「無気力」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 無気力とは

2017-03-25

私は無気力オンスジュール

最近自分の事を世間に公開することに何のためらいもない。

個人情報晒すことに警戒がなくなった。

本名ツイッターに載せてるし、

LinkedIn大学からの経歴を出してるし、

飯の写真はインスタに貼ってるし、

自分の主張はライブドアブログに書いてるし、

ツイッターと紐付いてるはてブでは言いたい放題言ってるし。



以前は本名を出すなんて考えられなかった。

出したらネットの怖い人におもちゃにされ特定され自宅凸されると思ってた。

今の世の中、それは大して変わってないのかもしれない。

でも今の自分はそのような想像力が働かない。

働かせようとしない。

「みんな自分のように無頓着だろう?そうだろう?」

と楽観的に思って思考停止してる。

エゴサーチをする気力もないし、他人のなんて論外だ。




・・・と、自分のようなことを言う人は大体、

「(エゴサーチなど)そんな暇なことしてられないね。」

と言うのだろう。

そうなのか、それらの懸念はヒマな事で、私はヒマがないのか、と自問する。

そうだ。

確かにそうなのだ

自分にはヒマがないのだ。

時間はあるけどヒマはない。

自分無気力なのだ

無気力はヒマじゃない。

ヒマというのは気力が余って、でもやることが無い事を言う。

気力が無くてやる事が無いのはプラマイゼロだ。

予定通りだ。オンスケだ。



私は予定をむやみに追加しない。

私は無気力で忙しい。

2017-03-23

きな子がいると感情の起伏が激しくなりすぎて無気力になってしまう、どうしょうもない人間です

2017-03-19

週末は寝不足

休みの前日は夜更かししてしまう。

翌朝早く起きる必要がないのだから

休みの朝は早く目が覚めてしまう。

早く起きないと一日が勿体無いから。

結果、私の週末はいつも寝不足だ。

ぼんやりふわふわと何をするでもなく無気力に一日を過ごし、

夕方ニュースを見ながら後悔をする。

あぁ、週末をなんと無駄に過ごしたのだろう。

この後悔は一週間ぐずぐずと残り続け、

次の週末こそは無駄にすまいと

休みの前日は有意義に過ごそうと

そしてまた夜更かしをしてしまい、

翌朝は早く目が覚めるのだ。

この悪循環から抜け出し、

心身ともに健やかな週末を

いつか私は過ごしたいと

から願う。

(さっさと寝ろ)

2017-03-18

憎悪エネルギーにして生きている

最近自己反省が出来なくなってきた。人のせいにして恨んでばかりだ。

しか自分の不幸は自分のせいだと気づくと絶望無気力で生きていけない。

から本来自分のせいであることまで憎悪が膨れ上がってる。

恨むと、一応無気力にはならない。

自分を変えようとしているのだけど、誰かを見返したいとかは思わない。その代わりもう少しマシな人間になったら、昔の知り合いや親がいないところに行きたい。

ああ、人生やり直したいなぁ。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170315234045

俺も無気力感・脱力現象は随分続いてていろいろ調べたから書くよ

 

もちろん一番疑わしいのは非定型うつだと思う

精神的なものを伴わない神経系のものもあるらしい

(ただ個人的には鬱じゃないんじゃないかと思う)

ストレス自分にかかってるかどうかは、チェックリストネットに落ちてる

http://jiritsuguide.com/about/stress_check.html

 

うつじゃなければ自律神経失調症だけど

これは結果であって原因ではないから、原因が他にある

 

自律神経失調症の原因も難しいんだけど

胃腸からくるホルモンバランスの乱れ

低血糖症からくるもの

肩こりなど、神経の圧迫から来るもの

・他の病気からくるもの

などなど

 

一番懸念されるのが「他の病気からきてる」ってやつ

いきなり重いのが来てるから、有り得るかもしれない

心療内科じゃなくて総合病院か、内科で精密な検査してみてはどうだろう

 

といっても、それすらダルいってのもわかる

病院行く気力すら無いなら、身内に相談してみるといい

他人強制力がないとできないこともある

俺は身近に身内がいないから、無理やり病院の予約をするようにしてる

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301132646

スタジアムによって違いってある?

ピッチサイズはほぼじゃなくすべて同じ。芝生によってプレー状況はかなり変わる。

あとはピッチと観客席の距離なんかもプレーに影響すると言う選手もいる。




■国(リーグ)によって違いってある?

審判によって違いってある?

ルール基本的には世界で一緒。ただ、どういうサッカーが好まれるかは国によってかなり変わる。

ファウル基準なんかも違うみたいよ。まぁこれは人間判断するもんだしね。

日本代表コンタクトプレーに弱いかJリーグファウル基準を変えようなんてのは毎年出てる議論



アンリトン・ルールってある?

世界中でやってる競技から野球に比べると文脈を読むような場面は少ないと思うよ

でもそれは自分が知らないだけであるのかも。



最後5分位の時間稼ぎってどう思う?

去年の日本シリーズジャクソンだったけ?大谷敬遠したときとか、どう思った?

もしくは次投げなきゃいけないピッチャーが打席に回ってきたとき無気力打席するのと同じじゃね?

甲子園で全打席敬遠されたのは松井だったっけ?どう思った?

勝負しろよと思う人もいるだろうし、それこそが勝負だと思う人もいる。ひとつのプレーでも見方が変わるし

優勝のかかった試合消化試合かとか、シチュエーションでも変わるよな。

ただそれだけのことで、そもそもサッカーに限らないよそういうシーンって。

時間稼ぎが成功することもあるし、非難されることもあるし勝負として立派と思う人だっているし

相手のブーイングに耐えかねて時間稼ぎ失敗して逆転された試合だってあったりするよ。

煽るつもりはないってどういう意味で使ってる?本当に野球好きなの?っていうかスポーツ好きかどうかも怪しいけど。

2017-02-28

戦う気力で鬱が楽になった

何かすごい正体がない話っていうか、適当な話かも知れないというか、まだまだやり始めて日が浅いか一時的ものかも知れないって前提で。

自分子供が欲しかった。能力的にも収入的にも問題は無かった。

奥さんが、子供大嫌いで、子供持ちたくない人だった。

何度も話し合ったがダメだった。妊娠した時に発狂して、話し合ったけど、とても子育てが出来る状態とは思えず、仕方なしに堕ろすことを止められなかった。

それが、10年後になって、鬱になって現れた。

離婚すりゃいいかも知れない。

こんな自分の子供がほしいと、同じような境遇女性が言ってくれている。だけど、お互いもういい年齢だ。更に俺はどこに行くにも便利な所に建ってる家がある。近所に商店街があって、安くて美味しい飯が毎日食べられる。

これを手放すのは難しい。

で。

何で鬱になってるんだろうと思った。先祖全ての努力無駄にしてしまう事、自分子供を産まないばかりに、今までずっと家を継いできた方々の努力を無にする事。そういった事に申し訳が立たないという思いがまずあった。そして、責められている自覚が合った。

実家には何も言われていない。先祖の霊的なものだ。まぁ実際に霊が見えてるわけじゃなく、そう感じてたという話だ。

子供が欲しかった。でも、もうこの年齢じゃ、ダメだ。鬱も発症してるし。

で。

先祖の霊と戦う事にした。

お前らが俺をいじめから、生きる気力が無くなった。このままじゃ魂が死ぬ。俺が無気力になったら離婚どころじゃねぇよ。奥さんからは俺から離れる事は絶対にない。財政的にも無理だし、彼女にとって実家は敵だし、もう体を売るには若くない。

から、俺はもう、子供を産むのは無理なんだ。

奥さんが突然死でもして、家の事がすんなりまとまって、次の職場が今よりいいところでも無ければ無理だ。

で、奥さんが死んだら、今の鬱の俺はもう耐えきれないよ。

俺を無気力にしやがって。先祖の連中は何も判ってねぇ。田舎特有の苛めってやつか。だから、おれは声を荒げて言った(頭の中で)。もう無理なんだよ、まぁあるかも知れないが、少なくともお前らが俺を苛めて確率下げてるんだって。で、俺がもうダメになったら、もう、完全に無理だぞと言ってやった。

そしたら、大分心が楽になった。

正体不明守護霊にぶちかましてやったらすっきりした。消えてた性欲も復活した。何より心の中にある闇が大分取れた。

まぁ同じような境遇の人が果たしているのかと思うが、鬱の解消の一例として挙げておく。見えないプレッシャーがあるなら、何かの人格が有るかのように扱い、その振る舞いを責めるって事。霊を信じろとかそういう意味ではない。

私はオタク燃えカス

何かに夢中になれる人がうらやましい。

私は見た目だけで言えば、オタクである

太っていて、オシャレに興味がなく、漫画アニメなどのインドア趣味を好んでいる。

しかし、コミケに参加したことも、同人誌を買ったこともない。アニメのグッズを買うこともない。

オタクは何かに熱中するものである。私のようなにわかオタクを名乗ってはいけないように感じる。

からオタク友達もできない。

何かのために必死に働いてそのお金趣味に注ぎ、そこで出会った友達と楽しんでいる人がとてもうらやましい。

しかし、働くことの苦痛がそれを上回ってしまう。コミュ症を極めている。

リア充にもオタクにもなれない。私はオタク燃えカスだと常に感じている。

からも愛されず、なんのために生きているのかわからない。

寝ていることが一番の幸せだ。こんな自分を変えなければいけないと常に思っているけれど、行動に移すという努力すら面倒だ。

なぜみんなは何かに夢中になることができるのか。そのために頑張ることができるのか。

私が思っているだけで、夢中になっている訳ではないのだろうか。

4月から社会人だ。趣味も何もない、けれど今よりストレスは確実に増すのだろう。どうやって乗り切ればいいのか分からない。

こんな無気力人間明日には死んでいるのかもしれない。

2017-02-26

無気力

私は女である

家庭環境は最悪だった。

過保護干渉の母、それに嫉妬暴力を振るう兄、もう片方の親は文字にしたくないので存在しないこととする。

家はプライベート空間がないほどの狭さ。

母の言いなりに生きるしかなく、しかし何一つ成功したことがない。

学生時代はすべて暗黒。


今はインターネットで何でも情報がある時代、自立も自律もしやすい世の中だと思う。

最近若い子は知識量が多く尊敬する。


こんな環境で生きてきた私は、もちろん無気力である

なんとかアルバイトから始めたフルタイム仕事は、配属先の部署がなくなった。

転職した先では経営難リストラに。

彼氏いたこともあったが、

同棲したい、結婚したいと言われるものの何も動かず、することといえばセックスだけ。

それが2連続


関わるものまで全て無気力なのである

この世の中は無気力だ。

現在は幸いにも転職できたが、

休日業務内容があまりにも想像と違い、すでに辞めるつもりだ。

無気力なりにもやりがいが欲しいのだ。

独身無職やりたいことなし、

無気力なのに将来が大変不安なのである

無気力でも楽しいと思えるのはこのインターネットに触れている時間だ。

からこそこんな日記も書いている。

インターネットに関する仕事を何か始めたら気力の塊になるかもしれないとまで思い始めてる。

私自身を、「無気力」をコンテンツにするのだ。

無気力なりにお金は欲しいし楽しく仕事がしたい。

なんとそう思い始めた。

社会に触れてから多少なりとも考えは変わるものだ。

私は女である前に無気力だと思っていた。

何もしたくないのは変わらないが、

私はもう無気力ではないのかもしれない。

この世の中の方が無気力だと感じる。

2017-02-18

就職して2年

就職してもうすぐ2年になる。特にやりたいことがなくなってしまった。

人生でやりたいことがないというのは学生の頃からずっとそうだったのだけれど、数年前まではふらっとどこかに出かけてみようとか、イベントに参加してみようという若さがあった気がする。今から考えれば、そこそこ充実していたような気もする。

今はとにかく気力がない。週に1度人と話さない日を作らないと精神的に持たないので、だいたい土曜日無気力に過ごし、日曜日は食料の買い出しに行ったところで1日が終わる。同期は映画を見に行ったりフットサルをしたり、なんだかんだ充実した日々を送っているらしいが、平日生きるので精一杯なのに休日まで楽しむ余力はない。

しかも週末にも会社からの呼び出しはしょっちゅうあるから、遠くに行くにも行けない。会社の人から会社から10km以上離れるなと言われたことがある。冗談のつもりだったんだろうが、新米は真に受けるしかいからできるだけ外出しないようにしている。

誰かに何かを誘われたときにだけ遊びに行ったりしてみるけど、そこでもコミュニケーションが発生するので休んだ気にはなれない。結局帰ってからぐったりしている。


学生時代人生ピークだったというより、学生時代人生が終わってしまったような感覚が、今はしている。

2017-02-17

DV被害者がなかなか別れられない理由

昨日、結婚して初めて夫に殴られた。

かなりボコボコにやられた。

息子に八つ当たりしたのを強くなじったからだ。

頭に何ヶ所かこぶができてたし、顔も腫れと青あざや擦り傷がひどかったか今日病院に行ってきた。

レントゲンを撮られて、頸椎と顎関節の損傷、と言われた。

え、見た目こんななのに骨の診断?って思った。

警察通報はした?と医者に聞かれた。

あ、これ通報するようなことなんだ、って思った。

友達とか知り合いのDVの話を聞いて、なんで別れないの?意味不明なんですけど、と思ってだけど、いまその状況すっごいわかる。

人って痛めつけられると無気力になるんだな。

今日はぼーっとしながら家事仕事普段通りこなして、それ以外のことは何も考えられなかった。

次やられてもっと無気力になる前に、別れようかな。

一度暴力ふるわれたくらいで別れるのって異常?

子供、私だけの収入で育てられるかな。

夫はさっき帰ってきて何事もなかったようにテレビみてる。

2017-02-12

1度うつ病になってしまったら最後、この先の人生ほぼまともには生きられないと思った方がいい。



かねてからうつ病現代病と言われ続けた結果、数十年前よりも病気として認知されつつある。

病気として認知されてきた結果、国にはうつ病患者サポートする制度ができた。

うつ病患者を専門とする精神科医も多く出来た。うつに効く薬も年々良くなっている。

企業うつ病患者に対する休職制度復職体制も整えられつつある。

だが社会うつ病には厳しく出来ている。それが現実だ。

いくら世間認知されようが、いくら制度があろうが、結局建前でしかないのだ。



企業から見れば、うつ病に対する制度いくらあったところで、金を稼げない人間をずっと飼っておく余裕はあるだろうか?

たとえ復職できたとしても、休職前より金を稼げず、いつまた潰れるかわからない人間を世話していくほど体力はあるだろうか?

そういう人間休職前と同じだけの金を払い続けたいと、果たして企業は考えるだろうか?

結局企業は金が全てだ。置いておくだけで赤字になるような金にならない人間人情で構ってくれるほど企業は暇ではない。



制度医療に助けを求めるとしても、それらは本当に面倒を見続けてくれるという保障はあるのか?

確かに国の制度存在する。精神科医も増えている。

だがその手のものを利用できるのはある程度の金と立場必要だ。

そもそも立場が弱く金も無い人間にはそういう制度すら受けられない。

制度自体永遠に使える物ではない。制度を利用できる期限は決まっているし、制度自体打ち切りになる可能性もあり得る。

精神科医も金が払えなければそれまでだ。いくら助けて欲しかったとしても、金がなければ助けてくれない。

残念ながら社会はそうできている。



他の人間が助けてくれるかもしれない、そう考えるのは自由だが、果たしてそういう人間はいるだろうか?

家族なら話は多少は別だが、いつまでも無気力である人間を、人を信頼できなくなっている人間を、簡単に癇癪を起こす人間を、助けられているという意識だけで拒否感を起こす人間を、数ヶ月、数年、あるいは数十年単位で支えてくれる人間は本当にいるだろうか?

うつ病患者サポートしたい、そういう人情味にあふれた財力もある人間も中にはいるだろう。

ただそういう人間がどれぐらいいる?砂の中から針を探すようなものだ、そういう希望にすがるのはあきらめたほうがいい。



この現代社会においてうつ病になるということは、社会不適合者の烙印を押されるのと同義だ。

社会うつ病患者に対して寛容ではないようにできている。うつ病になったらその時点で負け組なのだ

残念ながらそれが現実だ。その現実を認めるしかないのだ。

もう2度とうつ病になる前のように仕事はできない。もう2度とうつ病になる前のように金は稼げない。それを認めろ。

どうあがいても世界はそうできている。



この文章を見て憤りを覚えた休職中の貴方、怒れる元気があるうちに転職先を探した方がいい。復職するよりそれが現実的だ。

この文章を見て絶望を覚えた休職中の貴方、その思いを抱えたまま今すぐ布団に潜れ。そして目が覚めたら世界が変わっていることを祈りながら寝ろ。

2017-02-06

学生には時間が無い、今しかない

大人になったら数年単位投資ができるかもしれない。

だけど学生はどうだ。

若いからこその時間密度

来年すら永遠のごとく遠い。

今この瞬間しかない。この瞬間に結果を出さないと意味が無い。将来への道を描けない。

なのに周囲の大人に将来のことを相談しても大学の事しか興味が無い。その後は大学でじっくり考えろと言われる。

今この瞬間しかないのに、今この瞬間いやりたいことの大半が否定される。

いつしかそのまま、今この瞬間に何もできないまま未来を見つめるだけの大人になり、

いつまでもやってこないいつかのために今日我慢し続ける。

非常に無気力だ。

2017-02-03

左遷先で狂い咲いてる人がいる

職場左遷されてやってきたおっさんがいる。便宜上増田さんとよぶ。

増田さんはすごく素敵な人で、増田さんのことを考えると、はればれと自由気持ちになる。

今日はなんだか自分にはなんの価値もないような気分になっているので、必死増田さんのことを考えている。



さっきも書いたけど、増田さんは左遷されてやってきたおっさんだ。

かつては現場最前線バリバリやってたらしい。けど私は知らない。

私が知ってる増田さんはすでに、文房具の補充とかしているおっさんだった。



増田さんは毎日オーバーオールで出勤する。

理由はわからない。

でも増田さんの席はなぜかけっこう偉い人の近くにあって

高そうなオーダーメイドスーツ部長

ルブタンハイヒールがお似合いの女性部長と同じ空間

オーバーオール増田さんが座って仕事してると

偉い人のほうがギャグに見えるので、ちょっとのしい。



増田さんは優しい。

たとえばこんなことがあった。

私がちょっとやらかししまって、オーダーメイド部長に報告しなきゃいけないとき

ミスっちゃいまして…報告用紙どこでしょう」と増田さんに聞いたら

「だいじょうぶ。私が一緒に謝りにいきましょう」と言うのである

増田さんが一緒に来てくれても何も大丈夫じゃない。

でも増田さんはマジで一緒に来てくれて、うしろで「はい、がんばって!」とか応援してくれた。

部長は「お、おう」となっていた。




最近気がついたのだが、業務的な共有事項が貼り出される掲示板

増田さんはひっそり壁新聞を貼っている。

その掲示板ほとんど誰も見てないんだけど、

増田さんはそこに日々感じたよしなしごとを連載しているのだ。

あれは増田さんの掲示板だった。そう気づいてから毎日チェックを欠かさない。



そんな増田さんだけど、左遷が決まってから1ヶ月は無気力のものだった。

死んだ魚の眼をしてデスクトップを見ていた。

今までずっと遅く帰ってたから家に帰っても何をすればいいかからない。

暗い部屋でもひとりでぼんやりデスクトップを見ていた。




……みたいな増田さんをときどき想像することがある。

本当はどうだったのか知らないけど。

辞令を聞いて増田さんはどんな気持ちだったんだろう。




50近くにして閑職につかされて、掲示板コラムを連載したりしている増田さんは

もうどう見ても最高に負けてる。


でも同時に、増田さんは無敵だなあと思う。

みんなが必死に落ちないようにしているところに落とされ、

置かれた場所で狂い咲いている増田さんは、無敵だ。

増田さんを落とした人の視界に、狂い咲いている増田さんが入ることは

きっともうないんだろうけど、

増田さんはもはや別フィールドで戦いはじめてしまっているから、

この職場の誰も増田さんに勝つことはできない。

増田さんがいるから、私は来週もきっとやっていける。

どうか良い週末を。

二十歳で死ぬと思っていた

自分寿命は二十年」という漠然とした確信が昔からあった。

体は丈夫だったから、病死ではないだろうと思っていた。

嫌なこともたくさんあったが自分死ぬのは怖かったし痛いのは嫌だから自殺でもないと思っていた。

ただ、フッと自然に消えるように死ぬと思っていた。



僕は今三十二歳だ。

まり、二十歳になっても死ななかった。



なぜ二十歳で死ぬと思っていたのか、今となってはよく分からない。



二十歳で死ぬと思っていたから、適当に生きてきた。

落第しない程度に勉強をし、親に迷惑はかけないように生きてきた。

どうせもうすぐ死ぬんだから、何かをやろうという意欲もなかった。

下種な話だが、男女間で行われるいろいろのことは、死ぬときに後悔がないように全部やった。



もう十年前以上になるが、今でも鮮明に覚えている。

十九歳の最後の一日、深夜十一時五十分、家の屋根の上に上がって寝転がって星を眺めた。

そうしているうちに、あと一分で二十歳になろうとしていた。

怖くはなかった。僕は静かに目を閉じてその瞬間を待った。





ん?

僕は目を開けて時計を見た。零時十分だった。二十歳になって十分の時が経っていた。

僕は死ななかった。死ねなかったのだ。





しばらく夜空を呆然と見つめて思ったのは

「このままだと、僕の人生やばいんじゃないか」ということだった。

大した学歴もなし、経験もなし、ただの薄っぺらい二十歳の人間がそこにいた。



詳細は割愛するが、その後猛勉強して大学に入りなおし、割と良い学歴を得て、今は悪くない仕事をしている。

二十歳前と後では、まるで別人だと感じる。

人に昔のことを聞かれると、あまりうまく答えることができない。今の僕ではない、別の人間のことのようだから

からときどき二人分の人生を生きている気持ちになる。



あの屋根の上で星空を眺めながら死を待ったひとときが、僕の分水嶺だった。



運が良かったのかもしれないが、いわゆる「人生正規ルートから外れてしまっても、こうしてそれなりに楽しく生きることができている。

過去タイムスリップして、昔の僕に詰め寄って

「何寝ぼけたこと考えてんだ、死なないから!」と言ってやることができれば、どんな人生だったんだろう?とたまに思う。

しかしたら、今より素晴らしい人生かもしれない。残念ながら、それを知ることは絶対にできないけれど。

僕の場合、二十歳以前の自分のせいでひどい目にあったが、僕を今の地点に押し上げてくれたのは二十歳以後の自分で、どちらも間違いなく「僕」だ。



日本社会は、やり直しがきかない、レールを外れた人間に厳しい社会といわれている。確かにそうだ。

僕は間違いなくレールを外れた人間で、そのことで色々な人に色々なことを言われたりしてきた。いいトシして何やってんだ、云々。

けれど、それに対応していくのも自分責任の一つだと思っている。だって二十歳まで適当に生きてきたかしょうがない、と。

(ちゃんと真面目にコツコツやってきて、思いがけずレールを外れてしまった人間には、これは当てはまらないが)



失敗したって、死ななきゃいけない羽目になることなんて、ほとんどない。

だけど、何もしないで待っていて状況が好転することも、ほとんどないと思う。



ガンジー言葉で「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」というのがあるが、

正直言って、明日死ぬんならやっぱり僕は滅茶苦茶無気力になると思う。だって明日死ぬんでしょ?今頑張ったって無駄ァ!と考えずにはいられない。

だけど、後半には同意する。永遠に生きちゃう!?このままだとやばい!という気になれるから

2017-02-01

首を吊ったときの話

数年前のことだ。私は当時患っていたうつ病回復する兆しが見えなく、この先明るい未来があるとも思えなく、生きていてよかったと思える瞬間もまったくなかったので、自殺をしようと思った。

1人暮らしアパートからAmazonで頑丈だと評判のロープを注文した。ほどけにくいロープの結び方をネットで調べた。自殺が失敗して変に重い後遺症を持ったまま生き残ってしまうほうが怖かったので、慎重にやろうと思った。最後ツイッター自殺予告でもしようかと考えたりもしたが、仮に誰かが警察通報するなどしたら中途半端なところで救出されてしま可能性があったので、何も予告まがいのことはしなかった。本当にそこまでしてくれるようなフォロワーがいたかどうかは分からないが。

あとは部屋の中で台に乗って、首を吊る準備をした。この時点でもそれなりの恐怖を感じていたが、やめなかった。事前に酒を飲んでおくと楽だという話を何度か聞いたことがあったが、酒が飲める体質でなく飲んでも頭痛を起こすだけなのでシラフのままであるロープを結び終えたら、恐る恐る台を蹴った。

……想像もしなかった恐怖を味わった。ひどくパニックになった。酸欠とともに、意思とは無関係に手足がジタバタと動く。文字通り、死にかけの虫のような動きだった。そして、あんなに死にたかったはずなのに、死にたくないという言葉脳内が埋め尽くされた。ほとんど本能的にロープを手で外そうとするも、自ら慎重に頑丈に縛ったロープはほどくことも外すこともできない。スマートフォンは地面に置いてしまったので手は届かず、助けも求められない。焦燥感思考はうまくできない。ただ助かることを求めていた。そうしたら、ほんとうに偶然に、手に届く棚の上にハサミが置いてあるのを見つけた。震える手を必死に伸ばす。掴む。ロープを切る。床に倒れる。

床に倒れてからも、しばらくは手足がジタバタしていた。頭は痛かったし、気持ちが悪かった。少し落ち着いても、無気力けが残った。

それから自殺をしようなどという気力が湧かなくなった。それでも死にたいのは変わらず、死にたいのに死への恐怖に勝てない自分を見すぼらしく感じた。

そうして生きていると、幸運にも状況が変わって元気が出てきた。朝起きることになんの苦も感じなくなったとき自分にも朝起きられる能力があったのだなと思った。しばらくはそのままだったけれど、おそらく忙しくなってきたことが原因で、つい最近からまた憂鬱状態が続いている。布団の中ですることが見当たらないので、自殺しようとした日のことを思い出しながら、文章に起こしてみようと思い書いている。

2017-01-29

23から4年間婚活して今度結婚婚活男性に対しこうしたらいいのにと

23から4年間、合コン街コン婚活サイト婚活アプリお見合いパーティー、結婚相談所と一通りの婚活ツールを利用し、

合コンで会った相手と2年付き合い29歳で入籍しました。

婚活をして行く中で出会った男性たちに対して、こうしたらいいのにと思ったことをまとめてみました。




1 婚活する前に正社員定職についた方が良いと思う


婚活中、女性は最低限定職についている男性を求めます

私は自分がそこそこのお給料で安定職ですので、

相手収入はそれほど条件には入っていませんでした。

しかし、20代後半でフリーターの方とは、さすがに結婚は考えられません。

お見合いパーティー(ランニング合コンとか企画型も含む)には時折フリーターの方が参加されていましたが、

高い参加料金を払ってお見合いパーティーに参加するよりも、

まずは正社員就職した方が彼女できると思います




2 ある程度年下の相手とは、割り勘ではなく多少多めに払った方が良いと思う。


私が「共働き希望」としていたせいもあるのでしょうか?

5歳以上年上なのに、1円単位で割り勘を求めてくる男性複数いました。

2~3歳差くらいまでなら、それでもまあ良いんです。

でも5歳離れていたら、さすがに多少多めに払ってほしい。



3 禁煙はした方が出会える確率は上がると思う。


婚活サイトは条件で検索するので、タバコは「吸わない」にした方が出会える可能性が上がると思います

煙草を吸わない方を条件にしている女性は多いと思います

なぜかというと、やっぱり結婚考えるなら、夫にガンで死んでほしくないし、自分子供受動喫煙リスクがありそうだから



4 5㎝以上の身長サバ読みはやめた方がいいと思う。

168センチを170センチになどは別に良いと思うんです。

見てもわからないし、その方が検索される可能性も上がるし。

しかし、165センチを171センチはどうかと思う。

とっても良い人だと思っても、情報を誤魔化していたことが何か嫌です。



5 初対面で肩とか触るのは止めた方が良いと思う

気持ち悪いだけです。初対面は触らないでください。



6 初対面で相手ケーキ一口もらうおうとするのは止めた方が良いと思う。

サイトで知り合って最初に会う時は、カフェお茶をすることが多いですが、

ケーキを食べていたら、「1口味見しても良いですか」と言われることがありました。

初対面の相手ケーキシェアをする女性はいるのでしょうか、ということを考えてほしいです。




7 LINEはやった方が良いと思う

メールよりLINEを使っている人が多いので、LINEはやっておいた方がベターだと思います



8 LINEで長文は送らない方が良いと思う

10行くらい書き込まれていると、読むのが大変です。



9 好みじゃない相手からといって、全く話さなくなるのはどうかと思う。

婚活パーティーの席替でたまに遭遇しました。

対象外でごめんなさい。でも世間話くらいいいじゃないですか。



10 フェイスブック友達が明らかアプリで知り合った感じの女性ばかりなのは止めた方がいいと思う

婚活サイト等で知り合った場合、会う前にたいていの女性相手の氏名でネットサーチします。

フェイスブック友達が、明らかにアプリで知り合ったと思われる女性ばかり(友達20人中、16人くらい女性)な人とは何だか怖かったので

会いませんでした。



11 日記等で婚活愚痴を綴るのは止めた方が良いと思う

ストレスたまるのはわかりますしかし、日記機能がある婚活サイト等で、

今日相手は失礼だった」とか「返事をしない奴は運営で何とかしてほしい」とか、

愚痴を書き込むのは止めた方が良いと思います

相手日記を見て、そういう内容が書かれていたときは返信しませんでした。

相手の機嫌を害したら危害とか加えられそうで怖い。負のループに陥っているときはお休みした方がお互いのためです。



12 毎日日記更新は止めた方が良いと思う。

必死さが伝わって何だか怖いです。



13 日記ちょっとだけ書いてあるくらいがいいと思います

最初に「これからがんばります趣味の~をしました」くらいの記事があるくらいだと自然で良いと思います

【追記】

11~13の「日記」は、婚活サイト内の日記という意味です。分かりにくくてすいません。

いくつかの婚活サイトではSNSのように、自分日記掲載して「いいね」をもらったりして交流するタイプのものがあります

twitterとかブログとかは分からないようにやってれば気になりません(というか気付かない)

見つけたら嫌ですけど。




14 20以上年下の相手メッセージを送るのは止めた方が良いと思う

40代の人からメッセージもらっても困ります

返信が来なくてストレス溜まるだけでは?と思います

送るのであれば、返信がないことを前提として送った方が傷つかないと思います


15 返信がない場合に、督促しても逆効果です。

「何で返事くれないんですか?」と督促されると怖いです。

仕事忙しい時期ですよね」とか話題を再度ふる感じで聞かれた方が返しやすいです。

いくら督促しても返事は来ないと思います。再度話題を振って、返事がなければ諦めた方が良いと思います





自分が男で婚活していたらこれはしないだろう、と思うことが多々あったのでまとめてみました。




【追記】

自分自身のことについて追記。

23歳から婚活していたのは、もてない自覚があったうえで結婚たかったので、

このまま普通に生活していたら、絶対結婚できなさそうと思ったからです。

婚活通して選ぶ立場というよりは選ばれる立ち場でした。

切られた(断られる・連絡がなくなる)回数は切った数より多いです。

夫に会うまで4年間ずっと婚活し続けていたわけではなく、

間で、別の方とお付き合いしたと思ったらしてなかったり、無気力になったり休んでいた期間もありました。

23~24歳は街コン合コン中心、25~26歳は婚活サイトパーティー中心で活動していて、

26歳で大手結婚相談所に入会、相談所とは別の場所で夫に出会って付き合うようになり、半年で退会しました。

結果、婚活サイトパーティーなど所謂婚活ツールではなく、友人つながりの合コンで知り合った方と結婚することになりましたが、

婚活していると周りに言っていたので紹介してもらえたんだと思います

夫と結婚した決め手は、意思疎通がきちんとできることです。

具体的には、嫌だと思うことを伝えたらきちんと対応してくれるところですかね。

この人だ、とはっきり決断できたのは、婚活通していろいろな方に会ってきたからだと思います

プロポーズは私からです。

2017-01-26

基本的に「恋愛」は男限定の娯楽 女の大半は「一番好きな男」とは一

 福士蒼汰フォトショでいじくって、南海キャンディーズ山ちゃんにし、「大好き!」と口にするのが女という生き物である

 分かりにくい例えかもしれないが、要するに女の理想は叶う率が低いから、妥協を繰り返し、少しずつストライクゾーンを広げてゆく作業必須になるということだ。

 言ってしまえば、あらかたの女は自分を騙くらかすことでしか彼氏を獲得出来ないのである

 つまり女の恋愛は、娯楽じゃなく我慢なのだ




女は、本命の男に本気で恋をすると、極めて高い確率でフラれる

 恋心の強度と、フラれる確率は比例関係にある。

 好きになればなるほど難易度が上昇する。

 男は、「がっつく女、余裕のない女、重い女」を忌み嫌う。

 だから女は、恋愛感情故意に薄くして、無味乾燥に近づけ、死んだ魚になるよう努力しなくてはならない。

 愛情の鮮度が高いと、男は女が提供する恋の食卓にはついてくれない。

 恋心を生け贄にして、天から余裕を授かり、さりげなさを全面に出して男に媚びる。

 そうした無感情の狩りこそが、女の恋愛なのである

 好きなあの人への想いが最高潮に達した段階で付き合えたという、美しい運命を辿れた女など、ごくごく少数だ。



 男は選ぶ側のため、「一番好きな女」と付き合える。

 女なんていう生物は、歩く無料お試しキャンペーンみたいなものだ。

 特段のブサイク性格破綻者を除けば、男に求められて喜ばない女はいない。

 男の恋愛は始まるまでに困難がなく、実はドラマチックさの欠片もない。

 だからこそ、「あえて想いを伝えずに、この駆け引きを楽しんでいます」という余裕綽々の態度を取る者がいくらでも現れるのだ。




男という悪徳工場が、不誠実な女を大量生産している

 どれだけ誠実な女であろうと、全身全霊で恋に落ちてしまうと、意中のあの人にどん引きされ、物の見事にフラれてしまものだ。

 男目線だと、「そんなことないよー。純粋気持ちが一番嬉しいよ☆」という真心第一みたいな結論に行き着く場合もある訳だが、これほど無責任綺麗事は他にない。

 どんな女であれ、「あの人を好きな気持ちだけは誰にも負けない。」という純情一本気な思いの丈を、胸に熱く秘めていた時代があるはずだ。

 しかし悲しいかな、純情さだけでは、手応えゼロ全否定されて失恋してしまう。

 どうしてかと言うと、この世を生きる女の大多数は、なんの才能にも美貌にも恵まれない無力な存在であるがゆえに、猫も杓子もが「媚び」という曖昧模糊としたものを唯一の武器にして戦おうとするから供給過剰になってしまっているためだ。

 男は空求人みたいなもので、常に誠実な人を大量募集していると見せ掛けて、「残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました」とお祈りを連発する。

 そうして女は幾度もフラれ、ただ突っ込んでも事態好転しないということを悟り、好きの感情に打算を組み込むようになる。

 自然体で男と接するトレーニングをしたり、好きになり過ぎないようにセーブして、計算高く立ち回ったりし始める。

 その結果、彼氏が出来たとしたら、開口一番こう切り出すだろう。

「なんだ、付き合うってこんなもんか」

 そらそうだ。

 恋心を肥大化させずに、落ち着き払って男を落としたに過ぎないのだから

 釣り堀で、虚しい魚釣りをしていたも同じ。

 一向に心が満たされないから、幸福論でいうところの『幸福を追求する不幸』という状態に陥り、次から次に手頃な男子を求めるようになる。

 これが後天的ヤリマンへ変化するプロセスだ。

女が非モテへと落ちぶれる流れについて

 精神科医ジャック・ラカンが、『欲望他者欲望』という言葉を残しているように、生きている中で誰かを好きになったとしたら、自分以外の人間もその子を好きだと考える方が良い。

 金は金を呼ぶみたいに、愛される人はより愛されるのが、現状の人間界なのだ

 誰もが似たような流れで欲望を浮上させるから自分特定のあの人を好きになった感情フローを、他の多くの人々も体験している可能性が高い。

 ゆえに奪い合いになる。

 しかイケメンは、可愛らしい子達が根こそぎ奪って行くため、反応に困るような人だけが少量、余っているだけになってしまう。

 その中からなんとか好きになれる人を探すわけだが、好きになった頃には、他の女もその男を好きになっていたりするため、また争いが発生する。

 こうやって殴り蹴られの決闘が延々と続くから非モテ挫折したまま、半永久的に再起出来なくなってしまうのだ。

 つまり無気力学習するということであり、こうなってしまえば、「自分最初から男に興味なんてないんで……」とオタク趣味に走ったりする。

 これが非モテへの転落である

女のほうが女としてのアイデンティティについて不安が大きく、自分モテるであることを証明したがる。

 こうした傾向があるからこそ、男よりも女の方が、失恋からの立ち直りが遅い。

 良く男は、「いい男なんて星の数ほどいるんだから、もう忘れなよー」と口から出任せをいう訳だが、これは的外れな助言である

 女が悶え苦しんでいるのは、好きなあの人を喪失した悲しみなんていう小さなものではなく、アイデンティティに深い傷が入ったためだ。

自分の女らしさが通用しないのではないか?」と憂いを抱いているときに、それを否定されるような断られ方をすると、失意のどん底に落ちる。

 そして、「私は終わってる」「私は一生一人だ」と憂鬱感情を強化してしまうため、自発的言葉によって、内部から心が壊れてゆく。


学習性無力感を引き起こす手続きは、うつ状態と同じような状態を作り出すと考えられるようになった。それは、学習性無力感が、うつ病モデルとして妥当性を持つことの証明にもなった。

 残念無念にフラれる連続の中で、「私なんて女としてダメだ……」という落ち込みの反復が起きて、自分の不甲斐なさについて学び続けてしまうと、精神が歪んでゆく。

 それはそれは寂しくて、どこの誰でも良いから、この弱り切った瀕死自分を認めてくれ、と切望するようになる。

 こうなると最悪なことが起きる。

 それは、男が最も嫌悪する、「がっつく女、余裕のない女、重い女」になってしまうということだ。

 気付いたときには既に手遅れ。

 プライドを削って、グレードの低い男に突撃したとしても、厄介なギトギトした女に成り下がっているため、近付いただけで逃げられる。

 勇気を出して振り絞った、最後の女らしさ――アイデンティティの全てを砕かれてしまうということだ。

 暗転。目の前が真っ暗になる。

自分は誰にも必要とされていない」という絶望悲劇、激痛を急速に学習してしまう。

 明言しておくと、女が人生において一番に彼氏が欲しいときは、こういう誰一人に相手されない悲しい時代だ。

 しかしながら、男も一回きりの貴重な人生を歩んでいるため、浮上確立が低いどん底の女を相手にしている暇などない。

 こうして一生浮かばれない、弱者女性が出来上がるのだった――







http://pipipipipi-www.hatenablog.com/entry/2017/01/26/194617

※ただし男版も女版もイケメン美女は除く

2017-01-25

日本漫画文化での、友達とか仲間至上主義ってなんなの?

なぜサトシは戦わないか?ってエントリ読んで思った

http://news.denfaminicogamer.jp/column01/pokemon-contribute


例えば、子供ケンカ大人がしゃしゃり出るのは変だし、スポーツ監督試合乱入するのも変でしょう

乱入して一緒に戦わないからって、それは決して、仲間を見捨てるとか安全圏で好き勝手言うとかではないのは理解できるはず

大人監督プレイヤーと、それぞれの役割分担があるだけだ




なのに、ポケモンを戦わせるだけで自分は戦わないからってサトシ卑怯だとか奇異だとか、はあ?って感じ

自分ポケモンが負けそうになったからって、トレーナーが殴りにいっちゃおかしいでしょうが

仲間と共闘してるというより、ポケモンバトルをしている、という大前提を忘れちゃいか

自分も殴りに行かず鼓舞するだけ、という行動に対して卑怯だとか思ってしまうのって、やっぱり友達至上主義文化に犯されてると思う

何よりも仲間が大切とか、仲間を切り捨てるのは鬼畜所業とか、ああい刷り込みってどこから始まったんだ?



それぞれがそれぞれの責任役割を果たすことが集団利益になるというのも、またひとつの正しいあり方だと俺は思う

その過程で仲間を直接的に助けないことがあっても、それはそれでひとつ正義だろう、と俺は思うのだが、日本漫画文化では、これは絶対悪とされている気がする

この刷り込み教育によって、従順社畜が量産されているような気もする



最近の、仲間に溶け込まないゆとり新人みたいに言われる人って、こういう仲間至上主義少年漫画を読まず、無気力省エネ主人公ラノベで育ったんじゃないかって思う

これはこれで問題もあるのかもしれないが、仲間至上主義一色よりは絶対にいい

いや、色んな考えがあって世の中は良くなると思う

少なくとも戦わないサトシを奇異に思う感性作品作りする人は、もうちょっと考えを深めてもいいと思う

2017-01-15

生きる目的とは

この時期おなじみの研究室ネタです。

研究室に配属されてから、ずっとこのことを考えている。

もはや何のために生きているのか全くわからない。

もう疲れた。ゴールしたい。

死んだらウンタラカンタラという人はよくいるかも知れないけど、正常じゃない精神をもっているひとは死ぬのが一番ラクな方法であることをしっている。

せっかく死ぬんだから死ぬつもりで頑張れといっている人もいるけど、やっぱり死ぬのが一番ラクなんだ。

ただ、まわりに迷惑をかけたくないからコトを起こさないだけ。

どこでこんなふうになったのか、ちょっと振り返ってみるとする。

これを読んでいる人の反面教師になれれば幸いである。


小学生の頃

そこまで人生に悲観するような人ではなかった。あたりまえだ。このころから壊れていたらそれこそ怖い。

自発的物事に取り組めていろんなことを楽しんで経験できたと思う。

だけど、今思うと凶兆はでていたのかもしれない。

この頃から負けず嫌いだった。負けたくなかった。

ただ要領はよかったので、少ない努力他人を打ち負かすことができた。

この時からか、勝ち負けにこだわり続けるようになったのか。


中学生の頃

この時も持ち前の要領の良さを活かして勝負ごとではそこそこの成績は残してきた。

だけど、嫌な逃げ癖を覚えてしまった。

部活剣道をやっていたが、練習がとても厳しくよくサボっていた。

しか練習をただサボるのではなく、練習中にわざと倒れたり、持病があるといって病院に行くと嘘をついたりしていた。

まり外面を守りながらサボる、クソみたいなサボり方だったのだ。

わざと過呼吸を起こして家に帰ってゲームをしていたということもあった。

救いようが無いな。


高校生の頃

要領が良かったので、地元トップ高校に入ることができた。

しかも無勉強で入ったといろいろな人に誇張していた。

実際は毎日2時間勉強していたのにな。

まり見栄っ張りだったのか、この時からも。

そのせいであとで自分の首を締めることになるとは思ってもいなかっただろうに。

地元トップという理由高校に入った自分は何の目標もなくのうのうと生きていた。

部活中学校の時みたいに苦労したくなかったので、ほとんど遊んでいる登山部に入部した。

この3年間は本当に無駄時間を過ごしていたと思う。

高校3年の夏、担任先生志望校を伝えたら鼻で笑われたから、頭にきて大学受験勉強をした。

それだけだったな。振り返ってみると

大学生の頃

そこそこの大学(旧帝)の理系に入ることができたが、入った目的担任先生を見返してやりたいということだけだった。

入ったあと無気力になり、サークルにも入らず家に引きこもるようになる。

厳密には大学には行っていたので引きこもりでは無いが、授業を受けて帰宅してネットサーフィンをするという日々を繰り返していた。

無論友達ほとんどいない。どこの大学はいるのが重要ではなくて、大学に入って何をやるのかというのが重要であると気付き始める。

このときから、生きる目的を探すように、探すことにすがるようになる。

研究室配属

生きる目的人生目標も無い私は、学年トップの成績がなければ配属競争に負けるという噂があった研究室名前を配属希望書に書いて提出した。

単なる見栄だ。自分他人より優れているということを証明たかった。

いま思うとこれが人生最大の過ちだったと思う。

もちろんその研究室の専攻分野に興味を持っていたのは確かだった。しかし、大まかな動機は上にあったソレだ。

ここの研究室の人たちは皆優秀だった。噂通りだった。

しかもみんな背骨のあった人であった。(http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2

自分にはなかった。もっと言えばこの時に育てることができなかった。

見栄で研究室内でだれもやってない難しいテーマを選び、玉砕した。

そのテーマ研究企業との共同研究だったため、強い責任を感じていた。

また誰もやっていないテーマだったため、質問しにいっても迷惑がかかると思い、質問にあまり行けなかった。

行ったとしてもすごく辛かった。迷惑を掛けている気がして。

次第には研究室に行かなくなった。教授に、先輩に、同期に、クソ野郎レッテルを貼られるのがいやで。

順調に悪循環を築き上げていった。

卒論は糞みたいなのを書き上げて卒業した。自他共に認める糞だった。

大学成績が良かったため、大学から賞を戴いたが、自分は糞製造機にしか過ぎず、もらうには不適切だと思って更に気分が落ち込んだ。

大学院生

旧帝の理系学生は院に行く、というよくわからないしきたりに流されて、大学院に行った。

これも間違いだった。糞製造機と成り果てた自分はもはや研究に熱意もなく、ただただやらなければならないことをこなすだけだった。

面白くもなく、楽しくもない。

昔は楽しかったのかもしれない、もうよくわからない。

M1だが、生きる目的目標もなく、割り振られた仕事すら放棄し、研究室にも行かず、ここ増田愚痴を書いている。

精神科にも行った。カウンセリングにも行った。だけどやっぱり何のために生きているかからなかった。

もうなにもしたくない。生きる目的もない。

こんな苦しいことが続くなら、とっとと楽になりたい。

振り返ってみると、糞野郎になった原因は、逃げて逃げて楽して見栄をはったからだとわかる。

至極当たり前だ。しかも中身がない。

そんな人が、中身のある集団研究室)に放り込まれた結果、病んだだけ。

なるほど。

22年間生きてきて学んだことがこれだけかと思うと涙がでてくる。

あとはどうやって皆に不便を掛けずに退場する方法を考えるだけである

2017-01-01

卒業します。ありがとうございました。

容姿が悪い

http://anond.hatelabo.jp/20160131014611

初めての投稿から約一年が経ちました。

早いものですね。色んな投稿をしましたね。

恋愛できないから死ぬ

http://anond.hatelabo.jp/20161221222209

もうダメだ。好きな女の子寝取られ

http://anond.hatelabo.jp/20160329154259

なんかもういいや。自殺します。ありがとうございました。

http://anond.hatelabo.jp/20160410041538

最悪な夏休みだった

http://anond.hatelabo.jp/20160918013446

不細工アトピー男はどうやって生きればいいのだろう

http://anond.hatelabo.jp/20161221214806

恋愛はお金で買えない

http://anond.hatelabo.jp/20160922080007

などなど…。

うじうじし過ぎだろこいつwww

そりゃネットでも嫌われるわな。

もっと派手に堂々と怒りと憎悪を表に出しながら根拠のない自信をもって欲望に正直にオラオラおらついて生きろ。と、この時のアトピーゾンビに言ってあげたい。

勝ち進んでこの世の全てを手に入れてやる。アトピーゾンビの生きざまをよく見とけカス健常者共。

http://anond.hatelabo.jp/20161229045123

今じゃこういう人間になれた。

人は一年でこんなにも変われるんだな。

からお前も変われる。大丈夫だ。人は変われるんだよ。現に俺は変われた。

このサイトブクマトラバから刺激を受けて変わっていったんだ。あと本とグーグル

アトピーゾンビのいる世界は敵ばかりだったし今もそうだけど、ネットには敵と味方と中立の人がいた。

この世界にいる人は、いい奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもないんだなと感じて人への信頼が少し回復した気がする。

今年から新しい人生を始めるよ。

五年後十年後にアトピーゾンビ金持ちになりましたという報告ができたらいいなと思う。

アトピーゾンビは、もっと上の世界に行きたい。どんな汚い手を使ってでも這い上がりたい。総資産百億以上の金持ちになりたい。

そしてアトピーゾンビウイルスの治療に関する研究や美醜格差を縮める研究に投資したい。

投資ってどうやるのか良くわかんないけど、大金が必要だということは分かる。

から金持ちになるんだ。そのために手段を選ぶ気はない。

金持ちになるために準備することはたくさんあるんだ。

これから学ばなくちゃいけないこともたくさんある。

心身ともに強くなりたい。頭も磨いて使い物になるようにしたい。ただひたすらに遠くに行きたい。

そうだ。ここではないもっと高くて遠い世界に行きたいんだ。

今まで支えてくれたファンの皆さん、アドバイスをくれた方、ブコメトラバ人達の全てに感謝します。

最後アトピーゾンビからプレゼントだ。受け取ってくれ。

負け組確定。アトピーゾンビウイルスのせいで何も手に付かないし、見た目きもいからから嫌われる。痒みや将来への諦観で頭が常時ふわふわしてる。楽しかったことなんてないし、生まれてきてよかったと思ったこともない。人生アトピーゾンビに苦しみしか与えなかった。虐待と苛めと精神障害と低知能というハードモード人生。最初から人生なんていらなかったよ。邪魔でしかなかった。自分を信じて生きてきたけど無意味だったわ。最初から負けてたわ人生無意味だった。本当に無意味だった。人間としての喜びとか楽しさとか何も知らない。嫌なことや苦しいことしか経験できない。罰ゲームなのか。むいみだったなー。金持ち家庭でもないし高知能家庭でもないしスポーツ家庭でもないどうしようもない所に生まれてきて、たんじょうびも祝われず、なんで生まれてきたのか全く分からない。嫌がらせとしか思えない。超えない健常者という高い壁を超えるための訓練は実らなかった。所詮非健常者は非健常者だった。不相応な未来を描いたのが間違いだった。努力しても認められないしちょっとしたことでウイルスが暴走を始めるし、いやなことしかない。極端な思考になってるきがする。ゼロヒャクで物事を考えるようになってる気がする。鬱なのだろうか。鬱にもなるわな。アトピーゾンビウイルスのせいで苦しみ続けているのだから。健常者として生まれたらこの世は天国に見えるんだろうな。虐待や虐めがなければアトピーゾンビウイルスが暴走することもなかったのかもな。このさきずっとアトピーゾンビウイルスに振り回され続けると考えると気が変になりそうだ。容姿も悪いし生きてて何にも楽しくない。努力は報われなかったし貧困者になったら世間からぶっ叩かれて馬鹿にされて見下され続けるんだろうな。散々だ。なにかわるいことしたわけじゃないのに人に不快感を与える存在というだけで社会カースト底辺人間だ。普通に生まれたら普通に人生生きれて楽しかったんだろうな。帰る家がちゃんとある人生が良かったな。家でいつも緊張してるからいっつも疲れてたな。残業続きのサラリーマンのような人生幼稚園生のときから強制的に送らされてきた。だって安心して寝れる場所が無いんだもん。赤ちゃんポストに捨てられて施設で育ったら人生楽しいんだろうな。里親に育てられたほうが充実した人生を送れたんだろうな。施設育ちの人間は差別されるとか言うけどアトピーゾンビに向けられる差別に比べたら全然ましだろう。施設育ちは勝ち組のくせに弱者を気取ってるやつらだから嫌いだ。まともな大人が周りにいる環境で育った時点で勝ち組確定。なのに親が居ない人間は可愛そうみたいに社会の恵まれた健常者は言う。アトピーゾンビのほうが悲惨な人生を送っているのに恵まれた健常者と同じ扱いをされる。不公平だ。不平等だ。施設育ちはずるい。世間から同情されて支援もしっかりしててずるい。アトピーゾンビ支援なんて一切ない。虐待されても近所の人間スルーだった。ずるい健常者のくせに弱者を気取ってるのはずるい。施設育ちはずるして勝ち組になったずるい奴らだ。死んじまえカス。施設にランドセル送ってる馬鹿な健常者が沢山いるみたいだが、本当に馬鹿だよな。アトピーゾンビアトピーゾンビウイルスがなくなる特効薬でもよこせや。結局わかりやすい弱者だから助けているだけ。アトピーゾンビも分かりやすい見た目に出る弱者なのに救いの手は差し伸べられない。親がいれば正常な奴扱いだ。いればいいってもんじゃない。いないほうがましな親もいるのにそんなことは考えようともしない。だって恵まれてるから。恵まれた健常者だから。世界に選ばれし健常者だからセーフティーネットかいらないだろ。健常者で親が正常で環境にも運にも能力にも恵まれてるのに貧困に陥る意味が分からない。苦しみがないのに落ちる意味が分からない。病気でもないのに落ちる意味が分からない。それこそ自己責任だろ。切り捨てろよ。それで浮いた分をアトピーゾンビウイルスの原因の究明に充てろ。そっちのほうが人類皆幸せになれる。なのにそれをしない。しようともしない。所詮痒いだけだろ?と思われているからだ。何も手に付かなかったり、拷問を受けているんじゃないかと思うくらいの痒みや痛みやじりじりした暑さにやられているなんて想像もしてないからだ。だから甘えだの努力不足だのと平気で宣う。結局恵まれてた健常者が楽しむためにこの世はあるのであって恵まれなかった非健常者のアトピーゾンビは健常者のサンドバックや優越感に浸るためのツールでしかない。努力してアトピーゾンビウイルスが治るならとっくに治ってる。治らない=努力してないという健常者の独特なルールにより、差別されるし軽蔑される。人生が破壊される病気なのに決して理解されない。だってキモイんだもん。キモイというだけで思考を放棄する健常者。キモイ奴にはをしてもいいという健常者独特の思考回路によって酷い虐めを受けて精神がおかしくなった。常に体が硬直するようになった。声が上手く出なくなった。フラッシュバックが酷い。一挙手一投足を監視されていたから今でも常に誰かに見られているような気がする。完全に病気だ。アトピーゾンビウイルス+精神障害とか終わってる。おまけに虐待って。子供を育てる能力が無くても子供を産める社会から酷い目に遭った。ちゃんと免許制にしてほしい。少子化だ何だって騒がれてるけど馬鹿と貧乏人が子供を産めなくなったってことだろうからいいことだと思う。もっと少子化が加速してほしい。まともな人格を持った富裕層だけ子供を産めばいい。どうせほとんどの仕事はAIにとって代わるんだから無能な親が育てた無能な子供なんて必要ない。優秀な人間が優秀な子供をたくさん作ればいい。ちゃんと育児の知識を学んだり子供のことを本気で心配して応援してってことができるまともな人格を持った人間だけ親になればいい。そもそも誰でも親になれるのがおかしいんだよ。人格、年収、知能、育児知識、家柄、年齢、趣味、職業などをちゃんと調べて親になれるものなれないものを選別するべき。なりたいなら合格ラインに達するまで勉強をするなり年収をあげるなりしなさい。って風にすれば本当に子供が欲しい夫婦は必死スキルを高めようとする。結果的に国の生産性を上げることにもつながるしいいことしかない。まぁやらないだろうけどね。国の上のほうにいる人たちは恵まれた家庭で育った人ばかりだから人生外れくじを引かされた人間がいるなんて想像もできない。自分たちと同じスタートライン人生を始めたと思っている。アトピーゾンビのように全てに恵まれなかった人間自己責任の烙印を押す。自助努力が足りないだの抜かす。自分たちは親や金や環境や地頭に恵まれて楽に生きてきたくせにその自覚もない。親が虐待するような屑だと脳が委縮して攻撃的になったり精神疾患にかかりやすくなったり、共感能力が欠如したりする。生まれた瞬間から難易度の高い人生を歩まされる。どんな屑でも子供を産ませて取り合えず数を増えしておけば税収を増やせるからな。上の人間は大衆がどんなに苦しい人生を送ろうとどうでもいい。自分たちの私腹を肥やすことができればそれでいい。最悪なのはそれが世界レベルでの考えだということだ。外れくじと当たりくじの差がありすぎる。あたりを引いたら人生楽しいんだろうな。人生は一回きりとか絶望でしかない。十回くらいあってほしかった。そしたらアトピーゾンビ人生もまぁいいかあと九回あるしって思えた。なのに一回きりなのにスペック最悪環境最悪運最悪という最悪三連コンボがきまる人生が糞虐待親のせいで始まった。馬鹿と馬鹿がセックスして何も考えずに子供を産んでその子供を虐待で苦しませる。それでも罰せられることはないし、世間様は親の味方だから親は悪くないだの親のせいにするなだのいう。恵まれてきた健常者が人間ほとんどだから虐待されると対人恐怖症にかかったりコミュ障になったり暴力的になったりするということが分からない。人生が狂うのは本人の責任だとか意味からないことを言って加害者擁護する。関係ない親はとか言うけど超関係あるからね。どこに生まれるかで人生は決まるからね。自分というのは環境が作るわけだからその環境が悪かったら悪い人間になるし良かったらいい人間になる。DQNの子供はDQNだし金持ちの子供は金持ちだ。文化資本の差がある。でも家庭のことは誰も見れないから平等であるという前提がある。平等なわけないのに、建前で平等であると言われている。僕らは位置について横一列でスタートを切ったとか言ってる糞歌があるけど大っ嫌いだ。まるで同じ能力を持って良い親に恵まれて健康体で学校にも知力にも周りの人間にも恵まれているというのが当たり前であるかのように歌っているからだ。まぁミュージシャンなんて恵まれた人間じゃないとなれないしな。非健常者が歌をきいてどう思うかなんて考えようともしないのだろう。健常者資本主義社会で健常者用の商品サービスを乱造して健常者が働いて稼いだ金を使って消費して健常者に金が入る。そこに非健常者の居場所なんてない。非健常者用の作品は無いし楽しませてくれるものもない。非健常者は生きているだけで苦痛を与えられている。街でも学校でもどこでもだ。苦痛しかない。ようしがわるいから何も楽しくない。生きているだけで馬鹿にされ見下される。一生続く。生まれてきたくなかったよ。成功者はだいたい恵まれている。アトピーゾンビと同じスペックと環境で成功した人間がいなかった。要はそういうことだ。みんな自殺しているか死んでないだけの無意味人生をおくっているのだろう。生まれの差がでかすぎる。なんだよアトピーゾンビウイルスって世界からの虐めを受けている。何も悪いことをしてないのに嫌な目に遭う。最悪だ。流産してほしかった。糞。なんで生まれてきたんだよ。ミスった。間違えた。人生の選択がどうこう以前の問題だ。生まれた時すでに遅し。デザイナーズベイビーの時代に生まれてきたかった。そしたらアトピーゾンビとして生まれてくることは無かった。時代に恵まれたかった。容姿良く生まれたかった。人生難易度イージーでプレイしたかった。質のいい環境で育ちたかった。ぐれとけばよかった。少年院で過ごしたほうがましだった。まともな人間に囲まれた人生を送りたかった。少年の時に犯罪しまくって金稼げばよかった。幼稚園を中退しておけばよかった。やくざ仕事とか振り込め詐欺とかやればよかった。普通なんて目指そうとしなければよかった。さっさとぐれて悪の道をひた走ればよかった。そっちのほうが幸せだった。悪い人間のほうがアトピーゾンビより楽しく生きているし社会からも肯定されている。アトピーゾンビのようなキモイ奴は生きているだけで迫害される。灰色青春押し付けられている。なんだよこれ。アトピーゾンビが名にしたっていうんだよ。一生トラウマに苦しむんだろうな。八十年?百年?苦しむんだろうな。小中高大学生を見るたびに死にたくなるんだろうな。虐められてアトピーゾンビウイルスにくるしめられた記憶しかない人生をせをって生きていくことに何の意味があるのか。楽しい思い出があるから生きる気力がわいてくる。苦しい時でも楽しかった記憶をほじくり返して頑張ろうという気になる。なんのいい思い出もなく生まれたときから虐待アトピー虐め精神障害に苦しめられて頑張ろうなんて思えない。いい重おもいなんてひとつもしてない。何を根拠に頑張ればいいのかわからない。肯定されたことなんてないしこの世界にいていいなんて思ったことが無い。金持ち家庭でもない。ピピピピピとか京都のゴミ大学とかは金持ち家庭に生まれている。恵まれている。結局ネットの世界でも金持ち家庭に生まれてきたやつが目立って称賛されてチヤホヤされる。アトピーゾンビみたいなゴミみたいな家庭に生まれてきたやつはネットでも嫌われる。文化資本の欠片もないゴミみたいな家だ。子供の誕生日すら祝わない屑だ。生きてていいんだと思えるのだ誕生日パーティーをすると。この世に生まれてくるべきじゃなかったんだよ。遺伝子をいじれる世界なら希望があるけどそれが実現するのは数百年先だという。とっくに死んでるし、生きていたとしても爺になってる。いみねー人生意味ねー。灰色青春を生きて得することなんてない。健常者として生まれてきて女の子と遊んで効率よく学んで楽勝に生きるだけの頭と体が欲しかった。マークザッカーバーグみたいな人生がよかった。生まれも良くて白人で頭が良くて金持ち。結局生まれで人生が決まるというのをビルゲイツマークザッカーバーグ証明している。子供にいい教育を与えようという意識のある親の元に生まれて初めて成功できる。幼い頃からかい愛情を貰って質の高い教育を受けているんだからそりゃ成功できるわな。全然すごくないわ。それでも世間様はアトピーゾンビよりビルゲイツを称賛する。恵まれた環境に生まれただけの人間を称賛する。ビルゲイツ自身は大したことをしていない。恵まれた遺伝子と環境のおかげであの地位まで上り詰めたのにまるですべてが自分の実力であるかのような態度だし世間様もそうだと思っている。世界に選ばれた人間から人生楽しい。この世の全ての快楽を味わえる勝ち組ビルゲイツだ。死ぬ病気より死なない病気のほうが辛いのにそれはビルゲイツには理解されない。アトピーゾンビウイルス治療ヤクの開発にビルゲイツが投資してくれればいいのにビルゲイツは健常者だからしないだろうな。社会は潰しあいだ。ビルゲイツも敵をぶっ潰して富を築いた。社会戦場だ。殺しあえ奪い合え。yoububeは非健常者にとっては地獄だ。youbuteのコメント欄には恵まれた健常者が沢山いる。当たり前のように恋愛をして当たり前のように青春を謳歌して人生を楽しんでいる。非健常者のアトピーゾンビは苦痛しかないのに。ずるい。健常者は当たり前の人生を当たり前に過ごしてる。非健常者として生まれてきたというだけで不幸な人生を送らされる。生まれてきたことが間違いだった。苦痛しかないよ。なんだこの人生。笑える。受けるわ。ばかばかしい。あほらしい。なんだこれ。音楽とか全然共感しない。健常者に向けられた音楽ばっかだ。健常者ランドなんだから健常者をターゲットにするのは当然だ。非健常者にずどんと響く音楽は無いものか。ないんだろうな。だって作っても誰もきかない。聞かれない音楽なんて無価値だ。才能のある人間になるには一万時間の訓練が必要だという。その訓練をするには健常な精神や恵まれた環境が必要だ。アトピーゾンビなどの非健常者にはそれがない。痒みで苦しんでいるので才能を開花させる可能性はゼロだ。理不尽な目に遭いやすいので無気力になったり精神疾患を抱えたりするため可能性はゼロ。どの本も健常者向けに書かれていてうんざりする。虐待苛めアトピーゾンビ精神障害身体障碍者ことなんてターゲットになっていない。映画もそうだ。恵まれた健常者が主人公作品ばかりだ。非健常者はゴミ扱いかもしくわ弱者として出ている。健常者の都合のいいおもちゃとしてしか扱われない。親のせいでアトピーゾンビウイルスに苦しむだけの人生になった。親のせいで虐められる容姿になった。親のせいだ。親が悪い。自分たちのことしか考えていない虐待糞親の元に生まれてきたのがそもそもの原因だ。物心ついたときから散々な目に遭わされてきた対人恐怖症が酷くなり精神が常に不安定心臓が締め付けられるような苦しみを味わってきた。アトピーゾンビウイルス遺伝性だ。遺伝するのだ。それをわかってたのに己の快楽と自己利益のためにアトピーゾンビを産みやがった。子供を産むだけ産んであとは放置。暇なときは虐待して遊んでそれ以外の時は放置。糞みたいな環境に生まれ落ちたわ。育ての責任も負えないゴミカスのせいで不安定な精神とストレスによるアトピーゾンビウイルス悪化を手にした。でも世間は親を擁護する。だからヤリタイ放題できる。好き放題して子供が壊れても放置ゲラゲラ笑って楽しみながら放置精神病に苦しむ人生になったのもアトピーゾンビウイルスに苦しむことになったのも親の遺伝のせいだ。死ねカス野郎。てめーらの元になんか生まれてきたくなかったわ。良くも生んでくれたな。死んでも呪って苦しませてやるから覚悟しとけ。努力不足だといわれる。こっちはアトピーゾンビウイルスに耐えて必死で生きているのに努力不足だといわれる。健常者を基準にこの世界はできているから非健常者であるアトピーゾンビは不平等の海に投げ捨てられている。健常者の努力なんて努力でも何でもないわ。恵まれてきたくせに自分が頑張ったと思っている。俺は頑張ったからな。ずっと虐待にも病気にも虐めにも耐えてきた。成績上位を取ったことだってある。アトピーゾンビの痒みに耐えながら必死に頑張った。まぁアトピーゾンビウイルス人生を破壊されたからすべてが無意味になったがな。意味なかったとつくづくおもう。無意味すぎるだろこの人生普通に生まれてたらそこそこいいとこまで言ってたと思うよ。アトピーゾンビウイルスに邪魔されないし虐待も虐めもなければ超楽勝人生を送れたよ。まぁ運が悪かったんだろうな。仕方ない。健常者みたいに恵まれなかった時点で負け人生なんだろうな。努力なんてしなきゃよかった。さっさと悪の道をひた走っとけばよかった。まぁどうでもいいんですけどね。お前がそうなったのはお前が悪いとかいうんだろうな恵まれた健常者は。好きでアトピーゾンビに生まれてくるわけないし虐待も虐めも好きで受けてたわけじゃないんだけどな。恵まれてるんだろうなそういうことをいう健常者は。精神が不安定になって努力どころじゃなくなったことが無いんだろうな。アトピーゾンビウイルスに苦しめられて息を吸うのも苦痛という経験をしたことがないんだろうな。加害者正当化する健常者ランドの健常者。加害者は守られるが被害者自己責任一言でぶったたく。被害者が苦しんでいようと関係ない。加害者が正しくて偉いという価値観が健常

2016-12-31

それでも年は明ける

我が家のお正月が縮小している。

実家で作られるおせち料理は、年々少なくなっている。少なくなるのが分かるたびに、この家で成長してきた年月と、経過した時間の長きこと、そしてそれらに反比例するかのように、この家族構成でいられる残り時間の少ないことを思い知ることとなり、いささか悲しいのも事実ではある。やんぬる哉。

もう戻らない時間記憶に思いを馳せるよりも、これからやってくる時間に対して思案を巡らせばいい、という人もいるにはいるが…僕にとってこれは、簡単なことではない。なぜなら、私は、確実に、未来永劫これだけは信じることが出来るという存在を持っていないからだ。こんな人は、多くはないけども、少なくもないと思う。

3.11以降、僕は、直感以外の信仰を失った。人様は皆僕に良くしてくれるという、他人に対する信仰。これからやってくる明るい未来に対する信仰原子力発電所安全安価エネルギーだという信仰日本は発展していくという信仰、そして、自分自身可能性への信仰

世間知らずの高校生が、勉強もせずに怠けているばかりで生きていけるほど、進学校は甘くはない。それまで抱いていた自分に対する多能感は完膚なきまでに打ち砕かれ、悩み苦しむそのさなかに、かの巨大地震が起こった。

日本テレビの中継で、水素爆発を起こしたフクイチの建屋が映る。親父は呟く。「これは、やべえな」と。日本はここで一度、死ぬのかもしれない。ただし当時のトレンドは、「日本死ね」ではなく「枝野寝ろ」だったり、「ポポポポーン」だったりした。

室町時代僧侶一休宗純は、元旦にはドクロを先端に付けた錫杖を手に、「御用心、御用心」と言いながら京の町を歩いたという。祝賀ムードに水を差すような行いではあるが、生と死、破壊再生は表裏一体と考えると、わずかに彼の行いの意味理解できるレベルに落ちて来よう(枝野のくだりなどはこれの逆バージョンだったのだろうか)。

大学へ進学しても無気力は変わらなかった。テストレポートを何とか切り抜け、仕送りのみで生きる生活。友人は少ない。

ひとつだけ、かねてからの夢があった。それはとにかく、海外へ行くこと。最終学年のこの年、一念発起して英語圏英語留学へ赴いた。今思い出せば、見るものすべてが面白かった。

留学へ行ったものの、日本人とも多く話していた。しかしながら、現地の日本人で、「日本は今後も変わらず発展していく」といった楽観的意見を表明した者は、誰一人としていなかった。来たるべく破壊念頭に置いて、生存もしくは自己表現の為に英語を学ぶ者も少なくなかった。友人の何人かは現地のグローバル企業インターンに参加していた。

不確実な今の世の中で信じられることは、「生き物は、いずれ死ぬ」といったことだ。このことでさえ、神隠しや行方不明、あるいは死後神になるといった思想や、高尚で極めて分かりにくい哲学的議論により、疑問符が付きうるのだ。世間がどれほど不確実なものか。

冒頭で、「これだけは確実だと信じられるものが何もない」と書いたが、「生きているうちに日本死ぬ」ということは、怪しいがあながち信じられないものでもないと思う。3.11のような巨大災害などを契機とした日本社会全体の急速な崩壊が起こる確率は、社会階層が流動せず格差けが拡大し、労働時間の増加が止まらず、社会保障費の増大によって巨大な負債が残ることで静かに日本社会が死んでいく確率よりも低いとは思うのだが、いずれにせよ、「これは、やべえな」という不安を感じざるを得ないような、今年はそんな一年だった。もちろん、フクイチのように顕在した不安を感じる現象はなく、漠然とはしているのだが。

おせち料理だって、今後もっと少なくなり、絶えてしまうか、別の料理に変わってしまうかもしれない。変わらないことは、最も安全だが、生きても死んでもいないともいえる。絶望的なまでに怠け者の自己に対して変化を望んでいる。いわんや、世の中の変化をや。

御用心、御用心。

2016-12-28

別の世界線の人間になりたかった

健常者として生まれて来たら今頃ハーバード大学飛び級してただろうな。

アトピーゾンビウイルスのせいで散々な目に遭ったし今だって散々な目に遭ってる。

スタート地点にすらたどり着けない。健常者との一生埋められない差に苦しむだけの糞人生

無意味だったなー。ただ我慢して我慢して我慢して、健常者から馬鹿にされ続けて終わり。

犯罪者のほうが幸せになってる。この世界はずるい。

遺伝のせいで苦しんだ。親のせいだ。親さえ存在してなければアトピーゾンビが生まれてくることもなかった。

糞みたいな親からまれた糞みたいなゾンビが糞みたいな環境で育てられ、糞みたいな学校に行き、糞みたいな人生を送って、糞みたいに死ぬ

勝ち組はずっと勝ち組だし、負け組はずっと負け組

難易度の高い人生ゲーム永遠とやらされるだけ。難易度が違っても何の配慮もない。

結局、生まれで決まる。

アトピーゾンビウイルスがなければ全然人生違ってただろうな。色んな可能性があっただろうな。

夢をあきらめるようなことにはならなかったし、目標がなくなるなんてこともなかったし、無気力になることもなかったし、ここに書き込むこともなかった。

アトピーゾンビじゃないアトピーゾンビが別の世界線にいたとしたら、今頃楽しくやってるんだろうな。いいな。そっちの世界線のアトピーゾンビになりたかったな。

2016-12-23

http://anond.hatelabo.jp/20161222211430

これに同意

望んでた子ども治療の末に叶わず仕事も持たず、人生絶望して無気力になっている状態なんじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20161222115153

同じく子どもに恵まれず、自分もたまにこんな感じになってしまうので奥さんに少しだけ共感してしまいました。

自分は好きな仕事があり、かろうじてちょこちょこ働いていますが、元々体調を崩しやす不妊体質なので、好きな仕事でもやってて虚しくなることがあります

仕事してても、家事をしてても、何気ない日常動作の中、歯を磨いてて、お風呂に入ってて…ふとよぎるのは「子ども欲しいなあ…」という思い。

そんな気持ちから無気力になること多々です。

結婚したら、間も無く子どもができて、家事をしながら子育て…みたいなことをずっと思い描いていたし、周辺の人たちの多数はそうなっていくので

自分もそうなりたい」「それが幸せなはずなのに…」と。

たった今は、介護と主人の収入減、自分体調不良、色々重なり経済的にも体調的にも不妊治療にすら届かない状態です。働くこと、介護をこなしていくことで毎日が終わります

なので、年収がきっちりある旦那さんがいるだけで羨ましいです。

子供が出来る事を見越して」。私もよく思います。できれば無理せず、子どもに恵まれる日を待ちたくなるのです。

思い描くのは、仕事介護にあくせくする自分より、子育てに奮闘する自分です。

子どもがいなくても楽しみを見つけて過ごしていけるよう気持ちを切り替えていくか、もう少し子作りの可能性も見据えて頑張ってみるか…。

2択しかないわけではないですが、年齢や金銭面、心理面など色々な状況が絡んでくるので自然妊娠が難しい場合はそこに苦労する気がします。

最近は、介護から離れて半日旦那と外出できるだけで幸せだったりするので、色々厳しい状況に身を置くと「幸せ」の定義も変わるもんだなと思ってます

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん