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2016-10-01

http://anond.hatelabo.jp/20161001222405

ペリー和菓子を食べてひとこと「あ~んこんなの食べたことない~~」



sugimurasaburo ペリーさん、あまり日本料理はお気に召さなかったみたいですね。 https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/historical-personage/138/ マジレス

何がマジレス西洋人基本的あんこ系駄目だから避けた方が無難というのは我々インターナショナル増田なら常識であり

そこを踏まえて「美味い!」とは言わせてなかったんだがこの知識マウントをしたがるブクバカはホイホイ乗っかってきやがる。

人売りが一番儲かっている弊社の話

ウチの会社に、人売りの見本としか言いようがない部署がある。

文字通り大規模案件に人を派遣するのだが、派遣の仕方がブラック過ぎるのだ。

ちなみに大規模案件でのウチの立ち位置

大手」→「大手の子会社」→ウチ

というわけで、まあ都内だったらどこにでもありそうな弱小IT系だ。


そしてタイトルにも書いた通り、こういうブラック部署が社内で最も数字を稼いでいるのだから始末に負えない。

ブラックは人をダンピングしているから強い」の一番身近な例だったり。

そして儲かっていることもあり、心ある人が「それで辛い思いをするのはあなた可愛い部下なんですよ?それどう思ってるんですか?」と働きかけても、改める気配は全く無い。

勿論、送り込まれ社員が潰れ辞めてしまうのはしょっちゅうである

お陰で、その部署リーダー格(つまり生き残り組)は全員リーダー失格な奴しかいないというか、そもそもリーダーとしての自覚が皆無だし、じゃあ技術はあるかというと、丸投げだけが得意の元コボラーみたいなジジィばかりである


大規模SI基本的に評判悪いけど、俺は本当にこういう業種そのものが無くなってしまうことを切に願っている。

しろ、ウチのクソな社内事情に加え、決められない大手、人を詰めるしか能のない大手の子会社、極めつけは非協力的な客まで、大抵漏れなくセットでついてくるのだ。

なんなのこの業界

http://anond.hatelabo.jp/20161001200857

こないだスマホ(タブ)に変えてみてはじめて触ってびっくりしたんだけど分厚い説明書とかってもう付属してないんだよね

基本的な、通知とかいっぱい開いてるアプリを左右に動かして消すとかそういう操作すらわからなかったし、そういう説明とかも気づかなかったのでちょっと大変だった

今でも多分色々回りくどい間違った方法操作している気がするし

努力描写が嫌いなんじゃなくて、「成功約束されてるキャラ」の努力描写迫真)がしらけるだけ

人間関係を壊す人工知能ドワンゴ(前編)

http://www.yomiuri.co.jp/yolon/ichiran/20160923-OYT8T50010.html

コンテンツへの理解が浅すぎるkawangoにはまじで失望した

http://anond.hatelabo.jp/20160928053429

ラノベ業界大手企業社長川上量生氏が垂れ流したラノベに関する偏見・虚偽・流言について

http://kazenotori.hatenablog.com/entry/2016/09/29/212207


基本的主人公って最後には必ず勝利を掴みとる存在なんだよね

もちろん例外があることは知ってるけど、それが例外な時点で偏りがあるってことになる

それだけ偏りがあるってことは、物語の大体の流れからして最後がほぼ予測可能なのは誰も否定できないだろう

こんなものもある、こんなパターンがある、なんてこと言ってる時点ですでにおかしいんだよ


そんな状況の中で、物語の途中でいくら紆余曲折があろうとも、どうせ最後には勝っちゃうような存在努力描写感情移入しろって方が無理でしょ

物語的にそれが必要であることは理解してるけど、だったらそれは最低限で十分だし、なんなら最初から最強の存在であって「ちゃんと昔に努力してましたよ(笑)」で済ませてくれた方が無駄もなくていい

こんなこと言うと今度は物語を楽しむ才能がないだとか言われるんだろうけど、リアリティを望むのであれば努力描写の有無よりもハッピーエンドとバッドエンドの割合こそを問題視すべきだと思うね

特に商業作品は、物語の終わり方が売上に影響するからほとんどがハッピーエンド、もしくはそれに準ずる展開で終わることがほぼほぼ約束されてるわけであって、

それで過酷修行だとか何ページにも渡ってされても、正直なところ茶番だとしか思えないんだよな


最近だとリゼロってアニメあったけど、あれも最終回は結局のところハッピーエンド的な感じで終わったわけで、正直言って拍子抜けもいいところだったわ

原作はまだまだ続いてその後にいろいろと展開もあるようだけど、俺はあの終わり方はすべてを台無しにしたなと感じたよ

あれではまるで、「正しく誠実に頑張れば報われますよ」と言ってるようなもので、そんな素敵な話にしちゃったらそれまでの苦悩もすべてが物語的に正しいだけのものになってしまうじゃないか


開き直って俺tueeeeしてくれた方が楽しめるし、その理由神様チート能力くれたとかの適当なもんで十分だよ

だってどうせ物語に過ぎないわけで、たとえそこにいくらリアリティを持たせたところで、帰結の部分だけはノータッチなんだからすべては茶番になって終わるんだし

正しく誠実に努力して努力して努力して、それで一切が報われることなく、スタート地点よりもむしろ悪くなって終わるみたいな物語の方にこそリアリティを感じる人も多いだろうに

死なねーよ

――

長谷川豊による「自業自得透析患者は殺せ!」との一連の言説から炎上が、

イケハヤエントリ提示した「あるべき倫理観」によって収束解消されてってる気がする。

けど、あんな御為ごかしで溜飲下げてる阿呆運動瞑想睡眠野菜PCの電源落とした後にモニタ映る怪物との対峙が足りない。恐ろしい恐ろしい。げに恐ろしきは人の心。ああ今はスマホか知らん。靄靄するので書き出す。

長谷川の繰言もイケハヤの戯言も個人責任論に終始している。本来いま議論し深めるべきは、来るべき苛烈負債処理社会に向かう再分配制度の再設計、人命尊重至上主義からのその基盤となる思想、そのパラダイムシフトする方策なのだろう。一連の話は関連するがまずはさておき。

それにこの文章は腐れトマトの与太の与太っぷり、味わい深さについて口上を述べるなんていう霊媒師の譫言だ。

――

” いやいや、そりゃあ、卑怯はいるでしょう。当たり前です。この世から犯罪はなくなりません。”

まず、犯罪者卑怯者は違う。これ混同すんのは真の与太者の思想だ。

エントリを要約する。

~~

卑怯はいる。けれど、「その人が弱者であるかどうか、卑怯であるかどうか」は判断できない(他人から自分からでも、)

から、人々の倫理観を高めるべき。それは他者に対する疑念を捨て、他者を信頼すること。

「大半の人は正しく行動している」と信じることで、自分自身も正しい行動を取るようになる。

「みんなズルをしている」と考えている人は、当然ズルをしたくなる。

から、ぼくらはまず、信じなければならない。

不正をする人がいても、ほとんどの人はそれを正しく、望ましく利用している、のだと。

~~

自分でも他人からでもその人=自分卑怯者かどうか判断できないっていう考え方ね。

「その人」とは「自分」と交換可能じゃなければまずおかしい。ここでもう自分だけ特別なのか?

自分から他人からもその人または自分が×か○か判断できない、

もしくは、

自分から他人からも、その人または自分は×あるいは?、/じゃなければ○。

間違っているかどうかはわからないのに、正しいかどうかだけはわかる。現代詩かよ。

で、この「大半の人は正しく行動している」の「正しさらしさ;正しさみ」を判断している主体は誰?

これは、「大半の人は“ボクにとって正しいと思える”行動をしている」という程度の意味だ。

あるいは「みんなは、ボクから見て正しいと思える行動をしているなあ」って、阿が取れたら呆者だ。

ボクにとって正しいと思える行動をみんながしていると信じるならば、ボクにとって正しいと思える行動を取ることは容易い。

ボクにとってズルと思える行動をみんながしていると信じるならば、ボクにとってズルをするのは容易い。

お前はどこからどのようにその価値判断基準を得てきたんだよ。社会から自分なりに、だろ。

から大体において自分は正しいわけだ。なのに、差異があり、衝突もある。おかしいな、自分は正しいはずなのに。当たり前だ。みんな自分なりに様々な文化社会から得てるんだから

みんな違うのです。なので絶対的な正しさはないのです、だから自分から他人から価値判断されるものではないです」などと言うのは誤りだ。それは社会上、相対的に決まる。たとえば法律がある。人がどう思うかによる。

アプリオリかどうかとかは知らん。;

このひとつ人間心理思考回路は、拙筆にも矛盾なく親しく感じられる。私はこの心理を、日常生活においてはあなたや、誰にとっても矛盾なく親しく感じられるものと思っているが、厳密には誰かにとって矛盾なく親しく感じられない可能性があることは理解している。)

――

そして、自分から他人から価値判断ができないとするなら

たとえ、「ボクにとってさえ本当はズルいと思える行動」があっても、他人によってそれがズルかどうか判断される意味はなくなる。

また、ボクに良いこと・自然なことと思えることこそ、他人にとっても良いこと・自然なことだと思えるようにならざるを得ない。

――

ここで正しいとか間違ってるとかいうのは、人間社会での価値判断だ。それは単純な話、みんなが間違ってるって言ってれば社会通念上の間違いだし、みんなが正しいって言ってれば社会通念上正しいってだけの話だ。

自分にとってどんなに正しいと主張しても、その社会において認められなければ間違いとされるし、自分にとってどんなに間違ったことだと主張しても、その社会において認められなければそれは正しいとされる。Xはなんでも良い。論理の式が真理なだけだ。

自分価値判断自由だし誰にも侵されない。考えてるだけなら自由だ。でも、文章をはじめ、行為にしたとたんに何らかの、他者から評価価値判断は免れ得ない。

――

懸命な諸氏にあられては既にお気づきのように、紐解けばこれまでの、逃亡トマト師への批判齟齬ないだろ。で、お前らも揃いも揃ってサイコパスか。って言いたいためだけに書いてる。

――

ほとんどの人が「それ」を、自分にとって正しく、自分にとって望ましく利用しているはずだ。

自分にとって正しくなく、自分にとって望ましくない「それ」の利用が不正と思えるだけだ。

たとえば「それ」がなされなければ死ぬというとき、「それ」が自分にとって正しくないことだ、なんて言えるだろうか。

現に制度が整備され、第三者によって利用が認められ、「それ」なしでは自己保存本能が侵されるときに、「それ」を断てるだろうか。

そこに「卑怯者」はいない。社会通念上の価値判断を外してただ個人生存から見るならば。

そうなったらみんな同じだよねと。

どんなイメージを持つかは自由だけど、基本的にはただ待ってるだけで自分存在が脅かされるときに、何もしないで待っていられるのは、そりゃ馬鹿釈迦瞑想のし過ぎのどれかor全部だ。

誰もがみな生きることに必死だ。必死で生きてるんだから必死なのに生きずにはいられないんだから

死にたくないんだ、より生きたいんだ、卑怯もクソもあるかよ。使えるカードはみんな使うよ。

要するに生存競争なんだからと。それを敷衍してけば、バレなきゃなんでもアリだ。捕まらなきゃいいんだ。バレてもゴリ押せば勝ちだ。大義名分の下に持てる力全て使ってこの先生きのこるんだと。

から、誰かに対して、あなた方だけはどうぞご遠慮くださいなんて言い出す奴は、お前こそ御免下さいだとよと焚べられるのも当然の流れで。

じゃあどうするのか?爺婆が自分自分を火に焚べるのをまだかなまだかなって夕ご飯よろしく待つか。あるいはカタワらもまとめて誰かが知らぬまに処理してくれるのを見て見ぬふりするか。とりあえずどう考えても自業自得っぽい麻薬中毒者はガンガン殺してもいいかな。もちろん人殺しはどんどん死刑にしよう。「私達」が安心して生きられるようになるまで、どんどん減らそう。

ね、だいたいそんな感じで人類は衰退するんじゃないかな。トランプが勝って、核もまだいっぱいあるし。おそらくそのほうが最適なのかもね、地球全体にとっても。

自分自分制御できないんだからAI操作してもらい、バランス取ってもらうのが最後の頼みの綱ではあるよね。環境適応して増殖し始めちゃって自分達では止められないんだもん。ライフゲームよろしく、絶妙バランスを、自分たちの手だけで構築できるなら良いけど、どうやら無理っぽいし。ホーキング博士イーロン・マスクが恐れてるのってそういうことだと思うけど、もうそれ以外に方法がない。自分だけ助かる方法なんてないし、結局みんな死ぬんだから、まあ、それでいいんじゃないかな。

ただまあ、欲を言えば、シンギュラリティ、見届けてから死ぬつもりではあるけど。まあ、とりあえずお休みなさい。

今日人生さいごの日だったら何する?

先程、下記の記事を見た。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49798

今日人生最後の日と思えば、生きるのがこれだけ楽になる

三千人を看取った病院長が気づいたこと」


紹介されている本は未読で、この記事も流し読みした程度なのですが、

自分今日人生さいごの日だったら、何をするかなあ、と考えたので、書く。


・・・

あさ目が覚めて、これが最後の1日だったら、

まずお風呂に入ってスッキリして、気持ちの良い恰好をする。

外にお出かけしても良い程度、鏡を見て、じぶんでいいねーと思える程度に、

シュッと(化粧もして)整えた、さっぱりと気持ちの良い格好をする。


部屋やPC内にに見られて困るようなものはないので、このへんはそのままでいい。

各種アカウント類は整理しといた方がよいだろうか?ID開放のため。でもめんどうだなあ・・・まあそんなにないし、いいか

・・・

それから、お出かけする。

お気に入りの本、あと現金100万円くらいおろしていく。

本は、夏目漱石草枕」と、、、あとジッドの「狭き門」とか、それともアラマタ大辞典とかにしようか。重いか

草枕さえあればいいかなあ。

・・・

準備ができたら、ガソリン満タンにして

助手席にはお気に入り・・・相棒ぬいぐるみを乗せて、出かける。

どこか気持ちのよいところへ向かいます

好きな音楽をかけて一人で車を運転をする時間

私はとてもとても好きなので、どこまでも行っちゃいそう。

気候がよければ、どこか広ーい公園へ。

街中じゃなくてあんまり混んでないところ。

シンガポールのボタニックガーデンのようなところがいいなあ

まあここはシンガポールじゃないので、

土日になると家族連れでにぎわう系の公園の、気持ち良い木陰を探す。

気候がわるかったら、広い図書館か、お気に入りカフェでもいい。

気分によって適当に海まで行ってもいい。

もうさいごで何もこわいものはないので、奴(ぬいぐるみ)も

いっしょに連れてって隣にすわらせます・・・幸せ・・・


そうやってふらふら好きにしたら、夜は

ひろーーくてきもちいいところで自分は何もせずに

すべてが準備されるようなところで過ごしたいので、良いホテルに泊まります

満室なら残念です。

携帯電話はおいていくつもりなので、いきあたりばったりで

まれるところにとまる。

・・・

もしもその日の終わりにバタリと息の根が止まってしまうなら、ホテルはナシ。

どこか誰もしらない場所で、つまり猫が死ぬときにふっと姿を消して死にざまを見せないように死ぬのが一番理想なので

よいところを探して山へ分け入って分け入って、そっと山の肥やしになりたいなあ。

もしくは満潮時に身体を連れてってくれるような海辺にいくか。

その場合は車はおいて単身そういう場所を探さないといけないので、

事前にいろいろ調べないといけない。たいへんだな。

・・・

しかし一方で、家族は私のことが大好きなので、

きっと葬式などをあげたいだろう。

葬式は残された人たちのためのものであります

となるとやっぱり身体はわかるところに用意しておかないといけない。

しかし、最後家族のもとへは赴きたくない…ひとり穏やに過ごしたい…

そうして、そうっと、すぅっと、消滅したいのですが、人間社会的生物なので、なかなかそうはいかないようです。

あと、ありがたいことに、愛すべき友人たちもいるのですが、

何か伝達したほうが一般的にはよいかとも思うのですが、

ただ私は彼ら・彼女らが幸福であればよくって

彼ら・彼女らの幸福は、基本的はいから死ぬわたくし以外のものがもたらすであろうから

別のここで何か最後に一手かかわりを持とうとする必要はないと考えまして、

連絡などはせずそっと早くに忘れてもらうのがいいよなあ、と思うのだった。

・・・

・・・

と一通り考えてわかったことは、やはりというか、なんというか、

私が求めているのは、穏やかにひとりでそ・・・っと何もせず何もおこさず関わらず

自分好みの概念を眺めて過ごすことのようだった。

私は私さえ身体的に快適ならば外部の世界はわりとどうでもよく

ある意味非常に自己中心的のようであった。

お気に入りぬいぐるみは要はもうひとりの自分なのである

自己との対話をする際の、よりしろなわけです。

わたしにはわたしがいれば完結して満足してしまうところがあるのだった。


実際には今日私は死なないし、私のことを好きな家族をぽいっとするほど薄情にもなれないので、

漫然としごとをして漫然と好きな本をながめて漫然と人の面倒をみて漫然と生きるのであった。

http://anond.hatelabo.jp/20161001155731

死を自分問題としてとらえているかどうかで割れからなあ

わざわざネット文章を書く遺族は基本的死ぬ気なんてさらさらいから、同じタイプに支持される

そしてかれらは前田理解しない

出会い系のコツ。連絡先交換の覚書

*分からない単語、何の料金?何の話?って思う人はググるか、流し読もう。

前提

いろいろな意味で合う人を1人見つけること(連絡先交換)が目的

もったいない気持ち」や「欲張る気持ち」は捨てる。潔さが一番大事

そうしないと、正しい判断ができないばかりか、お金けが飛んでいく。

でも、ケチると判断もクソもなく何も分からないので気持ちの余裕は大切。

見つける(連絡先交換)までのコスト

目安はだいたい1ヶ月、最大10,000円(1人)くらい。

P1 + P2 + P3 = 3,750 を 3回繰り返すイメージ

流れ

[Phase1]

ここは考えすぎず送る。

単純計算だと、30人に送って、15人を判断するイメージ

1. ファーストコンタクト(母数)

50円 x 10人 = 500

2. チェック(母数から50%返ってくる予測。3回以内に判断。)

5人 x 50円 x 3回 = 750

[Phase2]

ここで振るいにかける。

・チェック2(母数から最大30%残る予測10回以内で判断。)

3人 x 50円 x 10回 = 1,500

[Phase3]

連絡先など

トーク( ここで一人残すくらいの流れにする。ここを欲張ると出費が肥大。)

1人 x 50円 x 20回 = 1,000


判断基準

Phase1の1

[タイプいいね、向こうからメッセージ]

[誰に送るか]

[写真]

[自己紹介などの文章]

[その他項目]

[掲示板書き込み]

Phase1の2とPhase2
  • Phase1の2(以下P1-2)とPhase2(以下P2)の違いは、P1-2は業者など明らかに本物では無いと判断できる物を切るフェーズで、P2は巧みな業者CBなどを切って行くフェーズ。明らかな者を速めに切るかつ本物は間違って切らないようにするための段階分け。
  • メッセージテンプレぽいのは即アウト。
  • こちらのメッセージを読んで無い、又は反映されてないのもアウト。
  • 基本的にこちらの名前文章に反映できてないのはアウト。
  • 1通目からあちらからLINEとかメールアドレス交換とか言ったり、書いてあるのは確実にアウト。
  • デートしたい、ホテル行きたい。最初だけ〇〇円(1とか2とか2.5)は残らず全てアウト。残らず!
  • 返事が素っ気ないのはCB可能性。そうじゃなくても次のフェーズには連れてかない。どうせ盛り上がらない。
  • ただし、分からない場合は3通までは様子見る。
Phase3
  • あとは、会話を続ける努力。優しく。
  • Phase3の初期でも、すぐ連絡先を交換しようとすると、警戒してもうやりとりできなくなるので、我慢
  • できれば、向こうが言い出すまで我慢。だけど、無理そうならフェーズ1から繰り返す。
  • ここまで残れば、業者CBでは無い可能性が高いが、「合う合わない」で判断するべき。
  • どれだけコストがかかっていても、所詮相手人間なので相性が悪ければ意味無い。
  • ギャンブルだと思って、地道に探す。

まとめ

使用サイト

YYC: アプリが使いやすい。女の子積極的業者サクラCBも含め)

ハッピーメール: プロフィール閲覧が無料であることが最大の利点。判断やすい。

(サイト複数用いるのが望ましく、ただ使いすぎてもよくないので2つに絞った。予算サイト分で割る)

2016-09-30

あなた宇多田ヒカルありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20160930010427



私の父は厳格な人だった

ゲームテレビ子供教育に悪いと信じ込んでいて兄である私と弟はただの一度もゲームを買って貰ったことはなかったしテレビも1日の視聴時間が決められていた

お小遣いは定額制ではなく使用用途を伝えその都度貰っていたが、基本的に本や文房具以外のものが認められることはなかった

高校入学した頃には私以外の全員がケータイを持っていたが、私にそれが与えられることは遂に最後までなかった



しかしそんな厳しい父を尻目に小学校高学年までの私はとにかくよく遊んでいた

2つの習い事に加え塾にも通っていたが、休日はもちろん塾が終わった後の短い時間でさえ無駄にすることはない徹底ぶりだった



それが出来たのは、ひとえに母のおかげだった

母は父に内緒でよく私に少額ではあったがお小遣いくれ、時には習い事を休ませたりしてくれた



ゲーム漫画もうちにはなく、テレビ自由には見れなかったが、私はその分友人の家に入り浸って幼いころの自由時間を満喫していた

今考えれば迷惑子供だっただろうと思う



そして中学入学した頃、色々なことが変わった



私は休日に外出するのを禁止された

私は一切それを守らずそれまで通り遊び倒した

父はなぜ言いつけを守れないんだと怒り、私は玄関に立たされた

ふてくされて突っ立っている私をもういいよと中に入れてくれるのは母の役目だった

流石の私も少し堪えたが、頻度は減らしたものの眠ったり仕事をしている父の目を盗んでは遊びに行くのを辞めなかった

父はまた言いつけを守れと怒り、私は玄関に立たされた

母は何も言わずに私を見ていた

父は家族食卓という時間を設けた

私は休日に遊べなくなった分、平日夕方めいいっぱいまで遊び家族食卓に遅れた

父は私の夕飯はないと言い、母も反省しなさいと言った

私は遊ぶのを辞めなかった、決して非行に走ったり学校や塾を休んだりする事はなかったが、遊ぶことは辞めなかった

ある日、母は私に言った、父さんの言うことを聞きなさい、と

それからしばらく経った頃、父は急におかしなことを言うようになった、更に少し経った頃、父は急性アルコール中毒病院に運ばれた

私は怖くなり、父の言いつけを守るようになった、遊ぶことをやめ家で読書をする時間が増えた

それから少しして父は夜中、急に外に出ていくようになった

私はそれを阻止するため玄関に布団を敷いて寝た

父はよく分からない薬を大量に買ってくるようになった

私は父が寝ている間にそれを没収しては机の引き出しに隠すのが日課になった

父は朝早く起きると財布の中身を確認しては金が足りないと言うようになった

私は誰も盗っていない事を証明するため日に1度写真を撮り、父よりも早く起きるようにした

私が父の言いつけを守った時間が増え、習い事の段が上がり、学校の成績が上がる度、父は昔の父へ戻っていき、我が家平穏を取り戻していった

私以外の家族3人に笑顔が戻るに連れ、私の中には私だけが犠牲になっているという思いが募っていった

私は自分の憎しみをコントロールすることが出来なかった、心の底から父と母を憎んだし、休日自由に遊ぶ弟を卑怯だと心の中で罵った

愚かな私は他人気持ちを考える事が出来なかった、自分気持ち正当化するために家族悪者に仕立て上げた

父と母は十分に私を愛してくれていたのにそれを理解できなかった

私には望むだけの本が与えられたし、望んでも通うことが出来ない人間もいる塾や習い事へ行かせてもらったのに、ただ一面だけを取り上げ、事実を見ることが出来なかった

父の症状が殆ど寛解したある日、私は友人と1泊2日の旅行に行きたいと言った、お金のない私のために友人が当ててくれた懸賞だった

父の症状はみるみるうちに悪化していった

私はそれを無視した、頼むから行かないでくれと泣いて頼む母を無視した、兄ちゃん行かないと父さんに約束してと言う弟を無視した

私は母と弟に言った、父の症状が悪化しても毎日寒い玄関で寝て夜中の2時に一度起きてまた朝5時に起きるのは私なのだから、お前らは毎日ぐっすり眠っているのだから良いだろうと

それは事実とは違った、まずそれらは毎日のことではなかったし、母がそれを出来ないのは父の分まで忙しく働いているからだった、弟にも弟の事情があった

なのに私は全てを無視して、他人気持ちを考えず、家族を口汚く罵って、ただ自分が楽しみたいという理由のためだけに旅行へ行った

その日父は死んだ

私が高校2年生の春だった

父は書き置きを残した

私への言葉だった、お前にはもう何も期待しない、自分の好きな場所自分のしたいことだけして暮らせと、そう書いてあった



知人だけでなく親族にも自死だという事は隠した

家族3人しか知らない

父は休養しながらも仕事を続けていたので式は母の想いに反して大きなものになった

私は笑顔で父の生前の思い出を語った、嘘の思い出を、思ってもいないことを、父をなくした不幸な長男面して喋った



私には明確に父を殺したという意識がある

ふとした時、誰かと話している時、急に思う、なぜ親を殺した人間がこんな笑顔で、こんなニコニコと話しているんだろうと

同時に思う、自分はそんな可哀想自分に酔っているのだと、罪の意識など微塵もないのだと、自分が悪いなどとは考えていないのだろうと

しかし、また同時にそんな考えに至る自分に驚く、なぜ一丁前に自死遺族面しているんだと、もしかしたら誰かに受け入れて貰えると思っているのかと

そしてそんな時どうしようもなく自分を殺したくなる、罪があるのなら死ねば良いし、親を殺してなんとも思わないような人間死ねば良い、どちらにしても自分死ねば良いとそう思う



自分が死ななかったのは、その無神経さもあるだろうが

ひとえに母と弟のお陰だと思う

私は父が居なくなった後すぐに家を出た、父の最後の言葉からどうしても父の家を自分が居て良い場所だとは思えなかったか



高校に行きながらバイトをして、大学入学後もバイトを続け、最初に母から借りた引っ越し代や入学時に借りた入学金は全て返済した

お金の返済は、どうしても振込は嫌だと母が言うので現金実家まで持っていった

それ以外にも何かと母は私に実家へ来るよう約束を取り付けた、大学入学後買ったケータイには毎日朝昼晩メールが来た

母は私が死なないように心配していたのだと思う



私は外ではそう出来るように、母に対しても明るく振る舞えば良かったのだが、母と弟に対してはどうしても昔のような態度で接することが出来なかった

父がいなくなった後、私が母と話すときの態度を傍から見ていれば、私が次の日死んでしまっても不思議ではないと思うだろうがから、母には悪いことをしていると思う

でもどうしても、母と弟の顔を正面から見ることは出来なかった

時が経つにつれ私は父への想いよりも生きている母と弟への思いが強くなっているように感じる

おそらくどちらかが、私に父を殺した責任を取れと言えば私はその場で命を断つと思う

そして、こんな事を考えながらも実際の所、私は二人の気持ち確認するのが途方もなく怖い、そう怖いから二人から距離を取ったのかもしれない



今週、そんな私も20幾度目かの誕生日を迎え、母が祝ってくれると言うので、昨日は実家にいた

用意してくれたケーキを食べ母と少し会話した後3人でテレビを見ていると、母がコンビニに行くと言うので、私も帰ろうとした所、引き止められた

弟と二人きりになるのは久しぶりだったし、会話するのはもっと久しぶりだった



弟は誕生日おめでとうと言い、私は驚きながらありがとうと返した

続けて、その…兄ちゃんに俺……と言い出した所で弟は泣き出した

どうやら、ずっとごめんって、と言おうとしているようだった、でもそんな簡単言葉も聞き取るのが難しいくらいに弟は泣いていた

泣きながら、ごめんごめんと言っていた

ごめん兄ちゃんずっとごめん、と泣きながら言っていた

兄ちゃんが家を出て行く時ホントは止めたかった、でも止められなかった、兄ちゃんが俺の変わりに父さんを助けてくれてた、でもありがとうも言えなかった

ホントもっと俺が頑張るべきだったのに、兄ちゃんが変わりに頑張ってくれた、ごめん、ずっとごめんって言いたかった、ずっとありがとうって言いたかった

でも言ったら兄ちゃんが死んじゃうような気がして言えなかった、ずっと言いたかった、兄ちゃんごめん、あの時、ホントは言いたかった、兄ちゃんありがとう

弟が目を手で伏せ泣きながら喋っている間、私は弟以上に泣きじゃくっていた、本当に信じられないくらい泣いていた

本当は弟より先に私が言うべきだった、弟にごめんと、また弟の気持ち無視していた、自分のことだけを考えていた



弟は帰りに誕生日プレゼントをくれた

私はなんとなく何をあげたらいいのか分からないので昔兄弟が好きだったアーティストアルバムをくれたのだくらいに思っていた

http://anond.hatelabo.jp/20160930010427

このエントリーを読んで初めて「花束を君に」という歌のことを知った

しかしたら弟はこのプレゼント話題きっかけにしようとしてたのかも知れないし、単純に私のためにこれを選んでくれたのかも知れないが

とにかく、知ることが出来てよかった

衝動的に書いたので読み辛いだろうけど

ありがとう



追記

昨日発作的にこの文章を書いてから、少し後悔していました

笑われるでしょうが、朝起きてお昼を過ぎるまで、このページを開こうと思う度、激しい震えと動悸に襲われ開く事が出来ませんでした

父の事を誰かに話すのは、どんな形であれ初めてだったので、何と言われるのか本当に心底怖かったからです



意を決してこのページを開き、はてなブックマークコメントを読んで、また10分程泣いてしまいました

おそらく他の方には何気ないコメントだと思いますが、私にとってはそのやさしい言葉の一つ一つがどうしようもなく嬉しいものでした

結局の所、私はあなたは悪くないと、あなたは生きていても良いんだよと、そう誰かに言ってもらいたかっただけなのかも知れません

もちろん当人にとってはそんなつもりは一切ないのかもしれませし、自分気持ちを本当にこんな簡単言葉で表す事ができるかは分からないのですが

今はただ、弟と宇多田ヒカルさんとコメントをくれた方、皆さんから勝手にそんなメッセージを貰ったつもりになってとてもうれしい気持ちでいます



改めて元の記事を書いてくれた方と宇多田ヒカルさんへ

そして優しいコメントをくれた皆さんへも

ありがとうございます

野原ひろしが平均だった時代実在したのか

野原ひろしの年収は650万であり、これは2016年現在から見れば5%のエリートに属するというブログ斜め読みした。

ふむ。では当時ならひろしは平均、あるいは平均よりちょっといい程度とみなされたのだろうか。

Wikipediaによれば野原ひろしの年収650万はアニメ94話の台詞からの推測であり、これが放送されたのは1994年4月である

そして国税庁資料を見ると1年勤続者(男性)の平均年収賞与含む,単位:万円)は当時以下のように推移している。

西暦 平均年収
1989 493
1990 520
1991 547
1992 558
1993 555
1994 560

1994年の平均年収は560万である。650万は当時の平均より90万多い(ちなみに彼は35歳だが、1994年の35歳~39歳の平均給与は全体平均と同じ560万である)。

年収というやつは必ずしも正規分布しているわけではなく、一部の凄まじい金持ち平均値を引き上げる傾向がある。従って中央値基本的に平均よりも低いと見た方がいい。

その点も含めると、おそらく1994年の野原ひろし650万は中央値よりも100万ほど多いと思われる。平均給与より月収が8.3万多い計算になる。これを平均よりちょっと良い程度と思うかどうかは……まぁ人によると思うが、どちらかというとそこそこ年収のあるやつが自分年収を隠して言う時に「いや俺だって安月給だよそんなん。え?平均とくらべて?同じようなもんだよ、あー、まぁ、ギリギリ平均よりちょっとだけ良いくらい?」的な雰囲気を感じる。イラッ☆

バブル全盛期と比較してみる

1年勤続者(男性)の平均年収1997年の577万をピークとして緩やかに下っていき、リーマンショックでとどめを刺される。

野原ひろしは35歳の男性社員である。ということでこの全盛期で見ると、35歳~39歳男性1997年の平均は589万であるバブル全盛期の中央値平均値殆ど同じだったと仮定すれば、1997年のひろしの年収650万は平均よりちょっと良い、というのは、まぁわからなくはないだろう。月給にして他の人より5万円多いのを「ちょっと」というのは、多い側からみればそうかもしれないが、少ない側から見ると「あ?それちょっとっていうならよこせや」と思うところな気はするが。

なお2014年の35歳~39歳男性の平均年収は502万である。やんなるね。

埼玉県春日部市の平均年収

一方で春日部市における平均年収から見た野原ひろしはどうか(春日部市の平均収入ググると妙な数字が出てくるけど、これソース不明瞭だし計算式も公開されてないので信用に値しないと考え無視した)。

総務省統計局では都道府県別の家計調査2000年からしかないが、ひとまずこれを参照する。春日部市単独データは無いが、春日部市人口15万人以上であることから中都市に該当する。曰く、2000年賞与を含めた年平均月額の世帯主収入は466,591円である12倍すると534万。バブル全盛期をちょっと過ぎた2000年でこの数字である

650万とは実に120万の差がある。中央値はこれより更に下であることを考えれば、春日部市における野原ひろしは当時から見ても平均的、あるいはそこからちょっと良いだけとは言い難いように思う。

レール

野原ひろしのような人生は、なるほど現代からすると相当なカチグミであるように見える。しかし当時の社会背景を考えれば、こうしたレールに乗ることは平均的な能力プラスアルファでどうにかなる範囲だったのではないか

個人的結論としては、これは当時から困難だと思う。

彼は1994年当時で35歳、二十歳で大学中退して(つまり高卒で)入社したとのことである。従って1979年入社であり、これは残念ながらバブル期である

当時新規有効求人倍率は1を切っていた。

加えて彼は高卒であり、今ほど大卒信仰が強くない時代はいえこれがプラスに働くことはまず無い。ゆえに就職活動において基本的には不利な立場にあったと言える。

そして彼が得た内定中央区日本橋にある商社である

どう考えてもこの時点で相当なカチグミである。これを平均よりちょっと良いレベルとは当時ですらやはり言えないように思う。

まとめ

そういうわけで、野原ひろしは1994年当時で見てもエリートだと思う。バブル真っ盛りの時と比較してギリギリ「平均よりちょっといい程度だね」と見栄込みでいうことは出来ると思うが、それ以外ではいささか厳しい。

さら国内商社年功序列給料が上がるため、2014年55歳の野原ひろしの年収はほぼ間違いなく1000万を超えているだろう。2014年の55歳~59歳の男性平均年収は631万であり、彼は最終的に平均の1.5倍を上回る所得者ということになる。

彼は今からみてもエリートだが、当時からエリートであり続けた、というのが正しい見方ではないだろうか。


追記:子供のいる夫婦限定すれば野原ひろしは平均になりえるのでは?

子供のいる夫婦限定すれば野原ひろしは平均になりえるのではないか、というブコメを見て「あ、それは見てなかったわ」と。

そういうわけで追加で調べた。

1996年国民生活基礎調査「1世帯当たり平均所得金額世帯主の年齢(10歳階級)・世帯構造別」を見ると、「夫婦と未婚の子のみの世帯」の平均所得は621万である。おお、これなら650万は平均よりちょっといい程度やんけ、と思ったが、問題がある。

これは世帯収入、すなわち共働きを含めた数字からである。ひろしは単独で650万である以上、この数字と直接比較はできない。

この基礎調査世帯主収入データは無いようだったため、これを推測すべく、2000年家計調査の「有業人員別1世帯当たり1か月間の収入支出」を見ると「全国・勤労者世帯核家族世帯)」の世帯収入世帯主収入データがある。核家族における世帯の実収入は月額568,391円、このうち473,674円が世帯主収入である割合にして83.3%。

この比率が4年で大きく変動していないとすれば、621万の83.3%は517万である。残念ながら650万とはかなり差があると言わざるをえない。

東京に絞ればどうか

96年の「1世帯当たり平均所得金額世帯人員地域ブロック別」を見ると、世帯人数ごとの所得額が地域別で分かる。ここでとりあえず「3人」を見てみると、全体平均が718万、一方で埼玉が属する「関東Ⅰ」ブロックでは829万である。当時全体平均に対して首都圏所得は115.4%になる。

この比率を当てはめると、517万の115.4%で596万。これが1996年東京ブロックの子持ち既婚男性30代の平均年収の推測値である

ただし、この「関東Ⅰ」には丸ノ内線内在住かつ子持ちの夫婦が含まれている数字であり、彼らが平均を大きく引き上げることは間違いないだろう。従って都内在住の子持ち夫婦というカテゴリで見るなら野原ひろしは平均的かもしれないが、埼玉県春日部市という点で考えれば、97年の最も所得の良かった時期の子持ちの夫婦という点で比較してもやはり平均的な家庭よりも所得に余裕がある立場ではないかと思う。

ひろしは商社マンとしては平均的なのでは

野原ひろしの務める双葉商事中央区日本橋にある商社という設定だが、例えば日本橋にある神鋼商事四季報を見ると平均年齢39歳で平均年収711万である。これと比較してみると35歳の営業課長で650万というのはちょっと低い印象がある。

はい商社も色々である総合商社なら平均で1200万~1300万になるが、中堅商社でいえば650万というのは平均的かもしれない。

バブルでググれ

Wikipediaによればバブル86から91年だそうで。顔真っ赤にして「ITバブルがー!サブプライムがー!」とか書こうと思いましたが、無知をお詫び申し上げる。

しか政府統計を見る限り、この86から91年の所得平均がずば抜けて凄いかというと特にそんなことはない。上述の通り、一番平均所得額がいいのは97年だからである(なので無知自分は97年がバブル全盛期だと信じて疑いませんでした)。ただしピークへ向けて毎年のように平均所得可処分所得が上がっていっているので、サラリーマン的に印象の良い時代だったことは間違いないとは思う。

バブル時代ボーナスがたくさんでた、というのは嘘ではないだろうけれど、全国的な平均を取るとそうでもなかった。給料銀行振込ではなく手渡しだったなら「札束!」という印象が今よりあっただろうこと、東京の一部の羽振りの良い連中が誇張されたこと、当時の情報メディア新聞テレビが全てだったこと、といった条件下で醸成された「バブルの頃はみんな高給取りだった」な気がしている。

基本的成功者20~30代で成功を収めてるわけだが

40代以上でブレイクする人は何が要因なんだろう

感性は年を重ねることで衰えるというけれど

新海誠よ教えてくれ

http://anond.hatelabo.jp/20160930085210

別に日本に限らないし、むしろ日本人は草食すぎるといわれるくらいでしょ?

基本的人間ってそういう生き物なんじゃないの?

2016-09-29

http://anond.hatelabo.jp/20160929184407

似たような境遇いたことがあるので、釣りじゃないと仮定してマジレスするよ。

 

まず、通信制高校への転入おすすめ

すでに取った単位がどの程度かによるけど、ぶっちゃけ卑怯じゃないかってくらい簡単卒業資格貰える可能性が多分にあるから、まずは調べてみ。

 

で、とりあえず週に一日でも数時間でもいいかバイトをするといい。

登録制の日払い式のバイトでもいいから、とにかく自分で決めたノルマ(週1日とか2日とか)を守って仕事に出る。

心配しなくても、日払い式のバイトなんて単純作業ばかりで何の能力要求されない。

そうやって、まずは自分で稼いだ、自分の金を手に入れろ。

 

んで、何か手頃な資格に挑戦しろ

簿記3級とか、危険物取扱者とか、その辺り。

地頭の良さに自信があるなら、宅建行政書士くらいのレベルでもいいけど、できればまずは短期決戦でいけるくらいの難易度の方がいい。

もちろんITパスポートとかでも構わないよ。

資格勉強合格という分かりやす目標があるので、学校勉強とは全然違って面白いから、騙されたと思ってやってみて欲しい。

コツが掴めてきたら、上級資格を狙え。

最終的には税理士司法書士クラス資格を狙っていく覚悟でいると、モチベーションが違う。

取った資格基本的に何の役にも立たないけど、履歴書に書くことで「バカではない」ということと「やる気はある(人生投げ出してない)」ということの証明にはなる。

あと、何よりゲームではなく現実世界で「オレTUEEE」感が味わえるのは、たまらない快感。ほんと快感。マジ快感

表向きには「自分資格マニアなんですよ」と言っておけば、それ以上追及されることもないし、それほど恥ずかしくもない。

 

以上が個人的オススメしたいプランだけど、それより何より大事なことがひとつある。

それは「信頼できる相手本音で泣きつく」ことだ。

とにかく何とかしたい、今の現状から少しでも状況を改善したいという気持ちを、嘘偽りなくプライドを捨てて訴えることだ。

ぶっちゃけ本音で語ろうとすると「マジ泣き」すること不可避だと思うけど、ここは恥を捨てて助けを求めることが大切。

最初無理難題を言われるかもしれないけれど、「自分にできること」と「今はできないこと(できる気がしないこと)」を正直に誠心誠意訴えれば、きっと相手も過剰な要求はしてこない。

ただし、「本当にできない」のか、それとも「やりたくないだけで実は頑張れそう」なことなのかは、よくよく自問自答して正直に答えることが大切。

駆け引きをするんじゃなくて、腹を割って話すのが本当に大事

自分でできる範囲で最大限の努力はする。でも、どうしてもできないことについては、申し訳ないけれど力を貸して助けて欲しい。そう、必死でお願いすること。

心の底から本気で自分のことを頼っている相手に対して冷たくできる人間なんていない。そう信じて勇気を出してぶつかって欲しい。

 

それでも。

万が一。

きっと上手くいくと思うけど、どうしても駄目ならば、そのとき第三者機関を頼りにしよう。

市町村カウンセリングサービスとか相談機関不登校支援NPOなど、どこでもいいので電話してみればいい。絶対に優しく対応してくれる。

でも個人的には、できればまずは身近な人に頼ってみるのがいいと思うよ。できることなら、それが一番スムーズから

 

あとのことは、相談した相手の人が私以上に親身になって考えてくれるはずだけど、参考までに自分場合

自分は頼った相手が紹介してくれた仕事が上手くハマって、今は普通に正社員として働いている。

頼ってからもそれなりに長い間、色々なことがあったけど、少なくともただ停滞していた頃に比べれば、いつも気持ちの面でははるかに楽だった。

 

今は本当に辛いと思うけど、人生はそう簡単に詰まないものだし、ほんの少しだけ見方立ち位置が変わっただけで、世界のすべてが一変することもある。

くどいようだけど、勇気を出して自分を曝け出して相談する。ハードルは高いと思うけど、何とか頑張ってトライして欲しい。

応援している。

http://anond.hatelabo.jp/20160928204948

「実務経験◯◯年」とか言ってるだけで、実際何を成したのか、何ができるのかが一切不明なのでなんとも。「デジタルマーケやって売上を◯◯%向上させました」とかだったらまだわかるけど。


自分アピールポイント」と思ってそれらの項目「しか」出せないんだったら600万でも出しすぎ。基本的転職エージェント転職してもらえればもらえるほどよいので、間違っても年収を低めに見積もったりはしない。


年数ではなく、実績を積みましょう。

http://anond.hatelabo.jp/20160929122148

視覚障害治療しても目は見えるようにならず、

聴覚障害治療しても耳は聞こえない。



発達障害も同じで基本的に治らないよ。

ただね、脳機能ブーストさせる薬を投与することで症状が改善される可能性があるというだけ。

個人輸入できる薬をさがしてみませう。

君の名は批判がしっくりこない理由

それは

君の名は」が

『どういう立ち位置作品』として見ているかが違うからなんだろうなー

と思う



俺は君の名はもっとマニアックな…「劇場版深夜アニメ」くらいのノリで観に行った

でもなんだか「君の名は」の批判って

間違っても増田なんて見ることはないリア充カップル向けの恋愛映画

文学的価値のある高尚な芸術映画

みたいな視点からされてる気がするんだよね



アニメ映画だぜ?

それもジブリアンパンマンドラえもんじゃないんだぜ?

もっとアニメオタク向けの映画じゃねえのかこれ?


結果的には俺の住んでるクソ田舎映画館でも上映される

老若男女の非オタクを取り込む映画になってるけど


新海誠ってそんな映画のつもりで作ってたのかなー?(ちなみに俺は新海誠作品はこれ以外何も見たことない)


例えばアレだ

何年か前にあった「サマーウォーズ」とかい映画

あれくらいの感覚

基本的にはアニメ好きなオタクをメインターゲットにしてるけど、なんかの拍子にリア充(非オタク)にも受け入れられたらいいなー」

くらいの作品


君の名は」ってそういう映画なんじゃねえのかなあ



から俺は深夜アニメ美少女キャラが男に媚びた言動をしても(個人的にはムカつくが)違和感を感じないように

女としての性的価値が云々とかい違和感特に感じなかったし

ストーリーのありきたりさとか矛盾に関しても

「まあこんなもんだよね」

しか思わなかった

http://anond.hatelabo.jp/20160929014215

言ってることはそれほど的外れじゃないんだけどさ、

語るなら政略~~~戦闘基本的階層構造くらい勉強してくれよ・・

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160928053429

別に読者は努力する主人公が嫌いなわけじゃない。

主人公が下手な負け方する」のが嫌なんだ。



努力する主人公」というのは、必然的に苦戦する事も負ける事もある。

苦戦も負けもしないのなら、何のために努力してるか判らんからね。

ジャンル的に、努力する主人公は負けもする物なのだ



しかし、当たり前だが主人公が敗れるというのは割と読者的にはキツい展開だ。

別に自己投影してなかったとしても、

贔屓のチームがライバルチームに惜敗したりボロ負けしたりしたらアンチクショウって感じがするだろう。

主人公が負けてなお、読者にストレスを溜めないというのは非常に高い手腕が要求される。

多くの作品はここでしくじって、読者(の一部)にフルボッコにされる。

スポーツなら相手チームの悪口を言えばいいが、創作物主人公が負けたら戦犯は作者だからだ。



アンチ大量発生させる失敗パターンとしては、ぱっと思いつく代表的ものとして

・「同格または格下(に見える相手)に負ける」

・「性格の悪い嫌味な敵キャラに負ける」

・「長々と戦った末に負ける」

・「一度勝った相手に負ける」

・「再戦してまた負ける」

・「滅茶苦茶強くなったはずなのに新キャラに負ける」

・「普通に戦えば勝てる相手なのに、何か無理矢理な展開で負ける」

・「負けたついでに主人公がド凹みする」

・「負けて周囲の評価も下がる」

といった物がある。

この辺やっちゃうと、感想欄とかAmazonの星とか見るも無残だね。



その点、H×Hとか北斗の拳とかは上手いね

基本的に格上にしか負けないし、戦闘が短いから「延々じらされた挙句に負ける」というストレスフルな事にならない。

しかも、負ける前に一矢報いて相手や観客を驚かせるのも忘れない。

スパっと負けて、すぐ立ち直る。

こういう、負ける時の作法をちゃんと守ってれば、努力修行が読者に嫌われる事もない。

ドラゴンボール天下一武道会天津飯に負ける所とか、凄く上手かった。

試合としては負けだけど、実質的には勝ってたと言ってもいいし、相手もそれを認めてる」という状態を上手く作って読者のストレスを逃している。

そして、修行した後は圧倒的に強くなっていて、それまでの強敵簡単に屠りさっている。

※そうなると次に「ストレスなく苦戦する」ためには圧倒的に強い相手自然に登場させる必要がある。

フリーザまではそれが上手く回っていたのだが、

宇宙最強」であるはずのフリーザの後に「実はもっと強いやつが地球にいた」という無理矢理な展開を持ってきてしまったため、割と叩かれる事になったのは避けようがなかったとも言える。

だってフリーザより弱いやつ今更出して苦戦するわけに行かんだろ・・・



まあ要するに、「努力する主人公を書きたいなら、苦戦や負けをよっぽど上手くやれ」って話よ。

やさしい会社で働きたい

30代、男、独身理系院卒。



転職を考えている。

受託開発系の会社新卒入社して、いままで働いてきたけれど、もうつらくなってきた。

建前では技術系のスペシャリストが集まっているということになっているけれど、実際には都合よく使い捨てできる駒でしかない。

基本的客先常駐で、一つの職場で長年働くことは稀。数年ごとに全く畑の違う仕事をやらされる。

本人の適正や、経験希望は一切無視され、そのときたまたま引き合いのある客先に無理やりねじまれる。

私がいまの常駐先に来たときは、まったくの未経験分野だったにも関わらず常駐先に対しては経験豊富専門家として紹介されていた。

自分上長からは、客から何か技術的な質問が来たとき絶対にわからないと言うな、専門家のフリをしろといわれた。

もちろん、そんなことで誤魔化せる訳がない。お客さんとは毎日一緒に同じ職場で働いているのだ。

おそらく、私が経験豊富専門家でないことはすぐにバレていたと思う。

新しい職場で、仕事内容も全くわからず、周りに質問もできない環境は本当に辛かった。

さらに、上長からはお前は努力が足りない、本気になっていない、甘えていると、ことあるごとに詰められた。

同じ客先で働いている先輩社員からはほぼ毎日のように、死ね、殺す等の言葉ハラスメントがあった。

これは冗談として言われたのではなく、強い語調で吐き捨てるように言われていた。

別の先輩社員から私生活に立ち入るようなセクハラや、飲み会の場でのアルコール強要暴力的な振る舞いもあった。

私がいる部署職場おかしいのかと思っていたけれど、他の部署に行っている同期に話を聞くとどの部署も同じような感じらしい。

会社全体で、上のものは下のものに対して何をしても良い、下のものは逆らうことは許されないという価値観が共有されているようだった。



もう疲れてしまった。

今の常駐先にも長くいることはないだろう。また新しいところへ無理やり行かされ、同じことを繰り返すだけだ。

新卒で入った会社だし、まだ専門的なスキルも身についていないという理由会社をやめることはしなかったけれど、

これ以上続けても、得るものがないように思う。

いままで仕事をしていて、嬉しい、楽しいと感じたことは一度も無かった。幸せではなかった。



私は、人が人として尊重される会社で働きたい。

人をモノ扱いしない会社で働きたい。

誰かが辛い目に遭っているときは、みんなで助ける会社で働きたい。

それぞれ得手不得手がある中でも、お互いを許し合い協力する会社で働きたい。

私は、人に優しくされたいし、優しくしたい。



そんな会社はどこにあるのだろうか。どうすれば出会えるのだろうか。

もう本当に疲れてしまった。私はもう今の会社で働くのは嫌になってしまった。

私は、人が優しくし合える、やさしい会社で働きたい。

報道関係の人がよくやる手口

ケースA「ある人物フランスで行われたゲーム大会世界一になった」と報じる。これは嘘だからNG

ケースB「ある人物フランスで行われたゲーム大会世界一になったと自称している」と報じる。これは事実からOK。嘘をついた責任は「ある人物」にあり、メディアはその人の「存在」を報じただけに過ぎない

嘘がばれるまではA路線、ばれたらB路線に切り替える、というのは、割と古典的基本的手法だったりする

未だにA路線を維持出来てる話、世の中には一杯あるよね

虚偽のゲーム大会優勝の件で上司を叩く奴

誰が悪いかといえば、あそこまで手をかけて騙した人が悪い、と思うんだがなぜかブクマ部長がぶっ叩かれて謎。

休暇を取らせてくれないブラック労働環境だったか休みを取るためにやむなくこんな嘘を付いた、みたいな完全な妄想を炸裂させている人もいるし。

市として責任を取るべきで個人晒し上げるべきではない、とかならわかるんだが部長は叩いていいというのが謎すぎる。

ブクマ界隈は基本的労働者の味方で企業側は悪というノリがあるが、部長クラスまで上がると企業側として認定されるので叩いてOKという感じなのかな。

コンテンツへの理解が浅すぎるkawangoにはまじで失望した

 ライトノベル主人公は努力しちゃダメなんです。読む側が自分投影できなくなるからです。ヒロインは都合よく向こうからやってくる。超能力などの能力は、いつのまにか勝手に身についている。今のライトノベルの多くが、そういう設定で書かれていますよ。

――恋人能力を努力して勝ち取るのではなく、何もしなくても、いつの間にか恋人能力を手に入れているという設定でないと売れないということですか。その努力の過程こそが、今までは物語の根幹だったはずなのに。

 そうです。今は努力できる立派な人物主人公だと、読む側が気後れして感情移入できないんですよ。主人公は読者と同じ等身大の人間。そして、主人公に都合のいい物語を求める傾向が進んできた。文学世界でもそうなってきていると思います


http://www.yomiuri.co.jp/yolon/ichiran/20160923-OYT8T50010.html

カドカワトップのくせして、この理解はまじで浅すぎやしませんか?

本当にいい作品を送り出す気があるのかと、100回は問いたくなる適当な物言いにイラッと来た。


そもそも、最初からチートを持って最強になることを「俺tueee」と揶揄されていたりするのはここ数年だけで、ジャンプなら北斗の拳るろうに剣心バスタードにBOY、過去作品をあげればきりがない。みんな大好きガンダムアムロだって最初からワンランク上の人種だったわけですよ(あぁ、若い子的にはコーディネイターキラ・ヤマト君の方が)。最強主人公が昔から愛され続けているのは明らかだ。

「努力に対して気後れする」というのは、どう考えても浅すぎる考えなので、ただのサラリーマンオタクである俺が、超主観的にけれどkawangoよりはまともに、「最近ラノベ」っていうのを推論してやろうと思う。

ちなみに、全て根拠のない仮説だから、定量データ大好きなコンサルマンは読まなくていいぞ。己の中のロジックで書き殴っているだけだ。

正直こんなことすること自体、市場に対しての傲慢であることは理解したうえでだが、「カドカワトップの発言」に怒りしか沸かないため、久しぶりに筆を取る。


自己投影がしやすいのは「努力云々」ではなく「異世界転生」の方である

努力云々が拒否されているかは正直わからん。少なくとも言えるのは、将棋天才が努力する「りゅうおうのおしごと!」は最近ラノベではピカイチ面白いってことだ。そして、幼少期からガチ人生を変えようと努力を重ねて、家族を守るために死にものぐるいになる「無職転生」もまた名作であることを俺は支持する。

俺が言いたいのは、自己投影は「努力できる立派な人物」にしづらいのではなく、「異世界転生」にしやすい、ということである。しやすいなんて言葉も生ぬるいくらいに「ファンタジー自己投影出来る現代最強の装置」と言っても過言ではない。

ファンタジーという題材自体、本来は自己投影には不向きなものだ。なぜなら、今の自分と照らし合わせて「そこにいる」ことを想像することが難しいから、ということは理解できるだろう。

我々が住んでいる現代、つまり高層ビルが屹立し、夜も煌々と電気の光が輝き、インターネット交流を重ねる世界」と「石畳を馬車が走り、騎士団が剣を振りかざし、魔法世界の理である世界」では、あまりにも違いが大きすぎる。そこで生まれ育った主人公感情移入するのは、本来はしづらいもののはずだ。

ただし「異世界転生」は違う。

自分が今いる現代、と、異世界であるファンタジー世界が、まずつながるところからスタートする。たったこれだけ、これだけで高水準の自己投影を得ることが出来る。

それは突然足元に現れる魔法陣か、はたまた気づいたら目の前に迫りくるトラックなのか。きっかけはどちらでも良い。今の自分が、異世界に行けるという想像力カジュアルに補間してくれるのが「異世界転生」である

何故か。

第一に、主人公がまんま現代に存在してそうな、ふつ~~うな人物であることが重要だ。もちろん最初から古武術マスターして、スキルを盗む能力を授かるような人外主人公もいたりするが、基本は自分を重ね合わせられる主人公である高校生帰宅部で友人は少ないが仲の良い親友もいる。進学はどうしようと悩む2年生。趣味ラノベ。ほら、想像やすいだろう。

第二に、異世界転生ってほんとにあるかもしれないだろ?という、諧謔が含まれるちょっとした夢である。死後の世界なんて誰もわからんし、宇宙にある元素だってまだわからん。もしかしたらマナを利用した魔法陣は発生するかもしれないし、事故で死亡したあとには神様スキルを選ばせてくれるかもしれない。

「異世界転生」なんてねーよ、と鼻で笑うことは可能だが、誰もそれを証明することは出来ないのである。だからこそ、現代と異世界のつながりを、「ないな」と思いつつも受け入れることが出来ているのだと、俺は考えている。

ほら、スパイラルマタイすると本当の自分になれるんだろ??

重要なことだからもう一度言うけど、「現代」と「異世界」をカジュアルにつなげる「異世界転生」は紛うことなき物語の発明である最初トラック走らせた人には3,000ガバスあげたい。


いつかは覚める。「異世界転生」が流行っているのはブームでしかない

「異世界転生」がすごいものであることは説明した通りだ。かくいう俺も、毎日仕事帰りにはブックマーク登録しているなろう作品を消化しつつ、健気にスコップしたりもしている。本屋の棚にならぶラノベも、以前よりも増えたなと感じることはある。実数はしらん。マーケティング大好きくん調べてください。けれども、これは現代若者云々のような下らない推論なんかによるものではなく、あくまブームの1つだと俺は考えている。

ところで、俺は30代前半のおっさんだったりするわけだが、中学生にはじめてブギーポップを読んでこの世界に足を踏み入れた。かどちんの作品は今でも全部読んでいるけど、ハートレスレッドが俺は大好きなんだ。あの頃は「セカイ系」なるものが流行っていて、なんだか薄暗いイメージ作品が人気を集めていた。細かいこたぁいいんだよ!と言わんばかりに、世界観設定などをあえて曖昧にして、読者に考えを委ねるような作品だ。正直俺はTVアニメエヴァンゲリオンが嫌いである。新劇場版は好きだぞ。

まぁつまり、今とは確実に違った主流だったと考えてよいだろう。

オタクの狭い世界でいうとその後に泣きゲーメインストリームを走り、鍵と葉をプレイしないオタクオタクに非ず、と総括しはじめるオタクもいたハード時代だった。その後はいわゆる「新伝奇(この言葉あんまりきじゃないんだけどな)」と呼ばれる作品にわかに注目を集め、PCゲーでは月姫・Fateラノベでは戯言シリーズ禁書シャナが生まれていった。まだ少し薄暗さやきな臭さみたいなもの世界に漂いつつも「物語を曖昧にしない設定」が練られた作品が多かったイメージだ。そんな中、生まれでたゼロの使い魔最先端だったんだろう、異世界転生の走りだった。お悔やみ申し上げます

物語のムーブメントはここでもまた変わっていたわけだ。時代時代においてムーブメントはあり、「異世界転生」もその系譜の1つであると考えても不自然ではないだろう。美味しいものがあれば、それを食べ続けたいと思うのは至極当然の話しだ。最高の自己投影が出来る「異世界転生」をひたすらむさぼるのも、ただの欲求の発露だろう。

人間は成功体験にもとづき、欲望を繰り返し続ける生き物らしい。ソーシャルゲームの初期ガチャでURが引けるのは、その辺の心理ゲームに応用している可能性があるから気をつけるといいぞ。俺はFGOに毎月1万円課金している微課金兵だから、安心していい。

1つ面白いものを引き当ててしまったら、次に何かが来るまで、同じ成功体験を求めて同じものを摂取する。それは俺が辿ってきたオタク人生を照らし合わせてみても、超主観的に正しいと主張させていただく。

正直「異世界転生」は飽きてきたんだけどな。


コンテンツ消費にかけるカロリーの許容値は下がり続けている

最後にこれも超主観的な仮説だ。

エロゲisコンテンツの頂点。SF小説isオタクの原書。ラノベis心のフレンド。最高の1冊は「天冥の標」と豪語する俺だが、最近コンテンツの摂取にカロリーが高すぎて億劫になってきてしまった。

昔のエロゲと言えば、長いプレイ時間を経て没入感が高まり、最高のカタルシスを最後の最後にぶちかまされる、そんな作品に90点が付いたものであるゲームもそうだ。長時間プレイするRPGは食指が伸びない、仮に触れたとしても10時間ギブアップ。本気でコンテンツと向き合うのに気力が必要なのだ


なぜかと考えてみると、コンテンツとの向き合い方が昔と大きく変わってきてしまったことに気づく。

例えば、インターネット。不覚にも、kawangoのdwagnoが作り上げた「ニコニコ動画」は短尺でコンテンツを楽しめる世界観を作り上げた。1本5分~15分程度のユーザークリエイティブ動画が数多く投稿され、それをつまみ食いする時代2007年くらいから始まった。当時はアイマスのXBOX版プレイ動画をただただ見ていた記憶がある。その後に初音ミク東方、まぁニコ動周りは色々とブームが起こっただろう。id3万番台の古参だからたくさん見てきたけど、今はたまにはてブに上がる動画を見るだけである

アニメでいえば10分尺が増えてきた。ややもすれば5分。手軽に見れる極致と言って良いだろう。あいまいみー作品構成は完璧だった。神アニメと言って良い。

デバイススマホ利用がメインユースである。スキマ時間にいじって、Twitterを見たり、ソシャゲのスタミナ消費したり(最近スタミナ系減ったね)、もちろんニコ動Youtube商品宣伝見たりするのも楽しいだろう。若い子ならsnowとかsnapchatとかもあるな。comicoリライフが地味に好きだから、毎週土曜日更新が楽しみだったりするよ。

それが気づくとスキマ時間だけじゃなく、家に帰っても弄っていたりする。これを読んでいる皆もそういうことが何度もあったはずだ。

そうやって俺たちは、気づけば「カジュアルに消費できるコンテンツ」ばかりを楽しみ、それに慣れてしまった。「うわ、これ疲れそう」なんて言いながら積んでいるコンテンツ、皆はないだろうか?俺はある。たくさんある。以前は何を差し置いても、翌日の仕事に差し支えたとしても、徹夜してでも、読む。プレイする。そんなコンテンツが、いまや時間のある時に消費するかと積み積み。

もちろん時間があればいい。気力を振り絞って得られるカタルシスが最高であれば、なお良しだ。ラノベ読んでてよかった、エロゲやっててよかった、この年になっても年1くらいで感じる瞬間だ。

でも、その時間はいつの間にか、生活を縛るカジュアルコンテンツ侵食されてしまっているのが現実であるカロリー計算をした瞬間に、さすがにラーメン二郎は無理、と避けてしまうのは年を取ったからではなく、現代生活カジュアルコンテンツに束縛されているからだと俺は考えている。

そんな中、最近ライトノベルやなろう小説には、カロリーに優しいコンテンツが多い。それが「安定して人気の出る作品であるというのが持論である。(爆発的ヒットではなく、一定数さばけるという意味である)


ポイントは2点である。「期待値を裏切らない」「スキマ時間に読める」

小説はそもそもコンテンツとして消費にかかる時間が長い。ハズレを引いてしまった時の時間的損失は読み手にとってつきまとう課題である。それを解決しているのが、昨今のラノベパッケージである理解している。

表紙、タイトル、帯、あらすじで、中身を想像出来る。そしてそれが期待値とずれないことが重要である。大ドンデン返しみたいな疲れるものはいらない。想像した快楽を得られ、時間というコストに対して最大限のパフォーマンスを出したいのだから。なろうの作品を読む前にタグをチェックして「ハーレム」を探しているそこの君。君だよ君。

そして、ここまで何度も述べているように、カジュアルに読み進められるパッケージとして、なろうの形式は最適化されている。1話あたり5,000~10,000文字の文量は便所でうんこしながらでも読めるだろう。通勤中であれば、2,3話読むことも出来る。区切りもつけやすい。はてブで糞みたいなエントリーを読むのと同じユーザー体験で、自分が好む小説を摂取できるのだ。そりゃあ楽な方楽な方に行きたくなるのが人というものだ。

kawangoの話はラノベのくだりだけはまじで許せなかったが、大筋同意できる意見も書かれている。

まりユーザー自分の好むメディア自分に都合のよい物語を選び始めているということです。もちろん昔から、人々は基本的自分にとって心地よいメディアを選んできたわけですが、まだ選択肢が少なかった。ところが今は、どんどんパーソナライズ化が進んできて、自分が信じたい情報、接したい情報だけが集まってくるようにするということが、ネットを通じてできるようになったということです。

心地よい作品を得たい、これは今に始まった話ではなく昔からそうだ。それを加速したのはネットであり、生活リズムによるものだと俺は考えている。

ジョブスのせいでエロゲをまともに出来なくなったから、あいつは地獄に行けばいいと思う。まぁiPhone7は買ったけどな。


次を作るのがあんたらの役目なのでは?

そうは言っても、先にも述べた通り、コンテンツムーブメントはいつか終わりがくると俺は思っている。あれだけ若いオタクの間で跳梁跋扈した東方ですら空気になりかけ、俺が大好きだったKeyだっていたるんが退社するんだ。時代は流れていく。それはもう人の手では止められるものではない。

その転換点は、代替となる成功体験でしかないだろう。

ブギーポップではじめて感じたライトノベルという時代の到来。雫、痕、ToHeartからはじまったビジュアルノベルの胎動。なろうで形作られた異世界への特異点

生まれ、壊され、生まれ、壊され。その繰り返しの中で、コンテンツは洗練されて進化を続けてきたのだから、今を変えていくのは強烈な快感を与える新しいコンテンツでしかない。

オタクコンテンツトップランナーであるカドカワもといKADOKAWAが、それを担わずして誰が全うするというのか。「努力できる立派な人物主人公だと、読む側が気後れする」だって?まじで言ってんのかあんたは?

そんな下らない仮説を振りかざして、閉じたコンテンツ世界を作り上げるのがあんたらのやりたかったことなのか?違うだろう?

今のライトノベルには面白い作品がたくさんあるぞ。エイルン・ラストコード読んだか?ライトノベルで熱血ロボットとか新しすぎだろ。最高にアガる作品だぞ。正直アニメ微妙だったけど、天鏡のアルデラミンも読んでて震えるわ。風呂敷たたみ始めるの早すぎてちょっとおっちゃん心配だけどな。

あんたの会社社員めっちゃチャレンジしてるんだぞ。わかってんのか?

にも関わらず、トップあんたがその斜に構えた態度でいるとか、作り手とユーザー舐めすぎだろう。看板背負っていることを、どうか自覚してほしい。一度御社ラインナップを洗ってみて、いかに自分の認識がおぽんちなのかを理解してくれ。ラノベ多様性があって素晴らしいものだぞ。

俺はあんたが作ったニコニコ動画という世界にはじめて触れた時、新しい時代の到来を感じたんだ。実際に、2000年台後半はニコ動時代だった。コンテンツのあり方を変えた1つの要因だったことは確かだろう。

サービスでもいい、コンテンツでもいい、もう一度それを作り出すくらいの気概を俺たちユーザーに見せ続けて欲しい。閉じこもった推論だけ振りかざしていたら、そこに未来はなくなってしまうんだから。



どうか。期待しています

大食いダメなら相撲ダメなんじゃないか

新聞投書欄大食い番組が叩かれていた。

そんな無駄に食う分があったらアフリカの子供に……という、いつもの理屈である

なんでも、終わった後は吐いてるらしいから、確かに食べ物無駄と言われてもしょうがない。

投書では触れられていなかったが、危険というのももちろんある。



しかし、よくよく考えてみると、食い物を無駄に消費するという点では、他のスポーツも同じだ。

例えば相撲力士体重別ではないため、基本的には太るほど有利なルールになっている。

から、彼らは毎日のように、稽古をしては大量に食って寝る。太るのも仕事のうちだという。

小兵で活躍すればもてはやされるが、それはレアケースだからで、やっていくのは厳しいのだろう。

まり力士でいる限り、不必要に食うことがほぼ必要とされている。

みんなそんなことはわかっていて、でもまあしょうがないよね相撲から、とごまかしているのだ。

けしからんからテレビ中継なんかやめてしまえ、という年寄りの話なんか聞いたこともない。

大食いとの差はただひとつ。その光景テレビで直接見ずに済んでいるだけだ。

からあの体を見ても何とも思わないのだろう。



もっと言うなら、相撲だけの話でもない。

野球がなければ、高校球児が丼飯を3杯も食う必要だってないが、誰もそのことは非難しないのである

2016-09-27

iモード黎明期メルアドについて

iモードがはじまってから、すぐにスパムメール受信料問題になった。



今の若い子は信じられないと思うが、昔はメールを受信するたびに、

10円、20円とられていたのだ。



そもそもメールアドレス携帯電話番号docomo.ne.jpだけだったので、

スパムを送る方は送りたい放題ということもあった。



そんな中、アドレス自由に取得できるという処置がなされた。

動物占いで「狼」だった私は取得できる時間になるや否や「wolf」という

アカウントを取得した。

これが悪夢の始まりだった。



しばらくは快適だった。

スパムはなくなり、受信料も気にすることがなくなった。



日経ってからwolf2@doco...」という人からメールが来た。

内容は、「wolf@doco...」というアドレスをオレにくれと。

無視をした。



日経ってからwolf3@doco...」という別人物からメールが来た。

内容は「わたしは狼の末裔で人目を偲んで生きています一族の復活の為にもwolf@doco...」を

ゆずってくれないか。そんな内容だった。

当然無視をした。



そうこうしている数日間、wolfなんとかさんから続々とメールが来た。

皆一様に「wolf@doco...」を譲ってくれという内容だった。

中にはオモシロものもあったが、基本的には無駄に偉そうな内容だった。



そうして、結局、新たなスパムメールを受け続け、心が折れかけていた時に、

wolfstar@doco...から「吾輩にメールを譲るのだ、さすれば許してやろう、譲らなければお前を見つけて食べてやる」

みたいな内容のメールを、1時間おきに送り続けてきた。世にいうリアル狂人だった。



これがきっかけで「wolf@doco...」の中の人を辞めることにした。

たぶん、誰かが2代目wolfとなってくれただろう。



今の若い子は信じられないだろうが、それぐらい動物占いが人気だったのだ。