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2017-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20170330050245

確かに片付けずに放っとけばいいじゃんってのも分かるんだけど、そうするとこの人が怒ってる部分は何も解決しないんだよね。

この人は自分が使った食器以上にせめて1/3はやるべきかな?と思って善意でやったのに、お礼どころか「中途半端なことしないで全部やれよ」なんて言われたらそりゃ「は?」って思うよね。

こんな些細なことで一人に負担がかかるなら、この先他にもいっぱい似たようなことあるだろうし。

洗った食器食器棚に戻す家庭で育ってそれが当たり前だし良しと思ってやってるのに、人の善意ありがとう一言も言えない人間に合わせなきゃいけないのも癪だ。

そもそも、食器洗浄機使って洗うか手洗いするかなんて些細なことをルールからって強要する癖に、誰が食器棚に戻すかとかその辺の細かいルールは決めないで年長者ぶるのもどうなのかなぁ。

今まで食器棚に戻す習慣がなかったなら、その辺の擦り合わせをすればいいのにいきなり文句ってそれで今までよくルームシェア続けてこれたな。

あ、この年長者が嫌でみんな出て行ったか必然的に残っただけなのかな?

私だったら食器洗浄機使わずに手洗いしちゃうな。

でもなんだかんだ、食器棚に戻さず直接食器洗浄機から出して使うのが一番揉めずに済む賢い生き方なんだろうな。

それにしても、5日も浸け置きせずに放置された食器がたった一回の食器洗浄機で綺麗になるのか怪しいものだな。

2017-03-28

やらないといけないことができなくなった

からギリギリにならないとできないタイプだった

でも、裏を返せば締め切りが迫ってくれば集中してできていたので、あまり困ることもなかった

習慣としてよくないと分かってはいるけど

でも、それが、最近ギリギリになっても取り組めなくなってきた

やらないといけないことがはっきりしてるのに、できない

やりはじめるのが億劫なだけで、始めてしまえば継続できる、というのも以前までの話で、最近仕事に取り掛かって、しばらくは無理して作業をしているけど、すぐにでも逃げ出したくなってしま

始めるのも心の底から嫌で、隣に後輩がいるのに全く仕事ができない

まったく集中できないし、続かないので、全然仕事にならない

本当に、言われた最低限のことしかできない。頭が働かない。

休んでいないわけではなくて、休日家族のんびり過ごしている。睡眠も取っている。

ただ、精神的にも体力的にも無理をし続けているのは事実

ここを乗り切れば楽になる、と自分に言い聞かせて、鞭を入れながらずっとやっているけど、なかなか楽になる時が来ない

もう正月明けから同じような状況

休日も罪悪感を感じながら過ごしている

自分は要領がそこまで悪くないので、困ったことがあっても相談していたし、うまくいかないことも何とかして叱られない形にして乗り切ってきた

からおそらく上司もそこまで心配していない。だからこそ、今自分が全く仕事を進められていないことを正直に報告できない。

無理をしてきたのが限界に達しているのか

とりあえず今日だけでも休みたいけど、どうしても今日やらないといけないことがある

そしてそのことに取り掛かろうとしているけど全く手につかない

それでも鞭を入れて何とかするしかない

でも、それこそ明日もまた同じことになりそう

どうしたらいいんだ


==追記==

いわゆる普通会社で勤務しているのと少し違うので、平日の夕方にこんなことを書いていたのだけど、「この時間にこんなことを書いてられるとか暇人か」なんていうコメントが来るのではないかと予想していたら、優しいコメントがあってかなり楽になった

自分で見返してみると相当ヤバそうな感じがする文章だけど、病院で診察してもらおうと思うかというとそこまでひどくもないので結局何も行動できていない(身体にはほとんど何も影響が現れていない)

集中力が落ちてるのと、些細なミスがやたら多いのははっきりと感じる

それに毎日ギリギリバタバタになってしま

結局、あまりやりたくない仕事を無理してやってるからなのかもしれない

あと、更年期障害を指摘してくれたトラバがあったけど、これでもまだ20代家族はいない

ただ、これが今やってる仕事が終わって、違う仕事になったらこういう状態から本当に抜けられるのかが不安で仕方ない

2017-03-25

気持ち悪い。そう思ってしまった”優秀な人”

しか特定分野への集中力知識だけ見れば優秀だったんだろう

けれど普段生活レベルでの癖について、強い違和感を感じた

文章にするとたぶん割と些細なこと

でも無理だった、気持ち悪かった

ごめんなさい

その人とは別の”優秀な人”で

気持ち悪いというか、頭が悪い、と感じる人もいた

しか特定分野への知識だけ見れば優秀なんだとは思う

けれど現実・現状がまるで分かっておらず、それを他人のせいにして極めて感情的に表に出すタイプだった

あれを優秀な人と一時期でもラベリングした世間責任だと思う

http://anond.hatelabo.jp/20170325155101

それってマイルドヤンキー論でも上がった話題だよね

所詮DQNヤンキー爆サイ民ははてなーのようにムダにプライド自意識が高くないから、

些細なことでも幸せを見つけて満足することができる

難しいこと考える頭がないぶんリソースを動く力に使えるから仕事結婚なんかは驚くほどサクサクこなす

ジェンダーとか一々細かいことも考えないから、保守的昔ながらのやり方がカンタン通用する

疑問さえ持たなければ多少不満があっても何とかなっちまうのが保守的社会から

変革や抵抗に余計なリソースをこれまた割かずに自己利益に注ぐことができる

はてなー文句ばっか言っててちっとも幸せそうになく、また社会も大して変わらなそうだ、という雰囲気が強くなれば、

昭和時代に逆戻りするようなタームもいつか訪れるんじゃないか

キャリアウーマンもそうだったが、先進的で意識高いこと一生懸命頑張ったってちっとも報われないじゃん、ってみんな思い始めちゃってるし

2017-03-24

真面目にやれ≠真面目に取り組め

俺が些細な何かに失敗して「真面目にやれ」と怒られる時に要求されていることは、

「真面目にやる」ことではなく「滞りなく・失敗せず・完遂する」ことだけなんだなってことに気付くのに30年かかってしまった。

常に字面通り受け取って、自分が真面目に取り組んでいたかどうかを基準に考えていて無駄疲弊し続けていた。

家でも学校でも職場でも数え切れないほど「真面目にやれ」って言われて、失敗した理由説明すると言い訳するなって言われて……。

最近はもう何言われてもとりあえず話しかけられたら第一声はすみませんしか出てこなくなって……でもずっとモヤモヤしてた。



発達障害落とし穴ってやつなんですかねぇ、もっと早く気付きたかったなあ……。

どうして自分はこうも不真面目でクズなんだろうと思って落ち込んだり。

かなり緊張感をもって真面目にやってたのにやっぱり人並の事が一発じゃ出来なくて落ち込んだり。

そして、そういった状況が悉く「代表的な症状」として書かれていることのショック。

性格なのか特性なのかの線引きは曖昧から、当たりすぎてて気持ち悪い占いを見ている気分だ。

自分の事が全部見透かされて書かれているような気がして、自分ってなんだろうと思ってしまう。しんどい

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170322233747

これについてるブコメを見てて思うんだけど

合理性を持つ余裕がない人間に対して「合理的になれよ、なれないなら知ったこっちゃない」って切り捨てるの、酷薄すぎる。

そういうコメが多いあたりが、はてなー搾取側って言われる理由なんじゃないか

搾取側というよりはマッチョいじめっ子って表現の方が俺はしっくりくるが、まあそれは些細な事。

こういう弱ってる人間に対して、実際に身元を突き止めて環境を変えてあげろとか、養ってあげろとか、駆け寄って抱きしめてあげろとまでは言わんけど(強引な身元割出以外はできるならやってほしいが)、

せめて慰めや共感言葉をかけて一息つかせてあげる、くらいの優しさを向けてもいいじゃん。

弱ってる奴をさら合理的正論理想論で殴って痛めつけることないでしょ。

まあでも、正論で殴ってる側も余裕がなくって、そのせいで他人に優しさなんて向けてられないのかもだけどね……。

就活面接うんこをチェックする企業

 サークルの先輩に聞いた話だが、就活生に面接室でうんこをさせて、その外観・芳香品格等によって選考をなす企業があるらしい。嘘みたいな話だが、これが本当なのだ。そもそもなぜ学生うんこをさせるのかというと、そこには創業者の信念がある。その創業者は幼少時代学校ボットン便所内に転落したことがあった。助けを呼ぼうと思ったが強烈な悪臭のため口を開けることができない。そうこうしているうちに同級生たちがやってくる。呑気に排便する同級生を頭上に望むこと十数分、彼は気づいた。良識あり頭脳明晰なる学友の便が美しい光沢を持ちまっすぐ決然と落下していくのに対し、最低にしておよそ褒めるべきところがない学友の便は表面が醜く爛れ、便槽に着地すると不愉快な音をたてる。そう、うんこ人間性は比例するのである。この大発見によって彼は陰謀渦巻く実業界中において成功を手にし、全学生の憧れるホワイト企業創業者となったのである。以上は創業者自伝による。

 つまりうんこによって当人の人柄はもちろん将来における成功ありやなしやまでをも判定することができる、というのがこの企業の言い分なのだ。これによって苦労するのが就活であることは言うまでもない。なにしろ面接会場で当意即妙うんこ放出しなければならないのだ。うんこ面接学生の間で知られるにつれ、いろいろ対策がとられるようになった。就活生はまず自己分析の一環として自らの排便を見つめ直さねばならない。ワークシートに排便日時・場所・形状等を記録し、それを元に企業の求めるうんこを練ってゆく。そして、面接数日前からコーラックビオフェルミン等によって排便を調節し、万全の態勢で本番に臨むのである

 このような方法論が積み重ねられれば、じきに内定へのセオリーが出来上がるのは当然といえよう。就活セミナーでは、理想的なうんこを出すための薬品使用法はもちろんのこと、排便に先立つ下着の脱ぎ方や、はては息むときにはどのような声を出すと好印象かといった問題までも詳細に指導されるようになった。こうして、就活生は志のある者ならば誰でも、面接室でバナナ形のほどよく光沢のある社会人として恥ずかしくない排便をなすことができるようになったのである

 しかし、誰もが似たようなうんこをしてくるようになったので、人事担当者辟易した。なにしろ面接日となれば朝から晩まで皆一様にバナナ形でほどよく光沢のあるうんこアピールしてくるのである。時々は向こうを張ってあえて下痢便を大噴射させてみたり、肛門まわりの剛毛を剃らぬままやってきたりする者が現われたが、そういう人間はむしろ不評で、結局は光沢バナナ形の中からわずかな差、たとえば尻のほくろがキュートだったとかうんこコーンが混じっていたとか、そういう些細な差によって内定者が選ばれることの方が多かった。そういう現状を嫌い、ためしに細いうんこ出してみてよ、などと無理な要求をなす面接官まで最近はいるようだ。

 こういう旧態依然とした面接に対しては、社内でもしばしば批判されている。うんこ面接はもう限界なのではないか、そもそも東大卒うんこ理想的でも働かせてみると無能だったりするではないか、と主張する重役もいる。しかうんこ面接を支持する声は根強い。言葉はいくらでも誤魔化すことができるが、うんこだけは当人人間性を証するものとして否定しがたい説得力を持っている。就活を通じて自分うんこを見つめ直せるならばそれもまた成果ではないか。というのがうんこ面接支持派の挙げる主たる理由であるしかし本当のところは違う。自分過酷なうんこ面接をくぐり抜けて入社してきた、それが今の自分に繋がっている、という社員の思いが、うんこ面接否定を避けさせているのである

 こういうわけで、うんこ面接がすぐに無くなるということはないであろう。就活は恐ろしい世界だ。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321121632

ボクも病気仕事が思うようにいかない。

いろんな病院ウォークラリーして、インターネットで評判の医者セカンドオピニオン受けたら「手に負えんから大学病院池」だとさ。

大学病院では、「そのへんの個人医院とできることかわらんよ」と言われて絶望。ずっと治療つづけているけど、なかなか良くならない。

まぁ死ぬような病気に比べれば、随分マシなんだろうけどね。

悩んで本に救いを求めたら、「病は気から」「病気になるんは、心に甘えがあるから」「病気を気にするからますます状況が悪くなる」とか

他人の傷口に塩塗るようなことしか書いてなかったりスルんだよね。。死にたい。。。

本とか読んでも、ひどいこと書いてあって救いにならんな~とは思うけど、

努力しても報われるとは限らないけど、努力しないと状況は変わらないこと

努力が報われないのは、努力方向性か量、あるいは両方が足りないこと

・不機嫌(怒っていたり、落ち込んでいたり、悩んでいたり)だと、パフォーマンスが落ちるし、人も運も離れていく

・諦めたらそこで試合終了

なのは、多分正論だし受け入れなけっればいけないこと。

さなことの積み重ねが、遥か遠くに行く唯一の方法

であること信じて、

些細な事でいいから、今の自分にできること

感謝できること、楽しめること

を実行して行くしかないんでしょうね。。。

努力を続けて、頭を使っていれば、

当初思い描いていたのとは違うかもしれないけど

努力が報われることを信じて。

お互い期待しないで、気長に頑張りましょう。

少年漫画って伝統芸能のなの?

味方を大事にするあまり敵の攻撃を一身に受けてしま主人公とか、あからさまな成長物語とか。

友情を重視するために自己犠牲とともに味方を逃す仲間たちとか。

知ってる筋書きを誰が演るかという違いになっているようなんだが。

同じものの中の些細な違いを重視するって意味じゃ伝統芸能差異がないよね。



かと言って青年誌特有の実は裏切りものでした、みたいなデスゲーム路線伝統芸能化してきてて白々しい。

良心はあるけど義理がない、みたいな心理現代事情もっとマッチしてる気がする。

何でもかんでも論理では解決しない。

何でもかんでも論理解決すると思ってる人間が、あくまでも「論理」に以上に拘って

人を怒らせるなんてのは聞く話。

現実として人間感情の部分のある生き物なんだから、ある程度その要素の左右されるのは仕方ない。

豊洲の件みたいな公の話なら、感情に訴える人間が叩かれるのはわかるが、個人的ちょっとした会話に些細な感情が混じったぐらいで

いちいち文句言われるのはそれこそ理不尽ではないか

論理的に筋が通っていても、それでは納得出来ないってのが「自然感情」だよ。「勝ち負け」なんてのはその最たるもの

どーせ頭のいいはてなーからしたらまた現実以上を想像して理想を編み出せない馬鹿が云々論になるのかもしれんが

だいたい、「お前は非論理的馬鹿だ!よって無効!」って封殺する人間だってその馬鹿に言わせりゃ相当不快だ。

対して頭の良くない人間がそういう方向に行ってしまうのはもう仕方ないんだから、それを論理的に同行するなんて不毛だろうがと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170321134026

2017-03-18

こんな「迷惑」は虚構だと断言できる

2000年代大学生時代、私は妹を含めた家族とともに実家にいた。そこでは携帯電話や家の電話に掛かる詐欺電話宝くじ当選金絡みのカツアゲや不良による大人の園への勧誘辟易していた。

それから時は進み、現在ではこういった集団に対しては社会的制裁が課せられるようになり、プライバシー尊重はより厳格となった。不良が過去帳入りになり、もうこれで文句はない…と私は思っているが、世の中にはとにかくそういった些細な問題を徹底的に撲滅しなくては気が済まない人間がいるようだ。



オタク性悪説」という言葉がある。思考の偏った人間の増加が社会に対する悪影響を引き起こすのだそうだ。

そのオタクが不良連中よりも害を引き起こすというのだが、こんなのは完全なデタラメである。しばしばオタクネトウヨよりも危険という説も語られるが、それなら迷惑順位を付けると以下のようになる。

オタクネトウヨ>不良連中

こんなバカなことがあり得るだろうか? 

よく考えてみよう。彼らによる迷惑が仮にあったとしても、その量は職業不良などにくらべるとケタ違いに小さいはずだ。おそらく数千分の一とか数万分の一とかのレベルだろう。それが「間接的に」社会害悪をもたらしているということは、さら問題レベルは軽減されることになる。

ではそれらの立場の人がどういう問題を撒き散らすか、ここで考えてみる。



オタク = 見てくれにより不快感を覚えさせる

ネトウヨ = 政治的な直接的影響+政治的な間接的影響+見てくれにより不快感を覚えさせる

不良 = 反社会的迷惑行為政治的な直接的影響+政治的な間接的影響+見てくれにより不快感を覚えさせる



どう考えてもオタクが最も悪質などというのは寝言同然におかし理論なのだ。こんな単純な足し算すらわからないのか?

思うにオタクなどという、政治活動家や不良連中に比べたらものの数ではないほどの迷惑を排撃しようとするのは、もうこれくらいしかいじめの要素がなくなったからだ。

タバコ放射線のように閾値のない害だとしても、ここまでのレベルになると、もはや花崗岩の上に立つの危険(花崗岩放射線量わずかに多い)というほどのレベルの話でしかない。

そんなものを狂ったように排除しようというのは、健康論どころか、大衆ファシズムによる自由社会への害のほうがはるかに大きいといえる。

しばしば欧米オタク(とくにアニメドラマ漫画小説日本文化)に関しては狂気じみたヒステリックな主張をしてくる。そしてオタク絶滅させたいと思う人間がこれに根拠曖昧なまま便乗するのだ。まさに思考停止状態というほかはない。

2017-03-17

負け犬

俺は、気がついたら、

「どうせ俺よりも金持ち仕事ができてイケメンスポーツできて英語ペラペラ高学歴モテモテでの奴がいっぱいいるんだろ」

という諦めに似た思考が染み付いていた。

はじめのうちは、些細なことばかりだった。

勉強を頑張ったところで、毎晩塾に通っているあいつには勝てない。

スポーツを頑張ったところで、身長が高いあいつには勝てない。

楽器を頑張ったところで、幼少期からみっちり練習してきたあいつには勝てない。

俺には何の才能もない、努力したって無駄だ。勝てっこないんだからと、逃げてきた。

だが、このようにして、

どうせやったって無駄からやらない、という選択を続けてきたところ、およそすべての事柄について「どうせ俺なんか」と考えるようになっていた。

見下ろしても虚しくなる。見上げても虚しくなる。いつの間にか、自分という基準が最低になっていた。

2017-03-16

気を強くする方法

些細なことで怒鳴ってたおじさんを止めに入ったんだけど、怒鳴られてた人が逃げるまで止めることしかできなくって、おじさんも去った今、体が震えている体たらく。どうすれば気を強くもって物事にあたれるのか。これがわからない。

2017-03-15

「まだまだ童貞半人前」 あるいは 「高齢童貞風俗体験メモ

小生は何者か

 小生は二十代後半の高齢童貞であった。今は童貞であるのか、ないのか定かではない。

 小生は童貞であったばかりか、女性経験は全くなかった。女性との会話時間母親を除き、人生の累計で100時間もないだろう。それほど、女性とは縁がなかったし、いわゆる女性との交際に興味は無い。ただし、性欲は有った。通勤途中にはタイトスカート欲情し、「触ったら犯罪だ」と思いぐっとこらえる程には性欲がある。そして、AV鑑賞と自慰が好きだ。

 そんな小生が風俗にて女性と接点を持とうと決意したのは、内発的なものと外発的なものがあった。内発的なものは、AV・エロアニメエロ漫画、あらゆるエロメディアに現れる「セックス」(とそれに付随する前戯)が、それほど素晴らしいものであろうか直接経験してみたいと思ったからだ(結果的にはこれは裏切られることになる)。外発的理由は「童貞」というスティグマに小生が耐えられなくなったからだ。友人との会話で、風俗の話を振られて答えられないのが苦痛だったし、会社女性体験話題になったとき童貞である告白すこともできず辛かったからだ。加えて、女性と接することが苦手であったから、性体験が一つの苦手克服のキッカケになると思ったかである


小生が抱いた葛藤とは

 丁度休暇の得られたタイミングで、意を決して風俗店へ行くことにした。小生が風俗へ行こうと思った理由を考えれば、挿入を経験しておく必要がある。ならばソープ一択決断した。しかしながら、どの娘が良いだろうかと悩むうちに時間けが過ぎていった。フォトショ職人仕事が見事すぎて、どの顔も同じに見えた。しかたが無いので、高級店で髪と身長だけみて小生の好みに合いそうな娘(仮にXさんとする)を選んだ。電話で予約しようとするとお休みと言われた。事前の検討に要した時間が全て無駄になり、自暴自棄になった。もう、3日ほど自慰我慢していたこともあり、女性であれば誰でも良いという気分に小生はなっていた。そこで、近所の大衆店の中から髪と身長だけを頼りにY嬢を選んで予約した。肩まで掛かるセミロングくらいの黒髪が綺麗だろうと期待した。


小生は一体何を体験したのか

 お店へ行き、ひとしきりの対応があった。この辺りは、一般的風俗体験に丁寧な解説があると思われるので割愛する。

 実際にY嬢と対面すると、フォトショ職人凄さが分かる。外見の年齢は30代中盤か後半といったところだろうか。目の前にいる女性美人であるか、そうでないのか判断がおぼつかない程に緊張していた。とても美人だと感じなかったということは、それほどではなかったのだろう。芸能人で言えば×××に似てると言う感想も持たなかったので、特筆すべき顔つきでもなかったのだろう。髪は綺麗な黒髪のセミロングだった、顔は厚化粧だった。これから一体どうなるのかと不安だったが、何とかなるだろうと楽観的だった。小部屋に入って、小生が童貞であることを告げると、それほど珍しくもない様子だったので安心した。

 人生で初めてのキスをした。AVで何百回も見ているキスであったが、実際に体験してみると気持ちが良いという感じはしなかった。感想としては生暖かいコンニャクを口の中に含んでいるというものだった。服を脱がしてもらい、Y嬢も全裸になった。ああ、これからセックスするんだと思ったが全く感情が湧いてこない。ところで、小生はクリスマスに街を歩きながら「今日、街を歩いているカップルはみんなこれからセックスするんだ」という妄想をして、帰宅後に自慰に耽るという大変想像力豊かな童貞だったはずなのだが、全裸女性を前にして興奮は無かった。

 小生はビジホのような風呂に入った。そして、小生が湯船から上がるとY嬢は小生の身体を洗った。Y嬢の胸が小生の腕や背中に当たったが、なんの感慨もなかった。小生が中学生とき、下着のカタログに載っている些細な胸の谷間にさえ大興奮していたことを思い出したが、いま何も隠すもののない胸を見ても無反応だった。むしろ他人身体を洗ってもらうという行為のものに新鮮さを覚えた。

 続いて小生とY嬢は同じ湯船に入った。全裸女性が目の前に居るのにも関わらず、そこになんの感動も無かった。風呂に浸かりながら、小さくなった股間をペロペロと舐めてくれて、生まれて初めて口内の感覚を知った。強弱を着けて吸ったりしてくれたが、それほど違いが分からなかった。もはや小生はどうやって性的に興奮して良いのか分からなくなった。

 マットプレイをしてもらった。まず、うつ伏せでマットの上に寝転がり、Y嬢が上に乗っていた。なるほど、コレは気持ちよかった。その気持ちよさは性的快感ではなく、全身をぬるぬるした温かい何かで覆われるという肌触りの快感だった。コレだけで値段分の価値は有ったと思った。その間にもゴソゴソと股間をいじってもらったが、一向に興奮しなかった。Y嬢は私の背後に居たので、小生は壁の一点を見つめていた。小生は仰向けになって、Y嬢は上に乗った。これまた、気持ちが良かった。ときどき、股間のイチモツを口に含んでくれたのだが、ここでは少し大きくなったがすぐに萎んでしまった。このとき、初めて女性の胸を触った。柔らかく張りが有った、しか特に感動しなかった。それから、小生は乳首を含みながら股間のイチモツをシゴカれた。この授乳手コキが、その日一番精神的に高揚したプレイであった。そして、Y嬢はときどき耳に息を吹きかけてくた。これは息の熱さを感じとても気持ちよかった。

 マットプレイを終えるとベッドでのプレイとなった。部屋を薄暗くすることになった。この時点で小生の股間は全く機能果たしておらず、小さくなっていた。ここで、初めて女性の膣に指を入れた。膣の内側は温かく、ヌルヌルとしていた。ふと、中学生とき好奇心自身アナルに指を入れてみたことを思い出し(今はぢが怖いのでやっていない)、人間の温かさとはこのことかと理解した。クリにも触れてみて、なるほどこのような構造をしているのかと感心した。ベッドでは、Y嬢が股間を舐め、膣に挿入してくれた。しかし、行為を行っていくうちに小生のイチモツは小さくなってしまった。なるほど、「セックスとはオナニーほど気持よくない」という友人の名言を思いだし、その意味を知った。口に含んでは萎えるというルーチンを2回ほど繰り返してしまったので、小生は手で射精するということを提案した。

 結局、Y嬢は激しく手で小生の股間を刺激してくれて射精となった。射精の後、身体を洗い、拭いてもらい、服を着て退店した。

 Y嬢は、作業の途中で色々と小生に世間話を振ってくれた。うまく返せず、申し訳ない気持ちが高まった。小生は、結局プレイの終始を情けない形で過ごしてしまったのだが、Y嬢の対応には何の落ち度も無く問題はすべて小生にあるということを付け加えておく。


小生がソープから学んだこと

 結論から言うとセックスオナニーとは全く別次元行為であるということである

AV基本的に3人称視点で見るものなので、ソープで「自分の視界にY嬢が入っていないが、触覚で性的快感を感じるとき」という場面が多く困惑した。特にキスセックスは1人称視点では見えるものが少なすぎて困った。特にセックスは3人称視点俯瞰的に見て興奮していたので、1人称視点で見ると情報不足だった。

小生は日頃からコスプレモノあったり、ハイヒールパンストを履いた女性動画オナニーしたり、制服レズキス動画や着衣パンチラ動画性的欲求を満たして来ていた。しかしながら、ソープ提供されているのはそのような倒錯した性欲とは正反対の、全裸でプレーンな女性だった。したがって、小生が興奮することが出来なかったのは、性欲のフックとなる記号を見つけられなかったからと考えられる。正直に告白すると、小生が大学生くらいまでは全裸で興奮できたのだが、それ以後は全裸では中々興奮できぬ。今回は3日ほど、オナニー我慢していたので小生の性欲が高まっていると判断したが、緊張には勝てなかった。ちなみに、好きなAVシリーズは「制服美少女性交」だ。

  • 最後に、膣によって得られる刺激とオナニーによる刺激は強度が違うこと

この点は、ネット上に散々言われているので繰り返えさない。膣の構造を考えれば刺激が単純であることは容易に想像できる。


終わりに

 この体験を総括してソープは楽しかたかと問われれば、あまり楽しくなかったというのが本音であるセックスは完全な形で出来なかったので、小生は童貞であるのか、無いのか定かでない半人前の童貞である射精の瞬間以外にはほとんど興奮しなかった。店に足を踏み入れてからは、どうやって性的興奮するのか忘れてしまったようだったのがショックであったが新しい発見でもあった。これまで小生が感じてきた「女性に対する性欲」という幻想を木っ端微塵に破壊されたので、小生の性欲は果たして性欲と呼べるのかということに自信が持てなくなった。はたして、小生が街を往く女性を見て、あるいはAVを見て抱いていた欲望とは性欲と呼べるのだろうか? 女性との肉体的接触で満足が得られないとわかった今では、問に対する答えは謎のままである

 もっと綺麗で可愛い風俗嬢であれば、満足するセックスを行うことができたのだろうか? 多分、そのような問題ではないだろう。小生は有村千佳のようなAV女優が好きである。また、内田真礼のような黒髪ロング(いまは切ってしまったが)で短足女性も大好きである。これから内田真礼水着を見て凄く性的に興奮していたという事実をどうやって受け入れればよいのか、小生には分からない。

 昼寝もした、性交した、帰り道に腹一杯の食事をした。小生は人間の3大欲求のすべてを満たし、ソクラテスが言うところの「満足した豚」であった。これからは、この経験を活かして満足した「人間」として適度に性欲につきあいながら生活を送って行きたい。ただ、もう二度と女性セックスすることは無いだろうと思う。

 最後に、こんな小生に対して仕事上とは言え、丁寧に接してくれたY嬢に感謝気持ちを表したい。

2017-03-13

苦手なもの嫌いなものが増えていく

三十路も半ばになり、苦手なものが増えてきた。

自分性癖確立され、他のものを受け入れる余地が減ってしまったのだろう。

昔は許せた事でも、些細な事が気になり気にくわなくなり受け付けない。

その事をTwitterなどで好きじゃないと呟きたいが、それをよくリプ飛ばしあっていた人が好きと知っているのでなかなか呟き難い。

今ならのユーリ!!! on ICEの勇利が苦手というより嫌いだ。

日本代表としてその他の人達を押しのけ勝ち上がったのに、あの傲慢且つ卑屈すぎるメンタル

勝っても「僕程度が、僕なんか」と言って他の日本選手地雷を踏み抜き嫌われているだろう。

勝って世界で戦うのならば、せめて負けた人達がこの人に負けたなら仕方ないと思えるような意気込みや意識を見せろ。

家族や周りの人や故郷人達暖かい応援に対して言った「微妙感情」についても、何を言ってるんだこいつとしか思えなかった。

競技を続けるにあたり両親にどれほどの金銭負担があったか夜遅くに押しかけて教えてくれる先生気持ちを、リンクを貸してくれる幼なじみも、こんなに大切にされているのに感謝一つしてない所が非常に腹立たしい。

元々身勝手まりない人間だったのに、神様であるヴィクトルが側にいて信じてくれさえすれば他は何も、どうでもいいという更なるクズになって終わるストーリーも受け付けなかった。

もう1人のユーリ、ユーラチカの方がずっと主人公だった。

BLがどうのこうのというより、掘り下げる程のキャラクタ性もなくストーリーもない。

正統派スケートアニメという触れ込みだったのに作りたいもの、伝えたいものがぶれすぎていて結局「お前ら腐女子はこんなん好きだろwww」っていう舐めきった作品になってしまっている。

スケートアニメならもっとスピンステップ、採点や演技構成など、今後実際のスケートを見るときに「ああ、これがユーリで言っていたやつか」と何かそのジャンルプラスとして残るものくらい入れろと思う。

何故勇利がキャラクタとして人気になったのか、作品としても人気になったのか理解出来ない。

この頃の同人ジャンル流行廃りが激しいので夏までは保たないと思ってるが、目障りだから早く廃れて欲しい。

2017-03-12

性の喜びおじさんというストーリーがつくだけで感情的にかわいそうと言えちゃうのは幼稚だと思う。

国民幼児化してちょっとしたストーリーなんかに流されてる様子をtwitterなどで見ると本当にこの国の大人たちは大丈夫なのかな?って怖くなる。

性の喜びおじさんというキャラクターじゃなければこの件はまた全然違う捉え方をされたと思う。

そんな些細なことで事件の印象を変えて見てしまう幼稚さは本当に怖い。

2017-03-10

3年目に切り出された突然の別れ話で生きるのが辛い

24歳、男リーマン

まれて初めての失恋経験し、うちひしがれている。

一般的解釈すれば、この落ち込みようはひとえに私の恋愛経験の乏しさに尽きるのだが、すべてを失った私にはもう生きていく理由がないように思える。



世界各地で今この瞬間にもカップル誕生し、また別の場所では破局している。

そんな卑近なはずの現象が、まさか自分たちの身に降りかかるなんて思ってもみなかった。

永遠なんてないとは言葉の上では理解していたつもりだったが、それでもこの関係が一生続くと思っていた。



3年もの交際期間があって、先日突然切り出された別れ話。

「好きという感情がなくなった」

私にはまったく理解ができない。



彼女普段からまり不満を口にせず、悩みを溜め込む傾向にはあった。

しかし私は今回の件で、突然別れを告げられるような落ち度があったように思えないのだ。



愛が伝わっていなかった?

言葉が足りなかった?

そんな平凡なミスは侵していない。

今までも、そしてこれからも、二人で順調に楽しい思い出を作っていけるはずだった。



しかにこの1ヶ月ほどのあいだは些細なことからギクシャクした雰囲気になることもあった。セックスレスだった。



しかしこんな停滞期はなにも珍しいことではなく、3年という年月のあいだに何度かはあって、それも二人で一緒に解決してきたはずなのに。

会う頻度だって今までと変わらず、何気ない日常がずっと続いていたはずなのに。

なぜ今回に限って、突然の終わりを告げられたのだろう。






はじめは電話で話を切り出されたが、直接会って話し合う日を設けることにした。



彼女への変わらぬ思いを、こんなギクシャクした空気過去に何度も一緒に乗り越えてきたことを、今回だって近いうちにまた元通りにできる希望が十分にあることを、突然すぎる提案を受け入れることは私には耐えられないことを...

後悔だけは残したくなくて、きっと彼女気持ちを取り戻せると信じて、私は伝えたいことをしっかりと整理してから話し合いに臨んだ。



話し合いの当日、私は彼女にまず思いの丈を語った。後半、私は泣いていた。

男泣きのカッコ悪さなんて、彼女を失ってしまリスクに比べれば塵みたいなものだ。



しかし話し始めてからしばらくもしないうちに、私の言葉彼女の心にまったく響いていないことを悟る。

彼女はひたすら首を降り、ごめんとつぶやくだけだった。



彼女は私の気持ちを聞いて泣いているけれど、私の愛はすでに十分伝わっているけれど、それでも彼女は私のことが好きでなくなってしまっているのだ。

そこに理屈はない。そして彼女のなかではすでに私たちは終わっているのだ。

口にしてくれなかっただけで、彼女自分のなかですっかり整理がついている。もう何を言っても遅いのだ。



どうして彼女はその結論を出してしまうよりも前に、もっと話し合いの場を設けてくれなかったのか。

こちらは相も変わらず絶好調に愛していたのに、なぜ貴女気持ちゼロになってしまうまで黙っているのか。そんなのズルいじゃないか

サプライズポジティブな場面だけにしてほしかった。



私の何がいけなかったのか。

そんなことを彼女から聞き出したところで、この破綻を修復することはできない。

私にはこれ以上、何も言うことができなかった。



フる側とフラれる側でこうも気持ちに差が生まれしまうんだな。

涙が出過ぎて喉が乾く。

フィクション映画で感涙するのとはわけが違う。


別れ際、彼女は泣き張らした目にむしろ晴れやかな表情をたたえ

「今までありがとうね」

と言った。



そんなありがちな台詞が言えるほど、彼女のなかでは気持ちの整理がついているのだ。改めて実感する。

私は視線を落として、せめてそのふざけた空気感にだけでも抵抗しようと思った。



双方合意の穏便な別れ話を済ませたつもりなんだろうな。

私にとっては晴天の霹靂、これまで生きてきて一番残酷時間だったのにもかかわらず。

信じがたいほどの気持ちの隔たりを感じてしまって、また涙が吹き出した。






私はこの先立ち直ることができるのだろうか。



彼女は私のすべてだった。

私は彼女に生かされていた。

友達が少ないのも、無趣味なのも、仕事が退屈なのも、彼女のくれた無償の愛のおかげで、自分はこれで大丈夫だと思えた。

無期限の愛だって根拠なしに思っていた。



友人に愚痴を聞いてもらっているはずが、気づけば在りし日々の彼女との惚気話を披露している始末。

思い出は美化されるから引きずってしまう、とはいうが、私にとって彼女と過ごした日々は、良いことも悪いこともすべてがすべて大切な宝物だった。

然別れ話を切り出された、この理不尽さを除いてすべてが。



どこへ行っても何をしていても彼女のことを考えてしまう。

自宅の回りのほとんどの飲食店彼女笑顔残像が見える。

道を行き交うカップルコンビニに流れるラブソングワイドショー芸能ニュース...

すべての性と男女を連想させる事象が私の胸をざわつかせる。



本当に、何がいけなかったんだろう。

あのときああしておけばよかった、そんな後悔はまるで思い浮かばない。

少なくとも1か月前には百点満点の幸せ関係がそこにあったはずで。



心臓の半分を抉り取られたような、この喪失感は何に代えても埋められない。

何も手元になかった3年前の状態に戻っただけ、そんな風にはとてもじゃないが割り切れない。



今は思い出の品を段ボールに詰めてはまた開封し、彼女LINEブロックしてはまた解除し、「失恋 立ち直り方」でググって質問サイト経験談を読み漁ってはまた号泣している。

http://anond.hatelabo.jp/20170310105854

これにマジレスしている人がいるのだけど、明らかに創作案件

離婚案件で妻はDVでっち上げるだけで完勝する」&「妻側の弁護士が悪知恵を授けている」と主張している人たちの主張パターンをそのままなぞっているだけ。

「俺が負けたのは、司法が腐っていて、妻の弁護士が悪辣だから」と自己認識したい人たちなんだろうね。

DVでっち上げ離婚しようとする妻がいないという話ではない。そういう妻はいる。でも、そういう妻はこういう書き方はしない。

だって文章中に妻に同情する要素が一切ないでしょ?夫がどういう人か分からずのっぺらぼうでしょ?

DVでっち上げ妻であっても、もちろん夫が嫌い。だから、夫を悪く見せたがる。些細な問題を誇張してでもね。思い込みかもしれないけどね。それでも、たとえ増田であっても夫が悪くない、何て絶対言わない。

DVでっち上げ妻は

私の主張は嘘や矛盾ばかり。

とは絶対書かない。

子には何年も会わせてもらえない。・・・

面会交渉については裁判所は必ず実施する方向をどんどん強めている。幼児場合、子の心情も関係ないしね。

さすがにこれは酷いということで国会でも「親子関係断絶防止法」が議論になってるけど、フローレンスの駒崎さんが守ってくれる

フローレンスの駒崎さん」なんて法の成否に全く影響力なし。増田が嫌っているだけ。

実はこの「葛藤」や「敵対関係」は私が作ってるだけで実際には夫に非なんか一切無いんだけど勝手にこう解釈してくれて、私の我が儘じゃなく「子供福祉のために」面会をやめろと言ってくれる。

増田にはなくても、本当に「葛藤」や「敵対関係」を抱えている夫婦なんていくらでもいるんだけど、そこに思いが至らないのは……

そう、「俺が負けたのは、司法が腐っていて、妻の弁護士が悪辣だからだと自己認識したい人たち」の議論パターンから。(増田個人がどういう立場なのかは分からないけどね)

2017-03-04

Nintendo SwitchOSがすごい

Switchを一日触ってみていちばん満足感が高かったのはOSの出来だった。

まずゲームとそれ以外(ニュース、ストア、設定など)が区別され、

さら基本的なお知らせはニュースに集約されている。

ニュースには新作の発売情報からTIPSまでが掲載され、

もちろん新作情報からシームレスにストアに移行できる。

ストアはこれまでのようなごちゃごちゃ感がなく商品情報が綺麗にまとまっている。

購入ボタンは目立つところにあるし、購入リスト機能もちゃんとあるVITAには無かったんだよな…)。

実にシンプルで分かりやすい。

これからゲームが増えてきたらごちゃごゃしてくるかも分からないが…。

3DSVITAOSはいわばiOSの模造品で、

かい機能がすべて「アプリ」という形で切り出されてホーム画面に置いてあった。

PCで言えば「散らかったデスクトップ状態

どの機能がどのアプリにあるか分からないし、

些細なことでいちいちアプリを起動するのも億劫だった。

その点、Switch「ゲーム」という一点にものすごく集中した作りになっていると思う。

マルチメディア機としての最高のインターフェイスXMBだと思うが、

ゲーム機としてはSwitchインターフェイスいちばん素晴らしいと思う。

2017-03-01

クレーマー体質の会社って

社内でイジメ蔓延しているのかな。

同じ会社から複数クレーマーが湧いてきているんだが、どうしてこんな些細なことで怒りを爆発させているんだと思うよ。

客の立場鬱憤を晴らす事しかできないんだろうか。

2017-02-27

面倒くささマシマ

私にはADHDPDDの2つの発達障害の診断が下っている。いわゆるASDの気があるADHDというやつだ。

しか支援が受けられるようなレベルではなく、定期的にカウンセリングや診察を受けている程度。

一応正社員として働いて自立しているが、今のところなんとかクビにならずにやっていけているのは本当にただただ運がいいだけの綱渡り状態しかないと感じている。

しか主治医に言わせると私程度では投薬をするほどでもないらしく、認知行動療法だの、自分マニュアルを作るだのをしながら、

日々塞いだ穴と違う穴から水が漏れては失敗を重ね、社会から完全に脱落してしまうことへのカウントダウンが進む焦燥感ちょっとずつ募らせている。



以下はそんな程度の人間が、自分の状況を確認するために書き殴った、こういうことがあるよね、ということの羅列。

無駄に長く読みにくいが、その辺も含めて現時点での自分をよくあらわしている気がするのでこのまま残しておく。

一般にかなり生き辛いとされるっぽい併発マンの1サンプルとして御査収ください。

個人的感覚としては、確かに生き辛いけど不幸ではないかなー?といったところ。



落ち着きがなく早とちり、常に体のどこかが動いており、隙あらばクネクネと身を捩って踊り始める。

道を歩けば電柱に激突し、側溝に落ち、何もない場所をまっすぐ歩いているだけで躓いたり足が絡まったりしてすっ転ぶが、転び慣れていて受け身は妙に上手い。

手に力を入れる感覚というのがまだ今一つ習得できていないらしく、握力計で測るとR9㎏/L6㎏とか。

当然力仕事戦力外で500mlのペットボトルを持って歩いているとすぐに取り落とす。

何とかしようとスポンジボールをグニグニ握ってみたりするのだが、30回もやると手の平が攣る。



余計なことや場の空気をわきまえない発言をしがちで、それを予防するために、

職場では明示的に発言を求められない限り挨拶以外では口を開かないように気を付けている。にもかかわらずこのテの余計な一言による失敗が年に数回はある。

些細な言い間違いなどの流していい引っ掛かりで思考が完全にフリーズし、人混みや刺激の多い空間に行くと簡単パニックになる。

他者の心の機微に疎く、表情は読み取れず、冗談冗談とわから翻弄されて勝手疲弊し、相手からは呆れられる。



金銭管理ができず、いくら気を付けていても持っている分だけ使ってしまうので、財布の中に2000円以上の現金を入れておくことができない。

異常に楽観的で、20分以上かかるような作業でも、根拠なく7分あればできると思い込んで毎回失敗する。

何事にも危機感がなくヘラヘラしているように見られるが、そうは言っても来月の給料日まであと20日で所持金1300円というような状況でも、

花が風に揺れていたり、子供が楽し気に遊んでいるのを見たりすればそれはそれとして笑顔になってしまう。



普段は抑えているが、一人になってリラックスしてしまっていると、

ちょっとした苛立ちからボルテージの高まり制御できなくなって癇癪を起こし、

最終的にホァーホァーと奇声を発して跳ねまわりながら自身の頬や体をパチパチパンチの如く乱打したり頭をぶつける発作を起こすまでに至る。



初対面の相手と3時間ミーティングをしたら、その日の夜から38度越えの高熱を出す。弟が試験で家に泊まった後も寝込んだ。

ネクタイや襟付きの服のボタンを上まで留めて一日過ごすだけでも高確率で熱を出すので、冠婚葬祭休みを最低2日確保できなければ参加できない。

靴下を履いているだけで集中力が3割ぐらい減る感じがするし、爪は念入りにお湯でふやかさないと痛くて切ることができない。



自分運転する車や自転車で酔うことがあるほど乗り物に弱く、

パニック発作はだいぶマシになったもののまだ満員電車に乗ると3駅10分に満たない移動に途中下車必要とし、降りると脂汗でドロドロになる。



夜は安定して寝付きにくく、帰り際に見た月がとても大きかった程度のことでテンションが上がってしまって、朝まで眠れず生活リズムが容易に崩壊する。

たまに早く寝付いてたっぷり眠れた日でも関係なしに朝は朝で大変起きにくい。

起こされても起こされたことを覚えておらず、場合によっては無意識に手足を振り回し奇声を発して抵抗するらしいのだが、記憶はない。

遅刻ギリギリで支度をしていたはずなのに、ハッと気付いたらピンセットを手に2時間近く腕毛をひたすら抜いていてスマホには会社から山ほど着信がきていたりする。

そういえばよーく思い出せばなにやら目の前でスマホが鳴っていたような気がしないでもないでもない……。

慌てて会社に向かいながら、衝動的にいつもと違う道を選んで迷子になり、道を確認しようとしたらスマホは家に忘れていた。



雨が降れば酷い頭痛に襲われ、雨に濡れるとアンパンマンのように覇気を失って耐え難い眠気に襲われ眠り込み、太陽日差しを浴びて吐き気を催す。

そうかと思えば下痢が出るまで腹が冷えていることにも自分が寒さを感じていることにも気付かずむしろ暑いと感じていたりする感覚エラーがある。

湯たんぽストーブ低温やけどして皮膚がグズグズになっていても気付かない。

吐くまで自分が満腹であることに気付かなかったり、ガス漏れ下水の逆流にも気付かないほど一部の感覚が鈍い。

そのくせ視認、認識している痛みには過敏で、袖口やニット帽の締め付けが痛くてつけていられないし、

テレビ映画他人のケガを見ているだけでも同じあたりが本当に痛み出して使えなくなってしまう。

同じように、体調が悪い他人を見ると、引っ張られて自分も本当に体調を崩す。病は気からとはよく言ったものだ。



奇跡的に結婚に漕ぎつけた妻は、ボディタッチが苦手で触れられることを無意識拒否してしまったり、言われたことを忘れたりし続けて、

宇宙人暮らしている」「人の形をした別種の生物」という言葉が出てくるほど典型的カサンドラ症候群に陥ってしまった。

その後抑うつ状態と診断された妻は心身の不調を頻繁に訴えるようになり、それに引っ張られて私も体調不良が激増し数年前には休職せざるを得ないところまでいった。

妻の体調を考えて妻を実家に帰して別居した結果、事実として途端に私の体調が劇的に改善してしまったので、他人と暮らす事自体根本的に向いていないのだろう。

お互いに相手の事は悪しからず思っているので、現時点では別居したまま、一緒に住まない夫婦という形態継続している。



から情報獲得が壊滅的で、たびたび音声による意思疎通が困難なほど聞き取れないくせに、他人の話し声が耳に入ると頭の中の思考がすぐにリセットされる。

気を付けていても言葉額面通り解釈してしまっていてトラブルを起こす。

自分普通が信用できないので様子を伺って行動を起こすのが遅れる。

3桁の数字すら覚えていられないのでメモを要するのだが、咄嗟メモに書き込もうと取り出した時点で既に頭には何も残っていないので

相手メモするほどでもないだろうと思っているしょうもない事ほど相手二度手間をかけさせてしまう。



何度も見直し音読して指さし確認までした項目が、後から見ると完全に間違った内容になっていたりするし、

動かして整列させられない20個ほどのもの計数するような作業が苦手で、

何度やり直しても誤差が出るので何度も何度もやり直すが数が合わず最後には数えながら眠ってしまう。

写真を撮ってペイントで書き込みながら数えるのが私がやる分には一番早いのだが、ただ数えるだけの雑用にそんな珍妙方法をとる事には流石に理解許可も得られない。



全体的に、長所短所で打ち消されてそこまで伸びず、短所の数が倍になっているような印象がある。

過集中状態に入りかけたタイミングで、タスクを前から順番に潰していかないと落ち着かない

気持ち悪いというASD的な欲求が沸き出て来てしまうと、不得意なタスクにわざわざ向かってしまって集中がすぐに解けてしまうとか。

跳び込んだはいいが入水角度が浅く、すぐに浮いて来てしまうような感覚に似ている。

長所長所相互作用などもあってもよさそうなものだが、ADHDASD的な特性長所は割と違った方を向いていて、

うまくいい方向に重なって活かせるタイミングということが滅多にない。(ゼロではないし、実際に人生で数回爆発的な成果を残してはいる。)



今後も私は、周囲には踊り狂っているように映りつつ、もがく日々を過ごしていくのだろう。

2017-02-26

自分のために何かしてくれる人への見返り

幸いなことに、自分のために何かしてくれるという人が今、自分の周りにいてくれている。

それはほんの些細なことなんだけど、失敗しないようにとフォローしてくれたり、これからやっていくことに対して応援してくれたり、ときには冷静な知見からアドバイスをくれるといったものだ。

それはそれで嬉しいのだけど、彼女に対して自分が何ができているのかということがわからない。

ちゃんと、相手が施してくれた分、リターンできているのだろうかとか、考えだしたらわからなくなってきた。

モノで返すっていうのも一つの手なんだろうけど、何か、もっと心と心で通じ合うような形で返せないかなって思ってしまう。

不幸に見えなくてもつらいんだ

「お前はいいよな、良い職場で働いていて、恋人もいて、自由で、ほんと勝ち組だよ。」

なんて今日言われたが、違うんだ。俺はたしかにお前よりホワイトな所で働いてるし、恋人もいるし、自由時間も多いが、違うんだ。俺もつらいんだ。俺にだって悩みはあるんだ。

「いやいや俺の方が仕事終わるの遅いし、しんどいしさ。俺に比べたらまだマシじゃないか。」

そういうことじゃないんだ。明らかに不遇そうな人なら嘆いてもいいのか?俺は恵まれて見えるから不満や悩みを漏らしちゃいけないのか?

誰にだって悩みはあるし、その大小は関係ないんだ。他人からすれば些細なことでも、本人にとっては禿げるほど悩むようなものかもしれないのにさ。

俺にだって悩ませてくれよ。誰がより不幸か、比べたいわけじゃないんだ。ただ、他に優れている点があるからと言って、俺の悩みが大したものじゃないと決めつけるのはやめてくれよ。

2017-02-25

聲の形を分かろうともしない、石田。それが僕だ

人とコミュニケーションが取れない、楽しくない。

そう思うようになってずいぶん経った。

きっかけははっきりと覚えていて、中学生とき人間関係トラブルを起こしたことが原因だ。

それ以来、自分からコミュニケーションをとることに対して臆病になった。

最初グループのうちの一人であるBと些細なことで喧嘩した。

原因はもう忘れてしまったが。

僕は仲直りするきっかけを見いだせず、意地になって謝ることもできず、

Bとは口を利かなくなった。

グループの別のAが、一度仲直りしたら?ときっかけを

作ってくれたことがあったが、自分些細なプライドを優先し、

それを無視してしまった。

その後、理科の授業で、唾液のデンプンを分解する作用に関する実験があった。

班員のうち二人の唾液を混ぜても、分解できるか実験してみろ、

というような指示があった。僕はAと同じ班だった。

一人はもう一人の男子が手を挙げた。

もう一人は誰も手を挙げなかったので、

じゃんけんで決めることになった。

じゃんけんは僕が負けた。

でも、僕は唾液をさして仲のよくない男と混ぜられるのが気持ち悪くてしかたなかったので、拒絶した。

今思えば、じゃんけんに参加した時点でそれを拒否することは筋の通らない話だと思う。

でも僕は、うまくいかない人間関係や、思春期慢性的不安から来るイライラといった身勝手理由自分正当化し、

拒絶の言葉を放ってしまった。

「お前、もういいわ」

僕の身勝手さに愛想を尽かしたAはそう言って、自分の唾液をビーカーの中に吐いた。

その日Aと口を利くことはなかった。

今回は100%自分が悪いという自覚はあったが、またしても謝ることはできなかった。

もやもやしたものを心のうちに秘めながら、僕は下校した。

この日のうちに謝ることができていれば…と今でも思う。

次の日から、僕の学校生活は一変した。

僕の身勝手さに他のクラスメイトも愛想を尽かしたのか、

クラスメイト全員から無視されるようになった。

たった一日の間に、急激に変わってしまったクラスに僕はただただとまどい、呆けるしかなかった。

とりあえず、寝たフリをしたり、意味もなく学校内を徘徊したりして、やり過ごした。

Bとの喧嘩はともかく、Aへの一言には後悔しかなく、謝りたいと思ってはいたが、

まりの劇的な変化に、僕は怯えてしまい、逃げることしかできなかった。

けれど、事態はどんどん悪化した。

最初無視だけだったが、やがていじめを受けるようになった。

筆記用具を壊されたり。

僕の机だけ掃除のあとイスが降ろされていなかったり。

体育の授業で卓球があったが、どこにも入れてもらえず、50分間壁に向かって打ち続けたり。

別の男子グループからプロレス技みたいなのを掛けられたり。

酷いあだ名で呼ばれたり。

AやBから無視されたり、何かされたりするのは仕方がないと思っていたが、

学年全体がほぼ敵のような状態になってしまい、

怖くて怖くて仕方が無くて、僕は前述のように逃げることしかできなかった。

気が付いたときには自分一人ではどうにもできない状態に外部も自分内面も変わってしまった。

僕は自分意志ではないが、親の言うことを聞いて勉強はそこそこやっていたので、

勉強を頑張って他の同級生がいないような高校に行けば、やり直せると思っていた。

からどんなに辛くても勉強は続けて、中学同級生が数人しかいない学校に入った。

けれど、原因を作ったのは自分はいえ、誰も助けてくれなかった、もしくは攻撃してきた

大多数の他人への不信感から、僕は人と積極的に関わる意欲を失っていた。

僕は高校時代、話したことが無い人には一度たりとて、自分からは話しかけなかった。

高校1年のときは、みんな友達がいないので、話しかけられたし、それをきっかけにして、

話す人ができた。

けれど、進級するに従い人間関係が固まってくると、そういう消極的姿勢では

友達の少ない僕はどんどん浮いた存在になった。3年生の時には、クラス友達が一人もいなかった。

卒業式とき卒業文集白紙のページは白紙のままで、

僕は下級生と一緒に、卒業生の誰よりも早く帰宅した。

3年間高校に通ったが、何の思い出もできなかった。

大学では学部ではぼっちだったが、入ったサークルには少しだけ馴染めた。

どこか自分と似たような、これまでの学生生活に馴染めなかった人が集まるようなサークル

だった。

そこで人の優しさに触れたり、人と何か協力して物事に取り組んだり、飲みにいったり。

やっている活動自体はあまり楽しくなかったが、そこにいる人たちは好きだった。

けれど3年になって、サークルを引っ張る立場になると、僕はそのプレッシャーに負けた。

自分がさして楽しくないことを、後輩に教えるのが苦痛だった。

また心無いことを言う人間が、年下とはいえきっと僕より濃い人生を送ってきた後輩に何か教えるなんておこがましい

とも思っていた。自分のつまらない劣等感コンプレックスを克服できなかった。

一応最後までやり遂げたが、かたちだけだったと思う。

直接接した後輩とは最後まで打ち解けることができなかった。

高校よりは自分の中に何かが残った大学生活だったが、悔いは残った。

すっかりコミュ障となった僕は就活では苦労したが、生存本能の為せる業かどうにか自分に嘘をついて

1社だけ内定をもらって事務仕事をしている。

けれどコミュケーションが取れない、愛想はない、仕事もできないで肩身は狭い。

仕事楽しいと思ったこともない。

他人のことは怖くて、外にいるだけで疲れる。

自分のことが愛せず、当然他人のことも愛せない。

友達もいない。

彼女もいない。

少し好きなことはあるが、趣味と呼べるものもない。

今僕は24だが、このままいくと何にも楽しみを見いだせず、

会社では疎まれ、やがてはクビになり、プライベートはずっと一人で、

死んだ顔のまま、年だけを重ねたおぞましい中身空っぽオヤジになって

誰に気付かれることもなく死んでいくのが容易に想像できる。

聲の形」という漫画を読んだとき、まさに自分のことだと思った。

石田自分のしたことに向きあって人の痛みを知る、立派な青年となって、

成人式同窓会を「可能性」と言える男になった。

対して僕は自分に向きあえなかった石田だ。

成人式トラウマしか捉えられず欠席した、逃げるしか能のない男になった。

年を重ねれば重ねるほど、可能性は失われていく気がする。

気の持ち様次第で、年を取ってから自分を変えられる人もいるかもしれないが、

そのハードルはどんどん高くなっていく気がする。

どんどん上がるハードルを目の当たりにして、これから先僕はどんな人生を歩もうか。

僕には明るい未来なんて見えないが、心臓は鼓動を止めない。

自分で止める勇気もない。

どんなことになろうとも、天寿を全うする。

その事実からだけは、僕でも逃げられそうもない。

2017-02-24

夢も希望もないことはないと思いたい

ガンかも知れないって言われてめちゃくちゃ検査した。今結果待ち。

不安で仕方がない瞬間と、別にどうでもいいやって時間とが入れ代わり立ち代わり。

若くもないのに不摂生だし思い当たる事が多すぎて自業自得なんだ。

ガンだったら治療費とか払えないからもう死に至るまでの日々を楽しく過ごしたい。

心残りはこの世界に何も貢献できなかった。子も作れる身体じゃなかった。

仮に産めたとしてもきっと私は虐待していただろう。

子の育て方が分からない。

の子は生まれず救われたのだ。

喪服の死神を覚えているだろうか?彼の意見陳述は私の身の上を代弁しているような内容だった。

否定され続けた幼少時代

どれだけテストで頑張っても褒めてもらえない。

怪我や病気をするとこっ酷く怒られた。

大の親友引っ越しする時、最後お泊まり会宿泊許可が貰えなかった。

友達が見てる前で些細なことでビンタされた。

そんな事が重なって周りのみんなから完全に浮いてしまった。

子供にとってどれほどトラウマになるか。

そんな育てられ方をした私に子を育てられる筈もない。

もしガンになったと言えばまた怒られるのだろう。

団塊の世代の年老いた両親が、いい歳をした娘を叱りつけるんだろう。

でも気にしない。両親に一番の恩返しができるかもしれない千載一遇の好機だ。

両親より先に死んでしまいたい。

最大の親孝行で最高の復讐になる。だから夢も希望もないことはない。

死ぬまでは精一杯生きるしね。ガンじゃなくてもね。

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