はてなキーワード: 飲み会とは
4月以降、社内の飲み会や取引先との会食は自粛となっていたが、8月になりルールが緩和され「10名以下かつ個室であれば可、但し二次会は不可」と変更された
会社からのお許しも出たしということで、お盆休み明けに私たちは仲の良い同期社員たちと4人で飲み会をすることになった
最初は各自の仕事の状況などを話していたのだが、ふとしたタイミングで9月末で結婚退職する予定の同期の女子社員の話題になった
「槍田さん(同期の女子社員)の結婚相手って営業部の〇〇だよね 槍ちゃんの本性知ってて結婚するのかな」
「槍ちゃん社内で色々手出しまくって他の女子社員からめっちゃ嫌われてるからなー 誰かが密告してるかも」
そういった話を聞かされて私は少なからずショックを受けた 槍田さんは巨乳で気さくなので男受けが良い
自分もかわいい子だと思っていたしチャンスさえあればと考えていたこともあった が、まさか社内でやりまくりだとは全く知らなかった
「あの子酔うとすぐその気になって、誰でもOK的な感じになるからなぁ 最初の研修のときも同期の男に手を出され放題だったよね 来るものは拒まず的な」
「一時期(同期の)▲▲と毎晩飲み歩いてたでしょ 俺は1回こっきりだから一般会員だけど▲▲はプラチナとかダイアモンド会員じゃね 毎晩乗り放題でマイレージ貯まりまくり」
そうか…同期の連中はあのおっぱいを揉んだり吸ったり挟まれたりしたことがあるのか…
自分だけが取り残された気分になり、酷く落ち込んでいたところで急に話をふられた
「そういえば増田は槍ちゃんとは何もなかったの?かわいいっていってたじゃん」
「いやーどうも社内恋愛だけはする気なくてね、自分はマイレージ会員ですらなくてLCC専門だわ」
「なんだよLCCって」
「バニラエアとか」
そんなくだらない話をしていると時間はあっという間に過ぎた 二次会は会社から禁止されているので、一次会のみで解散した
私は駅から自宅への道をとぼとぼと歩きながら、先ほどの飲み会での会話を思い出していた
好きだった子が社内でやりまくりだった 誰彼問わずやりまくりだったのに、自分はその中に含まれていなかった…
大体何がダイアモンド会員だよふざけるな、そう考えながら私は呟いていた
さっき読んだのがワンオペ家事で相当キテるのに夫に家事手伝ってほしいなど言わずに飲み会も黙って送り出してる様子が書かれていた
黙ってるけど飲み会行くとこに対してグチグチ思ってるのに相手に言った様子がない
そんな状態でセックスして二人目妊娠してまた家事子育て仕事に死にかけてるところまできてブチ切れて家出していた
自分の母親に不満は言ったのかと諭されて家に帰っていったけど、こんなの世の中に溢れすぎじゃない?
ああいうエッセイ描く人って、他人のもの全く読んでないんだろうか
読んだ上でいやうちはこうなんだ!と描くことがあるならいいけど
相手に家事を手伝ってほしいと言ったのにしてくれないならまだわかるけど、全然何も言わなくて突然ブチ切れるの意味がわからない
言わなくて察しろとか、家事じゃなくて仕事でも言われる立場だとしんどいでしょ
昨今、例の感染症の関係で休業や短縮営業となった(なっている)お店が多いと思う。主に飲食店に多いのではないだろうか。
この話は私がアルバイトをしている飲食店が休業になった際の話です。
あらかじめ断っておきますが、飲食店と言っても大学と少々関連がある飲食店(ご想像にお任せします)ですので普通の飲食店とは事情が違うかもしれません。もしも奇跡的にこの記事に辿り着いた皆様のご参考、ないし暇つぶしになれば幸いと思います。
4月某日でした。全国的に緊急事態宣言ムードが出てきた中で、私が在籍する大学の活動制限レベルも上がったのに伴って「4月○○日から5月××日まで営業時間を短縮させるためアルバイトは休業です!」とのお達しが店舗職員から届いた。バイトのシフトは月単位で出るものであったためか、「シフトが決まっていた分については休業手当を出す、それ以降の分は出さない」との返事。よくわからん。理由を問うと、「パート職員と同じ対応にしたんじゃないか」とのこと。まるで要領を得ないが店舗職員とて上からのお達しを横流ししているだけであろう。問い詰めても申し訳ない気もしてその日は一応それで話を収めた。
翌月の××日が近づいたある日、案の定と言うべきか、「当面の間短縮で営業とするためアルバイトのシフトは当面ありません」とのお達しが届く。もちろん休業手当はあるわけがない。お国やJASSO、大学からの給付金があったにしても貯金は目減りしていく。飲み会や外食をしなくても金は減るもんだと思い知る。単純に自分がアホなだけなのかもしれないが、生命を維持するコストは一定だなんてツイートも最近見た。うーんこれは険しい。
これは休業手当をもらえるように動くしかないと決心した。学業上の理由があり、8月頃に地域の労働基準監督署へGO。その際の解答を簡単にまとめると以下の通り。
ということでまずは勤務店舗の職員に相談してみる。正直門前払いされるかと思ったら「まぁ…なんもないのはつらいよな…」とかなり同情的に接してくれる。これは正直意外ではあった。更に聞くと近いうちに会議があって上と話す機会があるのでその時に聞いてくれるとのこと。これはありがたい。
しばらく待っていると上(以下、A氏)と話す機会まで作ってくれた。これもありがたい。その際に「いくらほしいのか、その根拠も合わせて示してくれ」とのことだったので一枚ほどの文書にまとめて馳せ参じることに。監督署に行った際に金額についても試算してくれたため、その際に教えてもらった金額や根拠となる法律等はある程度ググれば出てくるので、それらをまとめればよかったので現在執筆中の論文よりも遥かに楽だった。
とりあえずアルバイトが再開するまで、少ないとは言えお金が入ることは嬉しい。一応、「勝利」なんですかね。よくわかりませんが。
こんな取り止めもない話を最後まで読んでくれて感謝します。ということでオチを。
私は年度末に卒業を控えた身分であり、論文執筆中ということもありなかなか今から新たなバイトを探すというのも難しいのだ。
A氏「うちも売り上げが去年より激減しているからねぇ…。次の契約更新のタイミング(12月末)で更新しないかもしれない…。」
電車の中で肛門にバイブ突っ込まれたり、飲み会で酔っ払って気がついたらラブホめ肛門にバイブ突っ込まれたり、友達だと思ってた女性にいきなり肛門にバイブ突っ込まれたりするようなもんじゃないかと想像してる。なにか突っ込まれるのって怖い。
都庁前駅近くで打合せ(飲み会)して他の人達もみんな都庁前駅から帰ったから
自分も一緒に都庁前駅から帰ったっつって会社に都庁前~北千住までの交通費として落としてもらおうとするのは
有りか無しか
連日徹夜で大変だったからといって(それでもほぼ毎日仮眠しにホテル宿泊していたが)
帰宅せず15時半~翌日8時まで漫喫で仮眠した分を会社に経費として落としてもらおうとするのは
有りか無しか
打合せも徹夜での仕事も会社や出向先からの命令でもなければ許可されたことでもなく
どうせ打合せの時の交通費も実際には定期ルート使ってんだろって思うし
15時半だったら家帰れよ翌日8時までいられたんなら朝家から来られるだろ
と思うしな…
と思ってウッキウキで家を出ると、道でマスクして歩いてるアホどもが見える。
夏やぞ?
暑くないのか?
暑くないというか、マスクした方が気持ちいい(物理)なら勝手にすればいいけど、1ミリでも耐える気持ちでやってるならやめようよ。バカじゃん。
自然療法でガンを治そうとしてるガン患者への助言に似ているが、
ガン患者と違って街を歩くマスクマンは、ただの元気な人なのだ。
ガンになったことでメンタルを病んで選択を誤ることはあるかもだけど、
元気なのにマスクしてるやつは、いったいどうしちゃったの?
給付金の一律給付が平等だと信じてやまないのだ。おかしな思考だ。
私は元々薄給だけど、この感染症流行の影響を1ミリも受けてない。お金持ちってわけじゃないから10万円はありがたく受け取ったけど、本来私のような人間に10万円は配らなくていいんだよ。ガチで困ってる人に20万あげた方がいいに決まってんだろ。
一律給付派の人って結局、持続型給付金とかの申請がめんどくせーだけだろ。つまりただのバカ。楽して国の金で暮らそうとしてるだけ。数年後の自分が税金として払わなきゃいけないのに。そんな想像もできない、目の前しか見えてないやつ。
「今年いっぱいは旅行無理かなあ」とか言ってそう。
逆になんで来年になったらできるの?
インフルエンザを他人に移して死なせちゃったら嫌だよね?インフルエンザは薬があるのに毎年たくさん死ぬ怖い病気だよ?
車にも乗っちゃダメだよ?事故で誰かが死ぬかもしれないからね?
もう一回聞くけど一生マスクつけて生きるつもりなの?
メリットをずどどどっと追加されたことに首をかしげちゃう系派遣事務社員です。
有休取得はよっぽど繁忙期でない限り何も言われないし、
理由も聞かれないし、
お昼は一人で食べていいし飲み会は年2回程度だし、
基本定時帰りで社員同士さんの仲も良くて
「いいとこ当たったな~」と思いながら働いてる。
上記のような好条件が義務化されたことに思ったより絶望感が大きい。
具体案はまったく思いつかないけど、
ある程度の資格持ちとか条件ありにしてくれ~って思ってしまう。
触れる権限増えない?
万が一ミスしてもどうせ派遣だから最終的な責任は正社員がとるから大丈夫」
ってある種リラックスしながら取り組めてる現状からはじき出されない?
みたいな疑問符だらけになってる。
すごく良い制度だと思う。
ロンダリングじゃないけど、向上心がある人はそれでいいと思う。
私みたいな「とりあえず生活に困らなければいい、仕事にストレス積み上げたくない」
好条件激務<低条件なまぬる
って人には「非正規だけど正社員と同じ待遇だから正社員並みの仕事してね!」
って言われるリスク高くなる今回の派遣法改正はちょっとした絶望感。
っていうのを今年の3月だか4月辺りに書いてエントリせずに残ってた。ので供養上げ。
今のとこ超激務にはなってないけどコロナでどうなるやら。
派遣切りはなさそうなんだけど、どっちにしろ来年で期間切れるから
次のとこってなるけど派遣先が激減してるしなー
今月、4年半続けた仕事をやめる。
どうしても感情の整理がしたかったのでここに場所をお借りして書き連ねる。
退職理由は「職場の雰囲気が悪いことと、未来が見えなかったから」。
つらつらとこれまでの足跡を紡いでみたい。
1年目、配属された時はとても良い職場だった。
同年代の若い先輩が多く、職場は明るい雑談で盛り上がり、コミュニケーションを多く取りながら仕事が出来る職場だった。
若手の研修・育成もそれなりにしっかり行える環境で、仕事に必要な知識を半年程度で学ばせてもらった。
先輩達は私を明るく迎え入れてくれ、飲み会や遊びも沢山連れていってくれた。とても楽しく過ごしていた。
1年目の秋から、その年度に新しく移動してきた支店長が、組織の改革に乗り出した。その支店長は、別の支社から来た人間で、完全にパワハラ気質だった。
部下の部長や課長を怒鳴り上げ、萎縮させて無理な目標の仕事をどんどんさせていった。
支店長が掲げた組織改革は、俯瞰的な目で見れば確かに組織のタメになるものだった。ただし、余りに急なスケジュールで、組織と仕事のリストラに近いものであったために、現場社員の士気はどんどん下がっていった。
私の係から、組織改革担当を2人抜かれて残った私はわからないながらも先輩1人と四苦八苦しながらなんとか仕事をこなしていった。
2年目になると私の仕事は徐々に増えて、単純に業務量に押し潰されるようになり、残業も増えていった。
私は元々要領が悪く、コミュニケーション力に乏しいため、「何でそんなに残っているの?」と係長から度々言われる度に更にどんどん自分の仕事の報告が出来なくなっていった。また、隣の出来る先輩にどんどん仕事が集まっていき、私はどんどん職場で信頼を失っていった。
それと同時に、職場は組織改革に反対する人達が毎日文句を言うようになり、少しずつ職場の雰囲気が悪くなった。人材育成や新たな投資に対する予算も付かなくなり、前向きな仕事は無くなっていった。
2年目の夏頃から、私は「何でこんなに仕事が出来ないのだろう」と悩み続けて、休日も引きこもることが多くなった。それは思い込みや言葉にならない抽象的な不安であることも多く、友達や同僚に相談することは出来なかった。いや、それすらもわかってもらえないだろうと諦めていたのかもしれない。
いつからか、すっかり自分に自信をなくしてしまい、何とか仕事に向かっては、負の感情が延々とループして、思考力をすっかり失った脳を酷使しては、何とも言えない成果を残して春を迎えた。
3年目に、運良く子会社出向の打診を受けて、プラント現場の技術員として3年間限定で出向となった。この職場は自分にぴったりで、プラントの故障の対応や、効率的な運転を考えたりと、誰かに相談することなく自分の考えたことが目に見える成果として出ることに喜びを感じるようになっていた。去年抱えていた悩みが嘘のように、毎日ストレス無く過ごせていたと思う。
出向2年目になった4年目は、プラント設備に熟知したことで、仕事にマンネリ感を感じ始めていた。
新しい仕事に取り組みたい気持ちが強かったが、出向先が「3年間で帰る人間に新しい仕事をさせても」といった感じで、私の仕事は、日々同じことを淡々と行うだけになっていった。自社のプロパー社員を多く育成する時期でもあったため、また私から仕事が減っていくことになった。
マンネリ感を打破しなければならない強い危機感を感じていた。しかし、怠惰な私は日々の淡々とした仕事に流され、何となく仕事をこなし4年目が終わろうとしていた。
そんな時に、出向元から契約を1年残したまま支店に戻るように通達があった。私は強烈に反発した。
合わない仕事を何故させるのか、契約は1年残っていたのではないか、どういう人材育成プランと評価で戻すのか…たくさん疑問はぶつけたが、回答はなかった。
かつてのパワハラ支店長は別の支店に異動となっていたが、組織はもはや陰鬱とした状態となっていた。
組織改革は未だに続いており、組織改革チームの人間も当初から入れ替えられ、若手も組み込まれていた。
組織改革は、組織の目指すべき目標としては浸透しておらず、全員がただ、「やることだけが決まったこと」だけに対してゾンビのように働いている。
組織改革チーム以外の係にも、依然として前向きな仕事はなく、毎日全員が異動したいだの無意味な仕事だの呟くような有様だ。
僕は4月からこの職場でやっていけるかがそもそも不安で、自信もなかったため、転職について本気で動き始めていた。さらに、陰鬱な職場の雰囲気が私の心理にも作用し始めて、2年目のようにどんどん自信は失われ思考力は日々低下していき、6月頃になると社内ニートのような状態になった。でも、もう辞めるし良いかなと開き直り始めていた時期でもあった。
ひそかに進めていた転職活動が身を結び、8月終わりに10月からの転職が決まった。
職場に報告すると、全員驚いていたが引き止められはしなかった。君がいなくなると困る、と言ってくれる人もいないのが、逆に胸をスッとさせた。
私は、来週を終わりに有給消化に入る。
本当はずっと休みたい。
ただ、社内的にまだオープンに出来ないらしく、このタイミングでの有給取得は不自然だからやめてくれと言われて、渋々出社する。特に引き継ぐこともない。
この半年は、何も得られなかった。
何も得ようとしなかったのかもしれない。
友達と離れ離れになることは寂しいけれど、このままだと自分がダメになるから、仕方がない。
何が得られたのだろうか、この4年半、本当にしたい仕事は出来たのだろうか。何かの目標に向かって進めたことはあっただろうか。
私は元々、内向的で夢見がちで傷つきやすい、いわゆる「生きづらい」タイプの性格をしている。
次の転職をまたすぐに考えやしないだろうか。
何を目標に生きていくのだろうか。
とにかく、自分の信念に従って進んでいけば
きっと何かが見えてくるのだろうか。
俺はもともとヘビースモーカーだったが(1日20〜30本)、10年前の大増税で禁煙外来ですっぱり辞められた。リバウンドも全くない。
毎週のように飲み会に行き自宅でも毎晩酒を飲んでいた。おそらく初期のアル中だろうと自覚していた。
今年子供が生まれたのをきっかけに晩酌することを辞めた。嫁さんが免許を持ってないから何かあったら俺が車を出さなきゃならないのでな。
禁酒したつもりは無いので飲み会には参加するつもりだったがコロナの影響で結果的に丸2ヶ月ほど飲んでないが案外平気だ。ノンアルや強めの炭酸で代用できている。
いくらなんでもそんなむやみやたらに出したりはしないよ いけるかどうかしっかり見極めたうえで出してる
少し前の話だけど会社の飲み会のあと、人妻さんと二人で二次会に行くことになったんだけど、「明日は休みだし今日はまだまだ飲もうよ」と言われたんでこれはOKなのだなと判断して
東海で働いたことがあるんだけど、京都出身ですっつったら、どうして舞妓にならなかったの?って言うおじさん多すぎな。
舞妓は中卒でしかなれないし、修行しんどくて途中で逃げ出したらそこからまた高校行ったりしないといけないし、相当根性がない人じゃないと出来ませんっつってまじれすすると、ふーんとだけ言われる。舞妓になりたいとも思わなかった。ごくごく普通に高校に進学する選択肢をした女だけど、簡単に舞妓になれると思われてるのは腹立つ。
あと飲み会で京都弁喋ってっつーリクエストも腹立つ。〜どすえとか言わないの?って。高いお金出して舞妓さん呼んで喋ってもらえよ。
9/4追記
名古屋市の方へ。名古屋市のおじさんに言われたわけではありません。名古屋市ではない愛知県の方に言われました。勤務地は愛知県でした。
→そうだと思います。私もその職場の人何人かと、それよりもっと前に職場に関係ない場所で何人かに言われただけですね。もしかしたら、職場に馴染めていなかった&職場で浮いていることが周りの人にもわかるくらいだったので、そのような発言をされたのかも…?他のコメントも読んでそう思いました。人間として軸がブレてるように見えたのかな…。知らんけど。
愛知ならどうしてT○Y○T○で働かなかったのと言えば?
→限りなく近しい職場にいました。
→出身地を隠すのは無理です。隠し通した人いるんでしょうか…。入寮する人がとても多いので、通勤or寮生?とまず聞かれます。
寮生の中では沖縄県出身の人が半分以上なので、沖縄orそれ以外?となり、それ以外の地域の人は珍しがられます。どこ出身でも。一人に言えば全員に伝わるような職場です。隠したとしても、上の人には書類やら何やらでばれている。あまりにも出身地は言えません言いたくないと言い続ければ、不審がられてあの人訳ありらしいみたいな噂されますね。私は、職場の人と仲良くなろうと必死になってました。
舞妓向きの顔では?
→分かりません。男女問わずおとなしい人だねはよく言われました。舞妓さん=おとなしいイメージがあるんでしょうね。知らんけど。
嘘でしょ?釣りでしょ?
→人を信じさせる才能ないのでこれ以上言えることないっす。自分の信じたいことを信じるのがいいと思います。
大阪人なら面白いことを言えと言われる。出身地によってそれぞれその出身地の似たようなエピソードがある。
→あるんですね、やっぱり。
そんなこと言われただけで怒ることがおかしい。
→そうですね。
→うーん。どーだろーねー。
京都出身の女やけどにすればよかったのに。
→ほんとだねー。
何年前の話?
→四、五年前くらいの話です。結構前…。今だと言われなさそうですね。その頃より年も取ったので。
先月頃から高校の仲のいいグループで集まる事を予定していた。参加できるのは12人中6人。
エアビで一泊飲み会。
会うのは久しぶりでニマニマしてしまう程度には楽しみ。
映画を見ても本を読んでも、何をネタにしようかと頭の中はそれでいっぱい。
今日は予定の一週間前。
よく見た。
喉が干からび強烈な口臭、アンビリバボーで胃がん闘病を見た時並の腹痛、ミュウツー戦以来の動悸等の発作が同時に現れ内股で妖艶に床にヘタりこんだ。
いくら仲良くても久しぶりに会うのは緊張するんですよ、前回合ったときも口が臭いのなんの。
いとこでさえ会った初日はウォーミングアップ。そんな人間なんですよ。
もろちん性別が女だからどうとかではありませんよ、嫌いでもないんです、単純に仲良くないんです。
元クラスメイトだから知らない訳ではない。けど、ほんと顔見知り程度。
彼らは知っているはずだ、当方が高校時代ほぼ女子と喋っていないのを。お笑いとサッカーの話しかしていないのを。
(全然、女子が苦手とか行き過ぎた童貞とかドモっちゃうアニヲタとかじゃないんだからね、単純に高校時代お笑いとサッカーにしか興味がなくてそれが話せる相手が男子しかいなかっただけなんだからね、信じて…)
そもそも今回は気心知れた仲間だけでひたすら喋る事を期待していた。ひたすら。
9月分の躁を全てぶつけてやろうと。
だから自分にとってはその3人がいるといないとでは全く違う催しなのだ。
はっきり言って全くもって行きたくない。
いぎだぐない
その分で長谷川町子美術館行きたい。
期待して期待して期待して行って喋りたい事の半分も喋れずに消化不良で後日落ち込む、ということが分かっているならdアニメの気になるリスト消化したい。
性別が抜けていた
n番目の友達というところ、非常に共感しました。以下、私的原因と対策。
・大学でできる友達と高校のときの友達では付き合い方が違う。人によるだろうけど、ある程度大人になってからの付き合いなので、完全には腹を割らないのが普通かもしれない。それでも時間経過で信頼・安心できるようになるもんじゃないかな。
・誰かの1番目の友達でないのは、友達と過ごす時間が短いから。趣味とか勉強に費やしてる時間が長かったり、ひとりで過ごすのが好きだったりするとそうなるのは仕方がない。もう1つ、自分から誘う頻度が低いという要因もある(後述)。
・n番目でも基本的には問題ない。何番目だろうと大事にしようと思うのが友達というもの。もし軽んじられていると感じたら脳内で検証してみる。勘違いやすれ違い、認知の歪みが起こっている可能性もある。
・誘ったら意外と人は集まる。勿論ニーズは考えないといけないが、他の人も寂しさを感じているし、その寂しさを1, 2, …, n 番目のうちの任意の友達で解消しているのだ。一緒に時を過ごしてくれることへの感謝を忘れなければ、また遊びたいと思ってもらえる。
・人は他人の弱さに弱い。悩みを共有すると仲が深まることが多い。顔の見えない増田で優しい人がいるのと同じかそれ以上に、リアルにも優しい人がいる。
後半2点は、私が彼氏に振られてヤケになって友達を遊びに誘いまくった時期に知ったことです。飲めないのに飲み会を(他人の家で)したり、イベントに行ったり、旅行を企画したり。それまで、あんまり仲良くないし時間とるの悪いし嫌われたくないしって思ってできなかったけど、思い切って誘うことを繰り返したら急に友達付き合いが濃くなったし、向こうからも誘われるようになった。
一週間ほどのお盆を振り返ると、都合四回のリモート飲み会があった。
一つは社会人以降に知り合った趣味の会で、三つが学生時代の友人たちのグループだ。で、そのうち二つのグループは中高一貫校以来の付き合いだから、かれこれ二十年ということになる。そのうちの一つは国公立を受験する特進クラスの仲間であり、もう一つは部活のメンバーだ。どういうわけか、皆独身である。そして、残りの一つは大学のサークルだ。
今までは直接会っていたのだが、コロナ禍ということもあり、今年の夏はリモート飲み会にした。ゴールデンウィークは混乱と多忙とで中止していたのだが、さすがにそろそろ顔を見ないと寂しかった、というのもある。結果的にはリモート飲み会は大成功で、遠方の友人も参加しやすかったし、医師の友人も当直の合間にこっそりとアイスをつまみながら加わってくれた。くだらないことも、医療現場での苦労も、大学の教員としての悩みも、塾講師の愚痴も、いろいろと聞くことができた。
こうしてみると、私はかなり人間関係には恵まれてきた。小学生の頃はひどくいじめられていたし、中学以降にも私を嫌う人は多数いたが、大人になると定期的に顔を合わせるような友人と呼べる人々が両手の指に余る人は、少ないらしい。
もちろん、連絡が途絶えてしまった友人もいるし(そういう意味では、グループを作って定期的に会うのは、人間関係を維持しやすい)、悲しいことにもう生きていない相手もいる。また、大学時代にはいろいろなサークルに顔を出していたが疎遠になってしまったところがほとんどで、中には在学中に人間関係のトラブルのせいで辞めざるを得なかったサークルもある。いきさつについては多くを語るまい。思い出して愉快な話ではないし、私が語ったところで、不公平な見解しか出てこないだろうからだ。
さて、本題に戻ろう。上記の中学時代の旧友たちとは、年に三度集まっていた。つまり、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始だ。大学のサークルのメンバーは多忙な者が多く、数人が不定期に集まっていたにとどまる。それでも、これだけ続いているのはめったにないはずで、ありがたいことである。
さらに、この関係に加えて、何となくオタクっぽい連中で集まったクラスタもある。これも中学以来の付き合いだ。こちらは、ラインのグループでボドゲだとか映画だとかに誘い合い、何となく暇な奴らが集まるといった具合の温度感だ。月に一度くらいだから、結構な頻度だ。興味のないものをスルーしても、誰も気にしない。たとえば、ホラー映画が苦手な人はその回には参加しない。私なんかは奇天烈な現代美術が好きだから、そこのグループラインで誘うけれども、私のそうした趣味を理解するメンバーは固定されており、美術館に行くのはだいたい同じ顔触れだ。
とはいえ、一抹の不安がないわけではない。一つは、年に三度集まっているグループのうち二つが、私が声をかけないとなかなか集まろうとしないことだ。長期休暇が始まる数週間前に私がそうした話を出すのだが、そうすることで皆がやっと重い腰を上げる。別に、私が声を上げることで集まれているので何の不満もないし、ひょっとしたら私が何も言わなくても誰からもとなく集まろうと言い出すのかもしれないのだが、私が抜けてしまったらこのコミュニティは自然消滅してしまうのではないか、と心配しているのである。中には私の住む首都圏から離れているメンバーもいるので、こうして定期的に様子を見ないと、いずれ連絡は途絶えてしまうのではないか。
もう一つ気にしているのは、オタククラスタのほうだ。大体メンバーが九~十人ほどなのだが、これほどの人数なので、完全な和気藹々というわけではないのだ。仲が悪いというほどではないが、この二人を一緒にするとあまり楽しそうではないとか、このペアは昔喧嘩したとか、こいつらはツイッターをブロックしあっているとか、そんな情報が入ってくる。仲よく遊んでいるときにこうしたことを思い出すと、楽しい気持ちがちょっとだけ曇ってしまう。皆は私のことを温厚というか、目立ったトラブルがない人間だと考えてくれているらしく、とりあえず何の心配もなく誘って大丈夫と評価されているそうだ。うれしいのだけれど、親しい人々だけで構成されていたはずの場に、いつの間には配慮しなければいけないことができてしまったのは、ちょっと複雑だ。
もっとも、あまり私が心配しすぎても仕方がないことなのだろう。仮に、私がいなくなってそのコミュニティが自然消滅してしまったとしても、皆それぞれに別の居場所があるのだろう。少なくとも寂しい思いはしていないはずだ。そうでなければ、彼らから私にそろそろ集まらないか、と早めに声をかけるはずだからだ。たぶんさみしがっているのは私のほうで、だから私がそろそろ集まろうと声をかけているだけだ。今は、これで人間関係が機能しているから、これでいいのだと思う。
もう一つ心配しているのは、中学以来定期的に会っている友人がだれ一人結婚する気配がないことなのだけれども、私が気をもんでも余計なお世話以外の何物でもない。マッチングアプリに使うから写真を取ってくれと言われたら喜んで撮るし、なんだったらアドバイスだってするけれど、まずは自分の心配をするのが先である。
本当にだれも結婚しないかもしれないが、そうしたら皆でシェアハウスをしたらどうだろう、みたいなことを冗談半分に話すのである。旧友が集まって麻雀をしているというのは、なんとなくほっとする光景ではある。
憂さ晴らしが目的で、酒に酔った勢いで自分にも酔って、何も推敲せず書いてしまった。そんなエントリにど真ん中ストライクのご指摘や温かいお言葉を頂けて、想像以上に気分が落ち着いたよ。言及とブコメを頂いた方々、ありがとう。「好きな文章」なんてコメントもあって、「自分文章上手いのかな?」なんて勘違いしてしまったよ笑
職場の規定が妙に厳しくて、緊急事態宣言後も、飲み会はおろか人と一緒に食事をすることが一切なくなった。要するに引きこもり+ぼっち飯。
元来人と沢山つるむ人間じゃないのでそこまで苦ではないと思ってるんだけど、とはいえ数少ない友人や職場の人と飲むときはあったので、さすがに何か歪みが出てきてるのかもしれない。
Twitterはやってて結構呟いてはいるけど、リアルの友達もいるので「めんどくさい。めんどくさい。人生がめんどくさい。」とかさすがに呟けない。ここも後からバレても支障がない程度には気を使ってるけど、他のSNSに比べたら格段に正直に書ける。
オフラインで書くのも試したけど、何となく「誰かが見るかもしれない」と思って書くのがいいんだよね。それなりに気も使うし、何より誰かが聞いてくれてる感じがする。そして今回みたいに誰かが反応をくれて、肝を冷やしたり、我に返ったり、温かい気持ちになったりする。
Facebookが隆盛した辺りから、SNSは実名が前提になって、リアルの社会と変わらなくなった。何かを書こうと思うとリアルな人間が浮かんで、当たり障りのない事しか書けない。名前を晒しながら正直な発言をするような胆力はない。
コロナが世界を変えてしまってから、「何かを言いたいけど言う機会がない」という人は増えてるんじゃないかと思う。SNSはクソみたいな綺麗事で溢れてて、自分もお化粧した言葉を垂れ流してしまう。何かこう、「ほんとは結構臭いのにアロマ炊きまくって誤魔化した空気」のような感じ。臭いはキツイのに、みんな鼻が麻痺してていい匂いだと思い込んでる。
それに比べて匿名のメディアは、見るに耐えない言葉もあるし正直がすぎるけど、「人そのもの」ではある気がしてる。自分が人から「正直すぎる」と指摘を受けるような人間だからかも知れないけど、多少臭くても変に誤魔化すよりはマシだ。顔はいくら盛ってもいいけど、人間を盛られるのは耐えられない。
またつらつら書いてしまった。繰り返すけど増田があって良かったなと思う。「4年後もここに書き込みに来るの待ってる」ってコメントで泣きそうになったよ。4日後に書きに来てしまったけど笑
ではまた。
スタイルもよくてすごくかわいいのに足の裏がめっちゃ汚い子がいた
水虫で皮があちこちめくれたりしてて、福永法源に見て貰ったほうがいいんじゃないのと言いたくなるレベルの汚さ
何かの病気だったりしたら可哀相なので触れないでいたのだけれど、飲み会の席でその子の友人が「あの子は風俗やってるよ」と教えてくれて納得した
客の中には水虫持ちも多いだろうし、そんなおっさんと同じ足拭きタオル共用してればそうなるのも仕方ないよな
その友人の子はそう言えば自分が引くと思って教えてくれたみたいだけど、「え?まじで店名教えて、いきたいいきたい」って思いっきり食いついたんでそれはそれで引かれた
はじめに軽く自己紹介。地方大M3(医学部3年)の20歳。人生崖っぷち。
表題を見て不快になった人は、この記事を読まないよう強くおすすめする。医学部事情を知らない方は特に。ますます不快になると思うので。
もともと文系学部志望で、就職するなら公務員か裁判官かな、とぼんやり考えていた。仕事をしながら趣味に興じる生活に憧れていた。
特定防止のためぼかすけれど、この趣味は小学校のころから熱を入れて取り組んでいる。今では生きがいだ。
収入は別に多くなくていい、ただ一人で生きていく分くらいは稼ぎたい。その上で、趣味の結果が出ればいいな。そんな感じ。
でも、親はそれを拒絶した。高一のとき、学校へ出発する前、私は軽い気持ちで「法学部ってかっこいいよなあ」と言った。
これがいけなかった。
「文系行くなら自分の金で行ってね」という投げやりな言葉から始まり、三日三晩(文字通り)怒鳴られた。
お前は欠陥品だから、就職できるわけがない。こういうことを平気で言われた。
私の親は差別用語をよく使う。「欠陥品」はまだ全然ましな方で、放送禁止用語を駆使して私の不器用さや容姿をなじる。兄(現役ストレートで医学部を卒業し、今は研修医をやっている)と比較して「一勝一敗」と嘲るのが最近ではお気に入りなようだ。
もっとも、被害にあっているのは私だけではない。母親が結婚して以来、ずうっとそういう調子だったらしい。典型的なモラルハラスメントだ。
我慢すればいい、と母親は言う。修行だと思って我慢すれば、社会に出ても耐性がつく。そう繰り返し教わってきた。この母親も私の文系学部進学には消極的で、「あんたを雇うような会社はどこにもない」が口癖だった。別に会社勤めを目指しているわけじゃないのに。
小さい頃からずっとそうだった。
なじられ、比較され、叱られる。
何かやらかせば「欠陥品」。
度重なる暴言からくる自己肯定感の欠如は、私の性格を決定づけた。
今では誰に褒められても、「ああ、社交辞令だな」としか思わない。それどころか「馬鹿にされているんじゃないか」といらいらしてくる。
男性に好意を向けられても、ぞっとする。付き合っても長く続かない。結婚したら、この人もモラハラするのかなあ。そんなことばかり考えてしまう。
凡人なりに頑張ったおかげで、通っていた高校(公立)の中では上の方の成績をとれた。
違う、と答えたかった。私は自分の居場所を得るために、学費を出してもらうために、進学するんです。こう言えたらどれだけ気が楽だったろう。
受験勉強がきつかった。頑張っているのに上がらない成績が恨めしかった。最後まで物理と数学で伸び悩んだ。結局第一志望(兄の出身大学でもある)のオープンでA判定はもらえず、今の大学に入学することになった。
後から知ったが、冠模試のオープンは判定が辛いらしい。現役生で安定してAを取れる人は限られている。
公立高校かつ塾なしの私は、そんなこと全然知らなかった。親はB判定とかC判定とかを見る度に、やっぱり馬鹿は治らないなあ、高齢出産がいけなかったのかな、というようなことを言ってきた。
今でも、もしあそこでチャレンジできていたら、と思う。多分私は、一生このことを後悔するのだろう。
でも、他にどうしようもなかった。浪人するくらいなら死んだほうがマシだ、こういうことを何度も何度も、親に吹き込まれていた。
浪人している同期を見ると、ぬるま湯に使ってるやつらはいいよな、と思う。
人より時間と金をかけてもらってるくせに、自分の努力(笑)で大学に受かった。
努力は必ず叶う。
どの口がきいてるんだよ、と思ってしまう。
志望を下げずにチャレンジした同期は、受かったり落ちたりした。自分より成績の低いやつが、自分よりいい大学を受け、合格した。
私は見事、医学部に現役合格した。しかし、もう兄には決定的に勝てない、一生格下として扱われるだろうということに参ってしまった。
大間違いだった。
医学部は人間関係をしくじると大変らしいと聞いていたから、周りに合わせてニコニコしていた。でも、駄目。中高みたいに腹を割って話せる友達は一人もいないし、異性はもちろん同性の集団にも馴染めない。
会話が怖い。
高校までと違い、癖の強い人がたくさんいる。
人を平気で馬鹿にしたり、傷つけるようなことを言ったり、仕事を全然しなかったり。
後輩を何人酒で潰したか、自慢げに話す人もいた。
どうかしている。
友達がいないわけではない。
でも、その人たちにとって私はn番目の友達で、せいぜいご飯を一緒に食べたり、授業を隣で受けたりする程度の間柄だ。
所属していたインカレサークルも、授業が忙しくてほとんど行けていない。
何より、授業がきつすぎる。
友達が少なく医学部部活にも入っていない私は、いつも特定の子に情報を流してもらっているけれど、もしその子に切られてしまったら、留年一直線だと思う。
欠陥品なのだと思う。
欠陥品は医学部では生きていけない。
噂が一瞬で広まるような村社会では生きられないのだ。
多分、他の学部でも生きづらいと思う。
でも、ここよりは絶対マシ。
公務員としてしっかり働きたかったし、法律にかかわる仕事にあこがれていた。
全部過去の話だ。
もう取り返しはつかない。
やめればいい、という人がいるかもしれない。
無理に決まってるじゃん。
退学したいなんて言おうものなら、家から追い出されて、野垂れ死ぬのがオチだ。
親にとって私は「アクセサリー」で、マウンティングの道具でしかないんだから。
というわけで毎日、心の中のガソリンをちびちび燃やしながら、なんとか生きている。
アフターコロナの世界が来たら、マジで生きていけない気がする。
そしたら、私みたいな欠陥品は真っ先に解雇されるだろう。
正直、全部めちゃくちゃになってしまえばいいと思っている。
地震でも戦争でもパンデミックでも何でもいい、頼むから全員不幸になってくれ。
全員苦しめばいい。
倫理的に欠如しているだろうか。
恨むなら私を大学にぶち込み、今もなおモラルハラスメントをしてくるうちの両親に言ってほしい。
十分恵まれている方だ、とのたまう人は、頼むから毒親のもとで育ち、理不尽で閉鎖的な学部で6年みっちり洗脳されてくれ。
画面に向き合っていると、CBTやOSCE、ポリクリなどの試練で頭がいっぱいになる。
乗り越えられる気がしない。
高いビルに登ったり(高所恐怖症で辛いけど)、ホーム柵のない私鉄を探したりしている。
私の家庭が損害賠償で懲りるなら、案外ありかもしれない。
万が一、残り3年半生き延びることができたとしたら、クソハイポ病院でセコセコ貯金して、バイト医になろうと思っている。
でも結局は、そんな度胸も生まれず、カスカスに使い捨てられてしまうのかな。
医学部なんて入るんじゃなかった。
絶対に逃げてください。
もし医学部に入りたいなら、できるだけ立地がよく、風通しのよい医学部を目指してください。
情報はインターネットでも手に入るし、身近に医学生がいるならなお良いと思います。
それを活かすも殺すもあなた次第です。
私も、せめて大阪万博までは生き延びれるよう、頑張りたいと思います。
毒親のアホー!
それを、飲み会などで、よう!元気ていどにいうやつもおおい。