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はてなキーワード: 基本的とは

2017-05-27

ブログ増田さん

誰がどんなブログを書こうと基本的に本人の自由である

 

某日ネットで調べ物をしていたら、ある単語が目に止まった。「(増田)のブログ」という、そのまんまなタイトルブログ

その(増田)は私のアダ名である名前由来だが名前が珍しいのでアダ名も珍しいのだ。

 

ブロガー増田さんとやらも、私の名前と似ているからアダ名が似ているようだ…が、さすがに同名ではなかった。ブログフルネームが上げられていたからわかったことだ。一般人趣味でやってるっぽいブログフルネーム出すのか。このご時世、せめてボカさないのかと思いつつ、つい読み込んでしまった。

 

いたことに、その増田さんは年こそ違うが顔身長体型と私そっくりで、肝心の内容が…ファッションブログなのである

毎回毎回、ドヤアァァァッ!と読者モデルかインスタグラマーばりにすんごい決めポーズ写真を挙げている。

私の(ような)顔が。私の(ような)体型で。

ポージングだけは素晴らしく立派なのだが、その、私に似ているその顔を、一切加工せず丸出しで。

 

ドヤ写真の数々がまぁ、素人にでもわかるほど下手なのである

 

ファッションブログ(?)なのに自撮りは鏡の大きさがテキトー。というか小さすぎて玄関周りの靴傘まで見切れており、もはや洋服ではなく「鏡」本体モチーフ錯覚に陥る。

第三者撮影でも撮影者の影がガラスなどに丸見え。本人より前に置いた荷物しょっちゅう写り込んでいる。

街で撮ると背景がごちゃごちゃ、あるいは現在地情報(住所出てる店の看板など)丸出し。

本人の顔の真後ろに各回、社内向けの掲示やスイッチ、消火栓などが丸写り(余白から推測すると、もう少し左右どちらかに移動すれば壁が真っ白な気がする)

レンズの曇りや汚れっぽいのもそのまま(加工ではないボカシと化す)

 

幸か不幸か私はファッション部分については内容の良し悪し自体はわからないが…

まぁ私そっくりとはいえ楽しそうで何より(でもやっぱり決めポーズ決めすぎじゃないか?)

ラジオ局営業独り言

ラジオ営業マンにも当然色んなタイプ人間がいるのですが、

優秀な(売上げが多い)営業マンに非常に多いのはニコポン営業と言われるタイプ

「この2017年に⁉︎」という感じですが、そうなんです。

別にラジオに限らず営業職では、コミュ力重要な要素ですが、ラジオ場合は最たるものだと思います

というのもラジオ媒体効果効率定量的に出すのが難しいメディアでして。

webはもちろん細かい費用対効果を測れますし、TV毎日発表される視聴率リーチなどはこまめに取れます

対してラジオはと言うと、

首都圏ですら、

2ヶ月に1度、日記式で行われるビデオリサーチ調査のみ。

(radikoストリーム数を諸々制約があり勝手に出せないのです)

私自身、「ラジオ広告効果がない」とは全く思いませんが、効果検証がしにくいメディアであることは確かです。

web広告がこれほど普及したなかクライアントとしても、効果評価しづらいメディアクライアント社内で承認を得るのも一苦労で、よっぽど刺さる企画じゃないと実施は難しいわけです。

それを何とか企画性やら新規性話題性なんか組み込んだ提案に仕立てて売ってるのですが、相手も人である以上、最後に効くのはやっぱり人と人との関係性みたいで。

しょっちゅう会合やったり、ゴルフやったり、プライベート趣味に付き合ったりで関係性作って、細かいフォローで最終的には「困ってるので助けてください」で決めてくるまでに仕上げるんですよね。

ちなみに会合なんかは高級店とかじゃなく、わりと普通のお店ですね。お金ないんで。

その代わり優秀営業気遣いはすごいです。支払いやらタクシー手配やらはもちろん客が気づきもしない手際ですし、お土産なんかも、客1人1人の趣味、趣向、家族構成出身地諸々を雑談から拾っといて全部頭に入れたチョイスしてきます

とまあ、長々書いてますが、どれも基本的だったりよく言われることですね。

だけど、それを全て完璧にやれるかと言われると、少なくとも私にはできないです。

そしてニコポンが多いのもう1つの理由が社内環境にもあります

基本的放送局は編成サイドが営業サイドより力関係は強く、基本ディレクターがNOと言ったらNOです。

(それが「番組に合わない気がするから」という感覚論で、子ども言い訳みたいでも)

編成が強いのは、公共電波を預かるものとして「まず第1はリスナー利益に」という点で正しいと思います

(よく編成と営業の力関係は51:49が理想と言われます)

しかし、民放として収益を上げるということを全く理解していない外部制作会社の雇われディレクター感覚論でも全てがNOにされることもあるので営業としては堪ったもんじゃありません。

そこでニコポンのコミュ力が発揮されるわけです。

ディレクターはじめ社内各所と良い関係性を築き、私がデータや論拠を示しながらも拒否された企画を「ひとつよろしく頼むよ!」で通してくるんですよね。

要はできる営業マンは社内外問わずコミュニケーションが潤滑って当たり前のことなんですが、

これだけ「主観的な」環境にあるラジオだと際立っているというお話でした。

最後に私がそんな営業になりたいかと聞かれればNOだけお伝えしてお別れ致します。

乱文ご清覧いただきありがとうございました。

2017-05-26

英単語は暗記してはいけない

さて、今回は私の英語学習法の核心、「英単語の暗記をしない」ということについて語ってみたい。

英単語を覚えた」とはどういう状態

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

ここで前回リスニングについて語った内容には、凄まじい反響があった。私は1500というブクマ数にoverwhelmされてしまった。

いきなり何を言ってるのか、と思われるだろうが、私の感覚の中では、1500ブクマという気分を一番表せるのは、日本語の「圧倒された」ではなく、英語の"overwhelm"だ。

この単語はただ「圧倒された」だけでなく、「圧倒的な力に晒されて、疲弊してしまった」という感覚がある。もしこれが増田でなく普通ブログだったら、プレッシャーで何も書けなくなっていたかもしれない。

他にも、前回の「英語をあるがままに受け入れなければならない」という結論の部分は、最初は「英語をあるがままにembraceしなければならない」と書いてあったのだが、伝わらなさそうなので書き直した。embraceは「抱擁するように受け入れる」というような感覚だが、日本語で書くと何のことやらわからない。

英単語を覚えるということは、こういった単語に伴う感覚を一つ一つ身につけていくことだ。そうすれば英単語自分のものなり、ライティングスピーキングでも自然単語が湧いてきて、自由に使うことができるようになる。

英単語それぞれに固有であるこの感覚をどう身につけるのか、というのがここで語りたい話題である

日本語訳語を覚えるのは有効

英語学習世界で良く出て来るスローガンに「英語英語のままに理解しなさい」「日本語に訳して理解してはいけません」というのがある。

しかし「英語英語のままで理解しろ」と言われても、初心者には何のことか分からず、何か魔術的な、自分には絶対にできない思考法によってしか英語理解できないのではないか、という気にさせられてしまう。私も高校生の頃に、このスローガンを聞いて、そんな絶望感に襲われたことがある。

日本語しかできない日本人にとって、言語思考する際に使える唯一のツール日本語だ。英単語意味を知りたいなら、日本語訳語なり、日本語で書かれた説明によって理解するしかない。

日本語訳語を当てはめ、文法ルールに従って語順を並び替えて、並び替えた日本語から文意をつかむ。ノンネイティブである学習者はそこからスタートするしかない。そして大学受験レベルになっても、難関校を受験するのでなければ、その方法論で通用するだろう。

そのレベル英語力が欲しいならば、訳語を覚えることは有効だ。

ただ、「英単語を覚えるぞ!」と単語帳を開き、そこに記された訳語や例文を見たり、書いたり、発音したりしてみても、それで記憶できるのは記憶力がいい人だけで、普通は無理だ。

そしてそのレベルの、日本語訳語並べ替えるような英語力では、現実世界にあるほとんどの英文は読めず、あまり役に立たない。日本語英語はあまりにも違いすぎるので、逐語訳、直訳はほとんど通用せず、日本語訳語をそのまま適用しても英文理解することは出来ない。

なので、受験関係ない大人にとって、日本語訳語による英語理解は、目指すべき目標にはなりえない。

英英辞典を引くのは有効

「『英語英語のままに理解しなさい』か。ならば英英辞典を使って英語意味を覚えよう!」と考えるのは自然な発想だ。しかし、これもうまくいかない。

日本語を介して英語理解する段階を超えるには、英単語の持つ固有の感覚を覚える必要がある。

英単語から日本語訳語が想起されるようではいけない。それと同様に、英英辞典に書いてある語の定義が想起されるのも、その隣に書いてある同意語が想起されるのもアウトだ。そういった余計なものが出て来るようでは、リスニングはできるはずもないし、リーディングにも苦労を伴うことになる。

日本人にとっては、日本語単語が持っている感覚を想起するのは容易い。一方、英語から感覚を想起するのは難しい。英単語感覚を結びつけるという意味では、日本語訳語を介したほうが早い。

しかし、日本語訳語英単語では、意味に違いがある。日本語訳語を介して英単語理解しても、不正確な理解しかならない。しかしそれは、英英辞典に書いてある定義にしても、同意語にしても同じことだ。同意語といっても、単語が違う以上はニュアンスの違いがあり、辞典の短い説明でそれを完全に言い表すことは出来ない。

なので、単語を覚えるために英英辞典を使うべきではない。(*1)

英単語の本当の意味

英和辞典英英辞典では、英単語が持っている本当の感覚を掴むことはできない。

英単語の本当の意味は、その単語が実際に使われたシチュエーションの中にあり、その中にしかない。その単語を発した人の感情であったり、伝えたいメッセージがその単語の中に込められる。それを感じ取ることが出来れば、その単語の本当に意味するところが伝わってくる。

もちろん人によって、単語に込める意味には多少の違いがあるし、一度や二度その単語出会っただけで、その感覚を本当に自分のものに出来るかはわからない。その単語に何度も出会い修正を重ねながら、感覚を確かなものにしていく必要がある。

いずれにしても、実際にその単語が使われている生の英語を、深く理解し、言葉を発した人物気持ちシチュエーションをしっかりと読み取ることで、そこに出てきた単語の本当の意味を掴むことが出来る。辞書定義や、ぶつ切りにされた例文からでは分からない。

小説映画を介して英単語を学ぶ意味

小説映画シチュエーションを深く感じ取って理解し、記憶の中に蓄積していくことで、そこで出てきた英単語イディオムといった英語表現意味を、実感を伴って理解することが出来る。やがてその英語表現自分身体の中に染み込んで、感覚的に使いこなすことができるようになる。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

私が以前ここに書いた学習法では、「辞書を引きながら小説を読む、映画英語字幕を一時停止しながら解釈する」といった事が勧められている。それは小説映画が、人物の心情があり、シチュエーションがある生の英語の塊だからだ。そして「自分が楽しめるものを見る」ことを勧めているのは、そうでないと登場人物の心情に寄り添ったり、シチュエーションハラハラすることが難しくなり、英語感覚的に深く読み取ることができないために、著しく学習効果が落ちてしまうからだ。

ここで使う辞書はもちろん英和で構わない。ただし辞書記述はヒント程度にとどめ、単語の本当の意味作品の中から感じ取ることが重要だ。辞書から単語感覚理解することは出来ず、実際に使用されたシチュエーションを蓄積することでしか単語自分のものとすることは出来ない。

英語英語のまま理解する

単語イディオム等、全ての英語表現は、小説映画実体験などから記憶の中にその表現使用されたシチュエーションが蓄積されることで、その表現に固有の感覚が醸成されていく。

そのシチュエーションが印象深いほどに、感覚はより明確になり、記憶への定着率も上がる。そしてシチュエーションの数が増えるほどに、感覚はより正確に、記憶はより強固になっていく。

シチュエーション自体は時とともに忘れてしま場合が多い。しかしその表現に染み付いた感覚は、シチュエーションを忘れた後も残っている。

そして英語表現からその感覚が直接想起されるようになれば、日本語を介さず「英語英語のまま理解する」状態に至ることができる。その状態に至れば、その英語表現感覚的に理解し、適切な時に適切な形でアウトプットすることも出来るようになる。

作品を味わうために必要英語

そうはいっても、「私の英語力では小説映画もとても歯が立たない。それは語彙力が足りないからだ。まず単語を覚えなければ」と考える人は多い。

そして単語学習のあまりのつまらなさ、記憶の定着しなさに絶望して諦めてしまうというという人が後を絶たない。しかしそれは根本が間違っている。

辞書というものがある以上、英語解釈するのに語彙力は必須ではない。テスト問題を解くためには、辞書なしで英語を読み解く力が必要かも知れないが、小説映画を味わうために必須ものではない。

単語を調べるためにいちいち辞書を引いていたら、話が先に進まず、読書体験がぶつ切りになるので楽しめない」という考え方もあるだろう。しかし私は「辞書を引きながら頑張って読んだからこそ、心に深く残る読書体験になる」と考えている。

通常の母国語読書では、立ち止まり辞書を引き、文法構造を考え、熟考しながら読み解くというような作業はまず行わない。学習者が文章理解するために行うそれらの作業は、文章を深く読むことにも役立っている。

最初に読んだ一冊、私の場合は"There's a Boy in the Girls' Bathroom"という児童書だったが、当時の私には非常に難しく、何度も立ち止まり辞書を引き、検索し、英文法に立ち返り、悪戦苦闘した。ただ、これは本当に素晴らしい本で、読む価値があると思えたから頑張ることができた。登場人物の心情に寄り添い、シチュエーションハラハラしながら、苦しいながらも素晴らしい読書体験をすることが出来た。

一冊目を終えれば二冊目はずっと簡単に読めた。三冊、四冊と進むに連れて英語力がぐんぐんと増していき、読書から苦が減り喜びが増していった。やがて「ゲームの達人」のような大人向けにも手が出せるようになり、刑事ハリーボッシュシリーズにハマる頃には映画英語字幕で存分に楽しめるようになっていた。

そして今はKindleがある。単語を長押しすれば辞書が引ける、検索も直ぐに出来る、洋書はなんでも安くダウンロードでき、スマホに入れて持ち運べる。これは英語学習のために存在するような素晴らしいツールだ。

Kindleがあれば語彙力は読書障害にはなりえない。ただし、児童書レベルでも英文を読むためには、ある程度の文法力が必要だ。そのためには受験参考書活用してほしい。日本受験英語界には素晴らしい文法解説がたくさんある。

日本語訳使用してもよいのか

日本語を介してしまうと英語を深く感じ取れないため、基本的日本語訳は使うべきではないと考えている。

ただ、どうしても理解できない英文出会うことはある。いくら時間を費やしても理解できない、そういう時には、日本語訳を見る。日本語字幕であったり、訳書であったりだ。プロフェッショナルの訳からは、独習では得難いものが得られることも多い。

作品から単語を覚えるのは非効率ではないか

世の本屋には「基本単語1000」とか「TOEIC必須単語3000」といったような、頻出単語とその意味を並べた参考書が大量に並んでいる。

英文に登場する単語の90%は1000語に含まれる、だからこの基本語をまず暗記して、それから英文を読むのが効率的だ」などと言う人もいる。しかしこれはほとんどデタラメである

英文に登場する単語の大半が基本語なのは確かだ。しかし500ページそこそこの参考書に1000個も意味が書けるほど、基本語の内容は浅くない。私は今でも日常的に、基本語を辞書で引いている。そしてその単語のさまざまな使い方を見て、基本語の奥深さを噛み締めている。

英語は読むにしても、書くにしても、聞くにしても、話すにしても、基本語は身体の一部になるぐらいまで深く理解する必要がある。実際の英語の中で気が遠くなるほど何度も遭遇し、使用シチュエーションを蓄積し、自分でも使ってみる、そういった積み重ねの中でしか、その本当に意味するところは分からない。参考書レベルで基本語を分かった気になっても、少し派生的な意味で登場しただけで分からなくなるのがオチだろう。

そして英語の語彙の中で特に難しいのは、基本語の組み合わせによって発生する熟語イディオムであるイディオム意味単語意味するものから大きくかけ離れていることが多く、故にイディオムと呼ばれるわけだが、この知識参考書ではほとんど得られない。このように、90%とされる基本語の中にも、参考書に含まれていないものが大量にある。

「それでも、頻出単語基本的意味だけでも抑えておくのは重要ではないか小説などでランダムに出て来るのに任せたら、時間がどれだけかかるかわからない」そう思う人もいるだろう。

しかし、頻出語は頻出するから頻出語と言われる。基本単語1000ぐらいなら、小説を1冊読む頃には否応なく頭に染み付いているはずだ。それも単語参考書で得たものとは違って、単語から想起される感覚を伴った、生きた英単語として身についている。

TOEIC3000語も、何の本でも数冊読めばほぼ頭に入っているはずだ。3000語を感覚的に理解できるようになれば、その3000語で構成された文は、日本語を介さず感覚的に理解できるようになり、「英語英語のままで」理解できるようになる。そうなれば読書スムーズに進むようになり、インプットスピードが上がり、それが英語の上達を加速させる好循環に入ることができる。成長の実感は英語学習モチベーションを高め、それがさらに成長を加速させる。3000語を感覚理解できる頃には、英語学習にドハマリして抜け出せなくなっているはずだ。

高難度の単語

高難度の単語は出現頻度が低くなるので、そういった単語網羅的に学習するのは、小説映画ばかりを偏って見ているノンネイティブには難しいかもしれない。体感ではウェブリオLv16ぐらいからは厳しいのかなという感じがしている。

そういった高難度の単語網羅的に学習したい場合は、単語参考書を使うのは有効だろう。高難度の単語なら基本語のように意味派生したりイディオムになったりということは少なく、参考書レベル理解でもなんとかなるかもしれない。

ただ、参考書による単語学習はやっても覚えられないので、私はやらない。無数にある見たことのない単語の予習に励むより、知らない単語が出てきても、話を追い続ける力を磨いたほうが現実的だと考えている。

自分がやるべき学習法とは

何の学習法でも言えることだが、自分が今やるべきでない学習法、自分に合ってない学習法は、やってみると身体本能的に拒否する。そういう学習法は、無理にやっても身が入らないのでやらないほうが良い(もちろん私の勧めている学習法も含めて)。

気持ちよくて、クタクタに疲れられる学習法と出会ったら、それをやるべきだ。疲れているということは脳が働いているということで、気持ち良ければずっと続けられる。

そのうちに慣れると疲れなくなってくる。トレーニングしても疲れていない場合、上達は見込めない。そうなったら学習法をアレンジし、負荷を上げて、気持ちよく疲れられるところまで調節する。誰かに教わった学習法でも、こうして自分の今のレベルに合った形にアレンジすることで、効果を高めることが出来る。

追記:

長くなりすぎてしまった。ここまで読んでくれてありがとう

英単語の暗記は日本人英語ができない原因の根本にして全て、ーにして全、諸悪の根源マスターマインド、He's pulling the stringsWho do you think is calling the shots around here? ぐらいに思っている。ただ、目の敵にしすぎて気持ちが入りすぎてしまったようだ。いずれリベンジ(和製英語)したい。

 *1 しか英英辞典自体は、それを使いこなせる英語力が身についた後ならば、英語学習の強力な武器になる。
 私は普段オックスフォード英英辞典を使っている。グーグル使用言語英語にして単語ググると、一番上にオックスフォード記述が出てくるので、まずこれを見る(出てこない場合検索語にdefinitionを加える)。Kindle無料でついてくる英英辞典オックスフォードだ。
 オックスフォードでは、英単語をより難しい英単語説明している。その単語辞書で引くことで、際限なく難しい単語出会えるため、いくらでも語彙を増やすことが出来る。単語定義も難解で味わい深く、その文章に触れること自体英語力を向上させてくれる。

2ch増田の対比をぼんやりから、なんとなくまとめつつ

はてな2ch風土の違い

2chはでは荒れたら誰かが自治するのに増田は止めないの、無法地帯じゃない」という書き込みが数週間前に見られたが、

自分から言わせれば一対一のやり取りに不特定多数殆ど賛同否定を表明しつつ襲いかかる2chの方が狂気的だと感じる。

彼らは概ねやりあってる二人に構うか完全無視という両極端な態度をとる。

邪魔から他所でやれ、と言い出し始めると異口同音にそれに従うし、一人が冷やかし始めたらそれに大勢が乗っかる。

この意志のなさがフーリガンやら大衆扇動的で非常に無秩序で恐ろしい。

増田の傾向

増田で割って入る時もぶら下がって異口同音意見を言ってやろうというケースは少ない。

その場合元増田釣りおかしいケースが多い。

そもそも増田においては異口同音場合、流し読みする文化がある気がしてならない。

季節の変わり目に自演して過疎時間にツリーをぶら下げまくる人間もいるが、こういう人間は定着しない。

こいつらまだやってんのか、とたまに言う人間もいるが、殆ど増田マイペース記事更新する。

基本的に無関心の極端な張り方(「意図的」な無視)は関心の裏返しだし、冷やかしも過度なコミュニケーションの一形態だといえる。

まり増田場合、本当の意味他人に無関心で心が冷え切っているという側面はあるのではないか。もちろんこれは傾向で全員ではない。

全体主義2ch個人主義増田

密接に関わろうとする意味増田ブコメ狙いを含め利益主義的で、2ch地域密着ヤンキー

(=かつて論じられていた母権社会という意味)ではないのか。

言い換えれば増田個人主義2ch全体主義だといえまいか

全体主義なのでルール徹底にはうるさいし、空気読みや振る舞いにまで口を挟まれる。

ところが外世界での倫理に反することでも、彼らの全体主義内のルール内であればいくら調子に乗っていても咎められない。

全体主義であるから主義一貫性がなくとも空気合致していれば満場一致となる。

組織の(スレッドの)健康的な運営第一であり、マイノリティ黙殺されマジョリティに組み込まれるべきだという暴力がまかり通る。

空気がご都合なので満場一致にし易いとも言える。ところが増田場合左翼的個人主義的であり、

必ず全体主義的な狂気に釘を刺す歯止めを効かせようとする。

故に個性という側面においても2chでは昔からコテハンなどの個性を嫌がるし、増田では面白がりながらも個性を受け入れている。

特定id増田出現や某先生暴言などもある種ユーモアをもって受け入れられている)。

なぜ長文文化か、なぜ短文文化

上記の理由により2chでは個々人が深く考えることより同調強要されるため、短文となる。

増田では個人が深く考察するために自ずと長文化する傾向にある。

ここでトラバ消すのは、基本的メッセージだけ読ませて追い打ちできなくさせる嫌がらせから

楽して稼げる仕事なんてあるのだろうか?

仕事には何かしらのストレスが常にかかり責任も発生する。その苦労がお金に変わっているものだと基本的には思っている。

そのストレス責任が全く無く、尚且つとても楽な仕事

『私は今の仕事やりがいを感じているのでストレス責任を苦と思っていない!』

という様な理由仕事を楽と思う人もいるだろうが、それは今回の話では取り扱っていない。


お金を稼ぐという行為には、必ず何かしらの責任ストレスが付きまとう。

それを感じていない人は図太く心が強い人か無責任なだけだろう。


正社員として働ける業種で、責任ストレスも無く手取り15~20万円の仕事

そんな業種がこの世に存在するのだろうか?

あれば私は全力でそこに向かう。

楽して人生を送るために。


結局は今の仕事責任ストレスから現実逃避する為の文章なっちゃった

雑記

ネット口調から自分の口調に戻るのに苦労する。肉声ではなく文体が。

「~だからな」「~だろうな」「~じゃね」→「だからだ」「だろうと思う・考えられる」「ではないのか」

基本的に前者は嫌いだが偽装におために使うにつれ自然と出るようになった。

山窩のトケコミはこうして行われたのではないか山窩を忘れるほど常民に馴染んだら、山窩には戻れない。

少々飛躍して、パトリック・ハーランの表情がだんだん日本人じみてきているのは気のせいではないな、などと。

もっとも、音声から受ける様式の話しのみならず文体から性格干渉するように思える。

肉体は性格規定するというSF概念はそれほど珍しくないが、言語は人の性格侵食形成する。

言霊思想本質は型なのでは?

似たような口語で話す人たちは匿名文化に見られる傾向だと思っていたが、

しろコミュニティ単位だな、と当たり前のところに発想が回帰しつつある。

まりSNSコミュニティ性格に馴染みたければ口調を変えるのが手っ取り早いし、もっと簡単に無個性化する方法でもある。

http://anond.hatelabo.jp/20170525215430

岡山理科大学労働組合ウェブサイトから

2014年9月

(2)「教育学部獣医学部アンケートについて」

1071通の呼びかけに対して168通の回答があり,署名付き72通(個別意見あり48,無24),無記名96(個別意見あり36,無60)であった.教育学部獣医学部に対し賛成を表明するものは2通,残り166通は反対・慎重の意見であった.今後,データを整理して組合新聞と本ページで集計結果を掲載個別意見についてはパスワード付きページを用意して掲載.また,団交などの機会に教職員の考えとして受け取らせる.

(3)「教育学部獣医学部設置反対の表明」

本件に伴う全教職員賃金引下げ・労働環境改悪に対して,教職員組合は反対することを表明し,要求書として経営側に回答を求めることを決定した.

http://ouskusa-kumiai.org/?p=151

教員も反対してるんだよな

基本的には、儲からない、危ない、破産する、という危惧がある模様

獣医作って儲かるのは誰だ?

少なくとも加計学園岡山理科大じゃない

腐女子よ、ディープウェブへ行け。

今回の立命館ピクシブ炎上事件で思ったのは、なんで彼女らはウェブの表層で活動したがるのかということ。

無断リンク問題からまるで成長してねーじゃん。あれから何年だよ。

間内気分で全世界情報公開という点で、バカッターとやってることが同じだぞ。

BL理解の無い人間もっと言えば同志以外の人間排除した場が欲しいんでしょ、腐女子は。でもそれをピクシブに求めるのは間違い。

ピクシブ腐女子しかいないサイトじゃないし、そんなにクローズドな仕組みになってない。会員登録無しでもある程度の作品は見られるようになっている。R-18でもタイトルキャプション作者名はしっかり見える。

それどころか検索エンジンにもひっかかる。もちろんピクシブ百科で詳細に綴られてるカップリング表記情報なんかも。

頭隠して尻隠さずどころか、お外に向かってアヌス大公開してるけど、その自覚あるのかな。前貼りあるからセーフ判定なのかな(キングダム?)。

あとサイト内での状況を見ても、BLタグ腐向けタグを付けないことでマイナス検索不可能にしてたり、既存タグを乗っ取って検索結果を汚染したり、他人の目に触れない努力をしない腐女子があまりにも多過ぎるよね。嫌なら見るな!っていいながら顔面チンコ当ててくる八頭身AAみたいな状況。

これでこっそりだのゾーニングだの主張されてもあまり説得力が無い。

それで思った。もうディープウェブ行け。ダークウェブをダークじゃない使い方しろ

完全会員制にすればいくらでもこっそりできる。BL理解の無い人間排除できるし、向こうから無理矢理首つっこまなきゃ中身を見られない。基本的には検索エンジンにもひっかからいから、検索避けする必要もない。

君ら普段ネット使っててガチ違法薬物売買サイトに出くわすか?銃器児ポの売買サイトも見ないだろ?ダークウェブってちゃんと運用できればそれくらいゾーニング完璧なの。

これこそ君ら腐女子が欲しかった理想腐女子向けサイトじゃないのか。

さあ実装しよう。そして研究者から隠れよう。サイト運営するなら早い者勝ちだぞ。

月がきれい

2017年春期アニメも折り返しを迎えました。今期は話数の関係で途中総集編の入るアニメがちらほらあり、月がきれいもその一つでした。

今日は、私が今期楽しんでいるアニメの内TOP3に入るこの作品について紹介したいと思います

紹介といっても7話までのネタバレが入るので未視聴の方は諦めてください。

月がきれいとは

月がきれい原作のないオリジナルアニメで、ジャンル中学生主人公とした恋愛ものです。

現実世界と全く変わらない世界観の中で、特別能力も人脈も持たないごく普通登場人物達の物語がそれでも特別であるのは、このジャンルの強みと言えるかもしれません。

作品を2語で表すなら古くて新しいということになります

物語の筋それ自体はこれまで連綿と語られてきた恋愛物語とくらべて大きく捻りがあるわけではありません。

主人公である安曇水野中学最後の1年間を同じクラスで過ごすことになり些細な出来事を重ねお互いの関係を深めていく、普遍的物語であると言えます

では新しい要素とはなんでしょうか、そうLINEです。

LINEが使われている

作中においてLINE現実世界と同様に事実上生活インフラとして登場人物達に活用されており、これは物語演出上も大きな役割を担っています

1話水野安曇LINEIDを渡し二人のやり取りが始まります。これには同じ体育祭の用具係であるという口実があり、作中の基準においても極めて自然な行動です。

そして二人の距離体育祭での出来事を重ねて近づいていきますが、体育祭が終わると校内での接点がなくなってしまます。この間二人を繋いでいたのはやはりLINEでした。

この物語において二人の関係性を進展させるポイントは対面時のアクションにありますが、それが可能なだけの関係性をLINEで醸成していくというのが基本的構造になっています

LINEではなくメールでも同じではないかという考えもあろうかと思いますしかし画面上また演出上においてもLINEの特徴が生かされているのが本作品です。

主にはその即時性と一覧性です。2話のラストから3話にかけて、二人のLINEでのやりとりが一つの画面内でポンポンという通知音とともに小気味よく重ねられていきます

各話のEDでは、ある二人のLINEでのやりとりが描写され、視聴者はそのスマホの画面だけを見て物語を読み取ることができます

文章の内容だけでなく時間と頻度を一覧できることから会話のログであるかのような情報量があり、それでいて実際の会話とは一線を画しています

安曇は3話で「LINEでなら(水野と)話せるのに」と一人こぼしますし、4話で水野安曇に「もっと喋りたい」と答えます

7話で千夏は宮本佐藤の前で改めて涙しますが、その後水野へ送ったスタンプの絵柄は愛らしく、実際の感情とのギャップ表現されています

また、4話では安曇からLINEに対する水野の返信に既読がつかないことからトラブル予兆水野に与えられています

虚構性が希薄

先に挙げたような、今我々が用いているツールに関連する描写物語現実感を与え、視聴者キャラクターの心情に寄り添うことをとても容易にしています

恋愛物語を描くにあたってLINE排除、あるいはメールと同様に扱うことはまったく難しくなく、実際にそういった作品も多々あろうかと思います

しかし本作品においては真逆方針を取り、それが結果として現実に極めて近いリアリティラインを構築しています。これはあるいは順序が逆かもしれませんが。

物語は、主人公が変に優柔不断でウジウジしてみたり強い力によるすれ違いが起きたりといった都合的な動力によらず進んでおり、視聴後は爽やかな気分になります

まとめ

キャラデザ美術音楽・演技(プレスコです)・脚本といった各要素が同じ方向を向き有機的に絡み合って本作品構成しており、LINEもその一要素であるという話でした。

テニスとかゴルフゲーム

グラフィックが向上したり通信機能が付いたけど、基本的な遊び方はファミコン時代から変わってないって凄くね?

司法試験を終えて

司法試験が終わった。

心底くだらない試験だった。実力があるかどうかではなく、空気が読めるか、政府価値観自分を合わせられるか、を試す試験だった。

これで個性ある法曹選抜するというのだから笑わせる。お前らが欲しいのは国に都合のいい機械じゃないか

自分はおそらく受かったと思うが、自分より実力のある学生不合格が既に確定していたりする。

大体法律根底にある価値観自体が狂っている。基本的強者がカネを稼ぐために出来ていて、弱者自己責任の名のもとに搾取される。

この価値観を何年も刷り込まれる結果、法曹の多くは「結局カネが全て」「バレなければ何をやっても良い」といった価値観に染まりがちで、司法試験合格⇒高い社会的地位という成功体験により、この下劣品性を治す機会も無い。

法的な紛争解決能力を、試験で測定することは結局不可能なのだと思う。一刻も早い司法試験廃止を願う。

http://anond.hatelabo.jp/20170525180155

男性向けのエロなら炎上もしなかったであろう。

この点は否定しないが、理由は少し違う。

女性デリケートなのでアンタッチャブル存在である

という理由ではない。

二次創作というのは『慣行上は許容されているし、実際”ここまではOK”というガイドラインを作者・会社自ら出していることも多い』が、逆に『権利者に文句を言われたら危ない』ことも間違いない。

男性向けの場合、「ラブひなエロ同人買って喜んで見てます」と公言している赤松健先生を筆頭にその辺に寛容な人は多いが、その点で言うとBL二次創作はどうしても『異性愛同性愛か』などに起因する作者の許容度の違いは現実として出てくるし、

現に女性に人気のある作品原作者で『BLだけはダメ。それ以外の同人基本的OK』という趣旨のことを公言している人もいた。

そのような理由からBL二次創作原作者バレそのもの・目立つことによる原作者バレの可能性を増やす行為を嫌う傾向にある。

作者がOKと言っているのに学級会化することもあり、その点については疑問も感じるが…………。

女性宮家の何がやばいか、大河ドラマ『直虎』をベースに考えてみる

民進党女性宮家の創設を進めようとしている。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS17H4O_X10C17A5PP8000/

ぶっちゃけ、何が問題いまいちピンと来ない人が多いと思うので、自分なりに考えをまとめてみたい。

日本における天皇とは憲法にも明記されているとおり、国の象徴である

そして、その天皇家血筋を絶やさないために連綿と受け継いできた、不敬な言い方をすればバックアップにあたるのが皇室である

ここで本質的重要なのが「血筋」を絶やさないことである以上に「家」を絶やさない、ということ。

なぜ「家」を絶やしてはいけないか、について皆さんにしってもらいたくて、この文章を書いているので、最後まで読んでもらいたい。

皇室日本において、約2000年続いてきた伝統である

そして、その基本的ルールが「万世一系」、つまり男系宮家を維持し続ける、ということだ。

これはざっと分かりやすく言えば、皇室以外の完全な民間出身男性宮家に迎え入れない、ということ。

我々日本人は、このルールを千年以上守り抜いてきた。

そして、その歴史の上にはじめて、現在民主的国民国家象徴として祀り上げられて然るべき「天皇」という存在国民誰もが(程度の差こそあれ)尊重することができている。

日本の歴史上、天皇家に娘を嫁がせて「外戚」として権勢を奮った人物は多数いるが、「息子」を天皇家の婿に入れた人間はいない。

蘇我藤原・平・徳川といった、時の最高権力者でさえ、息子を天皇家に婿入りさせようなどとはしなかった。

これは、現代日本法規範である皇室典範まで受け継がれており、典範には、女性皇族皇族以外と結婚した場合皇室から離脱すると規定している(女性皇族結婚後も皇室にとどまる女性宮家の創設には皇室典範改正必要になる)。

ここで素朴な疑問として「でも、皇室男子が少ない現状、バックアップを増やすはいいことじゃん」と思う人も多かろう。

一見すれば、昨今の男女同権思想立場からも、賛同の声が聞かれると思う。

だが、これは現代日本という国の歴史における今この一点の判断で、安易に変えてしまってもいいルールなのだろうか。

これを分かりやすくするために、大河ドラマ『直虎』を例に出し、女性宮家を認めることのリスク説明したい。

ことの重大さが伝わりやすくなるよう、ある程度設定を改変するがご了承いただきたい。

・・・

ここに、1000年以上、自分たちを「井伊の民」と自覚してきた民と、そしてその領主である井伊家がある。

井伊家は相次ぐ争乱により、直系の跡取り男児は、先代当主直親(三浦春馬の子、虎松(寺田心)しかいなくなってしまう。

そこで、井伊家では虎松が成人し、当主を名乗れるようになるまで井伊家の血を次ぐ先々代当主の娘・直虎(柴崎コウ)に任せることにした。

ドラマではこの時点で直虎は既に出家し「生涯結婚することはない」という状態であったが、今回は直虎が出家をしていなかった場合を考えよう。

直虎は当主の重責を果たす中で、いつもそばにいてくれた幼馴染で小野家の現当主・政次(高橋一生)との愛を育んでしまった。

しかし、小野家は元々井伊家と敵対していた今川家の家臣。そのまま結婚し、子が生まれれば小野家の第一子となり、井伊家の名字は無くなってしまう。

そこで政次を井伊家に婿入れさせることになり、井伊政次と井伊直虎の子・政虎(仮)が生まれてきた。

さて、ここで、考えてみよう。井伊家の跡取りは虎松か政虎か。

から言えば、前領主の子であり本家本流の虎松が跡取りとして正当であるはずだ。

しかし、もう一方の政虎は現当主嫡子である。井伊の民にとっては「自分たち象徴」「井伊のアイデンティティである直虎の一人息子が政虎なのだ

これは、井伊という国を真っ二つに割りかねない、致命的な問題なのだ

井伊の民は、政虎を当主として認めることができるだろうか。

自分たちを「井伊の民」と名乗らしめるのは「井伊家」という一つのストーリーであり、1000年に渡る自分たちアイデンティティの中心にあるのは井伊の「家」である

政次は井伊の血筋とは全く関係のない小野家の人間であり、その子・政虎には井伊家の血が入っていたとしても、小野物語を受け継いだ人間である

もちろん、婿入りはしていたとしても、人が生き、人が伝え、人が託した物語とは、制度上の言い訳で誤魔化しきれるものではない。

もっと、肌で感じる「何か」のはずだ。

虎松ではなく政虎が当主になるとは、その瞬間1000年の歴史ある「井伊のストーリー」が、「井伊と小野ストーリー」あるいは「井伊のストーリー小野編)」に変わってしまう、ということだ。

日本では馴染みがないが、イギリスフランス王家では、女系宮家が婿に迎えた男子やその子王統を継いだ際に「●●朝」の名前が変わる。1000年続いた井伊谷の「井伊朝」が「井伊・小野朝」あるいは「小野朝」に変わる。間違いなく日本の「大和朝」は一つのターニングポイントを迎える。

しかも、小野家にはなんと先代当主を死に至らしめた事件黒幕という噂もある。

であれば、今回の一連の騒動は、小野による井伊家乗っ取りだと誰もが思うだろう。

さて、今回の例では、井伊の人々の思いも虚しく、最終的に息子への情愛に流された直虎が、自らの子である政虎に井伊家を継がせ、小野家臣団と井伊家臣団は統合されてしまう。

その後、反発した井伊家譜代の家臣団は弾圧を受け、排斥。井伊の民にとって「井伊」という言葉はその土地意味するだけのものとなってしまった……。

つまるところ、史実通り井伊家が井伊家として徳川末代まで残ったのは、この時の直虎が出家をしており、子を為さず、直系の後継者・虎松を育てたかなのだ

・・・

皇室女性宮家を認める、というのは近い将来この事態を受け入れる、受け入れてもよいと認めるということである

認めるか、認めないか判断を下すのはもちろん、主権者である我々日本国民一人ひとりだ。

女性宮家民間男性からまれ子供が、将来天皇になる、というのは、約2000年の間、我々日本人が連綿と受け継ぎ、守り抜いてきた1つの大きなストーリーを終わらせるということに他ならない。

あまつさえ女性宮家が迎え入れた民間男性外国人だとすればどうなる。イギリス皇太子や、韓国大統領中国共産党書記長の息子とも結婚することさえ可能なのだ

その可能性は、日本人として、認めていいのか。受け入れていいのか。

いざその瞬間、女性宮家婚約者を発表したときに、過去現在未来全ての日本人絶句するような相手でないと、誰が言い切れよう。

少なくとも、その時点から先にある「日本国象徴としての天皇」は、遡ること2000年間の全日本人が知り、崇敬し、仰いだ「天皇」ではない。別の何らかの意味合いを持った「天皇である

その物語を「日本の象徴」と認めることは可能なのか?

私は、女性宮家の創設には断固反対である

天皇家が今のかたちで現存しているのは、過去全ての日本人が「天皇家に取って代わる」という最後の一線を踏み越えることのなかった歴史の上に成り立っている。

自分たちにとって、神聖ものを、神聖なままに、尊び、敬う」という我々日本人の心の歴史が「万世一系なのだ

女性宮家の創設とは、過去あらゆる時点における日本人尊崇の念が無に帰す、不可逆の一手であることを知ってほしい。

2017-05-25

[]ノルウェー刑法共謀罪規定を調べてみたけど外務省滅んで欲しい

国会ウォッチャーです。

 まず一言桜井充さんの質疑の中での松本洋平副大臣答弁の中で、11月9日より以前に加計学園プレゼンテーションをする機会が無かったことが明らかになりましたが、今日小池晃さんが出されていた、「加計学園への伝達事項」文書の中でも、加計学園提案内容に、前日までに文部科学省松野文部科学大臣ともに不足があると認識していたという可能性が示されましたね。状況証拠は揃ってきました。政府いくら確認できない」、といっても、辞職した責任者が、自身提供者であれ、省内に残っている前川氏のシンパ奇兵隊といわれているらしいですが)が提供者であれ、裁判実務だと当然ブツを出してる方の意見採用されるところですよ。いっそのこと「そんな文書存在しない。前川氏の虚偽、捏造だ」とおっしゃってしまえばどうですか。これを言ったらおしまいなのは流石にネトサポほどアホではない官邸はわかっているはずですが。

北欧諸国での共謀罪

 ブコメで、ノルウェーの話が出ていたので、そういえば、ノルウェーTOC条約に向けて共謀罪を導入したんだったな、どういう内容だろうと興味がわいてまいりました。ニュージーランドも見てみるかもしれないけど、とりあえずノルウェーから調べてみようと思った。

 参考文献は Fighting Terrorism through Multilevel Crimninal Legislationという本。タイトルダイレクトすぎるだろ。著者はノルウェー刑法学者の人のよう。つかこの本全部読みたい。一応電子書籍で300US$ほどで買える模様。なお買ってはいない。民進党共産党は買って読んだほうがいいのでは。とりあえずめちゃくちゃ参考になった。ノルウェーオランダスウェーデンフィンランドなどのテロ対策立法が書かれている。

とりあえずノルウェーについてメモだし。

ノルウェー共謀罪は、ノルウェー刑法の147条aにリストされている、基本的犯罪行為(European Convention on preventing terrorism規定されたテロ行為のこと)の多数に対して適用される。Ss159、223(3)、225(3)と233aを参照のこと。しか共謀罪は、162条のcに定められた組織的犯罪集団活動の一部として行われた場合、152条a、152条b、153条a、224条にも適用される。

となっているんで、ノルウェー刑法の14章、公共に対する重大な犯罪を読む

*注意

この本で上記の記述があったので、162cは組織的犯罪集団定義が書いてあるんだと思って詳しく読んでなかったけど、162cを見ると、三人以上からなる組織で、三年以上の自由刑が科される犯罪行為の実行を主たる目的とした組織的犯罪集団が、当該犯罪行為共謀し、組織活動の一部として実行されよう(to be committed)とした時、3年以内の自由刑が科されうる、となっていた。to be committedが差すものを調べるので、評価ちょっとまって。ごめんなさい。これが準備行為なのか、attemptなのかどうかで大分話が変わる。未遂なら未遂罪共謀共同正犯同義だろうけど、準備行為なら日本並みに広くなる。ただ未遂ちょっと考えづらいかな。attemptとは書いてないし。ただこの162cの適用例は極めて少ない(約10年で20件以下 Lars Korsell and Paul Larsson Organized Crime the Nordic Way, 2011 )模様なので、準備行為ってことはないだろうと思うが判例を見てみないとわからんか。

 

追記:調べた。タームの定義に丁寧に書いてあった。

第7条

1.この法律における公共の場、とは公に利用されることを目的とした、あるいは頻繁に公に利用される場を言う。

2.この法律における「実行されようとしているto be committedと考えられる」は、犯罪の実行を印刷物としてpublication(まさか出版ではないと思うがわからない。予告みたいな意味か)した場合、多人数が存在する公共の場で現に実行されようとしている、または公共の場から容易に観察可能状態が持続し、その場にいる人、または近くにいる人が現に観察した場合を言う。

 コレめっちゃ賢い。びびるわ。既遂未遂とは違う形で、と条約指定されてるから未遂とも予備、準備行為とも違う形式指定したんやな!to be committedは162cにしか出てこない表現(id:bareloさん、to be committed in publicとto be committedが区別されている可能性はちょっと考えましたが、が、他にto be committed が登場しないので、このように判断しました。いま再度 in publicも検索かけてみたけど、in public affairs(公務)以外の用例が見つからなかった。in と publicが改行で切れている可能性があるからわかんないんで、見つけたら教えてください。)。この要件が異常に広い162cの摘発範囲を強力に制限してるからほとんど適用例がないんだろう。(正直ここはわからんくなってきた)

と思ったけど、やっぱりこれはbareloさんが言うように、is to be ではなくて、 is considered toなだけな気がしてきた。commit全体の意味の方が確かに自然な気がするけど、is to be committedはやっぱり準備行為(prepareが使われちょる)でも未遂(attempt)でもないとは思うんだけど。もうちょっと調べます

とりあえず147aが2001-2002年に導入されて、並行する形でTOC条約国内法整備議論されながら2002-2003に162cが成立したところまで把握。当時の法務省見解では162cはノルウェ-刑法例外と書かれている。ドイツとは違って、main purpassである以外に、substantialでんでんパートがあるため、組織的犯罪集団認定自体はかなり広範になされそうだけど。

Ministry sightとして、犯罪の実行に向けての行為は明確に要件にはなっていないが、そのようなものなしに、合意形成されたことを証明することは不可能だ、としていますね。ただほとんどの情報がNorskなのがつらすぎる。Ingvaldsen and Vanja Lundgren Sørli によると、900件余りの薬物事件のうち、162cが適用されたのは5件とのこと。何かで要件が縛られてるんだろうけど、それがなんなのかわからにゃい。

147条a

 148、151a、151bの第一パラグラフ、152の第二パラグラフ、153の第一から第三パラグラフ、153a、154、223の第二パラグラフ、224、225の第一または第二パラグラフ、231(232または233と比較せよ)、以上に挙げられた犯罪行為は、当該行為故意に、

a)社会にとって重要機能、たとえば立法政府司法当局、電力供給、食料・水の安全供給銀行金融システムまたは緊急医療システム災害管理などに重篤な影響を与える、

b)市民を深刻に脅迫する、あるいは、

c)公共機関政府活動に対する無法な強要行為、国や組織国際機関にとって本質的重要活動侵害、または抑制する行為

目的として行われた場合に、テロリスト活動である判断され、21年未満の自由刑さを負う責任を認めるものとする。前述された、第一文で記載されている刑事規定自由刑の最低期間よりも短いものに関しては刑罰は科されない場合もある。

 第一段落記載された意図で、第一段落記載された犯罪行為を行うことを、その脅威が深刻な恐怖を引き起こす蓋然性が高い状況下で、脅迫して行わせた場合、12年未満の自由刑責任を有するものとする。また前段のa),b),c)のいずれかに該当する結果が起こった場合、21年未満の自由刑が課される可能性がある。またこのような犯罪行為を援助、幇助した場合には、同じ刑罰を科されなければならない(これは共謀共同正犯の明文だね)。また第一段落で述べたテロ行為を実行する目的で、他の誰かと共謀した者は、12年未満の自由刑責任を負う(これが共謀罪)。

147条aが対象とする犯罪

148条

 人命の喪失または他人財産の大規模な破壊を招きかねない、火災、倒壊、爆発、洪水海上災害鉄道事故航空機事故引き起こした者は2年以上、21年以下の自由刑責任を負う。ただし、当該犯罪行為の結果として、人が死亡した場合、または身体健康が深刻に傷つけられた場合、その自由刑は5年以上とする。当該犯罪行為未遂既遂行為と同程度の刑罰を与えることができる。

151条a

 船舶または航空機暴力脅迫強要その他の不法行為によって搭乗した者が、船舶または航空機などを、強制的コントロールし、その航海・飛行を妨害する行為を行った場合、2年以上21年以下の自由刑責任を負う。また大陸棚での設置・建設行為油田のようなものかな)に対して、同様の方法で、強制的にそのコントロールを行った者も同じ刑罰を科される。ただし、その情実が特に過激ではないと判断された場合は、規定の最低期間を下回る刑罰を課すこともできる。(151条は148の不作為規定だった。間違えた。以下勘違い、失礼、id:allezvousさんほかありがとう。これって重要な点だよね。要は共謀者の中の誰かが既遂しないと適用されないってことだからわが国の法案のたてつけと全然違う。)

152条の第二パラグラフ

 (除外されている第一パラグラフ:人や家畜飲料水用の貯水池水道に対して、不法有害物質を添加した者、あるいは援助・幇助したものは5年以内の自由刑責任を負う)

 人の生命健康に対する一般的危険性が引き起こされた場合、また人が死亡した場合、あるいは身体健康を顕著な障害を与える結果を与えた場合は3年以上21年以下の自由刑責任を負う。

(注:これもそうだけど、完全に未然に防ぐことを目的としていないことがわかる。共謀したら捕まえるのではなく、深刻な事態が発生した場合共謀者もしょっ引くのが目的から、それが起きなかった場合には共謀罪適用されていない)

153条の第1-3パラグラフ

 意図した目的使用できないようにする目的で、一般的使用または販売目的とした製品に毒またはその他の物質を加えた者、あるいは、その他の一般的な人の生命健康を損なう毒物を混入したもの、その援助・幇助をしたものは21年以内の自由刑責任を負う。 

 同様に、毒物その他の危険物質が添加された製品を、その本質を隠匿しながら販売販売の申し出、頒布を申し出た者、その援助・幇助をした者は同じ刑罰が科される。

 それによって、人が死亡した場合、人の生命健康に対する一般的危険性が引き起こされた場合、あるいは身体健康を顕著な障害を与える結果を与えた場合は1年以上21年以下の自由刑責任を負う。

(以降の段落家畜に対する同様の行為業者による不作為共謀罪対象になっていない)

153条a

以下に記載する製品を開発、生産、保管、または取得または所有する者

1.その作成方法に関わらず、細菌学的、またはその他の生物学的な物質遺伝子組換え生物毒物であって、予防的、保護的あるいはその他の平和利用のためとしては正当化されえない種類及び量のもの、または

2.敵対的目的または武力紛争のために、前号1に記載されている類の物質生物または毒物使用するために開発された兵器、装備またはその普及活動

は、10年以下の自由刑責任を負う。援助・幇助を行った者も同様の刑罰を科されうる。

154条

 人、家畜、または植物に対して危険な伝染性疾患を導入した、あるいは一般的拡散引き起こした者、またはその援助・幇助をしたものは10年以下の自由刑責任を負う。特定の情実が認められる場合には、罰金刑が科される場合もある。

 前段の行為により、人の死、あるいは身体健康に対する顕著な障害を与えた場合、5年以上21年以下の自由刑責任を負う。

223条

 (除外されている第一段落不法他人自由を奪った者、あるいはその援助。幇助を行った者は、5年未満の自由刑責任を負う。)

 自由剥奪1月以上続いた場合、または死亡させた場合は、1年以上の自由刑が科される。

 第二段落記載された行為他人共謀した者は、10年未満の自由刑責任を負う。(組織的行為が結果の重大性を高める意味共謀罪単独犯を上回っている)

224条

 強要脅迫、ゆすり、またはその他の不適切他人への行為に基づいた手段で以下の行為を行わせた場合

a)売春、またはその他の性的目的

b)強制労働

c)外国での戦争への参加または

d)前述の人の何らかの器官の除去

または前述の行為他人が行うように教唆した者は、人身売買罪とし、5年未満の自由刑責任を負う。

a) 関係者調達輸送、または受領など、前述ような、搾取教唆の手配をした者

b)その他全ての当該搾取行為に対する援助・幇助を行ったもの

c)被害者保護者から当該搾取行為同意を得るための支払いその他の利益供与した者、その幇助をした者

も同様の刑罰が科される。

 第一、第二パラグラフで述べられた行為を18歳未満のものに対して行うことに関与したものは、その使用強要脅迫、ゆすり、その他の不適切行為に関してそれぞれ独立刑罰を科される(加重される)。

 直接の人身売買は、10年未満の自由刑が科される。その犯罪が、直接の例に該当するかどうかに関しては、その犯罪被害者が、18歳未満であるかどうかが特に重要である

225条の第一または第二パラグラフ

 他人を隷属させたもの、その援助・幇助をしたものは5年以上、21年未満の自由刑責任を負う。

 奴隷取引契約をした者、奴隷、あるいはその契約をした人を輸送をした者、またはその援助・幇助をした者は、同様の刑罰を科される。

 前述の行為を行うことに関して、その援助・幇助を含めて、他者共謀した者は、10年未満の自由刑責任を負う。

231条

 他者身体健康に対して、顕著な障害を与えた者、またその援助・幇助を行ったものは、重大過失致傷罪として2年未満の自由刑責任を負う。この行為が、計画されたものであって、人の死をもたらした場合、21年以内の自由刑責任を負う。

基本的にこれだけ。

ノルウェー共謀罪テロ行為関連にめちゃくちゃ限定されてる

 タイトルどおりだけど、調べてみてびっくりするぐらい限定されてるけど、TOC条約は締結できてる。外務省ノルウェーの事例とかを真剣検討してるなら当然これぐらい調べただろうけど、ほんとにあの組織は何を考えているわけ?滅んで欲しい。つか国際法学者は何をやってるの?

 スウェーデンオランダも気が向けば同様に調べる。

ノルウェー刑法

http://www.un.org/depts/los/LEGISLATIONANDTREATIES/PDFFILES/NOR_penal_code.pdf

盗作騒動炎上してた猫漫画家うだま氏復帰をウォッチする

粘着内容が日々変化しているので随時更新

https://togetter.com/li/1114039

炎上盗作がバレた漫画家パクリ元へ謝罪は一切してない事が判明→集英社から本を出す事になりました「は?」「ドン引き

燃料が投下されているようだがはてブトップは遠そうである

https://matome.naver.jp/odai/2147951559147632701

昨年トレパク等で炎上してた猫マンガ家のうだま氏。まとめもホットエントリー入りも果たしていた。

言動結構痛く、早期にウォッチスレもたてられていたがじきにまとめられて私屋カヲルから盗作騒ぎで火がついた様子。

それも、本人がパクリ等に関してかなり高圧的な態度をとっていた為で、さもありなんという具合。

カレンダー等のグッズ展開もしていた所なので寝かせていたのかもしれない。

炎上当初は別の仕事旦那FBなどから個人家族、写り込んだ内装間取りからマンション特定されていたようだ。

該当物件が貸し出されていたというツイートもあったらしい。

http://wikiwiki.jp/udama-chan/


読むと確かに痛すぎるが、ネタの被り等、重箱の隅も多い。

なお、2chアンチしかいない。

ツイでは粘着垢がいくつか好意的リプライをしてる垢に以下のリプライを万遍なく返している。

FFから失礼いたします。

うだま氏は猫の投棄疑惑および

盗作犯罪者ですが未だに被害者謝罪を行っておりません

可愛ければ良いという考えに至る前に

人としてまずやるべき事 被害者に対して行うべき事を考えてください



投棄疑惑というのはうだま氏が飼っていた猫に似た個体保護収用施設にいたというもの

耳の形が違うので恐らく別猫である

猫を里子に出した保護団体東京キャットガーディアンにも粘着を始めていて、無視をしている同団体の(あまり評判が良くない)システムにも文句を言い始めている。

盗作元への謝罪がなされていないとの事だが、それは「自分画像トレースされていたが何の連絡もない」という2chあたりのレスらしく、信ぴょう性が低そうだ。

以下の垢はうだま氏(ほぼ)専属粘着垢だ。

偽うだま @4ICl6kZYJHWo5Ky

らんどるふん‏ @zQtpfwOrQ6nwgV8

まだう‏ @Maaaa68go

j_j_k‏ @_m_m_k_s

たかはし‏ @tkhstaja

シーブルウ‏ @seabluejp0

まとい‏ @mamamamato0707

猫は金儲けの道具‏ @ccmelon1220

うだま氏のフォロワーが日に日に減っていく推移を日々記録している垢もある。

基本的にはうだま氏に好意的な垢に対してへのリプやリスト追加等のウォッチであるが、うだま氏以外にも炎上ネタにいっちょ噛みしている。

サンドバッグにしていい対象罵声を浴びせるストレス解消垢なのだろう。

うだま氏以外には「キュン妻」がだいたい共通して叩く対象になっている。

これらに対し、うだま氏は沈黙から覚めた来月に、早くに亡くなった子猫新書を来月に出版するという。

炎上に対しては徹底無視というのが最善の方策なのだろう。

だが、出版社の速報ツイートでは、この本の発売情報が削除されたらしい。

この燃料でアンチは吹き上がる。

もちろんうだま氏は叩かれてもしょうがないとは思うが、その後に粘着しているような人間は開示請求訴訟提起でもされて自分たちがしている事の精算をしてほしいものだ。

二次創作小説研究目的引用することは研究倫理に反するか

結論:場合による

https://togetter.com/li/1113766

https://matome.naver.jp/odai/2149564479015738601

この辺見てると、「そうだよね」というものと「いやいやおかしいでしょ」というものがどちらもある。批判している人の中には文系の慣行に詳しくない人もいるようなので、しがない文系出身者が「文系だとだいたいこんな感じ」というのを提示してみる(「お前の感覚おかしいよ」という指摘があれば教えてください)

「分析に用いている時点でこれは引用ではない」みたいなやつがおかし意見の代表。いやいや、分析対象として使うのも立派な引用ですから

たとえば、「私が好きな○○さんの二次創作小説はマジ文学なので文学作品として研究対象にします」だったら、それがマイピク限定とかでなく全体公開されている限り無断で引用して差し支えない(他人の机の中にしまわれている黒歴史ノートを無断で引用するのは当然のことながら違法です)。10年前に20部だけ頒布された同人誌に載っている内容でも引用してよいし、「バナナ」とか「前立腺」とかい単語容赦なく引っ張ってきてこの表現の含意はとかここで使われている暗喩法はとか分析していい。

文学研究ってそういうものなんで。たとえばナボコフの研究では、英語版ロシア語版を照らし合わせて登場人物の名前がどんなふうに変更されていてそれにはどういう意味が込められているかとかそういう細かな点を論ずる研究というのも実際あるし、そういう研究対象としての引用というのはまったく問題がない。作者に許可を取る必要もない。

それが本当に研究する価値のある文学作品であり、文学研究としての作法を踏まえているのなら、ラノベだろうが官能小説だろうが二次創作だろうが分析対象にしていい。異世界転生で俺TUEEEEEEであってもそこに文学として研究されるに値する何かがあるならガンガン引用することが許される。文学研究であるなら著者名と出典を明記することは研究倫理上むしろ必要不可欠だし、仮にそれで元の投稿者がマイピク限定にしちゃったりしても、このケースならそこまで研究倫理的問題はない(と、私は判断する)。

現状、それをやっている人がほぼ絶無なのは

  • 商業作品でも全てが分析されているわけではないのだから、況や同人小説をや
  • 研究するだけの価値があるかと言われれば怪しい
  • それを研究対象にしようと思うほど好きな人はその辺の距離感もわかってるからそんなズカズカ踏み込むようなことはしようとは思わない

という理由であって、やっちゃいけないなんてことはない。二次創作書きから直木賞作家とかに登り詰めて死後に全集が作られるような身分になったら生前に書いたピコ手二次創作小説が掘り起こされて「若き日の習作」として分析対象になってしまうのも甘んじて受けよう。

しかし、問題は、これ文学研究じゃないですよね、という話で、テキストにあらわれる語の頻度を分析してフィルタリング機能に活かそうとかそういう研究だとまた違う話になる。たとえば「夏目漱石の作品中における接続詞の使用頻度」みたいな研究なら著者を明かすことに意味はあるけれど、この場合はそうじゃない。まあ一般的な語の用法の分析じゃないかコーパス使えないことはわかるけど、「有害な表現フィルタリングのため」という目的で用法を研究するなら研究対象の具体的なURLと作者名は伏せた方がいいだろうし(これがまだせめて「“尊い”という語の用法」みたいに価値判断を加えていなければよかったかもしれないけど)、そもそも個々の作品のURLを列挙できる段階でちゃんとした研究とはいえないんじゃないんですかねふつうそういう研究なら、「○○新聞のデータベースで××年分の記事を検索して調べました」とか「pixivデイリーランキング上位20作品を平成××年△月から△月まで○ヶ月にわたって調査しました」みたいなデータになるはずで、分析対象が10作品だけって段階でサンプル少なすぎるでしょ。いやもちろんサンプルが少ないから悪いというわけではないけど(談話分析とかならたった30分程度のTV番組を分析するだけで論文1本書けるだろうし)、フィルタリング情報工学的に考えるならまずサンプルたくさん集めないと話にならないというか……

pixivの規約に引用禁止と書かれている!」という主張はなんとも微妙だ。「は? それpixivの内輪ルールだろ? 著作権法上は自由なんだよ!」というカウンターも見られるが、そう簡単な話でもないと思う。

一般論として、引用は著作権法で保護されているので、それが適正な引用である限り(主従関係とか出典の明示とかそういうことね)自由に引用してよい。なので「無断引用禁止」と書かれている痛いサイト自由に引用して叩いてよい、ことになっている。そういう意味では、「支部の規約より著作権法の方が偉いに決まってんだろボケ」派の言うことは正しい(実際、著作権的にはこれ問題ないとみなされる可能性が高いのではと思うが、法学クラスタの皆さんその辺どうなんでしょうか)。

しかし、ここで問題になってくるのは

ということだ。

それを読んでいるということは、検索で行き当たった作品を引用しているのではなくpixivアカウントを取得してログインしそれらを読んでいるということだ。ということは、利用者としてpixiv規約を守る必要があるのではないか。少なくとも、利用しているサービスの規約に反して収集した情報を引用するのは、研究倫理に反するのではないか

※追記:pixivの規約見たら「本サイト及び関連サイトアップロードされている投稿作品の情報を、当該著作者創作者)の同意なくして転載する行為」が禁止なのね。じゃあ、別に引用はしてもいいんじゃん。少なくともこの点で研究倫理がどうこう言うのは不当な非難だと思うので謝罪の上撤回ます

たとえそれが個人的談話であっても、社会学文化人類学では引用してよい。「○○村の女性Aさん(45)が私に語って聞かせた結婚生活愚痴」なんてのも、これらの分野では立派な研究対象だろう。ただしその場合、事前に「私はこの村に社会学文化人類学の調査で来ているので、皆さんの発言を研究に使います」と断る必要がある(増田にはフィールドワークの経験はないので、実際にどんなふうに許可を取るのかは知らない)。たとえそのような許可を取って滞在している村の住人の発言であっても、「これは絶対に論文に載せないでね」と言われたのに論文で引用したら、そらアウトだろうと思う。

だいいち仮に許可を取ってのことだとしても、社会学文化人類学の研究なら普通は発言者をボカす社会運動指導者とかでもない限り、現代社会に生きる無名人の名前をそのまま載せるなんてありえない。ふつうは、AさんBさんとか、長門さん(仮名)と陸奥さん(仮名)みたいに処理した上で引用するの。

仮にそれが著名人であったとしても、使っちゃいけない、使うべきでない類の資料というのもある。たとえばちょっと前に、毎年ノーベル賞獲れなかったと騒ぎになる某作家さんの高校時代の図書館での貸し出し記録を調べてドヤ顔で記事にしてた新聞があったけど、と、図書館の自由に関する宣言~~~~~ってなりますよね(実際日本図書館協会激おこだった)。

これが歴史学だとまた話が違ってくるというか、たとえば、百年前の新聞の投書欄を分析して当時の世情を研究するみたいな研究は割とある。その投書欄に書いているのは農民だとか小役人だとか、まあ市井の人々なわけだけど、投書欄実名を載せているなら実名ごと引用され分析される(ていうかふつう実名をそのまま引用することはないけど、「○○という人物は次のように言っている」と地の文で書かれるとか、注釈で書誌情報の一部として実名が記されるとかはよくあること)。

ただし、これは「百年前の」「新聞への投書」だから許される話だ。書いた本人はたいてい死んでるし、遺族がいたとしてもたいして不利益はない。これがたとえば、公開を意図せずに書かれたお役所の文書だったらどうだろう(近代史でメインに使う史料というのはたいていこれだ)。もちろん、単に「○○という市民が食糧配給が少なすぎると文句を言ってきた」程度の内容なら実名を出してもいいだろうと思う。でも、それが故人の名誉を傷つける内容だったら? 徴兵された普通の人々がどのようにして戦争犯罪に加担していくか、という研究で、某中二病患者に人気の国の国防軍関係の史料が引用された時には、登場人物の多くがイニシャルだった。

インターネットにおけるレイシズム、みたいな研究で、twitterの膨大な投稿を分析し発言者を特定しない形で差別発言の例を挙げることは許されているけど、それが実際のアカウントと紐付けられる形で提示されたら、やっぱまずいんじゃないの。研究対象著名人であるとかなら別だけど(twitter右寄りの発言ばっかりしてるラノベ作家がいたとしたら、その人の思想を研究する上でそういうツイートを参考資料として引っ張ってくるのはまあアリだとは思う)、研究というのは告発のためのルポルタージュでも責任追及のための裁判でもないのだから(レイシズムに無批判であるべきだ、という意味ではないので念のため)。

それを考えると、やっぱりあそこで個々の作者さんの名前を出す正当性は全然ない。出典の明示にしても、「○○というサイトで××年~××年にかけて上位20位に入った計△△作品を分析しました」でじゅうぶん。その上で個々の発言者が特定されない形で「バナナ」という語の使われ方を存分に研究すればよかった。

何が言いたいかというと、確かにあの論文は研究倫理に反するけど、それは同人小説を研究対象として引用することがいけないからではないので、批判する側も適切な論拠を選んだ方がいいですよ、というお話でした。

追記

何でこんなもんを載せたんだ、査読してないのか、という意見もあるけど、してないか名前だけのザル査読なんじゃないかなあ。これ、フルペーパーではなくて学会発表のプロシーディングでしょ? 情報系は知らんけど、人文系だと学会発表で査読しないところもまだまだ多いですよ(内容が酷ければ質疑応答ボコボコにするか論文投稿時に査読で落とせばいい話なので口頭発表時点で査読が無いことは別に悪いとは思わない)。まあ、PDFとして載せちゃった以上は責任問われるのも仕方ないと思うけどね。最低限そこは査読なかったとしても編集委員会の判断とかで弾こうぜ。

あとこれ多分M1の学生の研究に助教と准教授が名を連ねてるだけだとは思うのだが、まあ共著者として名前連ねてる以上は責任を負うってことなんだろうし、実際M1の学生が袋叩きになるよりも准教授が叩かれる方がマトモだとは思うので、うん。

さらに追記

社会調査するならこれ読んどけ! 的なものとしてマサキチトセさんの翻訳が拡散されてる。

http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/1758

マサキチトセさんの訳は丁寧だし、社会調査しようと思うなら必要だと思うけど、これこの件に関係ないよね? ごっちゃにしてない?

  • リンク先で言われている「社会調査」の例
  • 今回の調査は「ネット上に公開された小説の分析」
    • なので仮にあてはめるとするなら「図書館に行ってLGBT団体の機関誌を調べてどんな人がどんなことを書いているか分析する」に相当する
      • 普通、そういう調査をするに際して、当該団体の許可は要りません(その団体の会員にしか配られなかったので、その団体が所有する図書館でしか読めません、というなら別だけど)。当たり前だよ、侵襲性がないんだもん。今回のは、その文献調査で知り得た情報をどのように扱うべきだったかという話でしょ。何度も言うけど発表された二次創作を無断で分析するのは原理的にはやっていいんですよ
  • なのでこれは、医学文化人類学社会学フィールドワークとは根本的には違う話です
    • それらの学問では、患者さんや調査対象の人たちに時間を割いてもらって、必要とあらば彼らの社会に住み込むことによって、個人情報も含めたデータ提供してもらいます。侵襲性が高いというのはそういうことです。それらの学問では調査すること自体が彼らに迷惑をかけてしまうことになるんです。だからちゃんと事前に許可を取ったりしないといけない。でも、インターネットで公開された文章を検索したり、図書館で雑誌を探したりするだけなら、調査対象に迷惑はかかりません。だから調査対象にいちいち許可を取る必要なんてありません。ただ、それによってセンシティヴな情報が得られることもあるし、それは研究発表のときに注意しないといけない、という話
      • たとえば、○○県在住の田中さんという人物継続的ゲイ雑誌投書欄に投稿しているとして、それは田中さんが自分で書いたことだから、図書館で調査してそのことを突き止めるまでは田中さんに無断でやってもいいです。いちいち許可を取る必要はない。でもそれをそのまま論文で引用したらまずいですよね。Aさん、とか、佐藤さん(仮名)とかにしないといけないですよね。今回の問題はそこにあります

もいっちょ追記

いちおう言っておくと、

  • 法的に問題があるか
  • 研究倫理として問題があるか
  • 研究として優れているか
  • ムカつくか

ってこれ全部別の話だからね。

私はこの論文にほんとムカついてる。めちゃくちゃすごい論文ならともかく、こんなゴミ発表のために何人もの小説書きさんが作品非公開にしちゃったりしたんでしょ。それでもって研究という営みや研究者への不信感を増大させている。オタクとしても研究をかじった者としてもほんとふざけんなという話だけど、それは無断引用で違法だからじゃないよね、って話。批判者たちが無断引用だ何だと言わず、なんだよこのクソ論文的外れな「分析」してんじゃねーよ上から目線でムカつくんだよ死ねよ、という主張で攻めていたら私は喜々として石を投げる側に加わっていたけどね。万死に値する大罪人でも間違った罪状で処刑されるのはやっぱり駄目だよ。

正直、腐女子研究者研究者コミュニティに不信を持つのは当然だと思うし、それは腐女子面白いオモチャとしか見てこなかった研究者サイドの自業自得なので、「法的に問題がないことはわかったけど、あいつらのやっていることは信用できない」と思うのは無理ないです。その感情を否定したいわけじゃない。ただその感情の根拠としてぼくのかんがえたちょさくけんほうとかわたしのかんがえたけんきゅうりんりとかを振りかざさないでほしいだけ。正しい認識の上に立ったところで研究者に対する信頼が急に生まれるなんてことあるわけないんだし。

ぶこめに応答

id:p_papua

研究で「引用」というと文献リストに載せるやつなので,今回の件では研究用語的には「引用」では無いんじゃないかなあ。法的には分からない。pdfは全発表のを出してるんだから,いちいち弾いてらんないでしょ。

文系では文献リストは必ずしも必須ではないのよね(この辺、理系からすると何それかもしれないけど)。たとえば文献情報を全部脚注で書いちゃうやつだと文献リストはなくてもいい(だって書誌情報、つまり引用元の出典は脚注で示しているんだから論文の最後にリストとして挙げる必要はないでしょう? もちろん脚注にきちんと文献情報載せない場合は文献リストが必要ですよ)。あと、参考文献リストにない文献を引用するときに注で補ってもいい。

これ日本だけのローカルルールじゃなくて英語圏でもあるからね。たとえばNationalism and Ethnic Politicsなんかはこの方式のはず。

いちいち弾いてらんない、ってのは、せやな。こんな発表が許されるなんて学会の研究倫理はおかしい! とか騒いでる人もいて頭が痛いよね。アホか。

id:catsnail

こうして燃えてる時点で侵襲性があるということになるのでは。「衆目に晒された→恥ずかしい→公開をやめる」が「過剰反応」だとしてもそのせいで研究対象は消えてしまったわけで。

ここで言ってる「侵襲性」ってのは、研究発表以降の話じゃなくて研究をする段階の話です。つまりデータを採る段階。

お医者さんだったら、患者さんを診察室に呼びつけて、服を脱がせて、相手が医者じゃなければ屈辱的な姿勢(ケツの穴を見せるとかね)をとらせたりして病気を診察して、それで病気や怪我のデータを採るわけですよね。社会学だったら、時間を割いてアンケートに答えてもらったり、面談してもらったりする。文化人類学なら、調査地に住み込んで、同じメシを食って家族の会話に割り込みながら相手の文化を学んでいく。そういう研究手法が、侵襲性のある、侵襲性の高い研究だってことです。

こういう研究をするときには調査される側の同意が必要だし、データをどこまで公開していいか決める権限は調査される側が持っている、というのが、あちこちで訳知り顔で語られている社会調査の鉄則です。

でも、文献調査はそうじゃない。いったん公開してしまった情報であれば、それを調べる段階では調査される側=文章を書いた人にとっては基本的に関係のない話。だってそうでしょう? いったん公開された情報については、研究者は、本屋さんで本を買ったり、図書館で雑誌のバックナンバーをあさったり、パソコンの前でマウスポチポチするだけなんですよ? これにいちいち事前の同意が要るという主張はどう考えてもおかしいわけで。

id:nt46

医学論文でもカルテ調査するなら患者本人には(直接的には)迷惑かからず、それを氏名つけて公表したあとに患者本人に影響出る可能性が出てくるわけで"根本的に違う"というのがよくわからん

カルテって、出版されたり、数万人の会員がいるSNSにアップロードされたりしてるんですか? 根本的に違うってのはそういうことです。当たり前ですけど、二次創作小説でも「作者が誰にも見せずにしまっているもの」「数人の親しい友人以外には見せていないもの」を引用するには許可が必要だし、無断で引用したら大問題ですよ。

id:drunkghost

会員制で見たい人だけが見られるようにしてある物を引っ張り出してきても許される、引用や研究ってそんなに万能なんです…?

少なくとも引用は万能です。数人の仲間だけにパスワード教えて見せてたならともかく、捨てアドがあれば誰でも会員になれて、数万人規模の会員がいるところに、会員なら誰でも見られる状態で置いてあるものは、著作権法上公開されたものと考えていいと思います。なのでそれが適正な引用方式に従っていれば引用はオッケー、お国法律が認めてくれてます。やったね!

(ていうかその理屈だと、お金払わないと読めない学術雑誌掲載された論文は無断で引用しちゃいけないことになりますけど、それでいいんですかね……? NatureとかCellもウカツに引用できない世の中、やばくね?)

研究はこれから議論されていくところなんじゃないかな。少なくとも昔は、書かれたものというのは「書店や図書館流通し誰でも読める状態に置かれる」か「私家版としてごく少数の人のあいだで流通するか机の引き出しで死蔵される」の二択だったわけですよ。「数万人の会員がいるサイトで公開されてるけど一般公開はしてません」なんて状況、想像もしてなかったでしょ。この辺は今後頭を悩ますしかない。そういうめんどくさいのが嫌な人は歴史学とか古典文学とか考古学とか関係者が軒並み死んでる学問をやりましょう。

id:ajtpyomkptm

二次創作研究対象になるなんて前例がなく誰もそんな想定をして書いてない。これは前例がないことだということを頭に入れていきなり研究の場に引き釣り出されて心の準備が追い付かない人の気持ちも憂慮してほしい。

前例はあります

今手元にないんで間違ってたら申し訳ないんですが、2004年に男性向け作品での美少女表象を研究した本が二見書房から出ていて、バッチリ同人誌も引用されてたような。手元に確実にあるやつで確認すると、2009年に創刊されたコンテンツ研究系の学術誌に載ってる尾道の聖地巡礼史を論じた研究では、聖地巡礼同人誌が引用されてます。探せば同人誌を引用した研究はもっと出てくるんじゃないかな。コンテンツ研究だと痛絵馬の分析とかもやってるし、そこまでおかしな事態じゃないです。この辺の学術動向知ってれば「前例がない」なんて発想こそ出てこないですよ。何を今更。

まあ、素人さんがそういう学術動向知っとけ、って無茶ですよね。でも、これでわかったと思うけど、学術って開かれているけれど閉じられた世界なんです。興味のないことには誰も目を向けない。同人誌も同じです。女性向けの島中に置かれてるマイナーCPの薄い本なんて、理屈の上ではコミケ来場者全員に買う機会があるけど実際に買うのはごくごく一握りでしょ? はっきり言って今回の論文だって似たような位置づけなわけですよ。知らない場に引きずり出されて不愉快に思うのはよくわかるし、同情もしますけど。

あとこれ言うと揚げ足取りなっちゃうんであまり言いたくないんですけど、『アララギ』とか『白樺だって同人誌だし(ていうかあっちが元祖)、そういう意味での同人誌ってたくさん研究で参照されてるし、CiNiiで「同人誌」で検索かけたら戦時中の誰も読んでないようなマイナー文芸同人誌を詳しく紹介するみたいな論文がヒットするわけですよ。同人作品だから引用しちゃいけないとか研究の場に引きずり出してはいけないって言われても、それどこの星のルール? っていう感じがします明治文学研究とかルール違反の百貨店や~。

増田にも応答

http://anond.hatelabo.jp/20170526110709

今回の分野がどうだったか知らないけど、私が見てきた分野だと使ったものは閲覧日も添えてURL載せるべきだと思う。閲覧日は今回みたいに作者が引っ込めたら困るじゃん。困るっていうか、本だったら第何版みたいな話。あと他の人が"オラもやってみっぺ"ってなったら元データは必要じゃん。

これ、その通りです。どういう場合はその通りかっていうと、その記事それ自体意味がある場合です。

たとえば、NHKウェブ版の記事を引用するときとか、政治家の人のホームページを引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログを引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説を文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているか批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体に価値があって第何版を見たのかが大事なときにはURLは必須だし閲覧日も載せるべきです。

でも、「性表現のある小説を分析して表現技法統計的に処理する」みたいな話だと、やっぱり事情は違うかなと。個別のテキスト問題になっているわけじゃないので。

その場合のトレーサビリティについては、「pixivの○月○日から×月×日にかけての小説デイリーランキングR-18上位20作」とかで確保できないですかね? 過去のランキングもやろうと思えば見れるんじゃなかったっけ。仮にできないにしても、URLをそのまま載せて相手に非公開にされたらどっちにしろ後から検証できなくなることには変わりないような……

頭で選んでるのはその通り

http://anond.hatelabo.jp/20170523181252

基本的彼女たちは優等生思考から本能で選べとかそれこそ無理ゲーなだけ

キャリア学歴経済力など今まで重視して築いてきた価値観はそうそうひっくり返らないし同じ価値観相手にもそれを求めるのはごく自然に思える

あと、息苦しいのは優等生からこそ世間一般の「結婚観」を気にしてしまうこと

結婚はした方がいい」「仕事の出来る夫をもつことが女の幸せ」など昔から一般論を振り払って逆の道を行くには彼女たちは優等生すぎるんだよね

[]一応マニュアルのとこ

http://anond.hatelabo.jp/20170524171732

id:yosukegatzさん

FAQはあくまFAQだからね。手続き正当性をなぜFAQでみているのか、どの部分を持って手続き問題がある、とツイート主がおっしゃってるのかわかりませんが、マニュアルにちゃんと書いてあって、ふつうに執り行われてる手続きであるとは思いますよ。そもそも国連特別報告者はあくまで準司法quasi-judicialで、問題提起大事だって書いてあるし、これが初動なわけだから、内容が不適切だとおっしゃるなら質問にちゃんと答えりゃいいんですよ。とりあえずツイート主が言ってることは根拠がないですよ。むしろ人権侵害がある国にこそ公開でやることで回答する動機づけをしてるのは明らかだし。

国際機関を含む多国間交渉の場は利害も考え方もまちまちだから手続き大事で、そこを外すと何も進まなくなる。日本政府問題を指摘しつつも誠実に対応する(ことが求められる)が、他の国(人権侵害のひどい国)なら「回答する前に書簡政府攻撃に使われた」として回答拒否の口実にしてくるはず。

これは実例に照らして真反対。緊急性や重大性が低く、相手がちゃんと回答してくる可能性が高い場合にこそconfidentialにしている。

今回の書簡基本的には「質問」であり、当該政府からの回答に加え、別途行ったその他の調査内容と合わせて検討し、国連人権理事会報告書を提出するのが特別ラポルトゥールへの委託内容。その報告書はまだ単なる個人作成文書であるがこの時点で公開されて議論対象となる。書簡公開はルール違反

これも事実誤認ルール違反じゃない。ちゃんと書いたように,マニュアルに認められている。

送られた書簡とそれに対する受け取った回答の文章は、受任者が対応した報告書作成するときまで機密にするか、受任者が、特定の状況によって、それ以前に行動が必要であると決定する。

37. The text of all communications sent and responses received thereon is confidential until such time as they are published in relevant reports of mandateholders or mandate-holders determine that the specific circumstances require action to be taken before that time.

プレスリリースを即座にすることも認められている。

重大な懸念や、政府書簡に対して本質的な回答が出来ない状態が続く場合などの適切な状況では、受任者は個人で、あるいは他の受任者(特別報告者、作業部会など)プレスリリースプレスカンファレンス、その他の公的意見表明などを行う場合がある。

一般的に言って、受任者は政府との対話の中で、プレスリリースなどのプレス向けの声明を発出する前にそのことを明らかにするべきである。受任者が、書簡の中で、プレスリリース等をすぐにおこなう意向を示したい時は、書簡の中にそのような意向記載することが出来る。受任者は、懸念された国からの応答に対しても公平に明らかにするべきである

49. In appropriate situations, including those of grave concern or in which a Government has repeatedly failed to provide a substantive response to communications, a Special Procedure mandate-holder may issue a press statement, other public statement or hold a press conference, either individually or jointly with other mandate-holders.

50. In general, mandate holders should engage in a dialogue with the Government through the communications procedure before resorting to a press release or other public statement. When a mandate holder sends a communication with the intention of issuing a press release shortly thereafter, such intention could be indicated to the Government in the communication. Mandate holders should indicate fairly the responses provided by concerned States.

とされているように、初動が一方的に公開であることは別に認められているし、反論公平性は、反論文を同じ場所に掲示することで保とうという意思が見える。

また前に書いたように、イギリスのSnooper's charterについては、就任直後にガーディアンインタビューでいきなり問題提起しており、不必要テロ危険性をマスコミ翼賛的に報道している状態に苦言を呈しているけど別にイギリスは「反論の機会もなしにメディアでしゃべるなんて!」とも批判もしてない。(なぜインタビューされたかというと、このケナタッチ氏の就任は、アメリカメルケルとかを盗聴してたことが明らかになったのちだったので、親アメリカ派のエストニア候補が反対されたという経緯でヨーロッパではその就任が注目されていた。)そしてイギリス政府は、ガーディアン政府見解を送り、ガーディアンもそれを掲載した。ただそれだけの話なんだよ。

 当然指摘は一方的になされるので、誤認があるなら反論すればいいだけなんだよね。我が国対応が際立ってみっともないだけ。

とりあえずツイート主はFAQじゃなくってマニュアルを読んだ方がいい。

アウティングされた経験

を長文で読みたいなぁ不幸な荒れた話が読みたいなぁと思った深夜の気持ちのままあんまそゆのを探し出せなかったので変なのりのまま自分のことを代わりに書いてみよう。よかったら皆も不幸自慢していこうね。楽しいから純粋に。

高校生をやってた頃カミングアウトを始めてしたことがあって、よくある突発的なアレだったのでかなりヤサグレた気分に陥った当時。

友人は不味いことを聞き出してしまったと思ったようだし、そう思わせるような割と酷い感じの言いっぱなしを行使してみせた。

その次の日、何も言わずに友人は私に皆と遊ぼう!と誘い、中学の頃の仲間とただ本当に遊んだ

そんだけだったんだけど、なんか一度口にしてしまうと堰が外れたのか、深夜友人に固定電話から泣きながら「どうしてどうして!」とアホなことを口走る電話をかけてしまった。恋愛的な感じの話で、ものすごいベタなどうしてを繰り返してしまい、友人はしようもなさそうに振り向いてもらえないのは仕方ないじゃんとなぐさめる。思い出すと超恥ずかしい。のに書いてるバカ。でも始めての匿名ブログだよ!

いやまあ別に本当は恋愛なんて今でもよく分からないし、当時もそんなことが言いたかったわけではない気がする。ただ、なんかずっと明かさなモード!超硬い壁で覆われた強い俺!って感じだったのに口に出してしまうと何かもろいものだったように崩れてしまった。

秘密大事だと思う。自分しか言えない秘密。それをずっと抱えて死ぬことも別にイヤではなかったんだけど、でもだからこそ言ってしまった自分嫌悪感がある。言ってしまった自分はかつての自分とはもう違う。終わった気がした。

それからというもの破壊的に口が軽くなった。割と身近な人ならバレてもいいや、言ってしまえ、な感じな傾向が。。。

そんなことをしていたものからちょっと会いづらい友人にメールさらっとこぼした。ら、友人は食いついた。質問攻めってやつだ。

男がすきなの?

という言葉は本当に衝撃的なものがある。

異性愛者の女の人も多少分かるんじゃないかな。男が好きって、響きがやばくない??どんだけ好きモノだよっていう。超恥ずかしかった。

なんか質問が続くとすっと目が覚めた。やばい、うかつだった。

そして遊ぶ約束をそのまま取り付けて後日彼女の家へ会いに行った。ら、共通の友人が先についてて、「お前、、、そうだったの?」といきなり聞かれた。

え、

え、

何?

言っちゃったの?早速なの?

ついでに言うと、その場にはまったく知らない殿方もいた。聞くと、友人とは昨晩(だか何だか最近の間に)出会って仲良くなったらしい。友人にとってもほぼ見知らぬ他人。私には赤の他人

へぇ、君、そうなんだ?

という話になるよね。

まあ友人とは相変わらずのいじられ遊びをした。メイクしたり、コスプレしたり、赤の他人の殿方は自分の足毛を剃って女の足を模した地鶏撮って遊んでた。あとでオナるんだって。がんば。

なんかそゆノリ。

あの殿方、俺の容姿について、まあ目は・・・まあ、みたいなお茶を濁す感じで評してたのを覚えてる。くそが。可愛いと言え。

あはは、うふふ、という意味不明な昼下がりを体験した後解散

なんかモヤモヤして、初めてカムアウトした友人(何か、いやらしい)にもそのことを相談したり。

友人は憤っていた。

友人は私の姉みたいな立ち居地なところがある。今でもそう。頼りないからな、俺。

そんなこんなあるが、別にこれらの人々誰も嫌いじゃない。むしろまた会って「ごめんね、ご無沙汰しちゃって気まずくしたよね」って謝りたい。なんか、タイミング悪くて着信あったのに折り返さなかったから、それ以来何も連絡取れてないのが後悔。いい人だったのに。今頃どうしてるのか。

まあ今思えばあれらはアウティングだった。

他にも同じ中学出身で男友達の連中もいたんだけど、この友人たちにもバレバレの付き合い方をした。

したら、したらね花が咲いたよ、じゃなく、まあ普通に猥談もあるので俺のセクも絡んでくる。なんか中学の頃にできた友人はイジリコミュニケーションが主な交友方法だった気がする。お互いにイジレる要素があればイジる。みたいな。

いい加減嫌がってる人もいたので、何か健全じゃない歯車だったんだと思う。自分でも変にビッチっぽく振舞ってしまったり;晩生なのに。

というか、俺ひとにいじられるの嫌いなんだよね。どっちか言うといじりたいほうなのに。ツーンってしたいのに。

なんか疲れてしまって、今となっては付き合いはない。なんか繊細なものを共有できないと思ったし(出来るかもしれないと思った瞬間はあったのに)、こんなことを言われなきゃいけない関係友達じゃないよなって思ったので。

それでも、例の初の友人に、彼らとの交友関係について「受け入れてもらってよかったじゃない」と言われたのが引っかかった。引っかかったことについては数年後本人に打ち明けて何かしら変化が生まれたと思う。私は他人に対しては卑屈になりたくないのだ。自分に対してならいいけど。

受け入れてもらって嬉しいワンとか、プレイじゃないんだから。俺はマゾというか、そういうヘキがあるので、余計にそゆ劣等感を持ち込みたくない。

カミングアウトして様変わりした。

今もそれはそう。

というか趣味とか隠さないからセクはカムアウトしてなくても間接的にセクがバレる。

大体の人がお察しの環境にいる。

それが苦痛

平気でやつらは聞いてくる。

彼氏いるの?

とか、

どっちが好きなの?

とか。

気持ち悪い。私は何より男が好きな自分気持ち悪いのだ。その気持ちがお前らに分かってたまるか。卑屈に見えて同情するやつは勝手にしてろ。

もう二度と会いたくない人がどんどん増えていく。

基本的にひとりでいいし。今でも付き合いのある友人はいる。そういえば、性的なことに対してどこか距離感がある人たちだ。

男女問わずそゆ人の方が長い付き合いが出来るのかもしれない。

自己嫌悪を刺激しないでくれるとありがたい。

うそう、アウティングの話だ。

何の悪気もなく無邪気にというよりは、邪気を素朴に発揮される形で共通の友人+赤の他人自分自己嫌悪部分をさらけ出して接しないといけない空間というのは苦痛だ。楽しんでても苦痛だ。

というか、なんでそんな無遠慮にバラしたんだろうと今でも思ってしまう。

まあ、もとより無遠慮な人だったけど。悪友ではある。それ自体はいいのだ。悪友なのだから

まあそれも今は音信普通からそう思うのであって、今も付き合いを続けていたら、やはり壊れたのかもしれない。

無遠慮にしていいと思ったのは、かれらが悪友だったから?なんかそれだけで片付けられないよなぁというのは、自分以外の例を見てて思う。

なんだろう。すごく浅く考えてくる。自分は浅く考えられる自由立場からって。

かれらはさ、カムアウトする側 が問題を抱えてるんではなく、カムアウトされる側 にこそ権力があるんだって自覚が、実はあるんじゃないかとすら感じる。

私・俺はお前がそうだとしても気にならないし平気で話題にするよ!

私・俺が気にしないことこそがお前にとって重要案件だろう?

みたいな。

けど、あんたらの腹が痛まないことは私にとって何の保障にもならない。

友人ならまだしも、知人程度の人にさりげないことでも突っ込まれるのは非常にストレス

なんでそんなにお気楽でいられるの?

アウティングしたり、触れることを躊躇わないひとって、何かズレてる。

俺がこんな自己嫌悪してるのに、なんで自己嫌悪せずに済んでるお前らがおいそれと俺に触れるんだ。

たったひとりでかみ締めて死にたかったのに。

あなた孤独には触れないから~って歌詞を思い出す。関係ないけど。

何の悪気もなくアウティングされた私ってヤバい

けどそんな話は本当にありふれてるんだというのは最近認知されてきてるんじゃないかな。別に私だけが特別ひどい目にあったわけじゃないし、たぶん私の体験はいわば軽いほうだと思う。ずいぶんと傷は浅い。

そういう私は、他人の深い傷の話を読んで癒されたいなぁとか勝手に思ってしまう。どうかしてるんだな。

あと、カミングアウトしてない相手なのに何故かオカマ的な扱いで嘲笑とかハラスメントはされました。勘違いしないで欲しい。自分カミングアウトしなけりゃいいってもんじゃないし、他人アウティングされなきゃいいってもんじゃない。

何も安全じゃない。

政治スレは疲れる

2ちゃんねるにしてもふたばちゃんねるにしても

政治スレにどっぷり使ってるとものすごいエネルギーを持ってかれる

レスバトルなんか始めたらそれだけで一日が終わりかねない

なので基本的に見ないほうが良い

アイマスのイェッタイガー論争は本質を~」は本質を捉えていない

アイマスライブのイェッタイガー論争は本質を捉えていない http://blog.livedoor.jp/ryo7927/archives/71019923.html


概ね同意なんですが、この意見こそ「議論論点ずらし」、本質を捉えていないというか無理やり話をそらしているように感じます


まずそもそも「コール」自体本来「好ましいものではない」です。理由はもちろん、「歌手邪魔をするから」であり、「客が気持ちよくなるため行われる行為から」です。

しかし、コールには「歌手テンションをあげる」という面あります。「客」にも「歌手」にもメリットがある。なので、「ライブ中に声を出すコールという行為は受けいれられている」というのが、基本的な状況です。


基本のコールであるハイ!」や「フゥー!」は合いの手であり、リズムに合わせて入れるものです。ライブだけでなく、パーティーなどで囃し立てる時にも言ったりしますね。

また、元々の曲に入っている台詞合いの手などを入れるのも、リズムに合わせて入れるものです。なので、一応基本的に曲の邪魔しません(例外もありますし、声の大きさで歌声が聞こえないなどもありますが)。


さて、問題は歌い出しから次の歌い出しまで、つまり歌がなく会場が曲だけになる場面で入れるコールです。「イエッタイガー」もこれにあたりますね。

アイマス曲で言うと、「乙女よ対しを抱け」の「急がばまっすぐ進んじゃおう!」や「s(mile)ING」の「はっしー!」や「恋のレッスン初級編」の「LOVEラブリーマチコ!」など(ちょっと違う気がしますが、わかりやすい例として一括りに)。


これが許されているのは、意味があるからです。「歌手名前」「キャラ名前」「歌詞に対するリアクション」などなど。しかし、「イエッタイガー」には意味がありません。

はい」「フゥー」と同じく意味が無い合いの手としてスルーできるほど短くないですし、歌と歌の合間に入れるため目立ちます


前述したものは、「歌手テンションをあげる」面がありますしかし、「イエッタイガー!」という意味不明単語を叫ばれてテンションの上がる歌手はまずいません。さらに、これは「客が気持ちよくなるため」という面が他のコールよりも大きい。

「お水おいしいー?」と同じで、「静かな場面で自分叫び声を響かせたい」「とにかく長めの言葉叫びたい」という感情から行われる行為です。「イエッタイガー」が成立した経緯は知りませんが、「はい」や「フー」を入れられない場面でもとにかくコールが入れたい!っていう理由からまれたのではないでしょうか?それが成立するのは、「とにかく歌手も客も大騒ぎしたい」というタイプ現場だけです。


アイマス現場どうでしょうか?現状だと「はい!」や「フー!」とは違い、「イエッタイガー!」は「今言った奴がいるな」と分かるくらいに目立っています。ということは、受け入れられていないのでしょう。

好ましく思われているなら、「恋のレッスン初級編」の「LOVEラブリーマチコ!」の様にいつの間にか大多数の人が言うようになり、目立たなくなることでしょう(歌手本人が私の名前ではなくキャラ名を言って欲しいと明言されていたそうですが、すでに浸透い過ぎていてそのまま)。


偉そうにつらつらと書いて来ましたが、「絶対禁止だ!!」と言っているわけではありません。

ただ現状、アイマスライブにおける「イエッタイガー」は「好ましく思われていない」というのは事実です。

その事実を踏まえた上で、「周りなんかしらねぇ、とにかく俺は自分気持ちよければいい」という考えの人。私は、好ましくは思えません。

[] #25-4「ライトクイズ

「それでは後攻、マスダさん。問題をどうぞ」

またも敵の自滅で大きくリードできてしまった。

せっかくだからちょっと遊んでやろう。

あらかじめ出そうと思っていたものを取りやめ、俺は急遽テキトー問題を出すことにした。

「今年、『No.1』と謳われていた映画は?」

我ながら雑な出題である

No.1を謳う映画なんて、解釈次第ではいくつも候補があるからだ。

だが、その中でも巷で最も話題になった映画ならば、自ずと選択肢は絞られる。

簡単度はほどほどには行くだろうし、タイナイは間違えるか解答に時間がかかる可能性が高い。

「え~と、『オ・ド・ラント』?」

「マスダさん、いかがですか?」

「そうだなあ、じゃあ不正解で」

「『じゃあ』ってなに!?

「あ、正解は『複雑な社会問題の詰め合わせ。ノンフィクションに基づく我が半生』ね」

遊びの域を出ないが、このライトクイズにはこういった戦術もある。

そう、このゲーム絶対的な正解である必要がない。

出題者の裁量で、割とアバウトな正解でも構わないのだ。

当然、そんなことをすれば観客や審査員に支持されず簡単度は下がるので、基本的にはやらないほうがいいのだが。

「解答までにかかった時間5秒。不正解ペナルティ。そして簡単度は40。計75点のマイナスとなります

それでも、タイナイよりはマシな点数にできるわけだ。

それに、あまりにも良質な問題を出すと次の相手の番や、更には他の対戦者たちも真似してくる可能性がある。

あえて雑な問題を出し、手の内を見せすぎないことも戦術なのだ

まあ、試合前のタイナイの不敵な笑みが癪だったので、ちょっとした意趣返しもあるが。


その後、タイナイはあわてて出題内容を軌道修正する。

だが、俺は最初リードを奪えないことを思い知らせるため、タイナイを真似るように同じレベル問題を出してみせる。

後攻はこういった風に傾向を探れるし、先攻有利を防ぐために持ち点も高めに設定されているから、俺からすればむしろ好都合だったりする。

こうして数週するとタイナイの持ち点が先に尽き、俺の勝利となった。

「デス・ゲームギャンブルもの主人公みたいにはいかないか……」

タイナイが悔しそうにそう呟く。

そういうのは機転と運に恵まれていることは勿論、ルールをちゃんと把握しているからこそ出来ることだろう。

(#25-5へ続く)

2017-05-24

ツイッターのTLがものの見事にFGOで埋まってから随分経つ。

Fate自体はそこそこ好きだがFGOで追加された新規キャラの何人かに元ネタ史実)の人物から解釈描写個人的地雷を踏み抜かれてしまっているので手が出せない。というか一回始めてみたことはあるのだがそのうちの一人の描写がどうしても耐えられなくて投げてしまった。

あくまでも個人的思い入れ問題なのでもっと考証ちゃんとしろという話でもなく。そもそもこのゲーム世界観に対して考証うんぬん言うこと自体が相当な野暮だろうし、元ネタと切り離して作中の一キャラとして見ればかなり良い見せ場貰ってたのは事実だ。

ので遠巻きに見ている状態なのだが、やっぱりイベントやらガチャ更新やらで話題が途切れないって強いなあとつくづく思う。FGO始めた人基本的に戻ってこないから、何だかんだで面白いんだろう。

作品とは全く関係ないところで妙な地雷抱えてしまった自分はやっぱ損してるんだろうなあというただの愚痴です。

日本人の脳が英語リスニングするために必要なこと

前回ここでリスニング学習法を書いたところ思いのほか反響を得ることが出来た。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

今回は実際のところどうやってリスニングしているかをまとめてみようと思う。

人はどうやって音を聞いて言葉として理解しているのか

リスニング無意識下で行われる実に精妙なプロセスで、自分でもどうやっているのか正確にはわからないが、注意して観察すれば大まかなところは分かってくる。

まず単語について。日本語は「交渉、高尚、考証、公傷、公称」のように同音異義語が多い言語だ。「こうしょう」は広辞苑で50の見出し語を持っているという。対して英語単語意味時代とともに付け加わり多義的になっている。Random HouseTakeを引くと126の意味登録されている。

どちらにしても、音を聞いただけでは単語意味特定することは出来ず、文脈から単語とその意味を導く必要がある。

文脈が分かっているということは、あらかじめ相手のいいたいことが予想できているということだ。現在トピック、話の向かっている方向、相手のいいたい結論がわかっていれば、リスニングは格段に楽になるが、我々学習者はそれを簡単に見失ってしまい、リスニングは著しく困難になる。

相手の表情や身振り、口調などは文化的な差が大きいが、これに慣れることで相手の話したい内容が事前に予想できるようになり、リスニング力が上がる。

文の予測

文脈を踏まえ、相手の言いたいことを察知した上で、相手の話の最初の数語を聞く。そこで出てきた単語文法構造を元にして、その後に続く文を人の脳は予測することができる。

正確に言えば、英語学習した脳において、文の最初の数語、動詞が出て来るまでを聞けば、その後の展開として考えられるさまざまな可能性は、あらかじめ学習によって脳の回路に刻みこまれているので、その回路が後に続く文を効率的解釈してくれる。

我々は学習によって脳の回路を育て、「始めがこうなら、文の続きはこうなる」という様々なパターンを繰り返し刷り込んで、文を解釈するために必要な脳の回路を作り上げている。そのおかげで、音を聞いてリアルタイムに文として解釈することが可能な脳が構成できている。

まり適切な用語ではないが、これを便宜的に脳による予測と考える。あらかじめいろいろな展開に備えた準備を入念にしているので、「その展開は俺の予測範囲内だぜ!」といった返しが、どんな文の展開が来ても出来るような状態にあるということだ。

予測の中に正解がなかったら、リスニングは失敗する。文のパターンを大量に仕入れて、最初の数語を聞いただけで引き出せるようにしておくことが必要だ。

相手の話が進むにつれて、予測された文の解釈候補が次々と脱落していき、相手の話す一文の終わりにはその解釈も一つに定まる事が多い。

詩的な文では、それが何を意味しているのか一つに絞りきれないことがある。そういった場合複数解釈が渾然一体となって聞き手脳内に残り、深い味わいを残すことになる。

英語を先頭から順に一語ずつ解釈していくプロセス

日本語英語では思考の順序がまるで違うので、英語最初から順番に解釈していくのは多大な困難を伴う。しかしそれが出来ない限りリスニング不可能だ。このときに頭のなかで何が起きているのかできるだけ詳細に追ってみようと思う。

最初の一語の前

英語単語ごとに区切りがなく、滑らかにつながって発音される言語で、それが日本人による聞き取りを著しく困難にしている。

ただ、最初の一語に関しては前に繋げるものがないので、ネイティブにとって少し無理をしたような発音になり、変な音が漏れることがある。これを単語と誤解しないようにしなければならない。

また、変な音の発生を避けるために一瞬「ウェ」という音が入ることがあり、これは喋ることを考えている時に文頭に出てくる単語"Well"とされ、日本語で言うと「ええっと」とか「まあ」にあたる。しかし実際は最初の一語をスムーズ発声するための準備運動という意味合いが強い。

主語

最初主語としてのHeとかIとかTheyとかWeのような、非常に出現率の高い単語が出てきやすい傾向がある。

日本語では主語の省略が頻繁に起こるが、英語では発音の省略が起こる。日本語では言わなくても分かることは言わずに省略するが、英語では言わなくても分かりそうなことは発音がいい加減になる。

文頭のTheyやWeなどは一瞬th音やw音が聞こえるだけということも珍しくない。一般的に、出現率が高い単語ほど発音がいい加減になる。

文頭が聞き取れないとその後も何を言ってるのか分からなくなってしまいがちだ。最初の語が聞き取れなかった場合主語重要でなかったのだと考え、とりあえず先に進んでみるのが重要である

英語字幕と話していることが違う場合

ちなみに英語でもIt isは省略されて全く発音されないことがある。しか英語字幕の中では、ないと不自然なため補われていることがあり、学習からすると「字幕と言ってることが違うぞ!」という困った事態になる。

英語字幕では話し言葉としては自然だが文法的に間違った表現が直されていることがよくあるため、注意しなくてならない。

助動詞動詞

主語の次は動詞か、あるいは助動詞がくる可能性が高い。その中でも、一般動詞ははっきり発音されるので聞き取れるはずだ。

助動詞、あるいはbe動詞は非常に出現率が高いため、ほとんど発音されないことがよくある。

w音が来た場合willかwouldであるほとんど聞き取れない一瞬の休符を感じたらそこにはcanが入っている可能性が高い。r音を感じたらYou're, They're, We'reの'reの部分だ。

そういった出現率の高い音を覚えて一瞬の音を聞きのがさないことが重要だ。

助動詞の後には動詞がくる。その後に来る文のパターンはそれぞれの動詞によって変わってくる。

動詞ごとの文の形

動詞はその次に目的語をとるもの補語として形容詞も取れるものgo toのように前置詞を置かないと目的語が取れないもの目的語が二つ取れるもの二つ目目的語の前に前置詞が必要もの二つ目目的語位置動詞の原形が入るものing形が入るもの、to+動詞が入るものなど、様々なものがある。一つの動詞に様々な使い方があり、句動詞と言って動詞の後に続く前置詞や副詞コンビネーションにより意味が大きく変わるものも多い。リスニング成功させるためには、動詞ごとの文の展開の全パターンを把握し、脳に刷り込んでおく必要がある。

ちなみに、前置詞の後にくる目的語は、動詞目的語と考えず前置詞の目的語と考えるのが正しい文法用語のはずだが、私は区別していない。正しい文法用語思考している人には不便だろうが、ご容赦願いたい。

目的語、前置詞

目的語の中には自分の言いたいポイントになる目的語と、そうでないどうでもいい目的語があり、どうでもいいものは弱く、ポイントになるものは強く発音される。

目的語を二つとれる動詞giveで説明すると、「I gave him a ○○」私は彼に○○をあげた、という場合は、何をあげたかに話の力点があり、彼にあげたというのは話の流れから明らかな場合が多い。

このhimのように、「出現率の高い単語発音はいい加減になる」というルールに当てはまり、話の力点も乗っていない単語は、音が省略され聞き取りは非常に困難になる。例を挙げると、himは「イム」、herは一瞬「ァ」themは「エム」itは一瞬「ィ」といった発音になる。

前置詞も非常に出現率が高く、話の力点が乗ることもあまりないので発音が省略されやすい。ofは一瞬のv(ヴ)音、withは一瞬のth音といった感じになる。

thやvは日本語にはない音なので、聞き取るのが難しいが、注意して聞いていれば分かるようになってくる。正しい発音の仕方を覚えて、音読時に実践していると、さら聞き取りやすくなる。

から単語判断する仕組み

それでもやはり、日本人にとって、音から単語を正確に識別するのは難しい。それに英語にも同音異義語はある。

それが母国語であれ外国語であれ、単語は「音、文の形、文脈」の3つの要素から無意識下で総合的にリアルタイム判断される。

たとえばwantとwon'tの違いが音からからない、という事が私にもある。この二つはそもそも発音が異なるので、ネイティブなら区別は容易なはずだ。しか日本人にはなかなかそうは行かない。

助動詞本来弱く発音されるが、否定形のcan'tとかwon'tのようなもの否定であることを強調するために比較的強く発音されるため、普通動詞との判別が難しい。また、I want you to ~のように「君に~をして欲しい」の~の部分に力点が置かれる場合I want you toの辺りはゴニョゴニョと発音されて弱くなるので、won'tと区別がつかないといった事が起こる。

しかし、ウォントの後にtoやyouが来れば「さっきのはwantだった」動詞が来たら「さっきのはwon'tだった」と判断し、名詞にも動詞にもなる単語が来たら、文脈リズムから名詞動詞判断する、といったことで区別可能だ。このように、様々な情報無意識下で総合的に使うことでリスニングは成り立っている。

これは実は母国語でもそうで、日本人の話す日本語でも、発音曖昧だったり、失敗していることは結構ある。注意して聞いていると、聞く側が自然に補って意味を汲み取っていることが分かる。音から言葉が分からなくても、他で補って総合的に判断するというのは、人の脳が持っている能力だ。

日本語英語発音は大きく異なり、日本人には英語の音を判別するのは難しい。けれど周りの情報を使うことで弱点を補うことが出来る。

たとえば一瞬しか発音されない前置詞を日本人が聞き取るのは難しいが、動詞から現れる前置詞のパターン予測できていれば、一瞬の音でも聞き取りやすくなる。たとえ聞き取れなくても、予測した文の形に当てはめてみることで、文脈から前置詞を補い文を完成させる事もできる。

関係代名詞

英語動詞によって文の形のパターンが大体決まっていて、文の展開の予想を立てやすい。もちろん動詞副詞で修飾したり、toやed形,ing形などを介して名詞を修飾することで文章を飾ったりもするが、修飾部は文の屋台である主語動詞目的語とは発音リズムが変わるので区別できる事が多い。

それでも問題になってくるのは関係代名詞who、that、それと「関係代名詞の省略」のパターンである

関係代名詞who,thatは出現率が高く、発音が省略されるので聞き取れないことがよくある。一瞬のh音やth音を聞き逃さないことが大事だ。

関係代名詞の中は修飾部なので、文のメインとなる主語動詞目的語よりも一段弱い感じで発音することが多いが、区別は難しい。話の力点関係代名詞の中にある場合もあり、その場合は同等かより強く発音されることもある。

ちなみに英語において、弱く発音されるということはゴニョゴニョと、速く発音されるということであり、聞き取りにくくなる。英語重要度が低い部分は聞き取りにくく、速くなり、重要なことははっきりと、遅く発音することで、文の構造リズム表現する。

主語目的語のあとにいきなり主語動詞が出て来る、つまり主語主語動詞」や「目的語主語動詞」の形が出てきたら、関係代名詞が省略されているか、あるいは関係代名詞が聞き取れていない。

関係代名詞主語を修飾している場合は、その後でメインの動詞が来ることになるので、それを忘れないようにしなければならない。「主語 who 動詞」や「主語 that 動詞」で関係代名詞を聞き逃すと、ただの「主語動詞」と認識されるので、その後に動詞が出てくると激しく混乱することになる。

関係代名詞を聞き逃さなかったとしても、文の途中で他の文を処理して前の文と頭のなかでつなぎ合わせるのは難しい。そういう複雑な文の構造を使いたがる人は、さらにandで繋ぎたがる傾向があり、そうなるとお手上げということになってしまいがちだ。

一文が長くなってくるにつれて、何の話かわからなくなるのは誰にでもあることだ。それが外国語であれば避けては通れないように思う。

文全体の構造を見失ったとしても、今いる部分の意味を追い続けることが重要だ。文脈、話の向かう方向さえ追えていれば、その先の話を聞き取るのに不都合が生じる可能性は低い。混乱しても立ち止まらずに話を追い続ければ、言いたいことの要旨は分かる可能性が高い。

関係代名詞whatや関係副詞where, whenなども弱く発音されるので聞き逃しやすい。I know where you live(あなたの住所を知っている)と言った時にはwhereとyouが弱くなってウェユリヴ、what it is(それが何であるか)といった場合はwhatもitisも頻出語のため全部ごちゃっとなってワリリズといった感じになる。

英語において「場所、時」は文末にいきなり現れる。なのでwhere,whenはどんな文でもいきなり出てくる可能性がある。

さまざまな場面で、w音は聞き逃すと話を見失う原因になるため、注意して聞く必要がある。

フォーマティと省略

英語において音の省略はインフォーマルな、友達職場の同僚との会話の時などに起こりやすい。目上の人との会話や、フォーマルスピーチでは、いい加減な発音は起こりにくく、日常の何気ないところでは発音が崩れて、聞き取りの難度が格段に増す。

これも結局のところ、フォーマルな会話は重要なのではっきりゆっくりと喋り、プライベート重要な話ではないので発音がおろそかになって、ゴニョゴニョと早く喋っているということだろう。

私は英語があまりできない日本人が「日常会話ぐらいなら出来ます」といってるのをよく見かけるが、あれはおかし表現だと思う。日常会話を聞き取るのはかなり難しい。

フォーマルな場では、日常使われるような基本単語を用いた分かりやす表現は避けられ、婉曲で難解な言い回し知的な感じがして好まれる。これはこれでとても難しいのだが、インフォーマルな場では砕けた発音スラングが出てくるので、これもすごく難しい。そういった英語の癖を掴んで、そういうものとして受け入れてやっていくことが大切だ。

反復と反射

さて、いろいろ書いてきたが、実際のリスニングの場で意識してこれらのことを実践することはできない。リスニングにゆっくり考えている時間はなく、全て反射的に無意識に行えなければいけない。

英語理解を反射にまで高めるためには、音読や、集中して繰り返し聴くことを行い、反復して脳に刷り込んでいくことが必要になる。

頭の中で黙読している時でも、英文自分のモノになっておらず、反射にまで至っていない場合、スルッと頭に入らず、引っかかる感覚がある。それに出会ったら、繰り返し音読したり黙読したりして、スムーズに頭に入るようにする。その積み重ねによって刷り込みが行われ、文が反射的に理解できるようになり、リスニングや、返り読みなしのリーディングが出来るようになっていく。

終わりに

リスニングの上達は基本的無意識レベル刷り込みによるものだが、注意すべきポイント理屈の上で意識していれば、脳内の処理も効率化されやすく、上達も早くなるように思う。

また、これらのポイント意識できていれば、「何だこの発音は! 全く聞き取れないじゃないか! 納得いかない!」といった混乱をすることが少なくなり、学習スムーズに行くのではないかと考えている。

私の英語学習は混乱の連続だった。日本語英語がなぜこんなにも違うのか、私には今でも納得いかない部分がある。怒りと諦めがないまぜになったような感覚と、それでもいつか理解できるんじゃないかという希望が私を英語学習に駆り立てている。

それでも、納得できないうちは頭に入ってこないので、なんとか納得して折り合いをつけて、受け入れて学習をすすめなければならない。

字面と全く意味が違うイディオムを受け入れ、ゴニョゴニョした発音を受け入れ、増えていく単語意味勝手に作られていくスラングを受け入れ、知的すぎて難解な言い回しを受け入れ、優秀なキャリアウーマンが話す信じがたいほどの早口を受け入れなければならない。

英語をあるがままに受け入れて理解しなければならない。この駄文がその一助になれば幸いだ。

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