコンサルタント業としてやって

いけるんじゃないの?

それが出来ないってことは利益が出せないぬる企画お茶を濁してるだけで

何の意味もないんじゃないの?

補助金申請を手助けとか本来手助けすべきところはそこじゃないんじゃないの?

なんか無駄レクリエーション的なことが好きだけどそんなことばっかやってていいの?

天下り先だから見逃されてるんだろうけどさぁ

予算を削るならこういう形骸化した組織を真っ先に潰そうよ

2017-01-22

何か批判されると必ず出るアホ

maronysan

他人が楽しんでる事に対してわざわざ「何が面白いのかわからない」って言うやつ絶対いるけどそれわざわざ言うことの何が面白いのかわからない

本当、批判のないぬるま湯が好きなオタク増えたよな

2016-12-20

やっと風呂から出たぜええ

それはそれは苦難の旅じゃった

まあ聞いておくんなさい

俺は離れに住んでるから母屋までいったん寒い外に出ないといけないのな

風呂場も寒いから事前にファンヒーターで温めておく

寒さ対策は、これくらいしてれば、まあ耐えられる

あとはシャワー浴びるのだが、顔に水がかかるのがうざい

目が開けられない、いったいいつまで目を閉じていればいいのか?それすらわからない

まず頭を洗う。スカルプケアの若干高いやつだ。本当は楽して石鹸で洗いたいが、そこは諸事情のためがまんだ

続いて体中に石鹸の泡をぬりたくり、麻のふろ用タオルで体をふく

2,3日風呂はいっていないぬるぬるボディには妥協は許されない

これでもかというほど、隅々まで洗う

タオルがあたらない部分があってはならない

次の日ぬるぬるになる

終わったら、タオルを洗う。どこまで絞っても泡立つタオル

さじ加減がわからない。いっそ洗ないでおこうかと思うほどだ(翌日、石鹸つけなくていいし)

そして仕上げ

めんどくせえから固形石鹸で顔を洗う

そのまま、耳の後ろ、首回りも念入りに

仕上げ第二弾は股間だ

チン毛とチンカス、前日にオナニーしたときのローションの残りを洗い流し、石鹸でゴシゴシ

肛門は穴をよく広げて、しわの奥まで洗う

たまに順番間違って、この後顔を洗ってしまうが、あとで述べる行為のあとよりはマシ

仕上げの最終段階

足を洗う。とくに油足ではないのだが、水虫

風呂に入らないおかげで水虫になった

足は左足から洗う。左はまだ水虫がマシだ

次に右足

あとは手をきれいに洗って終了…

じゃねーんだよ!

外出て、滴を滴らせて床を濡らしながら、バスタオル探して、やっと拭いて、髪乾かして、眼鏡を洗って

終了

じゃねーんだよ

下着くらい着せろ

下着もどこにあるかわからん

その辺に飛び散ってるか、ハンガーに干してある

ハンガーはどこの部屋にかけてあるかわからん。意外なところにあったりする

これだけの苦難を乗り越えることで、ようやく風呂のありがたみを知る

入ってよかった。気持ちいい~と心底思える

でも一番気持ちいいのは、シャワーしながらおしっこしてるときなんだけどね

2016-11-21

わかってないな

増田言葉を借りれば「まんざらでもな」かったり「こんな奴、絶対に嫌」という反応すらないのが、今の子供らの状況なわけ。他人との関わりが、きわめて儀礼的に、慎重に、薄く薄くなり、本音なんて一切さらけ出さないのが普通生き方になっている。そんなわけで他人への興味関心が薄く、自閉的、その結果として「恋愛」をしない…という流れなのね。

から、仮に増田の言うような「小学4年許嫁システム」を無理矢理実施したとしても、彼らは受け身にただ「決められたカップル」としてなんとなく薄くつき合って、それ以上でもなければそれ以下でもないみたいなどうでもいいぬる関係を維持するだけ、みたいなことになるのが関の山じゃないかなと思う。

どうせ強制するなら、強制的人工授精させて強制的子育てさせるくらいまでやらないと人口は増えないと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20161121112702

2016-02-15

もう一度自分価値観と話をしてみよう

テーマは何でもいい。

好きな作品映画漫画テレビ番組学問スポーツ芸術なんでもいい。

もう一度自分価値観と正面から話をしてみてほしい。

 

今、インターネットという不特定多数人間匿名性のあるコミュニケーションを取ることができる時代になった。

しかしそれは従来の人と人との会話とは形式が違うものである

誰が書き込んだのかも分からないし、数年前の発言だってログさえあれば聞くことができる。

時間空間を超越し、誰が発信したのかも分からない情報のやり取りはおよそ現実世界で行う会話とは異質なものである

もちろんリアルタイム交信形式存在するがそれは現実世界の知り合い同士のコミュニケーションの延長線上に存在するものである

おおよそ、インターネット存在しなければ交信しあうこともない莫大な数の人間と接触することができるが、

人間性を形成するために必要な多くは現実世界においてのコミュニケーションであるということは未だ代わらない。

 

そういった背景を元に様々な価値観インターネット上では入り乱れる状況になっているが、

得てしてマクロ的な環境ではマジョリティもっとも大きな力となる。

作品好きな人と嫌いな人、どちらがより多いのかということに興味を持つ人間も多いだろう。

また、作品に対しての様々なレビューも参照することができる。

それによって自分価値観の選択範囲を広げることもあるだろうが、

逆に狭める結果になっていることに気付いている人間はまだそう多くはないと考えている。

 

勿論テーマによるであろう。

例えば"人を殺すことは良いことか?"という問いに対してまともな常識人ならば悪いことだと答えるし、

例え人殺し日常的に行われている環境に移ったとしても、

周りの人間人殺し日常的にしていたとしても、

自分の今まで持っていた価値観放棄してそれに順応することはできないだろう。

それはその者にとってその価値観他人から環境から否定されても譲ることのできないものからだ。

いわば、それは信仰でもあり神でもある対象からだ。

人は自分の中に必ず神を飼っている。

そしてその神は自分で作り替えることができるし、環境にも影響を与え、それと同時に環境によって影響を受ける存在なのだ

 

タイトルについて話を戻そう。

自分が生涯、死ぬまで付き合うであろう価値観というもの

自分幸福生き方人格を左右するもの

それを顔も知らない他人評価を参考に簡単に規定してしまっていいのだろうか。

環境に左右され続けていくことを根底価値観にするのならば、それも悪くはない。

しかし、自分が長いものに巻かれていることに気付かずに他人死ぬまで書き換えられ続けるのも不幸だと考える。

それは人間が生きてきた環境というのは個人ごとに違うものであり、

染色体の違いやフィジカルメンタルの違いによって必ず違う形を求めているはずだからだ。

それの根底的な欲求を濁らせる同調意識や長いものに巻かれる行為自覚しなければ永遠に良くも悪くもないぬるま湯に浸かったままでいるだろう。

 

もう一度自分価値観と話をしてみよう。

本当に今の価値観自分が求めているのか。

他人から言われて揺らぐとしたらそれは本当に求めているものではないのではないか。

なら何を自分は求めているのか。

一度正面から向き合って話をしてみてほしい。

2015-06-02

-http://anond.hatelabo.jp/20150602182900

意識高い系ぬるオタ

ただし、時々ガラの悪いぬるオタから取り巻かれるアレな人もいるらしい。

一般ガチオタの急務はぬるオタ獲得より、そーいったヤバい取り巻きがいるガチオタを把握すること。

これに気がつかない人は凋落するか、かなりチャンスを失って幸福が遠回りする。

最悪、奸計に填まって死ぬ

2014-12-22

Mr.childrenが嫌いであ

そういうと97%ぐらいの人が怪訝な顔をするので最近は言わないようにしているのだが僕はミスチルが嫌いだ、嫌いになったのほうが正確か

何が嫌いかというとミスチルの曲を聴いていると安っぽい自己啓発本や浅い哲学を聞かされているような気になってくる

くるみのPVに出てくる夢やぶれたオヤジ哀愁しるしの静かなメロディーラインもHANABIの怠惰にも似た歌詞も全て慰めに寄りすぎているような気がしてならない

優しいのだけど優しいまま終わってしまものすごいぬるま湯に浸かっているような気分になる。その心地よさもものすごくよくわかる

RadioheadNirvanaのような絶望にはほど遠く、現実を生きる希望が湧いてくるのにもすこし足りないという印象だ

聞いてもただ慰められるだけで終わってしま


「たけし、よく頑張ったね。よく頑張った。頑張った。でもまだ大丈夫だよ。とりあえず立ち上がってみようか。あたりはすこし薄暗くどこに行けばいいのかもわからないけどね」

そんな印象を受けるようになってきた

ある意味では無責任なように響く曲がすこし気に触るようになったのかもしれない。音楽責任というのはおかしなこととは重々わかっているけれど

2014-09-28

20代年収千万を目指す

増田の皆さんに質問です

中には年収千万を超えている方もいらっしゃると思います

皆さんはどのような方法年収千万を超えましたか

それは何歳頃に達成しまたか

月間平均何時間くらい働いてますか?

皆さんのアドバイスをもとに年収千万超えを目指しま

ちなみに当方スペック

1.20代後半

2.現在手残りで年収300万程度

3.ITスキル適性なし(2年程度会社でプログラマをやったが天才的なひとを見て挫折)

4.勤め人の適性なし(お金を稼ぐのは好き)

5.簿記日商2級程度で損益計算書貸借対照表はざっくりと読める

6.英語は恐らく中学卒業程度と同じ

7.高卒

以上です

お忙しいかと思いますがぜひよろしくお願いしま


追記 2014/9/29 20:47 取り急ぎ

皆さんお忙しい中お返事いただき大変恐縮です

もうひとつ別に書くか悩みましたが読みづらくなりそうなので追記しま

スペックについて書き忘れました

営業のブラック企業で3年くらいOA売ってました

大した成績ではありませんが60人くらいの中で1位2位を5ヶ月くらい取ったことがあるんで(さぼって数字が0だったこともありますが)、営業スキルは中の上か上の下程度でしょう

いまは凄いぬるくて多少時給の良い派遣を3年くらいやってます

楽過ぎてやめられなくなってたんですけ良い年なんでそろそろ一財産作ろうと思ってました

それで皆さんの声をまとめると

・営業は良い

・上客を引っこ抜いて独立

役員になる

・単価の良い商材がおすすめ(不動産証券特におすすめ)

・馬車馬のようにとにかく働くべし

最初赤字覚悟

技能あったほうがいい

技能ないと無理っぽいけど馬車馬のように働けばおk

読みこぼしもあるけどだいたいこんな感じでしょうか

かなり参考になりました

なぜ労働時間を聞いたのかというと、20歳前後で月400時間働くのを4ヶ月続けてニートになって貯めた金を食いつぶした経験があるからです

技能や知能やコネがないのに長時間働けなければ大金を稼ぐのは無理というお言葉は最もだと思いますが、労働時間は僕にとっては重要な指標でした

大雑把な計算(税金支出諸々を勘案せず)で時給2000円で月400時間(休日無しで一日13.5時間程度)働くと月80万

月80万を12ヶ月でだいたい一千万という計算です。が、もちろんこれは上記の通り僕には無理でしょう

皆さんのアドバイスを参考に時給4000円で月200時間稼げるビジネスプランを考えて実行に移してみようと思います

もちろん最初に時給換算して、というのがナンセンスなのは百も承知ですがあくまで参考にする概算としての数字です

皆さんお時間を割いて頂き本当にありがとうございました。また追記するかもしれませんが、ありがとうございます

2014-04-15

男は甘やかされて育っている

ここまで医療の発達した現代においても女の子出産死ぬことがある。

死ぬかもしれないようなことなのに、そうするのが当然だと言われている。

女の子はみんな、不安と戦って子供を産む。

それに対して男は何をやってるのか。

せいぜいぬるま湯みたいな社会の中で頭を下げて歩く程度じゃないか。

働くのは大変だなんて言うけど、それで死ぬとあるか?

あるかもしれないけど、死ぬかもしれない仕事には危険手当がつく。

そうじゃない仕事死ぬ心配なんてないって事でしょ。

女の子が命がけで子供産むんだから、男も命かけるのが当然でしょ。

ズバリ言うと徴兵制だよ。

いざとなったら戦争行って死ぬ覚悟を持って生きろ。

それでやっと男女は平等になる。

2014-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20140102154138

成果を出さなくても潰れないぬる職場で平均年収500万とか多すぎだろ。

日本財政を考えると400万で十分だわ。

2013-06-15

もっか炎上中のプロジェクトで隣のチームリーダー達が

お客さんと話してきた内容を人ごとのように聞いているのだが、

先日拾ったフルスタックエンジニア何となく繋がったところがあったので

暇つぶしに書いとく。

客先から山のように持ち込まれたバグ表の中身は、つまるところ

DBの不備と拾いきれないぬるぽで正常系すら落ちまくるシステムへの不満と

画面の統一感がチグハグで分かりづらいという二点で、

そんなシステムをこの人数の規模(想定より遥かに多かったらしいw)でやられてたんですか?と

いう言葉までいただいてきた。

当然だよねーと思う。仕様書も統一されてなくて、画面のデザインガイドラインも一読しないまま

工程で30%ずつ人員を入れ替えながら突き進んでしまったそうだから

のしわ寄せがプロジェクト後半になって鎮火のために投入された自分のようなところに来る訳で、

チームで古参と思われる人に画面仕様について片端から聞いても見事なたらい回し

入力項目の不備について指摘したら、それjQueryライブラリ仕様から中に手を入れてまで直そうか

今の状況では微妙って回答を貰った後で、客先から同じ指摘→再テストの依頼が来たときはいらっとしたわ。

なんでこーんなことになってるんだろうって外野の目で見てると、分業しすぎたんだろうとは思う。

皆、JSPだったり、javascriptだったり、SQLだったり、どれか一つの言語しか出来ない感じで

フロントエンドすら、Ajaxとそれ以外(よくわかんないんだけどさ)で、二チームに別れてる感じ。

要するに、自分含めてスキルがしょぼいんだけど、そりゃ、画面のデザインもチグハグになるよねーっと思った。

フルスタックエンジニアのような、全てわかる器用貧乏で、でもチームリーダーとして仕切れるような人格者

一人いれば、この状況はもっと違ってきたのかな、なんて。

フルスタックエンジニアがたくさんいれば、こんな分業制でわけわからない開発規模まで膨らんだプロジェクトの人数も

減らせたのかなぁ、なんて。

画面デザインにしても、設計•開発•テストする人が少なければ

仕様の共通理解やそのためのツール(仕様書ね)に割くための工数もより少なくてすむわけで。

確かに、人数減らせばその分仕事も増加してブラック間違いなしなんだけど、

この状況を見ていたら、一つよりは二つ、二つよりは三つを持ったゼネラリスト的なスペシャリストがいらっしゃったら、

変われたのかもね。

2013-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20130316004457

例えば、あなたが僕の親だったとする。こちらが必死こいて、「アスペ辛い」とか「上司に資料直せと言われて、直し方わからず顔から火が出る思いで後輩に相談した」とか「後輩があまりにもデキる上に、こっちの面倒を見てくれるから辛い」とか「飲み会のたびに太るの辛いから、のどに指突っ込んでゲロ吐くのつらい」とか言ったとする。そうすると、あなたみたいな「正しい人」は言うわけです。「考え過ぎです」とか「視点を変えてみよう」とか。

いや、少なくともここに書かれているようなことはもっとちゃんとしろよ、のヒトコトしか無いと思いますけどね。

考えすぎです、とか視点を変えてみようってのは、ちゃんとしろよ、っても聞かなくてあーあーあーあー騒いでるの見て、

仕方なく言うんじゃないですかね?というか、めんどうなとき。もうどうでも勝手にやれ、ってだけ。

この人は全く別の世界に生きてるんだなと。否が応でも感じられた。

これ、必ず言いますよね。

あなたはどれだけ特別な人間で他の人よりも偉い人間なんでしょう?

いい子いい子で育てられて、親にも、この子は特別優しい面があるんです、とか言われて、自分でも自分を特別な存在だと思うようにしてきたんだよね。

ふざけんな、と、そうそう周りの人間が皆楽に生きてるものかと。あんたの何十倍もくろうしてるわ、殆ど人間が、と。

当たり前だろ。こっちがそう仕向けてんだと。こっちが信用してもらえるよう努力してんだと。

当たり前じゃねえだろ、そっちがぐちぐち分からんこと抜かしてるから、それをさらに分かりやすいように具体的に言ってるんだろ。

フローチャートがどうのかこうとか、あなたが考えたのか?違うだろ?そういうのあるのを知って、単に武器に使ってるだけだろ?

んで、ちょっと賢くなって気になって、専門用語を多発してごちゃごちゃ御託なレベルけど、結局それを自分を守るための武器としてしか考えないから、

実際どうやって自分が今の状態を改善しようとか考えず、くだらない議論ばっかになるだろ。。

繰り返したから、信用されてんだと。信用されるために、やることやった。だから、信用された。。。。。。当たり前じゃないかと、やることやって信用されているんだから

皆、そうだ、まじめに真摯に向きあうって、そういうことだ。そうやって人間関係作ってんだ。あなたけが特別じゃない、皆そういう苦労してるんだ。

別に楽に出来るわけじゃない。辛くてもやってる。それを逃げてきた人間が、少しやってみて辛い辛いって、周りの人間はそう言われてる間も貴方以上につらい思いしながら信用作ってる人だっているんだ。

人には好かれる。

いや、それはない。

「他人に受け入れられる程度に自分さらけ出している」という疑念が晴れない。どうしたらいいんでしょうね。

この状況のどこが人に好かれてるのか分からない。貴方が言ってるのは、あなたに敵対しなかった数少ない人が貴方のことを好いている、と思ってるだけだろ。そりゃそうだ、嫌な人間を全部切ってきたんだから

しかも、本当に貴方のことを心配して注意してくれた人や、親身に相談に乗って深い話をして難しくて嫌になった人とか、全員切ってきただろ?

やさしいぬる言葉をかける人間しか居ないだろ?

そういう人間を信用できるわけ無いだろ?無効もあんたを信用してないし、適当迷惑被らないよう、強いことを言わず、適度な距離で暮らしてるんだから

それで、いつか、どうしようもなく近くに居たい人ができた時、切る方が嫌だ、ってなって初めて、自分で変えてみようってなる可能性はあるんだけどね。

ま、それでも、逃げ道残ってると、結局逃げて全て破滅させて終わるけどね。

取り敢えず親ナシで生きていかなきゃいけない、ってなったら多少は自分がどんだけあまったるいことだけ言ってるか分かるでしょ。ま、そういう機会すらないのかもしれないけど。

2012-07-06

ルームシェアを通して分かったこと。

僕は、全く話は変わるけど、

からルームシェア始めたのは根本的に失敗だったと思ってる。

最初はなんとなく。今はほぼ確信している。

身を置くべき環境を間違えた。

何につけても思う。

自分でやれよ。

ごっこ遊びはもううんざりなんだ。

俺は自分のやり方でなんでもやりたい。

自分が良いと思った通りにやりたい。

家事やらなんやらをやっててすら切実にそう思う。

家事は僕にとって、他人を介在させるべきではない領域だった。

そう、そして結局同居人たちというのは、

僕が家事においては他人と見なしてしまう程度の存在だったんだろう。

同居人の悪口を言いたいのではないよ。

これから、数年経ったのちに、会って飲もうよ、なんてことには100%ならないと。

確信をもって言える。

残るのは、ファッションとしての生活。

変に理想的なものとして編集された、青春の1ページとかいう、ごっこみたいな生活。

あの頃はルームシェアなんてしてたんだぜ、

若かったよなぁ、どうだい、うらやましいだろう?

…思い出のよすが。ファッションとしての思い出。

そんなの、僕には不必要物語だ。

自分が今まで抱いていた甘い幻想ってやつに、今ははっきりと気づいて、反吐が出そうだ。

ルームシェアやっててよかったこと…?

家賃が安い?そんな。そこまで魅力的ではない額、毎月払ってるよ。

唯一、広い家にすめるというだけは取り柄だけど、そんなもの学生らしく、というか自分らしく、

自分で稼いで広い家に住みゃあいい話だったんだ。

シェア、コワーキング

そんなものに憧れていたのかな。現実想像と、ほど遠いものだったよ。

新しいライフスタイル?とかそういう幻想みたいなもんに浸って、自分と向き合う時間が減った。

日々交わされる、ほんとうにつまらない冗談けが増えた。

そんな風にしてへらへらと日々を過ごすことに、もう飽き飽きしてきた。

ぬるい関係だよ。何を言っても誰かが反応してくれる。

反応しなきゃいけない空気感みたいなものも、嘘っぱちだと思う。

いってきます、なんて、ただいま、なんて、言いたくない。

やめてくれ。そんなへんな親近感。

同じ家に住んでるからってだけで、僕たちはファミリーでもなんでもない。

もっとドライにいきたかった。

お互いがお互いを尊重し合える状態。ある一定の緊張感。そういう意味でのドライ感。

長く一緒にいるというのは、なかなかどうして難しいことで、なれ合いが始まる。

そういうのは、もうダメ全然ドライでも、なんでもない。

いや、何が悪いって、はっきり言って自分が悪いのだけどさ。

自滅していったんだ。

毎日毎日くだらない冗談ばかり言って、

ちょっと面白そうなことがあればそっちに流されて。

僕の言葉はどんどん軽くなっていった。

でもそうなったからこそ言える。

身を置く場所を間違えたと。

変にお互い探り合って、たまにぶっちゃけ話をした気になって、さらっと満足を得る。

違う。少なくとも今、僕はそうじゃない。

もっと溜め込めよ。向き合え、自分と。

今、僕は、心の底から変わってしまったみたいだ。

あんだけ落ち込んでいた去年の3月頃の僕は、ルームシェアにすごく期待してた。胸高鳴らせてた。

さあ、新しい生活始まるぞ。って。

蓋を開けてみれば、なんてことはない。

回り回って、今年の3月頃の落ち込んでいる僕と巡り会うことになった。

今の生活にも、自分にも嫌気がさして絶望してる自分

物事は、なにも、なにも解決していなかった。

物事は、自分で、ケリをつけるべき物事だった。

一緒に住み始めて、環境が変わったところで、自分と向き合わなければ、何も始まらなかった。

ここにあるのは、社交性とか表現の場としての社会入り口でもなんでもなかった。

趣味や嗜好が変わったかって、まったくそんなことはなかったよ。

新しい発見、あったようで、なかったよ。

趣味とか何かを発見するとかそんなの、僕はルームシェアやる前から持ってただろ。

一人で煮詰めてくべきだったよ。

ノイズが多すぎた。

この1年半の生活、いやその前からルームシェアしようよなんて言い出したときから

すっかり僕の眼は、濁ってしまったようだ。

表層的なやりとり、うんざりだ。

変な満足感だけ残る評論家ごっこ、うんざりだ。

料理やって、自分が美味しい、これで良いと思えないもの食べて、

そんでもありがとうなんて言わなきゃいけない関係にうんざりだ。

本当の喜びも、本当の悲しみも、分かちあえないぬるさにうんざりだ。

結局、一緒にすむ程度で、体験や経験を分かち合うことなんて出来ない。

もっと僕は、違う人と違う場所で、違う音楽を聴きながら、

素敵な時間を分かち合ってきたじゃないか

薄まってしまった。

ルームシェアで学んだものは、シェアできないものの尊さだった。

たくさんのノイズを、ぬるま湯の夢を、薄っぺらい道徳ありがとう

もう分かち合う必要性はない。十分だよ。バイバイ。あばよ。

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