はてなキーワード: 社会的な常識とは
WEB広告のマーケターの仕事をしているんだけど、AIイラストの誕生以来仕事の効率化が進んで本当に助かっている
イラストにこだわらないといけないジャンルは知らないけど、「広告のアイキャッチとしてちょうどいいイラストが欲しいなぁ」ってくらいのときに人間の絵師に発注するって考えはほとんど湧かなくなってきている
数年前はちょっとしたアニメ系のイラストが欲しいときには全部人間の絵師に発注しないといけなかった
社会性の欠片もないやつばっかりで本っっっっ当にうんざりするよ
こちらとしてはとにかく料金システムが明瞭で社会的な常識を持っていてやり取りがスムーズで後からギャーギャー喚かない人に依頼したいだけ
でも、こんな社会人として当たり前の簡単な条件すら達成できない奴が蔓延ってるのが絵師界隈なんだよね
俺が経験した例だとこんなのがある
ある広告にイラストを使いたいと思いTwitterフォロワー数数万程度の絵師に発注
事前の条件合わせの段階でこちらは譲渡できる分の著作権の全譲渡と著作者人格権の不行使を盛り込んで契約書案を作成した
先方の絵師は著作者人格権の不行使契約に難色を示したから「もらったイラストを広告で使用するにあたり改変とかもするからですよ」「改変の度に著作者の許可取りとかやってらんないので不行使契約を結んでほしいんですよ」と説明
結局絵師は著作者人格権の不行使を飲んでくれなかったので、じゃあ今回は縁がなかったということで残念ですが仕方ないですねという感じで流れた
これだけならまぁ別に普通のビジネス上のやり取りなんだが、この絵師はなぜかやり取りの後怒り心頭になって「こんなことなら仕事を受けなければ良かった!」「不愉快な思いをした!」ってTwitterで暴れ始めた
無論、やり取りにあたってはビジネスマンとして丁寧にへりくだって応対したのにも関わらず、だ
曰く、せっかく仕事を受けようとやり取りしたのにその時間がすべて無駄になった、無駄になった時間は返ってこない上に無給なのはありえない、頼むから契約内容は事前にわかるように書け、とのこと
お客様じゃなくて受注側が言ってるんだぜ、これ……
幸い俺のケースではやり取りの文面や社名までは晒されなかったけどTwitterを見てみるとそういう具体的なやり取りまで晒すようなやつはごまんといる
単なる意思疎通の齟齬や前提の共有不足ですぐプッツンしてすぐ晒す
すぐ被害者面
そしてそれを社会人経験もロクになさそうな連中が囲ってよしよしよしよし慰めてさらに増長するという悪循環
ちなみにこれは後から知ったことだけど、どうも絵師界隈の間では「著作者人格権は大切!不行使契約は絶対に結ぶな!」みたいなことを宣伝して回ってる勢力がいるんだってな
っていうか普段二次創作やってるような連中がよくもまぁこんな偉そうなことを言えたもんだよな
ここまで酷いやつは珍しいにしても、殿様商売気質なやつはかなり多い
「お前それ社会人として取引先に向かって投げかけるような言葉か!?」ってびっくりするような言葉遣いに遭遇するケースを何度も体験してきた
「社会人として対等な立場でまともにビジネス上のコミュニケーションを普通に失礼なくやってくれ」
よく言えば芸術家気質の人が多いってことなんだろうけどこちらからすれば社会人失格の人間に頼むなんて冗談じゃない
マジで面倒くさいんだよ
少なくとも俺の扱う仕事の分野においては割とマジでもう一生AIイラストだけでいい
絵師はAIイラストに仕事を取られたくなかったらもっとサービスの質を上げるべきだと思うよ
絵のクオリティだけじゃなくてクライアントの要望に寄り添う態度や姿勢をもっとちゃんと磨きなよ
失礼のないコミュニケーション、クライアントにご満足いただくためのホスピタリティ、法的な知識の習得、支払い金額や方法の明瞭化……
やるべきことは山ほどあるだろ
頼むから世の中の大抵の社会人が普通にやっていることをやってくれ
まぁ個人的には絵師が滅びるならそれはそれでいいかもなぁなんて思ってるよ
おもしれー女とは、自分のやりたいことをやり、自分の考えをはっきりと言い、自分の人生を楽しむ女性のことである。おもしれー女は、社会的な常識や期待にとらわれず、自分の個性や魅力を発揮する。おもしれー女は、男性にも女性にも人気があり、多くの友人や恋人を作ることができる。おもしれー女は、自信があり、ポジティブで、チャレンジ精神がある。おもしれー女は、自分の幸せを他人に依存せず、自分で作り出すことができる。
おもしれー女になるためには、以下のようなことを心がけるとよい。
おもしれー女は、誰でもなれる可能性がある。自分らしく生きることで、おもしれー女に近づくことができる。おもしれー女は、自分も周りも幸せにする魔法のような存在である。
劇団内部の人間ではないものの、その近くで数年携わり、生活も精神も壊した身として、心当たりが多すぎる。
便乗ファンによる創作だと思ったら、どうか読んだら忘れてほしい。
固有名詞や用語の意味が分からない人は、そのまま一生分からずにいてほしい。
でも、どこかに、仲間がいると思うから。自分以外にも壊れた人がいるはずだから。
まとまりもないほどの書きなぐりになるだろうけど、腹を決めた今、匿名で言わせてほしい。
もう無視できないところまで来ていると、心当たりのある各位に気付いてほしい。
該当劇団には、公式ファンクラブ以外にもジェンヌ個人の私設ファンクラブ(以下「会」と呼ぶ)があることは有名だと思う。
いわゆる代表やお付きと呼ばれるマネージャー的責任者と、スタッフやお手伝いといわれる他数名の小間使いが組織を運営している。
自分は新人公演にも出演し、何度か主演も演じた人気ジェンヌの会運営スタッフを数年担当した。
明確な時期や個人名の明言は避けるが、当ジェンヌは現役在団中とだけ書き記しておく。
毎朝晩の入出待ち立ち会いからお茶会などイベント企画・運営、チケットの取次配席およびグッズ作成など...
会所属経験のあるファンなら思いつくであろう業務、全部に携わった。会員数百人に対し、片手以下のスタッフで。
無給は当たり前、経費も持ち出し、24時間365日ジェンヌや関係者の呼び出しに応えながら平日フルタイム会社員。
睡眠時間も金も体力も心の余裕も何もかもなくなった。倒れて運ばれ、スタッフを辞めた。
・入出立ち会い
よく日比谷の劇場前で見るようなスクワットでジェンヌのお迎え・お見送り。あれをやる時に暴走するファンが出ないか見張ったり、一般人のクレームに頭を下げたりする。
毎朝7時前後、早いときは6時前に毎朝集合場所で立ち合いをして会社へ出勤。ジェンヌから翌朝の入り時刻連絡が来るのは平均深夜1-2時。
それを待ってファンクラブ会員へ見送り場所への集合時刻を配信、他ファンクラブ運営へ報告したりするので自分が寝られるのは3時を回るのもザラ。
毎日5時前には起床、始発の電車に飛び乗り現着から動き回ってフルタイム勤務で夜にはまた出待ちに立ち会う日々。
大体毎日何かしらの細かすぎる指導が上級生会から入り、寝不足により回らない頭で必死の謝罪文をしたためお送りしていた。しんどい。
お茶会や新人公演出待ち後のミニお礼グリーティング、季節や誕生日の入出イベントなどなどあらゆる企画・運営。
ただ企画すればいいだけでなく、上級生会に逐一お伺いを立て、実施許可を得、内容も重箱の隅を最早ぶっ壊れるまでつつかれまくる。
あらゆる方面の顔色を窺い、企画や台本が出来上がるまで気が遠くなるほどの時間と神経を要する。
それでようやく実施まで漕ぎつけたと思ったらジェンヌ本人の機嫌ひとつで全部イチからやり直しになる。
三徹で必死に準備を間に合わせたお茶会を、本人会場到着までのタクシー内で「やっぱ嫌」の一言でひっくり返されたときは殺意が芽生えた。しんどい。
・チケット取次・配席
ファンクラブ会員はジェンヌ個人の販売成績に結び付くよう、会からチケットを取り次ぐ。
が、限られた座席数、入団年数が長い上級生に多くのチケットが劇団より宛がわれる、入団から5年くらいは1公演で2席しかチケットがないこともザラ。
それでも会員はもちろん贔屓の舞台姿をたくさん見たい、当たり前だ、たくさん申し込んでくださる、だがしかし席がご用意できない。
そんな限られたチケットと大量の申込データ(自会は全部エクセルに手打ち管理)を照らし合わせ、ファンクラブへの貢献度諸々を加味し、どのお席にどなたへお座りいただくか決める。
こちらも最大限のチケット確保に奔走するものの、ご用意できなければ面と向かっての罵倒はまだ良し、掲示板に名指しで役立たずと晒される始末。
データ捌いて配席悩んで胃を痛めているところにジェンヌ本人や関係者からも配席や取次内容に文句を言われ身内用にチケットを攫われていく。しんどい。
・グッズ作成
お茶会のお土産、総見のおまけ、お茶会で販売する小物や舞台写真、お礼状、グリーティングカード、挙げればキリがないほど準備物が多い。
ジェンヌ本人にイラストや手書き文字の提供協力を頼みこむも多忙の一言で切り捨てられ、こちらでロゴなど用意すれば会員やジェンヌ本人からすらもダサいと文句を言われる。
しかも当たり前だがこれらすべて事前の商品発注で毎度結構な金額が必要とされる、が、ジェンヌの家族が会運営の経費用口座を管理していて前借も楽ではない。
結局毎回数万~場合によっては数十万円(お茶会会場費用など)も立て替える。そうじゃないと間に合わないほどすべてのスケジュールがカツカツなため。
しかも公演終わりの経費精算まで数か月待ったりする、携わっていた最後の公演では大卒初任給くらいの経費が返ってこなかった。
グッズの売り上げは全て会運営費としてジェンヌ家族が持っていくため、スタッフに一切の還元や儲けはない。公演期間中は飯が食えなかった。しんどい。
ファンクラブ会員、つまりジェンヌを愛し会活動に貢献してくださっている方々は熱量も並のものではない。そこは覚悟してスタッフ就任を引き受けた。
そのため会員から妬まれたり文句を言われたり、会の中での派閥争いや揉め事などは(楽ではなかったものの)捌くのもまあ堪えられた。
しかし何故か同じ運営という立場で苦楽を共にしている他会運営陣やジェンヌ家族・関係者対応など、これが本当に一番きつかった。
ジェンヌたちが厳しい上下級生文化に生きているというのは既報の通りだが、ほぼその文化がそのまま会運営にも持ち込まれる。
朝は上級生会スタッフより早く出動・席および場所取り・雑用使いっ走り・全ての解散前には「ご指導」というクソ細かい姑のような小言...
大劇場のチケット出し前には劇場内レストラン施設の一部(クリスタルルームでわかる人は仲間)を陣取り、謎の待機時間が発生する、もうこれが本当に耐えられなかった。
上級生会代表の飲み物をお持ちし、その時通るルートや差し出し方全てに厳格なルールがあり、数時間も使いっ走りに待機するのに作業および会話禁止という苦行。
2回公演の日ほど朝も早く夜が遅い、業務も溜まっていて限界なところにこの謎待機と小言で5-6時間は奪われる。
それもこれもすべて「上級生会の様子を見て学び、自分たちが将来は組の会全体を取り仕切れるように指導する」という、どこかで聞いたことのある理論。
劇団への、ジェンヌへの、下級生会への愛があれば全ては指導という建前のもと許される。代表は毎日きついいびりに泣いていた。本当に、本当に、しんどい。
ジェンヌでもなく、会運営の委託契約を結んだわけでもない、ただの一般人がこのザマである。
会に所属したことがある人は、多少なりこの空気感をわかっていただけると思う。あの、「私たちも御贔屓の一部」と見做されるような感じが。
全ての言動の根底には愛があり、清く正しく美しいジェンヌ像やファンダムイメージを求められていた、それにそぐわないものはすべて闇に葬られていたあの感じが。
無給でいつ何時でも労力を捧げてくれる。常に最善最良の案を考え前向きに運用してくれる。寝る暇がなくてもそれだけ携われることが幸せ。
妬み僻みも有難いご意見として真正面から受け止める。上級生会からの理不尽な指導も意味あるものとして理解・昇華する。
仕事よりも私生活よりも会運営を何よりも最優先してくれる。どんな無茶ぶりや激務も手を取り乗り越え逞しくなってくれる。
そんなことがあるわけないだろ。
平日フルタイムで8時間の仕事に会運営10時間以上を兼業し、公演期間中は1日1時間眠れたら御の字。仕事のパフォーマンスはそれはそれは最悪だった。
盆や正月の連休はもちろん全て会運営に求められ、ロクに身体を休めることも実家に帰省することも友人と会うこともかなわなかった。
急いで来いと急な呼び出しがかかり、内容も知らされないが仕事を無理言って早退し駆けつけると「明日からの公演で必要なものを近所のドラッグストアで買ってきて」という内容だった。
社会人数年目で貯蓄もさほどなかった頃に無給の会運営で全国を飛び回り、立て替えの嵐、慢性的な寝不足で眠気も止まらず、安価で血糖値の上がらないもやしやカット野菜しか食べられなかった。
周りのすべての人から「早く辞めろ」と言われ続けたが、もはや洗脳のように愛や貢献という言葉に縛られ何も自分で判断できなくなっていた。
死にたいという気持ちが募り、毎朝駅で線路に飛び込もうか悩み始めた頃、千秋楽の出待ち後に倒れ運ばれた。栄養失調だった、この現代社会で。
入院で強制的に劇団や会と離れられなければ、いずれ自ら命を絶っていたと思う。亡くなった彼女の生活円グラフは、まさに会運営に携わっていた時の私のようだった。
鬱も発症し精神的にも不安定になっていたことをやっと自覚し、ジェンヌ本人にスタッフを辞める旨申し出た。代表も鬱で会から去ったと聞き、LINEを送ったが既読がつくことはなかった。
もう一度繰り返す。ジェンヌじゃない一般人にすらこれほどまでに異常な文化がまかり通っている。劇団内部はいかほどばかりか、想像するだけで息苦しくなる。
携わっていたジェンヌ本人も、本当に寝る時間もないほど過酷な環境に身を置き、公演前夜の3時に稽古から帰るところも目撃したことがある。
会運営に携わるようになってからは度々言葉を失うような「指導」の様子を伺うようになり、いつの間にか自分は一切観劇する気力が湧かなくなっていた。
何が愛だ。何が清く正しく美しくだ。何も清くも正しくも美しくもない。ただのパワハラ過重労働異常上下関係いびりしごきいじめ。
社会的な常識が一切通用しない、異常な文化が形成され受け継がれ、異を唱えるものは全て排除され隠ぺいされてきた、ただそれだけである。
亡くなった彼女のおかれていた環境や報道の事実関係は知り得ないため、それに関しては軽率な発言はできないものの、でも、遂にこうなったかと思った。
その手前でぎりぎり退団していった人を、何人も知っていたから。
巨大企業やファンダムに抗う力を持ち合わせていないがため、ただ黙って去っていった人たちを見てきたから。
彼女の死は、自分も無関係じゃないと、毎日罪悪感に涙が止まらないから。
溢れ出る記憶も思いも止まらず、何が書きたいのか、どこまで書けそうか、もう分からなくなってしまった。
このあたりで切り上げることにする。いつか追記や修正をするかもしれないし、しないかもしれない。もうこの編集画面に戻ってこないことが最良と分かりつつ。
自分は今後二度と件の劇団に関わらないと決めているが、報道の行く末はしっかりと追おうと思う。
もう誰もこんな目に遭わない未来を願って。同じ罪悪感を抱えることがないように。誰かに手を延ばし声を上げられるように。
かけがえのないいのちを、薄っぺらい言葉で葬ることがないように。
助けてあげられなくて、ごめんなさい。
まあ、はっきり言って誰の得もない企画だったけれど、4人中3人を素人にブッキングしたAbemaが一番アホであると思ってる。
まあ、「ヒグマと戦って勝ったら1000万」という企画だよなぁ。
やったひとの自己責任という擁護もあるようだが自己責任で、片を付けるにはちょっと無理がある。
プロの一流格闘家って、人間で言えば戦闘能力は素人とはちょっと比較にならない。
しかも、一流格闘家も絶対に負けてやれない。素人に、わずかでも苦戦したらそれだけで自分の商品価値が落ちるからだ。
素人にスープレックスもかけるし、顔面にサッカーボールキックだってやるわけだ。
で、これは完全に試合を組んだやつがアホだったということだ。
素人と戦わせたのは、素手でヒグマと戦えと言うぐらいに無理ゲーである。
将棋で言えば、プロ棋士に素人が平手で勝てと言うぐらいに無理である。
「1000万がもらえるんだから」というが、万が一にも勝てる可能性はないので、実質的な公開処刑になったわけだ。
そういう事を言う人間はプロの強さを馬鹿にしてるんだろうと思う。
そして安全面から考えれば、かけている技を見たら、大怪我、場合によっては一生涯に渡る危険な技も出している。
プロがプロ同士、合意して、ファイトマネーと契約によって勝っても負けても仕事として割り切って実施するべきものである。
もしも、この試合、ブックメーカーにかけたら、どれぐらいの倍率だろうか?
ほぼ倍率がつかなかったように思う。
この試合を、「本人が自己責任でやったんだから」というのは、プロと素人の能力差を考慮していない。
プロ格闘家は素人をほぼどんな理由があろうが殴らないというのは社会的な常識である。なぜなら凶器だからである。
この企画をどうしても成立させたいのならば、同程度に鍛えたプロを、契約の元に対抗馬にぶつけるしかない。
しかし、それは無理だろう。
なぜなら、一流のプロのファイトマネーとして1000万は決して高くないからだ。
テレビ局の念頭には「素人の喧嘩自慢? を鮮やかにやっつける一流格闘家」の絵が欲しかったのだろう。
通常の相手でも負けるわけはないほど一流の格闘家だが、なぜか素人を4人中3人ブッキングした。
自分はやるかと言ったらやらないし、素人が名乗りを上げたら馬鹿だと思うが、同時に企画を立てたやつも大馬鹿である。
でもめっちゃ売れたらしいので、今後もやるのかねえ。
俺は20代後半のアニメゲーム漫画オタク。オタク差別意識、被差別意識の話を言語化したい。友達にこういう話をするのは俺が面白くないからお前らにするね。
地方の郊外に生まれてあんまりオタクとしての差別みたいなのを実感せずに生きてきたので俺の話から地方の農村部に関しては盲点があるよ。
「特定の分野・物事にしか関心がなく、その事には異常なほどくわしいが、社会的な常識には欠ける人」(広辞苑)と
「ある事に過度に熱中し、詳しい知識をもっていること。また、そのような人」(デジタル大辞泉)
の二パターンがぱっと出てきた。他にもあったら教えてください。
比較的年齢の高い人は前者の「その事には異常なほどくわしいが、社会的な常識には欠ける人」を強調して使うし、当時あったコミケに対する偏見のある報道とかを念頭に話をしてる気がする。
また、当時は実際に偏見が社会の大半を覆っていただろうことは想像に難しくなく、いまもその世代における人間関係ではその偏見や差別が保存されていると思う。
だから、差別されていないって話をすると猛烈に反発をする。実際問題、そこに差別があるから。また、当時としてオタクカルチャー(と2021年にくくられる)趣味を楽しむことはすなわち生き方としてオタクであることを強いられてきたと思う。なのでこの定義を強調することは自然だと思う。
それに対して、比較的年齢の低い世代においては後者の「ある事に過度に熱中し、詳しい知識をもっていること。また、そのような人」の方を強調して使ってる気がする。少なくとも俺はそう。
インターネットの発達で、絶対的に「詳しい知識をもっていること」へのハードルが下がりソーシャルゲームやVOCALOIDの発展によってコミックマーケットに集まるような趣味(どっかの大学のコラムに書いてあった言い回し)が社会通念上好意的に受け入れられるようになった。
漫画の広告が地元の在来線の中吊り広告に乗ってたりするし、ややガラの悪かった同級生と久しぶりにあったときはマンガアプリの名前がいくつか出てきてソシャゲに熱中してる話をきいた。 無料期間で数十巻全巻読破しちまったぜーとガチャに爆死したみたいなやつ。
つまり、それがコミックマーケットに集まるような趣味であったとしても「ある事に過度に熱中し、詳しい知識をもっていること」に当てはまる人がどの層にも多いように思う。昔であれば数十巻読破してる人はなかなかのもの好きになる情報量じゃない?
それがありふれているからオタクという属性で差別される気がしない。オタクカルチャーを楽しむ人であることとオタクであることはあくまでグラデーションでそこに断絶があるとは思えない。オタクと呼ばれたとき「社会的な常識には欠ける人」の意味を含んでいる気がしない。
「社会的な常識には欠ける人」への差別やその救済の話をオタクカルチャーに対する諸問題への反応に含んでいることが比較的若い世代の困惑の原因かなと思う。
この話に確実にある盲点はwebで参照した辞書の定義の発行年数を確認していないので編纂時期にずれがあるかもしれないこと、上の年代への話があくまで推測であること、社会通念上受け入れられるってなんやねんってこと、そしてn=1をクソでか主語で語ってることなのであくまで俺の意見の言語化にすぎないことだ。ここは何を参照すればいいのかわからんかったから、はてなの長老たちにお任せするよ。
読んでくれてありがとう。俺は満足した。
漫画家や作家と編集者が揉めるたびに、必ず編集者が悪いってことになるけれども、現実はそうではないことぐらいわかってほしいな。
作家って人種は、最も信頼ならない人たちであって、正直金にならないのなら、縁を切りたい連中がごろごろいるのはtwitterを観ればわかると思う。
口は悪い、性格も悪い、人の悪口は平然という、そもそも社会的な常識がないヤバい人は石を投げればすぐに当たる。
そういう人間と付き合わなければならない編集者の苦労を見てくれ。
だから、編集者にとって、作家は金づるにならなければ基本的に関わりたくない相手なんだよな。
炎上したら企業側や編集側が悪いってことになりがちだけれど、実際には漫画家や作家がわがまま言い出してただけだったってこともあるんだよな。
散々就活に振り回されて、何枚も無駄なエントリーシートを手書きした。
マナー講師や面接講師のアホな戯言を信じて無駄な努力を滅茶苦茶やった。
でも、現在の視点で、新入社員や就活生を見ると、「無理してるなあ。そんなことしなくていいのにな」とおもう。
断言して言うが、「まともな会社は就職一年目の一年生を即戦力」としては見ない。
きちんと研修させて、きちんと社会人の基本を叩き込んで、そして半年後、1年後に仕事をきちんと割り振る。そうじゃないと危なっかしくて困る。
ある程度、5年ぐらいして会社の流れが見えてくると、就職のマナー講師や面接の講師みたいな人が言ってることの大半は無視していいことだと解る。
②社会的な常識があるか?
これだけ。世界一周自転車の旅なんか、ぶっちゃけ無駄。それで、「行動力がある」とか「すごい」とかいうやつはいるかも知れない。そういう業界もあるかもしれないが、うちの業種ではむしろマイナスだと思う。
能力のある人材がほしければ資格欄を見る。自慢話なんか聞いちゃいない。
妙に挑戦的だったり、我が強かったり、偉そうだったり、他人を見下しそうだったり、陰口を言いそうだったり、そういう人間が落とされる。
盛った自慢話をすると、そういうタイプは落とされる。
人事が怖いのは「できないやつ」を採用することじゃなくて、「どうしてこんなアホを採ったんだ」と言われることだ。そのアホというのは、「遅刻して、偉そうで、職場の雰囲気を悪くして、ぶすっとしててありがとうございますも言えないし、周りの人間を見下してるようなタイプ」である。ようするに、はてなでたくさんのブックマークを集めたり、歴史だの差別だので遊んでるタイプである。
能力が高かろうが、こういうタイプは職場の能力を著しく下げるので、即落とすよね。
だいたい、新入社員が能力がないなんてわかりきってるし、盛った作り話をしてくるなんてことも、みんなわかってるんだよね。だから、そういうことを言うのが必要なのは、嘘をついてでも他人を面白がらせる職種だけでいい。例えば番組制作会社とか。銀行とか公務員とかでそれをやると逆に見栄っ張りの嘘つきだと嫌われる。
だから、人格で売ればいい。人柄で売ればいい。能力が少し足りなくとも人格が良ければ職場にとって一番良い。人柄である。
なぜ人事が性格の悪いやつだけは取りたくないか? そんなやつを採ると毎日9時間生活しなくちゃいけないという地獄を体験することになるのだ。
だから、まず性格で採る。性格のいいヤツだけを採る。これが最低ラインであり、最強ラインだったりする。
「こいつは能力は足りないかもしれないが性格はダントツだな」と思ったら迷うことなく採る。だって、性格がいいって最強だもん。そいつがひとりいるだけで職場に10%の能力アップがかかるんだから。
でも「性格が良い」という才能の良さを残念なことに、マナー講師も面接講師もプッシュしない。就活生もプッシュしない。それ、最強の武器だぞ、と思うのだが、だれも気づかない。
能力が足りなくとも性格の良い新人ならばいくらでも面倒を見るのだ俺たちは。当たりの新人は「性格」だし、それ以外のことはほぼ求めてない。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37128926
「差別撤廃の歴史を知らないから」差別しちゃうんだ、とかいうやつ
差別にランクを付けて、質が違う、苦しみが違う、みたいに言ってしまうやつ
みたいな
リベサヨにありがちなのが、この構造的差別に苦しめられたのだから、黒人の暴動は理解できるというやつ
そのくせ、日本にいると、「暴動は支持しないが理解できる」とか日和っちゃうやつ
「えせ同和」などと切断された活動もあるが、アイヌ関係も胡散臭い活動家が居る
昨今はLGBTもここに入ってきた
3は差別とされないことが多い
差別ではないんだから罵倒していいし、偏見で犯罪者予備軍にしても良い
そんなことを、憚りなく発言する「反差別」の人間もたくさん見た
「社会的」なのもそう
一部のバカが「区別」と呼ぶソレに正当性を付けて社会化したのが「社会的差別」だ
社会的な常識となったから、法律などで固定化したのが「構造的差別」だ
個々の事象は、罵倒であったり、排除であったり、偏見であったり、そういうもの
それらを「差別」と呼んでるだけだ
バカはさ、酷い差別じゃないと救済対象じゃないって真顔で言うんだよ
違うよ
「相手が血反吐を吐くほど苦しむようならやめてやろう、どうだおれは進歩的だろう?」みたいなバカだから差別するんだよ
今回のBLMは、黒人利権を強くして、白人の区別は悪い差別、黒人の差別は良い区別、みたいになるだけだぞ
本当にアホくさい
美味しい野菜は畑で丹精込めて作られる、人も同じでしっかりした研修と教育体制が作られて初めて高度な人材が生まれる。
日本は効率化と低コストをスローガンにしっかりした研修と教育体制を大企業だけの特権にしてしまった。
中小零細または子会社では効率化と低コストを大企業から求められ続けた影響で労働現場から「人を育てる」と言う思想を消し去ってしまった。
「なんちゃってOJT」と呼ばれる新卒を放置して勝手に学んで育つことを期待する酷い状態が放置されている。
派遣は「なんちゃってOJT」よりさらにひどい新卒派遣は使えるか使えないかを派遣当日に判断されて使えない場合は簡単な仕事をやらせた後に1年契約更新時に派遣契約終了。
有名国公私立大卒限定で採用を行い、短くて1年長くて3年以上の研修と社員教育を行った後に現場でワンツーマンのOJTを行う大企業はなぜか人材を有効活用できていない。
このような状況下では高度な人材が生まれる要因は「個人の素質」または「運」だけになり、ほぼ神頼み状態に近い。
しかし「個人の素質」または「運」で高度な人材が生まれることもあるため、手間もコストもかからない現状は維持されている。
なのに奇跡的に生まれた高度な人材を企業側が有効活用できなくて使いつぶしたり海外へ流出させたりしている。
正直言って「馬鹿」だと思う。でも、人を育てずに高度な人材を求める現象は先進的な働き方で注目を浴びるweb業界にも侵食している。
高度な人材を欲しいと言いつつ人を育てることに難色を示す企業が多い。
そんな日本は新卒時の入社した会社次第で命運が分かれると言っても良いだろう。
劣悪な労働環境下では強靭な精神力や社会的な常識を身につけられても他で生かせる経験は身に付かないからだ、まれに身に付く人がいるがまさに「個人の素質」または「運」に恵まれた人であることが多い。
日本の企業は完全に「人を育てる」を捨てて「個人の素質」と「運」に期待するようになっている。これが高度な人材が日本から消えた理由である。
この手の類で話がややこしくなるのが、
男女関係や性の問題において自らの生理的欲求と完全に切り離した話が出来ないことだ。
女に対する言動において自らの性欲が支配的であることが多い(主語が大きいと怒られそう……。)
それこそ、創作による多くのヒャッハー世界において女はレイプされている通り、
自らの社会的常識、規範、「女は守るもの」とするヒーロー性から開放されて
「ありのままの自分」となったならば、女と見たら即レイプとなるのではないだろうか。
そういった意味で「女を守る俺はヒーロー的で格好いい」という概念は、
現実に、相手を「女だ」と認識したら「お前」呼ばわりは、失礼なのではありませんか。
もし私が増田さんよりも大柄で、恰幅の良い男性だったら、「お前」呼ばわりをなさっていましたか?
増田さんは無意識に「抵抗できない弱いもの」に対して「見下した態度」をとっているのです。
それは増田さんの親御さんの躾がなっていない、と判断されてもしょうがないのです。
つまり、親御さんを悲しませないためにも、社会的にも、大人として通用する言葉遣いをなさったほうが良いかと思います。
正直、増田さんが恥をかいていても、増田さんに嫌われてまで「正しい言葉遣いや考え方」を、説明してくれるひとはそんなにいないでしょう。
ただ、陰で「恥ずかしい人」認定されて、避けられてしまうだけです。
だから私は、お人よしなんでしょう。嫌われ、恨まれても、本来は親が教えるべき社会的な常識を今頃、他人の私が説明するのですから。
多分保守的なアドバイスを求められているので、保守的に答える。
連絡先を交換した後、食事のデートに誘うこと
一緒に食事でもいかないか、と誘うこと。
社用の連絡先で個人的なお誘いをするべきではない。
また、女性の個人的な連絡先の場合でも、女性本人からもらっていない限り、そこにいきなり個人的なお誘いをすべきでない。
会って話す機会があるなら、そのときにさらっと誘ってみれば?「仕事とは関係なく、個人的なお誘いなんですが」と断わって。
相手がOKしたら、連絡のために個人的な連絡先(携帯メールとか、LINEとか)を交換すればいい。
どこに?本当に警察に通報されることを心配するなからストーカー規制法の要件を調べろとしかいいようがないが、増田が狂わなければ、そんなに簡単にストーカーにはならない。
さて、社会的な常識としては、君の相手との間で君が社会的に優位な関係があって、相手が簡単に断わりづらいような状況でなければ、食事にお誘いすること自体はまったく問題がない。
このときは相手がYES/NOを言いやすいように、時期を指定し(○○の週末、○日か○日)、お誘いの内容もなるべくはっきりしておくべき(店を指定するなど)。
そして、断わられれば、さらっと引き下がり、相手に迷惑をかけない必要がある。
断わられたとき、強く拒否されたのでなければ、期間を置いて、もう一度誘うまではいい。
二度断わられて、「またの機会に誘って下さい」的なことも言われなかったのであれば、それ以上は誘わない。
「またの機会に誘って下さい」と言われた後に期間を空けてまた誘い、もう一回断わられ、対案も出されなかった場合もあきらめる。
増田レベルなら、お昼に軽くランチか、午後にカフェの方がいいのではないか。そこで話が盛り上がれば、その場でディナーに誘えばいい(お店は考えておくこと)。
次のデートに誘うことで、相手への興味を示しつつ、初日は日中にあっさり返すことで、紳士であることを示す。
もちろん、断わられた場合はあっさり引き下がる。
これより踏み込んだ方が上手くいく場合も多いと思うが、ここまで保守的であれば、相手に迷惑をかけることはないし「ストーカー」呼ばわりされることはありえない、と増田でも分かると思う。
給料が少なくて、休みがない会社をブラック企業と言うみたいだが
若者が会社をやめるのはこういう待遇が悪いのが原因ではないです。
新卒でついた仕事は既存のユーザーをまわる営業でした。いわゆるルート営業。
一応上場企業で狭い業界でならかなりのシェアを持っている会社。
給料は特に高くなかったけど(新卒だから当たり前)、20時には上がれたし休日出勤した記憶もない。
今から思うとそれなりに社会的な常識だったり仕事の進め方は学べたかと思う。
しかし当時はとにかく毎日が辛かった。教育係と上司がくそだったからだ。
とにかく目があったら罵倒する。何でこんなのも知らないんだ?って言われても業界用語なんて知るわけがない。
自分がわからない質問をされると、自分で考えろよ頭悪いなおまえwwwとか言って逃げる。もしくは無視。
あとたまに上司と同行して客のところに行くんだが、なぜか同行してもらったお礼に昼飯とコーヒーをおごらなくてはいけない。
そういうものらしい。しかも同行といっても結局おれだけが客のとこにいって上司は駐車場で寝てるだけ。
もうどうしていいのかわからなかった。3年は勤めないと次の就職に響くらしいからとにかく毎日我慢した。
今は社員10人くらいしかいない零細企業にいます。かっこよく言えばベンチャー企業。
給料も高くないし、日付が変わってから家に帰る毎日で休日出勤もたまにする。
それでもやめたいと思わない。彼らと一緒に仕事ができるのが楽しいからだ。
新卒の頃は毎日会社に行きたくないと思っていた。今は会社に行きたいと思う感覚がある。