はてなキーワード: らんま1/2とは
らんま1/2とかそういうのじゃないん
「らんま1/2」をハーレムもの漫画と捉えていいのかどうか問題: 不倒城
【1】は「主人公の好意がどこに向いているか」を問わずヒロインの数だけを見る。
【2】は「どのヒロインが主人公とくっつくか分からない」すなわち「ヒロインレース」状態を指す。
まず原義から言えば、ハーレムとは後宮を意味するのだから、【3】を指すものである。
そこから転じて「ハーレム状態」などと言うとき、それは概ね【1】を指すものであろう。
「ハーレム状態(ハーレムじょうたい)」の意味や使い方 Weblio辞書
これらと比べると【2】は由来が不明で、わりあい新しい用法なのではないかと思われる。
そもラブコメには『うる星やつら』や『ああっ女神さまっ』のように最初からメインヒロインが確定しているものと、
『みゆき』や『きまぐれオレンジ☆ロード』のようにダブルヒロインの三角関係を描くものとがある。
このダブルヒロイン系の「主人公がどちらを選ぶか分からない」という不確定要素を含むラブコメが、
『天地無用!』などを経て「多角関係」化し、ジャンルとして確立されたものが【2】と思われるが、
既に指摘されているとおり、
ハーレムものの中には『ラブひな』や『化物語』のようにメインヒロインがはっきりした作品も存在する。
すなわち「メインヒロインが最初から決まっているかどうか」はハーレムものとは無関係な切り分けなのである。
元記事のブコメを見ると「主人公に男の恋敵がいない」などをハーレムの条件に挙げている人がいるが、
やはり一般にハーレムものとみなされている作品にも男の恋敵は登場するのであって、
こうした謎条件は「ハーレムもの」をゲリマンダー的に定義するためのレッテル貼りという感じがする。
「ハーレムもの」の定義をするにあたって、各人の謎条件を考慮するとしたら収拾がつかなくなるだろう。
特に順位無しで俺が電子書籍や蔵書として購入した、漫画喫茶で読んだ、完結済みのおすすめ漫画を紹介。
(追記)
すみません。三月のライオン、終わってないんですね。リストから消しときます。
(追記2)
ブコメありがとうございます。いろいろ参考にさせてもらいます。そう言えば、手を出してないなぁって漫画もあるんで、Kindleで漁ってみます。
読んだけど、好きでも嫌いでもないので上げてない完結漫画もわりとあったりします。ブコメに上がってるのだと、フルアヘッドココやBASARA、シュトヘル、皆川作品全般は、そんな中に入ってる感じです。
ブコメに上がってないものだと、銃夢、ナルトとかBLEACHとかカイジ、金色のガッシュベル、戦国妖狐、ソウルイーター、るろうに剣心とかの著名どころもそんな感じですかね。
長編漫画を始発待ちの漫画喫茶でまとめて読むのが好きな傾向があるのでメジャーどころしかないという。漫画好きの人の参考にならなかったら、すみません(陳謝)
夏が来ると必ず読みたくなる。傑作揃いのあだち作品の中でも最高傑作だと思う。タッチ、みゆき、クロスゲーム、どれも感動しますけどね。
三角関係がほのぼので好き。ゆうき作品もたいがい読んでるけど、一番好きなのはこれですかね。俺はパトレイバーよりも好きです。
微妙にエロくてNTR属性を覚醒させられるかもしれない。隠れた名作だと思う
異能バトルもの。ゴミを木に変える能力一つで、何が出来るかって発想の豊かさが面白かった。
主人公のクズっぷりにヒロインの寿くんが振り回される姿に震えろ。
1回読んだだけでは何が何だか分からないけど、とにかく引き込まれて何度でも読み返す、そんな漫画。
僕は金次郎になりたい。色んな格闘技が出てくる異能各党漫画だけど、キャラが濃くて立ってて捨てキャラってのがいなかった。だから、最初から最後まで面白い。
多分九州くらい大きな島なんだろうな。二度読むと絶望する矛盾だらけ、勢いだけの酷い漫画なんだが、しかし丸太が無双すぎて最高のギャグマンガなんだよ。酔ってる時に読んでくれ。
異能バトルもの。単純な能力を使って工夫をしながら戦っていく展開が、どうも俺は好きらしい。決壊で妖を囲んで消滅させるというシンプルな能力の奥深さと世界観が好き。
最後の方はダレまくりだったけど、単なるバトル漫画になるまでは面白かった。
少年漫画の知恵比べ系ギャンブルゲーム漫画の中では、テンポの良さとゲームの設定の面白さが異色でお勧め。照朝ほげー
終わり方には納得いかないが、超天才テニスプレーヤーの主人公があり得ない速さで強くなっていく漫画。もう少し才能のない所を見せて欲しかったなぁとは思うけど、戦略的に戦っていく展開が好きだった。
熱い天才を描かせたら並ぶものがいない作者の名作カーレース漫画。天才が順当に天才っぷりを発揮して周囲を驚かせてくだけなのに、全然しらけないし、なんか熱いものが残るんだよねぇ。シャカリキ、め組のダイゴ、昴と、作者に天才を描かせたら本当に熱いし、どれも面白いけど、Capetaが一番熱かったです。
人間を食う化け物を倒すため、自ら化け物となって戦う少女たち。圧倒的過ぎる強敵、仲間たちとの友情、受け継がれる意志、主人公の覚醒。ジャンプらしい王道漫画ですね。アリアドネも化けてくれ。
喧嘩最強のヤクザの魂が、貧弱小僧に乗り移って大あばれ。格闘技漫画の癖に格闘シーンがつまらん漫画も沢山ある中、バトルの描写と工夫に特徴があって、トリッキーな動きと工夫が楽しいです。
天才が順当に天才っぷりを発揮するだけのゴルフ漫画。でも、Xiまでは面白かった記憶。あんま覚えてないけど。
人類を結晶化させるウイルスとの戦いと、人類同士の覇権争いに翻弄されながら、沢山の大切な人物が死ぬ鬱展開の連続でヤク中になりながら成長していく主人公が魅力的な漫画。周辺キャラが魅力的で、設定も詳細で面白かったですね。
天才クライマー三歩が、山岳レスキューに命をかける漫画。前向きで真剣でストイックな三歩を通じて山と人生のすばらしさを教えられる漫画です。読了後の感動がいつまでも消えず、いつか南アルプスでコーヒー飲みたいって気になりました。
現代医師が江戸時代にタイムスリップして、チートっぷりを発揮する漫画。様々な病を現代知識を使って解決する無双展開の中で、女性作者っぽいベタだけど心地よいロマンスもあり、医療の知識とか歴史を学べて、その辺りが気に入ってた理由ですかね。
シンドバッドの冒険をモチーフにした異能バトルものではあるんだけど、バトル描写だけ見れば少女漫画で。薄く面白くはないです。設定と世界観、キャラクタの理想同士のぶつかり合いが、練りこまれていて結構良かったなぁという記憶。
砂漠では背広がいい、ナイフは銃より近距離では強い、とか謎のサバイバル技術を駆使しながら、時には伝説の軍人として、時には保険調査員として様々な事件を解決しつつ、考古学者として自らの研究を追い求める主人公の活躍も楽しめる大人の漫画ですね。
不死身の剣士が、多彩な剣士の色物と言っていい厨二武器と厨房剣術にぼろ雑巾にされる漫画ですね。キャラクターが魅力的過ぎるんですよ。特に尸良w あんな無茶苦茶な奴、見た事ない。クライマックスに向かうにつれて、登場人物と戦闘がカッコよくなっていくのが最高ですね。吐鉤群がカッコよすぎ。
メルゼズ・ランス! 岩代さんの漫画がブレークしない理由が俺には分からない。謎のテレホンカードを使って異世界へいき、超能力を駆使して訳も分からず敵と戦う。戦いの日々の中で、異世界の真実が明らかになり・・・、面白いのになんで打ち切りなんや
タイトルに偽りなし。アホすぎて爆笑必死。ヨシコみたいな友達が欲しかった。彼女には欲しくない。
藤田作品は全て好きです。邪眼も好きだし、短編から長編に至るまでハズレがない。中でも、からくりサーカスは最高傑作だと思うよママ。
言うまでもなく名作。もっと褒めてくれ?いや、お前は叩けば伸びる男だ。
原作品は好きなものが多い。恋愛ドラマの切なさ、涙なしでは読めない苦しい展開の中で、自分を許せない主人公が甲子園を戦うクライマックスはH2にも匹敵するくらい心揺さぶる名作です。ほんとうに皆に読んで欲しい。泣け!
超能力バトル漫画。遥か未来から超文明を持ってやってきた未来人が、謎の装置で知能の低い奴を無差別に虐殺していくって設定が衝撃的でした。
グダグダ言わんと読んで泣け!元気があまりにも不幸で健気で報われなくて、がんばれって応援しながら、俺も頑張ろうと泣きながら思える。そんな漫画です。
「お願い...一日でいいから、あたしより長生きして...。もう、一人じゃ、生きていけそうにないから...。」管理人さんと出会って結婚したい人生だった。
駆け出しの和食料理人の蒼太が様々な出会いをしながら、料理人として成長していく物語。いいから雅美と蒼太を結婚させろって!
ベトナム大使の公邸料理人、大沢公が料理を通じて政治やベトナム文化に関わっていく漫画。政治と料理を関わらせながら、料理に込めた人の思いが織りなすエピソードが爽やかで読後感のいい漫画。フォアかわいいよフォア。
言わずとしれた名作。潜水艦が独立国家になる。その設定だけで熱狂した思い出があります。
超人交渉人の勇午が様々な無理難題を解決していく漫画。物語の根底にある各国の文化や歴史と、事件解決に向かう推理を楽しむのが本筋なんだけど。絶対に拷問される主人公と、関わった女は全員惚れる勢いのジゴロ属性も見どころ。
超能力バトルなんだけど、主人公の能力がしょぼい。「他人に自分の思っていることを話させる力」とかいう、どう考えてもバトルに不向きな能力で戦っていくってんだから、どうなるんだか気にならないはずがないでしょう。20巻位に膨らませて欲しかったですね。
一戦闘ごとにパイロットが死ぬロボットを操って地球を守る少年少女たちの物語。少年少女の割にはあまりにも濃すぎる人生を送るパイロットたちの物語を中心に、謎のロボットや戦う理由が明かされていくスリルが面白かった。しかし最後は鬱展開でした。
連載中は好きではなかったんだけど、一気に読み直してみると面白かった。ヒナミかわいいよヒナミ
変態!変態!変態!変態!それだけなんだが、変態が突き抜けすぎてて面白い。
4部までと、STEELBALLRUNは面白かった。神父、お前は要らん。
曹操が好きなんで、演戯視点よりは全然好き。曹操ってのは中国史で10指にはいる天才だったと思う。軍事、政治、文化それぞれ単体なら、もっと上が居るけど。総合能力の高さは天才そのもの。地味に法政に注目してくれたのも嬉しかった。作者の勢いと画力の高さが魅力でしたね。
SF漫画。ブルーホールという次元を結ぶトンネルで現代から恐竜の時代へタイムスリップした軍人科学者のサバイバル物語。原作があるだけに物語と設定は重厚で面白いです。星野さんのSF漫画はどれも面白いけど、一つあげるとしたらブルーホールかな。
カレーの知識が増えていいのと、女の子が可愛いのと、ストレスなく読める作品で読みやすいのとで、時間を潰したい時にお勧めの作品。
赤ん坊だから時に理不尽にふるまう弟と、しっかりものに見えて時に子供らしく暴発するお兄ちゃんと、その心優しい父親の物語。温かい缶コーヒーを握りしめた弟が「にーちゃああったかいねー」って言うシーンで号泣
あの糞野郎のケツに杭がぶっ刺されて貫かれて死んだシーンで、ザマァアアアアアアと叫んでしまう位、野郎は憎たらしかったし面白かった。
復帰してくれてありがとう。ゆっくりでいいんで丁寧に頼んます。
完結する気がしないけども。
活きてる間に完結する気がしないけども、糞展開化したかと思ってたら、最近、再び盛り上がっててよい。
色々な理由でついていけなくなったけど、途中までは好きだった
「景気が良いときほど暗いアニメが流行り、景気が悪いときには明るいアニメが流行る」
といった話を耳にするが、
そのような疑問を抱いた私は、
1985年からの景気動向指数(CI・一致指数・各年の12月の数値を採用)と、
私が独断と偏見で選んだ「その年に人気だったテレビアニメ」を、
並べて比較してみることにしたのだった。
これまで、思っていても口にすることさえ許してもらえなかった人達、陰で泣いていた人達がたくさんいるんだよ。
「こんなのキモい!」「私は大嫌い!」と声を上げていいし、上げられる社会にしていかなきゃいけないんだよ。
現実の人間に対して言うのはさすがにダメかもしれないけど、バーチャルユーチューバ―みたいな架空の存在について率直な思いを言ったっていい。
それに元増田さんだって排除しろとか、禁止しろなんて言ってないし。
たくさんの理系の女の子達がSTAP細胞の一連の騒動でも傷ついてきた。
牧瀬紅莉栖(Steins Gate)
ナディア・ラ・アルウォール(ふしぎの海のナディア)
カオラ・スゥ(ラブひな)
女の身体を強調して、性的なラインを人体バランスが崩れるほど大きく描いて、「お色気」みたいなセクハラして。
でも、今まで我慢してたんだよ。
あと女じゃないけど、若宮アンリ(HUGっと!プリキュア)と古賀のり夫(なるたる)もキモい。
もう我慢なんてしなくていい。
全員嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
って言うとどういのが入るんだろ?
80年代以前はよう分からんので90年代以降(ストIIとドラクエFFも便宜的に含む)だとうーん。
90年代だとナディアはジャンルコードにもなったくらいだからかなり人気?始まったのは80年代だけど、らんま1/2の女乱馬や天道 あかねあたりも入ってる?
セラムンだと、水野亜美、あと月野うさぎやちびうさあたりも入るかな?
ストIIからは春麗、餓狼伝説から不知火舞、サムスピはナコルル
DEAD OR ALIVEだと、かすみ、
サクラ大戦からは新宮寺さくら、CCさくらは木之本桜、大道寺知世
00年代なら、SEEDから、ラクス、マリューさん。フレイはどうなんだろ?死種からはルナマリアくらい?
艦これ、だと鹿島、加賀、島風あたりは十分射程で天龍、愛宕、高雄、浜風、鈴谷は微妙ラインかな?
と、思いつくままに書いてみたけど、実際どうなんだろうね?
あ、魔法少女リリカルなのはの高町なのは、は素で忘れてた。そうするとフェイト・テスタロッサもか。
東方は、まったく押さえてないのとゆっくり実況のキャラというイメージしかなくて、えと霊夢とマリサだっけ?
忘れてたつながりだと、ラブライブの面子、あと、京アニだと、けいおん!の秋山澪に氷菓の千反田える
あと、ナデシコのホシノ・ルリも当時はかなり人気だったよな・・・
エロゲーはよく分からないけどたい焼き食ってるのとか、保科智子くらいしかしらないな。エルフやアリスソフトの有名どころくらいしかプレイしてないけどあんまりここらは同人でてなさそうだけどどうなんだろ?鍵や葉っぱやサーカスとか名前くらいしか聞いたことないんだよね。
あと忘れてたのは、ロードス島戦記のディードリット、あたりか。ラノベだと、スレイヤーズのナーガやリナ=インバースあたりってどうだったの?
僕は友達が少ないは柏崎星奈。ニャル子やストライク・ザ・ブラッドの姫柊雪菜あたりかな?いやそれよりSAOの結城明日奈か。化物物語の戦場ヶ原ひたぎもひってるかな。
あと挙げてなかったのだと、初音ミクは多分鉄板、ソニ子はぎりぎり?アズレンは高雄、ベルファウスト。
グレンラガンのヨーコ・リットーナーもエロ同人ではかなり人気だったような。
あと、名前がでてこんけど、ワンピースのエロい格好の人と、20年以上現役戦士の名探偵コナンの毛利蘭もいけるかも。
とこれだけ挙げるとさすがに100そろそろ越えるか。
作品ではなくキャラ毎の人気、オールタイムで考えるとどうなんだろう?と思って色々考えてみたが、やっぱり抜けは多いなー。
同人誌販売サイトでもそういうカテゴライズ見当たらないし、検索したところ違法なUPサイトっぽい所くらいだし、そういうのは当然網羅的でもないし、最近のに偏るだろうし、定量的にどうこうは難しいので、体感になっちゃうけど。
2ndシーズンの記憶は途切れ途切れだけど、久々に見て面白いと感じた。
今はテロは茶番に感じる。けれども10年前の当時はまだリアリティがあった。
劇場版「名探偵コナン」以外、最近はほとんど出演作品を見ていない。
マネキン大佐の声にハッとする。ああ、セクシーだ。ひときわ存在感がある。
TWO-MIXのファンでファンクラブに入り、みなみさん本人のファンクラブにも入っていたからだ。
自分は低音でアニメ好き、夫は高音がいい(アニメ興味なし)と、正反対のことを言っていた。
最近、会話が成立するようになり、「ポッキーの日!」と主張するようになった。
昔、聞いたTWO-MIXのラジオの永野氏の体弱いアピールを思い出す。
次は5月5日に男の子が生まれるように試みようと思い、過ぎてしまった。
男女2人でTWO-MIX。勝手な思い込みだけど、真剣に考えていた。
離婚した配偶者の作品に主演し続けられるみなみさんは、なかなか肝が強い。
音楽活動終了の経緯は、かつてのコメントなどから、だいたいわかってる。
下世話な話だと思っている。どちらも真相は本人は決して話さないだろう。
みなみさんの声とみなみさんのボーカルラインの組み合わせが異色を放っていた。
メロディは後期より前期のほうが光っているけれど、歌はその後も進化している。
「シンフォギア」の奏さんの楽曲と演技には、本人年齢を考えると驚いた。
3か月くらい前、試しに「dTV」を契約して作品数の多さに、ひとまず再生した「名探偵コナン」で
みなみさんの新曲(歌のみ)を知った。思わず何度も聞き返してしまった。
イメージソングのカバーの「まっすぐ行く」。オンエアは現時点までに2回のみらしい。
初めて聴いた曲は「JUST COMMUNICATION」、演技は「らんま1/2」のなびき、
1997年当時、TWO-MIXよりはるかに多く売れていたglobeの新曲は、もう聴くことができない。
音楽アーテイストは、復帰やリバイバルでも、長く活動してくれるとうれしい。
本当に、完全に声優とアーティスト、二足の草鞋を履いていた期間は忙しかったと思うよ。
ただ、自分がその年齢にさしかかって「この年齢なら無理はできる」と気づいた。
その反動で、片方をやめる決断を下した理由はわかる。決定的に体力・気力が続かない。
2018年上半期興行収入No.1の『ゼロの執行人』のヒットはなかった。選んだ道も正解だった。
女性が輝く社会、人生100年時代とは、2つの仕事(仕事と育児)を
5、6年ではなく、もっと長く、例えば20年くらい続けられる世の中。
ダブルワーク、トリプルワークで睡眠時間を削っても、夢のために集中できるリミットは40歳。
普通の人も同じ。婚活・妊活を含め、40歳まで新しいことにトライして無理だったら諦める。
……と自分に言い聞かせる。
ならないと思うんだよね。
ポケモンとかNARUTOとかワンピースとか、らんま1/2とかその他たっくさんある。
コレを全世界に発信したとする。
すると、どこかの国が「似ているけど全然別物なんだ!」と主張してパクリもんを出す。
自分の国が全世界に「すごい」って伝わるのは嬉しいだろうからね。
で、こういった行動をするのは「一部のガメツイ奴」だけなんだよな。
便乗して「パクッて何が悪い」とか言う奴も居るが
たいていは「いい加減にしろよ」って自分の国にあきれてたりする。
中国は……知らないけど。
人のレベルに大した違いは無いと思う。
日本の何倍も大きい国だったらもっと大変なんだろうなって少し同情する。
ま、自分の国だって結局は他国に関係ないんだからどうでも良い存在じゃん?
なんでそんなに敵視してるのか意味が分からないよ。まぁ、戦争とか言われたなら分かるけど
歴史を辿って文句いったところで、「お前その時に実際に生きてたの?」って時代がそろそろくるよ。
いい加減、国で判別するのはやめたほうが良い。
その人の言動だけに気をつけようよ。合わないなら逃げれば良いし。
趣旨は上の通り。
自分がオタクだと自認するようになってからこっち、10年以上にわたって、オタク差別けしからんと言い続けてきた。
ここ数年、なんとなくそれに違和感を感じることが多くなってきたけれど、それでもやっぱり言い続けてきた。でも今回はっきりわかった。
オタク差別批判とか、ただの害悪でしかない。もうやめたほうがいい。
差別というのは、権力構造に根差すものであるという話をだいぶ前にツイッターで見た。
つまらない約束事のように映ったけれど、まじめに考えるとこれを踏まえないから、差別を相対化して見せては矮小化や言葉遊びにふけるような態度が出てくるのである。日本人ヘイトだの専用車両は男性差別だの在日韓国人による逆差別だの、差別者以外にとってはおもしろくもおかしくもない大喜利パズルでここ何年かでいったいどれだけ無駄な足止めにいそしんでいたというのか。ちゃんとベースを踏まえてこそ、くだらない袋小路にはまらないで済む。これはちゃんと物理を学んでいない人がブルーバックスくらいだけに目を通しただけで「矛盾」を発見し、相間さんと化すときに似ている。
今まで自分が存在していると思っていたオタク差別は、多分差別ではない。それは、いじめであり、パワハラであり、DVである。
そう視点を変えた方が、いろんなものが整合性をもって見える。中学校時代よくいじめにあっていた同級生は、オタクじゃなかった。正確に言うとオタク「も」いた。
でもそれは、そいつと俺が割と仲が良いから知っていた話で、きっかけは別のところにあった。運動音痴だから足手まといだという扱いだったり、成績がよくて生意気だという扱いだったり、DQN憧れの男の子の彼女だからだったりした。
もちろんきっかけが「オタクだから」というケースもあるんだろう。でも、それはこういったきっかけのワンオブゼムでしかない。それを、民族差別や女性差別と並べるのは、視野が広い人間ではなくただの雑な人間だ。
「差別じゃない」というのは、多分そういうことなのだ。そして、差別じゃないから批判の対象にする必要はないという話では、たぶんない。別の枠組で批判すればいい。
なのにもかかわらず、熱心にじゃああれは差別じゃないんだーという大喜利ばかりをしているツイートばかりが「オタク」から流れてくる。いや、どうしてもそこのところをわかりたくないのかもしれない。
わかりたくないのか、わかろうとしないのか、本当にわからないのか、どれなんだ。
いろいろ、「オタク差別の事例」というのが流れてきた。前なら、そうだそうだと怒りをぶちあげたであろうものがたくさんある。でもそれはどれもこれも、オタク差別の事例ではない。
そういうものを引いて行って、ある程度確実にあったんじゃないかと思えるのは、「マスコミを通じたもの」だと思う。特にバラエティやニュースを通したもの。
それで思い出すのだけど、俺の中高時代はあんまりオタクがいいとか悪いとかいう意識を持つことじたいあまりなかった。今思えば自分の机でいつも小説を読んでいて、たまたまホームページの話になったとき「私も持ってる」と言ったのでURLは?と何の気なしに尋ねたらそれはちょっと……みたいに返してきた女の子なんかはオタクだったんだろう。自分だって漫画は好きだったしオタクだったはずだ、今にして思えば。
じゃあ、そこにどうやってオタクキモイみたいな「偏見」の存在を知らされたかっつーと、漫画だったりインターネットだったり、そして「オタク自身の言説」からなんだよね。
だって、バラエティ番組なんて中二病まっさかり(高校になっても中二だったので)でほとんど見てなかったし。ニュースといってもこの手の話ってだいたいワイドショーである。やってる時間は学校にいるんだから見るわけがない。
金田一少年の事件簿には、小太りですぐキレ気味になる、「オタク」が登場した事件があった。こち亀で、美少女フィギュアを専門とする「色白でアニメ好き」なオタクが登場して、硬派フィギュアマニアのつもりな両津が逃げ出すという展開が「オチ」として機能していた回があった。名探偵コナンのホームズフリークの回は……さすがにこの文脈で語るものではないか(でも動機の酷さは「オタクなんてそんなもんだろう」という共通認識が背後にあるような気がする。知らんけど)。
テキストサイトが一世を風靡していたころ、オタクやオタクに向けられたコンテンツは叩かれる「べき」もの扱いだった。非オタク向けの、スポーツとかファッションを語るページに迷い込んだら叩かれたという話ではない。漫画の感想サイトや、漫画やゲームをメインで扱う日記サイトでの話である。
何を言っているか分からない人もいるかもしれない。例えば、ラブひなやいちご100%やBLACK CATは、軟弱な頭の弱いオタクのためのコンテンツであり、あんなものにゲヘゲヘゆってるオタクマジキモイ。ホイッスルやミスフルやテニスの王子様は腐狙いコンテンツであり、あんなものに(ry そういう話である。この範囲は結構広くて、らんま1/2やH2ぐらいでもオタク向け扱いされることがあった(もちろん、当時これらが連載されてたわけではない。あれってオタ向けの駄作だったよね―みたいな扱い)。
もちろん彼らが持ち上げるコンテンツというのもあったのだが、この文脈で実例を挙げるの風評被害でしかないので避ける。俺の好きな作家や作品も混じるし。
テキストサイトだけではなく、2ch(当時)もそんな感じだった。少年漫画板とかそのへんをよく覗いていたのだが、まあ当該作品のスレは愛読者が集まるのでそうでもないこともあるのだが(そうであることもある)、総合系スレでのオタクコンテンツ叩きはかなり強固だったし、漫画とか関係ないジャンルの板だとなおさらだった。
そういうものにどっぷりつか……もとい接しているうちにオタクというのは叩かれるべき存在であるのだなというぼんやりとしたイメージが自分のなかで出来てきた。これにもう一つ後押しするように影響したのが、自分はオタクだと称する人が、迷惑行為や触法行為のようなものを自慢しながら、「ホラ俺たちオタクだからさ」みたいに語っている文章に接する機会があったのも、ああそういう人がオタクなんだなと認識させられた。
ちょっと話はずれるけれど、当時は、オタクとマニアの違いなんていう言い方があって、オタクはそういう迷惑なものを抱えた側の人間やハマりすぎて社会に順応できなくなっている人間、というような線の引き方もあった。
これは、あくまで俺の話である。だから、他の人がどう偏見を植え付けられたかは、また別の話があるかもしれない。でも、オタク差別を煽ったものとして、「漫画」「インターネット」「オタク自身」という声を、この話でオタク差別に怒っている人の口から出てくるのを見ないのだ。
ここで挙げたのは、知る人ぞ知るみたいなのじゃなく、だれもが知る有名漫画、リドミで上位常連の大手サイト、オタク文化人として今でも名前を出せば通じる、みたいなのばかりを念頭においている(まあ当時のインターネット文化がそもそも、知る人ぞ知るなものでしたけど)。みんな、俺とは違う漫画やインターネットを見ていたんだろうか。ワイドショーやバラエティばかりを見ていた「オタク」がそんなにたくさんいたんだろうか。
本当に不思議なのだ。あそこでこんなオタクへの偏見に満ちた報道があったんですよっ!というようなツイートは大量に流れてくるのに。
これが本当に、ここ数年で疑念として大きくなった末に、今回愛想がつきた一番のポイントなんだけど。
オタクが差別を受ける構造が、あったとする。それは、ネットで語られているほどは大きくないかもしれないけれど。
それで、今、オタクってなんなんですか、と。特にネット上では、強者、抑圧する側、差別を行使する側の「集団」として機能してませんか、と。
腐女子叩きは昔からあったけれど、女叩き、中韓叩き、などは当たり前のように横行している。時々流れてくる、弱者の権利をなんとかして奪ってやろう、人権思想じたいを矮小化してやろう、という意気に満ち満ちたツイッター漫画は誰によって大量RTされているのだろう。俺のところにはだいたいオタクさん経由で回ってくるんだけど。
趣味、という切り口でみても、オタク文化を愛好する人が自分たちと関係のない趣味なら平気でdisる光景というのはそんなにたぐいまれだっただろうか。インスタ蠅なるイラストが回ってきたことがある。そもそもインスタに投稿するのが趣味になっているような女性を叩くようなツイートが回ってきたことがある。鉄オタは「池沼」「ガイジ」であるなんて言い方もある(「」内は原文の表記を尊重)。ゴルフや車などを老害の趣味だとバカにしていたりもする。そうそう、スイーツ(笑)なる言い回しはいったいどこのどういう人によって流行したんだろうか。「リア充爆発しろ」というフレーズに何げなく込められた、自分と関係ない集団への軽視に、どれだけの人が気づいてたんだろか(だって「爆発しろ」だよ。あの連中、有明に15万人集まったタイミングで奴等爆発四散しねえかなーって非オタな人が言ってそれがそっちの界隈で大好評を博したら、インターネットな皆さんの間でどういう反応が起こるか考えてみたらいい)。
そんなオタクばかりじゃないというのは分かる。というか俺がこういう文章を書いてる時点で分かれ。でも、個の話じゃないのだ。集団としての性質の話である。あれだけ、全共闘や学生運動について冷笑ぶって叩く人が追いのに、そこに気づかないってどうかと思う。あとリア充爆発しろは使ってましたすいません。
それに、そういったところで、こんなふうにちゃんと抵抗して、こんなふうに批判して、中から自浄する動きを作りました、このコンテンツからは離れましたと胸を張って言える事例、どれだけあるんですかね?俺が、ノットオールオタクと言い続けたところで、結局「自分を批判の対象から外してくださいあいつらは関係ない」と逃亡する以外に何の役回りも果たせなかったから、言っているのだ。この記事は違うよなあ~こういう作風は好きじゃないなあ~こういう物言いはよくないよなあ~と個別の案件に不満ごちてみせ、自分は違うと思う、もっというなら思ってみただけで、肝心なところからは目をそらしていたんじゃないか? そう思うんである。
逆に、そこに自覚的になったんだろうな、と思える人も何人か知っている。そういう人は、結局C.R.A.C.やツイフェミのようなところに接近し、そのやり方すべてに同意はしないまでも、見解や思想に共感するようになっていく人がほとんどだ。おそらく今回「オタク差別」に怒っている人は、この人たちを敵であり、オタク仲間と認識していないと思う。
つまり、オタク文化の加害者としての側面を見ないふりするか、オタクに勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。
C.R.A.C.の野間氏は個人的には大嫌いだし、たぶん単にオタクが嫌いなんだとは思う。でも今回ツイートの応酬を見ていて、残念ながら主張にそれなりに同意せざるを得なかったのは、こういう背景について理解できてしまったからだ。そこで突然くっちゃべられる「オタク差別」。真面目に反差別を考えている人にとっては(多分そこは真面目なんだと思う。この人)、筆算の横棒がミニ定規で引かれていないから×、レベルの見当違い感があったんではないか。野間氏の真意など知らないけれど。
そういえばその昔、本田透の「電波男」に感銘を受けながら読み進めていて、後半のほうで腐女子やフェミニストについてはずいぶん切り捨てたような言及の仕方なのに疑問を持ったことがあった。いや、フェミニストがオタクを差別している、という文脈で批判してるなら理解できるんだけど、そうじゃなかったから。権利意識を持つ女性自体が許せなさそうだった。その後「電波大戦」で喪女についての話題が出たとき、対談相手の竹熊氏がわりと真面目に実態について話したりしているのに、「困ったモンですね」で終えているのを見て、クジャクヤママユを盗み出した同級生を見る眼つきになったのを覚えている。だってそこで語られてる喪女、本田氏が救済しようとしてやまない喪男と違わないのに。
そのあとしばらくは新刊も買って真面目に読んでたの、それもどうよって話だけど。
10年くらい前に、俺たちの麻生なるムーブメントがあった。別に政治家を持ち上げること自体は好きにすればいいんだけど、そこでは当人が積み上げた迷言失言差別発言をすべからく許容し、批判したマスコミへの叩きが横行していた。正直、あの政治家のどこがいいのかさっぱり分からなかった。
当時はオタク系個人ニュースが全盛期。そういったサイトの管理人は、麻生氏を擁護するまとめブログエントリを紹介しては、叩かれていて困ったものですねぇ、正論なのに、というようなコメントをこぞってつけていた。オタク気質の知り合いなども、熱心に自ブログで擁護していた。
あれから10年たった今も、麻生氏は差別発言や侮蔑発言を繰り返している。あれを見ていて思うのは、この人は息を吸うようにハラスメントをする人なんだな、ということだ。それは、昔も同じだった。だから、どこがいいのかさっぱり分からなかったのだな、と腑に落ちたのだが、同時に当時持ち上げていた人たちにとっては、「だから良かった」んだろうかしら、とぼんやりと邪推してしまう。
今回オタク差別について怒っているツイッター主の中に、表現規制反対などをめぐっての発言をしばしばしているアカウントがいくつかいる。いずれもその界隈ではそれなりに大物だと思う。そして、俺のチェックしている反対派がぼんくら揃いなのかもしれないけれど、ヘイトスピーチの言論の自由を唱え、ポリコレで何も言えなくなることを憂い、自分に関係ないところでの言論の自由に興味がないかむしろ規制されることを望み、性差別についての提起が出てくるとそれについて考えるより先に提起者の揚げ足を取って袋叩きにするような人たちが勢ぞろいである。さすがに全部きれいに当てはまる人は少数だけれど。そんな反差別運動(別にあの界隈に限らず、そういう発想自体)が大嫌いな人たちが、当然のように主張しだすオタク差別批判、いったいなんなのか。ただ、差別社会の中で特権階級になりたいだけじゃないのか。
そういえば、これはある程度年配のオタクということになるけれど、昔(主に90年代くらい)のバラエティはこんなにおおらかだったのに、今はポリコレがうるさいせいでつまらなくなった、というような声が時々ある。なぜか、そういうつぶやきをしている人が「昔はオタクをバカにする表現に寛容でよかったなあ」と語っている声を聴かない。今回オタク差別が話題になって、バラエティなどでのオタクの扱われ方という話はけっこう出てきているのに、いない。どこへ行ったんだろう。
オタクと差別、という組み合わせでオタク文化っぽいものを思い返してみると、そんな案件ばかりが、思い出されてくるのだ。
反差別のために立ち上がったオタク、というのはそれなりの数知っている。そういう人はオタクかそうじゃないかを越えたところのつながりで、反差別をやっている。でも、オタク差別けしからん以外の「反差別」がオタク文化の中心的な動きとしてあったところを、見たことがない。差別を煽り、偏見を煽り、強者に諂い(自分たち以外の)弱者を嘲笑する、そんな動きならいくつも思い浮かぶのだけど。
あ、一つ思い出した。(反差別とは少し離れるかもだけど)フリーチベット、フリー東トルキスタン。
残念ながら、反中のダシ以上のものであった記憶はないけど。ああいうの、真面目なチベットや東トルキスタンにおける人権運動家に失礼だったんじゃないか。
こんな「オタク差別批判」に大真面目に同意したところで、反差別には一ミリもつながらなさそう、むしろ後退させる役割しか果たせなさそうである。メディアを通した差別はもうかなり減ってるといわれるし、それ以外のものはオタク差別というくくりより別のくくりで論じた方が有意義でより広い被害を論ずることができるようだ。となるとオタク差別なるものに拘る理由はない。
もしかしたら、こんなことは本田透の2冊目の著書におかしさを感じた時点で、たどり着かなければならなかったのかもしれないけれど。
元増田です
これ以上詳しく書くと本当に特定されそうですが、みなさんからたくさんのご意見ご感想をいただいたので追記をしようと思います
先日も書きましたが、「司書教諭」は教員です。ピアノが弾ける先生や外国人教師と英会話ができる先生がいるように、先生方の中には司書教諭資格を持っている教員がいます。みなさんのイメージする「司書の先生」はこの司書教諭ではありませんが、場合によっては図書館の運営に深く関わります。私の学校の司書教諭はとても忙しくあまり一緒に仕事をする機会はありませんが、私が作った図書館のおたよりの添削や購入本の精査などをしていただいています
私がおたよりに「○○小学校に新しい本がやってきたよ!読んでみてね!」と書くと赤ペンで「新しい本を購入しました。ぜひ読んでください」と直されます
購入する本を選ぶ際も、うちは図書費が少ないので、購入する本は学習に使える本が最優先、絵本や小説は二の次で、それらを買う際も挿絵が今時っぽくない、ためになるような本を選ぶこと、という感じのことをよく言われます
子どもたちや先生は「校庭の畑に野菜を植えるので、授業で野菜について調べることになりました。野菜の本を貸してください」「自由研究に使える本はありませんか?」「慣用句が書いてある本はないですか」といった風に相談に来ることが多いのでそんな時に対応できる本を揃える必要があります。娯楽のための本を購入する余裕はあまりありません
ただ、他の学校の司書さんからは「クラゲの図鑑とキノコの図鑑と虫のうんこの本、面白そうだから買っちゃった!」という話を聞いたことがあり、選書については予算の都合だとか校長教頭、司書教諭の先生との関係にかなり左右されると思います
教育委員会に喧嘩を売れば好きな本を買えるのかもしれませんが何分非コミュの文化系なのでそこまでする気力と体力はないです
私が小学生の時は図書館でゾロリ、○○のひみつシリーズ、怖い話の本、恐竜図鑑、精霊の守り人シリーズ、シートン動物記、あらしのよるにシリーズ、はやみねかおる作品などを読んでいました
貸し出しはできませんでしたが名探偵コナンやらんま1/2などの漫画本もあり自由に読むことができました
中学校では主に星新一を読み漁っていましたが図書館にはキノの旅やアリソン、バトルロワイヤル、小説版金田一少年の事件簿、小説版鋼の錬金術師、当時はまだ完結していませんでしたが既刊分のNo.6などが置いてあった記憶があります
時代だったのでしょうか。出身小中学校の図書館が今どうなっているかは知りません
私が赴任した小学校には守り人シリーズが最初の1巻しかなく、大変寂しく思ったので購入しました。読書好きな高学年の子がたびたび借りてくれています。私自身は別にゾロリでも何でも読めばいいと思いますがそういった考えを公にすると意識が低いとみなされるのであまり大声では言えません
ささやかな抵抗として、集英社の学習漫画日本の歴史シリーズ(表紙絵が荒木飛呂彦さんの聖徳太子で一時期話題になったあれ)を、漫画であることを隠してお堅い歴史本であるかのように見せかけ購入希望を出し、司書教諭の検閲をかいくぐって購入しました
また、「漢字どころかカタカナもまともに読めないような小さい子が、挿絵もルビもない重厚なファンタジー小説を借りようとする」件について補足ですが
カタカナも読めない、というのは学年や年齢ではなく個人にかかっています
決めつけているのではなく本当に読めないのです
図書館に来るのは読書好きな子や教室に居場所がない子とは限りません
暖房目当てでたむろしに来る子、読書も国語も大の苦手だけど虫や乗り物の写真が見たいから来る子、学校内で堂々と漫画(ブラックジャック)が読める場所だから来る子、雨が降っていて外で遊べないから仕方なくきた子、貸し出し冊数を自慢したくて借りては読みもせずに返し借りては返しを繰り返す子、担任に本を借りろと言われて嫌々来た子、さまざまな子がやってきます
本当に読めないし読む気もないのにキラキラしてかっこいいから借りて自分のランドセルの中に入れたいという理由で借りることがあります
貸し出すことの是非は一旦置いておいてそういう子もいるんです
今まで何度か業種を伏せて上司との軋轢等をはてな匿名ダイアリーで愚痴らせてもらいましたが、そのたびにぽつぽつと励ましのトラバやブコメをいただいています。今回、私に対して「辞めちまえ」「今すぐ首を吊って死ね」「殴り殺してやりたい」と思った方の中にも過去私にあたたかいトラバやブコメをくださった方がいらっしゃると思います。その節はありがとうございました
司書に幻滅した、がっかりしたとのトラバもいくつかありましたが
予算の潤沢なところは魅力的な絵本や小説が山ほどあり、複本も多く用意されており図鑑も何でも借り放題でこういった禁則事項は少ないと思います
元増田で列挙した実例は「別の学校の司書」「司書教諭」「司書教諭ではない先生」の発言が混ざっています。すべてが司書の発言ではないです
私は小学生の時からずっと司書になりたくて、その夢は無事に叶ったのですが、最近本当に頭がおかしくなりそうです
皆様に言わせるともうおかしくなっているのかもしれませんが
ヒロインて、帽子だったりリボンだったりヘアバンドや髪飾りつけてるの多くない?
90年代は同級生の桜木舞、同級生2の鳴沢唯、藤崎詩織、神宮寺さくら、月野うさぎ、ミスマル・ユリカ、ホシノ・ルリ、セイバーマリオネットJのライム、惣流・アスカ・ラングレー。
00年代だと天海春香、ハルヒ、禁書のインデックス、高町なのは、ラクス・クライン、グレンラガンのヨーコ・リットナー、けいおん!の唯、戦場のヴァルキュリアのアリシア・メルキオット
10年代だとISの篠ノ之箒、イカ娘、まどマギの暁美ほむら、ラブライブ!の高坂穂乃果、花咲くいろはだと松前緒花、リゼロのレム
もちろん、そうでないヒロイン、90年代なら天空のエスカフローネの神崎ひとみ 00年代ならルナマリア・ホーク、10年代でもファランギースみたく特に何もつけてないヒロインもいるけど。
それなりの長期間続いてる傾向っぽいけど、定量的に調べたらどうなんだろう。
キャラデザ的に、頭に何か付いてるほうがシルエット的にも目立つからかな?
追記 やっぱり識別性かー。あと頭につけるものでキャラ性を出せるってのもあるのか。実写だとあんまりないよね?ぱっと浮かぶのは少女鉄仮面伝説くらいかな。
女性作家はあまり明るくないけどCLAMPの木之本桜あたりは結構色々つけてたよね?
あとマクロスFとかもステージ衣装ということか色々変えてたね。
そういうのじゃなくて継続的にヒロインの髪型が変わるというとらんま1/2、エウレカくらい?ハルヒはさすがに違う気がする。
昨今ハヤリの、オタクの内ゲバじみたネットの「漫画ポリコレ論争」って、
どうもそもそも両者が「共有してる認識」からして古い感じがある。
この数年でとっくに「オフェンド(排撃や差別)されない楽しさ」って方向に
シフトしてるんだけど、なんかそういう視点はあまり見られない。
例えばアニメ化されてる「斉木楠雄のΨ難」「境界のRINNE」などは、
国内でも海外でも「キャラクターの扱いが差別的じゃないのが好き」って感想を
ネットを見てるだけでもかなりいっぱい見かける。
「理不尽な暴力は笑いに繋がらないと学んだ」と作中人物に言わせてもいて、
その辺かなり自覚的に合わせてきていることが伺える。
面白いのは、「RINNE」の作者は「らんま1/2」の高橋留美子だということで、
「古き良きエロコメ」の中核を担った人物であるはずなのだけど、
昔の読者が終わった作品の呪縛から未だに逃れられていないのは、
もちろん実際には両作品ともにまだまだ誰かを傷つけていそうな部分はあるし、
特に海外の感想は好意的な誤読と言うか、主に文脈を理解してないという理由で
ともあれそういうトレンドは確実に既に来ていて、結果も出しているのに
先日、
http://shouyutechou.hatenablog.com/entry/2017/06/10/003839
この記事を見て臨機応変につける量を変えればいいのかと学んだ。
というかこれを見るまでどっぷり浸けてた。
というわけで早速そば屋に行った。
【一昨日行った店】
さるそばを注文。
「俺、つゆの味わかるかな……」
とっくりに入っている量も少なく、見た目も味も濃い目。
そういえば、いつもいくそば屋のつゆはたっぷり入っていて、なるほどそういうことかと納得がいった。
そしていざそば1/3!!
いや、美味かったです。
濃い目の汁をちょっとつけてすすれば最高でした。
七味もそばにかけて食べたけどこれまた最高。
【昨日行った店】
ざるそばを注文。
出てきたとっくりにはつゆがたっぷり。
舐めてみるとこちらは薄め。
むむと思って食べてみたけど、こちらはたっぷり浸けて食べると絶妙なバランスで美味しかったです。
今まで意識していなかったけど、
つゆが濃いお店はそばの香りが強い
つゆが薄いお店はそばの香りが低い
というパターンなのかしら?
だからすぐにコツを掴んで料理やスポーツができるようになったのは自然なことだがハヤテを殺しかねないほど重度のメシマズ女だったナギが料理上手になってしまったのは少し残念な気もする
連載開始時点で既に「ヒロインと言えばメシマズ設定」みたいな風潮はすっかりなりを潜めていたが時流に抗ってでもナギをメシマズ女にしたのは、畑の好きならんま1/2のメインヒロインであるあかねを意識しているのだろうか?と勝手に思っていた
(そもそも三千院って名字はスケート回のあいつが元ネタなんだろうしあの話の乱馬にそっくりな服をナギが着てる話があったと思う)
そんなナギがあっさりと音無響子さん並のメシウマ女になってしまった