はてなキーワード: 職業病とは
まぁ件名の通りで、
彼女いない歴7年の独身アラサーが道端で結婚に関するアンケートを受ける
→後日電話がかかってきて雑談の果てに店舗来訪アポを入れられる
→独身のうちから婚約指輪のダイヤを買っておくことで結婚生活に備えられますよ的な提案を受ける
→高かったので断る
というだけの話なのだが、話を聞いているうちにどうもこれは違法性はわからないにしてもアンフェアな気がしたので同様のセールスを他の人が受けたときの一助となるよう知見を共有しようと思う。
具体的な価格の相談になる前に交渉を打ち切ったので、提案を受けたプランが相場相応かについてはわからない。
店舗名は一応伏せておく。
一番はこれ。月々〇万、というような言い方をしているが、ようは総額で100万円近いダイヤモンドを分割払いで買ってね☆というお話だ。
いいと思ったら買えよと言ってるんだなと思って右から左に受け流した。
露骨なデート商法のような感じではないが、事前に担当者が長電話や店頭でカジュアルトークをしてきて個人的な関係を作ってから「今この場で買わないと担当に付かないんですよ!」ともとれる言い方をする。
保険の営業を見習え。あいつら何回提案お断りしてもこっちが話した情報からニーズを汲んで辛抱強くプラン作ってくるぞ。
他に要件があるのにそれを言わずにSMSで雑談仕掛けてくるので面倒だから無視していると拗ねる。メンヘラかよ。
日程確認のような要件言えば済む程度の話で毎日電話してこないで欲しい。
ようは結納や婚約指輪は新郎側の誠意が問われるから新婦側と相談して融通しようなんてとんでもない!という言い方だ。
こういうのに乗っかる人が他人の資産を勝手に断捨離したりするんだろうか。
これは新興宗教やアムウェイの勧誘で慣れていたので大したことはないが、姑息で気に入らない。
ようはこれまで何もしてこなかったんだからここで自分を変えなきゃ変わりませんよ!という文句だ。
なかなかいいことを言うじゃないか。多額の出費を伴わなければ説得力あるのにな。
自分には数人アムウェイ堕ちした旧友がいるが、ほとんどやる気がない適当な勧誘でテンプレとなる手口を教えてくれたことを大変感謝している。
積立貯金であれば多少は金利が多めについてこちらにリターンがあるようになっているが、この場合は分割払いの金利がモロにこっちにかかってくるので将来に備えてるのにむしろ金を多く払う羽目になるという意味がわからないことになる。
また、このことを指摘すると上述したように支出の問題を結婚に対する意識の現れと問題をすり替えてくる。
こういうとき投資をやっていると、「その金を自分で投資に回したほうがリターンがあるか否か」で情報を判別できるので便利である。
自分の場合は3時間かかった。ここまでの間に具体的にいくらのプランにするか、といった話は一切出てきていない。衰弱させてから意思決定させるという意図を邪推してしまう。
まぁでも担当者が要件を言わずに雑談から仕掛けてくるタイプで、私も雑談には結構乗るのでその人の癖もあるかもしれない。
ダイヤの格付けはどうでもいいくせにこういうところの格付けはこだわってしまう。職業病。
なんか都合が悪くなったら看板だけすげ替えて同じことやりそうな感じがある。
女性の目から見ても価格相応の商品を置いているのかが実に気になる。
話に乗って店舗に行ったのは単純に暇だったからと、身のある提案をしてくれれば聞く気はあったのだが、上述した値段以外の疑わしき点が積み重なって断ったほうがいいだろうなとなった。
自分流の断り方だが、「相手を尊重して一旦受け止めた上で互いの価値観の断絶をはっきり認識させて固く断る」というのが一番効果的だと思っている。
断り上手のような雰囲気を出したので最後にオチを付けるが、数年前に油断して朝日新聞を3ヶ月契約した時のことは本気で後悔している。
たかが2500円だが、近くに住んでいるので近所の付き合いとしてなどと言ってギブアンドテイクのギブだけをかっさらった販売員の兄ちゃんのふてぶてしさには今思い出しても虫酸が走る。
日本では禁止されている大麻。大麻を吸うと普段の生活ではまず経験できない感覚を得る。よく言われるのは、音楽がものすごくよく聴こえ、ご飯がものすごく美味しくなり、空気が美味しく自然をとても美しく感じる。当たり前だけど、大麻を吸った事が無い人はどんな感覚になるのか想像できないと思う。そんな大麻の効能を「解像度」で説明すると、結構すんなり説明がつくなって思った。
「解像度」とは、画像の精細さを表す尺度のこと。ブラウン管、地デジ、4Kテレビの画面を想像したら分かりやすいと思う。
簡潔に言うと、大麻を吸うと解像度が上がる。しかしその解像度は視力の事ではない。「神経」の解像度が上がるのだ。音であったり、味であったり、空気や温度であったり、思考などの密度が濃くなる。神経が研ぎ澄まされているから、ものすごく細かく繊細に捉えられる。大麻を吸うと動きがスローになるのは、普段と比べて情報量が多すぎるからだと思う。めっちゃ笑うのは、面白いと思った事の解像度が上がりすぎた結果。バッドに入るのはその逆。
ブラウン管から地デジになるのは素敵な事だなとは思うが、日本じゃ地デジは違法だし興味ない人はそのままでいいと思う。大麻を肯定している人は、悪い事がかっこいいんだぜ〜ってアホもいるが、普段聞いている音楽がめちゃめちゃ良く聴こえて、普段食べているご飯がめちゃめちゃ美味しくなるから、かっこいいアーティストや美味しいラーメン屋を見つけた時みたいに人に勧めたくなる。それを宗教みたいだと感じたなら離れればよいだけだ。ミュージシャンで大麻を吸う人が多いのは当たり前だと思う。音をより理解できるから職業病の一種だと思う。日本じゃ違法だしJ−POPを聴いてるとそもそも大衆は密度の高い音は求めてないと思うけど。
日本人は、性質的に別にブラウン管でも番組内容は変わらないし、スポーツ中継も見ないから全く困らないしこのままでいいやって思う保守的な人だらけだと思うから、日本はずっと解禁されないと思う。
画質がよければいいわけではない。無駄に目が疲れるかもしれないし、プレステよりスーファミの方が面白いソフトもある。大事なのは内容であり、大麻は画質を高めるだけに過ぎない。
■大麻の効能を「解像度」で例えると説明しやすいから説明したい
日本で禁止されている大麻。大麻を吸うと普段の生活ではまず経験できない感覚を得る。よく言われるのは、音楽がもの凄くよく聴こえ、ご飯がものすごく美味しくなり、空気が美味しく自然がとても美しく感じる。当たり前だけど、吸った事の無い人は、どんな感覚になるのか当然想像できないと思う。そんな大麻の効能を「解像度」で説明すると、結構すんなり説明がつくなって思った。
「解像度」とは、画像の精細さを表す尺度のこと。ブラウン管、地デジ、4Kテレビの画面を想像したら分かりやすいと思う。
簡潔に言うと、大麻を吸うと解像度が上がる。しかしその解像度は視力の事ではない。「神経」の解像度が上がるのだ。音であったり、味であったり、空気や温度であったり、思考などの密度が濃くなる。神経が研ぎ澄まされているから、ものすごく細かく繊細に捉えられる。大麻を吸うと動きがスローになるのは、普段と比べて情報量が多すぎるからだと思う。めっちゃ笑うのは、面白いと思った事の解像度が上がりすぎた結果。バッドに入るのはその逆。
ブラウン管から地デジになるのは素敵な事だなとは思うが、日本じゃ違法だし、興味ない人はそれでいいと思う。大麻を肯定している人は、悪い事がかっこいいんだぜ〜ってアホもいるが、普段聞いている音楽がめちゃめちゃ良く聴こえて、普段食べているご飯がめちゃめちゃ美味しくなるから、好きなアーティストや好きなラーメン屋を見つけた時みたいに人にお勧めしたくなると思う。それを宗教みたいだと感じたなら離れればよい。ミュージシャンで大麻を吸う人が多いのは当たり前だと思う。音をより理解できるから。職業病の一種だと思う。日本じゃ違法だけど。
日本人は性質的に、別にブラウン管でも番組内容は変わらないしスポーツ中継も見ないから全く困らないしこのままいいやって思う保守的な人だらけだと思うから、日本はずっと解禁されないと思う。
考えをまとめるためにこっちに書く。
基本的に昔から思いやりのある優しい人間として通ってきたけど、私は本当に他人に対して優しくなれるのかと自問自答すると、その答えはNoだ。
自業自得のなれの果て。
そういったものの全てに、優しくなれる気がしない。そこで気付いた。私はそれらを人間扱いしていない、と。どこまでも冷淡になれる自分に気付いて愕然とするとともに、連れとの価値観の相違にも気付かされる。生まれ育った環境がいまの私を作ったのだとしたら?
全てに優しくなどなれない。連れと話していて、それは過酷な仕事で荒んだ心がそうさせる一種の職業病かもしれない、と思い当たった。多かれ少なかれ、同業者は皆似たような思いを抱えたことがあるはずだ。それを何重にも包み隠すのが教養?そもそもそれは隠すべきものなのか?分からなくなった。
それが分かるまで、人生の修養は続くのかもしれない。
「私服」とは「私用の服」という意味で、「仕事用ではない」という反意語としての意味だ。
では「仕事用の服」とは何か。これは、日本では「制服」になるだろう。
uniはラテン語のunum(1)に由来し、「ひとつ」であることを示す。概念的には「まとまっている」に近い。
formは整っている、外形、枠などを意味するので、Uniformとは、つまり「外見を揃えている」という意味だ。
軍隊のほぼ設立時期から制服による「外見を揃え、見た目で判別できるようにしている」ことには意味がある。
中身の人間が入れ替わっても、組織内での立ち位置が明確になり、指揮命令系統が混乱しないからだ。
同様に、一般的に「制服」は、「その組織の人間である」ことを内外に示す。
「制服」とは、「人間を中身ではなく、服装によって規定し、組織を円滑に運営する為に強制する」ものだ。
「私服」とは、「外見によって立ち位置を明確にすることを強制されない服」という事になる。
エンジニアならば、言葉は様々だが、「型システム(Type system)」を理解している。
静的型付け(Static Typing)や動的型付け(Dynamic Typing)など、プログラムが円滑に動くために、取り扱いの単位に「型」をつける。
警察官の制服を着ていれば警察官として扱い、駅員の制服を着ていれば駅員として扱う。
さて、「制服」が、いわば人間の型宣言であるという説明をしたが、では「私服」とはどんな宣言になるだろうか。
「ダサいかどうか」を判別するブラックボックスがあり、そこに「私服」を入れて「ダサい」「ダサくない」の返答があれば十分だ。
それはUniformであり「規定された私服」はすでに「制服」だからだ。
常に「ダサくない私服」と判定されるのが「普通の服を普通に着た服」とするならば、それは「制服」ということになる。
それは暗黙的な宣言であり、私服ではなく「私服と呼ぶ、暗黙的に宣言した制服」となる。
さて、以上で「私服」と「制服」と「普通の私服と呼ぶ、制服」の話をした。
すると、エンジニアの私服がダサいのは、以下の理由から自明となる。
「私服」を着るのに、「普通の私服と呼ぶ、制服」を着るのは、論理的に矛盾する。
長年悩まされてた以下のような症状がたった一日のストレッチで劇的に改善された。
・全身の倦怠感
・いくら寝ても朝がつらい
・喉がつまった感じがして声がでにくい
・顔の歪み
・肩こり
・腰痛
・消化不良
日中は仕事でPCのモニタとにらめっこ、休憩時間や移動中はスマホ、家に帰ってもタブレットやスマホ。
こんな生活をしている人は多いと思う。つまりずっと首と目を酷使する生活を送っているわけだ。
自分自身こんな生活だったから、上記のような症状は職業病もしくは現代病として仕方ないと割り切ってマッサージや毎日のストレッチでやり過ごしていた。
毎日きちんと睡眠はとっているし、食事も偏らないように意識して、適度に運動もしている。
なのにこの泥の中を進んでいるような体にまとわりつく倦怠感はなんなんだろうとずっと不思議だった。
ある日、あまりの首コリに我慢できなくて、YOUTUBEで「首 ストレッチ」で検索したところ、以下の動画がヒットした。
https://www.youtube.com/watch?v=LbtHeXRD-aw
ストレッチをやった直後、視界がひろがって呼吸が楽になる感覚があった。
次の日の朝、目覚めがこれまでになくよくて、朝からう○こモリモリ。
いままでは首の後ろを触ると血行が悪いのかひんやりとしていたのがポカポカとしている。
なぜ首コリごときがここまで全身に影響を及ぼすのかはググればいくつも見つかる。
また、胸鎖乳突筋のストレッチと併用するとさらに効果は上がるハズ。
無理は禁物だが、一日数回を何日か続けると目に見えて効果がでる人は多いと思う。
まぁ、俺の場合はたまたまこれがジャストフィットしていたというだけであって、
本当におすすめしたい。
超ざっくり言うとこれでいいんだけど、シャアとかブライトみたいなZだとモテキャラに分類される連中がなんでモテるかを理解するために、カミーユとかカツとか司令官の人とかアムロとかモテないくせに女絡みのエピソードがあるやつが必要なんだよなぁ…
思いのほか読む人が限られてるからぼやくが、「二村ヒトシ×Zガンダム」という組み合わせはむしろすべモテを読んでいる人でかつオタクの人から見れば、かなり正当な組み合わせだと思うんだ…。オタク関連の話のところが80年代のオタが現在のオタをひっぱたいてるようなことをさらさら言ってるし.ただ、個人的に二村さんのフェミニストぶりが鼻がつくところもあって、(最近のオタクとフェミは相性が悪いところがある)からその辺はどうなんだろう…というのはある。実際問題男性向け・女性向けそれぞれの著書を読んでると同じことをかなり違うトーンで言ってるため「擦り寄ってない?」とも思う
AV絡みの人がフェミ化するのは職業病だと思っていて、これは少し前に見たAVのインタビューでもそうだし、AV女優側からの証言でも言ってたこと話だけど、女性がいないと成立し得ない商いだから、男側がすごく気を使ってキレイにしたり、別室に別れたりして向こうからNoが出ないようにしてる仕事. あとは僕がかなりうさんくさい仕事をしてた時にキャバクラかなんかお水系の経営者をしてたおじさんと仕事する機会があって、その時にも「経営者よりもむしろ女の子に高いお金を払うために仕事してるような仕事だったからイマイチやる気が出なかった」という話も聞いてる。彼がいい人すぎたのもあるが….
性風俗絡みは女性をこき使ってる客や世間のイメージとは裏腹に女性がいないと仕事が成立し得ない仕事(いい女の子を最高の状態で囲おうと思ったら、女の子が仕事しやすいよう最大限配慮する仕事)だから、男系社会があって成立仕事でありつつも、中身はむしろ女系社会だから中の人はフェミ化するのよね. だから、僕から見た二村ヒトシさんのフェミはどちらかと言うと、男系社会批判とか女好きとかそういうもの以前の職業病というか、普段身を置いてる世界から見ると「男って威張ってるし、努力してないっすよね。そのくせモテたいって言ってるっすよね」みたいなものから来てるんじゃないかな?と思ってる. ちなみに、自分のフェミぶりやダブスタ振りに対して女性から指摘を受ける分だけ自浄作用があるし、言い方変えても要旨はかえない点で二村さんは僕の中ではまだマシなフェミ。職業病から来るフェミでおかしいと思ってるのは峰なゆかの方で、アレは自分の職業病もそもそも男性像もかなり誤解してる.
平たく言うとAV女優に近寄ってくる人って女優を大事にしてる人か、何してもいいと思ってる人の二種類で後者がいるから仕事として成り立ちつつも、普段は後者から隔絶されてるお仕事だから後者の男を見て「男はダメね」と言われても、「そりゃ、最大限ダメなのが近寄ってくるから」としか言い様がない. AV関連の人に認知の歪みが出るのは、キャバクラや各種パブならあんまりひどい男から避けてくれるボーイさんも、あまりひどい客も男であり、両方ともが目の前にいることを認識できる環境にいるけど、AVって行為が行為だけに厳正なフィルタリングの元まともな男に囲まれた仕事になるから食い違う。結局、お水のお仕事の差は何かというと行為があるかどうかとか報酬が高いか低いかどうかというよりも、行き過ぎてる時にNoと言えるかどうかなわけです。逆に言うと一番ダメなのはボーイもいなきゃ、配慮してくれる相手との行為でもない初対面の相手と外で会う系統でかつ濃密な行為をするような仕事
いや、立たないだろ。
ってか、上の例に出てるケーキを3等分するとか、別にこいつが考えたものじゃないし、
おばあちゃんの知恵袋レベルの話。もちろんおばあちゃんは三角関数とか知らない。
「ケーキの半分の半分の所を目安にして中心から分けると3分の1にできる」って話で
これを自分で「三角関数から3分の1に出来る!」なんて奴居ない。
馬鹿だとこういう「知恵袋」知識の根拠をちょっと知った所で自慢したくて仕方ないんだろうな。。。
ってか、他の人も「仕事で必要だったから勉強した」とか「仕事に必要だと言われた」とか言ってるけど、は?
三角関数って普通に高校の最初で習う(多分今でもそうだと思うんだけども。。。?)ものなのに、
必要だと言われた、とか、仕事のために勉強したとか、何いってんの?
言ってることも単にほんとにsin cosだけの話みたいだし。
それ、四則演算とか漢字とか、そういうレベルだと思うんですけど。。。
それともここに出てきてる人たちはみな中卒なのかな?そうだとしたら仕方ないよね。
逆に、実際、数学の仕事してて勿論研究では三角関数は使うけど、
それ以外の事務とかの雑用では一切使わないし、普段の生活でも一切使わない。
勿論仕事仲間とかと話してる時は雑談の中でも冗談半分に気になった長さとかの話で使ったりするけど、
そんなのは職業病みたいなもので他の人にはしないし別にそれがあるから役立つ様なものでもない。
他にも、勿論数学使う職業の人は使う人も居るかもしれないが、一体どれだけいるのか?
別に「sin cos要らない」と言う発言を擁護する気はさらさらないが、
そうではなくて、逆にそんなの知ってて当然だし「仕事で使うよ!」とか叫ぶレベルの物ではない。ただの教養レベル。
それを上みたいに反論してる人たちは、よっぽど数学が学生時代に出来ずに屑だったのが、
仕事で使う様になって仕方なくやって少し出来る様になって、「すうがくせんせい」になってしまっているのかな、と。ほんとキモイ。
それでドアを開けてみると、そこには蟻が立っていた。
「ちっとも悪いことないよ」とおれは言った。
蟻とおれは大学の同期。
蟻はせっせと働いて今では大規模なプロジェクトをひとつ任されるようになったそうだ。
かたやこのおれは就職に失敗してイオンのバイトで生計を立てている。
おれが差し出したビールを一気飲みした蟻は言った。「最近大変なんだ」
「そうだな。蟻って忙しそうだもんな」
「仮眠を取る時間さえないんだよ」そう言って蟻は煙草を取り出し火をつけた。
「蟻は寝ないんだ。その代わり仮眠を何百回と取って……」
「その話なら学生の頃に聞いたよ」とおれは言った。
「ごめん」と蟻は謝った。「年取ったせいか同じ話ばかり繰り返しちゃう」
「それはおれも同じさ」とおれは言った。「誰だって年取りゃ耄碌する」
「『大人たちに褒められるようなバカにはなりたくない』って、今も思ってる」
「完全な中二病だな」
「分かってるよ。だけど気持ちは今も変わらないんだ」
おれたちはブルーハーツを BGM に仕事の愚痴を語り合った。
「任されたプロジェクトなんだけれど」と蟻は言った。「これが厄介でね」
「僕より下位に属するヴェテランの社員が、僕の言うことを聞くなって言い出して」
「セコい男だねえ」
「知ってる? これもパワハラの一種なんだよ。訴えようと思ってる」
おれは溜め息をついた。思ってる、って言っている時点でダメなんだ。動かないと。
ビールがいい加減に回って来た蟻は言った。「そう言えば、これは話してなかったね」
「どうしたの?」
「ありゃまあ。糖尿病?」
「なるほどね」
「職業病なんだ。糖尿と虫歯と、あと顎が外れるの? それに耐えなけりゃいけない」
「それはまた残酷な話だね」
「残酷だよ。どれだけ働いても昇格出来ない。女王様にはなれない」
「真面目に話してるんだよ。キリギリスくん」
「おれも真面目に答えてるよ」とおれは言った。「先のないおれよりはマシだ」
「そうなのかな……最近、キリギリスくんのことが羨ましくなって来たんだ」
「でも蟻は辞める気はないんだろう? 一匹蟻だと何にも出来ない」
「そうだよ。情けない話だけれど」
おれは洗い立ての制服を部屋に取り込んだ。これから仕事なのだ。
合鍵は渡してあるし蟻がおれの部屋から盗むものなんて何もない。
本当だ。時間さえも盗まれたという自覚はない。おれと蟻はその程度には仲良しだ。
商業BLも同人もどっちもよんだよー商業BLも受けキャラがだんだん女っぽくなったりすることあるよね…だったらハプニングありの恋愛マンガでいいじゃんと思ったりする。
男性向け恋愛漫画にくらべてもBLのほうがキャラは豊富な感じがするかな。まぁセックスセックスぅ!みたいなのは両方にあるわけだが。余韻が残って切ないのはどっちかってとBLのほうが多い気がする
小説はねー…ちょっとツッコミがマンガに比べて多くかつ厳しくなりがちなので手は出しておりません。恋愛ものどころかその他の小説でも「ツッコミが追いつかない!」ということがよくあるので…職業病かもしらんぬ。
http://anond.hatelabo.jp/20141128102439
jsとIPの方の調査がお見事だったので、便乗して自分がテキスト読み込んで気になった点を。
結論から言うとこのテキストは政治家もしくはその身内が書いたものだと8割くらい確信してる。
日本は、技術者、研究者、経営者は世界のトップレベルだと感じますが、政治家はそれらに比べてひどく質が落ちるという感じは否めません。
記者質問の場で人目を憚らず号泣したり、大臣でもあった有名女性2世議員の政治資金をめぐる対応を見ても、その質の低さを痛感いたします。
ここの結び。
これって、書き手が政治家自身じゃないと筋が通らない文章構造なわけ。
あと、「痛感」って自分の身が痛いってこと=反省しているときによく使う言葉、だよね。
つまり
を直訳風に書き直すと
「自分は、身内の質が低いことについて、あなたに対し反省し恥じています」
「政治家である自分は、同族である政治家の質が低いことについて、あるじたる国民のあなたに対し反省し恥じています」
となる文なわけ。
謙譲語って「身分の低いわたし」から「身分の高いあなた」つまり書き手と読者が別集団に属する場合に使用する言葉で、「国民が国民に呼びかける」って文の建付けと、真っ向から対立しちゃう。主語を意図的に省略した文を書いたのに、いつもの「有権者様に対してへりくだる癖」が出たとしか。職業病だね。「政治家カテゴリ」に野々村議員も小渕議員も筆者も含まれる&議員は常に客体である国民より下の身分というタテマエが刷り込まれているため、こういう書き方になる。これも主語サイズ問題の一種。
納得出来ない人は逆のケースを、もうちょっと一般的に考えてみよう。
あなたが同僚に対し、買ってきたケーキがまずかった話をするときどう言うだろう。
「ケーキの質が低いです」または「ケーキの質の低さが際立ちます」くらい?
「ケーキの質の低さを痛感いたします」とはまず言わないでしょ。
じゃあケーキ店オーナーが、実食した自店舗のケーキがまずかったことを客に詫びなければならない時は?
半信半疑だった自分が「あ、これ決定的にあかんやつかも」と判断した最大のポイントはそういうこと。
2カ所目は
誰に入れていいかわからないのは、政治家が政治への関心を持ってもらおうとする努力を怠っているということの表れでもあります。
弱いけど、「痛感いたします」を踏まえた目で見ると傍証として。
「政治家が政治への関心を持ってもらおうとする努力を怠っている」という言い方は、やはりあまりに書き手が政治家側に寄りすぎている。「もらおう」謙譲語、「努力を怠っている」わがこととして反省しすぎ。
一般人が書くなら
「政治家が政治への関心を呼び起こそうとしなかった怠慢の表れ」
くらい?
上記2つの論点以外の+1としては、全体に「てにをは」が滅裂&説明不足の慣用句多すぎという、文章の素人っぷり。
これは、自己主張やアピールによって、政治的リーダーになることが原則の民主主義においては 、「能ある鷹は爪を隠す」「沈黙は金」といった風潮の我が国では 、どうしても優秀な人材が後ろに控えてしまう傾向があります。
↑「は」何回使うねん。
そんな慣用句知らん。カーライルは「この国民にしてこの政府あり」と書いたけど。渡辺美智雄は言い間違えて「この国民にしてこの議員」って言ったんだって?
(ちなみにこういう言い間違いは、ネット探偵の重要な手がかりだったりする)
グローバル化する世界で 、国家間のせめぎ合いが増してゆくなかで 、国内外において、外交、経済にとどまらずあらゆる分野において優秀な政治家の必要性は、ますます高まってきています。
↑「で」何回使うねん。
あと「国内外において、外交、経済」は「国内外において」が不要だし、「代々の政治家系の世襲議員」とか重複表現が多すぎる。
これテキストをちゃんとしたライターが書いてたら、絶対にリテイク食らうレベル。
つまりそれがないってことは、書いたのはずいぶんと偉いひとっつーかクライアントの直筆なんじゃねーの、という(サイトの社長直筆テキストとかにありがち)。+1のこっちはこじつけ感もあるけど。
毎日恫喝されてる人にこんな事言っても気休めにもならないけど、
上司はあなたに活を入れてるつもりであって、欲しい返答としては、あくまでもあなたの決意が聞きたいんじゃない?
新人研修のノリだと思えばいい。
「やれなくてもやります!」
「やれないのにどうやるんだ!」
「やるのか!言ったな!約束だぞ!必ずやってこい!」
「はい!」
みたいな。
まあ自分で書いていても、これじゃ体育会系の脳筋のやり取りだよとは思うけど。
書いててバカバカしいと思えるくらいなんだから、当事者のあなたはきっと心底うんざりしてると思うけど。
唐突だが、訓練課程の時に自衛隊の人がよく使う言葉らしいんだけど「バカになれ 時間が解決 してくれる」って五七五があるんだって。
陥っている苦境に対して自分の頭で考えてあれこれ批判して嘆くのも、人間の反応としてはごく全うなものだけど。
その異常な職場に対して少しずつ慣れていくのも、仕事の内なんじゃないかな?
「こんな生活を続けていたら自分はおかしくなってしまう!」と思うのももっともだけど、職場にあわせて歪んでいない人間なんていないから。
社会人はみんな職業病にかかってるから。それはどこの職場に行っても一緒だから。
なら、今の職場で頑張った方がまだ楽なんじゃない?
では、前回のブックマークコメントを参照しながら自論を展開していきたいと思います。
simplemind だが「誰かの悪口を言ったら返ってくる」のは本当に「基本」だろうか?街で「年収○○万円の男なんてw」とdisっても普通怒られたりはしない。「disりっぱなし」は(残念ながら)常識的には正常な「態度」なのでは
http://b.hatena.ne.jp/simplemind/20131224#bookmark-174706694
素晴らしい指摘だと思います。
たとえば私が喫茶店でジュースを飲んでいたとして、そこで隣のテーブルに居る女性2人組が大声で
「年収○○万円の男なんてゾッとするよねー」
とお喋りしていたところで、それに対して私が議論を吹っかけたり、殴りかかったりすることはまずありません(非常識な彼女らにビックリしてチラ見はしてしまうでしょうが)。
私が公衆トイレでおしっこしてるときに、隣でションベンしてるおじさんがオナラをこいたところで、私は「屁ぇこくなよ!」とは言えません。
おじさんと私は友達ではないのですから (ダウンタウンの浜ちゃんは職業病で、そのような状況のときにおもわずツッコんでしまったそうです)。
ところがこれがネット上になると話が変わってきます。「年収○○万円の男なんてゾッとするよね」「結婚しない人間って何考えてるんだろうね」
とブログで言っている女性が居れば、私は彼女達を非難します。また、いつもホットエントリに入っている屁のように臭いブログがあれば、猛烈に叩きます。
もちろん絶対に叩く!というわけではなく、その日の気分によって叩く叩かないは変化しますが。
我々はなぜ街中だと非常識な人間をスルーするのでしょう。我々はなぜネットだと、特にブログやツイッターになると、非常識な人間を見たときに叩きたくなるのでしょう。
私はこの問題を考えているときに、「儀礼的無関心」という言葉を知りました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%80%E7%A4%BC%E7%9A%84%E7%84%A1%E9%96%A2%E5%BF%83
私たちは電車に乗っているとき、他人を凝視しません。それは、たとえば特に電車内のマナーにうるさい日本だけではなく、アジア・アメリカや欧州南米でもそれは同じでしょう。
Daniel Powterというカナダ人歌手の「Bad day」という曲のPVを見ると、これには男女の主人公が居るのですが、
男の主人公は電車内で、歴史を感じさせるような老夫婦を尊敬の眼差しを持って見つめます。
女性主人公は幸せそうなカップルを少しうんざりした様子で見ます。けれどここで重要なのは、彼らは決して無礼な態度では観察していないということです。
「お前何見とるんや」
と因縁をつけられない程度の態度で他者を観察しているのです。もしパッと目が合ったら私たちは目を逸らしますよね。
これは現実での振る舞いとして適当でしょう。私たちはそうやって日々を生きています。儀礼的無関心を遂行しているのです。
インターネットではどうでしょうか。我々はいくらでも他者を観察できます。ネットでは「お前何見とるんや」と言われることはまずありません。
他者をいくら観察しようが、いくらイヤらしい意地悪な目で見ようが、その行為の代償を払う必要はありません。
私を含め、古参インターネットユーザーたちはこの2つの世界を行き来していました。儀礼的無関心が必要な現実社会と、儀礼的無関心が義務ではないネット社会。
ところが昨今、特に2013年はそれが大きく変化した年となりました。
2013年を語る上で欠かせないのが、ツイッター冷蔵庫侵入事件です。
デジタルネイティブの若者たちは、コンビニの冷蔵庫に侵入しアイスを靴で踏みつけたり、レストランの備品に自分の身体を擦り付けたり、スーパーの売り物の食品に乗っかって遊んだりして、
そうした行為をスマホで撮影し、ツイッターにアップしました。そうした写真は瞬く間にネット上で拡散されて、ネット社会と現実社会の両方で大きな議論が巻き起こりました。
我々が外食したり、また食品を買ったりするとき、実はそれにはどこの馬の骨とも分からないDQNたちの体液がついてる可能性というものが大きく可視化されました。
主要紙もネットユーザーもバカッターバカッターと彼らDQNを糾弾しました。
「悪ふざけするのは良いとして、ネットに公開するということは全世界に公開するということだ。考えてやらないと。」
「目立ちたいだけだよ。有名になりたい馬鹿たちなんだよ。」
はてな民は偉そうに言っていました。
しかし私はどうも違和感を持っていました。「そもそもあのDQNたちは全世界に公開してたつもりなんて1ミリも無かったのでは?」
たとえば、私がコンビニで買い物をしていたとして、そのときちょうどあのDQNが靴で冷蔵庫の中のアイスを踏みつけていたとします。
私は彼に注意などしません。注意して、彼の仲間たち3人くらいに囲まれたらどうするのでしょう。怖いです。
私はここで必殺「儀礼的無関心」を放ちます。ギャーギャー騒いでる若者たちをスルーするのです。
本当は注意するべきなのでしょう。しかし生活していくなかで、そういうリスクはなかなか背負えません。
みなさんもそうだと思います。関わりたくないことには儀礼的無関心を遂行してやり過ごすでしょう。
さて、それがインターネットで繰り広げられていたらどうでしょう。
冷蔵庫のアイスを踏みつけたDQNたちは写真を撮り、それをツイッターに上げます。彼らは、たぶん仲間内だけに見せるつもりなのです。
「健太が冷蔵庫に侵入した結果www」てなもんです。青春の一ページです。
そうこうしているうちに、偶然にも私はその写真を見つけてしまいます。「あ!あのときのあいつらや!」
私は、現実で儀礼的無関心を強要されたあのときの惨めな気持ち、後ろめたさがよみがえって来ます。
「許せん!」
私だけではありません。DQNに儀礼的無関心を強要された人たちは山ほど居ます。そういう人たちが、DQN健太くんの冷蔵庫侵入写真を見たらどう思うでしょうか。
「恨み晴らさでおくべきか」
となるのは必然ではないでしょうか。
また、そういう恨みが無かったとしても、我々の誰もが買う可能性のある商品に不衛生ないたずらをしかける彼らの姿は、人々をとても不安にさせます。
そう、ここはインターネットです。コンビニで彼らを見たときのように儀礼的無関心をする必要はありません。鬨の声を上げるのは今です。
我々は彼らの個人情報をゲットします。お店の情報をゲットします。お店に電話し、彼らの家に電話し、ネット上に彼らの情報をバラまきます。
怒り狂った2ちゃんイナゴたちは暴れ周り、その結果お店は潰れ、DQNたちの就職難易度はとても高くなりました。
騒ぎが終わった後、DQNたちはどう思ったでしょうか。「ダチでもねぇ奴が勝手に俺らの写真を覗き見して勝手に大騒ぎしていった」と思うのではないでしょうか。
「現実ではスルーするくせに何でネットだと食いついて来るわけ?」とも。
これは儀礼的無関心が必要な現実社会と、儀礼的無関心が義務ではないネット社会との狭間で起きた事件です。
若者たちは混乱しています。「現実では何も言われないからネットでも大丈夫だと思ったのに・・・」
そしてこれはサードブロガーやはてな女子の問題に繋がって行くのです。
「30代でオシャレしてるOLwwwあたしゃああならんわよw」
ということを平気で言います。しかもそれを、日本のネット上でも最も気難しい人たちの居る「はてな」でそれを行います。
これはハッキリ言って場違いです。「年収○○万円の男なんてゾッとする・・・」「結婚しない奴の意味がわからんwww」「30代でオシャレしてるOLwwwあたしゃああならんわよw」
なんてのは、普通はオフラインで言うことです。誰にも聞かれないところで、女子会でやるべきです。喫茶店でやるべきです。
オフラインなら、我々は儀礼的無関心をできます。「酷いこと言うんだなぁ・・・」とは思いますが、彼女らを打ち倒そうとは思いません。
ところが彼女らは冷蔵庫侵入DQNと同じように、オンラインでそれを公開してしまいます。
オンラインでそんなものを公開してしまえば、はてなの妖怪たちが黙っているわけがありません。小難しい理屈を並べ立て、罵詈雑言を浴びせます。
「ほぉーそんなこと言うってことは喧嘩(議論)する気なんやな?オモロなってきたで!」てなもんです。
「友達でもない人が勝手にアタシのブログを覗き見して勝手に怒ってる・・・」
「女子会でこんな話しても誰も怒らないのに何でネットでは怒られるの?」
こう言われてしまうと、妖怪はバツが悪くなって攻撃の手を止めてしまいますし、さらに疑問がむくむくと沸いてきます。
「なんで議論する気ないのにそんなこと言ったの?ここは儀礼的無関心から解放されて忌憚なく議論する場だよ?」
上の言い方では少し強過ぎるかもしれません。もっと適切に言うと「反響が欲しくないのなら何で公開したの?」
ということです。
つまりはてな女子たちは、ブログで何を書こうが、現実と同じように、儀礼的無関心を他の人がしてくれると思っているのです。
冷蔵庫に侵入した若者たちと同じように。しかしその態度は、私にはとても無責任なものに思います。
「私は誰かに関心を持って悪口言うけど、みんなは私に無関心を装ってね?」といったところでしょうか。
はてな民はそれを了承しませんでした。だからはてな女子筆頭の体調わる子は苛烈な攻撃を受け退場して行きました。
「俺は好きなこと言うけど俺に好きなことは言うな」という態度のサードブロガーや虚構新聞も苦戦を強いられています。
この虚構新聞の苦戦に関しては、ネトウヨがネットの外に出て行ったことに強く関連しているので、後日それについて論じたいと思っています。
以上が、私の「現実とネットによる儀礼的無関心の違い」といったところでしょうか。
この儀礼的無関心の取り扱いの違いが、今後どうなっていくのかも後日論じたいと思っています。
上の質問を都内ですると返ってくるのが
っていうのが自分の周辺で、とはいえmixiって迷走していてfacebookに移動しようかなって言う人が結構出てきているのが最近の周辺なのかなと。
4月に会社を辞めて、ボランティアやったりで茨城、福島、岩手あたりを行ったり来たりする機会があって、
どこ使っているか聞いてみたんだけど、
の順なんだよね。
モバゲーのおかげで震災後も安否確認取れたとかいう話も聞いて正直びっくりした。
GREEはモバゲーほどではないけどつかっているという人多かった。
mixiつかっている人もいるんだけど、しらねって言う人も結構いたりした。
facebookはぜんぜんだねwww高校生位の若い子がちょっと使ってたくらい。
勝手な推論だけど、
CM量の多さやコンテンツの豊富さがモバゲー,GREEを地方の情報インフラとして生きているのかな。
確かに使ってみると、ゲームだけではなくmixiのようなSNSの機能はほぼそろえていて、機能もmixi以上といえる。その分ごちゃごちゃしているといえばそうだけどこれは慣れの問題だろうと。
とはいえもう少し上の世代30後半の人はヤフー、グーグル使うってのが圧倒的だね。
ヤフー、グーグルの圧倒的な強さと、SNSではもはやmixiではなくモバゲーがダントツになりつつあるのかなとこれは新しい発見だった。