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はてなキーワード: 小説とは

2016-05-29

演劇を観てきた

劇団俳優座の「反応工程」というお芝居を観た。

終戦間近の軍需化学工場学徒動員されていた若者たちの話である

SEALDs代表やT―nsSOWLや山田洋次が共同代表をつとめる反戦劇とあって、会場の白髪率は異常に高く、アベ許さないと書かれたカードカバンにつけた人もちらほら。

けれどわたしは何も知らずただなんとなく観劇した。面白かった。映画小説アニメ漫画やいろいろ見るけどその中でも特別素晴らしいと思った。


反戦ビジネスの都合だろうと思った。

ファンタジーのふりをした戦争物やSFもののふりをした恋愛ものはよくある。宣伝文句と実際のテーマが違うのはむしろデフォだ。

イラク戦争の時もミュージシャンが曲を作ってテレビに取り上げられてたし、「反戦」というわかりやすお題目で客を寄せつつ好きなことを表現するんだろうと思っていた。

演劇の内容自体はそんな偏りがなく、そもそもエンタメとして完成度が高かったからだ。


ところが実際は違った。完全に左翼による左翼のための芸術だったのだ。

役者も裏方も一致団結して反戦という表現に取り組んでいたのだ。

役者自ら戦争法案反対デモ等に参加し、劇のビラを配った。そういう左翼的表現活動を真面目にやる世界があると初めて知った。

違和感を持ったのは芸術の扱われ方だ。わたしは今まで芸術には受け取り手自由があるもんだと無意識に思っていた。作者の意図を一応汲んだ上で好きに解釈する自由

だがあの劇は作る側も反戦、中身も反戦、受け取る側も反戦でそれ以外はなかった。

そんな芸術があるということも初めて知った。


T―nsSOWLの高校生役者と同じ壇上に上げられて、ちやほやされて、利用される光景も直に見るとなかなか辛かった。

さっきまで体育祭をやってたとかい赤ん坊みたいな顔した子供が、報道陣を呼び集客までやったという。

学徒動員あんたらのやってることと何が違うんだよ…


いろいろとショックだった。わたしはもう反戦劇を観ないかもしれないが、日本左翼のある限り客足が途絶えはしないだろう。

[]博士の愛した数式

どのような面白い数式や、数学ネタが登場するかとおもってワクワクしてみたら、ただの拗らせたオールミスファザコン映画しかなかった。



あとめちゃくちゃ納得がいかなかったのが、素数に関する説明

ちょっと古い情報というか、素数に関しては規則性がないとか過去情報に頼っているのが残念無念。

素数にはすんごく面倒くさいというか、そこまでやりゃなんでもありじゃないかってレベルではあったが、ある種の規則性があるってことは、NHKEテレでやってた白熱教室のなんだったかの回でやってるのに気が付くはず。

もっと原作小説がいつリリースされたかはしらないけど。



見終わってから気が付いたけど、この映画ロケーションが少ない。

屋敷と離れ、屋敷から離れまでの庭、野球場、川沿いの道、だいたいそんなもん。

登場人物基本的セリフがあるのは片手で数えられる程度。



そんなもんでも佳作的な映画は作れるんだからSDビデオカメラパソコン一台とマイク一本で映画作れないとか頭悪(以下省略。

クロニクル・アラウンド・ザ・クロック三部作を読んだ。一冊目を読んだ時はふーんって感じだったけど、二作目三作目と一つの事件の見え方が変わっていくのが面白かった。

真犯人オープンDについて作中の人物がいい表しているようにとてつもなく頭が回る怪人なんだろうけど、これみよがしに足跡を残している(ように見える)理由は逃げ切りたかたからなんだろうなと思った。

追い詰められそうになった時に、潜伏に徹するか牽制して相手の息を挫くかの二択を迫られて、オープンDは牽制を選んだわけなんだけど、そういった目に見える形での圧力を取る人物って、根っこの部分で恐怖に囚われているんじゃないかな。オープンDの性格からすると他人を蔑む傾向もあるから無意識の内に現れた自己防衛一種なのかもしれないけど。

さておき、津原泰水小説個人的に合わないのかもしれない。バレエメカニックブラバンとかあんまりぴんと来なかった気がする。前者はなんか難しかった記憶がある。後者はもう大分忘れてしまった。船に乗れ!と混ざって記憶しているかもしれない。楽隊うさぎは楽しかった記憶がある。

まさか人形シリーズは一巻しか読んでないので、またいつか集めたい。

2016-05-28

人は見た目じゃないという意見

恋愛当人の美醜がテーマの一つとなっている小説ネット上の感想を読んでいたのだが「そんなに見た目で人生変わるもんかな」という感想があった。どう考えたって変わると思うんだが。

これを書いた人がどんな容姿なのか非常に気になった。

2016-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20160527213954

こういう釣り小説が多くなったのもなんかなーという感想

http://anond.hatelabo.jp/20160527103250

アヴァロンって中学生ときにみたけど全然面白さがわかんなかった

大学生とき小説読んだら、こっちは映画よりは面白かったけど、映画よりはって程度で、絶対的には面白くなかった

ビューティフル・ドリーマーはそこそこ面白かった

これを事前情報まったくなしで映画館で見て衝撃を受けたかった

パトレイバー漫画しか読んでないから、劇場版を見たいと思いながら見る機会がないままもう10年以上になる

童貞のオッサンってさ。。。

あの話、すげー共感できたの。

セックスは回数を重ねると気持ちよくなる」って言うけどさ、期待が大きいほど一発目で楽しくなかったら心折れるよ。

マンガとか小説アニメなんかも「最初微妙だけど後半神展開になるから」とか言われても、暇持て余してた若いころはアリだけど、大人になったら「あ、俺はパス」ってなるでしょ。

あの増田って、変なところは少年のようにウブなのに、そういうモチベーション続けにくいところだけ妙に年齢相応なんだよな。

なんにしても大人になって新しいこと始めるのは億劫になりがちだよね。そういうところだけ妙に共感した。おれも経験ゼロからプログラミング昨年挫折たから。プログラミング童貞卒業したけどさ。

[]新海誠秒速5センチメートル 小説版

映画版が上澄みなら小説版は澱だな、と思った

期待しすぎてたせいかものすごくがっかりする内容だった。

もともと映画10年くらい前に一度見ただけだったけど、

その時はそれなりに感銘を受けた気はしてて、

その後もたまにPVとか見たりしたときに少し思いを馳せたりして、

時間の経過とともに美化しすぎていたのかもしれない。

あと自分自身が変わったのもあると思う。

昔はものすごく自意識過剰で今思い返すと恥ずかしいようなことをいっぱいしていた(たぶん今もまだ完治はしてない)んだけど、

そういう気持ち悪い自意識にまみれたときだったから、これを悲恋と見て勝手に感動できていたんだろう。

さらに言えば、周りがみんないいと思っていたから、自分もこれには感動しないといけない、と思っていたのもあると思う

自意識過剰なくせに周りとずれることに敏感だったか

ともあれ、今回久しぶりに小説を通して秒速5センチメートル世界に触れて、

こんなに気持ち悪い話だったかと、悪い意味でゾクゾクさせられた。

200ページ足らずでほんとよかった

借りた以上は読まないともったいないと思ったし



まず小説としてすごく読みづらい

改行少ないし

あといちいち心情描写しすぎ

新海誠自身あとがきで、映画小説の違いは心情の描写だって書いてたけど、まさにそれ

まりにも心情描写をしすぎててげんなりした

映画であえて語られなかったところを一言一句説明するようなもんで、受けなかったギャグ自分解説するのと同じで、情緒がない

逆に言えば映画キャラの背景とか心情がきになる人にとっては、それなりに得るものがあると思う

小説としてじゃなく、映画の裏側の説明本って考えればまあそれなら・・・と思える部分は大きい



一章の桜花抄のこじらせた男視点は作者自身キモい書き方がハマっていてうまく書けてたと思う

でもその作者のオタクキモさが思いっきり出ちゃったのが、二章のコスモナウト以降の女性視点描写

すっごくヘタで気持ち悪い

あざといっていうか、狙いすぎてて寒いを通り越して気持ち悪い

ハーレムラノベの女キャラ描写の方がまだマシって思えるレベル

そんでまたその女がことごとく、一章のこじらせた男(作者自身投影?)と恋したりセックスしたりするのが、めちゃくちゃ生理的嫌悪感を催させる

主人公こんな気持ち悪かったっけってマジで首かしげた



しかその男がまたムカツくんだよ

ぼんやりしながらモテまくってセックスしまくって仕事やめても3ヶ月でフリープログラマーとして食っていけてるっつうクズなのにデキる描写

クズなら心底クズにすればいいのに、中途半端に都合よく勝ち組要素入れられてるから、いちいち鼻につく

自意識過剰でこじらせてるところは同族嫌悪的なキモさもあったんだと今なら思うけど、

それ以外はちょっとまりにもキモすぎる

最後最後でこじらせた自分自業自得だって悟る部分があるけど、全然足りない

もっと罰を与えて欲しい

結論

俺にとって秒速5センチメートル映画だけ

小説はない

はるひのの、はるを読んだ。ファンタジーからSFへと鮮やかな変貌を遂げる小説だった。

個人的最終章を読んでいる途中で時をかける少女を思い出してしまった。登場人物性別や結末などが、ちょうど時をかける少女を反転したかのように見えたせいだと思う。

幽霊が見える少年未来からやってきたと語る少女が、ひとつひとつ悲劇回避していく物語なんだけど、最終章を読み始めたときにぞわっと来た。

言うまでもなくそれまでの四編も充実した内容の日常ミステリーなんだけど、構造的に最終章前編の存在がとてもよく効果を発揮していたと思った。前編を読んでいると、すぐに眉を潜めたくなる。なにこれはって、思わずページを戻ってしまったほどだった。でもそのまま読み進めて後編が始まると一転する。様々な疑問や、残っていた問題が再び集結してみるみるうちに氷解していくのが面白かったし、心地よかった。

加納朋子は今作の「ささらシリーズを始め、日常ミステリーを多く書いている。そのどれもが、一篇一篇に事件解決があって、一冊の小説としてみたときにまた大きな謎と解決が用意されているからわくわくする。そもそも連作物の日常ミステリーってそういった構造をなすことがほとんどだと思うけど、氏の小説出来栄えがとてもよく日常ミステリーの名手といっても過言はないように思う。

なによりも作品全体から感じられる優しい雰囲気が好ましい。読んでいてほっとするし、読んだ後も温かな気持ちになれるので、アクのない爽やかな物語になっていたような気がする。

物語の最終部に、はるひからユウスケへと届くメッセージが胸に迫る。綺麗ごとばかりじゃないけど、確かな意志の強さが感じられる小説だった。

短編集としても読めるのに、一冊の長編としても消化できる小説っていいよね。

容姿ではなく心の持ちようだという人間を信じない

日当たりが良い部屋に引っ越すための準備で非常に忙しい。

本棚にある本の殆どは売却した。

新年度が始まってから、少しも本なんか読まないでDMM動画吟味ばかりしていたのだから金にしたほうが良い。

数少ない売却されなかった本の中に、菅浩江の「誰に見しょとて」がある。

化粧と整形技術に大革新を起こす新興企業が登場した世界が書かれているSFである

容姿が一番大事だというのは日々の嫌な生活から感じる。

容姿が醜いと最悪である

人間の最大の娯楽であるコミュニケーションというものが、拷問に変わる。

現代の多くの人間が求めている会社というのはこの小説に書かれている企業だろう。

本当に人間を変えるのは、自動運転でもエセ人工知能でもなくて容姿変幻自在に変える技術である

しかし、現状自分の醜い容姿が変わる見込みはあまりない。

自分父親が稼ぎだす金で、持病の薬の副作用ボコボコな汚い皮膚は綺麗にならない。

大きな頭は、小さくならない。

赤黒い肌の色は変わらない。

容姿ではなく心の持ちようだとして、醜い容姿自分を下げて美男美女を持ち上げる人間がいる。

そんなのは信じない。

持病が最悪だった時、薬の副作用で今よりも肌は汚かったし顔全体が腫れていたが今よりもずっと酷い扱いを受けた。

モノを買う時ですら嫌な思いをした。

再度持病が悪化する可能性が相当高いし、その時のことを考えると震え上がってしまう。

どこまでも容姿なのだ

父親小金を稼ぎだすチャンスが来た。

得た小金で、出来るかぎりのことをやらなければいけないのだろう。

2016-05-26

やはりいま小説書いて公開するならカクヨムがいいのか

何か書こうかな

ヒットしてアニメ化とかされたらだいたいいくらくらい儲かるんですかね

http://anond.hatelabo.jp/20160526165902

いや、これは多分戦略上「なろうでヒットできたかカクヨムポーティング」を行うユーザを想定しているだろうから、角川自体には多分意味ある。

劣等生はカクヨム無いころの作品だったが、カクヨムがある今なら正になろう→続きはカクヨムで! パターンになってた作品だろうよ。

角川側にもメリットがあって、今までなろうから拾ってきたものカクヨムから拾うようにすればキュレーションの手間が大分省けていいじゃん、って話にはなるかもしれない。

いづれにせよ、なろうとカクヨムの2大体制は、なろうを「玉石混交カクヨムを「角度とかが洗練された作品を凝縮」することで棲み分けができるようになってるはず。

なので、増田みたいな糞雑魚ナメクジ小説を書くとしたらなろう一択なわけよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160526141959

価値は顔次第なのでいい顔の人にだけ教育すればよいのだけどそういうことはおおっぴらにやると差別になるので映画小説などで文化的教育していく方策が取られている

俺の読書感想文1 「そして誰もいなくなった

ネット(fujiponさんのブログ)でオススメされてたから読んだぜ!!

最初登場人物がたくさん紹介されるところですげー混乱したぜ!!

俺は日頃から小説を読まないから辛いぜ!!

初めてコピー用紙に人物名を書いて整理したぜ!!

馬鹿だぜ!!



登場人物が島に集合するまではすげーつまらなかったぜ!!

でもよ、最初の一人が死んでから面白さ爆上がりだぜ!!

寝転んで読んでたせいで、読み終わったときに体が痛くて痛くて大変だったぜ!!



どんどん人が死んでくぜ!!

読みながら誰が犯人か足りない頭で考えたぜ!!

「こいつ怪しいぜ」ってやつから死んでくもんで、お手上げアゲアゲだぜ!!

登場人物では、ロンバードが一番好きだぜ!ヴェラと対峙した場面は最高に痺れたぜ!!

一番嫌いなのはブレントのババアだぜ!!マジ堅物は勘弁だぜ。でも、朝食作ってくれてありだとーだぜ!!


ミステリーって面白いぜ!!

次も面白ミステリーを読みたいぜ!!簡単ものオススメしてくれるとサンキューだぜ!!

次は、あざなわさんがオススメしていた春季限定いちごタルトにするぜ!!

2016-05-25

明治女性が羨ましい

という話に友人と話していた時になった。話の流れとしてはその直前に樋口一葉の「うつせみ」について話していたからだ。

うつせみ」には恋する人、植村が自殺してしまい、そのことがきっかけで発狂してしまった女、雪子を、結婚する予定で養子に入った男、正雄や雪子の両親が困惑しながらなんとか雪子を正気に戻そうとする様子が淡々と描かれている。雪子は狂気により現実認識することなく、死んだ男に会わせて欲しいと言ったり、死んだ男に対しひたすら謝り続ける、意味のないことを話し続ける。小説内ではどのような経緯で雪子が狂ったか、恋する人が自殺たかなどは明言されず只雪子の狂気とその周りの困惑する人々の様子が描かれている…大体そのような話だ。

雪子が発狂してしまった原因は、恐らく家を存続させるための意に沿わない結婚、そして植村の自殺によるものと考えられる(文中で明言はされてないのであくまで推測である、人によって解釈が分かれる)あまり当時の価値観には詳しくないが、それでも女性不自由さはなんとなくわかる。

でも今日友人と「雪子の立場は今からしたら羨ましいよね!」という話になった。雪子の両親、そして婿になる予定の正雄もお金持ちである。雪子は結婚し世継ぎを産めば安定した生活が手に入れられるのである結婚仕事自由はないし、雪子程お金に恵まれた家庭は明治に一握りだっただろうとは言え…。

現代では仕事はしなければならないし、それでも安定した生活が手に入るとは限らないし、子供は最低限大学、専門まで行かせないと働き口がないか子育てお金もかかるし…そもそも内定が出ないし…

家の圧力をほのめかしている(とも読める)作品を読んでこんなことを思うのは皮肉だと思った次第である

因みに樋口一葉の一生自体は、父親に先立たれ女所帯で厳しい生活をすることになる、24歳で亡くなるなどなかなか波乱万丈で驚く。そして作家活動が累計5年くらいで、しかも「たけくらべ」など有名な作品ほとんど全てが亡くなる直前の1年間で描かれているというのも更に驚く話だ。


追記

自分の描き方が悪くて「金持ちな点が羨ましい」という文になってしまったようだ。だが自分が本当に羨ましいと思ってるのはそこではなく「当時の大体の女性がが結婚し、家庭にこもる存在だった」という点が羨ましかったのだ。多分当時って結婚しない女性殆どおらず、大体結婚させられるか後はまれ女中or遊廓に出される…くらいだったんじゃなかったか。当時の女性には自由人権もなく、それ故雪子は発狂してしまっている…が、職につけるかも怪しい自分とっては充分羨ましい立場である仕事は出来ないし差別やら厳しい風潮もあっただろうが、妻として母として当時の女性は家という存在を支える存在になれる。

一方こっちは定職にも就けず結婚も職についてなければ絶望的だし、内定がなかったらニート一直線である。何ものにもなれない只の穀潰しである自由はあるといえばあるが、職に関しては無いように思う。売り手市場早慶上智さんだけが恩恵を貰える奴。

雪子な立場は本当に悲しいものだと思うが、自分がその立場だったらもう即正雄と結婚すると思う。

はいっても私も当時の情勢に詳しくないのでだいぶ夢を見てるが…でもやっぱり羨ましいと思うのである内定の無い奴の僻みである

ぶっちゃけ1番羨ましいのはクレヨンしんちゃんとかちびまる子ちゃんとか辺りの専業主婦

承認欲求を満たしたい

人気者になれなくてもいい。ちょっと反応がある程度でいい。認めて欲しい。

イラスト小説ブログアプリ。なんでもいいから何かを産みだして周りから見てもらいたい。

でもできません。

なんでーーーーーーー?

なんにも思いつかないからでーす!

書きたいことなんてりませ―ーーーん作りたいものなんてありませ――ーーーん

さよなら

http://anond.hatelabo.jp/20160525123304

ああ。KADOKAWAエンターブレインの略ね。小説家になろう作品書籍化してる出版社の一つ。

そんなにレイプ目になってライター()やってるくらいなら、好き勝手な内容の小説書いて300万とか印税もらってるほうがいいと思うよ。心の健康上。

二軍以下のエリートの俺が降臨しますよ

エリートにも一軍とそれ以外がいるという話

http://anond.hatelabo.jp/20160522202214

だけど、まあ、おれは、プロマネとしてはバリバリ三軍どころか四軍ぐらいに属する人間だけど、

俺が上流工程とか、そういうの設計するのとか怖すぎるし、そういうのそもそも向いていない自覚があるから

ノータッチですわ。つーか、そういう会社にいるわけでもないしね。

プロマネ的なとこはやらなければいけない最低限のとこだけ、仕方なく触っていて、

なるべく、そうではないところで技能を活かさせていただいております

 

ぜったいそっちのほうがいいと思ってるんで。俺も。

 

 

まあ、あと、おれのプロマネ能力は確かに高くはないし、そういう仕事が好きでもないので

前にいた組織だと、四軍扱いが妥当という感じだったけど、

  

不思議なことにその前のときは一軍扱いされており、今は二軍扱いぐらいの感じで、

まー、その一緒に仕事やってる人との相性とか、仕事の内容の相性とかもやっぱりあるよね。

  

ほんとに、「The・一軍」って感じの人は、そういう問題予測とか、しっかりして、

ちゃきちゃきとやっててえらいなという感じがするけど、

まー、なんか脳みそ筋肉を鍛えてるところが俺とは違うなって感じがするわ

  

俺とかはCPUはそこそこだけど、RAMが超低クオリティで、忘れっぽい感じ。

集中してることについてはクオリティはあるつもりだし、かなり複雑な話をする人間だとも思う。

 

プロマネ系の「The・一軍」という感じの人は、CPUの出来はまあ最低限以上でよくて

積んでるRAMの性能がめっちゃ優秀だなって感じがする。

意外と、ちょっと複雑な話するとついてこれない人とかも多いけど、短期記憶まじパネェ

  

俺のすげぇ雑な脳内統計だけど、プロマネめっちゃ得意なやつと仲良くなると

「あー、国語問題で苦労したことないわ。あれが問題ということになってる理由がわからない」

とか抜かす奴が多い。

もちろん、国語偏差値は安定して70ぐらいだったらしい。

 

おれは、国語偏差値は55ぐらいのときと、70の時とで落差が激しいかんじ。

わかるときはわかるんだよ、おれも。論説文はだいたい点数とれたけど、小説のとこで点数がいつもブレた。

  

IT系下請けの人がたいへんな目にあってるのって、

おれみたいなやつが勘違いして得意なつもりでプロマネやってるか

おれみたいなやつが仕方なくプロマネやりまくらざるを得ないポジションにいってるってことなんでしょうね

  

学歴に関わらず、そういうプロマネ的なことが得意なやつは居るところには居るし、

そういう奴がうまく上流工程にこれるといいのにね。

  

おれが仕方なくプロマネをやる場合

「俺のプロマネ能力は低いぞ!おまえら、俺のプロマネ能力に対して一切の油断をするなよ!」

プロジェクト関係者注意喚起したうえで、おしごとさせていただいております

  

そうすると結果としてはだいたい

「まあ確かにダメなとこはダメだったけど、本人の自己申告よりはだいぶマシだった。」ぐらいの評価をいただいて

殺されずに済んでます

  

気がまわる時には、やたら気がまわったりする部分もあるからなあ。

まあ落差が激しいんだよねおれみたいなのとかは。だから、周囲からすると、優秀なのか何なのか見分けにくい。

少なくとも、プロマネに関してはおれはほんとダメだと思うよ。被害がなるべく出ないように務めるのが精一杯ですわ

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ツイッター字数制限を解除すると思いますか。

未来のことは誰にも分からないし、私は関係者でもないので断言は出来ない。

ただ、「するべきではない理由から推測して答えることは可能だ。

ではまず本質的なことからいうが、大衆ネットアウトプットする行為基本的に「つぶやきなのだよ。

考えてもみろ、不特定多数読み手存在する場所で、理想読み手を期待して書くことを。

というより、そもそも「理想読み手」なんてもの存在しないがな。

から、それは大体の人にとって孤独作業なのだよ。

まあ、仮に読み手に寄り添わないとしても、極端な話「壁にでも話している」としても本質的には同じことだが。

でも、そうやって「何かを特定場所で発露すること」が、多くの人にとって必要ことなのさ。

個人のリソースの割き具合によっては「承認欲求」だの「自己顕示欲」だのと表現しても良いが、その次元にすら達していない行為表現するのに「つぶやき」ほど適切なものはない。

これはネット一般層に普及するずっと前からビデオゲームにすらいわれていたことだ。

しばらくして、その行為に特化したコンテンツであるツイッター」が出て、普及するのは必然だったわけだ。

まりツイッター字数制限を広げるべきではない理由は、ウリともいえる本質を捨てる行為からさ。

ツイッターでは日々、様々な人が思い思いにアウトプットしているが、いずれにしろつぶやく」ことは核となっている部分だ。

字数制限が上がっただけで、別に140字内で書いていた人はそのまま使えるし、連続して関連したツイートをしたい人にはそっちの方がいいと一見思えるかもしれない。

だが、短い字数の中で何かを書くことをいくら連続させたところで、それらをまとめて書くこととは似て非なるものだよ。

今回、学ぶべき教訓はこうだ。

「『1400』と、『140×10』を同じだと即答する人間に、ツイッターを使うことは難しい」

短歌だったり詩だったり小説だったりラノベだったり、雛形が変われば書きたいことは同じでも内容は変わってくるということさ。

もし君が変わらないタイプなら、それは個人にとって何かを発露するために適した雛形が他にあるということ。

現時点でのツイッターUI100%満足できるものだというつもりはない。

だが、人々が何かを発露する行為が「つぶやき」ではなくなるとかでもない限り、字数制限を広げるのは英断はいえないね

まり質問の答えはNOだ。

はいったものの、「なぜ発露するのか」を自分ですら良くわかっていない人が多いのが実情だから運営的な側面から見た場合は答えは変わってくるだろうがな。

……私か?

前に答えただろう。

2016-05-24

キズナイーバー1話切り

迷い家3話切り

くまみこも5話くらいでついていけなくなってもう見てない

年のせいかなんか知らんけどアニメ観るのしんどい

hulu海外ドラマももう何ヶ月も見てなくて会員費の無駄になってる

本もなかなか読めず図書館で借りたエンタメ小説一冊読むのに延長はさんで4週間あっても足りるか足りないかというところ

いくつかやってたソシャゲログインだけしかしてない

パズドラとかスタミナ余りまくり

うんこあんまり出てない気がする

古き良き時代増田みたいに駅で盛大にブリブリっと投稿とかしてみたいけど無理そう

そんな気力も体力もない

今年で34歳

職はなく彼女もいない

半年に一度くらいすごく気力が充実しているときハローワーク行って障害者求人見たりするけど精神障害者雇ってくれるところなんてないしそもそも面接が無理だから向こうがその気でも関係ない

でも不思議と死にたくはならないのはおそらくお薬のおかげ

でもこれ以上薬増やせないところまで来ているらしいので事態好転する兆しは見えず

よく「○○(アニメタイトル)を観るまで死ねない」とか言うけどそのときに観る気力があるかなんて分からないし、なんも観る気が湧かなくても案外生きていけてしま

しかし惰性で生きてるようなものなので楽に死ねるなら死ねたほうがマシという気もする

いま生きてる理由が「死ぬのを後回しにしてるだけ」でしかない

でも鬱とか関係なく人間なんてそんなもんか

[]テッド・チャンあなたの人生の物語」その2

あなたの人生の物語

満を持しての表題作

異星人とコミュニケーションするために言語学者の女性がいろんなアプローチを試みる中で、ところどころに女性の娘へ話しかけるような描写が入る

一見何の関係もないように見えるのに、最後最後でその構成意味がわかったときめっちゃ感動して鳥肌たった

SFお話としてのオチがすごく綺麗につながってて、しかもそれが読みやすさにも寄与する構成になっているという、何重にも考え尽くされた構成

脱帽どころか頭蓋骨外して脳みそ取り出すレベルで恐れいった

どーゆーことかっつーと、娘へ語りかける描写言語解析アプローチフェーズ→の繰り返しなんだけど、言語解析のところはぶっちゃけ読んでて結構きついのよ

からないわけじゃないけど(ここもテッド・チャンのすごいところ。自己満じゃなくて、読者にわかレベルで丁寧に書いてくれる。この話にかぎらず)、

細かすぎて疲れるっつーか、ずっとこの調子で書かれるとちょっとうんざりするなあという感じ

それが娘への語りかけ(これも平易だけど細かいディテールに凝った、感情移入やす描写)がはさまることで、かなり緩和されてるのよ

そんでその構成も、ただの読みやすさのためだけじゃなくて、ちゃんと意味があるの

それが最後最後で明らかになるのよ

もうファーーーーーーーwwwwwwww

ッて感じとうっわまじかよ・・・って感じで思わず本を置いてしまった

SF作家じゃなくて言語学者が書いたのかとばかりに凝りに凝ったディテールの、異星人の言語解析描写は、ほんとやばい

子育てエッセイかな?というくらいの子育てフェーズやばい

全部やばい

いまんとこ面白さは、

あなたの人生の物語>=理解バビロンの塔>ゼロで割る

かな

マジすげえ

もっと早く読んどくんだった

星を継ぐものとか夏への扉なんかより、こっちを先に読むべきんだった

お話としての面白さ・エンタメ性がないとSF小説」と名乗る資格はないと思ってる自分が、まさに求めているものだった

自分が求めていたものテッド・チャンだったんだ

天鏡のアルデラミンの八巻と九巻を読んだ。一部完結時の流れを組んでるからか、比較的重たい話が続いていた。でも九巻の終わりで少し光が差してきたのでほっとした。

八巻は前巻から二年経った状況と人物紹介が主な内容だったので、あんまり内面踏み込むことのもなく平坦な物語になっていた印象。とは言え個人的ライトノベル理想形とでも云うべき読みやすさと物語を併せ持っていたので、可もなく不可もなく優等生小説になっていたと思う。ただ、眠れる子が彼女だったのには少々閉口したなあ。内容的に主人公一行は随分とつらい目にあっているのに、ここに来てまたそれかああって感じ。暗澹たる気持ちになった。始めにも書いたけど、重たいムードで進む内容だったから一層堪えた。

重たい雰囲気は九巻になると更に顕著で、状況がどんどんどんどん悪くなっていく。立花勇者を読んでた時もそうだったけど、主人公サイドが敵の術中に嵌っているのに気が付かないまま事態悪化していく様子が描かれると、サビを噛んでるような気分になる。敵方意図描写されつつ、作中の登場人物認識できずに窮地に陥るパターンは、自分には合わないんだと思う。はじめてのおつかいとか、目に見えてトラブルにあるのが分かっているのに見守ることしかできないのって、苦痛に感じてしまうんだなあ。後々のカタルシスのためだとは理解しつつもどうしても苦手だ。

登場人物の思いがそれぞれにちゃんと描かれていてよかった。みんな重荷を背負いながら歩いている感じで、大変だなあって思う。争いなんて無いほうがいいよ、やっぱり。平和が一番。ラブアンドピース。狐は許さないけどね。

とにもかくにもイクタくん頑張れ。まじ頑張れ。九巻の終わりがとっても熱くて、感動的で、十巻への期待が高まる内容でした。親父たちが本当に格好いい。

2016-05-23

所属したくない

学校が嫌いだった

小学校入学式が終わり、1年1組の教室に入った瞬間から

私は学校が大嫌いになった。 どうして自分が1年1組にいるのか分からなかった。

自分名前存在を無断で使われている不快感が、

ワックス液の臭いと一緒になってムッとこみ上げてきた。

目を伏せると、新品の上履きとお古のランドセルの黒ずんだ肩紐が

ラグラと視界の中で揺れた。

頬の中を噛んで、あとからじんわりと血の味が口の中に広がった。

名札に書かれた名前自分のものかどうかすらわからなくなった。



それからの私は、私自身すらゲストとして扱うようになったんだと思う。

あの瞬間から大学を出るまでずっとだ。



学校も、家庭も、クラブ活動も、塾も、模試の結果表も、小説も、論文も、

ネット掲示板も、飲み会も、mixiも、Facebookも、人混みも女子トイレも、

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、何処にいても、私はゲストだった。

何処にも所属できていなかった。名簿に名前があるだけだった。

周りの人間も、私自身も、私が加わるとどこか居心地が悪そうだった。



匿名性が高ければ高いほど安心して、名前立場が明確になるほど居心地が悪かった。

教室の授業は平気だったけれど、少人数クラスになるとほとんど拷問のようなものだった。

誰かと15分間話すくらいなら、渋谷の人混みの中を12時間歩き回るほうがよっぽど落ち着いた。

国とか、世代とか、誰かが私を含む集団主語に話しているのを耳にすると、

たちまちどこか知らないところに行きたくなった。


そんな私がいま、どこで何をしてどうやって生きているのか、

私自身もよくわからない。

なんとか病院ブタ箱には所属しないでやっていけてるけど、

その理由もわからない。


どこかに所属しない人間は生きてはならないと、誰もが言うくせに、

私を所属させる心づもりは誰も持ち合わせていない。

相思相愛で、全会一致で、誰も私を受け入れない。せいぜい、ゲストだ。

だって彼らと同じ意見。もう今更どうしようもなくなってしまった。

このまま、ただ、部屋の中からぼっと外を眺めて生きていければ、

私は最低限の自由の中でゲストとして死んでいけるのだ。



私の名前が書かれた電気代の督促ハガキが、じっとこちらを見ている。

私は泣いたことが無い

小説漫画映画を見て感動しても泣いたことはない

卒業式で切なくても泣いたことはない

お葬式で悲しくても泣いたことはない

恋人と別れて寂しくても泣いたことはない

物心ついてから今までとにかく泣いたことがない

悔し泣きもない

嬉し泣きもない

人前で涙は見せないとかじゃなくて、とにかく泣いたことがない



これっていったいなんなんだろう?

ただ単に冷めてる奴って言われればそれまでだけどさ

よくテレビなんかでは人が泣いてる姿が映されるけど、ほんとにみんなそんなに泣くものなの?