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2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170119132213

生きてる意味なんて基本的には無いものと思え

その時々で楽しいと思ったことをすればいいだけ

「生きてる意味がわからない」の治し方がない

人生が虚しくなったとき、それを治す方法がわからない。

仕事して、お金稼いで、そのお金ごはん食べて、そんでまた仕事してってループに虚しくなることって、誰でもあると思うんだけど、そんなときみんなどうしてるんだ? 基本的には時間解決してくれるのを待つしかないんじゃないか

この前読んだエッセイマンガにこんなシーンがあった。

主婦の人が描いたもので、基本的には幸せなんだけど、ある日洗濯物をたたんでいるときにふと、

「私はこのままこの人のパンツをたたみ続けて一生を終えるのだろうか?」

という疑問が頭を支配して何もできなくなる。

といったもの

結局これは旦那さんと話し合って、「お互いに感謝気持ち言葉に」「何か趣味をみつけて(その人の場合エッセイマンガだった)」という方向で解決されていくんだけど、それって結局時間が経ったか気持ちが楽になったというだけで、突然襲ってくる虚しさには何の解決にもなってなくないか

主婦だとまた別の意味がでてきて余計な議論になりそうだけど、最初に書いたように仕事場合でも一緒で、もしそこに『やりがい』なんてものがあっても、最初ループなかに「褒められる」みたいな要素が増えるだけで結局は同じことなんじゃないか

仕事して、お金稼いで、そのお金家族を養って、家族から感謝されて、そしてまた仕事に行く

うん、ある意味理想的だと思う。

でもそんな生活がふと虚しくなる瞬間はある。

「このまま死んでいくのか?」と。

それも結局耐えて時間が過ぎるのを待って、どうにかごまかして生きていくしかないんじゃないか

こういった話題解決策として一般的なのは、『趣味』とか『生きがい』とかを見つけるというものだ。

でもやっぱりそれも同じじゃないか

俺はマンガが好きで、月に2~5万円くらいマンガ買って読んでる。

面白いマンガはいくらでもあるし、夢中になって読み続けられるんだけど、ふとした瞬間に「こうやって仕事して、お金稼いで、楽しくマンガ読んで」その繰り返しで人生が終わるのかな? と思うと虚しくなる。

何かをつくる系のものも同じ。

副業ちょっと何かつくる系のものもしているんだけど、それもふとした瞬間に「これの繰り返しなのか?」と虚しくなることがある。そういうとき基本的無視してとにかく手を動かしていればそのうち気にならなくなるんだけど、それは死神から逃げ切っただけで、死神自体消滅したわけじゃない。

たぶんこういった疑問を抱え続けてそれでもどうにかやり続けているのがほとんどの人で、そういった疑問すら抱くことなく走り続ける人も一流の人間なかに存在するんだろう。

でも俺はそうじゃない。

陳腐イメージになってしまうんだけど、頭の中でハムスターがずっと回し車の中を走り続けている感覚が消えない。とにかく耐えて気にならなくなるまで待つしか対処方法がない。

このハムスターを追い出す方法ってないんじゃないか

2017-01-18

宇宙人みたいに生きてきた

小さい頃から、どこか周りから浮いている、人をイラつかせてしま子供だった。

大人たちに、「変わっている」とか「ちょっとおかしい」と言われてきた。

責任感がなく、ぼんやりしていて、空気が読めない。

人と話すのも、頓珍漢だったり幼かったり、独りよがりな受け答えをしていたようだった。

なぜだかわからないけれど、バカにされていじめられることが多かった。

今になって思うと、あの子と遊んじゃいけませんと言われるタイプだったと思う。

学校に行くようになっても変わらなかった。

同級生たちからからかわれ、先生には妙に嫌われたり目をつけられて、スケープゴートのように大勢の前で説教されることが多かった。

たまにこんな自分でも一緒にいてくれて、バカにするのではなく面白がってくれる人たちがいて、そういう奇特な人たちと仲よくなったけど、環境が変わると、その人たちとの距離感がわからなくなり、疎遠になる、ということを繰り返していた。

体育は大の苦手で、球技特にダメだった。ドッジボール最後まで残り、恐怖で逃げ惑う姿を笑われながらボールを投げつけられた。

勉強だけは比較的得意で、特に記憶系の教科は得意だった。

でも数学物理は、概念全然からなくて雲をつかむようだった。

父がアル中だったので、大学でなんとか家を出たいと思った。

から、苦手な数学物理は、たくさんたくさん問題を解いて、解法をたくさん記憶して、なんとか受験を乗り切った。

大学でも人とは仲よくなれなかった。大学受験燃え尽きてしまったのもあり、人と仲よくするパワーも残っていなくて、家賃生活費のためになんとかバイトして、あとは引きこもっていた。

就活はもちろんうまく行かなかった。一次面接でどの会社でも落とされた。面接では大人たちが自分の顔や受け答えを見て、渋い顔をしたり、首をひねったりしていた。

そろそろ、社会から必要とされないダメ存在だということに気づき始めていた。

自分の何がダメだかわからないけれど、自分は何かが他の人たちと違う。自分判断はいつも間違っている。自分宇宙人のようだった。

けれど、本当にラッキーなことに、一社だけ縁があった会社があって、宇宙人である自分は、なんとかそこに職を得ることができた。

その会社の中で、優しい人たちに見守られながら、それでも必死に、「普通の人らしい振る舞い」「常識」を身につけた。

からさまに自分からかったりいじめる人はいなくなった。眉をひそめられることも減った。

結婚し、子供もできた。

それでも、まだ、自分は人をイラつかせてしまう。

ああ、自分おかしいんだな、と思うことが日に一度はある。

自分おかしいんだな、と最も実感する時は、会話の中で妙な空気になった時だ。

自分は、会話で何を話したらいいかからず、例文を読み上げるように会話をする。

自分の心に浮かんだことは基本的には話さない。膨大な例文集の中から、今自分がいるシチュエーションに合っていそうな会話文を持ってくるのだ。

どうやらそれを間違えたらしい、と気づいた時、いつも絶望する。

また失敗した。

頭がおかしい、人をイラつかせてしま自分

最近自分は何のために生きているかからなくなってきた。

こんな、言葉も習慣もわからないままの宇宙人状態で、周りに合わせて生きていくことをまだまだ続けなければならないのか。

でも、型にはまるふりをしなければ終わりだ。

変わった、頭のおかしいやつ、として、また、いじめられるのかもしれない。

職も、せっかく得た家族も失ってしまうのかもしれない。

一人では生きられない。

宇宙人でも、一人では生きられない。

プログラミングって「得体がしれない」よな

プログラミングって、これから始めてみようっていうとき、なんだか「得体のしれない行為」っていう感覚がありませんか?


ぼく自身は、プログラムを書いてる側の人間で、いまでこそ少しはプログラミング本質的な難しさをわかってる気になってます。でもつい数年前までは、プログラミングは難しくはないけど得体がわからない、という感じでした。

そのへんのコードを組み合わせて動くものはできるけど、何がどうなっているのかは知らんし、ググって分からないものはできない、という方向で、「プログラミングは難しい」と思ってました。


最近になって、プログラミング義務教育必修化の話題とか、コピペプログラマー話題とかを目にするたびに、かつて自分プログラミングに対して抱いていた「得体のしれない行為」という感覚が思い出されてしまい、少しざわざわした気持ちになったので、ちょっとここに書きなぐらせてください。


だいたいが個人的な話なので、そういうのがうっとうしい人は無視してください。


ぼくが世の中にパソコンという道具があることを知ったのは、たぶん中学生ときです。30年くらい前。当時、電気屋の売り場ではけっこうな床面積を使ってワープロ文章入力する専用マシン)が陳列されてました。文章を書くのは好きだったけど、字を書くのが死ぬほどめんどくさかった自分は、ワープロさえあれば自分小説とか書くのになあと思いながら指をくわえて電気屋の店内をうろうろしてました。しかし、ファミコンすら買ってもらえなかった家計ではワープロなんぞ買ってもらえるわけもありません。そのうち巡回してた電気からワープロが消え、それに代わってパソコンのコーナーが広がっていきました。このパソコンというのは、よくわからないけどワープロとして使えるっぽいし、どうやらファミコンを持っていない僕にもゲームができるらしい、おれに必要なのはこれだ、というわけで、中学生だった自分パソコンという存在に興味を抱くようになったのでした。


はいえ、だからといってパソコンを買ってもらえるような家計ではなかったわけなので、カタログを熱心に眺めるだけの毎日が続きました。その当時の自分にとって、パソコンが欲しいといったら、それはNECを買うかエプソンを買うかという選択でした。冨士通からパソコンが出ていることは知りませんでした。マッキントッシュっていうやつもあって、このPerformaっていうやつはなぜか安いとか、よくわからないけどシャープとかソニー独自パソコンを作っているぞとか、そういう情報パソコンに対する認識のすべてでした。当時の自分にとってのパソコンは、電気メーカーから発売されている商品一種であり、ラジカセとかテレビと同列の存在でした。


なんでこんな話がプログラミングにつながるかというと、ひょっとして自分プログラミングにずっと感じていた「得体のしれなさ」の源泉の一つは、こんなふうにパソコン電化製品として見ていた当時の感覚の延長だったのかもなあと思ってるからです。


ラジカセなら、CDだのテープだのを入れて再生タンを押せば、そのハードウェア機能物理的に体感できます。それに対してパソコンは、プログラミングちょっとやってみても、その行為と、そのハードウェアとが、感覚的に結びつきません。もちろん、プログラミングというのは、物理的なデバイスに結びつけて考えなければできない行為ではありません。しかし、パソコンを「カタログ商品」として見るところから入ってるばかりに、そこでやるプログラミングという行為ハードウェアとの結びつきが見えにくい状態に、なんとなく居心地の悪さを感じていたように思うのです。


もし自分スタート地点が、パソコンを使って文筆やゲームをするところだったら、パソコンは文筆やゲームのための箱だったでしょう。その後でプログラミングを始めていたなら、プログラミングという行為を、文筆やゲームに関連した創造的な活動として学べたかもしれません。


ところが実際には、自分はつい数年前まで、パソコンという電化製品に対する漠然とした行為としてプログラミングを捉えてた気がします。


プログラミングを始めたのは、高校生になって誰も使わないFM77が部室に置いてあったので立ち上げてみたらF-BASICインタプリタが起動したからでした。とくに何をプログラミングすればいいかもわからなかったので、教科書雑誌コードを転記したり、ループで線画を書いたりして遊んでいました。大学に入ってからも、授業でFORTRANとかLispをやらされたけど、基本的自分目的をもってプログラミングするのは数値計算くらいのものでした。そのころになると、本で情報を探して(まだインターネット検索は使い物にならなかった)適当コードをつなぎ合わせるのがプログラミングだと思ってました。そんなん面白くないなあ、とも思ってました。


この感覚、完全に、いま揶揄されているコピペプログラマーのそれだったと思いますちょっと話はそれますが、ブロック遊びとか砂場遊びって、ほとんどの人はわりとコピペプログラミングと似たような感覚でやってるんじゃないでしょうか。パーツを勘で組み合わせたり、とにかく砂を盛っていったりすれば、家みたいなのができるよね、という感覚プログラミングは、自分にとってそれに近い作業でした。学生のころは、内心、自分にもパソコンサンプルコードさえあれば何かすごいものを作れるかもなあ、くらいに思っていたふしもあります


自分バカでした。パソコンがあるとかないとか、関係ないのです。パソコンさえあれば、なんて思う者に、本当のプログラミングがわかるはずがありません。


そんなこんなで、自分はまともにプログラミング経験しないまま社会人になったわけですが、幸いにもプログラミングに対するこの感覚は、仕事パソコンを日々使うようになってから徐々に変わっていきました。

具体的には、パソコンが、自分の中で「カタログ商品から武器」へと変わりました。それと同時に、プログラミングという行為が、武器開発という位置づけになりました。

武器というのは言い過ぎだとしても、ちょっとしたプログラミングは確かに業務上課題を打開しました。それなりに計算機科学教科書を読んで勉強をしたこともあって、いつのまにかプログラミングに対する「得体のしれなさ」も解消してました。


結局のところ、自分にとっては、プログラミングという行為の「得体のしれなさ」から解放されるまでにずいぶん長い時間必要だったことになります自分がそうだったからといって他人もそうだとは限らないですが、たとえば小学校で形だけプログラミングを教わっても、分かるとかわからないとか、好きとか嫌いとか以前に、なんかモヤモヤした気持ちになるだけの子もも少なくないんだろうなあ。それは不憫だなあ。


かといって、自分がいまプログラミングで少しは戦えてるのは、そのむかしパソコンに憧れがあって、得体がしれないなりにプログラミングをする機会が若いときたまたまあったからでもあるので、そういう機会になるなら小学校で形だけでも教えるほうがいいのかなあとも思います


オチがないので、このへんで。

http://anond.hatelabo.jp/20170118145019

心や感情人生を彩る味付けじゃなくて基本的判断能力根底にあるものから

お前が言ってるのは白痴になりたいって言ってるのと同義だぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170117224411

今は居ないけど、昔は『太鼓持ち』という職業があってね。

お座敷芸者とでもいうか、お客さん(金持ち)をヨイショするのがお仕事なんだけど、その話し方からじゃないかと思う。

基本的には太鼓持ちキャラの語尾だし。

マンガ最初太鼓持ちキャラが誰かは知らない。

2017-01-17

[]番外 「食漫画はこれからどこへ行くのか(後編)」

前回の続きで、そちらをあらかじめ読んでいること推奨。

もっと主観バリバリ、かつ雑に展開させた方が読んでいる人たちもツッコミやすいし、筆者も書くの飽きてきたので今回はもっとキトーに書いていくことにするよ。



食とどう関わっていくか

食に関することは基本的に作るか、食べるかだけれども、細分化していけば目の付け所はいくらでもある。

要はコンセプトによる差別化だ。

胃弱メシ』は胃が弱い人の、『女くどき飯』はデートでキメるとき

将棋めし』は将棋で勝つためのゲン担ぎといったように、「食とどう関わっていくか」ということも差別化の一つともいえる。

目玉焼きの黄身 いつつぶす?』や、『食の軍師』などといったように食に関する独特な拘りを主体にしたものもある。

他には、食べ物自体は絡むものの、その他の要素に比重を置かれているパターンも。

まり食を舞台装置としてどう機能させるか、ということ。

定番なのが人間ドラマで、『ゆきうさぎのお品書き』や、前回挙げた『甘々と稲妻』などはその傾向が強い。

料理やそれを食べる要素は必ずあるものの、それによって紡がれるドラマ主体なのだ

これはどちらかというと帰結ともいえ、食べ物のものエンターテイメント性の弱さを補完しようとすれば、過剰な演出を除けばストーリーやコンセプトに目を向けることになるのだ。

その点では『ゴールデンカムイ』もその要素を持つといえるが、これをグルメ漫画認識している人は少ない。

バトルやドラマコメディなど、主体となる要素、テーマが他に多くあるからだと思う。

では、食の要素を持ちつつ、食漫画認識されにくいものには他にどのような例があるだろうか。



破壊

完全な持論だが、それは茶化したり、弄ぶことによる“破壊系”だと思う。

代表格は一部の「料理バトル」モノで、過剰な演出エキセントリックプロットを突き詰めていく過程で真面目に食べ物調理を扱わなくなった。

数年前だと『マジカシェフ少女しずる』という漫画が印象的である

最近だと『人魚姫のごめんねごはん』という漫画ホッテントリになっていて記憶に新しい。

ディズニーアニメの『リトル・マーメイド』でコックが魚を料理する歌があるのだが、架空の設定で見方を変えさせることで、印象を鮮烈にするというのは手法としてある。

まあ正直ここまでくると、食が関係していてもグルメ漫画というよりはコメディ漫画寄りだから、今回の話で扱うのは趣旨がズレているかもしれないが……。

主張したいのは個人的にこの“破壊”を許容されることで発生する、ジャンル多様化もあるのではないかということだ。

まり破天荒さ」と「グルメ」を両立しているにも関わらず食漫画としての体裁を保った、そんな奇妙な読み味の漫画たちである



空想

グルメ漫画ほとんどは現実世界モチーフにしていることが多く、料理もまたそれに準拠している。

読者に料理イメージをしやすくさせるためだ。

だが、それに拘る必要がないのではと思い始める作品も出てくる。

例えば『異世界駅舎の喫茶店』、『信長のシェフ』などといったように、舞台を別の世界にしたもの

料理を食べる登場人物人間ではない『クミカミカク』など。

しかし、食べ物まで空想産物にした代表格は『ダンジョン飯』だろう。

RPGに登場しがちな空想の生き物を材料に、大真面目に調理工程が描かれるのである

以降も異世界架空の食物を扱った『幻想グルメ』や、妖怪材料にした『美味しい妖』などの作品が続いていく。

もはや食漫画は、舞台調理工程登場人物食べ物あらゆるもの多様化したのである

だが悪くいえば、ほぼ手垢まみれの状態となりつつある、ともいえる。



マンネリ

さて、そんな食漫画に、現在マンネリ感は漂っているか

結論からいえば「まだ気にする段階ではない」。

私みたいに食傷気味になっている人間ならまだしも、様々なジャンル漫画をそこそこ読んでいる人なら、一つのジャンルの隆盛などあまり意識しないだろうし、漫画自体をほどほどにしか読まない人なら尚更である

「こんなに食漫画があるんですよ」と挙げても、それらを全部読んでいる人なんてまずいないからだ。

そもそも現代漫画供給過多の状態なので、全体を見渡せば食漫画自体はそこまで多くはない。

ただ、私からいわせれば食漫画成熟の段階には入っていて、後は発酵するか腐敗するかじゃないかな。

……そういえば、『もやしもん』っていう醸す漫画もあったっけ。

ニューダンガンロンパV3ネタバレ無しで評価する

自分ブログを持っているわけでもないので雑記程度に。

ゲームとしてのダンガンロンパ最新作だったV3ですね。えー、やりました。もう結構某所とかで言われてるみたいなんですけど最初に私も同じこと言います

オチが酷い。

プロローグ、1章〜6章、エピローグといういつもの構成だったんですが正直申し上げますと5章終了ないし6章クロ当てまで進めたらそこでプレー辞めることを推奨します。それ以上進めると「それ以前のダンガンロンパシリーズ記憶」を破壊されますマジで。書き換える、のがわかりやすいかな〜ゲーム内容的にはな〜...

V3は新章で別だって言ってたじゃん!」との声、普通にあると思います。私もその情報が事前にあったのでアニメ3でぐちゃぐちゃになった世界とは別!と思い購入しました。"嘘"がテーマであることで物語がどのような発展をみせるのか気になりましたし。単純に偽証システムが見てみたかったのもありますが...

率直に言うと「世界観一新」は"嘘"ですね。ダンガンロンパチームの。だからといってシリーズ経験者にお薦めできるかというとNOですし、しか新規が入りやすいわけではなく踏みいれれば過去作のネタバレ価値不法投棄を目の前で行われることになります。端的に言ってお薦めできません。とある人物周りの伏線回収も現状ではずさんだったとしかいえないでしょう。

受け止めかたの問題だ!冷静になれば面白い!とかい意見に対しては、6章クロ当てからの一連の流れは製作からの悪意がふんだんに織り交ぜられているために絶望よりも不快感がこみあげてくるものになっていて、肝心の伝えたかったであろうテーマにまで泥を塗る結果になっていた、とだけ言っておきます。私個人としては様々な不可解な状況証拠から"黒幕台詞は多くが嘘"という結論に達したので全否定するつもりはありませんが、確実な真実への道程を作中で示さず全てをあやふやなままで終わらせた時点で世に出す作品として中の下だったということは変わらないと思います

では問題オチ以外、つまりプロローグ〜5章まではどうだったかといいますと、過去作に比類する出来だったのではないかと私は考えますトリックに一部引っかかりを覚える部分もないとは言い切れないのですが基本的破綻せず進行しているように感じました。キャラ描写は...その......勿体ないな〜と思わなくもないのですが通信簿があることを踏まえれば5章までは良作の部類だったかと。5章まではね...イヤほんと5章で終わっておまけ要素解放されてたら雑な神ゲー認定してたな......気に入ったキャラ結構いたし.........



いつまでもシナリオの話しててもしょうがないので学級裁判システム周りについての感想にいきたいと思います

まずは今までのコトダマ論破に「V論破/賛同」が追加されました。R長押しで精神集中すると色つき主張に「ウィークポイント」となる赤い点が浮かび、そこを上手く撃ち抜くとV論破達成となり、得点があがるという本作のアクション成分をアップさせる要素となっていますさらに直後の台詞等も少し変わる...らしいのですが2周めをまだしていないので詳しくはよくわかりません。

次に「コトダマの偽証」。△長押しで選択されていたコトダマを"反対の意味"のコトダマ(=ウソダマ)に変えることができる要素が追加されました。このウソダマを正解となる相手発言に撃ち込むことで「偽証」が成立し、停滞した議論開拓の道を示すことが可能となります。もちろんこれも「V偽証」することができます

ウソダマを使用するにはデメリットがあるものの正解に撃てば帳消しになるので、タイミングがわかれば気軽にでき適度に学級裁判を盛り上げてくれました。まぁだからといってそれでシナリオの大きなルート分岐もなければ事態の核心に迫れるわけでもないので勿体ない使い方してるなとは思いましたが......

議論スクラム」について。参加者内で意見が2つに割れ裁判の円滑な進行が阻害されたときに発生します。その時点での各キャラクター立ち位置意見が全てわかるうえ、相手意見パズルのように合致させまとめて論破できるので爽快感が強く、また台詞間の幅が主人公の味方側キャラへの名前呼びかけで無くなるためテンポが非常に良くなっており臨場感も味わえるというとても面白いものになっていました。過去作でも是非やってみたかったとまで思える要素だったので、ここは評価されていいと思います。ここだけでしか見れない横顔が綺麗に見れるのもポイント

パニック議論」に関してはノンストップ議論が3つ並行して行い時折大声で主張する人が現れ他を阻害してくるという、スタンダードながらも場の騒々しさが伝わってくるもの面白さがあったように思いますアクション難易度があがる場面なので、このときに上手くV論破が決まると達成感も得られました。

「発掘イマジネーション」は単なるモノリスなので割愛。あとは「ブレインドライブ」と「理論武装」ですが...どっちも微妙だったな、としか

ブレインドライブ」はレースゲームの時点でゲーム性は限られていましたが、スキルを取らないととにかく冗長なだけで単調でした。カジノ版みたいにアイテムが道端に落ちていればアリだったかもしれません。道路デザインネオン街は本編と何の繋がりもないけどお洒落で好きです。繋がりないけど。

理論武装」はリズムゲーにしては音に併せるとmissするという目押しゲーなのにもかかわらずその目押しゲージをお邪魔の隠しで潰してくるという割と意味不明ものでした。これもスキルをとればマシにはなるのですが、この要素の都合上裁判クライマックス付近で発生するものなので真相への疾走感の障害しかなっていなかったなぁと感じます

反論ショーダウン・真打」は正直なところ前作のほうがやりやすかったです。これもV斬りを狙えるのですが操作性の都合でとても難しくなっていました。


思いつく限りではこんなところでしょうか。あくまネタバレしなので詳細はありませんが感想としては以上になります。無論これは個人差があるのでこの意見が全て他の人にとって真実とは言えないはずですが、私のなかでは嘘ではないので、この日記に目をとめてくださったかたのひとつの目安になれればと思います

エレベーターで出るときに閉ボタン押すやつ

意味いからやめて

反応しなくて、結局時間かかる

あと、基本的トロいやつはボタンの前に立つな。

漫画ナウシカ独裁主義者理屈こねて尊大っぽくしただけのキャラ

終始、人の話を聞かない

自分判断が正しいと信じて疑わない

相手主義主張を一考して尊重するプロセス余地も持ち得てないので基本的自己完結型の非コミュニケーション人間

同じ作られた存在王蟲ファンから許すが新人類の卵は嫌いだから焼き殺すダブスタ典型

新人類の卵も、過去の人類が導き出した答えの1つであるにも関わらずその答えを全否定

人類が唯一生き残る方法かもしれない墓所個人的判断破壊する

例え墓所が騙すつもりだったとしても技術だけを盗めば済む話であって戦争勝利した時点でそこに交渉余地は十分あった

墓所批判しておきながら自分巨神兵ヒドラを騙して死ぬまで酷使したのに私って酷い子…で済ませる度胸

いくら戦争状態突入したとしても結末が敵国民の皆殺しという風の谷の蛮族さながらの着地点、子どもをあれだけ大量に焼き殺すヒロインは後にも先にもナウシカだけだろう

とにかくキレたら躊躇なく人を殺す

信者たちからは無条件で肯定される、唯一冷めた目で見れるのは自立してるユパ様だが触らぬ神に祟りなしで矯正する気なし、ユパ様のエロ同人は希少

主義主張が違うはずのブ王やクシャナでさえ認めてしまうほどのカリスマ性で、咎めるべき対立存在がいない、対立すると死ぬので認める話に強制的にされる

 

結果として描いてる宮崎駿でさえ「こいつ頭おかしいわ」と振り返るほどのキャラになって暴走のまま決着したラスト

独裁者であり破滅主義者でもあるナウシカが許されるのは全てカリスマ性のおかげ

精神性とやってること自体は兄王と大して変わりない

ナウシカという宗教を描いた本が漫画版風の谷のナウシカ

生命の尊さをテーマにしたらとてもこんな内容にはならない

そもそも自然であるべきというこの手の自然主義が陥りやすい「人間のやることは自然に含まないのか」というパラドックスを解消どころか問題視すらしていない

所詮ナウシカのいう自然に任せろという自然定義ナウシカの中にしかおらず、たまたまナウシカ絶対的カリスマによってそれが肯定されているに過ぎない

まあ、それをちゃんと処理したのがもののけ姫なのだ

から私はナウシカよりもののけ姫が好きだしもののけ姫ナウシカ扱いして悦に浸る馬鹿とは絶対に同じ釜の飯を食いたくない

超絶強いSJW自分色のポリコレ棒片手に敵をぶっ殺しまくった話

ナウシカに心酔してるものほど漫画版ナウシカを庇いたがる当たり、業は深い

ある意味さすおに

 

http://anond.hatelabo.jp/20170116235911

http://anond.hatelabo.jp/20170116234526

(1)部屋の中に気流が発生するエアコンと違って、ホコリが舞い上がらない

(2)洗濯もの干せる 靴下早いと5分で乾く。朝は最高

(3)着る前の服の温めができる。冬は最高

(4)肌が乾燥しない

(5)1と4のコンボ風邪をひきにくくなる

なによりも、部屋がなんとなくあったかいっていうのが最高。

エアコンと違って寒い場所と温かい場所が極端じゃないので、

仕事していても眠くなりにくい。

元増田基本的に使い方間違えている気がする。

低めの温度でできるだけ長くつけっぱなしにするのが正しい。

1~2時間の外出でも電源は落とさずつけっぱなし。

2017-01-16

Kindle以外を使う発想はないの?

電子書籍に関するエントリを見ていると、必ずKindleがどうこうってコメントがあるけど、そんなにみんなKindleばっかり使ってるの?

既存の紙の本は盛大にバカにするのに、Kindleバカにする発想まで出てこないの?

だってKindleって電子書籍の括りだと、明らかに使いにくい部類じゃん。ストアも使いづらいし、セールも分かりにくいし、アプリ内の書籍もまともに整頓してくれないし。

基本的日本企業サービスってバカにされがちだけど、電子書籍に関してはどう考えてもReaderだとかBookLiveだとか日本企業の方が使いやすいぞ。他の電子書籍を使う発想はないの?

なんでみんな紙の本を脱したのに、有名だからって明らかに使いにくいKindle思考停止しちゃってるのか。

もっと他も色々と試してみようよ。

自分ゲーム全般に疎い任天堂株ホルダー

周りにもゲーム好きな人間はあまりいない(と思う、話題にしないだけかもしれない)。

から任天堂ゲーム業界の中でどんなポジションにあるのかとかゲームユーザーからどういう評価を受けているかとか、

通り一遍情報以上のことは知らない。

ただ、はてな匿名任天堂について熱い書き込みをしている人が多いことを見ても社会的な関心度がとんでもなく高い会社

であることは分かるし、「社会的な関心度がとんでもなく高い会社だとみんなが思っている」会社なのは確かなので株の売買はしている。

短いスパンで傾いたりしない(であろう)会社の中ではボラティの高さは捨て難いものがあるし、何かきっかけがあった時の

瞬発力から株式投資というか投機面白さを味わえる。

ただ、基本的現物のみ。

信用で目一杯とかさら二階建てとかは考えただけで恐ろしくて無理。

このへんが素人たる由縁なんだろうな。

我ながら興味深い夢を見た

疲れて布団に入ったものの、仕事の考え事や家族生活音でなかなか寝付けなかったときのことだ。

少しずつ現実と夢の境が曖昧になり始めた頃の出来事だった。



突然現れた見ず知らずの人間から語りかけられることがあった。

それは眠りにつく直前まで考え事をしていた内容で、ある種その解答とも言えるものだった。

しかしそれが他人から語りかけられたことによって、目から鱗が落ちるような感動がありつつも素直には納得ができずに、同時に懐疑的に構える自分自覚した。

ところが、その直後、家族生活音によってわたしは突然夢から現実に引き戻されてしまった。



そこでおかし感覚に襲われた。

先程他人から語りかけられた考え事に対する解答とも言える内容は、眠りに落ちる直前にまさに自分が思いついたものだということを思い出したのだ。

しかし、それが夢の中では眠りに落ちると同時に自分が思いついたという記憶はすっかり忘れ去られていた。

その上で、それが突然他人によって語られた情報として自らに届けられることになったのだ。

たまたまその直後に現実に引き戻されたおかげで、偶然自らが思いついたことだという記憶を取り戻すことができたが、もしこのまま夢を見続けていれば、その情報は夢の中の第三者から与えられた情報として自らの記憶に定着していたことだろう。



一種の恐怖とも思える事柄だが、それ以上に興味深いものでもあった。

基本的人間は、自らが思いついた考えに甘い。

そこには発見した喜びがついて回ってしまうからだ。

しかし、他人意見に厳しいのもまた人間である

例え素晴らしいと言える考えだったとしても、ひとまず疑ってかかるのが性というものだ。

その証拠に、腕の立つセールスマン宗教家が答えを口にせず、そこに辿り着くしか無い情報だけを提供して自らが答えに辿り着いたと誤解させることで、巧みに人々を操ることはよく知られていることだ。

自らの発見ポジティブでなくては行動ができなくなってしまうのも、他社の発見に対して素直に従えないのも、生存目的とした生物宿命と言ってもいいだろう。



よく夢は思考を整理するためのものだと言われている。

もしその前提が正しいとするのであれば、この仕組みは実に理にかなっているものかも知れない。

顕在意識の中で発見してしまったものは、記憶が明確である以上、自らの発見であることを否定することは困難である

しかし、そもそも記憶曖昧潜在意識の中で発見したものであれば、自らが発見したという記憶を、仮想第三者発見した情報だと書き換えることはそれほど難しいことではないだろう。

そうしてその情報が、例え仮想であっても第三者から届けられるということで、自らが思いついたときよりも冷静に吟味することが可能になっているのだ。

こうした機能を持つ生物と持たない生物とがいて、どちらが生存に適しているかは言うまでもないことである



そこまで考えて、この出来事を掘り下げていけば人工知能に夢を見させることが可能ではないかという仮定に行き着いた。

そもそも人工知能に夢を見せる必要があるかという疑問があるのは確かだが、しかし、情報を自らの発見第三者から発見とで受け取り方を変えるとした上で、さらに自らの発見の一部を第三者から情報として吟味し直すことができれば、より人間的な思考に近づいたと言えるだろう。

それが人工知能として優れているかどうかは別として、生物的な人工知能としてはリアルものと言えるのではないか

人工知能電気羊の夢を見る日も、もうそう遠くないのかもしれない。

転載で設けてるようなまとめブログに比べれば、きちんと自分文章をある程度の長さ書いてるブログ

収益を得るのは別にかまわないと思うんだよな。

勿論ブログ文章は良質だけどSNSでの言動問題とか、

ブログ以外の要素を考慮したらアレな人もいるかもしれないけど、まあ基本的にはって意味で。

http://anond.hatelabo.jp/20170115141527

なんであんなわかりやすい嘘つくんだろう。

基本的に悪質な事件しか殺人未遂なんて必ず報道される。でないと報道存在意義がないから。

欠格事由についても知らないとか、受験する人間が知らないわけないし、刑務官が教えるはずたが…。

[] #12-4「自由大国

テーマ曲:「麻薬アブナイ

歌:ウサク、マスダ、タイナイ 作詞作曲:ウサク



麻薬アブナイぜ 体に良くない

色々あるし 医療とかで使うケースもある

けど一般人は 気にしなくていいよ

基本的アブナイって 認識で構わないよ



ヘロイン! コカイン

ランニングそれともチャリで行く?

マリファナ! シャブ! クラック

チキンもしくはターキー

コーラポテト ナゲットご一緒に!?

ガールフレンドラブラブかい

やばいやばいよ ヤーバー



色々あるけど 覚える必要ないよ

麻薬アブナイ それで十分だろ?

依存性とか毒性とか メチャクチャすごい

麻薬アブナイ 何がそんなに難しいの?

ガキでも分かることだぜ

麻薬アブナイ それでも使う人がいるの

麻薬があるから 麻薬から

ならば撲滅しようぜ 使った人間もろとも

麻薬アブナイぜ 麻薬アブナイぜ……




……

出し物のムービーが終わった。

その後、何とも言えない空気が観客席全体から漂うのをひしひしと感じる。

実際、何とも言えない出来なのである

有り体に言えばドン引きである

だが、監督のウサクだけは満足そうなのが余計にツラい。

「なあ、マスダ。このウサクって奴に監督やらせるのは失敗だったんじゃ……」

オサカが俺に耳打ちしてくる。

「……まあ、いいんじゃないか」

俺も制作に関わっている以上、こう返すのが精一杯だった。

いくらなんでもメッセージ性が露骨過ぎる。どこぞの公共団体が作っても、もう少しマシな演出するよ」

それをウサクじゃなく俺に言うのは、きっと言ってもロクなことにならないことを作風から感じ取ったからだろう。

「あとプロットが歪なことになっているじゃないかあんな人々に悪影響を及ぼして、しか依存性の強いものが当たり前に普及しているってどーいう設定だよ。しかも、それがロクに規制禁止もされていないって、どんな国だよ」

「まあ……フィクションから

フィクションなのに、あんな実際にあったみたいなノリで描写されていて、そこに社会的メッセージまで露骨にするってのが姑息なんだよ、あと……」

その後もオサカはしばらくこの調子だった。

とりあえず俺たちが学んだのは、ウサクに好き勝手映画を作らせるのは麻薬並に危ないということだった。

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115205657

からの人です。

相手を「カス」と罵ったあとに、後出し的に議論をふっかけた風にしても

そりゃあ議論にならないと思いますよ。

そもそも、「居留守の失敗で、親は何の責任を取るのか?」という基本的なところが擦り合ってないと

推測されます。取るべき責任存在し、それは○○である、が無いのですから

ええと、スルー結構です。

FGOをやりながらTwitterをやっていて思った話

 私は12月の魔神柱へし折り祭りとマシュ以外レベル1で攻略を見て、今まで初めていなかったが勢いに任せて初めた所FGOにハマったオタクです。

 プレイしていると男女共に個性豊かなサーヴァントがいる上に、レアリティが高かろうが低かろうが運用次第で強いというシステムに惹かれ、どちらかと言えば低レア鯖メイン遊んでいます。(イベントが来ないので素材がないだけだが)

 基本的Twitterを見ながらのんびりプレイし、フレンドの力も借りて現在は6章まで攻略できました。



 ただ、Twitterを見ながら一つ気がかりなツイートを見つけて、一晩経っても落ち着きがないぐらいにキレしまいました。

 流石に晒しませんが、要約すると

 「6章攻略にはエウリュアレの育成が必須しかわいいから育てておけ。そしてエウリュアレでシコれ」

 というツイートでした。

 たかだが一個人ツイートにキレる自分の器も無いに等しいんですが、ただ「シコれるよ」ではなく「シコれ」と命令するようなツイートであったがために、「FGOをプレイしている人間は全員女性鯖を性の対象として見ていて当然のような言い方のツイートは本当にやめてほしい」「オタク所詮男尊女卑が激しい差別主義者じゃん」というような感情に襲われてしまい、その時だいぶ不機嫌になっていました。

 はっきり言ってまなざし村案件だと思います。ただ、この日記を見た人が、もう少し「シコれ」という命令形ではなく「シコ『れる』よ」というような、命令じゃないニュアンスで推し鯖を勧めた方が、受け取る方も不快に思わないということを少しで考えてくだされば幸いだなと思いました。



 みんなかわいいサーヴァントでいっぱいシコっていいんだぞ!ただその価値観他人押し付けないでくれよな!ブーメラン投げまくりまなざし村オタクとの約束だ!

http://anond.hatelabo.jp/20170115021042

会ってる時なら相手や周囲の状況を観察して使える情報は全て使うことです。


例えば2人で狭い個室に入った時は、個室をいじります

オレ「ここオレの部屋よりだいぶ広いわ!オレの部屋1畳くらいやからw立ちながら寝てるねんw」

女の子絶対ウソでしょw」

オレ「バレた・・・?wちなみに◯◯ちゃんの部屋はここより広いん?w」

女の子「広いに決まってるじゃんwで、オレ君の家は本当はどれくらいの広さなの?」

と会話が弾んでいきます

これでしばらく部屋の話で持ちますよね。

「築何年くらい?」とか「どんな人住んでるん?」とか「引っ越してどれくらい?」とか。


体面で飯食ってる時なら、出された飯をいじっても良いし、お店の内装のこといじってもいい。

それから相手メイク髪型・着ている服についてもどんどんいじっていいです。


あとは適当に「あれ?前より痩せた?」と言ってもいいです。

例え、前より太ってたとしても「前より痩せた?」と言われると嫌な気はしないので。


初めて会う人なら「前より7倍可愛くなってるやんw」とボケてもいいです。

こういうしょうもないボケとか適当ウソとかも有効です。


基本的には相手女の子や周囲の情報をいち早く察知してそれにツッコんだり、

いじったりしていくことで自然な会話が生まれていきます

デート中は頭をフル回転させてください。観察力が大事です。

by増田

http://anond.hatelabo.jp/20170115065511

いじめっ子自分立場が悪くなったり、逆襲を受けるとすぐ教師や親にウソの報告をする。クレーマー気質と同じである

反対に、いじめられっ子はいじめを受けているという自分のみじめな状況を教師や親に報告したがらない。または何もされていないとウソを言う

大人は黙っている者より報告してくる側を信用するからいじめる側は常に有利である

いじめられっ子の内向性が一層彼らを不利な立場へ追いやる。だから基本的いじめられっ子自助努力を求めるのは見当違いであ

凶悪』って映画を見たんだけど・・・

日本映画って基本的には見ないんだ。

日本映画って申し訳ないけど駄作しか思えない映画が多くて。主観からしゃーないですけど。

何が駄作かって言うと、やっぱり基本的に儲からいからか、ホント申し訳ないけど優秀な映画人が集まらないってことなんじゃないかなと思う。

全体的に雑と言うか、緻密に作られてないって言うか、もちろん予算も少ないんだろうけど、見てて楽しむより疲れることのほうが多い。

どうしても役者台詞・演技に頼り過ぎのところがあって、絵で見せようとしない。

じゃぁハリウッドならいいかって言うとそうでもないんですけど、期待値としては海外作品のほうが高くなります

昨年は『シン・ゴジラ』や『この世界の片隅に』などはありましたが。

 

で、『凶悪』。

ノンフィクション小説が元の映画で、実際に起きた事件に基づく映画なんですけど、酷い凶悪事件日本でも結構あって有名どころでは「北九州一家監禁殺人事件」(※こいつはあまりに酷すぎて流石に映像化は無理だろう。読んでないけど「闇金ウシジマくん」で書かれたようですがかなり評判が悪かったらしいですね)、『冷たい熱帯魚』の元になった「埼玉愛犬家連続殺人事件」、えーっとあんまり詳しくないので他はググって貰うとしても、とにかく昔からこうした胸糞悪くなるような凶悪事件ってけっこうあります

古くは『復讐するは我にあり』など、凶悪事件映画の題材にするって言うのは一つの定番みたいなもので、ショッキングから映画会社もそこそこ売れると思ったりするからなんでしょうかね。

でも、映画はやっぱり映画なんですよ。リリー・フランキーさんやピエール瀧さんの演技は、まぁそれはそれで特に悪くはない。ピエール瀧さんは相変わらずちょっと滑舌がよくないけど雰囲気は悪くないし、リリー・フランキーさんのへらへらした薄気味悪さみたいなのもそれはそれでいい。山田孝之さんは・・・普通かな。

それはそれとしても、見ててイライラしてきます脚本なのか演出なのか、作り方に日本映画の下手さがあちこちに見られるので。

例えば、記者山田孝之が現地取材に行って地元の人に取材するシーンがありますが、どうしてあんなに地元の人がすぐにすんなり喋るんだ?とかね。

まり意味のない撮影編集部分もいっぱいあります。全体を通してきちっと組み立てられてない感満載なんですよ。て言うかなんかやっぱり下手だな、と。

正直、だらだらと長すぎて、途中で何度か見るの止めようと思いました。動画時間を示すバーを見て「え~?まだ半分しか終わってないの?」みたいな。

 

以前にホッテントリ入りしたブログで『凶悪』が取り上げられてて結構いい評価されてましたが、ブログから広告クリック狙いもあったのかもしれませんけど、とてもじゃないがいい評価は上げられないな、と。

見ないで日本映画批判する、ってのも良くないのかなぁと思ってたまに確認意味で見てみようって気になるんですが、やっぱ駄目ですね。もうちょっと色々見てみようと思ってますけど。

レトルト食品

カレー:基本的に外さない。種類多い。飽きやす

ビーフシチュー:カレーに似てるけど違う。ハズレは粉っぽい

牛丼:くず肉みたいな牛肉申し訳程度の玉ねぎ。汁がメイン

豚丼:牛丼とほぼ同じ。少し肉が多い

親子丼:レトルト食品界で唯一ハズレしか存在しない食べ物。見た目も気持ち悪い

http://anond.hatelabo.jp/20170114220313

セックス基本的男性による女性への加害である」という思想なのか…。「全てのセックス男性による女性へのレイプである」みたいな。こういうのラディカルフミニズムって言うんだっけ?

http://anond.hatelabo.jp/20170114082858

俺も田舎出身からわかる。女子高生を食いまくってた時期の車はセルシオだった。

今みたいにSNS必死に回転率を上げなくても駅前ショッピングモールに行けば簡単出会えたし食えた。

田舎女子高生普段マックほとんどだから、飯はチェーンじゃない店に連れて行くだけで

テンション上がってくれたかコストは低かったな。

こんな子が!?ってくらい清楚な子も食えたのは良い思い出。



セルシオ=悪い

っていうイメージのおかげで少し優しくするだけでセルシオとのギャップ簡単に食いまくることができたかヤンキー達には感謝してた。

おっかない奴らも多かったけど基本的には同じ目的から邪魔しない限り絡まれることはないし

フレンドリーに喋りかけてくるヤンキーもいて割と楽しかったな。



今はSNSも見張られてるし動きにくいみたいだから女子高生狙いはかわいそうだな。

なんなら、そんなに低くない確率もっと下まで食えたから今の奴らには夢のようなはなしだろうな



今は家族もできてハリアー乗りだけど同窓会帰省してセルシオを見かけると思い出す。

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