はてなキーワード: パーソナルスペースとは
私は今、好きな同性のクラスメイトがいる。
私より美人で運動神経も良くて頭もいい、誰にでも優しい女の子。
女子校での生活が6年目ともなると、最早男の子という生き物がどういうものなのかを忘れてしまっている気がする。
私が知っている今の私と同い年の男の子というのは、ブルーライトの向こう側の細くて可愛い子たちくらいで、実際の同い年の男の子がどんな感じなのかは正直想像もできない。
ブルーライトの向こう側にいる彼らでさえ、もしこちら側に来たらと考えると真っ先に浮かぶのは恐怖だ。自分よりも体が大きくて力が強い、そして何を考えているのか分からない未知の生き物。
この間私は誕生日を迎えて、18禁の暖簾をくぐれるようになった。その時にふと気づいたのは、今の自分がいる箱の特異さだった。
私の周りだとセッ○スという言葉は大抵の場合ネタにされるかタブーのような扱いを受ける、なぜなら殆どの人がその言葉に実感を持たないから。私もその1人なのだけれど。
性的欲求は汚らわしい悪いものだ、という言葉にされることの無い同調圧力。
なのに、二次創作やシチュCD文化に触れている人は多く、私たちはセッ○スという行為からは乖離した『セッ○ス』という概念の話は当たり前のようにする。
女子校、という括りにするのが正しいのか最早定かでないが、少なくとも私の学校はパーソナルスペースという概念が崩壊している。
勿論人を選んではいるが、仲の良い友達同士は当たり前のように手を繋いだり、ハグをしたりする。
それがふざけてとかではなく、日常的に当たり前のように行われる。
私も、好きな某クラスメイトへの感情が恋愛感情だと気づく前は、彼女に当たり前のように抱きついたりすることもあった。別にそこに対して特別な気持ちは無かったような気がする。
けれど今、私は毎日彼女を見る度に彼女に触れたいと思っているし、そんな自分が心底気持ち悪い。
触れたい、と言っても別に大層なことを望んでいるのではなく、私の学校の子達が当たり前に友達にするようなことがしたい。でもそれは、私にとっては抑え込んだ性的欲求の代替行為なのでは無いかと思うと、自分に触れるなんて汚らわしいと思ってしまう。
彼女は、それに対してなんのリアクションもしなかった。多分、無かったことにされた。彼女は、以前と変わらず誰に対しても優しく、その優しさを私に対しても向けてくれる。彼女は私のことを友達かそれ以下に留めておきたいのだろうし、そんな彼女に対して今の私が触れようとするって、これが仮に男女の恋愛だったら大問題だよな、と思ってしまう。
先日、その場のノリだけで、さよならをするついでになんとなく彼女と手を合わせたことがあった。柔らかさと体温と、なによりもっと触れたいと思った自分が忘れられなくて、そのことが心底気持ち悪かった。
もう消えてしまいたい。それか昔に戻りたい。
彼女への好意をまだ恋愛感情だと認識していなかった頃に。いや、あの頃は別に今の私みたいなことを考えて触れ合っていた訳ではないのだけれど。
彼女に気持ちを伝えた時、正直私は彼女に気持ちを否定されることを望んで伝えた節があった。まさか無かったことにされるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
宙ぶらりんなまま今も私の気持ちは彼女に向き続けていて、最早隠しきれていないであろうその気持ちに彼女は何も言わない。
私は毎日のように彼女にどうやって話しかければいいのか考えているし、下らない話題を振っては弾まない会話に心底後悔して、でも彼女と話せるというそれだけの事に幸せを感じて。
毎日、楽しくて辛くて苦しくて、こんな生活早く終わってしまえばいいと思っている。
もうこんな恋愛は二度としたくない。
次に好きになる人がまたヘテロの同性だったらと思うと、心底怖い。
元々生理前にそういうものを見たくなる感覚があって、創作でも性描写のあるものを書くのは生理前〜生理中のことだった。
例にも漏れず(?)、その日も見ていたのだが、いつもと違って下腹部がモヤモヤする。
あ〜そろそろなのかな〜と思いつつなんとな〜くな気持ちで足を開くとなんだかゾワゾワ〜とした感覚が広がり内腿がびくびくと震えてしまった。
何だこれ?よく性転換モノの小説とかでも見るようなやつ??まさかこの女の子に興奮した?それとも男優に?というか今の本当に何だった???
恐らくこれは性欲なのかもしれないと思ったからだ。
女性ファッション誌のネットコラムでみんな経験したことはあるんだということはわかった。
ただそんな雑誌に掲載されているエピソードの女性は大抵相手がいて、少しも参考にならなかった。
私にそんな「あなたのために気持ちよくなりたくて♡」みたいなこと言える相手なんていねーよ!!!ケッ!!
ふと見つけたページに、自慰行為のやり方が詳しく記載されていて、思わず目を奪われた。
ただそこには「年いってからの自慰行為や性行為はクセになりやすい」ともあって震えた。
何それ怖すぎる。こんな喪女相手にしてくれる相手いないのにどうしたらいいのその欲望…
そう書いてあったのに何故か私はその日の夜中に初めて自分のそこに手をかけた。
これもまたなんとなくだった。本当に気持ちいいと感じるのか?結果としては指ですら入るのも無理だな〜と感じて中断した。あと実家なので誰かに気づかれたら死ぬ。
それから程なくやってきた生理の期間に性転換モノのAVを見たけれど前に感じたような感覚はなかった。
そう思って窓を閉めてからやってみた。
指も恐る恐るではあるが入れてみた。
結果、先日と同じような感覚がやってきた。
同日夜中、毛の処理ついでに少しだけまたやってみた。
また同じ感覚を味わった。
訪れる賢者タイム。
余談だが、女性の自慰を解説したサイトにはいわゆるオカズは好きなアイドルも〜みたいなことが書いてあったが私は決して推しをそういう目では見たくないのでNOオカズ、私という米で勝負した。は?
これで都心住みなら女性向けの風俗とかお願いするんだろうけど、
今はもし行けてお願いするならこの店のこの人がいいな〜ぐらいで済ませた。
あと道具使えば?という声もあるかもしれないけど実家で自分のパーソナルスペースがかなり限られているので
見つかったら死ぬ。
女性向けの風俗、全国出張もしてくれるところはあるけどシンプルにそんな金はないのでやっぱり世の中金だね…就活がんばるわ…
それとこれほんとにここ1、2週間の話なので同じような立場の女増田がいたら気をつけてね(?)
以上カミングアウトでした。寝る。
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「小児性愛のカジュアル化」に問題があると考えるのは、対人性愛優位を自明視した認知の歪みでしかない。問題があるとしたら、「性愛のカジュアル化」にある。セクシャルマジョリティが主導して守ってきた性の規範を、マイノリティが拒絶することにより、「性愛のカジュアル化」が現象として起こっているという事実はあると思う。しかしそれ自体がセクシャルマイノリティの「政治活動」としての側面があり、一方的に断罪することはマジョリティの傲慢である。「批判するな」とは言わないが、慎重になるべきだし、そうした政治性に注目することなく「批判」に終始するなら「ただのポジショントークだ」との誹りは免れないだろう。
批判者が「小児性愛のカジュアル化」と呼ぶものの一つに次の事例がある。
「娘の成長を見てくれ」と言って筐体で遊ぶ小さい娘さんの写真を2枚貼ったツイートにも、リプ欄で「えっちです」ってのがあったんだけど、こういうコメントを気軽に送れちゃうのも社会で小児性愛がカジュアルになりすぎた結果だと思うんだけど— E (@nice_comp_net) May 29, 2020
しかし、これは所謂「キャットコール」と呼ばれるセクハラの一種であり、「対象が児童だから」問題なわけではない。批判者も、「対象がもし成人ならば何も問題はない」とは言わないだろう。このような事例は「性愛のカジュアル化」によって支えられる悪しき文化であり、批判すべきは「性愛」であり「小児性愛」ではない。これを以って小児性愛を批判するのは無理があるし、「小児性愛は悪だから悪なのである」というトートロジーに陥ってるようにも見える。では、なぜ彼らは小児性愛を殊更に敵視するのか? 以下は既存の議論焼き回しである。
小児性愛と成人性愛の本質的な違いはただ一つ、「児童との合意は(少なくとも現代の倫理規定では)成立することがあり得ない」という点である。児童との間に「合意のようなもの」がいくら存在したとしても、それらは全て「合意」とは見なされないし、見なすべきでない。(「合意」の定義と児童保護について慎重に議論を重ねた未来では何らかの変化があるかもしれないが、それについて議論するにはあまりにも論点がずれているし、ここでは触れない。)しかし、「故に小児性愛は許されない」と主張するには論理の飛躍がある。ここまでの前提の下で自明と言えるのは、「児童との性的接触は許されない」という一点である。
「児童との性的接触は許されない」と「小児性愛は許されない」はもちろん同値な命題ではない。彼らがこれを同値と見なすのは何故か?それは彼らが、「性的欲望とは常に性的接触によってのみ満足するものであり、それ以外の性的行為は全てその為の準備に過ぎない」という偏見を抱えているからであろう。今回、多くの人形性愛者、フィクトセクシャル、さらにはアセクシャルを自認する人々からも批判が殺到した理由はそこにある。
「(実在児童を対象としない、無機物を対象とした)児童ポルノは、児童との性的接触を実行するトリガーとなる」と主張する人々は、「成人と性的接触を行うことは、児童との性的接触を実行するトリガーとなる」とは言わない。なぜなら、彼らにとって「性的接触」はそのまま「性的満足」とイコールであり、それが「ゴール」であると無根拠にも信じているからである。
前節では、問題の本質は「小児性愛のカジュアル化」ではなく、「性愛のカジュアル化」であると言った。では「性愛のカジュアル化」は本当に問題なのか? 結論としては、確かに問題であると私は思う。うぐいすリボンの荻野さんも以下のように言っている。
逆に、実質、ポルノとしてマーケティングするものであるのなら、18禁でなくとも、広告だけでなく、表紙の陳列やらまで含めて、賢明にどんどんゾーニングして頂くというのが、多分最適解なんだけどねぇ。— 荻野幸太郎 / OGINO, Kotaro (@ogi_fuji_npo) November 13, 2019
その理由としては例えば、①性的プライバシーの問題、②依存性の問題、などが挙げられる。あるいは、「そのような問題を内包する言動」こそを「性愛のカジュアル化」と呼ぶべきである、という定義づけも可能だろう。
①を語る言葉として「性的自己決定権」「私の身体は私のもの」などがある。余談だが、これは、ラブドールのような性的表象、および自慰を愛好する人々にとっても重要な概念である。実際、他人の自慰を制限しようという試み自体が「性的自己決定権」の侵害であり、セクハラだという批判もあり得る。(参考↓)
「男女を問わず、自慰は最も内密の行為である。誰の権利も侵害せず、自分の性的趣向と欲望を満足させる行為であり、性的自己決定権の領域に入っている。女性を卑下するという理由で自慰道具を禁ずるとしたら、女性を卑下せずに可能な自慰行為とは何なのか?」 pic.twitter.com/3lyXymSaF0— NPOうぐいすリボン / Uguisu Ribbon Campaign (@jfsribbon) May 29, 2020
話を戻そう。性とはそれ自体が深くプライベートなものである。故に、他人の性的領域に、物理的にも精神的にも安易に踏み込むことは許されない。「性愛のカジュアル化」には、その越えてはいけないハードルを下げてしまう効果があるのではないか。自らのプライバシーを切り売りしている限りは「下ネタ」であっても、他人のプライバシーを暴いたり、そこに土足で踏み入るような言動は「セクハラ」になる。(「下ネタ」を話題にすること自体が話題への参加を強要し得る文脈において、それらの区別は曖昧だが、それを語り尽くす労力は私には残っていない。)お互いのパーソナルスペースを尊重する文化を守るためには、適切なゾーニングを守り、強行的な「性愛のカジュアル化」を防ぐことも大切だと私は思う。
②の問題は意外にも語られることが少ない。これは、「ポルノにはなぜ年齢制限が設けられるか?」の問いに対する答えでもある。逆に言えば、「未成年にポルノを見せるべきでない」理由として、「正しい性教育」的なものを挙げるのは、性のスティグマ化に資するのみで未成年に良い影響を与えはしないだろう。
ここまで、「性愛のカジュアル化」は問題であることを述べた。一方で、それらを安易に断罪することもできない事情もある。それは次節で述べよう。
荻野さんは次のようなことも言っている。
いわゆる2次元系の性表現が、本当に純粋に「ポルノ消費」されてるだけなら、こんなには揉めてないんだよね、というところを、表象を批判する側だけでなく、擁護する側もなかなか自覚できないというのが、この話の味噌なんじゃないかねぇ。— 荻野幸太郎 / OGINO, Kotaro (@ogi_fuji_npo) October 22, 2019
ここで、各国のゲイ・パレード、プライド・パレード(LGBTパレード)の様子を見てみよう。
https://www.huffingtonpost.jp/letibee-life/taiwan-lgbt_b_8448268.html
https://lifevancouver.jp/pride_parade_vancouver
https://rocketnews24.com/2012/06/30/224561/
https://www.youtube.com/watch?v=MWiZwUFWs5E
やはり、非常に過激でセクシーなファッションに身を包む参加者のことが目に留まるだろう。しかしだからと言って、彼らに向かって「ゾーニングを守れ!」と叫ぶことがどれだけ暴力的か、理解していただけるだろうか?
彼らがこのような「性」を明け透けに表現しているのは、それ自体が政治的意味合いを持っているのである。それ自体が政治的表現なのである。そして我々の「性」の表現にもまた、そのような側面があることは決して無視できない。対人性愛的なものに背を向け、「オタク」的な性表現をオシャレなものとして、隠語的なコミュニケーションのために消費する文化がウケた理由は、人々がそのような政治性を間違いなく見出したからである。それは単なる「ポルノ」ではなく、「我々の性のあり方」をありのままに表現した、アイデンティティそのものなのだ。
とはいえ、我々の消費する全てがそのような政治性を帯びているわけでもないし、また全てがポルノ的でないわけでもない。実際のところ、単なるポルノが悪ふざけで表に出てくることもあるだろう。しかし、それらの区別は決して容易ではない。物理的には全く同じインクの配列であるものが、文脈や作者の意図次第で、時にポルノであったり、時に政治的であったりする。それらは私やあなたが独善的な基準で決めつけていいものではない。「法的規制に反対する」という言葉は、私刑を推奨する標語であってはいけない。表現の正しい用法用量というのは、表現者と受け取り手一人一人の良心に委ねられるべきなのである。
さらに言えば、政治性とポルノ的であることが、多くの場合両立してしまっているところにこそ問題の複雑さがある。その区別について「語るべきでない」とは言わないが、本質的に「区別は不可能である」ことを前提に、慎重に語る必要がある。そのような必要な慎重さを欠いた言説こそが、「差別だ」と糾弾される所以なのである。
誤謬を見出して批判することは容易である。しかし、否定することが目的化した人々で集まって、こちらの政治性を矮小化するような言説ばかりぶつけられては、議論にならない。「我々が言いたいこと」は、この文章を通しても伝わるはずであると信じている。
椅子に座ったまま腕を伸ばせば隣の人の頬を殴れるぐらい近い。
真正面にも席があって顔を上げただけで前の人と目が合うような環境でいつも働いている。
隣にかかってきた電話の相手の声さえ容易に聞き取ることができる。
人と人の距離が近いほど職場内のコミュニケーションが活性化されると社長が誇らしげに語るのを聞いたことがあるが、
そんなものは建前で狭いオフィスに可能な限り人を詰め込んだほうが経済効率がよいからだろう。
パーソナルスペースがまったく考慮されない鶏舎のような職場は私にはただでさえストレスだった。
紙とはんこと固定電話がないと仕事にならない弊社にテレワークという選択肢は初めからなかった。
交代勤務も一応の検討はされたようだが人員に余裕がないということで実施されなかった。
毎日使い捨てにできるほどの在庫はないので消毒して繰り返して使うように指示があった。
自分でマスクを用意してもよいが、とにかく全社員のマスク着用が徹底された。
私の両隣の人はよく咳き込む。
喫煙者で肺の健康状態がよろしくないらしく前から咳をしていて新型コロナウイルスとは無関係かもしれないが、
隣がごほごほとするたびにそれが本当に無害なものか気になって仕方がない。
「熱はないから大丈夫」といわれてもそれをどこまで信用してよいものか。
マスクをしているからか咳をするときも遠慮がなく顔をそむけるそぶりもない。
私は真横だからまだいいが正面に座っているひとはたまったものではないのではないか。
もうひとりの隣の席のひとはコーヒー中毒で常にコーヒーを口にしながらでないと仕事ができない。
マスクのつけ外しが面倒なのか、マスクがしばらく外しっぱなしになっていて、
咳き込んでから思い出したようにマスクをつけるようなことをしている。
かれらの咳が無害なものでなければ私はいつかそれに感染してしまうだろう。
ささやかな抵抗として私はいつも閉め切られている窓をこっそり開けてみた。
だがすぐに窓は閉められた。窓を開けると寒いという人がいるのだ。
窓近くに座っているのは部長だった。
気が狂いそう。
緊急事態宣言に備えて巣ごもり用の食料品を買いに来る人々でスーパーはにぎわっている。新型コロナウイルスの感染から身を守るために買い出しに来たはずの人たちが、レジで会計を待つために並んで密着している。家族連れやカップルは並んだままマスクを外して喋り続けており、3密を避けるどころの話ではない。
もともと日本人を含めたアジア人のパーソナルスペースは欧米人よりも狭い傾向があり、スーパーのレジ待ち列でお互いにほとんど密着していても、気に留める人はいない。これまでは。
最近は、30㎝ほどに近づいてレジ待ちの列で背後に立たれると非常に恐怖を感じる。
すいません、もう少し離れてくださいと言いたいところだが、不要な諍いを生み出しそうで、そういうこともできない。ただ恐怖を感じながら、はやく自分の清算の順番が来てほしいと祈るばかりだ。
他の国ではスーパーの待ち列に2m間隔で立ち位置の印をつけ、お客に厳密に距離を保ってもらっていることもあるのに、日本ではいったいどうなっているのだろうか。満員電車の例もあるが、もともとパーソナルスペースが狭くても意に介さない人が多いため、コロナウイルス感染防止のために、レジ待ちの列では離れて立ってくださいと要請する発想に誰も至らないのだろうか。
人間の判断能力がハマダラカやマルゾウムシのような昆虫よりも優れている場面はじつのところそれほど多くはないので、判断力が及ばずに危険が発生する状況は、仕組みで防止していった方がよいと思うのだが。これは人とその社会を成り立たせる考え方の問題なのだろう。
その点、西欧の社会ははっきりしており、人間的な行動を逸脱した人間は断固として人間扱いしない措置が取られることが多い。たとえば、フランスの駅は小銃を持ったgendarme国家憲兵が歩き回っており、たまに駅で乗客の暴動がおこると躊躇せず催涙弾やゴム弾で鎮圧される。