はてなキーワード: 賃貸住宅とは
常に職探し。〇レックイ〇をチェックしない日はない。
公募に応募。任期なしの仕事があってもぴったりという条件のものはなかなか出ない。出るのはおそらく数年に一度。タイミングがうまく合わないと移動したばかりだったりしてそれすら逃してしまう。
5年ぐらいの任期付きのはまだ採用されやすい。でも毎回、応募の書類揃えるのも大変。激務の主人の代わりに書類チェック、書類を郵便局に出しに行く。
次の仕事が決まるまでは迫って来る任期を意識しない日はない。任期満了に怯える日々。
新しい仕事が決まっても引っ越し代は満額出ない。ぼろぼろのお化け屋敷のような官舎は数年待ちの状態で空きがないことも多く、賃貸住宅を借りることになる。
しかし敷金とか礼金は自腹。家賃補助も夫のお小遣い程度の額。引っ越し代も最低額しか出ないので春に引っ越したら大赤字。転勤先で知り合った企業様の転勤族との待遇の違いに驚愕する毎日。
引っ越し代も家賃補助も満額で近い金額が出るなんて夢のよう。一方のこちらは転勤に伴う定期的な引っ越し代の出費に怯える日々。
子どもが小さかった頃はもちろんワンオペ育児。そして子どもがある程度育った今は転勤先のよく知らない土地のよく知らないコミュニティに積極的に入っていかなければならない。
子どもが疎外感を感じないようにいじめられないように、学校や地域の活動には積極的に参加するようにしている。
でも本音はもうフルタイムで自分の仕事を持って働きたい。だって引っ越し代がかかるから。自分の年齢が再就職が難しい年齢に差し掛かっているから。
でも近くに頼れる人は誰もいないし、子どもが小学生になってようやく働けるようになった今も休みやすくて辞めやすいパートの仕事をするのがやっと。
そろそろ落ち着きたい。家を買わないとこのままやどかりみたいな生活で定年を迎えて困ることになりそう。でも計算してみたら、夫単身赴任で世帯分離できるだけの収入があるかどうかあやしい。少なくとも自分がフルタイムで働かないと世帯分離できなさそう。
国公立の大学で任期付きの研究職を転々としてる教員の家族はこんな感じです。食べられているだけましなのかな、というレベルで、この先任期なしの仕事にありつけるまでこのままだと思われる。
私の友人が実家を建て替えて土地の半分ぐらいをレ○パ○スの賃貸住宅にした。若者に人気のある街で、かつ駅近、そのわりにちょっと裏に入ったところなので比較的静かで条件は良いと思う。が、彼女がそのために背負った借金が半端じゃないんだな。基本的に友人の給料は当てにしてなくて、レ○パ○スの入居者たちの払った家賃がローンの返済に回る仕組みらしい。
月々の返済額や彼女の年収を詳細に聞いたわけじゃないんだけど、家賃収入>ローン返済額なら生活に余裕が出ても、家賃収入とローン返済額がトントンだったら生活費は結局自力で稼がねばならない。ご両親の年金もあるとはいえ、決して彼女が高収入ではないのは聞いているので、これで空室が出たりするとあっという間に詰んでしまいそうな気がする。
だいたい広さのわりに建築費が高すぎると思うのだよ。頭金とかなかったんだろうけど、30年前に私の実家を建て替えたときの2倍以上している。土地は元々祖母名義のところに建てているので、両方とも土地代金を考えずに建築費だけで比較していいと思うのだが、いくら30年の歳月が経っているとはいえ、ここまで建築費が高騰するものだろうか。だいたいレ○パ○スは建築がしょぼくて問題になっているぐらいの会社ではないのか。
どうしてもローンの金額が土地の価格に見合うように設定してあるようにしか見えないんだよ。「いざとなったら土地を売れば返せるよね」という陰謀が見え隠れするように見える。もしローンが返せない事態が発生したら、彼女と家族は土地を売って他に住む場所を探すしかなくなる。ローンを繰り上げ返済できるぐらいの家賃が入ってくるならいいけれど、35年ローンだと言っていたので、彼女がローンを払い続けているうちに定年を迎えてご両親が亡くなったりしたらどうなるんだろう?
人ごとながら非常に心配である。ちなみに自分の実家も戸建てなので、祖母と父(考えたくないけど父より母が先の場合もありうる)が亡くなったら、一人で住むには持て余す広さである。もっと狭いところに住み替えて、その差額で老後資金の足しにできれば良いけど、変な業者に引っかかって、余計な借金を背負う羽目になって欲しくない。特に父は営業マンの甘い言葉に乗せられやすいので危険だ。
そこそこの土地を相続できるのはありがたいことだけどリスキーだ。我が実家はわりと商業エリア寄りなんだけど、その分使い道に迷うところがある。…ということで彼女の実家がどうなるのか、はらはらしながら見守り中だ。
2017/3/19配信「大家とプロパンガス会社の「密約」にメス、6月1日より入居者に説明要請」https://www.kenbiya.com/news/5083.html
「密約」は大げさだと思いますが、PG物件をお持ちで同様のスキームをされている方にとっては寝耳に水ではないでしょうか。
資源エネルギー庁石油流通課に直接ヒアリングしたという方の情報をいただきましたら、6月1日から直ちにということでも、重要事項説明書の記載項目として決定されたわけでもなさそうです。
以下、要約すると・・
1.資源エネルギー庁が求めているのは「プロパンガス料金内容の明確化」
2.「6月1日」は庁内部でそれまでに方針を立て、国交省に周知徹底してもらうという日程であり、重要事項説明義務付け等は国交省のその後の判断にゆだねられる
3.今のところ6月1日になっても、無償リースの代金が転嫁されていることを重要事項説明で説明する必要はない
4検討されている仕組みは「プロパンガス会社がどこかを説明し、入居者が直接その会社に確認できるようにして物件選定をする上での参考にできるようにする」というもの
でも、いずれはPG会社がどこかということは説明義務になる可能性が高そうですし、そういう転嫁の仕組みがあるという事が入居者の間に広く知れ渡れば賃貸物件を選定するときに調べたり不動産会社に確認する人は増えそうです。
元々プロパンガスの地域であれば、立地で選定される住宅においては特に影響はなさそうですが、都市ガスが来ているのに(設備関係の提供を無償でうけるために)あえてPGにしているという物件はそれなりに影響を受けるでしょう。
ウマい話は無い・・・ということでしょうか。
時代は、どんどんガラス張りになっていきますし、フェアトレードを求められるという事を肝に銘じておくべきだと思います。
ちなみに、都市ガス・プロパンガス・オール電化。賃貸住宅の設備としてどれがいいかという入居者ニーズ調査の結果はこちら↓
入居者ニーズ ガス
都市ガス 40.5%
プロパンガス 2.6%
オール電化 2.7%
こだわりなし 54.3%
調査時期は「災害時には供給が寸断されないPGがいい」と再認識された東日本大震災の翌年の2012年です。
※液石法施行規則、液石法施行規則の運用・解釈通達の一部改正(公布:平成29年2月22日、施行:平成29年6月1日)
http://www.enecho.meti.go.jp/category/resources_and_fuel/distribution/notice/170222/
※経済産業省「第1回液化石油ガス流通ワーキンググループ事務局提出資料」~LPガス業界を巡る諸課題への対応について~
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shigen_nenryo/sekiyu_gas/lp_gas_wg/pdf/001_08_00.pdf
賃貸住宅の借主不利の状況がひどいので不満をまとめる。
インターネットで住宅を探すことが増えた今の世でなぜか仲介料1ヶ月分も借主が払わないといけない。
不動産会社の店舗に足を運んでも、結局ATBBという賃貸システムツール(https://atbb.athome.jp/business/service/atbb/index.html)を不動産会社の人が見て、
何食わぬ顔で印刷し紙に出して、当社だけが扱ってますよ感をだして物件を紹介される。
不動産会社の80%ぐらいがATBB使ってるんじゃないかと思う。ATBB使うなら不動産会社いらない。
だれか、ATBBを使っていない不動産会社をまとめてほしい。そこに賃貸探しにいきたい・・(切実
預り金の役割ももつが退去時のクリーニング費用として使われほとんど返ってこない。
2ヶ月も3ヶ月も取られる意味がわからない。クリーニング費用については下記で述べる。
退去するときに大家に「ありがとうございました!」という謎のお礼金を1ヶ月分ほどおさめる。
家賃の50%前後を支払う。家賃保証は借主が家賃を滞納したときに家賃保証会社が代わりに支払い借主に秒速で取り立てに行く。
借主側には何もメリットがないがなぜか借主が支払う。
借主が借りた状態のまま綺麗にして返さないといけないという風潮。
そもそも法律で、クリーニング(ルームクリーニング)費用は、原則、貸主(大家さん)が全額負担するべきもので敷金で対応してはいけないというのが「国土交通省の原状回復をめぐるトラブルとガイドラインhttp://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html」で決まったが、
その後、敷金がない物件も増えたが、敷金の代わりに退去時にクリーニング費用を支払う特約を契約時に結ばれるようになり結局現状何も変わっていない。
敷金を多くとるために、駐車場料金を無料としその分を家賃に足しているところが増えた。
比べると、(ちなみに私は地方住みのためこの家賃を都会感を出すために家賃10万に設定
家賃120,000 駐車場無料 月12万 敷金2ヶ月24万 +仲介料12万=36万
家賃100,000 駐車場20,000 月10万 敷金2ヶ月20万 +仲介料10万=30万
このくらい差が出る。
引越しシーズンも近いのでみんながいい物件に出会えることを願いながら
眠る。
17年か18年くらいしたら、その赤子にも受験シーズンが訪れる。
立派な受験生に育ったその赤子の隣の部屋を借り、耳障りな騒音を垂れ流しまくるんだ。上階でドタドタ走り回ってもいい。
だがそれをするためには、増田はいくつかのことを成し遂げなければならない。
そのときまでに探偵を雇って人探しができるだけの資力を備えていなければだめだ。あなたが賃貸住宅に住んでいるなら、あなたか赤子のどちらかがいずれ引っ越す日が来る。相手の所在がわからなくなっても確実に復讐できるように、探偵に支払うための資金を貯めておくべきだ。
そのときまでに物件を押さえるための資金を持っておかなければだめだ。成長した赤子は安い賃貸住宅に住まず、高級分譲マンションに住んでいるかもしれない。一軒家に暮らしているかもしれない。そうなっても確実に近所の物件を押さえて復讐できるように、どんな立地であろうと一軒家か高級マンションを最低でも数ヶ月、長ければ1年以上借り切るだけのお金を貯めておくんだ。
そのときまでに逮捕されていてはだめだ。逮捕まではいいが前科はだめだ。前歴があると住む場所を自由に選べなくなる。清く正しく生きるんだ、復讐を果たすその日まで。
そのときまでに社会的信用を確保しておかなければだめだ。お金があって前科がなくても信用がないと部屋を借りられないかもしれない。大学を卒業し、まっとうな定職についていることが、部屋を借りて復讐するうえであなたの助けになるだろう。
子供を持つのは良い手だ。子供の泣き声がいかに人の精神を病ませるか、いまあなたは強く実感しているだろう。子供を作り、その子供たちを自由に泣かせ、遊ばせるのは最良の復讐になりうる。しかもこれなら子供を盾にして相手の抗議を突っぱねられるかもしれない。子供は泣くものだ、と堂々と宣言してやればいい。
そのためには、子供を愛し、理不尽な非難から子供を守ると決意するような伴侶を手に入れることだ。伴侶に復讐だと気取られてはならない。そうしたら計画は台無しになってしまう。復讐の道具だとは微塵も感じさせないように振る舞え。愛情を注ぐフリをしろ。どんなやつが見ても、家族を愛する人間だ、との評判が立つように。その評判は、復讐者であるあなたを守る盾となるだろう。
薪の上に寝ろ。胆を舐めろ。絶対に許さない、同じ目に遭わせてやるんだと誓え。そして復讐のために最良のルートを考えろ。仮にあなたが隣家の住民を殴っても、あなたが受験を棒に振るだけだ。赤子を殺したら、あなたは人生を棒に振ることになる。それでは復讐にはならない。泣く赤子を同じ目に遭わせてやれ。そのために何が必要かじっくり考えろ。
日本というところは徹底的な身分階級差別があり、資本家が偉く、それは社会構造を維持するためで、つまり資本家よりも社会構造の方が偉く、人間よりも社会構造の方が偉い。
住居を買うにも殆どの人が借金をしている。住宅の価格は新築購入時がピークでどんどん減価償却していくから、つまり消費するカネを借りている。バブル崩壊前ならまだしも、平成の時代はずっと、買った住宅の価値が上がることはおよそない。借りたら負けである。
賃貸住宅はもっと危険だ。貸主と不動産業者が必ず優位になるようになっている。借主は完璧に差別される。身分階級差別(格差ともいう)が明白だ。
近年は、保証会社なるものがあって、連帯保証人なしで借りられるようになってきている。これはもっと危険だ。保証会社は明らかに、貸主や不動産業者の味方である。借主が保証会社を調達してくることはない。保証会社というビジネスは、保証会社が最も得をし、次いで貸主や不動産業者が得をし、借主が損をするシステムになっている。貸主や不動産管理業者が立ち退きをはじめメチャクチャな要求をしてきたときに、借主は孤立無援四面楚歌である。
だから、借りるのであれば、何かあっても自分の100%味方になってくれる人を連帯保証人につけねばならぬ。ここ、極めて重要。必要不可欠。保証会社という制度を使わされる時点で完敗。
同じように、勤務先の借上げ社宅制度を利用するのも極めて危険である。なぜならば借主は勤務先であるからだ。例えば、勤務先が元・勤務先になったときやはり、孤立無援四面楚歌になりうる。借主ですらない入居者の自分の立場は、吹けば飛ぶような屑である。
言うまでもなく、緊急連絡先とか身元保証人とかいうのがいても、ナンセンスである。そんなんはただのオブザーバーにすぎない扱いにされるのはみえている。
「そういわれたら、東京で就職なんかできへんやろボケ」と思うだろう。そのとおりである。住居を借りないといけないような生活をせねばならぬ時点で敗北である。もう煮るなり焼くなりスキにされるしかないスキ焼きである。
しかも東京一極集中という地域階級差別化が完璧で、バブル崩壊以後は殆どどこも(ケチるために)ヘッドクォーターは東京に集約してしまった。だから、大学出て企業に就職するとなればかなりの事例において東京が本社ですから、もう救いようがないよね。
先日、独居状態の高齢者である統合失調症の母をついに入院させた。
ここ1年程で近隣とのトラブルが増え、ここ数カ月は週に一度のペースで警察からトラブル報告の電話が来て謝罪に行く日々だった。
そこで「医療保護入院」という形で、本人の了解なしに家族の同意により強制的な入院を行った。
「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という声もあるだろうが、
母は兼ねてより気性の激しい性格で、自分の行動が間違っていると思う事がなく、謝罪したことを見たことがない。
興奮すると激しく怒鳴り散らし、強い言葉で他人を攻撃する人であった。
日常的に暴力を振る事はあまりなかったが、私は10歳になるまではかなり厳しく躾をされ、
一時間以上正座状態で延々怒鳴りつけられ、時に激しく叩かれて育った記憶がある。
母は父方が信仰している宗教を激しく嫌っていた。
父が私と弟を連れ、父方の実家や親戚宅に遊びに行く際に、母がついて行くことは殆ど無く、
「もし宗教の勧誘があっても絶対に断れ!」「あれは怖い宗教だ!」と念押しをされていた。
たまに母も父方の実家に来たことがあるが、その際は私も母の影響で、事件が起こることを恐れずっと緊張していた。
夏休みの子どもだけの楽しい父方の親戚宅の滞在は、いつも怖い出来事が起こるのではないかという思いとセットだったが、
母が懸念するような出来事は一度も起きた事が無かった。
そのうち父の浮気を母が疑う様になり、夫婦喧嘩が絶えなくなり、別居となったのが私が10歳の頃
別居寸前の激しい言い争いの末、兄弟二人に「お前らは父と母、どっちに付いて行くのか」と問われた際、
「両親が分かれて暮らすことが嫌だ」と泣きながら主張した事を覚えている。
しかしその頃、私は母の影響を強く受け、父を慕いつつも、母の想像上の悪人である父を恐れていた事もあり、
母方の祖母宅傍に、母と二人で移り住む事となった。そして弟は父に付き、これまでの家に残る事になる。
専業主婦だった母は別居後、販売員の仕事を始め親子二人の生活が数年続いた。
そして事あるごとに父の悪口とありもしない怖さを母から聞かされて育った。
余談だが、私は小学1年生から激しいいじめを受けており、別居で引っ越した後もいじめは続き、当時はかなりつらい人生だった。
ある日、私の学校の開校記念日と、母の休日が重なった日に、思いつきで弟に会いに行こうか?
という話になり、離婚調停の最中に、小学校の校門から出てきた弟をそのまま家に連れてきてしまった事がある。
再開を喜んだ夜になって慌てて父が家にやってきたが、母は玄関の鍵を開ける事なく、父を激しく責め
自分の非は一切認めずそのまま追い返してしまった。結局、その日から狭い借家に母と弟で3人で住むことになり後に離婚が決定する。
中学生の頃、私に激しい反抗期が起こる。これまで母の言いなりであった状態から、徐々に物事を相対的に見れる様に
なってきてから、今までの反動もあり様々な出来事から私は母を強く嫌う様になった。そしてこの感情はいまだに消えることが無い。
対照的に母は会えない期間のあった弟へ強く愛情を注ぐようになる。
私の事には無関心ながらも「高校を出たら最低限の勉強だけして就職して早く家に金を入れる様にしろ。」と言われていた。
しかし弟はスポーツに才能を見出し、なんとか母が体育系の大学に行かせていた。私は母を恨み、弟を羨んでいた。
母が徐々におかしくなっていったのはこの頃だったろうか。
仕事上での人間関係のトラブルの話は祖母としょっちゅうしていたが、相変わらず対立する相手を悪くいう事がほとんどだった。
その内、「誰かと話をしている際に、嫌な同僚が盗み聞きをして事情を知っているのでは?」と言い出し、
次第に「盗聴しているんじゃないか?」と言い始めた。そして話の中で彼女の敵になる人間が徐々に増えて行った。
しかし私は「元々の激しい性格と強い猜疑心が招いたいつもの奴だろう」位にうんざりする程度で聞いており、
しばらくは家族や親族の誰もが病気の可能性であることを疑う事はなかった。
就職してしばらくは生活費を払っていたが、とにかくそんな母と一緒に生活をしたくなかったので、
近所に一人暮らしをする事になった。母は「今の仕事がどうなるかわからないから一人暮らしはしないでくれ」と言っていたが
自分の性格が招いた結果だと思い、無視して家を出た。そして私は実家に生活費を払う事をしなくなった。
近所ではあるが、母と弟と会う事や話すことを極力避けた生活が続く。
母は仕事を辞めパートをするようになった、この頃から私は近所に住んでいた弟や祖母や親戚とも疎遠になる。
しばらくしてカートを引いて歩く母と会う事たまにがあったが、嫌っていたこともあり
あまり会話をすることもなかった。
しかし、あれは確実に症状が進行し言動がおかしくなり、徘徊をする様になった異常な母だった。
私が母の異常性を指摘すると激高して怒り、頑なに否定した。また、私自身も子供の頃からの嫌いな母と向き合う事になり、
落ち着いて説得することができず感情的にしか対応できなかった。
その様な事実に気付きながら、私は再就職先が通勤で遠かった事もあり、実家の傍を離れる事となる。
弟や親戚が母をなんとかしてくれる。自分はあの家族とは関わりたく無い、という思いがあった。
おそらくこの頃の弟の絶望感は想像をするに余りある。体の故障で体育大学を中退した彼は、徐々に壊れて行く母と二人暮らしを続け、
兄や父には頼れない、母の兄弟である親戚の中でも、母は鬼の子の様な扱いだった為か、親戚にも相談できなかったのだろうと思う。
そして次第に彼も家に帰る事を避ける様になったという。 昼夜の境無しに恨み事と自分が狙われている妄想を、
弟が寝ていようがお構いなしに呪詛の様に話し続けるのに耐えられなかったのだろう。
彼は一時はカルト宗教に通った事もあったそうだ。
その頃私は都内の仕事が好調で彼女もできたが、人間関係の立ち回りで失敗し、今思えば鬱の症状を発症し、結果解雇される事になる。
その後も自営業や再就職をするが、運が悪いのか、決定的に欠けた何かがあるのか。最初は順調に勤めても何故か数年すると
上手く行かない状態が何度も続き今に至っている。
幼少期から自己肯定感は低い方だったが、今では自己肯定できる理由がさらに少ない人間になってしまい、死を考える日も増える様になった。
しかしこんな私を慕ってくれるパートナーをこれ以上悲しませたく無いというのが、生きる理由になりつつある。
この頃は母の症状もかなり進行しており、必要のないものを買い込み家が物で溢れ、荒れ放題であった。
何年かすると賃貸住宅を出ないといけない状況が何度か続く、弟に頼まれ引っ越しの手伝いをしたこともあった。
普段弟は殆ど家に寄り付かず、母は近所では有名人であった様だ。
しかし何故か日常生活を一人で行うことには支障がなく、買い物や家事などは全て一人でこなせる状態で、
支給された年金と弟の援助で生活を続けていた。風変りな半独居老人でしかなかった。
徘徊を行い細かなトラブルはあったではあろうが、周囲に大きな迷惑をかけることはなかったらしい。
ただし、自分が襲われ被害に遭う妄想は常にある為、頻繁な110番通報や派出所に入り浸り被害妄想を延々しゃべり続ける事は
しょっちゅうだった様だ。たぶん地域の警察官の中でもやっかいな有名人であったと思う。
その点では心あたりのある警察官の方には大変申し訳なく思ってる。
仕事とはいえ私たち同様、制度の穴で苦労を強いられる人々であることに変わりはない。
バラバラの家族に転機が訪れたのは、今から数年前に弟に彼女が出来た事がきっかけだった。
母の住む家に通える距離にある、彼女の家で生活を始め、近く家庭を持つ事を報告してくれた。
彼女は大きな困難を乗り越え成功を収めた家で育ち、弟にはもったいない程の素敵な相手だった。
そして彼の子どもが授かった事をきっかけに、母を何とかしなければ、という兄弟での協力体制が築かれる事になった。
これより以前に、弟が役所や医師に相談したこともあったそうだが、散々たらい回しにされ出てきた結論は、
本人に自分が病気だという意識(病識)が無いと、精神科への通院もできないし治療もできないとの事だった。
そして母の症状は強い猜疑心が伴う為「薬に毒が混入している」「過去に薬で体をおかしくされている」
という妄想を持っており、通院・投薬が難しい状態だった。
入院させるにも費用が高額な為、ワーキングプア状態では結局どうにもならなく何もできない、という結論に達していたようだ。
私も色々調べたが、実際、統合失調症がある程度進行した状態で、病識は無いが日常生活は可能、しかし治療を拒む状態だと、
いわゆるグレーソーンとなり、周囲の人間にお金が無いとどうにもならない状態だった。
そしてこの結論はここ数年、兄弟二人で対処した際にも全く同じ結論にしかならなかった。
いくつかの精神科を兄弟で相談に回ったが、どこもまず本人を連れてこないと話にならない、という結論だった。
また、症状が出てから経過年数が長く比較的症状が重い為、どこも受診を嫌がる兆候があった。
そこで「健康診断に行こう」と言いつつ近くの総合病院に連れて行き、そこにあった精神科も同時に始めての受診をさせた。
はらはらしながらの受診だったが、精神科医に統合失調症と病名を告げられても理解が出来ていない様子だった。
母無しで医師に相談した際、入院相談等もしたが、否定的な答えしか戻って来ず、投薬しても発症から長期経過している為、
回復はほとんど見込めない旨。どこも満床でベットが空くまで場合によって半年以上待つことになる旨。
入院には大変お金がかかる。月30万位は行く、生活が苦しいと難しいよねという旨を伝えられ。まるで軽くあしらわれているかの様だった。
今ならわかるが、この医師からはケースワーカーの存在を紹介されることもなく、国立や県立病院の可能性を教えてもらう事もなかった。
自分の事を棚に上げてあえて言うが、面倒事を何とか避けようとしかしなった、この医師の仕事に対する姿勢を私はいまだに腹立たしく思っている。
それでもこちらから持ち掛けた話で、弟が与える健康ドリンクに密かに混ぜて飲ませるという事で薬を出してもらった。
薬は数週間飲ませ続ける事が出来た、その期間は明らかに普段と変わった状態になり、何らかの良い作用が出ている様だった。
僅かに希望が見えたが、次第に蓋が空いた状態で渡される健康ドリンクを疑い出した。
飲むと頭がぼーっとしてだるくなると言い、健康ドリンクを飲む事を拒否し始めた、
毎日離れた母の家まで通う弟の負担もあり、 投薬はそこで終了となった。
同時に[精神障害者保健福祉手帳]の取得を検討したが、結論としては現状で必要が無いものであった。
取得しても得られるメリットは通院をすることで受けられる医療費が対象であること。
医療費負担が3割→1割だが、既に母は年金生活者で、医療費1割負担の対象者であること。
今後母がトラブルを起こした際、持っておいた方が無いよりもマシでしょう。
また、通院と同時に市役所への相談で介護申請を行い、定期的に家に来てくれるヘルパーさんと信頼関係を築き、
ゆくゆくは薬を飲ませてもらう事も計画したがこれも実現できなかった。
まず、加齢により体の不調があることも理由に介護申請を行ったが、統合失調症等の精神疾患は介護認定の判定要素に
大きく加味されることが無く、介護度2となった。
ヘルパーさんが定期的に母の自宅に訪れて買い物の連れ添いや、身の回りの世話等をしてくれることになった。
母も最初は喜んでいたが、次第にヘルパーさんが物を盗んでゆくと言い出し、やはり疑う様になった。
そしてヘルパーさんを避ける為か、ヘルパーさんの訪問予定時間に外出することが増えた。
そうなると、介護サービスを受けた事にならなくなる。介護事務所も国にに介護をした事実の申請が出来なくなる為、
実費の人件費が発生するようになる。その費用がは当然私が持つ事になる。(1時間約3000円程度だったろうか?)
そしてヘルパーを家に寄こさないでくれ、と強く言い出し、これも結局お手上げとなった。
結局この時も出てきた結論は、もうちょっと病気が進行しないとどうにもならないね。ということだった。
そして、去年あたりになってから、私の元に警察から頻繁に電話がかかるようになる。
過去にも真面目な新人と思われる警官から、母の妄言を真に受け私の元に安否確認の電話がかかることがあったが、
今回はついに近所の方とトラブルを起こし始めた。アパート近隣の住民に迷惑をかけ遂に警察沙汰となった。
どうも明らかな幻聴が聞こえる様になり、彼女の人生で登場した嫌な奴をののしったり、
幻聴で助けを求める困った人を助けようとしたり、私たち子供の危機を救おうとしたりした結果、大きなトラブルに発展している様だった。
以前より持たせて携帯電話も、しょっちゅう警察に通報したり、私たちに電話をし、
一方的にしゃべり続けたりする大事な必須アイテムだったが、いつしか持ち歩かなくなり、荷物だらけの部屋に紛れてしまった。
近隣のトラブルはついにアパートの不動産屋に伝わり、大家が嫌がり、アパートの契約更新を一方的に拒否され、退去を迫られた。
ヤクザの様な不動産屋に電話口で恫喝され、あなたが面倒を見ないと駄目だろ、引っ越すにしても老人一人を
入れてくれる所なんてどこにもないよ。とまったくもって他人の家庭事情に土足で踏み入る様な事を言われる。
要は親を引き取って面倒を観るなり施設に入れるなりしろ、という訳である。それが出来ればこんな苦労はしていない。
親を引き取って一緒に生活することになったら、私の気が狂うか、母を殺めてしまいかねない。と思ってる。
さらに警察や近隣住民からの電話が続く様になる。その都度、謝罪の電話や訪問に向かう事が短い期間に連続するようになった。
これまで半世紀近く、おそらく二番目に被害を受けた人間が、その加害者のしでかした事の為に謝罪に回るという罰ゲームである。
しかし、このトラブルの増加あたりから、状況は徐々に好転を見せ始める。
トラブル頻発の経緯からか、独居老人を見て回ってくれる地域の高齢者支援センターの方がたまに母の様子を見てくれていたそうなのだ。
この頃になると母の症状もだいぶ進み、自分の事を自分ですることが出来なくなりつつあり、言動が破たんしている頻度や時間も
長くなってきた。支援センターの方は、そんな母を外部に連れ出し入浴をさせてくれたり、
家の手伝いや話相手になってくれることがあったそうだ。
長く孤独だった母に対し、支援センターの方が母との信頼関係を築いてくれた。
母が病気になってから知り合った人間の名前を覚えて良い人物として会話に登場することになった。
そこに私も同行し、その流れで精神科のクリニック紹介してもらい、再度精神科の受診させることもできた。
しかし、入院施設もなく、通院投薬が前提のクリニックで紹介された入院施設のある病院は、
かつて散々嫌な思いをした地元の総合病院だった。ウェブサイトで調べた所、当時の担当医師は既にいなかったが、
入院をさせても高額になり、治療をするにも、これまでと同じ結論にたどり着くのは明らかだった。
でも、これ以上トラブルを抱えた状態ではどうにもならない、そこでセンター長さんは老人ホームへのショートステイを提案してくれた。
何度かショートステイを行って次第に慣れてもらい将来的にはそこで生活を、というニュアンスだったと思う。
まず2泊3日で滞在させることになった。滞在時には私も同行し、旅行にでも来たと思って楽しんでくれと言って置いていった。
けっこう喜んでいた様子だったが、結局、最後は自ら老人ホームを抜け出そうとしたそうだ。
怖い何かがいてここにはいられないとの事。母は予定滞在期間より少し早く、自宅に送り戻された。
老人ホームの事も調べた。経済的には何とかなる様になっているが、それにはアパートを引き払い、完全にホームで暮らすことが前提になる。
しかしホームでは看護サービスは受けられるものの、やはり薬を強制的に飲ませる事は出来ないそうだ。
また、本人の意思を尊重することが前提なので、無理矢理家に帰ろうとする母を拘束することはできない。
また周囲とトラブルを起こした際はやはり退去を求められる可能性がある為、現状での長期滞在は難しいという結論だった。
ここで進退窮まった。引っ越しは迫られる、トラブルは頻発する、治療には金がかかる。同居は実質不可能。
しかし殺人の容疑者比率で最も多いのは家族や近親者という事を知って、実現不可能であることを認識した。
こうなったら、母と絶縁状態の親戚を頼りにするしかない。という事になり、自らの恥を含め事情を話し、
その際、医療関連の仕事をかつてしていた母の弟にあたる叔父から、
県立の精神病院の存在を教えてもらう。あそこなら比較的安くすむかもしれない。ということだった。
アパートの引っ越し先を何とか見つけ、ゴミ屋敷の引っ越しを済ませ、恫喝をされた不動産にアパートの引き渡しを済ませた。
殴りたかったし文句の一つも言いたかったが、こちらは加害者なので、なにも言える状況ではなかった。
翌日、筋肉痛で疲労困憊の状態で県立の精神病院に電話をかけた。
事情を話し、入院費について尋ねると、これまで問い合わせた病院のどこよりも費用が安く入院できるとのことだった。
状況で費用も変わるが、約8万程度だという。さらにこれまで受診した病院と連絡を取ってもらい、事情を把握してもらった。
そして遅くとも2週間位で入院ができるとの事だった。
電話した日の夕方、再び病院から電話があり、明日の入院がキャンセルになった関係で、
母を連れてくれば、明日そのまま入院できる。と連絡があったのが、つい一昨日の事だ。
正直、すこし拍子抜けをした、これまでの苦労は何だったのかと。
最初に誰かが県立の精神病院の存在や制度や費用についてしっかり教えてくれれば、自分自身できちんと全て調べていれば、
こんな苦労はしなかった。私自身、最初は問題から逃げようとしていたし、問題に向き合ってからも苦労の方向性が
間違っている事に気付けなかった、しかし、役所、介護、福祉、医療、警察、の現場であった人も親類も、
これまで誰もそのアドバイスをくれなかった。いや、耳を傾けようとしなかった部分も多分にあるだろう。
正直、母の病気は隠したい恥という部分もあり、これまで親しい関係の人にしか、打ち明けた事が無かったが、
自分の不甲斐なさと共に、制度の穴に対しても恨み言の一つは言いたいと思ってこれを書いている。
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あと少しだけ以下に続きます。
http://anond.hatelabo.jp/20150829161344
これを書いてから8カ月が経った。
その後は卓袱台に置くことで楽な位置を確保するという方法でどうにか最後までイけるようになり、何回かヤってコツを掴んだ後はわざわざ卓袱台に置かなくとも出来るようになった。
たまに色移りさせてしまう事故は起きているし、準備や収納の手間、さらにはヤる度に筋肉痛で全身がバキバキになるという問題などもあるにはあるが、それでもムラムラきた時に色々もてあますような恰好させてそのまま犯して中田氏するというエロ漫画みたいな行為をしたいという希望はほぼ叶った。脚が無いので脚が必要だったり重要だったりする恰好はさせられないけど。
で、いつも行為が終わった後は一緒に風呂に入って自分自身も含めて洗ってから収納するのだが、ある日洗っていてふと思ったことがあった。
ここで出来ないだろうかと。
数日後、またヤりたくなったので実戦してみようとした。
いつもはベッドにスタンバイするそれを、湯を張った風呂にスタンバイして温める。
自分もちょっと湯船に浸かって温まり、ローションを流し込んでヌレヌレにしていざ始めよう…としたんだけれど。
ド近眼だからアレやナニがどこでどうなっているかぼんやりしか見えないの。
さらに温まっていてシリコンがいつもよりも柔らかくなってるから、さっぱり位置が定められないの。
だから入れられなくてモタモタしているうちにどんどん萎えるの。興奮が維持できないの。
さらに湯に浸かっている所からローションがどんどん流れちゃうの。
だから固くさせ直している(お察しください)うちにローションが無くなっていて、継ぎ足しているうちに固さが足りなくなる悪循環なの。
そうこうしているうちに全然エレクチオンしなくなっちゃったの。
視覚に頼っていたらいつまでも出来ないと思ったから、感触だけで行こうとして、抱きしめたまま準備しようとして気がついたの。
風呂桶の大きさが全然足りなくて、ろくに腕を動かすことすら出来ないの。
それに気がついた時点で行為を諦めて、ローションを洗って全部片づけた。
狭い賃貸住宅で女体の形をしたシリコンの塊との代替セックスしか出来ない貧乏童貞オヤジが高望みをするべきではないというお話でした。
何なんだよ日本。
一昨日見事に みなし仮設に落ちたわ。
エコノミークラス症候群になるじゃねーか。
エコノミークラス症候群になると命に関わるから車中泊をやめろと言っているくせに、どうして車中泊を続けるように強いるんだよ?
何が被災者救援だよクソ。
みなし仮設を 2100戸を認めるというけど、被災者世帯は3万世帯を越えるんだよ。2100戸と3万世帯超だよ。全然足りねーじゃねえか。残りの大多数はエコノミークラス症候群になれってことかよ。
不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから、みなし仮設を増やせよ。
断水していてトイレにも入れない地域の仮設住宅なんかどうでもいいから、断水していない地域の賃貸住宅に住まわせてくれよ。
1000万円の仮設住宅を建てる金があるなら、月5万円を出して賃貸住宅に住まわせてくれよ。
どうすんだよ。今は持ち家が倒壊してその日暮らしもろくにできないんだよ。車中泊だからトイレもままならないんだよ。このままじゃ車中泊のせいで腹の赤ん坊も私も死ぬことになりそうだろ。
ふざけんな日本。
みなし仮設も増やせないし現金給付もできないけど、仮設住宅のためには1戸 1000万円で総計 200億円をかけて建てるなんて無駄遣いもいいところだろボケ。
月5万円があれば命は助かるっている被災者家庭がゴマンといるんだから、取り敢えず給付金出すか借家にかかる費用全てを無償にしろよ。
不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにする必要さえもない。1戸 1000万円もする無駄な仮設住宅を作るのをやめるだけで何倍もの財源作れるだろ。数百億円も金が浮くだろ。無駄遣いしてんじゃねーよ。
※ 筆者は増田ですが、被災者(妊婦)は別にいます。虚構ではなくて実在です。
本人の身元などの情報は下記にあります。熊本市東区(益城町の隣)在住。
http://bit.ly/1TuljSS (後半の引用部)
昔住んでいたところの目の前に保育園が建設された。保育園ができる前は閑静な住宅街だった。
「高々子どもの音だし問題ないだろう」と高をくくっていたら、想像以上の音が鳴り響いた。
窓をすべて閉め防音イアーマフと耳栓を取り付け、さらに音の大きい換気扇を常時作動させてギリギリ相殺できるほどの音だ。
日によっては、そういう対策をしても子供の声が聞こえてくることもあった。
そういう環境になったせいでだんだんとストレスもたまり、夜眠れなくなったりしたこともあった。
酷い時には子供の大きな声に晒され、どんな策を講じてもそれが聞こえてしまうというリアルな夢まで見た。
幸い賃貸住宅だったので、機を見て脱出。今住んでいるところは保育園から割と離れている地域なので、現状静かだ。
しかし前みたいに、また保育園が近くできるのではないかと戦々恐々としている。
子供の声であれ、飛行機の離発着音であれ、ロードノイズであれ、閾値を超えればどのような音も等しく騒音になる。
保育事業者側が防音対策をする必要性があるが、それを主張したら「寛容性が足りない」と謎の主張をされる。
しかし常時騒音に晒されたら、何らかの健康被害を誘発することだってありうる。
幸い自分の場合健康被害を受けるまで至らなかったが、騒音が健康被害を誘発することは明らかである。
もちろん子供が伸び伸びと遊べる環境づくりも必要だ。それとともに、近隣住民の静穏な環境をどう確保するかという観点も重要だ。
保育事業者側が騒音対策の一環として、何らかの防音設備を建設することが妥当であると考える。
それとともに行政も、保育園の防音対策に補助金を出すなどするべきだ。
子供が伸び伸びと遊べつつ、近隣住民の騒音被害をどう軽減させるか、技術的アプローチによる解決が一番望ましい。
どんな音でも閾値を超えれば騒音だ。騒音問題は「寛容性が」や「思いやり」といった感情論では防げない。最低限そこは認識すべきだ。
生活するには十分なカネは稼げている。
でも、欲しい物はとくにない。
以前は、いいレストランで食事をしたり、海外旅行したりもした。
いまは、インターネットの発達でカネをかけずに遊べるようになった。
そうすると、だんだんカネを使うことが惜しくなる。
レシピサイトを見ながら自炊するうちに料理の腕があがり、食費もあまりかからなくなった。
服はめったに買わないし、安い賃貸住宅にも十分満足している。
居酒屋もだいぶ安くなったとはいえ、1回3000円はかかるだろう。
酒も食べ物もたいしてうまくもないのにね。
3000円でどれだけ野菜と肉が買えるか考えるとほんとうにバカバカしい。
ただ、人とのつながりは持っていたいと思う。
Skype みたいなものを使って、ネット上に定期的に集まって話できれば十分かな。
歳をとって、女性とセックスしたいという気持ちも少なくなってきた。
まあ、女性から見れば、こんな枯れた男と話したいとも思わないかもしれないが。
いい時代になったと思うよ。
あとは見栄とか常識とかを捨てることができれば、カネをほとんど使わなくても楽しく幸せに暮らせると思う。
まあ、見栄を捨てる、というのが一番難しいのかもしれないけど。
母親と赤プリ通りを歩いて、赤坂にある某ラーメンチェーンに向かった。
このビルには一流企業や超高級ホテル、高級賃貸住宅が入る予定らしい。
一流企業というのは美人が多いわけで、一流企業がここへ来るとなると、この通りに美人がたくさん歩くことになるだろう。
超高級ホテルや高級賃貸が入るとなると、自分よりも金持ちなやつらがたくさんくるだろう。
金持ちや美人を見るのは苦しい。この通りを顔を上げて歩けるのも僅かだ。
母親と某ラーメンチェーンに向かったのだが、某ラーメンチェーンは潰れていた。
土曜日の夜だから、空いているのは当たり前だけど、某ラーメンチェーンの時の方が混んでいた。
内装は某ラーメンチェーンとあまり変わっていなかったし、同じようにedyで払えたし、同じプラスチックの水差しだった。
メニューは650円からで某ラーメンチェーンの時に比べて高い。
店員がいうに某ラーメンチェーンの別ブランドだそうだ。某ラーメンチェーンのHPを探してもこのラーメン屋の名前は見つからないから試験的にやっているのかもしれない。
母親は安心していたが、ラーメンは値段の割にうまくなかった。某ラーメンチェーンの麺とスープが好きで母親も自分も来たのに、変に凝った麺でスープは濃かった。
自分は店員が某ラーメンチェーンの別ブランドだということを述べたときから余計なことを考えていた。醜女はどこへ行ったのだろうかと。
赤坂の某ラーメンチェーンにはとてつもない醜女がいたのだ。いつもそこでキッタナイ容姿で声で、働いていた。
背は低く、丸々と太り、顔はそれはもう醜く、髪は自分と同じような陰毛みたいな髪の毛だ。顔はパンパンだった。
声は顔のように潰れた声で、年齢がどのくらいなのかわからないほどの醜さだ。
もしかしたら50かもしれないし、はたまた30かもしれない。
醜女は頭が悪くて人とまともに会話ができない雰囲気であった。大学生らしき男の店員と業務中にコミュニケーションをしようとしても、醜女はうまく物事を伝えられない。業務中に汚い顔で笑みを作り、すごい汚い声で男店員に何か言うときがあるのだが、男はスルーする。醜女の容姿と声の汚さで、ラーメンがまずかった。
別ブランドになって土曜日もいたはずの醜女は消えた。運営側はラーメンの値段を上げたくて、一生懸命この別ブランドを立ち上げているのだろうから、あんな醜女いては困るのだろう。
また醜女に会いたいとか、見たいとか、声を聞きたいなんて気持ちは一切ない。
新しい店はラーメンの味はイマイチだったが、醜女がいなくて居心地は良かったのは確かで、自分は醜いのに醜いものに嫌悪感をいだくのがよくわかった。
あの醜女がいま何をやっているかはわからないけど、ただわかるのは、あの醜女は何をやっても不快だろうから、どこでも良い扱いは受けられないだろう。