はてなキーワード: ラッキーとは
素人さんによくあるやつなんだが
まずPythonを「勉強」してとかRubyを「勉強」してとか、なりがちなんだけど
その目の前にあるExcelな
使う人間が使えばちょっとしたシステムなら組めるしちょっとしたデータサイエンスなら出来るのよ
その目の前にあるWindowsもな
PowerShellってのが超強力でこれもちょっとしたどころか普通に大企業で使われるようなシステムも組めるのよ
この話で挙がってるようなタイプのBさんはうちのJTCにもいる
・期日等を考えず自分のできる単純な仕事だけをやってその他のことは忘れる。
これにさらに追加するなら
・文章が読めずにメール等では意図が伝わらない。メールを読んでいる様子を見せて貰ったら開封だけやって中身をろくに読んでなかった。
・文章が読めないので口頭、電話でコミュニケーションを取ってくる。合意等の記録が残らずにトラブルになりがち。大抵は依頼をした時点で勝手に相手は承諾したと思っている。
つまり口頭での情報伝達も上手くいっていない。自分が言いたいことだけを言って他の人の話を聞く気がない。
・一人で仕事ができないので、普通なら一人でやることも誰か一人を伴わないと手を付けない。ちなみに失敗等が生じるとその相方を責める。
※デスクワークだけではなく、現場仕事もあるのでこれをやられると肉体的にも人員的にもしんどい。
・当人が他者を手伝うことはない。依頼をしても忙しいやらできない理由を並べてくる。仮に依頼を受けて貰えても必ずセットでこちらにお返しの依頼してくる。他のことで借りを作っているという認識ゼロ。
・同様の業務内容の人が数名いるが、その人達の4割程度しか仕事を捌けない。仕事を振ることができないのだが、当人としては仕事やらなくて済んでラッキーぐらいの考え。
・他者の仕事が目に入らない。他の人もそれぞれ仕事を持ってやっているという認識がないので、平気で人の時間を奪っていく。(自分が持っている仕事のボリュームはすごく少ないのに。)
・組織内におけるフローや他者の権限や担当といった責任範囲を理解していない。上司の承諾が無い事柄を無関係の人に依頼してくるなんてザラ。
明らかに弊社側に非があるのに、他社の人にケンカ売りかけたときは焦った。また、管理職にも自分の仕事をやらせようとしたときには驚いた。
察するに、文字として記録が残ると失敗が明確になるので口頭でのやり取りに終始し、
個人で仕事を行うと責任が自分一人にかかるので、他人を巻き込みその人に責任を押し付ける、って具合で
何にウンザリするかというと
・年齢も社内階級も私よりその人の方が上。私が産まれた頃から今の会社で働いているのに社内の仕組みを理解していない。
・それだけ仕事ができなくても年収800万程度は貰っているだろうという点。実働だけで言ったら派遣社員の1/3程度の働き。
・アドバイスを求められる→雑談程度に1案を出す→「課長には〇〇さん(私)がこういう案が良いって言ってたって伝えるね」
「はぁ?」って感じ。案に詳細を落とし込んで自分の中で練るくらいやってほしい。自分が持ってる仕事なんだから私は関係ないだろう。
社内対応状況
・課内レベルだと管理職含め誰もが状況を知っている。補助役(お守り)を定期的に変更することで対応。実質お守り役は1.5倍の仕事をこなす必要が出る。(人員数にはカウントされているので。)
自分の努力ではどうしようもない(先天性の脳の病気だから)し、それでも迷惑かけるし、自己肯定感なんてない
今はてなで話題のBさんほどじゃないけど、そういう人間なんだよな…
自分の特性にあった仕事に就ければラッキーだが、今の日本で発達障害者の転職って難しい
それか生まれる時に戻って脳を直したい…
つうか皆上手いことそれやってるわけじゃん。
上司に面倒なこと言われないように誤魔化したりとか普通だし、職場における「報告」って仕事のうち「対して重要でもないことに上司が過剰反応して面倒な仕事を押し付けられないように上手く誤魔化す」の部分こそが本体たみたいな所じゃん?
たとえば「取引先が上手い具合に問題をもみ消そうとしたのに騙されました。ちゃんと問い詰めておけば、相手に残業させまくって作業の遅れを取り戻す時間がありました」みたいなのそのまま報告するか?
「不測の事態が起きてしまいどうしても作業が遅れてしまいました。これはもう完全に事故としか言いようがないわけで、悪者探しとかしても無意味だから諦めて納期を延ばしましょう」みたいな感じでなあなあにするやろ?
そういうのって結局は嘘でしかないんだけど、個人の生存戦略的にはそれを選ばない理由がないじゃん?
会社組織としては「舐めてんじゃねえよ。相手先に損害耳揃えて払わせるのがスジだろ。相手の会社潰してでも金ぶんどってこい」なのかも知れんけど、末端の社員がそこまで会社の利益追求のために頑張ったとりとかやってられんじゃん?
背信行為なんかも知れんけど、そんなことゆうてそのトラブル頑張って対処しようがしまいが給料変わらんし待遇変わらんし、どうにしろ「当たり前のこと当たり前にやったようだね。はい終わり」って扱いしかされないんだから会社が多少損害受けてようと無視して楽するのは当然でしょ。
バイトの警備員が泥棒を命がけで捕まえるべきかって話と同じだよ。
本気で組織に貢献してほしいなら、売上が伸びた時にちゃんとボーナス払えよ。
ボーナスってさ、社員に会社の利益追求をマジメにやらせるたった一つの魔法だから。
「経営に参加しているかのように会社の利益が自分の懐にも入ってくる」という状態だけが社員のやる気に繋がるんよ。
つーか本当に経営者感覚持ってる人間のほうが、そういう仕組に気づいてしまうんちゃうか?
経営者目線で考えたら「頑張って働いても、テキトーにやっても大して給料変わらん仕事」なんてマジメにやらんやろ。
つーか経営者の側が「安く使おうが、成果報酬ちゃんと払おうが、同じように働く社員」のことをまともに扱わんやろ。
まーアレよ俺なりの経営者感覚ゆーやつのものとでな、会社が俺等を安く使うことしか考えてないんだったら、安く使われるなりの仕事だけやったろゆーことよ。
はてなーはコッチ側の考えよな?
まさか「俺の関わる仕事のときだけは全部完璧にやって欲しい。俺は楽をしたいからお前だけが死ぬ気でやれ」みたいな話か?
は~~~俺よりもクズやな。
流石に同じ程度の給料もらってる身内に対してそこまで強気に一方的な労働力提供を求められんわ。
ま、倍ぐらい金もらってる割には大して働いてない年功序列に甘えきった老害には本人に気付かれんように強気に出るけどな。
上手い具合に押し付けられても文句言っちゃいけないことを薄々自覚してる老害なら黙って働いてくれてラッキーやし、バカはアホみたいなキレ方するから簡単にパワハラ認定食らわせて終わりやわ。
ほんまな、自分が相手の何倍の金貰ってるかを先に考えてから相手にどれぐらいの仕事求めるか考えて欲しいわ。
やっすいスマホゲーだってコスト倍で性能同じみたいなクソバランスとかやっとらんやろ流石に。
ケータイゲームポチポチしてるチンパンジー未満のコスト感覚しかないジジイほんまアホすぎて相手したくないから見つけ次第潰したるわ。
皆同じようなこと思ってるのか最近そういうの減ったと思う。
一通り社会から浄化されてガチ底辺の職場に島ナが死にされたんやろなあ。
ほんまええ気味。
休日あまりにも趣味がなく、たまたまおすすめに流れてきたyoutubeの動画を見て以来、硬貨磨きを趣味にしていた。
財布の中の硬貨(特に10円玉と5円玉)を、コンパウンドと呼ばれる研磨剤を使って研磨して鏡面反射するレベルまで磨き上げていた。
下記の動画が参考になると思う。
( https://youtu.be/_7c8w5siRB8?si=MSTRf4e1wY3BOBZt )
汚い硬貨が綺麗になっていくのがどことなく気持ちよかったし、黙々と1人で時間を忘れて作業できるのが性に合っていた。
回り回って誰かの手に綺麗な硬貨が渡り、ラッキーだなと思ってもらえればと考えていた。
しかし、その硬貨に対して、自販機のベンダーから苦情が入ってしまった。
やったことがある人ならばわかると思うが、少し磨くだけで10円玉の色がかなり明るく変色してしまうため、私の使用した硬貨を目で見て違和感を覚えてしまったようだ。
もちろん偽装硬貨でもなんでもないのだが、会社を通して苦情を入れられた以上対処せざるを得ないとのことで、5日間の出勤停止処分となった。
処分を私に告げた部長も正直そこまで怒っているようには見えず、むしろ困惑すらしていたようだが、会社としての決定だから受け入れろということだった。
恐らくは、自販機のベンダーが弊社グループの序列の上位にいるという政治的側面もあるだろうが、懲戒は懲戒であり、社内で公表される処分者リストにも載ることだろうと思う。
特段出世欲は無かったが、懲戒歴がついたことで出世ルートからは外れることになるだろうし、正直出勤停止にまでなった手前、今まで通り普通に出勤して仕事をする気にもなれない。
さて、これからどうしようか。
今更ロクな転職先があるような気もしていないし、頭を抱えている。
今年も直前に台風が近付いて来て、毎日飛行機は飛ぶのか不安に思ったり仕事が無茶苦茶で連勤しなきゃいけなかったりで楽しみ〜!みたいな感じじゃ全然ないまま出発当日を迎える…。当日は無事飛行機は飛んだし身体は疲れてはいたが元気に出発出来たので良かったけど…。
今年はテントサイトが当選したので(激戦過ぎて本当毎年こんな事繰り返したくない…!!来年は広げてくれ!!)久しぶりのテント泊組!HEAVENSのオジロワシに振り分けられて(友達と相談して決めたけどどの辺りを最初に希望したのか完全に忘却してたが、多分第一希望ではなかったけど上位の希望の場所ではあった)位置的にもそんなに奥まってなくて比較的分かりやすい所に当たったので良かった。
当日は札幌9時発のJTBツアーバスに乗って会場へ。今年はテントを建てなきゃいけないので早目に向かったら10時前に着いて灼熱の中待つことに…。今年本当に暑くて命の危険を感じるレベルだった…。
10時ちょい前にウエスの代表?の人から挨拶があって、その後スクービーのMOBBYが挨拶して遂に会場!
このワクワク感は言い難い楽しみがあって本当来て良かったー!!って思う瞬間だなと毎年思う。
レンタルテントを無事レンタルしてからオジロワシまでひたすら歩き、案の定自分達の区画が分からず隣人に聞きながら区画を見つけ、久しぶりに建てるテントに四苦八苦したりレンタルテントにランタンが付いてなかったの見落としてて(2019年迄はセットに入ってたから油断してた)購入したり色々大変だったけど11時30分ぐらいには建てられたのかな?建て終わる頃にはめちゃくちゃに汗だくで化粧も全て流れ落ち、テントは蒸し風呂で笑った。
とりあえずご飯でも食べようとするも本当に暑すぎて既にバテぎみ…。しかし私はこういう時に食欲が落ちるタイプではないので、ワッフルにウインナーが包まれたガッツリご飯を食べた…笑 思ってたよりボリュームあって美味しかった!
クリーピーを観る友達と別れて、テントに椅子を取りに寄ってからサンボへ。
とりあえず1日目観た順
サンボマスター→Scoobie Do(最後の3曲だけ)→10-FFET(途中から)→エレファントカシマシ→電気グルーヴ→くるり→テントの中でSTRAIGHTENER
·サンボマスター
やっぱフェスの始まりは熱いノリが観たいな〜と思い向かったは良いがめちゃくちゃ凄い人でステージから右横の辺りから観ることに(奥に行けなかった)既に疲れてて椅子に座って観たのが良くなかったのかイマイチ乗り切れず…。MCはめちゃくちゃ良かったけど…期待値が高過ぎたのかもしれない。とりあえず全部観てからグッズを引き換えにグッズ売り場へ向う。その途中でスクービーがまだ演奏しててグッズの引き換え時間もまだ余裕あったので軽いノリで観る事に。
軽いノリで観てみるか〜みたいな感じだったけどすごく良くて最初からスクービー観とけば良かった!!ってめちゃくちゃ後悔した。ベテランだけあって演奏上手い、歌も上手い、曲も良いの3拍子でしかもHyggeはステージの雰囲気がめちゃくちゃ良い!一発目こっちだったな〜と思いながら少ない時間ながらも堪能。次ライジング来たら絶対最初から観たい。
·10-FFET
グッズ引き換えてその足で行けば間に合うな〜と思いつつその前にペットボトル捨ててこ〜って思ったらゴミ捨てるにはお話聞いてもらってから(ゴミのエコブースみたいな所)って言われてじゃあ聞いてこうかなと軽い気持ちで寄ったら一人で聞く感じの所じゃなくて(話聞くだけじゃなくてめっちゃ質問とかされた)人見知りの私は内心冷や汗をかきながらも最低限得ている社会性で何とか乗り切る。話自体は興味深くて楽しかった。帰りにタオル無料でもらえたし。薪割りもやりたかったけど暑すぎてやる気力わかず…。とりあえずサンステへ向かうと元気な10-FEETファンがめちゃくちゃにモッシュ·サークルをしてる映像が見えて凄い…と思いつつかなり後ろの方で観る。私が知ってる曲もぼちぼちあったりしたて懐かしいなぁ…と干渉に浸る。第6感でめちゃくちゃ人集まってきたの面白かった。皆聴きたいよね笑 でも私が一番テンション上がったのはVIBES BY VIBESだったな〜。とにかく懐かしい。勝手に身体がジャンプしていた笑 ああサビでめっちゃモッシュしてたなとか懐かしさでちょっと泣けてきた笑
久しぶりにタクマさんの熱いMCも聞けたし満足してエレカシへ。
熱心なエレカシファンじゃなくてもエレカシはフェスセトリなのが分かってはいたけれどレッドでエレカシが観れる機会もそうないしと思って見に行ったけど行って良かった!色々な意味で凄かったから…笑 セットリスト的にはフェス用って感じではあったけど、この日のミヤジはとにかく良い意味でも悪い意味でもめちゃくちゃで何回も笑ってしまった。声のコンディション的には結構良さそうだったし機嫌も良さそうだったけど本当に暴れまくっていた…笑(ステージ横の柵?に登ったり)風に吹かれてのラスト、ミヤジがアコギを弾いてたんだけど何か変な感じだな〜アレンジかな?と思ってたら曲終わりに「コードが全部間違ってました」って言ってて笑った。珍奇男前の「シャイなハートにピッタリの僕ちんの愛のバラードを聴いてちょ」みたいなMCも笑ったけど、途中で石くんの弾いてるギターを奪って弾く×2をしてて石くんが困惑してたり、アレンジみたいな感じでミヤジが弾き出したのは良いけど誰も付いていけてなくて演奏が破錠(本当に破綻しててハラハラした…)してめちゃくちゃな事になってたり(何とか終着した)とにかく凄かった…笑 総括して個人的には聴きたい曲も聴けたし楽しかったな〜。本当見て良かった。
友達と合流して電気へ。この辺りでようやく暑さから少し解放される。前の方のエリアで楽しむ事に。電気楽しかったな〜!!いつも思うけど電気ってフェスに合わせて映像作ってくるのすごい。猫夏とThe Big Shirts聴けて嬉しかったし、N.O→レアクティオーン→富士山の流れめっちゃテンション上がって踊りまくる。サンステで聴く電気楽しかったな〜!!最後辺りback numberのファンが雪崩込んで来て笑ったけど…。
·くるり
再び友達と別れてご飯を食べようとウロウロしてたけど何処も並んでるし座れないし疲れてるしで思考停止して大量に入った萎びたポテトを購入して食べた…笑 味は美味しかったけどとにかく萎びていた…笑
アースへ移動してる最中にワンダーフォーゲルが聴こえてきて「え!?もう始まってんの!?」と焦って移動したらリハで演奏してたっぽく(そうは言っても普通にがっつり通して歌ってた)次にやった太陽のブルースは全部聴けてめっちゃお得感あった。
アーステントの中が死ぬ程暑く、夜なのにめちゃくちゃ汗をかく…。地球温暖化ヤバすぎる…。
そこまでくるりの事をがっつり知ってる訳でもないけど、この日は岸田さんの声の調子めちゃくちゃ良さそうですごく良いステージだった!サポートの人も当たり前に上手いし、フェスでこういう音楽が聴けるって最高だな〜と思った。2曲目にやった曲、初めて聴いた曲だったけどめちゃくちゃ良くて帰ってから速攻調べた(奇跡って曲だった)その他にもワールズエンド·スーパーノヴァやばらの花、上海蟹も聴けたし最後にやったロックンロールも最高で本当良いステージで見て良かったな〜と思ったけど出来ればテントじゃない所で聴きたかったかも。
くるりが終わってテントに帰ってからメイクを落としたり歯を磨いたりして就寝準備。寝っ転がりながら友達と喋ってたらテナーが始まって割りとアース近くだったからめちゃくちゃ聴こえてきて普通に最後まで楽しんだ笑 一曲目がKILLER TUNEで友達とテントでノリまくる笑 意外と知ってる曲を沢山演奏してて友達とあーだーこーだ言いながら聴いてた。Melodic Storm、SIX DAY WONDER(ホリエ氏のピアノ技術が上がってた)REMINDERとかかなり懐かしのセットリストだけどフェス仕様なのかな?一番驚いたのはダニー·ゴーだったが…。本当聴こえてきた瞬間「え!?」ってなった。貴重なものを聴けたし結構楽しかったのでテント近くてラッキーだったな。
テナー終わってから気付いたらいつの間にか寝ていた…。本当にいつ寝てたのか全然記憶にない…。友達はあまり寝れなかったとの事だったが私は普通に寝れた笑 熱すぎて寝袋の上に寝そべってたけど朝方なのかな?寒くて寝袋の中に入った記憶がある程度。そんなこんなで1日目終了。2日目へ続く。
レンタル彼氏や出張ホストのHPに掲載されているバケモンみたいな登録男性が晒され笑いものにされてたり、
ホスト研修日記とか女性風俗研修日記とかも中身がヤバくて嘲笑の対象にされているけど、
実際そういうところに応募する男性は知能が低い場合が多いと思う。
性風俗店を客として利用しており、風俗嬢に対して「こいつはHできるうえに金までもらえてラッキーだな」と考えて、
思いついたら即実行とばかりに女風に応募するコミュ障の自信満々のブサメン、といった感じのモンスターが中心。
その自信がどこから湧いてくるかって、ダニング=クルーガー効果だとしか言いようがないだろう。
逆にイケメンのコミュ強でメンタルも病んでない若い男がどういうところで働いているかというと、
スタバなどのカフェで、一緒に働いている女性店員もルックスが良くまともなことが多く、客層に弱者男性がおらず、
だれからも挨拶されないし、挨拶もしないんだ。それでリモートワークでエクセルの集計みたいな穴を掘ってまた埋めるみたいな作業を延々とやって、残業2時間くらいして月40時間くらいしてときどき怖いもの知らずの口の悪いおっさんに「あのババアなんでエクセルの住所録打ち込んでるのに残業40時間なんだ?」とか言われてるんだ。なんか不幸なのかホワイト職場ラッキーなのかなんかよくわからんわ。まあ不幸だと思うけど。
一生結婚しない前提で生きてきてもう30代後半だけどここ数年でいろいろと変化があり結婚する運びとなった。
まあしゃーないね、と思って生きてきたけどここにきて急に出会った相手が、同じく子供を作れない人だった。
別にそれだけが理由じゃないけど「結婚しない」というのは要するに「もし結婚したとして相手が心変わりしてやっぱり子供が欲しいと言いだしたら申し訳ないな」という気持ちだったので
そもそもその心配がない相手と出会えたのは結構奇跡では?と思っている。
いえーい!ラッキー!
新幹線のグリーン車を老人にたかられた、というのがネットニュースになっていて、おかしな人に絡まれて気の毒に…と心から同情した。
ところで、私は頻繁に新幹線に乗る。仕事やプライベートで、かれこれ20数年の間、年間で片道50~100回くらい新幹線に乗っている。
あくまでも私見、かつ私の狭い観測範囲だが、中高年の男性は、特に東海道新幹線の顧客だと随一にお行儀がいい、面倒のなさそうな人が多いと感じる。
中高年男性乗客の多くは新幹線に乗り慣れていそうで、「迷惑のかからないような乗客」としてのふるまいを理解している様子がある。それはそれでちょっと切ない(行儀が良すぎて)。
ゼロ年代ぐらいまでは、新幹線に乗るや否や靴を脱いでその足が臭い、みたいな人は確かに、たまにいたのだが、この20年近くでほぼ絶滅した感じがある。靴を脱いでる人はいるが臭ってはこない。新幹線の換気が良くなったとか洗濯洗剤が進化したとかそういうこともあるのかもしれないけど。
大昔に一度、あまりにくたくたで奮発したグリーン車で隣になった50がらみの男性の足が臭くて本当に、本当にびっくりしたことがあるが、そういう人は、その「彼」を最後に私は出会っていない。くだんのネットニュースの老人は、このころ中年だった人が高齢になったのかもしれない。知らんけど。
コロナ以前は特に東海道新幹線は、うっかりすると東京新大阪間の指定席が買えないぐらいの混在の時もあって、そういう時は、まれに物凄くおかしな乗客に当たる。私が巻き込まれた「呆れるほどちょっとどうかしてるんじゃないか」という客は親子連れだった。
1組めは、夫婦と幼児の3人家族。下りの東海道新幹線で、新大阪から乗車して東京まで。私は3列席の窓側のA席を買ってたのだが、既にその列はその親子連れにA~Cまで全て占拠されていた。
すみません、そこは私の席だと思うのですが…と声を掛けたら物凄くしぶしぶと言った様子で荷物やらごみやらをどかしてくれてそこに私がA席に座った後、親子はその席から離れてそして車掌と共に戻ってきた。こちらは切符を見せて当然何事もなし。そして車掌とその親子が何やら小声でもめている。
野次馬根性がもたげて聞き耳を立てていたら、その親子はB席を1席しか予約をしていなかったらしい。要するに大人2人幼児1人だが、指定席大人1枚と自由席大人1枚を買って、指定でB席1席だけを予約していた。そうするとAまたはCは空きやすい?らしく、親子3人でまんまとゆったり指定席に乗ろうというライフハック?手口?なのだそうだ。車掌さんにあとで聞いたらそういうことが割とあるらしい。
その後京都駅で当たり前だがC席も埋まって、親子は指定席Bと自由席とで離ればなれに。母親と幼児が私の隣のB席に座り、恐らく自由席に移動しただろう父親の方が頻繁にこちらに様子を見に来る。C席に座っていた若い女性が迷惑そうで気の毒だったし、私も隣がわさわさしててなんだかなぁ…と思った。
もう一組も同じく、新大阪から東京に向かう新幹線の3列シートで、今度は私がB席の時に起きた。何だろう、お金がない界隈で3列シートライフハックが流行ってるんか。
B席は3列シートの真ん中なので、普段は「できればあんまり座りたくない席」ではあるのだが、その時は一本前の新幹線に飛び乗りたくて、新大阪駅から新幹線に乗り込むギリギリのタイミングでスマートEXで予約変更をし、その車両で唯一の空き席であるB席を取った。スマートEXまじべんり。
私が座ったB席の両隣、AとCは新大阪から乗り込んだ時は空いていたのだが、名古屋から親子3人連れ(子供は小学校中学年ぐらい)が乗ってきた。その親子連れが指定をA席とC席しか取っていないようなのだ。間のB席は数十分前に私が新大阪で飛び込み予約変更をした。親子を引き裂く形で私がB席にいる。
こりゃ申し訳ないので席を交換しましょうか?と申し出たところ、C席(廊下側)なら交換してもいいと言う。親子はAとBを3人で座り、私は廊下側に座るということになる。私が廊下側が好きだったらその申し出で何の問題もないのだが残念ながら廊下側が苦手。そもそも交換が必要だろう側が条件を付けてきたなぁ…とちょっと驚いていた。更にそもそもを言えば、小学生の子供がいるならちゃんと指定席を取ってあげないと座れないのでは…。
意地悪したくなり、車掌に「こういう訳で席を交換しても問題ないですよね?」と水を向けてみたら、もちろん当事者同士で問題がないなら構いませんと説明される。そして車掌は親子3人を見て(当然だと思うが)指定席は2席で大丈夫ですか?別の車両なら、席は離れるが同じ車両で3席ありますよ、と案内。親子3人は別の車両に行くことになり、お母さんが私を睨みつけて車両を移動していった。
親子で旅行すると新幹線代がかさむから、なんかライフハック()を繰り出したくなるのかもしれないが、こういうのはどっと疲れるから本当に困る。
ただ、体感としてはこういう事件は極小ではある。20年×100回と仮定して概算2,000回の乗車でこういう酷いのはこの2例だけ。そして高齢者よりも親子連れや若い人の方がアレな率は高いと思う。
若い人に多い困ったケースは、席をまるで自分の部屋のようにしちゃう人だ。
テーブルにスマホとスタンド型の鏡とか何かの推しグッズ(小さいぬいぐるみとかフィギュアぽいものとか)とか並べている。スマホは充電しているからケーブルが通せんぼ状態になってしまう。どう座ろうが他人がとやかく言う筋合いはないし、AとかE(窓側)で巣を作るのは全然かまわず新幹線満喫しとるなーと面白く思う。ケーブル通せんぼされても、快く通してくれれば何の問題もない。
ただ、これを通路側でやられるとこちらが降りられないから困る。こちらも別に東京→名古屋ぐらいで文句を言うほど了見は狭くない。東京→新大阪以西、新神戸、岡山、広島あたり下車の旅程の時に、「C、D席で巣を作る若者」に遭遇したりする。東京から新大阪以西に新幹線で移動中にどうしても「巣」が作りたいなら窓側にしてよ~~と割と真剣に思う。こちらが降りたくて声をかけると猛烈に不満そうになる。東京発だとだいたい新大阪でかなりの客が降りるわけで…そんな不満そうにされても当惑するしかなく。
同様にキャリーバッグを足元に置いて通せんぼする人もほとんどが若い人で、これはまぁ若い人が悪いわけじゃないが(新幹線の上の棚にキャリーバッグ上げるの面倒)、こちらが、すみません…と申し訳なさそうにしたら形だけでも「いいえお互いさまです顔」をしてくれないものか…。
あと若い人はマクドナルドを買って乗ってくる人が割とたまにいるね。551を買って持ち込むなというのはたまにインターネットで出てくるし(新大阪駅の土産コーナーで買うチルドの551豚まんは、どんどん包装が厳重になっている気がする)、確かに匂いはちょっと気になるけど個人的には551でもビールの匂いでもまーしゃーない、と思うタイプなのだが、マクドナルドのポテトだけはダメなんだよなー、これは私の我儘なので怒ることはないが、出くわした時は早く食べ終わってー!と願っている。
コロナの最中(2021年)にもやむを得ない事情で新幹線にかなり乗った。コロナを警戒して社内ではNo食事になっていたが、そもそも21年の秋ぐらいまでは東海道新幹線は笑うほどガラガラだった。1車両に乗客2、3人なんてザラで、あれは今思い出してもちょっと懐かしく、かつ、コロナ中なのに現場に行かねばならない仕事を持つ自分たちを憐れむような共感もあった。
笑ったのは、コロナ中のガラガラ新幹線で、3列シートで寝そべっている若い男性を見かけたことだ。作業着を着ていたから現業系のエンジニアなんかなーと思うが、なんかのやけくそだったかちょっとした悪ふざけだったか、少しうらやましかった。
そういえば、「オッサンの新幹線マナーそんなに悪くない」の流れで言うと、ひと昔前によく言われてた「オバハンの団体は煩くてかなわん」というのも、最近のオバハンの団体も、わーもう無理ー!というレベルに煩い人たちは居なくなったなーと思う。ただ、「オッサン」は数人以上の団体になり酒を飲み始めると逆にわぁ…という感じに騒がしくなるね。団体というのは恐ろしいものだ。
K子との出会い
私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬、札幌のすすきのでのことであった。
K子は、私がごくたまに寄るカフェ兼バーでウエイトレスをやっていた。
年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。
顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトのボールのように大きかった。
完璧なメイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。
キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。
それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。
あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである。
さらにK子は勤務中はロングヘアーをタイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。
それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。
白人の風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。
K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。
K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。
私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。
するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。
なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である。
断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。
毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである。
私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。
このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。
たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。
芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。
ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。
しかし男の場合、三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である。
男は、風貌をある水準(清潔感と常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである。
さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。
ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。
できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。
ハッとする、させるというのは直感の神秘である。人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙の誕生レベルの認識だ。
人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。
とりあえず自分を規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。
「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。
こうしたなんでもない普段の心がけが、出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ。
こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである。最初のうちは。
だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。
そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。
というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。
私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。
世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットやコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである。
K子はそれらを考えもしなかった。だから、デートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドンと存在が大きいのである。100%ピュアな肯定性の塊。
そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分に固執していた私を、彼女は開放してくれた。
こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子やスタイルに固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである。
K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。
単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。
食事や運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的に自分を導いていった。
現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。
人はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。
メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。
人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分の内面から湧き出させるものだ。
こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。
自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである。
理想のカップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。
以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。
<了>
K子との出会い
私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬、札幌のすすきのでのことであった。
K子は、私がごくたまに寄るカフェ兼バーでウエイトレスをやっていた。
年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。
顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトのボールのように大きかった。
完璧なメイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。
キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。
それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。
あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである。
さらにK子は勤務中はロングヘアーをタイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。
それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。
白人の風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。
K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。
K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。
私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。
するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。
なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である。
断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。
毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである。
私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。
このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。
たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。
芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。
ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。
しかし男の場合、三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である。
男は、風貌をある水準(清潔感と常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである。
さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。
ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。
できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。
ハッとする、させるというのは直感の神秘である。人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙の誕生レベルの認識だ。
人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。
とりあえず自分を規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。
「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。
こうしたなんでもない普段の心がけが、出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ。
こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである。最初のうちは。
だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。
そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。
というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。
私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。
世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットやコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである。
K子はそれらを考えもしなかった。だから、デートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドンと存在が大きいのである。100%ピュアな肯定性の塊。
そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分に固執していた私を、彼女は開放してくれた。
こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子やスタイルに固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである。
K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。
単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。
食事や運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的に自分を導いていった。
現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。
人はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。
メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。
人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分の内面から湧き出させるものだ。
こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。
自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである。
理想のカップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。
以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。
<了>
いろいろなラッキーが重なり、10歳年下の彼女ができたが、その子は既婚者だった。
1年半、間男をやっていたけどもうそろそろ限界かもしれないから聞いてくれ。
自分:38歳 一部上場企業課長クラス 年収1000万円程度 東京住み フツメン
相手:28歳 Y●hooとか楽●とかその辺のメガベンチャー 年収1000万円程度 東京住み 比嘉愛未とか国仲涼子系の顔 Fカップ
彼女と自分は同じ会社だった。隣の部署の先輩後輩としてよく話すようになる。
彼女がJTCあるあるの若い女性社員の扱いに不満を持ったとのことで、「転職をしようかな」という相談をされたのが一回目のご飯。
その時から既婚者というのも知っていた(彼女は大学卒業してすぐに結婚したらしい)
あなたは他の社員とは違いますよね、みたいなことを褒められた。
その日は終電まで飲み、彼女は酔いが回っていて、すぐにやれそうな空気があったが解散した。のちに、彼女からはそれがすごく感動したと言われた。
2回目の飲みは、彼女はメガベンチャーに転職した後、近況報告と送別会を兼ねて飲んだ。
間接的に好きですよということを言われた。
3回目、あれよあれよ体の関係になってしまい、その後も2週間に1回程度逢瀬を重ねる生活をしている。
彼女はとても美人で愛らしいが、ヒステリーがあり、愛着障害やら境界性人格障害などを持っているっぽい。
とても早く結婚をして「理解のある彼くん」をゲットしているのもそう言った背景なんだろうし
自分と二股をかけているのも自己肯定をしてくれる駒欲しさや父性欲しさだということも薄々と感じている。
実際、自分が呼び出されるのも旦那さんが忙しくて構ってもらえていないタイミングが多い。クリスマスは一緒にいられないが、バレンタインや誕生日は一緒にお祝いしてくれる。
例えば、会社で後輩女子と二人で飲みに行ったことを話した際、レストランで過呼吸+号泣を起こされた。
一ヶ月に1回は「大嫌い」といきなり言われてLINEをブロックされる。数日後にケロッと「やっほー」と機嫌を取り戻す。
「貴方からの愛情を感じない」とさめざめと泣かれた次の日には、「愛が重すぎて嫌だ」と切り捨てられる。
これは自分が真っ直ぐに愛情を伝えたら変わるものだと思っていたが、1年半経ってもよくならないどころか悪化している。
最近は「◯◯さん(夫でも自分でもない)と寝た」とニヤニヤされ、こちらの愛情を試すような行為をされた。
読者モデルとかをやるレベルの美人と無料でセックスできるのであれば多少のかまってちゃんは見逃すべきというのも思っていたが、1年半耐えてきて今後も続けていいのかわからなくなってきた。
ちなみに旦那さんとの関係は良好らしく、「旦那にバレたら結婚しようね」と言われている。
彼女の方はあっけらかんとして「不貞行為があった場合の慰謝料300万円だって、払えるでしょ?」と言って笑う。
(文字にすると本当にひどいが、実際の彼女の顔つきや声などを知っているととても可愛く小悪魔的で、赤名リカのように脳内解釈している)
これからどうしよう。
彼女の育ってきた環境が悪く、アダルトチルドレンのように生きていきたから、自分が安全地帯になるならばそれもロマンチックだろうと思っていたが、
かなりきついなあと思うようになった。
当方はこれから先彼女はできない予定だ。(彼女と付き合う前、5年間彼女がいなかった)
彼女が機嫌がいい時に、仕事の話をしたり、美味しいご飯を食べに行く時間は幸せを感じている。そもそも自分が10歳年下の美人の間男をやれているのは文句なんか言えない状況だ。
振り回されている自分も嫌いではない、と結論づけようとしているが、我慢の限界も近いと感じている。
それでも彼女と過ごした時間はとてもキラキラしているし、青春をやり直せているようだ。
彼女と別れてしまったら今後の自分の人生浮ついたこともなくただただ仕事と家の往復をしている生活に戻ってしまう。
ここまでのワガママモンスターに育ててしまうのも、彼女の人生にとってよくないと思う。
新聞に投書するかどうか悩んだけど、今すぐに誰かの声を聞きたいからこちらに書き込む。
ご回答待ってます。
ウチは曾祖父が明治維新で東京に出てから俺で四代目に当たるが、俺の父親の土地家がそこそこのサイズなのも、祖父の家が結構なお屋敷だったのも、全て曽祖父からの積み上げがあってのことなのは間違いない。その点はラッキーだったと思ってる。その点は親戚一同だいたい同感だと思う。
うちは祖父が東京(その前は知らない)だけどめちゃくちゃやって資産どころか借金まみれで、父世代で都落ちしたけど積み上げは上手くいかず、土地も資産もゼロやでという話。
ウチは曾祖父が明治維新で東京に出てから俺で四代目に当たるが、俺の父親の土地家がそこそこのサイズなのも、祖父の家が結構なお屋敷だったのも、全て曽祖父からの積み上げがあってのことなのは間違いない。その点はラッキーだったと思ってる。その点は親戚一同だいたい同感だと思う。
YouTubeで趣味のゲームの動画をアップしていた。ある時期から収益化できて、好きなことしてお金ももらえるなんてラッキー!って思っていた。
だが、やはりお金が絡んでくると色々変わってきてしまうものだ。ある時期からは関係性が逆転して、お金をもらうために好きなことをしなくては、と感じるようになった。
しかしそんな感情で趣味に浸れるわけがないし、YouTubeでお金を稼ぐならもっと楽な方法がいくらでもある。
自分の動画は時間がかかる割にそれなりの収益にしかならないので、ある時から割に合わないと感じるようになってしまった。
周りが楽して稼いで毎日投稿!ってやつらばかりなのもあって、今は心が折れてしまい、動画もほとんど出していない。
こうなってから気づいたのだが、やはり趣味は趣味としてとどめておくべきで、それでお金を稼ぐなんて間違ってる…とまでは言わないが、メンタル面への健康に悪いと思う