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はてなキーワード: 小説とは

2016-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20160626060628

いやちゃんと自分で試してからにしてくれる?

娯楽小説という狭いジャンルなら、ちゃんと研究すれば受ける作品が作れるだろうね

ノンフィクションとかはそうもいかないだろうけど

2016-06-25

アジャイルよくわからない

今の現場WF開発なのだけど1週間~2ヶ月、体感で2.5~8人月くらいの重さの案件が2~4つ並行していて、それを2~4人で回している。


古来よりつぎ足しつぎ足し作られてきた継ぎ接ぎだらけの秘伝のソース雰囲気踏襲してつぎ足していき、そのスパゲティぶりたるや村上春樹小説主人公を思わせる。


当然レシピはなく、数多の暗黙の了解的な仕様自分で発掘していくしかない。もはや歴史という他ない。発掘してはよくわからないまま踏襲していく。何故か動く。


WFというには仕様不安定かつ不明確なまま進行していくのでこれは実はアジャイル開発なのではないかとなんとなく疑っている。


期間が短いためスケジュール上で既に工程が重なっているし当然同時並行に近くなる。案件も重なっている。色んな事情で頻繁に戻りも発生し混沌とする。


ぎりぎりカウボーイコーディングでないのは元のソースの味が濃すぎるためである


もう辞めたい。元受けではないので客先を変えるだけでよさそうな気もするのに会社を辞めるしかないのであろうか。変な感じだ。



逸れてしまった。


・完全に0から作るのか。と言っても要望くらいはあるだろうから、どのくらいの状態で始めるのか。


短期感で戻りが多いWFとどう違うのか。まず何からするのか


文書をあまり残さず作った後、そのシステムを全く知らない人が加筆修正する場合はどうするのか


・作っていくうちにだんだん巨大になってしまった場合誰も全容を知らないようなことが起こりうるのではないか


賞味期限はどのくらいのつもりでつくるのか


このあたりが気になっている

2016-06-24

おれはカクヨム落選した人間だ.。だが撤退はしない。

http://togetter.com/li/991000

このまとめを読んで思ったことをつらつら書こうか……と思って帰ってみたら大幅に補記されてる! でも全部読み通す気力はないので(ごめん!)、とある更新部分までを読んだ段階での、生煮えのおれなりの感慨を書く。


おれもカクヨム小説の大賞を狙って投稿した人間だ。ジャンルは「恋愛ラブコメ」だった。

おれは結果としてカスリもしなかったようだ。でもおれは大賞を取った作品に対して、是非はクリエイティヴな「批評」として論じたいが、読まれた功績は素直に認められる。負け惜しみとか妬みとか嫉みとか、そういうものはない。

何故なら、おれは全力を出し尽くしたからだ。おれの持てる全ての力を振り絞って、作品に対して集中して書き切ったからだ。

おれもウケを狙ってショートショートを書いてみたりしたよ。カクヨムではそういうのもウケるみたいだからな。でもボロクソに言われた。

言われたことももちろんショックだったんだけれど、おれがショックだったのはそういう批判ではなく(批判する権利は誰にでもある)、その批判に応えられなかったからだ。作品がその批判に対抗出来る力を持っていないと思ったからだ。安直動機で書いたことを見抜かれたからだ。

読者は貴重な時間を費やして読んでくれるんだ。批判もまた、その好意の裏返しだ。それに対してきちんと応えられないウケ狙いの安易作品を書くことがどれだけ下らないことか、その時良く分かったよ。

逆に言えば、批判否定されてもそれに応えられるだけのものとは、大賞の受賞を逃しても納得出来るだけの、自分は精一杯全てを出し尽くしたと言い切れるもののはずなんだ。おれは大賞を狙った十万字の小説に対してそれだけの情熱を注げた。それは断言出来る。

おれは読んでないからなんとも言えないが、イスカリオテ湯葉さんの作品もきっとそれだけのありったけの力を振り絞って書いた作品なんだろう。だからまれるだけの力があるんだろうな。それは結局実力の差、あるいは時の運、その他諸々が絡み合って出された当然の帰結なんだ。

おれは『カッコーの巣の上で』という映画が好きだ。あの映画で、閉鎖的な病院から抜け出すべく水飲み場の台を持ち上げて窓ガラスを壊そうとするマクマーフィという男が登場する。そいつは結局その水飲み場の台を持ちあげられない。でも、最後にひと言言うんだ。「でも努力はしたぜ/チャレンジした」と。

おれの今の心境も同じだよ。おれは努力した。全力を振り絞って書いた。なけなしの力を、これ以上ないというほど、血を吐くような思いで書き切った。だから落選したが、ボロクソにも言われたが、不思議と傷はついてない。むしろ爽やかな気分だよ。やり切った、って充実感/達成感がプライドとして守ってくれるからな。

おれは努力した。燃え尽きたよ。これからまた小説を書くのかどうかは分からないが、おれはカクヨムという場は好きだ。だから撤退はしない。


っていうことを書こうと思って(そういう部分だけ読んだんだよ!)家に帰ったら、なんか怒りをこじらせた挙句の果てにご覧の有様だよ! でもここまで考えたことをムダにはしたくないので、敢えて増田で書き捨てる。ごめんな!

2016-06-23

自分に負けて同人をやめた

最近よくツイッターで「同人をやめた」文が流れてくる。

やめた人の理由は様々だ。わかるわかる、と思うことも、その逆もある。

読んだ人の反応も様々だ。「参考になる」というひとも、「もとから向いていない」という人もいる。

そういうものを読んでいるうちに、私も吐き出したくなった。

別にかわり映えしない話だし、今までの「やめた」話の中と根本は一緒で、でももっとどうでもいい理由だと思う。

誰かに読ませたい、わかってほしい、というより単に自分がすっきりしたいから書く。

私が同人をやめた理由は、自分に負けたからだ。

私は半年前に同人活動をやめた。でもピクシブは読むし、イベントにも一度行った。買い手として。

書き手としての活動は7年くらいやってた。超ピコ手文字書きだ。

どれほどのピコかというと、1イベント10部売れればうれしくなる程度のピコだ。7年目で。普段は3~5部といったところだろうか。

いわゆる旬ジャンルにいることは少ない。

正しく言うと、入ったときは旬でも、そこから平気で2~3年いるのでいつの間にか流行が終わっているのだ。

1クールアニメに3年一筋でハマっている。もちろん「そんなの全然長くない」という人も多いかもしれないし、それは全然否定しない。

ハマるのはだいたいマイナーCPだ。ピクシブで見かけるのが私の作品だけ…という経験は無かったが、書き手仲間が片手で足りる、作品数は一桁、やっと二桁、くらいの畑にいた。

大阪に近いところに住んでいるので、大阪イベントばかり出ていた。

数少ないCPだったけど、書き手さんが西に固まっていたのか、大阪イベントに参加して下さることが多かったのが幸いだった。

買い手として東京に行くこともあったが、ごくまれだった。

そんな中で、東京イベントに初めてのサークル参加を決めた。

読んでくれる人がどれほど少なくとも、やっぱり本を出すのは楽しい

それも、オンリージャンルであればなおさら楽しい

当時(やめる直前)ハマっていたジャンルはやはり旬ではなかったけれど、そこそこ大きくて、半年に1回は東京大阪オンリーが開かれていた。

たまには東京でもいいかな、と思って、日帰りの予定で申し込んだ。

原稿中は仕事の引き継ぎでごたごたして危うく落としかけたけど、「せっかく東京まで行くのに落としたらシャレにならん!」となんとか書き終えた。

出来がいいかいかはわからないが、気に入ってはいた。自分で書いたんだから当然可愛い

サンプルを上げる。ブクマがつかない。

当日売れるかはともかくとして、これまではサンプルを上げるとある程度ブクマはついた。

ピクシブ一桁CPから仕方ない。だけど、少し不安だった。

当日の結果としては、1冊も売れなかった。

1冊しか売れなかったことはあった。1冊も売れないのは初めてだった。

「本が売れない」ことにへこんだわけではない。

それなら、1イベントで3冊しか売れない人間が7年も続けてない。

売れない理由を、マイナーCP本ばかり出していたことに求めるつもりもない。

どれほどマイナーCPだろうが、上手い人の作品は売れる。

自分はその土俵に上がれなかっただけだ。要は下手なのだ

マイナーCPであることは理由の一つかもしれないが、すべてではない。


わたしには10年来の同人がいる。

彼女も私と同じく、ピコ手小説書きだ。

私ほど極端ではないにせよ、メジャー以外のCPが好きという共通点もある。

マイナー、と言いたくないのは、ある一定供給コミュニティ存在するから。そもそもこんな線引きすることも言ってることと矛盾してるとは思う)

活動ジャンルが被ることは10年で1度もなかったけど、萌えを語り、時には愚痴をこぼしてきた仲だ。同人関係無しに遊んだり泊まったりもした。

同時期、彼女大阪イベントに出た。

彼女の本は私相手にもさんざん語った妄想をしっかり形にしたものだ。

サンプルをあげた段階で「過去最高にブクマがついた!」と喜び、終わった後も「いっぱい買ってくれた、完売した」と嬉しそうだった。

嬉しいよな、わかる。めちゃくちゃわかる。私だって過去最高に売れたときは嬉しかった。

初めて、自分がみじめに感じた。

こっちに気を遣えよ、って思ってしまった。

当然そんな義理はない。必要もない。言葉にしなかったけど、それは立派な八つ当たりだった。

ちなみに彼女が売れていたというのは、今回が初めてではない。

彼女文章自分の好みとは少し外れてることもあって、ずば抜けていると感じたことはなかったけど、優しく温かみのある文体で上手だと思う。癖が無くさらっと読めて、気持ち良い。

実際同じピコ手とは言え、彼女は私が数回のイベント通販含めて1年かけて売り切る量を、1イベントで売るだけの力があった。

だけど、私は勝手に、彼女と同じだけの力のつもりでいたのだ。


ここからは、これまでの「やめた」人と同じことを書く。

わたし同人動機は、好きだから書く、書いたものが形になる、嬉しい。楽しい。それだけだった。

手に取られる量は関係ない。1人でも、知りあい以外の方がスペースに来てくれたらうれしい。

アフターはもちろん楽しいけど、それはメインじゃない。

ありがたいことに感想もらって泣いたこともある。お手紙もらった数は年数の割に少ないと思うけど、全部大事にとってる。

その気持ちが大部分であることは、未だに変わりはない。

だけど、その日1人も立ち止まられることのなかった私は、過去最高に売れたと喜ぶ彼女を妬んでしまった。心の中で八つ当たりをしてしまった。

何度も言うけど、売れる/売れないはCPよりも力の差だと思ってる。

上手い人の作品は、どんなCPだって売れる。

欲しい、と思わせる。知りたい、と思わせる。それだけの力がある。

から売れる。「上手い」ってそういうことだ。

私は、誰一人の手にも本を取ってもらえなかったこと、つまり自分が「下手だ」という評価を下されたことに耐えられなかった。

一番の問題は、自分が「下手である」ことではない。「下手であると認められない」ことだ。

下手だって、それを認められれば「もっと頑張ろう、上手になりたい」と思えるから

私もずっとそう思っていたつもりだった。「彼女に勝ちたい」でも「もっと売れたい」でもなく、純粋もっと自分の筆力をつけたいと思って工夫して、努力してきたはずだった。

本を出す度にちょっと書き方を変えてみたり、好きな本(同人誌ではなく)を真似してみたり。気付かれたことはないけれど、変化は自分がわかる。成功した時は嬉しい。

だけど、「なんで彼女の方が売れるんだ」と妬んでしまった自分いたことに気付いてしまった。

そう感じること自体彼女を見下している。

彼女だってアピールしないけど、きっと毎回いろいろ工夫している。

そんな人に対して、こんな失礼なことを思ってしまった自分は最低だと絶望した。

きっと、その「なんで」の前には「私もこんなに努力してるのに」がつく。

「私もこんなに努力してるのに、なんで彼女の方が売れるんだ」。

自分のために努力しているつもりだったのに、そうではなかったこと。

自分が感じていたいちばんの楽しみと、別の評価軸を持ってしまっていたこと。

友人に嫉妬してしまったこと。

自分の心は、すべて自分プライドに裏切られていた。

そういえば数年前、彼女に「初めて完売した!びっくりした、嬉しかった」と報告を受けたときになんとなく心がちくりとした。

その時に気付くべきだったのだ。私はもう、自分プライドを飼いならせていないことに。


私が同人をやめた理由は、自分に負けたからだ。

自分のもっている、高すぎたプライドに負けたのだ。


たかったあんスタの舞台、見たい見たいって唸ってた私よりも、そうでもなさそうだった彼女が良い日程を当てたことさえも妬ましく思ってしまって、まずいな、って危機感覚えた。私だって小西くんが見れない訳じゃないのに。


誰かに読ませたい、わかってほしい、というより単に自分がすっきりしたいから書く。

ブログ冒頭に書いたこの一文は、私が同人活動をしていた元々の理由と全く同じだ。

ここでもプライドを飼いならせなくなるのは嫌なので、私のはてブはこれが最初最後です。

http://anond.hatelabo.jp/20160623203418

全員同じ人間に見えてるのかも知れないけど別の人なんで妄想ほんとやめて;;

小説の話をしてるのに聖書胡散臭いとか斜め上の事言ってたから突っ込んだだけなんで

http://anond.hatelabo.jp/20160623202317

妄想が酷くて歴史書小説の違いが分からないという事は十分に伝わったのでもう黙ってもらえます

http://anond.hatelabo.jp/20160623182131

小説物語じゃないのか?

あたまだいじょうぶか?

http://anond.hatelabo.jp/20160623181828 http://anond.hatelabo.jp/20160623181919

歴史がどうこうじゃなくて

作者の創作小説だという事が判然としてる水滸伝の引き合いに

古事記聖書を出してくることがオカシイといってる

http://anond.hatelabo.jp/20160623180934

ちょっとなに言ってるか分かんない

水滸伝創作小説ですよね^^;

http://anond.hatelabo.jp/20160623173519

江戸時代後期の国民的な大小説家曲亭馬琴滝沢馬琴)は、

文政8年(1825年)に中国古典小説水滸伝』の男女入れ替え版である傾城水滸伝』を書いてるんですよ。

日本人は、男も女も男女逆転ものが昔から大好きなんです。

乙武氏の離婚に関して

不倫しなければ成立しない結婚なんて語義矛盾してる」とツッコミが入っているが、まさにそういう関係カップルを描いた小説を読んだばかりなので諸手を挙げて賛成はしかねる

その小説場合舞台1960年代始めのイギリスで、妻がasexual(まだこの言葉が生まれる前)という設定なのだ現代日本も変わらないなと思った

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ライトノベルは、なぜああい文体が多いのでしょうか。

その界隈で精通している人たちですら、ライトノベル定義にブレがあるしね。

そんな状態のものに、私がとやかく言えることはないぞ。

ただ、それでも言えることがあるならば、表面的な表現手法について批判することに意味はないということくらいだ。

極端だけど、短歌に対して「短い」なんて普通は言わないだろ?

版型が変わればデザインだって変わる、ということだ。

フォントなり行間なり、紙媒体がどうかでも違ってくるだろう。

昔の長編小説をそのままの文章構成で、スマホ(フォ)のような別の媒体で読むとしたら、内容の良さに関わらず大分きついだろう。

から、「小説」と「ライトノベル」は同じ読み物だけれども、厳密には違うのさ。

焼きそばカップ焼きそば関係といえばいいのかな。

ライトノベルの「ライト」が何を指しているかにもよるが、売り手が狙っている主な層は、様々な文学に慣れ親しんだ層ではないのだろう。

であるなら、そこで紡がれるのは活字への抵抗感を考慮した「ライト」なものになるのは自然の流れではないだろうか。

表現手法最適化とは、媒体マーケティングによっても変わる。

もちろん例外はあるのだろうけれど、イレギュラー反論材料としては弱いしな。

読者層が様々なのは分かるが、子供向け番組を観る「大きなお友達」みたいなもので。

彼らがウケることをやることもある、けれどそれは副次的ものであって、メインターゲットは別なわけだな。

賞をとったものの中にはきつい出来のものが多々あり、理解に苦しんだ時期もあったが今はそう思い込むことにしている。

媒体考慮した表面的な手法文体などはそもそも評価対象ではないので、批判対象にならないというのが私の答えだ。

まあ、賞賛対象にもならないということでもあるが。

だが、そんな君にオススメしたい作品がある。

私が書いた、「死んだ日本で生きる私」だ。

ゾンビ蔓延って社会が全く機能しなくなった日本一人暮らしをしている青年が、毎日をよりよく生きようとする日常モノとなっている。

似ている設定で「地球最後の男」があるが、あちらと比較してブラックコメディ寄りな作風と、ブログみたいなノリで書かれる主人公の心情と独白がウリだ。

ライトノベルでありながら、“昔の文学を読んでいるような”気分に浸れること請け合いだぞ。

2016-06-22

「~かしら」=「~か知らぬ」

1「○○であるか知らぬ」→2「○○か知らぬ」→3「○○か知らん」(古語で撥音は無表記なので)→4「○○か知ら」→5「○○かしら」

だと思う。元々男言葉、あるいは男女いずれも使った表現じゃないかな。

4くらいまでは、大正小説などではよく見たように思う。話者は主として男性だった。

http://anond.hatelabo.jp/20160622082922

夫と暮らし始めてから、彼の想像力の無さについて結構驚く機会が何度もあったんだけれど、

それってやっぱり本を読まない人間からなんだろうか??

絶対的読書量の違いなんだろうか??

私は中高生のころ小説ばかり読み漁っていて、様々な立場登場人物の、それぞれの考え方や感じ方の違いを知ることで、自分以外の誰かの気持ち想像して思いやることを学んできたと思うんだが

(でもそんなえらそうなこと言えるほど大した洞察力も持ってないけど・・・・)

http://anond.hatelabo.jp/20160621202148

男が「~かしら」って言うのも違和感ある

小説だと特に目立ってもぞもぞする

金糸雀かよ

2016-06-21

変態中学生

ちょっとエロ系の小説を書きはじめたんだけど、分からいから調べることが多いんだ。そしたら検索履歴ヤバイことになった。

我慢汁 正式

口淫 他に

体位 種類

性器 部位名

大事なモノを捨てられた、とある男のリアルタイムログ

雑な書き溜め。乱文ご容赦。そして、フィクションであってほしかったノンフィクション


8:00 通勤途中(鉄道)にて

イヤホンを耳に突っ込みスマホに入っている音楽を全シャッフルでぶん回す。ぐるぐる回る思考落ち着ける事、5分。

震えなくなった手でおもむろにメモアプリを開き、文字を打ち込んでいく。

以下、回想という名のまとめ。

雨降る朝。

色々あってメーターぶちぎった母上が激おこモード突入

あらん限りの罵詈雑言を投げつけまくった挙句、僕のマンガを破棄すると言い出した。

ああまたか。久しいな。2年ぶり何回目かは忘れた。幸か不幸か出勤前で時間も無い上に、下手にモーションかけると他のモノまで被害行くから、バレるとまずいあの3冊だけ絶対隠そう。それとマンガって言っても、マンガ保管箱の下のラノベ保管箱も含んでんのか?見たら一緒くたにはされそうだが、それ逃がすと目標を上の棚の雑誌群に切り替えそうだし、雑誌群の方がずっとレア度が高い。半分ほどは確実に買い戻せないし、ダメージがでかい。この際、ラノベ犠牲はやむなし。すまん。

上記の宣告からわずか5秒で判断絶対宣告が出された際に、この思考回路へと切り替えるのも前より早くなった。嬉しくない。

一応現状この場で打てる手として、涙目でひたすら謝罪と宣告拒否だけはしておこうか。土下座オプションつけた方がいいかな。多分意味ないけど。

ある程度やったら、例の3冊だけを隠し場所に放り込み、出勤。

近所の皆さん、朝っぱらからすみませんと思いながら、雨の中を小走りで急ぐ。

今に至る。回想終わり。

別に自身に対して何言ってくれても構わないし、気が済むまで殴る蹴るしていただいてもて痛いなーぐらいしか思わない(思わなくなったとも言う)。体丈夫だとこの辺有り難い。

ただ、僕の世界を壊すのはやめてくれ。僕のモノを壊すのだけは勘弁してくれ。

こずかいで買おうが、給料で集めようが、それらは僕の意思価値観に基づいて選び得たモノだ。それら全ては肉体以外で僕自身構成する、無機物でできた体そのものだ。

それを否定し捨てられる行為はどんな暴言暴力よりも、大きく身を削られる、抉られる。

この喪失感は何度味わっても、決して慣れることはない。

ただただ苦しい。

そして、この感覚は母には多分一生伝わらない。

判決メールはいまだ来ず。いや、できれば来ないでほしい。


8:45 通勤途中(徒歩)にて

アレからメールという名の判決が来た。

判決マンガ水浸しの刑

……捨てられてはいないのな、保管箱に水入れられただけならワンチャンあるか?、と一瞬冷静に判断してしまった自分が居たことに、悲しさとたくましさを覚える。でも、そのたくましさは本来いらなかったはずのものだ。

ごめん、30冊のマンガ。家帰ったらすぐ干してやるから

……そもそも家、入れるか……?


9:30 会社トイレにて

メール初見時には平静を保っていたが、確認して数分後に歩きながら叫び泣き出しそうになった(20代男性)

なんとか耐えて、仕事開始。今に至る

よく耐えたよく耐えたよ自分

大丈夫メールの文面からするに漫画箱に水ぶちまけたぐらいだから多分

捨てたなら捨てたって書くかならいつも

その方がダメージ大きいの知ってるからアレ

わざわざ部屋から運んで水かけて捨てる手間はしない

から安心しろ

とは断言出来ないが多少はマシだ

昔に比べれば被害額も修復労力もメンタル全然大丈夫

幸いにも限定版やらは入ってなかったし薄い本にも気づいてはない

CDも入ってたけど、CD文字文面にないかホントに水かけただけだろう

通常のコミックスが大半だから諭吉さん1人で買い戻せる

来月のボーナス使って買ってやれ


12:30 昼食なう

今日のご飯は豚丼自作。美味しい。

向こうからは音沙汰なし とりあえず平和

朝よりはだいぶ落ち着いてきた

本がどんな状態かによってまた変わってはくるだろうが、今の所一番マシなのを考えている、考えるようにしている

これはメンタルが強いのか弱いのか……弱いな弱いよ見事なチキンハート

まぁ、傷ついたメンタルにパテ塗り込んで修復、耐久力を上昇させてきた感はある

元のヤツはもう面影もない

このたび、今回の件はネタとして扱うことにする

ブログにぶち上げて、同情・顰蹙・喧嘩・アフィでマンガをかう方が精神衛生上よっぽどいい

なにより自分精神状態文字にして、時間をおいて見直すことで結構楽になった

被害が小さい(推測もとい願望)事もあるだろうけど、これのお蔭か回復がいつもより幾分早い気がしなくもない

……それか今読んでる、混沌としたとある方のブログの色々と自分比較して、マシに見えてくる現象が起きているだけかもしれないが

ネットは広大だわ……

家帰りたいけど、帰りたくねぇ


15:30 再び会社トイレにて

雑なリアルタイムログを書いてみて雑感

僕は今まで、マンガ小説を"読む"ことで度々救われてきた。

今回初めて"書く"という行為で、救ったとまではいかないが自分自身浮き輪を投げる事ぐらいはできたのではないかなと思う。思った書くこと自体は何度かやっていたが、吐き出すために書いたことは無かった。飲みすぎて人前で吐くときの心情もこんな感じなのだろうか。吐いたことがないのでわからない。

こうして自分で膨らませた浮き輪が今回得られたものである。失ったモノと釣り合わないが、何もないよりずっとマシだ。

最初ブログに載せようと思ったが、改めて見るとアクセル踏み込み過ぎている感が物凄い。ブレーキ効いてない。途中から効かせる気がなくなっている。

そこで増田に落とすことにした。ここまで書いてこのまま消して無かった事にするのが嫌だったのと、匿名でも残せるならばその方が自分感情の供養になるかと思ったからだ。


17:30 終業、自席にて

アレから着信が入っていた

[吐き気レベル3/10→6/10]

メールは無い

[吐き気レベル6/10→4/10]

ので、取りあえず初回は無視

と同時に、他のモノまで被害が行ってはいいか心配になり始める

[吐き気レベル4/10→5/10]

……ますます帰りたくなくなってきた



気が向いたら(余力があったら)、帰宅編。

6/22 ごちゃごちゃになっていたので修正

http://anond.hatelabo.jp/20160620192048

小説とかでも使われる言い回しで、普通に市民権を得てる表現だと思うけど。

この「~けど。」という表現も同じようなもので、

後に続く文をあえて言わずに省略しているんだよね。

「どうしようもなく綺麗で、その美しさたるやまるで○○、見惚れてしまったよ。」

常識だと思うけど、知らなかったの?馬鹿なの?」

みたいに、外人がよくやるように筆舌を尽くして言われても、

逆になんだか嘘っぽく聞こえてしまったり、胡散臭くなったり、一言多くなったりとデメリットもあるでしょ。

そういう事をせず、簡潔にとどめることであえて思いの強さを感じさせたり、

奥ゆかしさを感じさせたりする、優れた表現法だとボクは思うね。

中学ほとんど行けなかった夫

先日「毎日音読をすると言葉がすらすらと出てくるようになる」という記事を見て、いつも上手く喋る事ができないという夫に音読を勧めてみた。

直後から美容師と会話する時に言葉が出てきやすくなった!」と効果を感じたそうで、会話も少しスムーズになってきたり、側から見ても良い感じに変化があったので、これからも続けていこうと思ってる。



でも大きな別の問題点が浮き彫りになった。



小学生用の音読ドリルを買ってみたら各種名文が使われていて、授業やなんかで一度は目にした事がある詩や小説の一文、枕草子徒然草古文など懐かしいものが沢山あった。



でも中学生の頃に家庭環境がひどくてほとんど学校に行ってなかったという夫にはどれも初めて触れるものだそうで、一応スラスラと読む事はできるし現代語なら概ね内容も理解しているようなのだが、感想はどれも「よくわからん」と言う。



特に詩みたいなものは全く心が動く事がないようで「で、何が言いたいの?」という感想ばかり。

例えば一番長感想を言った、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」では

「こんなにあちこち行って色々頑張ったり良い事をしてたら、デクノボウなんて呼ばれないでしょ?あと玄米4合って多すぎ。」

と言っただけだった。



ただ読書感想文が書けない子ども状態なのか、それとも元々何か大きく欠けたものがあって情緒的なもの感じる事ができないのか、どちらかわからない。



もう結婚して長いけれど、映画やなんかで泣いてるのを見た事がないし本人も泣いた事がないと言ってる。

でも可愛いキャラものが好きだったりふざけたりいたずらもするし、まるきりロボットのようなわけでもない。PCを使った複雑な仕事も日々問題なくこなしている。



でも文章理解力の低さと、情緒表現理解が乏しいのは間違いない。



Twitterの短い文章でも、若い子の書く遠まわしな表現文体とか、添付の写真を見てやっと意味理解できるような文章とか、夫に見せてもなかなか理解してもらえず、説明してやっとわかってもらえる事がよくある。



普通に小中高と過ごしてきていてこうだったら、ただこういうタイプの人なのだと思えるんだけど、もし義務教育を受けられなかったせいだったら「今からでも何かできる事がないか音読じゃなくて小学校国語からやり直したらいいのか…」「できる事なら今から中学校に通わせてあげたい」とか考えてしまう。




※追記しました↓

http://anond.hatelabo.jp/20160622003021

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160618211423

秋田禎信の「誰しもそうだけど、俺たちは就職しないとならない」って本面白い

就活テーマナンセンスギャグ小説

俺は就活中にこれ読んでそうだよなー就活こんなバカバカしいもんだよなーってなって肩の力抜けた

興味あったら読んでみて

2016-06-18

ステータスの見える世界

最近のなろう小説ステータスデフォルトで見えるのがトレンド

 

だがちょっと待ってほしい

ステータス存在し、優劣が明白に見えるというのはディストピアの始まりではないか

 

偉人は言った「人の上に人を作らず」と、

ステータスが見えることで「富民貧民関係なく、人類平等」という前提が崩壊する

その時人類平等でいられるのだろうか?

http://anond.hatelabo.jp/20160617103425

光の雨」も、立松和平小説(か、それ原作映画)で、そのまんまでしょ。