はてなキーワード: ぼんやりとは
細かいことは面倒だからここで言う対案を求めているのは政府であるとして、
これは否定だけでOK。否定意見があることを認識してもらい、政府に案の再考をしてもらえばよい。
これは否定だけではNG。政府が「その問題点はすでに考慮したうえで、現行案がベストだと判断しました」と言われたらそれ以上の反論ができなくなるから。
現行案より勝る案があることを示すしかない。それが対案。
そしてどちらがより良い案であるか議論し、最終的には選挙などを通して国民に判断してもらう。
おそらく誰しも反対したいときは自分の心の中にぼんやりした対案があり、それが現行案より勝ってると思うから不満を持つわけだけど、それが具体化しない限り現行案より勝ってるのか第三者からはわからんのよ。
例えばぼんやりと現行憲法に問題があるな、と思ってる人でも、自民党草案を見て、「これには賛成できないわ、これなら現行憲法のほうがマシだわ」って思うじゃん。
具体的な対案があるっていうのはそういう話ができるってことなのよ。
ぼんやりと存在は認知しているとして、「弱者」の定義はきちんと整理されていない。
それぞれの話者によって、異なる複数の弱者を前提としている印象がある。
「結婚できない」という結果は同じだけど、「貧困」と「非モテ」によっては議論が変わってくる。
「貧困」だけの話だったら、「格差」が極端になっているとして、従来の社会保障の延長で議論していくべき話。
「弱者男性」って性別区切って話題にしてるってことは、「貧困」だけの話じゃないよね。
「非モテ」に焦点があるとすると、対策もだいぶ変わってくると思う。
ここ以降は、これらを無条件に認めるなんて、多くの人は同意できないと思うけど。
初心者が一年くらい頑張れば、特に今ならyoutubeでタダですごく講座の動画も見れるので
そういうの見て、ちょくちょく練習してれば程度の差はあれうまくなるはずなんだよ。
描いてなかった人の腕前がかわんないのはそりゃそうなんだけど
怖いのはある程度の頻度でしっかり練習してるのに、全然変化がない人。
小学生が描いたような絵といったら小学生に失礼だろうか…、というような感じの絵。
たいていがなぜかぼんやりしている。くっきりはっきり書いてヘタなまんま、はほぼ見かけない。ぼんやりしないといけないのかというくらい総じてぼんやりする。
20年前とかならともかく今ならタダの講座も多いはずなのに(二度目)。
ちょっと前、子供がゲームに夢中になりすぎてルールを破るから、そのゲーム機を子供の前でぶっ壊すことを誇らしげに書いた新聞記事があった。
ああ、うちの親と同じことしてるな〜とその時は思ったが、私の感覚でいうとそれは虐待で、いつかきっと大人になってから、その傷はなにかしらの結果をもたらすんだろうなとなんとなく思っていた。
思っていたが……まさか、兄が統合失調症からの躁鬱、そして障害者施設行きになるとは想像もしていなかった。
子供の頃のことで覚えているのは、父の怒鳴り声、兄を吹き飛ばすようにぶんなぐる姿。
それが生死に関わるようだったら児童相談所の出番かもしれないけれども、数ヶ月に1〜2回ぐらいだと見逃されがちだ。
父の機嫌がよいときは、そこまでひどいことはないのだ。
だから私も、子供心に「時々怖いことあるけど、これがふつーなんだ」と思ってきた。
でもあれは虐待だったのだ。
そしてゲーム機の話である。「しつけのため。お前の将来のためなんだ。お前のためを思ってやってるんだ」と言って、父親は泣き叫ぶ兄の目の前で、愛機のゲームをぶっ壊した。
父が去ってから部屋の中ですすりなく声、部屋の扉を裂ける寸前まで蹴る音などが聞こえてきて怖かったのを覚えている。
そして母親がそんな兄をかわいそうがって、何度も買い与えていたが、そのたびに「お前のためを思って」と父親がぶっ壊した。
結果、何が起こったか。
兄はゲームをしなくなり、何もしなくなったのだ。
父親の前では「反省しました」と言っているものの、ぼんやりしていることが増えていったのだ。
父親にあれをしろ、これをしろと言われたらするものの、どこか中身のない感じで動いていたように思う。
そして父親の言われるままに医師になることを強く言われ、三浪してやっと私立の医学部に入った。
なぜそんな父親の言いなりなんだ、と聞いたら、「別におれ、もうやりたいことねえもん」とぽつんと言っていたのを覚えている。
そうして大学生になった兄は、今までおとなしかったのが嘘のように凶暴になった。
怒鳴り散らし、ものを壊し、それでも父親の前では押し黙っている。
何にそんなにいらついているのかはわからないが、母親がその八つ当たりの対象になった。
そもそも私立の医学部に行かせるような家庭ではなかったのに、父親がどうしてもときかなかった。
案の定金策につまり、親戚中に借金をしてなんとか卒業にまでもっていくありさま。
連絡先も住まいも教えず、家を出て数年。
何をしたかといえば、車がびゅんびゅん通る車道に自分の車をとめて、何か叫び散らしながらコンビニに行き、公衆電話(当時は設置されていた)で110番したのだそうだ。
「命を狙われている」
完全に統合失調症の症状だった。
警察官がかけつけた時、兄は電源のきれた携帯に向かって必死に何かをしゃべっていたそうだ。
そうして留置場でも「殺される!」と叫び散らし、強制入院となった。
この時、初めて家族は、兄の数年の有様を知ることができたのである。
数百万の借金をして、ほうぼうから督促の電話がかかり、仕事にはろくにいかず、家はごみため状態。
そもそも実家にいる時から、家事掃除などは一切できなかったが、一人暮らししてもしなかったらしい。
玄関にカップラーメンの汁が飛び散り、土足で入らなければならないほどの床のよごれよう。
家賃滞納。
入院後、見舞いの時は両親に対して「少し調子が悪かったんだ。病院に入院するほどじゃない」などと気丈に言っていた。
兄は母親には八つ当たりするが、父親には決して逆らわなかった。
「早く退院してがんばれ」という父親に、兄は「うん」とうなずいただけだった。
そうして退院した兄は、自己破産をして一から医師をやり直した。
薬のせいで数十キロふえた兄は大学生のころの面影はなく、老けて五十代のようにも見えた。
そうしてまた兄は失踪した。
それが数年前。
そうして今年。
「俺、障害者施設に入ることにしたよ」と電話がかかってきたのだ。
躁鬱病の薬を飲みながらつとめていた病院は辞め、今は働いておらず家にじっとしているのだという。
「どうして」と母親は言った。「大事に守り育ててきたはずなのに」そう言って泣き崩れた。
彼女には虐待の感覚はなかったんだろう。父親の行為はしつけなのだと思っていたんだろう。
でも今ならわかる。あれは虐待だったのだ。
死ぬ寸前とかあざだらけとか、そういうものは保護され表沙汰になりやすいが、たとえば私の家のように、数ヶ月に1〜2回だったらどうだろうか?
虐待は恒常的に行われるものと、間欠的に行われるものがあることを知ってほしい。
そして間欠的に行われるものは死ぬこともなく保護されることもなく、深い傷をもって子供は成長し大人になるのだ。
ゲームをぶっ壊しただけでは精神に支障をきたすことはないかもしれない。
が、子供の大切に思ってるものをぶっ壊す、ような行為をするその家庭の教育の「方針」は、あらゆるところで子供の心を深く傷つけているんではないだろうか。
そうしてその心の傷は、数十年後、兄のように四十代に近くなってからあらわれることもあるのだ。
子供の頃、優しく活発で明るかった兄のことを思い出して泣いている。泣きながらこの日記を書いている。
言葉が溢れて止まらないという表現があるが、こんなに絶望し失望し悲しい時に出るものなのだと初めて知った。
子供をもつ親が、子供の大事にしているものをぶっ壊すような教育方針でありませんように、世界のすべての親が、そうでありますように。
そう祈ることしかできない。
増田に仕込んであったりブクマで盛り上がっていたりすると、少し羨ましい気持ちにはなっていた。
いろんな作品でもオマージュが読み取れなかったりするんだろうなあとは思っていた。
そうぼんやりした憧れではあったのだが、今観ているアニメがさあ、ストレートに三国志モノっぽいんだよ。キャストを調べに行ったら、もう一人の主人公とか書いてあるんだ。ロボットモノでこの人ロボットに乗らない人なのに。最高か。
子供の頃に教室に置かれていたような読書体験は得られないだろうし、そういう状況だった人たちと同じような思いは抱けないだろうが、もうだめだ今こそ履修すべき時が来た。
やっぱまずは横山か、石森プロ作ってのもあるぞ。李/寺島もオーソドックスっぽいが最初がこれでいいかな。
あー、ドキドキしてきた。楽しみ。
女。意見が違うところも多かった。
・顔の写ってない写真でもOK
→美人と自認しているなら別だが、リアルで会った時にがっかりされない覚悟が必要。ぼんやりでも顔出しして「この程度の顔ですよ」とわからせておく方が直接対面時のハードルは下がる。
・プロフィールは少しは書け
→個人的には「相手に求める条件」をプロフィールに書いてしまう人は即地雷だと感じる。多分女性に多そう。メリットよりデメリットの方がとても大きい。そんなもんは書かず、心に秘めておいて何ら問題はない。プロフィールは自分の特徴と、ただ誠実に相手探しをしていることをアピールできれば良いだろう。
・いいねが多い男を選ぶな
→確かに、いいね数件でとても良い男性はたくさんいた。趣味のコミュニティなどからそういう人を探す面白みもある。
体感としてはいいね〜80くらいでもしっかりやりとりしてくれる人はいる。
→メッセージでのやり取りというのは程よくめんどくさい。めんどくさいからこそ、「程よくめんどくさいことに付き合ってくれる男性かどうか」というのは確認できる。
よって、もちろん冗長になると良くないが、数日で構わないので、メッセージのやりとりは重ねた方が良い。
個人的には、相手の趣味の分野で興味があれば、おすすめのものを聞いてみる。そして時間的余裕があれば試してみる、などした(ポッドキャスト、音楽、本、映画など)。これは良いものを薦めてくれる人が多く、単純に楽しかった。逆に相手が聞いてきてくれて、何か薦めることもまた多かった(忙しい合間でも相手がチェックできそうな軽いものを基本的には選ぼう)。ペアーズは興味のある趣味をすぐ語り合える異性ができるので楽しい。あまり良くないが、お互い何となく会うつもりがなさそうな雰囲気のまま、お互い楽しく何かをリコメンドし合い、だらだら盛り上がり続けるということもあった。
すぐ通話、会うというのは、単にセックス目的の男性、不誠実な男性をあまりフィルタリングできないという弱点がある。真剣な出会い目的であるならストレスの多い戦略になりそうである。
・大前提として女慣れしてない男を狙うことになる。よってお前がリードしろ
→良いと思う。しかし、自分は極端な受け身非モテ男子を一から育てる体力がなさそうだったので、こなれていなくても極端な受け身でなく、どこか積極性がある人が良いと思った。
→収入ではフィルタリングしなかった。現在の年収の高さだけ見ても、将来的にどうなるかなんてわからんし。学歴に関しては、ぼんやり近しい方が交際がうまくいきやすいかもしれない。しかしそれもマストではない。結論として無職は困るが、タフに生きていけそうな人であれば良いと思っていた。(それはどういう基準なんだ、という話になってしまうが、プロフィールやメッセージから感じ取れるものを信じよう)
→「プロフィールの○○が気になっていいねしました〜云々」と、いいねした理由をしっかり書いてアピールしてくれる人は好印象。明らかな雑いいねは無視して良い。
<一番大切だと思ったこと>
あまり長くペアーズにいると多分心が死ぬ。極端にゲーム化させず、愛を持って一人ひとりと接することができるよう自分も努力しよう。また、「この人か?」と思ったら大胆に決心することが大切だと思う。
(前回のご報告)https://anond.hatelabo.jp/20201224131256
拾ったねこなので誕生日とかもわからないのだけど、ボロボロのこねこを20年前の9月に拾った時に多分生後3ヶ月くらいだった。ということで毎年6月を誕生月ということにしているので、なんとあと2ヶ月で21歳ということになります。この一年でかなりまえ足あと足が動きづらくなったご様子ですし、耳もだいぶんと聴こえづらいように見受けられますが、いたって元気にこの冬を越えられたことをことほぎ、増田に駄文をしたためたいと思います。
20年以上続いたねこ一匹ひと一人の生活ですが、とくにここ一年続いているリモート勤務のおかげでねこと増田との距離感も随分と変わったように感じます。彼女にしてみれば、昼夜問わずとにかく要求すれば何らかのリアクションが返ってくるのが心地よいのでしょう。もはや、自分がいま大声で要求しているものがご飯なのかおやつなのかだっこなのかブラッシングなのかよくわからなくなったけどとにかく早くしろ、その前にとりあえずおまえの膝のうえにのせろ。といった感じのことも増えてきました。とは言うものの、高齢猫はまず食べてもらうことが大事。頻繁に変わるご嗜好の様子を見つつ、療養食の縛りも外しておやつ用の高齢猫用かつおぶしとかエナジーちゅーるなどもご用意して順次お出ししているわけですが、相変わらずモリモリとお食事を楽しまれているご様子でひとまずはほっとしています。
さらなるQOLの改善にいささかなりとも貢献するために、日々アマゾンで「高齢猫 ウェットフード」で検索しながら、次は何を召し上がっていただこうかと悩むのですが、そんななか
https://www.amazon.co.jp/product-reviews/B0756ZDVZL/
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こちらのようなレビューを読むと、とてもつらく、いたたまれない気持ちになったりします。それと同時に増田のそばで平穏に老いてゆくねこがいて、ともに時を過ごせていることをとてもうれしく感じたりもしています。
もう一つ変わったことといえば、10年ぶりくらいに夜間、増田のふとんに潜り込んでくるようになりました。右の脇に滑り込んで、肩にまえあしをのせてねこのひたいを増田の頬にぐいぐいと押し当てくるわけです。ねこのひたいは狭いといえどふわふわもふもふで心地よいのですが、鼻先があたると湿って冷たいし鼻水でずるずるになるので増田との間で角度の争いが毎夜発生したりもします。
増田はこれまで積み上げてきたねこ経験から、ねこがもっとも心を許した振る舞いとは、くびの力を抜いて頭を持たれかける姿勢を取ることだという説を唱えています。実家のねこは増田のひざの上には来るのですが、力を抜いて増田のひざにあごを預けるまでには小一時間じっとしている必要があります。増田のねこはたぶんめんどくさいとかしんどいとかいった理由で、もはや抱えるとすぐ脱力するのですが、それでも肩の上にかかるねこのあたまの重みは増田にとってかけがえの無いものです。問題は昨年末から増田の右肩がひどい四十肩になってしまったことで、それはもう地獄のような夜でした(そして左肩には決して来ようとはしない)。耐えたけど。
なお、増田が寝付くと居間の自分の箱に戻るようで、夜中ふと目を覚ますといつの間にかいなくなってたりします。なんとなく寝付けなくてぼんやりスマホなど眺めてると、それを察して寝室に戻ってきたりもします。耳はだいぶ遠いはずなのですが、なぜ増田の目が覚めたことがわかるのかとても不思議です。
先日、とあるテレビ番組で温泉旅館に住む24歳になる看板猫の姿を拝見しました。毛皮の色こそ違いますが、密度が薄くなったコートのぼさぼさ加減、手足を曲げずにふらふらと、でもかくしゃくと歩く姿、ちょっと曇った瞳、ぎにゃあとしわがれた大声を出し旅館のおかみさんにブラッシングを所望する姿など、まるで我が家を見る思いでした。ちょっとまって、あと3年これ続くの正直大変じゃない?と思いつつも、できる限り永く幸せに過ごしていただきたいとも思うのです。
世の中には幸福なねこも不幸なねこもたくさんいる中で、増田はたった一匹のねこと過ごすことしかできず、世界の平和をかなえるには全くの無力なのですが、それでも運良く増田がさずかった「一匹のねこを終生幸せにする権利」を最後まできっちりと行使していきたいです。そんな所信表明をしたところで今回の報告を終わりたいと思います。
(追記)
https://b.hatena.ne.jp/entry/4700764641346911234/comment/ifttt 増田のほうが寝かしつけられている……
https://b.hatena.ne.jp/entry/4700764641346911234/comment/ardarim 増田を寝かしつける猫。いい増田に出会えてよかったね
ちょっとまって!!これって増田が寝かしつけられてたの?そうだったの?でもたしかにそうかもしれない……。こんどお礼を伝えておきます。
また、その他のみなさまにつきましても、いつもあたたかいコメントありがとうございます。
増田からも、みなさまとみなさまが愛する生き物たちがこれからも幸せにでありますようご祈念いたします。また春が来ますね。
(追記終わり)
好きになったコンテンツはそのファンにも興味がわくので、当然ファンのみならずアンチたちの言ってることも見る。
5chのアンチスレもだし、Twitterやnote、増田、その他いろいろなネット上の色んな場所でのアンチやファンの発言を追って楽しんでいる。
それで気づいた傾向なのだが、
・法や倫理面で叩かれ、不誠実だ・許せん・軽蔑する・有害だなどと大義名分のある批判を言われている場合は、むしろコンテンツ全体の勢いには大して問題がない
・退屈、まんねり、しょぼい、地味、ぱっとしない、などと大義名分のないいちゃもんじみた叩きがされている方が、そのコンテンツが勢いを失う兆しとして危険
ということが言えそうである。
悪名は無名に勝ると言うが、その悪名の中にも言われてる方が将来有望な叩かれ方と、これを言われだしたらヤバいという叩かれ方があるわけだ。
そして、一見ダメージの大きそうな、理屈の通った叩かれ方のほうが将来有望の吉兆であるのが興味深いところだ。
いや、不正義こそが大成するのだからやるせないところだと言うべきかな?
コミュニティの雰囲気を思い出せるのはせいぜい5年くらいなので、それ以前はどうだったか言及を避けるが、とりあえずこの5年は色んな分野でこの流れが多かった。
言っちゃあなんだが、法的・倫理的瑕疵というのは、マジで訴訟開始されなければどうってことないのだ。
法的に明らかにダメで「訴えられたら負けるな、訴えられちまえ」と言われてても、本当に訴訟されなければ全然セーフだ。
エグくてお行儀の悪い成長戦略をとっている方が、悪評以上の速度でファンが増えるのでお得! これは娯楽分野における法則のようだ。
客層が悪くなる? それもむしろアドね。
ちょっとガラと頭の悪い客層の方が、依存してくれたり、後先考えず金を払ってくれたりするんだもん。
上等な商品をハイソな客に高値で売りつけるなんてのはごく限られたジャンルでのみ可能なことだ。
一般娯楽でちょっと客層が良くリテラシーがあるってのは、感情任せのお布施も少なけりゃ広告も踏んでくれない、必要な時にしか金を払ってくれないくせに質への要求のうるさい、面倒な客を抱えてるというマイナス要素である。
「信頼が毀損されて長い目で見れば損」なんて言いたくなるかもしれんが、えげつないやり方で一通り稼いだあとで、多少の品質向上に金を回すようになれば、消費者も他社企業も、勃興段階の悪印象なんか水に流してニッコリ握手してくれるのよ。
これはここ五年と言わず、ソシャゲの隆盛や、調子よかった時のニコニコ、著作権違反が溢れるコミケに企業が堂々とブース参加してる現状などを見れば分かることである。
お行儀が悪くても勢いのあるコンテンツ運営をした方がファンが増える。特に今後の社会を担う若い層を取り込みやすいのが大きい。
勢いがあるのでファン以外の目にも入るようになり、倫理や行儀の悪さについて正論でボコボコに叩かれまくるが、クリエイターの精神的ダメージ以外は別に問題がない。
ファンもアンチも過熱する、それこそが圧倒的成長中コンテンツである。
つまり、アンチの叩きに一理ある時ほど、それは無視してよいというわけだ。
だが、叩かれ方が、なんか退屈、なんかまんねり、しょっぱい、みたいに漠然としたつまらなさの指摘が増えてるとマズい。
この手の叩きには「その文句のつけ方、ただのお前の主観じゃん」と反論することが簡単だ。
しかしこのような、大義名分のないアンチの身勝手な叩き、あるいはぼやきこそが、暗い未来を予感させる。
灼熱の炎上嵐ではなく、わびしい隙間風によってコンテンツは衰えていく。
アンチや愉快犯の炎上を真に受けるのは賢くない。だが、(特にはてなーのような)良識派がやりたがる「アンチが言ってることはいっつも的外れ」と簡単すぎる理解をするのも賢くない。
娯楽コンテンツにおいては、アンチの発言に筋が通っている時ほどその叩きは気にしなくてよく、ぼんやりした退屈さや地味さをじめじめと主観的に叩かれてる時ほど危機を感じなければならない。このパラドックスを俺は提唱したい。
処女のまま三十代を迎えてしまい、しかも脱出できる気配もない。それはそれで構わないが、いわゆる「性的な快感」というものを知らないまま人生を終えるのもなんだか勿体ない気がして、この年齢にして初めてオナニーというものに挑戦してみることにした。
しかし、まったく使用されず蜘蛛の巣が張ったような下半身はいじれどもいじれどもなかなか「気持ちいい」に至らない。そこで乳首をいじることにしてみたが、こちらも特にそういった感覚は得られなかった。だが、下半身よりは乳首をいじるほうが、なんとなく落ち着く。落ち着いてしまったら興奮なんて程遠い気がするが、一週間ほど乳首をこねくりまわして寝る日々を続けた。
このままじゃいかんとpornhubで乳首イキとタイトルに入った動画を眺める。皆乳首をいじるだけで声は出るしからだはビクビク跳ねている。すごい。全然こうならない。仕事から帰宅すると毎日いじっているせいで多少敏感になってきた気もするが、この程度ではいつまで経ってもこの境地に至る気がしない。やはり三十路までそういった刺激なく生きていたから、性的な気持ちの良さに目覚めようがないのか。
で、なにもかもをショートカットするために、いわゆるチクニーに特化した催眠音声をダウンロードした。某サークルが数年前に無料配布していたやつ。
部屋を暗くしてベッドに寝転んで、可愛い女の子の声を聞く。最初の方なんかは、睡眠導入ヨガに少し似ている。呼吸をして、からだの力を抜く。ぼんやりしてくる。ひたすら音声に耳を傾けると、そのうちいよいよ乳首をいじるパートに入った。「いけ!いけ!何度でもいけ!」と言われるが、そう言われたくらいで……
って最初は思っていたんだけど、最後はちょっとベッドから腰が浮く程度にはからだを反らしてビクビクしていた。コレは…?
期待しながらそのまま2周目に行ったら途中で寝てしまったんだけど、最後の最後でなぜか覚醒して、夢うつつのまま音声通りに乳首をいじって今度はもっと背中を反らしてしまった。からだが勝手に動く。すごい。
これが一昨日。昨日も仕事から定時ダッシュして家事を片付けさっそく音声を再生した。一昨日とは比べ物にならないくらい、最初からからだがビクビク跳ねるし、股はヌルヌルになるし、最後は乳首を引っ張りながら思いっきりからだを反らしてしまった。
この錆びついた肉体でもいくことができるんだ!という光明が見えてきた。催眠音声すごい。まあ催眠かかってないときはどこ触ってもなんともないんだけど。あと、からだは勝手にビクビクするんだけど「気持ちいい」という感じはしていない。
明日の朝8時から、夕方17時まで、入社式的なことをやるらしい
キツくね?
しかもこれ週一とかじゃなくて週5でしょ?
そんで、17時までとかナメたこと言ってられんのは最初の方だけなんでしょ?
ツラすぎるだろ
どうすんだよ
その割に彼女なんかがいて、俺が死ぬとかなり悲しませそうで、ちょっと死にづらい
いや、死んだら全部無なんだから知ったこっちゃない!といえばそうだけど、そこまで割り切れる精神性なら多分こんなに働くの嫌〜!とかいって駄々こねてないんだよな、そもそも
誰か助けて!助けてくれ〜!
誰か〜w 誰か氏〜w
ホンマに嫌すぎる
なんとかならないかな?
ならないねえ お前はこのまま一生苦しむんだよ!ヒッヒッヒ!!
自営業者になりたくなってきたが、そういう自主性みたいなものを一切育てないで生きてきたことがここにきて牙を剥くのであった
うわーっ!誰かー!誰か助けてー!誰か氏〜w
明日目が覚めたら突然砂漠のど真ん中みたいなところにいたとして、そのことに気づいた瞬間に感じるのは恐怖とか動揺だけじゃないと思う
うああ
耐えてきてねえ可能性もあるんだよな
いや、まあ耐えてんのか
新社会人うんぬんの話読んでて、「希望」「ワクワク」みたいなワードが出てくるたびにハッとする
普通、そうなのか?
本当に働きたくない クツをなめる仕事(週イチ、1時間勤務、手取り15万)とかならやりたい やらせていただきます
マジで勘弁してほしい
芥川龍之介先生がいうところのぼんやりした不安みたいなやつ、俺もビンビン感じてますよ!とこれまでずっと思ってたんだけど、考えてみると俺のその不安はそんなにぼんやりしてなかった
純粋に、働きたくないというだけだった
これまでの人生にずっとシャドウをキャストしていた、メチャメチャ嫌な、労働というもの
それが明日いよいよ始まるってわけでさあ
始まらないでくれ!!
異世界転移とかしたい というかまあ、寝てるうちに不慮の事故や発作で死にたい
とにかく逃げたい 嫌すぎる
うわあああ
業務内容はそこそこラクチンな単純作業系の日雇いバイトですら、シフトを入れるたびに沈鬱な気持ちになっていた
働くという行為、カネをもらう以上、なんらかの責任が確実に発生するのが嫌すぎる
誰の何にもいっさい責任を負いたくないんだ俺は
とにかくそれに尽きるんだよな
規約違反になるわけねえだろアホタレ。お前みたいなぼんやりしたヘタレがいるからブクマカが調子づくんだよ。ブコメ転載しまくってるけど何も問題ないわ。具体例あげて引用できないならそもそも言及するな
断捨離チャットグループに実家の両親がものを溜め込んでいて、その片付けを自分たちがすることになるのを愚痴ったコメントがあった
親は捨てようとしない、死んだら捨ててくれと親が言うけど、こちらはさっさと処分して欲しい・費用もかかるのだしとかいう
言わんとすることは分かるがぼんやり悲しい気分になった
母親は断捨離をしようとしてると言っているが、そんなのやらなくていいと自分は思ってる
生きてるうちは好きなように自分の持ち物に囲まれて過ごせばいい
あのさー
つまらなくなった途端のタイミングって言うのは運営がマネタイズが上手くいった証拠でもあるから
面白くなくなったSNSは儲かってるんだなぁーってつくづく思うわ。
ツイッターももはやどうでも良いことをどうでも良くつぶやいている方の人が少なくなってきているのかも知れないわね。
五万人ぐらいいると思うわ。
キャンプはあんまり行きたくないけどランプとかナイフとかのキャンプギアは欲しい!焚き火はしてみたい!みたいなことよね。
家庭用コンロじゃなくても、
もう普通にキャンプカレーを家で作ったらキャンプ気分なのかしらって思うし、
事務所のフロアのちょっと広いところでテント張ったっていいんじゃない?ってそこでお昼休み流しそうめんでもしたら
もうキャンプ気分よ!
家に居ながらの巣ごもりで
キャンプしたい欲を満たしてくれるかがってことも重要なのかも知れないわね。
だから
そうは言ってないわよね。
山に登って淹れるコーヒーが頂上で飲むと美味しいように
キャンプ地には行きたいけど寝るのは車の中でいいわ!ってことなのかしら。
結局は一緒なのよ。
キャンプに行ってテントの中では結局はノートパソコン開いてインターネッツを見ているから
あの大容量モバイルバッテリーがめちゃくちゃ売れてるって言うのも一理ありまくりだわ。
なるほどねーって思っちゃった。
それと、
的に手斧投げるアックススローイングが超流行ることを今ゆっとくわ!
リアルに手斧投げて的の丸太にすこーんって気持ちよく刺さって止まったら快感よね!
黄砂でぼんやり青空じゃない霞んだ感じを正に一刀両断したいものね。
うふふ。
パッと見はソーダ水に見えるけど甘くない炭酸水レモンウォーラーです。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
新しく購入した商品を写真付きで公開する開封の儀式系のアフィリエイトブログを細々とやっている。
更新頻度も低く、周知戦略とかも考えずにやっているので固定PVはないしアフィリエイト収入も去年は300円とかだった(紹介した商品は買ってないがサイトへ行って何か買った系)。
まあアフィリエイトはお小遣いがたまにはいればいいかなぐらいの気持ちでやっているのでどうでもよい。
たぶん一番はこれ。部屋が汚いと開封場所にも困るし使用例の写真撮るのにも困る。
このざまから届いたダンボールに埋もれながら商品紹介するアフィブログやアフィチューブも味があるといえば味があるのかもしれないが個人的には散らかっている部屋をインターネッツに公開する気が起きない。
だから普段から片付けるようになる。少なくとも床に物を置かなくなる。
これもイヤホンとかが顕著なのだけど「解像度」だとか「音場が広い」だとか「定位感がしっかりしている」だとかそれっぽい言葉で済ましてしまうと本当にそうかみたいな再現性のないレビューになってしまう。
例えば定位に関して言えば2chステレオであれば再生デバイスがミキシングをやるような音響的にも信号回路的にもものすごく余計なことでコスト的にもまずやらないだろうことをやっていない限り方向の情報はどれでも一緒である。
一時期final E500がASMR向きということでそれはどういう意味なんだろうと思って一応買って考えた。
TPS ゲームの Ghost Recon Breakpoint (以下GRB)が音による定位がかなりしっかりできるように音響を仕上げているということで GRB をしばらく final E3000 と E500 でやり比べてみたが音の方向に関する精度はどっちでも変わらなかった。
じゃあASMRということで囁き声の再現度なんだろうかと考えてみたが、囁き声が通常音声と違うのは高倍音の音量が高いということである。したがって高倍音がしっかり出るのなら囁き声に向いているということになる。
が、囁き声は歌でも使うし音楽向きと言われている E500 以外のイヤホンで囁き声が囁き声に聞こえないものなのだろうかよくわからない。
このあたりは聴感 ...(略) まあスペクトル特性をどうするかみたいな話なんだけど、フラットがASMRに向いているのか囁き声レンジの倍音を強調するのが向いているのかわからない。
余談だが final 自体はオーディオ界の聴感偏重に問題意識を持っており音響工学の解説サイトを書いてるし、聴感における錯覚を避けて設計しなくてはならないという問題意識を持っている。
なんかイヤホンだけの話になってしまったけど考えて調べ考えて調べということを繰り返さないと「ちゃんとした」文章を書くのは難しいように思う(更新が低頻度になる理由の一つがこれなんだけど)。
まあなんとなく買ってなんとなく「あれがあれだった」ぐらいの記憶をぼんやり抱えたままにするよりはブログにまとめたほうが良い。
今理解してる限りでの、分かっている事をここに書き記したいと思う。
増田に判定を求めたい。
間違っているのなら、自分に分かりやすく説明してほしい所存だよ。
とりあえず、端的ながら、書く。
自分の理解する限りの共産主義とは、「働いていない人でも、皆平等にお金が貰える」、
貧富の差の無い、理想的な社会を作ろうとする制度のこと、だよね?
マルクス主義やらレーニン主義やら余剰価値説とかは難しくて理解出来ないんだけど、
wikipediaやら共産主義について分かりやすく解説してるサイトとか見て、こんなもんなのかな?と、
ぼんやり思った。
誰かこの理解で合ってるか判定してくれ。
そして間違っているのならどんなもんか教えてくれ。
そして、ネット界の中でも聡明な増田達のいるここで聞いてみる。
よろしくお願い。
まず初めに、私は20歳になる年の春までスカートが履けなかった。(制服を除いて)
最後に履いた記憶は、幼稚園の年少よりも前だから、やはり15年以上前ということになる。
私がスカートを履けるようになるまでの歴史は、私の中での「価値観の変化」の歴史でもあるから、書き残しておきたい。
1. 「〇〇(私)はお母さんのお腹の中にち〇ちんを置いてきちゃったんだね」
プリキュアやおジャ魔女どれみ(世代がバレる)は、敵キャラのビジュアルが当時の私からしたらとても怖くて苦手だった。
そして、同時期、私は幼稚園の園服の半ズボンから覗く自分の太い足がコンプレックスで、スカートを履きたくなかった。
当時の私は、プリキュアに出てくるような「足の出る短いスカート」しか知らなかった。
・スカートが嫌い
以上の2点を踏まえた上での祖母の言葉が、タイトルのセリフだ。
幼稚園児からしたら、大人の言葉というのは絶対で、私はぼんやりと「私は男に生まれたかったんだ」などと思ったりもした。
一度も思ったことないのに。
他にも、「〇〇ちゃんってスカート似合わないよw」とも言われた。子供の言葉というのは残酷だ。
友達からしたら、何気ない日常会話の一つだったのかもしれないけれど、私にとってはこれが高校生になるまで呪いの言葉となった。
人から言われた言葉によって、私は常に左右され続け、思春期の間は「私は男に生まれたかったんだ、周りもそれを望んでいる」と悩み続けた。
んなわけあるか、と今なら言える。
3.推しメンみたいな服が着たい
そのアイドルグループは、モデル業などをこなすメンバーも多かったため、
2.に記述したように、高校生になるまで「私は男になりたいのかもしれない」と悩み続けた私は、女性ファッションに触れる機会がまるで無く、
この「アイドルブログ」こそが女性ファッションとの出会いだった。
可愛い!同じような服を着たい!と感じた自分を認識した時に、私は気づいた。
私がスカートを履きたくなかったのは、"コンプレックの足が出る"からだ。
おまけに、その推しメンが履いていたのは黒のカジュアルな大人っぽいロングスカートだった。
私のイメージしていたスカート=「短くてフリフリ」とは真逆で、
初めて「こういうスカートが履きたい!」と思った瞬間だった。
4.「スカート履くな!」
「wwwwwええやんwwww」
高校を卒業する頃、3.のように「履きたいスカート」が見つかった私だったが、
19年間の考え方を変えるというのは、まだ少し難しく、「私なんかが着ても似合わない、笑われるだけだ」という気持ちが支配していた。
時間は進んで、19歳も後半になる頃、私には芸人の推しがいた。
その推し芸人が投稿していたコント動画の中で、私は魔法の言葉に出会う。
彼女はショートカットで、言葉遣いも少し荒い関西弁でありながら、
ジェンダー蔑視などには頼らず実力で笑わせるといった芸風で、所謂「カッコいい女性」といった感じだった。
そして、私が見た動画というのが、そんな彼女が後輩から理不尽な追求(ボケ)をされるというネタだ。
彼女に対して、そんなカッコいい彼女を慕う後輩芸人がボケとして
「スカート履くな!」
「ええやんwwwwwww」
呪いが解けた瞬間だった。
「ええやんwwwwwww」
「ええやんwwwwwww」
それを否定する周囲に対して返す「ええやんwwwwwww」だったのだ。
20歳を目前にした春、私は15年ぶりに"自分の履きたい"スカートを履いた。
5.
令和になり、少しずつだけれど、古いジェンダー観的なものは廃れつつある。
それでも、完全な状態ではないし、
何よりも、思春期にある学生は学校が世界の全てとなってしまうため、
私のように、「周囲の言葉によって自己の人格を形成」してしまう人もいるかもしれない。
自分が着たい服を着れば良いし、
好きなものを見れば良いし、
好きな風に生きれば良い。
薄らぼんやりとしていますね。そもそもあなたの定義が正しいと仮定すると、アイヌへのそれは村八分という形を超えています。
あなたのいう村八分はあくまでもイジメの枠でしかなく、村や集落等の狭い集団の中で発生する制裁です。とするとアイヌが本州の人々から受けたのはそれとはあまりに規模が違いますね。村八分で戦争が起こりますか?後世にまで語り継がれるほどの人権問題となりますか?
単に村の中で起こるような小規模なイジメとはわけが違います。それに村八分ということはアイヌの中での話になります。それは本州から来た人とアイヌの人の間には発生し得ないのです。まさか日本という土地の中で村八分があったとか、そういう詭弁を言いますか?
黒人差別と差別が同じというのも、先程の主張と食い違いますね。差別は他にもあるはずです。あなたが先程からしている、日本人への差別用語。これも立派な差別ですが、まさかそれは問題ないのですか?