はてなキーワード: 勝手とは
「しょうがなくやらざるを得なかったこと」=「無理難題」ではない。例えばやろうと思えば簡単にできるが単に気が進まない、なども含む。
という思い込みで
ということをお前ら声高に叫んでんじゃねーかよ。ヒステリックがどうだの針小棒大がどうだのと。
お前がやれ。お前が払え。お前が全部賠償しろ。お前が店開け。
はぁ、低能の脳味噌って大雑把な作りになってんだなあ
「しょうがなくやらざるを得なかったこと」=「無理難題」ではない。例えばやろうと思えば簡単にできるが単に気が進まない、なども含む。
問題解決を最優先目標にほどほどを許して議論してる場は
早々に妥協点見つけて人目につかないでしょ。
妥協点を見つける議論=採択をネットですればいいとは言ってないぞ。
思考範囲が広い=論点が多い
あーでもないこーでもないと言いたい人は論点が多いほうが議論に参加しやすいし盛り上がると思うんだけどね。
その方が目立つし盛り上がるからそう見えるんじゃないですかね。
問題解決を最優先目標にほどほどを許して議論してる場は
早々に妥協点見つけて人目につかないでしょ。
思考範囲を広く持った柔軟な議論はデメリットになる。
本来、「平均からどれだけ離れているかを、50を平均とした時の統計的な指標」にすぎない偏差値について、こんなにもツリーを伸びてるところを見ると、偏差値に対する誤解やイメージは相当なものなんだなあ。
両方とも「一般的には高い方が好まれる傾向にある」ことが共通しているところがポイントだろうか。
勝手に「その人物の魅力は~」云々を言う人が出てきてるし、元増田としてはしてやったりなんだろうな。
空想科学読本で、強さの単位「ジャバ」を定義し、いろんなヒーローの強さを無理やり比べたネタを思い出した。
元増田の表と同じ様な表としては、こんなのも作れる。
| 男の体重 | 男の血圧 | 偏差値 | 大学で言うとこの辺 |
|---|---|---|---|
| 85.9 | 160.34 | 73.1 | 国立医学部レベル |
| 77.9 | 147.74 | 64.1 | MARCHレベル |
| 69.9 | 135.14 | 55.1 | 日東駒専レベル |
| 62.0 | 122.68 | 46.2 | マイナー女子大レベル |
| 54.0 | 110.08 | 37.2 | 名前書けば受かるレベル |
| 46.0 | 97.48 | 28.2 | 大学が無い |
この表からは「すらっとしたモデルはマイナーな女子大レベル以下」、「MARCH以上は高血圧注意」なんて言い方ができてしまう。
しかしこの表は統計的な意味では、元増田の表と変わりないのに、
「体重や血圧は高ければいいってもんじゃないだろ。何馬鹿なこと言ってんだ」って感じでスルーされるだろう。
作るならやはり「多いほどいいとされるもの」でやるべきだ。
例えば、年収とか、資産とか、今まで付き合った異性の数とか・・・
http://anond.hatelabo.jp/20130520191133
なので気が向いたら書きます…
見てくれる人がまだいるかどうか知らんけど…
色々な角度から感想、意見、推測をもらってとても勉強になった。
自分の出来事や考えを出してみるって言うのも悪くなかった。
アドバイスは勿論のこと
それにしてもはてなユーザーはモテ・非モテの話題には食いつくなあ。
それは自分と同じように勉強できるけど運動できないインドア系だった
コンプレックスの固まりの非モテが多いからだと推測する…カワイソス(´・ω・)
特に今回の話題が伸びたのは
書いた本人も一夜明けて読み返してびっくりの驚きのキモさよりも、
何よりも皆様のトラウマとコンプレックス、古傷をえぐってしまった事だと分析
それからブコメとか見てたら、外見以外に原因を帰結させようとしている人は
色々思う所あった。
そこから考えられるユーザ像を超勝手な思い込みと妄想で分析してみたwww
もしくは167cm以下の男性
身長以外に問題を帰結させないと
恐ろしい…こいつと同じ痛みを共有したくない……
現実を認めたくない…と思っている
あなたが待ち合わせに行っても
もしくは身長がそこまでキーにはならないと本当にそう思ってる人
それ以外には職業柄
性格がひねくれている人
上と重複するけど
全体的に外見にコンプレックスがある人
(内面にはそれなりに自信がある?)
こちらも内面に問題を帰結させないと
もしくは本当にキモいと思ってる人
ただ感想を述べただけの人
メールの時点で落とされるはずなので、
自分の外見に自信がある人
(自己申告なので怪しいが…)
最終的には異性と上手くいかない人
落ち込んでる人を攻撃するという点から
アレな感じ
でもこういうサイコパス的な人の方が
世の中うまく渡るんだよなあ…
この人は相当痛々しく、
この世の色んな事に絶望している…
いわゆる地雷
クソ長いため、途中で読んでて心折れた人ww
または時間ない人、人並みの読解力がない人、忍耐力がない人、そこまで興味ない人、極めて浅いレベルの評論家
もしくは増田と読者は対等で
頭の悪い勘違い野郎
ニートかもしれない
俺とあんたは対等だよ
俺は書きたいこと書いてるだけ
あんたは客じゃない
どちらにも義務は無いんだから
長いと思って嫌ならタブ閉じて見なければいいだけだよ
素で思ってんなら
って言ってもらったほうがいいよ
思慮の浅い2ちゃんねらーかな
残念ながら釣りじゃありません
それをやらないってことは
つまりそういうことだ
釣りとか言っている人いたけど逆だろ
訂正する方が釣り臭がしない
わざと間違えてヒントにしているとか
高度なことやってるなら
それこそ最後まで間違えたままにするだろ
こいつらの中に
もちろんただ何となく言ってみただけの人もいる
優しい人、まともな人
余裕が感じられる
今上手く行っている人は
元増田の俺に対して同情的で優しい傾向がありそう
上手く行っていないけど同情的な人は
相手の痛みに共感できる本当に根が優しい人
でも多分俺と同じように虐げられる側の人でもあるんだろうな…
紛うことなきペルソナファンww(おそらく真・女神転生はそんなにやってない)
この文章でまずそこに突っ込むかwww
深層心理は
メディアミックスまでされた大好きなJRPGなので、認めてほしいです…(震え声)
ちなみにネット弁慶でリアルで言われると何も言えない人だろう、多分
なおどちらかというと
マニアック、知る人ぞ知ると言われた方が嬉しいはずなので、
残念ながら分析が当たっちゃた人、ただ単に性格がひねくれている人
これが、お店が頭悩ませて作ったものなら、思い入れがあってそうはならないんだろうな。
逆に、タダで作れちゃうサービスだと、やらなゃ損だから仕方なくやる的なところもあって、結果としては煩わしさの方が立つんだろうな。
食べログで紹介される事自体、お店が望んでお金や労力を割いて登録するよりも他人が勝手に登録する事の方が多いだろうから、
有り難みはあんまりないだろうね。
同じ目立つにしても、同性から見上げられるのと見下ろされるのとでは心理的ストレスに差がありすぎるんだけど。勝手に仲間意識持たないでねオチビさん。
時の流れというのは早いもので、2013年ももう5ヶ月過ぎた。
いつもこの時期になると聞こえてくる言葉の一つに「5月病」というものがある。意味は知っている方と多いと思われるが、簡単に説明すると意気揚々と4月に飛び込んだ新しい環境に馴染めず鬱状態になったり「本当に今のままでいいのだろうか」とやけに軽く焦ってきたり(これはもしかして僕だけだったのだろうか)する精神状態のことを言うらしい。
何分僕もその頃、まだ若いというのに人生の意義や今後の進路について過剰に煩悶していた張本人であった。当時、高校1年生の頃だった。そして、なんと勝手に地方から東京に出、結果的に約3年間を無駄と化してしまったのである。
これから僕が書くのは「懺悔」の文だ。と同時に、今頃僕と同じ、正確には3年前のあの頃の僕と同じ精神状態に陥っている高校生(もしかしたら中学生も含むかもしれない)への、ちょっとした戒めの文でもある。稚拙ながら、その点ご容赦願いたい。
先に言っておくと、僕は現在とある地方の予備校生だ。まあ、タイトルからして分かるだろう。全くといっていいほど勉強していなかったから、大学なんて受かるはずもなかった。
ここまで書くと、「なんだ、予備校生なんて日本に何万人といるよ」と思われるかもしれないが、そういう類ですらない。学校でも全く勉強という勉強はしなかった、授業すらあってないようなものだったのである。
正直に言うと、現在の僕の学力は高等学校普通科に換算すると1年の1学期ほどまでの学力しかない。いや、3年間ほったらかしにしていたからそれからさらに落ち、中学校程度しかないのではなかろうか。(参考程度に12月に受けた河合模試の結果を書いておくと、国英社平均して偏差値30台後半だった。)
はい、全くもってその通り。が、気づくのが遅すぎた。
ただ単にさぼっていたというわけなのだが、学校で寝たりしていたのではない。むしろそれ以下だった。学校という学校に通ってすらいなかったのだ。あの頃の僕は本気で「勉強よりも今やるべきことがあるはずだ」と思っていたのである。「学生」なのに。
というわけで論より証拠、僕のこの3年間の動きについて、書き綴ってみようと思う。まさかこの年で自分の行いを振り返る事があるとは思わなかった。しかし、これもあの頃の僕のように著しい思い違いをしている高校生を一人でも思いとどまらせるためのものだ。
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今となっては途方もなく堕ちた僕だが、小、中とまでは何処にでもいる学生だった。高校もまずまずの進学校、といっても地方なのでその高校の偏差値も50台半ばだが、とまれ当時の僕はそれぐらいの学力はあったのである。
しかし、その僕に変貌が訪れてしまうきっかけとなる出来事が3年前、高校1年生の今頃に起こってしまう。
僕は丁度、テレビを見ていた。すると、僕と同じ高校生なのに、学校とは別に団体を作ってボランティア活動に従事したり、あるいはビジネスで大人の人と渡り合い、あるいは海外で外国の経営者や政治家と直接話し合っている高校生が特集されていた。いわゆる「意識の高い学生」である。
今ではどうやらこの言葉は大学生を主として使われているらしいが、僕の場合この意識の高い高校生を見て衝撃を受けたのである。そして、「これこそ今僕がやるべきことだ」と「気づいて」しまったのであった。
その頃の僕は大多数の同世代の例に漏れず、思春期特有の将来に対する漠然とした不安というものがあった。皆さんも「このまま何となく大学を出て、何となく会社に入って・・・というつまらない人生でいいのだろうか」と、自分の進路に悩んだ方、悩んでいる方も多いのではないだろうか。こういうのは本来時間の経過とともに治まっていくものだが、僕の場合、変にこだわりが強いせいかそれはもう延々と悩み続けた。そこに前出のスーパー高校生の登場である。
もちろん、一地方の田舎でそんな活動ができるわけはない。特集されていた高校生も、みな東京の学生だ。元々上京意識が高かった事もあったが、彼等を見てついに僕も上京を決心する。
早速両親に上京を掛けあってみたのだが、勿論のごとく変えてくるのはありきたりの言葉だった。
「なんで今なんだ」「大学出てからにしろ」「そんなこと考えてる暇があるなら勉強しろ」「その高校生は特別なんだ」「そもそも具体的に何するの?」
今となっては、実にあたり前のことだった。しかし、僕は知っていた。いや、知ってしまっていた。世の中の偉人と言われる人は皆、周囲の反対を押し切った人が成功しているのだと。
繰り返しになってしまうのだが、あの頃の僕は本当に前しか見ておらず、成功者の自伝などを読みまくり、その結果としてこれはある経営者の高校生時の状況と瓜2つだということを感じ取ってしまった。SoftBankの孫正義である。彼も高校生時代に、周囲の反対を押し切りアメリカへ行ったのだ。アメリカと東京という違いはあれど、まさしく今の僕と同じ状況ではないか。
・・・その頃の僕は気づいていなかった。1人の「成功者」と呼ばれる人物の裏では、何百人という人々が涙を飲んでいるという事実に・・・
かくして僕は、とうとう貯めていた貯金の全てを使い切り、抗議の意志を示すかのごとく断りなく一人単身で東京に行ってしまったのである。安い旅館に何日も泊まり、東京行きを正式に認めてもらうまで家には帰らないと突っぱねた。その頃、季節はもう夏になっていた。
そしてついに両親は根負けし、東京行きを認めることになった。マンションの一部屋を借り、学校にも転入届を出すことになる。
ここに、間違いがあった。転入先の高校を通信制高校にしてしまったのである。池袋駅東口をでて大通りを歩くとビルの上にでかでかと緑の看板があるあそこだ。前にも書いたが、勉強なんてそっちのけでやるべきことがある(が、はっきりとはしてなかったし結局しなかった)というのが僕の持論だったのだ。根拠のない自信である。「ただ単に勉強にあくせくするだけの高校生活では後悔する。それよりもむしろ高校生という立場を利用して、社会的にコミットしていくべきではないか」と。勿論、学習塾の類にも通わなかった。
・・・いや、「学生」の意味わかってるか?と今になって突っ込んでも、もう遅いのだ。
さて、東京に来た秋から卒業してから連れ戻される今年3月までは、すべてを語るともう読むだけで日が暮れてしまうだろうから、かいつまんでだけ説明する。
まず、多くの本を読んだ。上京する前から本は読んでいた方なのだが、上京してからは大型書店がたくさんあったこともあり、大量に購入してむさぼり読んだ。内容としては社会問題(震災、ボランティア等)や政治経済、自己啓発書、著名な経営者が書いた本などが主であった。
次に、自由に使える時間を利用して、様々な講演会に出かけた。これは東京でだからこそ出来る代物であろう。政治家、各省庁の役員、NPO団体の代表、大学教授や評論家、新聞記者さんなどが開催する講演会やシンポジウムである。僕は前もって作った名刺(といっても名前と電話番号、メールアドレスしか描いてない素朴なものだった)を持って行き、終了後に社会人に混じって名刺交換に励んだ。「学生です」と言うと「こんな若いのに立派だねえ!」と返してくれる。それが嬉しかったのか、どんどんと基本的に社会人向けの講演やシンポに出席するようになった。周りがスーツだらけの中1人洋服だとしても、全くお構いなしだった。
他にも参宮橋近くにあるいわゆる意識の高い人達がいっぱい集まる某センターに何度も紛れ込み、迷惑になるので名前は明かせないが様々な団体と交流したり付属の宿泊施設に泊まったりすることもあった。
その他にも興味のある大学の授業にひっそりと出席したりと、まあ思いついたことをそのままやってみせた。
ここまで聞いて、「何だ、結構すごい事やってんじゃん」と思った方もいるかもしれない。
確かに、当時僕が交流していた学生にはテレビや雑誌で紹介された経験もあるようなすごい人もたくさんいた。が、彼等意識の高い学生と、僕とが全然違うファクターが1つだけあったのである。
それが、「学力」だ。
僕は、一般の高校生が学校に行き、その後学習塾に行き、ヘトヘトになって帰宅して更に課題に追われているその間に、好きなまましてきただけのことだった。先述した他の学生は学校に行った上で、その他の活動もしていたのだ。この時点で差は明白だったのだが、これも今だから言えることである。
とは言え、当時の僕がいかに学力で劣っているかは、当時の僕自身も知っていたことであった。
3年生になった。そろそろ進学先を決めねばならない。しかし、学力は無い。じゃあどうするか。
学力の無い僕にとっては大学に行く手段としては自己推薦・AOしかないわけで、実は上京した当初からそれを狙っていた。そのためにこれまでたくさんの一般高校生とは違う活動をしてきたんだ。この経験は大きいだろう・・・
とまれ、そのためには小論文や自己推薦書の練習をしなければならない。偶然にもイベントで何度も同席していたとある都立高校生が、論文対策にこれまでも同試験で多数の大学に合格者を出しているW塾を教えてくれた。
が、ここに相談に行った時に、僕のこれまでの一連の楽観的考えを一気に叩き潰される出来事が起こるのである。
推薦対策のコース説明を聞き終わり、帰宅前にアンケートを書いていた時の事だった。
「あ、〇〇高校さんなんですか。」
「ええ、そうです。」
「あの、確かそこって通信制高校でしたよね。」
「はい、そうですが。」
「・・・言いにくいことですが、通信だと推薦やAOは難しいですよ。」
考えてみれば確かにおかしな話である。「今までの画一的な学力入試にとらわれない多面性を重視した新しい入試方式(うろ覚え)」なのに、どうしてそんな差別があるのか。
そこから先は、今まで何度かこの文章の中で自分自身でつっこんできたことそのままだった。手短くまとめると、背伸びをする前に学生としての本分を果たせとのことだ。反論できなかった。呆然とするしかなかった。
しかし、今まで普通科以外の高校から合格した人もたくさんいるのではないか。苦し紛れに反論した僕に、更なる追い討ちをかける。
「何か、これだけは日本一だと誇れるものはあるか?」「何かの大会で優勝したり入賞したことはあるか?」「テレビか、ニュースで報道されたことがあるか?」「まあそうじゃなくても、せめて何かの団体を率いたり、主催をしたことがあるか?」「そもそも、東京に来た目的ははっきりしたか?」
・・・今考えると、最後は「それをはっきりさせるためにここに説明を聞きに来たんでしょ!」と反論できなくも無かったかもしれないが、その他の部分ではもはや撃沈であった。
どう帰ったかは、よく覚えていない。こんなにはっきり言われたのは、初めてだったのだ。確かに通信制の学校で、何も勉強せずに大学に通った例は、たとえば芸能人とか、ゴルフなどで優勝したとか、ケン玉で日本一になったとか「特筆すべき何か」を持ってる人ばかりだった。
だが、一般高校の場合はまた違ってくるだろう。僕も今まで、さまざまなW塾出身の合格者に出会ってきた。しかし、その人もたいてい何らかの(小さいながらも)組織の代表を務め、さらに将来に対する明確な目標や問題意識を持っていた。
冷静になって考えてみると、通信云々という前にこの時点でアウトだったのかもしれない。僕は「東京に一大決心をして来る」ということを「目的」としてしまったのだ。その後にやってきたのは皆、講演会にしてもイベントにしてもシンポジウムにしても、ほかの誰かが開催したものにただ参加したというだけ(しかもお金まで払って)の、単なる「客」だったということだ。はっきり言って「受動的」。これではダメだ。
誰が、こんな人を入学させるのだろうか。
しかも僕の場合はさらにひどく、このような活動をしていないほかの高校生を見下してさえいたのである。先述したとおり、「学生」の本分を完璧に忘却していた。当時僕が「見下していた」多くの学生は、今頃大学で楽しい生活を送っているのだろう。対して僕は予備校詰めだ。これはある種の罰なのだろうか。
話がそれた。
W塾での出来事は相当こたえたが、だからといってあきらめるわけにもいかない。これで受からなければ、とても大学には進めないのだ。僕はありとあらゆる大学の資料を取り寄せ、自己推薦書や小論文を書き出願した。やみくもに書いたわけではない。このころになると都内の有名どころの大型書店の地図は全て頭の中に入っていたから、何店舗か回って関連書籍を買い漁った。文の書き方から何まで丁寧に指導してくれていた本もあり、それも参考にしながら今までやってきたことや思ってきたことを全て提出用紙に書きなぐった。何が「お前じゃ難しい」だ。今に見ていろ。何校も受かって、鼻を明かしてやるからな。
帰ってくる不合格通知の山。僕は、目の前が真っ暗になった。今までやってきたことは何だったんだ。
伊達にW塾は毎年何十人も推薦合格者を出してきたのではなかったのである。
しかも、出願前に必要事項を記入していてわかったことなのだが、大学側が求めた記入事項にも、それを裏付ける所があった。人間性のみを見るはずなのに、通っている高校が「普通・定時・通信」のどれなのかを記入しなければいけなかったのだから。
久しぶりのスクーリング日。担任の先生に言われた。「そろそろセンターの準備はできてる?」
もう、2012年も残すところ1ヶ月だった。
12月、僕は初めてセンター模試というものを受けてみた。といっても、これは今年のセンター模試の最終回だったらしいが。
結果は、始めの方に書いたとおりだ。センターまであと1ヶ月ちょっと、このままの成績で大学に受かるなど、ドラゴン桜のカリスマ先生が今一堂に会しても不可能だろう。そもそも、勉強の習慣さえついてない。
もちろん、模試の時書いた志望校の合格可能性欄は軒並みEだった。・・・いや、1つだけA判定があったな。ちょっと前に2ちゃんねるで騒がれていて、ネタのつもりで書いたBF校、日本橋学館大学。進学させてくれなかったけど。
卒業式には、行かなかった。
よく覚えていないが、このころは全ての夢が潰えたショックで、ただひたすらに家でぼーっとしていたような気がする。
―――Check mate―――
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そもそもあの件にどっちが悪いなんて白黒つける必要はないと思っている。
というのは、どちらにもそれなりの言い分があり、かつ、非があるとおもっているから。
まずレストランについて思うこと。
予約していても入店を断られるというのはどう考えても気分のいいことではない。
断るなら、それ相応の断り方ってもんがある。断り方というか言い方と言った方が正しいか?
「従業員の数をかんがえるとほかのお客様へのサービスがおろそかになる」
的なことをやんわりと伝えれることができればよかったのだ。
昭和の頑固なラーメン屋のおじさん(勝手なイメージ)じゃないんだからさ。
それができれば乙武氏に同伴していたという女性が泣いて店を飛び出す、という事態にはならなかったかもしれない。
次に乙武氏について思うこと。
予約する時点で、レストラン側が乙武氏の名前を聞いて「もしかしてあの乙武さんですか?」なんて聞けるわけがない。
全国に「乙武さん」という名字の方がどれだけいるかわからないが、それが佐藤さんや田中さんだったらキリがないわけで、そこは乙武氏が気をまわしてもいいところ。
ブログには「お恥ずかしい話だが、自分で店を予約する際、あまりバリアフリー状況を下調べしたことがない。さらに、店舗に対して、こちらが車いすであることを伝えたことも記憶にない。それは、とくにポリシーがあってそうしているわけではなく、これまで困ったことがなかったのだ。」とあったが、それは乙武氏の友人やお店の配慮があってのことだと思う。
そういう恵まれた環境にあったんだろう。
いい人にはいい人が集まるとはいうが、そのとおりで、人徳のなせる業だ。
同伴していた女性が泣いて飛び出してきたからって短気すぎないか?
(そもそも泣くのかよ、と女の私は思うがそこはまた別の話なので言及しないでおく。感受性の強い方なんだよ、きっと)
大人気(おとなげ)ないよ。
今頃、女性は私が一因でこんなことになって迷惑かけたな、とか思ってらっしゃるんじゃないかな。
乙武氏はTwitterでみんなに意見を問う、というのはご自身の知名度を理解したうえでやったのではないだろうか。
知名度もある、伝える文才もある。
実際、ブログを拝見して、今回の騒動について反省している内容なんだが、どこか同情心を誘う。
しかも最後に「でも、やっぱり、店主がお許しくださるのなら、いつの日か再訪してみたいな。だって、お店の料理、本当においしそうだったから。」なんて書いてあったら、やっぱりいい人だな、なんて思ってしまう。
乙武氏にいい人という看板がついたら相対的に他方は、ということになる。
たとえ店名を明かしていいといわれたとしても。
私は両親に喧嘩両成敗という意識のもとで育てられたので、どちらが悪いとは白黒つけない。
で、この論争の終着点はどこよって
ノシ
http://d.hatena.ne.jp/trapds/20130521
敵地に爆弾持って飛び込んだら英霊だ、お前も英霊になりたきゃ、
それゆけそらとべ万歳爆撃という感じですよねー。
いやぁ、上の世代の人って本当に無責任だなぁと感銘を受ける次第です。
一刻も早くバリアフリーに寄付もとい拡充推進活動をして報告して頂きたい。
さて、僕は3人とも悪くないよ、と思っているのだが。
http://anond.hatelabo.jp/20130521225430
この方のこの感覚がすげぇと思った。
これからしばらく、障害者が来店した場合の店の対応は表面的には良くなるかもしれません。だとしたら、そのホスピタリティは優しさとか多様性を認めるものからくるのものではなく、「クレームつけられて店の評判落とされたらどうしよう」という恐怖感からくるものだと思います。
http://d.hatena.ne.jp/marumieseijin/20130521/1369120014
本当にそうなのかという無粋なことは言わず、ありのまま受け止めてみよう。この辺ってすごい難しくて、アクセスできればどうでも良いじゃんって思う車いすの人もいるかもしれないし、彼のようにアクセスできても腫れ物を触るようにやられるのはお互い好ましくないでしょ、って人もいるでしょう。その辺はどちらが良いとかあまり健常者が首突っ込んでいえないですよね。
健常者の考え方についてなんだけど、障がい者=不幸だから助けなきゃ、何が何でも健常者と全く同じように扱わなきゃ、って考えに疑問を感じる。まず、自力でできることは何とかしたいと思うような障がい者をバカにしてる。健常者と全く同じように扱わなきゃって考え自体が、障がいを持っているというアイデンティティへの差別じゃないの?と思っている。障がいはある、現実的な制約もある、だけどできるだけ健常者と同じように暮らせる方が良いよね、というスタンスだ。
というか、乙武さんの今までの主張ってそういうことだったのでは。だからこそ、彼は断ったことよりも断り方が問題だと言っている。更に、現実に難しいこともあるだろうけど、この店に関わらずバリアがあるのを減らせる方向に持っていけたらいいね、と。多少感情的で主張が混ざったところもあるとは思いますが、主張自体を個々で見れば妥当だと思ってます。乙武さんは割とBBQくらいの感覚でこことここが問題なんだよねーと言ったところ、周囲の人間がキャンプファイヤーの始まりだぁぁぁっぁぁぁとなってしまった感が否めません。晒す時点で~っていう意見もあるようで、確かに店名は出さない方が良い議論にはなったかもしれないけど、受け取る側の問題があまりにも大きかったと思うよ。乙武さんの今までの主張を何一つ理解してない人がたくさんいたという点で、乙武さんが本当に可哀想だと思う。
健常者一個人から障がい者の方に言いたい事があるとすれば、ありがとうとかやってもらってるとか思う必要は無いよ、と。もちろん、障がい者の側で感謝すべきだとか議論はあるだろうけど、それはどうでも良い。障がい=不幸だから手を貸してるんじゃなくて、誰でも陥りうる落とし穴にたまたま落ちた人に手を貸すのは当然だと思う。ただ、遊牧勧誘民とブリティッシュ熟女(いい意味で)が言うような、自力でやろうなんて思う必要も無いくらいみんな勝手に手伝っちゃうって社会もそれはそれで良いと思うんだけど、このブロガーさんが言うように、アクセスできればそれで良いのか?と。つまり、彼らの意思による選択肢は無くて良いのだろうか?と思うのだ。
後はもう、手伝ってほしい時は声をかけてほしい。前述した通り、同じ車いすの人でも様々な価値観がある訳で、自力でやりたい人もいるだろうし、健常者からそれは判別できないんです。健常者から声をかけろっていうのも良いけど、自力でやりたい人は断りづらそうですし。僕が良いかなぁと思ってるのは、妊娠バッジみたいなもの。僕は手助けしてもらうのはウェルカムだよって表示してる人がいたら、積極的に手助けする人は日本にも結構いるんじゃないかなぁ。もちろん、水戸黄門の印籠のように使う人もいるかもしれないが。
重ねて申し上げますが、一番悪いのはキャンプファイヤー始めた人たちだと思ってます。その熱意をバリアフリーへの寄付及び拡充促進活動に向け、乙武氏と店長に貴方たちのケンカのお陰でこんなにもバリアフリーが改善されるようになりました!!と叫んで頂きたい。
会社を辞めたのをきっかけに、去年からお小遣い程度でもネットで収入が欲しい、とNAVERまとめをやり始めた。
はじめのうちは、手軽さとたくさんの人に見てもらえることへの興奮もあり夜遅くまでやり込むことも多かった。
注目まとめに載ると1つの記事で1日1,000円くらいになった。
で、そのあとも塵のようなお金が日々積もっていき、やがて小さな山にはなった。
今は「自分の興味のあることへの備忘録」的なスタンスで1ヶ月に1つ作るくらいのペースになり、ほぼ放置状態。
結果、毎月のスマートフォン通信料をまかなうお金が勝手に出来ているくらい。
生活も落ち着いてきたので、同業種の旦那の手伝いをしながら、少しずつ本業を復活させていこうとしている。
副収入があれば、気持ち的にもしんどくならないのでアフィリエイトの話になった。
で、私の方がwebの知識はあるので私主導でネットコンテンツを作ってみよう、となり
googleAdSense、楽天、amazon、A8...と、よくある一般的な広告を組み入れてサイト運営をはじめた。
しかし、アフィリエイトというのは結果が出るまでにある程度の時間がかかる気がする。
毎日「今日はどうだった?」と成果報酬を聞いてくる旦那に何も報告することがない私は辛くなってきた。
加えて、私はwebが大得意ではないので、HTML、CSSとSEOについて勉強し直しながらやっている状態。
作るのは大好きだけども、真面目な正確なので全部をちゃんとやろうとすると、ちょっとしたストレスである。
「身のないモノはつくれない」という性格が自分をがんじがらめにし出している。
ご飯を食べたら旦那との会話もほどほどに、すぐにデスクに向かい、パソコンとにらめっこしてうんうん唸り、
旦那が「どんな感じなの?」と聞いてくるとイライラして当たってしまうというスパイラル。
なんだか申し訳なくてたまらなくなってきた。
いつかは結果が出るんだろうか?と。
幸い、すこしずつアクセス数やクリック数で反応を伺えることはできるのでこのまま良いほうに持って行きたい。
しかし、がむしゃらにやりすぎて、結果自転車操業みたいなことになったら意味はないんだよなあ…と
昨夜から悶々としているのであった。
http://anond.hatelabo.jp/20130521193646
元々の記事がこれだけど消えていましたので全文再掲載します。
AVやグラビアに出たことを後悔している女性の画像をいつまでも掲載し続ける嫌がらせ、
一般人の盗撮画像を掲載する嫌がらせをしているエログ管理人は受けても仕方がない仕打ちだと思います。
本日、私がライブドアブログにて2年間ほど運営していた下記ブログが閉鎖となりました。
http://blog.livedoor.jp/d3jiwar/
※今はもうアクセス出来ません。
2chのスレなんかと一緒にまとめていたアダルト画像ブログです。
アフィカスざまぁあああああwwwとか今にも聞こえてきそうですが、いろいろ思う所もあり、
せっかくなのでここまでの経緯をまとめておきたいと思います。
■閉鎖するまでの流れ
上記サイトはライブドアブログの月額1,890円のプレミアムプランにて運営しておりました。
先日、ライブドアブログ当局から「blog@livedoor.net」というアドレスで、
下記のようなメールが送られて来ました。
「いつもlivedoorBlogをご利用いただきありがとうございます。
LINE株式会社 livedoor Blogパトロールチームです。
お客様が運営されているブログに掲載・紹介されている画像または動画に関して、
お客様ご自身が著作権や肖像権などの知的財産権を保有しているかどうか、
または利用許諾を受けているかどうかについて確認をさせてください。
確認にあたっては、その証明となる資料を、
期日までにご連絡がいただけない場合、
livedoor利用規約1.4.2効果第1項に該当すると判断し、
お客さまのブログの利用停止(もしくは記事の削除)を行います。
予めご了承ください。」
まぁざっくり言うと
「転載した画像うpしてるよね?許可とってるなら証明書だしてください。」
という事だと思います。
そこで次の日、
「昨日、ご連絡いただきましたブログに掲載しています画像についての知的財産権の保有または利用許諾についてですが、
当サイトで掲載・配信している動画及び画像の著作権または肖像権等は保持しておらず、各権利所有者に帰属致します。
「第三次エログ大戦」は権利を侵害する目的では御座いませんので、掲載について問題がある場合は、
即刻、該当記事の削除を行わせていただきたいと思います。
つきましては該当する案件の記事名ございましたらお教え頂けませんでしょうか?
という内容の返信を行いました。
すると本日の16時頃、突然、ブログ及び管理画面に一切アクセス出来なくなり、
このような内容のメールが届きました。
「livedoor Blogをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
LINE株式会社 livedoor Blog パトロールチームです。
今回、お客様にご連絡いたしましたのは、お客様の管理するブログの
ご利用を停止させていただいたことをお伝えするためです。
2013年5月16日にお客様ご自身が著作権や肖像権などの知的財産権を保有しているかどうか、
または利用許諾を受けているかどうかについて確認をさせていただきましたが、
また、許諾を得ていないと思われる画像または動画が数多く残っておりましたので、
今回ご連絡の対応となりました。
また、お客様が livedoor Blog PRO、livedoor Blog ADVANCE、livedoor Blog PREMIUM、
livedoor Blog PUREのいずれかの有料プランに加入されていた場合は、当該利用停止処置を
講じた時点で、有料プランのご契約につきましても解除させていただきます。」
そして問答無用で閉鎖という流れです。
噂では有料会員は見逃してるっぽいという噂があったりして、
もしかしたら記事の削除で済むかもしれないと思っていたのですが、速攻でBANでした。
■なぜ当サイトなのか?
ライブドアを利用しているアダルトブログは未だ複数存在します。
他のブログも同じ様に閉鎖にならないのか?とはまったく思いません。
こういったジャンルが好きだから私も運営していたぐらいなので、むしろ応援しています。
なぜ特に大手でもない当サイトが目をつけられたのか、まったく不明です。
アイドルの画像などを多く掲載していた為、もしかするとそこが目についたのか?とも思いますが推測の域を出ません。
「記事を削除すればいいだろ!」というのはブログ管理者の勝手な主張だと思いますが、
過去分をどこまで放置して今後どうすべきかというのは、ネットが普及している現代において
ライブドア側としてもしっかり対処していかなければならない問題だと思います。
2chまとめサイトも含め、転載をさんざん容認してきたくせに、前例がない形で機械的なメール文章を送りつけ、
■今後
形を変えて他のブログサービスにて運営する事も考えていますが、現状思案中です。。。
ただもうどこにいっても、いつまた突然閉鎖されるかもしれないと考えると、
ライターにでもならない限り、ブログ運営においてのアフィリエイトは厳しい時流かもしれませんが。
http://copipe.cureblack.com/c/40354
正面から攻めるぞ!【挿入戦争★正常位作戦】 第3次エロ画像大戦
http://b.hatena.ne.jp/entry/lovefemale.blog.fc2.com/blog-entry-60.html
↑こりずに復活させてやがる。死ね
釣りでもなんでもなく、まじでこれはある。
乙武さんのブログで、乙武さんの不遜ばかり責められてるけど、実際下に降りてきた店主も感じ悪いよね。
じゃあなぜいきなり感じ悪いことをしたか?
女が腹立たしいことやったからだろ?
女が「女性特有の感性(笑)」で、勝手にむかついて発狂して、それで店主がいらっときたんだろ。
「あの乙武さんが来てるんですよ!」くらいは言ったんでないのかな、女。
そんなん言われたらかなりいらっとくるし、お断りしに降りようという気にもなる。
真相はそんなとこだろ。
子供の頃にピアノが弾けるのは生まれつきじゃなくて子供の頃からピアノを習ってるからなんだが
プロピアニストってのは3歳くらいからやってるもんだが、大抵親も音楽関係でガチで毎日何時間も教える
一般人の子供がヤマハ音楽教室行くのとはレベルが違う教え方をする
だから弾けるようになるだけだよ
お生まれは神奈川ですか?
すごい微笑ましいんだか、危なっかしいんだかわからないエピソードですね。
統計学でRが必要になって初めてアルゴリズムを覚える必要性が生じたのですが、ひどく苦労しました。
あれは英語を覚えるような感覚だったんですね。自分でアルゴリズムを考えて作り出せるなんて、想像だにできないですけど
納得しました。
俺の例で言えば、親が使ってるパソコンが転がっていて、プログラムのコマンドレファレンスが転がっていて
当時はインタプリタだったから、コマンド打ち込んだらそのとおり動いて
つか、俺の当時はプログラムはまだマイナーで今みたいに、ネットもなかったし、それ以外無かった。
小学生だったから、プログラムの本も買ってもらえなかったからな。
教えるも何も、教えてくれる人がいないし、今みたいに使いやすくもないパソコンでプログラム組めたし
そもそも、こども科学館とかでのルートパスワードも、普通に 子供だからと安心して目の前で打つから覚えて知ってたし。
そんなもんだよ。デジタルネイティブというのは。
たとえば、テトリス作るのに、テトリスの作り方を教えて貰う必要がない。自分でアルゴリズムを考えて作り出せる。それが、デジタルネイティブ。
生まれた時からデジタルがあったというより、生まれた時にあったデジタルに、母国語と同じレベルで理解して使えるネイティブな才能の事だと思ってる。
言いたいことはわかるけど、教えられないとパソコンが使えないというのは、わかるけど。もう、そこに壁がある。
使いやすいから使えるのではなく、自分の腕と同じような感覚で使えるのがデジタルネイティブ。 ネイティブなんだから。
全員がデジタルネイティブじゃないという主張はその通りで、飛び級にしろ わけないともはや無理なのは周知の事実では有ると思うよ。
お互い 混ぜられると どっちも苦労すると思う。
デジタルネイティブはほんとにネイティブ、生まれつきなのかなと疑問にがふとよぎったことがある。生まれた時にPCが隣にあれば放っといても使い出して、いつの間にかコーディングを始めて、行く末はWebサービスを支えるエンジニアみたいな。デジタルネイティブを足らしめる要素は枕元に情報機器を置くことだけなのかって。
TechCrunch Japanの記事はそんな自分の疑問に答えるものだった。
Naverまとめで新世代ェ・・・デジタルネイティブの恐るべき生態なんて見かけると、iPadを与えた全ての子供たちが何も教えなくても自然に使い方を覚えて、勝手にデジタル環境に適応していくように思える。幼少時代、外で誰に教わることもなく缶けり、鬼ごっこ、お人形で遊んでいたように。
デジタルネイティブなら当たり前にできて当然じゃないの?と見過ごしがちだけど、デジタル機器もまた単なる道具。見るだけで使い方がわかるアフォーダンスデザインなんて存在しないんだ。誰かが使うのを見て知らず知らずのうちに子供は使い方を学んでいく。ある日突然しゃべりだすように。でも、それだけだ。コミュニケーションが場数を重ねて上達していくように、人と交わりあって自然と人間関係の難しさを覚えていくように、デジタル機器もまた教える人、教わる関係があって初めて学べることはすごく多いんだと思う。まとめを見ていたら、デジタルネイティブはすごい、すごいともてはやす裏に、自発的に歩む可能性に全てを押し付けて、教えることを放棄してるんじゃないか、なんてことを勝手に考えて勝手に暗くなった。
大学が推奨してたiBookG4を買ったはいいけれど正直持て余してたのでそれっぽいことをしなければと思ったからだ。
その最初の受講日、スライドを見ながらぼちぼち打っていた時、後ろからちょんちょんと肩をつかれた。
「漢字、かな」の変換はコマンドキーとスペースの両押しでできるよ。
スペースキーの隣にある林檎のアイコンを押してみてと言われるがままに実行すると、
...それまではマウスボタンでわざわざ右上にもっていって逐一切り替えていた私。Windowsと比べて、右クリックのボタンはないし、「半角/全角」のボタンもないし、UIもおかしいし、@の位置は違うし、起動の音はでかいしとMac使いづらい理由のトップ5が初めて切り崩された瞬間、自分はどんな顔をしていたのだろうか。
後に友人になる彼にはその後もいろいろ教えてもらった。ジョブズの名前を初めて知ったのもその一つだ。彼の死亡が報道されて、名前が連呼するようになった後、初めて正しい発音を知った。他にも似たようなことがあったので当時の彼は自分と五十歩千歩だったのかもしれない。だが、yahooで質問することを覚え始めた自分には、顔が見えるだけで安心するかけがえのない貴重な師だったことは間違いない。予断だけど、ウェブの善意が最初は怖かった。どこの馬ともしれない自分にどうしてこんなに親切に回答をくれるの?とあの頃は不思議でしょうがなかった。そんな自分が今増田で書いているのがひどく可笑しい。ここまで来るのに義務教育と同じ時間がかかってる。ここまで来てなんで増田なのか、振り返らないこともないけど、私の人生の分岐点を担ったのは紛れもなく友人だ。YahooによるTumblrの買収について、Gizmodoの記事読んだ?そんな話を振ってくれる彼は今も私の前を走り続けている。
ショートカットキーの一つや二つ、普通は勝手に覚えるものじゃないかと思う大半の方にとっては奇妙な話なんだろうけど、少なくとも私にとってショートカットキーは教わるものだった。教えてくれる教材はウェブにいくらでも用意されているけど、「ショートカットキー」という言葉を知らなければたどり着くこともない。yahooポータルのホームページには「ショートカットキー」という言葉は載っていないから。だから、無知に気づくこともない。知らないことを知らないから。
勉強をするための教材も、
全部ネットにはあるけれども、
ただあるだけ。
そこへ行くのは誰でもない本人の意思だけど、
本人の意思じゃない。
その動線はやっぱりリアルなのかなと思う。リアルの知り合いでフォローしていたら偶然回してきたリツイートで知らなかった世界を知った時にそこで新たな世界を知るか知らないかを決めるのは、今までに築いたリアルなソーシャルの環境だから。デジタルネイティブと言われ、みんながみんな、同じような情報機器を所有する中で、私たちの世代には予想だにしなかった"格差"がこれから生まれるのかな。
同意するところが多かった。
お互い、フェアに図々しくありたいな。ほんとに。アサーションしたい。
権利を主張することは図々しいことだ。しかし、それよりも更にずっと図々しいのは、「自制せよ、謙虚であれと他人に求め、権利の主張をさせない」ことだ。
もちろん、権利を主張していいんだったら、その主張を認めないということもあっていい。
しかし、主張の却下はあくまで、「主張をよく聞き、それが妥当か否か議論した上で」行われるべきだ。
同じ社会に生きる他人の主張を封じ込め、一切聞く耳を持たない。そんなのは対話の放棄であり、それこそ「社会人」として、最も恥ずべき態度ではないだろうか。
とか
今、私たちが享受している権利のほとんどは、図々しく生きたご先祖様のおかげである、とも言える。
だとしたら、「図々しさ」というものに少し位感謝してもいいかな、と私は思うわけで。
その人の主張に賛同するなら、この閉塞感を少しでも打破するためにも、ぜひ応援してあげてほしい。(社会運動は起こすには、最初のフォロワーが大事だと聞く)
については、わたしは同意できなかった。
個々人が「わたしはこのひとのいうことに賛同する!」と自由に発言するのと、その発言に「閉塞感の打破」「応援してあげる」といった変革への意志が伴うのとは、まったく別の話になると思う。
これについては、それこそ、「援護射撃してください」という「当事者からの図々しいお願い」の過程を、キッチリ踏むべきだと思う。
社会運動って、ある意味「利害関係や価値観の戦争」みたいな側面を持ってると思う。戦争するなら、当事者側には事前にある程度の覚悟と計算(勝算、メリット・戦果)が要るし、当事者にその意志がないまま周囲が勝手に社会運動化してしまうのは、「当事者に益なき高リスク」ともなりかねない。
当事者(少数者のメリット)を犠牲にしてでも、社会(多数者のメリット)を良くすべき(高めるべき)、と考えるひとも少なからずいると思う(自分がその「当事者」にならない限りは、ね)。その考えにも一理あると思う。
でも、わたしはそういうの、絶対、絶対、嫌だ。
男は、うどんにはコシがあるものだと思い込んでいたから、「麺がのびてるじゃないか」と怒った。
他の常連客が「麺がのびてるんじゃなくて、こういううどんなんだよ」と怒った。
男は「麺がのびていると自分が思ったのは揺るぎない事実だ、だからここは駄目な店だ」と開き直った。
という話なんだろう。
てかそもそも製作者サイドが「作画崩壊でした」なんて認めるわけないっしょ。
それだけのこと。
君が言ってんのは「ボクは変だと思いました、まる」でしょ。
それだけならいいよ、勝手にそう思ってろ。
そうだね。そしてそう思ったのは自分だけではなかったのも確かめたよ。
作画厨が「あれは作風」って言いはるのも自由。
それだけならいいよ、勝手にそう思ってろ。
それは君の自由な感想だ。
突っ込む気も修正する気もない。
ってか作画厨はそこを突っ込んじゃってるんだけどね。
君が言ってんのは「ボクは変だと思いました、まる」でしょ。
それだけならいいよ、勝手にそう思ってろ。
もしくは「ボクの好みじゃありませんでした」とかね。
それは君の自由な感想だ。
突っ込む気も修正する気もない。