はてなキーワード: ぼんやりとは
映画を見た。詳しいタイトルを挙げるとネタバレに繋がるのでぼかすが、2010年代前半に作られたミステリもので、犯人は40代の男。
動機は70年代に未解決のまま終わった事件の黒幕を捜し出し、復讐すること。男の父親は事件によって殺されていた。
こういう物語は、どんどん減っていくんだろうなと思う。
昔を生きていた人間が年老いて死んでゆけば、過去の犯罪を因縁に持つ犯人は減っていく。私が見た映画だって、舞台が現在(2021年)であれば成立し難い。犯人は50歳を超えているので、少なくともアクションシーンを少し削らなければ。
公的組織の不透明さ、捜索技術の不足、それによって生み出されるわだかまりだとか未解決事件というのは、時が進むにつれ減っている筈だ。
※根拠として示せるものは特にない。映画を1本見た素人の所感なので。
ミステリーの舞台は事件現場から建物の中へと移っている気がする。(※示せるものは以下略)
警察は本当にそんな部署を抱えているの?と言いたくなるような分析組織(監視カメラの映像や前科者のデータが壁一面に映し出されていて、監禁場所を特定する凄腕ハッカーなんかがいる精鋭部隊)が舞台のドラマをいくつか見た。
最新の電子技術を使った捜索、脳や精神の研究者が活躍するミステリー。
犯人の行方、身元が技術の進化によって「謎」でなくなりつつある今、ミステリーは新たな「謎」を求めてより未知の領域へと足をふみこもうとしている。(※素人の以下略。しかし移り変わる先はともかく、昔の推理小説を読んでいたら、「そんなの監視カメラを辿ればいいんじゃない」と思うことが偶にあることから分かるように、過去の題材は、進歩した現在で「謎」になり得ないことがままある。)
ずっと昔、今では義務教育で習う出来事を誰も知らなかった時代、ただの自然現象は「謎」であり「魔法」、「奇跡」、「神の仕業」であった。
それが次第に解き明かされていくと、今度は人間の行動に焦点をあて、物語の謎とした。
じゃあその次は?それらは今現在有名な推理小説作家の作品と並べられるだろうか。
大昔の謎から生まれた物語が神話、伝説とされミステリーとは並ばないように、私達が今楽しんでいる小説、ドラマ、映画も、無知な人間が描いた娯楽作品とされる日が来るかもしれない。
過去に迷宮入りした事件を最新(2010年代)のテクノロジーを利用して暴いていく犯人を見ながら、ぼんやりとそう思った。
本当に素人の考え。
現時点で攻略サイトを全く見ずに51人の身元が判明してしまった
これが普通のペースなんだろうか
前評判が激ムズと言う話だったので1か月位は頭悩ませるのかと思っていたのだが
ちなみに普段推理小説読んでも真犯人にもトリックにもさっぱり辿り着けないのに、今回余りにテンポ良く当たるので驚くよりも戸惑った
服装から各役職推測して当て嵌めていったのと、檣楼員と甲板員は各国の人間らしい特徴や宴での仲良し具合から推測したのが普通に正解だったのちょっと面白かった
死因は正直槍なのかトゲなのか爪なのか悩んだし、白黒でぼんやりした死体を凝視して明確に探る必要があったので多少苦労したとは思う
不明者に関してはその前後の状況と同行者から推測したら普通に正解引き当ててた
そう言えばフランス人の彼、一目で分かる格好してるじゃんと別解で当てた後に気付きました
残り9人だし2人は確定、内5人は檣楼員と甲板員だから下手したら明日辺り全員身元諸々判明するんじゃないかと思っている
それともここからが本番なんだろうか、それなら楽しみだし本気出す
もしあっさり終わってしまったら obduction か the witness やろうかな
最後のFブロックの問題を少しづつ解いている間、運命を少しずつ固めていくような気分だった。不安感が強かった。解答に自信がないわけではない。もしかしたら間違えてるかもしれない。その不正解が、不合格という未来に連なることが怖かった。でも、マークし終えると「これでそんな恐怖ともおさらばできる」と少しホッとした。問題に記入した丸とマークシートを見比べながら終了の時を待った。
試験官たちが、回収していたマークシートは、俺たちの運命そのものだった。一つ一つ、機械のように手にとって向こう側へ持っていった。これで確定してしまうのか。試験が終わってもしばらく放心して動けなかった。
帰り道は、同期と問題の講評や今後の予定や研修先など、どこか浮ついた調子で語り合い、そのうちそれぞれの帰り道へ散っていった。
一人になって、届いていた挨拶LINEに返信しながら、ぼんやりとした気分のまま家に戻ってきた。この荒れ果てた部屋も、俺自身さえも、昨日と何一つ変わっていないのに、はるか遠くの別世界にいた。そう、今は俺は『国試後』の世界にいた。
ずっと『国試後』はもっと遥か遠い概念だと思っていた。国試の十日くらい前だったと思う。その朝シャワーを浴びていたときに、急に気づいた。
『国試後』はすべてが許される、夢の世界だ。寝坊も、夜ふかしも、ゲームも、動画も(飲み会はダメだけど)、あらゆることに罪悪感を感じる必要がない、そんな傍若無人な世界なのである。心が折れそうなときは「国試が終わったら〇〇をしよう」「国試が終わったら✕✕を買おう」などと様々な妄想をしてきたが、ついに例のソレが来てしまったというのか。
今、その世界に足を踏み入れたという実感はない。
いや、あっていいものか。何を隠そうまだ何も終わってないのである。合格か、不合格か、蓋を開ける必要があった。
採点サービスに入力できないでいた。合格を手にするには、不合格を迎える覚悟を持たないといけなかった。どうやら、合格を得ること以上に不合格の恐怖のほうが強かったようだ。
そんな調子で立ち往生していた。果たして俺は、真の向こう側の世界に行けるのだろうか。
【追記】
2014年頃に、子宮筋腫によるホルモン剤投与の体験談を書いた増田です。だれも覚えていないと思うけど、当時はスターや優しいコメントをいただいた。わたしに優しいコメントをくれる方は幸せになるので、その当時のみなさんはきっと今幸せです。その記事のリンクの貼り方が分かったらあとではります。(追記:貼りました。)
https://anond.hatelabo.jp/20140803214014
月経の周期がここ数年で28→25日周期になり(閉経までに一旦短くなるらしい)、徐々に「あがる」傾向が見られ始めています。
当時、「本番の更年期を乗り越えるにはイチにも二にも体力づくりだ!(気合なんて意味がない)」と思っていましたが、現在は週1~2回程度、スローなジョギングをしている以外は、特に身体には気を使っていないです。
体力づくりはもう少し頑張っていきたいです。
今は少し別件で悩んでます。
(自分で言うのもなんなんですけど、顔も性格もそんなに悪くはないと思うんだが、とにかく非モテだったのです。今回は奇特な方が現れて。ありがたいねえ。人生にボーナスってあるんだね)
その彼が半年ぐらい前にふとしたタイミングで、将来の夢を「立派な子供の父親になること」みたいなことを言い、わたしは衝撃を受けたわけです。
あなた、ほんとにそれが夢なら今すぐ私と別れた方がいいよ、と。
子宮筋腫の手術をすると、5年間は女性向けの生命保険に入れなかったりします。妊娠出産時に子宮が破裂する可能性があるそうで、高リスク出産っていうんですってね。
まあ、もう手術は6年も前なのでさすがに破裂はせんやろ。でも年齢を考えるとちゃんとこの子宮は子どもを育成できるのだろうか。とか思うと可能性、低いっすよね。
でも彼にそんな事を言われるまで自分の子宮の状態なんて気にもしてなかった。手術も、異様なトイレの近さがなくなってよかったーぐらいの感想しかなかった。なぜなら私の人生設計にもともと子供を産むことは織り込んでいなかったからです。非モテだったというのもあるし、今の日本で子供を育てる自信がないし。
別れたほうがいいのかなぁ、と半年ぐらいぼんやり思っています。
初めて長く続いている人で、自分でも驚くほど毎日大好きが更新されていく、キュンの嵐に、わしの心臓をどうするつもりや!!ってぐらいかっこいい彼なのですが、そんな彼だからこそっすかね。一番いい形で幸せになってほしい。
そんな悩みでした。まあ、困っています。
自動運転の実現の難しさは、大きくわけて以下の3点に整理できる。
大学3年生の2月、就活解禁目前というそれだけでも十分焦っている。このコロナ禍もあり求人が減ってて〜とか言われるの、正直メチャメチャ苦しい。
オンライン授業になってからというもの、体調を崩し定期試験のレポートすら取り組めなくなって、前期の取得単位はわずか1桁。8割は評価不能もしくは提出しても点数が足りず不可の評定だった。たまに笑い事のように話したり、まあ後でなんとかすればいいから〜と言ったりしてみたけど、正直単位を落としてしまったことよりも、オンライン授業に切り替わってしまったことそのものが大ダメージだった。在宅時間が伸びることで、不仲(と思っている)姉と同じ空間にいる時間が必然的に増えてしまうから。
家族の中でも姉との仲は正直悪い。同じ部屋どころか同じ屋根の下で過ごしたくないぐらい、今すぐに縁を切りたいぐらいには私の中での印象が最悪。具体的に言うと鏡を見てから発言してくださいねというタイプ。
今までは家に居る時間を極力減らすために意味もなくゲーセンに行ったり、バイトの後すぐに帰ると話しかけられてしまうのが嫌だったので、夜遅くまで音ゲーをして帰る日々を送っていた。それこそ大学の後バイトに向かうときは、22時に退勤した後ゲーセンに行き閉店まで居たこともよくあった。生活習慣的には良くなかったが、それで私の元気が保たれていたのだから打ち込める趣味は本当にすごい。
ところがこのコロナ禍、外出自粛や時短営業、一時は営業自粛まであり、本当に地獄だった。ただでさえ姉から距離を取ることで頭の中から姉を消し去っていたのに、世間は家にいろと言うのだ。本当に地獄。私のメンタルケアはどうすればいいんだというやりきれない気持ち。口には出せないのでここに書いちゃう。
最近は姉の職場でも感染者が出て姉も濃厚接触者疑惑がかけられ、私に何度も何度もゲーセンに行くなとは言わないが頻度を控えろ、と何度も何度も申し上げてきた。その直前にゲーセンに出かけたときにわざわざ電話でお叱りの言葉を掛けてきたりしていたが、当の本人は友達とカラオケ♡とかやってたので正直お前〜〜〜〜!?!?、!???という気持ちになってしまった。人の振り見て我が振り直せと天から言われているような気持ちになった。少なくともあなたのおかげであなた以上に社会で変なボロを出さないような人間に育ったかなと思います。出かけ先以外にも人を指摘する前に自分の行動を振り返ったりもう少し他人の話を聞いてお互いに納得できる話し合いにしたほうがいいと思いますよ。話がしたいとか論点がずれてるとかよく言うけど、それに固執しすぎて周りが何一つ見えてない印象。自分の中で悪影響を与えるポジションになってしまったので、物凄い不幸な目に遭えばいいのになあとぼんやり思います。正直。
もちろんそれ以外でも姉に対しての不快感は書ききれないほどあるけど収集つかないので終わり。
この記事バレたら何言われるかわかんないな。
会社員。5年目。
集中して働いたことなかった。注意力が散漫ですぐフラフラしてしまう。それで怒られる。
強制的に集められる集合研修とかはあったけど、それもぼわ~と気を散らしていた。
で、昨日、忙しすぎ&絶対に定時であがらなきゃいけない という状況で、自らの意志で初めてぶっ続けで集中して8時間働いたんだけど、これ、無理じゃない?端的に言って。
帰り道で吐き気はするは眩暈はするはで疲れ切った。なんじゃこりゃ。みんなこれやってんの?
上司には「ぼんやりしすぎ」っていうのはずっと言われて、でも仕事量で怒られたことはなくて、「ちゃんと集中したい。そしたらもっと働けるのに。怠け者だ…」って思ってたけど、集中しすぎると本当にぐっっったりしてしまう。
これ会社員みんなやってんです?まじ?
長らく、学歴ある人は転職先も豊富で、理系だと資格も持ってて引く手数多で、生きる選択肢があって良いなと思ってた。
自分は、たまたま高待遇の会社に入ったものの、ここを離れるとたちまち年収300万にも届かない仕事しか選べない訳で、金があっても自由はない。
実際のところ、医者や弁護士でもない限りこの若さでここまで稼げる奴、更に収入も増えていく未来が見えてる奴もそうそう居ないらしくて、じゃあ何にコンプがあるかとすれば、それは学の無さだった。
例えば美術館に行ったり、ジャズの演奏会に行っても、ぼんやりと「良いなぁ」と思うくらい。
嘘。美術館は「何これ」だし、コンサートも好みの曲以外は眠くなるだけ。
学さえあれば、分かる様な、そういうことが俺には分からない。
多くの富裕層や稼いでる人たちが「素晴らしい」と思うものが俺には一切共感ができない。学が無いから。
別に大学で習う訳じゃないだろうよ、でもさ、知識階層に触れてさ、文化的な事柄のさわりを知ったり、色々な切っ掛けに触れる機会に俺は触れなかったんだ。若い時にさ。それがスゲェコンプレックス。
コロナ渦だってさ、そういう「分かる人には分かる」みたいな娯楽がどうせ溢れてるんだろ。俺は知らないだけでさ。知っても分からないだけでさ。
もうさ、なんつーかさ、そういうのが今後一生続くんだと思うとさ、死にたくなってくる。
先月、徒然なるままに「夫に隠れて寿司を食べている。 anond:20210112213223 」を書き綴ったところ、非常に多くの方から反応を戴けた。
妖怪寿司女なるなかなか的を得た、夫に自慢したくなってしまう名も頂戴してしまいとても嬉しかった。美味しいことは良い事だと常々思う。
しかしその所為で夫が出張から無事に帰宅した今日までの間に何度自分の日記を見せぬようにと我慢したかは計り知れない。
夫は然程怒らないだろうが、この美と背徳の味は私の胸に秘めておいた方がきっと幸せだろう。
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「101」は、恐らく私が初めて覚えた数字だ。青森県から秋田県へ続く文字通り一本しかない国道の名前。
私は大半の大人が漁師か猟師をしながら漁業に務めているような限界集落で育っていた。バブルも弾けた平成前半の事。
故に、なかったのだ。
節分の2月2日、家族揃って恵方を向きながら容赦ない太巻きを無言で食べる文化や概念は、北の外れに存在しなかったのだ。
だから節分とは、玄関に落花生をばら撒き、そそくさと片付け、雛祭りの前祝い程度の雰囲気でささやかな夕食を取る健康的行儀。
私は、節分の2月2日は、お小遣いでお寿司が買える。それに気付いてしまった。
企業努力の賜物である。小学生のお小遣いでも当時は恵方巻が買えたのだ。
しかも、ピンクのでんぷが入っている一番安い太巻きなら、2本買える。2本。
高級感と憧れのハッピーセットというとんでもない行事があると、当時小学生は気付いてしまったのである。
それこそ普段はちょっと高くて、輪切りになっていて、綺麗にパックされていて、なんか微妙に物足りなさもあるサラダ巻が、一年に一度の節分の日だけは威風堂々丸かぶりする事が許される。なんということか。
そのうえ「これぞ西側の文化なり」とでも胸を張って主張すれば、行儀が悪いと窘める母もなにやらおとなしくなってしまう。
そして何故か祖父がとても嬉しそうだったのをぼんやりと覚えている。
そして、現在。
恐らく夫は今日の事を
「海産物や寿司に対して並々ならぬ執念を抱いている妻による年に一度の恵方狩りの日」
とでも思っている。
概ね間違ってはいない。何年も付き合っていれば、この習性はもはや隠せる類ではない。
昼休みには「恵方巻食べれた?」とラインが来た。「夕方から出て、4ヶ所くらい確認できたら良きかな。サーモンサラダ巻、いと美味し」と返事をした。
仕事は早めに切り上げて、大型スーパー2件と小型スーパー1件、近所の個人経営の居酒屋の4件を巡り、先程帰宅した。ふと誰かが、これは増田に書けよと、耳元で囁いた気がした。
エコバッグの中を開けてみると、何故だか少し寂しくなった。
年々、中身が軽くなっている気がするのだ。
豪華な海鮮巻や奇抜な肉の海苔巻が増え、値段自体も毎年上がっているように感じた。
美味しい事は良い事だ。適正価格なら仕方が無い。
今年はウーバーイーツにハマってあまり恵方貯金できていなかったからなぁと思い、取り敢えずサラダ巻とマグロ納豆巻を用意する。
先程、夫から、職場で緊急事態が発生した為、今夜は現場に泊まるかもしれないという連絡を受けた。
会える範囲の友人たちもコロナ禍の下、確かに無言・黙食とはいえ、恵方の飲食に誘うのは気が引ける。平日都会のベッドタウンを過ぎゆく風は、まだあまりにも寒いのだ。
冷蔵庫を圧迫する恵方巻をどういう順で食らおうか、何度も何度も考えていると、だいたいの悩み事はあとでもなんとかなりそうだという気になってくる。
夫からのラインに私は大型スーパーで買ったスパム巻の写真を撮影し、夫に送った。夫は喜んでいるようだ。
しかしこのあと思い知るだろう。恵方巻はスパムだけではないことを。
深夜か明日が、夫が冷蔵庫を開けた時にいかなる反応をするか、本当にとても楽しみだ。恵方 is サプライズ。サプライズ is プライスレス。つまり恵方 is プライスレスということ。
そう考えると、なにやら不思議と強くなった気が沸いてきて、夫の不在を良い事に家事でもするかと思ってしまう。
そして、そのついでに、もう少し遅くなってから、値引きシールのついた恵方巻の散策にでも乗り出そうかと思うのだった。
サーモンサラダとサラダ巻とマグロ納豆恵方巻は、とても美味しかった。
※妖怪寿司女:寿司を食らう量は恐らく人より多い為、概ね間違ってはいない。ありがとう
※落花生:投げる豆が落花生か大豆かで戦争が起きるらしい。自分は落花生派だったが、夫は大豆派である
※99円の海苔巻:あらゆるものが値上げしていく世界で価格を維持してくれる心の友達
※桜でんぶ:桜でんぶは雛祭りと恵方巻と運動会くらいでしか見る機会がなかった気がする。美味しいし可愛いしなんだか嬉しくなる
※祖父:20人くらい乗れる船を持っていた漁師。本名は文字面が「寿司」にかなり似ている
※サラダ巻:ヘルシーじゃないのにヘルシーな気がする
※恵方貯金:今年は全くできなかったので、800〜1000円クラスの高級恵方巻を買うことはできなかった。でも毎年サラダ巻を中心に色モノ系と定番中心で高級品は買ってなかったから平気だった
※スパム巻:初めて見た
※恵方:南南東。位置的には猫のトイレがある方角の為、細かいことは考えないようにしている
※恵方巻:食品ではなく嗜好品の扱いの為、私の財布から生まれる。結果、食費が少し浮く
※恵方巡り:今年はDQウォークしながらスーパーを歩いてまわった。心から美味しく食べる為には減量大事だと思う
※マグロ納豆巻:もしかしたらこいつは恵方巻じゃなかったかもしれない
※冷蔵庫:恵方巻があると思うとわくわくしてしまい無意味に何度も開け締めしてしまう
※予約恵方:基本現物を見て美味しそうだと思うものだけ買うタイプなので滅多にしない
※居酒屋の恵方巻:今年唯一の予約恵方。お会計をする時に現物見せてもらったらついテンションが上がっちゃって「美味しそう!え、これ、めっちゃ安い!すごい!」ってはしゃいでしまった。店長が笑ってたからよかった
※恵方巻:なるべく早く食べる方が美味しいのは当然だが無理して今日中に食べきらなくてもよいので、2,3日くらいは強い気持ちでいられる
※値引き恵方:学生時代は値引き恵方が中心だったので昔の血が疼いてしまう
※恵方巻:スーパー次第では2月3日に半額で買える場合もあるが、現在住んでいる地のスーパーは2月2日のみ販売を貫いている
※恵方巻:実はあまり魚介系は買わない。漁村出身補正を抜いても、価格に対して合ってないと感じる場合が多い
※野菜:山本ゆりさんや有賀薫さんのレシピにはよくお世話になってます
※恵方巻:しかしながら改めて書き起こすととても二人暮らしとは思えぬ量である。
購入恵方
・サラダ巻 298円
不眠症。今もベッドの中で寝れないか寝れないかと苦しんでいたけども諦めてスマホを付けて増田を書き始めた。
本当は自分自身も夜に寝て朝起きる生活をしたいとは思っている。でもまともな人間が眠る時間には眠れないのだ。24時半くらいから眠れないかとベッドの中で考えて1時間経った。ちょっとだけ眠くなるかもしれないお薬も飲んだ。でも眠れない。きっとこれから3時間くらい眠れない。
でも別に私は朝起きるということを必要としてはない。何故なら働いてないから。行かなければいけない職場も待たせているお客様も居ない。
なのに何故夜に寝て朝起きる生活をこんなになきゃいけないかと思ってるかといえば、同居家族がそうしなさいと言うから。養ってもらっている状態なので、出来るだけ家族がしてほしいと思うことは守ろうと思ってる。
でももし眠い時に寝て、起きたい時に起きることが許されたならもっとできることあるんじゃないかなと思ってしまう。だってこの1時間ただぼんやり過ごした。もしこれが眠い時に寝ることができていたら私はこの1時間で見たい映画を見ていたと思うし朝5時までやりたいことをやり切って眠いな〜って言って寝て12時くらいに起きてた思う。なのに寝なきゃ寝なきゃと思う4時間くらいただ「寝なきゃ」と思うだけで終わってしまう。無駄すぎて辛くなる。人生がこうやって終わっていく。今すぐ死ぬか眠るかしたい。
労働で一番大事なのは体力だ。すなわち体力というものは人生で最も大事なものである。
ここでいう体力というのはマラソンができるとか何キロのダンベルを持ち上げられるとかいう話ではなくて、
脳が活動し、生産的なところに時間をかけられるエネルギーのことを指す。
現時点でトップに恵まれている頭脳を持っている人たちは、医者や弁護士の資格を取る。
もちろんこれも継続的な努力、勉強を続ける体力が必要で、それでいてなってからもつまるところ長時間働くことになる。
中学校高校の時に、まじめに授業を聞いていて、やたらノートをきれいに書いていて、提出物も毎回きちんと出す、
けれど自分よりもテストの成績が悪い、そんな人間を下に見て自分は頭がいいんだと馬鹿にしていた。
おれと同程度もしくはそれ以上テストの適性があり、なおかつそのような活動ができる人はみんな一流大学に行き、医者になったり、大手の企業に勤めている。
おれが馬鹿にしていた前述の人たちも、殆どなんだかんだそれなりの大学に行き、バイトやサークルをこなしながら単位を取って留年せずに4年で卒業した。
もともと発達障害的な特徴があり、努力を継続してできないタイプであったが、高校の時に睡眠障害のナルコレプシーを発症してそれが致命傷になった。
いまは25歳で大学生をやっている。それもそんな一流大学というわけではない。
まあ学歴コンプレックスはこの歳になると視野が広まったおかげでだいぶ緩和されてきた。それはいい。
問題なのが、週5で8時間労働という一般的な勤務時間に耐えられる目途がつかないということだ。
歴が長いのでコンサータやその他もろもろの薬を試したことは言っておく。調子がいいときは部屋の中の環境や浪費活動によって問題なく30時間程度は働くことができたが、
どうしても40時間は働けそうもない。
特に何か秀でた才能もあるわけではないということはわかっている。救いなのは親が比較的高所得であるということだが、それも長くは続かない。
長々と余計なことも書いたが何が言いたいかというと最初に書いたように、最高の資格をとったところで体力がなければお金が稼げなくて、
心のエネルギーと呼べるようなそういった存在のゲージはどうやら遺伝的に、あらかじめ決まっている。
アイドルには思い入れないから「かわいそう!許せん!」という感じではないが、とにかく個人的に地雷でキツかった。まだああいう企画やってるもんなんだな〜
ありがちな話だろうけど。
探しものをしてたら見覚えのない小さな箱があって、見覚えのない筆跡の手紙がついていた。
「○さん(夫の名前)との泊まり旅行はとても楽しかった。おそろいのこれを身に着けていれば離れていてもずっと一緒だね」というような内容。ご丁寧に日付と差出人の名前付き。十年前だ。
十年前、自分は何をしていただろう。仕事をしながら義理の両親のお世話、看取り、子どもたちの入退院、いろいろ一段落ついて、本当に久しぶりに日帰りの家族旅行にいった時期と、手紙の日付は、ほんの十数日しか違わなかった。
なんでその時に離婚してくれなかったんだろうな、とぼんやり考えている。結婚して実家から遠く離れたところに長く住み、実の親よりも長く夫や義理の親たちと過ごしてきた。それも全部、いったい何だったんだろうな、という気持ちになっている。
十年前なら離婚して子供連れて縁もゆかりもないところにでも住み直して、また仕事探して頑張れたかもしれないのに。
ひとまず手紙を写真に撮り、こっそりネットの片隅に放流してみた。名前も日付も隠しているし、たぶんちょっとやそっとでは見られない場所。自分が死んでも、あの手紙がネットの海を漂い続けるのは、ちょっとだけ面白いなと思っている。夫は当然、まだ何も知らない。
そろそろオタク歴6年になる。入学当初は、まさか自分がオタクになるとは思っていなかった。
中学高校時代は無趣味に近く、周りが「これ面白いよー」というものを
漫画、ドラマ、映画にかかわらずつまんでそれなりにハマっていたくらいだった。
今思い返せば周りにかなりの数の腐女子や二次オタがおり、近しい友人もオタクだった。常に布教されているような環境だったが、
彼女たちのすすめるものがいまいち私の好みに合わず、深夜アニメって独特だなくらいにしか思わなかった。
今思えば、オタクになったきっかけは、大学受験に失敗して、長年入学したかった大学に入れなかったことだった。
私の家は厳しく、中学に入学するまでは夜8時以降のテレビは禁止、中高時代はネットにもアクセスできなかった。
それが当たり前だったのであまり辛いと思ったことはなかったが、本当に世間知らずのまま育っていたことは確かだ。
それでも、行きたい大学があったから我慢できていたのだと思う。
しかし高校卒業後、家の事情で浪人が出来ず、かなりの年月あこがれてきた大学に届かなかったことで気持ちが完全に切れてしまい、
特にやりたいこともなかったので、抜け殻のような生活になってしまった。鬱の一歩手前の状態だった。
分不相応な私立に中学から入ってしまい、必死の競争に疲れ切っていたことも理由の一つだったように思う。
本当は新歓に出席してコミュニティーを広げたりバイトを始めたりしなくてはならないと思ってはいたが、
人と話すのも面倒になるほど気力がなくなってしまい、
何とか授業にだけは出席し、帰宅する日々が続いた。
大学後期になるとさらに授業が少なくなり、完全に廃人となった。
このころになるとさすがに勉強だけはする気力が湧いてきたので
空き時間は英語検定の勉強をして過ごしていたが、それでもかなり暇だった。
ほぼ見る専用に作っていたツイッターのフォロワーのアイコンが突然、とあるアニメ作品のイラストに変化していたのに気づいた。
調べてみると最近爆発的に人気となった作品のようで、ネットで落ちていた動画を拾ってみたところかなり面白かった。
いつの間にか放送分すべて視聴していて、あたりは真っ暗になっていた。
分割2クールだったので、年明け後からすべてリアルタイムで視聴した。
ツイッターはそれ専用のアカウントになり、気づけば連日連夜解釈をつぶやきまくるヤバいオタクになっていた。
初めてイベントに行き、フォロワーに会い、グッツを集め、痛バを作った。
交換や整理券取得のため、寒空の下を何時間も待ったこともあった。
今思えば、私は長年の目標が消えたことで、すべてに対してどうでもよいという気持ちが先行していた。
けれど、その気持ちと同じくらい、何かにハマりたい、熱くなれるものが欲しいという思いはどこかにあったのだ。
それともう一つ、作品の名前を出すつもりはないが、私はあの作品にとても救われた。
今まで、良い大学に行くことだけがすべてだと思っていた私にとって、
卑屈な心を救い上げてシュールな笑いに変えてくれるあの作品は見ていてとても気持ちが楽になった。
高校時代の友人から進学先をバカにされた辛さや、何も気力が湧かなくなった自分を何とか奮い立たせようと頑張っていた気持ちが、いい意味で切れたのだ。
私はその時、少し休みたいという自分の心にようやく向き合うことが出来た。
勿論、キャンパスを歩いていて一発でオタクだと思われる女子学生はいなかった。
在学中の4年間でたくさんの沼にハマりつつ、ぼっちで淡々と単位と専門系の資格を取り、卒業した。
ぼっちの弊害はやはりあり、新卒でブラック企業に入ってしまったのでかなり神経をやられた。
散漫なぼんやりとした妄想が、書くことでまとまったものになる。
形を持つことで、あたかもそれが自分の思想だったかのように思ってしまう。
幻聴とは自分の声が他人の声に聞こえ、妄想は自分の考えが他人の考えに思えることが
原因なのだと聞いたことがあるが、それはこうして文章を書くことでも生じるんだと思う。
書いてしまった文章は自分から離れたものだからだ(例えば、こうしてWebの1ページになってしまっている)。
本来の私には思想なんてそもそも無くて、書かれた文章も、自分の思考のランダムに噴出した単なる一端でしかない。
そんなのは偶然だから、自分の偏向ではないはずなのに、書かれたものに自分が従わなくてはいけない気がしてしまう。
次書く文章も今回の文章と整合を取ろうと偏ってしまう。自分の中に整合性があることは、自分をコントロールできた気分になれて心地よいから。
「男のために設計された社会で、『男も大変』とか言っちゃう傲慢さを知る」、だってさ
男は全員特権階級で、全員ラクラク生かしてもらっていて、全員がすべての女性より良い生活を享受しているらしい
そうだったのか
俺は苦しいし毎日自殺したいと思ってて、女性の苦しみには同情しつつ、俺も苦しいなあとぼんやり思ってたんだけど、傲慢だったらしいな
意識高い、ポリコレマインドをしっかり頭に入れて価値観をアップデートした人たちも、このオビには文句つけてないっぽい
ってことは、俺が「男も苦しい」と思うのは傲慢なんだろう
すべての女性は俺よりも毎日毎日苦しんでいて、かつて首を吊ろうとしたことがあり、毎晩寝る前に「あした目が覚めなかったらいいのにな」と思ってるっぽい
大変だ ひどい社会だよな
女性は本当に大変だ
それに比べりゃ俺なんて全然大変じゃない
楽チンだ楽チン
自分はネットで言うところのいわゆるギリ健というやつなんだと思う
お金の計算も苦手であるだけ使ってしまいがちだったので将来への不安もぼんやり抱えてはいたが
ギリ健なりになんとか仕事にありついて自活はしていたので
このまま健康で働きさえできればなんとか生きていけると思ってた
コロナ禍がやってきても相変わらずギリ健なりになんとか働いていたが
ほっとしたのか糸がぶっつり切れた
外出できず郵便物も取りに行けなかったので滞納通知に気付かず電気が止まった
2週間に一度くらいは脳がクリアな日があるので
その日に心療内科に行き薬を貰い、食料を買い、手持ちで売れそうなものをメルカリに出した
FenderのギターとアンプもiPadもアルティメットまどか悪魔ほむらのフィギュアも全部売った
正直メンタルだけじゃなく体のあちこちも不調だが病院に行く金が無い
家賃の支払いも滞りがちになりどうにもならなくなって藁にもすがる思いでア○ムに行った
これまでなんとか借金の類はせずに暮らしていたが審査にはあっさり落ちた
どうやら家賃等の支払いが3ヶ月続けて遅れると信用情報にがっつり傷がつくようだった
そんなの知らなかった
2人とも健在だと思うが連絡すら何年も取っていない
両親は離婚後、両方とも再婚してそれぞれ家庭を築いて幼い子供もいるからだ
(俺にとっては血の繋がっていない妹と弟)
周りの子供が出来ることが思うようにできない落ちこぼれの俺を相当持て余していたとは思うが
おそらく俺が泣きつけば借金してでも金の工面はしてくれるのだと思う
だからこそつらい
お金がない
もう何も考えたくない
支援学級を併設していた小学校に通っていたのだけど、重度知的障害の子がよく普通学級の授業に来ていて、
自分が親になったとき子供がああだったらどういう生活になるんだろうかと今でもたまに考えている。
うちのクラスに来ていた子は確か給食や音楽の時間だけ来ていたけど、ずっとあうあう言っていて意思疎通はできなかったし、
音楽の授業ではあまりにも騒ぎすぎて出禁になっていた。遠巻きに、今日は機嫌いいなぁ悪いなぁってぐらいの存在感だった。
一方で別のクラスに来ていた子も話せなかったものの、いつもニコニコしていて大人しく、あーちゃんあーちゃん(仮名)と弟のように周囲の子達から可愛がられていた。
二人とも、他人へ暴力をふるったりしないタイプの子だったから、普通の学校に併設された支援学級に通えてたのだと思う。
でも、そうじゃない子の生活に密着したドキュメンタリー番組では、本人も親も苦しそうだった。
彼らは大人になった今でも自立した生活は送れず親が面倒を見ているのだろうけど、もしそうだとしたら、
いくら可愛いわが子でも、成人する。体力が衰える自分が死ぬまで、24時間365日どこまで面倒見れるのか。自分が死んだあとわが子はどうなるのか。
万一の場合はその責任も込みで出産しろ、と強制される社会だったら、私は将来子供を産みたくない。
いろいろ考えているけど、