はてなキーワード: マイナスイメージとは
ヒプマイを見ようと思ったけど無理過ぎたので1話切りして「体操ザムライ」というのを見る。
これは見れそう。
リアルのスポーツ(競技)に全く興味は無いが、アニメで見ると面白い。
なんでリアルは見る気にならんのだろう。スポーツのニュースを見るのすら鬱陶しい。
運動なんて一人でその辺とぼとぼ走ったり家で自重筋トレしたりチャリ漕いだり踏み台昇降上り下りしたりで十分だ。
競う必要性を全く感じないし、人に教わったりするのも嫌
(大抵教えるの下手だから巧く出来なくて、その運動に対してマイナスイメージが付いてしまう。というか「出来ない」ことが人生に於ける瑕疵となる)
体育なんてもんは「生涯体を柔軟に動かし続ける習慣を付けさせる(それも自分が出来る範囲で。強制的に1.5km走らせるとか無し!)」でいいと思うんだわ。
球技?遊びとしてならやってもいいわ。水泳?溺れない程度に好きな泳法で適当にやってくれ。100mとか泳がすな。ましてやタイムとか測るなクソが。
鉄棒?床運動?跳び箱?平均台?馬鹿じゃねーか。怪我したらどうしてくれるんだ。そんな運動が必要な場面がねえよ。バランス感覚ってんなら体幹でも鍛えた方がマシ。
兎に角そんなもんを無理強いするんじゃあねえよ。
やりたい奴だけやればいい。そしてこちらはその競い合いを見ることはない。
否。いまだにバカなどと言っているのは意識のアップデートを忘れたお年寄りだけだろう。
もう、バカバカと言って喜んでいられるような時代は終わったのだ。
「いい意味でバカ」のようにマイナスイメージからプラスイメージに転じたというのでもない。
未だにバカなんて言ってはしゃいでいるのは、よほど感覚の鈍いものだけだろう。
しかし感覚が鈍いにしてもバカが時代遅れだと薄々感づいてはいるはず、だのになぜ?
バカ以外になにも持たないから、この期に及んでなおバカに縋るざるを得ないのかもしれない。
恐らく、人々がバカという言葉に引きづられる無意味さに気づいたためだろう。
昔の牧歌的な人々は、バカという言葉が魔力を秘めていると思っていた。
世の中が悪くなるのはバカのせいだし、バカを取り除けば世の中が良くなるとも思っていた。
バカと宣告され、バカと承認されることは、バカにされたものの社会的な死をも意味した。
そしてバカと言う側も反撃されればタダでは済まないという緊張感を持っていた。
だが、そうした万能感が時代遅れであることは敢えて言うまでもない。
人様にバカなどと言う時代遅れな人間がいるなと思ってそれで終わりではないか?
もうバカを休ませてやれ。
KKOとまではいきませんが、とっくに成人しているのにいまだ交際歴ゼロの人間ですから、恋愛弱者としては上等かと思います。
自分で言うのもなんですが、顔の造形の悪さには自信があります。
性格の悪さにも同様に自信がありますが、性格が悪いゆえに仕事をする上で取り繕える程度には困っていませんし
それも自称でしかないので、実態がどうなのか、それで生活が本当に上手くいってるのかはご想像におまかせします。
弱者男性に随分と憎しみを向けられていたようですが、真摯に文章を読ませていただきました。
読んでいるうちに、以下の2点が頭に浮かびました。
・「理解のある彼くん」をあげつらって批判していたのは弱者男性だけに限った話ではない
・そもそも「理解のある彼くん」持ちは非難されても仕方のないことをしでかしている
今回は「望むところだ」ということで、後者を重視して書いてみます。
あくまで、「理解のある彼くん」持ちとハンデを持つ女性は完全に同一では無いという見解であり、
以下はハンデを持つ女性全てを批判しているものではありません。
これから記載している内容に反論がありましたら遠慮なくご指摘ください。
「理解のある彼くん」は、何も最初から障害や病気のハンデを持つ女性を攻撃するために産み出された単語では有りません。
それは障害や病気のハンデを持ちながらもそれらに向き合いながら生きている、ということを綴った女性達のエッセイから概念が発見されました。
ネットで複数の作者の漫画の「理解のある彼くん」が登場するページを1枚にした風刺画像を見たことがあるでしょうか?
まるで判を押したように展開が同じなのです。
エッセイということは実体験でしょうから、細かいところは省いたりフェイクを挟んでいる可能性があるとは言えど大筋はノンフィクションでしょう。
「なんだかみんな展開が似たりよったりだぞ??」と気づかれだしました。
この指摘については、何も弱者男性だけから発信されたわけではありません。
女性作家から、カウンター的にエッセイ漫画で指摘されているものでもあります。
この指摘で耳が痛かったならば、弱者男性だけを敵視するのは誤りであると言えるでしょう。
あなたがたが敵に回す範囲、軽蔑すべき範囲は本来もっと広いはずです。
それをすることができない、いや認知しようとしないのは何故でしょうね。
全ての女性が「理解のある彼くん」を得られるとは思っていませんし、
「理解のある彼くん」を得ることが誰であっても簡単だとも思っていません。
すぐキレる、情緒不安定になり周囲に当たり散らす、それらが病気や障害によるもので苦しんでいる――――――。
いかにハンデを抱えて生活することが大変か、という点で綴られていましたが、
「自分」が大変である、という視点のみで描かれていることが多いという感想を持ちました。
綴られているケースのうち、同情すべきものももちろんありましたが、
いくつか幼稚過ぎて理解できない行動も含め、都合よく正当化されているように見えました。
(それだけ的確な判断力を持ち合わせられないぐらいに根深い病気である、というのを私が理解できなかったのかもしれません)
しかしながら、作者は過去のことを反芻しエッセイに仕立ててるうちに、再考して思うところがなかったのかなと考えています。
ウソを書けということでなく、ぼかすなり内省の補足をするなりあるはずです。
上記は私個人の感想ではありますが、エッセイ漫画を通して「女性はハンデ持ちでもイージー」というネット上の共通見解が得られたのは、
私と同じような感想を持った人が多かったのでしょう、と勝手に推察しております。
「理解のある彼くんがいるから」ではなく、「理解のある彼くんだって出来る上に、そもそもこんな認識で生きているから」と思っているのです。
「私が弱者男性故に対象が女性というだけで色眼鏡で見ている」、そう思われるかもしれませんが、
他で消化器系を長く患われている女性作家さんのエッセイではその苦労や辛さに深く同情し、何一つ批判的な感想を抱きませんでしたし、
精神を患われている女性作家さんでも「理解のある彼くん」に疑念を持っていた方のものは
特に前後でも病気を理由にした問題行動の正当化を感じる部分もありませんでしたので、
やっぱり「理解のある彼くん」の登場があるエッセイの作家さん達だけが悪目立ちしているように見えました。
本来、努力し、助け合い、思いやりを持ちつつも懸命に生きるハンデを持った女性たちという
決して揶揄や物笑いの種にすべき存在ではないものについて、これだけマイナスイメージを持たれてしまったのは、ここにあります。
ここでは「理解のある彼くん」に絞って女性の話をしていますが、
もちろん「甘ったれた男性」がいることも否定しませんし、弱者男性の中にそういった部類の人間がいることも承知しております。
ハンデを持った女性のリアルを理解する上で、当事者の知り合いがいるという人もなかなか少ないでしょうし、
そもそも当事者はむやみやたらに打ち明けることは無いでしょう。
自分の病気のことを顔を合わせる周囲の人間にベラベラ喋ることがありますか?
そんな「リアル」で認知されることが少ない状態では、ネットの発信力が強い現代において、
エッセイの「悪い意味で最もキャッチーな部分」によって認識を悪い方向に塗り替えられてしまった、というのが今の状況かと思います。
それでも、結果的に「女性はハンデ持ちでもイージー」という結論で
十把一絡げにして非難の対象になってしまった「まともにハンデと向き合っている女性」への誤った非難があったことは否定しません。
何故止めなかったのか、何故助けてあげなかったのか。何故咎めなかったのか。
でもそれは「過去に助けてくれなかったから、同じように助けなかった」ではないです。
そもそも、「弱者男性を助けなかった理由」でなく「〇〇を助けなかった理由」というべきでしょうか。
ですから、「弱者男性は精神障害者女性をサンドバッグにしてきた」という結論で
いや、今ニートなんだけど。
営業が好きだ。客の欲しいものやして欲しいことを読み取って、適切な商品を提案する。客は欲しいもの手に入る、こっちは喜んで貰えて金が貰える。万々歳。
↑これがしたいのに、世間の「営業」のイメージってゴミすぎる。押し売り、飛び込み、マイナスイメージだらけ。今までの「営業」って奴らがそういうやらかしをし続けてんだから仕方ないが。
そんなもん要らねーって人に話術という名の丸め込みで売り付けるより、こういうのが欲しいんだけどある?って人とコミュニケーション取って一番合ってるものを渡したい。
ついこの間話題になった冷やし同人誌の件を最初に耳にしたとき、「ああ別にこの炎上を受けても当のVtuber2人の人気は変わらないだろうな…」と思った。
僕自身も今回炎上した人達ではないがVtuberグループが好きでよく見ている。(特にここでは生放送中心の)Vtuberの活動内容はゲーム実況や歌、雑談が主でその他の企画もそれらの延長にある。じゃあ何が楽しくて見てるのかというとそのキャラクター自身の考えや振る舞い、そして所属するグループ内での関係性。配信内容は同じでもそういった人間的というか内から出てくるものが結構グループごとだったりVtuberごとに違ってそこに魅力があると思ってる。だからこそファンはゲームの上手さ、歌の上手さ、じゃなくて彼ら彼女らの人間性に対してファンになる。Vtuberファンに全肯定民と呼ばれる推しをどんな場合でも褒めるファンが多いのはこういった性質をよく表しているように思う。
そして、毎日の配信はそのチャンネル主であるVtuber自身の倫理観や信条を基準に行われるし、ファンもそれに魅力を感じている。
今回多くの人の逆鱗に触れた「冷やし同人誌」もそういった彼ら彼女らの価値観の範囲で行ったものであり、今まで応援してきたファンにとっても当のVtuber本人にとっても「いつものこと」なのだ。実際に冷やし同人誌を行った時点で配信で流れるコメントからはいつものように楽しそうな様子がうかがえる。
つまり、聞く人によっては嫌悪感を持つかもしれない事柄を含む内容であるかもしれないが、それを良しとする価値観や人間性で獲得した人気であるため、そのことで炎上しても既存のファンにとって推しのマイナスイメージには繋がらない。
こうした認識の差はVtuberファンとそうでない人の間で大きな溝を作っている一つの原因でもあると思っている。Vtuberは別にアイドルでもないし正しい行いを求められる存在ではない(という認識でやっている)ので人によっては過激な発言や行動をすることがある。そもそも彼ら彼女らは完全に企業の元で配信活動をしているわけではない。多くのVtuberの生放送では自分のことを個人事業主であるという発言があることから、アイドルのように所属事務所から活動内容や行動を制限されているのではなく、割と個人の範囲で自由に行っている。一方であまりVtuberに関心がない人には事務所があってそのもとで活動している配信者というのは一定の倫理観があると思い、度々タイムラインに流れてくるVtuberの炎上を見かける度にああなんだこいつらは?と彼ら本人とそれを律するはずである企業全てを含んだ”Vtuber”に対する悪いイメージを蓄えているように思える。
実際Vtuber自体はいち配信者に過ぎないのでその発言をいちいち受け取って腹を立てていてもしょうがないのだが、ここまでVtuberと炎上がセットで語られることが多いのは単純に無視するには影響力が大きすぎるからだと考える。
Vtuberの特性上、数十~百人が同じグループに属しているため一人の炎上もそのグループの炎上としてさらに大きく捉えられることがある。ひいては”Vtuberの炎上”としても大きく解釈されていると思っていて本人やファン達が考えているよりもずっと多くの人の耳に届きやすい構造だなというのはしばしば感じる。
Vtuberとそのファンである僕達は内輪ノリでは済まない規模になっていることを客観的に捉えて自覚する必要があるし、あまり興味のない人達はまたインターネットで口がでかいやつが何か言ってる...くらいの認識で済ますのが精神衛生上良いように思う。
創作上のキャラクターの好きな属性としてのマザコンとか母性とかインナーチャイルドとかアダルトチルドレンみたいなそう言ったものについて考えてるんだけどマザコンは大きく分けて2種類あると思っている。
母親の愛情を過剰に受け取って育ったり母親を意識的/無意識にも神格化しすべての女性の基準が母親な人間。二言目には「うちママはこうだったけどな」とか言うタイプ。
わかりやすく既存のキャラクターで言うとドラえもんのスネ夫がそれである。
もう一つは『母親の愛情を充分に受け取れなかった為大人になっても母親の愛を求めているタイプ』
死別とかネグレクトにより本来子供のうちに得られるはずだった母の愛を得ずに大人になってしまい、いつまでも母の愛情を求めてしまう人間。
既存のキャラクターを使って例を挙げると、その中でも母の愛を配偶者とか恋人に求めるタイプがガンダムのシャア、母親本人に求め続けるタイプがブレンパワードのジョナサンだと思う。2作とも富野由悠季ですまなない。
私はこの後者の母親の愛情を充分受け取れなかったタイプのマザコンキャラクターが好きだ。女性キャラクターだとエヴァのアスカも好きだ。
普通子供は親から与えられる愛情を受けて育ち、成長とともにそれを受け取らなくなる。そしてそれを今度は恋人や配偶者に貰ったり、自分が愛を与える側になったりして大人になってゆく。
しかしこのマザコンは年齢だけを重ねて見た目は大人になったけれど中身はいつまで経ってもママの愛を求める子供だ。
現にシャアは(ロリコンも発症している為)年下の少女ララァを母になってくれるかもしれなかった存在として死に至るまで彼女の幻影を求め続けたし、自身に父親を求めたクェスのことは受け入れられなかった。30も半ばをすぎていてこれだ(見た目は頼り甲斐のある大人の男性のシャアの中身がアムロにも引かれるくらい子供を拗らせているというギャップが好きだ)
ジョナサンのほうはもっと悲惨だ。彼は幼少期に多忙な母親と過ごす時間を充分に得られなかった為大人になってもいつまでも母を求めている。ジョナサンの有名なセリフ「クリスマスプレゼントだろ!」にそれは凝縮されているが、大人になって自ら母親と離別してからもずっと子供の頃のクリスマスの悲しい思い出をひきずっている(彼の方は母親にも問題がありそれを指摘されたことで母親までも発狂してしまうのだが)
そんな悲しきマザコンたちが私は好きなのだが、この愛情を与えられた者、与えられなかった者、正反対の2者がどちらも「マザコン」という雑で大きなくくりで呼ばれるのが少し悲しい。かと言って別の呼称も思い浮かばない。
マザコンというとマイナスイメージが強い印象があるが、この悲しき愛を得られなかった大人たちは創作上のキャラクターとしてはとても魅力的だと思う。
見知らぬ人とゲームのマルチプレイをするうえで注意したいことを
・音量バランス
基本。声が小さすぎると聞き取りづらいが、だからといって音量を上げ過ぎるとマイク次第では環境音も爆音で相手に聞こえるので要注意
たまに声が小さいのに環境音だけデカい人が居るが、聞かされる側としては一番どうしようもないパターン
・挨拶
・会話のキャッチボール
意外とコレが出来ない人は多い
「どうしますか?」と質問を投げかけてるのに、一切返事をしないコミュ障の中のコミュ障がたまに居るが、何らかのトラブルが発生してるのかと心配されるので注意しよう
それと多少のイライラは胸の内に秘めておき、できるだけ表面には出さないようにしよう。多少騒がしいぐらい(やられたー!等)は極端じゃなければ、好意的に受け止めてもらえやすい
しかし味方にイライラしてるわけじゃないからセーフ理論でたまにキレ散らかす人が居るが、それを聞いてる周りのメンバーは既に不愉快甚だしいのでそういった発言はやめよう
過度な自虐も周りのメンバーを困らせるだけなのでやめておこう。自分だけの世界に引きこもっていいのはシングルプレイの時だけだ
他のメンバーには通用しない身内ネタや、身内だけの要件(明日どこ行く?等)は身内しか居ない時にやろう
他のメンバーが介入できるようなネタはまだしも、あからさまな身内ネタは極力避けよう
・会話に参加する
一人で参加する時は会話に食い気味に参加していこう。興味がなくても相手の発言から更に話を広げてみよう
どうせ失敗したところで、顔も知らない相手の失敗なんて1時間もしたら忘れるので、失敗しても特にデメリットはない
話を振らない限りは静かにしてるプレイヤーが結構な割合で存在するが、話を振る側もプロではないので話が盛り上がる相手としか話をしない
「さっきから静かですけど大丈夫ですか?息してます?」なんて弄ってもらえるのは、よく喋る人間が静かな時だけであって、一切喋らない人間はネットだろうと空気に変わりはない
・基本は敬語で話そう
たまに一言目からキレッキレのタメ口で話す人間も居ないことはないが、大体マイナスイメージを持たれるので注意しよう
だろ?
プロの営業であったなら、「あっ、ステマとか言ってる人がいるんですか?違います」で終わりにして、「じゃあどうやって話題を伸ばしたかの手法なんですけど~~まずはアプリで広告を~~~」でいいじゃん。
単なるファンなら、「ふーんそうなんだ。私イベント走るのに忙しいからまたね」で終わりでしょ。
ないですね。
ステマと言われた上でマイナスイメージが付いてるのは実際にクオリティが低かったものだけです。
「評判の割には、こことこことここが駄目だったわ。そんで、話題のこことこことここも大したことなかった。ステマかな?」
ってパターンですね。
「いやここはこう良かったよ。証拠はこれです」
でしょ?
「ボクチンがこれ買ったのはボクチンの意思と情報収集の結果だもん!ステマに騙されてないもん!情弱じゃないもん!!!」
って感じですかね。
気にしすぎですね。
というかこれについても、なんで自分がそうしたのかを淡々と説明すれば良くて、ステマかどうかなんてどうでもいいです。
他人の目を気にしすぎでしょう……情報に弱いのかは知りませんが頭とメンタルはボロボロだと思います。
書いてる内容に嘘や恣意的が過ぎる情報の取捨選択が無ければいいだけだと思います。
って言いたいなら、読んだ人が信用できると思える内容を積み上げていけばいいだけです。
あーだこーだ言われるのは単に自分の書いてる内容が日頃から党派性のようなものの強さが匂い立ってるからじゃないでしょうか?
色眼鏡を外して客観的に情強を整理するモードと、自分の感情をそのまま絞り出すモードを使い分け、どっちで今書かれているかを他人からも分かるようにすればいいと思います。
それが文章力って奴ですよ。
文章力鍛えて、役目でしょ。
自分の好きな作品を嫌いな人達の界隈に火の手が上がるのを見たいだけだったという。
他人の家に火の手が上がることを楽しむ人はそこまで多くなくとも、嫌いな人間が痛い目を見るのは大好きな人は非常に多いですからね。
まして相手は一度付け火を企んでいるのですから、反撃という大義名分で燃え盛る松明を相手の庭に投げ込めるわけです(実際は、同じ穴の狢でしかないことに気づくことまではもう期待しません。諦めます)。
実際どうなんでしょうね?
ステマ扱いなんて単なるどうでもいい噂なのになんで気にするんでしょうね。
二点。
・「個人V界隈の問題じゃない」→それもそう。元々偏見があったからこういう書き方をしてしまった。あくまでこの配信者自体の問題なんだけど、「これだから個人勢は」って思っちゃったんだよね。君の好きなものを汚してごめん。元の文章は変えずに残しておきます。
・ゲームについて補足
プレイ時間5~15分想定らしいので、配信で使うなら全部やってもいいんじゃない? って長さではあると思ってる。
ここまで
読みづらい文章で申し訳ない。最初の稿より、はてな記法などを追加し、文章以外の部分を修正している。
ここまで
Vtuber(あえて個人勢、と限定させていただく)とその囲い、こわい。
企業のVtuberなら、ある程度コンプラとかそういったことが管理されている、と、思うので。多分。詳しくないんだけど。
なるほど。
何故そもそも”配信者を馬鹿にしている”って発想になるのかが分からないし、文面から自分の立場が上であると言いたいのが漂ってくる。”有名なゲームは別”ってところもまた……。
フリーゲームはフリーゲームなのだし、制作者に全ての権利があると思うのだが、一体どういうことなのだろう。
これは流石にフォロワー減るのでは? と思うような発言だが、この発言に対するVtuberのフォロワーの発言は、以下。
これはなんとなく言いたいことも分かる。プレイスタイルは人それぞれだ。というか、それが嫌なら配信しなければ良いだけの話だと思うのだが、まあ一旦置いておく。とりあえずなんか燃えているらしい。
今のままでは状況がよくわからないため、一旦状況を整理することにした。
※追加した規約についての言及はなく、TRUEENDを強制する発言はない。あくまで、同じような配信がないようにするための措置である。
※補足 ティラノコレクション公開作品らしく、タグが少ない。当作品はいわゆる百合作品。
長くなったが、以上の通り。マシュマロなど、時系列が一部ごちゃついている部分があると思うがご容赦願いたい。
いや怖くない? 怖いよ。
確かに作者側も、ちょっと熱くなってコメントしている部分はある。出直せとか(もう少し丁寧に書いていたものの)。
せっかくなので最後のライブ配信を少し視聴したのだが、「TRUEまでやれ」の部分にめちゃくちゃ言及していた。
いやいやいやいや、”配信時はTRUEまでやれという規約はないし、DMを送った際もそのような内容は記載していない”って言っている……と思うのだが見間違いか? とまで思った。見間違いじゃなかった。
作者側としては、謝罪後のこのVtuberの態度について怒っているように見える。
が、Vtuber側は信者も含めて「TRUEまで配信すること」という文言を取り上げて叩いているのである。
コレは痛いところを突かれたから論点をすり替えているのか、大真面目にそこについて作者が言及していると思って叩いているのかどちらなのか本当に分からないのだが、まあとにかく怖い。マジで怖い。真面目だったら話が通じなさすぎて怖い。
大分長くなったし話も横道に逸れそうなのでまとめに入るのだが、ゲーム製作ではないにしろ、私も制作者の端くれとして、
他人の制作物に敬意を払わずに借りておいて「使ってやっている」なんて態度に出るような人間にはなりたくないし、関わりたくない。
一般人が下手にフォロワーという名前の権力を手にしてしまうと、有名人になった気分になってしまって高飛車になるのかな、と思う。
ある自助グループが「男性の発達障害」を出禁にすることで、その会場の運営者に出禁にされた話があったけど、思う。
そういう「出禁にして人を思い通りにしよう」って言う感覚そのものが、更なる出禁を招くと。
Twitterを見ると、会場の運営者に対して批判的な女性たちも多いことから、女性コミュニティが会場そのものに出禁を言い渡していると言ってよい状況だ。
「出禁にして人の考えをねじ伏せよう」というアプローチそのものが、男性のマイナスイメージを増強することでもある。
排除的ではない正しいアプローチを取れば、その自助グループの「男性の発達障害」への受け入れも獲得できるかもしれない。
あのさ、
八百屋さんの軒先に陳列された葡萄が美味しそうだなって思うんだけど、
その立て札には「はずれてます」と言うキャッチコピーが書いてあって、
いや葡萄が「はずれてます」ってどうしてもマイナスイメージでしかない、
そんな正直な八百屋さんに
逆にどのぐらい美味しくないのか、はずれているのか
試してみたくなっちゃうんっだけど。
言ってもそんなに大はずれってわけもなくない?
いつもその八百屋さんを通るたびに
もう逆に賞味的に食い道楽のとれとれピチピチ感試してみたく鳴っちゃうのよね。
ダメ!って言われたらやりたくなるように、
押すな!って言われたら押しちゃいたくなるように、
心に引っかかるのよね。
心に残るキャッチコピーとしてはかなり秀逸なんじゃないかしら?
買うかどうかは別として。
少しでも美味しければ、
いやぜんぜんこの葡萄はずれじゃないじゃない!って
あれって実際自分で作るとしたら、
どのぐらいの量の葡萄を買わなくちゃいけないのかしら?
皆目見当も付かないわ!
そんな美女が葡萄を踏んでいる画像がたくさん出てくるんだけど、
どのぐらいの量かっていうのは、
検索しても出てこないとなると、
相当量いるのかも知れないわね?
私も一丁前に今年のワインのデキは素晴らしいわよね!って言ってみたいわ。
いいワインですね!って言うのよね。
これも毎年言ってるから、
もうどの年のボジョレーヌーボーがいいのかしら?って思うけど
絶対あの中で、
雰囲気で今年は今までの中で一番いい出来だ!って言ってる人五万といるはずよ。
私もその5万人の中の一人として
一丁前にワインの今年のデキはいい!ってRGさんのあるある言いたい歌に乗せて、
今年のワインのデキは良いのか悪いのか、
なかなか言わないようなことをやってみたいわ!
でもナンバーワンにならなければいいオンリーワンになればいいって!
山崎まさよしさんが言ってました!
うふふ。
炭酸水にレモンを浮かべれば即席レモンウォーラインミントも入れると香り良いわよ!って
そろそろ
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
料理上手で一歩下がってついてくる女性がいいとか、高給取りで主婦になっても好きなことさせてくれる旦那がいいとか、他人のそれは良く聞いて半ば馬鹿にしてきたけど、自分の理想を考えたことはなかった。
結婚に失敗した既婚おっさんがこんなことを考えることに意味はないのだろうが、後進に何らかの気づきを与えられるかもしれないのでここに書きなぐる。
・互いの趣味嗜好に対し、マイナスイメージを持つものがないこと
・自身の精神的なタフさを10としたとき、8以上を持っていること
友人に求める条件だったら普通だが、妻に求めると意外と難しいぞ。
あと
・性の一致(頻度、相手への性欲、嗜好など全部含む)
も大事。こっちもかなり難しいが。
無理くね?
[FNN]「これ以上わがままは言えない…」震災から9年、被災者向け仮設住宅からの退去期限が3月末に迫る
https://sp.fnn.jp/posts/00050704HDK/202003111840_morimototaro_HDK
富岡、浪江、飯舘の3町村の住民は原発事故の際、福島県内外に避難することを強いられ、そのうち応急仮設住宅に住むことになった人たちが今回の退去期限の対象となる。
つまり、被災者たちは強制的に避難をさせられて住んだことのない土地に移り住み、なんとか慣れて生活を再建したところで、今回、そのようやく慣れた家から出ていかなくてはいけなくなるのである。
今後どうするのかを聞くと、「とりあえず荷物の整理をして運んだりはしているんですけど…。どうしましょう?どこかシェアハウスとかを探すしかないのかな?もしかしたら当面はネカフェで寝泊まりすることになるのかもしれません」
Sさんたちの住む東雲の国家公務員住宅は、被災者が退去した後、国家公務員であるキャリア官僚の住居になるのではないかと見られている。
完全に壊れていない限り仮設住宅へも行けず自費らしい
https://www.nhk.or.jp/special/plus/articles/20190402/index.html
宮城県石巻市に、今も壊れたままの家に1人で住む70代の男性がいる。家の外観は特に問題ないが、1階の柱は朽ちて中が空洞だ。床も抜け落ちそうで不安を抱えながら暮らし続けてきた。
震災直後の被災地には、自宅の1階が壊れ、かろうじて残った2階に逃れた「2階族」と呼ばれる人が数多くいた。男性もその1人。自宅の1階は津波で水没し、大規模半壊と判定された。国から202万円の補助が出たがそれだけでは修理しきれずに住み続けている。
地震が起きたとき、男性は倒れてきたたんすの下敷きになり、足に大怪我を負ってしまう。けがのため避難所に行けず、壊れた自宅の2階で過ごすしかなかった。しかし、津波で生活に必要なものを流されてしまったため、厳しい暮らしに耐えかねて仮設住宅への入居を希望したが拒否されたと言う。
「市役所に行って『仮設住宅に入りたいんだけど』と申請したのよ。そうしたら『あなたの場合ダメだ』って。『何でダメなの?』と言ったら、
『あなたの場合、自分の家あるでしょ。2階で避難してたから、2階の部屋があるから2階で住んで下さい』と。」(被災者の男性)
国は災害救助法の運用基準で、仮設住宅に入居できる対象を原則として次のように定義している。
「家が全壊・流出するなどして、居住する住家がない者に供与する。」(内閣府の告示)
70代の男性は、壊れたままの家で8年間も暮らしている。厳しい環境で次第に体調を崩し、病院通いが欠かせない。医療費がかさみ、食費にも困窮している状態だ。
「うどんはね、3袋で百円なのよ。もやしは15円。もやしが一番安いのな、野菜で。おれ最近思ったのはさ、この震災になって7年目になって、自殺する人の気持ちが分かってきた。考えても考えても、生活が苦しくて苦しくてさ。生きる力っていうのが、考えれば考えるほど暗くなってきて、明るい気持ちが持てなくなったのよ。それで死んだ方が楽だなと思って。死んだ方が、何にも考えることないなと思って。」(70代の男性)
[NHK]「震災直後は夢があったけれど…」 老舗菓子店 Tさんの9年
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200311/k10012325051000.html
岩手県宮古市で老舗の菓子店を営むTさん(63)は、今回のアンケートの自由記述に「思い描いていた未来のようにはなっていない」とつづりました。
Tさんは東日本大震災の津波で自宅と店舗、そして工場を流されましたが、それでも震災の直後は前向きな気持ちになれたと言います。
Tさんは、当時の心境について、「すべてを失いましたが、家族で住宅フェアや見学会に行って再建するならどんな家がいいかと考えたりして、不謹慎かもしれないけど、楽しい、夢が持てた時期でした。店の再建もできない訳がない、お菓子屋さんをまたやるんだと、当然のように思っていました」と振り返りました。
しかし、再建は当初思い描いたようには進みませんでした。仮設住宅で不自由な生活を送りながら仮設店舗で営業を続け、震災の2年後には工場を再建。しかし、売り上げは震災前の10分の1にも届かず、不安材料だけが増えていく日々が続きました。
▽「震災1年頃までは明るい夢を持てたが、それが2年たっても実現出来ない。むなしさを感じる時が多々ある」と書き、震災3年のアンケートには「仮設3度目の冬はマイナスイメージの言葉しか思い浮かばない。全てを失った震災直後は、それでも立ち直るという強い意志と希望が芽吹いていた。当時の思いは3年で日に日にやせ細り、しおれかけている」と記しています。
当時の胸の内についてTさんは「復興のつち音が響きたくさんの人が来て復旧復興に尽力してくれていることが励みになって自分も明るい気持ちになれたが、そういう人たちが去っていくと人が減り静かでさみしくなった。売り上げがゼロの日もあり、切なくて、自分たちでお菓子を買ってレジにお金を入れたこともあった」と語りました。
それでも「完全復旧する」と意気込み、店の再建という夢に向かって進んでいたTさんに「建設費の高騰」が追い打ちをかけました。復興需要の増大などで震災前1坪あたり50万円程度だった工事費用が、2.5倍近い120万円程度にまで上がったのです。
工場に加え震災から5年後に自宅を再建し、すでに多額のローンを組んでいたTさんは、震災6年のアンケートに「歩みが減速して、1度勢いを失うと、強い気持ちを持続させるのは難しいと実感している。借金を増やしてでも店舗再建を目指すことは正しいことなのだろうか?」などと、自分が選んだ道は正しかったのかと自問自答を繰り返していた当時の心境を記していました。
震災から6年半近くたった2017年の夏、仮設店舗の退去期限が迫る中、Tさんは店の大きさを当初の計画の半分程度に縮小してようやく再建を果たすことができました。
Tさんは「店と工場が離れてしまうなど当初考えていなかったことが重なった。行政の方針が二転三転して読めないのでその時その時で対処していたら借金が1億を超えてしまった」と話しました。
ところが、ようやく戻ることができた街は思い描いた姿とは変わっていました。住宅が高台に移転し商店街もなくなったため店の周囲ににぎわいはなく、震災前は大勢いた自転車や徒歩で店に来る客は今はほとんどいません。
Tさんは「元の場所に戻ったら悪くても震災前の半分は売り上げがあるだろう」と思っていたと言いますが、震災の影響で商品の卸し先が廃業したこともあって、売り上げは震災前の3分の1程度にとどまっています。