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はてなキーワード: 風景とは

2016-12-07

キャラだけ漫画記事に対して

少し前キャラだけの漫画が苦手という増田記事を見た。個人的にはキャラだけ漫画刃牙みたいな系列かなと感じているのだけど、

これはキャラだけ漫画というより世界観を感じさせない漫画が単調になってしまう一例ではないかと思った。

別段それは屁理屈めいた世界設定がたくさん用意されている、という話ではなく。

サブカル日常系によく見られる一部の漫画は、日常の中の細々としたガジェット風習を見せることによって

世界存在していることを感じさせてくれる。

先日『ぬらりひょんの孫』が「(ジャンプ漫画として)ハイグレードな普通」だと言ったんだけど、

この作品ジャンプ的な悪癖が何かといえば世界設定が文字しか語られない、ということ。

例えば別段バトルはかまわないけどバトルの中間妖怪世界では常識とされている日常風景などが幾つか登場しなければ、

人間社会とそう変わりがないものになってしまう。水木しげる妖怪人間にはパーティション存在していて、

隣の世界でありながら断絶されていることを示していた。『うしおととら』の主人公も獣の槍をもった瞬間に

「人ならざるもの」の様相を見せるのであって、決して「剣心に似た誰か」になるわけでもない。

怪物くん』の世界では人間味が感じられる味方の妖怪でも必ず味方とは言い切れない非情かつ残酷な側面を背負っていた。

まり妖怪もの世界設定は人にも味方するが基本は山窩のような常民と違った組織であることを明示する必要性がある。

その意味ヤクザ組織として描かれている事自体は正しいと思う。

だけどそれだけで世界観の広がりが感じられるかといえばそうでもない。

世界設定をそれとなく広がりを持って説明するには絵もそうだけど世界風景

ガジェット、しきたり、慣習などがそこに存在しているように描かれなければならない。

まり「誰が」「どこで」「何を」「どうした」かが明確である必要性がある。

この点例題したぬらりひょんの孫はどこで、という空気演出はほぼお座なりになっていると言ってもいい。

ぬらり~のキャラたちはどこを舞台にして何で戦ってもキャラ特性を発揮して舞台に左右されない。

筋書きは文字だけで進行しているようにすら思える。

舞台に左右されないキャラはとても大雑把位に言って白背景のキャラだけ絵で、

仮に環境の中にいてもジョジョのように環境利用闘法的な用法となってしまう。

ここから先は妖怪世界ですよという区分必要だけど、

閑話休題して妖怪の細やかな日常シフトした回も設けないといつまでたっても妖怪全体の設定が形成されない。

そこから出てくるキャラも表面的な資料の寄せ集めになってしまう。

ちょっと頭の中をはっきりさせるために散らかってしまったけど、

結局キャラ漫画と言われてしま所以キャラが乗っかっている場所がないことだと思う。

決して問題ストーリーでもないし、口幅ったい説明的な設定でもない。

ぬらり~だって世界設定はあるし組織だった活動もあるでしょ、

なんて反論もあるかもしれないけど、リアリティある実在感があるとはちょっといえない。

例えば『ドロヘドロ』はこの点は非常によくできていて、

謎の用語や仕組みも作中で自然に出しながら勉強させずに世界を読者の脳内に構築できるようにしている。

誰かが暮らす前提にはその場所土地がありそこから人が出てくるのであって、

人だけ配置されたチェスをやってしまうと上の指摘みたいな問題を起こす。

じゃあこっから漫画における世界設定の伝達ってなんだろうと考えると、

多分絵によって設定を開示しつつキャラストーリーに絡めることだとしか言いようがない。

特に設定が人に影響する、人が設定に干渉するという部分で言えば、

ぬらり~は少なくとも今まで読んだ巻の中で全く達成しているとは言いがたかった。

キャラ世界観舞台背景の設定資料がそれぞれ分離して語られている。

なんとなく自分の中で整理できたのでここまで。

2016-12-04

痛いニュース画像まとめを絶賛してたはてブユーザーはどこ行った?

現在進行系でキュレーションサイト問題になってますが、WELQみたいな編集主導メディアはともかく、キュレーションサイトってようはまとめサイトのことを指し、2chブログであり、Togetterであったりもするわけです。

2chブログ大手痛いニュースなんかは、過去に大量に画像無断転載したまとめ記事を作っていて、それだけなら2ch系ブログにおける日常の悪さであるのですが、あろうことかはてなブックマークが1700以上もつくほどヒットし(これは1記事としては当時最高クラスじゃなかったかな)、もちろん炎上で伸びたブクマではなく、絶賛コメントの嵐なんですね。

 

はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):まるでフィクションのような風景

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/687100.html

当時、この記事だけでなく似たような画像キュレーション記事が書かれ、どれもはてブでヒットしていました。

 

今、ちょうどヒットしているキュレーションサイト画像パクリ批判している記事についたはてブ数が1700を越えていて、痛いニュース画像パクリ記事についた絶賛はてブ数と同じくらいなんです。昔、無断転載記事を絶賛していた勢力と、今、無断転載批判しているユーザー勢力が、はてブの上では対等になったんです。

それでまあ、10年の開きもあるし、同じアカウントで続けてる人も少ないだろうけど、ネットのどこかしらには存在するはずで、昔のゆるさを楽しんでいたあのはてブユーザーたちは一体どこにいったのか、今何を考えているのだろうなと。当時無断転載を絶賛していたユーザーは、今回何を思ってるのかなと。

 

いや、調べてみると結構な数で、両方の記事ブクマしてる10継続ヘビーユーザーが意外に多くて逆にビックリしたりもしたんですが。

http://fut573.com/compare/?url1=http%3A%2F%2Fblog.livedoor.jp%2Fdqnplus%2Farchives%2F687100.html&url2=https%3A%2F%2Fwww.photo-yatra.tokyo%2Fblog%2Farchives%2F11079

http://anond.hatelabo.jp/20161201182147

以下『この世界の片隅にネタバレも含まれます


・妹に語り聞かせているシーンなので、現実に起きた出来事とは限らない

主人公は実際の風景や物を元に絵を描くタイプのようなので、ひげもじゃの籠しょったおっさんはいたのでは?

ラスト近くの同じ橋のシーンで化け物が後ろを歩いている

・すずの人生水木しげる人生の鏡写し、だから大人になるにつれ妖怪が見えなくなった

ラストシーンが語るように、この映画右手が語っていた物語



このあたりがヒントなんだろうが、答えがわからんです

2016-12-03

自社内(人貸しIT業)で見る弱者の身の置き場

1.顧客現場の補佐要員

新人時短など

減額・非課金業務従事

ここにいる弱者はむしろかなり上の部類

2.自社の生産部署

自社開発で稼ぐ会社ではないので、自社の生産部門要員=余り者を回すための仕組み

マネージャー新人・客がつかない社員時短など

金を稼いではいるため、卑屈さは少ない

3.自社の運用部署

運用とは言うがきちんと切り分けられておらず、実質は生産部署のオコボレ仕事的なものも多い

人員構成は2と同様だが、社員の質は生産部署から下がる感じ

3b.新事業部

マネージャー営業新人+行き場のない社員

立ち位置としては2・3の部署に近い気がするが、生産性としては2・3の下

固定メンバー化している

4.自社向けの内勤補佐業務部署

専門スタッフ時短・病んだ人・顧客トラブルを起こした人・その他行き場のない人

金を稼がない立場になる

雰囲気の暗い男性時短女性構成

1・2・3の部署間は人の流動がある

1→2・3の異動をしても1に戻ることも少なくはない

2・3間は異動というほどの区切りもなく、かなり流動的

4のみ人の流動は著しく低い

1→2・3→4と異動した後、4以外の場所に戻った人間というのがほとんどいない

生産部門と非生産部門の隔たりは大きい

社外勤務→社内勤務(生産)→社内勤務(非生産

右への異動は容易だが逆は難しい

社外勤務→→→→→社内勤務(生産)→→→→→→→→→→→→→→→社内勤務(非生産

これくらいには差がある

落ちる方は楽で逆は難しい、なら自社勤務さらには非生産部門社員人数は増えるばかりのはずだ

しかしそうはならない、退職者が出るため

また近年は経営側もそうそ簡単に非生産部門への異動を許可しなくなった

そのため自社の非生産部門は決まった人員がずっと担当している、彼らはもうどこにも行き場はないだろう

弱者が自社に集まる一方で、自社は勝者が集まる場所でもある

生産部門で勝ち抜いてマネジメント立場に就いた役職者がいる場所でもある

しかし彼らは自社に席を持ちながら週の半分は客先や他社との打合せその他で外出している

定時後は客との食事会ということも多く、忙しそうにしている

部長より偉い席の役職者が金曜の定時挨拶時に言った

今日はこれから九州への出張から、月曜の出社は昼過ぎになるから

土日も仕事か、そして休みしなのかと恐れ入る

弱者と超勝者の入り乱れる自社の風景である

2016-12-02

この世界の片隅に」はドキュメンタリーかも知れない(ネタバレなし

評判が異様に高かったので観てきました。観終えて真っ先に思ったのは「えっ、どこが面白いの?」というたくさんの疑問でした(苦笑)

このお話は、戦前そして戦中に生きた「すず」という少女物語です。すずはちょっとぼーっとしていますが、いつも笑顔を絶やしません。そんなすずは昭和19年に見初められた見知らぬ男の人のとこへ嫁いでいきます。そして、どこで会ったかも覚えていない男の人の一家と暮らすことになりました。

こう書くと戦中の「暗いお話」で、昔の風習に流され嫁いでいった「不幸なお話」のようにも思えますが、ぜんぜんそんなことはありません。むしろ、戦中を必死に生きる人たちの中で、おとぼけすずの楽しい日常が描かれていきます。この作品コメディでもあるんですよ。なにせ自分が嫁いできた家の名字も知らなければ住所も分からないのです。途中何度も笑いそうになりました。

しかし、コメディからといってもクスってなる程度でそこまで強烈なものでもありません。基本はのんびりした主人公すずの、のんびりとした日常描写です。日常系アニメとか間延びし過ぎて苦手だし、大して笑えないコメディなんて観たくもないです。のんびり主人公日常なんて、そんなの映画にされたら堪らないよ! と思う暇もなく、気づいたらあっという間に120分が終わっていました。

……あれ? 何が起きてるの?

映画館から出で最初に思った「どこが面白いの?」という感覚。にも関わらず、120分間片時も画面から目を離すこともなく、一瞬も他のことを考えもせず、映画に釘付けになった事実

これはなんだ? なんなんだ? そうだドキュメンタリーだ!

この作品に分かりやす物語性を期待すると「あれ、どこが面白いの?」という感想になってしまますが、これをドキュメンタリー視点から眺めるとガラりと評価が変わります

緻密なまでに調べ上げられた背景や情景。人物生活描写。昔のことの知識がないのに、自然と伝わってきますきっと当時の人達は本当にこうやって暮らしてたんだと。そして何より、生き生きとそこに存在するすずを初めとする登場人物たち。これは声優の演技でもあり、アニメとしての芝居の持つパワーでもあります

アニメ映画である限りすべては嘘であり、物語以前に、山も空も町並みも人物戦闘機もすべてが嘘なのです。そう全部嘘なのです。嘘なのに画面の隅々まで嘘が全くないのです。映画館座席に座り、上映が始まり終わるまでの120分。すずは本当に目の前に生きていたし、本当に瀬戸内風景がそこに映し出されていましたし、その間に戦争が始まり戦争が終わります

この圧倒的なまでのリアリティに支えられ、すずはその場に存在しているのです。

続き→http://nabe2.blog.abk.nu/0239

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161201115503

あの師弟喧嘩自体セッションでした、みたいな話なんだけど、あん師匠に当たったら新人潰れちゃうよね。

実際才能以外いらない、みたいなスタンスで、作品以外の人が潰れても問題ない感じだし。

途中の医療関係者の話はめったにないことだけど、緩急という意味では救いがあったかもしれない。

基本的ワナビ界隈でよく見る風景で、苦しんでいるから人を小馬鹿にし始める主人公は前傾姿勢で音の世界が全てになってゆく。

あるあるで満ちていて経験者にはきつい。

2016-11-30

この無数に重なり合う世界の片隅に。

終盤唐突差しまれる、被爆したとおぼしき、右手がずたずたになって、左手少女と繋いで焼け野原を歩く女性



これは、すずだ、と。

これは、本当の、すずだ。

すずさんは、広島で、子供かばって、被爆したのだ。



普通に、当然のように、そう思った。



始めに言っておくんだけど、多分こういう解釈はあちこちで出てて、多分「原作読めば分かるけど、それはこうだよ」って否定されてると思う。実際、原作を読めばそれだけで氷解する、阿呆みたいな、とんちんかんな、暴走妄想なのだと思う。

別にそれでいい。

ただの、原作未読で、映画も一回しか見てない僕のモウソウだ。「トトロで、サツキとメイは実は死んでました」のたぐいの話だ。



ただ、僕には、そう見えてしまった、ということをメモっておきたかった。



終盤に唐突に現れる、焼け野原を歩く女性は、すずだ、と思った。

本当のすず。

現実のすず。

今、そうであるすず。



じゃあ今までのは全部夢だったのかな。すずの妄想だったのかな。彼女はとても夢見がちで、どこかぼんやりしているのだ。



でも、思い返すと、すずが妊娠したんじゃないか?ってなった時、医者から出てくる様子が映されたのみで、どうなったか結論が何も出てこない。

勘違いだったのか?

食べ過ぎとかか?

生理不順か?

それとも……流産した?



それは、劇中では語られてない。まるで、触れてはいけないことのように、一切触れられない。



世界はこの時、分岐していたのではないか



流産した世界と。



無事に月を重ね、広島に帰って出産し、育て、そして……そして原爆に遭い、子供かばい、右手を失い、ほどなく死に、ウジに、ハエたかられる世界と。



たとえば、お義父さんがすずと晴美を米軍機の銃撃からかばったあとに、ばったり倒れたまま起き上がらないシーンがある。直後、徹夜してたために爆睡しちゃったのだ、と笑い話になる。

たとえば、すずが海と軍艦を絵に描いてると、憲兵に目をつけられ、手帳は取り上げられ、家まで押しかけられて家族皆が詰問される。直後、このすずさんが間諜って、そんなあほな!と笑い話になる。



シリアスになると、直後にお笑いオチになる。



本当の未来は違ったのではないか。あの時、お義父さんは米軍機の銃撃で死んでいたのではないか憲兵に目をつけられたすずは、そのまま連行拷問の末、獄死したのではないか



そうなった未来をすずは、棄却し、そうでない未来選択し直していたのではないか



どうやって?

そりゃあ、右手で。

すずの想像力の源、生きる力、癒やしの力、生み出す力で。



から、晴美の事故を、やり直せなかった。一緒に右手を失ったから。もう、左手でいがんだ世界しか描けなくなったから。



から原爆も。



でも、じゃあ、あれは、一体なんなのか。原爆焼け野原で、「本当のすず」が連れていた少女は。その子と「すず」が出会い、引き取るのは。



どうともしようがない。合理的な上手い説明など思いつかない。ただ、いくつか思うのは、もう世界線というか、時空は入り乱れてるように思う。原爆エネルギーなのか、なんなのか。



すずは幻想右手を取り戻して、いがんだ左手風景は消えて、そして鬼いちゃんは南方で毛むくじゃらの化物になり、ワニの嫁さんをもらって、過去の人さらいとなって、すずと周作を出会わせる。

貧しい生家から裕福な家に奉公に出され、奉公から出奔し、草津の家で座敷童になり、遊郭に拾われ、遊女となった、(そして「今」は空襲で死んでしまった)ひとりぼっちのりんの隣に、すずの幻想右手は、自分の姿を描き入れる。



ならば、もうひとつ世界の流れの、原爆惨禍に遭ったすずは、そうならなかった世界の流れのすずに、自分の娘を託すぐらいの事は出来たのではないだろうか、と僕は思うんだ。



その程度の奇跡は、起こせてもいいんじゃないかと思うんだ。

2016-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20161127233803

これは面白いし多分ブコメも伸びる。

スイッチ収集国民への普及に際してどういう施策政府がとったのか、というスピンオフも考えられるし、

スチームパンク的な風景が思い浮かぶよう。シンギュラと量子論と平行世界連呼してるより遥かにいい。

性能を一切見ずにPCを買う人がいて驚いている

「安かったから」は、まだ理解出来る

どんな低い性能でもPCはそれなりに使い道はあるから

しかし違う理由PCを買う人が意外と多い事に驚いている

「形や色が可愛かったから」

これはまだ序の口

壁紙が綺麗だったから」

どうやら、新聞の折り込みチラシの写真に映っているPC液晶画面の壁紙が綺麗な風景写真か何かだったらしい

その人はそれを理由に16万円のノートPCを買ったという

それなりに高性能な機種だったのだが、当人はそのPCで何をしているのかというと、今は特に何もしていないという

理由を尋ねてみると「いつの間にか壁紙が変わってしまっていた」からだという

おおかた画像ファイル右クリックして「背景に設定」を誤ってクリックしてしまったのだろう

その後「本棚の上がちょっとしかたから」と、肩の高さくらいある本棚の空きスペースに「設置」してあるらしい

パソコン壁紙なら、あとから好きな画像を設定できるよ」と、それとなく振ってみたのだが「うーん、わたしはそういうのはいいかなー」と、意味不明スルーをされてしまった

2016-11-26

最近公共交通トラブルに対する市民の不満について

私はとっくの昔にSNSのまとめで私鉄嫌いを(事実上ではあるが)ほぼ全面撤回した。だから私鉄含めて鉄道は左程嫌っていない。

しかし、最近一般市民による日本民営公共交通特にいわゆる「私鉄」に対するバッシング理解できるよ。

だいたい、私鉄なんぞ昭和の終わることにはとっくの昔に公営化できた。しかし、日本人はそれをしなかった。

何故だろうか?それは、私鉄事実上特権産業になっていたからだ。

東京でも郊外の片隅に行くと、私鉄地本が根強かった時代の名残が残っている。

例えを言えば都市開発。現在でも東京都心を少し離れただけで、私鉄資本都市開発地域が残っている。

当時は、私鉄線とその会社が同一の建物しか建っていなくて、地方よりもむしろ私鉄社会郊外のほうが、この地域には○○資本の店がないという地域が多かった。

2000年代までは私の住んでいた地域(2014年一身上の都合引っ越したが、引越し距離がたったの1km強なので住んでいるでもかまわないと思うが)も身近にその風土が残っていた。

しかし、2010年代になるとその流れが止まる。理由は言うまでもなく、近頃の新設鉄道第三セクターが主流になったからだ。

理由を考えてみたが簡単だった。公共交通公共財産であり、最大限その利益公共還元されるべきという社会意識が高まったからだ。

新自由主義経済に浸透すると、私鉄社会の根強い郊外にも外資系ファスト風土系列建物進出するようになり、音を立てて私鉄と一体化した郊外風景崩壊していった。

最近は、よく訳のわからない事故が多くなり、東京あたりでも鉄道以外の公共交通利用などが増えているらしい。

近くに、都心までの直通バスが増えていないだろうか?

それに、私は最近の安い有料駐車場や有料駐輪場の増加について疑問を抱いていたが、その謎が解けた。

余った土地有効活用しようというのが一番わかりやすい回答だが、やはり最も現実的ものは、最近駐車場駐輪場需要が増えたかららしい。

話を聞くに、鉄道交通が(定時率の低下で)あまりにも使い物にならないために、バス交通機関にもあふれた人間が車やバイク自転車を使うようになったというのが多数なのだが、私はその真相を知らない。

いずれにせよ、嘗ては街の誇りでもあった私鉄社会が今では街の恥さらしとして認識されつつあることは間違いがないだろう。

しかし、そのつけを支払うのも今まで私鉄社会を盲信し続けた私を含めた鉄道市民である

から、間違っても「安倍政治氏ね」「この鉄道野郎が」「先祖馬鹿野郎」とか言ってはいけない

核をテーマにすると難事になる

古典文学映画核の冬が出てくると、それは時代から仕方がないとは言えるけど、

今となっては核を主格にして扱うなんてかっこ悪いよね、と言われてもなんだか得心してしまう。

だって全く健在的な問題なのに、現実的には大戦が起こってないから、津波があってもそういう危機感物語に入ってこない。

仮に今から戦争が起こって、核にまつわる事件が発生したら相当な難事になる。

なにしろ過去作品描写を越えつつ、今風のテイストに変換して不謹慎さを感じさせず、

古典事大主義的でダサくない感じに仕上げなければならない。核から宇宙戦争ガンダムが臭ってはならない。

日常系としての核、という側面はナウシカ原作が既に行っていて、よく考えるとその捉え方は今でもダサくない。

戦争のあからさまな警鐘核爆弾を使ってドンパチやりかねないダサさとは無縁だ。

核その後の日常系かつ復活した人工による自然風景。核+日常系もすごいが、

自然が全部人工物でした、という覆し方も当時にしてはパンクだ。

別に宮﨑駿上げするつもりはなかったけど、核でダサくない作品がさっと思いつかなかった。

マッドマックスとかは警鐘とかそういう感じでもないし、核その後ではあるけど核問題への取り組みというと違う気がする。

コミックス版は知らん)

しづつ『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を邦訳しながら。

2016-11-24

ほのぼのあるある漫画家限界

別に剽窃ネコ漫画家のことだけを言っているわけではなく。

1コマ~1ページでほのぼのポエム微妙な絵柄の絵本風の話ばかりを描いている人というのはおのずと限界があるのではないかと思う。

てかそんなに沢山世の中にあるあるとかないだろ。

そういう人に共通してるのが微妙な画風を「ほのぼの」「ほんわか」「ほっこり」でごまかしてそれ以上画力をつけようとしないこと。

要するにネタ勝負いつまでも同じ作風で行けると思ってるってことだ。

腹が立つのがそういうほのぼの系のやつらに限ってネタパクを平気でやってること。

もちろんうだまのように極端にモロパクするやつもいるけど、大抵は小賢しく他の作者さんのネタを下敷きにしてつまらない日常系風景にして自分作品として発表している。

元ネタにするくらいいいだろうとか、それは単なる情報元であってパクリではないと言われてしまう事例であることは十分にわかった上で言いたい。

あいつらは人のネタ自分のもののようにすることになんの恥ずかしげも感じていない。

しろそんな元ネタを見つけらられる優れた完成のあたし!くらいに思っている。

それが腹が立つ。

2016-11-23

想像力がない

小説なんかを読んでて、登場人物たちがいる場所を、自分過去に見たことのある場所想像してしまう。

例えばハリーポッターみたいにファンタジー全開な小説でも、ハリーが仲間と会話しながら次の授業へ移動する場面では、自分が通った小学校廊下に彼らがいることを脳内で描いてしまう。

他にも日本舞台小説で、家の中で会話してる場面では、実際に過去に住んでた家や友人の家、ドラマ映画で見た家で脳内再生される。部屋内について描写があってもベースとしてはそうなる。

要は文章読んでゼロから風景想像することができない。何かしら過去に見たものを流用しようとする。だからイマイチその作品を味わえてない感じがする。

原因としては子供の時からゲームばっかりしてたからじゃないかと思う。

どうやったら想像力って鍛えられるのだろうか。

2016-11-22

結局は見ないという生き方

「この世界の片隅で」

戦争モノなんだよね? で、最後原爆落ちるって観客が知りながら見るんだよね?

瀬戸内海風景キレイなんだってねえ。

武蔵とか青葉とか、つけ麺屋っぽい軍艦が寄港するんだよね、そうそう呉。

呉と広島って距離的に結構離れているから、のんちゃん原爆とはあんまり関係ないって感じになるんだよね?

予告編見たけど、こりゃ泣くわ~と思った。いかにも泣きそうな感じ。やっぱ見に行くのやめとくわー。


君の名は。

これ分かんないんだけど、彗星が出てくるんだよね?72年に一度の。

階段から転げ落ちて男女が入れ替わるってやつね。倉敷だっけ?

小林聡美オッパイ出してた映画アニメ版って解釈で合ってる?

男と女が入れ替わったら、当然「あれ、チンポがない!」ってシーンも出てくるんだろうね。

そのあたりはコミカルなの?泣けるのかなあ?

あと。すごく絵が良いらしいねえ。いやあ正直、アニメ知らないから比べようがないんだけどw


シン・ゴジラ

見たほうがいいってみんな言うよねー。京急壊すんだよね?

そんで羽田空港あたりから立川あたりまで歩くんだよね、ゴジラが。

あ、ゴジラじゃなくてガッジーラ?

会議のシーンの描写が細かいんだよね確か。オタク会議やるらしいじゃん。

ていうかほとんど会議のシーンばかりで寝ちゃうっていうのもホント

ヤリオリ大作戦だっけか、なんかバブルガムブラザースの歌みたいだけど、

回送電車を寝ているガッジーラにたくさんぶつけたら怒って、変身するんだよね?

2016-11-21

この世界の片隅にを見たけれどあんまりピンと来なかったというか

途中から戦争中は世界中でこういう風景が起こっていたんだなと思うと

それが戦争日常風景なんだと感じ、人が死んでも悲しくもなくなってしまった

日本人けが特別じゃないしねまあ原爆落とされたって意味では特別なのかもしれないけど

泣いてる人は日本人特別被害者悲劇主人公化出来るから泣いてるのかもしれないが

あと子供犠牲になると泣くスイッチでもあるのかもしれない

シンゴジラでも思ったけど現代戦争は外敵というわかりやすものじゃなくて

ヒラリートランプみたいなわかりづらい対立から発生してるように感じる

昭和戦争過去のものだ全くリアルには感じないか自分には

逆に帰ってきたヒトラー国際問題合わせて戦争へ突き進んでしまう恐ろしさを感じたんだけど

まあ多分作品的に合ってなかったということで

終わり

2016-11-19

例のNHK宮崎全部みたけど

地球最後の日が近いって感じがするね。(そりゃあ or こりゃあ)人間のほうが自信なくなってるからだよ」

に全部集約されていて、あの部分に長文必要かなって思った。

結局主体性がなく価値の置き所がないから正解がわからずに結果的冒涜を生み出すという話しであって、長文の殆どはそこから派生した枝葉だろうなと(川上サイドの話はあまりに当たり前に技術への挑戦の話なので書かない)。






閑話休題

ちなみに取材班は良いとこ撮ってるなあ、とは思った。笑顔を切り取ってトトロと重ねるとか、ああいうあざといやつではなく。

番組構成生命への挑戦と挫折と再起みたいなところに的を絞ろうとしている話でもない。

しろ大事なのは宮﨑駿その人が未だに頑固爺で、「CGに負けたくない」

とかプライド発揮しつつ庵野にも見られる異様なプロ意識を見せていたこと。

今更だけど、あん姿勢だったらたしかに人は離れる。離れるけどああしなきゃ絶対良いものはできない。

動かなきゃやってられない、ニヒリズムでもなくそうだみたいな台詞はいちいち頷ける。あー作ってる人の声だ、という感じ。

爪の垢を煎じて飲まさせていただきました、という意味で老人からパワーを貰ってしまった感じ。



鈴木さんと宮崎さん、及び教習で自分と同じ爺を見てびっくりしたという話もそうだけど、

失礼ながら老人ホーム入りしかねない二人が現役であの椅子にいる風景は色々危ない感じはした。

これも前から言われていることなので今更だけど、あんな巨塔の老人の後釜なんかいないよ、

という思い一緒に、体制のヤバさと、少ない天才を潰してしまプライドの高さや要求レベルと、

逃げた細田監督とか米林監督とか色々思い浮かんだ。

じゃあ老人二名があの椅子に座るしかないよね、という一巡も含めて。

面白い人だなあ。付き合いにくそうだけど見てると本当に元気になる欲張り爺さんだよ。

2016-11-18

匿名からこそ書ける『この世界の片隅にチェックポイント

この映画日常アニメとしても評価されており、確かにそうと言える。

ほんわかした笑いの連続劇場空気は温かいし。戦時中舞台にしているというのに、声を出して笑える映画だ。

その一方で暮らし様式や知恵、戦艦飛行機、情勢、草、花、木、鳥、全てにおいてリアルに描かれている。

このアニメアニメだと思えないほどリアルだと感じられるのは、このせいである。

そういえば、8月公開の「君の名は。」でもこの問題については言われていた。

背景をリアルにすることで、実写を見る感覚に近づく話だ。

そこで気付いたのだ。

君の名は。」と「この世界の片隅に」の共通点を。



まずタイトルが変なとこで終わっているね。そんなことはどうでもいいんだ。

君の名は。話題になったのは音楽の使い方だった。これが凄く似ているんだ。

RADWIMPSコトリンゴ音楽で話を進める力を持つ。この世界の片隅に挿入歌も数曲あるので音響よろしいとこで見るとよろしい。

また「その日」にどうやって進むのかという焦燥感なども同じポイントだ。



ここまではツイッターにでも書けることだ。

問題はここから

君の名は。」で一番話題になったのは、なんだった?

RADWIMPS

リアル風景描写

展開?

うん、違うよね。

そうだね、おっぱいだね。



君の名は。公開当日は「おっぱい」でツイッター感想反響スレが埋まっていたほどだった。

三葉のおっぱいのシーンCMで見るたび、諸君はドキドキしたであろう。

おっぱいで感動させ、おっぱいで笑わせる。すごいおっぱい映画だったんだ。

更に追い打ちをかけるのが口噛み酒。これは新海監督の確信犯だ。酷い男だ。



え、なんでおっぱいの話をしてるのかって?

決まってるじゃないか

この世界の片隅に』のおっぱいシーンはみんな見るべきだろ…………!!!!!!

超真面目なアニメの中に数秒入り込む全裸シーン。大画面で見る横乳に、「あれ、どうして、こんなシーンが入ってるの…!?」と混乱すること間違いなしだ。

そのおっぱい主人公のすずさんのものでは無いんだけど(すずさん、あんなに乳なさそうだし)、これまた入浴しているすずさんに、おっぱいがかぶさっている絵というのが最高。

●RECがたくさんつきそうなシーンがあるのだ。

しかアニメ界でも尊敬される監督と、有能アニメ会社MAPPA」の作画でそれを見ることが出来る。



おっぱいあんまり、という稀有あなたにも薦めたいのだが、予告を見ていただいたら分かるとおりキスシーンがある。

もっというと「初夜シーン」がある。「事後」もある。

しかしこれがまた、真面目に丁寧に品よく作られていて、子供が見ても「?」となる具合。しか大人が見たら「うぉぉおおお」となる演出になっている。

さらにはNTR!?というシーンもアリ、しかも超作画で超セクシー。生々しくて、あの絵柄で(!)ドキドキするのだ。

主人公すずが「この子はもうまったく…」といったぼんやりした子なのだが、時々女の顔になる。その時の色気具合ったらありゃしない。

隙だらけの色気というのか…なんなのか。声も良いよね、リアルで…。

しか主人公を取り合うのが、二人とも最高レベルイケメンボイスを作っている細谷さんと小野Dなのだから、色気出しすぎてて男女ともにドキドキしてしまう。



さておっぱいの話に戻るけど、バスケシーンの三葉はノーブラである。流石にキャミソールくらいは着ているものと推測できる。

終戦前の庶民というと、ブラジャーはまだ無かった。乳バンドかいうのはあったようだけど、それもパッドがついているようなものではなく、帯だったようだ(暮らしの手帖より)

まり、「この世界の片隅に」で出てくる主人公すず(18歳~)、遊郭女性や、気の強い義理のお姉さん、近所の奥さん、妹といった魅力あふれる女性たちは、みんなノーブラということにになる。ちなみにロリまで出てくる。



いかがだろうか。この世界の片隅にを見に行かなければならない理由は、以上にある。

こんなことあの真面目な映画で長々文章にできるアカウントブログ存在する気配が無いのだが、正直みんな思っていることを代弁したまでだ。

後悔は無い。



ごめんなさい。

同じ手すりに掴まっている

雨宮さんと面識はないが、近い業界にいるし、

消滅しつつあるサブカル業界の一端から、端正で繊細な文章共感をもって眺めていた。

世代だが、いまこの業界にいるのがとてもしんどい

健康診断、というよりメンタル部分のケアなど碌々受けたこともないのだが

たぶん自分は鬱になってる。今までやってきた事の無力感、これから続けていくことの絶望感に包まれている。

メディアSNSによって、自分仕事他人の目に触れられていると、

華やかに思われている、と感じることもある。でも自分の中ではとっくに絶望している。

なにも残せないと考えている。

雨宮さんの死への人々の反応が、自分もそうなったらこういう風に言われるのかなと、

勝手追体験している。

自分葬式風景を見れないってことが、ブレーキひとつになってると思うのだけど、

大体わかった、もうこんなもんでいいかな、と考える自分発見している。

後追い、なんて言われるのは嫌だが、自分も見たい景色を見失っている。

2016-11-17

この世界の片隅に、見てきた

感想長々書いてたのに書き上がる寸前で全消しした。死にたい

ので、もう適当しか書かんわ。

関係ないけど、朝起きてその20分後に映画館の席につきました。

顔を洗うのと歯を磨くという行為ナチュラルに忘れました。




自分映画を見て感じたことは

世の中の存在存在するだけで誰かのためになっている

ということ。

泣いた。

 




自分映画を見て考えたことは

世の中の存在存在するだけで誰かのためになっている一方で、

全ての人に存在肯定されることはないという、

まり時と場所によっては存在否定されるという、現実




人間社会の寂しさや、人間エゴっていうか、自分本意っぷりを感じました。

冷えた。






以下ネタバレほぼない感想

普通にいい映画からみたほうがいいよ。

日時の表示を見る度ドキドキした。

地名位置関係がわかればもっと楽しめる?んだろうなと思った。

広島と呉の位置関係ぐらいは知ってたけど。

戦争描写は、以前から日本ドラマ映画描写ステロタイプ

(街の風景とか兵士とか女性の結束とか)だと感じていたので、

まぁ特に驚きもなく、普通というか、すんなり受け入れられた。

でもやっぱり空襲とかはドキッとした。

あと家族含む広島の人のその後の人生とか。

あの一報(ラジオ音声)は実際にあったもの再現してるのかしら。

考えてみたら新聞じゃない報道がどうされてたのかとか知らなかったなーと。

国威発揚とかは聞いたことあるけど。

NHK?あれ。

2016-11-12

私の祖父の生家は広島舟入で、焼け出されて大洲に移った。

鈴さんの実家がある江波の隣だ。

そんな縁の土地勘はあったにせよ、

海苔養殖をしていた風景なんてものは知らなくて、

でも鈴さんの生活瀬戸内海の潮風と共に

すっと胸に入っていく。

この世界の片隅に。ずっとずっと笑って生きていたい。

そんな力が映画にあった。

鈴さん可愛い。鈴さん可愛い。鈴さん可愛い。鈴さん可愛い

2016-11-11

杉並区民の精神衛生

夏に所用があって西武新宿線西武バスJR中央線杉並区を回った。

しか杉並区には、海のない、山も見えない、大きな川もない

関西人の私には息が詰まりそうな風景だった。

区民の精神衛生大丈夫なのだろうか?

私にはとても暮せそうもない。

2016-11-10

トランプ当選してトランプに抗議してるのはよく分からないぜ。

トランプ投票した奴に抗議するのがスジだろうに。

暴動風景見てると40年前くらいの学生運動を思い出すな。

2016-11-03

Youtube風景を写すライブカメラ

やっぱ渋谷交差点が一番おもしろいな。

人がいっぱいいるのもそうだけど、一定間隔で「人が流れる→ストップ」をくり返すのがいいんだと思う。

人が大量に写ってるライブカメラでも、メリハリ無くだらだら流れてるのばっかりだしな。

2016-10-29

終末のイゼッタ」の面白さと影に隠されたヤバさ

始まる前の予想では、どうせ美少女が銃に載って戦うだけなんでしょって思った。

このマンネリ感をいい意味で覆してくれたので、イゼッタを見るのを楽しみにしている。

まず、お姫様が良い。最近斜に構えたポンコツ姫やツンデレ姫ばかりが多い中で、責任感の強そうな正統派金髪姫が見ていて清々しい。物語女の子中心に進展していくのは、戦争モノで緊張感があるのに食後の一服のような安心感を思えるほど。つぎに、兵器描写ミリオタ一定の評価をウケれているらしい(自分は詳しくないので評価できないけど)。戦闘アクションシーンとかも、きちんと言いたいことの伝わるいい絵が見れました。

で、このアニメを見ていて思ったことがある。イゼッタはWW2のドイツ軍とそれに抗するヨーロッパ小国を描いている訳なんだけど、日本人って本当にヨーロッパ好きだよね。アニメ絵ヨーロッパ風景を描くと、現実味より異世界感が満載になって歴史元ネタにした暗さを全く感じさせないのが素晴らしいよなと思う。

これが、もしWW2のドイツではなく、日本だったらゼッタイアニメにはならないに違いない。例えば、ミッドウェー皇族美少女)が戦線に立ち、幼なじみ巫女さんが神通力戦艦空母を次々となぎたおして日本軍勝利へと導く。兵士たちは建国神話神武東征の再来じゃーということになって、万歳三唱。これは八紘一宇エンド待ったなし!やばいでしょ、これは。

2016-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20161028225858

空気にも主張させてよおおおお。

電車内の風景の一部かもしれないけどさあ。

そういう部品なんだけどさあ。

人間なんだよ!