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はてなキーワード: あの肉とは

2017-07-18

体の相性が良すぎて別れられない

タイトル通りだ。

自分でも信じられない。

どこぞのビッチ言葉かと疑う。

20代前半の女である私。いま、人生で2人目の彼氏がいる。交際人数と経験人数はイコール

その2人目の彼と付き合って2ヶ月弱で初エッチ気持ち良すぎてビビってまだひと月ほどか。

彼のことはそれほど好きじゃないと気がついて数日、彼との将来は考えられないと思っている。ただ、彼とセックスできなくなるのかと考えると、別れるのを躊躇しまくる。そして、あと一回くらい抱かれてから別れを告げようと思うも、その一晩が終われば別れがたくなる。決して会うとやっぱり好き、とか、新たないいところを見つけて惚れ直したとかではない。単純に肉体的快楽が大きすぎて離れがたいだけ。

処女喪失した1人目の彼との行為は何だったのか。いや、当時は確かに幸福感に満たされてとても満足していた。彼に触られると安心したし、彼が中にいると思うだけで幸せ気持ちでいっぱいだった。1日中繋がっていたいお願いするほど、安心感のある行為だった。

ただ、あまり喘いだり、肉体的な気持ちいいという感覚はなかった。

ところが今の彼とは。

肉体的に満たされまくり。何度しても飽きない。正直5回くらいはしたい。

元彼と男性器のサイズとかそんなに変わらないはずである。2人とも少し大きめな気がする。

彼とのセックスは、

喘ぎ声ってこんなに出るの!?

セックスってこんなに気持ちいいの!?

声が止まらないんだけど、演技と思われない!?

と、戸惑いまくりである。でも最早どうでもいい。もうどうにでもしてほしい。てか毎日彼とセックスしたい。セックスのないデート価値を感じない。

前戯されても、どれだけ舐められても、どうでもいいから早く入れてくれ、あなたとのセックスを思うだけで、死ぬほど濡れてるから、とかいう野獣状態

体目当てかよ。最初はそうじゃなかったんだけどな。付き合い始めて、彼の性格で受け入れがたいところをいくつも見た。嫌いではないけど、たぶんまだ少し好きだけど、別れて次を探したい。彼と結婚したくないから。あの性格と一生一緒は無理。

けどあの肉体的快楽を今後味わえないとしたら、この体の相性が希少価値だとしたら、すごく別れがたい。

自身、私との体の相性に驚いているようである。一晩で一度しかしたことがなかったと。四度もしたのはありえない、自分がそんな生物だと知らなかったと。そして朝もう一度したくなるのだから。あと実は早漏だったのかもって悩んでた。

彼に奉仕するのも嫌いじゃない、わりと乗り気である

その点からも嫌いではない。

しかし、彼と長く歩むつもりもない。

あと何回セックスしたら別れよう。

交際してない相手とのセックスポリシーに反するから、別れたらすることはないだろう。

セックスだけで結婚できないけど、こんなにもセックス理由で離れがたいとは。

処女だったころの自分が聞いたら軽蔑するだろうな。

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170707015729

あの肉はヒトが食べて良いものではなかったということです。

残念ながら、あのレビューアーはその肉を食べてしまったので、正気(SAN値)を失いました。

そのため、レビューの内容が一般人には意味不明ものになっています

2017-03-07

挽肉の中でも粗挽き肉が最も美味い!

通常、スーパーで売っている挽肉ってごくごく普通の細かいミンチだけどさ、たまに粗挽き肉も売っているんだ。この粗挽き肉がこれまた美味い!何が美味いって、あの肉の塊を噛みしめた時の脂のプリッとする感覚、あれが最高なんだよ。細かいミンチじゃそれは感じられない。粗挽き肉だからこそあの肉と脂の食感が楽しめるんだ。粗挽き肉を炒めて醤油味醂で味付けしたものをご飯の上にのせてかきこむ幸せ。あ〜、堪らない。

2016-09-18

牛丼が苦手

ご飯の上に敷き詰められた牛肉を箸でつまむ。

想像以上の肉が引っ張られる。

短すぎても食べづらいのだろうが、麺類のごとくずずずーっとついてくるあの肉が嫌。

肉とご飯の割合自分自身で決めたいのだ。

途中で噛み切るのも嫌。

  

ラーメン等は1本の長さに対する覚悟があるからまだいいが、たまに想像以上の長さの

麺があり、ある程度持ち上げてもスープから離れることがない、ということがある。

すすればいいって?

こちとら猫舌なので一度麺とスープを分離して食べたいの。

2015-05-11

次元女子パンツマンガ肉

バイクや銃では比較対象がそもそもおかしい。

縞パンリボン付きの白パンはパンチラしたときに「萌え」とか「ちょいエロ」みたいな感情のためにあると思う。

現実にそういう下着をつけてたらださいとか無粋である

マンガ肉もそうだろう?

あの肉うまそう!」って思う肉であって、一般的な骨付き肉じゃないよね。

2015-04-04

田舎うまい

一件一件閉店していくんだよなあ

あの中華料理屋。陳建一弟子で、辛い中華風オムレツチャーハンは至上の幸福だった

あの洋食屋夫婦でやっている汚い店だがヘレカツが誇張なく絶品だった

あの肉屋。肉屋のくせにコロッケメンチカツがアホほどうまい吉祥寺肉屋メンチカツなど吹けば飛ぶうまさ

あの和菓子屋。缶入りの和風プリンプリン界の革命児だった。間違いなくどこのプリンよりうまかった


東京に帰ったらうまくもない店がうまい店みたいな顔で行列作ってるんだよなあ

本当に残念だよ

2015-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20150120224440

あの肉塊が全てのヘイトを受け止める贖罪システムとして機能していたんだから、祀り上げた人たちの罪を問うのはNGやで。

叩くなら増長しすぎたあのモンスターだけを叩け。

2014-02-19

カップヌードル礼賛

コンビニのカップめんの棚のまえで立ちすくんでさんざん迷ってしまい、途方に暮れた末に、結局カップヌードルカレー味にしてしまうことがよくある。最近はそば系のやつとかもよく食べるけど、カップヌードルのたまに帰ってきたくなる感は異常だ。

その中でもカレー味が1番好き。昔カップヌードルに入っていたよくわからない立方体の肉の塊、ネット上での通称謎肉」はカレースープによく合った。いまは「コロチャー」という別の肉になってしまったけれど。いまのも別に嫌いではないんだけど、やっぱりあの肉がまた食べたいという気はする。(調べるとライトリフィルのほうにはまだ入ってるらしいのだが)



カップ麺世界競争が激しくていろいろな新商品が出ては消えていく。その中でよく見るのが「生麺そっくり」というような、本物のラーメンと比べて遜色ないことを喧伝する謳い文句だ。あと有名ラーメン店とのコラボ商品とかもよく見かける。ふつうに鍋でゆでるタイプの袋麺をめぐる状況もだいたい同じ感じで、マルちゃん正麺という商品がヒットしてから、より生麺っぽい乾麺を目指す技術競争が加熱してきたようにおもう。

しかし、これだけ各社が技と工夫を凝らして新しい麺を開発してるのにもかかわらず、(他のカップ麺と比べれば相対的に値段が安いとはいえ)カップヌードルはこんにちに至るまで淘汰されず、同じ味を守りつづけている。他のインスタント麺が「まるで生麺!」とか「行列のできる店の味!」とかばかりにこだわっている中で、カップヌードル姿勢のあの揺るがなさ。堂々たるものである



それは、カップヌードルが自らひとつの評価軸になってしまったということを意味するのだろう。チョコレートポテトチップスコーラ日本人記憶の中では比較最近登場した食べ物だけど、チョコレートポテトチップスコーラようかんおせんべいやほうじ茶比較しておいしいとかおいしくないとか言いだすひとはいない。チョコレートチョコレート自身なのであって、他の甘いお菓子とは別のジャンル確立しているからだ。それと同様に、カップヌードルラーメンではない。ラーメンや他の麺類とはまったく違う、異質の食品20世紀後半のある時期の日本に突然発明されてしまったということが重要なのであって、この一点においてカップヌードルの偉大さは他のカップ麺比較できるものではない。

そういう食べ物って他に考えられる? いまちょっと考えたけど、乳酸菌飲料とかはそうかもしれない。ヤクルトとかおいしいとおもうんですよね。

後発のインスタント麺はしょせんラーメンイデアの似像に過ぎないので、王道っぽいしょうゆ味やとんこつ味が多いし、カップの形からしてだいたいがどんぶりを模した横長だ。対してカップヌードルは非ラーメンなので、カレーとかチリトマトとかクリームシチューとか、かなりのゲテモノを投入しつづけ、しかもちゃんと受け容れられている。

そして、あの近未来的なデザインの縦長カップ。

そこでおもいだしてみると、カップヌードルCMふつうの家庭人が家で平和カップヌードルを食べてる風景というのはあんまり出てこないことに気づく。たいてい宇宙にいくとか南極に行くとかそういうSF

そう、カップヌードル近未来の食い物なのである

ここまで考えると、あーまんまと広告戦略に踊らされてただけだったなーという気にはなるんだけど。まあ、それにしたって「カップヌードルという食べ物」のセルフイメージ確立するまでの道のりというのはなかなか平坦なものではなかったろう。



21世紀世界にあってもなお、カップヌードル近未来食べ物でありつづけてほしい。

2014-02-14

風邪の看病をされて彼女と別れそうになってる

この前の大雪の日にほぼ丸一日外で雪かき作業をさせられた。

そのせいで月曜から風邪で寝こむことになってしまった。

会社を休んで一人暮らしの部屋で横になっていたら、夜になって彼女がやってきた。

LINE風邪を引いていることと高熱があるのでしばらく来ない方がよいということはちゃんと言ってはいたのだが、

心配だったから」

という理由で食べ物を持ってわざわざこっちの部屋に来てくれたのだ。

できた彼女じゃないかときっとほとんどの人は思うだろう。

しか彼女が持ってきてくれた食べ物とはステーキ肉にフライ各種、その他高カロリー固形物ばかり。

今回引いた風邪はどうも胃腸の方にきているものらしく、そうした食べ物のニオイを嗅いだだけで思わずえずいてしまいそうになった。

それでもせっかく仕事帰りに買い物をして寄ってくれた彼女に悪いと思いぐっと言いたいことをこらえつつ「後で食べるから今日はもう帰りな」と精一杯の笑顔で言ったのだが、全く悪びえもせずに彼女は言った。

ダメだよ。私が帰ったらどうせ食べないで寝ちゃうでしょ。ちゃんと栄養とらなきゃ治らないよ」

いやいいから、とできるだけやんわりと何度も辞退をしたのだけど彼女は引き下がらず、しまいには勝手に台所で肉を焼きだした。

そういえば前に一緒に出かけたときあの肉とかフライが好きだって言ったことがあったっけなとワンルームの全く仕切りのない台所で意気揚々と料理をする彼女背中を見ながら激しく後悔をしながら思い出す。

やがてできあがったホカホカの料理が目の前に出されてきて、必死にこらえつつも一口だけかじるも耐えられずに投げ出してしまった。

「どうして食べないの?冷めちゃうよ。ほら!」

「具合が悪いっつってんだろ!こんなん食えるわけねえっての」

それまでこらえていた気持ちが吹き出したのか、つい乱暴な口調になってしまったことに彼女は一瞬ひるんだ様子だったがすぐに反撃してきた。

会話の内容はよく覚えていないけれども、あっちの主張は風邪とき栄養をとるべきとかいうのだし、こっちはただ安静にさせてもらいたいということだったので結局折り合わないまま喧嘩別れになってしまった。

最後には半ば怒鳴りつけるようにして彼女を追い出してしまったが、そのケンカでかなりの精神力を浪費したのか彼女がいなくなってから泥のように眠って目覚めて朝になっていたらかなり具合は良くなっていた。

で、数日して彼女に連絡をとってみたらあからさまに不機嫌な声で電話をとられた。

「そういう男だとは思わなかった。失望した」

は?という気持ちだったがそれでもできるだけ下手に出ながら話を聞き出そうとしてみると、あっちはあっちなりに自分のしたことを友だちなどに相談したらしく風邪の人に対して勧めるべきメニューではないものを持ち込んだことは反省している様子だった。

ただ、そのこととは別に看病を受けるこちらの態度にかなり悪印象を持ったという。

「いくら病気でも看病に行ったこっちの気持ちも考えずに怒鳴るとかありえない。もっと言い方があるはずだしせめて看病に来てくれたことに感謝の気持ちがあってもいいはず。メニューが気に入らなかったにしても食材の内容を見ればいくらくらい使って買い物してきたかもだいたいわかるはずなのにそのことについても全く何のフォローもなかった」

とかそういう趣旨のことを延々と言われて責められた。

電話で聞いているうちに、こっちもだんだんカムカしてきてつい

「なんで病気のこっちが看病に来たそっちにサービスしないといけないんだよ」

とか言ってしまったことでいよいよ最悪の状態になった。

これ以上一緒にいれる自信がない、将来幸せになれる気がしないとかいろいろかなりひどいことを言われてついに別れようとか一方的に言われて電話が切られた。

これってこっちが悪いんだろうか。

看病にせっかく来ていただくのだから、具合悪くてもちゃんと感謝とかしないといけないんだろうか。

2013-11-29

わがこころベアトリーチェ観月小鳥さんへ

 この手紙をどうはじめたらいいだろうと蝉の鳴き声もかまびすしい夏からずっと考えていましたが(伝えるって本当に難しいです)、結局気の利いたすばらしい挨拶が見つかりません。ですからはじめまして小鳥さん、とだけわたしはいいたいと思いますあなたに伝えたいことがあって今回このお手紙を書くことにしました。突然のことで申しわけありません。

               *

 あなたはまず思ったことでしょう。お気に入り自転車のかごに放り投げられた、飲み口にまだ内容物のこびりついている中途半端につぶされた空き缶みたいな不躾で無礼なこの恋文を送りつけてくるわたしが誰なのか。

 わたしは現在36歳、独身、職歴なし(アルバイト歴はあります)、童貞アニオタ精神のほうをわずらっており、精神障害2級、まったくありがたいことに障害基礎年金も受給させていただいており(2級。786,500円/年)、日々社会復帰に向けて努力している(作業所で時給200円で働いております。内職系の作業です)日本に確実に数%は存在するありがちな中年男性です。若いころのあだ名は塩昆布です。キモオタAAを想像していただければおわかりになると思いますが、この世の悪意を集中的に浴びてきたせいか皮膚が月面のクレーターのようになってしまっており、細身という点ではまだ社会的に許容されうる生物なのかと思ってはおりますが、実際かなりの醜男です。野良猫般若の面をかぶせて火をつけてみれば、野良猫はおそらく面を残してなに食わぬ顔で逃げていきますが、ちりちり灼かれていくその面に残った放火魔殺意怨念と哄笑こそがわたしの顔からにじみ出ているといってもよく、わたしはそのような人間とは正反対の人見知りでおとなしい男であるにもかかわらず、買い物先のイトーヨーカドー出会った幼児には顔を見るたびになにか恐ろしいものでも見たかのようにびくっと反応され、かならず泣かれてしまうのです。

 小学生のころから容姿からかわれいじめられてきたわたしは他人に自分の姿を見られるのが恐ろしく、友人も恋人も作らず、いや、作れずといったほうが正確でしょうか、人生に絶望し、引きこもり勇気を出して面接に行っては人事担当にお祈りされ、ついに自殺未遂をしたあとでは、家族にもうなにもするなといわれ、こうやって小鳥さんのことを考えて毎日すごしています小鳥さんの腋を見ると、わたしのあのひからびてしまった棒状の物体(その先は言う必要ないですよね)も突如として復活し、さらさらとしたそれでいて粘性のある透明な液体が山奥の新鮮なわき水のようにちょろちょろとあふれてきて止まりません。そんなしょうもない中年のわたしですが、小鳥さんは「わたしでしていいよ(・ω<)」といって顔をほんのり赤らめほほえんでくれます。ああ、なんて天使なんだ!

 鉄男さんと以前小鳥さんについて語りあったことがあります

小鳥のやつはさ」と鉄男さんは眠たげに足を組むと、たばこに火をつけていいます。「遊馬のことが好きなんだ。だけど遊馬のやつはED(勃起障害)でさ。超越論的跳躍(かっとビング)しすぎた副作用らしいけど。小鳥も酬われないよな」

「わたしは遊馬のことが許せませんよ。小鳥さんを情熱的に愛撫すべき立場にいながら、なめらかな肌といやらしい声と絶妙チラリズム天使無視して、蜜蜂のように扱ってはしっしっと追い払ってしまう」

「そこなんだよ。たしか処女から声は出ていないが、間違いなくあいつは処女だぜ。でも遊馬はEDなんだよ。詰みだよ、詰み。チェックメイト。E、N、D」

「EDになってから幽霊アストラル)が見えるようになったとか」

霊感商法ってやつだよ」

「まったくひどい!」

「その通り」鉄男さんはそういうと、たばこ排水溝にはじき飛ばして立ち上がり、ふうとため息をつきました。その背中がとても男らしかったです。

 鉄男さんは遊馬と親友という噂でしたが、実はそれほどでもなく、微妙距離感を保っているらしいですね。ちなみに鉄男さんには璃緒さんという統合失調症未来恋人がいるらしいので、小鳥さんには興味がないということでした。よかった!

               *

 わたしは小鳥さんの魅力を語りたいのです。

               *

 まずは腋です。小鳥さんはことあるごとに片手を突き上げてその美しい腋を全世界に全宇宙に見せつけています小鳥さんの腋のくぼみ方はミケランジェロも参考にしたといわれるほどの芸術的な曲線美で、腋汗が溜まりやすく、舐めると南国の風の爽やかさとやや辛めの塩味が感じられてとても美味です。安い発泡酒を飲みながらちびちび舐めるのがとくに好きで(まずい酒のほうが腋汗のうまさが引き立つ)、まるで食べて応援することによって日本社会皮肉っぽくも明るくなるように、わたしの鬱々とした気持ちも小鳥さんの腋汗によって応援されるようなのです。鬱病患者に「頑張って」は禁句だと世間はいますが、それは世間のしょうもないオッサン、オバハンからの善意という名の嫌がらせについていうものであり、火星の砂粒やミトコンドリアすら愛するような天使からの励ましはわたしを勇気づけてくれます。「増田くん、頑張って!」「いいですとも(`・ω・´)」

 鉄男さんは小鳥さんの腋について以前こうおっしゃっていました。

小鳥の腋はすげえよ。おれが小鳥決闘デュエル)で勝てないのはあれのせいなんだ……」

「というと?」

「見たらわかるだろう? あの肉感的な陰翳、くぼみに渦巻く官能的な黒い風。あの腋が生み出す磁場ファルスを屹立させる特殊効果を持っているんだ。おれは決闘に集中できなくて、それでどこに意識を集中してるかっていったら……」鉄男さんはちっと舌打ちすると、それにつづくことばをためらっているようでした。

「なるほど。でも鉄男さんは璃緒さん押しなんですよね」

「もちろんそうさ。璃緒さまは小鳥とは違うよ。璃緒さまは性的なものを超越していらっしゃるからな。でも小鳥やばい

「ですね」

小学生のころ、夢のなかに小鳥が出てきてさ、『鉄男くーん』とかいって頭の上で手を振ってるんだよ。まだ毛も生えてこない腋がちらちら見えてな。そしてあの磁場がおれのファルスにとりついて、シェイクスピアの生み出したあの世紀のアホ、リア王とでも比べればいいのか、情けないことにおれは下着を濡らしてしまった! とんだ娼婦だよ、あの女は!」

「でも、その……、よかったんでしょう?」

「まあな」鉄男さんはそういって照れくさそうにくすくす笑うと去っていきました。こちらを振り返らずにあばよと手を振ってよこしたのが夕陽の逆光のなかで見えました。

 おそらく小鳥さんの腋からはなんらかのフィールド魔法が自己言及的に発動していると思われます。腋が下半身に絡み付いてくる、ちょうど異星人の触手美少女戦士をしめあげて離さないように。そこでわたしは腋地獄という概念提唱しました。小鳥さんの腋はバウムクーヘンのように七層構造になっていて、そのそれぞれが自律的に動いています。そして腋全体も螺旋状に回転していて、ちょうどウロボロスの蛇のように、リビドーが第七層の腋まで達すると今度は第一層の腋に連結され、循環され反復されることによって小鳥さんの腋地獄さらに磁力を増すのです。もがけばもがくほど深みにはまる底なし沼、負ければ負けるほどやめられないギャンブル、呑めば呑むほど呑みこまれるアルコール。そうです、小鳥さんの腋とはあらゆる依存症メタファーなのです。小鳥さんの腋はやめられない。前立腺指圧師! 快楽の大銀河

               *

 つぎに太ももについてです。これについても新概念を導入しましょう。それは不可視のパンティです。あるとき鉄男さんはつぶやくようにいいました。

「なあ、増田ちゃん」

「なんです、鉄男さん」

「お前、見えてるパンツをどう思う?」

「どうってどういうことです?」

「いやな、おれくらいになると見えてるパンチラに興奮しないんだよ。わかるかな。見えてるパンツはただの布だよ、増田ちゃん」

メモっておきます」わたしはあわててオタク風の黒いリュックサックから黒い手帳と黒ボールペンを取り出しました。「でも、パンチラとは見えるからチラなのでは?」

「そこなんだよ、増田ちゃん」鉄男さんは少々呆れたように笑います。「パンチラはいうが、チラってしまえばパンチラではないんだ。パンチラとは一種のパラドクスことなんだよ。パンチラとは非パンチラのことだ。おれたちはその見える“かもしれない”という可能性に人生をかけているのであって、布に人生をかけているわけではないのだ。見えそうで見えない、でもよく見ると見えているかも、いや、見えていない。それがパンチラというものだ。わかるかい増田ちゃん」

「うーむ。なるほど。あ、すみません、鉄男さん。このボールペン、インクが出ないのでメモれません」

「書けないボールペンとな!」そういって鉄男さんはぼくの手からボールペンを引ったくると大事そうにズボンのポケットにしまいました。「見えないパンティこそ美しい。書けないボールペンを使えば時空の果てでも恋文が書ける。そして璃緒さんはうるわしい!」

 わたしは小鳥さんのパンティを見たことがありません。あ、どうか勘違いしないでください。わたしは見たいと言っているのではありません(それでは変態さんですね)。見えそうな状況でも見えないということが小鳥さんの魅力だといいたいのです(しかし絶対に見えていないともいいきれません)。小鳥さんはパンティを見せないことによって、自分存在が布へと矮小化されてしまうことを一種のヒロイン生存本能によって防いでいるのです。布ならば手に取りじっくり見て分析解釈考察することもできますが、小鳥さんはそのような研究対象から逸脱した、科学的な尺度によっては測ることのできない超越者だということなのです。小鳥さんの太ももには慈悲があり永遠平和がある。そこにわたしは神を見たのです。

               *

 小鳥さんはとても明るく元気でまるで熱帯雨林のように表情豊かな方です。明るい陽射しのなか丘の上に立ってこっちに手を振って鈴蘭のように笑っている顔も、土砂降りのなか服をびしょびしょに濡らして蒼白になって泣いている顔も、誰かさんテストの点数のように真っ赤になって恥ずかしがっている顔も、遊馬を心配している顔も、感じている顔もすべて素敵です。そしてその表情のすべてが一回きりのもので、ふたたび同じ表情が現れることはありません。小鳥さんの表情は数によって大小を示せるようなものではなく無限のものなのです。これは誇張でもメタファーでもありません。小鳥さんの顔は見ていて飽きません。

増田おい増田」誰かと思って振り向くと雑居ビルの影から鉄男さんが呼んでいました。

「鉄男さん、どうしたんですか。てか、そんなところでなにやってるんですか」鉄男さんの首にはひもがかかり、その先端にカメラがぶらさがっています

「いいからこっちこいって」あの穏やかで紳士な鉄男さんがいつになく興奮しています

 雑居ビルの影に隠れると、わたしは十数枚の写真を渡されました。そこには璃緒さんが写っていました。

「美しいだろう?」

きれいなひとですね。で、なにやってるんですか」

「これから璃緒さまが病院に行くんだ。ここはその通り道になってるってことだ」渡された写真をよく見てみると、どの写真雑居ビルの薄汚れた壁と特徴的なお掃除ロボットが写っていて、まさにこの場所だとわたしにもわかりました。璃緒さんは写真ごとに異なった服装です。

「璃緒さま、今日はどんなお洋服なんだろうな」

「鉄男さん、これってストーカーってやつでは?」

「おれには愛がある!」

 璃緒さんの無尽蔵の洋服が鉄男さんのコレクター魂を刺激し惑わせ堕落させたように、わたしも小鳥さんの表情に吸い寄せられ離れられなくなってしまいました。でもこれは愛なのです。

               *

 小鳥さんの声はわたしの敏感な部分に海底トンネルのようによく響きます。よくあるきんきんした味気ないテンプレート萌え声ではなく、ロリであるにもかかわらずエロいという特徴があって、少女として見ると大人っぽく、大人として見ると幼女っぽいという絶妙バランスとなっております。尿検査では中間尿を採取しますが、それと同じようにわたしたちが最も注目すべきなのは少女でもなく大人でもない、その境界線を肉付きのいい脚でまたぎ、ふくらみかけの乳房突き出しながら居心地悪そうに立っている半熟の女の子なのです。小鳥さんの声はまさにその時期を繊細に表現しているいってもよく、この世でもっとも貴重な声のひとつであるとわたしは断言いたします。

               *

 最近の女子は料理が作れなくなってきたといわれています。そんな現代社会ですが、小鳥さんは決闘飯(デュエルめし)を作ることができるとても家庭的な素敵女子なのです。小鳥さんの体液、通称小鳥汁がしみ込んだ決闘飯とはいったいどんな味がするのでしょう。鉄男さんによれば、小鳥さんの決闘飯は「バイアグラの味」だそうです。

               *

 ああ、どうしましょう、くだらないことを書いてしまいました。申し訳ありません。わたしはどうしたらいいのでしょう。生きているとつらいことばかりです。すべてがむなしいです。幼女を見てもかわいそうだと思うようになってしまいました。こんな不完全な世界の重圧をその春風のような無垢なほほえみで受け止めなければならないなんて。世界グロテスク悪臭を放っていますが、迷信のごとき科学技術や洗練された(!)法治主義社会たくみに見せかけの清潔さで覆い隠してしまます。それは合成着色料のようで、すべてはフォトショップ的ともいえる一種の嘘で塗り固められていて、どこにも真実はなく、しかし虚偽すらなく、ただひたすら軽薄で浅薄希薄で、原初の一点から湧き出たあの宇宙的エネルギーはどこにいってしまったんだと、この時代無意味さ、無価値についてわたしは考えるわけですが、わたしのそんな行為ともいえない似非行為すらまったく意味のないことで、わたしが死ねばすべてはどうでもよくなるのだと思ったりもするのです。

 しか自殺しようかなと思ったとき毎日小鳥さんがわたしにほほえみかけてくれます。「増田くん、超越論的跳躍(かっとビング)よ!」なるほど、たしかにわたしの眠っていた愚息は雪融けのように感動的な反応を見せ、天上の世界アストラル界)を目指してぐんぐん伸びていきます、蛇玉さながらに。そしてわたしは今日も生きようと思うのです。EDになるまでは。小鳥さん、あなた存在していてくれてありがとうございます

(以上の文章は主治医から自分のことを表現してみるといいと助言があったため書いてみました。長文失礼しました)

2012-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20120808213920

増田です。

清水選手、179cmでバンダム級(52~56kg)ということで、ほ、細い…とは思いました。

でも、あの肉体を見て、頼りなさそう!とか不健康っぽい!とか貧弱貧弱ぅとかは感じるべくもないですね。

プロボクシングのバンダム級歴代最高身長チャンピオンが180cmらしいのですが、

基本的に同級の選手身長は160cm台が多いとのことなので、179cmの清水選手は稀有な存在のようですね。

シルエットは同級の選手の中でも特に細い部類に入ることになるのかなぁ…。

個人的にはプロのボディービルダーのデコレーションに特化しすぎた筋肉はあんまりですが、

根本的には、戦いに勝つために十分な筋肉かどうかというより、筋肉存在感や全体的な見た目のごつさ自体ツボなので、

格闘家軍人など、太くマッシブなほうが素敵だと思います

もちろん、清水選手ブルース・リーのような締まった筋肉も魅力的ですが。

なんか、筋肉フェチっていうよりシンプルマッチョ好き?のようです。

最近イケメンに細っこいのが多すぎる」って思うのがマッチョが好きだからなのかは、自分ではちょっと違う気がしますが。

2011-03-26

SCRIBBLES IN GRAVEYARD

「そうは言っても気になるものはしょうがない」

彼女淡々した口調でどんよりした空の上で言った。

「アレが存在することが、現在の我々と何らかの関係があることだけは確か…だから調査を行うことの何がいけないの?」

そう別に興味がないわけではない。ただ既に機械と体をなした祈り手たちの熾烈な抵抗を遮ってまで行うことなのだろうか。彼らはたとえ血と肉を失っても、魂に導かれるがままに働いている。何のために?分からない、でも意志がないなどと誰が言えようか?現にこうして逡巡する我々自体も行動という面で見れば彼らと違わないのだから。時折、烈火のごとく攻勢を見せたかと思えば、何かに迷い、口をつぐんだように無抵抗であることも珍しくない。

「調べること自体に反対はしない」と頼りなさげにつぶやく

「でも、彼らの考え方にだって理由はあるんじゃないんのか?」

「考え方?」彼女は明らかに馬鹿したように聞き返す。

そうだ、確かに「考え方」といったカビの生えた概念は相応しくない。

はいえ、結局、古い認識のままにいるこの自分と、彼らの間に何らかの親近感を見出ししまう。いつまでたってもこの仕事には慣れない。

明日は先遣隊が帰ってくる。彼らの報告待ちながら、この暗いフロアにいるのは奇妙な気分だ。

それにしても彼女の割り切り方はやはり人以上の何かの由縁なのだろうか。それとも彼女の方がより良く理解をしているのか。あの肉無き存在たちを。

両脇に提げた得物をテーブルにそっと置き、その切れ味を確かめる。いづれにせよ、入念な準備は必要なのだ。それは良く理解している。

意志、それは果てたものとしても残りつづけるのか。だとしたら、自分の意志がその肉体の延長として存在していることも怪しいのかもしれない。

「妙に慎重なところは長所として認めよう」彼女上司でもないクセにいつも偉そうに話す。文句はないさ、仕事仕事だ。

あなたバックアップにまわって。私があの錆びついた竜と対峙するから。」

そう淡々と、言いながら彼女寝床に戻っていった。

2008-11-25

Windows Live Hotmail へようこそ

Windows Live Hotmailリニューアルしたのは大分前なんだけれど、

そのオープニング書かれているこの文句がとても気になる。

今後数か月で更なる機能強化が実施されます。たとえば受信トレイの容量拡大2などを予定しています。

2Windows Live Hotmail の受信トレイ容量はニーズに合わせて適度なペースでのみ増やしていきます。例えば突然 Windows Live Hotmailマンモスなんかを保存する場合を除けば、保存容量は十分にあります。ちなみにマンモスを保存しようとした場合は、Windows Live Hotmail メンバーサービスからマンモスを保存しないようにという内容のナイスなお断りのメールをお送りいたしますね (ただし、「あの肉」サイズを段階的に保存することは可能です)。

何故マンモス?どうやってPC上に?肉のデータ化って?

と色々疑問符が浮かんだけど妙に和んでいい。というかhotmailマンモスを保存してみたいのでその手順を教えてMicrosoftさん!

2008-01-18

ひいばあちゃんが死んだ

去年の年末の話だ。

ひいばあちゃんが死んだと、実家から連絡が入った。

すぐ実家へとび、すぐに通夜お葬式が開かれた。

つっても、あんまり親戚は集まってなかったし、集まった親戚も葬式特有の暗さは全く無かった。ていうか、久しぶりにあった親戚同士談笑していた。

それもまぁ有る意味当たり前で、ひいばあちゃんは結構前からもう、老人ホーム的なところで、「ただ生かされてる」状態だったから。言い方悪いが、ぶっちゃけほとんど死んでたも同然だったのだ。もうここ1年ほどは、誰に会っても何の反応もできない状態。ときどきスタッフの人が寝返りうたせて、点滴うたせて、痰とって……本当にただ生かされているという状態だった。それが、ある時熱を出して、ころりとそのまま逝っちまったらしかった。

「まあそろそろかと思ったよ」皆そんな感じの雰囲気だった。不思議な雰囲気だった。皆別に、ひいばあちゃんが嫌いだったわけじゃない。つーか寧ろ好きだった。でも、別に、今特別悲しくて仕方が無いというわけでもなく、といって「マジたりーな。ったくこんなときに」とか言うほど悪態をついてるわけでもなく。ただただ「まぁ……こんだけ生きれば大往生だろう」「そうだね」「最後まで肌きれいだったなばーちゃん」「本当だ!これで90か!すげー!」(<ばーちゃんの遺体を見て)

そんな感じだった。

正直最初俺は「おいおい不謹慎じゃないか?」と思っていたが、徐々に「そういうわけじゃないのかな?」とも思えてきた……なんという感覚か表現しづらいのだが。大体、俺自身、そんなに悲しくなかった。悲しいといえば悲しいけどべつに涙は出てこなかった。「そっかーばあちゃん死んだんか……」なんともいえない感じ。

俺はこれまで、死ぬ時は大々的に葬式が行われて皆が悲しむほうが、親戚がちょろっと集まるよりよっぽどいいと何となく漠然と思っていたがそれは寧ろ逆かもしれないと思った。死んでも、そんなに悲しまないレベルまで、「まぁそろそろ死ぬ年頃だしな」そんなレベルまで生きた方が寧ろ幸せなのかもしれないと思った。死んで、大々的に葬式が行われて皆が悲しむなんて、悲しさを増やすだけだ。自分が死んだとしても、今のひいばーちゃんくらいの感じの方が寧ろいいんじゃないかと思った。例えば俺が幽霊になったとして、自分の死後葬式を上空から見れたとして、たくさんの皆がヒーヒーいいながら悲しむのを見るより、ひっそりと「まぁ大往生ですよ」「まあそういう年だったからね」とか言われながら無難にこなされるほうが、多分、いい。悲しい事は少ないほうがいい。

思えば俺は、人の死というのを初めて見た。俺が生まれてから20年、俺の親しい人はまだ誰一人死んでなかった(死んでたとしても物心つく前)。物心ついてから「身内の死」を体験したのは、これが初めてだった。

そして、人の「死体」を初めて見た。チラっとだが。正直怖かった。生で見た事が一度も無かったしグロ画像は徹底的に避けてきた俺だ……皆がチラチラ顔の白い布をとって顔を見ていくのを俺は「すげーな…よく皆見れるな」と感心していた。見てみると、まるでロウ人形みたいだった。タッチじゃないけど「死んでるんだぜ……信じられないだろ」的な感じだった、確かに。陳腐だが生命の不思議さを思った。この今動いていないロウ人形みたいな物体が、昨日までは一応、心臓がバックバック動いて、血を全身に流していたんだ。昨日のそれは「生きてる」で、今のこれは「死んでる」なのだ。ここにある身体を構成している、原子や分子はほとんど変わっていないんだろうに、昨日は「生きてる」で、今のこれは「死んでる」なんだぜ……すげー不思議な気がした。

そしてひいばーちゃんを焼く事になった。

これで俺はまた無知ゆえに驚いたのだが、なんと本当に人間死体を箱にいれて、そのまま焼却炉みたいなところにいれて焼くというのだ(当たり前だろ!!っていうかもしれないが)。それを皆で見てるんだぜ。死体入れて、火つけるとこまで。てか、火つけるボタンは自分で押せってんだぜ。なんという火葬の厳しさ。土葬とは比べもんにならないほどリアルに死を感じざるを得ない(って土葬もよくしらんけど)。そこまでしているとは知らなくて俺はただただ驚いた。まるで「ひいばーちゃんは死んだ。死んだんだぞ。さっきロウ人形みたいで、生きてるように見えたかもしれないけどやっぱり死んでるんだぞ。もう戻らないんだ」とつきつけられている感じ。何故そこまでする必要があるのか、俺らの場合ひいばーちゃんだったから冷静に見ていられたものの、これを交通事故で小さい子供をなくした親にもやっているというなら物凄いことだと俺は火葬がちょっと怖くなった。土葬みたいになぁなぁにして片付ければいいのに、ここまでする必要があるというのか?日本らしくないじゃないか。こんなに白黒はっきりつけるなんて。

そんな事を考えていたらさらにものすごいことがおきた。その火葬から数時間後、今度はお骨を拾うというのだ。俺はまた無知ゆえに、「お骨を拾うつっても、大体スタッフの人が手はず整えてくれてて、骨をあらかじめ砕いたりして壺にいれてくれてて、俺らはちょっと最後にそれを箸でやるだけだろ?」なんて思ってた。そしたら、皆知ってると思うけど、普通にさっき焼いた焼却炉を開けたのだ。出てきたのは、ボロボロの骨たち。俺、生で人骨見たのも初めて。ビビった。更に思った。「ここまでするの?ここまでして死をつきつけんの?すげーな、火葬。すげーな、日本……皆これをかいくぐってきたってのか」と。死体のままに置かれた骨だよ。生々しすぎる。そのまんますぎる。なんという死。完全に死だよ。紛れも無く死だよ。ひいばーちゃんのあの肉体はもう焼かれて灰になったんだ。頭じゃ分かってるけどそれをダイレクトに、完全に、脳に伝えてくるこの骨。そしてそれを、親戚数人で、箸もって、ここから骨を拾って、リレーさせて、壺にいれろっつーの。マジかよ、おいおいおい。お骨を拾うって、なに。そういうこと?!本当にそのまんまの意味なの?!ビビった。本当ビビった。何ちょっとこれおま……「死」じゃん。「死」だよ。死に、触れまくってる。俺。

骨をリレーさせた。うわ。段々麻痺してくる。この異常な状態に。皆「やっぱ年だからスカスカやね」とか言ってる。俺も「本当だ」とか頷いてる。なんだこの異常な……いや、これこそが正常なのか?これ、俺が今掴んでるこの、そこにいるスタッフが「それは大腿骨だよ」といったこれは……ばあちゃんの足にあった骨なんだ……昨日、ロウ人形みたいになってたひいばーちゃんの皮の下の筋肉の下にうもれてたもの……俺が小さかった頃、ひいばーちゃんのももに座ったとき、あのときも下にあったもの……それが今俺が掴んでるこれなんだよ。どうなんだよそれは。生きるって……生きるってのは、全然たいしたことじゃねえんだと俺はそのとき思った。人間生きるなんて全然たいしたことじゃない。骨を見たとき思った、これはあれに似てるんだよ、フライドチキンの骨に似てるんだ。フライドチキンの骨って、いつも全然意識してないけど、あれって鳥の骨なんだよ。生きてた鳥の骨だったんだよ。人間が死ぬのも、それと全然変わりねーんじゃん。人生とか言っちゃって、人間は何故生きるのか?とか言っちゃってるけど、別にやっぱり結局、人間フライドチキンになった鳥と同じじゃん。支離滅裂だけどそんなような事を骨リレーの間ずっと思ってた。何がどうあろうと死ぬし、死んだら、こうやって焼かれて、骨になって、俺も誰かに骨リレーされて、あのスタッフが持ってる壺んなかいれられて、残りの骨は土に返るんだ。土に返るってのは本当その通り土に返るんだ。土に混ざって土になるんだ。それはもともとは、今こうして俺がキーを打ってた、この指の骨だったのかもしれないけど、それはいずれそうやって土の上に捨てられたりしてあるいは壺に入ったりして……そんでその土の中で微生物とか動いてて。みみずとか動いててそういうのも全部死んでまた何か生まれてきて死んで生まれて土ってのもそのうちなくなるかもわからない、それでもしかしたら地球もなくなるかもわからない、でもそのいつだったか俺を構成してた原子は……なくなるのか?どこへ行くのだろ?俺を構成してた原子とかは散らばってまた違う何かを構成していくのか。なら死ってのは、あくまで俺を構成してた、それらのチームが解散するだけの話?ていうか、死っていうか、生と死って、白と黒、みたいな感じじゃなくて、生―死―生―っていうか、いや、っていうより生とか死とかいう概念がそもそもこの全体の流れを無理矢理名付けたものであって、生って……そういう意味じゃ別にたいしたこっちゃないんじゃないか……

そんな事を思った。

そういうのを輪廻っていうのかな?と思ったけど仏教に疎くて分からない俺。

リレーした骨は壺にいれられた。ひいばーちゃんがあそこにおさまっちゃったよ。すげぇ。この葬式システムってすげぇ。死を認めざるを得ないこのシステムってすげぇ。これ昔の人が考えたの?昔の人凄すぎ。俺なら死が怖くて避ける。死んだ人埋めてなぁなぁにして済ませたい。何かで土葬はそう言う意味では未練がましい、火葬は完全に「死」が分かるが、土葬は未練がましさがある、土から復活してくるゾンビや何かもそういった欧米諸国の死のなんちゃらをどうこうと言うのを読んだ気がするがなんとなく分かった気がした。確かに人を人のまま埋葬する土葬は、有る意味未練がましい。それがいいとかわるいとかじゃなくて。火葬は激しすぎ。どっかのアフリカの部族が、死んだ人の頭蓋骨を枕にするとかいうのも聞いたけどそれは火葬以上に激しいかもしれない。昔の人、死、意識しすぎ。すげぇ。俺はそんな度胸なかった。

通夜葬式って正直言って本当面倒くさかったけど、あれはやっぱり本当、生きてる人のためにあんだな。生きてる人が「はい、これで、彼彼女は死にました、以上!解散!」的にケリをつけるためにあんなに長々とやるんだ。

なるほど。ひいばあちゃんはそれでも俺の心の中に生き続けてるだとか、そういうことは思わない。ひいばあちゃんは列記として死んだのだ。死んだし、生きてたのだ。悲しさもあるが、それは、生死に限らずなんでもそうで、時間は、そんなこと気にせず動いてくのだ。死んだのも、事実で、悲しいのも、事実で、でもそれでも進むし、俺も死ぬし、それでも多分人間はまだ生きてて、そいつらも死んで。その流れそのものを止める手立てが出来れば、人間はそこで本当に特別な存在になれるのかも。今の状態では、また他の動物よりなんかよーわからんけどごちょごちょやってるよってだけに過ぎなくて、全然この流れに対抗できてない。病気とか治せても、寿命ちょっとばかし延ばせても死ぬことにかわりがない。俺の意識というこのものを再び俺が死んだ後にも復活できたら人間は特別なものになれるかも。わかんない。でも本当、宇宙とか、なんとかより時間っていうのか、この流れっつーのか、あまりに大きすぎる。陳腐だけど俺は本当ちっぽけ、ちっぽけもちっぽけ、ていうか、もうどうでもいいというか……本当どうでもいい存在なんだと思った。いい意味で。

2007-11-24

胎児が街に降ってくる

この街では、毎年十二月になると、胎児が空から降ってくる。

なぜかはわからない。

サンタクロースからの贈り物だとも、コウノトリが運んでくるのだとも言われている。

サンタは子どもたちを危険に晒したりしないから、たぶんコウノトリの方じゃないかな。

知り合いのコウノトリにそう言ったら、無言でビンタされた。

どうやら彼らの仕業でもないようだった。

胎児たちが降ってくる光景はとても神秘的だ。

か弱い胎児たちを包む肉球の、そのピンク色は、暗い夜空によく映える。

多くの人は、肉球がなんのためにあるのかすら知らない。

僕は知っている。

実は、あのぷにぷにとした組織は、衝撃と外気と細菌から胎児保護するシェルターなのである。

自然の驚異だと、僕は思う。

悲しいことに、その大自然の驚異を投げ合って戦う胎児合戦なる物騒な遊びが、近頃は流行っているらしい。

多子化が問題視される昨今、どうせ処分するのなら遊びに使ったほうがいい、という考えは、わからなくもない。

でも、肉球が潰れて血が飛び散るあの光景は、やはり衝撃的だと思うのだ。

子どもの情操教育に悪い影響を与えなければいいのだが。

とあるレストランでは、胎児料理というものが振舞われている。

あの肉球は独特の食感で、石釜で焼くととても美味しいのだという。

たぶん、僕は一生口にしないと思う。

僕が子どもの頃は、そんなことを考える人は一人もいなかった。

いつからこうなってしまったんだろう。

十二月二十五日。

僕はベンチに座って、空から降ってくる胎児たちを眺めていた。

ピンクの群れは、街の明かりに照らされて、ゆらゆらと舞い、そっと着地する。

地面に降り積もったものの多くは、道行く人々に踏み潰されてしまう。

細く赤い川が側溝へと流れる。

ピンククリスマスだね、とカップルが楽しそうに会話している。

不意にむなしくなって、僕は立ち上がった。

服についた胎児を払おうとして、しかし僕は手を止めた。

右肩に乗っかっていた胎児を一つ手にとる。

――たまには育ててみようかな。

ふとそう思った。

2007-08-08

妖精哺乳類なんかじゃないよ、絶対に違うよ。

あの翅、あれは哺乳類のものじゃないよ、節足動物のものだよ。単肢類だとか大顎亜門だとか言われる、あの多細胞動物たちの盟主に見られるものだよ。その意味では、Gのアリアと言ってもいい。Gイコール台所の黒き悪魔と定義して。

けれど、あの肉体はどう見ても哺乳類のものだ。脊索動物の、あの奇怪なサルと外形を同じくている。自らを霊長と驕り高ぶる、あの哀れで忌まわしき裸のサルと、これほどと無いまでに一致している。

そして、哺乳類は一般に体重に関連して寿命が短くなるけれども、それじゃあいけない。彼女らは永久に若く美しく、千年の永きを踊り続け、そして無慈悲にも人々を誑かし狂わせ続けるのだから。いくら非常に似ているとはいえ、人間なんていう、こんな醜くも儚い者共の眷属なんかであるはずがない。それこそ、蝙蝠と鳥以上に違うはず。

 
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