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はてなキーワード: 風景とは

2016-05-25

少女バイオリン

今日は僕の思い出話を聞いてもらおう。

もう、15年も前になるだろうか。小学校卒業式謝恩会だったと思う。不登校気味だった同級生女の子が、バイオリン演奏することになっていたのだった。それまでいつも、ぽかんとあい彼女の机を見てはたして僕はその子のことを何秒間考えたことがあっただろうか。不登校気味のあの子が着飾って堂々とバイオリン演奏するとは想像できたのだろうか。必死演奏する彼女の姿をみて、僕は心のどこか深い部分を打たれたのだった。だから、あの子エルガーの「愛の挨拶」を演奏していた瞬間、弓を引く腕は真っ白で、その腕に掛かった髪はどこまでも黒かった。

僕はまったく楽器ができない。小学校で習ったリコーダーすらまともに吹けなかったが、あのバイオリン演奏する風景はとても好きだった。あの子私立中学へと進学してったから、それから行方を聞いたことはない。いまあの子はどうしているんだろうか。ふと蘇った思い出。

顔とかははっきり写してないんだけど、誰かを風景になじませて撮ってインスタにポエム付きで上げるのってどうなの。

それともいちいち声かけて撮ってるのだろうか。

都会に残る塩田風景

朝起きると片方の鼻が詰まっていた。油断すると鼻水がツーッっと垂れてくる。

鼻水が口髭に付着すると、ビル風によって乾燥し、塩が結晶化する。

日照時間が長くなるこれからの季節、塩の出荷量は最盛期を迎える。

2016-05-24

写真嫌いには生きづらい社会

写真嫌いってのは正確じゃないな

旅行なんて行けば一眼レフカメラで何百枚って写真撮ったりするし

しろ好きな方かもしれない


ただ

写真を撮らるのが嫌いなんだ

妻もそれは同じであり

そもそもその「写真嫌い」の大きな原因は自分容姿に対する自己肯定感が欠けているところだ

さらにいわゆる「写真写り」なんてものは撮る側よりも撮られる側の習熟度が大切であり

「撮られ慣れていない」我々夫婦写真写りはそれはもうひどいもの

さら夫婦揃ってダイヤルアップ接続の頃からインターネットに入り浸っていたタイプなので

ネット上に自分写真を上げることはフリー素材になること」という印象を持っており

SNS写真を上げる習慣もない

私としては妻の容姿特別ひどいとも思わないし

是非写真におさめたいと思うのだが

写真を撮られたくないという気持ちはよくわかるので

お互いにお互いの写真はなるべく撮らないようにしている



でもたいてい「こないだ妻と旅行に行った」という話をして

写真見せて」と言われたら

それは

旅先での綺麗な風景や珍しい物の写真

ではなく

嫁(あるいは自分と二人)が写ってる写真なのだ


ないものを見せろと言われても困るので

「ない」と答えるか

なんとか探し出して何かの拍子にたまたま妻が写ったような写真を見せるのだが

周囲の人たちには「旅行に行ったのに人(妻やあるいは自分)の写真を撮らない」

ということが理解できないようで

私が頑なに写真を見せたくないと思われているようだ

ついには「増田の話している妻とは想像上の人物なのでは」と噂される始末だ


カメラ付き携帯電話ほとんどの人、ましてや私のような20代ともなるとカメラついてる上に容易に画像を交換できるスマートフォンをほぼ全ての人が所持している時代になった

そしてその時代がもたらしたのは

「人物の写真を撮らない人間変人

という風潮だったのだ

2016-05-23

『レヴェナント』のテーマ考察

『レヴェナント』を観た。

監督の前作『バードマン』に比べて難解で、現段階ではテーマがさっぱり分からないのだが、主に海外サイト議論を参考に、テーマ考察をまとめておくことにした(これを踏まえてオーディオコメンタリーインタビューが出るのを待つことにする)。

そこで以下、結論難解な理由、様々な視点から問題提起、現段階で考えられるテーマ妄想)の順に書いていくことにする。

1. 結論(先出し、めんどくさい人はここだけ読めばOK)

考えながら書いたので、思ったより文章が長くなってしまった。結論を先に書いておく。

(1) 『レヴェナント』はどういう物語

『レヴェナント』をそのテーマに基づいて要約すると次のようになる。

主人公グラスは、その人生の全てであった息子ホークを殺されたことで、生きる意味を見失い、死亡する。 しかし、息子を愛する気持ちにより、死と再生を繰り返し、野生動物に生まれ変わってまで生き残り、宿敵フィッツジェラルドのもとにたどり着く。

最後の戦いではフィッツジェラルド瀕死の重傷を負わせた末、神の代行者リーによる神罰を引き寄せ、息子の敵を討つ。 息子を失い、復讐という目的も失ったグラスの精神崩壊し、(ブチャラティ的な意味で生き延びていた)肉体もついに死を遂げる。

(2) 『レヴェナント』のテーマは何か

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2. 難解な理由

(1) 単純なテーマに落とし込みづらい

『レヴェナント』のストーリーを単純に言えば、「復讐心に捕らわれた男が、大自然の中で死闘を繰り広げるが、最終的に復讐をやめる話」である(図式的に表現すれば、『大いなる勇者』+『デルス・ウザーラである)。

このストーリーを見たとき、すぐ連想するテーマは、①復讐のむなしさであったり、②大自然と対比された文明批判である

しかし、①復讐のむなしさがテーマだと言い張ることには疑問が多い。というのも、(後述するように)復讐をやめた後の主人公の表情は発狂寸前のそれである復讐を完遂して破滅するか、中止して救われるかの方がテーマとしては明確なはずである)し、監督自身インタビュー復讐物語を描くこと自体には興味がないと答えているからだ。

さらに、②文明批判テーマだと言うのも苦しい。というのも、この映画には文明に対する疑問が提示されることがないからだ(『デルス・ウザーラ』のデルス、『大いなる勇者』のジョンソンのように、文明対立する人物が出てこない)。

ということで、『レヴェナント』は単純なテーマ理解することが困難である

(2) 解釈に影響を与えそうな要素が満載

『レヴェナント』は昔の映画からたくさん引用をしている上、宗教的意味ありげな要素がたくさん散りばめられている。さら監督過去作品との整合性まで考慮に入れるとすると、どの要素にどの程度力点を置いて物語解釈すれば良いのか分からないという問題があり、これがテーマ理解の妨げとなっている。

(3) 特にタルコフスキー引用が難解

(2)と関連するが、『レヴェナント』ではタルコフスキーの諸作品(『僕の村は戦場だった』、『鏡』、『ノスタルジア』、『アンドレイ・ルブリョフ』)から引用が多数なされている(これを分かりやすくまとめた動画がある:https://vimeo.com/153979733)。

しかタルコフスキー作品と言えば、それ自体が難解映画の筆頭である。そこから引用となると、どういう意図なのか(タルコフスキー意図をそのまま継いでいるのか、ただタルコフスキー表現が気に入ってやりたかっただけなのか)が皆目検討がつかないのだ。

3. 様々な視点から問題提起

そういうわけで、『レヴェナント』は難解な映画なのだが、海外ファンサイトでいくつか有力な問題提起がなされていたこから、これをいくつかまとめておく。

(1) [視点Ⅰ] イニャリトゥ監督過去作品から見る

ア. うまくいかない親子の関係

まず、イニャリトゥ監督過去作品では、「うまくいかない親子の関係」が描かれることが多い。

監督の前作『バードマン』では、監督そっくりの父親が、娘に全く愛されず尊敬もされていないことに気が付き、悩む様が描かれる。また、デビュー作『アモーレス・ペロス』では、マルクスそっくりの元反政府活動家が、活動のために家族を捨てたことで愛する娘と会えず、悲しむ様が描かれている。

これらの作品に比べ、『レヴェナント』は異質である。というのも、主人公グラス(ディカプリオ)と息子ホークの関係は互いに愛し合っているからだ。

この点をどう評価するのかがまず1つの問題である問題点α)。

イ. 死と再生

前作『バードマン』で、主人公は、演技に悩んだ末、舞台拳銃自殺をする場面で、拳銃実弾を込めて自分のこめかみに発射する。その死を賭した演技が絶大な評価を受け、主人公は自らの弱さの象徴であるバードマンを打ち倒すことに成功する。

こうした死と再生イメージは、映画でよく用いられるモチーフである(『鏡』、『8 1/2』など)が、『レヴェナント』ではこれが3回(数え方によっては2回とも4回とも)も行われる。

① 熊に襲われ瀕死となり、フィッツジェラルドに埋葬されるが、立ち上がる。② インディアンに追われ、川に流されるが、生還する。③ 崖から落下したのち、馬の中に隠れ、回復する。

ではそれぞれ、何に生まれ変わったのだろうか。前作『バードマン』で主人公は、拳銃自殺ギリギリのことをすることで、弱さ(バードマン)を克服した強い人間に生まれ変わった。では本作ではどうか。

これについて、海外サイト面白い考察があった。グラスは死と再生を繰り返すたびに、野生動物に生まれ変わっているというのである

(ア) 熊

まず最初にグラスは熊に生まれ変わっている。その表れとして、グラスは熊の毛皮を着て、首に熊の爪のネックレスをしている。さらに川で魚を手づかみにし(木彫りの熊)、それを生のまま食べている。

(イ) 狼

次にグラスは狼に生まれ変わっている。その表れとして、インディアンバッファローの肉をもらう際、四つんばいになって人間にへつらっている。そしてインディアンが肉を投げると、これを貪るように食っている。

(ウ) 馬

さらに、グラスは馬に生まれ変わっている。これは冷たい夜を生き抜くために、馬の死体の中に隠れ、後に這い出ていることから明らかである

(エ) 謎の肉食獣

最後の戦いにおいて、グラスは牙と爪で戦う肉食獣に生まれ変わっている。これは、銃を放棄し、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることに表れている。

上記の見方はそれ自体面白い見方だと思うが、これによって何が言いたいのか、というのはまた1つの問題である問題点β)。

なお、グラスが当初の瀕死状態から山を走るところまで回復するのは、死と再生を何度も繰り返すからだという見方があった。

(2) [視点Ⅱ] タルコフスキー引用から見る

先に貼った動画https://vimeo.com/153979733から明らかなように、『レヴェナント』ではタルコフスキー作品から引用が非常に多い。

そのうちよく解釈に影響を与えそうなものとして挙げられるのは、「宙に浮く女性」、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」、「鳥」、「朽ち果て教会」、「隕石である

このうちここで取り上げたいのは、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」である。他の引用解説が面倒くさすぎるので各自ぐぐってほしい。

この表情の元ネタは、『僕の村は戦場だったである。この映画主人公イワンくんは、ソ連少年兵であるが、母と妹をナチスによって殺害されている。問題の表情は、そんなイワンくんがナチス相手戦闘を仕掛けるシミュレーションを1人でしていたときのものである

まり、この表情は、純粋で愛に満ち足りていた少年の心が、ナチスへの復讐心で歪み、壊れかかるときのものである

これをそのまま『レヴェナント』のグラスに類推するならば、グラスの心は最後の戦いの後、壊れかけていたことになる。

しかし、『僕の村は戦場だった』と違い、『レヴェナント』では復讐を止めた後にこの表情をしている。そのため、イワンくんの内心をそのままグラスに類推していいものか、グラスは最後にどういう心境だったのか、という問題が生じる(問題点γ)。

(3) [視点Ⅲ(おまけ)] 監督目標から見る

イニャリトゥ監督インタビューで、目指している映画として以下の5本を挙げている。

黒澤明デルス・ウザーラ』② コッポラ地獄の黙示録』③ タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』④ ヘルツォークフィッツカラルド』⑤ ヘルツォークアギーレ/神の怒り』

共通点は、いずれも撮影に困難が伴った映画であるということである

①『デルス・ウザーラ』では秋の風景を撮るはずが雪が降ってしまったためソ連軍を動員して人口葉を木に付けた、②『地獄の黙示録』では台風でセットが全て崩壊した、③『アンドレイ・ルブリョフ』ではソ連当局検閲が通らず製作から公開までに10年以上の歳月を要した、④『フィッツカラルド』では実際に巨大蒸気船を滑車を使って山越えさせた、⑤『アギーレ/神の怒り』では撮影過酷から引き上げようとした俳優を銃で脅した、などなどの多数のエピソードがある。

そうすると、「テーマとかどうでもよくて、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃ・・・」という疑念が湧いてくるのである問題点δ)。

(4) [視点Ⅳ] 「復讐神の手にある」の意味から見る

これはグラスが途中で出会った一匹狼のインディアン言葉だが、意味は正直言ってよく分からない。

ただ、ラストシーンでグラスが復讐を委ねた相手インディアンリー誘拐されたポワカの父親である。このことから海外サイトの中には「リー神の手、すなわち、神の復讐の代行者である」との解釈が多く見られた。

(5) [視点Ⅴ] グラスの生きる意味から見る

イニャリトゥ監督作品テーマはいずれも生きる意味にまつわるものであるが、この点に関してグラスが2つの重要言葉を残している。

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

息子が全てだったという台詞は、グラスの生きる意味が息子にあったことを示している。そしてこれは、デビューから親子の関係を描き続けてきた監督自身言葉でもあるだろう。

息子がフィッツジェラルドによって殺害されたことで、グラスは生きる意味を失う。代わりに「復讐」という意味見出したかのようにも見えるが、それによって再生した姿は上述したように、野生動物の姿である

このことからすると、私は既に死んでいるという台詞は、「生きる意味を失ったことで、人としては既に死んだ」ということを意味するのではないだろうか。

(6) [視点Ⅵ] グラスは死んだのか論争から見る

海外サイト掲示板などで最も熱く議論されている論点は、グラスは死んだのか?という点である

これが問題となる理由は、①復讐モノの物語復讐者の死で終わる場合が多いということと、②戦いに勝利したとはいえグラスも致命傷を負っていること、③スタッフロールが始まってもグラスの吐息が聞こえること、といった事情があるからである

さら映画外の理由であるが、④前作『バードマン』においても主人公最後に死んだのか死んでいないのかで論争があったこともこの議論に影響を与えている。

死んだ説に立つ人は①②の事情を挙げ、死んでないよ説に立つ人は③④の事情を挙げている状況にある。

しかし、これもテーマとの関係で考える必要がある(問題点ε)。

4. 現段階で考えられるテーマ妄想

これらを踏まえて、現時点で筆者なりに『レヴェナント』のテーマについて考察してみたいと思う。

(1) 問題点α:監督過去作と違い、『レヴェナント』では親子(グラスとホーク)が愛し合っている。これにより、監督連続して掲げてきた「親子」というテーマ消失・変容したか

結論

① 『レヴェナント』においても主要テーマは「親子」である

「親子」というテーマは『レヴェナント』においても依然として維持されている。

その根拠は、(a)グラスの息子ホークというキャラクター史実存在していないのにわざわざ登場させたこと、(b)監督インタビューに対して、息子を登場させたのは親子関係を題材にすることで物語がより複雑で充実したものになると考えたからだと答えていること、(c)デビューから前作まで延々親子関係テーマにしてきた監督が、ここに来て生涯のテーマを捨てたとは考えにくいこと、である

② しかし、「親子」というテーマに対する切り口が、前作までとは違う。

前作までの切り口は、分かり合えない親子の問題をどう解決するか、というものであった。『レヴェナント』はそうではなく、子供を生きる意味としてきた親が、子を喪失したとき、どうなってしまうのか、という切り口で「親子」というテーマに迫っている。

その根拠は、(a)グラスが息子ホークが人生の全てであったと言及していること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(2) 問題点β:グラスは死と再生を繰り返す過程野生動物に生まれ変わっているが、これは何を表現しているのか。

結論:息子ホークを失ったことで、グラスが生きる意味喪失し、結果、人間としては死んだということを表現している。

その根拠は、(a)野生動物へと生まれ変わるタイミングが、息子ホークを失ったことをグラスが認識した時点からであること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(3) 問題点γ:ラストシーンでのグラスの表情の意味は何か。

結論:グラスの精神が壊れ(かかっ)ていることを意味している。

その根拠は、(a)元ネタである僕の村は戦場だった』のイワン少年がやはり精神が壊れかかったときにこの表情をしたということ、(b)息子ホークという生きる意味に加え、復讐という一応の生きる目的さえ失ったグラスには、これから生きる意味が何もないこと、である

(4) 問題点ε:グラスは死んだのか。

結論:グラスは死んでいる。

この問題は前作『バードマン』で同様の問題が争われたときと同様、作品テーマから考えなければならない。

前作『バードマン』で主人公の生死について争いになったとき、生きている説が有力となった理由は、作品テーマが「『中年危機』を迎え、娘ともうまくいっていない父親が、この先どう生きていけばいいのか」というものであったという点にある。つまり主人公が死んでしまうとこのテーマとの整合性が取れないのだ。

しかし『レヴェナント』では、主人公は既に自分は既に死んでいる旨を明言し、生きる意味を新たに獲得した様子も認められず、その心は壊れかけている。

ここから解釈が分かれるところだが、『レヴェナント』のテーマは「親が子をいかに愛しているか」という点にあるのではないか

グラスは本人が言うように、息子ホークの死亡を確認した時点で、死んでいた。それにもかかわらず死と再生を繰り返し、フィッツジェラルドのもとにたどり着いたのは息子を愛する精神の力(つまりジョジョ5部のブチャラティ的な意味で生きていただけ)によるものではなかったか

フィッツジェラルドを打ち倒し、インディアンリーによる神罰を引き寄せた時点で、彼の精神崩壊し、肉体的にも精神的にも死亡したのではないだろうか。

(5) 問題点δ(おまけ):監督は、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃないの?

結論:それはインタビュー見てるとそうかもしれない・・・。

5. 結論(再掲)

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2016-05-22

シムシティにない

都内をあとどもなく歩いて過ごすと、似た景色を目にする。

JRAの場外馬券売り場、ウィンズだ。ウィンズの周りの風景銀座だろうが、野毛だろうが、浅草だろうが、渋谷だろうがまったく同じで、驚きもない。時代関係ないだろう。いつだってウィンズの中に、外にいる人たちは、「ウィンズにいる人たち」と形容できる。

賭け事を適度に楽しむ、というのは、非常にむつかしいことなのだ。

2016-05-20

男性痴漢の怖さを伝えるたとえ話を考えた

冬頃だったか、『男性痴漢の怖さを伝えるたとえ話』として、『女性男性をいつでも咬みつく世界』っていうのを見た。

 

 

それは、わたしとしてはイマイチぴん、と来なかったし、

実際、『美女に咬まれるならご褒美です』と言う男性も見かけたりしたので

わたしとしても同じくたとえ話を考えたのだった。

 

  

一般的エロ』と『BL』の立場が逆転した世界

 

あなたは、17歳の健康優良男子である趣味野球とかサッカーで、太陽の下で爽やかに汗をかく。最近クラスに気になる女の子なんかもいる。

 

 

あなたはふとコンビニに立ち寄った。若い女性が笑みを浮かべて、雑誌コーナーの角に常設されたBLコーナーで18禁BL立ち読みしている。

それは日常にありふれた当たり前の風景なのだが、エロBLの表紙に浮かぶ『健康野球少年鬼畜コーチにゆっくり脱がされて……?』なんて見出しを目にしてしまった時は

ああ、俺はなんて失敗をしてしまったんだろうと自分を責めた。

胸に感じる不快感は、自分がうっかりあのコーナーを見てしまったせいだ。あれは見てみぬふりをしなければならない。

そもそも、何でコンビニ18禁BLコーナーがあるのか、という問題提起をすることはなかった。生まれた時からある、当たり前だからだ。

 

 

 

あなたには仲の良い友達がいる。それは、クラスメイトかもしれないし、部活仲間かもしれない。

あなた電車通学だ。友達と一緒に電車に乗り、他愛もない話をしながら下校している。

ある日、あまり友達の話が面白かったから、少し過剰にスキンシップをした。それは、頭を撫でたりとか、胸を叩いたりとか、そこまで派手ではないアクションだ。

しかし、瞬間近くにたまたま居た女性が、鼻息荒く傍らに居た、彼女の友人らしい友達に話しかけた。

「ネェ、あの子たちどっちが攻めかしら!」

「えーわたしは髪が短い子かなぁ」

そこから先は、あなた友達の濡れ場が、さも楽しそうな猥談として展開された。近場に居る人はそこそこ耳にしているはずなのに、誰も彼女達を咎めない。

それどころか

「ちっ……公衆面前でイチャつくからこうなるんだよ」

と、あなた友達を責めるような声まで聞こえた。あなたはたまらなく恥ずかしくなって、急いで次の駅で降りた。

 

 

降りた駅で、友達と話した。

「一緒に下校するのやめようか」

「ええ、俺はなにもわるいことしてねぇよ! おかしいのあの腐れた女たちだろ!!」

あなたはそう抗議したが、友達はその日以降一緒に帰ってくれなくなった。

 

 

悔しくなったあなたは、いくつか上の兄に相談をした。

「あのなぁ、人様の見えるところで過剰なスキンシップを取るお前が悪い。俺だって課長に目を付けられないように注意して……」

しかし、兄の職場愚痴に変わってしまった。

兄は兄で、仲の良い同僚と一緒に居ると、セクハラ上司として名高い課長に「やっぱり兄くんはそういうところが受けなんだよ~~」とからかわれるらしい。

それは、昔からよくあることで、デフォルメされて何回もドラマ漫画に登場している、本当にありきれた話だ。

ありきれた話なのに、いざ自分当事者となると、あなたは悔しくて悲しくてしょうがない。

ついには匿名掲示板でそのうっぷんを晴らそうとするが、帰ってくる反応は

イケメン自慢乙」「つーか自分に自信がなきゃそんなこといえないよねwww」

「女だってブサメンイチャイチャしてるのはイヤだし」「本当はそう言う気があったんじゃないのwww」

と、からかわれるばかりで、あなた心配してくれたのは少ない人数だった。

 

 

 

本屋でもDVD屋でも、基本的にはキラキラとしたイケメン揃いのものばかりだった。

男性ターゲットとしたかわいい女の子商品は、『殿方向け』と固有ジャンルとして呼ばれ定着していた。

最近は『殿方向け』もその数を増やしていたが「最近は『殿方向け』ばかりが多くなってアニメ自体面白くなくなった」「『殿方』は文化衰退の敵」と

過激な事を言う女性も少なくなかった。

『殿方向け』愛好家は、ひっそりと愛好家同士で繋がりをもち、自慢のエロ披露していた。

それは本当にクローズドものだったが、昨今のSNSの発達でその存在感を示し、その存在認知されはじめた。

はいえ、テレビではBL的なものはあたりまえに流れるにも限らず、『殿方向け』に限ってはNHKなどで特集され、やや特殊オタク、として扱われていた。

まだまだ、BL一般エロの間には溝があるのだ。

 

 

こんな問題もあった。ある時期、性悪な男が「今、この人俺に向かってひどいことをいいました」などと女性に吹っかけて、名誉棄損罪で訴えたり、金銭要求したりしたのだ。

時にはグループで行ったりもしたこの『クサレ冤罪』は社会現象となり、それ以降、冤罪に怯えて女性たちは電車に乗った。

いつ、目の前の男性自分を指さして名誉棄損で訴えて来るかわからない。『絶対に声がでないマスク』が流行し、女性たちはそれをつけて電車に乗った。

いわく、このマスクをつけていたから、彼に対してBL妄想など口走ってません、というモノである

 

 

しかし、冤罪の恐怖は本当におびえている被害者さえも萎縮させてしまった。

あなたいくら自分の身に起きた悔しい思いを訴えても「大げさ」「冤罪目的なんじゃない?」とフタをされてしまったのである

あなた高校生のうちに、何度か同じような目にあった。スポーツマンタイプ高校生腐女子の好物なのだろうか、数えれば一週間に一度は『自分対象としたエロ妄想』を耳にした。

ひどいと写真を撮られたりもした。ひとりで居ても、妄想を話されることもあった。3人で居たら3P妄想だった。

男子高生のあなたは、酷い性的暴力の嵐の中に居た。

でもあなたは諦めていた。これはそういうもので、逆に商品価値さえあるんだ。自分は貴重なんだよ、うん…………

そう思うことで自尊心を保ち、生きづらい世の中を、あなた今日電車通学していくのである


 

 

読んでイヤな気分になったのは

書いていて思ったが、読んでイヤな気分になったのは、男性自身よりもむしろ腐女子のみなさんではないかと思う。

一般エロBLを逆転してみた結果、そもそもの目的が『男性痴漢の怖さを伝える』っていうのもあり、BLが完全に悪者になってしまった。

しかし、性的なモノを扱うって言うのは時に酷く対象を傷つけると思うのだ。

腐女子には古来より『隠れる』『当て字』『専門用語』と身を隠す忍者の様な文化があるが、それはきっとその為だろう。

SNSの発達により、そういったものが廃れつつあるが、わたしとしてはある程度の『隠れ』は必要だと思う。

 

 

そして、男性のみなさんも、もしこちらを『腐女子ってサイテーだな!』と思ったのならそれはお門違いだ。

ほとんどの腐女子公衆面前で、聞こえるところで萌え話はしない(まぁ、一部のキチガイは除いて)

本人に無理矢理干渉し、自分妄想リビドーを果たす、それが痴漢なのだ

もし、『腐女子ってサイテーだな!』って思ったのなら、それが女性が日頃思っている『痴漢死ね』の気持ちである

2016-05-17

地方東京と俺

「都会人気質人間が全員都会に行ったら、非都会には非都会人気質人間しかいなくなるじゃん」というトートロジー的な思いを昔から持っている。これは、東京に行きたいのに行く根性のない自分に対する肯定から来る思いだろうか。それともこの戯れ言自体が、丸の内のシュッとした金融っぽい会社に颯爽と通勤する平行世界自分妄想なのだろうか。



四国某市で生まれ育ち、大学関西某市で暮らした。地元でも下宿先でも、味わったのは「アーケード商店街」の衰退だった。実家の近所には人口の割には人通りの多い(多かった)商店街があった。家族でよく行った「おたこう」の親父は連帯保証人になって知り合いの借金抱えてどこかで死んでしまったという噂を最近聞いた。下宿から原付きで川を渡って行った。たまに競輪も寄った。大学の居心地が悪かった俺は、好きだったアーケード雰囲気を味わいに、もしくは学生ほとんど見かけない空間でうろうろしたかったのか、その心境は定かではないがあの界隈をさまよった。人もまばらな、昔からやっていた百貨店がつぶれた。



隣の隣街のイオンに行く人間が多かった当時、俺は相当変わり者だったと思う。その頃から喫茶店銭湯巡り・レコードあさりサブカル漫画などに目覚めた。両親が無職だったため当時貧乏学生だった俺は、少年ナイフの某曲冒頭のメロディがかかる場所に行く交通費さえ惜しく、部活等の予定がなければ大抵は「市内」に出掛けていた。これを4年続けていたため、次第に都会を受け付けない体になっていった。



就活を期に坂の上に引っ越した。原宿がなくなったのでタワレコがなくなって大ショック。その時点で駄目すぎ。それでもDUKEにはよく通ったが。東亜も潰れた。街はシャッターだらけになった。年末年始くらいしか人が多くない。隣町のショッピングモールに行く奴ばかり。仕事もつまらん。彼女とも別れた。街でもモールでも小中高の知った顔に会う率が高すぎる。給料も安すぎる。なんか街も嫌いになるし文体適当になる。あの商店街にあったレコード屋って引っ越してクソになったよな~。そういえば原宿の跡地に明屋はいってたな。なんか、東京っぽい感じの。おしゃれ文具とかおしゃれカフェとかあるの。フーンって感じだった。



親戚の親戚の知り合いぐらいの人が会社をやっていて結構稼げるとのことだったので引っ越してまで転職したのに稼げなくて色々騙されたけどまた別の会社転職して、ここはある種の東京かと思ったが俺の幻想だった。もう出たほうがいいと思う。ここは京都バッタモンだ。ハリボテのような風景だ。あの美術館のおかげで戦火を逃れたという噂もあるが。引っ越し最初は新鮮だったがもう飽きた。ただ東京っぽさを出そうとしてる店も出てきた。東京東京しかないのにねえ。田舎者の考える東京という感じか。バーも、そういう感じの店が多い。



安定収入を得たのと出張で年に何回も東京に行くが、行く毎に魅力が増していく。大阪もそう。そもそも自動車社会って自体ダサいセンスない。サブカル知らない。馬鹿ドキュンが多い。皆程度が低い。一人で飲む奴・一人で外出する奴をバカにする・変人扱いする。俺はそういう事は絶対にしないぜ。車も持っているが、ほとんど使わないぜ。大体さあ、「車持ってないと生活できない」って、俺の地元の兵藤くん家族全員チャリで揃ってどこにでも行って「生活してた」けど、あいつらは「生活出来てない」の?違うだろ。単にみじめなだけだろ。もっと物理的な「クソ山奥」とかの話ではないのか。程度問題だろ。それが加速したせいでイオンばっか儲かりやがって。イオンが一番栄えてる地方都市って観光に行った時にイオンが一番なせいでそこ独自喫茶店とか洋食屋とか飲み屋とかその他ILLな店が全部潰れた後なんだよな。俺みたいに商店街自体が好きな旅行好きにとっては不遇の時代で、イオン肯定化する奴は全員敵ぐらいに思っているし最初に書きたかった事も忘れた。遊びに来る友達は皆いい街に住んでいると皮肉か何か分からないが褒めてくれる。地元の奴はこの辺には来ない。車が混むし来ても駐車場が高いから。金曜は職質されそうでヒヤヒヤしたが大丈夫だった。どの店に行ってもその話題でもちきりだった。居心地は正直いい。あと案外よそ者扱いされないというか。俺が鈍感だからかもしれんが。余談だがあの地区のはずれに、タランティーノ映画と同じ名前居酒屋があっておすすめ。あと林源十郎商店は文具好きにおすすめですねえ。あとオレ文具大好きなのでうさぎやのあるこの県は最高だなあと時々思う。長い。どうせ誰も読まないから俺の日記みたいなものか。



はてなのやりすぎで、東京絶対的な正しさに洗脳されてる気がする。シュッとしたITベンチャーでジットハブとかを使わないと死ぬ気がする。東京教、略して「東教」みたいな宗教ないのか?入信したい。ムスリムみたく一日何回か東京タワーのある方角に敬礼的なことをする地方民。そういえばこくまろ潰れたらしいな。バラも火事になって移転したらしい。南海湯も閉湯になって取り壊されたらしい。あそこ築100年くらいだったと思うんだけど。紀和温泉もよく行ったなあ。関係ないけど、あの辺って遊郭っぽい所ないか



7月から吉祥寺引っ越します。今週末に物件を探しに行く予定です。

未成年カラオケセックス事案の動画

オレ、とある映像権利会社素人ハイアマセミプロ)が撮影した自然とか風景動画を買い取る仕事してる(この時点で業界人ならバレるw)んだけど

普段北海道の大自然とか沖縄の星空、モデル撮影とかの映像ロイフリ素材として売る)を買い取るがメインなんだけど、

ときどき児ポくさい動画の売り込みの電話来るんだよね。

てか、普通メールで売り込みが来るから電話で来た時点で「お、怪しげな動画かな」と身構えるくらい。

で、よくあるのがカラオケとか漫喫でのセックス事案(らしき)動画

無駄リスク取りたくないから実際に動画を目にすることないけど、

相手の売り文句が「カラオケ店で制服少女が云々」「漫喫若い女子大生風の云々」ということだから

たぶん未成年を含む若者セックス動画なんだろうと予想している。

(ちなみに、うちの会社では合法非合法に関わらず、ポルノ動画は一切受け付けていない)



実際、一昔前に監視カメラ撮影されたとおぼしきエロ動画ネットに転がっていることもめずらしくないし、

最近カラオケ店やラブホ危険ドラックとかの取引場所にされないために頭上以外にも監視カメラを置くこともあるらしいから、

監視カメラの高性能化もあいまって、なかなかクヲリティの高い盗撮動画になっていることだろう。

盗撮被害といっても、男の方は大した被害はないんだろうが、

女の方は知らぬ間にどこに被害届を出したら良いか分からんリベンジポルノ風の何かの被害にあってるんだから

監視社会というのは怖いもんだと思う。



一昔前なら野外でやろうが、どこでやろうが、その行為大衆の目にさらされることなんてまずなかったのにな。

どのみち、中高生同士のセックス動画はどう考えても児ポ法に触れるから

カラオケ店やラブホの個室内に監視カメラつけるのはいいとしても、動画流出に気をつけないと

最悪、経営者逮捕されかねないと思う。バイト連中なんて何の考えもなしに動画流出しやがるだろうしな。

白い犬とワルツをを読んだ。高校生の頃背伸びして挑戦した挙句、読みにくいと思ってほんの十数ページで諦めてしまった作品時間が経ってから読むことができて本当に良かった。読書もついたのかと思うと感慨深くもある。

文庫本のあらすじと解説には大人童話大人メルヘンと言った言葉が出ていたけれど、個人的には真摯に老いというものと向き合った小説だなって思った。老人特有頑迷さや、年老いた父親を思うがゆえにすれ違ってしま子どもたちとの関係など、もどかしくもどこか清々しい描写表現されていて心地の良い小説になっていた。

主人公の老人サムの家近くに住んでいる娘のケイトキャリーがいい。父親心配なあまり明後日の方向に思考が向かってしまって、その顛末コミカルに描かれている。現実生活だったら、二人の娘の言動空気を重くさせる過剰な心配心に違いないんだけど、それを感じさせないところに作者の手腕とあたたか家族への思いがあるように思う。

また長く主人公の家庭で仕事をしていたニーリー存在面白い。学がなく迷信深くて精神的にも不安定な老婆なんだけど、彼女純粋精神もまた描かれているのが素敵だった。それぞれが家庭を持ちしっかり子どもを育てている親たちなのに、ニーリーの前に集まると子どもたちに戻ってしまう展開も微笑ましかった。これまた現実にあれば、事と次第によっては殺意さえ覚えかねない厄介人ではあるんだろうけど、柔らかく書ききっているところがすごいと思う。

そして何よりもタイトルにもなっている白い犬が可愛らしい。人目につかず、他の犬からも吠えられないか幽霊とまで言われてしまう子なんだけど、控えめで臆病で主人公である老人サムにだけ心を許しているところが本当にいじらしく描かれてて良かった。立ち上がって歩行器に前脚をかける場面が何度かあるんだけど(タイトルの通りワルツを踊るような感じ)その風景想像すると思わず頬がゆるんでしまう。犬好きにはたまらない内容でした。

老いると家族秘密を作ることも、自由に行動することも難しくなる。互いに心配しているからこそ雁字搦めになってしまう苦悩が辛かった。実際身近に(自分のことだけじゃなくて)老いというものを感じたことがある人や、老いというものを一度でも真正から考えたことがある人には突き刺さると思う。何もかもできなくなっていくけれど、出来る限り自分で成し遂げたい。自分がいてもいいことを、自分自身証明したい。そんな年寄りの願いが表現されていたように思う。

また寂しさについても考えを改める切っ掛けをもらえた。知り合いも毎年のように死んでいいってしまって、同窓会に出てこられる人も両手で数えられるほどになってしまって、家族には心配迷惑をかけてしまうし、自分では何にもできなくなってしまう。この作品で老人が感じる寂しさってのに初めてクリア共感できた気がした。

後半部分でキリスト教引用しながら素朴な善のあり方を描いていたのも印象的だった。ハワード一家はとてもいい家族だと思う。

最後のほうで自然と涙が出てしまった。華美ではないけど愛おしい物語でした。




それはそうと、アメリカってビスケット生地から焼いて食べるのね。もう焼成してあるビスケットをもう一度温めなおしているもんだと勘違いしていた。アホだなあ。

2016-05-15

ブコメで背筋が凍った

怖ろしい思いをした。

暖かった昼間とは、打って変わって、夜は急に冷え込んだ。この部屋の気温は22度。指が冷えている。



その記事は、ホットエントリーにあった。匿名ダイアリー記事だった。タイトルは「和菓子っておいしくない」。内容はシンプルに四行、筆者の意見を述べたものだ。いわく、「味が単調でおいしくない」。これに300user超のブックマークコメントが付いていた。少し変わっているのは、タイトルの脇に短縮URLリンクが付いているということ。

タイトルに… リンク

リンク先を押すと、Tumblrへ飛んだ。そのサイトには「ゴンドウケンジ」なる人が描いた、「青春キネマ」というタイトル四コマ漫画がたくさん載っていた。



後でtwitterを調べたのだが、その方は現在活動していないらしい。Tumblrは本人が自作をまとめたのかもしれないが、おそらくファンによる無断転載だろう。

その是非は、今はいい。

マンガはほのぼのとした青春群像劇で、俺は(個人的には)楽しく、読めた。だが匿名ダイアリー記事の作者の意図は何だろうか。そのリンクを除けば、ホッテントリによく見る、大喜利のための題材だ。書き手がお題になるヒトリゴトをつぶやいて、それを見つけたブックマーカー達がそれぞれのユーモアを込めた返しを、投げ込んでいく。



平和風景だ。だけど無関係リンクを置いた。なぜ。俺の解釈はこうだ。自分オススメ漫画を、もっとみんなに知ってほしいという思いを込めて、宣伝のためによく受けそうな記事に混ぜた。あるいは書いたのは作者本人かもしれない。その線もないわけじゃない。でもどっちだって構わない。どちらにしろその行為規約違反からはてな匿名ダイアリーでは宣伝目的ブログ記事を載せることを禁止している。もっとも実際のところは、運営だって忙しいようで、いちいち目くじらをたてているわけじゃないのだが。



その記事を読んだ読者はイラつく。気に入らない。これは匿名ダイアリールール違反だ。けどもしそうだったとしたなら、単に、トラックバックなりブックマークコメントなりで、そのことを指摘すればいい。「ちょっと増田さん、宣伝ダメですよ」って(注・増田とは匿名ダイアリーのこと。転じてその作者のこと)。



だけど誰一人として、そんなことはしなかった。読者の反応は異様だった。

・一週間待ってください。本当の和菓子をお見せしましょう ・桜餅大好き ・単体でなく緑茶といっしょに食べろ ・阿闍梨餅食べろ ・練り切り抹茶と食べると最高 ・干し柿 せんべい ・お茶と一緒に食べたら ・たねやの栗月 ・つきたての餅で作ったあんこ餅 ・生八つ橋とかうまい ・苦手だけど揚げ饅頭は食べれる ・とりあえず最高級最中 ・埼玉銘菓十万石饅頭は ・もうすぐ水羊羹の時期だ ・そうなんだ、じゃあ私羽二重餅食べるね ・ブコメ和菓子への愛で溢れていてほっこり

etc..



何も見えていないかのように、軽妙なやりとり−−デジャビュ感さえ有るやりとり−−が交わされていた。いつもの風景じゃないか

無視無視無視。あるいは本当に見えていないのか。俺はそんな風にさえ思った。俺のブラウザにだけ表示される広告なのか、これは。



だけど、目を皿のようにしてメタブまで、凝視して探すと、フツウの風景に馴染まない、違和感のある反応がみつかった。

タイトルに「青春キネマ:アーカイブ」というサイトへの短縮URLが追加されてるんだけど、なにが目的なんだろう。

増田タイトル短縮URLつけてなんのつもりだろうな

見せしめに(なんの?)id:********2**を召喚これはひどい

・なに?ロンダリングブクマ消しとこうか

リンク先をスルーする優しさ

・この発言必ず大変なことになるからね。事は進んでるよ。真実が明らかになったとき大変なことになるよ。



単に疑問を呈したかっただけかもしれないが。その言い方ではこのように聞こえる。「どうしたんだろう。こういうことが許されるとでも、思っているのだろうか」。

っていうか、見せしめ??? ロンダリングって一体なんなんだ?



俺はこれを見て背筋が凍った。はてなを始めてから1年以上経っているし、ホッテントリ増田に張り付いていろんな風景を見てきた。バカにしあって罵り合って、共感して、寄り添って。ときには「手斧」を投げ合って。ふざけながら、笑いながら、あるいは顔を真っ赤にして。割としばしば、真面目に。いつも違った景色があった。季節があった。いろんな奴らがいて、多様な意見があった。それでも総じてどこかプロレスじみているというか、儀式的なところがあった。自分たちがやっていることを判ってやっている。俺はそんな風に思っていた。



今日見たのは違う。和気藹々と授業が行われている。生徒たちは楽しげに手を挙げて好き勝手意見を言い。つられてみんなが笑う。教師も笑う。でもその中心に、素っ裸の中学生がいる。俯いて震えている。でも誰も気づかない。フリをしていて。平気。いたって普段通り。そんなイメージが、頭をよぎったんだよ。



なあ。俺が今日まで思っていたのはさ、もし俺なら、そんな中に突然放り込まれたなら、腹を立てて、本当に激怒して、全員の頭をハンマーで叩きまくると思っていたのだけど、実際に目の当たりにしたら、違うんだな。怒りより、恐怖を感じるもんなんだな。



俺は今や、おまえらが怖い。一体全体、何故なんだ? メタブまで含めたブックマーカー340人に一人一人に直接聞いて回りたい。「何を思ってそのコメントにしたんだ?」。



匿名ダイアリーがいつもの風景なのは、みんながルールを守っているときだけ。

幽霊ルール

ルールを守ってさえいれば、みんなが笑っていられる。

でも一人がほんの少しでも、ルールを外れたら、意味のわからないことをしたら、そのうち何人かの表情が、スッと消える。



(おおかた誰も信じてくれないだろうが、俺はその元増田ではないことを断っておく)

2016-05-14

ニンテンドーのMiitomo、伊集院が紹介してて初めて見た。まぁなんとなく毎日アバター質問してきて答えて、服着替えて、たまにフレンドが部屋に来てモショモショ言ってる様子で、これといってオモシロイことは起こらない。とりあえず「友達100人」にしてみたらtwitterの時みたいに風景かわるのかな、と申請毎日ちょっと認証されて今60人を超えたくらい。

うむ、アンサーにコメントぶら下がる「姫」みたいのが居るぞ、日本語ユーザー英語ユーザーも。

2016-05-13

自分の軌跡を思い出すのが嫌いだ

例えば自分が写った写真が嫌いだ

自分の顔の造作が上等じゃないという理由もあるが、それより何より自分過去を想起させるのが嫌いなのだ

自撮りはしないから、基本自分がいる写真他人も写っている。他人と会話して失敗したことを思い出す。憂鬱な気分になる。

人と会話して楽しいと思ったことは殆どない。物心着いた頃から「傷つける言動をしてはいけない」「気を遣わなければいけない」「テンションを上げて楽しく会話することに努めなければならない」そう考えて会話する癖がついてきた。人と話す時は上記のことに囚われて、疲れてしまうことが多かった。だから成長するにつれ能動的に人と関わらなくなってきた。

過去はあまり振り返らないように生きてきた。思い出しても自分の失敗した記憶に苛まれからだ。自分の写ってない、自分で撮った風景写真や、この様に考えを書くことは嫌いじゃない。そこに他人は介在しない、気を遣わなくていいからだ。後これとかは最悪嫌になったら消して、自分の中でなかったことに出来るから気楽である

といっても今までは自分のことをそんなに不幸に思ってはこなかった。読書とかゲームとか映画鑑賞とか受動的な趣味、または手芸とか1人で楽しめる趣味をすることで楽しんできたからだ。それでそこそこ人生楽しんできた。将来も自立してそんな風に1人で暮らしていければいいと思ってた。

が、只今就活面接でなかなか苦しい思いをしている。自分の成果を言うのは簡単だ。成果自体はある。だが面接自分の成果をただ言うだけでは駄目で、どの様な考えで行動したか面接官は知りたがっている。だから自分の行動を回想しないとならない。やってみると思った以上に憂鬱作業だ。思い出そうとするとどうしても嫌悪感が出てくる。質問で深堀されるからさらに思い出そうとすると忘れていた嫌なことまで思い出す。こんなこと話せるかいという気分になる。貴方集団でどんな役割をしてきましたか?なんて質問は…多少集団で何かした経験はあるが、もしかしたら他人自分迷惑していたかもしれない…話しながらそんなことを思ってしまう。こんな役割で貢献しました!…嘘をついている気分になる。

自分から目を逸らして生きてきたツケがこんなとこで回ってくるとは思いも寄らなかった。就活していて分かったのが会社は基本人のマイナスにならない奴じゃなくてプラスになる奴を求めているということだ。だがどうやら自分マイナスにならない様にばかり努めて生きてきた。プラスになれる様に生き方と考え方を変えなければならない…億劫だなあ

なんのとりえもない文系なんで技術職にもなれないし、自立するには人と関わって生きてくしかないのであるー。わはははー。

とりあえず今年いっぱいは頑張る。

思い出を思い出すと幸福感に包まれ

だってろくなことはなかったはずなんだが子供の頃の風景日常を思い出すと幸福感に包まれる。

なぜだろうか。

本当に俺は歳をとってしまったというのか。

もう一生家族食卓を囲むようなことは永遠にないと思うし、

不安なく朝を迎えることもできないんだろうな。

2016-05-11

[]「シャッターチャンス百合

カメラ趣味で、近所の公園散歩しながら、日常風景を切り取るのが好きなおっとりふわふわ女子が、

いつもランニングをしている元気なスポーツ少女の可愛さにくらっときしまい、思わず無断で彼女に向けてシャッターを切ってしまう、

そんな出会った二人は、正反対性格にも関わらず仲良くラブラブになっていく

しかし、スポーツ少女はそのスポーツでより高みを目指すために越境入学をするつもりだった、

別れのときが近づき、いつも引っ張っていく方だったスポーツ少女は思わず涙を流してしまう、

いつもと違う一面を見て、ふわふわ女子は思わずまた、カメラを向け、写真をとる、

そして、学校卒業したら二人で暮らそう、あなたの見たことない表情をもっとカメラにおさめ続けたい、そう誓いあう場合



カメラ好き女子花澤香菜

スポーツ少女富永み〜なで決定です!



皆さんのキャスティングお待ちしておりまーす。

ロリコンノスタルジーは合わせると劇物

声かけ写真展は、"少女たちの写真芸術か否か"より被写体許可なく写真を焼き増し販売したのがハイパー悪いと思うからそれ以上のロリコンキモい!みたいな感情論は無しにしたい。



あの写真展で一番凶悪なのは声かけ写真を撮ってた時代が"古き良き時代だった"と言われることだと思う。



ロリコンさんといえば、「昔のテレビでは幼女上半身裸やパンチラが当たり前だった」、「大昔は子供大人結婚するのも不思議光景ではなかった」、「昔は今より大らかだったから、声かけ事案なんか発生しなかった」というたわ言を吐きがちだが、それらがロリコンさんの餌食になっていたり子供たちの命を脅かしたがために消えていった事からは目を背けているのが見え見えだ。




自分が良い時代だと思っていても、自分の見えないところでは確実に被害があったのだ。




今、ロリコンさんたちはきっと肩身の狭い思いをして生きていると思っているのだろうが、子供たちの安全を守らなきゃいけない親や、幼いながら性被害から自分を守る術を大人から教育されている子供たち自身も神経をすり減らしている。



「COMIC LO」という成年向けロリコン漫画雑誌が度々まとめサイト話題に上がる。



中身は少女に対するエログロが載っているらしいが、人の目をひくのはその表紙だ。



エロ目線とは少し違う視点から描かれた小〜中学生イラストと詩的なキャッチコピー



中身と表紙のギャップあいまって、その綺麗な表紙はロリコン以外にも人気があるようだ。



特別ここでリンクを貼ったりはしないが、「中身はともかく表紙は良い」というコメント散見されるまとめは山ほどあるから、調べるなりなんなりしてほしい。



絵の雰囲気キャッチコピーから感じるのは「ノスタルジー」だ。



田舎的な風景、決して派手でない少女たちの服装ファッション自分子供の頃に引き戻すような瑞々しい言葉



この表紙は芸術だ、というのが世間の受け止め方だ。



表紙イラスト単体のイラスト集もあり、LO読者以外にも人気があるくらいだ。



しかし、元を正せば成年向けロリコン漫画雑誌である



表紙絵自体少女の裸が使われたことがあるくらいで。



表紙がもし、少女の裸のイラストだったらロリコンキモいで終わっていたはずだった。



たとえ、その少女が服を着ていてもここまで人気になることは無かっと思う。



少女日常を切り取ったイラストに、自分子供時代に帰し感傷的にさせるキャッチコピーを載せると、ロリコン以外にも響くのだ。



ノスタルジーは、ロリコンさんだけの特別感情ではない。



昔は大らかで人の温かみがあったという幻想に憧れたり、自分の子時代の淡い恋や日常を思い出して甘酸っぱい気持ちになるのが好きな人もいる。




自分がいる時代を疎み、昔はもっと生きやす時代だったということに固執するあまり原点回帰を願う人もいる。



"古き良き時代"はその人たちを簡単に集められる便利な言葉だ。



そういう人を全部ひっくるめて仲間にすることができるのがノスタルジーだ。



たとえロリコン的なニュアンスがあってもそこにノスタルジーという付加価値があれば、ロリコン以外を仲間にするのは容易い。



たとえロリコン趣向のあるものでも簡単芸術だと庇ってくれる。



「COMIC LO」の存在子供を脅かしたりしない。



しかし、声かけ写真実在少女被写体だ。



声かけ写真展を芸術だという人も、「声かけ写真が何故昔は許されて今はダメなのか」を考えれば、少なから声かけ写真性的感情があった事にいきつくのではないだろうか。



わりを食うのはいだって力の無い子どもたちだ。



幼く騙されやす子どもたちだ。



LO意見広告には、「幼女に手を出せば自分人生が滅茶苦茶になる」といった趣旨のものが多いが、人生滅茶苦茶になるのはなんの罪もない被害にあった子どもたちだ。



実在少女被害に合うとき二次元ロリータを愛でるロリコンさんは声を上げなければならないはずだ。


現実でこういうことが繰り返されるなら、表現規制創作にまで及び、ますます場所がなくなっていくのだ。



オタク自称する人からこの問題への言及が少ないのが、オタク自分はただただ悲しい。

2016-05-10

寝起きで夢に振り回されない方法を知りたい

色々トラブルに見舞われながら通勤とか通学とかするんだけど、結局失敗したり遅刻したりする夢をよく見る。大体週1くらい。

このパターンの夢を見て、目覚めたら自宅だった時の疲労感がすごい。しかも外で雨降ってたりすると最悪。

余裕で間に合うはずの時間に目が覚めていても、

感覚的には一度家を出た後なのにまだベッドの上っていう巻き戻り感とかも手伝って、

頭が麻痺したみたいにボヤボヤして正常な思考ができなくなって、動き出す気力が全くわかなくて体も怠くて力入らないし、

なんかもう仕事も予定も家族も何もかも全部どうでもいーや、みんな苦痛を味わわずに穏やかに死ねばいい、滅んでしまえって感じに一時的になってしまう。

ようはこの夢を見た後の寝ぼけ方が酷いって話なんだけど、なんとか二度寝をこらえつつもぞもぞしながら30分~1時間ぐらい経つと、

段々夢と現実区別が段々はっきりしてきて、風景しか見えてなかった時計時間意味とかが分かり始めて、

「あれ?もしかしてヤバい?」と思い始めて起き出せるようになる。

ただ、朝の1時間はやっぱり貴重で、この時間のロスで結局実際に遅刻することも多い。

もちろん、二度寝してしまった場合も当然遅刻するから、ほんとクソだと思う。



親に聞くと、どうも物心いたこからずっと一定の頻度でこんな感じっぽくて、時々全然起きられない日があったようだ。

基本的には単に寝起きが悪いことのある子という認識だったようだけど、

大人になるにつれて当然無くなった(単に自発的にサボってるだけ)だと思っていたらしく、今でも続いていると知ってびっくりされた。

そういえば……と親が話してくれたことによると、

小学校遠足当日に、前日までかなり楽しみにしてたのに朝になって急に布団の中でゴネはじめて、

熱もないのに、母親が怒鳴ってもはたいても反応薄いし、無理やり立たせようとしたら全身完全に脱力して布団に崩れ落ちてそのまま丸まって寝てしまった。

その後、本当に体調が悪いのかもしれないと思った親が学校休みの連絡を入れて、病院に連れて行く準備してるくらいで起きてきて、

もう遠足に行けない時間だと知って泣きながら猛抗議されて困ったことがある、という話をされた。聞けば、その日も外は小雨だったらしい。



そのこと自体全然覚えてないけど、昔から楽しみなら早起きできるとか、そういうレベルではコントロール不能だったのかと思うと、

これはもう自分はそういう体なんだと思って受け入れるしかないのかもしれない。

いや、それにしたってクソだ。社会生活を送る上で不利すぎる。どうにかならないものか。

似たような体の人、克服した人とかいたら教えてほしい。

2016-05-08

anond:20160508114345

童貞とか、素人童貞とか、こだわり過ぎ。

他人なんて風景なんだから他人とのかかわりも全て書き割りなんだよ。拘泥する価値はない。

2016-05-07

http://anond.hatelabo.jp/20160507164503

どのエンターテイメント対象層には十分楽しめるようになってると思うんだよね

大多数VS大多数で比較すると比べようもないけど言葉として否定やすいしにくいがあるんじゃないか

俺も映画は好きな方なのでわりと見てると思う

ハリウッド日本映画中心だけども中国ヨーロッパあたりのもみる

外国映画が好きで邦画から離れがちな俺の視点から思うところは

日本映画舞台劇っぽいところが海外映画を楽しみにしている人間からするとつまらない印象をうける

映画なのにそのわかりやすリアクションなのとか人物中心に据えすぎなカットとか

外国映画風景や状況でセリフを減らしたりそうとは見えない自然な行動が

環境反比例して異常さを見せるとかい視聴者連想をさせるようなところ

舞台上で主役が取り仕切らないと話が進まないという絵だとちょっと映画としては物足りない

日本ホラーがすごくクオリティたかかったなーと思ったのは

登場人物はみんななんらかの被害者で状況や環境が主役として撮ると

視点的には舞台からはなれるのでよかったなーと

ジェリーロジャーが出してるやつは全部だめだけど

画角というか外国映画にでてくる日本風景日本じゃないみたいとか

邦画の構図は人間の目の位置とだいたい同じカットだとか

そういうところで趣味趣向が分かれてる気がする

人間ドラマとか舞台劇でも十分楽しめる内容のもの邦画でも威力を発揮するとおもうし

SFとか特撮みたいなのは海外視点でないとちょっと楽しめないか

そういう意味で新しい変態仮面は合成技術的には物足りなそうだけど

構図的には楽しめそうだなと思うんだ

逆に邦画好きには配役が役者がというところで反発されそうな気がする

ツイキャスビジネスモデルって何?

半数が、大学生

アニメ声女子大生の声が聞けたり、キャバ嬢の化粧風景が見れたり。

なんなんですか??

おしえて!増田大明神

  

追記:ブックマーカーさん、ありがとう

 2ch黎明期のような使われ方とも、捉えられますね。

 世の中の少数派、LGBT の人も、利用が広がっているということになりそうですね。

 Twitter自体が、ゆるく閉じた世界で、オープンにもなりうるのが、ポイントでしょうし。

 『バルス』みたいな象徴的な使われ方をするようになってからが、本当なのかもですね。

 

追記2:ブックマーカーさん、ありがとう

 たしかに、提灯記事ユーザー数の急増だけを信じてはビジネスとして成り立つかは、実態は分からないですね。

 (ググって、出て来た記事に書いてある全てが真実だとは、限りませんよね?)

2016-05-06

旅行して分かったこと

俺のようなコミュ障が一人で遠方に赴いて散策し、

景勝地風景写真を撮り(人に撮影を頼む勇気すらない)、

店員との事務的な会話を二・三回こなす一日を過ごし、

ホテルで一人眠りにつく生活を送ったところで、

何の意味もないのだと気がついた。

高い金を払って、泊り込みで遠方にウォーキングに行っているようなものだった。

自宅近くの公園徘徊しているのと違いはなく、ただ金を捨てただけであった。

2016-05-05

料理研究家ってみんな太ってない

調理風景とか観ててもがんがん油とか砂糖とかきちーっと使ってるのに全然太ってない。

食に興味があるから料理研究家なのに、そして結構きちーっとカロリーのある食事(非ジャンクではある)推奨してるのに太ってない。

コウケンテツとかレミさんとか土井さんとか。

謎。

あとコウケンテツ結婚したい人世界No.2。

2016-05-03

[]月刊増田2月号

まさかの2月号(いろいろな意味で)。



http://anond.hatelabo.jp/20160202122127 香り記憶

香りとかメロディとか、言語化しにくい感覚記憶が結びつくと、その記憶が掘り起こされたときより鮮やかに感じる気がする。

http://anond.hatelabo.jp/20160203004108 1g何円から誠意は発生するのか

職場で配るおみやげの話、なのだけどもう少し深刻な状況を増田が抱えているっぽい。これは増田名物「ぶっきらぼうだけど親切なトラバ」がついててよかった。

http://anond.hatelabo.jp/20160203025849 午前1時にベルが鳴る

カットバックがわかりづらい。文体も凝ってる割に上手くないけど、なにか単純な言葉還元できない情感が漂う。

→消えてた! 結構好きだったのだが……。と思ったら、ここにあった。この人が書いたということでいいのかな。http://radio.hatenablog.com/archive/2016/3

http://anond.hatelabo.jp/20160204105519 お産

出産時のアクシデントの話。珍しくないとのことだが初耳だった。

http://anond.hatelabo.jp/20160204115855 清原和博凋落

野球選手としての清原キャリアの振り返りと慨嘆。増田にはわりと珍しいタイプ記事と思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160209003233 恋愛の才能が無い人間恋愛するには人生が短すぎる問題

言うことはもっともではっきり言えば正しいのだが、増田はこのままで本当にいいのか。短すぎるってわかったんなら、なおさらもう一歩踏み出したりあがいたりしなきゃいけないんじゃないのか。

http://anond.hatelabo.jp/20160209193033 ネトゲ出会った13個年上の男性に5年間恋していた話

こういう世界もあるのかという感じ。いささか申し訳ないが、実に興味深く読んだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160209185851 性交怖い(二回戦の衝撃)

増田に多そうであんまりない風俗体験談サービス受ける側)。たぶん多くの人が自分の性欲については自分が一番よく知っていると思い込んでいるけれど、必ずしもそうでもないこともあるということ。それを身をもって知れたのは快感のものより重要体験なのではないかと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160209184754 ブランド

なにかが間違っていることはわかっているけどなにを間違っているかわかっていない、という感じなのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20160212121830 バレンタイン、参加しません

イベントに罪はないけど組織同調圧力とセットになるとクソになりうる、という話。増田の心意気は大いに買いたい。影ながら幸運を祈る。

http://anond.hatelabo.jp/20160215012845 バレンタイン女子について

軽妙な文章。なにか無責任希望を漂わせるようなところがあって、読んでいて楽しくなった。この文体から繰り出される「彼ピッピ」にはやられた。

http://anond.hatelabo.jp/20160216033452 パスポートの期限が足りずに海外旅行に行けなかった。

これで前に進めるのならいい話だと思うけど、読んだ感じまだ未練を引きずりそうな。でもそれもまた人生。顔を上げて進もう。

http://anond.hatelabo.jp/20160216193217 小澤征爾さんがグラミー賞とったけど

うーん。値段の問題はおいといても入口がわからない感じが圧倒的。知ってる曲が全くないように思えることが障壁かな。

http://anond.hatelabo.jp/20160217021027 女性人気で売っている小劇場俳優

自分の中の「小劇場系」の定義がかなり揺らいだ。とはいえこういう世界があっても不思議ではない。

http://anond.hatelabo.jp/20160217010834 中学バスケ部だった

少し本当らしさに欠けるが、言わんとすることはわかる、という感じの文章

http://anond.hatelabo.jp/20160218214722 妊婦子持ち叩きを見ると

これは端的な正論なのだけど、じゃあそれを埋めるためにどうすればいいかってことには簡単な解はないのだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160218214316 適切な身体洗浄方法の見つけ方教える

すごく丁寧な記事記述内容に興味のない自分でも面白く読めたがまったくブクマつかず。まあそういうものかもしれぬ。

http://anond.hatelabo.jp/20160218201023 同僚が出来婚した

ここに書かれている自己分析が正しくないか、なにかまだここに書けていない理由があるんじゃないか、という印象を受ける。少なくともこれは嫉妬ではない。

http://anond.hatelabo.jp/20160218174605 保育士不足って言われてもさ。

増田書き込みには国会まで届くものもあるという。この人の声ももう少し遠くまで届くといいのだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20160218162744 失恋

正解はないし、取り返しのつかないこともめったにないのだから、その時思ったようにふるまえばいいのかなあ、とか。

http://anond.hatelabo.jp/20160218114703 新生児用品 不要だったもの・役に立ったもの 

これはかなりいいリスト。/よだれ多いたちだとスタイめちゃくちゃ使うんだよね(一日十枚とか)。安くてかわいいところあるといいよね。

http://anond.hatelabo.jp/20160218024750 短小

セックスがらみの男女のディスコミュニケーション増田には時々見られる。

→消えてた。

http://anond.hatelabo.jp/20160224211408 Why Not Smile

増田にはめずらしい追悼文。切れのいい文章でなかなか読ませる。トラバにもあるが、他の文も読んでみたいと思った。

http://anond.hatelabo.jp/20160224180807 喉痛けりゃ耳鼻咽喉科行け

これ微妙なところもあって、やっぱり内科が適切って場合も多い気がする。これは少し結果論に近い気はする。

http://anond.hatelabo.jp/20160224045651 超絶イケメンがここにいた!気分落ち込んでいる人へ!

謎のデュランデュラン評価テンション高いし、楽しそうですごくいい。かくありたいものである

http://anond.hatelabo.jp/20160224123958 女子中学生子どもに性欲を抱く男は異常だというけれど

これはその通りだと思う。「異常」という切断は深刻さを矮小化させるおそれがある。

http://anond.hatelabo.jp/20160224184033 新卒フリーランスのための生き方アドバイス

盛り上がった話題とは少しずれる視点なんだけど、面白い角度からの助言。

http://anond.hatelabo.jp/20160226225036 マグロって本当にいるんだな

21XX年、日本人による乱獲によりクロマグロ絶滅危機に瀕していた。

http://anond.hatelabo.jp/20160228121936 医者特有うまい言い回し

憶えておくと……別に得はしないかもしれないな。

http://anond.hatelabo.jp/20160228131856 君はサブカルストリッパー「栗鳥巣」を知っているか

まったく知らない世界の入口になりうる記事増田に限らずこういう記事はよいものだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160228174812 推しと彼女とカノバレ

カノバレという言葉を知らなかった。熱量があって文章も上手いが一般性あんまりないという、増田向きの好文章

http://anond.hatelabo.jp/20160229214820 牛丼屋で『傘寿』の読み方を尋ねる男性

これも文章が上手い(根拠はないが、直上のエントリと同じ人だったりしないだろうか)。たぶん日本のどこにでもありうる風景雰囲気をきりとった好文。

http://anond.hatelabo.jp/20160229171556 ニセ清掃業者に騙された

知見の共有的にリンクしておく。

http://anond.hatelabo.jp/20160229162324 どうしよう

マジレスするなら、そういう人はいると思うけど、めぐり合う確率は低いだろう。それでも人を好きになっていいと思うし、いろいろ心配するのはその後ではだめか。

http://anond.hatelabo.jp/20160229003832 バーとか立ち飲み屋で会話を広げる方法

こういうのって難しいし必ずしも直接役に立たないかもしれないけど、誰かの小さな一歩のためのきっかけぐらいにはなるかもしれない、みたいなことを思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160228102159 美人性格も良いのに結婚していない女性って

そう来るのかよ、の六行増田

http://anond.hatelabo.jp/20160228020042 (無題)仕事で大きなプロジェクトを完遂したので、昇給出世する見込みだ。

昇給と言われて奴の顔(知らないけど)が浮かんでしまったので申し訳ない気持ちになった。

2016-05-02

OL2年目の金曜日なのに家でソシャゲしてる

こんなはずじゃなかった

なんのために東北から渋谷のイケイITベンチャーに入ったのか。

異種業交流会で見つけた商社のタワマン男たちとセックスアンドザティ時間を過ごす日々を求めていたのに…。

現実高齢童貞エンジニアに囲まれて激務をこなす日々。

頑なに風呂に入らないエンジニアと頑なに給料を上げない人事、そして頑なに会社に来ない取締役社長

週末に男とデートしたっぽい風景をせっせとインスタに上げる私。

もうtwitterの知らないカップル共同垢からデート風景を盗んでくるのは疲れたよ…。死にたい

今日東京カレンダー読んでタワマン男への夢膨らます

夜の底は柔らかな幻を読んだ。ミステリーサスペンスが始まると思ってたのに、めくるめく現代SFファンタジーが始まったからびっくりした。高知県の山奥がすごいことになってしまった。

恩田陸SFファンタジーというと、劫尽童女を思い出す。個人的に結末が尻すぼみに感じられて残念な読後感だったけど、今作はスケールの大きさにも投げっぱなしジャーマンにも圧倒されてしまった。

すごい。最後までよく分からない重要用語があり、使われている超能力みたいな力が何由来なのか、いろいろ疑問は尽きないけれど、そんなこと関係なくとにかく面白い熱量が本当にすごい。

上巻の終わりがけなんて、バトル描写が冴え渡っていた。ライトノベル意識しているのかとも勘ぐっちゃたけど、書きたいように、書かねばならないように書き切った大作なんだと、上下巻を読み終わってから認識を改めた。

いろいろな人の結末が知り切れトンボで終わってるけど、それさえ悪い効果をもたらしてない。このぶつ切り感が、作品根底に流れているの重要な要素の一つになっているんだと思う。

加えて登場人物のその後の人生想像するのも面白いしね。例えば最後に二人は下山出来たのだろうかとか。軍さんは死んじゃったのかとか。占部さんとみつきはどのような報告を受けるのだろうかとか等々。個人的に、ぼろぼろの二人には生き残ってもらいたし、葛城には改心してもらいたいなって思う。しなさそうだけど。

凄惨描写もあって結構惨たらしい内容だったけど、随所に現れる象徴的な風景描写が秀逸で、読み進める内に不思議世界に迷い込んでしまった。

ただ本当にミステリーだと思って読み始めたので、冒頭の数十頁はよく分からない単語説明もなしに出てくるし、何がなんだかわからないまま読まなければならなかったので辛かった。

そこさえ過ぎてしまえば、高地山中にある秘境からいっきり突き落とされるような読後感ま、でノンストップで突き進める。壮大な作品でした。